(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-03-31
(45)【発行日】2022-04-08
(54)【発明の名称】超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法
(51)【国際特許分類】
D02G 3/02 20060101AFI20220401BHJP
D02G 3/26 20060101ALI20220401BHJP
D02J 1/22 20060101ALI20220401BHJP
A01K 91/00 20060101ALN20220401BHJP
【FI】
D02G3/02
D02G3/26
D02J1/22 J
A01K91/00 F
(21)【出願番号】P 2021001895
(22)【出願日】2021-01-08
(62)【分割の表示】P 2017152675の分割
【原出願日】2017-08-07
【審査請求日】2021-01-08
(73)【特許権者】
【識別番号】504094660
【氏名又は名称】株式会社ゴーセン
(74)【代理人】
【識別番号】110000040
【氏名又は名称】特許業務法人池内アンドパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】廣瀬 正幸
(72)【発明者】
【氏名】赤木 和広
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-517168(JP,A)
【文献】国際公開第2012/039188(WO,A1)
【文献】特開2015-086473(JP,A)
【文献】特表2011-525947(JP,A)
【文献】特表2015-529754(JP,A)
【文献】特開平09-098698(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D02G 1/00 - 3/48
D02J 1/00 - 13/00
A01K 91/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法であって、
超高分子量ポリエチレンからなるマルチフィラメント延伸糸に次の式で算出する撚り係数Kが、
500~3000の片撚りをかける工程と、
K=t×D
1/2
t:撚り数(回/m)
D:繊度(tex)
前記片撚りをかけたマルチフィラメント延伸糸を、前記マルチフィラメント延伸糸の融点以上の温度で融着するに際し、輻射熱方式で加熱することを特徴とする超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項2】
前記輻射熱方式は、前記延伸糸の通過口は中空部で、ジャケット部には加熱液体が循環している加熱槽と、
前記延伸糸を前記加熱槽の中空部を非接触で通過させる糸道を含む請求項1に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項3】
前記加熱槽の中空部では積極的な送風を行わず、ジャケット部からの輻射熱及び自然対流により糸を加熱する請求項2に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項4】
前記融着した後、さらに加熱延伸かつ熱セットする工程を含む請求項1~3のいずれか1項に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項5】
前記加熱延伸かつ熱セット工程の雰囲気温度が150~157℃、延伸倍率が1.1~10倍である請求項4に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項6】
前記加熱延伸かつ熱セット工程における加熱方式が、輻射熱方式である請求項4又は5に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項7】
前記融着した後、加熱延伸前に超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸を着色する工程を含む請求項4~6のいずれか1項に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項8】
前記マルチフィラメント融着糸は、油剤が付与されていない請求項1~7のいずれか1項に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項9】
前記マルチフィラメント融着糸の繊度は、22~1760decitexである請求項1~8のいずれか1項に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項10】
前記マルチフィラメント融着糸の引っ張り破断強度は10g/decitex以上、引っ張り破断伸度は3~30%である請求項1~9のいずれか1項に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【請求項11】
前記マルチフィラメント融着糸の融点は、示差走査熱量計(DSC)で昇温速度20℃/分の条件で、無拘束状態で測定した最大融解ピーク温度(1st)が、融着前のマルチフィラメント延伸糸より高い請求項1~10のいずれか1項に記載の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲル紡糸された超高分子量ポリエチレンフィラメントに代表される高強度ポリオレフィンフィラメントは高強度で軽量、耐光性、耐摩擦性に優れることから、ロープ、釣り糸、補強材、防護服などで使用されている。超高分子量高強度ポリオレフィンは、延伸された原糸あるいは撚糸品、製紐品などの糸を後延伸(再延伸)できることは知られている。後延伸は再延伸ともいわれている。超高分子量高強度ポリオレフィンの融点は樹脂種にもよるが120~240℃である。代表例として超高分子量ポリエチレンについては融点範囲138~162℃である。特許文献1には融点以下(140~153℃)で延伸することが開示されている。特許文献2では編組又は加撚された釣り糸を融点範囲内(150~155℃)で1.01~2.2倍融着延伸することが提案されている。このような条件での延伸は融着により透明性が増し、モノフィラメントライクになることが開示されている。特許文献3~4には、撚り係数Kが2.0~1.5程度のきわめて甘撚りの撚り糸又は製紐を加熱延伸することが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭61-289111号公報
【文献】特開平9-98698号公報
【文献】特開2005-076149号公報
【文献】特開2008-075239号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、従来の技術は超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント糸の収束性が十分ではなく、釣り糸等で使用中にガイドに糸が絡んだり、風の影響を受けやすく、操作性が悪くなるという問題があった。
【0005】
本発明は、前記従来の問題を解決するため、収束性及びその耐久性が十分であり、釣り糸等で使用中にガイドに糸が絡むことがなく、風の影響を受けにくく、操作性も良好な超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法は、超高分子量ポリエチレンからなるマルチフィラメント延伸糸に次の式で算出する撚り係数Kが、500~3000の片撚りをかける工程と、
K=t×D1/2
t:撚り数(回/m)
D:繊度(tex)
前記片撚りをかけたマルチフィラメント延伸糸を、前記マルチフィラメント延伸糸の融点以上の温度で融着するに際し、輻射熱方式で加熱することを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法は、比較的高い撚り係数の片撚りを掛け、マルチフィラメント糸を構成する各フィラメント糸の撚り方向を整え、輻射熱方式で加熱することにより、各フィラメント糸同士を密着させ、融着一体化させ、全体としてモノフィラメント糸状の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸とすることができる。この融着糸は、収束性及びその耐久性が十分であり、釣り糸等で使用中にガイドに糸が絡むことがなく、風の影響を受けにくく、操作性も良好である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】
図1Aは本発明の一実施形態のS方向に撚糸した片撚り糸の説明図であり、
図1Bは同、Z方向に撚糸した片撚り糸の説明図である。
【
図2】
図2は同、加熱収縮装置の全体の概略工程図である。
【
図4】
図4A~Cは同、加熱収縮槽の断面図である。
【
図5】
図5は本発明の一実施例で使用する超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント延伸糸(原糸)の示差走査熱量計(DSC)チャートである。
【
図6】
図6は本発明の実施例1の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の示差走査熱量計(DSC)チャートである。
【
図7】
図7は本発明の実施例2の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸を再延伸した糸の示差走査熱量計(DSC)チャートである。
【
図8】
図8は本発明の実施例1の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の側面観察写真(光学顕微鏡、倍率50倍)である。
【
図9】
図9は参考例1の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント再延伸糸の示差走査熱量計(DSC)チャートである。
【
図10】
図10は本発明の実施例7の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の示差走査熱量計(DSC)チャートである。
【
図11】
図11は本発明の実施例8の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸を再々延伸した糸の示差走査熱量計(DSC)チャートである。
【
図12】
図12は本発明の実施例9の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の示差走査熱量計(DSC)チャートである。
【
図13】
図13は本発明の実施例10の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸を再延伸した糸の示差走査熱量計(DSC)チャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の超高分子量ポリエチレンは、平均分子量が少なくとも約200,000が好ましく、更に好ましくは少なくとも約600,000以上をいう。ここで分子量は重量平均分子量(Mw)を表わし、デカリン中135℃における固有粘度[IV]から、Mw=5.37×104×[IV]1.37で計算することができる(特許文献4等)。本発明のポリオレフィン糸は好ましくはいわゆる「ゲル紡糸」法により製造された高強度のフィラメントをいい、強度が少なくとも15CN/dtex以上のフィラメントが好適である。とくに好ましくは超高分子量高強度ポリエチレンフィラメントである。このような高強度ポリエチレンフィラメントの例としては、DSM社製の商品名「ダイニーマ」、ハネウエル社製の商品名「スペクトラ」、東洋紡社製の商品名「イザナス」などが挙げられる。
【0010】
本発明は、超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント延伸糸を熱融着したマルチフィラメント融着糸である。この融着糸には片撚りがかけられており、マルチフィラメント融着糸を構成するフィラメント糸の少なくとも一部は融着し、全体としてモノフィラメント糸状である。片撚りは一方向の撚りであり、マルチフィラメント糸を構成する各フィラメント糸の撚り方向が整っており、各フィラメント糸同士も密着していることから、融着一体化しやすい。これに対して諸撚糸や編組糸は、マルチフィラメント糸を構成する各フィラメント糸の撚り方向が揃っておらず、熱収縮時の挙動が異なるため、各フィラメント糸同士が密着しにくく、融着一体化が起こりにくい。
【0011】
前記マルチフィラメント融着糸の片撚り数は、次の式で算出する撚り係数Kが、100~4000である。
K=t×D1/2
t:撚り数(回/m)
D:繊度(tex)
撚り係数Kが100未満ではマルチフィラメント糸を構成する各フィラメント糸の撚り方向が整いにくく、融着一体化しにくい。また撚り係数Kが4000を超えると、強撚傾向となるため、やはりマルチフィラメント糸を構成する各フィラメント糸の撚り方向が整いにくく、融着一体化しにくい。好ましい撚り係数Kは500~3000である。前記において、繊度の単位texは、1000m当たりの質量である。
【0012】
前記マルチフィラメント延伸糸は、油剤が付与されていないのが好ましい。油剤があると良好な融着は起こりにくい。油剤が存在する場合は、アセトンなどの溶剤に延伸糸を浸漬することにより除去できる。
【0013】
前記マルチフィラメント融着糸の繊度は、22~1760decitexが好ましい。前記の範囲であれば、例えば釣り糸に好適である。
【0014】
前記マルチフィラメント融着糸の引っ張り破断強度は10.0~40.0g/decitex、引っ張り破断伸度は3~30%が好ましい。前記の範囲であれば、例えば釣り糸として好適である。
【0015】
前記マルチフィラメント融着糸の融点は、示差走査熱量計(DSC)で昇温速度20℃/分の条件で、無拘束状態で測定した最大融解ピーク温度が、133~165℃が好ましい。前記の範囲であれば、好ましい融着一体化構造が得られる。
【0016】
前記マルチフィラメント融着糸の表面には、着色樹脂がコーティングされているのが好ましい。着色樹脂がコーティングされていると、釣り糸として使いやすい。着色工程は、好ましくは熱収縮後・熱延伸前である。
【0017】
本発明の超高分子量ポリエチレンマルチフィラメント融着糸の製造方法は、超高分子量ポリエチレンからなるマルチフィラメント延伸糸に前記式で算出する撚り係数Kが、100~4000の片撚りをかける工程と、前記片撚りをかけたマルチフィラメント延伸糸を、前記マルチフィラメント延伸糸の融点以上の温度で、かつ前記マルチフィラメント延伸糸の長さの0.2~0.99倍に収縮させる工程を含んでもよい。収縮倍率は、0.35~0.95倍が好ましく、さらに好ましくは0.5~0.9倍である。
【0018】
前記収縮工程における加熱方式が、輻射熱方式及び熱風方式から選ばれる少なくとも一つの加熱方式であるのが好ましい。より好ましくは輻射熱方式である。この方式であると、正確な加熱ができる。記輻射熱方式は、前記延伸糸の通過口は中空部で、ジャケット部には加熱液体が循環している加熱槽と、前記延伸糸を前記加熱槽の中空部を非接触で通過させる糸道を含むのが好ましい。これにより、融着糸を効率よく製造できる。前記加熱槽の中空部では積極的な送風を行わず、ジャケット部からの輻射熱及び自然対流により糸を加熱するのが好ましい。これにより正確な加熱ができる。
【0019】
前記収縮工程の後、さらに加熱延伸かつ熱セットする工程を含むのが好ましい。前記加熱延伸かつ熱セット工程の雰囲気温度が150~157℃、延伸倍率が1.1~10倍であるのが好ましい。これにより、融着糸は安定化する。前記加熱延伸かつ熱セット工程における加熱方式も輻射熱方式が好ましい。
【0020】
次に本発明の一例について模式図で説明する。同一の符号は同一部品又は物質を示す。
図1Aは本発明の一実施形態のS方向に撚糸した片撚り糸17の説明図であり、
図1Bは同、Z方向に撚糸した片撚り糸18の説明図である。これらの撚り糸は撚糸機によって得られる。
【0021】
図2は本発明の一実施例における加熱収縮装置の全体の概略工程図である。
図1は1段の加熱収縮装置の全体図の例である。複数本(
図2では8本)の供給糸(延伸糸)8は糸供給装置1から引き出され、速度V1で回転する第1ローラー群2に供給され、加熱槽3で加熱収縮かつ融着され、速度V2の第2ローラー群4で引き取られ、融着糸9は巻き取り装置5により巻き取られる。加熱槽3は、糸の通過口は中空でジャケット部には加熱液体が循環している。循環液体は加熱装置6で加熱され、加熱装置6の前又は後に設置したポンプ7により強制循環される。本図では1段加熱の例を示したが、2段以上の多段でも良い。また加熱槽の数、長さについても制限はなく適宜選択することができる。全体の収縮倍率はV2/V1で表わされる。
【0022】
図3は本発明の一実施例における加熱槽3の斜視図である。加熱槽内部(中空部)14は連続空洞状となっており、供給糸(延伸糸)10a~10cは加熱槽3とは非接触状態で加熱収縮かつ融着され、融着糸11a~11cとなって巻き取られる。加熱槽3の長さLは、糸の速度と収縮率にもよるが、供給糸(延伸糸)10a~10cが均一加熱され熱収縮される状態であれば良い。実用的に好ましい加熱槽3の長さLは0.3~10mであり、さらに好ましくは0.5~5mである。長すぎると長さ方向で温度むらが出やすくなるので、必要な場合はこのユニットを連結するのが望ましい。
【0023】
図4A~Cは本発明の一実施例における加熱槽3の断面図(糸の走行方向と直角方向の断面図)の一例である。まず
図3Aは加熱槽3も加熱槽内部(中空部)14の断面も楕円形状をしている。供給糸(延伸糸)10a~10cは加熱槽の内壁部12とは非接触で加熱延伸される。ジャケット部13には加熱流体が循環している。加熱槽内部14は連続空洞状となっている。16はジャケット部13を構成する壁部である。
【0024】
図4Bは加熱槽3も加熱槽内部(中空部)14も矩形(長方形)形状をしている。但し角は円弧状に修正されている。
図4Cに示す加熱槽3は矩形(長方形)形状、加熱槽内部(中空部)14は円形形状をしている。
図4A~Cにおいて、加熱槽内部14の短径、高さ又は直径15は10~300mmの範囲が好ましく、さらに好ましくは15~200mmである。
【0025】
加熱流体は温度制御された熱媒ヒーターを通して循環する。加熱流体は直接糸に接していないので、高速で循環させることができる。また、糸に対しジャケットの容量を十分大きくすれば、糸の走行による温度変化もほとんどない状態となる。加熱流体としてはとくに限定はなく、通常熱媒用液体として用いられるオイル類を好ましく用いることができる。また、図示していないが加熱槽3の外壁の外側は断熱材でカバーするのが望ましい。
【0026】
さらに、本発明においては加熱槽内では積極的な送風を行わないことが好ましい。ここで積極的な送風というのはファンなどを用いて強制的な送風を意味する。積極的な送風を行わないことにより、内部温度のばらつきがほとんどなく、かつ糸が揺れないため安定した延伸が可能となる。自然対流は許容される。
【0027】
本発明の加熱方法はポリオレフィン糸の延伸方法として通常用いられる熱風循環方式の加熱手段に比べて次の利点がある。
(1)精度の良い温度制御ができる。
(2)積極的な送風をしていないので細いフィラメントでも安定している。
(3)熱風循環方式では糸の加熱は熱風の強制循環によるのに対し、本発明は内壁からの輻射熱及び自然対流が主体であり、この差も本発明の利点の一つと思われる。
【0028】
温度の制御については、加熱槽の雰囲気温度(延伸温度)が150~157℃の温度範囲であり、かつ±0.2℃以内に制御されていることが好ましい。さらに好ましくは、加熱槽の雰囲気温度(延伸温度)±0.1℃以内に制御されていることである。本発明の加熱槽は、このような安定した温度制御が可能である。一方、従来の送風式(熱風循環方式)加熱槽では±1.0℃程度のばらつきが生じる。このことは特許文献3における実施例1にも記載されている。本発明の加熱方式は、加熱媒体として液体を使用し、強制循環していることにより、温度精度が向上したと考えられる。
【0029】
加熱槽内の場所による温度ばらつきも小さいことがわかった。送風式加熱槽では糸揺れを生じるため循環速度(送風速度)に限界があり、気体で熱容量も液体にくらべ小さいこと、気体の流れのむらを装置内で生じやすいことなどで温度制御精度に限界があると考えられる。
【0030】
加熱槽内部(中空部)14の断面形状は、
図3A~Cでは楕円形、長方形、円形を例示したが、これに限定されるものではなく、延伸する糸の本数に合わせ、適宜設計することができる。また、温度をより均一にするため、加熱槽は糸が通る入口、出口以外の内壁の全面がジャケット加熱されているのが好ましい。この意味で内壁にジャケット加熱されていない開口部や隙間のある構造は好ましくない。また、加熱槽の開閉式構造も開閉により温度変化を生じ一定温度になるのに時間を要するため好ましくない。この加熱槽において糸の入口と出口部は開口しているが、開口面積が大きいと加熱空気の出入りで温度変動を生じるので、糸道部以外を遮蔽したり、入口前部、出口後部に保温または加熱槽温度より低温の加熱部を設け温度差を小さくするなどの対応をとるのが好ましい。加熱槽(ユニット)の長さ(L)についても制限はないが、必要に応じ複数の槽を連結したり、または多段延伸とすることもできる。この場合、加熱槽の長さ(L)は、加熱槽ユニットの合計長さをいう。熱媒の容量や、中空内部の大きさなどについても制限はなく、内部の温度が均一であり、多数本の加工でもばらつきの出ないような構造であれば良い。ただし、加熱槽内部の断面積が大きすぎると中空内部で温度ばらつきを生じ好ましくない。また、前記断面積が小さすぎても、糸通しなどの作業性が悪化するので好ましくない。好ましい断面の高さ、直径又は短径の範囲は10~300mm程度である。また、糸10a~10cは中空部14の中央部付近を通るのが均一加熱の点で望ましい。
【実施例】
【0031】
以下実施例および比較例を用いて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0032】
<加熱装置>
実施例に用いた加熱槽は長さが3m、断面形状が
図4Bに示したような中空長方形で、
図2及び
図3に示した1段延伸装置を用いた。
【0033】
実施例、比較例における評価は下記の方法で行った。
<物性試験>
強伸度はJIS L1013の測定方法に準じた。繊度は糸を1mにカットし重量を0.1mg単位で測定し、10000倍して繊度(tex)を求めた。
<熱分析>
マルチフィラメント融着糸の融点は、示差走査熱量計(DSC)で昇温速度20℃/分の条件で、無拘束状態で測定した最大融解ピーク温度1st(
図5~7の実線)を求めた。また、融解後、液体窒素で急冷した後の最大融解ピーク温度2nd(
図5~7の破線)を求めた。
<融着性評価>
融着性を下記の基準で判定した。
A:モノフィラメント釣り糸として使用できる。
B:見かけ上モノフィラメントであるが、釣り糸として使用中に多少ばらける。
C:モノフィラメント状にならない。
【0034】
(実施例1)
原糸(延伸糸)として超高分子量高強度ポリエチレン片撚り糸[東洋紡社製、商品名「イザナス」、(トータル繊度:22.2Tex、フィラメント数:192本)、片撚り(S)90回/m、撚り係数K=424.1]を使用し、温度154℃で0.25倍の速度比で加熱収縮かつ融着処理した。得られた融着糸は
図8の写真に示すとおりであり、融着性評価はAであった。
図8の融着糸の中央部分が平坦になっているのは、強くしごいた後の痕跡であり、強くしごいても融着がばらけないことを示している。原糸の延伸糸の熱分析グラフを
図5に示し、得られた融着糸の熱分析グラフを
図6に示す。その他の物性は、表1にまとめて示す。
【0035】
(実施例2)
実施例1で得られた融着糸を152℃で8倍に延伸した。得られた融着糸は
図9に示すとおりであり、融着性評価はAであった。得られた融着糸の熱分析グラフを
図7に示す。その他の物性は、表1にまとめて示す。
【0036】
【0037】
表1に示すとおり、実施例1の収縮融着糸及び実施例2の再延伸糸は、融着性評価がAであり、強伸度特性はともに実用上問題の無いレベルであった。また実施例2の再延伸糸は、再延伸する際に熱セットも同時に行われており、癖のない安定化した熱融着糸となった。
【0038】
(実施例3~6、比較例1~2、実施例6は参考例)
撚り数(撚り係数K)を変えた以外は実施例1と同様に加熱収縮加工をした。実施例1のデータとともに条件と結果を表2にまとめて示す。
【0039】
【0040】
表2に示すとおり、実施例1~6の収縮融着糸は、融着性評価がAであり、釣り糸としても使い勝手が良かった。これに対して比較例1は撚り数(撚り係数K)が低過ぎ、また比較例2は撚り数(撚り係数K)が高過ぎ、いずれも融着性評価はBであり、釣り糸としては問題があった。
【0041】
(参考例1)
原糸(延伸糸)として超高分子量高強度ポリエチレン片撚り糸[東洋紡社製、商品名「イザナス」、(トータル繊度:22.2Tex、フィラメント数:192本)、片撚り(S)300回/m、撚り係数K=1413.5]を使用し、さらに再延伸した。延伸条件は、温度154℃で1.5倍延伸である。得られた再延伸糸の熱分析グラフを
図9に示す。その他の物性は、表3にまとめて示す。
【0042】
(実施例7)
参考例1で得られた再延伸糸を使用し、温度155℃で0.75倍に加熱収縮かつ融着処理した。得られた融着糸の熱分析グラフを
図10に示す。その他の物性は、表3にまとめて示す。
【0043】
(実施例8)
実施例7で得られた熱融着糸を使用し、さらに再々延伸した。延伸条件は、温度154℃で2倍延伸である。得られた再々延伸糸の熱分析グラフを
図11に示す。その他の物性は、表3にまとめて示す。
【0044】
【0045】
(実施例9)
原糸(延伸糸)として超高分子量高強度ポリエチレン片撚り糸[東洋紡社製、商品名「イザナス」、(トータル繊度:22.2Tex、フィラメント数:192本)、片撚り(S)300回/m、撚り係数K=1413.5]を使用し、温度155℃で0.75倍に加熱収縮かつ融着処理した。得られた融着糸の熱分析グラフを
図12に示す。その他の物性は、表4にまとめて示す。
【0046】
(実施例10)
実施例9で得られた熱融着糸を使用し、さらに再延伸した。延伸条件は、温度154℃で2.5倍延伸である。得られた再延伸糸の熱分析グラフを
図13に示す。その他の物性は、表4にまとめて示す。
【0047】
【0048】
表3~4に示すとおり、実施例7~10の収縮融着糸及び実施例2の再延伸糸は、融着性評価がAであり、強伸度特性はともに実用上問題の無いレベルであった。また実施例8の再々延伸糸及び実施例10再延伸糸は、再延伸する際に熱セットも同時に行われており、癖のない安定化した熱融着糸となった。
【0049】
(比較例3)
実施例1で使用した延伸糸(トータル繊度:22Tex、フィラメント数:192本)、片撚り(S)90回/m、撚り係数K=424.1、油剤なし]を2本引き揃え、Z撚りを90回/m掛けて諸撚り糸とした。この諸撚り糸を温度154℃で0.25倍に加熱収縮かつ融着処理した。得られた融着糸の融着性評価はCであった。
【0050】
(比較例4)
実施例1で使用した延伸糸(トータル繊度:22Tex、フィラメント数:192本)、片撚り(S)90回/m、撚り係数K=424.1、油剤なし]を4本用いて製紐した。得られた組紐を温度154℃で0.25倍に加熱収縮かつ融着処理した。得られた融着糸の融着性評価はCであった。
【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の加熱融着糸は、ロープ、釣り糸、補強材、防護服などに好適である。そのほか、肉眼では見えにくく強力が高いので、吊り下げ紐、縫合糸、薄地の編み織物、ネットなどに好適である。
【符号の説明】
【0052】
1 糸供給装置
2 第1ローラー群
3 加熱槽
4 第2ローラー群
5 巻き取り装置
6 循環液体の加熱装置
7 ポンプ
8,10a~10c 供給糸(延伸糸)
9,11a~11c 融着糸
12 加熱槽内壁部
13 ジャケット部
14 加熱槽内部(中空部)
15 加熱槽内部短径、高さ又は直径
16 壁部
17,18 片撚り糸