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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-01
(45)【発行日】2022-04-11
(54)【発明の名称】脳腫瘍治療用細胞製剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 35/30 20150101AFI20220404BHJP
   A61K 35/545 20150101ALI20220404BHJP
   A61P 35/00 20060101ALI20220404BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220404BHJP
   A61K 31/522 20060101ALI20220404BHJP
   A61K 31/65 20060101ALI20220404BHJP
   A61K 48/00 20060101ALI20220404BHJP
   C12N 5/0797 20100101ALI20220404BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20220404BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220404BHJP
   C12N 15/63 20060101ALI20220404BHJP
   C12N 15/85 20060101ALI20220404BHJP
   C12N 15/54 20060101ALI20220404BHJP
   C12N 15/38 20060101ALI20220404BHJP
【FI】
A61K35/30
A61K35/545
A61P35/00
A61P43/00 121
A61P43/00 123
A61K31/522
A61K31/65
A61K48/00
C12N5/0797
C12N5/0735
C12N5/10
C12N15/63 100Z
C12N15/85 Z
C12N15/54
C12N15/38
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019517657
(86)(22)【出願日】2018-05-09
(86)【国際出願番号】 JP2018017888
(87)【国際公開番号】W WO2018207808
(87)【国際公開日】2018-11-15
【審査請求日】2021-04-23
(31)【優先権主張番号】P 2017092973
(32)【優先日】2017-05-09
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】899000079
【氏名又は名称】学校法人慶應義塾
(74)【代理人】
【識別番号】100107870
【弁理士】
【氏名又は名称】野村 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100098121
【弁理士】
【氏名又は名称】間山 世津子
(72)【発明者】
【氏名】戸田 正博
(72)【発明者】
【氏名】岡野 栄之
(72)【発明者】
【氏名】三好 浩之
(72)【発明者】
【氏名】田村 亮太
【審査官】伊藤 基章
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-544711(JP,A)
【文献】LEE, E.X. et al.,Glioma Gene Therapy Using Induced Pluripotent Stem Cell Derived Neural Stem Cells,Mol Pharm,2011年,Vol.8,No.1515-24,ISSN 1543-8384,Abstract、等
【文献】釼持 博昭,外2名,悪性グリオーマの自殺遺伝子幹細胞療法におけるfunctional gap junctionの検討,再生医療 増刊号 第16回日本再生医療学会総会 プログラム・抄録,2017年02月01日,Vol.16,suppl,p.346,ISSN 1347-7919,O-55-5欄、全文
【文献】ZENG, Z.J. et al.,The cell death and DNA damages caused by the Tet-On regulating HSV-tk/GCV suicide gene system in MCF,Biomed Pharmacother,2014年,Vol.68,p.887-92,ISSN 0753-3322, Abstract、等
【文献】KALIMUTHU, S. et al.,Tet-On regulating HSV-sr39tk suicide gene expressing mesenchymal stem cells with dual reporter syste,J Nucl Med,2016年,Vol.57, suppl.2,Abstract No.1397,ISSN 0161-5505,全文
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/00
A61K 31/00
A61K 45/00
A61K 48/00
C12N 5/00
C12N 15/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
腫瘍細胞を死滅又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグとともに使用される脳腫瘍治療用細胞製剤であって、自殺遺伝子を有するiPS細胞又はES細胞由来の神経幹細胞を含み、前記神経幹細胞が、以下の工程(1)及び(2)を順次行うことにより得られる神経幹細胞であり、
(1)iPS細胞又はES細胞に自殺遺伝子を導入する工程、
(2)iPS細胞又はES細胞を神経幹細胞へ分化させる工程、
前記プロドラッグは前記神経幹細胞に含まれる自殺遺伝子の発現によって生成する酵素によって活性化し、腫瘍細胞を死滅又はその増殖を阻害する作用を示すプロドラッグであり、前記自殺遺伝子を、ドキシサイクリンの添加によって発現する遺伝子構造物とすることを特徴とする脳腫瘍治療用細胞製剤。
【請求項2】
自殺遺伝子が単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子であり、プロドラッグがガンシクロビルであることを特徴とする請求項1に記載の脳腫瘍治療用細胞製剤。
【請求項3】
以下の工程(A1)及び(A2)を順次行うことを特徴とする自殺遺伝子を有する神経幹細胞の作製方法であって、前記自殺遺伝子はプロドラッグを活性化し、腫瘍細胞を死滅又はその増殖を阻害する作用を示すようにする酵素をコードする遺伝子であり、前記自殺遺伝子を、ドキシサイクリンの添加によって発現する遺伝子構造物とする作製方法、
(A1)iPS細胞又はES細胞に自殺遺伝子を導入する工程、
(A2)iPS細胞又はES細胞を神経幹細胞へ分化させる工程。
【請求項4】
自殺遺伝子が単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子であることを特徴とする請求項3に記載の自殺遺伝子を有する神経幹細胞の作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳腫瘍治療用細胞製剤、及びその細胞製剤に用いる神経幹細胞の作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
悪性神経膠腫は、脳実質に広く浸潤する脳腫瘍幹細胞(brain tumor stem cell, BTSC)による治療抵抗性のため、現在の治療法では極めて治療困難である。ウイルスベクターを用いた自殺遺伝子療法(HSVtK)は、バイスタンダー効果を発揮することから有効性が期待されたが、浸潤した腫瘍細胞への拡散が不十分であったため、臨床試験の結果は限定的であった。最近、神経幹細胞(neural stem cell, NSC)が脳腫瘍幹細胞に遊走・集積する性質を有することが明らかとなり、神経幹細胞を細胞vehicle として自殺遺伝子治療へ応用する試みが注目されている。しかし、臨床でヒト投与可能かつ充分量の神経幹細胞を入手することは、倫理的な問題を含め困難であった。そこで、神経幹細胞に似た性質を有する間葉系幹細胞を利用した自殺遺伝子治療に関する技術が開発されている(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-345726号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1には、ラット骨髄細胞由来の間葉系幹細胞が、ラット大脳皮質から採取された神経幹細胞よりも高いバイスタンダー効果を示したことが記載されている(実施例2及び3)。このように間葉系幹細胞を用いた自殺遺伝子治療法は高い治療効果を示すと予想されるが、間葉系幹細胞のヒトの脳への投与は安全性などに問題があると考えられる。
【0005】
一方、神経幹細胞は、間葉系幹細胞よりも安全ではあるが、上述したように、入手には大きな困難が伴う。
【0006】
本発明は、このような背景の下、神経幹細胞における入手困難性の問題を解決し、神経幹細胞を用いた新たな脳腫瘍の治療手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上記課題を解決するため鋭意検討を重ねた結果、iPS細胞から神経幹細胞を分化誘導することにより、自殺遺伝子治療法に用いるための充分量の神経幹細胞を得られることを見出した。また、本発明者は、代表的な自殺遺伝子である単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子をiPS細胞に導入すると、この遺伝子が発現し、細胞毒性が生じることも見出した。更に、本発明者は、この細胞毒性の問題は、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子の発現をドキシサイクリンで調節することにより解決できることも見出した。
【0008】
本発明は、以上の知見に基づき完成されたものである。
即ち、本発明は、以下の〔1〕~〔10〕を提供するものである。
〔1〕腫瘍細胞を死滅又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグとともに使用される脳腫瘍治療用細胞製剤であって、自殺遺伝子を有するiPS細胞又はES細胞由来の神経幹細胞を含み、前記プロドラッグは前記神経幹細胞に含まれる自殺遺伝子の発現によって生成する酵素によって活性化するプロドラッグであることを特徴とする脳腫瘍治療用細胞製剤。
【0009】
〔2〕自殺遺伝子を有するiPS細胞又はES細胞由来の神経幹細胞が、以下の工程(1)及び(2)を順次行うことにより得られる神経幹細胞であることを特徴とする〔1〕に記載の脳腫瘍治療用細胞製剤、
(1)iPS細胞又はES細胞に自殺遺伝子を導入する工程、
(2)iPS細胞又はES細胞を神経幹細胞へ分化させる工程。
【0010】
〔3〕自殺遺伝子を、発現を人為的に調節できる遺伝子構造物とすることを特徴とする〔2〕に記載の脳腫瘍治療用細胞製剤。
【0011】
〔4〕自殺遺伝子構造物が、ドキシサイクリンの添加によって発現する遺伝子構造物であることを特徴とする〔3〕に記載の脳腫瘍治療用細胞製剤。
【0012】
〔5〕自殺遺伝子を有するiPS細胞又はES細胞由来の神経幹細胞が、以下の工程(1)及び(2)を順次行うことにより得られる神経幹細胞であることを特徴とする〔1〕に記載の脳腫瘍治療用細胞製剤、
(1)iPS細胞又はES細胞を神経幹細胞へ分化させる工程、
(2)神経幹細胞に自殺遺伝子を導入する工程。
【0013】
〔6〕自殺遺伝子が単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子であり、プロドラッグがガンシクロビルであることを特徴とする〔1〕乃至〔5〕のいずれかに記載の脳腫瘍治療用細胞製剤。
【0014】
〔7〕以下の工程(A1)及び(A2)、又は工程(B1)及び(B2)を順次行うことを特徴とする自殺遺伝子を有する神経幹細胞の作製方法、
(A1)iPS細胞又はES細胞に自殺遺伝子を導入する工程、
(A2)iPS細胞又はES細胞を神経幹細胞へ分化させる工程、
(B1)iPS細胞又はES細胞を神経幹細胞へ分化させる工程、
(B2)神経幹細胞に自殺遺伝子を導入する工程。
【0015】
〔8〕工程(A1)における自殺遺伝子を、発現を人為的に調節できる遺伝子構造物とすることを特徴とする〔7〕に記載の自殺遺伝子を有する神経幹細胞の作製方法。
【0016】
〔9〕工程(A1)における自殺遺伝子構造物が、ドキシサイクリンの添加によって発現する遺伝子構造物であることを特徴とする〔8〕に記載の自殺遺伝子を有する神経幹細胞の作製方法。
【0017】
〔10〕自殺遺伝子が単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子であることを特徴とする〔7〕乃至〔9〕のいずれかに記載の自殺遺伝子を有する神経幹細胞の作製方法。
【0018】
また、本発明は、以下の〔A〕を提供するものである。
〔A〕以下の工程(1)及び(2)を含む脳腫瘍の治療方法、
(1)自殺遺伝子を有するiPS細胞又はES細胞由来の神経幹細胞を含む細胞製剤を患者に投与する工程、
(2)腫瘍細胞を死滅又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグであって、前記神経幹細胞に含まれる自殺遺伝子の発現によって生成する酵素によって活性化するプロドラッグを患者に投与する工程。
【0019】
本明細書は、本願の優先権の基礎である日本国特許出願、特願2017-92973の明細書および/または図面に記載される内容を包含する。
【発明の効果】
【0020】
本発明は、iPS細胞又はES細胞由来の神経幹細胞を用いた新たな脳腫瘍の治療手段を提供する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】HSVtk発現・治療用幹細胞(TSC)を用いた悪性脳腫瘍に対する自殺遺伝子細胞療法の概要を示す図。
図2】腫瘍の発光イメージング解析(IVIS)の結果を示す図。治療用幹細胞としてHSVtk発現幹細胞を用いた。
図3】発光イメージングのROI値の計測結果を示す図。治療用幹細胞としてHSVtk発現幹細胞を用いた。
図4】マウス脳切片のHE染色画像(左)及びVenus蛍光画像(右)。治療用幹細胞としてHSVtk発現幹細胞を用いた。
図5】腫瘍体積の解析の結果を示す図。治療用幹細胞としてHSVtk発現幹細胞を用いた。
図6】移植TSCの生存解析の結果を示す図。治療用幹細胞としてHSVtk発現幹細胞を用いた。上段が非治療群、下段が治療群の脳を示す。画像は、左から明視野、Venus染色(U87腫瘍細胞を染色)、KO染色(幹細胞を染色)、DAPI染色(核を染色)、 merge(Venus, KO、DAPIの融合画像)である。
図7】脳腫瘍モデルの生存解析の結果を示す図。治療用幹細胞としてHSVtk発現幹細胞を用いた。
図8】Tet誘導HSVtk発現・治療用幹細胞(TSC)を用いた自殺遺伝子細胞療法の概要を示す図。
図9】腫瘍の発光イメージング解析(IVIS)の結果を示す図。治療用幹細胞としてTet誘導HSVtk発現幹細胞を用いた。
図10】脳腫瘍モデルの生存解析の結果を示す図。治療用幹細胞としてTet誘導HSVtk発現幹細胞を用いた。
図11】マウス脳切片のHE染色画像(左)及びVenus蛍光画像(右)。治療用幹細胞としてTet誘導HSVtk発現幹細胞を用いた。
図12】腫瘍体積の解析の結果を示す図。治療用幹細胞としてTet誘導HSVtk発現幹細胞を用いた。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の脳腫瘍治療用細胞製剤は、腫瘍細胞を死滅又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグとともに使用される脳腫瘍治療用細胞製剤であって、自殺遺伝子を有するiPS細胞又はES細胞由来の神経幹細胞を含み、前記プロドラッグは前記神経幹細胞に含まれる自殺遺伝子の発現によって生成する酵素によって活性化するプロドラッグであることを特徴とするものである。
【0023】
本発明における「脳腫瘍」とは、頭蓋内組織に発生する腫瘍を意味し、その具体例としては、グリオーマ(神経膠腫)、髄芽腫、神経芽細胞腫、髄膜腫、下垂体腺腫、神経鞘腫、原発性中枢神経系リンパ腫、肉腫、脊髄腫瘍などを挙げることができる。本発明においては、これらのいずれの脳腫瘍も治療対象とすることができるが、グリオーマを治療対象とすることが好ましい。
【0024】
本発明における「治療」とは、腫瘍細胞を死滅させることだけでなく、腫瘍細胞を減少させることや腫瘍細胞の増殖を阻害することをも含む意味である。
【0025】
本発明における「自殺遺伝子」とは、細胞内で発現することにより、その細胞を殺傷することのできる遺伝子を意味する。自殺遺伝子としては、代謝毒性遺伝子を使用することができ、その好適な具体例としては、単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子(Proc. Natl. Acad. Sci, USA 78 (1981) 1441-1445)を挙げることができる。単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子以外の自殺遺伝子としては、シトシンデアミナーゼ遺伝子、ウラシルホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子、グアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子、ニトロレダクターゼ遺伝子などを挙げることができる。
【0026】
自殺遺伝子は、治療時に発現させることのできるものであれば特に限定されないが、上述したように自殺遺伝子の中には、iPS細胞中で細胞毒性を示すものがあるため(例えば、HSVtk遺伝子)、自殺遺伝子を、発現を人為的に調節できる遺伝子構造物とすることが好ましい。このような発現を人為的に調節できる自殺遺伝子を含有する遺伝子構造物を用いることにより、iPS細胞中では自殺遺伝子の発現を抑制し、脳腫瘍治療時に自殺遺伝子の発現を誘導することができ、細胞毒性の問題を解決することができる。このような遺伝子構造物は、後述するように、自殺遺伝子の発現を人為的に調節可能にする配列を用いて作製することができる。
【0027】
本発明におけるプロドラッグは、腫瘍細胞を死滅又はその増殖を阻害する薬物のプロドラッグであり、かつ自殺遺伝子の発現によって生成する酵素によって活性化し、腫瘍細胞を死滅又はその増殖を阻害する作用を示すようになるものであればどのようなものでもよい。使用するプロドラッグは、自殺遺伝子に応じて決めることができる。例えば、自殺遺伝子が単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ遺伝子の場合、プロドラッグとしてガンシクロビル(GCV)、アシクロビル、ペンシクロビル、アデフォビル、テノフォビルなどを使用することができ、自殺遺伝子がシトシンデアミナーゼ遺伝子の場合、プロドラッグとして5-フルオロシトシンなどを使用することができ、自殺遺伝子がウラシルホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子の場合、プロドラッグとして5-フルオロウラシルなどを使用することができ、自殺遺伝子がグアニンホスホリボシルトランスフェラーゼ遺伝子の場合、プロドラッグとして6-チオキサンチン又は6-チオグアニンなどを使用することができ、自殺遺伝子がニトロレダクターゼ遺伝子の場合、プロドラッグとしてはCB1954などを使用することができる。
【0028】
本発明における「神経幹細胞」とは、ニューロン及びグリア細胞へ分化する細胞を供給する能力を持つ幹細胞をいう。本発明の細胞製剤は、この神経幹細胞を含むが、脳腫瘍の治療効果に大きな悪影響を及ぼさない限り、神経幹細胞以外の細胞を含んでいてもよい。後述するMol Brain 9:85, 2016記載の方法に従ってiPS細胞から神経幹細胞を作製すると、神経幹細胞だけでなく、神経前駆細胞も生じる。このため、本発明の細胞製剤は、通常、神経幹細胞と神経前駆細胞の両方を含んでいる。また、本発明において使用される神経幹細胞は、iPS細胞などの多能性幹細胞由来の神経幹細胞であり、脳などから採取された神経幹細胞がそのまま使用されることはない。
【0029】
自殺遺伝子を有するiPS細胞由来の神経幹細胞は、以下に説明する工程(A1)及び(A2)、又は工程(B1)及び(B2)を順次行うことにより作製することができる。
【0030】
工程(A1)では、iPS細胞に自殺遺伝子を導入する。
【0031】
使用するiPS細胞は、神経幹細胞へ分化させることのできるものであれば、その由来、導入する再プログラミング因子、再プログラミング因子の導入方法などは特に限定されないが、本発明の細胞製剤は主としてヒトの脳腫瘍の治療に用いられるので、このような場合にはヒト由来のiPS細胞を用いることが好ましい。この場合、iPS細胞は、細胞製剤を投与する患者由来のiPS細胞を用いてもよく、患者以外のヒト由来のiPS細胞を用いてもよい。また、上述のように、再プログラミング因子の導入方法も限定されないが、インテグレーションフリーなiPS細胞を用いることが好ましい。使用するiPS細胞は、公知の方法に従って作製してもよいが、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)などの研究機関から入手することも可能である。好適なiPS細胞株としては、CiRAが所持する1210B2を挙げることができる。
【0032】
iPS細胞に自殺遺伝子を導入する方法としては、自殺遺伝子を組み込んだベクターを導入する方法を例示できる。ベクターとしては、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクターなどのウイルスベクターを使用するのが好ましい。これらの中では、ゲノムに自殺遺伝子を組み込むタイプのベクターが好ましく、レンチウイルスベクターが最も好ましい。
【0033】
ベクターには、自殺遺伝子のほかに、この遺伝子の発現を人為的に調節可能にする配列が含まれていることが好ましい。このような配列としては、公知の発現誘導システムであるテトラサイクリン誘導システム(PLoS One 8:e59890, 2013)を用いることが好ましい。このテトラサイクリン誘導システムは、リバーステトラサイクリン制御性トランス活性化因子(rtTA)を発現する領域と、目的遺伝子とその上流に配置されるTREプロモーターを含む領域とからなる。rtTAはテトラサイクリンと結合することにより、TREプロモーターと結合し、下流にある目的遺伝子の発現を誘導する。このシステムを用いることにより、テトラサイクリンの添加によって、自殺遺伝子の発現を誘導することができる。なお、このシステムにおける発現の誘導は、上記のようにテトラサイクリンで行うこともできるが、通常、テトラサイクリンの誘導体であるドキシサイクリンによって行う。自殺遺伝子の発現を人為的に調節可能にする配列は、このテトラサイクリン誘導システムに限定されるわけではなく、薬剤誘導性プロモーターなどの各種誘導性プロモーターを用いてもよい。
【0034】
ベクターには、自殺遺伝子や自殺遺伝子の発現を人為的に調節可能にする配列以外にも、レポーター遺伝子やIRESなどの配列が含まれていてもよい。
【0035】
ベクターによるiPS細胞への自殺遺伝子の導入は、使用するベクターの種類に応じ公知の方法に従って行うことができる。
【0036】
工程(A2)では、iPS細胞を神経幹細胞へ分化させる。
【0037】
iPS細胞から神経幹細胞への分化は、胚様体を介する方法、胚様体を介さない方法、公知のいずれの方法に従って行ってもよい。例えば、Mol Brain 9:85, 2016記載の方法に従って行うことができる。
【0038】
例えば、上記方法によれば、iPS細胞から胚様体の形成は、公知の胚様体形成培地を使って行うことがで、胚様体培地は、TGFβファミリー阻害剤(例えば、SB431542)及びBMB阻害剤(例えば、LDN-193189)を含むものである。
【0039】
胚様体から神経幹細胞への分化は、公知のニューロスフェア培地を使って行うことができる。例えば、ニューロスフェア培地は、上皮成長因子、線維芽細胞増殖因子-2、白血病阻止因子、B-27 supplementなどを含むものである。胚様体をニューロスフェア培地で培養することにより、ニューロスフェアと呼ばれる神経幹細胞を含む細胞塊が形成される。形成されたニューロスフェアを回収し、単一細胞に分散し、ニューロスフェア培地で培養することにより、再びニューロスフェアが形成される。このような操作を何度か繰り返した後、ニューロスフェアを回収することにより、神経幹細胞を得ることができる。
【0040】
工程(A1)及び(A2)を順次行うことによって自殺遺伝子を有するiPS細胞由来の神経幹細胞を作製した場合、iPS細胞を増殖させることにより安定的に治療用の神経幹細胞を提供できるという利点がある。
【0041】
工程(B1)では、iPS細胞を神経幹細胞へ分化させる。
【0042】
工程(B1)におけるiPS細胞から神経幹細胞への分化は、工程(A2)における分化と同様に行うことができる。
【0043】
工程(B2)では、神経幹細胞に自殺遺伝子を導入する。
【0044】
工程(B2)における神経幹細胞への自殺遺伝子の導入は、工程(A1)における導入と同様に行うことができる。但し、工程(A1)においては、細胞毒性の問題が生じることがあることから、ベクター中に自殺遺伝子の発現を人為的に調節可能にする配列が含まれていることが好ましい。しかし、工程(B2)においてはそのような問題が生じる可能性は非常に低いので、自殺遺伝子の発現を人為的に調節可能にする配列は、通常、必要ない。
【0045】
上記のように、工程(A1)及び(A2)、又は工程(B1)及び(B2)を順次行うことにより、iPS細胞から自殺遺伝子を有する神経幹細胞を作製できるが、iPS細胞とES細胞は同質の細胞なので、iPS細胞の代わりにES細胞を用いても、自殺遺伝子を有する神経幹細胞を作製することができる。
【0046】
なお、上述のように、本明細書においては、「神経幹細胞」という「物」を構造や特性ではなく、製造方法によって特定しているが、これは、細胞が生体の一部であることから、その構造や特性は極めて複雑であり、それらを特定する作業を行うことは、著しく過大な経済的支出や時間を必要とするからである。
【0047】
本発明の細胞製剤は、神経幹細胞の他に、製剤上許容される他の成分を含んでいてもよい。このような他の成分としては、担体、賦形剤、崩壊剤、緩衝剤、乳化剤、懸濁剤、無痛化剤、安定剤、保存剤、防腐剤、生理食塩水などを挙げることができる。また、凍結保存時の細胞を保護するためにジメチルスルフォキシドや血清アルブミンなどが含まれていてもよく、細菌の混入や増殖を防ぐために抗生物質などが含まれていてもよい。
【0048】
本発明の細胞製剤中に含まれる神経幹細胞の数は、脳腫瘍の治療において所望の効果(例えば、腫瘍の消滅、腫瘍サイズの減少)が得られるように、対象の性別、年齢、体重、患部の状態、使用する細胞の状態等を考慮して、適宜決めることができる。
【0049】
本発明の細胞製剤は、複数回(例えば、2~10回)、間隔(例えば、1日に2回、1日に1回、1週間に2回、1週間に1回、2週間に1回)をおいて投与してもよい。投与量は、対象の性別、年齢、体重、患部の状態、使用する細胞の状態などを考慮して、適宜決めることができるが、一個体(ヒト)あたり幹細胞1×10個~1×106個で、1~10回の投与量が好ましい。
【0050】
本発明の細胞製剤の投与部位や投与方法は特に限定されない。投与方法としては、腫瘍局所投与、頚動脈内投与、静脈内投与などを挙げることができる。
【0051】
本発明の細胞製剤とともに使用されるプロドラッグの投与部位や投与方法も特に限定されない。投与方法としては、上述した腫瘍局所投与、頚動脈内投与、静脈内投与のほか、腹腔内投与なども挙げることができる。
【0052】
プロドラッグの投与時期は、本発明の細胞製剤の投与前、投与と同時、及び投与後のいずれであってもよいが、通常は、細胞製剤の投与後に、複数回に分けて投与する。プロドラッグの投与量は、使用するプロドラッグの種類、対象の性別、年齢、体重、患部の状態などを考慮して適宜決めることができるが、ガンシクロビルを投与する場合であれば、一個体(ヒト)あたり1回3~5mg/kg、1日2回で2~3週間投与(28回~42回)が好ましい。
【0053】
細胞毒性を防止するためにテトラサイクリン誘導システムを使った場合には、自殺遺伝子を発現させるためドキシサイクリンも治療時に投与する。ドキシサイクリンの投与方法としては、経口投与、腫瘍局所投与、頚動脈内投与、静脈内投与、腹腔内投与などを挙げることができる。ドキシサイクリンの投与時期は、本発明の細胞製剤の投与前、投与と同時、及び投与後のいずれであってもよいが、通常は、細胞製剤の投与後に投与する。
【実施例
【0054】
次に、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0055】
(A)材料と方法
<ヒトiPS細胞>
使用したヒトiPS細胞(1210B2)は、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)から入手した。1210B2は、ヒト末梢血単核細胞にエピソーマルベクターを用いて再プログラミング因子を導入する方法(Stem Cells 31:458-66, 2013)によって樹立された。ヒトiPS細胞は、iMatrix-511(ニッピ社製)でコートしたプラスチック培養ディッシュに播種し、Stem Fit AK03またはAK03N培地(味の素社製)を用いて、既知のフィーダーフリーの方法(Sci Rep 4:3594, 2014)で維持培養した。
【0056】
<ヒトiPS細胞から神経幹/前駆細胞(NS/PCs)への分化誘導>
ヒトiPS細胞からNS/PCsへの分化誘導は、既知の方法(Mol Brain 9:85, 2016)により行った。まずiPS細胞の培地中に10μM ROCK阻害剤Y276352(和光純薬工業社製)を添加し、1~3時間インキュベーションした後、PBSで洗浄し、TrypLE Select(Life Technologies社製)を用いて単一細胞へ分散した。単一細胞へ分散されたヒトiPS細胞は、10μM ROCK阻害剤Y276352を添加したEB(embryoid body)形成培地(C液を添加していないStem Fit培地に10μM SB431542, 100nM LDN-193189を添加)に懸濁し、低接着96穴培養プレート(Prime Surface 96V,住友ベークライト社製)の1ウェルあたり9.0×103細胞/75μlになるように播種し、培養した。1日後にEB形成培地75μlを加え、以降、毎日半分量のEB形成培地を交換し、13~14日間培養することにより、EBを得た。各ウェルからEBを回収し、NS(neurosphere)培地(D-MEM/Ham's F-12培地(HEPES含有)(和光純薬工業社製)に20 ng/ml 組換えヒト上皮成長因子(PeproTech社製), 20 ng/ml 組換えヒト線維芽細胞増殖因子-2 (PeproTech社製), 103 units/ml組換えヒト白血病阻止因子(ナカライテスク社製), 2% B-27 supplement (Thermo Fisher Scientific社製), 1単位/ml ヘパリンナトリウム(エイワイファーマ社製)を添加)で7日間培養した。培地交換は、培養3日か4日目に1度行った。細胞塊を遠心で回収し、TrypLE Selectを用いて単一細胞へ分散後、NS培地に懸濁した。1×105細胞/mlの濃度で低接着フラスコ(Corning社製)に播種し、3~4日ごとに培地交換を行い、10日間培養することにより1次NS/PCsを得た。同様にして、1次NS/PCsを遠心で回収し、TrypLE Selectを用いて単一細胞へ分散後、NS培地に懸濁し、1×105細胞/mlの濃度で低接着フラスコに播種し、3~4日ごとに培地交換を行い、7~10日間培養することにより2次、3次、4次、5次NS/PCsを得た。
【0057】
<HSVtk発現レンチウイルスベクターの作製>
Humanized, CpG-free HSVtk遺伝子(HSV1tk)のcDNAは、pSelect-zeo-HSV1tk(InvivoGen社製)プラスミドよりPCR法によりpENTR/D-TOPO(Thermo Fisher Scientific社製)にサブクローニングし、塩基配列を確認したものを使用した。HSV1tk cDNAをレンチウイルスベクタープラスミドCSII-EF-RfA-IRES2-hKO1およびCSIV-RfA-TRE-EF-KTにサブクローニングを行い、CSIV-EF-HSV1tk-IRES2-hKO1およびCSIV-HSV1tk-TRE-EF-KTを得た。CSIV-EF-HSV1tk-IRES2-hKO1は、EF-1αプロモーター下でHSV1tkとhKO1(Humanized Kusabira-Orange蛍光タンパク質遺伝子)が発現するレンチウイルスベクターの作製に使用した。CSIV-HSV1tk-TRE-EF-KTは、EF-1αプロモーター下でhKO1とrtTA(reverse Tet-controlled transactivator)が発現し、テトラサイクリン(Tet)誘導型プロモーター下でHSV1tk が発現するレンチウイルスベクターの作製に使用した。レンチウイルスベクターは既知の方法により作製した(J Virol 72:8150-8157, 1998; PLoS One 8:e59890, 2013; Sci Rep 5:10434, 2015)。
【0058】
<ffLuc発現ヒトグリオーマ細胞株U87の作製>
ヒトグリオーマ細胞株U87にffLuc(Venus蛍光タンパク質とLuc2ホタルルシフェラーゼの融合遺伝子)発現レンチウイルスベクター(CSII-EF-ffLuc)(Cell Transplant 20:727-739, 2011)を感染させ、セルソーターによるクローンソートを行い、ffLucが安定に高発現するU87細胞株を得た。
【0059】
<HSVtk発現NS/PCsの作製>
ヒトiPS細胞から分化誘導した2次または3次NS/PCsを遠心で回収し、TrypLE Selectを用いて単一細胞へ分散後、NS培地に懸濁し、1×105細胞/mlの濃度で低接着フラスコに播種し、CSIV-EF-HSV1tk-IRES2-hKO1レンチウイルスベクターをMOI(multiplicity of infection) 0.5~1で感染させ、3~4日ごとに培地交換を行い、7日間培養した。得られたNS/PCsに対して同様に再度CSIV-EF-HSV1tk-IRES2-hKO1レンチウイルスベクターをMOI 0.5~1で感染させ、HSVtk発現NS/PCs治療用幹細胞(Therapeutic stem cell: TSC)を作製した。HSVtk発現NS/PCsは、培地にガンシクロビル(GCV) 1μg/mlを添加することにより細胞死が誘導されることを確認した。
【0060】
<脳腫瘍モデルマウスにおけるHSVtk発現NS/PCsの治療効果の検討>
ffLuc発現U87細胞 1×105個/2μlとHSVtk発現NS/PCs 5×105個/2μlを混合し、全身麻酔したT cell-deficient mouse (Female BALB/c nude mouse, 20g, 6w)の右線条体(大泉門より右方2mm、脳表より深さ3mm)に定位的に移植した。
【0061】
治療群は腹腔内に移植翌日から21日間、GCV 50mg/kgを1日2回投与した。(group 1: HSVtk(+)/GCV(+), n=10)。コントロール群は1×PBS 200μlを同期間、腹腔内に投与した。(group 2: HSVtk(+)/GCV(-), n=10)。
【0062】
同一個体の腫瘍の継時的変化はIVIS in vivo imaging systemで1週間ごとに観察した。IVIS撮影時は、Isoflurane吸入麻酔下にVivoGloTM Luciferin 30mg/ml を200μl腹腔内投与し、ピークに達する10分で撮影を行った。
【0063】
また、3週目時点で両群4匹ずつ断頭し、実際の腫瘍体積を計測した。断頭は、4% Paraformaldehydeを経心臓的に灌流固定することにより行った。取り出した脳組織は、10%及び20% sucrose置換しMicrotomeにて、20μm厚にスライスしantifreeze solutionが1mlずつ入った8 well dishに順に入れ、-20℃で保管した。
【0064】
脳切片をHE染色、またはU87はVenus蛍光タンパク質を発現しているため、蛍光顕微鏡観察により、さらに詳細に腫瘍体積を測定した。また、同じく3週目の両群脳組織を抗KO抗体で蛍光染色し、移植したTSCが残存しているかを評価した。最後に、両群の生存曲線を比較した。
【0065】
<テトラサイクリン(Tet)誘導HSVtk発現NS/PCsの作製>
ヒトiPS細胞にCSIV-HSV1tk-TRE-EF-KTレンチウイルスベクターをMOI 2.5~10で感染させ、培養後、セルソーターによるクローンソートを行い、hKO1が安定に高発現するiPS細胞株を得た。Tet誘導HSVtk発現iPS細胞は、培地にドキシサイクリン(Dox)1μg/ml、GCV 1μg/mlの添加で細胞死が誘導されることを確認した。
【0066】
Tet誘導HSVtk発現iPS細胞からNS/PCsへの分化誘導を行い、2次、3次Tet誘導HSVtk発現NS/PCsを得た。これらTet誘導HSVtk発現NS/PCsも、培地にドキシサイクリン(Dox)1μg/ml、GCV 1μg/mlの添加で細胞死が誘導されることを確認した。
【0067】
<脳腫瘍モデルマウスにおけるTet誘導HSVtk発現NS/PCsの治療効果の検討>
治療群group 1(Tet-HSVtk(+)/Dox(+)/GCV(+), n=12)、コントロール群group 2 (Tet-HSVtk(+)/Dox(-)/GCV(+),n=8)、group 3(Tet-HSVtk(-) /Dox(+)/GCV(+),n=4)の3群を作製した。腫瘍評価方法や生存曲線解析などはすべて上記HSVtk発現NS/PCsの治療効果の検討と同様に行った。(Doxは200mg/kg含有の餌により経口摂取させた。)
【0068】
(B)結果
(1)HSVtk発現・治療用幹細胞を用いた悪性脳腫瘍に対する自殺遺伝子細胞療法
<概要>
HSVtk発現・治療用幹細胞を用いた悪性脳腫瘍に対する自殺遺伝子細胞療法の概要を図1に示す。induced Pluripotent Stem (iPS)細胞を神経幹細胞(NSC)に分化誘導後、自殺遺伝子である単純ヘルペスウイルスチミジンキナーゼ(HSVtk)遺伝子をレンチウイルスベクターで遺伝子導入し、HSVtk発現・治療用幹細胞(Therapeutic stem cell: TSC)を樹立した。T cell-deficient マウス脳(右線条体)にヒトグリオーマ細胞 (U87)1×105個とTSC 5×105個を混合移植した。治療群では移植翌日から21日間ガンシクロビル (GCV) 50mg/kgを1日2回投与し、コントロール群はPBSを投与した。腫瘍の発光イメージング解析(IVIS)を経時的に行いながら、生存解析を行った。一部のマウスは、移植3週目に断頭して、脳の組織学的解析を行った。
<発光イメージング解析(IVIS)による腫瘍の経時的解析>
治療群(GCV+)ではコントロール群(GCV-)と比較して、腫瘍は縮小傾向を示した(図2)。発光イメージングのROI値を計測すると、治療群は有意に低く、特に2週目以降で顕著であった(図3)。(P=0.02)
【0069】
<脳腫瘍モデルマウスの組織学的解析(グリオーマ・TSC移植3週目:n=4)>
グリオーマ細胞(U87)はVenus蛍光タンパク質遺伝子が導入されているため、蛍光顕微鏡を用いて腫瘍体積を定量的に解析した(図4)。治療群(GCV+)の腫瘍体積は0.17±0.07mm3で、コントロール群(GCV-)の51.76±7.87mm3と比較して、有意に小さかった(図5)。(P=0.0006)
【0070】
また、本治療法の安全性(iPS細胞の腫瘍化リスク)に関して、上記マウス脳内の移植TSCの死滅を確認した。TSCはKusabira-Orange(KO)蛍光タンパク質遺伝子が導入されているため、抗KO抗体を用いた蛍光染色により解析を行った。その結果、コントロール群(GCV-)では、移植したTSCは脳内に残存していたが、治療群(GCV+)では明らかな残存を認めなかった(図6)。(各n=4)したがって、移植したTSCはHSVtk/GCV systemにより3週間以内に死滅することが確認された。
【0071】
<脳腫瘍モデルの生存解析>
治療群(GCV+)ではコントロール群(GCV-)と比較して、有意な生存期間の延長が認められた(図7)。平均生存期間は治療群で4日、コントロール群で19日であった(p<0.01)。
【0072】
(2)Tet誘導HSVtk発現・治療用幹細胞(TSC)を用いた自殺遺伝子細胞療法
<概要>
Tet誘導HSVtk発現・治療用幹細胞(TSC)を用いた自殺遺伝子細胞療法の概要を図8に示す。臨床応用へ向けて、安定細胞供給のため、ヒトiPS細胞へのHSVtk遺伝子導入を試みたが、細胞毒性のため、HSVtk発現iPS細胞株は樹立できなかった。そこで、遺伝子発現の調節可能なテトラサイクリン(Tet)誘導型プロモーターを用いてTet誘導HSVtk発現iPS細胞株を樹立した。同細胞株から神経幹細胞(NS/PCs)へ分化可能で、Tet誘導HSVtk発現・治療用幹細胞(TSC)の安定供給が可能になった。
Tet誘導HSVtkでは、ドキシサイクリン(Dox)を添加したときのみHSVtk遺伝子が発現する。
【0073】
<腫瘍の発光イメージング解析(IVIS)および生存解析>
IVIS解析において、コントロールのTSC移植(-)/Dox(+)/GCV(+)群およびTSC移植(+)/Dox(-)/GCV(+)群と比較して、治療群のTSC移植/Dox(+)/GCV(+)において、腫瘍の縮小が認められた(図9)。
【0074】
生存解析において、コントロールのTSC移植(-)/Dox(+)/GCV(+)群と比較して、治療群のTSC移植(+)/Dox(+)/GCV(+)において有意な生存期間の延長が認められた(図10)。平均生存期間は治療群で34日、コントロール群で25.5日であった(p<0.01)。(一方、コントロールのTSC移植(+)/Dox(-)/GCV(+)群と治療群とは統計学的な有意差は認められなかった)。なお、Tet誘導HSVtkでは、ドキシサイクリン(Dox)を添加したときのみHSVtk遺伝子が発現する。
【0075】
<脳腫瘍モデルマウスの組織学的解析(グリオーマ・TSC移植3週目:n=4)>
コントロールのTSC移植(+)/Dox(-)/GCV(+)と比較して、治療群のTSC移植(+)/Dox(+)/GCV(+)において、有意な腫瘍縮小効果が認められた(図11及び12)。(p=0.003)
【0076】
本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。
【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明の脳腫瘍治療用細胞製剤は医薬として用いることができるので、本発明は製薬などの産業分野において利用可能である。
図1
図2
図3
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図10
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図12