(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/26 20060101AFI20220329BHJP
H01J 49/40 20060101ALI20220329BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20220329BHJP
【FI】
H01J49/26
H01J49/40
G01N27/62 D
(21)【出願番号】P 2018191901
(22)【出願日】2018-10-10
【審査請求日】2021-02-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100098671
【氏名又は名称】喜多 俊文
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【氏名又は名称】江口 裕之
(74)【代理人】
【識別番号】100149962
【氏名又は名称】阿久津 好二
(74)【代理人】
【識別番号】100170988
【氏名又は名称】妹尾 明展
(72)【発明者】
【氏名】上田 直也
【審査官】藤本 加代子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-168332(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0146317(US,A1)
【文献】特開2005-201889(JP,A)
【文献】特開2008-249694(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/26
H01J 49/40
H01J 49/00
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
検出器と、
前記検出器からの出力信号を受けるデータ処理部とを備え、
前記データ処理部は、
前記出力信号をサンプリングしたデジタル信号を生成する信号生成部と、
前記デジタル信号に対して予め定められた回数の積算処理を実行する積算処理部と、
前記積算処理部から出力された積算処理後のデジタル信号列に含まれる周期的なピークノイズを除去する周期ノイズ除去部とを含み、
前記周期ノイズ除去部は、
前記デジタル信号列のうちの無信号区間の信号列を用いて前記ピークノイズの補正位置および補正量を算出する補正パラメータ演算部と、
前記信号生成部からの前記デジタル信号列を前記ピークノイズの周期に合わせて遅延する遅延部と、
前記検出器の作動期間における前記デジタル信号列に対して、前記補正パラメータ演算部によって算出された前記補正位置に対応するデジタル信号値を前記補正量により補正する補正処理を行う補正処理部とを含み、
前記補正パラメータ演算部は、
前記遅延部によって遅延された前記信号列と前記遅延部を通過しない前記信号列とのデジタル信号値の絶対値同士の加算結果に従い、前記ピークノイズの周期に対応するサンプル数の前記デジタル信号値のうちの最大値の抽出により前記補正位置を算出するとともに、当該補正位置における前記補正量を算出するパラメータ算出
部を有する、分析装置。
【請求項2】
前記パラメータ算出部は、少なくとも、前記デジタル信号値の極性と前記積算処理の回数とに基づいて前記補正量を算出する、請求項1記載の分析装置。
【請求項3】
前記遅延部は、前記ピークノイズの周期に相当するサンプル数だけ前記デジタル信号列を遅延し、
前記サンプル数は、予め定められた固定値である、請求項1または2に記載の分析装置。
【請求項4】
前記周期ノイズ除去部は、
前記無信号区間の信号列を用いて前記ピークノイズの周期を算出するためのノイズ周期算出部をさらに含み、
前記遅延部は、前記ピークノイズの周期に相当するサンプル数だけ前記デジタル信号列を遅延し、
前記サンプル数は、前記ノイズ周期算出部によって算出された周期に従って設定される、請求項1または2に記載の分析装置。
【請求項5】
前記遅延部は、遅延して出力する前記デジタル信号列を構成する前記デジタル信号に対して、前記サンプル数毎に基準位置を示す情報を付与し、
前記パラメータ算出部は、前記基準位置に対する相対位置で前記補正位置を定義し、
前記補正処理部は、前記基準位置および前記補正位置によって特定される前記デジタル信号値を補正する、請求項1~4のいずれか1項に記載の分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は分析装置に関し、より特定的には、分析装置でのデータ処理の技術に関する。
【背景技術】
【0002】
飛行時間型質量分析装置(TOFMS:Time-of-Fright Mass Spectrometry)に代表される分析装置では、質量分析装置等の検出器の出力信号(イオン信号)に対して、増幅および所定回数の積算等の処理が行われるが、このデータ処理によって系統的なノイズが信号に重畳される虞がある。
【0003】
たとえば、特許第3741563号公報(特許文献1)では、当該系統的なノイズが比較的短い周期を有していることに着目して、測定データのスペクトルよりも短いバックグラウンドスペクトルを予め準備しておくとともに、測定データのスペクトルから当該バックグラウンドを差し引く処理を繰り返し実行することで、周期的ノイズを抑制する技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1の技術では、周期的ノイズを示すバックグラウンドスペクトルを予め準備しておく必要がある。したがって、予め準備したノイスレベルと、実際のノイズスペクトルとの間に差が生じると、ノイズの抑制が不十分となったり、かえってノイズを発生させてしまう虞がある。
【0006】
また、特許文献1では、周期的ノイズの位相合わせのために、フーリエ変換して周波数平面上でハイパスフィルタを掛けた後、逆フーリエ変換するため、制御演算が複雑化しており演算が高負荷となることも懸念される。
【0007】
本発明はこのような課題を解決するためになされたものであって、本発明の目的は、分析装置で得られる信号の周期的なノイズを、パイプライン処理が可能な構成で、簡易な演算によってより確実に抑制することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に従う分析装置は、検出器と、検出器からの出力信号を受けるデータ処理部とを備える。データ処理部は、信号生成部と、積算処理部と、周期ノイズ除去部とを含む。信号生成部は、出力信号をサンプリングしたデジタル信号を生成する。積算処理部は、デジタル信号に対して予め定められた回数の積算処理を実行する。周期ノイズ除去部は、積算処理部から出力された積算処理後のデジタル信号列に含まれる周期的なピークノイズを除去する。周期ノイズ除去部は、遅延部と、補正パラメータ演算部と、補正処理部とを含む。遅延部は、信号生成部からのデジタル信号列をピークノイズの周期に合わせて遅延する。補正パラメータ演算部は、デジタル信号列のうちの、信号射出直後の分析信号が存在しない無信号区間の信号列を用いてピークノイズが存在する補正位置およびその補正量をパイプライン処理で算出する。補正処理部は、デジタル信号列に対して、補正パラメータ演算部によって算出された補正位置に対応するデジタル信号値を補正量により補正する補正処理を行う。補正パラメータ演算部は、パラメータ算出部を有する。パラメータ算出部は、遅延部によって遅延された無信号区間の信号列と遅延部を通過しない無信号区間の信号列とのデジタル信号値の絶対値同士の加算結果に従い、ピークノイズの周期に対応するサンプル数のデジタル信号値のうちの最大値の抽出により補正位置を算出するとともに、当該補正位置における補正量を算出する。
【0009】
好ましくは、パラメータ算出部は、少なくとも、デジタル信号値の極性と積算処理の回数とに基づいて補正量を算出する。
【0010】
あるいは好ましくは、遅延部は、ピークノイズの周期に相当するサンプル数だけデジタル信号列を遅延する。遅延部においてデジタル信号列を遅延するサンプル数は、予め定められた固定値である。
【0011】
あるいは好ましくは、周期ノイズ除去部は、ノイズ周期算出部をさらに含む。ノイズ周期算出部は、分析信号を含まない無信号区間の信号列(ベースライン信号)を用いてピークノイズの周期を算出する。遅延部は、ピークノイズの周期に相当するサンプル数だけデジタル信号列を遅延する。遅延部においてデジタル信号列を遅延するサンプル数は、ノイズ周期算出部によって算出された周期に従って設定される。
【0012】
また好ましくは、遅延部は、遅延して出力するデジタル信号列を構成するデジタル信号に対して、サンプル数毎に基準位置を示す情報を付与する。パラメータ算出部は、基準位置に対する相対位置で補正位置を定義する。補正処理部は、基準位置および補正位置によって特定されるデジタル信号に対して補正量の減算処理を実行する。
【発明の効果】
【0013】
この発明によれば、分析装置で得られる信号の周期的なノイズを簡易な演算処理によって、より確実に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明の実施の形態に従う分析装置の構成を説明する概略ブロック図である。
【
図2】
図1に示されたデータ処理部の構成を説明するブロック図である。
【
図3】ベースライン信号波形の観測例を示す図である。
【
図4】実施の形態1に従う周期ノイズ除去部の機能ブロック図である。
【
図5】
図4に示された周期ノイズ除去部の動作タイミングを説明する概念的な波形図である。
【
図6】補正処理部による効果を説明するための実験におけるベースライン信号波形の観測例を示す図である。
【
図7】実施の形態2に従う周期ノイズ除去部の機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の実施の形態について、図面を参照して詳細に説明する。なお以下では、図中の同一または相当部分に同一符号を付して、その説明は原則的に繰返さないものとする。
[実施の形態1]
【0016】
図1は、本発明の実施の形態に従う分析装置5の構成を説明する概略ブロック図である。
【0017】
図1を参照して、分析装置5は、代表的には、飛行時間型質量分析装置(TOFMS)であり、検出器10と、増幅器20と、データ処理部100とを備える。たとえば、検出器10は、図示しない、イオン化部および質量分離部(アナライザ)等を含む質量分析計であり、イオン化(気相)された分析対象試料を構成する原子および分子の質量/電荷比の相違に基づく質量分析結果を示す、分析信号(アナログ信号)を出力する。
【0018】
増幅器20は、検出器10から出力された分析信号を増幅する。データ処理部100は、増幅器20によって増幅された分析信号をデジタルサンプリングによって収集するとともに、デジタル信号に対する積算処理や補正ノイズ処理等を行なって、分析装置5からの出力信号(以下、「分析出力信号」とも称する)を生成する。分析出力信号は、いわゆるマススペクトルを示す信号に相当する。
【0019】
図2は、データ処理部100の構成を説明するブロック図である。なお、
図2を始めとして、以下に説明するブロック図に記載される各機能ブロックは、FPGA(Field-programmable Gate Array)等によるハードウェア処理およびプロセッサによるソフトウェア処理の少なくとも一方によって、当該機能を実現することができる。
【0020】
図2を参照して、データ処理部100は、アナログ/デジタル(A/D)変換器110と、機能ブロックとして示される、信号取込部120、積算処理部130、ベースライン補正部140、および、周期ノイズ除去部150を含む。
【0021】
A/D変換器110は、増幅器20によって増幅された分析信号(アナログ信号)をデジタル値に変換する。信号取込部120は、所定のサンプリング周波数(たとえば、5(GHz))で、所定のビット幅(たとえば、10ビット)のデジタル信号を生成する。各サンプルタイミングにおいて、当該デジタル信号の各ビットは、分析信号のアナログ値の量子化によって定められる。これにより、サンプリング周波数の逆数であるサンプリング周期毎に、分析信号の電圧(アナログ)に従うデジタル信号Sdgが生成される。すなわち、A/D変換器110および信号取込部120により「信号生成部」の機能を実現することができる。
【0022】
積算処理部130は、信号取込部120によって生成されたデジタル信号Sdgを予め定められた回数Niだけ積算させ、その積算結果を示すデジタル信号列Sdsを出力する。ベースライン補正部140は、積算処理後のデジタル信号列Sdsに対してベースライン補正を行なって、ベースライン補正後のデジタル信号列Sds*を出力する。
【0023】
ベースライン補正は、分析信号がゼロレベルとなるように調整するための補正処理である。なお、ベースライン補正については、公知の手法を適宜用いることが可能であるので、詳細な説明は省略する。以下では、ベースライン補正部140から出力されたデジタル信号列Sds*のうち、射出直後の分析信号を含まない信号区間を、特に「ベースライン信号」とも称する。
【0024】
図3は、ベースライン信号波形の観測例を示す波形図である。
図3の横軸は、時間軸(サンプル数)であり、縦軸には、サンプル毎におけるデジタル信号の所定ビット幅で示されるデジタル信号値がプロットされる。
図3には、積算回数が多いとき(たとえば、1000回程度)としたときに、周期的なピークノイズが観測されたときの例が示される。
【0025】
図3を参照して、ベースライン信号波形は、ベースライン補正の効果により、平均値がゼロのノイズ状の挙動を示すことが理解される。しかしながら、積算回数が多数回にわたると、ベースライン信号波形上に、時間軸上で周期的に発生するピークノイズが観測される。たとえば、
図3の例では、サンプリング周波数が5(GHz)の下で、64サンプル毎、すなわち、78.125(MHz)の周波数でピークを有するノイズが発生している。
図3では、当該ピークノイズを丸囲みで表記している。以下では、ノイズ周期(Nz)は、A/D変換器110および信号取込部120によって生成されるデジタル信号のサンプル数を単位として示される。例えば、
図3の例では、Nz=64である。
【0026】
当該ピークノイズは、データ処理部100の構成要素が搭載される基板上でのハードウェア起因で発生していると予測され、通常、個体毎にピークノイズの周波数は略一定であることが、発明者らによって見出されている。また、このようなピークノイズは、積算処理の回数(以下、「積算回数Ni」とも称する)が多いほど顕著に発生する。
【0027】
分析出力信号において、当該ピークノイズがスペクトルとして誤認識されること、あるいは、ピークノイズの影響で真のスペクトルが検出できないことが懸念される。
【0028】
したがって、本実施の形態に従う分析装置では、
図2に示されるように、ベースライン補正後のデジタル信号列Sds*から、周期的なピークノイズ(
図3)を演算処理によって除去するために、周期ノイズ除去部150がさらに設けられる。なお、実施の形態1では、ベースライン信号波形(
図3)の観測によって、ピークノイズの発生周期Nz(ノイズ周期Nz)は既知であることを前提とする。
【0029】
図4は、
図2に示された周期ノイズ除去部150の機能ブロック図である。
図4を参照して、周期ノイズ除去部150は、遅延部160,180と、補正パラメータ演算部170と、補正処理部200とを有する。補正パラメータ演算部170は、加算部172と、ピーク検出部174と、パラメータ算出部175とを有する。
【0030】
遅延部160は、ベースライン補正部140から出力されたベースライン補正後のデジタル信号列Sds*を、ピークノイズの周期に相当するNzサンプル分だけ遅延したデジタル信号列Sds♯を出力する。たとえば、遅延部160では、加算部172へ送出された信号との間で同期を取るために、Nzサンプル毎に、基準位置を示す情報を付与した上でデジタル信号列Sds♯を出力することができる。
【0031】
加算部172は、遅延部160を通過しないデジタル信号列Sds*と、Nzサンプル遅延されたデジタル信号列Sds♯との間で、デジタル信号値の絶対値同士の加算演算を実行する。これにより、Nzサンプル毎に、
図3に示されたピークノイズの位置に対応して、加算結果が他のサンプルと比較して顕著に拡大されたデジタル信号列を得ることができる。また、加算部172では、絶対値化する前のデジタル信号値の極性(正/負)を示す情報が記憶される。
【0032】
ピーク検出部174は、加算部172によって得られたデジタル信号列のNzサンプル分から、絶対値同士の加算結果の最大値を抽出する。これにより、Nzサンプル分のデジタル信号列から最大値に対応するデジタル信号を特定することにより、ピークノイズの位置を特定することができる。たとえば、ピークノイズの位置は、上述の基準位置からのサンプル数、すなわち、基準位置に対する相対位置によって示すことができる。
【0033】
パラメータ算出部175は、ピーク検出部174からピークノイズの位置を特定する情報(Nzサンプル中での位置)を取得するとともに、加算部172からピークノイズに対応するデジタル信号値(ピークノイズ値)の絶対値化する前の極性(正/負)を示す情報を取得する。さらに、ピークノイズの大きさを示す情報として、当該ピークノイズに対応した絶対値同士の加算値をさらに取得することも可能である。
【0034】
パラメータ算出部175は、Nzサンプル毎のピークノイズを除去するための補正位置Nhおよび補正量Shを算出して、補正処理部200へ出力する。補正位置Nhは、Nzサンプル中のうちの1つのデジタル信号を特定するための、上記基準位置からのサンプル数を示す情報とすることができる。補正とは、ピークノイズ値をノイズ実効値付近にもっていくことであるので、補正量Shは、(検出したピークノイズ-ノイズ実効値)に相当する。たとえば、予め推定されているノイズ実効値がNrのとき、Nrの√(Ni)倍となるように設定することができる(Ps(LSB)=Nr*√(Ni))。補正値Psは、加算部172からの情報に基づき、絶対値化される前のノイズピーク値の極性(正/負)を有するように算出される。このように、補正パラメータ演算部170は、パイプライン処理により、ピークノイズを除去するための補正位置Nhおよび補正量Shを算出する。
【0035】
遅延部180は、遅延部160でNzサンプル数遅延されたデジタル信号列Sds♯を、さらに所定サンプル数だけ遅延させる。遅延部180では、補正処理部200による補正演算処理を待機するためのバッファとして作用する。したがって、遅延部180による遅延サンプル数は、補正処理部200における補正演算の所要時間に合わせて適宜設計することができる。遅延部180においても、遅延部160でNzサンプル毎に付与される基準位置を示す情報は維持される。
【0036】
補正処理部200は、遅延部180から出力されたデジタル信号列に対して、周期的なピークノイズの補正処理を実行する。具体的には、デジタル信号列を構成する複数のデジタル信号のうち、基準位置を示す情報が付与されたデジタル信号から補正位置を示すNhサンプル遅れたデジタル信号に対して、補正量Shを減算するように補正処理が実行される。すなわち、Nzサンプル毎に、ピークノイズを除去するために補正量Shによる補正が実行される。なお、補正値Psをノイズピーク値の極性とは逆の極性を有するように算出すると、補正量Shの加算によって補正処理を実行することができる。
【0037】
図5には、周期ノイズ除去部150の動作タイミングを説明するタイムチャートが示される。
【0038】
図5を参照して、分析装置5の運転投入を実行し、射出した分析信号を積算回数分積算する。射出直後は分析信号を含まない無信号であるので、この期間を周期ノイズ除去に用いるリファレンス信号として用いる。積算処理後のデータ送出の際、ベースライン補正が行われたデジタル信号列Sds*、すなわち、上述のベースライン信号が、周期ノイズ除去部150へ入力される。ベースライン信号には、マススペクトルを示す成分は含まれておらず、データ処理部100で発生されるノイズ、特に、積算処理によって生じる周期的なピークノイズが含まれている。
【0039】
射出直後の無信号期間のデータを用いて、補正パラメータ演算部170が作動する一方で、補正処理部200は停止される。これにより、無信号期間において、Nzサンプル毎のピークノイズを除去するための補正位置Nhおよび補正量Shが算出される。
【0040】
そのまま継続して、分析信号に基づくデジタル信号列に対して、データ処理部100で重畳された周期的なピークノイズを除去するために、補正処理部200による補正処理が実行される。すなわち、ベースライン補正後のデジタル信号列Sds*が、無信号期間で算出された補正位置Nhおよび補正量Shに従って補正される。これにより、データ処理部100からの出力信号における周期的なピークノイズを抑制することができる。
【0041】
図6には、補正処理部200の効果を説明するための実験におけるベースライン信号波形の観測例が示される。上述のように、ベースライン信号波形は、無信号期間における、各サンプルタイミングでのデジタル信号の集合である。
図6においても、横軸は、時間軸(サンプル数)であり、縦軸は、サンプル毎でのデジタル値である。
【0042】
図6の(a1),(b1),(c1)には、それぞれ異なる基板において、無信号期間で補正処理部200を停止させたときに得られた、ベースライン信号波形が示される。(a1),(b1),(c1)の各々において、ベースライン補正の効果により、デジタル値の平均値は略0であることが理解される。また、基板毎での特性の違いにより、(a1),(b1)では、周期的なピークノイズが発生している一方で、(c1)では、顕著なピークノイズは見られない。
【0043】
図6の(a2)には、無信号期間における(a1)のベースライン信号波形に対して、実験的に補正処理部200を作動させたときの、データ処理部100からの出力信号、すなわち、ピーク補正処理後のベースライン信号波形が示される。同様に、(b2)には、無信号期間における(a2)のベースライン波形に対する、ピーク補正処理後のベースライン信号波形が示される。
【0044】
(a1)および(a2)の比較、ならびに、(b1)および(b2)の比較から理解されるように、補正処理部200によって、負値の大きな周期的なピークノイズが除去されていることが理解される。なお、ベースライン信号波形を構成する各デジタル信号値の標準偏差(σ)は、(a1)では,67.34、(a2)では、56.42であるのに対し、ピーク補正処理後の(a2)では58.61、(b2)では46.74と改善されている。
【0045】
一方、顕著なピークノイズが見られない(c1)のベースライン信号波形に対する、ピーク補正処理後のベースライン信号波形が(c2)に示される。(c1)および(c2)の比較から理解されるように、周期的なピークノイズが目立たないベースライン信号波形に対して補正処理部200を作動しても、ノイズの悪化が生じない。なお、ベースライン信号波形を構成する各デジタル信号値の標準偏差(σ)は、(c1)では,53.80であり、ピーク補正処理後の(a2),(b2)と同等であるところ、(c2)での標準偏差(σ)は、54.64であり、ノイズの悪化は、定量値(標準偏差)で見ても生じていないことが理解される。
【0046】
このように、本実施の形態に従う分析装置によれば、射出直後等の無信号期間における実際のベースライン信号からの周期的なピークノイズの抽出に従って補正処理を行うことにより、積算処理によってデータ処理過程で発生する周期的なピークノイズを抑制することができる。この結果、リアルタイムに処理できることで、ノイズパターンを予め作成する手法と比較して、ノイズの経時変化による強弱に対し、より確実に精度よくノイズを抑制することができる。
【0047】
特に、周波数領域への変換等を行うことなく、最大値抽出や加減算等の比較的簡易なデジタル信号処理によってノイズを抑制することができる。また、
図6の(c1)および(c2)の比較からも理解されるように、補正前の信号に与える影響も抑制されている。
【0048】
[実施の形態2]
図7は、実施の形態2に従う周期ノイズ除去部の構成を説明する概略ブロック図である。実施の形態2に従う分析装置では、
図1および
図2の構成において、
図7の構成を有する周期ノイズ除去部150aが、周期ノイズ除去部150(
図4)に代わって配置される。
【0049】
周期ノイズ除去部150aは、
図4に示された周期ノイズ除去部150と比較して、ノイズ周期算出部190をさらに備える点で異なる。ノイズ周期算出部190は、ベースライン補正部140から出力されたベースライン補正後のデジタル信号列Sds*を入力されて、ノイズ周期を算出する。すなわち、ノイズ周期算出部190では実施の形態1においては、事前の波形観測(
図3)によって既知の値とした、ノイズ周期を示すサンプル数Nzをオンラインで計測するものである。
【0050】
なお、ノイズ周期算出部190によるノイズ周期を算出するための処理は、公知の技術を適用することが可能であり、たとえば、特開2008-252190号公報、または、特開2007-151051号公報に記載された技術を用いることができる。
【0051】
図7で説明したノイズ周期算出部190は、遅延部160より早いタイミングにて動作する。これにより、補正パラメータ演算が実行される前に、無信号期間におけるデジタル信号列Sds*に基づいて、ピークノイズの周期を示すサンプル数Nzを自動的に算出することができる。その後の処理は、実施の形態1と同様であるので、詳細な説明は繰り返さない。
【0052】
実施の形態2に従うデータ処理装置によれば、ピークノイズの周期をオンラインでの測定結果に従って設定することができる。この結果、万一、温度条件等によってピークノイズの周期が変化した場合にも、正しい周期でノイズ抑制を図ることができる。
【0053】
本実施の形態では、Nzサンプルのデジタル信号中のピークノイズに対応する1個に対してのみ補正処理を行う例を説明したが、さらに、2番目、3番目等に大きいノイズに対しても同様の補正処理を行うことも可能である。この場合には、ピーク検出部174において、最大値を含む複数個のピークが検出されるとともに、各ピークに対応させて補正パラメータ(補正位置Nhおよび補正量Sh)が算出される。
【0054】
また、本実施の形態は、本発明が適用される分析装置として、TOFMSを念頭において説明したが、TOFMS以外の方式の分析装置でも積算処理によって周期的なピークノイズが発生する場合には、検出器の種類を問わず本実施の形態に従う周期的なピークノイズに対する補正処理を行うことができる。
【0055】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0056】
5 分析装置、10 検出器、20 増幅器、100 データ処理部、110 変換器、120 信号取込部、130 積算処理部、140 ベースライン補正部、150,150a 周期ノイズ除去部、160,180 遅延部、170 補正パラメータ演算部、172 加算部、174 ピーク検出部、175 パラメータ算出部、190 ノイズ周期算出部、200 補正処理部、Nh 補正位置、Ni 積算回数、Nr ノイズ実効値、Nz ノイズ周期(サンプル数)、Ps 補正値、Sdg デジタル信号、Sds デジタル信号列、Sds* デジタル信号列(ベースライン補正後)、Sdg♯ デジタル信号(遅延後)、Sh 補正量。