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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-28
(45)【発行日】2022-04-05
(54)【発明の名称】シールリング
(51)【国際特許分類】
   F16J 15/18 20060101AFI20220329BHJP
【FI】
F16J15/18 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019070113
(22)【出願日】2019-04-01
(65)【公開番号】P2020169658
(43)【公開日】2020-10-15
【審査請求日】2021-05-12
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】110003339
【氏名又は名称】特許業務法人南青山国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100104215
【弁理士】
【氏名又は名称】大森 純一
(74)【代理人】
【識別番号】100168181
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 哲平
(74)【代理人】
【識別番号】100117330
【弁理士】
【氏名又は名称】折居 章
(74)【代理人】
【識別番号】100160989
【弁理士】
【氏名又は名称】関根 正好
(74)【代理人】
【識別番号】100168745
【弁理士】
【氏名又は名称】金子 彩子
(74)【代理人】
【識別番号】100176131
【弁理士】
【氏名又は名称】金山 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】大和田 明宏
(72)【発明者】
【氏名】品田 貴史
(72)【発明者】
【氏名】林 達也
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第04052112(US,A)
【文献】韓国登録実用新案第20-0426468(KR,Y1)
【文献】実開平05-052256(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 15/16-15/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
オイルをシールするためのシールリングであって、
25℃における引張弾性率が90MPa以上の弾性体で形成され、
径方向に沿って延びる一対の側面を有する平坦部と、
前記一対の側面の前記径方向の外側の端部から前記外側に向けて相互に近接するように延びる一対の第1傾斜面と、前記一対の第1傾斜面の前記外側の端部を相互に接続し、前記外側に突出する外周面と、を有する第1変形部と、
前記一対の側面の前記径方向の内側の端部から前記内側に向けて相互に近接するように延びる一対の第2傾斜面と、前記一対の第2傾斜面の前記内側の端部を相互に接続し、前記内側に突出する内周面と、を有する第2変形部と、
を具備し、
前記外周面又は前記内周面は摺動面であり、
前記外周面の第1曲率半径が1.37mm以下であり、前記内周面の第2曲率半径が1.37mm以下である
シールリング。
【請求項2】
請求項1に記載のシールリングであって、
前記平坦部、前記第1変形部、及び前記第2変形部の前記径方向の合計寸法をDとし、前記平坦部の前記径方向の寸法をd11とし、前記第1変形部の前記径方向の寸法をd12とし、前記第2変形部の前記径方向の寸法をd13とすると、
0.2×D≦d11≦0.56×D
0.22×D≦d12≦0.4×D
0.22×D≦d13≦0.4×D
の関係を満足する
シールリング。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のシールリングであって、
前記一対の第1傾斜面と前記一対の側面との成す第1角度が30°以上40°以下であり、
前記一対の第2傾斜面と前記一対の側面との成す第2角度が30°以上40°以下である
シールリング。
【請求項4】
請求項1から3のいずれか1項に記載のシールリングであって、
前記外周面の第1曲率半径が0.64mm以上であり、
前記内周面の第2曲率半径が0.64mm以上である
シールリング。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか1項に記載のシールリングであって、
前記弾性体の25℃におけるショアA硬度が80以上である
シールリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、油圧機器に利用可能なシールリングに関する。
【背景技術】
【0002】
油圧式の無段変速機などの各種油圧機器が搭載された自動車が知られている。これらの油圧機器には、オイルをシールするためのシールリングが用いられる。シールリングは、例えば、ハウジングに挿通されるシャフトに嵌め込まれ、シャフトとハウジングとの間を封止する。
【0003】
シールリングは、シャフトとハウジングとの間の高いシール性を実現するために、シャフト及びハウジングに隙間なく密着可能であることが好ましい。このため、シールリングは、例えば、樹脂などの弾性体で形成される。特許文献1,2には、樹脂で形成されたシールリングが開示されている。
【0004】
シールリングは、油圧機器の駆動時に、ハウジングの内周面に対して往復摺動する。このため、油圧機器には、シールリングとハウジングとの間の摩擦による駆動損失である摩擦損失が生じる。したがって、油圧機器の駆動損失の低減のためには、シールリングとハウジングとの間の高い摺動性が求められる。
【0005】
しかしながら、一般的なシールリングにおいては、シール性と摺動性とがトレードオフの関係になりやすい。これに対し、特許文献3には、シール性と摺動性とを両立可能なシールリングが記載されている。このシールリングには、摺動面に向けて肉薄になる傾斜面が設けられている。
【0006】
特許文献3に記載のシールリングでは、傾斜面が設けられた肉薄の部分において径方向に圧縮変形しやすくなる。このため、このシールリングでは、充分に径方向に圧縮変形させても、被摺動面に対する接触圧力を小さく抑えることができる。これにより、このシールリングでは、シール性を損なわずに高い摺動性が得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2012-255495号公報
【文献】特開2013-194884号公報
【文献】国際公開第2017-146037号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願の発明者は、特許文献3に記載のシールリングでは、径方向に大きく圧縮変形する傾斜面が設けられた部分の付近において応力集中が発生しやすいことを見出した。これに対し、本願の発明者は、シールリングにおいて、疲労摩耗の低減などの更なる性能の改善のために、応力集中を抑制することが有効であるものと考えた。
【0009】
以上のような事情に鑑み、本発明の目的は、応力集中が発生しにくいシールリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明の一形態に係るシールリングは、25℃における引張弾性率が90MPa以上の弾性体で形成され、平坦部と、第1変形部と、第2変形部と、を具備する。
上記平坦部は、径方向に沿って延びる一対の側面を有する。
上記第1変形部は、上記一対の側面の上記径方向の外側の端部から上記外側に向けて相互に近接するように延びる一対の第1傾斜面と、上記一対の第1傾斜面の上記外側の端部を相互に接続し、上記外側に突出する外周面と、を有する。
上記第2変形部は、上記一対の側面の上記径方向の内側の端部から上記内側に向けて相互に近接するように延びる一対の第2傾斜面と、上記一対の第2傾斜面の上記内側の端部を相互に接続し、上記内側に突出する内周面と、を有する。
【0011】
このシールリングには、外周側に第1変形部が設けられ、内周側に第2変形部が設けられている。第1及び第2変形部には、径方向の圧縮変形が生じやすくなるように第1及び第2傾斜面が設けられている。このため、このシールリングは、外周側及び内周側のいずれにおいても径方向に圧縮変形しやすい。
したがって、このシールリングでは、外周面を摺動面とする場合に、外周面を構成する第1変形部に加わる応力が第2変形部によって緩和される。同様に、内周面を摺動面とする場合に、内周面を構成する第2変形部に加わる応力が第1変形部によって緩和される。このため、このシールリングでは、応力集中が発生しにくい。
また、このシールリングでは、第1及び第2変形部の径方向の寸法d12,d13を充分に大きくする。これにより、肉厚の平坦部がより確実に溝部内に収まり、溝部外には肉薄の第1又は第2変形部のみが配置される。したがって、このシールリングは、ハウジングとシャフトとの間の隙間に挟み込まれにくくなる。
【0012】
上記シールリングでは、上記平坦部、上記第1変形部、及び上記第2変形部の上記径方向の合計寸法をDとし、上記平坦部の上記径方向の寸法をd11とし、上記第1変形部の上記径方向の寸法をd12とし、上記第2変形部の上記径方向の寸法をd13とすると、
0.2×D≦d11≦0.56×D
0.22×D≦d12≦0.4×D
0.22×D≦d13≦0.4×D
の関係を満足することが好ましい。
このシールリングでは、機械的強度を確保しつつ、平坦部をシャフトの溝部内により深く沈みこせることができる。
【0013】
上記一対の第1傾斜面と上記一対の側面との成す第1角度が30°以上40°以下であり、上記一対の第2傾斜面と上記一対の側面との成す第2角度が30°以上40°以下であってもよい。
上記外周面の第1曲率半径が0.64mm以上1.37mm以下であり、上記内周面の第2曲率半径が0.64mm以上1.37mm以下であってもよい。
上記弾性体の25℃におけるショアA硬度が80以上であってもよい。
これらの構成では、上記の効果が特に良好に得られる。
【発明の効果】
【0014】
以上のように、本発明では、応力集中が発生しにくいシールリングを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施形態に係るシールリングの平面図である。
図2図1に示すシールリングの図1のA-A'線に沿った断面図である。
図3図2に示すシールリングがシャフトに嵌め込まれた状態を示す断面図である。
図4図3に示すシャフトがハウジングに挿通させられた状態を示す断面図である。
図5図4に示すシャフトとハウジングとが相対的に往復動している状態を示す断面図である。
図6】比較例1に係るシールリングがシャフトに嵌め込まれた状態を示す断面図である。
図7図6に示すシャフトがハウジングに挿通させられた状態を示す断面図である。
図8図7に示すシャフトとハウジングとが相対的に往復動している状態を示す断面図である。
図9】比較例2に係るシールリングがシャフト及びハウジングに組み込まれた状態を示す断面図である。
図10図2に示すシールリングを用いた他の構成例を示す断面図である。
図11】実施例及び比較例に係るシールリングを評価するための疲労試験機を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照しながら、本発明の実施形態を説明する。
【0017】
1.シールリング10の全体構成
1.1 概略構成
図1及び図2は、本発明の一実施形態に係るシールリング10を示す図である。図1は、シールリング10の平面図である。図2は、シールリング10の図1のA-A'線に沿った断面図である。図1に示すように、シールリング10は、中心軸Eを中心とする環状に形成されている。
【0018】
つまり、図2は、シールリング10における図1に示す中心軸Eを通る平面に沿った径方向の断面を示している。図2には、中心軸Eと直交する径方向に沿って延び、シールリング10の中心軸Eに沿った厚さ方向の中央を通る平面Fが示されている。シールリング10は、平面Fについて対称な形状を有する。
【0019】
シールリング10を形成する弾性体は、樹脂材料及びゴム材料から選択される1種類又は2種類以上の材料を主成分とする剛性が比較的高い弾性体で形成される。シールリング10を形成する弾性体には、必要に応じて、各種充填剤などの樹脂材料及びゴム材料以外の成分が含まれていてもよい。
【0020】
シールリング10は、径方向の中央部に位置する平坦部11と、平坦部11の外周側に位置する第1変形部12と、平坦部11の内周側に位置する第2変形部13と、を有する。シールリング10では、平坦部11、第1変形部12、及び第2変形部13がそれぞれ、その全周にわたって均一な断面形状を有する。
【0021】
図2に示すように、シールリング10では、平坦部11が平坦な断面形状を有し、第1変形部12及び第2変形部13が平坦部11から径方向に離れるにつれて先細りする断面形状を有する。つまり、第1変形部12及び第2変形部13は、最も肉厚の平坦部11から径方向に離れるにつれて肉薄になっている。
【0022】
シールリング10は、中心軸E方向に対向する一対の側面111と、径方向に相互に対向する外周面121及び内周面131と、を有する。シールリング10では、平坦部11が側面111を構成し、第1変形部12が外周面121を構成し、第2変形部13が内周面131を構成する。
【0023】
1.2 各部の構成
平坦部11は、一対の側面111が平面Fに平行な平面であり、平面Fに沿った平坦な形状を有する。平坦部11は、中心軸E方向に肉厚であるため、第1変形部12及び第2変形部13よりも径方向の剛性が高い。したがって、シールリング10は、平坦部11において径方向に圧縮変形しにくい。
【0024】
第1変形部12に設けられた外周面121は、径方向外側に突出する樽状の曲面である。図2に示すように、外周面121は、一定の第1曲率半径Raの円弧状の断面形状を有する。シールリング10では、外周面121がハウジング30(図4等参照)に対して摺動する摺動面として構成される。
【0025】
第1変形部12には、外周面121と各側面111との間にそれぞれ配置された一対の第1傾斜面122が設けられている。第1傾斜面122は、径方向の内側から外側に向けて相互に近接するように、側面111に対して一定の角度θaで傾斜している。図2に示すように、第1傾斜面122は直線状の断面形状を有する。
【0026】
また、第1変形部12には、外周面121と各第1傾斜面122とをそれぞれ接続する接続部123が設けられている。接続部123は、例えば、外周面121と各第1傾斜面122とを滑らかに接続する曲面状や、外周面121と各第1傾斜面122とを直接接続する線状に形成することができる。
【0027】
更に、第1変形部12には、各側面111と各第1傾斜面122とをそれぞれ接続する接続部124が設けられている。接続部124は、例えば、各側面111と各第1傾斜面122とを滑らかに接続する曲面状や、各側面111と各第1傾斜面122とを直接接続する線状に形成することができる。
【0028】
このように、第1変形部12は、平坦部11から径方向外側に離れるにつれて中心軸E方向の寸法が減少する。したがって、第1変形部12では、平坦部11よりも径方向の剛性が低く、径方向外側の部分ほど径方向に圧縮変形しやすくなる。したがって、シールリング10は、第1変形部12において径方向に圧縮変形しやすい。
【0029】
第2変形部13に設けられた内周面131は、径方向内側に突出する樽状の曲面である。図2に示すように、外周面121は、一定の第2曲率半径Rbの円弧状の断面形状を有する。シールリング10では、外周面121がシャフト20の溝部21の底面(図3等参照)と接触する接触面として構成される。
【0030】
第2変形部13には、内周面131と各側面111との間にそれぞれ配置された一対の第2傾斜面132が設けられている。第2傾斜面132は、径方向の外側から内側に向けて相互に近接するように、側面111に対して一定の角度θbで傾斜している。図2に示すように、第2傾斜面132は直線状の断面形状を有する。
【0031】
また、第2変形部13には、内周面131と各第2傾斜面132とをそれぞれ接続する接続部133が設けられている。接続部133は、例えば、内周面131と各第2傾斜面132とを滑らかに接続する曲面状や、内周面131と各第2傾斜面132とを直接接続する線状に形成することができる。
【0032】
更に、第2変形部13には、各側面111と各第2傾斜面132とをそれぞれ接続する接続部134が設けられている。接続部134は、例えば、各側面111と各第2傾斜面132とを滑らかに接続する曲面状や、各側面111と各第2傾斜面132とを直接接続する線状に形成することができる。
【0033】
このように、第2変形部13は、平坦部11から径方向内側に離れるにつれて中心軸E方向の寸法が減少する。したがって、第2変形部13では、平坦部11よりも径方向の剛性が低く、径方向内側の部分ほど径方向に圧縮変形しやすくなる。したがって、シールリング10は、第2変形部13において径方向に圧縮変形しやすい。
【0034】
上記のとおり、シールリング10は、剛性の高い平坦部11において径方向に圧縮変形しにくく、剛性の低い第1変形部12及び第2変形部13において径方向に圧縮変形しやすい。つまり、シールリング10は、第1変形部12及び第2変形部13が選択的に径方向に圧縮変形するように構成されている。
【0035】
2.シールリング10の詳細
2.1 シールリング10の作用効果
図3は、シールリング10がシャフト20に装着された状態を示す断面図である。図3には、シールリング10における各構成の弾性変形の状態を表現するための格子線が示されている。つまり、シールリング10では、図3に示す状態から弾性変形が加わると、その変形の態様に応じて格子線の間隔が変化する。
【0036】
シャフト20は、油圧機器に用いられる円柱状の部品であり、その外周面の全周にわたって形成された溝部21を有する。また、シャフト20には、溝部21の外縁部に沿って面取りすることにより、テーパ部22が形成されている。シールリング10は、シャフト20の溝部21に嵌め込まれている。
【0037】
図3に示すシールリング10では、第2変形部13の内周面131がその全周にわたってシャフト20の溝部21の底面に密着している。また、図3に示すシールリング10では、第1変形部12が、溝部21に収まりきらずに、シャフト20の外周面よりも径方向外側に突出している。
【0038】
図4は、図3に示すシャフト20がハウジング30に挿通させられた状態を示す断面図である。ハウジング30は、シャフト20を挿通可能な円筒状の部品である。ハウジング30の内周面の径は、シャフト20の外周面の径よりも大きく、図3に示すシールリング10の外周面121の径よりも小さい。
【0039】
したがって、シャフト20がハウジング30に挿通させられる際に、ハウジング30の内周面からシールリング10の外周面121に径方向内側への押圧力が加わる。シールリング10では、外周面121がハウジング30の内周面から押圧力を受けると、第1変形部12が径方向に圧縮変形する。
【0040】
このとき、剛性の高い平坦部11は、第1変形部12の径方向の圧縮変形によって発生する内部応力によって、第2変形部13を径方向に圧縮変形させながら内周側に沈み込む。これにより、シールリング10では、第1変形部12から第2変形部に内部応力が分散されるため、第1変形部12の内部応力が緩和される。
【0041】
剛性の比較的高い弾性体で形成されたシールリング10では、外周面121に加わる押圧力によって生じる内部応力が内周側に良好に伝達され、平坦部11が内周側にスムーズに沈み込む。これにより、図4に示すシールリング10では、応力集中が発生せずに、内部応力の最大値を小さく抑えることができる。
【0042】
弾性体における応力集中は、疲労強度の低下の原因となる。したがって、シールリング10では、応力集中を抑制することによって、疲労摩耗を少なく留めることができる。また、シールリング10では、脆性破壊の起点となりうる応力集中が発生しにくいため、高い耐久性が得られる。
【0043】
また、図4に示すシールリング10では、径方向に剛性の低い第1変形部12及び第2変形部13が主に径方向に弾性変形している。したがって、シールリング10では、第1変形部12及び第2変形部13が大きく径方向に圧縮変形させられた状態においても、弾性力を小さく留めることができる。
【0044】
このため、シールリング10では、第1変形部12及び第2変形部13を充分に大きく径方向に圧縮変形させる構成においても、外周面121のハウジング30に対する接触圧力を低く維持することができる。したがって、シールリング10は、高いシール性及び高い摺動性を両立することができる。
【0045】
図5は、図4に示すシャフト20とハウジング30とが相対的に往復動している状態を示す断面図である。図5は、ハウジング30がシャフト20に対して右側に向けて移動している状態を示している。図5に示すシールリング10では、外周面121がハウジング30の内周面に右方向に引きずられて第1変形部12が弾性変形している。
【0046】
しかしながら、シールリング10では、外周面121のハウジング30の内周面に対する接触圧力が小さく、つまり外周面121とハウジング30の内周面との間に加わる摩擦力が小さいため、外周面121に加わる右方向の力が小さく抑えられる。これにより、シールリング10では、第1変形部12の弾性変形量を小さく留めることができる。
【0047】
また、シールリングでは、肉厚の平坦部11が内周側に沈み込むことにより、シャフト20の溝部21におけるテーパ部22よりも内側に収まっている。つまり、シールリング10では、シャフト20のテーパ部22より外側の領域に、外側に向けて肉薄になる第1変形部12のみが配置されている。
【0048】
図4に示すシールリング10では、第1変形部12の第1傾斜面122が径方向外向きにテーパ部22から遠ざかっている。このため、シールリング10は、図5に示すように、外周面121がハウジング30の内周面に引きずられても、シャフト20のテーパ部22とハウジング30の内周面との間の空間に進入しにくい。
【0049】
これらにより、シールリング10は、油圧機器の駆動時に、テーパ部22を超えてシャフト20とハウジング30との間の隙間に進入することを防止することができる。このため、シールリング10では、シャフト20とハウジング30との間に挟み込まれることによる破断などの不具合の発生を防止することができる。
【0050】
2.2 シールリング10の具体的構成
上記のとおり、シールリング10は、内部応力を径方向に良好に伝達させるために、剛性の比較的高い弾性体で形成される。具体的に、シールリング10を形成する弾性体の25℃における引張弾性率は90MPa以上であり、120MPa以上であることが好ましい。また、シールリング10を形成する弾性体の25℃におけるショアA硬度は80以上であることが好ましい。
【0051】
シールリング10を形成する弾性体の引張弾性率は、例えば、JIS K6251に基づく引張試験における応力(σ)/歪み(ε)として得ることができる。引張試験の際には、弾性体を3号形ダンベル試験片に加工することができる。また、引張試験における引張速度は500mm/minとすることができる。
【0052】
シールリング10を形成する弾性体のショアA硬度は、例えば、JIS K7215に基づき、タイプAデュロメータを用いて測定することができる。ショアA硬度の測定サンプルとしては、例えば、当該弾性体で形成されたシールリング10を適当な形状に切り出したものを用いることができる。
【0053】
また、上記のとおり、シールリング10では、平坦部11をシャフト20の溝部21内に深く沈みこませるために、第1変形部12及び第2変形部13の径方向の寸法をある程度大きくする必要がある。また、シールリング10では、機械的強度を確保するために、平坦部11の径方向の寸法が小さすぎることは好ましくない。
【0054】
図2には、シールリング10について、平坦部11、第1変形部12、及び第2変形部13の径方向の合計寸法D(シールリング10の径方向の寸法D)と、平坦部11の径方向の寸法d11と、第1変形部12の径方向の寸法d12と、第2変形部13の径方向の寸法d13と、が示されている。
【0055】
上記の観点から、シールリング10では、寸法D,d11,d12,d13が以下の関係を満足することが好ましい。
0.2×D≦d11≦0.56×D
0.22×D≦d12≦0.4×D
0.22×D≦d12≦0.4×D
【0056】
更に、シールリング10では、第1変形部12及び第2変形部13が径方向に適切に圧縮変形するように、第1傾斜面122の第1角度θa及び第2傾斜面132の第2角度θbが決定される。具体的に、第1傾斜面122の第1角度θa及び第2傾斜面132の第2角度θbはいずれも、30°以上40°以下であることが好ましい。
【0057】
また、シールリング10では、第1変形部12及び第2変形部13が径方向に適切に圧縮変形するように、外周面121の第1曲率半径Ra及び内周面131の第2曲率半径Rbが決定される。具体的に、外周面121の第1曲率半径Ra及び内周面131の第2曲率半径Rbはいずれも、0.64mm以上1.37mm以下であることが好ましい。
【0058】
加えて、外周面121の第1曲率半径Raと内周面131の第2曲率半径Rbとが等しく、第1傾斜面122の第1角度θaと第2傾斜面132の第2角度θbとが等しいことが好ましい。つまり、シールリング10では、第1変形部12と第2変形部13とが同等の断面形状を有することが好ましい。
【0059】
これにより、シールリング10では、図4に示すシャフト20及びハウジング30に組み込まれた状態において、第1変形部12及び第2変形部13の径方向の圧縮変形量が同程度となり、内部応力が最も良好に分散される。したがって、この構成のシールリング10では、更に応力集中が発生しにくくなる。
【0060】
2.3 比較例
図6は、比較例1に係るシールリング10aがシャフト20の溝部21に嵌め込まれた状態を示す断面図である。シールリング10aは、外周側の変形部12aと、平坦部11aと、で構成されている。つまり、シールリング10aは、本実施形態に係るシールリング10における内周側の第2変形部13に対応する構成を有さない。
【0061】
図7は、図6に示すシャフト20がハウジング30に挿通させられた状態を示す断面図である。シールリング10aでは、ハウジング30の内周面から加わる押圧力によって変形部12aに生じる内部応力が内周側に伝達されない。したがって、シールリング10aでは、内部応力が緩和されないため、応力集中が発生しやすくなる。
【0062】
具体的に、シールリング10aでは、変形部12aと平坦部11aとの境界部付近にある図7にドットパターンで示す領域Rに応力集中が発生しやすい。したがって、シールリング10aでは、応力集中に起因する疲労摩耗などの不具合が発生しやすくなるため、本実施形態に係るシールリング10ほどの高い耐久性は得られない。
【0063】
また、図7に示すように、比較例1に係るシールリング10aでは、肉厚の平坦部11aがシャフト20の溝部21におけるテーパ部22より内側まで沈み込まない。このため、シールリング10aでは、平坦部11aの一部が弾性変形によってシャフト20のテーパ部22上に張り出している。
【0064】
図8は、図7に示すシャフト20とハウジング30とが相対的に往復動している状態を示す断面図である。このとき、ハウジング30の内周面は、シャフト20のテーパ部22との間にシールリング10aの一部を挟み込んだ状態で、シールリング10aの変形部12aを右方向に引きずる。
【0065】
これにより、シールリング10aでは、ハウジング30の内周面から変形部12aに右方向の強い力が加わり、変形部12aがシャフト20のテーパ部22とハウジング30の内周面との間の空間に引き込まれる。このため、シールリング10aは、テーパ部22を超えてシャフト20とハウジング30との間の隙間に進入しやすくなる。
【0066】
シールリング10aがシャフト20とハウジング30との間に挟み込まれると、シャフト20とハウジング30との往復動に支障をきたし、油圧機器に動作不良が発生する虞がある。更に、シャフト20とハウジング30との間に挟み込まれたシールリング10aが破断すると、油圧機器への破片の混入が発生する虞がある。
【0067】
図9は、比較例2に係るシールリング10bがシャフト20及びハウジング30に組み込まれた状態を示す断面図である。シールリング10bは、本実施形態に係るシールリング10と同様の形状を有するが、25℃における引張弾性率が90MPa未満の剛性の低い弾性体で形成されている点で本実施形態の構成とは異なる。
【0068】
シールリング10bを形成する剛性の低い弾性体では、内部応力が良好に伝達されにくい。このため、シールリング10bでは、ハウジング30の内周面から加わる押圧力によって第1変形部12bに内部応力が生じても、平坦部11がスムーズに内周側に沈み込まずに、第2変形部13bの径方向の圧縮変形量が小さく留まる。
【0069】
したがって、シールリング10bでは、第1変形部12bに生じる内部応力が緩和されずに集中しやすい。具体的に、シールリング10bでは、第1変形部12bと平坦部11aとの境界部付近にある図9にドットパターンで示す領域Rに応力集中が発生しやすい。したがって、シールリング10bでは、高い耐久性が得られにくい。
【0070】
2.4 他の構成例
本実施形態に係るシールリング10では、外周面121ではなく、内周面131を摺動面とすることもできる。図10は、シールリング10が、平坦な外周面を有するシャフト20aと、内周面に溝部31aが形成されたハウジング30aと、に組み込まれた状態を示す断面図である。
【0071】
図10に示す状態では、シールリング10が溝部31aに嵌め込まれたハウジング30aにシャフト20aが挿通されている。これにより、シールリング10では、内周面131がシャフト20aの外周面に接触し、外周面121aがハウジング30aの溝部31aの底面に接触している。
【0072】
図10に示す構成では、シールリング10における第1変形部12と第2変形部13とが、図4に示す構成とは相互に反対の機能を果たす。これにより、図10に示す構成でも、図4に示す構成と同様に、応力集中が発生しにくく、かつ高いシール性及び高い摺動性を両立することができるシールリング10の効果が得られる。
【0073】
3.実施例及び比較例
本実施形態に係るシールリング10の実施例及び比較例として、7種類のサンプルS1~S7を作製した。サンプルS1は、比較例1に係るシールリング10aの構成を有する。サンプルS2~S4は、比較例2に係るシールリング10bの構成を有する。サンプルS5~S7は、本実施形態に係るシールリング10の構成を有する。
【0074】
つまり、比較例1に係るサンプルS1は、内周側の第2変形部が設けられていない点で、本実施形態の構成とは異なる。比較例2に係るサンプルS2~S4は、25℃における引張弾性率が90未満の剛性の低い弾性体で形成されている点で、本実施形態の構成とは異なる。サンプルS5~S7は、本実施形態の実施例である。
【0075】
変形部が外周側及び内周側の両方に設けられた各サンプルS2~S7ではいずれも、第1傾斜面の第1角度θaと第2傾斜面の第2角度θbとが等しく、外周面の第1曲率半径Raと内周面の第2曲率半径Rbとが等しい。表2は、サンプルS1~S7における角度θa,θb及び曲率半径Ra,Rbを示している。
【0076】
【表1】
【0077】
サンプルS1~S7について疲労試験を実施した。各サンプルの疲労試験には、図11に示す疲労試験機50を用いた。疲労試験機50には、各サンプルが嵌め込まれる溝部が形成されたシャフト51と、シャフト51を挿入可能に構成されたハウジング52と、が含まれる。
【0078】
各サンプルにおける径方向の寸法D(図2参照)に対する径方向の圧縮変形量の割合である締め率(%)は、シャフト51の溝部の底面とハウジング52の内周面との距離Lを用いて、100×(D-L)/Dとして算出可能である。各サンプルの疲労試験ではいずれも、締め率が11%程度となるように調整した。
【0079】
そして、溝部にサンプルが嵌め込まれたシャフト51をハウジング52に対して往復動させる疲労試験を行った。具体的に、各サンプルの疲労試験におけるハウジング52に対するシャフト51の往復動の条件としては、周波数15Hzで振幅0.5mmの微振動でサイクル数を420万回として実施した。
【0080】
各サンプルにおいて、疲労試験後の径方向の寸法Dから疲労摩耗量及び締め率を算出した。各サンプルの疲労摩耗量は、径方向の寸法Dの疲労試験前後における変化量として算出される。なお、疲労試験後の寸法Dが距離Lよりも小さいサンプルの締め率はマイナスの値として算出される。表2に、各サンプルの疲労摩耗量及び締め率を示す。
【0081】
【表2】
【0082】
実施例に係るサンプルS5~S7ではいずれも、疲労摩耗量が小さく、かつ試験後にもシール性が維持されていることが確認された。この一方で、比較例に係るサンプルS1~S4ではいずれも、疲労摩耗量が大きかった。特に、サンプルS1,S2では、試験後の締め率がマイナスとなり、シール性が完全に失われていることが確認された。
【0083】
4.その他の実施形態
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上述の実施形態にのみ限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々変更を加え得ることは勿論である。
【0084】
例えば、シールリング10では、第1変形部12における第1傾斜面122の第1角度θaと、第2変形部13における第2傾斜面132の第2角度θbと、が相互に異なっていてもよい。この場合にも、変形部12,13の傾斜面122,132の角度θa,θbがいずれも、30°以上40°以下であることが好ましい。
【0085】
また、シールリング10では、変形部12,13の傾斜面122,132の角度θa,θbが、一定でなくてもよく、例えば、連続的に変化していてもよい。つまり、変形部12,13の傾斜面122,132の断面形状は、直線状でなくてもよく、例えば、凸状や凹状の曲線状であってもよい。
【0086】
更に、シールリング10では、第1変形部12における外周面121の曲率半径Raと、第2変形部13における内周面131の曲率半径Rbと、が相互に異なっていてもよい。また、外周面121及び内周面131の断面は、円弧状でなくてもよく、例えば、曲率半径Ra,Rbが連続的に変化する曲線状であってもよい。
【0087】
加えて、シールリング10の形状は、厳密に平面Fについて対称でなくてもよい。例えば、シールリング10では、外周面121及び内周面131が一対の側面111の一方の側にずれていてもよい。この場合、第1傾斜面122の角度θaが相互に異なり、第2傾斜面132の角度θaが相互に異なっていてもよい。
【0088】
また、シールリング10は、オイルのシールのみならず、オイル以外の液体やガスのシールに用いる場合にも、上記と同様の効果を得ることができる。したがって、シールリング10は、油圧機器以外にも、例えば、水の圧力を利用した水圧機器や、空気の圧力を利用した空圧機器にも利用可能である。
【符号の説明】
【0089】
10…シールリング
11…平坦部
111…側面
12…第1変形部
121…外周面
122…第1傾斜面
13…第2変形部
131…内周面
132…第2傾斜面
20…シャフト
21…溝部
30…ハウジング
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11