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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-29
(45)【発行日】2022-04-06
(54)【発明の名称】表面処理膜、その製造方法、及び物品
(51)【国際特許分類】
   B32B 27/30 20060101AFI20220330BHJP
   C08F 291/04 20060101ALI20220330BHJP
   C08J 5/18 20060101ALI20220330BHJP
【FI】
B32B27/30 A
B32B27/30 B
C08F291/04
C08J5/18 CET
C08J5/18 CEY
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2019023454
(22)【出願日】2019-02-13
(65)【公開番号】P2020132671
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2020-10-29
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度、国立研究開発法人科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業(ACCEL) 「濃厚ポリマーブラシのレジリエンシー強化とトライボロジー応用」、委託研究、産業技術力強化法第19条の適応を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000002820
【氏名又は名称】大日精化工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504132272
【氏名又は名称】国立大学法人京都大学
(73)【特許権者】
【識別番号】506076891
【氏名又は名称】ナンヤン テクノロジカル ユニヴァーシティー
(74)【代理人】
【識別番号】100098707
【弁理士】
【氏名又は名称】近藤 利英子
(74)【代理人】
【識別番号】100135987
【弁理士】
【氏名又は名称】菅野 重慶
(74)【代理人】
【識別番号】100168033
【弁理士】
【氏名又は名称】竹山 圭太
(74)【代理人】
【識別番号】100161377
【弁理士】
【氏名又は名称】岡田 薫
(72)【発明者】
【氏名】田儀 陽一
(72)【発明者】
【氏名】嶋中 博之
(72)【発明者】
【氏名】榊原 圭太
(72)【発明者】
【氏名】辻井 敬亘
(72)【発明者】
【氏名】後藤 淳
【審査官】伊藤 寿美
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/174297(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0235755(US,A1)
【文献】国際公開第2017/171071(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/185361(WO,A1)
【文献】特開2009-057549(JP,A)
【文献】特開2017-155210(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第01754731(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2013/0244249(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 1/00-43/00
C08F 291/04
C08J 5/00- 5/02,
5/12- 5/22
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面上に設けられる表面処理膜であって、
前記基材の表面側に配置されるポリマー層(i)と、前記ポリマー層(i)上に形成される膜厚100nm以上のポリマー層(ii)と、を含む積層構造を有し、
前記ポリマー層(i)が、下記一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を含む第1ポリマーを含有する、前記第1ポリマーを含有するコート層を乾燥及び硬化させた層であり
前記ポリマー層(ii)が、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される一種以上のモノマーに由来する構成単位を含む、下記一般式(1)で表されるモノマーの官能基を重合開始点として伸長した第2ポリマーを含有する表面処理膜。
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子又はメチル基を示し、Xは、O又はNHを示し、Rは、任意の有機基を示し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アリール基、又はアシル基を示すとともに、R及びRが結合している炭素原子は第3級炭素原子又は第4級炭素原子であり、Yは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示す)
【請求項2】
前記第2ポリマーの数平均分子量が、2,378,000以上であり、
前記ポリマー層(ii)の膜厚が、676nm以上である請求項1に記載の表面処理膜。
【請求項3】
前記第1ポリマーが、前記一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を30質量%以上含有する請求項1又は2に記載の表面処理膜。
【請求項4】
前記第1ポリマーが、アルコキシシリル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、エポキシ基、イソシアネート基、ブロックイソシアネート基、水酸基、カルボキシ基、及びリン酸基からなる群より選択される反応性の官能基を有するラジカル重合性モノマーに由来する構成単位をさらに含む請求項1~3のいずれか1項に記載の表面処理膜。
【請求項5】
前記第1ポリマーが架橋構造を有する請求項に記載の表面処理膜。
【請求項6】
前記ポリマー層(ii)が、溶媒を含有して膨潤している請求項1~のいずれか一項に記載の表面処理膜。
【請求項7】
請求項1~のいずれか一項に記載の表面処理膜の製造方法であって、
前記基材の表面上に前記第1ポリマーを含有するコーティング液を塗布して形成したコート層を乾燥及び硬化させて前記ポリマー層(i)を配置する工程と、
常圧~1,000MPaの圧力条件下、前記ポリマー層(i)の存在下で、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される一種以上のモノマーを表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合して、前記ポリマー層(i)上に前記ポリマー層(ii)を形成する工程と、を有する表面処理膜の製造方法。
【請求項8】
さらに、ハロゲン化第4級アンモニウム塩、ハロゲン化第4級ホスホニウム塩、及びハロゲン化アルカリ金属塩からなる群より選択される少なくとも一種の塩の共存下で、表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合して、前記ポリマー層(i)上に前記ポリマー層(ii)を形成する請求項に記載の表面処理膜の製造方法。
【請求項9】
基材と、
前記基材の表面上に設けられる、請求項1~のいずれか一項に記載の表面処理膜と、を備える物品。
【請求項10】
前記ポリマー層(i)の膜厚が、前記基材の表面の表面粗さの最大高さRzよりも厚い請求項に記載の物品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の表面上に設けられる表面処理膜及びその製造方法、並びにこの表面処理膜を設けた物品に関する。
【背景技術】
【0002】
基材の改質方法として、その末端に基材と吸着又は反応しうる基を有するポリマーを基材に作用させることで、物理的又は化学的に結合したポリマー層を基材表面に形成する方法が知られている。また、基材表面に付与した重合性基を起点としてモノマーを重合させることで、基材表面からグラフトしたポリマー層を形成する方法も知られている。
【0003】
近年、1990年代に発展したリビングラジカル重合の技術を利用して基板上に高密度にグラフトされる、いわゆる「濃厚ポリマーブラシ」が研究されている。この濃厚ポリマーブラシでは、高分子鎖が1~4nm間隔の高密度で基板上にグラフトされる。このような濃厚ポリマーブラシにより基材表面を改質し、低摩擦性、タンパク質吸着抑制、サイズ排除特性、親水性、撥水性等などの特徴を付与することができる(例えば、特許文献1及び2、非特許文献1~3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2008-133434号公報
【文献】特開2010-261001号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Adv.Polym.Sci.,2006,197,1-45
【文献】J.Am.Chem.Soc.,2005,127,15843-15847
【文献】Polym.Chem.,2012,3,148-153
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
濃厚ポリマーブラシ(以下、単に「ブラシ」とも記す)は、潤滑、摩擦、摩耗のトライボロジー分野において低摩擦性を示す。しかしながら、摩擦時に使用する潤滑油や溶剤によってブラシのポリマー層が基材表面から脱離しやすくなる場合があった。濃厚ポリマーブラシは、単分子膜層である重合開始基層を形成した後に重合することで形成される。しかし、単分子膜層の結合力や密着性が弱いため、摩擦や溶剤でポリマー層が脱離しやすいと考えられる。
【0007】
また、ブラシを形成する基材の表面には凹凸があるため、ブラシのポリマー層が凹凸を被覆しきれない場合には、低摩擦性を示さないことがあった。基材表面の粗さをカバーするために、基材表面を研摩して平滑にした後でブラシを形成することもできるが、基材表面を研摩する工程が増えるのでコスト面などで不利であった。なお、膜厚の厚いブラシを形成することで、基材表面の粗さをカバーすることは可能ではある。しかし、膜厚の厚いブラシを形成するには、高圧条件下(例えば、100~1,000MPa)でリビングラジカル重合して基材表面にグラフトするといった、特殊な条件や装置が必要とされる。このため、膜厚の厚いブラシを形成するのは必ずしも容易ではなく、コスト面でも不利になりやすい。
【0008】
本発明は、このような従来技術の有する問題点に鑑みてなされたものであり、その課題とするところは、耐摩耗性、耐摩擦性、耐薬品性、耐熱性、及び耐溶剤性等の耐久性を各種基材の表面に付与することが可能な、基材の表面との密着性に優れた表面処理膜を提供することにある。また、本発明の課題とするところは、上記の表面処理膜の製造方法、及び上記の表面処理膜を備える物品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明によれば、以下に示す表面処理膜が提供される。
[1]基材の表面上に設けられる表面処理膜であって、前記基材の表面側に配置されるポリマー層(i)と、前記ポリマー層(i)上に形成される膜厚100nm以上のポリマー層(ii)と、を含む積層構造を有し、前記ポリマー層(i)が、下記一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を含む第1ポリマーを含有する、前記第1ポリマーを含有するコート層を乾燥及び硬化させた層であり、前記ポリマー層(ii)が、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される一種以上のモノマーに由来する構成単位を含む、下記一般式(1)で表されるモノマーの官能基を重合開始点として伸長した第2ポリマーを含有する表面処理膜。
【0010】
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子又はメチル基を示し、Xは、O又はNHを示し、Rは、任意の有機基を示し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アリール基、又はアシル基を示すとともに、R及びRが結合している炭素原子は第3級炭素原子又は第4級炭素原子であり、Yは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示す)
【0011】
[2]記第2ポリマーの数平均分子量が、2,378,000以上であり、前記ポリマー層(ii)の膜厚が、676nm以上である前記[1]に記載の表面処理膜。
]前記第1ポリマーが、前記一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を30質量%以上含有する前記[1]又は[2]に記載の表面処理膜。
]前記第1ポリマーが、アルコキシシリル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、エポキシ基、イソシアネート基、ブロックイソシアネート基、水酸基、カルボキシ基、及びリン酸基からなる群より選択される反応性の官能基を有するラジカル重合性モノマーに由来する構成単位をさらに含む前記[1]~[3]のいずれかに記載の表面処理膜。
]前記第1ポリマーが架橋構造を有する前記[]に記載の表面処理膜。
]前記ポリマー層(ii)が、溶媒を含有して膨潤している前記[1]~[]のいずれかに記載の表面処理膜。
【0012】
また、本発明によれば、以下に示す表面処理膜の製造方法が提供される。
]前記[1]~[]のいずれかに記載の表面処理膜の製造方法であって、前記基材の表面上に前記第1ポリマーを含有するコーティング液を塗布して形成したコート層を乾燥及び硬化させて前記ポリマー層(i)を配置する工程と、常圧~1,000MPaの圧力条件下、前記ポリマー層(i)の存在下で、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される一種以上のモノマーを表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合して、前記ポリマー層(i)上に前記ポリマー層(ii)を形成する工程と、を有する表面処理膜の製造方法。
]さらに、ハロゲン化第4級アンモニウム塩、ハロゲン化第4級ホスホニウム塩、及びハロゲン化アルカリ金属塩からなる群より選択される少なくとも一種の塩の共存下で、表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合して、前記ポリマー層(i)上に前記ポリマー層(ii)を形成する前記[]に記載の表面処理膜の製造方法。
【0013】
さらに、本発明によれば、以下に示す物品が提供される。
]基材と、前記基材の表面上に設けられる、前記[1]~[]のいずれかに記載の表面処理膜と、を備える物品。
10]前記ポリマー層(i)の膜厚が、前記基材の表面の表面粗さの最大高さRzよりも厚い前記[]に記載の物品。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、耐摩耗性、耐摩擦性、耐薬品性、耐熱性、及び耐溶剤性等の耐久性を各種基材の表面に付与することが可能な、基材の表面との密着性に優れた表面処理膜を提供することができる。また、本発明によれば、上記の表面処理膜の製造方法、及び上記の表面処理膜を備える物品を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
<表面処理膜及びその製造方法>
以下、本発明の実施の形態について説明するが、本発明は以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明の表面処理膜は、基材の表面上に設けられる膜であり、基材の表面側に配置されるポリマー層(i)と、このポリマー層(i)上に形成されるポリマー層(ii)と、を含む積層構造を有する。ポリマー層(i)は、下記一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を含む第1ポリマーを含有する。そして、ポリマー層(ii)は、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される一種以上のモノマーに由来する構成単位を含む、下記一般式(1)で表されるモノマーの官能基を重合開始点として伸長した第2ポリマーを含有する。以下、本発明の表面処理膜の詳細について説明する。
【0016】
(ポリマー層(i))
表面処理膜は、ポリマー層(i)と、ポリマー層(ii)とを含む積層構造を有する。ポリマー層(i)は、基材の表面側に配置される層であり、下記一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を含む第1ポリマーを含有する層であり、好ましくは第1ポリマーで実質的に形成される層である。
【0017】
(前記一般式(1)中、Rは、水素原子又はメチル基を示し、Xは、O又はNHを示し、Rは、任意の有機基を示し、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アリール基、又はアシル基を示すとともに、R及びRが結合している炭素原子は第3級炭素原子又は第4級炭素原子であり、Yは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示す)
【0018】
例えば、一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を含む第1ポリマーを含有する成分(コーティング液)を基材表面に塗布及び乾燥するとともに、硬化させることで、基材の表面にポリマー層(i)を形成することができる。そして、このポリマー層(i)の存在下、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される一種以上のモノマーを所定の方法で重合すると、ポリマー層(i)に含まれる第1ポリマーにおける下記一般式(2)で表される官能基を重合開始点として第2ポリマーが伸長する。これにより、第2ポリマーを含有する、好ましくは第2ポリマーで実質的に形成されるポリマー層(ii)をポリマー層(i)上に形成し、表面処理膜を得ることができる。
【0019】
(前記一般式(2)中、R及びRは、それぞれ独立に、水素原子、アルキル基、アリール基、又はアシル基を示すとともに、R及びRが結合している炭素原子は第3級炭素原子又は第4級炭素原子であり、Yは、塩素原子、臭素原子、又はヨウ素原子を示す)
【0020】
一般式(2)中、Yで表される塩素原子等のハロゲン原子は、光、熱、及びラジカルなどの作用によってハロゲンラジカルとして脱離し、第3級又は第4級炭素ラジカルが生成する。生成した第3級又は第4級炭素ラジカルが、ラジカル重合しうる基を有する前述のモノマーを攻撃して反応し、第2ポリマーが伸長する。
【0021】
一般式(1)で表されるモノマーの具体例としては、(ジ)ヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート、N-ヒドロキシアルキル(メタ)アクリルアミド、グリシジルメタクリレートなどのエポキシ基を有する(メタ)アクリレート等に、2-クロロプロピオン酸、2-クロロ酪酸、2-クロロイソ酪酸、2-クロロ吉草酸、2-ブロモプロピオン酸、2-ブロモ酪酸、2-ブロモイソ酪酸、2-ブロモ吉草酸、α-ブロモフェニル酢酸、α-ブロモ-4-クロロ酢酸などのハロゲン置換カルボン酸化合物、これらの酸無水物又は酸ハロゲン化物を反応させて得られる化合物を挙げることができる。さらには、これらの化合物中の塩素原子や臭素原子をヨウ素原子とハロゲン交換して得られる化合物を挙げることができる。一般式(1)で表される化合物のうち、比較的容易に入手可能な市販品として、2-(2-ブロモイソブチリルオキシ)エチルメタクリレートを挙げることができる。また、この2-(2-ブロモイソブチリルオキシ)エチルメタクリレートの臭素原子をヨウ素原子に置換した、2-(2-アイオドイソブチリルオキシ)エチルメタクリレートを用いることもできる。
【0022】
一般式(1)で表されるモノマーを重合すれば、第1ポリマーを得ることができる。また、前述の(ジ)ヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート、N-ヒドロキシアルキル(メタ)アクリルアミド、グリシジルメタクリレートなどのエポキシ基を有する(メタ)アクリレート等を重合して得たポリマーに、前述のハロゲン置換カルボン酸化合物等を反応させても、第1ポリマーを得ることができる。
【0023】
第1ポリマーは、一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位以外の構成単位(その他の構成単位)を含んでいてもよい。その他の構成単位を含ませることで、第1ポリマーの熱的・機械的特性を変化させたり、三次元網目構造を形成したりすることが可能となり、基材との密着性、柔軟性、耐薬品性等の耐久性を向上させることができる。第1ポリマーは、一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位を0.1~100質量%含有することが好ましく、30質量%以上含有することがさらに好ましく、50質量%以上含有することが特に好ましい。第1ポリマー中の一般式(1)で表されるモノマーに由来する構成単位の量が少なすぎると、一般式(1)で表されるモノマーの官能基を重合開始点として伸長する第2ポリマーの量が少なくなり、ポリマー層(ii)の効果が不足しやすくなる。
【0024】
その他の構成単位は、一般式(1)で表されるモノマー以外のモノマー(その他のモノマー)を一般式(1)で表されるモノマーと共重合させることで形成することができる。その他のモノマーとしては、従来公知のラジカル重合性モノマーを適宜選択して用いることができる。なかでも、反応性の官能基を有するラジカル重合性モノマーを用いることで、基材に対するポリマー層(i)の密着性を向上させたり、ポリマー層(i)の機械的強度を向上させたりすることができるために好ましい。さらに、反応性の官能基が自己反応性を有する、或いは上記の反応性の官能基と反応する基を有する化合物(架橋剤)を用いることで、ポリマー層(i)を、三次元網目構造を有する硬化体とすることができるために好ましい。反応性の官能基としては、アルコキシシリル基、(メタ)アクリロイルオキシ基、エポキシ基、イソシアネート基、ブロックイソシアネート基、水酸基、カルボキシ基、及びリン酸基などを挙げることができる。
【0025】
反応性の官能基がアルコキシシリル基である場合、アルコキシシリル基が基材表面の水酸基と脱水縮合反応するか、或いはアルコキシシリル基同士が自己架橋反応して三次元網目構造を形成する。アルコキシシリル基と反応する架橋剤としては、テトラエトキシシランなどのシランカップリング剤を挙げることができる。
【0026】
反応性の官能基が(メタ)アクリロイルオキシ基である場合、光ラジカル発生剤等を添加するとともに、紫外線や電子線を照射して硬化させることができる。また、熱ラジカル発生剤等を添加すれば、熱架橋することができる。さらに、フェノキシエチルアクリレートなどの単官能モノマー;ペンタエリスリトールテトラアクリレートなどのアクリルオリゴマーを架橋剤として用いることができる。
【0027】
反応性の官能基がエポキシ基である場合、光カチオン発生剤や、ポリアミン系化合物、酸無水物などの硬化剤を添加することで、エポキシ硬化体を形成することができる。反応性の官能基がイソシアネート基又はブロックイソシアネート基である場合、水酸基又はアミノ基を2以上有する化合物を添加してウレタン結合を形成すれば、強靭性を有するポリマー層(i)を形成することができる。反応性の官能基が水酸基である場合、ポリカルボン酸化合物やポリイソシアネート化合物を架橋剤として用いることができる。
【0028】
反応性の官能基がカルボキシ基である場合、メラミン架橋剤、カルボジイミド架橋剤、オキサゾリン架橋剤、ポリイソシアネート架橋剤、ポリエポキシ化合物などの架橋剤を用いれば、三次元網目構造を形成することができる。また、反応性の官能基がリン酸基である場合、基材が金属であると、金属の表面との反応によりリン酸-金属結合が生成するので、基材とポリマー層(i)との密着性を向上させることができる。
【0029】
第1ポリマーのポリマー構造としては、直鎖状、分岐型、グラフト型、ブロック型、マルチブロック型、ボトルブラシ構造、星形構造、多分岐型構造、デンドリマー型、粒子型、架橋構造型などを挙げることができる。第1ポリマーの数平均分子量は、1,000以上であることが好ましい。第1ポリマーは、例えば、ラジカル重合、リビングラジカル重合、アニオン重合、リビングアニオン重合、カチオン重合、リビングカチオン重合など様々な重合方法によって形成することができる。なかでも、反応条件が温和であること等の理由により、ラジカル重合やリビングラジカル重合が好ましい。さらに、塊状重合、懸濁重合、乳化重合、分散重合、沈殿重合、溶液重合等の従来公知の重合方法により製造することができる。
【0030】
ポリマー層(i)は、第1ポリマーにより実質的に形成されている、又は第1ポリマーが架橋剤等によって硬化することで形成されている。ポリマー層(i)は、例えば、第1ポリマーを含有するコーティング液を基材の表面上に塗布してコート層を形成した後、乾燥し、さらに硬化させることで形成することができる。コーティング液には、通常、第1ポリマー以外の成分として、水や有機溶媒等の液媒体、架橋剤、その他の添加剤等が含有される。また、一般式(2)で表される重合の開始点となる官能基と、第1ポリマー中の反応性の官能基と反応しうる基とを有する化合物をさらに含有してもよい。そのような化合物のうち、アルコキシシリル基と反応する化合物としては、3-(トリメトキシシリル)プロピル2-ブロモ-2-メチルプロピオネート、5-(トリメトキシシリル)ペンチル2-ブロモ-2-メチルプロピオネートを挙げることができる。(メタ)アクリロイルオキシ基と反応する化合物としては、2-(2-ブロモイソブチリルオキシ)エチル(メタ)アクリレートなどを挙げることができる。エポキシ基と反応する化合物としては、一般式(2)で表される官能基と、アミノ基やカルボキシル基とを有する化合物を挙げることができる。イソシアネート基やブロックイソシアネート基と反応する化合物としては、一般式(2)で表される官能基と、水酸基やアミノ基とを有する化合物を挙げることができる。水酸基と反応する化合物としては、一般式(2)で表される官能基と、カルボキシ基とを有する化合物や、その酸無水物及び酸ハロゲン化物などを挙げることができる。カルボキシ基と反応する化合物としては、一般式(2)で表される官能基と、アミノ基などの官能基とを有する化合物を挙げることができる。
【0031】
コーティング液を基材の表面に塗布する方法としては、スクリーン印刷法、ディップコート法、インクジェット法、スピンコート法、ブレードコート法、バーコート法、スリットコート法、エッジキャスト法、スプレーコート法、ロールコート法、カーテンコート法、グラビア印刷法、フレキソ印刷法、グラビアオフセット印刷法などを挙げることができる。なかでも、任意の形状にオンデマンドで塗布(印画)することが可能なインクジェット法が好ましい。
【0032】
(ポリマー層(ii))
基材の表面上に配置されたポリマー層(i)の存在下、特定のモノマーを表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合する。これにより、一般式(1)で表されるモノマーの官能基を重合開始点として第2ポリマーを伸長させて、ポリマー層(i)上にポリマー層(ii)を形成することができる。
【0033】
特定のモノマーとしては、芳香族ビニル系モノマー、(メタ)アクリレート系モノマー、及び(メタ)アクリルアミド系モノマーからなる群より選択される一種以上のモノマーを用いる。なかでも、重合率が高く、重合条件が温和であることなどの理由により、(メタ)アクリレート系モノマーが好ましい。
【0034】
芳香族ビニル系モノマーとしては、スチレン、ビニルトルエン、ビニルヒドロキシベンゼン、クロロメチルスチレン、ビニルナフタレン、ビニルビフェニル、ビニルエチルベンゼン、ビニルジメチルベンゼン、α-メチルスチレンなどを挙げることができる。
【0035】
(メタ)アクリレート系モノマーとしては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート、2-メチルプロパン(メタ)アクリレート、t-ブチル(メタ)アクリレート、ペンチル(メタ)アクリレート、ヘキシル(メタ)アクリレート、オクチル(メタ)アクリレート、2-エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ノニル(メタ)アクリレート、デシル(メタ)アクリレート、イソデシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、テトラデシル(メタ)アクリレート、オクタデシル(メタ)アクリレート、べへニル(メタ)アクリレート、イソステアリル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、t-ブチルシクロヘキシルメチル(メタ)アクリレート、イソボロニル(メタ)アクリレート、トリメチルシクロヘキシル(メタ)アクリレート、シクロデシル(メタ)アクリレート、シクロデシルメチル(メタ)アクリレート、ベンジル(メタ)アクリレート、t-ブチルベンゾトリアゾールフェニルエチル(メタ)アクリレート、フェニル(メタ)アクリレート、ナフチル(メタ)アクリレート、アリル(メタ)アクリレートなどの脂肪族、脂環族、芳香族アルキル(メタ)アクリレートなどを挙げることができる。
【0036】
なお、(メタ)アクリレート系モノマーとしては、水酸基、グリコール基、酸基(カルボキシ基、スルホン酸基、リン酸基等)、酸素原子、アミノ基、窒素原子などを含む(メタ)アクリレート系化合物を用いることもできる。
【0037】
また、(メタ)アクリルアミド系モノマーとしては、(メタ)アクリルアミド、N,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチル(メタ)アクリルアミド、N-ヒドロキシエチル(メタ)アクリルアミド、(メタ)アクリロイルモルホリンなどを挙げることができる。
【0038】
有機溶媒、添加剤、及び触媒などを使用し、常圧~1,000MPaの圧力条件下、好ましくは100MPa以上の圧力条件下、表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合することで、第2ポリマーを形成することができる。ハロゲン原子を有する重合開始基から重合を開始することから、従来公知の金属錯体を用いる原子移動ラジカル重合によってモノマーを重合することが好ましい。金属錯体としては、塩化銅、臭化銅と、ジノニルビピリジン、トリジメチルアミノエチルアミン、ペンタメチルジエチレントリアミンなどのポリアミンとの錯体や;ジクロロトリス(トリフェニルホスフィン)ルテニウム;などを挙げることができる。原子移動ラジカル重合は、バルク重合であってもよく、有機溶剤などを用いる溶液重合であってもよい。有機溶剤としては、炭化水素系溶剤、エステル系溶剤、グリコール系溶剤、エーテル系溶剤、アミド系溶剤、アルコール系溶剤、スルホキシド系溶剤、尿素系溶剤、イオン液体などを用いることができる。
【0039】
原子移動ラジカル重合では重金属を用いるため、着色や環境への負荷を考慮する必要があるとともに、反応系から除去する必要もある。このため、重金属を用いない汎用の有機化合物の存在下で重合することが好ましい。具体的には、ハロゲン化第4級アンモニウム塩、ハロゲン化第4級ホスホニウム塩、及びハロゲン化アルカリ金属塩からなる群より選択される少なくとも一種の塩の共存下で、表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合することが好ましい。これにより、市販の安価な有機材料や無機塩で重合することができる。また、金属を除去する必要がないため、環境に対する負荷を減ずることができるとともに、工程を簡略化することもできる。
【0040】
一般式(1)中のY(ハロゲン)がラジカルとして脱離するとともに、Yの脱離とともに生成した炭素ラジカルにモノマーが挿入されて重合が進行する。その際、上記の特定の塩を共存させることで、ハロゲンラジカルの引き抜き又はハロゲン交換が生じ、生成した炭素ラジカルからモノマーの重合が進行して第2ポリマーが形成される。
【0041】
ハロゲン化第4級アンモニウム塩としては、塩化ベンジルトリメチルアンモニウム、臭化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、塩化ノニルピリジニウム、塩化コリンなどを挙げることができる。ハロゲン化第4級ホスホニウム塩としては、塩化テトラフェニルホスホニウム、臭化メチルトリブチルホスホニウム、ヨウ化テトラブチルホスホニウムなどを挙げることができる。ハロゲン化アルカリ金属塩としては、臭化リチウム、ヨウ化カリウムなどを挙げることができる。
【0042】
塩としては、ヨウ化物塩を用いることが好ましい。ヨウ化物塩を用いることで、リビングラジカル重合が進行し、分子量分布がより狭い第2ポリマーを得ることができる。また、ヨウ化第4級アンモニウム塩、ヨウ化第4級ホスホニウム塩、及びヨウ化アルカリ金属塩などの重合溶液に溶解しうる塩を用いることが好ましく、ヨウ化第4級アンモニウム塩を用いることがさらに好ましい。ヨウ化第4級アンモニウム塩としては、ヨウ化ベンジルテトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、ヨウ化テトラオクチルアンモニウム、ヨウ化ドデシルトリメチルアンモニウム、ヨウ化オクタデシルトリメチルアンモニウム、ヨウ化トリオクダデシルメチルアンモニウムなどを挙げることができる。
【0043】
活性度を高めるとともに、より濃厚で高分子量の第2ポリマーを得る観点から、重合開始基に対する塩の量は当モル以上とすることが好ましく、10倍モル以上とすることがさらに好ましく、100倍モル以上としてもよい。
【0044】
この第4級塩やハロゲン化物塩を使用する方法において、その重合条件は特に限定されない。従来公知の条件で行われる。好ましくは、温度は60℃以上、溶媒として有機溶媒を使用することが好ましい。溶媒としては、従来公知の溶媒が使用でき、特に限定されない。その溶剤は前記した従来公知の有機溶剤が使用できるが、好ましくは、塩を溶解する溶剤を使用することがよく、アルコール系、グリコール系、アミド系、尿素系、スルホキシド系、イオン液体などの極性が高い有機溶剤が好ましい。
【0045】
常圧~1,000MPaの圧力条件下、好ましくは100~1,000MPa、さらに好ましくは200~800MPa、特に好ましくは300~600MPaの圧力条件下で重合する。具体的には、モノマー及び基材を入れた重合容器の全体に、水などの媒体を介して均一に圧力を付与しながら重合する。圧力を付与した状態でラジカル重合することで、停止反応を抑制し、より高分子量の第2ポリマーを形成することができる。
【0046】
1,000MPa超の圧力に耐えうる容器や装置を用意するのは困難であり、実用的ではない。形成される第2ポリマーの分子量が大きくなるに伴い、ポリマー層(ii)の膜厚が厚くなる。ポリマー層(ii)の膜厚を厚くすることで、基材表面をこれまでにない特性を示すように改質することができる。ポリマー層(ii)の膜厚は、例えば、数nmから数μmとすることができ、好ましくは10nm以上、さらに好ましくは100nm以上とすることができる。
【0047】
重合容器としては、密閉可能であるとともに、高圧に耐えうる容器を用いることが好ましい。また、容器の内部に圧力が伝達される必要があるため、プラスチック製の軟質部分や伸縮部分などの、圧力で変形する部分を有する容器を用いることが好ましい。具体的には、ポリエチレン製の瓶、ペットボトル、レトルトパウチ、ブリスター容器など様々な容器を用いることができる。また、重合時の温度で変形しにくい、耐熱性を有する素材からなる容器が好ましい。さらに、重合用の溶剤等で侵されにくい、耐薬品性や耐溶剤性などの特性を有する素材からなる容器が好ましい。重合容器を構成する素材としては、例えば、ポリオレフィン系樹脂、フッ素系樹脂、ポリエステル系樹脂、ポリアミド系樹脂、エンジニアプラスチック等を挙げることができる。また、重合時には、可能な限り、重合容器内に気体が入りこまないようにすることが好ましい。例えば、重合容器の容量の90%以上に重合溶液を仕込むことが好ましい。
【0048】
以上、基材、モノマー、触媒等の重合溶液を重合容器に仕込んで、常圧、または常圧以上1000MPa以下の外圧をかけて、好ましくは加温して重合することで、基材のポリマー層(i)からポリマーが生成し、基材の表面を改質することができる。用いるモノマーの種類等に応じて、基材の表面を任意の性質に改質することができる。例えば、フッ素系モノマーを用いることで、水や油をはじきやすい表面張力の低いポリマー層(ii)を形成することができる。ポリエチレングリコール基やカルボキシ基などを有するモノマーを使用することで、当たった水蒸気が直ちに水滴となって曇りにくい親水性のポリマー層(ii)を形成することができる。さらに、タンパク等が付着しにくい生体適合性基材を製造することも可能である。また、形成されたポリマー層(ii)を潤滑油等で膨潤させて潤滑膜とし、極低摩擦性のポリマー層とすることもできる。
【0049】
形成されたポリマー層(ii)を構成する第2ポリマーの分子量を検証することは容易であるとは言えない。そこで、重合開始基と同一の開始基を有する開始基モノマーの共存下で表面開始ラジカル重合又は表面開始リビングラジカル重合することが好ましい。これにより、ポリマー層(ii)に含まれない遊離ポリマーが形成される。そして、形成された遊離ポリマーの分子量を定法にしたがって測定することで、ポリマー層(ii)を構成する第2ポリマーの分子量を推測することができる。形成される遊離ポリマーの、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定されるポリスチレン換算の数平均分子量(Mn)は、通常、1,000~10,000,000であり、好ましくは100,000以上である。
【0050】
開始基モノマーとしては、重合開始基と同一の基を有する化合物を用いる。具体的には、下記式(3)~(5)で表される化合物を開始基モノマーとして用いることができる。
【0051】
【0052】
ポリマー層(ii)は、水、有機溶剤、又はこれらの混合溶媒等の溶媒を含有して膨潤していることが好ましい。溶媒で膨潤させることで、ポリマー層(ii)の膜厚を増大させることができる。さらに、膨潤したポリマー層(ii)は、圧縮に対して強い抵抗や、低摩擦性などの特異な性質を示すために好ましい。ポリマー層(ii)は、例えば、表面処理膜がその表面に形成された基材を溶媒に浸漬することで膨潤させることができる。
【0053】
<物品>
本発明の物品は、基材と、この基材の表面上に設けられる前述の表面処理膜とを備える。基材の種類は特に限定されず、天然物、人工物、無機部材、有機部材のいずれであっても用いることができる。なかでも、重合溶液に耐えうる基材を用いることが好ましい。基材の具体例としては、金属、金属酸化物、金属窒化物、金属炭化物、セラミックス、木材、ケイ素化合物、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、セルロース、ガラス等の機械部品、フィルム、繊維、シートなどを挙げることができる。
【0054】
基材には表面処理を施してもよい。表面処理としては、シランカップリング処理、シリカコート処理、シリカアルミナ処理などの無機処理;プラズマ処理、紫外線照射処理、オゾン酸化処理、放射線処理、X線処理、電子線処理、レーザー処理などの洗浄、活性化、及び表面処理官能基付与処理などを挙げることができる。
【0055】
ポリマー層(i)の膜厚は、基材の表面の表面粗さの最大高さRzよりも厚いことが好ましい。一般的な基材の表面には、通常、ナノ単位からミクロン単位までの凹凸が生じている。ポリマー層(i)が薄すぎると、凹凸を被覆しきれずに凸部が露出する場合がある。また、凸部を辛うじて被覆したとしても、ポリマー層(i)の表面形状が基材の凹凸を反映するとともに、その上に形成されるポリマー層(ii)の表面も凹凸になりやすい。このため、ポリマー層(i)の膜厚を、基材の表面の表面粗さの最大高さRzよりも厚くすることで、基材の表面全体を均一に被覆して平滑にすることができる。また、ポリマー層(i)表面の全体により平滑なポリマー層(ii)を形成することができる。ポリマー層(i)の膜厚は、例えば、原子間力顕微鏡やエリプソメーターなどの精密機器を使用する測定方法や、電子顕微鏡を用いた観察による測定方法、膜厚測定機を使用する測定方法などにより測定することができる。
【0056】
基材と密着して機械的強度を付与するポリマー層(i)と、特異な性質を示すポリマー層(ii)とを含む積層構造を有する表面処理膜を基材の表面上に設けることで、部品としての性能が付与された、又は性能が向上した本発明の物品とすることができる。本発明の物品は、例えば、医療用部材、電子材料、ディスプレイ材料、半導体材料、機械部品、摺動部材、電池材料などの様々な分野で用いられる物品として好適である。
【実施例
【0057】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、実施例、比較例中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0058】
<開始基ポリマー(第1ポリマー)の合成>
(合成例1:開始基ポリマー1)
撹拌装置、撹拌翼、温度計、冷却管、窒素導入装置、及び滴下装置を装着した反応容器に、プロピレングリコールモノメチルエーテルアセテート(PGMAc)150部を入れた。窒素を吹き込みながら撹拌し、30分かけて80℃まで加温した。別容器に、2-(2-ブロモイソブチリルオキシ)エチルメタクリレート(BBEM)75部、3-メタクリロキシプロピルメチルジエトキシシラン(MPES)25部、及び2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)(V-65)1.5部を入れて撹拌し、均一なモノマー混合液を調製した。調製したモノマー混合液の1/3を反応容器中に添加した後、残りのモノマー混合液を1時間かけて滴下した。滴下後、直ちにV-65 0.5部を添加した。1時間後、V-65 0.5部をさらに添加し、80℃で7時間重合して、開始基ポリマー1を含有する若干黄味の低粘度の液体を得た。得られた液体の固形分は40.1%であり、重合率は約100%であった。GPC装置(展開溶媒:テトラヒドロフラン(THF))を使用して測定した開始基ポリマー1のポリスチレン換算の数平均分子量(Mn)は12,000であり、分子量分布(Mw/Mn、分散度PDI)は3.56であった。
【0059】
(合成例2:開始基ポリマー2)
合成例1で使用した反応容器と同様の反応容器にPGMAc100部を入れ、窒素を吹き込みながら撹拌し、30分かけて65℃まで加温した。別容器に、BBEM50部、メチルメタクリレート(MMA)15部、ブチルメタクリレート(BMA)15部、2-エチルヘキシルメタクリレート(2EHMA)10部、2-[O-(1’-メチルプロピリデンアミノ)カルボキシアミノ]エチルメタクリレート(ブロックイソシアネートモノマー、商品名「カレンズMOI-BM」、昭和電工社製)10部、及びV-65 1部を入れて撹拌し、均一なモノマー混合液を調製した。調製したモノマー混合液の1/2を反応容器中に添加した後、残りのモノマー混合液を2時間かけて滴下した。3時間重合した後、V-65 0.5部をさらに添加して5時間重合して、開始基ポリマー2を含有する若干黄味の粘稠な溶液を得た。得られた液体の固形分は50.3%であり、重合率は約100%であった。開始基ポリマー2のMnは18,600であり、PDIは2.06であった。
【0060】
(合成例3~5:開始基ポリマー3~5)
表1の中段に示す種類及び量(単位:部)のモノマーを用いたこと以外は、前述の合成例1と同様にして、開始基ポリマー3~5をそれぞれ含有する溶液を得た。得られた開始基ポリマーのそれぞれの物性値等を表1の下段に示す。
【0061】
【0062】
<ポリマー層(i)形成用のコーティング液の製造>
(製造例1:COT-1)
開始基ポリマー1を含有する液体100部、及びPGMAc60.4部を混合してコーティング液(COT-1)を得た。
【0063】
(製造例2:COT-2)
開始基ポリマー2を含有する液体100部、ポリエチレンイミン(商品名「エポミンSP-003」、日本触媒社製)2部、及びPGMAc107.2部を混合してコーティング液(COT-2)を得た。
【0064】
(製造例3~5:COT-3~5)
表2の中段に示す種類及び量(単位:部)の成分を用いたこと以外は、前述の製造例1と同様にして、コーティング液(COT-3~5)を得た。得られたコーティング液のそれぞれの外観及び固形分(%)を表2の下段に示す。
【0065】
【0066】
<ポリマー層(i)付与基材の製造>
(製造例6:SUB-1)
洗浄及びUVオゾンにより表面活性化処理したシリコンウェハを基材として用意した。用意した基材の表面にCOT-1を塗布し、スピンコーターを使用して2,000rpm、30秒の条件でコーティングした。80℃のオーブンに入れて5分間乾燥させた後、120℃のオーブンに入れて12時間加熱して硬化させてポリマー層(i)を形成し、ポリマー層(i)付与基材であるSUB-1を得た。分光エリプソメトリーにより測定したポリマー層(i)の膜厚は、1,286nmであった。得られたSUB-1をTHFに浸漬して5分間超音波洗浄した後、ポリマー層(i)の膜厚を再度測定した。その結果、ポリマー層(i)の膜厚は洗浄前からほとんど変化しておらず、十分に硬化したポリマー層(i)が形成されたことを確認した。
【0067】
(製造例7:SUB-2)
洗浄及びUVオゾンにより表面活性化処理したガラス板(Rz=15nm)を基材として用意した。用意した基材の表面にCOT-2を塗布し、スピンコーターを使用して2,000rpm、30秒の条件でコーティングした。80℃のオーブンに入れて5分間乾燥させた後、140℃のオーブンに入れて1時間加熱して硬化させてポリマー層(i)を形成し、ポリマー層(i)付与基材であるSUB-2を得た。分光エリプソメトリーにより測定したポリマー層(i)の膜厚は、1,331nmであった。得られたSUB-2をTHFに浸漬して5分間超音波洗浄した後、ポリマー層(i)の膜厚を再度測定した。その結果、ポリマー層(i)の膜厚は洗浄前からほとんど変化しておらず、十分に硬化したポリマー層(i)が形成されたことを確認した。
【0068】
(製造例8~10:SUB-3~5)
表3の下段に示す条件としたこと以外は、前述の製造例6及び7と同様にして、ポリマー層(i)付与基材であるSUB-3~5を得た。
【0069】
【0070】
(比較製造例1:SUB-C-1)
3-(トリメトキシシリルプロピル)-2-ブロモ-2-メチルプロピオネート(BPM)0.2部、濃アンモニア水2部、及びエタノール45部を混合した溶液をポリスチレン製のシャーレに入れた。基材として、十分に洗浄したガラス板(Rz=15nm)を用意した。用意した基材をシャーレに入れて溶液に浸漬し、室温で12時間静置した後、エタノールで十分に洗浄した。これにより、ガラス板の表面に重合開始点を有する単分子膜が形成されたSUB-C-1を得た。
【0071】
(比較製造例2:SUB-C-2)
ガラス板に代えてSUS板(Rz=0.8μm)を基材として用いたこと以外は、前述の比較製造例1と同様にして、SUS板の表面に重合開始点を有する単分子膜が形成されたSUB-C-2を得た。
【0072】
<表面処理膜付与基材の製造>
(実施例1:SUB-6)
アルゴン雰囲気下、2-ブロモイソ酪酸エチル(EBiB)0.00054部、3-メトキシ-N,N-ジメチルプロパンアミド(商品名「KJCMPA-100」、KJケミカルズ社製)(KJCMPA)55.5部、MMA55.1部、及びテトラブチルアンモニウムヨージド(TBAI)0.41部をフラスコに入れて撹拌し、重合溶液を調製した。ポリマー層(i)付与基材であるSUB-1をPTFE製のネジ口容器に入れるとともに、調製した重合溶液を容器内に注ぎ満たして栓をし、フタの部分をパラフィンフィルムで巻いた。この容器をアルミラミネート袋に入れ、気体を抜きながらヒートシールした。加圧媒体として水を入れた高圧装置(商品名「PV-400」、シンコーポレーション社製)内にアルミラミネート袋ごと容器を入れ、75℃に加温するとともに、400MPaに加圧して4時間重合した。高圧装置内には、ポリマーを含有する高粘性の溶液が生成しており、一部をサンプリングして測定したポリマーのMnは2,378,000であり、PDIは1.42であった。容器から取り出した基材をTHFで十分に洗浄した。シリコンウェハの表面上に形成された膜の膜厚を分光エリプソメトリーにより測定したところ、1,962nmであった。ポリマー層(i)の膜厚よりも厚くなっていたことから、ポリマー層(i)上にポリマー層(ii)が積層された表面処理膜が形成されたことを確認した。得られた基材(表面処理膜付与基材)をSUB-6とする。
【0073】
(実施例2:SUB-7)
アルゴン雰囲気下、EBiB0.00098部、臭化銅(II)(CuBr)0.080部、臭化銅(I)(CuBr)0.46部、4,4’-ジノニル-2,2’-ビピリジル(dNbpy)3.2部、MMA100.1部、及びアニソール103.9部をフラスコに入れて撹拌し、重合溶液を調製した。ポリマー層(i)付与基材であるSUB-2をPTFE製のネジ口容器に入れるとともに、調製した重合溶液を容器内に注ぎ満たして栓をし、フタの部分をパラフィンフィルムで巻いた。この容器をアルミラミネート袋に入れ、気体を抜きながらヒートシールした。加圧媒体として水を入れた高圧装置(PV-400)内にアルミラミネート袋ごと容器を入れ、60℃に加温するとともに、400MPaに加圧して4時間重合した。高圧装置内には、ポリマーを含有する高粘性の溶液が生成しており、一部をサンプリングして測定したポリマーのMnは2,463,000であり、PDIは1.09であった。容器から取り出した基材をTHFで十分に洗浄した。ガラス板の表面上に形成された膜の膜厚を分光エリプソメトリーにより測定したところ、2,028nmであった。ポリマー層(i)の膜厚よりも厚くなっていたことから、ポリマー層(i)上にポリマー層(ii)が積層された表面処理膜が形成されたことを確認した。得られた基材(表面処理膜付与基材)をSUB-7とする。
【0074】
(実施例3~5、比較例1、2:SUB-8~10、SUB-C-3、4)
表4に示す種類のポリマー層(i)付与基材及びモノマーを用いたこと以外は、前述の実施例1又は2と同様にして、表面処理膜付与基材であるSUB-8~10、SUB-C-3、4を得た。得られた表面処理膜付与基材の詳細を表4に示す。
【0075】
【0076】
<評価>
(評価(1):SUB-7)
実施例2で得たSUB-7をトルエンに一晩浸漬して表面処理膜を膨潤させた。摩擦試験機(商品名「Heidon摩擦試験機タイプ14」、新東科学社製)を使用し、荷重1,000g、振幅幅30mm、摺動速度200mm/minの条件下、1,000往復のボール圧子往復摺動試験を行った。データ解析の結果、摩擦係数は0.0020であり、1,000往復後も摩擦係数に変化はなかった。摺動試験後の表面をレーザー顕微鏡により観察したところ、摩耗は認められなかった。以上より、SUB-7は、低摩擦であるとともに、高い耐久性を有していることを確認した。
【0077】
(評価(2):SUB-10)
トルエンに代えてジイソトリデシルアジペートに浸漬したこと以外は、前述の評価(1)と同様にして、実施例5で得たSUB-10について摺動試験を行った。その結果、摩擦係数は0.0018であり、1,000往復後も摩擦係数に変化はなかった。摺動試験後の表面をレーザー顕微鏡により観察したところ、摩耗は認められなかった。以上より、SUB-10は、低摩擦であるとともに、高い耐久性を有していることを確認した。
【0078】
(評価(3):SUB-C-3)
前述の評価(1)と同様にして、比較例1で得たSUB-C-3について摺動試験を行った。その結果、初期の摩擦係数は0.002であったが、約500往復後から摩擦係数が徐々に上昇し、1,000往復後の摩擦係数は0.05となった。摺動試験後の表面をレーザー顕微鏡により観察したところ、摩耗痕が観察された。SUB-C-3は、ガラス板(Rz=15nm)上にポリマー層(i)を形成せず、ポリマー層(ii)を直接形成したものである。ポリマー層(i)が存在せず、ガラス板の表面粗さのために摩耗が進行し、摩擦係数が上昇したと考えられる。
【0079】
(評価(4):SUB-C-4)
前述の評価(1)と同様にして、比較例2で得たSUB-C-4について摺動試験を行った。その結果、初期の摩擦係数は0.09であり、摩擦係数が徐々に上昇し、約100往復後の摩擦係数は0.2となった。摺動試験後の表面をレーザー顕微鏡により観察したところ、はっきりとした摩耗痕が観察された。SUB-C-4は、SUS板(Rz=0.8μm)上にポリマー層(i)を形成せず、ポリマー層(ii)を直接形成したものである。SUS板の表面が粗いためにポリマー層(ii)による潤滑性が乏しく、耐久性が著しく低下したと考えられる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の表面処理膜は、低摩擦性、付着防止性、親水性、疎水性、又は撥水性などの性質を基材の表面に付与することができる。さらに、基材との密着性が高く、基材の耐久性を高めることができる。このため、本発明の表面処理膜を用いれば、医療用部材、電子材料、ディスプレイ材料、半導体材料、機械部品、摺動部材、電池材料などの様々な分野に用いられる部品等の各種物品を提供することができる。