(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-31
(45)【発行日】2022-04-08
(54)【発明の名称】歯科口腔用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 9/14 20060101AFI20220401BHJP
A61K 31/74 20060101ALI20220401BHJP
A61K 35/66 20150101ALI20220401BHJP
A61K 35/12 20150101ALI20220401BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20220401BHJP
A61P 29/00 20060101ALI20220401BHJP
A61P 31/04 20060101ALI20220401BHJP
A61P 31/10 20060101ALI20220401BHJP
A61P 31/12 20060101ALI20220401BHJP
【FI】
A61K9/14
A61K31/74
A61K35/66
A61K35/12
A61P1/02
A61P29/00
A61P31/04
A61P31/10
A61P31/12
(21)【出願番号】P 2018140634
(22)【出願日】2018-07-26
【審査請求日】2021-02-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000126115
【氏名又は名称】エア・ウォーター株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】507066884
【氏名又は名称】城武 昇一
(74)【代理人】
【識別番号】100135183
【氏名又は名称】大窪 克之
(74)【代理人】
【識別番号】100116241
【氏名又は名称】金子 一郎
(72)【発明者】
【氏名】中島 美砂子
(72)【発明者】
【氏名】森川 直樹
(72)【発明者】
【氏名】城武 昇一
【審査官】一宮 里枝
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/084780(WO,A1)
【文献】特開2011-013242(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0216765(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第102895245(CN,A)
【文献】国際公開第2019/031459(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00- 6/90
A61K 9/00-33/44
A61K 47/00-47/69
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
抗菌ナノ粒子と、ナノバブルとを含有
し、
前記抗菌ナノ粒子が、細菌壁の糖鎖ペプチド表層と親和性があり、細菌に吸着すると細菌壁の合成を阻害する、シアノ基を有するポリマーであり、
前記ナノバブルのゼータ電位が-10mV以下であることを特徴とする、歯科口腔用組成物。
【請求項2】
前記ナノバブルの濃度が1×10
6~1×10
9個/mLであり、
前記ナノバブルの平均気泡径が10~300nmである、請求項1に記載の歯科口腔用組成物。
【請求項3】
前記抗菌ナノ粒子の平均粒径が20~500nmである、請求項1に記載の歯科口腔用組成物。
【請求項4】
前記抗菌ナノ粒子の濃度が0.0001~0.3%(w/v)である、請求項1に記載の歯科口腔用組成物。
【請求項5】
前記抗菌ナノ粒子が、抗生剤、抗菌剤、抗真菌剤、抗ウィルス剤、消毒剤、根管拡大剤、抗炎症剤、創傷治癒や組織再生を促進する生理活性物質および幹細胞由来セクレトーム・エクソゾーム・miRNAからなる群のいずれか一つ以上を内包している、あるいは他の成分を内包しない単味である請求項1に記載の歯科口腔用組成物。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載の歯科口腔用組成物を含有する、歯の根管内の細菌感染治療用組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯のう蝕治療、抜髄・感染根管治療、歯周疾患治療、修復・補綴治療、インプラント周囲炎治療等に用いる、歯内・歯外部、歯周組織、舌、口蓋、口腔内修復物・補綴物の細菌を抑制する抗菌ナノ粒子とナノバブルとを併用した歯科口腔用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
超高齢化社会において歯の健康・機能維持は健康長寿を達成する上で必須である。深い虫歯で神経を除去(抜髄)すると20年ぐらいまでに再感染して根の下に膿が溜まる根尖性歯周炎(感染根管)となり(頻度15~20%、年間1,000万件)、さらにその約25%は難治性に陥り、抜歯・破折の一途を辿る。よって、本発明者は「抜髄しても根尖性歯周炎に至らないようにする歯髄再生治療法」を開発し、すでに臨床研究5症例で安全性を確認し、有効性を示唆した(非特許文献1)。さらにイヌ根尖性歯周炎モデルにおいても、除菌後、抜髄歯と同様の治療法を行うことにより、根尖歯周組織および歯髄再生に成功している(非特許文献2)。一方、難治性感染根管の病因は通常根管貼薬に用いる水酸化カルシウム製剤に対して耐性のE. faecalis(Enterococcus faecalis)が象牙細管や複雑な細孔をもつ歯根の奥深くに侵入し、バイオフィルムを形成するためと推定されている(非特許文献3)。したがって、難治性感染根管治療においては、根管の洗浄・貼薬、および根尖歯周組織の化学的・物理的刺激の可及的除去法の開発が重要である。
【0003】
難治性感染根管は咬合に影響を与えるばかりでなく、慢性の感染源として免疫力の衰えた高齢者の全身に多大な影響を及ぼす。骨粗鬆症治療薬服用中の場合顎骨壊死の危険性により抜歯できない場合も多い。また、抜歯してインプラントを適用できる症例は中高齢者では減少する。したがって、難治性感染根管歯の感染を制御し、抜歯や破折を回避し、歯の機能回復を図ることは、超高齢社会で健康維持に重要である。
【0004】
本発明の発明者は、歯科用ナノバブル発生装置を用いて、ナノサイズの超微細な気泡(ナノバブル)の優れた浸透亢進作用を利用して、標的となる患部に薬剤を有利に浸透させ得る薬剤組成物を提案している(特許文献1)。しかし、難治性感染根管歯の感染を制御する薬剤として、ドキシサイクリン等の抗菌剤をナノバブルと併用すると、ナノバブルの浸透亢進作用が発揮されないという問題を見出した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開 WO2016/084780A1号
【非特許文献】
【0006】
【文献】Nakashima M., Iohara K., Murakami M., Nakamura H., Sato Y., Ariji Y., Matsushita K.: Pulp regeneration by transplantation of dental pulp stem cells in pulpitis: A pilot clinical study. Stem Cell Res Therapy Mar 9; 8(1):61, 2017.
【文献】藤田将典、庵原耕一郎、堀場直樹、立花克郎、中村洋、中島美砂子:「感染根管歯におけるナノバブルと超音波を用いた根管内無菌化と歯髄再生」日本歯科保存 学雑誌. 57(2): 170-179, 2014.
【文献】興地隆史:「歯内療法の争点―難治性根尖性歯周炎の病因と臨床―」Niigata Dent. J. 36(2): 1-15, 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はかかる問題に鑑みてなされたものであって、難治性感染根管歯の感染を制御する薬剤として好適な、歯の根管への浸透性が良好であり、スメア層除去、細菌除去、バイオフィルム除去のために用いられる歯科口腔用組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明にかかる歯の根管内の洗浄・貼薬用に適した歯科口腔用組成物薬剤は、以下の構成を備えている。
抗菌ナノ粒子と、ナノバブルとを含有し、前記抗菌ナノ粒子が、細菌壁の糖鎖ペプチド表層と親和性があり、細菌に吸着すると細菌壁の合成を阻害する、シアノ基を有するポリマーであり、前記ナノバブルのゼータ電位が-10mV以下であることを特徴とする、歯科口腔用組成物。
組成物中に含有されるナノバブルの気相と液相との界面間で界面張力により加圧が生じ、気泡径が小さくなると表面張力による内圧が高くなる。内圧が高くなることで気泡内の気体が液体中に溶け出し、気泡径が小さくなり気泡が消滅する。この自己圧壊作用により、水や窒素などが分解されフリーラジカルが生成される。ナノバブルの自己圧壊作用が、抗菌ナノ粒子の抗菌作用と相乗的に作用することによって、歯および口腔内の感染を制御することができる。
【0009】
前記ナノバブルは、濃度が1×106~1×109個/mL、平均気泡径が10~300nmであることが好ましい。
【0010】
前記抗菌ナノ粒子は、平均粒径が20~500nm、前記抗菌ナノ粒子の濃度が0.0001~0.3%(w/v)であることが好ましく、また、抗生剤、抗菌剤、抗真菌剤、抗ウィルス剤、消毒剤、根管拡大剤、創傷治癒や組織再生を促進する生理活性物質抗炎症剤、創傷治癒や組織再生を促進する生理活性物質および幹細胞由来セクレトーム・エクソゾーム・miRNAからなる群のいずれか一つ以上を内包していてもよく、あるいは他の成分を内包しない単味であっても良い。
【0011】
本発明の歯科口腔用組成物を含有する、歯の根管内の細菌感染治療用組成物。
【発明の効果】
【0012】
本発明の歯科口腔用組成物は、抗菌ナノ粒子とナノバブルとを併用することにより、効果的に歯の根管内のスメア層の除去、細菌・バイオフィルムの除去ならびに歯髄および根尖歯周組織の抗炎症・治癒促進・再生促進が可能である。したがって、根管の洗浄により、難治性感染根管歯の細菌感染を制御し、治癒・再生が促進できる細菌感染治療用組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】粒度分布を示す(A)ナノバブル水のみ(NB)、(B)ドキシサイクリンと98%ナノバブル水併用(DOXY+NB)、(C)最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子のみ(AA)、(D)最終濃度0.006重量体積%(w/v)抗菌ナノ粒子と98%ナノバブル水併用(AA+NB)グラフである。
【
図2】ブタ歯根内の根管壁(RC)を(A)蒸留水(DW)、(B)50%ナノバブル水のみ(NB)、(C)最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子(AA)、(D)抗菌ナノ粒子と50%ナノバブル水併用(AA+NB)、(E)最終濃度35μg/mLドキシサイクリン(DOXY)、(F)最終濃度5μg/mLドキシサイクリンと50%ナノバブル水の併用(DOXY+NB)を用いて5分間洗浄した後、象牙細管内深部に対して、蛍光薬剤(テトラサイクリン)を浸透させた蛍光実体顕微鏡写真である。
【
図3】根管内のスメア層を(A)蒸留水(DW)、(B)98%ナノバブル水(NB)、(C)最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子(AA)、(D)最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子と98%ナノバブル水併用(AA+NB)により5分間洗浄した後の走査電子顕微鏡像の図面代用写真であり、(E)洗浄後の象牙細管数(象牙質壁0.01mm
2あたりのTotal number of dentinal tubules)を統計学的に解析したグラフである。
**P<0.01。
【
図4】根管内のスメア層を(A)98%ナノバブル水(NB)、(B)最終濃度35μg/mLドキシサイクリン(DOXY)、(C)ドキシサイクリンとナノバブル水併用(DOXY+NB)により5分間洗浄した後の走査電子顕微鏡像の図面代用写真であり、(D)洗浄後の象牙細管数(象牙質壁0.01mm
2あたりのTotal number of dentinal tubules)を統計学的に解析したグラフである。
**P<0.01。
【
図5】Enterococcus faecalis (ATCC 19433)を嫌気条件で14日間培養しハイドロキシアパタイトディスク上に形成したバイオフィルムの除去を(A)蒸留水(DW)、(B)98%ナノバブル水(NB)、(C)最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子(AA)、(D)最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子と98%ナノバブル水の併用(AA+NB)により5分行った場合の走査電子顕微鏡像を示す図面代用写真であり、(E)一定面積(0.0025mm
2)あたりの細菌数(Total number of bacteria)を統計学的に解析したグラフである。
【
図6】イヌ歯での感染根管モデルの作製法を模式的に示す断面図である。
【
図7】イヌ感染根管モデルにおけるナノバブルとドキシサイクリンの併用による根管洗浄と貼薬処置を模式的に示す断面図である。
【
図8】イヌ感染根管モデルにおけるドキシサイクリン・ナノバブル水の根管治療効果を示す図である。(A)ドキシサイクリン(DOXY、50μg/mL、200μg/mL、500μg/mL)に対する根管治療開始時の細菌の感受性を示す図面代用写真。(B)最終濃度35μg/mLドキシサイクリン単味(DOXY)、あるいは最終濃度35μg/mLドキシサイクリンと99%ナノバブル水併用(DOXY+NB)による根管洗浄と貼薬後の根管内の細菌コロニー数の変化を示すグラフである。
【
図9】ドキシサイクリン抵抗性の難治性感染根管モデル(イヌ)におけるナノバブル水と抗菌ナノ粒子の併用による根管洗浄と貼薬処置を模式的に示す断面図である。
【
図10】(A)抗菌ナノ粒子(AA)に対する根管治療開始時の細菌の感受性を示す図面代用写真、(B)イヌドキシサイクリン抵抗性の難治性感染根管モデルにおける98%ナノバブル水と最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子の併用による根管治療効果を示す、根管洗浄と貼薬後の根管内の細菌コロニー数の変化を示すグラフである。
【
図11】イヌドキシサイクリン抵抗性の難治性感染根管モデルにおける98%ナノバブル水と最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子の根管治療による根尖病巣の骨吸収像の変化を治療開始前および治療2か月後にCBCTにて検査し、OsiriXにより解析した図である。(A)CBCTによる骨吸収像を示す図面代用写真であり、(B)抗菌ナノ粒子(AA)およびナノバブル水の併用(AA+NB)による根管洗浄と貼薬による治療2か月後の骨吸収体積を術前と統計学的に比較したグラフである。
**P<0.01。
【
図12】イヌドキシサイクリン抵抗性の難治性感染根管モデルにおける98%ナノバブル水と最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子根管治療による細菌およびバイオフィルムの除去効果をグラム染色により比較した図である。(A)は抗菌ナノ粒子のみ(AA)であり、根管治療後4か月であり、(B)は抗菌ナノ粒子およびナノバブル水を併用(AA+NB)し、さらに歯髄幹細胞(アテロコラーゲン中に膜分取歯髄幹細胞およびG-CSFを含む根管充填材)を移植して2か月後の歯根を示す。(A)(B)における歯のa、b、cの枠はそれぞれ、a歯根表面、bセメント小腔(lacunae)、c根尖部歯周組織を示す。
【
図13】イヌドキシサイクリン抵抗性の難治性感染根管モデルにおける98%ナノバブル水と最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子の根管治療による根尖病巣の骨吸収像の変化を移植前、歯髄幹細胞治療2か月後の移植時および歯髄幹移植後2か月後の抜去時にCBCTにて検査し、OsiriXにより解析した図である。(A)は、CBCTによる骨吸収像を示す図面代用写真であり、(B)は抗菌ナノ粒子(AA)および抗菌ナノ粒子とナノバブル水との併用(AA+NB)による根管洗浄と貼薬後、さらに、抗菌ナノ粒子(AA)および抗菌ナノ粒子とナノバブル水との併用(AA+NB)で根管治療した根について細胞治療2か月後および移植後2か月後の骨吸収面積を術前と統計学的に比較したグラフである。
【
図14】Streptococcus mutans (ATCC 25175)を好気条件で2日間培養しハイドロキシアパタイトディスク上に形成したバイオフィルムの除去を、(A)蒸留水(DW)、(B)50%ナノバブル水(NB)、(C)最終濃度0.003%(w/v)抗菌ナノ粒子と50%ナノバブル水の併用(AA+NB)、(D)最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子と50%ナノバブル水の併用(AA+NB)、(E)最終濃度0.03%(w/v)抗菌ナノ粒子と50%ナノバブル水の併用(AA+NB)、(F)最終濃度0.075%(w/v)抗菌ナノ粒子と50%ナノバブル水の併用(AA+NB)、(G)最終濃度0.003%(w/v)抗菌ナノ粒子(AA)、(H)最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子(AA)、(I)最終濃度0.03%(w/v)抗菌ナノ粒子(AA)、(J)最終濃度0.075%(w/v)抗菌ナノ粒子(AA)により5分行った場合の走査電子顕微鏡像を示す図面代用写真であり、(K)一定面積(0.0025mm
2)あたりの細菌数(Total number of bacteria)を統計学的に解析したグラフである(
*P<0.05、
**P<0.01)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の歯科口腔用組成物は、抗菌ナノ粒子とナノバブルとを含有している。歯科口腔用組成物の成分である抗菌ナノ粒子およびナノバブルについて、以下に説明する。
【0015】
<抗菌ナノ粒子>
抗菌ナノ粒子は、シアノアクリレートナノポリマーすなわちナノサイズのアクリレート系ポリマー粒子であり、細菌壁の糖鎖ペプチド表層と親和性が高い。抗菌ナノ粒子が細菌に吸着すると、その部分は細菌壁の合成が阻害される。よって、細菌は内圧が保てずに自己融解する特徴を有する。抗菌ナノ粒子は生分解されるため蓄積されず安全性が高く、耐性ができず自然環境を崩さない。シアノアクリレートナノポリマーの原料として用いられるモノマーの側鎖構造体は直鎖のn-ブチル基であり、代謝系にてホルムアルデヒドを生じないため安全である。また、抗菌ナノ粒子は低濃度で抗菌効果を有する。
【0016】
抗菌ナノ粒子の平均粒径は、細菌壁の合成を阻害する観点から、20~500nmが好ましく、100~500nmがより好ましく、130~250nmがさらに好ましい。本発明において平均粒径とは、メジアン径(D50)すなわち累積分布50体積%時の粒径をいう。また、本発明において範囲「A~B」はA以上B以下を示す。
【0017】
歯科口腔用組成物に含まれる抗菌ナノ粒子の濃度(w/v)は、0.0001~0.3%が好ましく、0.001~0.06%がより好ましく、0.002~0.01%がさらに好ましい。なお、本発明において抗菌ナノ粒子の濃度は、重量/容量パーセント(%(w/v))すなわち歯科口腔用組成物100(mL)に含まれる抗菌ナノ粒子の重量(g)で示す。
【0018】
抗菌ナノ粒子は、例えば、特許第4963221号に記載の方法により製造することができる。この方法により製造される抗菌ナノ粒子は多孔性である。このため、抗菌ナノ粒子の孔の内部に薬剤を抱合させることが可能である。抗菌ナノ粒子に抱合させる薬剤としては、例えば、アンピシリン、ドキシサイクリン、バンコマイシン、レボフロキサンジン等の抗生剤・抗菌剤が挙げられる。また、例えば、抗真菌剤、抗ウィルス剤、消毒剤、根管拡大剤、抗炎症剤、創傷治癒や組織再生を促進する生理活性物質および幹細胞由来セクレトーム・エクソゾーム・miRNAがあげられる。
【0019】
抗菌ナノ粒子に抗菌剤を抱合させることで、抗菌ナノ粒子の吸着性により抗菌剤を細菌壁に付着させ、効果的に抗菌作用を奏する。ただし、上述したとおり、抗菌ナノ粒子は細菌壁の合成を阻害して細菌を自己融解することにより抗菌作用を奏するから、抗菌剤を抱合させないで用いることもできる。
【0020】
抗菌剤にはナノバブルの性質に影響を及ぼすものも存在する。しかし、抗菌剤を抗菌ナノ粒子に抱合させた状態で用いることにより、抗菌剤によるナノバブルへの影響を抑制できる。
【0021】
抗菌ナノ粒子に薬剤を抱合させる方法としては、薬剤の水溶液中に抗菌ナノ粒子を浸漬させる方法や、薬剤の共存下において、シアノアクリレート系モノマーをアニオン重合させる方法等が挙げられる。これら例示した二つの方法では、簡便であり抱合率が高くなることから、後者のアニオン重合させる方法がより好ましい。
【0022】
抗菌ナノ粒子に抱合させる薬剤の濃度は、当該薬剤の性質、使用時の容量などに応じて適宜設定することができる。抗菌剤を抱合させる場合、通常、抗菌ナノ粒子100重量%中に0.1~0.8重量%程度である。
【0023】
<ナノバブル>
本発明の発明者は、既に、歯科用ナノバブル発生装置を用いて、ナノバブルがスメア層(根管拡大清掃時に生じる細菌が混じった切削片が象牙質の象牙細管に詰まったもの)を除去できること、人工的にアパタイト表面に作製したE. faecalisのバイオフィルムを除去できることについて特許出願をしている(特願2017-152594)。当該特許出願に係る明細書において、抜去歯のin vitro実験によりナノバブルが象牙細管内1mm以上深部へ薬剤を浸透させることを明らかにした。
【0024】
ナノバブルは、圧壊時に発生するフリーラジカルの作用により菌の増殖を抑制する。さらに溶液中の微粒子(ナノバブル)の周りに形成される電気二重層中の、液体流動が起こり始める「すべり面」の電位であるゼータ電位が、微粒子の流動性、凝集性、保存性などに関係すると考えられる。
【0025】
ナノバブルは、液状もしくはゲル状を呈する形態中に超微細な気泡として含有されており、気体(空気、二酸化炭素、窒素、酸素、オゾン等)がナノサイズの気泡内に導入され、表面張力による高い内圧が付与され、かつマイナスに帯電している。すなわち、ナノバブルは、高い内圧と帯電荷を有しており、その表面特性やブラウン運動のごとき運動特性等に基づくところの有効な除去促進作用によって、超音波機器等を用いて気泡を破壊することなく、効果的に菌の増殖を抑制できる。ナノバブルに含有される気体は、一種または二種以上を用いることができる。二種以上の気体を用いる場合としては、例えば、気体Aのみからなるナノバブルと気体Bのみからなるナノバブルとの混合物を用いる場合もあれば、気体Aと気体Bとの混合物を含むナノバブルを用いる場合もある。
【0026】
本発明の歯科口腔用組成物が液体製剤である場合、これを構成する溶液は水溶液であることが好ましい。本発明において、ナノバブル状態にある気体を含む水溶液をナノバブル水といい、ナノバブル状態にある気体を含むゲルをナノバブルゲルという。
【0027】
ナノバブル水において、水溶液のpHは特に限定されるものではないが、例えば5.00~6.00の弱酸性とすることが可能である。なお、ナノバブルのゼータ電位はpHが5.00以上で負であり、その絶対値は時間を経ても大きくは変化しない。また、ナノバブル水において、硬度は特に限定されるものではないが、例えば硬度20~30とすることが可能である。
【0028】
ナノバブルの気泡径としては、菌の増殖を効果的に抑制する観点から、その平均気泡径(D50)は100~300nmが好ましく、100~250nmがより好ましく、更に好適には130~230nmがさらに好ましい。ナノバブルの気泡径(直径、サイズ)を上記の範囲に設定することにより、有効な除去促進作用が得られ、抗菌ナノ粒子との併用によって高い抗菌効果を奏する。なお、ナノバブルの気泡径が大きくなりすぎると、除去促進作用が低下するようになる。ナノバブルの気泡径が小径であるほど、一般的に長期保存の安定性に優れる。ナノバブルの気泡径は、逆浸透膜、空気圧等を利用して所望のサイズに調整することができる。
【0029】
ナノバブルは、気泡径がナノサイズであることによりその表面張力により内圧が高くなり、またマイナスに帯電する。ここで、ナノバブルの内圧は、一般にナノバブルの気泡径に対して、Young-Laplace(ヤング-ラプラス)の式により求められ、本発明に用いたナノバブルは、約3~300気圧程度の内圧を有している。また、ナノバブルの水中でのゼータ電位は、-40~0mVであり、ナノバブルはマイナスに帯電していると考えられる。ナノバブルのゼータ電位としては、一般に、-40~0mVの範囲内、中でも-40~-10mVの範囲内であることが望ましい。ナノバブルのゼータ電位を上記の範囲に設定することにより、有効な除去促進作用が得られる。
【0030】
また、ナノバブルの濃度としては、一般に規定容積中に含まれるバブルの個数として示され、本発明では、1×106~1×109個/mLが好ましく、5×106~5×108個/mLがより好ましく、1×106~1×108個/mLがさらに好ましい。ここで、かかるナノバブルの存在量が少なくなりすぎると、除去促進作用を有利に発揮できなくなるからである。また、多くなりすぎると、除去促進作用が飽和する傾向があり、経済的観点からも利点に乏しいものとなる。
【0031】
なお、上記の如きナノバブルのサイズやその存在濃度は、市販のナノ粒子測定装置を用いて測定することができる。例えば、(株)島津製作所のナノ粒子分布測定装置(SALD-7100)や、日本カンタム・デザイン(株)から入手することのできるナノ粒子解析装置(ナノサイトLM-20)等が挙げられる。また、ゼータ電位は、マルバルーン事業部スペクトリス(株)から入手することのできるゼータサイザーナノZ、大塚電子(株)のゼータ電位測定システム(ELSZ-2000Z)、協和界面化学(株)のゼータ電位測定装置(ZC-3000)等があげられる。
【0032】
ところで、本発明において、ナノサイズの気泡径を有するナノバブルは、公知の各種のナノバブル発生装置を用いて形成され得るものである。特に、高分子樹脂フィルムに初期破壊現象であるクレーズを生成してなる通気性フィルムを通じて、それによる気体透過量の制御下において、所定の気体を放出せしめることによって、ナノバブルが形成されるようにした装置(例えば、特許第3806008号公報、特許第5390212号公報に記載)が有利に用いられる。
【0033】
ナノバブル水もしくはナノバブルゲルの製造方法は、特に限定されるものではないが、例えば下記である。即ち、少なくとも、気体透過部に気体透過量を制限し得る高分子樹脂フィルムにクレーズを生成してなる通気性フィルムを配する筒状の気体透過装置を該筒状の循環路内に設置することにより、該筒状気体透過部の外周径と該筒状循環路の内周径との差異により形成される間隙に、ポンプを用いて液圧を調製して、水もしくはゲル状流動体を導入するとともに、気体透過装置の気体透過部に加圧状態を調整して気体を供給することにより、水もしくはゲル状流動体にナノサイズの微細な気泡が混入される。
【0034】
本発明の歯科口腔用組成物は、抗菌ナノ粒子を含有する液体もしくはゲル状の予備組成物と、ナノバブルを含有する水の液体あるいはゲルの固体と、を混合して調製することができる。なお、歯科口腔用組成物は、抗菌ナノ粒子以外の薬剤、細胞抽出物、創傷治癒や組織再生を促進する生理活性物質、細胞培養上清(セクレトーム、エクソゾーム、miRNA)、微生物発酵産物、植物抽出物、精製タンパク質等の種々の組成物と組み合わせて使用可能である。ただし、これらは、歯科口腔用組成物の機能、特にナノバブルと抗菌ナノ粒子との併用による細菌感染制御作用を阻害しない範囲で用いられる。
【0035】
本発明の歯科口腔用組成物は、口腔内付着物の除去促進剤として用いることができる。口腔内付着物は、例えば、スメア層、歯垢(プラーク)、バイオフィルム又は舌苔である。
スメア層を除去するための口腔内付着物の除去促進剤では、単にスメア層を除去するのみならず象牙質強度を保持する必要がある。なお、スメア層は、その一部が象牙細管内まで入り込み、この象牙細管内まで入り込んだスメア層はスメアプラグ又はスメア栓と呼ばれることがある。
プラーク、バイオフィルム又は舌苔を除去するための口腔内付着物の除去促進剤では、ナノバブルを含有するゲルであるナノバブルゲルを適用する。ナノバブルゲルの粘度は、特に限定されるものではないが、例えば450Mpa・s以下である。ナノバブルゲルの粘度が高すぎると流動性が低下するため利便性が低下するおそれがあるからである。
【0036】
また、本発明の歯科口腔用組成物は、中高齢者の狭窄根管を拡大するための根管拡大補助剤として用いることができる。この場合、歯科口腔用組成物は、根管拡大清掃剤をさらに含むこととなる。根管拡大清掃剤は、特に限定されるものではないが、例えばEDTA、クエン酸、クロルヘキシジン、MTAD等が挙げられる。
【0037】
本発明の歯科口腔用組成物は、抗菌ナノ粒子とナノバブルとの相乗的な作用により、歯の根管内の細菌感染を治療できる。このため、難治性感染根管の洗浄・貼薬、および根尖歯周組織の化学的・物理的刺激の可及的除去に有効な、歯の根管内の細菌感染治療用組成物として用いることができる。
【実施例】
【0038】
[実施例1]
(抗菌ナノ粒子混合ナノバブル水の粒径分布測定・ゼータ電位測定)
4種類の溶液[ナノバブル水(0.5×108個/mL、50%)、ドキシサイクリン(最終濃度35μg/mL)とナノバブル水(0.5×108個/mL、50%)との混合物、抗菌ナノ粒子(最終濃度0.006重量体積%(w/v)、(株)ナノカム製)、抗菌ナノ粒子(最終濃度0.006%重量体積(w/v))とナノバブル水(0.5×108個)との混合物]をそれぞれ10mLずつ調製した。調製した溶液について、水中に存在する超微細気泡の粒度分布をナノ粒子解析システム ナノサイトシリーズ(NanoSight社製)により測定し、ゼータ電位はゼータ電位測定装置 ゼータサイザー ナノ シリーズ(Malvern Instruments社製)で測定した。なお、本実施例および実施例2以下では、ナノバブル水は歯科用ナノバブル発生装置 FOAMEST 8(登録商標、(株)ナック製)で空気を用いて製造したナノバブル水を用いた。ナノバブル水の%は、歯科用ナノバブル発生装置から得られた原液を蒸留水で希釈した希釈率(希釈後のナノバブル水における原液の割合)を示している。
【0039】
ナノバブル水と抗菌ナノ粒子の解析システムによる測定は、シリンジでサンプル約5mLを採水し、装置アダプタにアプライし、アダプタを本体にセットして、測定を実施した。ゼータ電位測定は、サンプル200μLを測定用セルにアプライし、セルを装置本体のユニットにセットして測定を実施した。結果を表1および
図1に示す。なお、以下の説明、表および図では、適宜、ナノバブル水をNB、ドキシサイクリンとナノバブル水との混合物をDOXY+NB、抗菌ナノ粒子をAA、抗菌ナノ粒子とナノバブル水との混合物をAA+NBと記す。
図1は、粒度分布を示すグラフであり、(A)NB、(B)DOXY+NB、(C)AA、(D)AA+NBの結果を示している。
【0040】
【0041】
その結果、
図1および表1に示すように、98%ナノバブル水、最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子と98%ナノバブル水(0.5×10
8個/mL)とを併用した混合物の粒度分析のピーク粒径はそれぞれ180nm、179nmであった。また、ゼータ電位はそれぞれ-23.8mV、-18.4mVであった。よって、抗菌ナノ粒子との併用の有無によりナノバブル水の特性にほとんど差が見られなかった。一方、ドキシサイクリン(最終濃度35μg/mL)と99%ナノバブル水(0.5×10
8個/mL)との併用における粒度分布のピーク粒径及びゼータ電位はそれぞれ248nm、-4.0mVと、98%ナノバブル水単独での特性との間に差が見られた。
したがって、抗菌ナノ粒子はナノバブル特性に影響を与えないが、ドキシサイクリンはナノバブル特性に影響を与えることが示唆された。
【0042】
[実施例2]
(ナノバブル水による根管象牙質細管浸透作用)
イヌ抜去歯前歯の擬似根管を#60まで根管拡大形成し、根尖をユニファスト(多目的常温重合レジン、製品名、(株)ジーシー製)にて閉鎖した。5%次亜塩素酸ナトリウム2mLおよび5mL生理食塩水で洗浄し、さらにスメアクリーン(3%EDTA水溶液、製品名、日本歯科薬品(株)製)を2分間根管内に適用し、4℃で生理食塩水内にて保存した。根管内をブローチ綿栓にて乾燥した。最終濃度0.006%(w/v)抗菌ナノ粒子と98%ナノバブル水(0.5×108個/mL)との併用(混合物)、最終濃度0.006%(w/v)の抗菌ナノ粒子、98%ナノバブル水(0.5×108個/mL)、最終濃度35μg/mLのドキシサイクリン、最終濃度35μg/mLのドキシサイクリンと98%ナノバブル水(0.5×108個)との併用(混合物)、最終濃度5mg/mLテトラサイクリンと蒸留水(DW)との併用(混合物)の薬液をそれぞれ調製した。ピペットにて薬液を根管内に輸送して5分間適用し、根管象牙細管内に薬剤を浸透させた。生理食塩水にて洗浄後、ブローチ綿栓にて薬液を除去し、根管内を乾燥させた。歯は歯髄腔が平行になるように金属製の台にユーティリティーワックス(製品名、カボデンタルシステムズジャパン(株)製)、ユニファストIII(超速硬性常温重合レジン、製品名、(株)ジーシー製)にて固定した。ユニファストIIIが硬化したらゼーゲミクロトーム(製品名、来夏マイクロシステムズ(株)製)にて厚さ約300μLの切片標本を作製し、実体蛍光顕微鏡にて観察した。
【0043】
図2(A)~
図2(F)は、ブタ歯根内の根管壁(RC)から象牙細管内深部に対して、蛍光薬剤(テトラサイクリン)を浸透させた蛍光実体顕微鏡写真である。同図に示すように、根管象牙細管内への浸透度は、抗菌ナノ粒子とナノバブル水との混合物、ナノバブル水、抗菌ナノ粒子、蒸留水の順に高かった。抗菌ナノ粒子とナノバブル水との混合物、ナノバブル水では、1mmぐらいまで象牙細管内に浸透がみられた。抗菌ナノ粒子のみでは浸透力が無く、ナノバブル水により抗菌ナノ粒子の浸透度が有意に高められていた。また、ドキシサイクリンとナノバブル水との混合物の浸透度は、ドキシサイクリン単独と比べて高い結果となった。
【0044】
[実施例3]
(ブタ根管象牙質スメア層除去)
割りやすいように予めDisc(研磨ディスク)で切れ目を入れたブタ歯の擬似根管をKファイル(製品名、マニー(株)製)にて#70まで根管拡大形成し、5%次亜塩素酸ナトリウム2mL及び3%過酸化水素水2mLにて交互洗浄した。5mL生理食塩水でさらに洗浄、4℃で生理食塩水内にて保存した。ナノバブル水(0.5×108個/mL)、抗菌ナノ粒子とナノバブル水(0.5×108個/mL)の併用、抗菌ナノ粒子、ドキシサイクリン、ドキシサイクリンとナノバブル水(0.5×108個/mL)の併用、蒸留水の6種類のスメア層除去剤2mLを5分間適用し、スメア層を洗浄した。生理食塩水にて洗浄後、抜歯柑子にて半分に割り、2%グルタールアルデヒドにて12時間固定し、30、50、70、90、100%エタノールにて脱水後、白金10kVにて蒸着した。蒸着は、マグネトロンスパッタ装置(製品名:MSP-20-UM、(株)真空デバイス製)を用いて導電膜蒸着(スパッターコーティング)により行った。その後、それぞれの標本を走査電子顕微鏡(製品名:VE9800、(株)キーエンス製)にて、根管根尖部から1.5mm、3mm、4.5mm、6.0mmのところを観察した。
【0045】
洗浄後の象牙細管数を計測したところ、蒸留水平均123穴、ナノバブル水433穴、抗菌ナノ粒子405穴、抗菌ナノ粒子とナノバブル水の併用527穴であった。スメア層は蒸留水ではほとんど除去できなかったが、ナノバブル水、抗菌ナノ粒子、抗菌ナノ粒子とナノバブル水の併用では有意にスメア層除去が確認された(危険率P<0.01)。また、抗菌ナノ粒子によるナノバブル水のスメア層除去効果への悪影響は無く、むしろ除去効果は向上していた(
図3(A)~
図3(E))。
【0046】
一方で、ドキシサイクリン、ドキシサイクリンとナノバブル水との併用(混合物)で洗浄を行った場合の象牙細管数はそれぞれ36穴、23穴であり、ドキシサイクリンはナノバブル水のスメア層除去効果を著しく阻害した(危険率P<0.01)(
図4(A)~
図4(D)参照)。
【0047】
[実施例4]
(ナノバブル水によるEnterococcus faecalisの歯垢・バイオフィルム除去)
48well細胞培養プレートの各wellに、ブレインハートインフュージョン培地(BHI Broth)と、5%スークロース1mLとを添加した後、同wellに50μLのEnterococcus faecalis(ATCC 19433)培養液を加えた。ハイドロキシアパタイト(HA)disc(製品名:HA48-3、細胞培養用ディスク、フナコシ(株)製)を浸漬し、14日間培養し、歯垢・バイオフィルムを形成させた。ナノバブル水の洗浄効果を検討するため、このHA discに対して、抗菌ナノ粒子、抗菌ナノ粒子(最終濃度0.006%w/v)とナノバブル水(0.5×10
8個/mL)との併用を30分作用させ、未処置のものと、走査電子顕微鏡像により比較した。
その結果、ナノバブル水、抗菌ナノ粒子、抗菌ナノ粒子とナノバブル水との併用とも蒸留水では除去されなかったバイオフィルムを同様に除去できた(
図5(A)~
図5(E)参照)。
【0048】
[実施例5]
(イヌ感染根管モデルにおけるドキシサイクリン・ナノバブルによる根管内の除菌効果)
1歳齢のイヌに全身麻酔を施した後、イヌ上下顎小臼歯部に抜髄処置を行い、根尖部まで#50~55で拡大した。5%次亜塩素酸ナトリウム溶液と3%過酸化水素水で交互洗浄後、さらに生理食塩水で洗浄した。根管口に綿球をおき、根管を開放状態にして1か月そのまま放置した。さらに、生理食塩水で洗浄後、ペーパーポイントで根管内を完全乾燥し、セメントとレジンにて完全に仮封した。2か月後、歯科用CT(CBCT・コーンビームCT)にて根尖部透過像により、感染根管が作製されたことを確認した(
図6参照)。
【0049】
根管内の細菌数を計測するため、生理食塩水に浸した#55の滅菌済みペーパーポイントを根管内に1分入れて釣菌を行い、根管内の細菌簡易培養検査用液体培地プラディア(製品名、昭和薬品化工(株)製)にペーパーポイントを入れた。ついで、段階希釈法にて血液寒天培地バイタルメディア(製品名,極東製薬工業(株)製)に播種し、2日間嫌気培養後コロニーの数をカウントした(
図7参照)。
【0050】
釣菌後の根管に5%次亜塩素酸ナトリウムと3%過酸化水素水にてそれぞれ計2mLずつ交互に洗浄を行い、さらに生理食塩水5mLにて根管を洗浄した。引き続き、滅菌ペーパーポイントにて根管内を乾燥し、99%ナノバブルと最終濃度35μg/mLになるように調整したドキシサイクリンであるビブラマイシン(製品名、ファイザー(株)製)とを併用した混合物の溶液2mLを左側上下顎小臼歯の根管内に注入し洗浄を2分行った。右側上下顎小臼歯は最終濃度35μg/mLになるように調整したドキシサイクリン水溶液のみにて洗浄した。生理食塩水にて5mL洗浄後、ペーパーポイントで根管内を完全乾燥し、洗浄で用いた溶液と同様のものをペーパーポイントに浸して根管内に挿入し、貼薬処置を行った。ストッピング(製品名:テンポラリーストッピング、(株)ジーシー製)とコンポジットレジン(製品名:クリアフィルメガボンドおよびクリアフィル DCコアオートミックス ONE、クラレノリタケデンタル(株)製)を用いて仮封した。
【0051】
1週間から10日後に2回目の釣菌を行った後、前回と同様にナノバブル水とドキシサイクリンあるいはドキシサイクリンを用いて洗浄および貼薬処置を行った。さらにその1週間から10日後に3回目の釣菌を行い、再度前回と同様の洗浄および貼薬処置を行った。同様の操作を3回目まで行った。その1週間から10日後に4回目の釣菌を行った。釣菌したサンプルは段階希釈法にて血液寒天培地に播種し、2日間嫌気培養後コロニー数を測定した。得られた結果は、統計ソフト(SPSS,IBM,Armonk,USA)にてノンパラメトリック検定を用いて統計処理を行った。
【0052】
イヌの歯を抜髄後1か月根管開放し2か月封鎖すると、CBCTにおいて根尖部に透過像が認められた(
図6参照)。HE染色像においては、歯槽骨の吸収および根尖部歯周組織の破壊がみられ,炎症性細胞の浸潤がみられた。根管内細菌をプラディア培地で観察すると、培地が混濁し陽性を示した。細菌数は無限大(
図8(A)参照)であった。よって、抜髄後1か月根管開放し2か月封鎖することにより感染根管モデルが作製できることが示された。
【0053】
治療開始時の根管内細菌に対してドキシサイクリンは、50μg/mLでは感受性を示さなかったが、200μg/mL、500μg/mLで感受性を示した(
図8(A)参照)。細菌数はナノバブルとドキシサイクリンあるいはドキシサイクリン単味のいずれにおいても、初回では減少がみられたが、その後やや増加傾向がみられ、除菌効果は見られなかった(
図8(B)参照)。
【0054】
(イヌ難治性感染根管モデルにおけるナノバブル水と抗菌ナノ粒子との併用による根管内の除菌効果)
続いて、上記のナノバブル水とドキシサイクリンあるいはドキシサイクリン単味のいずれに対しても抵抗性を示した難治性感染根管に対して、まず、前回と同様に、根管内の細菌数を段階希釈法にて2日間嫌気培養後、コロニーの数をカウントした。釣菌後の根管に5%次亜塩素酸ナトリウムと3%過酸化水素水にてそれぞれ計2mLずつ交互に洗浄を行い、さらに生理食塩水5mLにて根管を洗浄した。引き続き,滅菌ペーパーポイントにて根管内を乾燥し、98%ナノバブルおよび最終濃度0.006%w/vになるように調整した抗菌ナノ粒子の溶液2mLを左側上下顎小臼歯の根管内に注入し洗浄を2分行った。右側上下顎小臼歯は最終濃度0.006%w/vの抗菌ナノ粒子のみ2mLにて洗浄した。左側は100%ナノバブル5mLおよび生理食塩水5mLにて洗浄した。右側は生理食塩水のみ5mLにて洗浄した。ペーパーポイントで根管内を完全乾燥し、左側は洗浄と同様の抗菌ナノ粒子・ナノバブル水、右側は抗菌ナノ粒子のみをペーパーポイントに浸して根管内に挿入し、貼薬処置を行い、仮封した(
図9参照)。
【0055】
1週間から10日後に2回目の釣菌を行った後、前回と同様にナノバブルと抗菌ナノ粒子あるいは抗菌ナノ粒子のみを用いて洗浄および貼薬処置を行った。さらにその1週間から10日後に3回目の釣菌を行い、再度前回と同様の洗浄および貼薬処置を行った。同様の操作を3回目まで行った。その1週間から10日後に4回目の釣菌を行った。釣菌したサンプルは2日間嫌気培養後コロニー数を測定し、同様に統計処理を行った。
【0056】
一方、イヌ難治性根管治療開始時の根管からの釣菌液100μLを5mLのBrain Heart Infusion液体培地(Brain infusion solids12.5g/L、Beef heart infusion solids5.0g/L、Proteose peptone10g/L、グルコース2.0g/L、塩化ナトリウム5.0g/L、リン酸水素二ナトリウム2.5g/L、牛胎児血清5%)に添加して、37℃・200rpmで14時間培養した。また、抗菌ナノ粒子溶液(0.3%w/v原液、及び0.006%w/v(50倍希釈))を滅菌済1.5mLのエッペンドルフチューブに1mLずつ調製し、調製した抗菌ナノ粒子溶液に滅菌済ペーパーディスク(ユニ・カセット<バイオプシー>シックス用濾紙、サクラファインテックジャパン(株)製)を入れて、ペーパーディスクに抗菌ナノ粒子溶液を染み込ませた。生育を確認した釣菌液100μLをBrain Heart Infusion寒天培地(Brain infusion solids12.5g/L、Beef heart infusion solids5.0g/L、プロテオースペプトン(Proteose peptone)10g/L、グルコース2.0グラム/L、塩化ナトリウム5.0g/L、リン酸水素二ナトリウム2.5g/L、牛胎児血清5%、寒天10g/L)へ滴下し、スプレッダーで一面に均等に展開した。抗菌ナノ粒子溶液を染み込ませたペーパーディスクを、ピンセットを用いて寒天培地上に置いた。寒天培地をアネロパック(「アネロパウチ・ケンキ」、三菱ガス化学(株)製)とともに密閉容器に入れて密封し、37℃インキュベータで静止培養を行った。培養開始後、24時間後の阻止円の径を測定した。
【0057】
その結果、プレート全体には釣菌液由来微生物の生育が見られたが、0.3%(w/v)抗菌ナノ粒子を染み込ませたディスクを置いた箇所の周囲には、円状に微生物の生育が見られない部分(阻止円)が存在し、根管内細菌の抗菌ナノ粒子に対する感受性が明らかとなった(
図10(A)参照)。
【0058】
細菌数はナノバブル水と抗菌ナノ粒子の併用による洗浄および貼薬により徐々に減少がみられ、3回の洗浄および貼薬により細菌は検出限界以下に減少した。抗菌ナノ粒子のみではほとんど減少はみられなかった(
図10(B)参照)。
【0059】
図10(B)において、4回目の釣菌時に抗菌ナノ粒子のみで細菌数がほとんど減少しなかった根管について、さらに、ナノバブル水のみで洗浄し、貼薬した根管では、全く細菌数の減少はみられなかった。よって、ナノバブル水のみでは細菌除去効果がないことが示された。
【0060】
(イヌ難治性感染根管モデルにおけるナノバブル・抗菌ナノ粒子による根尖部透過像の縮小)
難治性根管治療開始時および根管治療開始後2か月のCBCT検査を行った。根尖部の透過像をOsiriXプログラムにより画像解析し、体積を測定した(
図11(A)参照)。結果は開始前/開始後の体積比で表した。
その結果、抗菌ナノ粒子を根管治療に用いた場合は1.1であり、ナノバブル水と抗菌ナノ粒子を併用した場合は約0.4で、危険率P<0.01で有意差がみられた(n=9)(
図11(B)参照)。すなわち、ナノバブル水と抗菌ナノ粒子を併用した場合、有意に根尖部の骨添加による根尖透過像の縮小がみられた。
【0061】
[実施例6]
(イヌ難治性感染根管モデルにおける除菌後の歯髄幹細胞移植による歯髄再生)
1歳齢のイヌにおいて、全身麻酔を施した後、上顎前歯を抜歯した。直ちに、輸送液(20mg/mLゲンタマイシン(ゲンタロール、(株)日本点眼薬研究所製)および0.25mg/mLアンホテリシンB(ファンギゾン、ブリストル・マイヤーズ(株)製)含有Hanks液)に入れ輸送した。輸送後、歯髄組織を採取し、細切後、0.04mg/mLリベラーゼ溶液により歯髄組織を酵素消化し、得られた細胞を10%ウシ胎児血清含有DMEMにて、5%CO2インキュベータ内にて培養した。70%コンフルエントに達した後に膜遊走分取法にて歯髄幹細胞を分取した。イヌ初代歯髄細胞を2×104cells/100μLで膜上部に播種し、下部構造体の24well中に10%イヌ自己血清を含むDMEM中に遊走因子G-CSF(ノイトロジン,中外製薬(株)製)を最終濃度で100ng/mL入れ、48時間後にG-CSFを取り除き10%ウシ胎児血清を含むDMEMに培地交換した。さらに培養して、70%コンフルエント後に継代し、6代目まで継代し、凍結した。ついで、ナノバブル水と抗菌ナノ粒子の併用にて除菌した難治性感染根管歯の根管内を5%次亜塩素酸ナトリウムと3%過酸化水素水にてそれぞれ計2mLずつ交互に洗浄を行い、生理食塩水5mLにて根管を洗浄した。さらにスメアクリーンを2分反応させ、生理食塩水にて洗浄し、ペーパーポイントにて乾燥させた。同種移植として、前記の膜分取歯髄幹細胞5×105個に20μLのscaffold(コーケンコラーゲンインプラント、(株)高研製)とG-CSF100μg/mLを1.5μL混合し、根管内に注入した。その上に止血用ゼラチン(スポンゼル、アステラス製薬(株)製)をおき、グラスアイオノマーセメント(フジIX、(株)ジーシー製)およびコンポジットレジン(クリアフィルメガボンドおよびクリアフィルDCコアオートミックスONE、クラレノリタケデンタル(株)製)にて窩洞を封鎖した。移植2か月後に根尖部歯周組織を含めて歯を抜去し、通法通り縦断面の約5μmパラフィン切片を作製し、HE染色後に形態観察を行った。コントロールとしては、抗菌ナノ粒子のみで根管治療し、細胞移植を行っていない根管を用いた。
【0062】
次に、グラム染色を、グラムカラーグラム染色液セット(Merck:HX950018)を用いて行った。すなわち、パラフィン切片を脱パラフィン後、1%クリスタル紫溶液に5分浸漬し、流水洗浄、グラムのヨウ素液で5分、流水洗浄、アセトン・アルコール数秒、流水洗浄、塩基性フクシンで2~5分、流水洗浄した。その後、アセトン・エタノール数秒、プロピルアルコール2回、エタノール、キシレン2回洗浄後、封入した。
【0063】
さらに、移植前および移植後2か月抜去前に、CBCT検査を行った。根尖部の透過像をOsiriXプログラムにより画像解析し、根尖病巣の体積を測定した。結果は治療開始前/移植後2か月の体積比で表した。
【0064】
ナノバブル水と抗菌ナノ粒子の併用にて除菌した根管内に膜分取歯髄幹細胞を移植すると、血管新生および神経突起伸長を伴う歯髄組織および根尖歯周組織が再生された(
図12(B)参照)。グラム染色では、細菌やバイオフィルムは検出されなかった。一方、コントロールの抗菌ナノ粒子のみで根管治療した標本のグラム染色では、象牙細管内、セメント小腔や歯根表面に細菌やバイオフィルムが見られた(
図12(A)参照)。
【0065】
ナノバブル水と抗菌ナノ粒子を根管治療に併用した根管では、移植2か月後(抜歯直前)において根尖病巣が治療前の約0.25に減少した。一方、コントロールの抗菌ナノ粒子のみを根管治療に用いた場合は、移植2か月後(抜歯直前)において根尖病巣が治療前の約1.5で、増加傾向がみられた(
図13(A)および
図13(B)参照)。
【0066】
[実施例7]
(抗菌ナノ粒子とナノバブルの混合物によるStreptococcus mutansの歯垢・バイオフィルム除去)
48well細胞培養プレートの各wellに、ブレインハートインフュージョン培地(BHI Broth)と、5%スークロース1mlとを添加した後、同wellに50μLのStreptococcus mutans(ATCC 25175)培養液を加えた。ハイドロキシアパタイト(HA)disc(製品名:HA48-3、細胞培養用ディスク、フナコシ(株)製)を浸漬し、2日間培養し、歯垢・バイオフィルムを形成させた。ナノバブル水の洗浄効果を検討するため、このHA discに対して、蒸留水、50%ナノバブル(0.5×10
8個/ml)、抗菌ナノ粒子(最終濃度0.003、0.006、0.03、0.075%(w/v))、抗菌ナノ粒子(最終濃度0.003、0.006、0.03、0.075%(w/v))と50%ナノバブル水との併用(混合物)を5分作用させ、未処置のものと、走査電子顕微鏡像により比較した。その結果、抗菌ナノ粒子とナノバブル水の混合物において、ナノバブル水単独での洗浄よりもバイオフィルム除去効果が高く、特に0.003%および0.006%の抗菌ナノ粒子濃度において効果が顕著であった。また、抗菌ナノ粒子単体では洗浄効果がほとんど見られなかった。抗菌ナノ粒子とナノバブル水の混合物では、抗菌ナノ粒子0.003%(C)および0.006%(D)において、蒸留水(A)との間に危険率P<0.05で有意差がみられた。抗菌ナノ粒子0.003%(C)とナノバブル水(B)との間には危険率P<0.05で有意差がみられた。抗菌ナノ粒子0.006%(D)とナノバブル水(B)との間には危険率P<0.01で有意差がみられた。(
図14(A)~(K)参照)。
【産業上の利用可能性】
【0067】
う蝕治療、抜髄・感染根管治療に利用できる。