(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-24
(45)【発行日】2022-04-01
(54)【発明の名称】多能性幹細胞による虚血再灌流肺障害の軽減及び治療
(51)【国際特許分類】
A61K 35/545 20150101AFI20220325BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20220325BHJP
A61P 11/00 20060101ALI20220325BHJP
C12N 5/0775 20100101ALN20220325BHJP
【FI】
A61K35/545
A61P9/10
A61P11/00
C12N5/0775
(21)【出願番号】P 2018531992
(86)(22)【出願日】2017-08-03
(86)【国際出願番号】 JP2017028328
(87)【国際公開番号】W WO2018025976
(87)【国際公開日】2018-02-08
【審査請求日】2020-07-28
(31)【優先権主張番号】P 2016153264
(32)【優先日】2016-08-03
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】520489754
【氏名又は名称】矢吹 皓
(73)【特許権者】
【識別番号】520489765
【氏名又は名称】岡田 克典
(73)【特許権者】
【識別番号】511131789
【氏名又は名称】出澤 真理
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【氏名又は名称】武居 良太郎
(72)【発明者】
【氏名】矢吹 皓
(72)【発明者】
【氏名】岡田 克典
(72)【発明者】
【氏名】出澤 真理
【審査官】柴原 直司
(56)【参考文献】
【文献】Organ Biol., (2014), 21, [2], 187-190
【文献】Trends Glycosci. Glycotechnol., (2009), 21, [120], p.207-218
【文献】Trends Glycosci. Glycotechnol., (2009), 21, [120], p.197-206
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/545
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外部ストレス刺激によりSSEA-3陽性の多能性幹細胞が濃縮された細胞画分を有効成分として含む、虚血再灌流肺障害を軽減及び/又は治療するための細胞製剤
であって、
ここで、前記多能性幹細胞は、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞から分離されたSSEA-3陽性の多能性幹細胞であり、以下:
(i)CD105陽性;
(ii)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(iii)三胚葉のいずれかの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iv)腫瘍性増殖を示さない;及び
(v)セルフリニューアル能を持つ
の全ての性質を有する、上記細胞製剤。
【請求項2】
前記多能性幹細胞が、CD117陰性及びCD146陰性である、請求項
1に記載の細胞製剤。
【請求項3】
前記多能性幹細胞が、CD117陰性、CD146陰性、NG2陰性、CD34陰性、vWF陰性、及びCD271陰性である、請求項1
又は2に記載の細胞製剤。
【請求項4】
前記多能性幹細胞が、CD34陰性、CD117陰性、CD146陰性、CD271陰性、NG2陰性、vWF陰性、Sox10陰性、Snai1陰性、Slug陰性、Tyrp1陰性、及びDct陰性である、請求項1~
3のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【請求項5】
虚血再灌流肺障害が、肺移植後、心臓手術時の人工心肺使用後、血管形成あるいは血流遮断を伴う肺癌等の胸部外科手術後、及び/又は肺血栓閉塞症の血栓溶解後あるいは血栓摘出後の血流再開時に生じる肺障害である、請求項1~
4のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【請求項6】
前記多能性幹細胞が肺組織に生着する能力を有する、請求項1~
5のいずれか1項に記載の細胞製剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再生医療における細胞製剤に関する。より具体的には、多能性幹細胞を含有する、虚血再灌流肺障害の治療に有効な細胞製剤及び新規な治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
概して、組織虚血は、組織中の酸素の欠乏、並びに炎症誘発性サイトカイン、特にTNF-α、並びにIL-1β、IL-6及びIL-10の誘導に起因して、細胞機能障害及び壊死をもたらす可能性のあるいくつかの化学的事象を招く。血流が回復すると(再灌流)、大部分がフリーラジカル形成により引き起こされ、再灌流部位で活性化される好中球によりもたらされると考えられる更なる障害を生じる別の一連の事象が起こる。多くの場合、再灌流障害は、特に虚血が短期間起こる場合、虚血障害よりも重篤である。
【0003】
肺における虚血再灌流障害は、血流が中断され、続いて回復される時にいつでも起こる可能性がある。虚血再灌流肺障害が起こる時期としては、例えば、臓器移植後、心臓手術時の人工心肺使用後、血管形成あるいは血流遮断を伴う肺癌等の胸部外科手術後、肺血栓閉塞症の血栓溶解後あるいは血栓摘出後などの血流再開時が挙げられる。現在、虚血再灌流障害の治療では、副腎皮質ステロイドやプロスタサイクリンの投与、一酸化窒素(NO2)の吸入、肺保存液の改良などが行われているものの、虚血再灌流肺障害は肺移植の15~30%程度に発生しており、肺移植後の急性期の拒絶反応及びそれに引き続く死亡に関与している(非特許文献1及び2)。
【0004】
近年、再生医療分野において、幹細胞を用いた細胞療法が様々な疾患に対して研究が行われ、臨床への応用も行われつつある。例えば、骨髄間葉系細胞画分(MSC)は、成体から単離され、骨、軟骨、脂肪細胞、神経細胞、骨格筋等に分化する能力を有することが知られている(非特許文献3及び4)。しかしながら、MSCは様々な細胞を含む細胞群であり、その分化能の実体が分かっておらず、治療効果にバラつきが大きい。また、成体由来の多能性幹細胞としてiPS細胞(特許文献1)が報告されているが、iPS細胞の樹立には、間葉系細胞である皮膚線維芽細胞画分に特定の遺伝子や特定の化合物を体細胞に導入するという極めて複雑な操作を必要とすることに加え、iPS細胞が高い腫瘍形成能力を有することから、臨床応用への極めて高いハードルが存在している。
【0005】
本発明者らの一人である出澤氏の研究により、間葉系細胞画分に存在し、誘導操作なしに得られる、SSEA-3(Stage-Specific Embryonic Antigen-3)を表面抗原として発現している多能性幹細胞(Multilineage-differentiating Stress Enduring cells;Muse細胞)が間葉系細胞画分の有する多能性を担っており、組織再生を目指した疾患治療に応用できる可能性があることが明らかになってきた。また、Muse細胞は、間葉系細胞画分を種々のストレスで刺激することにより濃縮できることも分かってきた(特許文献2;非特許文献5)。しかしながら、虚血再灌流肺障害の軽減及び/又は治療にMuse細胞を使用し、期待される治療効果が得られることを明らかにした例はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第4183742号公報
【文献】国際公開第2011/007900号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Fiser,S.M.,et al.,J. Heart Lung Transplant.,20,p.631-636(2001)
【文献】Meyers,B.F.,et al.,J.Thorac.Cardiovasc.Surg.,120,p.20-26(2000)
【文献】Dezawa,M.,et al.,J.Clin.Invest.,Vol.113,p.1701-1710(2004)
【文献】Dezawa,M.,et al.,Science,Vol.309,p.314-317(2005)
【文献】Wakao,S,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,Vol.108,p.9875-9880(2011)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、再生医療において、多能性幹細胞(Muse細胞)を用いた新たな医療用途を提供することを目的とする。より具体的には、本発明は、Muse細胞を含む、虚血再灌流肺障害の治療に有効な細胞製剤及び医薬組成物、並びに新規な治療方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、虚血再灌流肺障害モデルラットを作製し、肺動脈注射によりMuse細胞を投与することによって、虚血再灌流肺障害が軽減されることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0010】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1]生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞から分離されたSSEA-3陽性の多能性幹細胞を含む、虚血再灌流肺障害を軽減及び/又は治療するための細胞製剤。
[2]外部ストレス刺激によりSSEA-3陽性の多能性幹細胞が濃縮された細胞画分を含む、上記[1]に記載の細胞製剤。
[3]前記多能性幹細胞が、CD105陽性である、上記[1]又は[2]に記載の細胞製剤。
[4]前記多能性幹細胞が、CD117陰性及びCD146陰性である、上記[1]~[3]のいずれかに記載の細胞製剤。
[5]前記多能性幹細胞が、CD117陰性、CD146陰性、NG2陰性、CD34陰性、vWF陰性、及びCD271陰性である、上記[1]~[4]のいずれかに記載の細胞製剤。
[6]前記多能性幹細胞が、CD34陰性、CD117陰性、CD146陰性、CD271陰性、NG2陰性、vWF陰性、Sox10陰性、Snai1陰性、Slug陰性、Tyrp1陰性、及びDct陰性である、上記[1]~[5]のいずれかに記載の細胞製剤。
[7]前記多能性幹細胞が、以下の性質の全てを有する多能性幹細胞である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の細胞製剤:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ。
[8]虚血再灌流肺障害が、肺移植後、心臓手術時の人工心肺使用後、血管形成あるいは血流遮断を伴う肺癌等の胸部外科手術後、及び/又は肺血栓閉塞症の血栓溶解後あるいは血栓摘出後の血流再開時に生じる肺障害である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の細胞製剤。
[9]前記多能性幹細胞が肺組織に生着する能力を有する、上記[1]~[8]のいずれかに記載の細胞製剤。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、虚血再灌流肺障害を患っている対象に対し、Muse細胞を投与することにより、肺組織の疾患部位に選択に集積させ、その組織内でMuse細胞がサイトカインや組織保護因子等を持続的に分泌して、正常な肺組織を構築させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】虚血再灌流肺障害ラットモデルにおけるMuse細胞を用いた肺の機能的評価(P/F比)の結果を示す。
【
図2】虚血再灌流肺障害ラットモデルにおけるMuse細胞を用いた肺の機能的評価(A-aDO
2)の結果を示す。
【
図3】虚血再灌流肺障害ラットモデルにおけるMuse細胞を用いた肺の機能的評価(左肺コンプライアンス)の結果を示す。
【
図4】虚血再灌流肺障害ラットモデルにおけるMuse細胞を用いた肺の組織学的評価(ヘマトキシリン・エオジン染色後の病理学的評価)の結果を示す。
【
図5】虚血再灌流肺障害ラットモデルにおけるMuse細胞を用いた肺の組織学的評価(TUNEL陽性細胞数)の結果を示す。
【
図6】虚血再灌流肺障害ラットモデルの肺組織片におけるヒトgolgi陽性細胞数の測定結果を示す。
【
図7A】虚血再灌流肺障害ラットモデルの肺組織中の各種サイトカインのmRNA発現量を示す。
【
図7B】虚血再灌流肺障害ラットモデルの肺組織中の各種サイトカインのmRNA発現量を示す。
【
図8】虚血再灌流肺障害ラットモデルの肺組織の凍結切片を用いて評価した肺胞上皮増殖能の測定結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、SSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む、虚血再灌流肺障害を軽減及び/又は治療するための細胞製剤及び医薬組成物、並びに新規な治療方法に関する。本発明を以下に詳細に説明する。
【0014】
1.適用疾患とその診断
本発明は、SSEA-3陽性の多能性幹細胞(Muse細胞)を含む細胞製剤又は医薬組成物を用いて、虚血再灌流肺障害の軽減及び治療を目指す。「虚血再灌流肺障害」とは、肺移植後の移植肺機能不全の主な原因とされ、肺移植後3カ月以降に起こる慢性拒絶反応にも関与している、虚血再灌流後に肺において生じる虚血再灌流障害である。
【0015】
概して、「虚血再灌流障害」とは、虚血状態にある臓器や組織に血液再灌流が起きた際に、その臓器や組織内の微小循環において種々の毒性物質の産生が惹起され引きおこされる障害をいう。McCordにより報告された虚血・再灌流理論が最初である(N.Engl.J.Med.,312,159-163(1985))。虚血の時間と程度、臓器の種類などにより障害の程度は異なる。不完全虚血の方が障害が強い場合もある。再灌流により血管内皮細胞傷、微小循環障害をきたし、臓器障害に進展すると考えられている。障害を引きおこす機序として、スーパーオキサイド(O2
-)やハイドロキシルラジカル(HO・)などの活性酸素や一酸化窒素(NO)などのフリーラジカル産生による障害、各種サイトカイン、エンドセリン、アラキドン酸など各種ケミカルメディエータ産生による障害、活性化好中球と血管内皮細胞の相互作用に基づく障害などの機序が考えられている。局所だけでなく二次的に全身の主要臓器に障害をきたす(遠隔臓器障害)。とくに脳、肺、肝、腎などが標的臓器となり、多臓器不全をきたす。心筋梗塞、脳梗塞、腸間膜血管閉塞症などに対する再灌流療法後や臓器移植後にみられることが多い。
【0016】
本発明の細胞製剤又は医薬組成物による適用疾患は、肺における虚血再灌流障害であって、限定されないが、肺移植後、心臓手術時の人工心肺使用後、血管形成あるいは血流遮断を伴う肺癌等の胸部外科手術後、肺血栓閉塞症の血栓溶解後あるいは血栓摘出後などの血流再開時に生じる肺障害が挙げられる。
【0017】
本発明によれば、上記の適用疾患を治療するために、後述する細胞製剤及び医薬組成物を対象に投与(以下、総じて「移植」と記述することがある。)し、適用疾患の軽減及び/又は治療を可能にする。ここで、「軽減」とは、虚血再灌流肺障害に伴う各種の症状の緩和及び進行の抑制を意味し、好ましくは、日常生活に差し支えない程度にまで症状を緩和することを意味する。また、「治療」とは、虚血再灌流肺障害に伴う各種の症状を抑制すること又は完全に消失させることをいう。
【0018】
2.細胞製剤及び医薬組成物
(1)多能性幹細胞
本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用される多能性幹細胞は、典型的には、本発明者らの一人である出澤氏が、ヒト生体内にその存在を見出し、「Muse(Multilineage-differentiating Stress Enduring)細胞」と命名した細胞である。Muse細胞は、骨髄液、脂肪組織(Ogura,F.,et al.,Stem Cells Dev.,Nov 20,2013(Epub)(published on Jan 17,2014))や真皮結合組織等の皮膚組織から得ることができ、各臓器の結合組織にも散在する。また、この細胞は、多能性幹細胞と間葉系幹細胞の両方の性質を有する細胞であり、例えば、それぞれの細胞表面マーカーである「SSEA-3(Stage-specific embryonic antigen-3)」と「CD105」のダブル陽性として同定される。したがって、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、これらの抗原マーカーを指標として生体組織から分離することができる。また、Muse細胞はストレス耐性であり、間葉系組織又は培養間葉系細胞から種々のストレス刺激により濃縮することができる。本発明の細胞製剤には、ストレス刺激によりMuse細胞が濃縮された細胞画分を用いることもできる。Muse細胞の分離法、同定法、及び特徴などの詳細は、国際公開第WO2011/007900号に開示されている。また、Wakaoら(2011、上述)によって報告されているように、骨髄、皮膚などから間葉系細胞を培養し、それをMuse細胞の母集団として用いる場合、SSEA-3陽性細胞の全てがCD105陽性細胞であることが分かっている。したがって、本発明における細胞製剤及び医薬組成物において、生体の間葉系組織又は培養間葉系幹細胞からMuse細胞を分離する場合は、単にSSEA-3を抗原マーカーとしてMuse細胞を精製し、使用することができる。なお、本明細書においては、虚血再灌流肺障害を軽減及び/又は治療するための細胞製剤及び医薬組成物において使用され得る、SSEA-3を抗原マーカーとして、生体の間葉系組織又は培養間葉系組織から分離された多能性幹細胞(Muse細胞)又はMuse細胞を含む細胞集団を単に「SSEA-3陽性細胞」と記載することがある。また、本明細書においては、「非Muse細胞」とは、生体の間葉系組織又は培養間葉系組織に含まれる細胞であって、「SSEA-3陽性細胞」以外の細胞を指す。
【0019】
簡単には、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、細胞表面マーカーであるSSEA-3に対する抗体を単独で用いて、又はSSEA-3及びCD105に対するそれぞれの抗体を両方用いて、生体組織(例えば、間葉系組織)から分離することができる。ここで、「生体」とは、哺乳動物の生体をいう。本発明において、生体には、受精卵や胞胚期より発生段階が前の胚は含まれないが、胎児や胞胚を含む胞胚期以降の発生段階の胚は含まれる。哺乳動物には、限定されないが、ヒト、サル等の霊長類、マウス、ラット、ウサギ、モルモット等のげっ歯類、ネコ、イヌ、ヒツジ、ブタ、ウシ、ウマ、ロバ、ヤギ、フェレット等が挙げられる。本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用されるMuse細胞は、生体の組織から直接マーカーを用いて分離される点で、胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞と明確に区別される。また、「間葉系組織」とは、骨、滑膜、脂肪、血液、骨髄、骨格筋、真皮、靭帯、腱、歯髄、臍帯、臍帯血などの組織及び各種臓器に存在する組織をいう。例えば、Muse細胞は、骨髄や皮膚、脂肪組織から得ることができる。例えば、生体の間葉系組織を採取し、この組織からMuse細胞を分離し、利用することが好ましい。また、上記分離手段を用いて、線維芽細胞や骨髄間葉系幹細胞などの培養間葉系細胞からMuse細胞を分離してもよい。本発明の細胞製剤及び医薬組成物においては、使用されるMuse細胞は、レシピエントに対して自家であってもよく、又は他家であってもよい。
【0020】
上記のように、Muse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団は、例えば、SSEA-3陽性、及びSSEA-3とCD105の二重陽性を指標にして生体組織から分離することができるが、ヒト成人皮膚には、種々のタイプの幹細胞及び前駆細胞を含むことが知られている。しかしながら、Muse細胞は、これらの細胞と同じではない。このような幹細胞及び前駆細胞には、皮膚由来前駆細胞(SKP)、神経堤幹細胞(NCSC)、メラノブラスト(MB)、血管周囲細胞(PC)、内皮前駆細胞(EP)、脂肪由来幹細胞(ADSC)が挙げられる。これらの細胞に固有のマーカーの「非発現」を指標として、Muse細胞を分離することができる。より具体的には、Muse細胞は、CD34(EP及びADSCのマーカー)、CD117(c-kit)(MBのマーカー)、CD146(PC及びADSCのマーカー)、CD271(NGFR)(NCSCのマーカー)、NG2(PCのマーカー)、vWF因子(フォンビルブランド因子)(EPのマーカー)、Sox10(NCSCのマーカー)、Snai1(SKPのマーカー)、Slug(SKPのマーカー)、Tyrp1(MBのマーカー)、及びDct(MBのマーカー)からなる群から選択される11個のマーカーのうち少なくとも1個、例えば、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個又は11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。例えば、限定されないが、CD117及びCD146の非発現を指標に分離することができ、さらに、CD117、CD146、NG2、CD34、vWF及びCD271の非発現を指標に分離することができ、さらに、上記の11個のマーカーの非発現を指標に分離することができる。
【0021】
また、本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用される上記特徴を有するMuse細胞は、以下:
(i)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(ii)三胚葉のいずれの胚葉の細胞に分化する能力を持つ;
(iii)腫瘍性増殖を示さない;及び
(iv)セルフリニューアル能を持つ
からなる群から選択される少なくとも1つの性質を有してもよい。本発明の一局面では、本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用されるMuse細胞は、上記性質を全て有する。ここで、上記(i)について、「テロメラーゼ活性が低いか又は無い」とは、例えば、TRAPEZE XL telomerase detection kit(Millipore社)を用いてテロメラーゼ活性を検出した場合に、低いか又は検出できないことをいう。テロメラーゼ活性が「低い」とは、例えば、体細胞であるヒト線維芽細胞と同程度のテロメラーゼ活性を有しているか、又はHela細胞に比べて1/5以下、好ましくは1/10以下のテロメラーゼ活性を有していることをいう。上記(ii)について、Muse細胞は、in vitro及びin vivoにおいて、三胚葉(内胚葉系、中胚葉系、及び外胚葉系)に分化する能力を有し、例えば、in vitroで誘導培養することにより、肝細胞、神経細胞、骨格筋細胞、平滑筋細胞、骨細胞、脂肪細胞等に分化し得る。また、in vivoで精巣に移植した場合にも三胚葉に分化する能力を示す場合がある。さらに、静注により生体に移植することで損傷を受けた臓器(心臓、皮膚、脊髄、肝、筋肉等)に遊走及び生着し、組織に応じた細胞に分化する能力を有する。上記(iii)について、Muse細胞は、浮遊培養では増殖速度約1.3日で増殖するが、浮遊培養では1細胞から増殖し、胚様体様細胞塊を作り14日間程度で増殖が止まる、という性質を有するが、これらの胚様体様細胞塊を接着培養に持っていくと、再び細胞増殖が開始され、細胞塊から増殖した細胞が広がっていく。さらに精巣に移植した場合、少なくとも半年間は癌化しないという性質を有する。また、上記(iv)について、Muse細胞は、セルフリニューアル(自己複製)能を有する。ここで、「セルフリニューアル」とは、1個のMuse細胞から浮遊培養で培養することにより得られる胚様体様細胞塊に含まれる細胞から3胚葉性の細胞への分化が確認できると同時に、胚様体様細胞塊の細胞を再び1細胞で浮遊培養に持っていくことにより、次の世代の胚様体様細胞塊を形成させ、そこから再び3胚葉性の分化と浮遊培養での胚様体様細胞塊が確認できることをいう。セルフリニューアルは1回又は複数回のサイクルを繰り返せばよい。
【0022】
また、本発明の細胞製剤に使用されるMuse細胞を含む細胞画分は、生体の間葉系組織又は培養間葉系細胞に外的ストレス刺激を与え、該外的ストレスに耐性の細胞を回収することを含む方法によって得られる、以下の性質の少なくとも1つ、好ましくは全てを有する、SSEA-3陽性及びCD105陽性の多能性幹細胞が濃縮された細胞画分であってもよい。
(i)SSEA-3陽性;
(ii)CD105陽性;
(iii)テロメラーゼ活性が低いか又は無い;
(iv)三胚葉に分化する能力を持つ;
(v)腫瘍性増殖を示さない;及び
(vi)セルフリニューアル能を持つ。
【0023】
上記外的ストレスは、プロテアーゼ処理、低酸素濃度での培養、低リン酸条件下での培養、低血清濃度での培養、低栄養条件での培養、熱ショックへの暴露下での培養、低温での培養、凍結処理、有害物質存在下での培養、活性酸素存在下での培養、機械的刺激下での培養、振とう処理下での培養、圧力処理下での培養又は物理的衝撃のいずれか又は複数の組み合わせであってもよい。例えば、上記プロテアーゼによる処理時間は、細胞に外的ストレスを与えるために合計0.5~36時間行うことが好ましい。また、プロテアーゼ濃度は、培養容器に接着した細胞を剥がすとき、細胞塊を単一細胞にばらばらにするとき、又は組織から単一細胞を回収するときに用いられる濃度であればよい。プロテアーゼは、セリンプロテアーゼ、アスパラギン酸プロテアーゼ、システインプロテアーゼ、金属プロテアーゼ、グルタミン酸プロテアーゼ又はN末端スレオニンプロテアーゼであることが好ましい。さらに、前記プロテアーゼがトリプシン、コラゲナーゼ又はジスパーゼであることが好ましい。
【0024】
また、本発明の細胞製剤に使用される上記特徴を有するMuse細胞は、血管内投与等により生体に投与後、虚血再灌流肺障害のある肺組織に生着し、その後、Muse細胞は、抗炎症作用や組織保護作用を発揮するとともに該組織を構成する細胞に分化し、虚血再灌流肺障害を軽減及び/又は治療するものと考えられる。
【0025】
(2)細胞製剤及び医薬組成物の調製及び使用
本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、限定されないが、上記(1)で得られたMuse細胞又はMuse細胞を含む細胞集団を生理食塩水や適切な緩衝液(例えば、リン酸緩衝生理食塩水)に懸濁させることによって得られる。この場合、自家又は他家の組織から分離したMuse細胞数が少ない場合には、投与前に細胞を培養して、所定の細胞濃度が得られるまで増殖させてもよい。なお、すでに報告されているように(国際公開第WO2011/007900号パンフレット)、Muse細胞は、腫瘍化しないため、生体組織から回収した細胞が未分化のまま含まれていても癌化の可能性が低く安全である。また、回収したMuse細胞の培養は、特に限定されないが、通常の増殖培地(例えば、10%仔牛血清を含むα-最少必須培地(α-MEM))において行うことができる。より詳しくは、上記国際公開第WO2011/007900号を参照して、Muse細胞の培養及び増殖において、適宜、培地、添加物(例えば、抗生物質、血清)等を選択し、所定濃度のMuse細胞を含む溶液を調製することができる。ヒト対象に本発明の細胞製剤又は医薬組成物を投与する場合には、ヒトの腸骨から数mL程度の骨髄液を採取し、例えば、骨髄液からの接着細胞として骨髄間葉系幹細胞を培養して有効な治療量のMuse細胞を分離できる細胞量に達するまで増やした後、Muse細胞をSSEA-3の抗原マーカーを指標として分離し、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。あるいは、例えば、Muse細胞をSSEA-3の抗原マーカーを指標として分離後、有効な治療量に達するまで細胞を培養して増やした後、自家又は他家のMuse細胞を細胞製剤として調製することができる。
【0026】
また、Muse細胞の細胞製剤及び医薬組成物への使用においては、該細胞を保護するためにジメチルスルフォキシド(DMSO)や血清アルブミン等を、細菌の混入及び増殖を防ぐために抗生物質等を細胞製剤及び医薬組成物に含有させてもよい。さらに、製剤上許容される他の成分(例えば、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水など)や間葉系幹細胞に含まれるMuse細胞以外の細胞又は成分を細胞製剤及び医薬組成物に含有させてもよい。当業者は、これら因子及び薬剤を適切な濃度で細胞製剤及び医薬組成物に添加することができる。
【0027】
上記で調製される細胞製剤及び医薬組成物中に含有するMuse細胞数は、虚血再灌流肺障害の軽減及び/又は治療において所望の効果(例えば、P/F比、A-aDO2、肺コンプライアンス、呼吸指数の正常化)が得られるように、対象の性別、年齢、体重、患部の状態、使用する細胞の状態等を考慮して、適宜、調整することができる。後述する実施例3~8において、虚血再灌流肺障害モデルラットを用いて、Muse細胞移植による各種の効果を検討したが、体重約290~340gの該モデルラットに対しては、SSEA3陽性細胞を1×105細胞/PBS 200μl(一個体あたり)で投与することにより、非常に優れた効果が得られた。この結果から哺乳動物(ヒトを含む)の一個体あたり約1×105細胞/kg~約1×106細胞/kg(例えば、3×105細胞/kg)を体重換算した細胞量を投与することで優れた効果が得られることが期待される。一方で、血管への細胞投与による閉塞を防ぐために、1回投与分の量として、例えば、SSEA-3陽性細胞を1×108細胞/個体以下、好ましくは5×107細胞/個体以下、より好ましくは1.8×107細胞/個体以下で細胞製剤に含有させるとよい。ここで個体はラット、ヒトを含むがこれに限定されない。また、本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、所望の治療効果が得られるまで、複数回(例えば、2~10回)、適宜、間隔(例えば、1日に2回、1日に1回、1週間に2回、1週間に1回、2週間に1回)をおいて投与されてもよい。したがって、対象の状態にもよるが、治療上有効量としては、例えば、一個体あたり1×104細胞~1×108細胞で1~10回の投与量が好ましい。一個体における投与総量としては、限定されないが、1×104細胞~1×109細胞、1×104細胞~5×108細胞、1×104細胞~1×108細胞、1×104細胞~5×107細胞、1×104細胞~1×107細胞、1×104細胞~5×106細胞、1×104細胞~1×106細胞、1×104細胞~5×105細胞、1×104細胞~1×105細胞、1×105細胞~1×109細胞、1×105細胞~5×108細胞、1×105細胞~1×108細胞、1×105細胞~5×107細胞、1×105細胞~1×107細胞、1×105細胞~5×106細胞、1×105細胞~1×106細胞、1×106細胞~1×109細胞、1×106細胞~5×108細胞、1×106細胞~1×108細胞、1×106細胞~5×107細胞、1×106細胞~1×107細胞、1×107細胞~1×109細胞、1×107細胞~5×108細胞、1×107細胞~1×108細胞などが挙げられる。
【0028】
本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、虚血再灌流肺障害、例えば、臓器移植後、心臓手術時の人工心肺使用後、血管形成あるいは血流遮断を伴う肺癌等の胸部外科手術後、肺血栓閉塞症の血栓溶解後あるいは血栓摘出後等の血流再開時に生じる肺障害を軽減及び治療対象とするが、投与時期としては、虚血再灌流後に呼吸器内科的な所見、胸部超音波画像診断やMRI等により虚血再灌流肺障害と診断された後であって、診断直後から数カ月以内であってもよい。例えば、該細胞製剤等は、受傷直後に投与されることが好ましいが、受傷後の遅い時期、例えば、受傷から1時間後、1日後、1週間後、1カ月後、3カ月後、6カ月後であっても、本発明の細胞製剤等の効果が期待できる。また、使用されるMuse細胞は、他家由来の場合でも免疫応答を惹起しないことが本発明者らの実験で確認されているので、虚血再灌流肺障害の軽減及び治療において所望の効果が得られるまで適宜投与されてもよい。
【0029】
3.虚血再灌流肺障害モデルラットの作製
本明細書においては、本発明の細胞製剤による虚血再灌流肺障害の軽減及び治療効果を検討するために虚血再灌流肺障害モデルラットを作製し、使用することができる。該モデルとして使用されるラットには、限定されないが、一般的に、スプラーグドーリー(SD)系ラット、Wistar/ST系ラットが挙げられる。虚血再灌流肺障害モデルラットを作製する方法は公知であり、例えば、Manning,E.ら(Hum.Gene Ther.,21,p.713-727(2010))の方法に従って虚血再灌流肺障害モデルラットを作製することができる。また、上記方法によって作製されたモデルラットが、虚血再灌流肺障害を有するかどうかを後述する肺機能の評価により確認することができる。
【0030】
本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用されるMuse細胞は、疾患部位に集積する性質を有する。したがって、細胞製剤又は医薬組成物の投与において、それらの投与部位(例えば、腹腔内、筋内、疾患部位)、投与される血管の種類(静脈及び動脈)等は限定されない。また、投与されたMuse細胞が疾患部位に到達し、生着したことを確認する方法としては、例えば、予め蛍光タンパク質(例えば、緑色蛍光タンパク質(GFP))を発現するように遺伝子導入されたMuse細胞を作製し、生体に投与後、蛍光を検出できるシステムによって観察し、Muse細胞の動態を確認することができる。なお、本発明の細胞製剤及び医薬組成物に使用されるMuse細胞はヒト由来であるため、ラットとは異種の関係にある。モデル動物において異種の細胞等が投与される実験では、異種細胞の生体内で拒絶反応を抑制するために、異種細胞の投与前又は同時に免疫抑制剤(シクロスポリンなど)が投与されてもよい。
【0031】
4.虚血再灌流肺障害モデルラットにおけるMuse細胞による軽減及び治療効果
本発明の実施形態では、本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、ヒトを含む哺乳動物における虚血再灌流肺障害及びそれに伴う各種症状を軽減及び/又は治療することができる。本発明によれば、上記で作製した虚血再灌流肺障害モデルラットを用いて、実験的にMuse細胞による症状の軽減等を検討し、該Muse細胞の効果を評価することができる。評価方法としては、ラットを用いた肺機能を評価する一般的な測定系を用いて行うことができる。
【0032】
(1)機能的評価
本発明によれば、肺の機能的評価は、当業者によって承認される一般的な手法を用いて行うことができ、例えば、P/F比、A-aDO2(肺胞気・動脈血酸素分圧較差)、肺コンプライアンスの測定により行うことができる。
(a)P/F比
P/F比は、肺の機能的評価において一般的に使用される酸素化の指数であり、該比は、PaO2(動脈血酸素分圧)/FiO2(吸入酸素分圧)で計算される。ヒト健常人であれば、正常値が400~500となる。この数値以下では、低酸素状態であるとみなされる。上記の酸素分圧は、限定されないが、血液ガス分析装置(例えば、GASTAT-navi(Techno Medica,Yokohama,Japan))によって測定することができる。後述する実施例3に示されるように、正常なラットではP/F比が500前後、虚血再灌流肺障害モデルラットでは100未満であり、Muse細胞の投与によりP/F比を正常に近づけることができる。
【0033】
(b)A-aDO2(肺胞気・動脈血酸素分圧較差)
A-aDO2は、肺胞器酸素分圧(PAO2)と動脈血酸素分圧(PaO2)の差を意味し、A-aDO2を求めることにより肺胞でのガス交換が正常にできているかを判断することができる。PaO2は、動脈血を採取し、血液ガス分析装置を用いて測定することができるが、PAO2は、肺胞に含まれる酸素分圧のため、直接測定することができない。そのため、PAO2は、計算式(PAO2=(760-47)×0.21-PaCO2/0.8)によって理論値を求める。ヒト健常人であれば、正常値が5~15となる。この数値以上では、ガス交換が正常でないとみなされる。後述する実施例3に示されるように、正常なラットではA-aDO2が150mmHg前後、虚血再灌流肺障害モデルラットでは500mmHg以上であり、Muse細胞の投与によりA-aDO2を正常に近づけることができる。
【0034】
(c)肺コンプライアンス
肺の柔らかさを表す指数であり、肺コンプライアンスは、肺の縮まろうとする性質(弾性)の逆数で表される。横軸に肺を伸展させる圧力(ΔP)、縦軸に肺の容量変化(ΔV)をプロットすると、圧-量曲線得られ、この曲線の傾き(ΔV/ΔP)が静的肺コンプライアンスとなる。本研究ではより簡便に肺コンプライアンスを測定、算出するため1回換気量(ml)/換気圧(cmH2O)によって求められる動的肺コンプライアンスを用いた。また、本研究で用いたラットは成長過程にあり、肺も成長するため、個体間による大きさを補正するため、動的肺コンプライアンスを個体体重(kg)で除した数値(ml/cmH2O/Kg)で比較した。肺コンプライアンスが高ければ、肺は伸展しやすい状態と言え、一方、低ければ肺は硬い状態であると言える。後述する実施例4に示されるように、正常なラットでは肺コンプライアンスが1前後、虚血再灌流肺障害モデルラットでは0.6であり、Muse細胞の投与により肺コンプライアンスを正常に近づけることができる。ラットを用いた場合の測定方法とは異なるが、ヒトでは、200ml/cmH2Oが正常値である。
【0035】
(2)組織学的評価
本発明によれば、組織学的評価は、当業者によって承認される一般的な手法を用いて行うことができ、例えば、ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色、TUNEL染色により行うことができる。
(a)ヘマトキシリン・エオジン染色
組織染色法では、ヘマトキシリン・エオジン染色はよく使用され、当業者に周知である。本発明によれば、肺の組織学的評価として、肺組織を抽出し、該染色後、4つの病理学的項目(肺胞腔内の浮腫、肺胞腔内の出血、肺胞・肺胞隔壁のうっ血、炎症性細胞の浸潤)の程度により0~4+の5段階に急性肺障害の程度をグレーディングし、各動物実験群間で比較することにより、評価を行うことができる。より具体的には、評価では2名がブラインドマナーとなり、上記の病理学的項目のそれぞれについて、5段階評価、すなわち、スコア0:病変部0%、1:病変部1~25%、2:病変部26~50%、3:病変部51~75%、及び4:病変部76~100%を用いてスコアリングする。後述する実施例5に示されるように、Muse細胞を投与した処置群では、PBSのみを投与した対照群と比較して、いずれの病理学的項目における平均スコアが減少し得る。
【0036】
(b)TUNEL染色
本発明によれば、TUNEL(TdT-mediated dUTP nick end labeling)法を用いて、障害肺におけるアポトーシスを評価することができる。これは、アポトーシスの過程で生じる、組織スライス中の断片化DNAをビオチン標識ヌクレオチドで標識後、HRP標識ストレプトアビジンを反応させて染色する方法である。検出試薬としては、FITC、DAB、Blue Labelのいずれであってもよい。染色後、顕微鏡下で、TUNEL陽性細胞数を数えることにより、各実験群で比較することができる。例えば、実施例6に示されるように、顕微鏡下、10視野でTUNEL陽性細胞数を比較すると、PBS投与の対照と比較して、Muse細胞による処置群では、アポトーシスに起因したTUNEL陽性細胞の数を顕著に減少させることができる。
【0037】
以下の実施例により、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【実施例】
【0038】
実施例1:各種細胞の調製
(1)間葉系幹細胞の調製
ロンザジャパン株式会社より購入したヒト間葉系幹細胞(MSC)使用した。既報に従い、低グルコース、L-グルタミン含有のDMEM(Life Technologies,Carlsbad,U.S.A.)に10%ウシ胎児血清(FBS)(Sigma-Aidrich,St.Louis,U.S.A.)とカナマイシンを添加した培地を用いて、10cmディッシュで37℃、5%CO2の条件で培養した。細胞が90%コンフルエントの細胞密度に達したところで、0.25%トリプシン-EDTA(Life Technologies,Carlsbad,U.S.A.)で細胞を剥離し、1:2で継代した。同様に培養、継代を繰り返し、7~8継代目の細胞を実験に用いた。
【0039】
(2)Muse細胞の調製
ヒトMSCを培養、継代し、7~8継代目の細胞を用いた。まず、FluoroBrite DMEM(Life Technologies,Carlsbad,U.S.A.)44mlに5%ウシ血清アルブミン(Sigma-Aidrich,St.Louis,U.S.A.)を5ml、100mM EDTAを1ml加え、バッファーを作成した。ラットIgM 抗Stage-Specific Embryonic Antigen-3(SSEA-3)抗体(1:1000,BioLegend,San Diego,U.S.A.)を一次抗体とし、MSCと作成したバッファー中で氷上で1時間反応させた。その後、400gで5分間遠心し、上清を除去し900μlのバッファーを加え、愛護的にピペッティングし洗浄した。この洗浄の操作を3回繰り返し、FITCコンジュゲート化抗ラットIgM抗体(1:100,Jackson Immunoresearch,Baltimore,U.S.A.)を二次抗体として氷上で1時間反応させた。二次抗体と反応させた後、先述した洗浄を3回行った。次いで、抗FITCマイクロビーズ(1:10,Miltenyibiotec,Germany)を氷上で15分間反応させ、2回洗浄した後、MACS(magnetic-activated cell sorting)を用いてSSEA-3陽性細胞をMuse細胞として分離した。細胞を分離した後、BD FACS Aria(BD Biosciences,Franklin Lakes,U.S.A.)を用いて、MACSで分離した細胞の一部を解析し、分離した細胞集団中に含まれるSSEA-3陽性細胞数の割合を確認した。FACSによる解析においてSSEA-3陽性率が70%以上のものを実験に使用した。以下に述べる実験において用いられる「Muse細胞」は、SSEA-3陽性細胞を70%以上含むMACSによって分離された細胞である。
【0040】
実施例2:虚血再灌流肺障害モデルラットの作製と各種細胞の投与
本研究では、虚血再灌流肺障害モデルラットにPBSを投与するPBS群、ヒトMSCを投与するMSC群、Muse細胞を投与するMuse群、手術操作を行わない正常群の計4群を設けた。虚血再灌流肺障害後の肺機能の評価は、各群n=8で評価した。PBS群はPBS 200μl、MSC群はMSC 1.5×105細胞/200μl PBS、Muse群はMuse細胞 1.5×105細胞/200μl PBSをそれぞれ再灌流直後に左肺動脈を30G針で穿刺し、1分間かけて投与する。
【0041】
生後9週、体重290~340gの雄性Sprague-Dawleyラットを用いた。イソフルランを吸入させることにより麻酔を導入した。十分に鎮静が得られたところで、14G血管カテーテルで気管内挿管し、ラット用人工呼吸器に接続した。麻酔中は1回換気量1ml/100g、呼吸数80回/分、呼気終末陽圧2cmH2O、吸入麻酔薬濃度は1%で管理した。ラットを右側臥位にさせ、左後側方切開、第5肋間で開胸した。肺靭帯を切離して、左肺を授動させ、左肺門を十分に剥離した後、50単位のヘパリンを左奇静脈より投与した。ヘパリン投与してから5分間経過した後、吸気終末で左肺動脈、左肺静脈および左主気管支をマイクロ手術用の血管クリップで遮断した。遮断中、肺には湿らせたガーゼを被せ、保温マットを用いて胸腔内温度を37℃に保持した。遮断時間は、van der Kaaji NPらの報告(Eur J Cardiothorac Surg 2005;27:774-782)に従って2時間とした。遮断を解除した直後に、左肺動脈からPBS、MSC、Muse細胞をそれぞれ投与した。その後、3-0絹糸を用いて肋間、筋層、皮膚を縫合し閉創した。閉創後、イソフルランの吸入を中止した状態で換気を継続し、自発呼吸が再開することを確認し、14Gカテーテルを抜去した。
【0042】
実施例3:肺の酸素化能及び換気能の評価
再灌流3日、5日にラットをイソフルランによる全身麻酔下に気管切開し、14G血管カテーテルを気管に挿入した。3-0絹糸で結紮し、カテーテルと気管を固定し、カテーテルと人工呼吸器を接続した。胸骨正中切開で開胸した。左右の横隔膜を切開し、ガーゼを用いて腹部臓器の胸腔内への脱出を防いだ。右肺門を顕微鏡下に剥離した後、右肺動脈を結紮した。その後、吸入酸素濃度100%、一回換気量1ml/体重100g、呼吸数80/分、呼気終末陽圧2cmH2Oで5分間換気させた後、上行大動脈から採血を行った。血液ガス分析を行い、動脈血酸素分圧/吸入酸素濃度比(P/F比)、また以下の式より算出されるA-aDO2(A-aDO2=713-動脈血二酸化炭素分圧/0.8-動脈血酸素分圧)を各群間で比較した。血液ガス分析はGASTAT-navi(Techno Medica,Yokohama,Japan)を用いて測定した。各群n=8で評価した。
【0043】
再灌流から3日目(Day3)、再灌流から5日目(Day5)に動脈血血液ガス分析を行い、P/F比、A-aDO
2を測定し比較した。P/F比は、Day3においてMuse群とPBS群(p<0.001)、Muse群とMSC群(p<0.01)、またDay5においてMuse群とPBS群(p<0.001)、Muse群とMSC群(p<0.001)、MSC群とPBS群(p<0.01)で統計学的有意差を認めた(
図1)。A-aDO
2は、Day3においてMuse群とPBS群(p<0.01)、Muse群とMSC群(p<0.05)、またDay5においてMuse群とPBS群(p<0.001)、Muse群とMSC群(p<0.001)、MSC群とPBS群(p<0.01)で統計学的有意差を認めた(
図2)。これらの結果から、Muse細胞の投与により、虚血再灌流肺障害モデルラットにおける肺の機能が改善され、虚血再灌流肺障害におけるMuse細胞の治療有効性が確認できた。
【0044】
実施例4:左肺コンプライアンスの評価
血液ガス分析後、右肺門をモスキートペアン鉗子で遮断し、換気数を80回/分に設定し、分時換気量を40mlから段階的に200mlまで上げ、各換気量における換気圧を計測した。一回換気量を個体重量で除して調整し、換気量/換気圧(ml/kg/cm H2O)を求め、肺コンプライアンスとして各群間で比較した。各群n=8で評価した。
【0045】
再灌流から3日目(Day3)、再灌流から5日目(Day5)に左肺コンプライアンスを測定し比較した。Day3においてMuse群とPBS群(p<0.001)、Muse群とMSC群(p<0.05)、MSC群とPBS群(p<0.05)、またDay5においてMuse群とPBS群(p<0.001)、MSC群とPBS群(p<0.05)で統計学的有意差を認めた(
図3)。実施例3と同様に、この結果から虚血再灌流肺障害におけるMuse細胞の治療有効性が確認できた。
【0046】
実施例5:組織学的評価
左肺コンプライアンスを測定後、心肺ブロックを摘出し、気管から4%パラホルムアルデヒドを10cmH2Oの圧で注入し、左肺を4%パラホルムアルデヒド中に24時間固定した。固定後、肺組織を分割し、半分をパラフィンに包埋し、もう半分をO.C.T.コンパウンドに包埋し、それぞれパラフィン切片、凍結切片を作製した。パラフィン切片は3μm、凍結切片は8μmで薄切切片をそれぞれ作製した。
【0047】
(1)虚血再灌流肺障害の病理学的検索
パラフィン切片を用いてヘマトキシリン・エオジン染色を行い、Okada Yらの報告(Transplantation 1997;64:801-806)に基づいて、4つの病理学的項目(肺胞腔内の浮腫、肺胞腔内の出血、肺胞・肺胞隔壁のうっ血、炎症性細胞の浸潤)の程度により0~4+の5段階に急性肺障害の程度をグレーディングし、各群間で比較した。3日目、5日目でそれぞれ各群n=8で評価した。
【0048】
Day3とDay5においてHE染色を行い、上記の4つの病理学的項目について0~4の5段階で評価した。Day3において、肺胞内浮腫はMuse群とPBS群(p<0.01)、Muse群とMSC群(p<0.01)、肺胞内出血はMuse群とPBS群(p<0.01)、Muse群とMSC群(p<0.01)、毛細血管のうっ血はMuse群とPBS群(p<0.01)、Muse群とMSC群(p<0.05)、好中球浸潤はMuse群とPBS群(p<0.01)、Muse群とMSC群(p<0.01)で統計学的有意差を認めた(
図4)。Day5では、好中球浸潤についてMuse群とPBS群(p<0.01)、Muse群とMSC群(p<0.05)で統計学的有意差を認めた(データ示さず)。このように、Muse細胞を投与した処置群では、PBSのみを投与した対照群と比較して、いずれの病理学的項目における平均スコアが減少していることから、Muse細胞は、虚血再灌流肺障害の治療に有効であることが確認できた。
【0049】
(2)ラット障害肺におけるアポトーシスの評価
障害肺におけるアポトーシスを評価するため、TUNEL(TdT-mediated dUTP nick end labeling)法を行った。TUNEL法にはDeadEnd(商標)Fluorometric TUNEL System(Promega,Wisconsin,U.S.A.)を用い、添付のプロトコールに従って染色を行った。200倍で10視野観察し、TUNEL陽性細胞数を数え、10視野の合計のTUNEL陽性細胞数を各群間で比較した。Day3、Day5でそれぞれ各群n=4で評価した。
【0050】
Day3およびDay5において、PBS群、MSC群およびMuse群の左肺切片を用いてTUNEL法を行い、アポトーシス細胞を検出し、200倍視野で10視野観察し、TUNEL陽性細胞数を比較した(
図5)。Day3においてMuse群はPBS群(p<0.01)、MSC群(p<0.05)と比較して有意に少なく、Day5においてMuse群はPBS群(p<0.001)、MSC群(p<0.01)と比較して有意に少なかった。この結果から、Muse細胞による処置群では、虚血再灌流肺障害に起因してアポトーシスに至った細胞の数を顕著に減少させることができた。
【0051】
実施例6:ラット障害肺におけるヒト細胞数の評価
凍結切片を用いて、一次抗体としてウサギ抗ヒトgolgi抗体(1:50,Abcam,Cambridge,UK)を4℃で一晩反応させた。二次抗体としてCy3コンジュゲート化ロバ抗ウサギIgG抗体(1:500、Jackson Immunoresearch,Baltimore,U.S.A.)を2時間、室温で反応させ、免疫組織化学を行い、MSC群、Muse群における抗ヒトgolgi抗体陽性細胞数を数えた。2群とも1個体あたり3切片ずつ作成し、切片の面積を測定し、切片毎に全陽性細胞数を数え、単位面積あたりの抗ヒトgolgi抗体陽性細胞数を2群間で比較した。Day3、Day5でそれぞれ各群n=4で評価した。
【0052】
Day3およびDay5において、左肺組織に対して抗ヒトgolgi抗体による免疫組織化学を行い、各切片中のヒトgolgi陽性細胞数を各個体3切片ずつ数えた。Day3において、Muse細胞を虚血再灌流肺障害モデルラットに投与した群はMSCを正常ラットに投与した群(p<0.05)、Muse細胞を正常ラットに投与した群(p<0.05)およびMSCを虚血再灌流肺障害モデルラットに投与した群(p<0.05)より有意に多くのヒト細胞が残っていた。また、Day5において、Muse細胞を虚血再灌流肺障害モデルラットに投与した群はMSCを虚血再灌流肺障害モデルラットに投与した群(p<0.01)と比べて有意に多くのヒト細胞が残っていた(
図6)。すなわち、Muse細胞はMSCより効率的に、持続的に障害肺に作用することができると言える。
【0053】
実施例7:ラット障害肺における発現タンパク質の評価
障害肺における発現タンパク質を比較するため、障害肺からタンパク質を抽出し、ウェスタンブロッティングを行った。PBS群、MSC群、Muse群の左肺組織を再灌流後3日目に摘出し、バイオマッシャーによりホモジェナイズし、プロテアーゼインヒビターカクテル(Roche,Mannheim,Germany)を添加したLysis Buffer(20mM Tris-HCl,150mM NaCl,1%Triton X-100)により15分間氷上で反応させた。抽出したタンパク量はBradford法で定量した。続いて、Lysis Bufferと等量のx2 Sample Buffer(30%グリセロール,4%ドデシル硫酸ナトリウム,125mM Tris-HCl(pH6.8),100mMジチオスレイトール,10mM EDTA,10%β-メルカプトエタノール,0.1%ブロモフェノールブルー)を添加し、100℃で10分間インキュベートする。それぞれのサンプルは50μgずつ10%、15%SuperSep Ace(Wako,Osaka,Japan)で電気泳動し、Immobilon-P転写メンブレン(Merck Millipore,Billerica,U.S.A.)に転写する。5%スキムミルク(Nakarai Tesque,Kyoto,Japan)で、4℃、1時間でブロッキングした後、一次抗体として5%スキムミルクで希釈したウサギ抗IL-10抗体(1:2500,Abcam,Cambridge,UK)、ウサギ抗IL-1β抗体(1:5000,Merck Millipore Billerica,U.S.A)、マウス抗IL-6抗体(1:2000,Abcam,Cambridge,UK)、ヤギ抗KGF抗体(1:2000,R&D systems,Minneapolis,U.S.A.)、ウサギ抗PGE2抗体(1:1000,Bioss,Boston,U.S.A.)、ウサギ抗SDF(Stem cell drived factor)-1抗体、ウサギ抗上皮性ナトリウムチャネル(ENaC)抗体(1:500,Thermo Fisher Scientific,Waltham,U.S.A.)、ウサギ抗Akt抗体(1:2000,Cell Signaling Technology,Danvers,U.S.A.)、ウサギ抗Bcl-2抗体(1:500 Abcam,Cambridge,UK)、マウス抗β-アクチン抗体(1:10000,Abcam,Cambridge,UK)を用いて、4℃で一晩反応させる。二次抗体にはペルオキシダーゼコンジュゲート化ヤギ抗マウスIgG抗体(1:10000)またはペルオキシダーゼコンジュゲート化ヤギ抗ウサギIgG抗体(1:15000)、ペルオキシダーゼコンジュゲート化ロバ抗ヤギIgG抗体(1:5000)を使用し、室温で1時間反応させた。発色にはPiece Western Blotting Substrate Plus(Thermo Fisher Scientific,Waltham,U.S.A.)を用いて、5分間発色させ、LAS-4000 IRマルチカラー(Fuji Film,Tokyo,Japan)で撮像し、β-アクチンに対する各タンパク質の発現レベル比を算出し、各群間で比較した。
【0054】
Day3においてPBS群、MSC群、Muse群の左肺組織からタンパク質を抽出しウェスタンブロッティングを行い、バンドの濃淡を各群で比較した結果を
図7に示す。Muse群とMSC群ではPGE2(p<0.01)、SDF-1(p<0.05)、IL-6(p<0.05)、ENaC(p<0.05)、Bcl-2(p<0.05)、Akt(p<0.01)で、Muse群とPBS群ではPGE2(p<0.01)、SDF-1(p<0.01)、IL-6(p<0.05)、ENaC(p<0.05)、Bcl-2(p<0.05)、Akt(p<0.01)で統計学的に有意にMuse群の発現が高かった。統計学的有意差は認めなかったものの、KGF、Il-10、MMP2、IGF-1の発現はMuse群で高く、IL-1bの発現はMuse群で低かった。
【0055】
虚血再灌流肺障害モデルラットにMuse細胞を投与することで、MSCを投与するより優れた機能改善効果が得られた。障害肺のウェスタンブロッティングではMuse群において、KGF、PGE2、IL-10、SDF-1、IL-6、MMP-2、IGF-1、ENaC、Bcl-2、Aktが高発現し、IL-1βの発現が低かった。ENaCはI型肺胞上皮細胞及びII型肺胞上皮細胞に発現しているナトリウムイオンチャネルで、ナトリウムイオンの吸収を介して肺胞腔の水分クリアランスにおいて重要な役割を果たし、虚血再灌流肺障害を含む急性肺障害における肺水腫の発生にも関与している。KGFはENaCの発現を誘導し、肺胞水分クリアランスを亢進させる。ENaCの発現が促されることで肺胞水分クリアランスが亢進し、病理組織における肺胞内浮腫の改善に寄与し、肺機能改善に関与したと考えられる。
【0056】
IL-6、IGF-1、SDF-1は、細胞増殖を促進させ、組織を修復する。これらのサイトカインが高発現していたMuse群では、PCNAによるI型肺胞上皮細胞、II型肺胞上皮細胞の増殖能の評価において、いずれも分裂期にある細胞数が有意に多かった。また、虚血再灌流肺障害においてアポトーシスは肺機能障害の発生に大きく関与しているが、Bcl-2及びAktは、アポトーシス経路において、アポトーシスを抑制する働きをもつタンパク質である。Muse群ではこれらのタンパク質の発現が亢進しており、TUNEL法における陽性細胞数がMuse群で減少していたことから明らかであるように、Muse群ではアポトーシスがより強く抑制されていた。すなわち、Muse群では虚血再灌流障害後に生存するI型およびII型肺胞上皮細胞が多かったと言える。I型およびII型肺胞上皮細胞が多く生存あるいは増殖することは、それぞれ有効なガス交換面積の増加および肺サーファクタント蛋白の産生を意味し、それぞれ直接的に酸素化能および肺コンプライアンスの改善に寄与したと考えられる。さらに、障害肺におけるI型およびII型肺胞上皮細胞数の増加は、肺胞上皮細胞に発現しているENaCが増加することを意味し、これによっても肺胞内浮腫の改善に寄与したと考えられる。
【0057】
PGE2は、T細胞の増殖を抑制し免疫抑制効果、血管内皮細胞保護という直接的な作用の他、IL-10を介した抗炎症作用を有している。PGE2が高発現していたMuse群では強力な抗炎症作用、免疫抑制作用を有するIL-10も高発現しており、Muse群では炎症性サイトカインであるIL-1bの低下、病理組織における好中球浸潤の軽減に関与し、肺機能の改善に寄与したと考えられる。
【0058】
実施例8:ラット障害肺における肺胞上皮増殖能の評価
凍結切片を用いて、Tris-EDTA(pH9.0)、80℃、20分間でマイクロウェーブにて抗原賦活化を行った後、増殖期の細胞マーカーとしてマウス抗PCNA(Proliferating cell nuclear antigen)抗体(1:500,Abcam,Cambridge,UK)、2型肺胞上皮細胞のマーカーとしてウサギ抗Pro Surfactant protein C抗体(1:1000,Merck Millipore,Billerica,U.S.A.)、1型肺胞上皮細胞のマーカーとしてウサギ抗Aquaporin 5抗体(1:250,Abcam,Cambridge,UK)を一次抗体として使用し、4℃で一晩反応させた。二次抗体はそれぞれFITCコンジュゲート化ロバ抗マウスIgG抗体(1:500、Jackson Immunoresearch,Baltimore,U.S.A.)、Cy3コンジュゲート化ロバ抗ウサギIgG抗体(1:500、Jackson Immunoresearch,Baltimore,U.S.A.)を用いて2時間、室温で反応させた。200倍視野で観察し、PCNAとPro Surfactant protein C、PCNAとAquaporin 5のそれぞれ共陽性細胞を10視野で数えた。それぞれを増殖期にある2型肺胞上皮細胞数、1型肺胞上皮細胞数としてPBS群、MSC群、Muse群で比較した。再灌流後3日目、5日目でそれぞれ各群n=4で評価した。
【0059】
Day3、Day5において抗PCNA抗体を用いて、分裂期にある細胞数を数えた。I型肺胞上皮細胞マーカーであるアクアポリン5とII型肺胞上皮細胞マーカーであるpro SPCの抗体とそれぞれ共染色を行い、共陽性細胞を200倍視野で10視野観察し数えた。結果を
図8に示す。PCNAとアクアポリン5の共陽性細胞数はDay3においてMuse群はMSC群(p<0.01)とPBS群(p<0.01)より統計学的に有意に共陽性細胞数が多かった。Day5においては、統計学的有意差は認めなかったものの、Muse群で共陽性細胞数が多かった。PCNAとpro SPCの共陽性細胞数はDay3においてMuse群はMSC群(p<0.05)及びPBS群(p<0.05)と比較して有意に共陽性細胞数が多かった。Day5では、Muse群は共陽性細胞数が他の2群と比較して共陽性細胞数が多く、特にPBS群との間には統計学的有意差を認めた(p<0.05)。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明の細胞製剤及び医薬組成物は、虚血再灌流肺障害の軽減及び治療に応用できる。
【0061】
本明細書に引用する全ての刊行物及び特許文献は、参照により全体として本明細書中に援用される。なお、例示を目的として、本発明の特定の実施形態を本明細書において説明したが、本発明の精神及び範囲から逸脱することなく、種々の改変が行われる場合があることは、当業者に容易に理解されるであろう。