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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】圧縮着火エンジン
(51)【国際特許分類】
   F02M 61/18 20060101AFI20220329BHJP
   F02F 3/26 20060101ALI20220329BHJP
   F02B 23/06 20060101ALI20220329BHJP
【FI】
F02M61/18 320D
F02F3/26 C
F02B23/06 W
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018240612
(22)【出願日】2018-12-25
(65)【公開番号】P2020101140
(43)【公開日】2020-07-02
【審査請求日】2020-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100127797
【弁理士】
【氏名又は名称】平田 晴洋
(72)【発明者】
【氏名】金 尚奎
(72)【発明者】
【氏名】隅本 貴
(72)【発明者】
【氏名】岡田 晋太朗
(72)【発明者】
【氏名】志茂 大輔
(72)【発明者】
【氏名】神田 智行
(72)【発明者】
【氏名】田上 真一朗
(72)【発明者】
【氏名】平林 千典
【審査官】稲村 正義
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-222041(JP,A)
【文献】国際公開第2015/177897(WO,A1)
【文献】特開2018-193909(JP,A)
【文献】特開2012-092778(JP,A)
【文献】特開2010-101243(JP,A)
【文献】特開2006-125388(JP,A)
【文献】特開2013-160186(JP,A)
【文献】特開2011-185242(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02M 61/18
F02F 3/26
F02B 23/00-23/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ、ピストンの冠面及び天井面により形成される燃焼室と、
前記天井面の径方向中心部にシリンダ軸に沿って配設され、前記燃焼室内に燃料を噴射する複数の噴孔を備えた燃料噴射弁と、
前記燃料噴射弁に、1サイクルあたり、圧縮上死点よりも進角側で噴射するプレ噴射と、圧縮上死点付近で噴射するメイン噴射とを少なくとも実行させ、運転状態に応じて前記プレ噴射の時期を進角又は遅角させる補正を行う燃料噴射制御部と、
を有する直噴式の圧縮着火エンジンであって、
前記ピストンの冠面にはキャビティと、前記冠面の外周縁付近に配置された周縁平面部とが備えられ、
前記キャビティは、
前記冠面の径方向中心領域に配置され、前記冠面からシリンダ軸方向に第1の深さを有する第1底部を備えた第1キャビティ部と、
前記冠面における前記第1キャビティ部の外周側に配置され、シリンダ軸方向に前記第1の深さよりも浅い第2の深さを有する第2底部を備えた第2キャビティ部と、
前記第1キャビティ部と前記第2キャビティ部とを繋ぎ、シリンダ軸方向に沿った断面において第1半径を有する曲面からなる凸面形状を備えたリップと、
前記第2キャビティ部の前記第2底部よりも径方向外側に配置された立ち壁領域と、
前記第2キャビティ部において最も高い位置であって最も径方向外側に位置する第2キャビティ上端部と、を含み、
シリンダ軸を含む断面において、前記第2底部から前記立ち壁領域の上端位置に至る部分は、所定の第2半径を有する円のおおよそ1/4円弧によって形成され、
前記第2キャビティ上端部は、所定の第3半径を有する円のおおよそ1/4円弧によって形成され、
前記第2キャビティ上端部の下端位置は、前記立ち壁領域の上端位置に連なり、前記第2上端部の上端は前記周縁平面部に連なり、
前記第1半径の中心点と前記第2半径の中心点との間のシリンダ軸方向の距離を第1距離、前記第2半径の中心点と前記第3半径の中心点との間のシリンダ径方向の距離を第2距離とするとき、前記第1半径と前記第2半径との和は前記第1距離よりも大きく、前記第2半径と前記第3半径との和は前記第2距離以下に設定されており、
前記燃料噴射弁の複数の噴孔は、前記シリンダ軸方向において前記ピストン寄りを指向する複数の第1噴孔が環状に配列された第1噴孔群と、前記シリンダ軸方向において前記天井面寄りを指向する複数の第2噴孔が環状に配列された第2噴孔群と、を含み、
前記第1噴孔群及び前記第2噴孔群は、前記プレ噴射において同時に前記リップに向けて燃料を噴射することが可能な位置に配置されている、圧縮着火エンジン。
【請求項2】
請求項1に記載の圧縮着火エンジンにおいて、
前記複数の第1噴孔の各噴孔出口は、前記シリンダ軸方向において同一高さ位置に環状に配列され、
前記複数の第2噴孔の各噴孔出口は、前記シリンダ軸方向において同一高さ位置に環状に配列され、且つ、前記第1噴孔の各噴孔出口に対してオフセットした高さ位置に配置されている、圧縮着火エンジン。
【請求項3】
請求項2に記載の圧縮着火エンジンにおいて、
前記複数の第1噴孔及び前記複数の第2噴孔の各噴孔出口は、それぞれ等間隔で環状に配列されており、且つ、
一方の噴孔群の互いに隣接する噴孔出口間の中間位置に、他方の噴孔群の1つの噴孔出口が位置するように、前記第1噴孔群及び前記第2噴孔群の各噴孔出口が配列されている、圧縮着火エンジン。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の圧縮着火エンジンにおいて、
前記燃料噴射弁は、前記燃焼室内に配置される先端部分に、燃料が充填されるサック部と、このサック部を区画するサック壁とを備え、
前記第1噴孔群の各第1噴孔と前記第2噴孔群の各第2噴孔とは、共に前記サック壁に穿孔され、且つ、噴孔径が同一である、圧縮着火エンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キャビティを備えるピストンによって燃焼室の一部が形成される直噴式の圧縮着火エンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの車両用エンジンの燃焼室は、シリンダの内壁面、シリンダヘッドの底面(燃焼室天井面)及びピストンの冠面によって区画されている。直噴式の圧縮着火エンジンでは、燃焼室天井面の径方向中央部に配置された燃料噴射弁から燃焼室に燃料が供給される。前記ピストンの冠面にキャビティを配置し、このキャビティに向けて燃料噴射弁から燃料を噴射させるエンジンが知られている。また、前記キャビティが上側キャビティと下側キャビティとの2段構造とされ、両キャビティの中間に位置するリップに燃料を噴射させるエンジンも知られている(特許文献1)。さらに、実際に燃料を噴射する噴孔を、シリンダ軸方向において上下2列に配置し、時間差をもって噴孔を開閉させるようにした燃料噴射装置が知られている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2007-211644号公報
【文献】特許第5962795号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
燃焼室での燃焼の理想的の態様は、当該燃焼室内に存在する空気を使い切った燃焼を行わせることである。上下2段構造のキャビティを有するピストン冠面で燃焼室の一部が区画されるエンジンでは、前記リップに燃料を噴射させ、上側キャビティ及び下側キャビティの双方に燃料噴霧を分配させることが肝要となる。
【0005】
一方、燃料噴射弁からの燃料噴射時期は、良好な燃焼の確保のため、運転状態等に応じて進角又は遅角させねばならないことがある。燃料噴射時期の変更によって、前記リップに向けて噴射されて上下キャビティに分配されるべき燃料噴霧が、前記進角又は遅角の分だけ、いずれか一方のキャビティに偏って流入することがある。この場合、一方のキャビティでは酸素が十分に活用されず、他方のキャビティでは燃料の未燃が生じるという不具合が発生する。
【0006】
本発明は、上下2段構造のキャビティを有するピストン冠面で燃焼室の一部が区画されるエンジンにおいて、燃料噴射時期を変更しても、各キャビティに燃料噴霧を良好に分配させることが可能な圧縮着火エンジンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一局面に係る圧縮着火エンジンは、シリンダ、ピストンの冠面及び天井面により形成される燃焼室と、前記天井面の径方向中心部にシリンダ軸に沿って配設され、前記燃焼室内に燃料を噴射する複数の噴孔を備えた燃料噴射弁と、前記燃料噴射弁に、1サイクルあたり、圧縮上死点よりも進角側で噴射するプレ噴射と、圧縮上死点付近で噴射するメイン噴射とを少なくとも実行させ、運転状態に応じて前記プレ噴射の時期を進角又は遅角させる補正を行う燃料噴射制御部と、を有する直噴式の圧縮着火エンジンであって、前記ピストンの冠面にはキャビティと、前記冠面の外周縁付近に配置された周縁平面部とが備えられ、前記キャビティは、前記冠面の径方向中心領域に配置され、前記冠面からシリンダ軸方向に第1の深さを有する第1底部を備えた第1キャビティ部と、前記冠面における前記第1キャビティ部の外周側に配置され、シリンダ軸方向に前記第1の深さよりも浅い第2の深さを有する第2底部を備えた第2キャビティ部と、前記第1キャビティ部と前記第2キャビティ部とを繋ぎ、シリンダ軸方向に沿った断面において第1半径を有する曲面からなる凸面形状を備えたリップと、前記第2キャビティ部の前記第2底部よりも径方向外側に配置された立ち壁領域と、前記第2キャビティ部において最も高い位置であって最も径方向外側に位置する第2キャビティ上端部と、を含み、シリンダ軸を含む断面において、前記第2底部から前記立ち壁領域の上端位置に至る部分は、所定の第2半径を有する円のおおよそ1/4円弧によって形成され、前記第2キャビティ上端部は、所定の第3半径を有する円のおおよそ1/4円弧によって形成され、前記第2キャビティ上端部の下端位置は、前記立ち壁領域の上端位置に連なり、前記第2上端部の上端は前記周縁平面部に連なり、前記第1半径の中心点と前記第2半径の中心点との間のシリンダ軸方向の距離を第1距離、前記第2半径の中心点と前記第3半径の中心点との間のシリンダ径方向の距離を第2距離とするとき、前記第1半径と前記第2半径との和は前記第1距離よりも大きく、前記第2半径と前記第3半径との和は前記第2距離以下に設定されており、前記燃料噴射弁の複数の噴孔は、前記シリンダ軸方向において前記ピストン寄りを指向する複数の第1噴孔が環状に配列された第1噴孔群と、前記シリンダ軸方向において前記天井面寄りを指向する複数の第2噴孔が環状に配列された第2噴孔群と、を含み、前記第1噴孔群及び前記第2噴孔群は、前記プレ噴射において同時に前記リップに向けて燃料を噴射することが可能な位置に配置されていることを特徴とする。
【0008】
この圧縮着火エンジンによれば、前記燃料噴射弁の複数の噴孔として、ピストン寄りを指向する第1噴孔群と、燃焼室の天井面寄りを指向する第2噴孔群とが備えられる。これら第1、第2噴孔群は、同時に前記リップに向けて燃料を噴射する。これにより、前記燃料噴射弁の噴孔角(シリンダ軸に対して噴孔軸がなす角)に拡がりを持たせることができる。従って、燃料噴射時期をある程度進角又は遅角させた場合でも、燃料噴霧を前記リップに噴き当てて、前記第1キャビティ部と前記第2キャビティ部とに分配させることができる。このため、いずれか一方のキャビティに偏って燃料噴霧が流入することはなく、燃焼室内の酸素を有効活用することができると共に、良好な燃焼を行わせてスモークの発生を抑止することができる。なお、噴孔出口を大径化することによっても噴孔角を拡げることは可能であるが、この場合、ペネトレーションの確保のためには燃料噴射弁の大型化が要請されるので好ましくない。
【0009】
上記の圧縮着火エンジンにおいて、前記複数の第1噴孔の各噴孔出口は、前記シリンダ軸方向において同一高さ位置に環状に配列され、前記複数の第2噴孔の各噴孔出口は、前記シリンダ軸方向において同一高さ位置に環状に配列され、且つ、前記第1噴孔の各噴孔出口に対してオフセットした高さ位置に配置されていることが望ましい。
【0010】
この圧縮着火エンジンによれば、前記オフセットによって、周方向において噴孔出口間に所要の間隔を確保した状態で、前記第1及び第2噴孔の各噴孔出口を配置することができる。従って、前記燃料噴射弁における噴孔の配列部分のサイズを、噴孔を一列(オフセット無し)で配列する場合に比べて小さくすることができ、前記燃料噴射弁の大型化を抑制することができる。なお、前記サイズを維持したまま噴孔を一列で配列した場合、噴孔出口間隔が小さすぎて、周方向において互いに隣接する噴孔出口から噴射された噴霧が干渉し、部分的にリッチな混合気が生成される不具合が生じ得る。
【0011】
上記の圧縮着火エンジンにおいて、前記複数の第1噴孔及び前記複数の第2噴孔の各噴孔出口は、それぞれ等間隔で環状に配列されており、且つ、一方の噴孔群の互いに隣接する噴孔出口間の中間位置に、他方の噴孔群の1つの噴孔出口が位置するように、前記第1噴孔群及び前記第2噴孔群の各噴孔出口が配列されていることが望ましい。
【0012】
この圧縮着火エンジンによれば、前記第1又は第2噴孔群の各々において、互いに隣接する噴孔出口から噴射される噴霧同士の干渉を抑制することができる。また、前記第1噴孔群と第2噴孔群との間において、互いに隣接する噴孔出口から噴射される噴霧同士の干渉も抑制することができる。
【0013】
上記の圧縮着火エンジンにおいて、前記燃料噴射弁は、前記燃焼室内に配置される先端部分に、燃料が充填されるサック部と、このサック部を区画するサック壁とを備え、前記第1噴孔群の各第1噴孔と前記第2噴孔群の各第2噴孔とは、共に前記サック壁に穿孔され、且つ、噴孔径が同一であることが望ましい。
【0014】
この圧縮着火エンジンによれば、共通のサック部に充填された燃料が、前記第1及び第2噴孔群の各噴孔から噴射される。そして、前記第1噴孔群の各噴孔の噴孔径と前記第2噴孔群の各噴孔の噴孔径とが同一であるので、両噴孔群のいずれか一方の噴孔から偏って燃料が噴射されることを防止することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、上下2段構造のキャビティを有するピストン冠面で燃焼室の一部が区画されるエンジンにおいて、燃料噴射時期を変更しても、各キャビティに燃料噴霧を良好に分配させることが可能な圧縮着火エンジンを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1図1は、本発明に係る圧縮着火エンジンの一実施形態に係るディーゼルエンジンの、シリンダ軸方向の概略断面図である。
図2図2(A)は、図1に示されたディーゼルエンジンのピストンの、冠面部分の斜視図、図2(B)は、前記ピストンの断面付きの斜視図である。
図3図3は、図2(B)に示すピストン断面の拡大図である。
図4図4は、第1、第2キャビティ部及びリップの曲面形状を説明するための図である。
図5図5(A)は、実施形態に係るインジェクタ(燃料噴射弁)の先端部の概略断面図、図5(B)は、前記先端部のシリンダ軸方向から見た平面図である。
図6図6は、上記インジェクタの燃料噴霧状態を示す模式図であって、図6(A)はシリンダ軸方向視の図、図6(B)はシリンダ軸に沿った断面視の図である。
図7図7は、前記ピストンの冠面とインジェクタによる燃料の噴孔軸との関係を説明するための、ピストンの断面図である。
図8図8は、ピストンの上面図であって、第1、第2キャビティ部への燃料噴霧の分配状況を示す図である。
図9図9は、燃料噴射のタイミング及び熱発生率を示すタイムチャートである。
図10図10は、メイン噴射時における燃焼室内での混合気の生成状況を模式的に示す図である。
図11図11は、リップへの燃料の噴射状態を示す図であって、図11(A)は、上下二段の噴孔群の噴孔軸が平行である比較例のケースを示す図、図11(B)は、本実施形態のケースを示す図である。
図12図12は、燃料噴霧の分配状況を示す図であって、図12(A)は比較例を、図12(B)は本実施形態を各々示す。
図13図13(A)~(E)は、第1噴孔群と第2噴孔群とを上下にオフセットした配置する場合における、各種の噴孔配置パターンを示す模式図である。
図14図14(A)~(C)は、第1噴孔群と第2噴孔群とを一列に配列する場合における、噴孔配置パターン例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態に係る圧縮着火エンジンについて詳細に説明する。図1は、本発明の圧縮着火エンジンの一実施形態に係る直噴式のディーゼルエンジンエンジンを示す概略断面図である。本実施形態に係るディーゼルエンジンは、シリンダ及びピストンを含み、自動車等の車両の走行駆動用の動力源として前記車両に搭載される多気筒エンジンである。エンジンは、エンジン本体1と、これに組付けられた図外の吸排気マニホールド及び各種ポンプ等の補機とを含む。
【0018】
エンジン本体1は、シリンダブロック3、シリンダヘッド4及びピストン5を備える。シリンダブロック3は、図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数のシリンダ若しくはシリンダライナ(以下、単に「シリンダ2」という。図中ではそのうちの1つのみを示す)を有している。シリンダヘッド4は、シリンダブロック3の上面に取り付けられ、シリンダ2の上部開口を塞いでいる。ピストン5は、各シリンダ2に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されている。ピストン5の往復運動に応じて、クランク軸7はその中心軸回りに回転する。ピストン5の構造については、後記で詳述する。
【0019】
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の底面は燃焼室天井面6Uであり、この燃焼室天井面6Uは、水平方向に延びるフラットな形状を有している。燃焼室天井面6Uには、吸気ポート9の下流端である吸気側開口部4Aと、排気ポート10の上流端である排気側開口部4Bとが形成されている。シリンダヘッド4には、吸気側開口部4Aを開閉する吸気バルブ1Aと、排気側開口部4Bを開閉する排気バルブ12とが組み付けられている。
【0020】
吸気バルブ11及び排気バルブ12は、いわゆるポペットバルブである。吸気バルブ11は、吸気側開口部4Aを開閉する傘状の弁体と、この弁体から垂直に延びるステムとを含む。同様に、排気バルブ12は、排気側開口部4Bを開閉する傘状の弁体と、この弁体から垂直に延びるステムとを含む。吸気バルブ11及び排気バルブ12の前記弁体の各々は、燃焼室6に臨むバルブ面を有する。
【0021】
本実施形態において、燃焼室6を区画する燃焼室壁面は、シリンダ2の内壁面、ピストン5の上面(+Z側の面)である冠面50、シリンダヘッド4の底面からなる燃焼室天井面6U(天井面)、吸気バルブ11及び排気バルブ12の各バルブ面からなる。
【0022】
シリンダヘッド4には、吸気バルブ11、排気バルブ12を各々駆動する吸気側動弁機構13、排気側動弁機構14が配設されている。これら動弁機構13、14によりクランク軸7の回転に連動して、各吸気バルブ11及び排気バルブ12が駆動される。これら吸気バルブ11及び排気バルブ12の駆動により、吸気バルブ11の弁体が吸気側開口部4Aを開閉し、排気バルブ12の弁体が排気側開口部4Bを開閉する。
【0023】
吸気側動弁機構13には、吸気側可変バルブタイミング機構(吸気側VVT)15が組み込まれている。吸気側VVT15は、吸気カム軸に設けられた電動式のVVTであり、クランク軸7に対する吸気カム軸の回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更することにより、吸気バルブ11の開閉タイミングを変更する。同様に、排気側動弁機構14には、排気側可変バルブタイミング機構(排気側VVT)16が組み込まれている。排気側VVT16は、排気カム軸に設けられた電動式のVVTであり、クランク軸7に対する排気カム軸の回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更することにより、排気バルブ12の開閉タイミングを変更する。
【0024】
シリンダヘッド4(燃焼室天井面6U)には、先端部から燃焼室6内に燃料を噴射するインジェクタ18(燃料噴射弁)が、各シリンダ2につき1つずつ取り付けられている。インジェクタ18には燃料供給管19が接続されている。インジェクタ18は、燃料供給管19を通して供給された燃料を燃焼室6に直接噴射する。本実施形態では、インジェクタ18は、燃焼室6の径方向中心部においてシリンダ軸方向Aに沿うようにシリンダヘッド4に組み付けられ、ピストン5の冠面50に形成された後述のキャビティ5C(図2図4)に向けて燃料を噴射する。インジェクタ18の詳細構造については、後記で詳述する。
【0025】
燃料供給管19の上流側には、クランク軸7と連動連結されたプランジャー式のポンプ等からなる高圧燃料ポンプ(図示せず)が接続されている。この高圧燃料ポンプと燃料供給管19との間には、全シリンダ2に共通の蓄圧用のコモンレール(図示せず)が設けられている。このコモンレール内で蓄圧された燃料が各シリンダ2のインジェクタ18に供給されることにより、各インジェクタ18からは、高い圧力の燃料が燃焼室6内に噴射される。
【0026】
[ピストンの詳細構造]
続いて、ピストン5の構造、とりわけ冠面50の構造について詳細に説明する。図2(A)は、ピストン5の上方部分を主に示す斜視図である。ピストン5は、上方側のピストンヘッドと、下方側に位置するスカート部とを備えるが、図2(A)では、冠面50を頂面に有する前記ピストンヘッド部分を示している。図2(B)は、ピストン5の径方向断面付きの斜視図である。図3は、図2(B)に示す径方向断面の拡大図である。なお、図2(A)及び(B)において、シリンダ軸方向A及び燃焼室の径方向Bを矢印で示している。
【0027】
ピストン5は、キャビティ5C、スキッシュエリア55及び側周面56を含む。上述の通り、燃焼室6を区画する燃焼室壁面の一部(底面)は、ピストン5の冠面50で形成されており、キャビティ5Cは、この冠面50に備えられている。キャビティ5Cは、シリンダ軸方向Aにおいて冠面50が下方に凹没された部分であり、インジェクタ18から燃料の噴射を受ける部分である。スキッシュエリア55は、冠面50において径方向Bの外周縁付近の領域に配置された環状の平面部である。キャビティ5Cは、スキッシュエリア55を除く冠面50の径方向Bの中央領域に配置されている。側周面56は、シリンダ2の内壁面と摺接する面であり、図略のピストンリングが嵌め込まれるリング溝が複数備えられている。
【0028】
キャビティ5Cは、第1キャビティ部51、第2キャビティ部52、リップ53及び山部54を含む。第1キャビティ部51は、冠面50の径方向Bの中心領域に配置された凹部である。第2キャビティ部52は、冠面50における第1キャビティ部51の外周側に配置された、環状の凹部である。リップ53は、第1キャビティ部51と第2キャビティ部52とを径方向Bに繋ぐ部分である。山部54は、冠面50(第1キャビティ部51)の径方向Bの中心位置に配置された山型の凸部である。山部54は、インジェクタ18のノズル181の直下の位置に凸設されている(図7)。
【0029】
第1キャビティ部51は、第1上端部511、第1底部512及び第1内側端部513を含む。第1上端部511は、第1キャビティ部51において最も高い位置にあり、リップ53に連なっている。第1底部512は、第1キャビティ部51において最も凹没した、上面視で環状の領域である。キャビティ5C全体としても、この第1底部512は最深部であって、第1キャビティ部51は、第1底部512においてシリンダ軸方向Aに所定の深さ(第1の深さ)を有している。上面視において、第1底部512は、リップ53に対して径方向Bの内側に近接した位置にある。
【0030】
第1上端部511と第1底部512との間は、径方向Bの外側に湾曲した径方向窪み部514で繋がれている。径方向窪み部514は、リップ53よりも径方向Bの外側に窪んだ部分を有している。第1内側端部513は、第1キャビティ部51において最も径方向内側の位置にあり、山部54の下端に連なっている。第1内側端部513と第1底部512との間は、裾野状に緩やかに湾曲した曲面で繋がれている。
【0031】
第2キャビティ部52は、第2内側端部521、第2底部522、第2上端部523、テーパ領域524及び立ち壁領域525を含む。第2内側端部521は、第2キャビティ部52において最も径方向内側の位置にあり、リップ53に連なっている。第2底部522は、第2キャビティ部52において最も凹没した領域である。第2キャビティ部52は、第2底部522においてシリンダ軸方向Aに第1底部512よりも浅い深さ(第2の深さ)を備えている。つまり、第2キャビティ部52は、第1キャビティ部51よりもシリンダ軸方向Aにおいて上側に位置する凹部である。第2上端部523は、第2キャビティ部52において最も高い位置であって最も径方向外側に位置し、スキッシュエリア55に連なっている。
【0032】
テーパ領域524は、第2内側端部521から第2底部522に向けて延び、径方向外側へ先下がりに傾斜した面形状を有する部分である。図3に示されているように、テーパ領域524は、径方向Bに延びる水平ラインL1に対して傾き角αで交差する傾斜ラインL2に沿った傾きを有している。立ち壁領域525は、第2底部522よりも径方向外側において、比較的急峻に立ち上がるように形成された壁面である。径方向Bの断面形状において、第2底部522から第2上端部523にかけて、第2キャビティ部52の壁面が水平方向から上方向へ向かうように湾曲された曲面とされている。この曲面のうち、第2上端部523の近傍において垂直壁に近い壁面とされている部分が、立ち壁領域525である。
【0033】
リップ53は、径方向Bの断面形状において、下側に位置する第1キャビティ部51と上側に位置する第2キャビティ部52との間で、径方向内側にコブ状に突出する形状を有している。リップ53は、下端部531及び第3上端部532(シリンダ軸方向の上端部)と、これらの間の中央に位置する中央部533とを有している。下端部531は、第1キャビティ部51の第1上端部511に対する連設部分である。第3上端部532は、第2キャビティ部52の第2内側端部521に対する連設部分である。
【0034】
シリンダ軸方向Aにおいて、下端部531はリップ53の最も下方に位置する部分、第3上端部532は最も上方に位置する部分である。上述のテーパ領域524は、第3上端部532から第2底部522に向けて延びる領域でもある。第2底部522は、第3上端部532よりも下方に位置している。つまり、本実施形態の第2キャビティ部52は、第3上端部532から径方向Bの外側に水平に延びる底面を有しているのではなく、換言すると、第3上端部532からスキッシュエリア55までが水平面で繋がっているのではなく、第3上端部532よりも下方に窪んだ第2底部522を有している。
【0035】
山部54は、上方に向けて突出しているが、その突出高さはリップ53の第3上端部532の高さと同一であり、スキッシュエリア55よりは窪んだ位置にある。山部54は、上面視で円形の第1キャビティ部51の中心に位置しており、これにより第1キャビティ部51は山部54の周囲に形成された環状溝の態様となっている。
【0036】
[キャビティ部の曲面形状について]
図4は、第1、第2キャビティ部51、52及びリップ53の曲面形状を説明するための、シリンダ軸方向Aに沿った断面図である。第1キャビティ部51は、シリンダ軸を含む断面において、デカルトの卵型楕円曲線に沿った面形状(以下、エッグシェープ形状という)を備えている。具体的には、第1キャビティ部51は、インジェクタ18の噴孔から最も遠い円弧状の第1部分C1と、第1部分C1とリップ53との間に位置する第2部分C2と、第1部分C1から径方向Bの内側に延びる第3部分C3とを含む。上掲の図3の形状に当て嵌めると、第1部分C1は、径方向窪み部514の中央領域に、第2部分C2は、径方向窪み部514から第1上端部511へ至る領域に、第3部分C3は、径方向窪み部514から第1底部512へ至る領域に各々相当する。
【0037】
図4では、インジェクタ18から噴射される燃料の噴孔軸AXが、インジェクタ18から最も遠い第1部分C1と交差している状態を示している。第1キャビティ部51が備えるエッグシェープ形状は、このような第1部分C1の半径r1が最も小さく、第1部分C1から第2部分C2方向側に向かうに連れ、並びに第1部分C1から第3部分C3方向側に向かうに連れ、連続的に半径が大きくなる円弧形状である。
【0038】
すなわち、第2部分C2の半径r2は、図4の断面において、第1部分C1から反時計方向に離れるほど大きくなる。また、第3部分C3の半径r3は、第1部分C1から時計方向に離れるほど、第2部分C2の半径r2を同じ割合で大きくなる(r2=r3)。リップ53を起点として前記エッグシェープ形状を表すと、第2部分C2から第1部分C1にかけて円弧の半径が小さくなり、第1部分C1から第3部分C3にかけて円弧の半径が大きくなる円弧形状を有している。
【0039】
リップ53は、下端部531(第1上端部511)から第3上端部532(第2内側端部521)にかけて、所定の半径r4を有する曲面からなる凸面形状を有している。第2キャビティ部52は、第2底部522から立ち壁領域525にかけて、所定の半径r5を有する曲面からなる凹面形状を有している。第2上端部523は、所定の半径r6を有する曲面からなる凸面形状を有している。半径r4の中心点と半径r5の中心点との間のシリンダ軸方向Aの距離を第1距離Sv、半径r5の中心点と半径r6の中心点との間の径方向Bの距離を第2距離Shとするとき、
r4+r5>Sv
r5+r6≦Sh
の関係を満たすように、半径r4、r5、r6の数値が選ばれる。
【0040】
第2キャビティ部52において、第2底部522から立ち壁領域525の上端位置C4に至る部分は、半径r5のおおよそ1/4円弧によって形成されている。そして、立ち壁領域525の上端位置C4は、半径r6のおおよそ1/4円弧からなる第2上端部523の下端位置に連なっている。なお、第2上端部523の上端は、スキッシュエリア55に連なっている。
【0041】
このような曲面形状とされている結果、立ち壁領域525の上端位置C4に対して立ち壁領域525の下方部分は、径方向Bの内側に位置している。つまり、立ち壁領域525には、第1キャビティ部51の径方向窪み部514のように、径方向Bの外側に抉れた形状部分は存在していない。後記で詳述するが、立ち壁領域525がこのような円弧形状とされるのは、第1キャビティ部51のエッグシェープ形状と協働して、混合気が燃焼室6の径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにし、立ち壁領域525よりも径方向Bの外側に配置されているスキッシュエリア55上の空間(スキッシュ空間)も有効に活用した燃焼を行わせるためである。
【0042】
[インジェクタの詳細構造]
続いて、インジェクタ18の構造について詳述する。図5(A)は、インジェクタ18の先端部20の概略断面図、図5(B)は、先端部20をシリンダ軸方向Aの下方から見た平面図である。インジェクタ18は、燃焼室6内に燃料を直噴するために、燃焼室天井面6Uから燃焼室6内に突出して配置される先端部20を有する。先端部20の下端には、燃焼室6内に燃料を噴射する複数の噴孔を備えたノズルヘッド21が配置されている。ノズルヘッド21は、先端部20の下端から半球形に突出する形状を有する。先端部20の内部には、噴射前の燃料が充填される空間であるサック部22が設けられている。サック部22は円錐型の空間であり、サック壁23によって区画されている。
【0043】
本実施形態では、ノズルヘッド21に穿孔される複数の噴孔として、燃料噴射方向が互いに異なる第1噴孔群30及び第2噴孔群40が備えられている点に特徴を有する。第1噴孔群30は、第1環状ラインR1に沿って環状に配列された複数の第1噴孔31を含む。図5(B)では、5個の第1噴孔31が等間隔で、第1環状ラインR1に沿って環状に配列されている例を示している。各第1噴孔31は、サック壁23を貫通してサック部22と外部(燃焼室6)とを連通させる孔であり、サック部22に向けて開口する噴孔入口32と、ノズルヘッド21の外表面に開口する噴孔出口33とを備える。
【0044】
第2噴孔群40は、第1環状ラインR1よりも径方向外側の第2環状ラインR2に沿って環状に配列された複数の第2噴孔41を含む。なお、図5(B)では、理解を容易にするために、環状ラインR1、R2間の間隔を実際の間隔よりも誇張して大きく図示している。同図では、5個の第2噴孔41が等間隔で、環状ラインR2に沿って環状に配列されている例を示している。各第2噴孔41もまた、サック壁23を貫通してサック部22と外部(燃焼室6)とを連通させる孔であり、サック部22に向けて開口する噴孔入口42と、ノズルヘッド21の外表面に開口する噴孔出口43とを備える。
【0045】
第1、第2環状ラインR1、R2は、シリンダ軸方向Aと直交するラインである。そして、第2環状ラインR2は、下方に突出する半球形のノズルヘッド21において、第1環状ラインR1よりも上方に位置していることで、図5(B)の下方からの平面視では第1環状ラインR1よりも径方向外側に位置するラインである。これにより、第1環状ラインR1に沿って配列される5個の第1噴孔31(噴孔出口33)は、シリンダ軸方向Aにおいて同一高さ位置に環状に配列されている。また、第2環状ラインR2に沿って配列される5個の第2噴孔41(噴孔出口43)は、シリンダ軸方向Aにおいて同一高さ位置に環状に配列され、且つ、第1噴孔31に対してシリンダ軸方向Aの下方にオフセットした高さ位置に配置されている。
【0046】
第1噴孔群30の各第1噴孔31と第2噴孔群40の各第2噴孔41とは、相対的に異なる方向を指向してそれぞれサック壁23に穿孔されている。第1噴孔31は、シリンダ軸方向Aにおいて相対的にピストン5寄りを指向している。一方、第2噴孔41は、シリンダ軸方向Aにおいて相対的に燃焼室天井面6U寄りを指向している。但し、両者の指向角(噴孔角)の相違及びオフセットは僅かであり、第1噴孔群30及び第2噴孔群40は、同時にキャビティ5Cのリップ53に向けて燃料を噴射することが可能な位置に配置されている。すなわち、あるクランク角においてインジェクタ18に燃料噴射動作を実行させた場合、第1噴孔31及び第2噴孔41の双方からの燃料噴霧が共にリップ53に吹き当たるように、第1噴孔31及び第2噴孔41が配置されている。
【0047】
既述の通り、5個の第1噴孔31及び5個の第2噴孔41は、等間隔で環状に配列されている。さらに、本実施形態では、隣接する2つの第1噴孔31(噴孔出口33)の周方向中間位置に、1つの第2噴孔41(噴孔出口43)が位置するように、第1噴孔31及び第2噴孔41がノズルヘッド21に設けられている。結果的に、配置位置が第1、第2環状ラインR2上であるという相違は存在するものの、概ね第1噴孔31及び第2噴孔41は交互に、周方向に均等ピッチでノズルヘッド21に配置されている。このような実質的に均等ピッチによる噴孔配置と、上記のシリンダ軸方向Aのオフセットとによって、各第1噴孔31から噴射される燃料噴霧と各第2噴孔41から噴射される燃料噴霧との相互干渉を抑制することが可能となる。
【0048】
第1噴孔31の噴孔径と第2噴孔41の噴孔径とは、同一サイズに設定されている。すなわち、第1噴孔31は、噴孔入口32から噴孔出口33まで同一内径を有する円筒型の孔であり、同様に、第2噴孔41も噴孔入口42から噴孔出口43まで同一内径を有する円筒型の孔である。これら、第1噴孔31及び第2噴孔41が同一内径とされている。そして、両噴孔入口32、42は、共通のサック部22に連通している。このため、サック部22に充填された燃料が、両噴孔出口33、43から噴射されるが、両者の噴孔径が同一であるので、第1噴孔群30又は第2噴孔群40のいずれか一方の噴孔から偏って燃料が噴射されることはない。
【0049】
図6は、インジェクタ18の燃料噴霧状態を示す模式図であって、図6(A)はシリンダ軸方向Aから見た平面図、図6(B)はシリンダ軸方向Aに沿った断面図である。図6(A)、(B)には、第1噴孔群30の各第1噴孔31から噴射される第1燃料噴霧E1と、第2噴孔群40の各第2噴孔41から噴射される第2燃料噴霧E2とが示されている。また、第1、第2燃料噴霧E1、E2には、各噴霧の噴孔軸AX1、AX2が示されている。第1、第2燃料噴霧E1、E2は、噴孔軸AX1、AX2を中心として、所定の噴霧角で円錐形に拡散する。第1、第2燃料噴霧E1、E2は、各噴孔31、41から噴射された後、燃焼室6内の空気(酸素)と混合して混合気となる。
【0050】
上述の通り、第1噴孔31及び第2噴孔41は、周方向に均等ピッチで交互配置されている。このため、図6(A)の平面視では、ノズルヘッド21を中心として第1燃料噴霧E1と第2燃料噴霧E2とが放射状に、周方向に均等間隔で並ぶことになる。
【0051】
これに対し、図6(B)の断面視では、第1噴孔31と第2噴孔41との指向方向の差が、噴射方向の差に現れる。第1噴孔31の噴孔軸AX1と第2噴孔41の噴孔軸AX2との関係では、相対的に噴孔軸AX1はピストン5寄りに、噴孔軸AX2は燃焼室天井面6U寄りに、各々指向している。インジェクタ18がシリンダ軸A0に沿って配設されているとして、このシリンダ軸A0に対して噴孔軸AX1がなす角を第1コーン角φ1、噴孔軸AX2がなす角を第2コーン角φ2とするとき、φ1<φ2の関係となる。
【0052】
第1コーン角φ1及び第2コーン角φ2は、リップ53に対する位置関係、並びに燃料噴射のタイミング、圧縮比等を考慮して設定される。例えば、圧縮上死点よりも前の噴射(後述のプレ噴射P1)においてリップ53に向けた燃料噴射を行う場合について一例を挙げれば、第1コーン角φ1=76.0°、第2コーン角φ2=78.5°、φ2-φ1=2.5°に設定することができる。φ2-φ1は、リップ53のシリンダ軸方向Aのサイズ及び径方向Bの位置等に応じて設定することができるが、概ねφ2-φ1=1°~4°の範囲から選択することができる。
【0053】
なお、図4に示したキャビティ部のエッグシェープ形状は、1つの噴孔軸AXを想定して定義している。本実施形態では、コーン角の異なる2つの噴孔軸AX1、AX2が存在する。前記エッグシェープ形状は、噴孔軸AX1、AX2のいずれか一方を、図4の「AX」と扱って設定しても良いし、或いは噴孔軸AX1、AX2の中間のコーン角を有する仮想噴孔軸を、図4の「噴孔軸AX」と扱って設定しても良い。
【0054】
[燃料噴霧の空間的な分配について]
続いて、インジェクタ18によるキャビティ5Cへの燃料噴射状況、及び噴射後の混合気の流れについて、図7に基づいて説明する。図7は、燃焼室6の簡略的な断面図であって、冠面50(キャビティ5C)とインジェクタ18から噴射される第1、第2燃料噴霧E1、E2の噴孔軸AX1、AX2との関係と、噴射後の混合気の流れを模式的に表す矢印F11、F12、F13、F21、F22、F23とが示されている。
【0055】
図7では、インジェクタ18が備える複数の噴孔のうち、第1噴孔群30に属する1つの第1噴孔31から燃料が噴射される様子を示している。第1噴孔31から燃料は、図中の噴孔軸AX1に沿って噴霧される。噴霧された燃料は、噴霧角θをもって拡散する。図7には、噴孔軸AX1に対する上方向への拡散を示す上拡散軸AX11と、下方向への拡散を示す下拡散軸AX12とが示されている。噴霧角θは、上拡散軸AX11と下拡散軸AX12とがなす角である。つまり、噴孔軸AX1に沿って噴霧される第1燃料噴霧E1は、噴霧角θで円錐状に拡散しながら、リップ53に向かう。図7には図示していないが、第2噴孔41から噴孔軸AX2に沿って噴霧される第2燃料噴霧E2も、噴霧角θで円錐状に拡散しながら、リップ53に向かう。
【0056】
噴孔軸AX1及び噴孔軸AX2のいずれも、同時にキャビティ5Cのリップ53を指向することが可能である。すなわち、第1噴孔31及び第2噴孔41は、同じタイミングでリップ53に向けて燃料を噴射することが可能である。つまり、ピストン5の所定のクランク角においてインジェクタ18に燃料噴射動作を行わせることで、第1噴孔31及び第2噴孔41の双方から、上記φ2-φ1のコーン角差を持たせつつ、いずれもリップ53に向けて燃料を噴霧させることができる。図7では、前記所定のクランク角における噴孔軸AX1、AX2とキャビティ5Cとの位置関係を示している。第1噴孔31及び第2噴孔41から噴射された燃料(第1燃料噴霧E1及び第2燃料噴霧E2)は、燃焼室6の空気と混合されて混合気を形成しつつ、リップ53に吹き当たることになる。
【0057】
図7に示すように、噴孔軸AX1、AXに沿ってリップ53に向けて噴射された第1燃料噴霧E1及び第2燃料噴霧E2は、リップ53に衝突し、その後、第1キャビティ部51の方向(下方向)へ向かうもの(矢印F11)と、第2キャビティ部52の方向(上方向)へ向かうもの(矢印F21)とに空間的に分配される。すなわち、リップ53の中央部533を指向して噴射された燃料は、上下に分離され、その後は各々第1、第2キャビティ部51、52に存在する空気と混合して混合気を形成しながら、これらキャビティ部51、52の面形状に沿って流動する。
【0058】
詳しくは、矢印F11の方向(下方向)に向かう混合気は、リップ53の下端部531から第1キャビティ部51の径方向窪み部514へ入り込み、下方向に流れる。その後、混合気は、径方向窪み部514の湾曲形状によって流動方向を下方向から径方向Bの内側方向へ変え、矢印F12で示すように、第1底部512を有する第1キャビティ部51の底面形状に倣って流動する。この際、混合気は、第1キャビティ部51の空気と混合して濃度を薄めて行く。山部54が存在することによって、第1キャビティ部51の底面は径方向中央に向けてせり上がる形状を有している。従って、矢印F12方向に流動する混合気は上方に持ち上げられ、ついには矢印F13で示すように、燃焼室天井面6Uから径方向外側へ向かうように流動する。このような流動の際にも、前記混合気は燃焼室6内に残存する空気と混合し、均質で薄い混合気となってゆく。
【0059】
一方、矢印F21の方向(上方向)に向かう混合気は、リップ53の第3上端部532から第2キャビティ部52のテーパ領域524に入り込み、テーパ領域524の傾きに沿って斜め下方に向かう。そして、矢印F22で示すように、前記混合気は第2底部522に至る。ここで、テーパ領域524は噴孔軸AX1、AX2に沿う傾きを持つ面とされている。このため、前記混合気は径方向外側へスムースに流動することができる。つまり前記混合気は、テーパ領域524の存在、並びに、リップ53の第3上端部532も下方に位置する第2底部522の存在によって、燃焼室6の径方向外側の奥深い位置まで到達することができる。
【0060】
しかる後、前記混合気は、第2底部522から立ち壁領域525の間の立ち上がり曲面によって上方に持ち上げられ、燃焼室天井面6Uから径方向内側へ向かうように流動する。このような、矢印F22で示す流動の際に、前記混合気は第2キャビティ部52内の空気と混合し、均質で薄い混合気となって行く。ここで、第2底部522よりも径方向外側に、概ね上下方向に延びる立ち壁領域525が存在することで、噴射された燃料(混合気)がシリンダ2の内周壁(一般に、図略のライナーが存在する)に到達することが阻止される。つまり、前記混合気は、第2底部522の形成によって燃焼室6の径方向外側付近まで流動できるが、立ち壁領域525の存在によって、シリンダ2の内周壁との干渉は抑止される。このため、前記干渉による冷損の発生を抑制することができる。
【0061】
ここで、立ち壁領域525は、その下方部分が、上端位置に対して径方向Bの内側に位置する形状を備えている。このため、矢印F22で示す流動は過度に強くならず、混合気が径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにすることができる。矢印F22の流動が強すぎると、一部燃焼している混合気が新たに噴射された燃料が十分に拡散する前に当該燃料と衝突し、均質な燃焼を阻害して煤などを発生させる。しかし、本実施形態の立ち壁領域525は、径方向外側に抉れた形状を備えておらず、矢印F22の流動は抑制的となり、矢印F23にて示す径方向Bの外側へ向かう流動も生成する。とりわけ、燃焼後期では逆スッキシュ流に牽引されることもあり、矢印F23の流動が生じ易くなる。従って、立ち壁領域525よりも径方向外側の空間(スキッシュエリア55上の空間)も有効に活用した燃焼を行わせることができる。従って、煤の発生などを抑止し、燃焼室空間の全体を有効活用した燃焼を実現させることができる。
【0062】
図8は、ピストン5の上面図であって、第1、第2キャビティ部51、52への燃料噴霧の分配状況を模式的に示す図である。噴孔軸AX1に沿ってリップ53に向けて噴射された第1燃料噴霧E1は、上述の空間的な分配作用によって、図8に示すように下段噴霧E11と上段噴霧E12とに分配される。同様に、噴孔軸AX2に沿ってリップ53に向けて噴射された第2燃料噴霧E2は、下段噴霧E21と上段噴霧E22とに分配される。これにより、第1、第2キャビティ部51、52の空間に各々存在する酸素を有効活用して混合気を生成することができる。つまり、燃焼室6の空間を広く利用して均質で薄い混合気を形成でき、燃焼時に煤などの発生を抑制することができる。
【0063】
[燃料噴射の時間的な分配について]
本実施形態では、上述した燃料噴霧の空間的な分配に加え、時間的にも分配して、より燃焼室6内の空気を有効活用する例を示す。図9は、インジェクタ18からキャビティ5Cへの燃料噴射のタイミングの一例と、その時の熱発生率特性Hとを示すタイムチャートである。インジェクタ18による燃料噴射の動作は、燃料噴射制御部18A(図1参照)によって制御される。燃料噴射制御部18Aは、1サイクル当たり、プレ噴射P1、メイン噴射P2及び中段噴射P3をインジェクタ18に実行させる。
【0064】
プレ噴射P1は、ピストン5が圧縮上死点(TDC)よりも進角側に位置する時期に実行される燃料噴射である。プレ噴射P1は、噴射した燃料を予混合燃焼させることを企図したものであり、筒内圧及び筒内温度がある程度高くなる圧縮行程後期に実行される。メイン噴射P2は、プレ噴射P1よりも遅角側であって、当該プレ噴射P1で噴射された燃料が予混合燃焼している期間中に開始される。つまり、メイン噴射P2は、予混合燃焼の熱を利用して噴射した燃料を拡散燃焼させることを企図したものであり、概ねピストン5がTDC付近に位置するタイミングに開始される燃料噴射である。中段噴射P3は、プレ噴射P1とメイン噴射P2との間の時期に実行される噴射である。中段噴射P3で噴射された燃料は、プレ噴射P1の燃焼とメイン噴射P2の燃焼との間に燃焼させることが企図されている。中段噴射P3も、概ね拡散燃焼となる。
【0065】
図9では、クランク角-CA16から-CA12の期間にプレ噴射P1が実行される例を示している。燃料の噴射率ピーク値は、プレ噴射P1とメイン噴射P2とで同一であるが、燃料噴射期間は前者の方が長く設定されている。また、図9では、クランク角-CA6degから中段噴射P3が開始される例を示している。中段噴射P3は、プレ噴射P1及びメイン噴射P2に比較して、少量の燃料噴射である。
【0066】
図9には、プレ噴射P1、メイン噴射P2及び中段噴射P3の各燃焼によって熱発生率特性Hが示されている。熱発生率特性Hは、燃焼室6内の燃焼圧力の上昇率に関連深い特性であって、プレ噴射P1に伴う予混合燃焼によって生じる山部である前段燃焼部分HAと、メイン噴射P2に伴う拡散燃焼によって生じる山部である後段燃焼部分HBと、両燃焼部分HA、HBの中間の中間燃焼部分HCとを有する。すなわち、熱発生率特性Hには、時間的に分離して実行される比較的噴射量の多いプレ噴射P1及びメイン噴射P2の各燃焼に起因して、二段階で熱発生率のピークが発生する。中段噴射P3は、プレ噴射P1及びメイン噴射P2の各燃焼に起因する熱発生率のピークを抑制するための噴射である。中段噴射P3は、このピーク抑制によって、燃焼騒音の低減に貢献する。
【0067】
上述のリップ53を指向した燃料噴霧は、プレ噴射P1の際に実行される。メイン噴射P2は、プレ噴射P1にて噴射された燃料(混合気)が、上述の通り下側の第1キャビティ部51と上側の第2キャビティ部52とに空間的に分配された後(図8の下段噴霧E11、E21と上段噴霧E12、E22参照)に、その分配された上下の混合気間に噴射される噴射である。この点を図10に基づいて説明する。図10は、メイン噴射P2が終了するタイミングにおける、燃焼室6での混合気の生成状況を模式的に示す図である。
【0068】
プレ噴射P1の第1燃料噴霧E1は、燃焼室6内の空気と混合されて混合気となりつつ、リップ53に吹き当たる。リップ53への吹き当たりによって当該第1、第2燃料噴霧E1、E2は、図10に示すように、第1キャビティ部51へ向かう下段噴霧E11、E21と、第2キャビティ部52へ向かう上段噴霧E12、E22とに分離される。これが上述した混合気の空間的分配である。メイン噴射P2は、プレ噴射P1にて噴射された燃料(混合気)が第1、第2キャビティ部51、52の空間に入り込んで空間的に分離された後に、その分離された2つの混合気間の空間に残存する空気を活用して新たな混合気を形成するべく実行される噴射である。
【0069】
図10に基づきさらに説明を加える。メイン噴射P2の実行タイミングではピストン5はほぼTDCの位置にあるので、当該メイン噴射P2の燃料は、リップ53のやや下方位置を指向して噴射されることになる。先に噴射されたプレ噴射P1の下段噴霧E11、E21及び上段噴霧E12、E22は、各々第1、第2キャビティ部51、52に入り込み、それぞれの空間の空気と混合して稀釈化が進行している。メイン噴射P2が開始される直前は、下段噴霧E11、E21と上段噴霧E12、E22との間に未使用の空気(燃料と混合していない空気)が存在する状態である。このような未使用空気層の形成に、第1キャビティ部51のエッグシェープ形状が貢献する。メイン噴射P2の噴射燃料は、下段噴霧E11、E21と上段噴霧E12、E22との間に入り込む形態となり、前記未使用の空気と混合されてメイン燃料噴霧E3となる。これが燃料噴霧の時間的な分配である。以上の通り、本実施形態では、燃料噴射の空間的、時間的な分配によって、燃焼室6に存在する空気を有効活用した燃焼を実現させることができる。
【0070】
[マルチコーン角の利点]
本実施形態のインジェクタ18は、相対的にピストン5寄りを指向する複数の第1噴孔31を備えた第1噴孔群30と、燃焼室天井面6U寄りを指向する複数の第2噴孔41を備えた第2噴孔群40とを含む。つまり、異なるコーン角の噴孔を備える言わばマルチコーン角タイプのインジェクタ18である。このマルチコーン角タイプの利点について説明する。
【0071】
図9に示すプレ噴射P1は、良好な燃焼の確保のため、運転状態等に応じて進角又は遅角させねばならないことがある。例えば、シリンダ2の壁面温度、筒内圧力及び筒内温度は、外気温や外気圧、エンジ冷却水温度等で変動する。このような環境要因の変動が生じた場合でも、所期の熱発生率特性H(前段・後段燃焼部分HA、HBのピーク発生時期)を一定に維持するためには、プレ噴射P1の実行時期を操作する必要がある。具体的には、図9の最下段に示すように、プレ噴射P1の開始時期が、定常よりも進角した時期に設定するプレ噴射P11、或いは、定常よりも遅角した時期に設定するプレ噴射P12に変更される場合がある。
【0072】
図11は、リップ53への燃料の噴射状態を示す図であって、図11(A)は比較例のノズルヘッド210が用いられるケースを、図11(B)は本実施形態のノズルヘッド21が用いられるケースを各々示す図である。比較例のノズルヘッド210は、本実施形態と同様に、シリンダ軸A0方向にオフセットした第1噴孔310及び第2噴孔410を備えている。しかし、第1噴孔310の噴孔軸AX01と第2噴孔410の噴孔軸AX02とは、互いに平行である。つまり、シリンダ軸A0を基準とする噴孔軸AX01の第1コーン角φ11と、噴孔軸AX02の第2コーン角φ12とは同一である(φ11=φ12)。
【0073】
図11(A)において、実線で示すリップ53は、図9に示すプレ噴射P1の実行時期におけるリップ53の高さ位置を示している。この場合、噴孔軸AX01、AX02は共にリップ53を指向していることから、上述の燃料噴霧の空間的分配を良好に達成することができる。一方、点線で示すリップ53は、遅角されたプレ噴射P12の実行時期におけるリップ53の高さ位置を示している。この場合、噴孔軸AX01、AX02は、共にリップ53の下端付近若しくは第1キャビティ部51の上端付近を指向することになる。従って、燃料噴霧は第1キャビティ部51には多く、第2キャビティ部52には少なく、偏って分配されるようになる。つまり、上述の良好な燃料噴霧の空間的分配を維持することができなくなる。この場合、第2キャビティ部52では酸素が十分に活用されない一方で、第1キャビティ部51では燃料の未燃が生じるという不具合が発生する。
【0074】
これに対し、本実施形態のノズルヘッド21を用いた場合には、遅角されたプレ噴射P12(或いは進角されたプレ噴射P11)であっても、良好な燃料噴霧の空間的分配を維持することができる。すなわち、ノズルヘッド21では、第1噴孔31の噴孔軸AX1が有する第1コーン角φ1と第2噴孔41の噴孔軸AX2が有する第2コーン角φ2とは異なっている(φ1<φ2)。このため、ペネトレーションが大きくなるほど、噴孔軸AX1と噴孔軸AX2との間の間隔は広くなる。これにより、インジェクタ18の噴孔角に拡がりを持たせることができる。
【0075】
従って、プレ噴射P1の実行時期におけるリップ53の高さ位置(実線)において、当該リップ53に向けた燃料噴霧を行わせることができると共に、遅角されたプレ噴射P12の実行時期におけるリップ53の高さ位置(点線)においても、当該リップ53に向けた燃料噴霧を行わせることができる。このため、プレ噴射P1が遅角又は進角された場合でも、燃料噴霧を第1、第2キャビティ部51、52に偏りなく分配することができる。
【0076】
なお、噴孔をマルチコーン角とすることに代えて、噴孔の出口径を大径化することによっても噴孔角を拡げることは可能である。しかし、噴孔角を拡大しつつ、ペネトレーションを確保するためには、サック部22の容積を大型化する必要があり、これはインジェクタの大型化が要請されるので好ましくない。また、噴孔の大径化によって、サック部22内に残留した燃料が噴霧後に液垂れし、デポジットが形成される懸念もあるので好ましくない。
【0077】
[噴孔をオフセット配置する利点]
図5(B)に示したように、本実施形態のノズルヘッド21では、第1噴孔31(噴孔出口33)と第2噴孔41(噴孔出口43)とがシリンダ軸方向Aにオフセットされていると共に、隣接する2つの第1噴孔31の周方向中間位置に、1つの第2噴孔41が位置する配置(以下、千鳥配置という)とされている。かかる噴孔配置により、燃料噴霧との相互干渉を抑制することができ、一層まんべんなく燃料噴霧を燃焼室6内の空間に行き渡らせることができる。
【0078】
図12は、燃料噴霧の分配状況を示す図であって、図12(A)は比較例を、図12(B)は本実施形態を各々示す。図12(A)の比較例は、10個の噴孔が一つの環状ライン上に一列に配列され、且つ、噴孔角が同一であるノズルヘッドを用いた場合の、燃料噴霧の分配状況を示す図である。比較例では、第1キャビティ部51に多くの燃料噴霧E31が入り込んでいる一方で、第2キャビティ部52には少ない燃料噴霧E32しか入り込んでいないことが判る。また、燃料噴霧E31は、第1キャビティ部51内の中央領域まで回り込んでいないことも判る。これらのことから、燃焼室6内の酸素が有効活用されていないと言える。さらに、スキッシュエリア55の奥深くまで燃料噴霧E33が入り込み、シリンダ2の内壁面と接触していることが判る。これは、冷損をもたらすことになる。
【0079】
このような不具合は、噴孔が一つの環状ライン上に配列されていることが大きな要因でもある。ノズルヘッドに噴孔を一列で環状に配列した場合、噴孔出口間隔が小さすぎて、周方向において互いに隣接する噴孔出口から噴射された燃料噴霧が干渉するようになる。このため、燃料噴霧の流動が阻害され、燃料噴霧E31、E32が第1、第2キャビティ部51、52に深く回り込み難くなる。また、燃料噴霧の干渉した部分にリッチな混合気が生成されてしまう不具合も生じ得る。
【0080】
これに対し、図12(B)の本実施形態では、第1キャビティ部51には下段噴霧E11、E21が、第2キャビティ部52には上段噴霧E12、E22が、それぞれ良好に分配されていることが判る。また、下段噴霧E11、E21は第1キャビティ部51の径方向中央付近まで深く回り込み、また、上段噴霧E12、E22は第2キャビティ部52の径方向外側まで深く回り込んでいることが判る。さらに、スキッシュエリア55の奥深くまでは燃料噴霧E30が入り込んでいないことも判る。
【0081】
これらは、本実施形態では複数の第1噴孔31及び第2噴孔41の等間隔配置並びに上記の千鳥配置が採用されていること、さらに、第1噴孔31及び第2噴孔41の噴孔軸AX1、AX2が異なるコーン角φ1、φ2を具備することによる。これにより、第1噴孔31及び第2噴孔41の各々から噴射される燃料噴霧同士が干渉し難くなり、上記の燃料噴霧の深い回り込みが実現されるものである。
【0082】
[噴孔の各種配置例]
続いて、指向方向が異なる第1噴孔31及び第2噴孔41の、ノズルヘッド21への各種配置例について説明する。図13(A)に示すように、第1噴孔31(噴孔出口33)と第2噴孔41(噴孔出口43)とをオフセットした配置する場合には、図13(B)~(E)に示すような噴孔配列パターンを例示することができる。図13(B)~(E)では、実際には環状ラインR1、R2に沿って環状に配列される第1噴孔31及び第2噴孔41を、直線状に展開して示している。
【0083】
図13(B)は、先に図5(B)に示した、千鳥配置に相当するパターンである。第1噴孔31は環状ラインR1上に、第2噴孔41は環状ラインR1に対してオフセットした環状ラインR2上に各々等間隔で配置され、それぞれ第1噴孔群30、第2噴孔群40を形成している。そして、第2噴孔41は、第1噴孔31の配列ピッチに対して、半ピッチだけ位置ずれして配列されている。既述の通り、当該千鳥配置を採用することで、第1噴孔31及び第2噴孔41の噴孔軸AX1、AX2の相違と相俟って、これら第1噴孔31及び第2噴孔41から各々噴射される噴霧同士の干渉を抑止し、燃料噴霧を良好に第1、第2キャビティ部51、52に分配且つ行き渡らせることができる。
【0084】
図13(C)に示す噴孔配列パターンは、第1噴孔31と第2噴孔41とを周方向の同じ位置に配置した例を示す。すなわち、第1噴孔群30Aの各第1噴孔31と、第2噴孔群40Aの各第2噴孔41とは、周方向に位置ずれしない状態で、各々環状ラインR1、R2に沿って環状に配列されている。この配列パターンでは、隣接する第1噴孔31同士、及び第2噴孔41同士間の周方向における燃料噴霧の干渉を一層抑制し易くなる。また、周方向の燃料噴霧の干渉が生じ難いことから、噴孔の配列部分のサイズを小さくすることが可能となり、これによりインジェクタ18の小型化を図ることはが可能となる。
【0085】
図13(D)に示す噴孔配列パターンは、第1噴孔31の個数と第2噴孔41の個数とを相違させる例を示す。第1噴孔群30Bは、7個の第1噴孔31が環状ラインR1に沿って等間隔で配列されてなる一方、第2噴孔群40Bは、5個の第2噴孔41が環状ラインR2に沿って等間隔で配列されてなる。当然、配列ピッチは第1噴孔31の方が狭くなる。この噴孔配列パターンは、例えばピストン5(第1キャビティ部51)側に向けた燃料噴射量を相対的に多くさせたい場合に用いることができる。
【0086】
図13(E)に示す噴孔配列パターンは、第1噴孔31と第2噴孔41とを周方向に不等ピッチで配列した例を示す。第1噴孔群30Cの各第1噴孔31、及び第2噴孔群40Aの各第2噴孔41は、各々環状ラインR1、R2に沿って、不等ピッチで環状に配列されている。このような噴孔配列パターンでも、燃料噴霧の干渉を抑制することができる。
【0087】
さらに、図14(A)に示すように、第1噴孔31(噴孔出口33)と第2噴孔41(噴孔出口43)とをオフセットさせないで配列することも可能である。この配列では、第1噴孔31と第2噴孔41とは、ノズルヘッド21において周方向に一列に並ぶことになる。この場合、図14(B)、(C)に示すような噴孔配列パターンを例示することができる。
【0088】
図14(B)に示す噴孔配列パターンは、第1噴孔31と第2噴孔41とが、同じ高さ位置に設定された環状ラインR1、R2に沿って環状に配列されている。5個の第1噴孔31が等間隔で配列されている。5個の第2噴孔41は、第1噴孔31の配列ピッチに対して半ピッチだけ位置ずれして配列されている。結果的に、交互に並ぶ10個の第1噴孔31及び第2噴孔41が、同じ高さ位置にある環状ラインR1、R2に沿って等間隔に配列されている。このような配列パターンであっても、第1噴孔31の噴孔軸AX1と第2噴孔41の噴孔軸AX2との指向性が異なるので、第1、第2キャビティ部51、52への良好な燃料噴霧の分配を達成することができる。
【0089】
図14(C)に示す噴孔配列パターンは、第1噴孔31と第2噴孔41とが、同じ高さ位置に設定された環状ラインR1、R2に沿って、不等ピッチで環状に配列されている例を示す。5個の第1噴孔31と5個の第2噴孔41とが、交互に同じ高さ位置にある環状ラインR1、R2に沿って配列されているが、その配列ピッチは不等間隔である。但し、図14(C)の噴孔配列パターンは、第1噴孔31と第2噴孔41との一対のペアが、環状ラインR1、R2に沿って等間隔で配置されているということもできる。
【0090】
[作用効果]
以上説明した本実施形態の圧縮着火エンジンによれば、インジェクタ18が備える複数の噴孔として、ピストン5寄りを指向する複数の第1噴孔31が環状に配列された第1噴孔群30と、燃焼室天井面6U寄りを指向する複数の第2噴孔41が環状に配列された第2噴孔群40とが備えられる。これら第1、第2噴孔群30、40は、同時にキャビティ5Cのリップ53に向けて燃料を噴射する。これにより、インジェクタ18から燃料を噴霧させる際の噴孔角に拡がりを持たせることができる。従って、プレ噴射P1の時期をある程度進角又は遅角させた場合でも、燃料噴霧をリップ53に噴き当てて、第1キャビティ部51と第2キャビティ部52とに分配させることができる。このため、いずれか一方のキャビティに偏って燃料噴霧が流入することはなく、燃焼室6内の酸素を有効活用することができると共に、良好な燃焼を行わせてスモークの発生を抑止することができる。
【符号の説明】
【0091】
1 エンジン本体(圧縮着火エンジン)
18 インジェクタ18(燃料噴射弁)
2 シリンダ
20 先端部
22 サック部
23 サック壁
30 第1噴孔群
31 第1噴孔(複数の噴孔)
33 噴孔出口
40 第2噴孔群
41 第2噴孔(複数の噴孔)
43 噴孔出口
5 ピストン
50 冠面
5C キャビティ
51 第1キャビティ部
512 第1底部
52 第2キャビティ部
522 第2底部
53 リップ
6 燃焼室
6U 燃焼室天井面(天井面)
A シリンダ軸方向
B 燃焼室の径方向
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
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