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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-01
(45)【発行日】2022-04-11
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220404BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20220404BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20220404BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20220404BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20220404BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220404BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23C5/16
B23B51/00 J
C23C16/34
C23C16/32
C23C16/36
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020062826
(22)【出願日】2020-03-31
(65)【公開番号】P2021160017
(43)【公開日】2021-10-11
【審査請求日】2021-04-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】城地 司
(72)【発明者】
【氏名】福島 直幸
【審査官】増山 慎也
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-155570(JP,A)
【文献】特開2019-10707(JP,A)
【文献】特開2004-122263(JP,A)
【文献】国際公開第2017/038762(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0347027(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23C 5/16
B23B 51/00
B23P 15/28
C23C 16/34
C23C 16/32
C23C 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
超硬合金と、前記超硬合金上に形成された被覆層とを有する被覆切削工具であって、
前記被覆切削工具は、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との間に位置する刃先稜線部とを有し、
前記被覆層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を有し、
(AlxTi1-x)N (1)
(式(1)中、xはAl元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.90を満足する。)
前記刃先稜線部における前記被覆層の平均厚さをT1、前記すくい面において前記刃先稜線部から前記すくい面方向に2mm以上離れた位置における前記被覆層の平均厚さをT2とした場合、T1は4.0μm以上10.0μm以下であり、T2は2.0μm以上7.0μm以下であり、かつT2<T1を満たし、
前記刃先稜線部における前記超硬合金の残留応力をS1、前記すくい面における前記超硬合金の残留応力であって、前記刃先稜線部から前記すくい面方向に2mm以上離れた位置における前記超硬合金の残留応力をS2とした場合、S2<S1を満たす、被覆切削工具。
【請求項2】
前記残留応力S1が、-0.5GPa以上0.0GPa以下であり、前記残留応力S2が、-2.0GPa以上-0.3GPa以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記平均厚さT1と前記平均厚さT2との差T1-T2が、1.0μm以上4.0μm以下である、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記超硬合金において、炭化タングステン(WC)のKAM値が1度以下を示す測定点の割合が90%以上98%以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記超硬合金が、WC相を主体として、Coを5.0質量%以上15.0質量%以下の割合で含有し、CrをCr32換算量で0.3質量%以上1.0質量%以下の割合で含有する、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆層は、前記超硬合金と前記化合物層との間に、Ti元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなるTi化合物を含む下部層を備える、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウム(Al23)からなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
また、超硬合金あるいは立方晶窒化ホウ素焼結体からなる基材の表面に物理蒸着法により、Ti-Al系の窒化物層を蒸着形成した被覆工具が知られており、これらは、優れた耐摩耗性を発揮することが知られている。しかしながら、上記従来のTi-Al系の窒化物層を物理蒸着法により形成した被覆工具は、比較的耐摩耗性に優れるものの、高速で、且つ、断続的に負荷がかかる加工の切削条件で用いた場合に亀裂が発生しやすい。そこで、被覆層の改善についての種々の提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1では、WC基超硬合金、TiCN基サーメットまたはcBN基超高圧焼結体のいずれかで構成された工具基体の表面に、上部層(α)、下部層(β)の少なくとも2層を含む硬質被覆層が形成されている表面被覆切削工具において、(a)上部層(α)はα型の結晶構造を有するAl23層からなり、(b)下部層(β)はTiとAlの複合窒化物又は複合炭窒化物層からなり、(c)TiとAlの複合窒化物又は複合炭窒化物層は、NaCl型の面心立方構造の結晶層を少なくとも含み(d)上部層(α)の刃先稜線における厚みをTα1、刃先稜線からすくい面方向に500μm離れた地点における厚みをTα2とするとき、Tα1は0.0~5.0μm、Tα2は1.0~20.0μmを満足し、かつTα1<Tα2を満たし、(e)下部層(β)の刃先稜線における厚みをTβ1、刃先稜線からすくい面方向に500μm離れた地点における厚みをTβ2とするとき、Tβ1、Tβ2は1.0~20.0μmを満足し、かつTβ2<Tβ1を満たすことを特徴とする表面被覆切削工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2019-155570号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切り込み化がより顕著となり、従来よりも工具の耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが求められている。また、加工形状の複雑化により、従来よりも工具に断続的な負荷が作用する加工が増えている。かかる過酷な切削条件下において、従来の工具ではサーマルクラックを起因とした欠損が生じる場合がある。
【0007】
化学蒸着法で形成した被覆層は、通常、付きまわり性がよく、刃先稜線部からインサートの中心の穴周りまでほぼ同程度の厚さを有する。また、化学蒸着法でTi-Al系の窒化物層を形成する場合、形成する温度が低いため、超硬合金からなる基材の圧縮応力は小さくなる傾向がある。これは、低温でTi-Al系の窒化物層を形成する場合、被覆層と超硬合金からなる基材との熱膨張の程度の差が小さくなり、超硬合金からなる基材の圧縮応力が小さくなるためである。その結果、得られる被覆切削工具は、インサートの強度が低下し、耐欠損性が低下する傾向がある。このような傾向に対して、例えば、乾式ブラストや湿式ブラスト等の処理により、インサートの強度低下を抑制するという対策が施されている。しかしながら、単に乾式ブラストや湿式ブラスト等の処理を施したとしても、上述の切削条件下において、例えば加工中のインサートのコーナにサーマルクラックが生じ、未使用のコーナまで亀裂が伝播し、インサートが破損することがある。その結果、未使用のコーナを切削に用いることができないことがある。また、サーマルクラックが加工の早期に発生することに起因する欠損が生じることがある。これらが引き金となって、被覆切削工具の工具寿命を長くするのは困難となる。これは、被覆層の厚さと基材の残留応力とが影響していると考えられる。
【0008】
特許文献1に記載の表面被覆切削工具は、下部層(β)の刃先稜線における厚みをTβ1、刃先稜線からすくい面方向に500μm離れた地点における厚みをTβ2とするとき、Tβ1、Tβ2は1.0~20.0μmを満足し、かつTβ2<Tβ1を満たすことを特徴とする。このような表面被覆切削工具は、耐摩耗性向上の効果を期待できる。しかしながら、特許文献1に記載の表面被覆切削工具は、上部層(α)がα型の結晶構造を有するAl23層であるため遮熱性に優れる一方、チッピングが生じた場合にAl23層が残っている箇所となくなった箇所とで基材への熱の伝わり方に差が出る。このため、サーマルクラックが発生し、工具寿命を長くできない場合がある。また、特許文献1において、刃先稜線部とすくい面とのそれぞれに対する超硬合金の残留応力を制御することの効果は開示されていない。また、特許文献1に記載の表面被覆切削工具の製造方法において、被覆層を蒸着形成した後、ウェットブラスト処理を施すが、ウェットブラスト処理では基材に圧縮応力を付与するのが困難な場合がある。これは、投射材のサイズが小さいことが影響していると推定している。
【0009】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、下記のことを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、被覆切削工具を特定の構成にすると、例えば、断続的な負荷が作用するような切削加工条件下でもサーマルクラックの発生を抑制することにより、耐欠損性を向上させることが可能となる。その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができる。
【0011】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
〔1〕
超硬合金と、前記超硬合金上に形成された被覆層とを有する被覆切削工具であって、
前記被覆切削工具は、すくい面と、逃げ面と、前記すくい面と前記逃げ面との間に位置する刃先稜線部とを有し、
前記被覆層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を有し、
(AlxTi1-x)N (1)
(式(1)中、xはAl元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.90を満足する。)
前記刃先稜線部における前記被覆層の平均厚さをT1、前記すくい面において前記刃先稜線部から前記すくい面方向に2mm以上離れた位置における前記被覆層の平均厚さをT2とした場合、T1は4.0μm以上10.0μm以下であり、T2は2.0μm以上7.0μm以下であり、かつT2<T1を満たし、
前記刃先稜線部における前記超硬合金の残留応力をS1、前記すくい面における前記超硬合金の残留応力であって、前記刃先稜線部から前記すくい面方向に2mm以上離れた位置における前記超硬合金の残留応力をS2とした場合、S2<S1を満たす、被覆切削工具。
〔2〕
前記残留応力S1が、-0.5GPa以上0.0GPa以下であり、前記残留応力S2が、-2.0GPa以上-0.3GPa以下である、〔1〕に記載の被覆切削工具。
〔3〕
前記平均厚さT1と前記平均厚さT2との差T1-T2が、1.0μm以上4.0μm以下である、〔1〕又は〔2〕に記載の被覆切削工具。
〔4〕
前記超硬合金において、炭化タングステン(WC)のKAM値が1度以下を示す測定点の割合が90%以上98%以下である、〔1〕~〔3〕のいずれかに記載の被覆切削工具。
〔5〕
前記超硬合金が、WC相を主体として、Coを5.0質量%以上15.0質量%以下の割合で含有し、CrをCr32換算量で0.3質量%以上1.0質量%以下の割合で含有する、〔1〕~〔4〕のいずれかに記載の被覆切削工具。
〔6〕
前記被覆層は、前記超硬合金と前記化合物層との間に、Ti元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなるTi化合物を含む下部層を備える、〔1〕~〔5〕のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0012】
本発明の被覆切削工具は、優れた耐欠損性を有することによって工具寿命を延長することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。
図2】本発明の被覆切削工具を製造の製造において、被覆層を形成する際に用いる化学蒸着装置の一例を示す模式断面図である。
図3図2の化学蒸着装置におけるガス導入治具の近傍を拡大した模式断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、超硬合金と、超硬合金上に形成された被覆層とを有し、すくい面と、逃げ面と、すくい面と逃げ面との間に位置する刃先稜線部とを有し、被覆層が、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を有し、
(AlxTi1-x)N (1)
(式(1)中、xはAl元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.90を満足する。)
刃先稜線部における被覆層の平均厚さをT1、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における被覆層の平均厚さをT2とした場合、T1は4.0μm以上10.0μm以下であり、T2は2.0μm以上7.0μm以下であり、かつT2<T1を満たし、刃先稜線部における超硬合金の残留応力をS1、すくい面における超硬合金の残留応力であって、刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における超硬合金の残留応力をS2とした場合、S2<S1を満たす。
【0016】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、例えば、断続的に高い負荷が作用するような切削加工条件下でもサーマルクラックの発生を抑制することができる。これにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性を向上させることができると共に未使用のコーナの破損を抑制できる。その結果、工具寿命を延長することが可能となり、被覆切削工具への信頼性を高めることができる。本実施形態の被覆切削工具において耐欠損性が向上すると共に未使用のコーナの破損を抑制できる要因は、以下のように考えられる。ただし、本発明は、以下の要因により何ら限定されない。すなわち、まず、本実施形態の被覆切削工具は、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層において、上記式(1)中のAl元素の原子比xが0.70以上であると、固溶強化により、硬さが向上するため、耐摩耗性が向上し、また、Al含有量が高くなることにより、耐酸化性が向上する。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐クレータ摩耗が向上するため、切れ刃の強度低下を抑制でき、耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層において、上記式(1)中のAl元素の原子比xが0.90以下であると、Tiを含有することになり、その結果、靭性が向上するので、サーマルクラックの発生を抑制することができ耐欠損性が向上する。
また、本実施形態の被覆切削工具は、刃先稜線部における被覆層の平均厚さT1が、4.0μm以上であると耐摩耗性が向上し、10.0μm以下であると、超硬合金との密着性が向上し、サーマルクラックの発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。
また、本実施形態の被覆切削工具は、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における被覆層の平均厚さT2が、2.0μm以上であると切りくずの擦過による異常損傷を防ぐことができ、7.0μm以下であると、被覆層を形成した後の処理(例えば、乾式ブラスト、ショットピーニング)により、超硬合金に残留応力を効果的に付与することができる。
さらに、本実施形態の被覆切削工具は、刃先稜線部における被覆層の平均厚さT1が、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における被覆層の平均厚さT2よりも厚い、すなわちT2<T1を満たすと、耐摩耗性が向上し、且つ、サーマルクラックの発生を抑制することができ、他のコーナまで到達するような欠損の発生を抑制することができる。
またさらに、本実施形態の被覆切削工具は、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における超硬合金の残留応力S2が、刃先稜線部における超硬合金の残留応力S1よりも低い、すなわちS2<S1を満たすと、切削加工中において、刃先稜線部に生じた亀裂が被覆切削工具の内部に進展するのを抑制する効果が得られるため、サーマルクラックの発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。この理由は、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における超硬合金の残留応力S2が、刃先稜線部における超硬合金の残留応力S1よりも圧縮応力側の値であるためと考えられる。
そして、これらの構成が組み合わされることにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性が向上すると共に未使用のコーナの破損を抑制でき、その結果、工具寿命を延長することができるものと考えられる。
【0017】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具4は、超硬合金1と、超硬合金1の表面に形成された化合物層2(被覆層3)とを備える。
【0018】
本実施形態の被覆切削工具は、超硬合金とその超硬合金上に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0019】
本実施形態に用いる超硬合金は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、超硬合金の表面に脱β層が形成されてもよい。このように超硬合金の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0020】
<被覆層>
本実施形態に用いる被覆層は、下記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を有する。
(AlxTi1-x)N (1)
(式(1)中、xはAl元素とTi元素との合計に対するAl元素の原子比を示し、0.70≦x≦0.90を満足する。)
【0021】
本実施形態の被覆切削工具は、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層において、上記式(1)中のxが0.70以上であると、固溶強化により、硬さが向上するため、耐摩耗性が向上し、また、Al含有量が高くなることにより、耐酸化性が向上する。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐クレータ摩耗が向上するため、切れ刃の強度低下を抑制することにより、耐欠損性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層において、上記式(1)中のxが0.90以下であると、Tiを含有することにより、靭性が向上するので、サーマルクラックの発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。同様の観点から、上記式(1)中のxは0.71以上0.89以下が好ましく、0.71以上0.88以下がより好ましい。
【0022】
本実施形態の被覆切削工具は、刃先稜線部における被覆層の平均厚さをT1、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における被覆層の平均厚さをT2とした場合、平均厚さT1が4.0μm以上10.0μm以下であり、平均厚さT2が2.0μm以上7.0μm以下であり、かつT2<T1を満たす。
【0023】
本実施形態の被覆切削工具は、平均厚さT1が4.0μm以上であると耐摩耗性が向上し、平均厚さT1が10.0μm以下であると超硬合金との密着性が向上し、サーマルクラックの発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。同様の観点から、平均厚さT1は4.4μm以上9.8μm以下であることが好ましく、4.8μm以上9.8μm以下であることがより好ましい。
【0024】
また、本実施形態の被覆切削工具は、平均厚さT2が2.0μm以上であると切りくずの擦過による異常損傷を防ぐことができ、平均厚さT2が7.0μm以下であると、被覆層を形成した後の処理(例えば、乾式ブラスト、ショットピーニング)により、超硬合金に残留応力を効果的に付与することができる。同様の観点から、平均厚さT2は2.0μm以上6.8μm以下であることが好ましく、3.0μm以上6.8μm以下であることがより好ましい。
【0025】
さらに、本実施形態の被覆切削工具は、T2<T1を満たすと、耐摩耗性が向上し、且つ、サーマルクラックの発生を抑制することができ、他のコーナまで到達するような欠損の発生を抑制することができる。
【0026】
またさらに、本実施形態の被覆切削工具は、平均厚さT1と平均厚さT2との差(T1-T2)が1.0μm以上4.0μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、T1-T2が1.0μm以上であると、他のコーナまで到達するような欠損の発生を抑制する効果がより顕著になる傾向にあり、T1-T2が4.0μm以下であると、耐摩耗性と耐欠損性とのバランスに更に優れる傾向にある。同様の観点から、T1-T2は1.2μm以上4.0μm以下であることがより好ましい。
【0027】
なお、本実施形態の被覆切削工具における被覆層の各部分の平均厚さは、被覆層の各部分における3箇所以上の断面から、被覆層の各部分の厚さを測定して、その相加平均値を計算することで求めることができる。
【0028】
また、本実施形態の被覆切削工具において、すくい面は、刃先稜線部からすくい面方向に3.5mm以上20.0mm以下の長さを有することが好ましく、3.9mm以上18.0mm以下の長さを有することがより好ましい。
【0029】
また、本実施形態に用いる被覆層は、超硬合金と化合物層との間に、Ti元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなるTi化合物を含む下部層を備えることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層が、超硬合金と化合物層との間に、Ti化合物を含む下部層を備えると、耐摩耗性が向上する傾向にある。下部層に含まれるTi化合物の具体例としては、特に限定されないが、例えば、TiC層、TiN層、TiCN層、TiCNO層が挙げられる。
【0030】
下部層の平均厚さは、0.1μm以上2.0μm以下であることが好ましく、0.2μm以上1.5μm以下であることがより好ましく、0.2μm以上1.0μm以下であることがさらに好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが前記範囲内であると、耐摩耗性が向上する傾向にある。
【0031】
<超硬合金>
本実施形態の被覆切削工具は、刃先稜線部における超硬合金の残留応力をS1、すくい面における前記超硬合金の残留応力であって、刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における超硬合金の残留応力をS2とした場合、S2<S1を満たす。本実施形態の被覆切削工具は、S2<S1を満たすと、切削加工中において、刃先稜線部に生じた亀裂が被覆切削工具の内部に進展するのを抑制する効果が得られるため、サーマルクラックの発生を抑制することができ、耐欠損性が向上する。この理由は、残留応力S2が残留応力S1よりも圧縮応力側の値であるためと考えられる。
【0032】
また、本実施形態の被覆切削工具は、残留応力S1が-0.5GPa以上0.0GPa以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、残留応力S1が-0.5GPa以上であると、加工中に発生した熱による残留応力の変動を抑制することで、損傷の起点となることを抑制することができる傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、残留応力S1が0.0GPa以下であると、耐欠損性が向上する傾向にある。同様の観点から、残留応力S1は-0.5GPa以上-0.1GPa以下であることが好ましく、-0.5GPa以上-0.2GPa以下であることがより好ましい。
【0033】
また、本実施形態の被覆切削工具は、残留応力S2が-2.0GPa以上-0.3GPa以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、残留応力S2が-2.0GPa以上であると、被覆層を形成した後の処理の影響により被覆層中の亀裂がつながることによる剥離を抑制することができる傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、残留応力S2が-0.3GPa以下であると、刃先稜線部で生じたサーマルクラックの進展を抑制することができる傾向にある。同様の観点から、残留応力S2は-1.9GPa以上-0.4GPa以下であることが好ましく、-1.9GPa以上-0.5GPa以下であることがより好ましい。
【0034】
上記残留応力とは、被覆層中に残留する内部応力(固有ひずみ)であって、一般に「-」(マイナス)の数値で表される応力を圧縮応力といい、「+」(プラス)の数値で表される応力を引張応力という。本実施形態においては、残留応力の大小を表現する場合、「+」(プラス)の数値が大きくなる程、残留応力が大きいと表現し、また「-」(マイナス)の数値が大きくなる程、残留応力が小さいと表現するものとする。
【0035】
なお、上記残留応力は、X線回折装置を用いたsin2ψ法により測定することができる。そして、このような残留応力は、各部分の任意の点3点(これらの各点は、当該部位の応力を代表できるように、互いに0.5mm以上の距離を離して選択することが好ましい。)の応力を上記sin2ψ法により測定し、その平均値を求めることにより測定することができる。
【0036】
走査型電子顕微鏡を利用した電子線後方散乱回折像(以下、「EBSD」とも記す。)法による結晶粒内歪みを定量化する計算手法として、例えば、結晶粒内において任意の測定点とその近接した測定点間の方位差を定量化したKernel Average Misorientation(以下、「KAM」とも記す。)が挙げられる。以下、KAM値について説明する。
【0037】
[KAM値]
KAM値は、EBSD法に基づく結晶方位解析において、隣接する測定点の間の結晶方位の差である局所方位差を示す数値である。このKAM値が大きいほど、隣接する測定点の間での結晶方位の差が大きいことを示し、KAM値が小さいほど、結晶粒内の局所的な歪が小さいことを示す。
【0038】
本実施形態の被覆切削工具は、超硬合金において、炭化タングステン(WC)のKAM値が1度以下を示す測定点の割合(以下「KAMc」とも記す)が90%以上98%以下であることが好ましい。KAMcが90%以上であると、局所的に歪が高い領域が小さいことを示す。これは、破壊の起点となる領域が減少することを示し、この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐欠損性が向上する傾向にある。一方、KAMcが98%以下であると、容易に製造できる傾向にある。同様の観点から、KAMcは、90%以上97%以下であることがより好ましく、90%以上96%以下であることがさらに好ましい。
【0039】
本実施形態において、KAM値は以下のとおり測定することができる。被覆切削工具の試料において、超硬合金の表面から、超硬合金の内部に向かって0.5μmにあり、超硬合金の表面に対して略平行な方向に研磨し断面を露出させる。EBSD(TSL社製)を用いて、超硬合金における断面の各測定領域を正六角形の測定点(以下「ピクセル」とも記す。)に区切る。区切られた各ピクセルについて、試料の断面(研磨面)に入射させた電子線の反射電子から菊地パターンを得てピクセルの方位を測定する。得られた方位データを上記EBSDの解析ソフトを用いて解析し、各種パラメータを算出する。測定条件は、加速電圧15kV、測定領域の寸法は、30μm×50μmとし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)を0.05μmとする。測定中心のピクセルとの方位差が5度以上である隣接するピクセルは、測定中心のピクセルが位置する単結晶から粒界を超えたものとしてKAM値の計算から除外する。つまり、KAM値は、結晶粒内のあるピクセルと、その結晶粒から粒界を超えない範囲に存在する隣接するピクセルとの方位差の平均値として求める。すなわち、KAM値は、下記式(1)で表すことができる。
【0040】
【数1】
(式(1)中、nは、同一結晶粒内において任意のピクセルiと隣接するピクセルjの数を表し、αi,jは、ピクセルiでの結晶方位とピクセルjでの結晶方位とから求められる結晶方位差を表す。)
【0041】
そして、超硬合金において、測定領域の全面積を構成する全ピクセルにおけるKAM値を求め、測定点(ピクセル)全体数を100%としたときに、KAM値が1度以下を示す測定点(ピクセル)の割合を求める。なお、KAM値が1度以下を示す測定点の割合は、任意の3箇所の測定領域について求めた割合を平均した数値とする。
【0042】
本実施形態に用いる超硬合金は、WC相を主体として、Coを5.0質量%以上15.0質量%以下の割合で含有し、CrをCr32換算量で0.3質量%以上1.0質量%以下の割合で含有することが好ましい。本実施形態に用いる超硬合金において、Coを5.0質量%以上含有すると靭性が向上するため、被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。一方、本実施形態に用いる超硬合金において、Coの含有量を15.0質量%以下にすることで被覆切削工具の耐摩耗性が向上する傾向にある。また、本実施形態に用いる超硬合金において、CrをCr32換算量で0.3質量%以上含有すると、炭化タングステンの粒成長が抑制されるため、破壊の起点となる粒子が減少することから被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。一方、本実施形態に用いる超硬合金において、Crの含有量をCr32換算量で1.0質量%以下にすることで被覆切削工具の耐欠損性が向上する傾向にある。この理由は明らかではないが、破壊の起点となりやすいCr32が析出することを抑制できるためと推定している。同様の観点から、本実施形態に用いる超硬合金は、WC相を主体として、Coを5.5質量%以上13.0質量%以下の割合で含有し、CrをCr32換算量で0.4質量%以上0.9質量%以下の割合で含有することがより好ましく、さらに、Coを6.1質量%以上12.0質量%以下の割合で含有し、CrをCr32換算量で0.4質量%以上0.8質量%以下の割合で含有することが特に好ましい。ここで、WC相とは、炭化タングステンからなる相を意味し、また、WC相を主体とは、超硬合金におけるWC相の割合が50質量%以上であることを意味し、60質量%以上であることが好ましく、70質量%以上であることがより好ましく、80質量%以上であることがさらに好ましい。超硬合金におけるWC相の割合は、86.0質量%以上94.7質量%以下であることが特に好ましい。
【0043】
本実施形態に用いる超硬合金中の各組成及び各割合(質量%)は、以下のようにして求める。超硬合金内部の任意の少なくとも3箇所の断面組織(例えば、表面から、内部に向かって深さ500μm以上の位置の断面組織)を、エネルギー分散型X線分光器(EDS)付き走査電子顕微鏡(SEM)にて観察し、EDSにより超硬合金の各組成を測定する。その結果から、各組成の割合を求めることができる。すなわち、超硬合金をその表面に対して直交する方向に研磨し、それにより現れた上記任意の断面組織をSEMにて観察し、SEMに付属するEDSを用いて、超硬合金中の各組成及び割合(質量%)を求める。より詳細には、超硬合金内の上記任意の断面組織を、EDS付きSEMにて2000倍~5000倍で観察し、面分析することにより得ることができる。さらに、得られた各組成の原子%から各組成の質量%を換算して算出することができる。例えば、WCの場合、原子比で、W:C=1:1として、WCの原子%を求めた後、質量%に換算して算出することができる。
【0044】
<被覆層の形成方法>
本実施形態に係る被覆層の形成方法では、工具形状に加工した超硬合金の表面に、被覆層として、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する化合物層を形成する。さらに、必要に応じて超硬合金と化合物層との間に、Ti元素と、C、N、OおよびBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなる下部層を形成してもよい。
本実施形態の被覆切削工具における被覆層の形成方法として、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、被覆層の形成方法はこれに限定されない。
【0045】
被覆層に含まれる化合物層は、原料組成をTiCl4:0.2~0.4mol%、AlCl3:0.5~2.0mol%、NH3:2.0~4.5mol%、H2:残部とし、温度を700~850℃、圧力を2.5~5.0hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0046】
Ti化合物からなる下部層を形成する場合は、上述の化合物層を形成する前に、所望のTi化合物にあわせて原料組成、温度及び圧力を調整して化学蒸着法でTi化合物からなる下部層を形成することができる。下部層の形成方法の具体例としては、例えば、以下の方法を挙げることができる。なお、下部層を形成する場合、下部層形成後、化合物層を形成するために温度を700℃~850℃に下げる工程を行うことが好ましい。
【0047】
例えば、Tiの窒化物層(以下、「TiN層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~950℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0048】
Tiの炭化物層(以下、「TiC層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.5~3.5mol%、CH4:3.5~5.5mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0049】
Tiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~7.0mol%、CH3CN:0.5~1.5mol%、H2:残部とし、温度を800~900℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0050】
Tiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:3.0~4.0mol%、CO:0.5~1.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0051】
Tiの炭酸化物層(以下、「TiCO層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.0~2.0mol%、CO:2.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0052】
図2は、本実施形態の被覆切削工具の製造において、被覆層を形成する際に用いる化学蒸着装置の一例を示す模式断面図である。化学蒸着装置9は、ガス導入治具5、被覆切削工具4を載せる治具7、ヒーター10、反応容器11及びガス排気配管12を備えている。原料ガスを、ガス導入治具5から反応容器11に導入し、ヒーター10で加熱しながら、治具7上の各切削工具に化学蒸着させることにより被覆層を形成し、ガス排気配管12からガスを排出する。
図3は、図2の化学蒸着装置9におけるガス導入治具7の近傍を拡大した模式断面図である。原料ガスは、ガス導入治具5を通ってガス吹き出し穴6から反応容器内に導入され、治具7上の各切削工具4の表面に堆積する。ここで、各切削工具4と治具7との間隔8を調整することにより、被覆層における各部分の厚さを制御することができる。具体的には、図3において、各切削工具4の上面がすくい面であり、すくい面から各切削工具4を載せる治具7の底面までの長さと、各切削工具4の下面のすくい面から、各切削工具4を載せる治具の上面までの長さとをそれぞれ調整することにより、被覆層における各部分の厚さを制御することができる。例えば、各切削工具4と治具7との間隔8を小さくすると、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における被覆層の平均厚さT2が、刃先稜線部における被覆層の平均厚さT1に対して小さくなる傾向にある。また、被覆層を形成するときの圧力を小さくすると、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における被覆層の平均厚さT2と、刃先稜線部における被覆層の平均厚さT1との差(T1-T2)が大きくなる傾向にある。
各切削工具4と治具7との間隔8の具体的な長さとしては、例えば、2.0~4.0mmが好ましい。
【0053】
また、上記式(1)で表される組成を制御するためには、原料組成を適宜調整すればよい。具体的には、TiとAlとの比率を制御する方法としては、例えば、原料組成において、AlCl3/(AlCl3+TiCl4)の比率を大きくすると、Alの含有比率が大きくなる傾向にある。より具体的には、例えば、原料組成において、AlCl3/(AlCl3+TiCl4)の比率を0.70以上0.90以下とすることにより、上記式(1)中のAlの含有比率を上記特定の範囲に制御することができる。
【0054】
被覆層を形成した後、乾式ショットブラスト、湿式ショットブラスト又はショットピーニングを施し、その条件を調整すると、超硬合金の残留応力値を制御することができる。例えば、乾式ショットブラストの条件は、超硬合金の表面に対して投射角度が90°になるように、1.8~2.1barの投射圧力、20~40秒の投射時間で投射材を投射するとよい。乾式ショットブラストにおける投射材(メディア)は、残留応力値を上記の範囲内により容易に制御する観点から、平均粒径120~400μm(投射材の材質が、鋼の場合は、380~420μm)であって、Al23及びSiCからなる群より選ばれる1種以上の材質であると好ましい。
乾式ショットブラストにおいて、投射材(メディア)の平均粒径が大きくなると、超硬合金の残留応力値は小さく(圧縮応力値側)なる傾向にある。また、投射角度を90°から45°に近づけるほど、刃先稜線部における超硬合金の残留応力S1が小さく(圧縮応力値側)なる傾向にある。また、投射圧力が大きくなると、超硬合金の残留応力値は小さくなる傾向にある。また、投射時間が短くなると、超硬合金の残留応力値は小さくなる傾向にある。
また、被覆層(例えば、化合物層)の厚さが薄いほど、乾式ショットブラストを施した場合、刃先稜線部における超硬合金の残留応力S1と、すくい面において刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における超硬合金の残留応力S2との差は小さくなり、S2<S1を満たす傾向にある。この理由は、化合物層の厚さ(被覆層全体の厚さ)が薄いほど、乾式ショットブラストのエネルギーが超硬合金まで伝わりやすくなるためと推定される。
【0055】
また、超硬合金において、炭化タングステン(WC)のKAM値が1度以下を示す測定点の割合を制御する方法としては、例えば、被覆層を形成した後、乾式ショットブラスト、湿式ショットブラスト又はショットピーニングを施し、その条件を調整する方法が挙げられる。具体的には、例えば、乾式ショットブラストにおいて、投射圧力や投射材の種類及び平均粒径を調整する方法が挙げられる。より具体的には、例えば、乾式ショットブラストにおいて、投射圧力を1.8~2.5barとし、投射材(メディア)を、平均粒径が50~140μmであって、Al23及びSiCからなる群より選ばれる1種以上の材質とする方法が挙げられる。投射圧力を前記範囲より高くしたり、投射材(メディア)として、鋼を用いて平均粒径を前記範囲より高くしたりすると、炭化タングステン(WC)のKAM値が1度以下を示す測定点の割合が小さくなる傾向にある。
【0056】
本実施形態の被覆切削工具における各部分の被覆層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又は電解放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各部分の被覆層の平均厚さは、各部分の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、被覆層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【実施例
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
基材として、SEET1203AGTNのインサート(87.2WC-12.0Co-0.8Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金、以下「基材1」とも記す)及びSEET1203AGTNのインサート(93.5WC-6.1Co-0.4Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金、以下「基材2」とも記す)の2種類を用意した。これらの基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。なお、後述の切削試験1を行うために、基材1を用いた試料(下記発明品1~13及び比較品1~9)を各々3個用意し、後述の切削試験2を行うために、基材2を用いた試料(発明品1~13及び比較品1~9)を各々1個用意した。したがって、以下の被覆層の形成方法において、3個の基材1及び1個の基材2の合計4個の基材を同時に化学蒸着装置に入れて、各基材上に所定の被覆層を形成した。
【0059】
[発明品1~13及び比較品1~9]
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を図2に示す外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す化合物層を、表2に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。ここで、化学蒸着装置における各切削工具と治具との間隔を表1に示すとおりに調整することにより、被覆層(化合物層)における各部分の厚さを制御した。具体的には、化学蒸着装置におけるガス導入治具の近傍を拡大した図3に示すとおり、各切削工具4の上面をすくい面として、すくい面から各切削工具4を載せる治具7の底面までの長さと、各切削工具4の下面のすくい面から、各切削工具4を載せる治具の上面までの長さとをそれぞれ表1に示すとおりに調整することにより、被覆層(化合物層)における各部分の厚さを制御した。
さらに、基材の表面に被覆層を形成した後、表3に示す投射材を用いて、表3に示す投射条件の下、被覆層表面に向けて乾式ショットブラストを施した。こうして発明品1~13及び比較品1~7の被覆切削工具を得た。
【0060】
試料の被覆層における各部分の厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部における断面での任意の3箇所の厚さと、刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置における断面での任意の3箇所の厚さとを測定し、それぞれの相加平均値を平均厚さ(順に「T1」及び「T2」と記す)として求めた。得られた試料の被覆層(化合物層)の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。測定結果を表2に示す。
【0061】
【表1】
【0062】
【表2】
【0063】
【表3】
【0064】
[残留応力の測定]
得られた試料について、X線回折装置を用いたsin2ψ法により、超硬合金の残留応力を測定した。刃先稜線部における任意の点3点の応力を測定し、その平均値(相加平均値)を超硬合金の残留応力S1とし、刃先稜線部からすくい面方向に2mm以上離れた位置おける任意の点3点の応力を測定し、その平均値(相加平均値)を超硬合金の残留応力S2とした。その結果を、表4に示す。
【0065】
[KAM値の測定]
得られた試料について、超硬合金のKAM値を以下のようにして測定した。被覆切削工具の試料において、超硬合金の表面から、超硬合金の内部に向かって0.5μmにあり、超硬合金の表面に対して略平行な方向に研磨し断面を露出させた。EBSD(TSL社製)を用いて、超硬合金における断面の各測定領域を正六角形の測定点(以下「ピクセル」とも記す。)に区切った。区切られた各ピクセルについて、試料の断面(研磨面)に入射させた電子線の反射電子から菊地パターンを得てピクセルの方位を測定した。得られた方位データを上記EBSDの解析ソフトを用いて解析し、各種パラメータを算出した。測定条件は、加速電圧15kV、測定領域の寸法は、30μm×50μmとし、隣接するピクセル間の距離(ステップサイズ)を0.05μmとした。測定中心のピクセルとの方位差が5度以上である隣接するピクセルは、測定中心のピクセルが位置する単結晶から粒界を超えたものとしてKAM値の計算から除外した。つまり、KAM値は、結晶粒内のあるピクセルと、その結晶粒から粒界を超えない範囲に存在する隣接するピクセルとの方位差の平均値として求めた。すなわち、KAM値は、下記式(1)により算出した。
【0066】
【数2】
(式(1)中、nは、同一結晶粒内において任意のピクセルiと隣接するピクセルjの数を表し、αi,jは、ピクセルiでの結晶方位とピクセルjでの結晶方位とから求められる結晶方位差を表す。)
【0067】
そして、超硬合金において、測定領域の全面積を構成する全ピクセルにおけるKAM値を求め、測定点(ピクセル)全体数を100%としたときに、KAM値が1度以下を示す測定点(ピクセル)の割合を求めた。なお、KAM値が1度以下を示す測定点の割合は、任意の3箇所の測定領域について求めた割合を平均した数値とした。また、超硬合金において、炭化タングステン(WC)のKAM値が1度以下を示す測定点の割合をKAMcと表す。測定結果を表4に示す。
【0068】
【表4】
【0069】
得られた発明品1~13及び比較品1~9を用いて、下記の条件にて切削試験を行った。
【0070】
[切削試験1]
インサート:SEET1203AGTN、
基材:87.2WC-12.0Co-0.8Cr32(以上質量%)、
被削材:SCM440の直方体形状、
切削速度:250m/min、
1刃当たりの送り量:0.20mm/teeth、
切り込み深さ:2.0mm、
クーラント:無し、
評価項目:試料が欠損に至ったときを工具寿命とし、3つの試料の4コーナ全てを工具寿命まで使用できるか評価した。すなわち、最大で12コーナ(3試料×4コーナ)について、欠損時に他のコーナまで亀裂(クラック)が進展したコーナの数を確認した。欠損時に他のコーナまで亀裂が進展したコーナの数が「0箇所」の場合を「A」、「1箇所」の場合を「B」、「2箇所以上」の場合を「C」と評価した。測定結果を表5に示す。
【0071】
[切削試験2]
インサート:SEET1203AGTN、
基材:93.5WC-6.1Co-0.4Cr32(以上質量%)、
被削材:FCD600の直方体形状、
切削速度:300m/min、
1刃当たりの送り量:0.20mm/teeth、
切り込み深さ:2.0mm、
クーラント:有り、
評価項目:試料が欠損又は最大逃げ面摩耗幅が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工長さを測定した。工具寿命までの加工長さが「12.0m以上」の場合を「A」、「10.0m以上12.0m未満」の場合を「B」、「10.0m未満」の場合を「C」と評価した。測定結果を表5に示す。
【0072】
【表5】
【0073】
表5に示す結果より、発明品は、いずれも欠損時に他のコーナまで亀裂が進展したコーナの数が「0箇所」であり、また、工具寿命までの加工長さが10.0m以上であった。一方、比較品4、6~9は、欠損時に他のコーナまで亀裂が進展したコーナの数が「2箇所以上」であり、比較品1~6及び8~9は、工具寿命までの加工長さが10.0m未満であった。よって、発明品の耐欠損性は、比較品と比べて、総じて、より優れていることが分かる。
【0074】
以上の結果より、発明品は、耐欠損性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の被覆切削工具は、耐欠損性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0076】
1…超硬合金、2…化合物層、3…被覆層、4…被覆切削工具、5…ガス導入治具、6…ガス吹き出し穴、7…被覆切削工具を載せる治具、8…被覆切削工具と治具との間隔、9…化学蒸着装置、10…ヒーター、11…反応容器、12…ガス排気配管。
図1
図2
図3