(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-29
(45)【発行日】2022-04-06
(54)【発明の名称】車輪偏摩耗判定方法および判定プログラム
(51)【国際特許分類】
G01M 99/00 20110101AFI20220330BHJP
G01H 17/00 20060101ALI20220330BHJP
G01M 17/10 20060101ALI20220330BHJP
【FI】
G01M99/00 A
G01H17/00 A
G01M17/10
(21)【出願番号】P 2018127985
(22)【出願日】2018-07-05
【審査請求日】2021-05-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000221616
【氏名又は名称】東日本旅客鉄道株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000000516
【氏名又は名称】曙ブレーキ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001254
【氏名又は名称】特許業務法人光陽国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤田 晋平
(72)【発明者】
【氏名】岩波 健
(72)【発明者】
【氏名】森弘 元人
(72)【発明者】
【氏名】関根 透
(72)【発明者】
【氏名】内藤 久隆
(72)【発明者】
【氏名】国見 敬
(72)【発明者】
【氏名】増子 実
【審査官】瓦井 秀憲
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-032467(JP,A)
【文献】特開2014-237348(JP,A)
【文献】特開2006-234785(JP,A)
【文献】特開2004-233284(JP,A)
【文献】特開平05-306970(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0139327(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01M 99/00
G01H 17/00
G01M 17/08-17/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両に設置された振動検出手段により検出された振動データを連続的に取得し記憶手段に記憶する第1ステップと、
前記振動データの取得と並行して車両速度を算出し前記記憶手段に記憶する第2ステップと、
前記記憶手段より前記振動データを読み出してフィルタ処理によって所定の周波数範囲の振動データを抽出する第3ステップと、
前記第3ステップで抽出された振動データに対してエンベロープ処理を実施する第4ステップと、
前記第4ステップでエンベロープ処理された振動データに対して高速フーリエ変換処理を実施する第5ステップと、
前記記憶手段より前記車両速度を読み出して車輪回転周波数を算出する第6ステップと、
回転周波数が所定の範囲内のものに対応する前記高速フーリエ変換処理後のデータのうち所定の周波数のデータの振幅値を算出する第7ステップと、
前記振幅値が単位時間内に所定時間以上所定閾値を越えているか否か判別し、越えている場合に偏摩耗ありと判定する第8ステップと、
を含むことを特徴とする車輪偏摩耗判定方法。
【請求項2】
前記第6ステップで算出された前記車輪回転周波数に基づいて回転周波数が所定の範囲外のものに対応する前記振動データを見つけ出して振幅をゼロに置き換えるステップと、
前記第8ステップで前記振幅値が所定時間以上所定閾値を越えていないと判別された場合に、前記振動データのうち振幅がゼロでないデータの比率であるデータ有効率を算出して当該データ有効率が所定割合より大きい場合に偏摩耗なしとし、データ有効率が所定割合以下の場合には判定不能とするステップと、
を有することを特徴とする請求項1に記載の車輪偏摩耗判定方法。
【請求項3】
前記第7ステップの後、前記第8ステップの前に、所定の周波数範囲のデータの平均振幅値が前記所定閾値以下でないものに対応する前記振動データを見つけ出して振幅をゼロに置き換えるステップを有することを特徴とする請求項2に記載の車輪偏摩耗判定方法。
【請求項4】
前記第8ステップの前に、前記第7ステップで算出された前記振幅値に対してローパスフィルタ処理を実施することを特徴とする請求項1~3のいずれかに記載の車輪偏摩耗判定方法。
【請求項5】
コンピュータを車輪偏摩耗判定装置として動作させるためのプログラムであって、
車両に設置された振動検出手段により検出された振動データと車両速度を記憶した記憶手段より前記振動データを読み出してフィルタ処理によって所定の周波数範囲の振動データを抽出する機能と、
抽出された振動データに対してエンベロープ処理を実施する機能と、
エンベロープ処理された振動データに対して高速フーリエ変換処理を実施する機能と、
前記記憶手段より前記車両速度を読み出して車輪回転周波数を算出する機能と、
算出された前記車輪回転周波数に基づいて回転周波数が所定の範囲外のものに対応する前記振動データを見つけ出して振幅をゼロに置き換える機能と、
回転周波数が所定の範囲内のものに対応する前記高速フーリエ変換処理後のデータのうち所定の周波数のデータの振幅値を算出する機能と、
前記振幅値が単位時間内に所定時間以上所定閾値を越えているか否か判別し、越えている場合に偏摩耗ありと判定する機能と、
前記振幅値が単位時間内に所定時間以上所定閾値を越えていないと判別された場合に、前記振動データのうち振幅がゼロでないデータの比率であるデータ有効率を算出して当該データ有効率が所定割合より大きい場合に偏摩耗なしとし、データ有効率が所定割合以下の場合に判定不能とする機能と、を有することを特徴とする車輪偏摩耗判定プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両の車輪に生じる偏摩耗を検出する技術に関し、例えば車両の床面等に設置した振動センサからの信号に基づいて偏摩耗の有無を判定する車輪偏摩耗判定方法および判定プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両の車輪は走行に伴って摩耗が発生する。なお、車輪の摩耗には、車輪外周の踏面の一部が平坦になるフラット摩耗と、
図1に示すように踏面が円周方向に波打つように摩耗する偏摩耗とがあることが知られている。なお、
図1において、符号Bが付されているのは基準となる真円、符号Aが付されているのは踏み面の変位すなわち偏摩耗であり、変位は500倍に拡大して示されている。鉄道車両の車輪に偏摩耗が発生すると、レールとの接触面で加振力を発生させ、転動音・構造物音となって沿線騒音を増大させるという問題が生じる。
【0003】
そこで、車輪に偏摩耗が発生したことを速やかに検知して、車輪の踏面を削正することが望ましい。しかしながら、フラット摩耗は数ミリメートルの幅を有するため目視やカメラで撮影し画像処理によって検出することができるが、偏摩耗はその深さが1mm以下であるため、目視や画像処理によって検出することが困難である。そのため、従来は、所定の走行距離に達すると車輪の踏面を削正する作業が行われているが、偏摩耗が大きな車両に関しては、所定の走行距離に達する前に車輪を削正することが有効である。
【0004】
従来、車輪の偏摩耗の検知技術に関して、車軸箱に振動加速度センサおよび速度発電機を取り付けて、検出した振動と車輪回転数とに基づいて車輪の偏摩耗量を算定するようにした発明がある(特許文献1)。また、車輪軸受に振動センサを取り付けて、サンプリングした振動データを処理して車輪の異常診断を行う診断処理部を設けた発明もある(特許文献2)。
一方、軌道が敷設された高架構造物の直下に列車の走行音を収集する集音装置を設置し、集音装置により取得された音声信号を処理して、車軸単位で個別に音圧レベルを測定して車輪踏面状態の良否を判定するようにした発明がある(特許文献3)。
【0005】
さらに、車両の通過に伴う線路構造物の振動を測定する振動測定部と、振動測定部が測定した振動から特定周波数範囲の成分を抽出する周波数範囲成分抽出部と、周波数範囲成分抽出部が抽出した成分と基準データとに基づいて車両の車輪の偏摩耗度合いの判定を行う偏摩耗判定部とを備えることで、列車の走行音の識別が困難な環境下においても車輪の偏摩耗度合いの判定を行えるようにした発明も提案されている(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭64-57115号公報
【文献】特開2007-170815号公報
【文献】特開2008-120258号公報
【文献】特開2014-237348号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1や2に記載の車輪偏摩耗検知装置は、車軸または車輪軸受に振動加速度センサを取り付けているため、ポイント通過など偏摩耗に起因する振動以外の過大な振動によって、センサが損傷あるいは落下したりセンサからの信号を車両側のデータ収集装置に伝送するケーブルが外れたりするおそれがあるという課題がある。しかも、特許文献2に記載の異常診断装置は、異常振動が車輪のフラットによるものか車輪軸受の異常によるものを特定することに向けられたもので、偏摩耗の判定に適用できるか定かでない。
また、特許文献3に記載の車輪踏面状態の検知システムでは、列車の走行音に基づいて車輪踏面状態の良否を判定するため、周囲の騒音が大きいなど、列車の走行音の識別が困難な環境下においては車輪の偏摩耗度合いの判定を行うことが困難であるという課題がある。
【0008】
特許文献4に記載されている発明は、振動測定部が測定した振動から特定周波数範囲の成分を抽出する周波数範囲成分抽出部を備えるため、列車の走行音の識別が困難な環境下においても車輪の偏摩耗度合いの判定を行うことができるという利点がある。しかし、特許文献4に記載の車輪偏摩耗度合い判定システムは、地上設備に設置した振動計を用いて地上側から偏摩耗車輪を見つける定点測定方式のシステムであるため、その地点を通過しない車両の車輪偏摩耗の有無を判定することができないという課題ある。
【0009】
本発明は上記のような課題を解決するためになされたもので、その目的とするところは、検査したい任意の車両における車輪偏摩耗の有無を判定することができる車輪偏摩耗判定方法および判定プログラムを提供することにある。
本発明の他の目的は、センサの故障や伝送ケーブルの脱落などの不具合の発生を気にすることなく車輪偏摩耗の有無を判定することができる車輪偏摩耗判定方法および判定プログラムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明に係る車輪偏摩耗判定方法は、
車両に設置された振動検出手段により検出された振動データを連続的に取得し記憶手段に記憶する第1ステップと、
前記振動データの取得と並行して車両速度を算出し前記記憶手段に記憶する第2ステップと、
前記記憶手段より前記振動データを読み出してフィルタ処理によって所定の周波数範囲の振動データを抽出する第3ステップと、
前記第3ステップで抽出された振動データに対してエンベロープ処理を実施する第4ステップと、
前記第4ステップでエンベロープ処理された振動データに対して高速フーリエ変換処理を実施する第5ステップと、
前記記憶手段より前記車両速度を読み出して車輪回転周波数を算出する第6ステップと、
回転周波数が所定の範囲内のものに対応する前記高速フーリエ変換処理後のデータのうち所定の周波数のデータの振幅値を算出する第7ステップと、
前記振幅値が単位時間内に所定時間以上所定閾値を越えているか否か判別し、越えている場合に偏摩耗ありと判定する第8ステップと、
を含むようにしたものである。
【0011】
ここで、「所定の周波数」とは、例えば車輪回転数に相当する周波数を意味する。上記のような手順に従った判定方法によれば、地上側に設置した振動検出手段からのデータに基づいて判定する定点測定方式ではなく、車両側に搭載した振動検出手段(加速度センサ)により検出した振動データに基づいて車輪偏摩耗の有無を判定するので、検査したい任意の車両における車輪偏摩耗の有無を判定することができる。また、センサの故障や伝送ケーブルの脱落などの不具合の発生を気にすることなく車輪偏摩耗の有無を判定することができる。
【0012】
ここで、望ましくは、前記第6ステップで算出された前記車輪回転周波数に基づいて回転周波数が所定の範囲外のものに対応する前記振動データを見つけ出して振幅をゼロに置き換えるステップと、
前記第8ステップで前記振幅値が所定時間以上所定閾値を越えていないと判別された場合に、前記振動データのうち振幅がゼロでないデータの比率であるデータ有効率を算出して当該データ有効率が所定割合より大きい場合に偏摩耗なしとし、データ有効率が所定割合以下の場合には判定不能とするステップと、
を有するようにする。
【0013】
上記のようなステップを有する判定方法によれば、データ有効率を算出してデータ有効率が所定割合より大きい場合に偏摩耗なしとし、データ有効率が所定割合以下の場合には判定不能とするので、記憶装置に記憶されている計測データとしての振動データの信頼性を把握することかでき、再度のデータの収集が必要であるか否かの判断の目安を得ることができる。
【0014】
また、望ましくは、前記第7ステップの後、前記第8ステップの前に、所定の周波数範囲のデータの平均振幅値が前記所定閾値以下でないものに対応する前記振動データを見つけ出して振幅をゼロに置き換えるステップを有するようにする。
かかる方法によれば、車両がポイントを通過したり車両内を搭乗者が移動したりした際に発生する振動に起因するノイズデータを除去することができるため、より精度の高い判定を行うことができる。
【0015】
さらに、望ましくは、前記第8ステップの前に、前記第7ステップで算出された前記振幅値に対してローパスフィルタ処理を実施するようにする。
かかる方法によれば、振動波形にヒゲ状のノイズがある場合に、波形をなまらすことができ、それによって判定の精度をさらに高めることができる。
【0016】
また、本出願の他の発明に係る車輪偏摩耗判定プログラムは、
車両に設置された振動検出手段により検出された振動データと車両速度を記憶した記憶手段より前記振動データを読み出してフィルタ処理によって所定の周波数範囲の振動データを抽出する機能と、
抽出された振動データに対してエンベロープ処理を実施する機能と、
エンベロープ処理された振動データに対して高速フーリエ変換処理を実施する機能と、
前記記憶手段より前記車両速度を読み出して車輪回転周波数を算出する機能と、
算出された前記車輪回転周波数に基づいて回転周波数が所定の範囲外のものに対応する前記振動データを見つけ出して振幅をゼロに置き換える機能と、
回転周波数が所定の範囲内のものに対応する前記高速フーリエ変換処理後のデータのうち所定の周波数のデータの振幅値を算出する機能と、
前記振幅値が単位時間内に所定時間以上所定閾値を越えているか否か判別し、越えている場合に偏摩耗ありと判定する機能と、
前記振幅値が単位時間内に所定時間以上所定閾値を越えていないと判別された場合に、前記振動データのうち振幅がゼロでないデータの比率であるデータ有効率を算出して当該データ有効率が所定割合より大きい場合に偏摩耗なしとし、データ有効率が所定割合以下の場合に判定不能とする機能と、を有するようにしたものである。
かかるプログラムによれば、車両側に設置した加速度センサにより検出した振動データに基づいて車輪偏摩耗の有無を判定するので、検査したい任意の車両における車輪偏摩耗の有無を判定することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の車輪偏摩耗判定方法および判定プログラムによれば、車両側に設置したセンサからの振動データに基づいて判定を行うため、検査したい任意の車両における車輪偏摩耗の有無を判定することができる。また、センサの故障や伝送ケーブルの脱落などの不具合の発生を気にすることなく車輪偏摩耗の有無を判定することができるという効果がある。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】車輪外周の踏面に発生する偏摩耗の例を示す説明図である。
【
図2】本発明に係る車輪偏摩耗判定方法が適用されるシステムの一実施形態の構成を示すブロック図である。
【
図3】(A)、(B)は偏摩耗が発生していると予想される車輪と偏摩耗が発生していない車輪について取得したFFT値の周波数特性の差異を示すグラフである。
【
図4】本発明に係る車輪偏摩耗判定方法の手順の一例を示すフローチャートである。
【
図5】加速度センサにより検出した車両の振動の加速度波形と、フィルタ処理を実施した後の波形と、エンベロープ処理を実施した後の波形を示す説明図である。
【
図6】実施形態の車輪偏摩耗判定方法を適用した解析プログラムにより行なった解析結果を示すもので、(A)はトータル走行距離の長い列車に関する車輪回転周波数に対応した加速度変動、(B)はトータル走行距離の短い列車に関する車輪回転周波数に対応した加速度変動を示すグラフである。
【
図7】実施形態の車輪偏摩耗判定方法を適用した解析プログラムによる解析を行なったトータル走行距離の長い列車の車両に取り付けられていた前後左右4個の車輪の踏面測定結果を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
図2は、本発明に係る車輪偏摩耗判定方法が適用されるシステムの一実施形態の構成を示すブロック図である。
図2に示すように、本実施形態のシステムは、加速度センサを備え所定のサンプリング周期(例えば2ミリ秒)で車体の振動を検出する振動検出部11と、当該振動検出部11により検出された振動加速度データを無線で送信する送信部12、送信されたデータを受信し転送するデータ収集装置としてのルータ13、GPS衛星からの電波を受信して車両位置を検知するGPS(全地球測位システム)装置14、ルータ13によって収集されたデータを受け取って解析し、車輪の偏摩耗の有無を判定する解析用PC(パーソナルコンピュータ)15、解析結果を出力する表示装置16などから構成されている。
【0020】
上記データ収集装置としてのルータ13は、送信部12から送信された振動加速度データ(以下、振動データと称する)を受信する受信部31、受信した振動データおよびGPS装置14からの位置情報を一時的に記憶するバッファ32を備える。解析用PC15は、GPS装置14からの位置情報に基づいて車両速度を算出する車両速度算出部を備える。なお、データ収集装置(13)に車両速度算出部を設け、算出した速度を記憶しておいて、解析用PC15へ車両速度を送信するように構成しても良い。
【0021】
上記振動検出部11の加速度センサの設置位置は、車体の振動を検出できる箇所であればどこでも良いが、本実施形態では車両の床面に設置された状態で検出された振動データに基づいて偏摩耗の判定が行えるように解析アルゴリズムが工夫されている。解析用PC15のメモリには、後述の偏摩耗判定方法に従って記述された解析プログラムが格納されており、解析用PC15のMPU(マイクロプロセッサ)は解析プログラムを実行することで車輪の偏摩耗の有無の判定を行う。従って、解析用PC15は、偏摩耗判定装置として動作する。
【0022】
本発明者は、本発明に係る偏摩耗判定方法を実現する解析プログラムを開発するに当たって、実際に相当長い距離を走行して偏摩耗が発生している蓋然性が高いと思われる車輪を有する車両と、偏摩耗が発生していないと思われる車輪(削正作業を実施した直後の車輪)を有する車両について、
図2に示すような構成を有するデータ収集装置によりそれぞれ振動加速度データを収集して、振動解析に有効とされているFFT(高速フーリエ変換)処理を行い、処理の結果を比較、検討した。
【0023】
その結果、
図3(A),(B)に示すように、120~200Hzの範囲で顕著な差異があることを見出した。そこで、120~200Hzの範囲のFFT値に着目し、様々な処理を適用し取捨選択することで、偏摩耗の有無を有効に判定することができる手法を開発し、以下に説明するような解析プログラムを実現するに至った。なお、
図3において、(A)は偏摩耗が発生していると予想される車輪に関するもの、(B)は偏摩耗が発生していない車輪に関するものである。
【0024】
図4には、本発明の偏摩耗判定方法すなわち解析用PC15のMPUによって実行される解析プログラムの処理手順の一例が示されている。
図4に示されているように、偏摩耗判定が開始されると、解析用PC15のMPUは、先ずデータ記憶部32に記憶されている計測データとしての振動データおよび車両速度データを読み出す(ステップS1)。続いて、読み出した振動データにフィルタ処理を行なって120~200Hzの範囲のデータを抽出する(ステップS2)。その後、フィルタ処理後の振動波形に対してエンベロープ処理を実施する(ステップS3)。
図3(B)には
図3(A)のような生波形の振動データにフィルタ処理を行なった後の波形が、
図3(C)には
図3(B)の波形に対してエンベロープ処理を実施した後の波形が示されている。
【0025】
次に、エンベロープ処理後の時系列データについて、50%オーバーラップで2秒間隔のデータ毎にFFT処理を行う(ステップS4)。これにより、1秒ごとのFFT値が得られる。続いて、データ記憶部32から読み出された車両速度データと予め記憶されている当該車両の車輪の径とから、FFT値毎に車輪の回転周波数を算出する(ステップS5)。なお、このステップS5は、ステップS2のフィルタ処理の前に実施しても良い。その後、ステップS5で算出された車輪回転周波数が8~20Hzの範囲に入っているか否か判定する(ステップS6)。ここで、車輪回転周波数範囲8~20Hzは、車両速度に換算するとほぼ80~200km/hに相当する。
【0026】
ステップS6で車輪回転周波数が8~20Hzの範囲に入っていない(No)と判定すると、ステップS10へ移行して当該車輪回転周波数に対応するFFT値(振幅)を「0」に置き換えるとともに、無効カウンタの値をインクリメント(+1)する。車輪回転周波数8~20Hzの範囲(車両速度が80~200km/hの範囲)に入っていないデータは、評価範囲外のデータとして除外するためである。後述するように、本実施例の方法は車両走行速度で100~110km/hの範囲で有効であることが確認されたので、この速度範囲から大きく離れているデータを除外することで判定精度を担保することができる。
【0027】
一方、上記ステップS6で車輪回転周波数が8~20Hzの範囲に入っている(Yes)と判定すると、ステップS7へ進み、ステップS4の処理で得られたFFT値から1~9Hzの範囲のFFT値を抽出してその平均(平均振幅)を算出する。例えば、車両速度が100km/hの場合、車輪回転周波数は約10Hzであるので、9Hz以下の振動レベルはノイズとみなせるので、そのノイズの平均を知るための処理である。
【0028】
続いて、ステップS7で算出された平均振幅が、所定のノイズ閾値(例えば0.002m/s2)以下であるか否か判定する(ステップS8)。ここで、平均振幅が、所定のノイズ閾値以下でない(No)と判定すると、ステップS10へ移行して当該車輪回転周波数に対応するFFT値の振幅を「0」に置き換えるとともに、無効カウンタの値C2をインクリメント(+1)する。ノイズ閾値の0.002は実験的に定めた値であるが、この値は加速度センサの種類や設置位置等に応じて変わる値であり、0.002m/s2に限定されるものではない。カウンタの値C1,C2は後にデータ有効率を算出するために使用される。
【0029】
1~9Hzの平均値が上記閾値を越えるような振動データは、車両がポイントを通過したり車両内を搭乗者が移動したりした際に発生するノイズである可能性が高く、振幅を「0」に置き換えることでそのようなノイズを判定対象から外すことができる。また、ステップS8で、所定の閾値以下である(Yes)と判定すると、ステップS9へ進んで、ステップS5で算出された車輪回転周波数に対応するFFT値(振幅値)を抽出し、有効カウンタの値C1をインクリメント(+1)する。
【0030】
その後、ステップS11へ進み、所定量(所定時間もしくは所定走行距離)のデータについての処理が終了したか否か判定し、終了してない(No)と判定すると、ステップS1へ戻って、上記処理S1~S10を繰り返す。一方、ステップS11で、データが終了した(Yes)と判定すると、ステップS12へ進んで、ローパスフィルタ処理(積分処理)を実行する。このローパスフィルタ処理を実行することで、
図3(C)に示されている波形において、ヒゲ状に飛び出している部位の波形をなまらして、次のステップで実施するしきい値判定処理の精度を高めることができる。なお、ローパスフィルタ処理は省略することも可能である。
【0031】
次のステップS13では、ステップS9で抽出したFFT値(振幅値)に基づいて、所定の閾値(0.004)を例えば1分間に5秒以上越えているものがあるか否か判定する。そして、越えているものがある(Yes)と判定すると、ステップS14へ進み、偏摩耗ありと判定して、表示装置に偏摩耗ありの情報を表示する。また、ステップS13で、所定の閾値(0.004)を例えば1分間に5秒以上越えているものがない(No)と判定すると、ステップS15へ移行する。
【0032】
ステップS15では、ステップS9の有効カウンタの値C1とS10の無効カウンタの値C2とから、C1/(C1+C2)なる式を用いてデータ有効率を算出する。そして、次に、データ有効率が40%を越えているか判断し(ステップS16)、越えている(Yes)と判断すると、偏摩耗なしと判定して表示装置に偏摩耗なしの情報を表示する(ステップS17)。また、ステップS16で、有効データ率が40%を越えていない(No)と判定すると、判定不能と判断して表示装置に判定不能の情報を表示する(ステップS18)。判定基準となるデータ有効率の値は「40%」に限定されず、振動の測定条件や測定対象の車両等に応じて変えることができる。
【0033】
上記のような手順に従った偏摩耗判定方法は、地上側に設置したセンサからのデータに基づいて判定する定点測定方式ではなく、車両側に設置した加速度センサにより検出した振動データに基づいて車輪偏摩耗の有無を判定するので、検査したい任意の車両における車輪偏摩耗の有無を判定することができる。また、センサの故障や伝送ケーブルの脱落などの不具合の発生を気にすることなく車輪偏摩耗の有無を判定することができる。また、上記実施例の手順に従った偏摩耗判定方法によれば、加速度センサを車両の床に設置して検出した振動データに基づいて車輪偏摩耗の有無を判定することができる。
【0034】
なお、加速度センサを車両の床に設置して偏摩耗の伴う振動を検出するようにした場合、取得した振動データには1つの車両の複数の車輪からの振動が含まれることとなる。従って、そのような振動データに基づいて車輪偏摩耗ありを判定した場合には、1つの車両の複数の車輪すべてに対して削正作業を実施するか、別途各車輪個別に偏摩耗量の測定を実施して、所定以上の偏摩耗があった台車の車輪に対してのみ削正作業を実施するようにすればよい。
また、上記解析プログラムにおいては、各種パラメータ(ステップS6,S7の周波数範囲やステップS8のノイズ閾値等)を変更可能にされており、判定対象の車種に応じてパラメータを変えることで、判定精度を高めることができるようになっている。
【0035】
本発明者らは、上記のような手順に従った車輪偏摩耗判定方法の有効性を評価するため、試験を行なった。
具体的には、先ず現行列車の中から、前回削正実施以降の走行距離(トータル走行距離)が38.3万kmの列車と0.6万kmの列車を選択して、先頭と後尾の中間に位置する車両の床面に加速度センサを設置するとともに、走行速度が比較的一定(100~110km/h)である区間(約30km)を選択して、データ収集装置によって上記加速度センサからの振動データを0.2ミリ秒間隔で取得するとともに、並行して走行速度を算出して振動データと共に記憶部に記憶した。
【0036】
次に、上記実施形態の車輪偏摩耗判定方法を適用して作成した解析プログラムを搭載したPCに、車上のデータ収集装置の記憶部に記憶されている振動データと走行速度を読み込んで解析を行なった。
図6にその結果を示す。このうち、
図6(A)はトータル走行距離が38.3万kmの列車に関する車輪回転周波数に対応した加速度変動、
図6(B)はトータル走行距離が0.6万kmの列車に関する車輪回転周波数に対応した加速度変動をそれぞれ示す。なお、
図6(A)において網掛けがなされている箇所は、
図4のステップS6の判定処理で、8~20Hzの範囲外すなわちノイズが大きいため判定対象外とされたデータ部分である。
【0037】
図6の(A)と(B)を比較すると、
図6(A)においては、1分間(60秒)にステップS9の判定閾値である0.004m/s
2を越えている合計時間が5秒以上であることが、また
図6(B)においては、1分間(60秒)に判定閾値である0.004m/s
2を越えている時間が0秒であることが分かる。
そこで、次に、加速度センサによる上記振動の検出と解析プログラムによる解析を行なった2つの列車のうちトータル走行距離が38.3万kmの列車のセンサ設置車両に取り付けられていた前後左右4個の車輪について、踏面の寸法測定を行なった。
【0038】
その結果を、
図7(A)~(D)に示す。なお、変位は500倍に拡大して示してある。
図7(A)~(D)において、矢印で示されている箇所が最も摩耗深さの大きかった部位であり、4つの車輪の比較では、
図7(D)の車輪が最も摩耗深さが大きく、一般的な削正作業実施の判断基準値(例えば0.2mm)を越える0.25mmであった。
以上の結果から、前記実施形態の手順に従った車輪偏摩耗判定方法は車輪偏摩耗を判定する上で有効であるとの結論に達した。
【0039】
以上本発明者によってなされた発明を実施例に基づき具体的に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではない。例えば、前記実施形態においては、GPS装置14からの位置情報に基づいて車両速度を算出しているが、速度発電機からの信号に基づいて車両速度を算出して良い。また、前記実施形態においては、データ収集装置13と別個に解析用PC15を設けているが、データ収集装置13の機能と解析用PC15の機能を1つのPCに持たせるようにしても良い。その場合、そのように機能を有するPCを車両に搭載して、リアルタイムで偏摩耗の有無を判定するシステムを構成することも可能である。
【0040】
さらに、前記実施形態においては、加速度センサを車両の床面に設置して車体の振動を検出するように構成しているが、加速度センサの設置個所は床面に限定されず車軸や床下機器等であっても良く、本発明の車輪偏摩耗判定方法は車軸や床下機器等に取付けた加速度センサにより振動を検出したデータに対しても適用することができる。なお、その場合、車内を移動する搭乗者に伴う振動がノイズとして振動データに乗るおそれはないので、例えば
図4のフローチャートにおけるステップS8の判定処理を省略することも可能である。
【符号の説明】
【0041】
11 振動検出部
12 データ送信部
13 データ収集装置(ルータ)
14 GPS装置
15 解析用PC
16 表示装置
31 受信部