(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】質量分析装置
(51)【国際特許分類】
H01J 49/16 20060101AFI20220329BHJP
H01J 49/04 20060101ALI20220329BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20220329BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20220329BHJP
【FI】
H01J49/16 500
H01J49/04 090
H01J49/04 450
H01J49/42 150
G01N27/62 G
(21)【出願番号】P 2020557407
(86)(22)【出願日】2018-11-26
(86)【国際出願番号】 JP2018043313
(87)【国際公開番号】W WO2020110163
(87)【国際公開日】2020-06-04
【審査請求日】2021-02-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤岡 真悟
(72)【発明者】
【氏名】西口 克
(72)【発明者】
【氏名】石原 ひかる
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】特開平08-189916(JP,A)
【文献】国際公開第2017/154153(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/00
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導電性の探針と、
前記探針に高電圧を印加する高電圧発生部と、
試料が収容される凹部を有する試料容器と、
前記探針の先端に
前記試料容器中の試料の一部を付着させるべく、所定位置にある
該試料に前記探針の先端が接触する試料採取位置とその先端が
該試料から離れた所定のイオン生成位置との間で前記探針を移動させる探針移動部と、
前記イオン生成位置にある前記探針に高電圧が印加されることで発生した試料成分由来のイオンを、大気圧雰囲気中から真空雰囲気中へ取り込むために、前記イオン生成位置にある前記探針と前記試料
容器との間に設けられたイオン取込口と、
前記イオン取込口と前記試料容器との間であって
該試料容器に接して又は該試料容器と所定の間隙を有し、且つ前記探針移動部による前記探針の移動経路を避けて
配置された導電性部材であって、所定の電位が付与されている補助電極と、
を備える、質量分析装置。
【請求項2】
前記
補助電極は、前記探針移動部による前記探針の移動経路上に、該探針が延伸方向に通過可能な開口部又は欠損部を有する、請求項
1に記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記探針の側から前記試料容器の側を見たときに、前記
補助電極は前記試料容器の全体を覆った状態である、請求項
1に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記探針に高電圧が印加されることで生成されたイオンが前記イオン取込口に向かうような電場を、前記補助電極と前記イオン取込口との間に形成するように、該
補助電極の少なくとも一部が前記イオン取込口に対向するような傾斜状又湾曲状である、請求項
1に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記補助電極に付与される所定の電位が接地である、請求項1に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、探針エレクトロスプレーイオン化質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置において分析対象である試料中の成分をイオン化するイオン化法としては、従来、様々な方法が提案され、また実用に供されている。大気圧雰囲気中でイオン化を行うイオン化法としてはエレクトロスプレーイオン化(Electrospray Ionization:ESI)法がよく知られているが、このESIを利用したイオン化法の一つとして近年注目を集めているイオン化法として探針エレクトロスプレーイオン化(Probe Electrospray Ionization:PESI)法がある。
【0003】
特許文献1、非特許文献1等に開示されているように、一般的なPESIイオン源は、導電性の探針と、該探針の先端に試料を付着させるべく該探針又は試料の少なくとも一方を移動させる変位部と、探針の先端に試料が付着された状態で該探針に高電圧を印加する高電圧発生部と、を含む。測定時には、変位部により探針又は試料の少なくとも一方を移動させて、該探針の先端を試料に接触させ、探針の先端表面に試料を付着させる。そのあと、変位部により探針を試料から離脱させ、高電圧発生部から探針に高電圧を印加する。すると、探針先端に付着している試料に強い電場が作用し、エレクトロスプレー現象が生起されて試料分子が離脱しながらイオン化する。
【0004】
一般に、エレクトロスプレー現象を利用したイオン化は他の手法、例えばレーザ光の照射によるイオン化法などに比べて、イオン化効率が高い。そのため、PESIイオン源では、微量な試料中の分子を効率良くイオン化することができる。また、被検者等から採取した微量の生体試料に対し溶解や分散化等の前処理を行うことなく、そのままの状態でイオン化を行うことができるという利点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【非特許文献】
【0006】
【文献】「DiMS-2020 探針エレクトロスプレーイオン化質量分析計 Direct Probe Ionization - MS」、[online]、株式会社島津製作所、[2018年11月14日検索]、インターネット<URL: https://www.an.shimadzu.co.jp/ms/dpims/index.htm>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述したようにPESIイオン源は原理的には比較的イオン化効率が高いものの、従来のPESIイオン源を搭載した質量分析装置(以下、「PESI-MS」と略す)では、検出感度のばらつきが比較的大きくデータの再現性が悪い場合がある、という課題があった。
【0008】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的とするところは、検出感度のばらつきを改善し、高感度及び高再現性の分析を行うことができるPESI-MSを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様の質量分析装置は、
導電性の探針と、
前記探針に高電圧を印加する高電圧発生部と、
試料が収容される凹部を有する試料容器と、
前記探針の先端に前記試料容器中の試料の一部を付着させるべく、所定位置にある該試料に前記探針の先端が接触する試料採取位置とその先端が該試料から離れた所定のイオン生成位置との間で前記探針を移動させる探針移動部と、
前記イオン生成位置にある前記探針に高電圧が印加されることで発生した試料成分由来のイオンを、大気圧雰囲気中から真空雰囲気中へ取り込むために、前記イオン生成位置にある前記探針と前記試料との間に設けられたイオン取込口と、
前記イオン取込口と前記試料容器との間であって該試料容器に接して又は該試料容器と所定の間隙を有し、且つ前記探針移動部による前記探針の移動経路を避けて配置された導電性部材であって、所定の電位が付与されている補助電極と、
を備えるものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る質量分析装置では、イオン生成位置にある探針と試料との間に、電位が所定状態に固定された補助電極が存在する。そのため、本発明に係る質量分析装置によれば、探針にイオン生成用の高電圧が印加されたとき、該探針付近の電場は、試料自体又は試料が収容されている試料容器が有する電位の影響を殆ど受けず、探針付近の電場の乱れを抑えることができる。それによって、良好で安定したイオン化を行うことができ、検出感度のばらつきを改善して、高感度及び高再現性の分析を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明の一実施形態であるPESI-MSの概略構成図。
【
図2】本実施形態のPESI-MSにおけるイオン源を中心とする要部の構成図。
【
図3】他の実施形態におけるイオン源を中心とする要部の構成図。
【
図4】他の実施形態におけるイオン源を中心とする要部の構成図。
【
図5】他の実施形態におけるイオン源を中心とする要部の構成図。
【
図6】他の実施形態におけるイオン源を中心とする要部の構成図。
【
図7】他の実施形態におけるイオン源を中心とする要部の構成図。
【
図8】他の実施形態におけるイオン源を中心とする要部の構成図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明に係るPESI-MSの実施形態について、添付の図面を参照して説明する。
【0013】
<一実施形態のPESI-MSの全体構成>
図1は、本実施形態のPESI-MSの概略構成図である。
図2は、本実施形態のPESI-MSにおけるPESIイオン源を中心とする要部の構成図である。なお、説明を容易にするために、
図1及び
図2中に示すように、互いに直交するX、Y、Zの3軸を定めるものとする。ここでは、Z軸方向は装置の上下方向である。
【0014】
図1に示すように、このPESI-MSは、略大気圧の雰囲気中で試料中の成分のイオン化を行うイオン化室2と、チャンバ1の内部に形成され、高真空雰囲気に維持される分析室5と、の間に、段階的に真空度が高められる二つの中間真空室3、4、を備える。図示しないが、第1中間真空室3内はロータリーポンプにより真空排気され、第2中間真空室4及び分析室5内はロータリーポンプ及びターボ分子ポンプにより真空排気される。
【0015】
イオン化室2内には、PESIイオン源10が配設されている。PESIイオン源10は、ハウジング11と、ハウジング11に固定されているプレートホルダ12と、プレートホルダ12に着脱自在であるサンプルプレート13と、サンプルプレート13の上方(Z軸方向)に配置されている探針14と、ハウジング11に固定され、探針14をZ軸方向に移動(上下動)させる探針移動部15と、を含む。
【0016】
イオン化室2内と第1中間真空室3内とは、細径の加熱キャピラリ20を通して連通している。第1中間真空室3内と第2中間真空室4内とは、スキマー22の頂部に形成された小径のオリフィスを通して連通している。第1中間真空室3内及び第2中間真空室4内には、それぞれイオンを収束させつつ輸送するイオンガイド21、23が配設されている。分析室5内には、質量分離器である四重極マスフィルタ24と、イオン検出器25と、が配設されている。
【0017】
<PESIイオン源の詳細な構成>
図2ではサンプルプレート13を縦断面図で示している。即ち、サンプルプレート13は平板状であって、液体試料132を収容する凹部131が形成されている。従来一般的に、PESI用のサンプルプレートは合成樹脂製であったが、本実施形態のPESI-MSでは、サンプルプレート13はステンレス等の金属製である。その理由は後述する。サンプルプレート13のみならず、サンプルプレート13と電気的に接続されるプレートホルダ12及びハウジング11も金属製であり、ハウジング11は接地されている。したがって、プレートホルダ12に装着された状態のサンプルプレート13も接地電位(0V)となる。
【0018】
Z軸方向に延伸する探針14は、探針移動部15により、
図2中に実線で示すイオン生成位置141と、
図2中に破線で示す試料採取位置142との間でZ軸方向に移動自在である。
図2中に、探針14が移動する際の移動経路の中心軸を符号140で示す。もちろん、探針14はイオン生成位置141と試料採取位置142との間だけでなく、それ以上にZ軸方向に移動自在であってもよい。
【0019】
加熱キャピラリ20の入口端であるイオン取込口201は、イオン生成位置141にある探針14とサンプルプレート13の間に位置している。この例では、イオン取込口201の中心軸線はX軸方向に延伸し、つまりはZ軸に直交した状態であるが、イオン取込口201の中心軸線がZ軸に斜交するようにイオン取込口201が配置されていてもよい。金属製である加熱キャピラリ20には、接地電位又はそれ以外の所定の電位(例えば分析対象のイオンの極性とは逆極性の電位)が付与される。
【0020】
<本実施形態のPESI-MSの動作>
次に、上記構成を有する本実施形態のPESI-MSの動作を説明する。
図2に示すように、分析対象である液体試料132が凹部131に貯留された状態のサンプルプレート13は、プレートホルダ12に装着される。サンプルプレート13が適切に装着されると、サンプルプレート13の凹部131は探針の移動経路の中心軸140上に位置する。
【0021】
分析が開始されると、図示しない制御部からの指示を受けた探針移動部15は、イオン生成位置141にある探針14を試料採取位置142まで降下させる。試料採取位置142は、探針14の先端(下端)がサンプルプレート13の凹部131の底に接触せず、且つ探針14の先端が凹部131内の液体試料132に浸漬されるように、予め適切に定められる。そのため、探針14が試料採取位置142まで降下すると、探針14の先端が凹部131内の液体試料132に浸かり、探針14の先端に液体試料の一部が付着する。次いで探針移動部15は、探針14を試料採取位置142からイオン生成位置141まで上昇させる。
【0022】
探針14がイオン生成位置141まで上昇すると、高電圧発生部16は所定の高電圧を探針14に印加する。このときの高電圧の極性は分析対象のイオンの極性と同じである。したがって、正イオンを分析したい場合には正極性の高電圧+V(一例としては1kV~最大10kV程度)が探針14に印加される。これにより、探針14の先端に電場が集中し、該探針14の先端とその周囲には高電場の領域が形成される。探針14の表面に付着している液体試料に高電場が作用すると、液体試料中の成分は片寄った電荷を付与されて電離し、エレクトロスプレー現象によって該液体試料中の成分がイオンとなって飛び出る。このようにして、探針14の先端付近において液体試料由来のイオンが生成される。
【0023】
加熱キャピラリ20の入口端(イオン取込口201)と出口端とには圧力差があるため、その圧力差により、加熱キャピラリ20を通してイオン化室2から第1中間真空室3へと向かうガス流が形成される。上述したように生成された試料成分由来のイオンは、主としてガス流に乗ってイオン取込口201に吸い込まれ、加熱キャピラリ20を通して第1中間真空室3へ送られる。なお、探針14とイオン取込口201との間は、イオンをイオン取込口201へ誘引するような電位勾配を有する電場が形成されており、探針14付近で生成されたイオンはこの電場の助けも受けてイオン取込口201へ移動する。
【0024】
第1中間真空室3に送り込まれたイオンはイオンガイド21により収束され、スキマー22頂部のオリフィスを通して第2中間真空室4に送られる。第2中間真空室4に送り込まれたイオンはイオンガイド23により収束され分析室5に送られ、四重極マスフィルタ24に導入される。四重極マスフィルタ24を構成する複数のロッド電極には、例えば所定の質量電荷比m/zに対応する電圧(直流電圧と高周波電圧とを重畳した電圧)が印加される。その場合、四重極マスフィルタ24に導入された各種のイオンの中で、上記所定の質量電荷比を有するイオンのみが四重極マスフィルタ24を通り抜け、それ以外のイオンは途中で発散する。四重極マスフィルタ24を通り抜けたイオンはイオン検出器25に入射し、イオン検出器25は入射したイオンの量に応じたイオン強度信号を生成して出力する。
【0025】
このようにして、本実施形態のPESI-MSでは、液体試料132に含まれる各種の成分のうち、特定の成分由来のイオンについての強度信号を得ることができる。このイオン強度信号を観測することで、液体試料中に特定の成分が含まれているかどうかを知ることができる。また、イオン強度は特定の成分の含有量を反映しているから、特定の成分の定量分析を行うこともできる。
【0026】
<特徴的な構成による作用及び効果>
上述したような、PESIイオン源10における液体試料中の成分由来のイオンの生成には、探針14の先端付近に形成される高電場が大きく関与する。そのため、その電場が乱れるとイオン生成効率を低下させる大きな要因となる。従来のPESI-MSでは、液体試料を収容するサンプルプレートとして合成樹脂のものが用いられている。これは、そもそもディスポーザブルを考慮しているためである。しかしながら、本発明者らは、実験を繰り返す中で、合成樹脂製のサンプルプレートの利用がPESI-MSにおける検出感度の低下やデータの再現性の低下の大きな要因の一つである、との知見を得た。
【0027】
未使用のサンプルプレートは合成樹脂製の袋に詰められて販売されるが、保管の過程で摩擦により静電気が生じるため、帯電し易い。この帯電した静電気の電位は数kV~10kV程度になる場合もあり、そうした帯電した状態のサンプルプレートが分析に使用されると、その影響で、探針に高電圧が印加されたときに形成される高電場に乱れが生じる。それによって、イオン化自体が不安定となってイオンの生成効率が下がるとともに、イオン生成効率のばらつきが大きくなる。また、電場が乱れることで、探針付近で生成されたイオンがイオン取込口付近にまで移動する動作も不安定になり、加熱キャピラリへのイオンの取込効率も低下する。こうしたことが、検出感度の低下やデータの再現性の低下の大きな原因と考えられる。
【0028】
これに対し、本実施形態のPESI-MSでは上述したように、サンプルプレート13が金属製であり、接地電位に固定されている。そのため、サンプルプレート13が帯電した状態であることがなくなり、探針14に高電圧が印加されることで形成される電場の乱れが生じない。それにより、イオン化のための探針14近傍の電場、及び、生成されたイオンをイオン取込口201まで導く電場はいずれも良好な状態に保たれ、イオン化、及び、加熱キャピラリ20へのイオンの導入が安定的に且つ高い効率で行われる。したがって、四重極マスフィルタ24に導入されるイオンの量も増加し且つ安定し、高い検出感度とデータ再現性を実現することができる。
【0029】
もちろん、サンプルプレート13は金属以外の導電体から形成されていても構わない。また、
図2に示したサンプルプレート13は、その全体が金属(又はそれ以外の導電体)から成るものであるが、サンプルプレートの探針14に対向する面、つまりは
図2では上側の表面に導電体層が形成されているものであってもよい。こうした導電体層は、例えばスパッタリング、蒸着、メッキなどで形成してもよいし、導電性薄膜を貼着することで形成してもよい。サンプルプレートの表面にのみ導電体層が形成されている場合、そのサンプルプレートをプレートホルダに装着したときに、サンプルプレートの導電体層とプレートホルダとが電気的に接続されるような接点を設け、導電体層が接地電位になるようにするとよい。
【0030】
なお、上記実施形態のPESI-MSにおいて、PESIイオン源10で生成されたイオンを輸送し質量分析するための構成要素は、
図1に示したものに限らず、適宜に変更することができる。例えば加熱キャピラリ20に代えてサンプリングコーンを用い、サンプリングコーンの頂部に形成されたイオン取込口からイオンを第1中間真空室へと導入するようにしてもよい。また、質量分離器の構成や方式も適宜に変更することができるし、タンデム型の質量分析装置でもよい。
【0031】
<他の実施形態>
他の実施形態によるPESI-MSにおけるPESIイオン源の概略構成を、
図3~
図8に示す。既に説明した
図1、
図2に記載のPESI-MSにおける構成要素と同じ又は相当する構成要素には
図1、
図2中と同じ符号を付して、特に要しない限り説明を省略する。
【0032】
図3に示す実施形態では、サンプルプレート130は金属製であってもよいが、従来のものと同様の合成樹脂製でもよい。即ち、サンプルプレート130自体が帯電していても構わない。プレートホルダ12に装着されたサンプルプレート130の上面には、X-Y平面内に拡がりを有する導電性板状部材から成る補助電極17が設けられている。即ち、上記実施形態の装置では、サンプルプレート13自体が補助電極の機能を有しているのに対し、この実施形態では、サンプルプレート130とは別に補助電極17が設けられている。
【0033】
補助電極17の導電性板状部材は、探針14からサンプルプレート130を見たときに、つまりは
図3においてイオン生成位置141から真下を見たときに、サンプルプレート13全体が覆われるような大きさである。また、その導電性板状部材には、探針の移動経路の中心軸140を中心として探針14が挿通するのに十分な大きさの開口部171が形成されている。補助電極17は、プレートホルダ12と電気的に接続され、接地電位に固定されている。
【0034】
接地電位になっている補助電極17がサンプルプレート130の上面全体を覆っているため、仮に樹脂製であるサンプルプレート130が帯電していたとしても、その帯電による電場は補助電極17でほぼ遮蔽される。そのため、上記実施形態の装置と同様に、探針14に高電圧が印加されることで形成される電場の乱れが生じない。それにより、イオン化のための探針14近傍の電場、及び、生成されたイオンをイオン取込口201まで導く電場はいずれも良好な状態に保たれ、イオン化、及び、加熱キャピラリ20へのイオンの導入が安定的に且つ高い効率で行われる。
【0035】
図4に示す形態は、
図3に示した形態における補助電極17をサンプルプレート130からZ軸方向に離間させたものである。このように、補助電極17はサンプルプレート130の上面に接して又はごく近接して配置されている必要はなく、サンプルプレート130から離して配置されていてもよい。
【0036】
また、補助電極17の導電性板状部材には探針14の径よりも一回り大きな開口部171が形成されていたが、閉じた孔ではなく、その一部が外部に開かれた切欠等の欠損部を形成するようにしてもよい。また、上記実施形態に比較すれば、電場の乱れを無くすという効果は劣るものの、補助電極17は
図5に示すように、探針の移動経路を含む広い領域が欠損した導電性板状部材であってもよい。
【0037】
また、
図3~
図5に示した各実施形態では、補助電極17はサンプルプレート130とイオン取込口201との間の空間に配置されている。これに対し、イオン生成時の電場の乱れを解消するという効果を達成するためであれば、
図6に示す構成のように、補助電極17は探針14とイオン取込口201との間の空間に配置されていてもよい。但し、この場合には、補助電極17に形成された開口部171を通過して、イオンが探針14近傍からイオン取込口201まで移動するため、開口部171が小さすぎるとイオンの取込効率が低下する。そのため、イオンの通り易さと電場の遮蔽効果との両方を考慮して開口部171の大きさを決めるとよい。
【0038】
また、
図2~
図6に示した各実施形態では、サンプルプレート13又は補助電極17は探針14により形成されるイオン生成用、或いはイオン誘引用の電場を乱さないために設けられていたが、生成されたイオンをイオン取込口201により積極的に誘引するような電場を形成するために補助電極を利用してもよい。
【0039】
図7に示す実施形態では、平板状である補助電極17をX-Y面に対し傾けて配置し、電圧発生部19から補助電極17に、イオンの極性と同極性の所定の電圧+V1を印加している。補助電極17の上面つまりは探針14に対向する面はイオン取込口201に対しても対向するように、該補助電極17は傾けられている。これにより、イオン取込口201と補助電極17との間の空間には、全体としてイオン(この場合には正極性のイオン)をイオン取込口201の方向に押すような作用の電場が形成される。探針14付近で生成されたイオンが拡がりながら進行した場合でも、上記のようにイオン取込口201と補助電極17との間の空間に形成された電場の作用によって、イオンをイオン取込口201に近づくように誘引し、最終的にガス流に乗せて加熱キャピラリ20内に送り込むことができる。
【0040】
一方、
図8に示す実施形態では、補助電極18の上面の一部がイオン取込口201に対向するように、該補助電極18の一部を湾曲形状としている。また、電圧発生部19から補助電極18に、イオンの極性と同極性の所定の電圧+V1を印加している。これにより、イオン取込口201と補助電極17との間の空間には、全体としてイオン(この場合には正極性のイオン)をイオン取込口201の方向に押すような作用の電場が形成される。この場合、補助電極18の湾曲形状を適切に定めることで、補助電極18とイオン取込口201との間に形成される電場における電位勾配を、イオンがイオン取込口201に向かって収束しつつ移動するようなものとすることができる。
したがって、探針14付近で生成されたイオンが拡がりながら進行した場合でも、上記のようにイオン取込口201と補助電極17との間の空間に形成された電場の作用によって、イオンをイオン取込口201付近に収束させ、ガス流に乗せて効率良く加熱キャピラリ20内に送り込むことができる。
【0041】
もちろん、補助電極18は、一部を湾曲させた形状だけでなく、その全体を湾曲させた形状、1又は複数に折り曲げた形状等、適宜の形状とすることができる。
【0042】
なお、上記実施形態の説明では、分析対象のイオンの極性が正である場合について述べたが、イオンの極性が負である場合に、探針14を始めとする各部への印加電圧の極性を変える等により対応可能であることは明らかである。
【0043】
また、上記実施形態や変形例はあくまでも本発明の一例であり、本発明の趣旨の範囲で適宜、変形、追加、修正を加えても、本特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【0044】
以上、図面を参照して本発明における種々の実施形態を説明したが、最後に、本発明の種々の態様について説明する。
【0045】
本発明の第1の態様の質量分析装置は、
導電性の探針(14)と、
前記探針に高電圧を印加する高電圧発生部(16)と、
試料が収容される凹部を有する試料容器(13)と、
前記探針(14)の先端に前記試料容器(13)中の試料の一部を付着させるべく、所定位置にある該試料(132)に前記探針(14)の先端が接触する試料採取位置(142)とその先端が該試料から離れた所定のイオン生成位置(141)との間で前記探針(14)を移動させる探針移動部(15)と、
前記イオン生成位置(141)にある前記探針(14)に高電圧が印加されることで発生した試料成分由来のイオンを、大気圧雰囲気中から真空雰囲気中へ取り込むために、前記イオン生成位置(141)にある前記探針(14)と前記試料容器(13)との間に設けられたイオン取込口(201)と、
前記イオン取込口(201)と前記試料容器(13)との間であって該試料容器(13)に接して又は該試料容器(13)と所定の間隙を有し、且つ前記探針移動部(15)による前記探針の移動経路(140)を避けて配置された導電性部材であって、所定の電位が付与されている補助電極(13,17,18)と、
【0046】
第1の態様の質量分析装置によれば、イオンを生成するために探針に高電圧が印加されるとき、その探針と試料との間に電位が固定された補助電極が設けられている。そのため、例えば試料自体や試料を収容する容器が帯電して電位を有している場合であっても、上記高電圧によって探針付近に形成される電場の乱れを無くす又は軽減することができる。それにより、エレクトロスプレー現象によるイオン化が良好に、つまりは高い効率で安定的に行われ、検出感度や再現性を高めることができる。
【0052】
また第1の態様の質量分析装置によれば、試料容器として廉価な合成樹脂製のものを用いることができる。それにより、試料容器をディスポーザブルとして、再使用のための洗浄の手間を省くとともに、分析におけるコンタミネーションを確実に回避することができる。さらに第1の態様の質量分析装置によれば、補助電極に付与する電位とイオン取込口に付与する電位とを適切に定めることで、探針の表面から生成された試料成分由来のイオンをイオン取込口に誘引することができる。それによって、イオンの生成効率のみならず、イオン取込口へのイオンの取込効率を改善することができ、検出感度を一層高めることができる。
【0053】
本発明の第2の態様の質量分析装置では、第1の態様の質量分析装置において、
前記補助電極(17,18)は、前記探針移動部(15)による前記探針(14)の移動経路(140)上に、該探針(14)が延伸方向に通過可能な開口部又は欠損部(171)を有するものである。
【0054】
第2の態様の質量分析装置によれば、導電性部材の開口部又は欠損部を除いた他の部分の電位が所定電位に固定されるので、イオン生成時の探針付近の電場が、試料や試料容器が有する電位の影響をより一層受けにくくなる。
【0058】
本発明の第3の態様の質量分析装置では、第1の態様の質量分析装置において、前記探針(14)の側から前記試料容器(130)の側を見たときに、前記補助電極(17)は前記試料容器(130)の全体を覆った状態であるものとしている。
【0059】
第3の態様の質量分析装置によれば、例えば合成樹脂製である試料容器が帯電している場合であっても、それによる電位が探針付近に形成される電場に与える影響をより確実に回避することができる。
【0060】
本発明の第4の態様の質量分析装置では、第1の態様の質量分析装置において、
前記探針(14)に高電圧が印加されることで生成されたイオンが前記イオン取込口(201)に向かうような電場を、前記補助電極(17)と前記イオン取込口(201)との間に形成するように、該補助電極の少なくとも一部が前記イオン取込口に対向するような傾斜状又湾曲状とされているもの(18)である。
【0061】
第4の態様の質量分析装置によれば、探針の表面から生成された試料成分由来のイオンを、より効率良くイオン取込口に誘引することができる。それによって、イオン取込口へのイオンの取込効率をさらに改善することができ、検出感度を一層高めることができる。
【0062】
本発明の第5の態様の質量分析装置では、第1乃至第4の態様の質量分析装置において、前記補助電極に付与される所定の電位を接地電位としている。
【0063】
第5の態様の質量分析装置によれば、ハウジング等、接地電位に固定されているいずれかの部材に補助電極を接続しさえすればよいので、補助電極に電位を付与するために別の電源を用意することなくイオン化を安定的に行うことができる。
【符号の説明】
【0064】
1…チャンバ
2…イオン化室
3…第1中間真空室
4…第2中間真空室
5…分析室
10…PESIイオン源
11…ハウジング
12…プレートホルダ
13…サンプルプレート
131…凹部
132…液体試料
14…探針
140…探針の移動経路の中心軸
141…探針(イオン生成位置)
142…探針(試料採取位置)
15…探針移動部
20…加熱キャピラリ
201…イオン取込口
21、23…イオンガイド
22…スキマー
24…四重極マスフィルタ
25…イオン検出器