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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】ロボット動体ファントムシステム
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/10 20060101AFI20220329BHJP
   A61B 34/20 20160101ALI20220329BHJP
   A61B 34/10 20160101ALI20220329BHJP
【FI】
A61N5/10 P
A61B34/20
A61B34/10
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020513434
(86)(22)【出願日】2019-04-10
(86)【国際出願番号】 JP2019015667
(87)【国際公開番号】W WO2019198765
(87)【国際公開日】2019-10-17
【審査請求日】2021-03-08
(31)【優先権主張番号】P 2018076405
(32)【優先日】2018-04-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304020177
【氏名又は名称】国立大学法人山口大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000005197
【氏名又は名称】株式会社不二越
(74)【代理人】
【識別番号】100120400
【弁理士】
【氏名又は名称】飛田 高介
(74)【代理人】
【識別番号】100124110
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 大介
(72)【発明者】
【氏名】藤井 文武
(72)【発明者】
【氏名】椎木 健裕
(72)【発明者】
【氏名】澁谷 景子
(72)【発明者】
【氏名】丸山 章
(72)【発明者】
【氏名】林 豊
【審査官】野口 絢子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2014/0054465(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2008/0298540(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0110140(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2007/0140413(US,A1)
【文献】特開2011-200491(JP,A)
【文献】特開2016-93537(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 5/10
A61B 34/20
A61B 34/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項8】
前記ロボット制御装置と前記動体追跡装置とは、通信手段を用いて情報信号の送受信を行うことを特徴とする請求項1から7のいずれか一項に記載のロボット動体ファントムシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ロボット動体ファントムシステムに関し、より詳細には、ロボットマニピュレータ、動体追跡装置およびファントムを備え、放射線治療の治療計画を検証するロボット動体ファントムシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
超高齢化社会の到来により、悪性新生物(がん)を治療する場合は、低侵襲な治療が選択されるようになり、放射線治療のニーズが非常に高まっている。放射線治療は、コンピュータなどの技術の進歩により目覚ましい発展を遂げ、がん治療の3本柱の一つに位置づけられている。この放射線治療は、腫瘍の完全根治にのみ使用されるのではなく、腫瘍による痛みを軽減する緩和目的においても使用される。
【0003】
現在の放射線治療は、CT(Computed Tomography) 画像を用い、人体の解剖学的構造と腫瘍位置を3次元的に把握して治療を行う3次元放射線治療が主流である。しかし、胸部や腹部など呼吸性移動を伴う腫瘍に対する放射線治療は、腫瘍が呼吸運動によって動く領域全てを含めて治療を行う必要がある。そのため、放射線治療には、腫瘍への放射線集中性は高まるものの、周囲の正常組織にも余分な放射線投与が行われ、放射線による副作用が増加するという問題がある。
【0004】
さらに、コンピュータの助けを借りて、多葉絞りで形成された複数のビームを組み合わせることで放射線に強弱をつけ、正常組織へ線量低減させながら、腫瘍に集中的に照射できる放射線治療技術として強度変調放射線治療が知られている。強度変調放射線治療は、呼吸性移動を伴う部位へその治療を施行すると、予定とは全く異なった放射線量を投与することになり、腫瘍の制御率の低下や正常組織に対する副作用が増加する問題がある。
【0005】
これらの問題を解決するため、近年、放射線治療は、3次元空間に時間要素を加えた4次元化に向けた研究開発が進んでおり、臨床への展開が期待されている。臨床現場では、4次元放射線治療の一つである動体追跡装置(SyncTraXTM,島津製作所)を用いた動体追跡放射線治療を行っている。
【0006】
このような動体追跡装置の一例として、特許文献1には、2方向のX線透視画像をパターン認識画像処理することで、気管支鏡下またはCTもしくは超音波ガイド下で腫瘍付近に留置された金属マーカの3次元位置座標をリアルタイムに算出し、呼吸性移動によって動く金属マーカ(腫瘍)を追跡することが可能な動体追跡装置が開示されている。動体追跡装置のX線透視位置は、3方向から選択することができ、医療用直線加速器の照射角度(ガントリ、カウチ角度に依存せず)に制約を受けることなく、金属マーカの追跡をすることが可能である。動体追跡放射線治療は、動体追跡装置を用いてリアルタイムに算出される金属マーカの3次元位置が、ある位置に来たときのみ放射線が照射される治療であり、動体追跡装置および医療用直線加速器を組み合わせることで治療実施可能となる。
【0007】
動体追跡放射線治療では、医師の診察後、患者専用の固定具を作成し、治療計画用CT撮影を行う。そのCT画像の解剖学的情報を基に、放射線を照射する方向や照射量をコンピュータ上でシミュレーションする治療計画を行う。治療計画が完了すると、動体追跡装置を使用して、患者に留置された金属マーカの視認性を確認し、治療で使用するX線透視位置を決定する。この時、呼吸によって動いた金属マーカの3次元座標をログとして記録する。その後、シミュレーション上の治療計画の妥当性を評価するため、治療計画の品質保証を行う。
【0008】
治療計画に基づく放射線治療の一例として、特許文献2には、人体と同等の放射線吸収率を有し、水等価組織として模擬したファントムに対して施行し、ファントム内に挿入された線量計で測定された放射線量と治療計画時の計算値に相違がないことを検証する品質保証の手順が開示されている。この品質保証により、放射線治療の精度が担保されると、患者に対して治療が開始される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特許第3053389号公報
【文献】特許第4115675号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、現在の動体追跡放射線治療の品質保証は、特許文献1に開示されているような動体追跡装置を利用して取得した金属マーカの3次元座標のある1軸の座標データを基に、特許文献2に開示されているようなファントムを1軸駆動させて行っている。そのため、人体の呼吸により3次元的に動く腫瘍の動きを再現するファントムを用いた装置等が存在せず、高精度に動体追跡放射線治療の品質保証ができていないのが現状である。
【0011】
本発明は、上記従来の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、実際の腫瘍運動を再現するため3次元の並進運動が可能な自由度を持ち、放射線治療の品質保証に活用できる追従精度を有する動体ファントムシステムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために本発明に係るロボット動体ファントムシステムは、3次元の並進運動自由度を有するロボットマニピュレータと、ロボットマニピュレータを制御するロボット制御装置と、ロボットマニピュレータの先端に固定され、人体と同等の放射線吸収率を有するファントムと、腫瘍付近に留置された患者のマーカ位置の変化を実時間で測定する動体追跡装置と、を備え、ロボット制御装置は、患者のマーカ位置の3次元運動軌跡からロボットマニピュレータの目標軌道を生成する目標軌道生成部を有し、ファントム内のマーカ位置が目標軌道に追従するようにロボットマニピュレータを制御することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るロボット動体ファントムシステムによれば、放射線治療の品質保証の精度を高めることができる。なお、ここに記載された効果は、必ずしも限定されるものではなく、本技術中に記載されたいずれかの効果であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の第1実施形態に係るロボット動体ファントムシステムの座標系を示す模式図であり、(A)は医療用直線加速器の治療装置座標系を示し、(B)はロボットマニピュレータの作業座標系を示す。
図2】本発明の第1実施形態に係る動体追跡装置により測定された、患者の肺腫瘍軌跡を示すグラフである。
図3】本発明の第1実施形態に係る動体追跡装置により測定された、患者の肺腫瘍軌跡を示すグラフである。
図4】本発明の第1実施形態に係る動体追跡装置により測定された、患者の肺腫瘍軌跡を示すグラフである。
図5】本発明の第1実施形態に係る動体追跡装置により測定された、患者の肺腫瘍軌跡を示すグラフである。
図6】本発明の第1実施形態に係るロボット動体ファントムシステムの構成を示す模式図である。
図7】本発明の第1実施形態に係る医療用直線加速器とともに設置された動体追跡装置を示す模式図である。
図8】本発明の第1実施形態に係る動体追跡装置の測定結果のサンプル点間における目標値を定める方法を説明する図である。
図9】本発明の第2実施形態に係る制御装置による直線補間の場合の本アルゴリズムの動作を示すグラフである。
図10】本発明の第2実施形態に係る外部コントローラを用いた追加のフィードバックループの導入を示す模式図である。
図11】角度算出部が腫瘍の回転角度を定める際の計算方法の一例を説明する図である。
図12】実際に複数埋め込まれたマーカを導体追跡装置が捉えた画像例である。
図13】本発明にかかる方法で求めた腫瘍回転角度の例である。
図14】本発明の一実施例に係るロボットマニピュレータの設置例を示す模式図である。
図15】本発明の他の実施例に係るロボットマニピュレータの設置例を示す模式図である。
図16】本発明の第1実施形態に係る制御装置による3次元誤差の時間変化のプロットを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<1.第1実施形態>
まず、本発明の第1実施形態に係るロボット動体ファントムシステムの構成について、図1図6を用いて説明する。なお、本発明の実施形態は、以下に示す実施形態に限られず、いずれかの実施形態を組み合わせることもできる。また、以下に示す実施形態では、動体ファントムとして「水等価ファントム」を用いているが、これに限らず「水等価」以外のファントムを用いてもよい。
【0016】
<2-1.動体ファントムシステムの概要>
放射線治療において、呼吸や心拍などの影響を受けて移動する腫瘍(マーカ)の動きを再現するデバイスは、動体追跡放射線治療や動体追尾照射などの移動腫瘍に対する放射線治療の品質保証を行う上で重要である。このようなデバイスとして、動体ファントムシステムが知られている。ここで動体ファントムシステムとは、患者の体内における腫瘍位置の変化を実時間で模擬するファントム駆動装置と、生体組織(人体)と同等の放射線吸収率を有する水等価ファントムおよび線量計や放射線感応フィルムの組み合わせで構成される、放射線治療用の品質保証システムである。
【0017】
ファントム駆動装置上に設置された水等価ファントムには、動体追跡装置で位置測定対象となるマーカが埋め込まれるとともに線量計もしくは放射線感応フィルムなどが必要に応じて設置される。ファントム駆動装置は、あらかじめ記録された患者の安静時における腫瘍移動軌跡を目標値として水等価ファントムを動かす。この動作を治療時と同様にモニタリングしながら治療計画に沿った放射線照射を行うとともに、線量を線量計によって計測し、治療計画で定められた照射線量を投与できているかを確認する。
【0018】
現在、上記動体ファントムシステムは、1自由度の直線往復運動が可能なもので、かつ過渡的に数mm程度の大きな追従誤差が発生することが知られている。体内での腫瘍の動きは3次元空間での運動であり、それを再現できること、また高精度放射線治療のため全時間の3次元追従誤差が1mm 程度に抑えられる動体ファントムシステムが望まれている。
【0019】
ロボットマニピュレータおよびそれに類する位置決め装置を利用した動体ファントムシステムの構成に関して、ステッピングモータと6軸のロボットマニピュレータを利用し、胸郭の呼吸による変形を模擬しつつ、かつ胸郭内での腫瘍の動きを模擬する放射線治療のための動体ファントムシステムを構築したものが知られている。しかし、この動体ファントムシステムは、ロボットマニピュレータの先端に固定されるのが粒子線の検出器であることに加え、腫瘍軌跡への追従精度評価のために用いられている3次元目標軌道が正弦波のみで、追従精度向上が比較的容易であると考えられる目標値に対する誤差評価しかなされていない。動体ファントムシステムにロボットマニピュレータを利用する場合の問題設定の特殊性と困難は、目標軌道が大マーカに周期的ではあるものの振幅や位相、場合によっては波形形状そのものも変動するという状況にあるが、この動体ファントムシステムではその点には触れられていない。
【0020】
一方、直動型アクチュエータを組み合わせて構成したXYZテーブルによるファントム駆動装置が開発されている。このファントム駆動装置によると、その腫瘍軌道追従性能を3次元誤差信号のμ+2σ値で評価した結果が、肺がん、肝臓がんおよび膵臓がんの計20症例について0.8mm以内であったことが報告されている。上記ファントム駆動装置の性能評価は、事前に測定されたがん患者の腫瘍運動軌跡に対する追従精度を指標として行われている。後述するように、腫瘍の運動は症例間の差が大きいが、本発明者らも上記値を一つの目安として性能評価を行うこととした。
【0021】
そこで、本発明者らは、産業用の小型6軸ロボットマニピュレータシステム(MZ07-01,株式会社不二越)を用いたロボット動体ファントムシステムの構築を行った。表1に、一例として、選択したロボットマニピュレータの仕様の概要を示す。
【0022】
【表1】
【0023】
ロボット動体ファントムとして要求される運動自由度は、3次元の並進運動自由度(並進3自由度)のみであるが、ロボットマニピュレータの先端に固定する水等価ファントムと固定用の治具が合計6.7kgの質量を有するため、ロボットマニピュレータに保証されている先端の可搬質量を考慮して機種選定を行った。ロボットマニピュレータに要求される運動が並進運動のみである場合、回転関節型のロボットマニピュレータは、直動アクチュエータに基づく位置決め装置に対して機構的、制御的に不利であることは否めない。ところが、本明細書では、ロボットマニピュレータに与える目標軌道の補正方法を提案し、姿勢によりアクチュエータに掛かる負荷が大きく変化する回転関節型のロボットマニピュレータを用いても、患者の腫瘍軌道に対する追従性能が臨床現場の要求精度を満たすことができるロボット動体ファントムシステムを提案している。
【0024】
<2-2.ロボット動体ファントムシステムの構成例>
ロボットマニピュレータを通常の生産現場において利用する場合、その動作は、point to pointの位置制御であれ連続軌跡への追従であれ、付属の教示装置や専用ソフトウェアなどを利用してプログラムすることが可能で、同じ場所で同一作業のために利用される限りにおいては、一度プログラムされた軌道と動作を変更する必要はない。しかし、ロボットマニピュレータを動体ファントムのファントム駆動装置として利用する場合には、ファントムが追従すべき腫瘍軌跡は患者ごとに異なり、かつ動作中の全時間で高精度な追従が求められる。
【0025】
図1は、本発明の第1実施形態に係るロボット動体ファントムシステムの座標系を示す模式図である。図1(A)は、品質保証における腫瘍位置の測定と治療時に用いられる医療用直線加速器10の座標系の取り方を示し、図1(B)は、ロボットマニピュレータの作業計画に使われる作業座標系の設定を示す。図1(A)において、医療用直線加速器10および寝台11で放射線治療・計測システムを形成し、治療装置座標系の原点ic(iso-center)が設けられている。図1(B)において、ロボットマニピュレータ12は、先端に水等価ファントム13を取り付け、後端が作業座標系の原点Oに設置されている。
【0026】
ロボット動体ファントムシステムを図1(A)の放射線治療・計測システムと組み合わせて用いる場合、ロボットマニピュレータ12は、図1(A)の手前に見えている寝台11上に、ロボットマニピュレータ12のX軸方向が、治療装置である医療用直線加速器10のy軸方向と一致するように固定される。このため、治療装置座標系で計測された腫瘍軌跡の座標データをロボット動体ファントムシステムに渡す際には座標変換が必要である。本明細書で示す3次元の軌跡データとロボットマニピュレータ12との動作結果は、全て図1(B)のロボットマニピュレータ12の作業座標系で表現されたものであるが、その原点Oが治療装置座標系の原点icと重なるように平行移動してplotを作成している。
【0027】
図2図5は、本発明の第1実施形態に係る動体追跡装置により測定された、4名の肺がん患者A~DのX軸、Y軸およびZ軸方向の肺腫瘍軌跡を示すグラフである。図2図5に表された波形は、本実施形態のロボット動体ファントムシステムの精度検証で目標軌道として取り上げた患者A~Dの肺腫瘍軌跡を示している。肺腫瘍の場合、呼吸性移動と呼ばれる周期4s程度のゆっくりした振動に、隣接する心臓の拍動に起因する高い周波数成分の振動が重畳したような挙動を示すが、その振幅や重なりの度合いには非常に大きな個人差があることがわかる。また、生体のリズム運動の揺らぎを反映し、厳密な意味での周期信号にはまずなり得ないという事実も重要である。
【0028】
<2-3.ロボット制御システムの構成例>
図6は、本発明の第1実施形態に係るロボット動体ファントムシステムの構成を示す模式図である。ロボット動体ファントムシステム60は、ロボットマニピュレータ61、ロボット制御装置62、ティーチングペンダント63、および外部コントローラ64を備えている。さらに、ロボットマニピュレータ61のアーム先端には、水等価ファントム65が取り付けられている。
【0029】
ロボット制御装置62は、動体追跡装置を用いて事前に測定された患者腫瘍の3次元運動軌跡をロボットマニピュレータ61のための目標軌道に変換して出力する目標軌道生成部66を有している。外部コントローラ64は、動体追跡装置の腫瘍位置追跡の時間間隔とロボット制御装置62によるロボットマニピュレータ61の目標軌道との追従動作の制御周期を一致させるために、患者のマーカ位置の情報を保持するか、または動体追跡装置による時間間隔の計測結果を補間し患者のマーカ位置の情報を保持してアップサンプリングする「サンプリング周期変換」機能を有する。このように、ロボット動体ファントムシステム60は、ロボットマニピュレータ61の先端に固定された水等価ファントム65内のマーカ位置をロボット目標軌道生成部66により生成された目標軌道に高精度に追従動作させるよう構成されている。
【0030】
本実施形態では、選択したロボットマニピュレータ61のロボット制御装置62が備える外部コントローラ64の追従モードを利用して、臨床現場の要求精度を満たすロボット動体ファントムシステム60を構築している。なお、「サンプリング周期変換」機能は、外部コントローラ64が有する場合に限らず、ロボット制御装置62等の他の構成が有していてもよい。
【0031】
ロボット制御装置62は、ロボットマニピュレータ61の各軸を駆動するモータのドライバとエンコーダ信号の処理回路を含む。ロボット制御装置62は、各軸レベルの2自由度制御器によりサーボ補償制御を行う下位システムと、作業者によるティーチングペンダント63を用いた操作への応答と、教示再生の機能を実現する上位システムと、の階層構造を取っている。下位システムと上位システムは、通信手段で制御および動作に必要なデータ(情報信号)を常時、送受信しながら動作している。
【0032】
外部コントローラ64の追従モードでは、ロボット制御装置62の上位システムが外部コントローラ64と一定周期5msでTCP(Transmission Control Protocol)のデータ通信を行う。外部コントローラ64は、ロボット制御装置62に対してエンドエフェクタの目標軌道を実時間で指令することができる。
【0033】
一方、ロボット制御装置62は、外部コントローラ64より与えられた目標軌道情報に基づき制御を行い、その結果である現在の先端位置・姿勢などの情報を外部コントローラ64へフィードバックするように構成されている。以下の表2は、これらのロボット制御装置62と外部コントローラ64との間でやり取りされる情報を示している。
【0034】
【表2】
【0035】
選択したロボットマニピュレータ61は、表1に示したように、ロボット制御装置62での制御により位置繰り返し精度(JIS B 8342 準拠)で±0.02mmを達成している。しかし、ロボット動体ファントムシステム60として用いる場合に求められる追従性能は、固定点への反復位置決めではなく、時間の関数として陽に記述できない目標軌道への実時間での高精度追従である。
【0036】
本実施形態のロボット動体ファントムシステム60を品質保証の道具として臨床の現場で用いる場合、軌道追従精度の向上のためシステムの使用者にロボットマニピュレータ61の制御動作の調整をゆだねることは難しいと考えられる。加えて目標軌道は規則性に乏しく、患者ごとに大きく異なる腫瘍軌道である。
【0037】
そこで本実施形態では、動体追跡装置で計測された患者の腫瘍位置軌跡を出発点として、ロボットマニピュレータ61に与える先端位置目標軌道をオンライン補正する方法を提案し、患者の腫瘍軌跡ごとのパラメータ再調整が不要なロボット動体ファントムシステム60の構築を図ることとした。
【0038】
<3. 目標軌道の補正による追従誤差低減>
次に、目標軌道の補正による追従誤差低減について、図7図10を用いて説明する。
【0039】
<3-1.腫瘍移動軌跡の測定>
ここでは、ロボット動体ファントムシステム60にとっての目標軌道となる、患者の腫瘍軌跡データの取得について説明する。本発明者らは、上述のとおりマーカの動体追跡装置を利用し、臨床現場のプロセスの中でこの測定を行っている。
【0040】
図7は、本発明の第1実施形態に係る医療用直線加速器81とともに設置された動体追跡装置80を示す模式図である。図7(A)に示すように、本実施形態の動体追跡装置80は、2つのX線源82、83に対応するカラー受像装置84、85を備えている。医療用直線加速器81と対向する位置には、治療対象の患者を載せる寝台86が設置されている。2枚のステレオ画像内に捕らえられたマーカは、テンプレートマッチングの技法を用いて画像内の座標値が特定され、治療装置座標系におけるマーカの座標値が出力される。
【0041】
また、図7(B) に示すように、X線源82、83とカラー受像装置84、85には3とおりの異なる空間的な組み合わせが可能となっており、腫瘍部位と、治療のために移動させる寝台86とガントリに干渉しない組み合わせを選択して利用するようになっている。
【0042】
パターン1は、図7(A)に示すように、X線源82、83と対応するカラー受像装置84、85が医療用直線加速器81を挟んで交差する位置に配置されている。パターン2は、図7(B)の紙面に向かって左側に2つのX線源82b、83が配置され、図7(B)の紙面に向かって右側に対応する2つのカラー受像装置84b、85が各X線の交差する位置に配置されている。パターン3は、図7(B)の紙面に向かって右側に2つのX線源82、83bが配置され、図7(B)の紙面に向かって左側に対応する2つのカラー受像装置84、85bが各X線の交差する位置に配置されている。
【0043】
しかし、いずれの場合でもテンプレートマッチングによるステレオ座標計測を行うという原理に変わりはない。動体追跡装置80では、マーカ位置の定位誤差が0.8mm 以内であることを保証している。
【0044】
<3-2.腫瘍移動軌跡の生成>
本実施形態の動体追跡装置80は、移動性腫瘍の位置を追跡するため、腫瘍付近に留置されたマーカ位置の追跡結果を33ms前後の周期で計測出力する能力を有する。一方、ロボット動体ファントムシステム60の構成では、外部コントローラ64は5ms間隔で目標値をロボット制御装置62にフィードするように構成されている。そのため、ロボットマニピュレータ61の駆動には、動体追跡装置80の計測結果ログファイルの時系列から、より短い時間間隔のロボットマニピュレータ用目標値時系列を生成する必要がある。この目標軌道生成において、動体追跡装置80の測定結果のサンプル点間における目標値を定める方法として、図8を用いて以下に4とおりの方法を示す。
【0045】
図8は、本発明の第1実施形態に係る動体追跡装置の測定結果のサンプル点間における目標値を定める方法を説明する図である。図8[S]は、本実施形態のいずれの目標値を定める方法にも共通する工程で、a)例えば、SyncTraXTMで計測された患者のマーカ位置情報と対応する時間情報を読み出す、工程である。なお、本実施形態に係る動体追跡装置の測定は、SyncTraXTMで計測する場合に限られない。
【0046】
図8[1] の方法は、最も基本的な方法で、目標座標値が更新されるまで現在の値を維持する方法である。図8[1]では、図8[S]a)の工程後に、b)最新のマーカ位置情報を次のサンプリング時刻まで保持し、c)前工程で保持したマーカ位置情報の軌跡をサンプリング周期5msでアップサンプリングする。
【0047】
図8[2]の方法は、次のサンプリング時刻のマーカ位置を先読みする方法である。図8[2]では、図8[S]a)の工程後に、b)次のサンプリング時刻のマーカ位置を先読みして保持し、c)前工程で保持したマーカ位置の軌跡をサンプリング周期5msでアップサンプリングする。図8[2]の方法は、1時間区間内で一定値を保つことは図8[1]の方法と同一であるが、動体追跡装置80ログの1サンプル先の値を先取りして目標値と設定することで、ロボット制御装置62の過渡応答動作が誤差に与える影響を小さくすることを狙ったものである。
【0048】
図8[3]の方法は、単純に、隣り合う2つの座標間を線分で補間する直線補間の方法である。図8[3]では、図8[S]a)の工程後に、b)座標データを線分で補間し、c)前工程で補間した座標データの軌跡をサンプリング周期5msでアップサンプリングする。
【0049】
図8[4]の方法は、座標データを3次スプライン関数で補間する方法である。図8[4]では、図8[S]a)の工程後に、b)座標データを3次スプライン関数で補間し、c)前工程で補間した座標データの軌跡をサンプリング周期5msでアップサンプリングする。図8[4]の方法は、腫瘍などの生体組織の運動を示す速度および加速度は連続であるとの考え方に基づいて、時間の接続点における速度と加速度の連続性を保証する補間方法である。
【0050】
最終的に生成される軌道は、図8[1]~[4]の4とおりのどの方法を用いたとしても動体追跡装置80ログファイル上のk(k=0,1,・・・,N-1) 番目の時間区間に属する時間変数t∈[Tst[k],Tst[k+1]) を用いて、以下の(式1)で表される。
【0051】
このように、tについての3次多項式で表すことができることから、動体追跡装置80ログファイルの1時間区間に対応する目標軌道計算用データは、これら3つの多項式の係数12個となる。
【0052】
基本的に1サンプル区間の長さは、Tst[k+1]-Tst[k]=0.033sである。しかし、多少の揺らぎがあることに加え、ごくまれではあるが動体追跡装置80の画像処理の工程でマーカの認識に失敗した場合に当該区間でデータが欠落する。データが欠落した場合は、次に取得できたマーカ位置と時刻を用いて計算する。動体追跡装置80ログファイルから(式1)の係数集合を生成する処理は、MATLAB(Mathworks)のmスクリプトを作成して実行する。以上により、目標軌道を時間の関数として表現できるようになるので、これを用いて以下で詳述する外部コントローラ64上での実時間での目標軌道の補正や、追従誤差改善のための処理が実行可能となる。
【0053】
<4.第2実施形態>
次に、本発明の第2実施形態に係るロボット動体ファントムシステムについて説明する。
【0054】
<4-1.目標軌道の通信遅延低減補正とオンライン再補間>
第1実施形態で説明した、動体追跡装置80ログからの多項式係数生成は、治療対象となる患者の腫瘍軌跡データをロボット動体ファントムシステム60に指令するために必要な処理であり、動体追跡装置80のログに含まれるデータを変更するものではない。しかし、図8[1]の方法を利用して外部コントローラ64からロボット制御装置62に目標軌道を単純フィードしただけでは、求められる臨床現場の要求精度は満足しにくい。そこで第2実施形態では、図6で示したロボット動体ファントムシステム60の構成を前提として、より追従精度が高いシステムを構築するための、目標軌道の補正および追従誤差の情報を用いた目標軌道のオンライン再補間法について説明する。
【0055】
<4-2.通信遅延影響の低減を目的とした目標軌道の補正>
図6中に記入されているが、ロボット動体ファントムシステム60では各サブシステム間のデータ授受にネットワーク通信を利用しており、各システム間の通信が原因で遅延が発生しうる。制御に関する量の授受におけるデータの遅延は、追従精度の悪化に直結するため、実時間で高い追従精度が要求されるロボット動体ファントムシステム60は、この遅延の影響を軽減することが必要である。
【0056】
そこで、この補償を意図して、(式1) のxk(t)、yk(t)、zk(t)に対し、Tr=0.005sを用いて、補正量
を以下の(式2)により算出して目標値を拡張する。
【0057】
ただし,(式2)に含まれる定数αx、αy、αz、βx、βy、βzは、正値となるように選択した。なお、動体追跡装置80からロボット制御装置62の短時間間隔の目標値系列を生成する工程で、動体追跡装置80ログの一時間区間内で一定値を保つ図8[1]および[2]の方法については、区間内で速度と加速度の変化がないことから、実験評価においてはこの補正の適用対象外としている。
【0058】
図8[3]のように直線補間を行った場合、加速度項はサンプリング周期変換の接続点後の1サンプルでパルス状の0でない値を取るが、その他のステップでは0となってしまい、ロボットマニピュレータ61の振動を誘起する原因となるだけでなく補正の効果も十分に表れない。ロボットマニピュレータ61の速度制御系について、速度目標値から速度目標までの伝達特性が一次遅れとして近似できると仮定すると、加速度は一次遅れシステムのインパルス応答のように変化する。
【0059】
その伝達関数が1/(Ts+1)(T>0)と表せる場合、加速度信号α(t)を一定時間間隔Tr>0ごとに観察すれば、α(t)は、以下の(式3-1) に従って減衰する。
α((i+1)Tr)=γ・α(i・Tr)(γ=e-Tr/T) ・・・(式3-1)
【0060】
そこで、直線補間の場合、区間最初に算出される0でないx軸の加速度値をαkとして,区間t∈[Tst[k],Tst[k+1])中の時刻ti=i・Tr(i=1,2,・・・) なる時刻における加速度の値を、以下の(式3-2) に従って減衰させている。
【0061】
y軸およびz軸についても、上記x軸の処理と同様に処理することができる。なお、γの値は実験を重ねる中で試行錯誤的に調整し、γ=0.9を用いているが、他の値を用いてもよい。
【0062】
<4-3.動的再補間によるフィードバック目標値補正>
次に、図9および図10を用いて、ロボット制御装置62内の追従誤差情報を利用した動的再補間によるフィードバック目標値補正について説明する。
【0063】
上記(式2)で定義された各軸の補正目標値は、動体追跡装置80で観測された腫瘍運動軌跡のみから決定されるもので、ロボットマニピュレータ61を実際に動かしたときに発生する追従誤差を考慮した補正とはなっていない。そこで、ロボット制御装置62から外部コントローラ64にフィードバックされるロボットマニピュレータ61の先端位置情報を用いて、ロボット制御装置62に与える目標値に追従誤差情報を利用した追加のフィードバック補正を行う。
【0064】
上述のとおり、ロボット制御装置62の外部コントローラ64追従モードでは、ロボットマニピュレータ61の先端位置・姿勢の現在値が外部コントローラにフィードバックされる。この両者の差である追従誤差の値を用い、5ms周期でロボット制御装置62に送出する目標値を生成するための補間作業をやり直し、補間軌道を再生成する。具体的には、すでに過去のデータとなった補間の始点の座標値に上述の追従誤差を加算して、誤差の符号に応じて今後ロボット制御装置62に送出される目標座標値を増減する補正を行う。
【0065】
ここで、動的再補間の計算アルゴリズムを以下に示す。X軸、Y軸およびZ軸の全ての軸に同一の処理を独立に行うので、ここでは代表してX軸に対する計算手順を説明する。今、再補間を実施する時間区間を動体追跡装置ログのk番目の時間区間t∈[Tst[k],Tst[k+1])であるとすると、上述のとおり、この区間での補正前目標値は、以下の(式4)の3次多項式で決定される。
xk(t)=ax[k]+bx[k](t-Tst[k])+cx[k](t-Tst[k])2+dx[k](t-Tst[k])3・・・(式4)
【0066】
この時間区間内での外部コントローラ64のサンプル番号をi (i=1、2、・・・) で表すことにし、ロボット制御装置62より外部コントローラ64にフィードバックされるX軸の現在位置から、例えば、ステップiにおいてex[i]なる誤差が観測されたとする。このとき、この区間内でのみ有効な、(式4)に替わる目標軌道生成式は、以下の(式5)により表される。
x(i)k(t)=ax[k,i]+bx[k,i](t-Tst[k])+cx[k,i](t-Tst[k])2
+dx[k,i](t-Tst[k])3 ・・・(式5)
【0067】
そして、(式5)が以下の拘束条件を全て満足するように係数ax[k,i]~dx[k,i]を定める。
【0068】
上記(式7)は、この区間の終端時刻における目標値の値が次区間の目標値の初期値に一致することを要請する。上記(式8)および(式9)は、3次スプライン補間の特徴である接続点における速度と加速度の連続性を担保するための条件式であり、ここで示した方法を用いてこの区間での目標値生成多項式を上記(式5)に変更したとしても、位置、速度および加速度の連続性は維持されることになる。
【0069】
ここで、
として、(式5)の係数は、(式6)と以下の(式10) により定められるので、これらの式をオンラインで計算することで再補間実施後の補間多項式を求めることができる。
【0070】
図9は、本発明の第2実施形態に係る制御装置による直線補間の場合の本アルゴリズムの動作を示すグラフである。図9(A)は、ロボットコントローラに送られる次の目標値を表し、図9(B)は、ロボットのエンコーダ情報で計算される先端の現在位置を表し、図9(C)は、修正前の目標軌道およびロボットコントローラに送られる次の目標値を表す。続いて、図9(D)は、ロボットのエンコーダで計算される新しい先端の現在位置を表し、図9(E)は、修正前の目標軌道および修正後の目標軌道を表す。
【0071】
目標値軌道を3次スプライン関数で定める場合も再補間の計算の考え方は、図9で示すアルゴリズムと全く同じである。なお、図8[1]および[2]に示す区間内で目標値を一定値とする場合については、(式6)と(式7)を同時に満たすことができない。この場合でも(式6)のみを用いて区間内で使用する目標値を増減させることは可能であるが、そのような設定でロボットマニピュレータ61を試験動作させた場合、激しい振動を誘発することがある。これは、目標値の変化が階段状で一時的に大きな偏差が発生することで、(式6)で加算されるex[i]の値も大きくなることが原因であると考えられる。試行動作の結果、この設定で実験を行うことは危険であると判断されたため、以下の評価実験では、一定目標値を利用する場合先の速度および加速度を利用した補正と同様適用の対象外としている。
【0072】
目標値軌道の動的再補間アルゴリズムを適用した結果得られる目標値と、速度および加速度を利用した上記(式2)で表される目標値補正を同時に用いた場合、外部コントローラ64からロボット制御装置62に送出される軌道指令値
は、以下の(式11)~(式13)で与えられる。
【0073】
上記(式11)~(式13)は、ロボットマニピュレータ61とロボット制御装置62との間で出来上がっているフィードバック制御系の外側に、以下の図10に示すように追加のフィードバックループを導入することに相当する。
【0074】
図10は、本発明の第2実施形態に係る外部コントローラを用いた追加のフィードバックループの導入を示す模式図である。本実施形態のロボットマニピュレータ61とロボット制御装置62との間では、フィードバック制御系が形成されている。また、本実施形態の外部コントローラ64は、目標軌道生成部66と、目標軌道補正部111と、目標軌道再生成部112と、を有している。目標軌道生成部66は、患者のマーカ位置の3次元運動軌跡を取得する位置取得部201と、3次元運動軌跡を取得したマーカの回転角度を算出する角度算出部202と、を備えることができる。腫瘍の回転角度も把握したい場合は、位置取得部201で患者の最低3つのマーカ位置の3次元運動軌跡を取得し続ける必要がある。そして、取得したマーカ位置に基づいて角度算出部202で腫瘍の回転角度を算出する処理を行うことにより、ロボットマニピュレータ61の目標軌道を生成する。
【0075】
図11は、角度算出部202が腫瘍の回転角度を定める際の計算方法の一例を説明する図である。図11(a)は、動体追跡装置80が時刻k-1で3個のマーカm,m,mの位置を検出した時の様子を示している。図11(b)は次の時刻kにおいて同じ3個のマーカ位置を検出した時の様子を示している。図12は、実際に複数埋め込まれたマーカを導体追跡装置80が捉えた画像例である。マーカm,m,mの位置変化が、腫瘍重心位置の3次元位置変化と、3次元空間内の回転のみで十分表されると仮定する。この2枚の画像の間の腫瘍の回転角はロール・ピッチ・ヨーもしくはオイラー角などの角度を用いて定義できる。図13は本発明にかかる方法で求めた腫瘍回転角度の例である。時刻k-1における各ベクトルv,v,nk-1と、時刻kにおける対応するベクトルv’,v’,nの間は、先の3次元空間内の回転角度を用いて定義される回転行列Rと、位置取得部201を用いて定められる腫瘍重心位置の3次元位置変化を表すベクトルδを用いて定義される同時変換行列
を用いて
と関係づけられるので、この3つの式から回転行列Rを数値的に一意に定めることができ、定まった回転行列からロボットの手先に固定されているファントムの回転角度の目標軌道を生成することができる。
【0076】
実際の腫瘍の運動、特に肺腫瘍に関しては、患者の呼吸に伴い肺自体が拡張と収縮を繰り返す。この変形をより厳密に表現するには、先の回転変換行列を列ベクトルr1,r2,r3を用いて表現した
R=[r1,r2,r3]
に、座標軸方向の拡大、縮小を表すスカラ実数a,b,cを導入し
R=[ar1,br2,cr3]
と表現して、行列Rに加えてa,b,cを定めると良い。a,b,cを導入したことによって未知数が増えるが、その場合はm2からm3に至るベクトルの時刻k-1,k間の変化を利用すればよい。
【0077】
目標軌道補正部111は、動体追跡装置80の腫瘍位置追跡の結果出力された軌道を補間することによって規定されるロボットマニピュレータ61の運動軌跡の速度または加速度を用いてロボット目標軌道を補正する機能を有する。目標軌道補正部111は、ロボットマニピュレータ61の3次元座標位置を補正する位置補正部203と、3次元座標位置を補正したロボットマニピュレータ61の回転角度を補正する角度補正部204と、を備えることができる。回転角度も考慮してロボット目標軌道を補正する場合は、位置補正部203でロボットマニピュレータ61の3次元座標位置を補正し、補正した3次元座標位置に基づいて角度補正部204でロボットマニピュレータ61の回転角度を算出する処理を行うことにより、ロボットマニピュレータ61の目標軌道を補正する。
【0078】
目標軌道再生成部112は、目標軌道生成部66から与えられた目標軌道に対する制御実績から各制御サンプリング時点での目標軌道の追従誤差を算出してその情報を目標軌道補正部111に伝達する機能を有する。目標軌道補正部111は、受領した目標軌道の追従誤差を当該時間に対応する補間区間の始点の目標値情報に加算することで制御中に実時間で補間をやり直して目標軌道を再生成する機能を有する。
【0079】
本実施形態の外部コントローラ64内において、目標軌道生成部66で補間により生成された作業座標系の目標軌道の情報が、目標軌道補正部111および目標軌道再生成部112に伝達される。その後、目標軌道補正部111では、速度および加速度を用いた遅延補正がなされ、目標軌道再生成部112では、フィードバック再保管による補正がなされる。そして、各補正後の目標値の情報が、ロボットマニピュレータ61に伝達される。
【0080】
<5.実施例>
次に、上記実施形態のロボット動体ファントムシステム60を用いた放射線治療の品質保証の実施例について、図14図16を用いて説明する。
【0081】
図14は、本発明の一実施例に係るロボットマニピュレータの設置例を示す模式図である。図14のロボットマニピュレータ61は、固定台121に固定され、アームの先端に水等価ファントム65が取り付けられている。
【0082】
図15は、本発明の他の実施例に係るロボットマニピュレータの設置例を示す模式図である。図15のロボットマニピュレータ61は、図8(A)に示すような寝台86に固定具131で固定され、アームの先端に水等価ファントム65が取り付けられている。
【0083】
<5-1.腫瘍軌跡への追従精度評価実験>
本実施例では、上記提案した目標軌道の補正法の効果を評価するため、ロボットマニピュレータ61の先端に実際に水等価ファントム65を固定した状態で、図2図5で示した肺腫瘍軌跡4症例を目標軌道として開発した上記実施形態に係るロボット動体ファントムシステム60を駆動し、その追従精度を評価した。
【0084】
本明細書で提案した手法では、33ms程度の時間間隔で得られている動体追跡装置80を用いた腫瘍軌跡の測定結果から、5ms周期でロボット制御装置62に供給する目標値を生成するサンプリング周期変換に4とおりの選択が可能である。(式2)で示される遅延補償を意図した補正の有無に2とおりの選択が可能である。(式4)~(式10)を用いて説明した、ロボット制御装置62で取得できる追従誤差を用いた目標軌道生成のための動的再補間適用の有無に2とおりの選択が可能である。したがって、全ての組み合わせは16とおりとなる。
【0085】
しかしながら、上述したように、動体追跡装置80の1サンプリング周期内で一定の目標値を用いる場合については、軌道の速度・加速度が1サンプリング周期内で0となるので、遅延補償項が0となることに加え、(式6)と(式7)を同時に満たすこともできないので、フィードバック再補間も適用することができない。そこで、この評価では、全16とおりの組み合わせから、補正が機能しないか実現できない6とおりを除外した計10とおりの異なる組み合わせを対象として実験を行い、ロボットマニピュレータ61を利用したロボット動体ファントムシステム60の補正前目標軌道に対する追従精度を評価した。追従誤差は時系列データとして定まるが、そこから誤差のRMS値と、発生しうる最大誤差に関する指標であるμ+2σ値を計算してまとめた。
【0086】
実験は2台のロボットマニピュレータ61を用いて、2つの異なる環境で行った。第一の環境は、コンクリート床を有する実験室で、図14に示すように、ロボットマニピュレータ61は、製造メーカの指定に従った設置固定がなされている。この環境で得られるロボットマニピュレータ61の先端位置の情報は、ロボット制御装置62がエンコーダ情報から計算して外部コントローラ64にフィードバックした先端位置のみとなる。
【0087】
第二の環境は、実際に患者の治療が行われている臨床環境である。ここでは、ロボット制御装置62による先端位置情報に加え、動体追跡装置80を用いた測定値も得られる。詳細は後述するが、臨床環境においては、図15に示すように、ロボットマニピュレータ61を医療用直線加速器81の寝台86に固定具131で固定し、かつ吸振ウレタンフォームを寝台と寝台基部の間に設置して実験した。
【0088】
<5-2.実験室における実験結果>
実験室で行った実験結果から、目標腫瘍軌跡に対する二乗平均誤差値とμ+2σの値を計算したものを、表3に示す。
【0089】
【表3】
【0090】
この場合の誤差は、外部コントローラ64からあるサンプル周期にロボット制御装置62に送出した目標値の補正前の値と、次のサンプル周期にロボット制御装置62から返送されるマーカ位置の差として計算している。上述したように、外部コントローラ64とロボット制御装置62との間、およびロボット制御装置62内のデータ授受にネットワーク通信が利用されており、それに伴う遅延があること、およびその遅延はネットワークのバッファの状態によりランダムに変化することを考えれば、ここで計算している誤差はあるサンプル時点における正確な誤差とはなっていない。ただし、以下の臨床環境での評価結果が示すように、ロボット制御装置62の実績値を用いて計算した統計誤差指標値が大きければ、動体追跡装置80を用いて評価した統計誤差指標値も大きくなる。
【0091】
表3の数値より、上記で提案した通信遅延の低減を目的とした目標軌道の補正が極めて有効に作用していることが見て取れる。4症例全て、直線補間に遅延補償を組み合わせ、フィードバック再補間を用いないものが最も小さなμ+2σ値を与えていることがわかる。しかし、直線補間での結果を見比べると、遅延補償がある状態でフィードバック再補間を行う場合と行わない場合のμ+2σ 値の差は、症例Dを除いて表1に記載したこのロボットマニピュレータ61の静的反復位置決め精度である0.02mm以内となっており,偶発的に発生する誤差と区別できないレベルに収まっていることがわかる。
【0092】
一方、サンプリング周期変換に3次スプライン補間を用いた場合、μ+2σ値は直線補間に対して0.1mm以上悪化しており、今回の4症例について、実験室環境での実験では3次スプライン補間の使用が直線補間と比して誤差を大きくするよう作用していることがわかる。
【0093】
フィードバック再補間の手法は、サンプリング周期変換単体でロボットマニピュレータ61を駆動した場合に比べれば大きな誤差低減効果を発揮するが、遅延補償を利用した場合の誤差低減量に比べれば効果が小さい。また遅延補償とフィードバック再補間を併用した場合、本環境では微小ではあるが結果の悪化を招くことも確認された。ただし、その差は、使用したロボットマニピュレータ61が保証する固定点への繰り返し位置決めの誤差に収まる程度のものである。
【0094】
<5-3.臨床環境における評価実験>
次に、病院の臨床設備を用い、動体追跡装置80も併用した評価実験を行った。実験の内容は実験室での実験と全く同一で、図2図5に示した4症例の腫瘍軌跡に対して、実験室での実験と全く同じパラメータ値を用いてロボット動体ファントムシステム60を駆動した。臨床環境では、ロボットマニピュレータ61の動作結果として、ロボット制御装置62が出力する位置情報と、動体追跡装置80により得られる計測値の2つの計測結果が得られる。ロボット制御装置62が出力する位置情報を用いた場合の誤差の定義は上記と同様である。
【0095】
以下の表4に、上記場合の補正前腫瘍位置目標軌道との誤差を処理した結果を示す。また、以下の表5に、動体追跡装置80のマーカ位置測定結果と補正前腫瘍目標位置との誤差を統計処理した結果を示す。
【0096】
【表4】
【0097】
【表5】
【0098】
また、誤差評価の一例として、図5の腫瘍軌跡を目標値とし、表5中の3つの目標値生成スキームについて3次元誤差の時間変化をプロットしたグラフを図16に示す。
【0099】
まず、実験室環境と同様ロボット制御装置62で得られる先端位置を用いた誤差解析の結果である表4で最小のμ+2σ値を与える組み合わせは、表3と同じで直線補間に基づき遅延補償項を入れたものとなっている。またその最小値も、表3のものとほぼ同等となっている。フィードバック再補間は単独で用いればある程度の誤差低減効果を発揮するが、遅延補償と組み合わせた場合大きくはないが結果の悪化を招く傾向も同一であった。
【0100】
これに対して、動体追跡装置80を利用した測定結果を用いた誤差である表5では、異なる結果が得られている。まず、μ+2σの最良値が表3および表4と比較して、腫瘍の動きが大きいA、B、Dの症例で0.2mmから0.25mmほどで、動きが小さい症例Cで0.06mmほど大きくなっている。また、4例中3例で3次スプライン補間を用いたものが最小のμ+2σ値を与える結果となった。遅延補償と動的再補間を併用すると結果が悪くなる点は、ロボット制御装置62の位置出力を用いた解析と同じになった。
【0101】
ロボット制御装置62が出力するマーカ位置は、ロボットマニピュレータ61の固定台121上にある作業座標原点Oからの相対位置情報であるのに対し、動体追跡装置80での計測結果は、医療用直線加速器81の原点icに対して定まる部屋内で固定された座標系での絶対座標値である。もしロボットマニピュレータ61の作業座標原点Oが医療用直線加速器81の座標系上で動かないのであれば、2つの測定値の差は測定系の差に起因するものとなる。今回の場合それは動体追跡装置80によるステレオX線画像を用いた3次元位置計測で発生しうる誤差である。X線透視画像内でのマーカ捕捉にはテンプレートマッチングを用いており、その過程でマーカ重心位置の算出に誤差が発生しうる。
【0102】
本実施例で利用したロボットマニピュレータ61には、その設置固定について、固定台121の固定のため、床にアンカーボルトを打つこと、ロボットマニピュレータ61の固定台121への固定については満足すべきボルト締め付けトルクの値が指示されている。
【0103】
一方、臨床環境ではアンカーボルトの設置は不可能で、かつ金属製の台座も放射線に悪影響を与えることから使用できなかったため、ロボットマニピュレータ61を医療用直線加速器81の寝台86に対して固定するにとどまっている。予備実験の過程で寝台とロボットマニピュレータが目視ではっきり確認できる大きさで振動した場合があったため、上述のとおり防振材を用いて振動の軽減化を図った。これにより目視でわかるほどの振動は無くなったが、目視では確認できない微細振動は残存していると考えられ、かつ動体追跡装置80での計測値はその振動も捉えることができるので、ロボット制御装置62での誤差値と比較して大きな値となることの理由として大きな要因であると考えられる。
【0104】
動体追跡装置80を利用した評価で、4症例中3症例において3次スプライン補間を用いた場合が最も高精度になったことも、この寝台86とロボットマニピュレータ61の振動で説明が可能であると考えられる。3次スプラインでは、補間の接続点における速度と加速度の連続性が担保されているため、ロボット制御装置62が生成する操作量の連続性も高いと思われるが、直線補間の場合接続点で速度と加速度がステップ状、インパルス状に変化をするため、スプライン補間に比べれば過渡的な振動を誘起しやすいと考えられる。
【0105】
放射線治療の品質保証に上記実施形態のロボット動体ファントムシステム60を利用する場合、その品質に与える影響の評価として意味を持つのは動体追跡装置80を用いた場合の値である。その意味で、臨床環境での測定結果において、動体追跡装置80を用いた誤差解析の結果、4症例全てにおいて、μ+2σの最良値が0.8mm 未満となったことは、ロボット動体ファントムシステム60の良好な精度を示している。
【0106】
呼吸性移動を示す腫瘍の放射線治療における品質保証では、動体追跡装置80を用いたファントム内マーカの位置計測を実際に行いながら水等価ファントム65に対して治療を施行する。一般に待ち伏せ照射と呼ばれる、呼吸性移動を示す腫瘍が事前に計画された位置の指定範囲近傍に来た際に放射線を照射する治療について、実際の治療では、腫瘍付近に留置されたマーカが、計画位置を中心とする一辺4mmの立方体内部に入ったことをもって放射線を投与するプロトコルになっている。μ+2σ<0.8という結果は、腫瘍軌跡が計画位置である立方体の中心にあるにもかかわらず、水等価ファントム65の位置決め誤差が原因で投与がなされないという状況がほぼ発生しないことを意味しており、ロボット動体ファントムシステム65を用いることで、品質保証の精度を向上させることができることを示す、意義のある結果である。
【0107】
本実施例では、放射線治療の品質保証の精度向上を目的として、患者の体内における3次元の腫瘍運動軌跡に高い精度で追従することのできる、4Dロボット動体ファントムシステム60の構築を試みた。本実施例に示した結果からは、開発したロボット動体ファントムシステム60を臨床現場における品質保証に用いることができることがわかった。
【符号の説明】
【0108】
10 医療用直線加速器
11 寝台
12 ロボットマニュピレータ
13 水等価ファントム
60 ロボット動体ファントムシステム
61 ロボットマニュピレータ
62 ロボット制御装置
63 教示ペンダント
64 外部コントローラ
65 水等価ファントム
66 目標軌道生成部
80 動体追跡装置
81 医療用線形加速器
82、83、82b、83b X線源
84、85、84b、85b カラー受像装置
86 寝台
111 目標軌道補正部
112 目標軌道再生成部
121 固定台
131 固定具
201 位置取得部
202 角度算出部
203 位置補正部
204 角度補正部
ic 治療装置座標系の原点
O 作業座標系の原点
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16