(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】インバータ装置
(51)【国際特許分類】
H02M 7/48 20070101AFI20220329BHJP
H02P 27/06 20060101ALI20220329BHJP
H02P 6/18 20160101ALI20220329BHJP
【FI】
H02M7/48 L
H02P27/06
H02P6/18
(21)【出願番号】P 2018103506
(22)【出願日】2018-05-30
【審査請求日】2021-03-31
(73)【特許権者】
【識別番号】302038844
【氏名又は名称】東芝シュネデール・インバータ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000567
【氏名又は名称】特許業務法人 サトー国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】北岡 幸樹
(72)【発明者】
【氏名】陳 建峰
【審査官】栗栖 正和
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-006453(JP,A)
【文献】特開2006-345602(JP,A)
【文献】特開2003-111498(JP,A)
【文献】特開2015-151211(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M 7/48
H02P 27/06
H02P 6/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータを駆動するインバータ回路と、
このインバータ回路を介して前記モータをセンサレスベクトル制御する制御部と、
駆動条件に応じて定まる前記モータの動作点が、前記センサレスベクトル制御を維持できなくなるおそれがある維持不能領域に至ったか否かを判断する駆動条件判断部と、
この駆動条件判断部が、前記動作点が前記維持不能領域に至ったと判断すると、前記制御部による前記モータの制御を停止させ、一定期間が経過した後に前記モータを再始動させる再始動処理を実行させる再始動処理部とを備えるインバータ装置。
【請求項2】
前記再始動処理部は、前記再始動処理を、前記駆動条件判断部が、前記動作点が前記維持不能領域から脱したと判断するまで繰り返し実行する請求項1記載のインバータ装置
【請求項3】
前記駆動条件判断部は、前記モータに通電される電流が、予め設定された電流制限レベル未満の電流値を超えており、且つ、前記センサレスベクトル制御において推定される前記モータの速度又は一次周波数の符号が駆動方向の符号と異なる状態が、予め設定された一定期間以上観測された際に、前記維持不能領域に至ったと判断する請求項1又は2記載のインバータ装置
【請求項4】
前記一定期間の長さを、ユーザが設定するための設定部を備える請求項1から3の何れか一項に記載のインバータ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、インバータ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、インバータ装置において実行されるセンサレスベクトル制御では、駆動周波数がゼロに近くなる領域,
図8や例えば特許文献1の
図2等に示すように、駆動周波数=0Hzの直線近傍においてトルクが比較的高くなる領域では、原理的にモータの状態が観測不能となり、制御状態を維持できなくなることがある。そして、インバータ装置においては、モータ制御の動作点がセンサレスベクトル制御を維持できなくなる維持不能領域に陥った、又は陥る兆候を検出すると、モータの駆動を遮断する保護を行うものがある。
【0003】
例えばクレーンの横走行駆動に適用されるインバータ装置では、吊荷を吊った状態で横走行するような場合に、特に
図7に示すように、吊荷を進行方向に対し引き戻そうとする力が掛かった状態で始動させることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-111498号公報
【文献】特開2015-151211号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この時、インバータ装置の出力可能なトルク又は負荷電流により制約される始動トルクが引き戻そうとする力よりも不足すると、その力が作用する方向に引きずられる状況が想定される。上述した保護動作を行うインバータ装置を適用すると、このような状況では、モータ制御の動作点が維持不能領域に陥ったか陥る兆候を検出することになり、保護動作が行われてモータの駆動が停止される。したがって、モータの始動により長い時間を要してしまう。
そこで、モータを駆動する方向と逆方向の外力が作用している状態でも、保護により駆動を遮断させることなくモータを始動できるインバータ装置を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
実施形態のインバータ装置は、モータを駆動するインバータ回路と、
このインバータ回路を介して前記モータをセンサレスベクトル制御する制御部と、
駆動条件に応じて定まる前記モータの動作点が、前記センサレスベクトル制御を維持できなくなるおそれがある維持不能領域に至ったか否かを判断する駆動条件判断部と、
この駆動条件判断部が、前記動作点が前記維持不能領域に至ったと判断すると、前記制御部による前記モータの制御を停止させ、一定期間が経過した後に前記モータを再始動させる再始動処理を実行させる再始動処理部とを備える。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】一実施形態であり、運転可否判断部による処理を中心に示すフローチャート
【
図2】「運転可否判定」サブルーチンを示すフローチャート
【
図3】制御維持不能判定部により実行される動作点判定処理を示すフローチャート
【
図5】従来のインバータ装置による動作を示すタイムチャート
【
図6】インバータ装置の構成を要部に付いて示す機能ブロック図
【
図7】クレーン台車より懸垂されるロープの先端に吊下される吊荷を移動させる状態を示す図
【
図8】センサレスベクトル制御の制御維持不能領域を示す図
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、一実施形態について図面を参照して説明する。
図6は、インバータ装置の構成を要部に付いて示す機能ブロック図である。インバータ装置1は、インバータ回路2及びインバータ制御部3を備えている。インバータ回路2は、6個のスイッチング素子を3相ブリッジ接続してなる周知の構成であり、3相交流電源4より供給される交流電力を内部の整流回路により直流電力に変換し、その直流電力をスイッチングにより交流に変換し、モータ5に出力する。
【0009】
インバータ制御部3は、ベクトル制御部6,運転可否判断部7,制御維持不能判断部8,ブレーキ制御部9,メモリ部10及びパラメータ設定部11等を備えている。インバータ制御部3には、図示しない上位の制御装置より運転指令及び周波数指令が入力される。運転可否判断部7は、運転指令が入力された際に、その時点の駆動系の状態に応じて運転の可否を判断し、判断結果を制御維持不能判断部8及びブレーキ制御部9に出力する。ブレーキ制御部9は、メカブレーキ12の開閉を制御し、必要に応じてモータ5を拘束させる。運転可否判断部7は、再始動処理部に相当する。
【0010】
ベクトル制御部6は、インバータ回路2において検出される駆動用電源の直流電圧Vdc及びモータ5に通電される相電流Iu,Ivに基づいてセンサレスベクトル制御を行い、モータ5の速度を推定する。そして、ベクトル制御部6は、3相PWM信号Vu,Vv,Vwを生成してインバータ回路2に出力する。
【0011】
制御維持不能判断部8は、ベクトル制御部6より与えられる制御情報に基づいて、センサレスベクトル制御を維持不能な状態にあるか否かを判断し、判断結果をベクトル制御部6及び運転可否判断部7に出力する。また、制御維持不能判断部8は、上記の判断に必要なデータをメモリ部10より読み出して使用する。制御維持不能判断部8は、駆動条件判断部に相当する。パラメータ設定部11は、インバータ装置1の制御パラメータをユーザが入力設定するためのインターフェイスである。尚、インバータ制御部3における各機能ブロックの機能は、ソフトウェア若しくはハードウェア,又はソフトウェアとハードウェアとの協働により実現される。
【0012】
ここでモータ5は、例えば
図7に示すように、クレーン台車13より懸垂されるロープ14の先端に吊下される吊荷15を横方向に移動させるクレーンシステムに適用され、クレーン台車13を走行させるための駆動力を与える。
図7は、吊荷15が振り子状態で揺れている状況において、吊荷15を進行方向へ移動させるためにクレーン台車13を駆動するときのイメージを示している。
【0013】
振り子状態の吊荷15の位置が進行方向とは逆の方向にある場合、クレーン台車13には進行方向と逆方向の力が加わる。このような状態でクレーン台車13を始動させようとすると、吊荷15の荷重及び位置によっては、インバータ装置1が出力可能な進行方向の力以上に、逆方向の力が加わることがある。その結果として、
図8に示すように、モータ5の動作点が、ベクトル制御部6がセンサレスベクトル制御を維持できなくなるような領域に陥る場合が想定される。
【0014】
次に、本実施形態の作用について説明する。
図1は、運転可否判断部7による処理を中心に示すフローチャートである。先ず、インバータ装置1が、保護動作が実行されたトリップ中か否かを判断し(S1)、トリップ中であれば(YES)そのトリップ状態を継続する(S10)。このとき、メカブレーキ12は閉状態を維持させて、モータ5を拘束しておく。一方、インバータ装置1がトリップ中でなければ(NO)、「運転可否判定」のサブルーチンをコールする(S2)。
【0015】
上記判定の結果、運転可の場合(S3;YES)、運転指令が入力されており運転要求があれば(S4;YES)、モータ5を加速して所定の速度に到達させるための周波数指令を演算し(S5)、その周波数指令に基づいてモータ5の始動を開始し、運転状態とする(S6)。
【0016】
一方、運転可の場合でも、運転指令が入力されておらず運転要求がなければ(S4;NO)、モータ5を減速して所定の速度に到達させるための周波数指令を演算する(S7)。そして、モータ5の停止条件に到達していなければ(S8;NO)ステップS6に移行し、停止条件に到達していれば(YES)運転を停止し、併せてメカブレーキ12を閉とする(S9)。また、ステップS3において運転不可の場合は(NO)ステップS9に移行する。
【0017】
図2は、「運転可否判定」サブルーチンを示すフローチャートである。インターバルタイマは運転可否判断部7が使用するタイマであり、先ずそのタイマが停止しているか否かを判断する(S11)。インターバルタイマが停止している場合は(YES)、運転自体が停止中か、又は後述するように動作点が制御維持不能領域になかった状態にあり、ステップS12に移行する。また、インターバルタイマが計時を開始しており(S11;NO)、予め設定された時間T2を計時していれば(S15;YES)、同タイマの計時を停止してから(S16)ステップS12に移行する。
【0018】
ステップS12では、現在の運転又は停止状態が、センサレスベクトル制御状態を維持できなくなるような制御維持不能領域にあるか否かの動作点判定を行う。この判定については後述する。動作点が制御維持不能領域に無ければ(NO)、運転可否判断部7が使用する制御維持不能タイマをリセットし(S13)、ステータス「イネーブル;運転又は継続可」を返す(S14)。
【0019】
一方、ステップS12において、動作点が制御維持不能領域にあると(YES)、制御維持不能タイマをインクリメントする(S17)。そして、制御維持不能タイマが予め設定される一定時間T1を計時すると(S18;YES)インターバルタイマの計時を開始し(S19)、ステータス「ディセーブル;運転又は継続不可」を返す(S20)。また、制御維持不能タイマが一定時間T1を計時していなければ(S18;NO)、ステップS14に移行する。尚、一定時間T1の長さについては、ユーザがパラメータ設定部11より適宜設定しても良い。
【0020】
ステップS15において、インターバルタイマが時間T2を計時していなければ(NO)、同タイマをインクリメントしてから(S21)ステップS20に移行する。このインターバルタイマは、予め設定される時間に限らず、吊荷15を吊った状態で横走行運転を行った際の吊荷15の動きを振り子の単振動に近似させて、下記の(1)式に示す単振動の周期Tの2分の1又は4分の1を目安として設定することもできる。
T=2π√(L/g) …(1)
L:ロープ14の長さ
g:重力加速度
【0021】
図3は、ステップS12において、制御維持不能判定部8により実行される動作点判定処理を示すフローチャートである。先ず、インバータ装置1が運転中でなければ(S31;NO)、動作点は制御維持不能領域に無いのでステップS12では「NO」となる(S35)。一方、インバータ装置1が運転中であれば(S31;YES)、負荷電流の値が予め設定された電流制限レベルに「1」未満の係数Kを乗じた値より大きいか否かを判断する(S32)。係数Kは誤判定を防止するため、例えば「0.8」程度に設定する。負荷電流値が前記値より大きければ(YES)ステップS33に移行し、前記値未満であれば(NO)ステップS35に移行する。
【0022】
ステップS33では、ベクトル制御部6においてセンサレスベクトル制御で推定された速度であるモータ5の1次周波数の符号が、ベクトル制御部6が制御結果として出力する速度指令の符号と異なるか否かを判断する。両者の符号が異なれば(YES)動作点は制御維持不能領域にあることになり、ステップS12では「YES」となる(S34)。また、両者の符号が一致していれば(NO)ステップS35に移行する。尚、
図1及び
図2に示す処理は、「再始動処理」に相当する。
【0023】
ここで、従来の制御では、
図1に示すステップS3で「NO」と判断すると、ステップS10に移行してインバータ装置をトリップさせている。この場合の動作について
図5を参照して説明する。時刻t0以前には、吊荷側からの力がクレーン台車に加わっているが、モータはメカブレーキにより拘束されている。時刻t0にてインバータ装置を始動させると共にメカブレーキを開放させると、クレーン台車の加速度は、インバータ装置の出力トルクと負荷側トルクとの差分により決定される。そして、後者の方が大きい場合には、進行方向と逆方向に加速し始める。また、仮に吊荷の振り子の作用からクレーン台車の進行方向と逆方向のトルクが下がっていない場合には、再度
図4の時刻t0から時刻t3までの処理を繰り返すことで、運転を継続できる。
【0024】
始動後に、速度指令により加速を行っても、センサレス制御において推定された実速度が追従しないため、出力トルク要求は上昇する。時刻t1において、予め設定したトルクτ1に到達したことを検出すると、動作点が制御維持不能領域に滞留している時間を計時するタイマの計時を開始する。この状態が、予め設定した時間T1の継続を検出した時刻t2において、インバータ装置はトリップを発報して運転を停止し、メカブレーキを閉にすることになる。
【0025】
これに対して、本実施形態の動作を
図4のタイムチャートで説明する。時刻t2までの挙動は、
図3と同様である。そして、制御維持不能タイマが一定時間T1を計時し、時刻t2において運転可否判断部7がステータス「ディスエーブル」を検出すると、運転指令がインバータ装置1に運転を要求していても運転を停止して、メカブレーキ12を閉にする。同時に、インターバルタイマが計時を開始し、時間T2経過後の時刻t3でステータスが「イネーブル」になる。これにより、インバータ装置1が再始動してメカブレーキ12を開放する。このとき、吊荷15の振り子の作用からクレーン台車13の進行方向と逆方向のトルクが下がってくることが期待できるため、運転を継続することができる。
【0026】
以上のように本実施形態によれば、ベクトル制御部6は、インバータ回路2を介してモータ5をセンサレスベクトル制御する。制御維持不能判断部8は、駆動条件に応じて定まるモータ5の動作点が、センサレスベクトル制御を維持できなくなるおそれがある維持不能領域に至ったか否かを判断する。運転可否判断部7は、制御維持不能判断部8が、モータ5の動作点が維持不能領域に至ったと判断すると、ベクトル制御部6によるモータ5の制御を停止させ、一定期間が経過した後にモータ5を再始動させる再始動処理を実行させる。
【0027】
このように構成すれば、ロープ14に吊り下げられた吊荷15が振り子のように振動しているため、モータ5の動作点が維持不能領域に至った場合でも、従来のように直ちにインバータ装置をトリップさせることなく再始動処理を行うので、クレーン台車13を始動させて吊荷15の移送を効率的に行うことができる。
【0028】
また、運転可否判断部7は、再始動処理を、制御維持不能判断部8が、動作点が維持不能領域から脱したと判断するまで繰り返し実行する。したがって、クレーン台車13を確実に再始動させることができる。尚、ここで言う「動作点が維持不能領域から脱したと判断する」とは、
図2に示すステップS12で「YES」と判断してステップS17に至った後に、その状態が解消され、ステップS12で「NO」と判断してステップS13に至ること、つまり
図3に示すステップS33で「YES」と判断してステップS34に至った後に、ステップS33で「NO」と判断してステップS35に至ることを意味する。
【0029】
また、制御維持不能判断部8は、モータ5に通電される電流が、予め設定された電流制限レベル未満の電流値を超えており、且つ、センサレスベクトル制御において推定されるモータ一次周波数の符号が駆動方向の符号と異なる状態が、予め設定された一定期間T1以上観測された際に維持不能領域に至ったと判断する。これにより、吊荷15が振動していることで維持不能領域に至ったことを確実に判断できる。
そして、パラメータ設定部11により、一定期間T1の長さをユーザが設定可能としたので、適用されるシステムに応じて最適な時間を設定できる。
【0030】
(その他の実施形態)
インバータ装置は、クレーン台車13を走行させるものに限らない。
パラメータ設定部11により、一定期間T1の長さをユーザが設定可能とする構成は、必要に応じて採用すれば良い。
再始動処理を、1回のみ行っても良い。
【0031】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これらの実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれると共に、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0032】
図面中、1はインバータ装置、2はインバータ回路、2はインバータ制御部、6はベクトル制御部、7は運転可否判断部、8は制御維持不能判断部、11はパラメータ設定部を示す。