(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-29
(45)【発行日】2022-04-06
(54)【発明の名称】細胞培養用温度応答性基材
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20220330BHJP
C08F 12/06 20060101ALI20220330BHJP
C08F 293/00 20060101ALI20220330BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C08F12/06
C08F293/00
(21)【出願番号】P 2021000818
(22)【出願日】2021-01-06
(62)【分割の表示】P 2019023465の分割
【原出願日】2014-02-28
【審査請求日】2021-02-05
(31)【優先権主張番号】P 2013055630
(32)【優先日】2013-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2013055631
(32)【優先日】2013-02-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2013189831
(32)【優先日】2013-08-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】513065457
【氏名又は名称】坂井 秀昭
(74)【代理人】
【識別番号】110000486
【氏名又は名称】とこしえ特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】坂井 秀昭
(72)【発明者】
【氏名】柿本 雅明
(72)【発明者】
【氏名】須藤 優
【審査官】工藤 友紀
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/029882(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/133283(WO,A1)
【文献】特開2005-192406(JP,A)
【文献】CHEN, He et al.,Solvent Replacement to thermo-responsive nanoparticles from long-subchain hyperbranched PSt grafted with PNIPAM for encapsulation,Journal of Polymer Science, Part A: Polymer Chemistry,2013年02月14日,51,2142-2149,DOI:10.1002/pola.26609
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08F 2/00-301/00
C12M 3/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性
を有するポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーが基材に被覆された細胞培養用温度応答性基材において、
前記デンドリティックポリマーは、スチレン誘導体を用いて成り、当該スチレン誘導体は、デンドリティックポリマーを構成する総モノマー中の官能基を5%~90%の混合比で含み、前記官能基は、スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端から温度応答性ポリマー鎖を伸長させることができ、
細胞培養用温度応答性基材は、温度応答性ポリマー分として1.0~7.0μg/cm
2の割合で被覆され、
グラフトポリマー内の温度応答性ポリマーの含量が40~99.5wt%であ
り、
前記温度応答性を有するポリマーが、ポリ-N-置換アクリルアミド誘導体、ポリ-N-置換メタアクリルアミド誘導体、これらの共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール部分酢化物のいずれか一つ、もしくは二つ以上、或いは別のモノマーとの共重合体からなる細胞培養用温度応答性基材。
【請求項2】
デンドリティックポリマーの末端に荷電を有する請求項1に記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項3】
温度応答性を有するポリマーがポリ-N-イソプロピルアクリルアミドである請求項1
又は2に記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項4】
前記別のモノマーが、荷電を有するモノマー及び/または疎水性モノマーである請求項
1に記載の細胞培養用温度応答性基材。
【請求項5】
スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端の一部にポリアクリルアミド、ポリ-N、N-ジエチルアクリルアミド、ポリ-N、N-ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するアクリレート、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するメタクリレートのいずれか一つ、もしくは二つ以上がグラフト化されている請求項1~
4のいずれか1項に記載の細胞培養用温度応答性基材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学、医学等の分野において有用な新規グラフトポリマー、並びにそれを用いた細胞用温度応答性培養基材及びその製造方法に関するものである。また、本発明は、簡便な方法で作製された、医薬品、生体関連物質(タンパク質、DNA、糖脂質等)及び細胞などの有用物を固体表面の相互作用を制御することで実施される液体クロマトグラフィー用担体、及びそれを利用した液体クロマトグラフィー方法に関する。
【背景技術】
【0002】
今日、動物細胞培養技術が著しく進歩し、動物細胞を対象とした研究開発もさまざまな分野に広がって実施されるようになってきた。対象となる動物細胞の使われ方も、開発当初の細胞そのものを製品化したり、その産生物を製品化するだけでなく、今や細胞やその表層蛋白質を分析することで有用な医薬品を設計したり、患者本人の細胞を生体外で増殖させたり、或いはその細胞の機能を高めて生体内へ戻し治療することも実施されつつある。現在、動物細胞を培養する技術は、多くの研究者が注目している一分野である。
【0003】
ところで、ヒト細胞を含め動物細胞の多くは付着依存性のものである。すなわち、動物細胞を生体外で培養しようとするときは、それらを一度、どこかに付着させる必要性がある。そのような背景のもと、以前より多くの研究者らによって細胞にとってより好ましい器材表面の設計、考案がなされてきたが、これらの技術は何れも細胞培養時に関係するものばかりであった。付着依存性の培養細胞は何かに付着する際、自ら接着性蛋白質を産生する。従ってその細胞を剥離させるときには、従来技術ではその接着性蛋白質を破壊しなければならず、通常酵素処理が行われる。その際、細胞が培養中に産生した各種細胞固有の細胞表層蛋白も同時に破壊されてしまうという重大な課題であったにもかかわらず、現実には解決する手段が全くなく、特に検討されていなかった。この細胞回収時の課題の解決こそが、今後動物細胞を対象とした研究開発を飛躍的に発展させる上で強く求められるものと考えられる。
【0004】
他方、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)は移動相液体と固定相の組合せが多種多様であり、試料に応じて種々選択できるので、近年、種々の物質の分離、精製に利用されている。しかし、従来使用されているクロマトグラフィーでは固定相の表面構造は変化させずに、主に移動相中に含まれている溶質と固定相表面との相互作用を移動相の溶媒を変化させることによって行われている。例えば、多くの分野で使用されているHPLCにおいては、固定相としてシリカゲル等の担体を用いた順相系のカラムではヘキサン、アセトニトリル、クロロホルムなどの有機溶媒を移動相として使用しており、また水系で分離されるシリカゲル誘導体を担体として用いた逆相系のカラムではメタノ-ル、アセトニトリルなどの有機溶媒が使用されている。
【0005】
また、陰イオン交換体あるいは陽イオン交換体を固定相とするイオン交換クロマトグラフィーでは外的イオン濃度あるいは種類を変化させて物質分離を行っている。近年遺伝子工学等の急速な進歩により、生理活性ペプチド、タンパク質、DNAなどが医薬品を含む様々な分野に広範囲にその利用が期待され、その分離・精製は極めて重要な課題となっている。特に、生理活性物質をその活性を損なうことなく分離・精製する技術の必要性が増大している。
【0006】
しかし、従来の移動相に用いられている有機溶媒、酸、アルカリ、界面活性剤は生理活性物質の活性を損なうと同時に夾雑物となるために、そのシステムの改良が期待されている。また、このような物質の環境汚染の回避という面からもこれらの物質を用いない分離・精製システムが必要となっている。
【0007】
このような背景のもと、これまでに種々の検討がなされてきた。特許文献1には、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0~80℃である高分子で器材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、細胞を上限臨界溶解温度以下または下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上または下限臨界溶解温度以下にすることにより酵素処理なくして培養細胞を剥離させる新規な細胞培養法が記載されている。
【0008】
また、特許文献2には、この温度応答性細胞培養器材を利用して皮膚細胞を上限臨界溶解温度以下或いは下限臨界溶解温度以上で培養し、その後上限臨界溶解温度以上或いは下限臨界溶解温度以下にすることにより培養皮膚細胞を低損傷で剥離させることが記載されている。
【0009】
さらに、特許文献3には、この温度応答性細胞培養器材を用いて培養細胞の表層蛋白質の修復方法が記載されている。温度応答性細胞培養器材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになってきた。
【0010】
温度応答性細胞培養器材を利用することにより、従来の培養技術に対しさまざまな新規な展開をはかれるようになった。しかしながら、ここでの技術は、化学的に不活性なエンジニアプラスチックの表面を電子線等のような高エネルギーを使って被覆加工するものであり、そのためには電子線照射装置のような大掛かりな装置が必要であり、従って、基材の価格もどうしても高くなる問題点があった。
【0011】
そのような課題を解決するために、これまでに幾つかの技術が開発されてきた。その代表的なものが非特許文献1、2のような特定の分子構造を有するポリマーを合成し、基材表面へ被覆する方法が挙げられるが、いずれの技術も従来の細胞培養用基材と同等に細胞を培養でき、上記電子線を用いて作製した細胞培養用温度応答性基材と同等に細胞を温度変化するだけで剥離させ、また、培養細胞がコンフルエントの状態になった場合には細胞シートとして剥離させる技術レベルには達しておらず、その技術レベルを向上させることが求められていた。この点を考慮し、特許文献4には温度応答性ポリマーが結合したブロックコポリマーを被覆した基材表面であれば細胞培養して得られる細胞シートを剥離できるようになると開示されているが、温度応答性ポリマーが基材表面に一様に被覆されているに過ぎず、したがって、培養した細胞の剥離機能にも限界があることが分かった。
【0012】
温度応答性クロマログラフィーの技術において、特に特許文献1で示される技術はそれらの基盤技術にあたる。ここでは、水に対する上限若しくは下限臨界溶解温度が0~80℃であるポリマーで基材表面を被覆した細胞培養支持体上にて、細胞を上限臨界溶解温度以下又は下限臨界溶解温度以上で培養し、その後、上限臨界溶解温度以上又は下限臨界溶解温度以下にすることにより培養細胞を剥離する技術が記載されている。温度応答性ポリマーが生医学分野の細胞培養材料として初めて利用された例であるが、実は、細胞とは基材表面に付着する際、細胞は自ら接着性蛋白質を分泌しそれを介して付着する。従って、ここでの基材表面から細胞が剥離するという現象は、細胞が分泌した接着性蛋白質も基材表面から剥離することも含まれる。事実、この技術で得られた細胞を再播種したり、生体組織に移植したりするとき、この基材から剥離した細胞は基材や組織と良好に付着する。これは、剥離した細胞が培養時に分泌した接着性蛋白質をそのまま保持していることを意味している。すなわち、ここでの技術が本発明でいう温度変化で吸着した蛋白質を脱離させるという温度応答性クロマトグラフィー技術のコンセプトそのものである。
【0013】
特許文献5ではクロマトグラフィー担体として通常使われるシリカゲルやポリマーゲルへ固定化する検討がなされた。しかしながら、実施例を見る限り、実際にその担体を使ったときの溶質の分離した結果(分離チャート)は示されておらず、この担体を用いてどのような物質を分離できるのか、また具体的な課題についても何ら示されておらず、詳細は不明であった。
【0014】
一方、特許文献6では、シリカゲル表面に温度応答性ポリマーを固定化し、その担体を用いての実際に各種ステロイド類、さらにはリンパ球の分離例が示されている。実際にシリカゲル担体表面に固定化された温度応答性ポリマーの特性で各種ステロイド類、さらにはリンパ球を分離させられていることが明確に示されている。しかしながら、ここで例示されている分離結果を見る限り、さらに分離時の理論段数を向上させることが必要であり、このような課題を解決できるような従来技術を大きく改善した革新的な技術が望まれていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開平02-211865号公報
【文献】特開平05-192138号公報
【文献】特開2008-220354号公報
【文献】特願2010-208506号公報
【文献】特開平05-133947号公報
【文献】特開平07-318661号公報
【非特許文献】
【0016】
【文献】Soft Matter,5,2937-2946(2009)
【文献】Interface,4,1151-1157(2007)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決することを意図してなされたものである。すなわち、本発明は、従来技術と全く異なった発想からのより良い細胞剥離機能を有する新規グラフトポリマーを提供することを目的とする。
【0018】
また、本発明は、従来技術と全く異なった発想からのより良い細胞剥離機能を有する新規な温度応答性表面及びその利用法を提供することを目的とする。
【0019】
更に、本発明は、従来技術と全く異なった発想から作製された新規な液体クロマトグラフィー担体を提供することを目的とする。また、本発明は、それを利用した液体クロマトグラフィー法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは細胞培養に関する上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った結果、新規グラフトポリマーを得るに至った。そして驚くべくことに、スチレン骨格のデンドリティックポリマー(dendritic polymers)の末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーを基材に被覆した細胞培養用温度応答性基材を利用すると、短時間冷却するだけで培養細胞を効率良く剥離させられることを見出した。本発明者らは、研究開始当初より、スチレン骨格のデンドリティックポリマーが直鎖状のポリスチレンよりコンパクトな構造になっており、その末端から温度応答性ポリマーが集中して存在する構造をとるグラフトコポリマーの持つ特殊な立体規則性、並びに基材表面上での形態に着目し、このものを細胞培養用基材とすれば、従来技術の温度応答性細胞培養用基材より高性能なものが得られるものと大いに期待していた。また、本発明の基材表面に被覆されたスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーであれば、水に不溶であり、したがって、細胞培養中に当該グラフトポリマーが培地中に溶出することもなく、培養細胞を回収する際に混入することもないことが分かった。また、それにより本発明の細胞培養用温度応答性基材は反復して使用できることも分かった。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0021】
また、本発明者らはクロマトグラフィー担体に関する上記課題を解決するために、種々の角度から検討を加えて、研究開発を行った。その結果、驚くべくことに、スチレン骨格のデンドリティックポリマーを樹脂系のクロマト担体表面に薄層状に固定化すると簡便に固定化でき、そのデンドリティックポリマーに温度応答性を有するポリマーをグラフト化することで、ある温度を境に急激に担体表面のクロマト分離能が異なる現象を示すことを見出した。本発明者らは、研究開始当初、デンドリティックポリマーの持つ立体規則性、並びに分子鎖外側の高密度に存在する官能基に着目し、このものをクロマトグラフィー担体表面に固定化すれば、担体表面に高密度に官能基を設けることができ、それに上述した温度応答性ポリマーを結合させれば、従来技術の温度応答性クロマトグラフィー担体より高性能なものが得られるものと推測していた。本発明で示される技術は、従来技術からは全く予想し得なかったもので、デンドリティックポリマー構造自身の持つ立体規則性も合わされば、従来技術には全くなかった新規なクロマトグラフィーシステムへの発展が期待される。本発明はかかる知見に基づいて完成されたものである。
【0022】
すなわち、本発明は、新規物質であるスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーを提供する。
【0023】
更に、本発明は、スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーが基材に被覆された細胞培養用温度応答性基材を提供する。また、本発明はその細胞培養用温度応答性基材の製造方法を提供する。
【0024】
加えて、本発明は、スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端にそれとは異なる組成のポリマーが結合したグラフトポリマーが固定化されていることを特徴とする液体クロマトグラフィー担体を提供する。また、本発明は、その液体クロマトグラフィー担体を用いた液体クロマトグラフィー法を提供する。
【0025】
本願発明は以下の通りである。
[1]
スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に親水性ポリマーがグラフト化された新規グラフトポリマー。
[2]
デンドリティックポリマーの末端に荷電を有する、[1]記載の新規グラフトポリマー。
[3]
親水性ポリマーが温度応答性を有するポリマーである、[1]、[2]のいずれか1項記載の新規グラフトポリマー。
[4]
温度応答性を有するポリマーが、ポリ-N-置換アクリルアミド誘導体、ポリ-N-置換メタアクリルアミド誘導体、これらの共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール部分酢化物のいずれか一つ、もしくは二つ以上、或いは別のモノマーとの共重合体からなる、[3]記載の新規グラフトポリマー。
[5]
温度応答性を有するポリマーがポリ-N-イソプロピルアクリルアミドである、[4]記載の新規グラフトポリマー。
[6]
別のモノマーが荷電を有するモノマー及び/または疎水性モノマーである、[4]記載の新規グラフトポリマー。
[7]
親水性ポリマーがポリアクリルアミド、ポリ-N、N-ジエチルアクリルアミド、ポリ-N、N-ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するアクリレート、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するメタクリレートのいずれか一つ、もしくは二つ以上からなる、[1]、[2]のいずれか1項記載の新規グラフトポリマー。
[8]
親水性ポリマーが[3]~[7]のいずれか1項記載のポリマーが混合されたものである、[1]、[2]のいずれか1項記載の新規グラフトポリマー。
[9]
スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーが基材に被覆された細胞培養用温度応答性基材。
[10]
デンドリティックポリマーの末端に荷電を有する、[8]記載の細胞培養用温度応答性基材。
[11]
温度応答性を有するポリマーが、ポリ-N-置換アクリルアミド誘導体、ポリ-N-置換メタアクリルアミド誘導体、これらの共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール部分酢化物のいずれか一つ、もしくは二つ以上、或いは別のモノマーとの共重合体からなる、[9]、[10]のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
[12]
温度応答性を有するポリマーがポリ-N-イソプロピルアクリルアミドである、[9]~[11]のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
[13]
別のモノマーが荷電を有するモノマー及び/または疎水性モノマーである、[11]記載の細胞培養用温度応答性基材。
[14]
スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端の一部にポリアクリルアミド、ポリ-N、N-ジエチルアクリルアミド、ポリ-N、N-ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するアクリレート、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するメタクリレートのいずれか一つ、もしくは二つ以上がグラフト化されている、[9]~[13]のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
[15]
細胞培養用温度応答性基材に温度応答性ポリマー分として1.0~7.0μg/cm2の割合で被覆されている、[9]~[14]のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
[16]
グラフトポリマー内の温度応答性ポリマーの含量が40~99.5wt%である、[9]~[15]のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
[17]
グラフトポリマー内の温度応答性ポリマーの分子量が5000以上である、[9]~[16]のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
[18]
基材が粒状、糸状、板状の単独、もしくは2種以上を組み合わせたものであることを特徴とする[9]~[17]のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
[19]
基材の材質がポリスチレンの単独、或いはそれ以外のものと組み合わせたものである、[9]~[18]のいずれか1項記載の細胞培養用温度応答性基材。
[20]
グラフトポリマーを有機溶媒に溶解、もしくは分散させ、当該グラフトポリマー溶液を基材表面へ均一に塗布し、乾燥させることを特徴とする細胞培養用温度応答性基材の製造方法。
[21]
有機溶媒が、テトラヒドロフランとメタノールとの混合液である、[20]記載の細胞培養用温度応答性基材の製造方法。
[22]
テトラヒドロフランとメタノールの混合溶媒の混合比率が1/4である、[21]記載の細胞培養用温度応答性基材の製造方法。
[23]
担体表面にスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端にそれとは異なる組成のポリマーが結合したグラフトポリマーが固定化された液体クロマトグラフィー担体。
[24]
スチレン骨格のデンドリティックポリマーにグラフト化されたポリマーが、温度応答性を有するポリマー、親水性ポリマー、疎水性ポリマーのいずれか一つ、もしくは双方からなる、[23]記載の液体クロマトグラフィー担体。
[25]
温度応答性を有するポリマーが、ポリ-N-置換アクリルアミド誘導体、ポリ-N-置換メタアクリルアミド誘導体、これらの共重合体、ポリビニルメチルエーテル、ポリビニルアルコール部分酢化物のいずれか一つ、もしくは二つ以上、或いは別のモノマーとの共重合体からなる、[24]記載の液体クロマトグラフィー担体。
[26]
温度応答性を有するポリマーがポリ-N-イソプロピルアクリルアミドである、[25]記載の液体クロマトグラフィー担体。
[27]
温度応答性を有するポリマーの分子量が5000以上である、[25]、[26]のいずれか1項記載の温度応答性表面。
[28]
グラフトポリマー中の温度応答性を有するポリマーの含量が40~99.5wt%である、[25]~[27]のいずれか1項記載の温度応答性表面。
[29]
親水性ポリマーがポリアクリルアミド、ポリ-N、N-ジエチルアクリルアミド、ポリ-N、N-ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するアクリレート、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するメタクリレートのいずれか一つ、もしくは二つ以上からなる、[24]記載の液体クロマトグラフィー担体。
[30]
デンドリティックポリマーの末端に荷電を有する、[23]~[29]のいずれか1項記載の液体クロマトグラフィー担体。
[31]
スチレン骨格のデンドリティックポリマーにグラフト化されたポリマーに荷電を有する、[23]~[30]のいずれか1項記載の液体クロマトグラフィー担体。
[32]
担体表面へのグラフトポリマーの固定化量が1.0~7.0μg/cm2である、[23]~[31]のいずれか1項記載の液体クロマトグラフィー担体。
[33]
担体の材質がポリスチレンの単独、或いはそれ以外のものと組み合わせたものである、[23]~[32]のいずれか1項記載の液体クロマトグラフィー担体。
[34]
担体が粒状、糸状、板状の単独、もしくは2種以上を組み合わせたものであることを特徴とする[23]~[33]のいずれか1項記載の液体クロマトグラフィー担体。
[35]
グラフトポリマーを有機溶媒に溶解、もしくは分散させ、当該ポリマー溶液を基材表面へ均一に塗布し、乾燥させることを特徴とする液体クロマトグラフィー担体の製造方法。
[36]
有機溶媒が、テトラヒドロフランとメタノールとの混合液である、[35]記載の液体クロマトグラフィー担体の製造方法。
[37]
テトラヒドロフランとメタノールの混合溶媒の混合比率が1/4である、[36]記載の液体クロマトグラフィー担体の製造方法。
[38]
[23]~[34]のいずれか1項記載の液体クロマトグラフィー担体を用いた液体クロマトグラフィー法。
[39]
一定の温度下で溶質の分離を行うことを特徴とする[38]記載の液体クロマトグラフィー法。
[40]
担体表面の特性が変わる温度を挟むように温度変化させながら溶質の分離を行うことを特徴とする[38]記載の液体クロマトグラフィー法。
[41]
温度変化が断続的、連続的のいずれか一つ、もしくは双方からなるものである、[38]記載の液体クロマトグラフィー法。
[42]
液体クロマトグラフィー担体に溶質を吸着させ、その後、温度を変えて担体表面の特性を変化させることで吸着した溶質を遊離させることを特徴とする[38]記載の液体クロマトグラフィー法。
[43]
液体クロマトグラフィー担体2種以上を同一カラム内に充填し担体表面の特性が変わる温度を挟むようにして温度変化させながら溶質の分離を行うことを特徴とする[38]記載の液体クロマトグラフィー法。
[44]
液体クロマトグラフィー担体を用い、担体表面の特性が変わる温度を挟むようにしてカラム入口端温度とカラム出口端温度を設定し、カラム内は入口端から出口端まで温度勾配をつけることで溶質の分離を行うことを特徴とする[38]記載の液体クロマトグラフィー法。
[45]
移動相が水系である、[38]~[44]のいずれか1項記載の液体クロマトグラフィー法。
[46]
医薬品、及びその代謝物、農薬、ペプチド、蛋白質を分離することを特徴とする[38]~[45]記載の液体クロマトグラフィー法。
【発明の効果】
【0026】
本発明に記載される新規グラフトポリマーを基材表面に被覆することによって得られる基材を使用すれば、効率良く細胞を培養させられ、しかも基材面の温度を変えるだけで短時間で、効率良く剥離させられるようになる。また、このような機能性表面を有した基材が本発明の製造方法によれば、簡便に作製できるようになる。
【0027】
また、本発明に記載される液体クロマトグラフィー担体により、新規な分離システムが提案される。このシステムであれば、ペプチド、蛋白質も広範囲に分離させられるようになる。また、デンドリティックポリマー自身の持つ立体規則性を活用し、溶質の分子構造の違いによる分離も可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの合成経路を示す図である。
【
図2】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの合成経路を示す図である。
【
図3】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの合成条件を示す図である。
【
図4】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの合成条件を示す図である。
【
図5】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの合成条件を示す図である。
【
図6】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの合成結果を示す図である。
【
図7】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの合成結果を示す図である。
【
図8】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの合成結果を示す図である。
【
図9】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの合成結果を示す図である。
【
図10】実施例1のスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの合成結果を示す図である。
【
図11】実施例3で得られた温度応答性表面上で細胞を培養して検討した結果を示す図である。
【
図12】実施例3で得られた温度応答性表面上で細胞を培養して検討した結果を示す図である。
【
図13】実施例3で得られた温度応答性表面上で細胞を培養して検討した結果を示す図である。
【
図14】実施例5に示すステロイドの分離をした図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
本発明は、スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマー及び当該グラフトポリマーが基材表面に被覆された細胞培養用温度応答性基材である。基材表面に被覆されたとき、スチレン骨格のデンドリティックポリマー部分は、細胞の培養のとき、並びに本発明の特徴でもある温度を変えることで培養した細胞を剥離させるときにおいても基材表面から遊離させない効果を有する。本発明で示すデンドリティックポリマーとはスチレン骨格であれば特に制約されるものではない。またその製造方法も特に制約されるものではないが、例えば、常法として行われているクロロベンゼン中で塩化銅存在下で原子移動ラジカル重合(ATRP)法によって得られる。本発明ではそのスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端から温度応答性ポリマー鎖を伸長させるために、クロルメチルスチレン、ブロムメチルスチレン、或いはその他のハロゲン化メチルスチレン等の官能基を有するスチレン誘導体を単独、もしくは2種以上を混合して重合する必要がある。その際、デンドリティックポリマーを構成する総モノマー中の官能基を有するスチレン誘導体の混合比は5%以上~90%以下が良く、好ましくは10%~80%(即ち、10%以上かつ80%以下)が良く、さらに好ましくは15%~70%(即ち、15%以上かつ70%以下)が良く、最も好ましくは20%~60%(即ち、20%以上かつ60%以下)が良い。官能基を有するスチレン誘導体の混合比が5%未満であると末端から温度応答性ポリマー鎖を導入する効率が悪くなり、本発明で目標とする温度応答性ポリマー導入率に至らず、本発明のグラフトポリマーとして好ましくない。また、そのようなグラフトポリマーであると、被覆されるポリスチレン製の基材と類似した性質を有するため、当該グラフトポリマーを溶解する有機溶媒は基材表面も溶解させることとなり、基材表面上へ当該グラフトポリマーを塗布するための適切な溶媒がなくなり好ましくない。また、官能基を有するスチレン誘導体の混合比が90%を超えると逆に末端から温度応答性ポリマー鎖を導入する効率が良くなり、そのようなグラフトポリマーでは温度応答性ポリマーの性質の強いものが得られ、たとえば、当該グラフトポリマーが水に溶け易くなり、細胞培養中に当該グラフトポリマーが培地中に溶出する可能性もあり、培養細胞を回収する際に混入する可能性もあり、本発明のグラフトポリマーとして好ましくない。また、デンドリティックポリマーの分子量は特に限定されるものではないが、以下に示すデンドリティックポリマーに結合する温度応答性ポリマーとの比率を考慮すると2000~20000(即ち、2000以上かつ20000以下)が良く、好ましくは2500~15000(即ち、2500以上かつ15000以下)が良く、さらに好ましくは3000~10000(即ち、3000以上かつ10000以下)が良く、最も好ましくは4000~8000(即ち、4000以上かつ8000以下)である。デンドリティックポリマーの分子量が2000より小さいと温度応答性ポリマー鎖の比率が高くなり、そのようなグラフトポリマーでは温度応答性ポリマーの性質の強いものが得られ、たとえば、当該グラフトポリマーが水に溶け易くなり、細胞培養中に当該グラフトポリマーが培地中に溶出する可能性もあり、培養細胞を回収する際に混入する可能性もあり、本発明のグラフトポリマーとして好ましくない。逆にデンドリティックポリマーの分子量が20000より大きいと本発明で目標とする温度応答性ポリマー導入率に至らず、本発明のグラフトポリマーとして好ましくない。また、そのようなグラフトポリマーであると、被覆されるポリスチレン製の基材と類似した性質を有するため、当該グラフトポリマーを溶解する有機溶媒は基材表面も溶解させることとなり、基材表面上へ当該グラフトポリマーを塗布するための適切な溶媒がなくなり好ましくない。さらに、本発明の場合、常法によりデンドリティックポリマーの末端に水酸基、カルボキシル基、アミノ基、カルボニル基、アルデヒド基、スルホン酸基等の正負の荷電を付与させても良く、また、本発明の最終的な化合物であるスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーの段階でデンドリティックポリマー部に水酸基、カルボキシル基、アミノ基、カルボニル基、アルデヒド基、スルホン酸基等の正負の荷電が残っていても良い。
【0030】
また、本発明は、スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端にそれとは異なる組成のポリマーが結合したグラフトポリマーが固定化されていることを特徴とする液体クロマトグラフィー担体及びその液体クロマトグラフィー担体を用いた液体クロマトグラフィー法である。本発明者らは、液体クロマトグラフィー担体に関する上記の要望を満足すべく種々検討した結果、固定相の表面構造を、例えば温度などの外的条件を変化させることによって、移動相を変化させることなく溶質と固定相表面との相互作用を変化させることにより分離・精製する技術を開発し、本発明を完成したもので、本発明の目的は、外的条件を変化させることによって固定相の表面特性を可逆的に変化させ、これによって単一の水系移動相によって分離、精製可能なクロマトグラフィー方法及び該クロマトグラフィーに使用する固定相としての充填剤を提供するものである。本発明の要旨は、例えば固定相である担体表面へデンドリティックポリマーに温度応答性を有するポリマーを結合させたグラフトポリマーを固定化させた場合、移動相を水系に固定したままで、固定相表面の特性を温度によって変化させられる充填剤を用いて溶質の分離を行うことを特徴とするクロマトグラフィー方法である。さらに本発明ではそれを用いた温度応答性クロマトグラフィー法を示す。即ち、本発明を用いることにより、外部温度を臨界温度以上にすることによってペプチドやタンパク質や細胞などの生体要素を分離することが可能となる。従って、この際、有機溶媒、酸、アルカリ、界面活性剤等の薬剤を全く用いないので、これらが夾雑物質となることを防ぎ、また、タンパク質や細胞などの機能を維持したままでの分析と同じに分離にも利用することができる。
【0031】
従来のクロマトグラフィー法では1種類の移動相で種々の化合物が混じっている試料特に極性の大きく異なる複数の試料を分離・分析する場合、分離が困難であり、分離に要する時間が大変長くなってしまう。そのため、このような試料を扱う際には有機溶媒の量や種類を時間と共に連続的に変化させる溶媒グラディエント法或いは段階的に変化させるステップグラディエント法により分離を行っているが、本発明による温度グラディエント法或いはステップグラディエント法では有機溶媒を使用する代わりに単一の移動相でカラム温度を連続的或いは段階的に変化させることにより同様の分離を達成することが可能であり、この方法を採用することによって、上述の夾雑物の混入を防止し、タンパク質や細胞などの機能を維持したままで分離できると共に所望の成分を温度でコントロ-ルすることによって短時間で分離が可能なのである。
【0032】
以下に本発明を具体的に示す。本発明はスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端にそれとは異なる組成のポリマーが結合したグラフトポリマーが固定化された液体クロマトグラフィー担体である。そして、このデンドリティックポリマーだけが薄層状に固定化されていても担体表面に特性に温度応答性が発現する。その理由は、現時点では明確になっていないが、おそらくデンドリティックポリマー自身の持つ機能が、担体表面に薄層状に固定化され、デンドリティックポリマー分子鎖が束縛され大きく変化したためと考えられる。本発明では、クロマトグラフィー担体の親疎水性、デンドリティックポリマー分子鎖中の疎水性基の担体表面への露出程度、分子鎖の揺らぎ、分子鎖の分子認識能、排除限界、ガラス転移点等のいずれか一つ、もしくは二つ以上の因子が重なり合った結果と考えられるが、この理由は本発明の技術を何ら制約するものではない。
【0033】
本発明に用いる温度応答性ポリマーは下限臨界溶解温度(LCST)を有するポリマー、上限臨界溶解温度(UCST)を有するポリマーが挙げられるが、それらのホモポリマー、コポリマー、或いは混合物のいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特公平06-104061号公報に記載されているポリマーが挙げられる。具体的には、例えば、以下のモノマーの単独重合または共重合によって得られる。使用し得るモノマーとしては、例えば、(メタ)アクリルアミド化合物、N-(若しくはN,N-ジ)アルキル置換(メタ)アクリルアミド誘導体、またはビニルエーテル誘導体、ポリビニルアルコール部分酢化物が挙げられ、コポリマーの場合は、これらの中で任意の2種以上を使用することができる。その際、分離される物質が生体物質であることから、分離が5℃~50℃の範囲で行われるため、温度応答性ポリマーとしては、ポリ-N-n-プロピルアクリルアミド(単独重合体の下限臨界溶解温度21℃)、ポリ-N-n-プロピルメタクリルアミド(同27℃)、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミド(同32℃)、ポリ-N-イソプロピルメタクリルアミド(同43℃)、ポリ-N-シクロプロピルアクリルアミド(同45℃)、ポリ-N-エトキシエチルアクリルアミド(同約35℃)、ポリ-N-エトキシエチルメタクリルアミド(同約45℃)、ポリ-N-テトラヒドロフルフリルアクリルアミド(同約28℃)、ポリ-N-テトラヒドロフルフリルメタクリルアミド(同約35℃)、ポリ-N,N-エチルメチルアクリルアミド(同56℃)、ポリ-N,N-ジエチルアクリルアミド(同32℃)などが挙げられる。更には、上記モノマー以外のモノマー類との共重合、ポリマー同士のグラフトまたは共重合、あるいはポリマー、コポリマーの混合物を用いてもよい。また、ポリマー本来の性質を損なわない範囲で架橋することも可能である。その際利用されるモノマーとしては特に限定されないが、疎水性モノマーとしては、たとえばn-ブチルアクリレート、t-ブチルアクリレート等のアルキルアクリレート、n-ブチルメタクリレート、t-ブチルメタクリレート、メチルメタクリレート等のアルキルアクリレート等が挙げられる。また、電荷を生じる官能基を持ったイオン性モノマーとして、たとえばアミノ基を有するポリマーの構成単位としてジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリルアミド、ジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート、アミノアルキル(メタ)アクリレート、アミノスチレン、アミノアルキルスチレン、アミノアルキル(メタ)アクリルアミド、アルキルオキシアルキルトリメチルアンモニウム塩、(メタ)アクリルアミドアルキルトリメチルアンモニウム塩である3-アクリルアミドプロピルトリメチルアンモニウムクロライド等が挙げられ、また、カルボキシル基を有するポリマーの構成単位としてアクリル酸、メタクリル酸、スルホン酸を有するポリマーの構成単位として(メタ)アクリルアミドアルキルスルホン酸等が挙げられるが、本発明ではこれらに限定されるものではない。
【0034】
本発明では、本発明の温度応答性が損なわれない範囲ならば、そのデンドリティックポリマーに別のポリマーがグラフト化されていても良い。そのようなポリマーは特に限定されないが、たとえば親水性ポリマーが挙げられる。本発明に用いられる親水性ポリマーとしては、ホモポリマー、コポリマーのいずれであっても良い。例えば、ポリアクリルアミド、ポリ-N、N-ジエチルアクリルアミド、ポリ-N、N-ジメチルアクリルアミド、ポリエチレンオキシド、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するアクリレート、ポリエチレンオキシドを側鎖に有するメタクリレート、ポリアクリル酸及びその塩、ポリヒドロキシエチルメタクリレート、ポリヒドロキシエチルアクリレート、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、セルロース、カルボキシメチルセルロース等の含水ポリマーなどが挙げられるが、特に制約されるものではない。
【0035】
本発明において、以上よりスチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーを得る。そのグラフトポリマー中の温度応答性ポリマーは、当該グラフトポリマー内の含量として40.0~99.5wt%(即ち、40.0wt%以上、かつ99.5wt%以下)の範囲が良く、好ましくは50~99wt%%(即ち、50wt%以上、かつ99wt%以下)の範囲が良く、さらに好ましくは70~98wt%%(即ち、70wt%以上、かつ98wt%以下)の範囲が良く、最も好ましくは85~97wt%%(即ち、85wt%以上、かつ97wt%以下)の範囲が良い。40.0wt%未満の場合、温度を変えても当該ポリマー上の培養細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。また、上述の通り、そのようなグラフトポリマーであると、被覆されるポリスチレン製の基材と類似した性質を有するため、当該グラフトポリマーを溶解する有機溶媒は基材表面も溶解させることとなり、基材表面上へ当該グラフトポリマーを塗布するための適切な溶媒がなくなり好ましくない。逆に99.5wt%より多いと当該グラフトポリマーが水に溶け易くなり、細胞培養中に当該グラフトポリマーが培地中に溶出する可能性もあり、培養細胞を回収する際に混入する可能性もあり、本発明のグラフトポリマーとして好ましくない。
【0036】
本発明におけるグラフトポリマーを構成する温度応答性ポリマーは、分子量が3000以上であれば使用可能であるが、分子量として5000以上のものが良く、好ましくは10000以上のものが良く、さらに好ましくは17000以上のものが良く、最も好ましくは20000以上が良い。分子量が3000より少ない場合、温度を変えても当該ポリマー上の培養細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。
【0037】
本発明におけるグラフトポリマーは、温度応答性ポリマー分として1.0~7.0μg/cm2(即ち、1.0μg/cm2以上、かつ7.0μg/cm2以下)の範囲で被覆されたものであり、好ましくは2.0~5.0μg/cm2(即ち、2.0μg/cm2以上、かつ5.0μg/cm2以下)であり、さらに好ましくは2.5~4.5μg/cm2(即ち、2.5μg/cm2以上、かつ4.5μg/cm2以下)であり、最も好ましくは3.0~3.5μg/cm2(即ち、3.0μg/cm2以上、かつ3.5μg/cm2以下)である。1.0μg/cm2より少ない被覆量のとき、温度を変えても当該高分子上の培養細胞は剥離し難く、作業効率が著しく悪くなり好ましくない。逆に7.0μg/cm2より多いと、その領域に細胞が付着し難く、細胞を十分に付着させることが困難となり、本発明の細胞培養基材として好ましくない。
【0038】
本発明の場合、スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に温度応答性ポリマーがグラフト化されたグラフトポリマーを基材表面へ必要量のみを塗布すれば良い。本発明のグラフトポリマーは水不溶なため塗布後洗浄する必要はなく、したがって塗布したグラフトポリマー中の温度応答性ポリマー量がそのまま基材表面の温度応答性ポリマーとなる。必要があれば、その温度応答性ポリマーの被覆量の測定は常法に従えば良く、例えばFT-IR-ATR法、元素分析法、ESCA等を利用すれば良く、いずれの方法を用いても良い。
【0039】
本発明のグラフトポリマーとは、水不溶性ポリマーのスチレン骨格のデンドリティックポリマーと水に親和性を有する温度応答性ポリマーが結合したものである。従って、本グラフトポリマーを基材表面に被覆、乾燥させると、基材表面に微細な相分離構造を形成することが期待される。相分離構造の形態、サイズ等は特に限定されるものではないが、細胞が基材表面に付着する際に、基材表面に相分離構造があると細胞の変性を抑えることが可能となり好都合である。
【0040】
また、本発明の場合、RAFT剤の構造の一部であるジチオエステル系官能基が生成した高分子の末端に残存することになる。これはRAFT重合法に特徴的な現象であり、重合反応が終了した後、さらにその末端から重合反応を開始させることが可能となる。その際、温度応答性高分子の末端に存在するジチオエステル系官能基は2-エタノールアミンなどを添加することにより、容易にチオール基に置換される。この反応は特別な条件下で行われる必要はなく、簡便でありまた短時間で進行する。その結果、反応性の高いチオール基を有する高分子鎖を得ることができるため、マレイミド基、チオール基などの官能基を有する機能性分子を選択的、効率的に高分子鎖末端に修飾できる。従って、本発明の温度応答性培養用基材表面及び温度応答性液体クロマトグラフィー担体表面に新たな機能性を付与することが可能となる。その際、官能基の種類については特に限定されるものではないが、例えば、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、カルボニル基、アルデヒド基、スルホン酸基等が挙げられる。また、そのポリマー鎖末端には細胞接着を促進させるようなペプチドや蛋白質が固定化されていても良い。そして、ポリ-N-イソプロピルアクリルアミドの下限臨界溶解温度(LCST)が末端官能基の親水性・疎水性に依存して変化することから、本発明のようなポリマー鎖末端への官能基導入は、基材表面の温度応答性を別の観点から制御する新たな手法としても期待される。
【0041】
本発明においては、スチレン骨格のデンドリティックポリマーの末端に上記各種ポリマーを固定化するが、その方法は特に限定されるものではない。例えば、上述したハロゲン化メチルスチレンのハロゲン末端をアジド化し、次にクリックケミストリーによって可逆的付加-開裂連鎖移動(RAFT)重合の開始剤(CTA)を修飾し、それを起点に各種モノマーを成長させる等の方法が挙げられる。その際に使用する開始剤は特に限定されるものではないが、例えば、2,2‘-アゾビス(イソブチロニトリル)、2,2’-アゾビス(4-メトキシ‐2,4-ジメチルバレロニトリル)(V-70)、2,2‘-アゾビス[(2-カルボキシエチル)-2-(メチルプロピオンアミジン)(V-057)などがあげられる。本発明では、この開始剤より高分子鎖を成長させる。その際に使用されるRAFT剤としては特に限定されるものでないが、ベンジルジチオベンゾエート、ジチオ安息香酸クミル、2-シアノプロピルジチオベンゾエート、1-フェニルエチルフェニルジチオアセテート、クミルフェニルジチオアセテート、ベンジル1-ピロールカルボジチオエート、クミル1-ピロールカルボジチオエート等があげられる。
【0042】
本発明で重合時に使用する溶媒については特に限定されないが、ベンゼン、テトラヒドロフラン、1,4-ジオキサン、ジメチルホルムアルデヒド(DMF)等が好適である。この溶媒についても何ら限定されるものではないが、重合反応に使用するモノマー、RAFT剤および重合開始剤の種類によって、適宜、選択できる。その他の重合時の開始剤濃度、RAFT剤濃度、反応温度、反応時間等は特に限定されるものではなく、目的に応じて変更して良い。さらに反応液の状態は静置させても攪拌しても良い。
【0043】
本発明では、こうして得られたグラフトポリマーを有機溶媒に溶解、もしくは分散させ、当該コポリマーを基材表面へ均一に被覆すれば良い。その際、使われる溶媒は、当該ブロックコポリマーを溶解、もしくは分散させるものであれば特に限定されるものではなく、例えば、N、N-ジメチルアクリルアミド、イソプロピルアルコール、或いはアセトニトリルとN、N-ジメチルホルムアミドの混合液等が挙げられる。複数の溶媒を併用する場合はその混合比は特に限定されるものではなく、例えばテトラヒドロフランとメタノールの場合、テトラヒドロフランが1、メタノールが4~6の割合、ジオキサンとノルマルプロパノールの場合、ジオキサンが1、ノルマルプロパノールが4~6の割合、トルエンとノルマルブタノールの場合、トルエンが1、ノルマルブタノールが4~6の割合、アセトニトリルとN、N-ジメチルホルムアミドの混合液の場合、アセトニトリルが5、N、N-ジメチルホルムアミドが1の割合、アセトニトリルが4、N、N-ジメチルホルムアミドが1の割合、アセトニトリルが6、N、N-ジメチルホルムアミドが1の割合が良い。
【0044】
本発明では、上記グラフトポリマー溶液を基材表面へ均一に塗布する必要がある。その方法は特に限定されるものではないが、スピンコーターを利用する方法、基材を水平な台の上に静置させる方法等が挙げられる。その後、溶媒を除去すれば本発明である細胞培養用温度応答性基材あるいは液体クロマトグラフィー用温度応答性担体が得られる。その際、溶媒の除去方法は特に限定されるものではないが、室温/大気中で時間をかけてゆっくり蒸発させる方法、室温/溶媒飽和環境下で時間をかけてゆっくり蒸発させる方法、加熱して蒸発させる方法、減圧して蒸発させる方法等が挙げられるが、最終的な細胞培養用温度応答性基材の表面あるいは最終的な液体クロマトグラフィー用温度応答性担体の表面をきれいに作製する上で、前2者の方法が良く、特に室温/溶媒飽和環境下で時間をかけてゆっくり蒸発させる方法が好ましい。
【0045】
被覆を施される細胞培養基材の材質は、通常細胞培養に用いられるガラス、改質ガラス、ポリスチレン、ポリメチルメタクリレート等の物質のみならず、一般に形態付与が可能である物質、例えば、上記以外のグラフトポリマー、セラミックス、金属類など全て用いることができる。その形状は、ペトリ皿等の細胞培養皿に限定されることはなく、プレート、ファイバー、(多孔質)粒子であってもよい。また、一般に細胞培養等に用いられる容器の形状(フラスコ等)を有したものであっても差し支えない。
【0046】
本発明で得られる細胞培養用温度応答性基材表面に対して、使用される細胞は動物細胞であれば良く、その入手先、作製方法は特に限定されるものではない。本発明の細胞は、例えば、動物、昆虫、植物等の細胞、細菌類が挙げられる。特に、動物細胞の由来として、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ラット、ヌードマウス、マウス、モルモット、ブタ、ヒツジ、チャイニーズハムスター、ウシ、マーモセット、アフリカミドリザル等が挙げられるが特に限定されるものではない。また、本発明で用いる培地は、動物細胞を培養する培地であれば特に限定されないが、例えば、無血清培地、血清含有培地等が挙げられる。そのような培地は、さらにレチノイン酸、アスコルビン酸等の分化誘導物質を添加しても良い。基材表面への播種密度は常法に従えば良く特に限定されるものではない。
【0047】
また、本発明の細胞培養用温度応答性基材であれば、培養基材の温度を培養基材上の温度応答性ポリマーの上限臨界溶解温度以上若しくは下限臨界溶解温度以下にすることによって培養細胞を酵素処理なく剥離させることができる。その際、培養液中において行うことも、その他の等張液中において行うことも可能であり、目的に合わせて選択することができる。細胞をより早く、より高効率に剥離、回収する目的で、基材を軽くたたいたり、ゆらしたりする方法、更にはピペットを用いて培地を撹拌する方法等を単独で、あるいは併用して用いても良い。
【0048】
本発明に記載される細胞培養用温度応答性基材を利用することで、各組織から得られた細胞を効率良く培養できるようになる。この培養方法を利用すれば、温度を変えるだけで損傷なく、効率良く剥離することができるようになる。従来、こうした作業には手間と作業者の技術を必要としていたが、本発明であればその必要がなくなり、細胞の大量処理ができるようになる。本発明では、このような培養基材表面をリビングラジカル重合法を利用することで作製され、培養基材表面を簡便に精密に設計でき、続けて分子鎖末端に対して反応を続ければ簡便に官能基を入れられ、細胞培養に極めて有利である。
【0049】
また、本発明で使用する担体はクロマトグラフィー用の担体であれば特に制約されるものではないが、スチレン骨格のデンドリティックポリマーを効率良く固定できるポリスチレンが良い。その際、細孔径は特に制約されるものではないが、50~5000Å(即ち、50Å以上かつ5000Å以下)が良く、好ましく100~1000Å(即ち、100Å以上かつ1000Å以下)、さらに好ましくは120~500Å(即ち、120Å以上かつ500Å以下)である。50Å未満であると分離できる溶質の分子量のかなり低いものだけが対象となり、また5000Åを超えると担体表面積が少なくなり分離が著しく悪くなる。
【0050】
本発明では、こうして得られた温度応答性液体クロマトグラフィー担体をカラムに充填し、通常の液体クロマトグラフィー装置に取り付けて、液体クロマトグラフィーシステムとして利用される。その際、本発明の分離はカラム内に充填された担体の温度に影響される。その際、担体への温度の負荷方法は特に制約されないが、例えば担体を充填したカラムの全部、もしくは一部を所定の温度にしたアルミブロック、水浴、空気層、ジャケットなどに装着すること等が挙げられる。
【0051】
その分離方法は特に限定されるものではないが、一例として、担体が充填されたカラムを一定の温度下で溶質の分離を行う方法が挙げられる。本発明の担体は温度によってその表面の特性が変わる。分離したい物質によっては、適正な一定温度に設定するだけで分離する場合もある。
【0052】
別の分離方法の一例としては、あらかじめ担体表面の特性が変わる温度を確認しておき、その温度を挟むようにして温度変化させながら溶質の分離を行っても良い。この場合、温度変化だけで担体表面の特性が大きく変わるので、溶質によってはシグナルの出てくる時間(保持時間)に大きな差が生じることが期待される。本発明の場合、この担体表面の特性が大きく変わる温度を挟むようにして分離することが最も効果的な利用方法である。通常、デンドリティックポリマーだけが担体表面に結合されている場合、医薬品などの疎水性物質を溶質とした場合、担体表面の特性が大きく変わる温度の低温側の方が、高温側の方より保持時間が長くなる。これは、上述したような理由から担体表面のデンドリティックポリマーの特性があたかも低温側の方が疎水的な表面になっていることを意味するためと推測される。
【0053】
その温度変化をさせる際、温度変化は溶質を流し始めてから1回もしくはそれ以上の回数で断続的に変化させても良く、連続的に変化させても良い。またそれらの方法を組み合わせても良い。その際の温度変化は、手動で行っても良く、プログラムに従って自動的に温度制御できる装置を利用しても構わない。
【0054】
或いは、別の分離方法の一例としては、得られた温度応答性液体クロマトグラフィー担体に溶質を一度吸着させ、その後、温度を変えて担体表面の特性を変化させることで吸着した溶質を遊離させるような、キャッチアンドリリース法に基づいて利用する方法が挙げられる。その際に吸着させる溶質量は担体に吸着しうる量を超えていても良く、超えていなくても良い。いずれにせよ一度吸着させ、その後、温度を変えて担体表面の特性を変化させること吸着した溶質を遊離させる利用法である。
【0055】
さらに、2種類以上の温度応答性液体クロマトグラフィー担体を同一カラム内に充填し担体表面の特性が変わる温度を挟むようにして温度変化させながら溶質の分離を行っても良い。この場合、例えば2種類の担体を利用した場合、3カ所の担体表面の異なる温度域が生じることとなり、この3カ所の温度を挟むようにして上述したような方法で温度変化させれば良いことになる。このことを2種類以上の温度応答性液体クロマトグラフィー担体を2本以上のカラム内に充填して行っても良い。
【0056】
別の分離方法の一例としては、温度応答性液体クロマトグラフィー担体を用い、担体表面の特性が変わる温度を挟むようにしてカラム入口端温度とカラム出口端温度を設定し、カラム内の温度を入口端から出口端まで温度勾配をつけることで溶質の分離を行う方法が挙げられる。その段階的に温度を変える方法は特に限定されないが、例えばカラム入口端温度とカラム出口端温度を十分に監視しカラム全体を保温する方法、複数個の温度の異なるアルミブロックをつなげてカラムに接触させるような方法などが挙げられる。
【0057】
本発明は以上に示してきたように移動層を固定したまま温度だけで溶質の分離を行えるものである。その際、移動相が100%水系が好ましいが、本発明の場合、担体表面に固定化されているデンドリティックポリマーの特性によるため移動相の組成には特に制約されるはなく、例えば移動相に溶媒含まれていても、pHを変えても、塩を含んでいても良い。その際、溶媒濃度を変え、溶媒グラディエント法を併用して本発明の担体を利用しても構わない。また、移動相が100%有機溶媒でも構わない。
【0058】
以上に示してきた本発明の温度応答性液体クロマトグラフィー担体、及びそれを用いたクロマトグラフィー法を用いれば、医薬品、及びその代謝物、農薬、ペプチド、蛋白質を分離することができる。その際には、カラム内の温度を変化させるだけで簡便な操作だけで分離が達成できる。
【実施例】
【0059】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を何ら限定するものではない。
【実施例1】
【0060】
(1)ハイパーブランチポリスチレン(HBPS)の合成
シュレンク管にスチレン(8.05 g),CMS(5.46 g)およびクロロベンゼン(20mL)を加え、freeze-pump-thawサイクルを3回繰り返し脱気した。次に2,2’-ビピリジル(1.64 g)およびCuCl(0.520 g)を加え、さらにfreeze-pump-thawサイクルを3回繰り返すことで完全に脱気したのち、120℃のオイルバスを用いて真空下で攪拌した。4時間後急冷で反応を終了し、THFで約2倍に希釈したのちに中性アルミナで濾過することで銅触媒を除いた。さらに反応溶液をヘキサンで再沈殿し、60℃で一晩真空乾燥することによって純粋なポリマー(以下、HBPSとする。)を得た。得られたものをNMRで分析した結果を
図7に示す。この結果より、目的のものが得られていることが分かった。
(2)RAFT剤(CTA; reversible addition-fragmentation Chain-Transfer Agent)の合成
ナスフラスコ内でリン酸三カリウム(1.02 g)、ドデカンチオール(1.34 g)、アセトン(20mL)を10分間攪拌した後、二硫化炭素(1.37 g)を加え、さらに、10分間攪拌した。次に2-ブロモイソ酪酸(1.00 g)を加えたのち、窒素雰囲気下において室温で13時間攪拌した。反応溶液の溶媒を留去しジクロロメタンに溶解させ、1M 塩酸と水、飽和食塩水により分液抽出した。さらにシリカゲルクロマトグラフィーによって精製し黄色の結晶として目的物を得た。
(3)Propargyl terminated CTAの合成
上で得られたCTA(1.00 g)、Propargyl Alcohol(0.308 g)、及びDMAP(0.355 g)をナスフラスコに加え窒素置換した後、ジクロロメタン(50mL)を加えた。0℃で30分間攪拌した後に,DCM(5mL)中に溶かしたDCC(0.567 g)をゆっくりと滴下し24時間攪拌する。反応後、副生成物を濾別し溶媒を除去したのち、シリカゲルクロマトグラフィーによって鮮やかな濃橙色の目的物を単離した。
(4)ハイパーブランチポリスチレン末端におけるPNIPAMのブロック共重合
(4-1)ハイパーブランチポリスチレン末端のアジド化
上で得られたHBPSおよびNaN3(
図3)を窒素置換したのちDMF(10mL)を加え45℃で3日間攪拌した。反応後DMFを留去し、DCMに溶かして水と飽和水溶液で分液抽出した。45℃で一晩真空乾燥させた。得られた末端アジド化ポリマー(以下、HBPS-N3とする。)は不安定なため、乾燥後すみやかに次の反応に移した。
(4-2)ハイパーブランチポリスチレン末端のCTA修飾(Click Reaction)
ナスフラスコにおいて、上で得られた Propargyl terminated CTA、種々のN3-HBPSを
図4の通り加え、Cu(PPh3)3Br(30 mg)と共に窒素置換し、さらにDMF(20mL)を加えた。室温で3日間攪拌したのち、DMFを留去した。THFに溶解させヘキサンで再沈殿したのち40℃で一晩真空乾燥し、末端CTA化ポリマー(以下、HBPS-CTAとする。)を単離した。
(4-3)PNIPAMの可逆的付加開裂連鎖移動(RAFT; reversible addition-fragmentation chain-transfer)重合
5mL凍結アンプル管にAIBN(1mg)、THF(1.5mL)、NIPAM、および種々のHBPS -CTAを
図5の通り加えた。系をfreeze-pump-thawサイクルで4回脱気し、真空下70℃で24時間攪拌した。反応後氷浴で急冷した後、THFで希釈しヘキサンで再沈殿を行った。45℃で一晩真空乾燥することで最終目的物(HBPS-PNIPAM)を得た。サンプル50-1、20-1、10-1をNMRで分析した結果をそれぞれ
図8、
図9、
図10に示す。この結果より、目的のものが得られていることが分かった。
【実施例2】
【0061】
細胞培養基材表面へのHBPS-PNIPAMのコーティング
(2-1)HBPS-PNIPAMコーティング溶液の調製
各HBPS-PNIPAMをサンプル瓶に約10mg採取し、採取量を正確に秤量し、ピペットでHBPS-PNIPAMコーティング時の展開溶媒であるテトラヒドロフラン/メタノール(混合比:1/4)4 mlを加え、溶解させた(以降,ポリマー原液)。このポリマー原液をさらに所定量に小分けし、さらに所定量のテトラヒドロフラン/メタノール(混合比:1/4)加え、希釈する(以下、ポリマーコーティング溶液とする。)ことで、50μlにHBPS-PNIPAM が57.6μg、48.0μg、43.2μg、38.4μg、33.6μg、28.8μg、24.0μg、19.2μg、14.4μg溶解した各ポリマーコーティング溶液を調製した。
(2-2)細胞培養基材表面へのHBPS-PNIPAMのコーティング
上で得られた各ポリマーコーティング溶液50μlを市販の細胞培養用PStシャーレ(ベクトン・ディッキンソン社製Falcon3001,培養面積9.6cm2)へ滴下した。その後、シャーレの蓋を閉め、室温下で90分間静置し、テトラヒドロフラン/メタノール(混合比:1/4)溶媒を静かに蒸発させることでHBPS-PNIPAMがコーティングされたPStシャーレを得た(以降,温度応答性シャーレ)。HBPS-PNIPAM が57.6μg、48.0μg、43.2μg、38.4μg、33.6μg、28.8μg、24.0μg、19.2μg、14.4μg溶解した各ポリマーコーティング溶液を培養面積9.6cm2のPStシャーレへ50μl塗布することで、それぞれHBPS-PNIPAM が6.0μg/cm2、5.0μg/cm2、4.5μg/cm2、4.0μg/cm2、3.5μg/cm2、3.0μg/cm2、2.5μg/cm2、2.0μg/cm2、1.5μg/cm2の割合でコーティングされたPStシャーレを得ることになる。
【実施例3】
【0062】
温度応答性シャーレの細胞評価
上で得られた各温度応答性シャーレへ3T3マウス線維芽細胞を播種し、培養初期(培養1日後)、並びに長期培養後(培養4日後)の細胞の付着性、冷却による培養細胞の剥離性を検討することで温度応答性シャーレの細胞評価を行った。
(3-1)培養初期における温度応答性シャーレの細胞評価
温度応答性シャーレへ培地(ダルベッコー改変イーグル培地(DMEM)、10%仔ウシ血清含)2mlを加え、さらに3T3マウス線維芽細胞が1×10
5個分散した培地200μlを加え、CO
2インキュベーター(37℃、5%CO
2)中で24時間培養を行った。培養終了後、培養細胞の付着状態を倒立顕微鏡を用いて観察した。その後、培養細胞が入った温度応答性シャーレを低温CO
2インキュベーター(20℃、5%CO
2)内で静置し、15分間冷却した。冷却後、培養細胞の剥離状態を倒立顕微鏡で観察した。
(3-2)長期培養後における温度応答性シャーレの細胞評価
温度応答性シャーレへ培地(ダルベッコー改変イーグル培地(DMEM)、10%仔ウシ血清含)2mlを加え、さらに3T3マウス線維芽細胞が1×10
5個分散した培地200μlを加え、CO
2インキュベーター(37℃、5%CO
2)中で4日間培養を行った。培養終了後、培養細胞の付着状態、並びに培養細胞がシャーレ内で満杯(コンフルエント)になるまで増殖しているかどうかを倒立顕微鏡を用いて観察した。その後、培養細胞が入った温度応答性シャーレを低温CO
2インキュベーター(20℃、5%CO
2)内で静置し、15分間冷却した。冷却後、培養細胞の剥離状態、培養細胞がシート状で剥離しているかどうかを倒立顕微鏡で観察した。サンプル50-1を3.0μg/cm
2コーティングしたシャーレ上の培養終了時のようすを
図11(1)、15分間冷却した後の培養細胞のようすを
図11(2)に示す。また、サンプル50-2を3.5μg/cm
2コーティングしたシャーレ上の培養終了時のようすを
図12(1)、15分間冷却した後の培養細胞のようすを
図12(2)に示す。さらにサンプル30-1を2.5μg/cm
2コーティングしたシャーレ上の培養終了時のようすを
図13(1)、15分間冷却した後の培養細胞のようすを
図13(2)に示す。いずれの結果からも本発明の細胞培養用温度応答性基材であればいずれのものも、細胞は増殖しコンフルエントの状態に達し、その培養細胞を15分間冷却するだけでシート状で剥離することが分かった。
【比較例1】
【0063】
細胞培養基材を温度応答性ポリマーがコーティングされていない市販の培養基材を用いること以外は実施例3と同様な操作で細胞を培養し、冷却することだけで培養細胞を剥離することを試みた。その結果、市販の培養基材からは培養細胞を剥離させることはできなかった。
【比較例2】
【0064】
実施例1(4-3)サンプル50-1作製時の反応時間を6時間とすることでPNIPAMの分子量が1800のものを得た。このものを実施例2と同様な操作で3.5μg/cm2コーティングした温度応答性培養基材を得た。得られた温度応答性培養基材上で実施例3と同様な操作で細胞を培養し、冷却することだけで培養細胞を剥離することを試みた。その結果、市販の培養基材からは培養細胞を剥離させることはできなかった。
【比較例3】
【0065】
実施例2の方法に従ってサンプル50-1を基材表面へコーティングする際、コーティング量を7.5μg/cm2とすること以外は実施例2と同様な方法で温度応答性基剤を得た。得られた温度応答性培養基材上で実施例3と同様な操作で細胞を培養することを試みた。その結果、本培養基材で培養細胞を付着させることはできなかった。
【実施例4】
【0066】
実施例1(4-2)でハイパーブランチポリスチレン末端のアジド基へアクリル酸を反応させ、ハイパーブランチポリスチレン末端の一部をカルボキシル基にしたものを調製し、その後は、実施例1(4-3)並びに実施例2の方法に従い、サンプル50-2が3.5μg/cm2コーティングした温度応答性培養基材を得た。得られた温度応答性培養基材上で実施例3と同様な操作で細胞を培養し、冷却することだけで培養細胞を剥離することを試みた。その結果、細胞の初期付着性が良好になり、かつ細胞は増殖しコンフルエントの状態に達し、その培養細胞を15分間冷却するだけでシート状で剥離することが分かった。
【実施例5】
【0067】
実施例2の方法に従って得られたサンプル50-2が3.5μg/cm2コーティングした温度応答性培養基材に対し、実施例3と同様な操作で表皮角化細胞を市販のKGM培地を用い無血清下で単層培養させ、培養14日後に冷却することだけで培養細胞を剥離することを試みた。その結果、細胞は増殖しコンフルエントの状態に達し、その培養細胞を15分間冷却するだけでシート状で剥離することが分かった。
【実施例6】
【0068】
実施例2の方法に従って得られたサンプル50-1が4.0μg/cm2コーティングした温度応答性培養基材に対し、実施例3と同様な操作で網膜色素上皮細胞を市販のRtEBM培地を用い血清存在下で単層培養させ、培養21日後に冷却することだけで培養細胞を剥離することを試みた。その結果、細胞は増殖しコンフルエントの状態に達し、その培養細胞を15分間冷却するだけでシート状で剥離することが分かった。
【実施例7】
【0069】
液体クロマトグラフィー担体表面へのHBPS-PNIPAMのコーティング
(7-1)HBPS-PNIPAMコーティング溶液の調製
各HBPS-PNIPAMをサンプル瓶に約10mg採取し、採取量を正確に秤量し、ピペットでHBPS-PNIPAMコーティング時の展開溶媒であるテトラヒドロフラン/メタノール(混合比:1/4)4 mlを加え、溶解させた(以降,ポリマー原液)。このポリマー原液をさらに所定量に小分けし、さらに所定量のテトラヒドロフラン/メタノール(混合比:1/4)加え、希釈する(以下、ポリマーコーティング溶液とする。)ことで、50μlにHBPS-PNIPAM が57.6μg、48.0μg、43.2μg、38.4μg、33.6μg、28.8μg、24.0μg、19.2μg、14.4μg溶解した各ポリマーコーティング溶液を調製した。
(7-2)液体クロマトグラフィー担体表面へのHBPS-PNIPAMのコーティング
上で得られた各ポリマーコーティング溶液50μlをあらかじめシャーレ上に置いた市販の液体クロマトグラフィー用PStビーズへ滴下した。その後、室温下で90分間静置し、テトラヒドロフラン/メタノール(混合比:1/4)溶媒を静かに蒸発させることでHBPS-PNIPAMがコーティングされた液体クロマトグラフィー担体を得た。
【実施例8】
【0070】
ステロイドの分離
2種類のステロイドを精製水に溶解し、次の濃度を有するステロイド混合溶液10mlを調製した。調製後、混合液をPTFEフィルター(0.2μm)で濾過した。
試料A
1.ヒドロコルチゾン 0.03mg/ml
2.テストステロン 0.02mg/ml
【0071】
上記充填剤を充填したカラムに試料A20μl注入した。カラムはHPLC(高速液体クロマトグラフィー)に接続し、移動相に66.7mMリン酸緩衝液、流速1ml/min、UV(紫外可視吸光度検出器)により254nmの波長で検出を行った。カラムを恒温槽に設置し、カラム温度を変化させて分離能を比較した。結果を
図14に示す。40℃では、テストステロン(
図14の右側のピーク)は保持時間11.5分を示したが、30℃では15.6分、20℃では21.2分、10℃では50.9分となった。このようにカラム温度を変化させることによって、担体表面の疎水性相互作用を変化させ、各ステロイドの保持時間を変化させることが可能であることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明により新規なグラフトポリマーを得ることができる。このグラフトポリマーを本明細書に記載される温度応答性細胞培養基材に利用することで、各組織から得られた細胞を効率良く培養できるようになる。この培養方法を利用すれば、温度を変えるだけで損傷なく、短時間に効率良く剥離することができるようになる。
【0073】
また、本明細書に記載されたクロマトグラフィー担体を用いることにより、クロマトグラフィー担体の温度変化だけでペプチド、蛋白質も広範囲に分離させられるようになる。そのため分離操作が簡便となり、分離作業の効率性が良くなる。さらに、デンドリティックポリマー自身の持つ立体規則性を活用し、溶質の分子構造の違いによる分離も可能となる。この方法で得られる分離操作は、たとえば医薬品開発への利用が強く期待される。
【0074】
したがって、本発明は医学、生物学等の分野における極めて有用な発明である。