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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-24
(45)【発行日】2022-04-01
(54)【発明の名称】交流電動機の制御装置及びその制御方法
(51)【国際特許分類】
   H02P 21/26 20160101AFI20220325BHJP
   H02P 25/026 20160101ALI20220325BHJP
   H02P 6/18 20160101ALI20220325BHJP
【FI】
H02P21/26
H02P25/026
H02P6/18
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018156884
(22)【出願日】2018-08-24
(65)【公開番号】P2020031508
(43)【公開日】2020-02-27
【審査請求日】2021-03-08
(73)【特許権者】
【識別番号】502129933
【氏名又は名称】株式会社日立産機システム
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】ハディナタ アグネス
(72)【発明者】
【氏名】岩路 善尚
(72)【発明者】
【氏名】戸張 和明
(72)【発明者】
【氏名】小沼 雄作
(72)【発明者】
【氏名】杉本 卓也
【審査官】池田 貴俊
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/166546(WO,A1)
【文献】特開2003-219690(JP,A)
【文献】特開2017-135881(JP,A)
【文献】特開2013-062985(JP,A)
【文献】特開2017-184361(JP,A)
【文献】特開2013-201828(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/26
H02P 25/026
H02P 6/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
交流電動機を駆動する電力変換装置と、前記電力変換装置を用いて前記交流電動機に高調波成分を印加し前記交流電動機を位置センサレスによりベクトル制御を行う制御器とを備えた交流電動機の制御装置であって、
前記制御器は、前記ベクトル制御の処理を行うベクトル制御処理器と、前記交流電動機の電流検出の処理を行う電流検出処理器と、前記ベクトル制御の処理周期T1のトリガーTRG1と前記交流電動機の電流検出の処理周期T2のトリガーTRG2のそれぞれ異なるトリガー信号を出力する割込み信号発生器を有し、
前記ベクトル制御の処理周期T1は、前記電力変換装置のパワー半導体素子のスイッチング指令を出力する周期に同期した周期であり、
前記処理周期T1期間内に前記処理周期T2の電流検出処理を2回以上実行し、
前記電流検出処理器の処理により検出した電流に含まれる前記高調波成分を用いて、前記位置センサレスによるベクトル制御を行なうことを特徴とする交流電動機の制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の交流電動機の制御装置であって、
前記ベクトル制御の処理周期T1、前記交流電動機の電流検出の処理周期T2の整数倍であることを特徴とする交流電動機の制御装置。
【請求項3】
請求項に記載の交流電動機の制御装置であって、
前記電流検出処理器は、前記高調波成分の検出値に対して過去の検出値との差分、ならびにフィルタリングを含む処理を行なうことを特徴とする交流電動機の制御装置。
【請求項4】
交流電動機を駆動する電力変換装置と、前記電力変換装置を用いて前記交流電動機に高調波成分を印加し前記交流電動機を位置センサレスによりベクトル制御を行う制御器とを備えた交流電動機の制御装置であって、
前記制御器は、前記ベクトル制御の処理を行うベクトル制御処理器と、前記交流電動機の電流検出の処理を行う電流検出処理器と、前記ベクトル制御処理器と前記電流検出処理器の処理を開始するそれぞれ異なるトリガー信号を出力する割込み信号発生器を有し、
前記電流検出処理器の処理により検出した電流に含まれる前記高調波成分を用いて、前記位置センサレスによるベクトル制御を行ない、
前記電流検出処理器は、前記高調波成分の検出値に対してピーク値演算、あるいは予め設定された周波数成分の抽出演算の処理を行なうことを特徴とする交流電動機の制御装置。
【請求項5】
交流電動機を駆動する電力変換装置と、前記電力変換装置を用いて前記交流電動機に高調波成分を印加し前記交流電動機を位置センサレスによりベクトル制御を行う制御器とを備えた交流電動機の制御装置であって、
前記制御器は、前記ベクトル制御の処理を行うベクトル制御処理器と、前記交流電動機の電流検出の処理を行う電流検出処理器と、前記ベクトル制御処理器と前記電流検出処理器の処理を開始するそれぞれ異なるトリガー信号を出力する割込み信号発生器を有し、
前記電流検出処理器の処理により検出した電流に含まれる前記高調波成分を用いて、前記位置センサレスによるベクトル制御を行ない、
前記電流検出処理器は、前記高調波成分の検出値に対して、該高調波成分の主成分である周波数成分の抽出演算と、その2倍の周波数成分の抽出演算処理を行なうことを特徴とする交流電動機の制御装置。
【請求項6】
請求項1に記載の交流電動機の制御装置であって、
前記処理周期T1ならびに前記処理周期T2を自由に設定できる機能を備えることを特徴とする交流電動機の制御装置。
【請求項7】
請求項に記載の交流電動機の制御装置であって、
前記処理周期T1ならびに前記処理周期T2の設定機能として、前記交流電動機の制御装置に有線通信、あるいは無線通信によって接続された他の機器によって設定することを特徴とする交流電動機の制御装置。
【請求項8】
交流電動機を駆動する電力変換装置と、前記電力変換装置を用いて前記交流電動機に高調波成分を印加し前記交流電動機を位置センサレスによりベクトル制御を行う制御器とを備えた交流電動機の制御方法であって、
前記ベクトル制御の処理と前記交流電動機の電流検出の処理を前記ベクトル制御の処理周期T1のトリガーTRG1と前記交流電動機の電流検出の処理周期T2のトリガーTRG2のそれぞれ異なるトリガー信号で処理し、
前記ベクトル制御の処理周期T1は、前記電力変換装置のパワー半導体素子のスイッチング指令を出力する周期に同期した周期であり、
前記処理周期T1期間内に前記処理周期T2の電流検出処理を2回以上実行し、
前記電流検出の処理により検出した電流に含まれる前記高調波成分を用いて、前記位置センサレスによるベクトル制御を行なうことを特徴とする交流電動機の制御方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、交流電動機に高調波電圧を重畳して発生する高調波電流に基づいて交流電動機を制御する、ベクトル制御装置及び交流電動機制御システムに関する。
【背景技術】
【0002】
交流電動機(以下、「電動機」と記す)の駆動システムは、工作機械、ファン、ポンプ(油圧ポンプ、水ポンプ)、圧縮機、冷暖房機器の産業用途から、電気自動車、鉄道用車両用の交流電動機などの様々な用途に使用されており、中でも小型・高効率の特長を有する永久磁石同期モータを用いた電動機駆動装置は拡大傾向にある。
【0003】
永久磁石同期モータを駆動するには、モータの回転子位置、速度を精度よく検出する必要がある。近年の電動機駆動装置では、位置センサや速度センサを用いずに電動機に発生する逆起電圧情報から回転子位置、ならびに速度を推定するセンサレス制御が採用されている。しかし、逆起電圧情報から回転子位置を推定する場合は、極低速付近では逆起電圧が小さくなることから適用が困難である。そこで、低速での回転子位置の推定方法として電動機の突極比を利用した方法がある。
【0004】
本技術分野における背景技術として、特許文献1及び特許文献2がある。特許文献1には、電動機の突極比を利用して回転子位置を推定する従来技術が示されている。ここでは回転子位置の推定精度を向上するために、電動機の高調波電流の検出誤差による影響を低減させる技術が開示されている。電流サンプリング周期に対して、高調波電流の周期を長く設定して、高調波電流の一周期間に検出する回数を増やすことで精度を確保している。
【0005】
また、特許文献2の従来技術では、永久磁石同期モータの停止・初期位置を精度よく推定するために、電動機の高調波電流を正側、負側のそれぞれに対して、高調波電流の少なくとも2つの電流値を検出し、高調波電流の変化量から回転子の初期位置を推定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2012-161143号公報
【文献】特開2005-020918号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1では、高調波電流の周期をサンプリング回数に対して十分長く設定することで、高調波電流の検出回数を増やし回転子位置の推定精度を向上させる。しかし、高調波電流の検出タイミングは、制御器のPWM(パルス幅変調)を行うための三角波キャリアと同期しているため、検出回数はパワー半導体素子のスイッチング周波数によって制約されている。そのため、この手法を実現するにはスイッチング周波数に対して重畳する高調波の周波数を十分低く設定する必要がある。周波数の低い高調波を重畳すると、耳障りな電磁騒音や、あるいはトルク脈動やそれに伴う機械振動が生じる恐れがあり、現実的ではない。また、高調波の周波数を下げることで、肝心のセンサレス部分の応答性が低下してしまい、システムとしての高応答化は難しくなる可能性がある。
【0008】
さらに、近年では産業分野において低速位置センサレス制御を安価な電動機に適用する傾向が増えている。安価な電動機は低突極比の電動機が多いため、回転子位置の推定精度が低下する問題がある。特許文献1の手法にて、低突極比の電動機をセンサレス駆動するには、さらに高調波の周波数を下げるか、あるいは振幅を増やして感度を向上させる必要があり、益々、電磁騒音やトルク脈動の問題が発生する。また、制御応答の向上も難しくなる。
【0009】
特許文献2の手法は、基本的にベクトル制御の実行前の、初期位置推定のタスク処理であるため、電動機を駆動した状態、すなわち、ベクトル制御時の状態での位置推定は開示されていない。しかし、高調波電流の変化量を検出する手法として、PWM(パルス幅変調)を行うための三角波キャリアのピーク値ならびに中間値を検出タイミングとして設定する手法が開示されている。しかし、三角波キャリアのピークと中間値の2か所のタイミングでは、ノイズや誤差の影響を受けやすく、検出精度を大幅に向上させるのは難しい。
【0010】
本発明は、このような課題を鑑みてなされたものであり、高調波重畳による回転子の位置センサレス制御において、回転子位置を精度良く、静かに、かつ汎用的に推定できる交流電動機の制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、上記背景技術及び課題に鑑み、その一例を挙げるならば、交流電動機を駆動する電力変換装置と、電力変換装置を用いて交流電動機に高調波成分を印加し交流電動機を位置センサレスによりベクトル制御を行う制御器とを備えた交流電動機の制御方法であって、ベクトル制御の処理と交流電動機の電流検出の処理をそれぞれ異なるトリガー信号で開始し、電流検出の処理により検出した電流に含まれる高調波成分を用いて、位置センサレスによるベクトル制御を行う。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高調波重畳による回転子の位置センサレス制御において、回転子位置を精度良く、静かに、かつ汎用的に推定できる交流電動機の制御装置及びその制御方法を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1における交流電動機の制御装置の構成図である。
図2】実施例1におけるベクトル制御処理器の構成図である。
図3】実施例1における電流検出処理器の構成図である。
図4】交流電動機の実際の回転座標軸(d-q軸)、制御器の内部の回転座標軸(dc-qc軸)と軸誤差Δθcの関係を示す図である。
図5】実施例1における制御器の動作の説明図である。
図6】実施例1における電流検出処理器内のフィルタ処理器の構成図である。
図7】実施例1における電流検出処理器内のΔIq演算器の構成図である。
図8】実施例2における割込み信号発生器の動作の説明図である。
図9】実施例2における割込み信号発生器の構成図である。
図10】実施例3における電流検出処理器内のΔIq演算器の構成図である。
図11】実施例3におけるΔIq演算器の動作の説明図である。
図12】実施例4における電流検出処理器の構成図である。
図13】実施例4における電流検出処理器内の極性判別器の構成図である。
図14】実施例4における極性判別器の動作の説明図である。
図15】実施例5における交流電動機の制御装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施例について図面を用いて説明する。
【実施例1】
【0015】
図1~7を用いて、本実施例における交流電動機の制御装置について説明する。
【0016】
図1は、本実施例における交流電動機の制御装置の構成図である。図1において、制御装置20は、電力変換器3と制御器4で構成される。電源1は、永久磁石同期モータ2(以下、PMモータと略す)を駆動するための電力変換器3に電力を供給する直流電源である。電力変換器3は、6素子のパワー半導体素子によって構成されるインバータ主回路部31と、このインバータ主回路部31の各パワー半導体素子のオン・オフ信号を発生するゲート・ドライバ32、フィルタコンデンサ33、PMモータ2に流れる相電流を検出する電流センサ8a、8bにより構成され、電力変換器3は、制御器4が出力するPWM信号(パルス幅変調信号)に基づいて制御される。
【0017】
制御器4では、割り込み信号発生器5が出力するトリガー信号TRG1によって、ベクトル制御処理器6が制御処理を開始し、電流センサ8a、8bによって検出された相電流Iu、Iwが所望の値になるように、電力変換器3の出力電圧指令を演算する。最終的にはPWM信号を生成して、ゲート・ドライバ32へ出力する。
【0018】
一方、電流検出処理器7では、割り込み信号発生器5が出力するトリガー信号TRG2によって演算処理を開始し、電流センサ8a、8bによって検出されたIu、Iwをサンプリングして、ベクトル制御処理器6に必要な電流Idm、Iqmの演算と、PMモータ2を回転位置センサレス駆動を行うために必要な軸誤差Δθcの演算を行う。
【0019】
次に図2を用いて、ベクトル制御処理器6の動作を説明する。図2に示すように、ベクトル制御処理器6は、トリガー信号TRG1によって制御処理を開始し、PMモータ2の回転数指令を生成する速度指令発生器61が速度指令ωr*を発生し、これにPMモータ2の回転速度(ここではセンサレス制御を前提としており、回転速度推定値となる)ωrc^が一致するように、速度制御器62が動作して、dq変換上の電流指令値id*,iq*を演算して出力する。ベクトル制御演算器63では、電流指令値id*,iq*と、PMモータ2の電流Idm,Iqmとの偏差がなくなるように、電圧指令vdc*、ならびにvqc*が計算される。これらの値に、高調波電圧発生器67が出力するΔvdc*,Δvqc*を加算して、dq逆変換器64において、三相交流電圧指令vu*,vv*,vw*に変換される。これらの三相交流電圧指令は、PWM信号発生器66にてパルス幅変調され、PWM信号Pu,Pv,Pwとなって出力される。尚、高調波電圧発生器67は、PMモータ2の位置センサレス制御に必要となる高調波電圧を生成しており、同時に位置推定を行うのに必要な符号信号Pvhを生成し、電流検出処理器7へ出力している。
【0020】
本システムはPMモータ2の回転子位置センサレス制御を前提としているため、実際の回転子の位置θdと、制御器内部で仮定している回転子の位置θdcとには誤差があり、この誤差を軸誤差Δθcとして定義している。
Δθc = θdc-θd …(1)
【0021】
このΔθcは、電流検出処理器7にて演算されてベクトル制御処理器6へ出力される。ベクトル制御処理器6では、速度推定器68において、このΔθcが零になるように、回転速度ωrc^を修正することで、速度推定と位置制御を両立させている。ωrc^を使用して位相演算を行い、その位相θdcを用いてdq逆変換器64の位相としている。また、得られたθdcは、電流検出処理器7においても座標変換に使用される。
【0022】
次に図3~7を用いて、本発明の特徴部分である電流検出処理器7について詳しく説明する。図3は、本実施例における電流検出処理器の構成図である。図3に示すように、電流検出処理器7は、トリガー信号TRG2によって演算処理を開始し、PMモータ2の電流検出値Iu,Iwを用いて、dq座標変換器71にてθdcの座標に対するdq座標変換が行われ、相電流Iu,Iwはdq軸上の電流Idc,ならびにIqcに変換される。Idc,Iqcには、ベクトル制御処理器6の高調波電圧発生器67によって生成された高調波成分が多量に含まれており、それらをカットするため、フィルタ処理器72にてフィルタ処理が施されIdm,Iqmを出力する。
【0023】
ΔIq演算器9では、Iqcに含まれる高調波成分から、軸誤差Δθcの発生量に応じて変化する成分であるΔIqを算出する。軸誤差演算器73では、このΔIqを係数倍することで軸誤差Δθcを演算して出力する。
【0024】
ここで、図4を用いて、軸誤差ΔθcとΔIqの関係を説明する。尚、この部分は公知技術である。
【0025】
図4(a)~(c)は、それぞれPMモータ2の実際のdq座標軸d-q軸と、制御器4の内部の座標軸であるdc-qc軸を示しており、いずれも軸誤差Δθcが存在している例である。
【0026】
図4(a)に示すように、制御側の座標軸であるdc軸に高調波電圧Vhを印加する。すなわち、図2における高調波電圧発生器67において、
Δvdc* = Vh, Δvqc* = 0 …(2)
としている。dc軸上の高調波電圧Vhは、PMモータ2の実際のdq座標軸にそれぞれベクトル分解され、各軸に高調波電流Ihd,Ihqが発生する。
【0027】
この時、図4(b)に示すように、d軸インダクタンスLdとq軸インダクタンスLqが等しい場合には、IhdとIhqは高調波電圧のベクトル比率に応じて発生する。このような条件では、軸誤差Δθcを推定することはできない。しかし、dq軸のインダクタンスが異なる場合には、電流の発生量に差が生じる。図4(c)に示すように、インダクタンスの小さいd軸では多くの電流が流れ、逆にインダクタンスの大きなq軸ではあまり電流が流れない。結果として、高調波電流Ihはd軸の存在する方向に傾き、qc軸上に高調波成分Iqhcが発生する。この発生量は、軸誤差Δθcに関係しており、このIqchを零になるように位相を補正すれば、位置センサレス制御が成立する。
【0028】
これらの動作を、波形図を使用して説明する。図5において、図5(a)はPWM信号発生器66で用いられているPWM発生用の三角波キャリアと、相電圧指令を示している。この三角波キャリア波と電圧指令を比較することで、PWM信号を生成する。その際、ベクトル制御処理器6に対する割込み信号TRG1は、三角波キャリアの山と谷のピーク時において発生させる。この信号TRG1をトリガーとして、ベクトル制御処理を行う(図5(d))。また、同図(e)に示すように、高調波電圧を三角波キャリアの山と谷に同期した波形として印加する。三角波キャリアを用いたPWM方式では、三角波キャリア周波数以上の信号を印加することができないため、図5(e)のような印加方法が、重畳周波数としては最大になる。なお、この重畳電圧波形と同期して、高調波電圧の符号信号Pvhも生成して、電流検出処理7に与えられる。
【0029】
高調波を印加することで、q軸電流Iqcには高調波成分であるIqhcが含まれることになる(図5(g))。図5(g)は従来の電流サンプリングのタイミングを示しており、キャリア波と山と谷のタイミングでサンプリングを行い、これらの差分(ΔIq)に基づくセンサレス制御を実施している。しかし、電流検出を行うタイミングは、キャリアの山、谷の瞬間のみであり、ノイズや検出誤差の影響を受けやすい。検出のS/N比を考えると、十分な精度のΔIqを得るためには、大きな振幅の高調波電圧を印加する必要があり、その場合は、電磁騒音の増加や、高調波による損失の増大化も懸念される。
【0030】
本実施例では、電流検出処理器7を、ベクトル制御処理器6よりも短い周期で動作させ、この問題を解決する。図5(h)がその高速サンプリングでのトリガー信号TRG2であり、同図(i)のように電流波形をサンプリングする。
【0031】
図3に示したように、高速サンプリングされた相電流は、座標変換後にフィルタ処理器72と、ΔIq演算器9でそれぞれ演算処理される。
【0032】
図6は、図3におけるフィルタ処理器72の構成図であり、ここでは遅延器10、加算器11ならびに演算ゲイン12を使用して、移動平均処理によるフィルタリングを行っている。遅延器10は「2N-1」個使用しており、2N個分の移動平均処理を行っている。ここで、Nは、高調波電圧Vhの半周期間(ここでは、T1に一致)のサンプル数である。2N個の移動平均を取ることで、高調波成分の影響は削除できる。
【0033】
図7は、図3におけるΔIq演算器9の詳細ブロックである。図7において、フィルタ処理器91にて、Iqcに含まれるノイズを除去し、その後、差分演算器92にて、波形の一階差分を演算する。この差分計算は、図5(g)に示した“キャリア波の山と谷のタイミングでの差分演算”に相当する演算であり、この結果と高調波電圧の極性に同期した符号信号Pvhとを乗算器13にて乗算することで、ΔIqが計算される。尚、この時、フィルタ処理器91での信号遅延を考慮して、符号信号Pvhに対して遅延器93を挿入している。また、ΔIqに変動分が残る可能性があるため、ローパスフィルタ(LPF)14にて演算結果を滑らかにしている。
【0034】
図7におけるフィルタ処理器91は、K個分の移動平均処理を行っているが、このKの値は大き過ぎると高調波成分が完全に消えてしまうため、ノイズ除去のための数回分の移動平均とするのが望ましい。あるいは、デジタルフィルタ処理によって、バンドパス・フィルタにしても問題はない。
【0035】
本実施例では、高調波印加による位置センサレス制御において、ベクトル制御処理とは異なる短いサンプル周期を導入して電流を検出し位置推定を行うことが実現でき、従来よりも、ノイズに強く、かつ、高調波電圧の低減が可能となる。
【0036】
なお、本実施例では、高調波電圧をdc軸のみに印加したが、qc軸のみでも、あるいは両方の軸への印加でも問題はない。また、三角波キャリア周波数と等しい周波数の高調波を印加しているが、これもキャリア周波数以下であれば実現可能であり、その場合は、矩形波ではなく、正弦波の高調波印加も可能である。
【0037】
以上のように本実施例によれば、交流電動機の制御装置において、ベクトル制御周期以上に細かい周期で電流を検出することで微小な電流でも検出できるようになる。そのため、重畳電圧量を低減し電動機に発生する電磁騒音やトルク脈動を低減することができる。また、突極比の低い電動機でも本発明を適用することによって回転子位置を精度良く推定し低速から位置センサレス制御が可能になる。また、制御系の応答に関しては、高調波電流の周波数とPWM三角波キャリアの周波数と同じ周波数にすることができるため、制御系の応答を高くすることも可能である。
【実施例2】
【0038】
本実施例における交流電動機の制御装置について図8ならびに図9を用いて説明する。
【0039】
図8は、本実施例における割込み信号発生器の動作の説明図である。図8において、TRG1、TRG2、及びIuは、図1におけるトリガー信号と相電流である。トリガー信号TRG1は、前述の通りに三角波キャリアに同期した信号である。よって、トリガー信号TRG1の周期であるT1は、インバータ主回路がスイッチング動作する周期であり、T1の期間内に、最低1回のオン、あるいはオフの動作が伴う。その結果、相電流Iuに含まれる脈動成分は、このT1を基準とした周期の成分となる。
【0040】
この脈動成分には、実施例1で示した高調波電圧による脈動成分も加わるため、できるだけ精度良く検出したい。それには、周期T1の中に、トリガー信号TRG2を生成する周期T2が常に整数個となるように同期することが望ましい。この同期が取れていないと、サンプリングによる“うねり(ビート)”が発生してしまう恐れがある。よって、うねりによる検出誤差を防止するため、T2の整数倍がT1となるように、トリガー信号TRG1とTRG2の信号を生成する。
【0041】
図9に、このような条件のトリガー信号を生成する割込み信号発生器5の構成を示す。図9において、発信器51では、TRG2の信号を周期T2で生成しており、その信号をカウンタ52でカウントして、周期T1の信号を生成する。カウンタ52の設定で、T1をT2の何倍にするかの設定が可能である。
【0042】
以上のように、本実施例によれば、より高精度に回転子位置のセンサシングが可能な交流電動機の制御装置が実現できる。
【実施例3】
【0043】
本実施例は、高調波電流の検出値に対して予め設定された周波数成分を抽出し、高調波成分の振幅を抽出することで回転位置センサレス制御を行うものである。
【0044】
実施例1では、電流のサンプリング回数を増やすことでフィルタリングによりノイズを削減し、位置センサレスにおける位置推定精度を向上される手段について説明した。しかし、位置推定演算にはノイズ削除後の電流値に対する「差分」の計算が必要であり、電流検出時の分解能が重要となる。すなわち、制御器4に使用するADコンバータのbit数として、高分解能のものを使用しないと精度が得られないという問題がある。この問題を解決するため、本実施例では差分演算を用いない手法について説明する。
【0045】
本実施例における交流電動機の制御装置について図10ならびに図11を用いて説明する。
【0046】
本実施例は、実施例1における図7に示すΔIq演算器9を図10に示すΔIq演算器9Bに置きかえることで実現できる。
【0047】
図10に本実施例におけるΔIq演算器9Bの構成を示す。ΔIq演算器9Bは、高調波電圧符号Pvhに同期した正弦波を発生する正弦波発生器94、乗算器13ならびにフィルタ処理器91Bから構成される。ここでは、q軸電流Iqcを入力として、q軸電流Iqcに含まれる高調波電流Iqhcの振幅成分ΔIq2を出力する。
【0048】
図11に、図10のΔIq演算器9Bの動作を示す。図11(a)の高調波電圧符号Pvhに同期して正弦波発生器94は高調波の周波数と等しい正弦波関数S(図11(b))を生成し、高調波電流Iqhcに乗算器14にて乗算する。ここで、正弦波関数Sの大きさは1に設定し、また、高調波電流Iqhcと同相となるように位相を設定することで、高調波電流Iqhcの振幅成分を抽出できる。この位相の設定は、高調波電圧符号Pvhの立下りのタイミングにおいて、正弦波のピークとなるように合わせればよい(高調波電圧に対して、PMモータ2はインダクタンスとみなすことができ、その電流位相は90度遅れとなるため)。
【0049】
正弦波関数Sと高調波電流Iqhcとの乗算結果は図11(d)の波形に示す。図11(d)に示した波形から高調波電流Iqhcの振幅成分は抽出されていることが分かるが、高調波の2倍周波数成分が含まれるため、フィルタ処理器91Bにて2倍の周波数成分を除去する。フィルタ処理器91Bでは2倍の周波数成分を十分に除去できる移動平均の回数を行い、軸誤差Δθcに相当する高調波電流Iqhcの振幅成分ΔIq2を算出する。尚、フィルタ処理器91Bの移動平均期間は、高調波電圧Vhの半周期間(T1の周期)に一致させる。
【0050】
このように、本実施例によれば、高調波電流の検出値に対して予め設定された周波数成分を抽出して、高調波成分の振幅を求めることが可能であり、さらに、差分演算を用いないことで、分解能の低いADコンバータを使用した場合においても高精度な回転位置センサレス制御を行うことが可能となる。
【実施例4】
【0051】
本実施例は、高調波電流の検出値に対して、高調波電流の主成分である周波数成分の抽出演算を行い回転位置センサレス制御を行うものと、その2倍の周波数成分の抽出演算を行いPMモータの回転子位置の極性判別処理を行うものである。
【0052】
実施例1における軸誤差Δθcの推定演算では、軸誤差Δθcが±90度の範囲でのみ位置推定が可能である。しかし、回転子の初期位置の状態では、軸誤差Δθcが必ずしも±90度の範囲内にあるとは限らず、軸誤差Δθcは0度もしくは180度のどちらかに収束することが考えられる。すなわち、図4に示す座標軸で説明すると、軸誤差Δθcが0度の時はdc軸がd軸と一致していることを意味する。一方、軸誤差Δθcが180度の時はdc軸がd軸と180度反転していることを意味している。この2点を判別するために極性判別処理を行う。なお、本実施例における周波数成分の抽出演算は実施例3と同様な処理を行うものとする。以下、極性判別処理の動作について説明する。
【0053】
本実施例における交流電動機の制御装置について図12図13ならびに図14を用いて説明する。
【0054】
本実施例は、実施例1における図3に示す電流検出処理器7を図12に示す電流検出処理器7Cに置き換えることで実現できる。
【0055】
図12に本実施例における極性判別処理を含む電流検出処理器7Cの構成を示す。電流検出処理器7Cは、dq座標変換器71、フィルタ処理器72、ΔIq演算器9、軸誤差演算器73、ならびに極性判別器15から構成される。電流検出処理器7Cでは、極性判別器15以外は実施例1と同様な構成と動作をしている。
【0056】
図13に極性判別器15の構成を示す。極性判別器15は、二次調波発生器95、乗算器13、移動平均を行うフィルタ処理器91Cから構成される。ここでは、d軸電流Idcを入力として、Idcを用いて極性判別を行い極性判別信号NSを出力する。
【0057】
図14図13の極性判別器15の動作を示す。図14(a)の高調波電圧符号Pvhに同期して、二次調波発生器95は高調波の2倍周波数の正弦波関数S2(図14(b))を生成する。正弦波関数S2のピーク値は高調波電圧符号Pvhの立下りのタイミングと同期している。正弦波関数S2をd軸電流の高調波電流Idhcに乗算器14にて乗算して、図14(d)に示す波形となる。図14(d)に示す波形をフィルタ処理器91Cにて、高調波成分を十分に除去できる移動平均の回数を行い、図14(e)に示す平均値を判別信号NSとして算出し、平均値の符号によって極性を判別する。ここでの移動平均の期間はVhの一周期(T1の2倍)とする。
【0058】
ここで行う極性判別の原理自体は公知であるが、その原理を簡単に説明すると次のようになる。極性判別はPMモータの磁石磁束の磁気飽和特性を利用して判別を行う。制御側の座標軸であるdc軸に高調波電圧Vhを印加すると、d軸電流Idcの高調波電流Idhcは磁石磁束の磁気飽和の影響を受け、図14(c)に示す正・負が非対称な波形となる。この非対称な波形に含まれる2次調波の成分を利用して、極性判別を行う。Idhcの2次調波の成分を抽出するため、高調波の2倍周波数の正弦波関数S2と乗算し図14(d)に示す波形となる。図14(d)の波形を移動平均することで必要な周波数の平均値を抽出することができ、図14(e)に示す判別信号NSとなる。ここで、判別信号NSが正であれば、軸誤差Δθcが0度(dc軸がd軸と一致している)、判別信号NSが負であれば、軸誤差Δθcが180度(dc軸がd軸と180度反転している)こととなる。
【0059】
このように、本実施例によれば、高調波電流の検出値に対して、高調波電流の主成分である周波数成分の抽出演算、さらに高調波電流の2次調波の周波数成分の抽出演算により、回転子位置センサレス制御ならびに極性判別も可能な交流電動機の制御装置を実現可能となる。
【実施例5】
【0060】
本実施例は、実施例1におけるベクトル制御を行う周期T1ならび電流検出の処理周期T2を自由に設定できる機能を適用したものである。
【0061】
図15は本実施例における交流電動機の制御装置の構成図である。本実施例は、実施例1~4において適用可能であり、その構成に関しては、図1の制御器4を図15に示す制御器4bに置き換えて、それ以外は同一物を使用することで実現できる。
【0062】
図15において、図1と異なる点は、制御器4bが、実施例1~4の制御器4と接続された他の機器との通信ができるように通信手段16を追加した点である。ここで、通信手段16を介して本実施例におけるベクトル制御の処理周期T1ならびに電流検出の処理周期T2を設定することができる。
【0063】
通信手段16は、例えば、パーソナル・コンピュータ17上のローカル・エリア・ネットワークあるいは接続された他の機器のフィールドバスと接続して有線通信を行い、処理周期T1ならびに処理周期T2の設定値を自由に設定してもよい。もしくは、例えば、無線によって接続された他の機器と通信を行い、処理周期T1ならびに処理周期T2を設定してもよい。
【0064】
このように本実施例によれば、ベクトル制御の処理周期T1ならびに電流検出の処理周期T2は、有線通信あるいは無線通信によって自由に設定することが可能となる。
【0065】
以上実施例について説明したが、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加、削除、置換をすることも可能である。また、上記制御器は、それらの一部又は全部を、例えば集積回路で設計する等によりハードウェアで実現してもよいし、また、プロセッサがそれぞれの機能を実現するプログラムを解釈し実行することによるソフトウェアで実現してもよい。
【符号の説明】
【0066】
1:電源、2:永久磁石同期モータ(PMモータ)、3:電力変換器、4、4b:制御器、5:割込み信号発生器、6:ベクトル制御処理器、7、7c:電流検出処理器、8a、8b:電流センサ、9:ΔIq演算器、10:遅延器、11:加算器、12:演算ゲイン、13:乗算器、14:ローパスフィルタ、15:極性判別器、16:通信手段、17:パーソナル・コンピュータ、20:制御装置、31:インバータ主回路部、32:ゲート・ドライバ、33:フィルタコンデンサ、51:発信器、52:カウンタ、71:dq座標変換器、72:フィルタ処理器、73:軸誤差演算器、721a:dc軸電流Idcのフィルタ処理器、721b:qc軸電流Iqcのフィルタ処理器、9B:ΔIq演算器、91B:フィルタ処理器(実施形態3)、91C:フィルタ処理器(極性判別器内)、94:正弦波発生器、95:二次調波発生器
図1
図2
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図5
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図7
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図9
図10
図11
図12
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図15