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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】圧縮着火エンジン
(51)【国際特許分類】
   F02B 23/06 20060101AFI20220329BHJP
   F02F 3/26 20060101ALI20220329BHJP
   F02M 61/18 20060101ALI20220329BHJP
【FI】
F02B23/06 R
F02B23/06 D
F02F3/26 C
F02M61/18 360J
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019007030
(22)【出願日】2019-01-18
(65)【公開番号】P2020118039
(43)【公開日】2020-08-06
【審査請求日】2020-12-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100067828
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 悦司
(74)【代理人】
【識別番号】100115381
【弁理士】
【氏名又は名称】小谷 昌崇
(74)【代理人】
【識別番号】100127797
【弁理士】
【氏名又は名称】平田 晴洋
(72)【発明者】
【氏名】金 尚奎
(72)【発明者】
【氏名】隅本 貴
(72)【発明者】
【氏名】岡田 晋太朗
(72)【発明者】
【氏名】志茂 大輔
(72)【発明者】
【氏名】詫間 修治
【審査官】稲村 正義
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-193909(JP,A)
【文献】特開2012-092778(JP,A)
【文献】特開2010-101243(JP,A)
【文献】特開2006-125388(JP,A)
【文献】特開2013-160186(JP,A)
【文献】特開2004-190573(JP,A)
【文献】実開昭57-053023(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02B 23/00-23/10
F02F 3/26
F02M 61/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ、ピストンの冠面及び天井面により形成される燃焼室と、
前記天井面の径方向中心部に配置され、前記燃焼室内に燃料を噴射する燃料噴射弁と、を含む圧縮着火エンジンであって、
前記ピストンの冠面には、
上面視で環状の形状を備え、前記冠面からシリンダ軸方向の下方に凹没した上段キャビティと、
前記上段キャビティの径方向内側に配置され、前記冠面からシリンダ軸方向の下方に凹没した下段キャビティと、
前記上段キャビティと前記下段キャビティとを繋ぐ第1リップと、
前記上段キャビティの径方向外側に配置されたスキッシュエリアと、が形成され、
シリンダ軸方向に沿った断面において、前記上段キャビティは、第1仮想円の円周に沿った曲面であって、径方向外側に膨らみつつシリンダ軸方向の上方に延びるように湾曲した第1曲面を有し、前記第1リップは、第2仮想円の円周に沿った第2曲面を有し、
前記第1仮想円及び前記第2仮想円の共通接線のうち、両仮想円の中心点間に挟まれ且つ前記第2仮想円への接点が前記第1仮想円への接点よりも径方向内側に位置する共通接線の、シリンダ軸に対してなす角度Xが、75°<X<80°の範囲内に設定され、
前記第1曲面は、前記第1仮想円の円周に占める前記第1曲面の角度Yが、80°<Y<(180°-X)の範囲内に設定された曲面であり、
前記ピストンの半径をa、前記スキッシュエリアの径方向幅をbとするとき、a/bが8~4の範囲内に設定されている、圧縮着火エンジン。
【請求項2】
請求項1に記載の圧縮着火エンジンにおいて、
前記上段キャビティは、前記第1リップとの接続部から前記第1曲面の始点まで延び、径方向外側に向けて下降する傾斜平面を備える、圧縮着火エンジン。
【請求項3】
請求項2に記載の圧縮着火エンジンにおいて、
前記傾斜平面は、前記燃料噴射弁の噴孔から噴射される燃料の指向方向である噴孔軸に沿う傾きを持つ平面からなる、圧縮着火エンジン。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の圧縮着火エンジンにおいて、
前記ピストンの冠面には、さらに前記第1曲面と前記スキッシュエリアとを繋ぐ第2リップが形成され、前記第2リップは、第3仮想円の円周に沿った第3曲面を有し、
前記第1仮想円の半径をR1、前記第3仮想円の半径をR2とし、前記第1仮想円の中心点と前記第2仮想円の中心点との間の径方向の距離をShとするとき、
R1+R2=Sh(但し、R2=0を含む)
の関係を満たす、圧縮着火エンジン。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の圧縮着火エンジンにおいて、
前記燃料噴射弁の燃料噴射動作を制御する燃料噴射制御部をさらに備え、
前記燃料噴射制御部は、前記ピストンが下降中であって、前記第1仮想円が前記天井面と接するタイミングで前記上段キャビティに燃料噴霧が流入するように、燃料噴射時期を設定する、圧縮着火エンジン。
【請求項6】
請求項1~4のいずれか1項に記載の圧縮着火エンジンにおいて、
前記燃料噴射弁の燃料噴射動作を制御する燃料噴射制御部をさらに備え、
前記燃料噴射制御部は、前記燃料噴射弁に、圧縮上死点よりも進角側で燃料を噴射させ
る前段噴射と、この前段噴射よりも遅角側で燃料を噴射させる主噴射とを実行させるものであり、
前記燃料噴射制御部は、前記前段噴射の燃料噴霧と、前記主噴射の少なくとも後半の燃料噴霧とが前記上段キャビティに流入するように、前記前段噴射及び前記主噴射の燃料噴射時期を設定する、圧縮着火エンジン。
【請求項7】
シリンダ、ピストンの冠面及び天井面により形成される燃焼室と、
前記天井面の径方向中心部に配置され、前記燃焼室内に燃料を噴射する燃料噴射弁と、を含む圧縮着火エンジンであって、
前記ピストンの冠面には、
上面視で環状の形状を備え、前記冠面からシリンダ軸方向の下方に凹没した上段キャビティと、
前記上段キャビティの径方向内側に配置され、前記冠面からシリンダ軸方向の下方に凹没した下段キャビティと、
前記上段キャビティと前記下段キャビティとを繋ぐ第1リップと、
前記上段キャビティの径方向外側に配置されたスキッシュエリアと、が形成され、
シリンダ軸方向に沿った断面において、前記上段キャビティは、第1仮想円の円周に沿った曲面であって、径方向外側に膨らみつつシリンダ軸方向の上方に延びるように湾曲した第1曲面を有し、前記第1リップは、第2仮想円の円周に沿った第2曲面を有し、
前記上段キャビティは、前記第1リップとの接続部から前記第1曲面の始点まで延び、径方向外側に向けて下降する傾斜平面を備え、
前記上段キャビティの径方向長さと前記スキッシュエリアの径方向長さとは同一長であり、
前記第1仮想円及び前記第2仮想円の共通接線のうち、両仮想円の中心点間に挟まれ且つ前記第2仮想円への接点が前記第1仮想円への接点よりも径方向内側に位置する共通接線の、シリンダ軸に対してなす角度Xが、75°<X<80°の範囲内に設定され、
前記第1曲面は、前記上段キャビティのキャビティ上方空間SP1と前記スキッシュエリア上のスキッシュエリア上方空間SP2とに流入させる燃料噴霧の分配率SP1:SP2が50:50~40:60を達成し、且つ、前記第1仮想円の円周に占める前記第1曲面の角度Yが、80°<Y<(180°-X)の範囲内に設定された曲面である、圧縮着火エンジン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、キャビティを備えるピストンによって燃焼室の一部が形成される圧縮着火エンジンに関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などの車両用エンジンの燃焼室は、シリンダの内壁面、シリンダヘッドの底面(燃焼室天井面)及びピストンの冠面によって区画されている。直噴式の圧縮着火エンジンでは、燃焼室天井面の径方向中央部に配置された燃料噴射弁から燃焼室に燃料が供給される。前記冠面にキャビティと、該キャビティを取り囲むスキッシュエリアとを配置し、前記キャビティに向けて燃料噴射弁から燃料を噴射させるエンジンが知られている。また、前記キャビティが上段キャビティと下段キャビティとの2段構造とされ、両キャビティの中間に位置するリップに、圧縮上死点において燃料を噴射させるエンジンも知られている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2010-101243号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
燃焼室での燃焼の理想的な態様は、当該燃焼室内に存在する酸素を使い切った燃焼を行わせることである。上下2段構造のキャビティを有するピストン冠面で燃焼室の底面が区画されるエンジンでは、上段キャビティ及び下段キャビティの双方に燃料噴霧を分配させ、これらキャビティ内の酸素を有効活用することが肝要となる。さらに、キャビティ及びスキッシュエリアの上方空間に存在する酸素もまた、有効活用することが望ましい。
【0005】
しかし、従来の燃焼室(ピストンの冠面)の構造では、キャビティに向けて噴射された燃料噴霧が、上段キャビティに滞留することがあった。この場合、上段キャビティ及びスキッシュエリアの上方空間へ燃料噴霧が十分に行き渡らず、前記上方空間の酸素を十分に活用した燃焼が実現できないという問題があった。
【0006】
本発明は、上下2段構造のキャビティ及びスキッシュエリアを有するピストン冠面で燃焼室の一部が区画されるエンジンにおいて、燃焼室内に存在する酸素を使い切った燃焼を実現させることが可能な圧縮着火エンジンを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一局面に係る圧縮着火式エンジンは、シリンダ、ピストンの冠面及び天井面により形成される燃焼室と、前記天井面の径方向中心部に配置され、前記燃焼室内に燃料を噴射する燃料噴射弁と、を含む圧縮着火エンジンであって、前記ピストンの冠面には、上面視で環状の形状を備え、前記冠面からシリンダ軸方向の下方に凹没した上段キャビティと、前記上段キャビティの径方向内側に配置され、前記冠面からシリンダ軸方向の下方に凹没した下段キャビティと、前記上段キャビティと前記下段キャビティとを繋ぐ第1リップと、前記上段キャビティの径方向外側に配置されたスキッシュエリアと、が形成され、シリンダ軸方向に沿った断面において、前記上段キャビティは、第1仮想円の円周に沿った曲面であって、径方向外側に膨らみつつシリンダ軸方向の上方に延びるように湾曲した第1曲面を有し、前記第1リップは、第2仮想円の円周に沿った第2曲面を有し、前記第1仮想円及び前記第2仮想円の共通接線のうち、両仮想円の中心点間に挟まれ且つ前記第2仮想円への接点が前記第1仮想円への接点よりも径方向内側に位置する共通接線の、シリンダ軸に対してなす角度Xが、75°<X<80°の範囲内に設定され、前記第1曲面は、前記第1仮想円の円周に占める前記第1曲面の角度Yが、80°<Y<(180°-X)の範囲内に設定された曲面であり、前記ピストンの半径をa、前記スキッシュエリアの径方向幅をbとするとき、a/bが8~4の範囲内に設定されている、ことを特徴とする。
本発明の他の局面に係る圧縮着火式エンジンは、シリンダ、ピストンの冠面及び天井面により形成される燃焼室と、前記天井面の径方向中心部に配置され、前記燃焼室内に燃料を噴射する燃料噴射弁と、を含む圧縮着火エンジンであって、前記ピストンの冠面には、上面視で環状の形状を備え、前記冠面からシリンダ軸方向の下方に凹没した上段キャビティと、前記上段キャビティの径方向内側に配置され、前記冠面からシリンダ軸方向の下方に凹没した下段キャビティと、前記上段キャビティと前記下段キャビティとを繋ぐ第1リップと、前記上段キャビティの径方向外側に配置されたスキッシュエリアと、が形成され、シリンダ軸方向に沿った断面において、前記上段キャビティは、第1仮想円の円周に沿った曲面であって、径方向外側に膨らみつつシリンダ軸方向の上方に延びるように湾曲した第1曲面を有し、前記第1リップは、第2仮想円の円周に沿った第2曲面を有し、前記上段キャビティは、前記第1リップとの接続部から前記第1曲面の始点まで延び、径方向外側に向けて下降する傾斜平面を備え、前記上段キャビティの径方向長さと前記スキッシュエリアの径方向長さとは同一長であり、前記第1仮想円及び前記第2仮想円の共通接線のうち、両仮想円の中心点間に挟まれ且つ前記第2仮想円への接点が前記第1仮想円への接点よりも径方向内側に位置する共通接線の、シリンダ軸に対してなす角度Xが、75°<X<80°の範囲内に設定され、前記第1曲面は、前記上段キャビティのキャビティ上方空間SP1と前記スキッシュエリア上のスキッシュエリア上方空間SP2とに流入させる燃料噴霧の分配率SP1:SP2が50:50~40:60を達成し、且つ、前記第1仮想円の円周に占める前記第1曲面の角度Yが、80°<Y<(180°-X)の範囲内に設定された曲面であることを特徴とする。
【0008】
この圧縮着火エンジンによれば、前記共通接線の角度Xが75°<X<80°の範囲内に設定されるので、前記リップから前記第1曲面に連なる領域を、一般的な燃料噴射弁の噴孔軸の傾き(コーン角)に沿った形状とすることができる。このため、前記燃料噴射弁からの燃料噴霧を前記上段キャビティに導入させ易くすることができる。そして、前記第1仮想円の円周に占める前記第1曲面の角度Yを80°よりも大きくすることで、前記上段キャビティに導入された燃料噴霧を当該第1曲面でガイドさせ、前記上段キャビティの上方空間に導くことができる。また、角度Yを(180°-X)よりも小さくすることで、前記燃料噴霧を過剰に前記上段キャビティの上方空間に導かず、スキッシュエリアの上方空間にも適度に前記燃料噴霧を導くことができる。従って、前記上段キャビティの上方空間及びスキッシュエリアの上方空間の双方に存在する酸素を有効活用した燃焼を実現させることができる。
【0009】
上記の圧縮着火エンジンにおいて、前記上段キャビティは、前記第1リップとの接続部から前記第1曲面の始点まで延び、径方向外側に向けて下降する傾斜平面を備えることが望ましい。
【0010】
この圧縮着火エンジンによれば、前記上段キャビティに向けて噴射された燃料噴霧を、前記傾斜平面に沿って前記上段キャビティの深部までガイドさせ、次いで、前記第1曲面に沿ってシリンダ軸方向の上方に旋回するようにガイドさせ、その後に当該燃料噴霧を前記上段キャビティ及びスキッシュエリアの上方空間に向かわせる流動を形成することができる。
【0011】
この場合、前記傾斜平面は、前記燃料噴射弁の噴孔から噴射される燃料の指向方向である噴孔軸に沿う傾きを持つ平面からなることが望ましい。このような傾斜平面とすれば、燃料噴霧の流動に対する干渉が最も小さくなり、燃料噴霧をスムースに流動させることができる。
【0012】
上記の圧縮着火エンジンにおいて、前記ピストンの冠面には、さらに前記第1曲面と前記スキッシュエリアとを繋ぐ第2リップが形成され、前記第2リップは、第3仮想円の円周に沿った第3曲面を有し、前記第1仮想円の半径をR1、前記第3仮想円の半径をR2とし、前記第1仮想円の中心点と前記第2仮想円の中心点との間の径方向の距離をShとするとき、
R1+R2=Sh(但し、R2=0を含む)
の関係を満たすことが望ましい。
【0013】
この圧縮着火エンジンによれば、前記第2リップが、前記第1曲面に対して径方向内側へ突出したり、或いは、前記第1曲面がシリンダ軸方向の上方に十分立ち上がらない態様の曲面とされたりすることはない。従って、燃料噴霧を、前記上段キャビティ及びスキッシュエリアの双方の上方空間に、偏りなく分配させ易くなる。
【0014】
上記の圧縮着火エンジンにおいて、前記ピストンの半径をa、前記スキッシュエリアの径方向幅をbとするとき、a/bが8~4の範囲内に設定されていることが望ましい。
【0015】
この圧縮着火エンジンによれば、a/bが8~4の範囲内であるので、ピストンの冠面においてスキッシュエリアが占める領域は、比較的狭い領域となる。このような狭いスキッシュエリアを有する燃焼室において、前記第1曲面の角度Yを80°<Y<(180°-X)の範囲内に設定することで、当該スキッシュエリアの上方空間へ適度に燃料噴霧を導くことができる。従って、スキッシュエリアの上方空間の酸素を有効活用すると共に、シリンダライナへの燃料噴霧の付着を防止することができる。
【0016】
上記の圧縮着火エンジンにおいて、前記燃料噴射弁の燃料噴射動作を制御する燃料噴射制御部をさらに備え、前記燃料噴射制御部は、前記ピストンが下降中であって、前記仮想円が前記天井面と接するタイミングで前記上段キャビティに燃料噴霧が流入するように、燃料噴射時期を設定することが望ましい。
【0017】
前記上段キャビティに流入した燃料噴霧は、第1仮想円に沿った第1曲面でガイドされ、前記上段キャビティから上方へ飛び出す。上記の通りに燃料噴射時期を設定すれば、ピストンの下降によって徐々に広くなる前記上段キャビティ及びスキッシュエリアの上方空間の酸素を活用した燃焼を実現させることができる。また、上段キャビティから上方へ飛び出した燃料噴霧のうち、径方向内側へ向かう燃料噴霧は、前記第1仮想円に沿った流動経路を進む傾向がある。従って、上記の通りに燃料噴射時期を設定することで、前記燃料噴霧が燃焼室の天井面に衝突することが回避できる。つまり、前記衝突が生じると燃料噴霧の流動が弱まって当該燃料噴霧の上方空間への拡散が不十分となりがちとなるが、そのような不都合を防止することができる。
【0018】
上記の圧縮着火エンジンにおいて、前記燃料噴射弁の燃料噴射動作を制御する燃料噴射制御部をさらに備え、前記燃料噴射制御部は、前記燃料噴射弁に、圧縮上死点よりも進角側で燃料を噴射させる前段噴射と、この前段噴射よりも遅角側で燃料を噴射させる主噴射とを実行させるものであり、前記燃料噴射制御部は、前記前段噴射の燃料噴霧と、前記主噴射の少なくとも後半の燃料噴霧とが前記上段キャビティに流入することが望ましい。
【0019】
この圧縮着火エンジンによれば、前段噴射及び主噴射の各々に起因する燃焼において、燃焼室内の酸素を有効活用した燃焼を行わせることができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、上下2段構造のキャビティ及びスキッシュエリアを有するピストン冠面で燃焼室の一部が区画されるエンジンにおいて、燃焼室内に存在する酸素を使い切った燃焼を実現させることが可能な圧縮着火エンジンを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1図1は、本発明に係る圧縮着火エンジンの一実施形態に係るディーゼルエンジンの、シリンダ軸方向の概略断面図である。
図2図2(A)は、図1に示されたディーゼルエンジンのピストンの、冠面部分の斜視図、図2(B)は、前記ピストンの断面付きの斜視図である。
図3図3は、図2(B)に示すピストン断面の拡大図である。
図4図4は、上段、下段キャビティ及びリップの曲面形状を説明するための図である。
図5図5は、中低負荷時における燃料噴射のタイミング及び熱発生率を示すタイムチャートである。
図6図6は、高負荷時における燃料噴射のタイミング及び熱発生率を示すタイムチャートである。
図7図7は、プレ噴射が実行される場合の、キャビティにおける燃料噴霧の流動状態を示す、ピストンの断面図である。
図8図8は、ピストンの下降時に噴射が行われる場合の、キャビティにおける燃料噴霧の流動状態を示す、ピストンの断面図である。
図9図9は、上段キャビティの曲面形状を説明するための模式図である。
図10図10は、上段キャビティの曲面が仮想円に占める角度Yについての説明図である。
図11図11は、スキッシュエリア及び上段キャビティの上方空間への燃料噴霧の分配状況と角度Yとの関係を示すグラフである。
図12図12は、望ましい上段キャビティの曲面形状を説明するための模式図である。
図13図13は、望ましい燃料噴射時期を説明するための模式図である。
図14図14(A)~(D)は、本発明の実施形態に係る上段キャビティで底面が区画された燃焼室における、燃料噴霧の流動状況を示す図である。
図15図15(A)~(D)は、本発明の実施形態に係る上段キャビティで底面が区画された燃焼室における、燃料噴霧の流動状況を示す図である。
図16図16(A)~(D)は、比較例1に係る上段キャビティで底面が区画された燃焼室における、燃料噴霧の流動状況を示す図である。
図17図17(A)~(D)は、比較例2に係る上段キャビティで底面が区画された燃焼室における、燃料噴霧の流動状況を示す図である。
図18図18は、変形例に係る上段キャビティの形状を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[エンジンの全体構成]
以下、図面に基づいて、本発明の実施形態に係る圧縮着火エンジンについて詳細に説明する。図1は、本発明の圧縮着火エンジンの一実施形態に係る直噴式のディーゼルエンジンエンジンを示す概略断面図である。本実施形態に係るディーゼルエンジンは、シリンダ及びピストンを含み、自動車等の車両の走行駆動用の動力源として前記車両に搭載される多気筒エンジンである。エンジンは、エンジン本体1と、これに組付けられた図外の吸排気マニホールド及び各種ポンプ等の補機とを含む。
【0023】
エンジン本体1は、シリンダブロック3、シリンダヘッド4及びピストン5を備える。シリンダブロック3は、図1の紙面に垂直な方向に並ぶ複数のシリンダ若しくはシリンダライナ(以下、単に「シリンダ2」という。図中ではそのうちの1つのみを示す)を有している。シリンダヘッド4は、シリンダブロック3の上面に取り付けられ、シリンダ2の上部開口を塞いでいる。ピストン5は、各シリンダ2に往復摺動可能に収容されており、コネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されている。ピストン5の往復運動に応じて、クランク軸7はその中心軸回りに回転する。ピストン5の構造については、後記で詳述する。
【0024】
ピストン5の上方には燃焼室6が形成されている。シリンダヘッド4には、燃焼室6と連通する吸気ポート9及び排気ポート10が形成されている。シリンダヘッド4の底面は燃焼室天井面6Uであり、この燃焼室天井面6Uは、水平方向に延びるフラットな形状を有している。燃焼室天井面6Uには、吸気ポート9の下流端である吸気側開口部4Aと、排気ポート10の上流端である排気側開口部4Bとが形成されている。シリンダヘッド4には、吸気側開口部4Aを開閉する吸気バルブ11と、排気側開口部4Bを開閉する排気バルブ12とが組み付けられている。
【0025】
吸気バルブ11及び排気バルブ12は、いわゆるポペットバルブである。吸気バルブ11は、吸気側開口部4Aを開閉する傘状の弁体と、この弁体から垂直に延びるステムとを含む。同様に、排気バルブ12は、排気側開口部4Bを開閉する傘状の弁体と、この弁体から垂直に延びるステムとを含む。吸気バルブ11及び排気バルブ12の前記弁体の各々は、燃焼室6に臨むバルブ面を有する。
【0026】
本実施形態において、燃焼室6を区画する燃焼室壁面は、シリンダ2の内壁面、ピストン5の上面(+Z側の面)である冠面50、シリンダヘッド4の底面からなる燃焼室天井面6U(天井面)、吸気バルブ11及び排気バルブ12の各バルブ面からなる。
【0027】
シリンダヘッド4には、吸気バルブ11、排気バルブ12を各々駆動する吸気側動弁機構13、排気側動弁機構14が配設されている。これら動弁機構13、14によりクランク軸7の回転に連動して、各吸気バルブ11及び排気バルブ12が駆動される。これら吸気バルブ11及び排気バルブ12の駆動により、吸気バルブ11の弁体が吸気側開口部4Aを開閉し、排気バルブ12の弁体が排気側開口部4Bを開閉する。
【0028】
吸気側動弁機構13には、吸気側可変バルブタイミング機構(吸気側VVT)15が組み込まれている。吸気側VVT15は、吸気カム軸に設けられた電動式のVVTであり、クランク軸7に対する吸気カム軸の回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更することにより、吸気バルブ11の開閉タイミングを変更する。同様に、排気側動弁機構14には、排気側可変バルブタイミング機構(排気側VVT)16が組み込まれている。排気側VVT16は、排気カム軸に設けられた電動式のVVTであり、クランク軸7に対する排気カム軸の回転位相を所定の角度範囲内で連続的に変更することにより、排気バルブ12の開閉タイミングを変更する。
【0029】
シリンダヘッド4(燃焼室天井面6U)には、先端部から燃焼室6内に燃料を噴射するインジェクタ18(燃料噴射弁)が、各シリンダ2につき1つずつ取り付けられている。インジェクタ18には燃料供給管19が接続されている。インジェクタ18は、燃料供給管19を通して供給された燃料を燃焼室6に直接噴射する。本実施形態では、インジェクタ18は、燃焼室6の径方向Bの中心部においてシリンダ軸方向Aに沿うようにシリンダヘッド4に配置され、ピストン5の冠面50に形成された後述のキャビティ5C(図2図4)に向けて燃料を噴射する。
【0030】
燃料供給管19の上流側には、クランク軸7と連動連結されたプランジャー式のポンプ等からなる高圧燃料ポンプ(図示せず)が接続されている。この高圧燃料ポンプと燃料供給管19との間には、全シリンダ2に共通の蓄圧用のコモンレール(図示せず)が設けられている。このコモンレール内で蓄圧された燃料が各シリンダ2のインジェクタ18に供給されることにより、各インジェクタ18からは、高い圧力の燃料が燃焼室6内に噴射される。
【0031】
[ピストンの詳細構造]
続いて、ピストン5の構造、とりわけ冠面50の構造について詳細に説明する。図2(A)は、ピストン5の上方部分を主に示す斜視図である。ピストン5は、上方側のピストンヘッドと、下方側に位置するスカート部とを備えるが、図2(A)では、冠面50を頂面に有する前記ピストンヘッド部分を示している。図2(B)は、ピストン5の径方向断面付きの斜視図である。図3は、図2(B)に示す径方向断面の拡大図である。なお、図2(A)及び図2(B)において、シリンダ軸方向A及び燃焼室の径方向Bを矢印で示している。
【0032】
ピストン5は、キャビティ5C、スキッシュエリア55及び側周面57を含む。上述の通り、燃焼室6を区画する燃焼室壁面の一部(底面)は、ピストン5の冠面50で形成されており、キャビティ5Cは、この冠面50に備えられている。キャビティ5Cは、シリンダ軸方向Aにおいて冠面50が下方に凹没された部分であり、インジェクタ18から燃料の噴射を受ける部分である。スキッシュエリア55は、キャビティ5Cの径方向Bの外側であって、冠面50の外周縁付近の領域に配置された環状の平面部である。キャビティ5Cは、スキッシュエリア55を除く冠面50の径方向Bの中央領域に配置されている。側周面57は、シリンダ2の内壁面と摺接する面であり、図略のピストンリングが嵌め込まれるリング溝が複数備えられている。
【0033】
キャビティ5Cは、下段キャビティ51、上段キャビティ52、第1リップ53、第2リップ54及び山部56を含む。下段キャビティ51は、冠面50の径方向Bの中心領域に配置され、冠面50からシリンダ軸方向Aの下方に凹没している。上段キャビティ52は、上面視で環状の形状を備え、冠面50からシリンダ軸方向Aの下方に凹没している。下段キャビティ51は、上段キャビティ52の径方向Bの内側に配置されている。第1リップ53は、下段キャビティ51と上段キャビティ52とを径方向Bに繋ぐ部分である。第2リップ54は、上段キャビティ52とスキッシュエリア55とを径方向Bに繋ぐ部分である。山部56は、冠面50(下段キャビティ51)の径方向Bの中心位置に配置された山型の凸部である。山部56は、インジェクタ18のノズルヘッド181の直下の位置に凸設されている(図7)。
【0034】
下段キャビティ51は、第1上端部511、第1底部512及び第1内側端部513を含む。第1上端部511は、下段キャビティ51において最も高い位置にあり、第1リップ53に連なっている。第1底部512は、下段キャビティ51において最も凹没した、上面視で環状の領域である。キャビティ5C全体としても、この第1底部512は最深部である。上面視において、第1底部512は、第1リップ53に対して径方向Bの内側に近接した位置にある。
【0035】
第1上端部511と第1底部512との間は、径方向Bの外側に湾曲した径方向窪み部514で繋がれている。径方向窪み部514は、第1リップ53よりも径方向Bの外側に窪んだ部分を有している。第1内側端部513は、下段キャビティ51において最も径方向内側の位置にあり、山部54の下端に連なっている。第1内側端部513と第1底部512との間は、裾野状に緩やかに湾曲した曲面で繋がれている。
【0036】
上段キャビティ52は、第2内側端部521、第2底部522、第2上端部523、傾斜平面524及びガイド曲面525(第1曲面)を含む。第2内側端部521は、上段キャビティ52において最も径方向内側の位置にあり、第1リップ53に連なっている。第2底部522は、上段キャビティ52において最も凹没した領域である。但し、シリンダ軸方向Aにおいて、第2底部522の凹没深さは第1底部512よりも浅い。つまり、上段キャビティ52は、下段キャビティ51よりもシリンダ軸方向Aにおいて上側に位置する凹部である。第2上端部523は、ガイド曲面525の上端であって、第2リップ54を介してスキッシュエリア55に連なっている。
【0037】
傾斜平面524は、第1リップ53との接続部である第2内側端部521から第2底部522に向けてガイド曲面525の始点まで延び、径方向外側に向けて下降する平面である。図3に示されているように、傾斜平面524は、径方向Bに延びる水平ラインL1に対して傾き角αで交差する傾斜ラインL2に沿った傾きを有している。傾斜ラインL2は、インジェクタ18の噴孔182から噴射される燃料の指向方向である噴孔軸AX(図7)に沿う傾きを持つ平面からなる。傾斜ラインL2と噴孔軸AXとは必ずしも一致させる必要は無いが、噴孔軸AXに沿う傾きを持つ傾斜平面524とすれば、上段キャビティ52に流入する燃料噴霧の流動に対する干渉が最も小さくなり、燃料噴霧をスムースに流動させることができる利点がある。
【0038】
ガイド曲面525は、第2底部522よりも径方向外側において、比較的急峻に立ち上がるように形成された壁面である。シリンダ軸方向Aに沿った断面において、ガイド曲面525は、径方向Bの外側に膨らみつつシリンダ軸方向Aの上方に延びるように湾曲した曲面である。後記で詳述するが、ガイド曲面525は、所定の半径を有する仮想円の円周に沿った曲面である。
【0039】
第1リップ53は、シリンダ軸方向Aに沿った断面において、下側に位置する下段キャビティ51と上側に位置する上段キャビティ52との間で、径方向内側にコブ状に突出する形状を有している。第1リップ53もまた、所定の半径を有する仮想円の円周に沿った曲面である。第1リップ53は、下端部531及び第3上端部532(シリンダ軸方向の上端部)と、これらの間の中央に位置する中央部533とを有している。下端部531は、下段キャビティ51の第1上端部511に対する連設部分である。第3上端部532は、上段キャビティ52の第2内側端部521に対する連設部分である。
【0040】
シリンダ軸方向Aにおいて、下端部531は第1リップ53の最も下方に位置する部分、第3上端部532は最も上方に位置する部分である。上述の傾斜平面524は、第3上端部532から第2底部522に向けて延びる領域である。第2底部522は、第3上端部532よりも下方に位置している。つまり、本実施形態の上段キャビティ52は、第3上端部532から径方向Bの外側に水平に延びる底面を有しているのではなく、換言すると、第3上端部532からスキッシュエリア55までが水平面で繋がっているのではなく、第3上端部532よりも下方に窪んだ第2底部522を有している。
【0041】
第2リップ54は、上段キャビティ52の第2上端部523とスキッシュエリア55の内周縁551とを径方向Bに繋いでいる。第2リップ54は、シリンダ軸方向Aに沿った断面において、上向きに湾曲したガイド曲面525と水平なスキッシュエリア55との間で、径方向Bの内側に向けて凸の曲面形状を有している。第2リップ54も、所定の半径を有する仮想円の円周に沿った曲面である。
【0042】
山部56は、上方に向けて突出しているが、その突出高さは第1リップ53の第3上端部532の高さと同一であり、スキッシュエリア55よりは窪んだ位置にある。山部56は、上面視で円形の下段キャビティ51の中心に位置しており、これにより下段キャビティ51は山部56の周囲に形成された環状溝の態様となっている。
【0043】
[キャビティ部の曲面形状について]
図4は、下段キャビティ51、上段キャビティ52、第1リップ53及び第2リップ54の曲面形状を説明するための、シリンダ軸方向Aに沿った断面図である。下段キャビティ51は、シリンダ軸を含む断面において、デカルトの卵型楕円曲線に沿った面形状(以下、エッグシェープ形状という)を備えている。具体的には、下段キャビティ51は、インジェクタ18の噴孔182から最も遠い円弧状の第1部分C1と、第1部分C1と第1リップ53との間に位置する第2部分C2と、第1部分C1から径方向Bの内側に延びる第3部分C3とを含む。上掲の図3の形状に当て嵌めると、第1部分C1は、径方向窪み部514の中央領域に、第2部分C2は、径方向窪み部514から第1上端部511へ至る領域に、第3部分C3は、径方向窪み部514から第1底部512へ至る領域に各々相当する。
【0044】
図4では、噴孔182から噴射される燃料の噴孔軸AXが、インジェクタ18から最も遠い第1部分C1と交差している状態を示している。下段キャビティ51が備えるエッグシェープ形状は、このような第1部分C1の半径r1が最も小さく、第1部分C1から第2部分C2方向側に向かうに連れ、並びに第1部分C1から第3部分C3方向側に向かうに連れ、連続的に半径が大きくなる円弧形状である。
【0045】
すなわち、第2部分C2の半径r2は、図4の断面において、第1部分C1から反時計方向に離れるほど大きくなる。また、第3部分C3の半径r3は、第1部分C1から時計方向に離れるほど、第2部分C2の半径r2を同じ割合で大きくなる(r2=r3)。第1リップ53を起点として前記エッグシェープ形状を表すと、第2部分C2から第1部分C1にかけて円弧の半径が小さくなり、第1部分C1から第3部分C3にかけて円弧の半径が大きくなる円弧形状を有している。
【0046】
第1リップ53は、下端部531(第1上端部511)から第3上端部532(第2内側端部521)にかけて、所定の半径r4を有する曲面(第2曲面)からなる凸面形状を有している。上段キャビティ52は、第2底部522からガイド曲面525にかけて、所定の半径r5(第1仮想円の半径R1)を有する曲面(第1曲面)からなる凹面形状を有している。第2リップ54は、所定の半径r6(第3仮想円の半径R2)を有する曲面(第3曲面)からなる凸面形状を有している。半径r4の中心点と半径r5の中心点との間のシリンダ軸方向Aの距離を第1距離Sv、半径r5の中心点と半径r6の中心点との間の径方向Bの距離を第2距離Shとするとき、
r4+r5>Sv
r5+r6≦Sh(但し、r6=0を含む)
の関係を満たすように、半径r4、r5、r6の数値が選ばれる。
【0047】
とりわけ、r5+r6=Sh(但し、r6=0を含む)の関係を満たすことが望ましい。この関係を満たすと、シリンダ軸方向Aに沿った断面において、Shの線分と、スキッシュエリア55とが平行になる。この場合、第2リップ54が、ガイド曲面525に対して径方向内側へ突出したり、或いは、ガイド曲面525がシリンダ軸方向Aの上方に十分立ち上がらない態様の曲面とされたりすることはない。これにより、燃料噴霧を、上段キャビティ52及びスキッシュエリア55の双方の上方空間に、偏りなく分配させ易くなる。
【0048】
上段キャビティ52において、第2底部522からガイド曲面525の上端位置C4に至る部分は、半径r5のおおよそ1/4円弧によって形成されている。そして、ガイド曲面525の上端位置C4は、半径r6のおおよそ1/4円弧からなる第2上端部523の下端位置に連なっている。なお、第2上端部523の上端は、スキッシュエリア55に連なっている。
【0049】
このような曲面形状とされている結果、ガイド曲面525の上端位置C4に対してガイド曲面525の下方部分は、径方向Bの内側に位置している。つまり、ガイド曲面525には、下段キャビティ51の径方向窪み部514のように、径方向Bの外側に抉れた形状部分は存在していない。後記で詳述するが、ガイド曲面525がこのような円弧形状とされるのは、下段キャビティ51のエッグシェープ形状と協働して、混合気が燃焼室6の径方向Bの内側へ戻り過ぎないようにし、ガイド曲面525よりも径方向Bの外側に配置されているスキッシュエリア55上の空間(スキッシュ上方空間SP2)も有効に活用した燃焼を行わせるためである。
【0050】
スキッシュエリア55は、シリンダ軸A0と直交する方向(径方向B)に延びる平面である。本実施形態では、ピストン5の冠面50においてスキッシュエリア55が占める領域は、比較的狭い領域とされている。具体的には、図4に示す通りピストン5の半径をa、スキッシュエリア55の径方向幅をbとするとき、a/bが8~4の範囲内に設定されている。この範囲にa/bが設定されていても、後述するガイド曲面525の作用によって、スキッシュエリア55の上方空間の酸素を有効活用すると共に、シリンダライナへの燃料噴霧の付着を防止することができる。
【0051】
[燃料噴射パターンについて]
インジェクタ18による燃料噴射の動作は、燃料噴射制御部18A(図1参照)によって制御される。燃料噴射制御部18Aは、エンジン負荷やエンジン回転数等に応じて予め設定されたマップに基づいて、燃料噴射パターンを変更する。
【0052】
図5は、エンジン負荷が低負荷~中負荷の運転領域において、燃料噴射制御部18Aがインジェクタ18に実行させる燃料噴射パターンと、当該噴射に基づく燃焼を実行させた場合の熱発生率特性H1とを示すタイムチャートである。低負荷~中負荷の運転領域においては、燃料噴射制御部18Aは、1サイクル当たり、プレ噴射P1(前段噴射)、メイン噴射P2(主噴射)及び中段噴射P3をインジェクタ18に実行させる。
【0053】
プレ噴射P1は、ピストン5が圧縮上死点(TDC)よりも進角側に位置する時期に実行される燃料噴射である。プレ噴射P1は、噴射した燃料を予混合燃焼させることを企図したものであり、筒内圧及び筒内温度がある程度高くなる圧縮行程後期に実行される。メイン噴射P2は、プレ噴射P1よりも遅角側であって、当該プレ噴射P1で噴射された燃料が予混合燃焼している期間中に開始される。つまり、メイン噴射P2は、予混合燃焼の熱を利用して噴射した燃料を拡散燃焼させることを企図したものであり、概ねピストン5がTDC付近に位置するタイミングに開始される燃料噴射である。中段噴射P3は、プレ噴射P1とメイン噴射P2との間の時期に実行される噴射である。中段噴射P3で噴射された燃料は、プレ噴射P1の燃焼とメイン噴射P2の燃焼との間に燃焼させることが企図されている。中段噴射P3も、概ね拡散燃焼となる。
【0054】
図5では、クランク角-CA16degから-CA12degの期間にプレ噴射P1が実行される例を示している。中段噴射P3は、プレ噴射P1及びメイン噴射P2に比較して、少量の燃料噴射である。図5では、クランク角-CA6degから中段噴射P3が開始される例を示している。メイン噴射P2の噴射期間は、エンジン負荷によって変動する。すなわち、メイン噴射P2の噴射開始時期はTDC付近であるが、噴射終了時期はエンジン負荷が高くなるほど遅角する。低負荷~中負荷の運転領域において、エンジン負荷が比較的低い場合には、図5の実線の通り、メイン噴射P2の噴射期間はTDC~クランク角CA3deg程度の期間となる。一方、エンジン負荷が比較的高い場合には、図5で点線にて示すメイン噴射P2Eの通り、TDC~クランク角CA10degを超過する期間がメイン噴射の噴射期間となる。この場合、プレ噴射P1の燃料噴霧と、メイン噴射P2Eの後半の燃料噴霧とが上段キャビティ52に流入することになる。
【0055】
図5に示された熱発生率特性H1は、プレ噴射P1、メイン噴射P2及び中段噴射P3の各燃焼によって生じる熱発生率特性である。熱発生率特性Hは、プレ噴射P1に伴う予混合燃焼によって生じる前段山部と、メイン噴射P2に伴う拡散燃焼によって生じる後段山部と、両山部の間の谷部分とを有する。すなわち、熱発生率特性H1には、時間的に分離して実行される比較的噴射量の多いプレ噴射P1及びメイン噴射P2の各燃焼に起因して、二段階で熱発生率のピークが発生する。中段噴射P3は、プレ噴射P1及びメイン噴射P2の各燃焼に起因する熱発生率のピークを抑制するための噴射である。中段噴射P3は、このピーク抑制によって、燃焼騒音の低減に貢献する。なお、噴射終了時期が遅角するメイン噴射P2Eが採用される場合には、上記後段山部がより長い期間発生する。
【0056】
次に、図6は、エンジン負荷が高回転高負荷の運転領域において、燃料噴射制御部18Aがインジェクタ18に実行させる燃料噴射パターンと、当該噴射に基づく燃焼を実行させた場合の熱発生率特性H2とを示すタイムチャートである。高回転高負荷の運転領域においては、燃料噴射制御部18Aは、1サイクル当たり、長い噴射期間の単発噴射P4をインジェクタ18に実行させる。
【0057】
単発噴射P4は、クランク角-CA8deg付近で開始され、TDCを跨いでCA27deg付近まで継続する噴射期間を有している。高負荷のトルク要求を満たす燃料噴射量を確保するため、燃料噴射期間は自ずと長くなる。すなわち、膨張行程においてピストン5が相当下降する期間まで、燃料が噴射されることになる。単発噴射P4の燃焼によって生じる熱発生率特性H2は、図6に示す通り、単発ピークが比較的長い期間継続する特性となる。
【0058】
[燃料噴霧の流動について]
続いて、上記の燃料噴射が行われた場合の、燃焼室6内における燃料噴霧の流動状態について説明する。図7は、燃焼室6の簡略的な断面図であって、プレ噴射P1が実行された場合の、インジェクタ18からキャビティ5Cへの燃料噴射状況、及び噴射後の混合気の流れを示す図である。図7には、インジェクタ18から噴射される燃料噴霧Eの噴孔軸AXと、噴射後の混合気の流れを模式的に表す矢印F11、F12、F13、F21、F22、F23とが示されている。プレ噴射P1は、第1リップ53を指向して実行される。つまり、燃料噴射制御部18Aは、圧縮行程において上昇するピストン5の第1リップ53と噴孔軸AXとが交差し、燃料噴霧Eが第1リップ53に吹き当たるタイミングで、プレ噴射P1をインジェクタ18に実行させる。
【0059】
図7では、インジェクタ18のノズルヘッド181が燃焼室天井面6Uの中央に配置され、ノズルヘッド181が備える複数の噴孔のうちの1つ噴孔182から燃料が噴射される様子が示されている。噴孔182から燃料は、図中の噴孔軸AXに沿って噴霧される。噴霧された燃料は、噴霧角θをもって拡散する。図7には、噴孔軸AXに対する上方向への拡散を示す上拡散軸AX1と、下方向への拡散を示す下拡散軸AX2とが示されている。噴霧角θは、上拡散軸AX1と下拡散軸AX2とがなす角である。つまり、噴孔軸AXに沿って噴霧される燃料噴霧Eは、噴霧角θで円錐状に拡散しながら、第1リップ53に向かう。この燃料噴霧Eは、燃焼室6の空気と混合されて混合気を形成しつつ、第1リップ53に吹き当たる。
【0060】
第1リップ53に衝突した燃料噴霧Eは、その後、下段キャビティ51の方向(下方向)へ向かうもの(矢印F11)と、上段キャビティ52の方向(上方向)へ向かうもの(矢印F21)とに空間的に分配される。すなわち、第1リップ53の中央部533を指向して噴射された燃料は、上下に分離され、その後は各々下段、上段キャビティ51、52に存在する空気と混合して混合気を形成しながら、これらキャビティ部51、52の面形状に沿って流動する。
【0061】
詳しくは、矢印F11の方向(下方向)に向かう混合気は、第1リップ53の下端部531から下段キャビティ51の径方向窪み部514へ入り込み、下方向に流れる。その後、混合気は、径方向窪み部514の湾曲形状によって流動方向を下方向から径方向Bの内側方向へ変え、矢印F12で示すように、第1底部512を有する下段キャビティ51の底面形状に倣って流動する。この際、混合気は、下段キャビティ51の空気と混合して濃度を薄めて行く。山部54が存在することによって、下段キャビティ51の底面は径方向中央に向けてせり上がる形状を有している。従って、矢印F12方向に流動する混合気は上方に持ち上げられ、ついには矢印F13で示すように、燃焼室天井面6Uから径方向外側へ向かうように流動する。このような流動の際にも、前記混合気は燃焼室6内に残存する空気と混合し、均質で薄い混合気となってゆく。
【0062】
一方、矢印F21の方向(上方向)に向かう混合気は、第1リップ53の第3上端部532から上段キャビティ52の傾斜平面524に入り込み、傾斜平面524の傾きに沿って斜め下方に向かう。そして、矢印F22で示すように、前記混合気は第2底部522に至る。ここで、傾斜平面524は噴孔軸AXに沿う傾きを持つ面とされている。このため、前記混合気は径方向外側へスムースに流動することができる。つまり前記混合気は、傾斜平面524の存在、並びに、第1リップ53の第3上端部532の下方に位置する第2底部522の存在によって、燃焼室6の径方向外側の奥深い位置まで到達することができる。
【0063】
しかる後、前記混合気は、第2底部522からガイド曲面525の間の立ち上がり曲面によって上方に持ち上げられ、燃焼室天井面6Uから径方向内側へ向かうように流動する。このような、矢印F22で示す流動の際に、前記混合気は上段キャビティ52内の空気と混合し、均質で薄い混合気となって行く。ここで、第2底部522よりも径方向外側に、概ね上下方向に延びるガイド曲面525が存在することで、噴射された燃料(混合気)がシリンダ2の内周壁(一般に、図略のライナーが存在する)に到達することが阻止される。つまり、前記混合気は、第2底部522の形成によって燃焼室6の径方向外側付近まで流動できるが、ガイド曲面525の存在によって、シリンダ2の内周壁との干渉は抑止される。このため、前記干渉による冷損の発生を抑制することができる。
【0064】
ここで、ガイド曲面525は、その下方部分が、上端位置に対して径方向Bの内側に位置する形状を備えている。換言すると、第2リップ54がガイド曲面525に対して径方向Bの内側に突出していない形状を備える。このため、矢印F22で示す流動は過度に強くならず、矢印F23にて示す径方向Bの外側へ向かう流動も発生する。従って、ガイド曲面525よりも径方向外側の空間(スキッシュエリア55上の空間)も有効に活用した燃焼を行わせることができる。従って、煤の発生などを抑止し、燃焼室空間の全体を有効活用した燃焼を実現させることができる。
【0065】
次に、図8は、比較的噴射期間が長いメイン噴射P2E(図5)、若しくは単発噴射P4(図6)が実行された場合に生じ得る、インジェクタ18からキャビティ5Cへの燃料噴射状況、及び噴射後の混合気の流れを示す図である。メイン噴射P2E及び単発噴射P4の後期では、ピストン5が相当下降した状態となる。従って、燃料噴霧Eの噴孔軸AXは、第1リップ53の上端付近乃至は上段キャビティ52の第2底部522を指向するようになる。
【0066】
このため、燃料噴霧Eは、混合気を形成しながら、矢印F31で示すように専ら第1リップ53から上段キャビティ52の方向へ向かう。以降は上記と同様に、混合気は、上段キャビティ52の傾斜平面524に入り込み、傾斜平面524の傾きに沿って斜め下方に向かう。そして、前記混合気は矢印F32で示すように、第2底部522からガイド曲面525の間の立ち上がり曲面によって上方に持ち上げられ、燃焼室天井面6Uから径方向内側へ向かうように流動する。しかる後、前記混合気は、矢印F32にて示す径方向Bの内側へ向かう流動と、矢印F33にて示す径方向Bの外側へ向かう流動とに分離する。
【0067】
矢印F32方向の混合気は、上段キャビティ52の上方に位置するキャビティ上方空間SP1に流入する。また、矢印F33方向の混合気は、スキッシュエリア55の上方に位置するスキッシュ上方空間SP2に流入する。下段キャビティ51内の酸素は、プレ噴射P1による燃焼、若しくは単発噴射P4の前半部分による燃焼によってほぼ使い切っている。一方、キャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2には、酸素が残存している状態である。このため、メイン噴射P2E又は単発噴射P4の後半部分による燃焼では、これら上方空間SP1、SP2に残存する酸素を有効活用することが望ましい。
【0068】
そのためには、キャビティ上方空間SP1とスキッシュ上方空間SP2とに、混合気(燃料噴霧E)を適度に配分することが肝要となる。本実施形態では、大きな偏りなくキャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2に混合気を導くことができるように、上段キャビティ52、第1リップ53及び第2リップ54に形状的な工夫が施されている。以下、この点について詳述する。
【0069】
[キャビティの形状的な特徴]
図9は、上段キャビティ52、第1リップ53及び第2リップ54の曲面形状を説明するための、シリンダ軸A0に沿ったピストン5の断面の模式図である。シリンダ軸A0に沿った断面において、上段キャビティ52のガイド曲面525(第1曲面)は、先に図4に示した通り、所定長の半径r5を有する第1仮想円Q1の円周に沿った曲面である。つまり、ガイド曲面525は、第1仮想円Q1の円周の一部に一致する曲面形状を有している。また、シリンダ軸A0に沿った断面において、第1リップ53(第2曲面)は、半径r5よりも短い半径r4の第2仮想円Q2の円周に沿った曲面形状を、第2リップ54(第3曲面)は、半径r4よりもさらに短い半径r6の第3仮想円Q3の円周に沿った曲面形状を各々有している。つまり、第1、第2リップ53、54は、それぞれ、第2、第3仮想円Q2、Q3の円周の一部に一致する曲面形状を有している。
【0070】
ここで、互いに離間する第1仮想円Q1及び第2仮想円Q2の4つの共通接線のうち、第1仮想円Q1の中心点Q1Cと第2仮想円Q2の中心点Q2Cとの間に挟まれ、且つ、第2仮想円Q2への接点j2が第1仮想円Q1への接点j1よりも径方向内側に位置する関係にある共通接線Gに着目する。上述の通り、上段キャビティ52は第1リップ53よりも径方向Bの外側に位置し、第2底部522は第1リップ53よりも下方に窪んだ位置に存在している。このため、第1仮想円Q1が第2仮想円Q2よりも径方向Bの外側に位置し、第2仮想円Q2の最上部は、第1仮想円Q1の最下部よりも上方に位置している。従って、共通接線Gは、シリンダ軸A0と交差し、径方向Bの外側に向けて下降する接線となる。
【0071】
本実施形態では、共通接線Gのシリンダ軸A0に対してなす角度Xが、75°<X<80°の範囲内に設定される。この角度Xは、インジェクタ18の噴孔軸AX(図7)のシリンダ軸A0に対してなす角度(コーン角)と略一致している。傾斜平面524は、接点j1と接点j2との間において延びる平面であって、共通接線Gに沿う平面である。角度Xを上記の範囲に設定することで、傾斜平面524を噴孔軸AXに沿う傾きを持つ平面とすることができる。従って、燃料噴霧をスムースに上段キャビティ52へ流入させることができる。
【0072】
<第1曲面について>
ガイド曲面525(第1曲面)の径方向内側端部である始点は、傾斜平面524の下端への連設点である。この始点は、傾斜平面524の直線的な下降ラインが、第1仮想円Q1に沿う曲面に変わる変曲点である。当該始点は、接点j1の位置に略等しい。一方、ガイド曲面525の径方向外側端部である終点は、第2リップ54への接続点j3である。この接続点j3も、湾曲方向が変わる変曲点である。ここで、第1仮想円Q1の中心点Q1Cと前記始点及び前記終点と各々結ぶ線同士がなす角度Yを、第1仮想円Q1の円周に占めるガイド曲面525の角度Yと定義する。本実施形態では、この角度Yが、
80°<Y<(180°-X)
の範囲内に設定される。
【0073】
ガイド曲面525の角度Yを80°よりも大きくすることで、上段キャビティ52に導入された燃料噴霧を当該ガイド曲面525でガイドさせ、上段キャビティ52のキャビティ上方空間SP1(図8)に導くことができる。また、角度Yを(180°-X)よりも小さくすることで、燃料噴霧を過剰にキャビティ上方空間SP1に導かず、スキッシュ上方空間SP2にも適度に燃料噴霧を導くことができる。従って、キャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2の双方に存在する酸素を有効活用した燃焼を実現させることができる。
【0074】
上式の通りに角度Yを設定することの根拠を、図10及び図11に基づいて説明する。図10は、上段キャビティ52の傾斜平面524が傾きの無い水平面であると仮定し、ガイド曲面525が第1仮想円Q1に占める角度を、角度Y1~Y4まで振った状態を示す図である。Y1=90°、Y2=75°、Y3=60°、Y4=45°である。第1仮想円Q1に占める角度が小さいほど、スキッシュエリア55の高さ位置は低くなる。図10では、ガイド曲面525が角度Y1~Y4で設定された場合のスキッシュエリア55の高さ位置を、55(Y1)~55(Y4)にて各々示している。
【0075】
本実施形態では、上段キャビティ52の径方向長さである上段キャビティ長52Lと、スキッシュエリア55の径方向長さであるスキッシュ長55Lとは、同一長である。なお、ここで言う「同一長」は、両者の長さが完全に同一であるほか、実質的に同一であることを包含する。例えば、両者の長さに10%~15%程度の差異が存在していても、「同一長」の範囲である。
【0076】
図11は、ガイド曲面525の角度を図10に示すY1~Y4のように変更した場合の、上段キャビティ52上のキャビティ上方空間SP1と、スキッシュエリア55上のスキッシュ上方空間SP2とへの、燃料噴霧の分配状況の解析結果を示すグラフである。当該グラフの横軸は角度Y、縦軸は、上段キャビティ52のガイド曲面525にてシリンダ軸方向Aの上方にガイドされた燃料噴霧が、2つの上方空間SP1、SP2の各々にどれだけ流入したかを示す分配率である。曲線D1は、キャビティ上方空間SP1への分配率、曲線D2は、スキッシュ上方空間SP2への分配率を各々示している。なお、図11には、図10で例示していない角度Y=80°、105°のプロットも示されている。
【0077】
図11に示された曲線D1の通り、角度Yが大きくなるほど、キャビティ上方空間SP1へ流入する燃料噴霧の割合が高くなる。一方、曲線D2の通り、角度Yが大きくなるほど、スキッシュ上方空間SP2へ流入する燃料噴霧の割合が小さくなる。これは、角度Yが大きいほど、ガイド曲面525のシリンダ軸方向Aへの立ち上がり度合が顕著となり(例えば図10の55(Y1)を参照)、燃料噴霧がガイド曲面525によって燃焼室天井面6U乃至は燃焼室6の径方向Bの内側へガイドされ易くなることによる。逆に、角度Yが小さいほど、ガイド曲面525は立ち上がり度合の緩い曲面となり(例えば図10の55(Y4)を参照)、燃料噴霧を径方向Bの外側へ逃がしてしまう度合が高まることによる。
【0078】
図10に示した通り、本実施形態では、上段キャビティ長52Lとスキッシュ長55Lとは同一長である。一方、スキッシュエリア55は上段キャビティ52よりも径方向Bの外側に位置しており、冠面50の周方向の面積で比較すると、スキッシュエリア55は上段キャビティ52よりもやや広い面積を有している。つまり、インジェクタ18の一つの噴孔182当たりに対応する容積は、スキッシュ上方空間SP2の方がキャビティ上方空間SP1よりも若干大きい。
【0079】
このため、スキッシュ上方空間SP2の方に若干多くの燃料噴霧を流入させる分配率とすることが望ましい。具体的には、SP1:SP2=50:50~40:60程度の分配率とすることが望ましい。図11では、このような分配率となる角度Yの範囲を矢印DAにて示している。図11より、望ましい角度Yの範囲は、概ね80°~95°ということができる。
【0080】
但し、図10のモデルでは、傾斜平面524の傾きが考慮されていない。図9を参照して、傾斜平面524は、シリンダ軸A0に対して角度Xを有する共通接線Gに沿った傾きを持つ平面である。傾斜平面524がシリンダ軸A0と直交する径方向Bに延びる平面である場合、ガイド曲面525の始点は、中心点Q1Cの垂下線と第1仮想円Q1の円周とが交差する交点j11となる。しかし、傾斜平面524が径方向Bに対して傾きを持つ平面である場合、ガイド曲面525の始点は、交点j11から接点j1まで角度ΔYだけシフトすることになる。つまり、望ましい角度Yの範囲の上限は、角度ΔYの分だけ拡張することができる。
【0081】
角度ΔYは、角度Xに由来する角度である。従って、角度Xを用いると、
ΔY=180°-(90°+X)
と表わすことができる。従って、ガイド曲面525の始点が交点j11の位置の場合は角度Y=90°であるので、望ましい角度Yの上限は、
Y=90°+ΔY=180°-(90°+X)=180°-X
にて表現することができる。また、望ましい角度Yの範囲の下限は、図11の解析結果より80°である。よって、望ましい角度Yの範囲は、先に示した通り、
80°<Y<(180°-X)、但し、75°<X<80°
となる。
【0082】
このような角度Yの範囲は、本実施形態のように比較的狭いスキッシュエリア55を備える燃焼室6において、とりわけ有効となる。上述の通り、本実施形態においては、ピストン5の半径aとスキッシュエリア55の径方向幅bとの関係は、a/b=8~4の範囲内とされる。このような狭いスキッシュエリア55を有する燃焼室6において、燃料噴霧の分配を適正化しないと、シリンダ2の内壁面に燃料噴霧が付着したり(分配過剰)、スキッシュ上方空間SP2の酸素を有効活用できなかったり(分配不足)する不具合が生じ易い。角度Yを80°<Y<(180°-X)の範囲内に設定することで、上記の不具合を解消することができる。
【0083】
<第1曲面と第2リップとの関係について>
図12は、望ましい上段キャビティ52(ガイド曲面525)と第2リップ54との関係を説明するための模式図である。図4に基づき上述した通り、r5+r6=Shの関係を満たすようにガイド曲面525及び第2リップ54を設定することが望ましい。既述の通り、ガイド曲面525は、半径r5の第1仮想円Q1の円周に沿う曲面であり、第2リップ54は半径r6の第3仮想円Q3の円周に沿う曲面である。図12は、第1仮想円Q1の中心点Q1Cと第3仮想円Q3の中心点Q3Cとの間の距離Shと、半径r5と半径r6との和とが等しいキャビティ形状を示している。この場合、距離Shを示す仮想線と、スキッシュエリア55の平面とが平行になる。
【0084】
r5+r6>Shの関係となると、前記平行は崩れ、結果として第2リップ54がガイド曲面525に対して径方向Bの内側へ突出した曲面となる、或いは、ガイド曲面525がシリンダ軸方向Aの上方に十分立ち上がらない態様の曲面となる。前者の場合、ガイド曲面525の終点である第2リップ54への接続点j3(図9)は、第1仮想円Q1の円周に沿ってより上方且つ径方向内側の位置に至る。このため、燃料噴霧を過剰にキャビティ上方空間SP1に導いてしまうことになる。後者の場合、逆に接続点j3はより低い位置となり、スキッシュ上方空間SP2へ過剰に燃料噴霧を導いてしまう。r5+r6に対してShが小さくなりすぎると、上記の傾向は顕著となる。なお、r5+r6<Shの関係となると、何らかの中間面がガイド曲面525と第2リップ54との間に介在することになるが、前記中間面が大きな領域を持つと燃料噴霧の分配に影響を与えるので、r5+r6に対してShが大きくなりすぎることは好ましくない。
【0085】
<燃料噴射タイミング>
図13は、インジェクタ18からの望ましい燃料噴射時期を説明するための模式図である。図13に示すように、燃料噴射制御部18A(図1)は、ピストン5が下降中であって、第1仮想円Q1の最上端が燃焼室天井面6Uと接するタイミングで上段キャビティ52に燃料噴霧が流入するように、燃料噴射時期を設定することが望ましい。
【0086】
上段キャビティ52に流入した燃料噴霧は、第1仮想円Q1に沿ったガイド曲面525でガイドされ、上段キャビティ52から上方へ飛び出す(図8の矢印F32、F33参照)。上記の通りに燃料噴射時期を設定すれば、ピストン5の下降によって徐々に広くなるキャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2の酸素を活用した燃焼を実現させることができる。
【0087】
また、上段キャビティ52から上方へ飛び出した燃料噴霧のうち、径方向Bの内側へ向かう燃料噴霧は、第1仮想円Q1に沿った流動経路を進む傾向がある。従って、第1仮想円Q1の最上端が燃焼室天井面6Uと接するタイミングで、上段キャビティ52に燃料噴霧を流入させることで、前記燃料噴霧が燃焼室天井面6Uに衝突することが回避できる。つまり、前記衝突が生じると燃料噴霧の流動が弱まって当該燃料噴霧の上方空間への拡散が不十分となりがちとなるが、そのような不都合を防止することができる。
【0088】
第1仮想円Q1の最上端が燃焼室天井面6Uと接するタイミングは、CA=5deg~10deg程度である。従って、燃料噴射制御部18Aは、少なくともCA=5deg~10degよりも早いタイミングにおいて、インジェクタ18に燃料噴射動作を実行させる。なお、図5に示したメイン噴射P2E、図6に示した単発噴射P4は、上記のタイミングを含む噴射である。
【0089】
[検証例]
続いて、燃料噴霧の流動状況についての検証例を、実施例及び比較例1、2について示す。燃料噴射パターンは、図6に示した単発噴射P4(燃料噴射期間=ATDC-8°~+27deg)を用いている。
【0090】
<実施例>
図14(A)~(D)及び図15(A)~(D)は、ガイド曲面525の角度Yが80°<Y<(180°-X)の範囲内に設定された、本実施形態に係る上段キャビティ52にて底面が区画された燃焼室6における、燃料噴霧の流動状況を示す図である。なお、図14(A)以外は、図示簡素化のため、ピストン5他の符号の記載を省いている。これらの図中では燃料噴霧が拡散してゆく様子が示されており、濃度が濃く描かれているほど燃料の濃度が濃いことを示している。
【0091】
図14(A)、(B)、(C)、(D)はそれぞれ、クランク角CA=ATDC-8°、0°、10°、20°における燃料噴霧の流動状況を示している。図14(A)のCA=ATDC-8°は、単発噴射P4において、インジェクタ18からキャビティ5Cに向けて燃料の噴射が開始された直後の状態である。図14(B)のCA=ATDC0°では、燃料噴霧はキャビティ5Cの壁面に向かっているが、まだ前記壁面に到達していない状態である。ピストン5が、最も高い圧縮上死点に位置することから、燃料噴霧は下段キャビティ51寄りの壁面と対向している。
【0092】
図14(C)のCA=ATDC10°では、燃料噴霧の先頭部分が第1リップ53に吹き当たっている。このATDC10°付近が、図13で説明した通り、圧縮上死点から下降しつつあるピストン5において、第1仮想円Q1の最上端が燃焼室天井面6Uと接するタイミングである。このタイミングで、図14(C)に示す通り、燃料噴霧が上段キャビティ52に流入し始めていることが判る。当該流入開始タイミングから逆算して、単発噴射P4における燃料噴射の開始タイミングが設定される。
【0093】
図14(D)のCA=ATDC20°では、燃料噴霧が、図7に示した流動と同様な流動を行っていることが判る。すなわち、第1リップ53に吹き当たった燃料噴霧は、下段キャビティ51と上段キャビティ52とに空間的に分離され、一方が下段キャビティ51にガイドされて燃焼室6の径方向内側へ、他方が上段キャビティ52にガイドされて径方向外側へ向かっている。
【0094】
図15(A)、(B)、(C)、(D)はそれぞれ、クランク角CA=ATDC25°、30°、40°、50°における燃料噴霧の流動状況を示している。図15(A)のCA=ATDC25°では、上段キャビティ52(ガイド曲面525)にガイドされた燃料噴霧が、ピストン5の下降により徐々に広くなるキャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2(図8参照)に流入している。
【0095】
図15(B)のCA=ATDC30°は、インジェクタ18からの燃料噴射が終了した直後の状態である。燃料噴霧は、第2リップ54の位置を境にして、上段キャビティ52上のキャビティ上方空間SP1と、スキッシュエリア55上のスキッシュ上方空間SP2とに、ほぼ対称に分配されていることが判る。この分配傾向は、図15(C)のCA=ATDC40°でも継続している。キャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2には、良好に均質化された混合気が存在している。図15(D)のCA=ATDC50°は、燃焼がほぼ終了している状態である。
【0096】
<比較例1>
図16(A)~(D)は、ガイド曲面525の角度Yが過剰である場合、つまり角度Yが上限(180°-X)を超過する場合における、燃料噴霧の流動状況を示す図である。図16(A)、(B)、(C)、(D)はそれぞれ、クランク角CA=ATDC25°、30°、40°、50°における燃料噴霧の流動状況を示している。なお、ATDC20°までは、上掲の図14(A)~(D)と大差ないため、掲載を省いている。
【0097】
比較例1では、角度Yが過剰であることから、実施例に比べて上段キャビティ52(ガイド曲面525)がより深く形成され、また第2リップ54が径方向内側へやや突出する態様となっている。図16(A)のCA=ATDC25°では、燃料噴霧が上段キャビティ52によって上方にガイドされている様子が示されている。インジェクタ18からの燃料噴射が終了する図16(B)のCA=ATDC30°では、ピストン5の下降により徐々に広くなるキャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2に、燃料噴霧が流入している。
【0098】
図15(B)と図16(B)とを比較すると明らかなように、比較例1では上段キャビティ52上のキャビティ上方空間SP1に燃料噴霧が専ら流入し、スキッシュエリア55上のスキッシュ上方空間SP2にはあまり流入していない。これは、角度Yが過剰であるため、スキッシュ上方空間SP2に向かう流動が形成され難く、キャビティ上方空間SP1側に偏った流動となることによる。また、比較例1では燃料噴霧が燃焼室天井面6Uに吹き当たり、流動が停滞気味になっていることが判る。このような偏在傾向は、図16(C)のCA=ATDC40°でも継続している。燃料噴霧は、キャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2において、あまり均質化されない状態で存在してしまっている。また、上段キャビティ52内に燃料噴霧が滞留気味となっている。従って、これら空間SP1、SP2内の酸素は、十分活用されていないと言える。
【0099】
<比較例2>
図17(A)~(D)は、ガイド曲面525の角度Yが不足している場合、つまり角度Yが下限80°を下回る場合における、燃料噴霧の流動状況を示す図である。図17(A)、(B)、(C)、(D)はそれぞれ、クランク角CA=ATDC25°、30°、40°、50°における燃料噴霧の流動状況を示している。なお、ATDC20°までは、上掲の図14(A)~(D)と大差ないため、掲載を省いている。
【0100】
比較例2では、角度Yが不足していることから、実施例に比べて上段キャビティ52(ガイド曲面525)がより浅く形成されている。図17(A)のCA=ATDC25°では、燃料噴霧が上段キャビティ52によって上方にガイドされている様子が示されている。図17(B)のCA=ATDC30°では、ピストン5の下降により徐々に広くなるキャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2に、燃料噴霧が流入している。
【0101】
図15(B)と図17(B)とを比較すると明らかなように、比較例2では上段キャビティ52からの燃料噴霧の立ち上がりが鈍く、スキッシュエリア55上のスキッシュ上方空間SP2側に偏り気味の流動が生じていることが判る。これは、角度Yが不足しているため、ガイド曲面525による径方向内側へのガイド効果が弱く、スキッシュ上方空間SP2に向かう流動が比較的強く形成されることによる。このような偏った流動傾向となる結果、図17(C)のCA=ATDC40°に示すように、燃料噴霧は、シリンダ2の内壁と接する状態となっている。また、上段キャビティ52内に燃料噴霧が滞留気味となっている。従って、キャビティ上方空間SP1及びスキッシュ上方空間SP2を十分に有効活用した燃料噴霧の流動が形成されていないと言える。
【0102】
[変形例]
以上、本発明の実施形態を説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではない。例えば、次のような変形実施形態を取ることができる。
【0103】
(1)上記実施形態では、上段キャビティ52が傾斜平面524を具備する態様、つまり、第1リップ53とガイド曲面525との間に第1仮想円Q1及び第2仮想円Q2の共通接線Gに沿う傾斜平面524が存在する例を示した。これに代えて、傾斜平面524が存在しない上段キャビティ52としても良い。
【0104】
図18は、変形例に係る上段キャビティ52の形状を示す模式図である。ガイド曲面525が第1仮想円Q1の円周に沿う曲面であり、第1リップ53が第2仮想円Q2の円周に沿う曲面であることは、図9に示した上記実施形態と同様である。しかし、第1リップ53に対してガイド曲面525の始点が直結している点において、上記実施形態と相違する。この態様では、第1、第2仮想円Q1、Q2が接することとなり、両仮想円Q1、Q2の中心点Q1C、Q2C間に挟まれる共通接線は、図18に示す1本の共通接線Gである。なお、本変形例では、共通接線Gの第2仮想円Q2への接点が第1仮想円Q1への接点に限りなく接近することになるが、本発明はかかる態様も包含する。この変形例が採用される場合にも、共通接線Gがシリンダ軸A0に対してなす角Xが、75°<X<80°の範囲内に設定される。
【0105】
(2)上記実施形態では、第2リップ54が、所定の半径r6を有する第3仮想円Q3の円周に沿う曲面とされている例を示した。第2リップ54は、曲面ではなく角部によって構成されていても良い。つまり、第2リップ54が、r6=0の態様とされていても良い。
【0106】
(3)上記実施形態では、下段キャビティ51の方が上段キャビティ52に比べて容積が大きいキャビティ5Cを例示した。両者のキャビティの容積は適宜に設定して良く、上段キャビティ52の方が下段キャビティ51よりも大きい容積を備えるキャビティ5Cとしても良い。
【符号の説明】
【0107】
1 エンジン本体(圧縮着火エンジン)
18 インジェクタ(燃料噴射弁)
18A 燃料噴射制御部
2 シリンダ
5 ピストン
50 冠面
5C キャビティ
51 下段キャビティ
52 上段キャビティ
521 第2内側端部(第1リップとの接続部)
524 傾斜平面
525 ガイド曲面(第1曲面)
53 第1リップ(第2曲面)
54 第2リップ(第3曲面)
55 スキッシュエリア
6 燃焼室
6U 燃焼室天井面(天井面)
A シリンダ軸方向
A0 シリンダ軸
AX 噴孔軸
B 燃焼室の径方向
G 共通接線
P1 プレ噴射(前段噴射)
P2 メイン噴射(主噴射)
Q1 第1仮想円
Q2 第2仮想円
Q3 第3仮想円
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18