(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-01
(45)【発行日】2022-04-11
(54)【発明の名称】機械部品の製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/10 20060101AFI20220404BHJP
C22F 1/18 20060101ALI20220404BHJP
C22C 14/00 20060101ALI20220404BHJP
C22F 1/02 20060101ALI20220404BHJP
C22F 1/00 20060101ALN20220404BHJP
【FI】
C23C8/10
C22F1/18 H
C22C14/00 Z
C22F1/02
C22F1/00 691B
C22F1/00 692A
C22F1/00 691C
C22F1/00 630C
C22F1/00 631Z
C22F1/00 630G
C22F1/00 630D
(21)【出願番号】P 2017244285
(22)【出願日】2017-12-20
【審査請求日】2020-11-26
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 美有
(72)【発明者】
【氏名】山原 彩加
(72)【発明者】
【氏名】大木 力
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-100666(JP,A)
【文献】特開平02-066142(JP,A)
【文献】特開平11-029847(JP,A)
【文献】特開平07-268598(JP,A)
【文献】特開2002-097914(JP,A)
【文献】藤井 秀樹ら,“自動車部品へのチタン材適用”,新日鉄技報,2003年,第378 号,pp.62-67
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/10
C23C 8/12
C22F 1/18
C22C 14/00
C22F 1/02
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面を有するチタン合金製の加工対象部材を準備する工程と、
前記加工対象部材を第1保持温度で保持した後に冷却する溶体化処理工程と、
前記溶体化処理工程の後に行われ、前記加工対象部材を第2保持温度で保持した後に冷却する時効処理工程と、
前記時効処理工程の後に行われ、酸素を含む雰囲気ガス中において、前記加工対象部材を第3保持温度で保持することにより前記表面に前記酸素を導入する浸酸工程と、
前記浸酸工程の後に行われる後処理工程とを備え、
前記第1保持温度は、前記チタン合金のβ単相変態温度よりも60℃低い温度以上前記チタン合金のβ単相変態温度未満であり、
前記溶体化処理工程における保持時間は60秒以上2400秒以下であり、
前記第2保持温度は400℃以上700℃以下であり、
前記時効処理工程における保持時間は30秒以上4.3×10
4秒以下であり、
前記第3保持温度は、前記第1保持温度よりも低く、かつ800℃以上
850℃以下であり、
前記浸酸工程における保持時間は
5.76×10
4秒以上9.0×10
4秒以下であり、
前記雰囲気ガス中における酸素分圧は50ppm以上100ppm未満であり、
前記後処理工程では、前記浸酸工程において前記表面に形成された酸化膜が、除去される、機械部品の製造方法。
【請求項2】
前記第2保持温度は500℃以上560℃以下である、請求項1に記載の機械部品の製造方法。
【請求項3】
前記雰囲気ガスは、常圧であり、
前記雰囲気ガスは、不活性ガスをさらに含
む、
請求項1又は請求項2に記載の機械部品の製造方法。
【請求項4】
前記不活性ガスは、アルゴン、ヘリウム及び窒素からなる群から選択される少なくとも1つである、請求項
3に記載の機械部品の製造方法。
【請求項5】
前記チタン合金は、α型チタン合金又はα+β型チタン合金である、請求項1~請求項
4のいずれか1項に記載の機械部品の製造方法。
【請求項6】
前記チタン合金は、64チタン合金である、請求項
5に記載の機械部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械部品の製造方法に関する。より特定的には、本発明は、チタン合金製の機械部品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、チタン合金製の機械部品が広く知られている。チタン合金製の機械部品は、例えば航空機、自動車部品等に用いられている。チタン合金製の機械部品には、耐摩耗性が必要とされる。そのため、チタン合金製の機械部品に対しては、硬さを高めるための熱処理が行われることが通例である。
【0003】
チタン合金製の機械部品の硬さを高めるための熱処理としては、溶体化処理が挙げられる。溶体化処理においては、第1に、加熱工程が行われる。加熱工程においては、機械部品は、機械部品を構成するチタン合金のβ変態開始温度よりも高い温度に加熱される。これにより、機械部品を構成するチタン合金中のα相の一部が、β相へ相変態する。
【0004】
溶体化処理においては、第2に、冷却工程が行われる。冷却工程においては、加熱工程で生じたβ相が、セカンダリα相へ相変態する。これにより、チタン合金製の機械部品の硬さが改善される。
【0005】
溶体化処理のみによっては、チタン合金製の機械部品の表面における硬さが十分ではない場合がある。そのため、チタン合金製の機械部品の表面における硬さをさらに改善するために、非特許文献1(F. Borogioli et. al., Improvement of wear resistance of Ti-6Al-V alloy by means of thermal oxidation, Material Letters, 59 (2005), pp.2159-2162)に記載されているように、チタン合金製の機械部品の表面に酸素を固溶させる表面処理がさらに行われる場合がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】F. Borogioli et. al., Improvement of wear resistance of Ti-6Al-V alloy by means of thermal oxidation, Material Letters, 59 (2005), pp.2159-2162
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、チタン合金製の機械部品の表面に酸素、窒素等を固溶させるための表面処理を行う場合、表面近傍において結晶粒の粗大化を惹起する。その結果、チタン合金製の機械部品の表面における硬さは改善されるものの、結晶粒の粗大化に起因して疲労強度が低下してしまう。
【0008】
本発明は、上記のような従来技術の問題点に鑑みてなされたものである。より具体的には、本発明は、表面における硬さ及び疲労強度を両立することが可能な機械部品の製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一態様に係る機械部品の製造方法は、表面を有するチタン合金製の加工対象部材を準備する工程と、加工対象部材を第1保持温度で保持した後に冷却する溶体化処理工程と、溶体化処理工程の後に行われ、加工対象部材を第2保持温度で保持した後に冷却する時効処理工程と、時効処理工程の後に行われ、酸素を含む雰囲気ガス中において加工対象部材を第3保持温度で保持することにより表面に酸素を導入する浸酸工程とを備える。第1保持温度は、チタン合金のβ変態開始温度以上チタン合金のβ単相変態温度未満である。第3保持温度は、第1保持温度よりも低い。
【0010】
上記の機械部品の製造方法において、第1保持温度は、チタン合金のβ単相変態温度よりも60℃低い温度以上チタン合金のβ単相変態温度未満であってもよい。
【0011】
上記の機械部品の製造方法において、溶体化処理工程における保持時間は、60秒以上2400秒以下であってもよい。
【0012】
上記の機械部品の製造方法において、第2保持温度は、400℃以上700℃以下であってもよい。上記の機械部品の製造方法において、第2保持温度は500℃以上560℃以下であってもよい。
【0013】
上記の機械部品の製造方法において、時効処理工程における保持時間は、30秒以上4.3×104秒以下であってもよい。上記の機械部品の製造方法において、時効処理工程における保持時間は、7.2×103秒以上3.6×104秒以下であってもよい。
【0014】
上記の機械部品の製造方法において、第3保持温度は、800℃以上920℃以下であってもよい。上記の機械部品の製造方法において、第3保持温度は850℃以上であってもよい。
【0015】
上記の機械部品の製造方法において、浸酸工程における保持時間は、1.4×104秒以上9.0×104秒以下であってもよい。
【0016】
上記の機械部品の製造方法において、雰囲気ガスは、常圧であってもよい。雰囲気ガスは、不活性ガスをさらに含んでいてもよい。雰囲気ガス中における酸素分圧は、50ppm以上500ppm以下であってもよい。
【0017】
上記の機械部品の製造方法において、不活性ガスは、アルゴン、ヘリウム及び窒素からなる群から選択される少なくとも1つであってもよい。
【0018】
上記の機械部品の製造方法において、チタン合金は、α型チタン合金又はα+β型チタン合金であってもよい。上記の機械部品の製造方法において、チタン合金は、64チタン合金であってもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の一態様に係る機械部品の製造方法によると、機械部品の表面において、プライマリα結晶粒の面積比率が相対的に低くなる。また、本発明の一態様に係る機械部品の製造方法によると、機械部品の表面において、セカンダリα結晶粒の長軸径及び短軸径が相対的に短くなる(セカンダリα結晶粒が微細化される)。そのため、本発明の一態様に係る機械部品の製造方法によると、表面における硬さ及び疲労強度を両立することが可能な機械部品を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図3】実施形態に係る機械部品の製造方法を示す工程図である。
【
図4】試料1の表面近傍におけるEBSD像である。
【
図5】試料2の表面近傍におけるEBSD像である。
【
図6】試料1の表面近傍における元素分析結果を示すグラフである。
【
図7】試料2の表面近傍における元素分析結果を示すグラフである。
【
図8】試料1の表面近傍におけるビッカース硬さ試験結果を示すグラフである。
【
図9】試料2の表面近傍におけるビッカース硬さ試験結果を示すグラフである。
【
図10】試料1中における酸素濃度と硬さとの関係とを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
実施形態の詳細を、図面を参照して説明する。なお、以下の図面においては、同一又は相当する部分に同一の符号を付すものとし、重複する説明は繰り返さないものとする。
【0022】
(実施形態に係る機械部品)
以下に、実施形態に係る機械部品の構成を説明する。
【0023】
図1は、実施形態に係る機械部品の上面図である。
図2は、
図1のII-IIにおける断面図である。
図1及び
図2に示すように、実施形態に係る機械部品は、例えば軸受部品である。より具体的には、実施形態に係る機械部品は、すべり軸受10である。実施形態に係る機械部品はこれに限られるものではないが、以下においては、すべり軸受10を実施形態に係る機械部品の例として説明する。
【0024】
すべり軸受10は、チタン合金製である。すべり軸受10に用いられるチタン合金は、より具体的には、ASTM規格に定められるTi-6Al-4V合金(以下においては、「64チタン合金」という)である。表1に、64チタン合金の合金組成を示す。
【0025】
64チタン合金は、5.50質量パーセント以上6.75質量パーセント以下のアルミニウム(Al)と、3.50質量パーセント以上4.50質量パーセント以下のバナジウム(V)と、0.40質量パーセント以下の鉄(Fe)と、0.08質量パーセント以下の炭素(C)と、0.050質量パーセント以下の窒素(N)と、0.015質量パーセント以下の水素と、0.20質量パーセント以下の酸素(O)と、残部を構成するチタン(Ti)とを含んでいる。
【0026】
【0027】
但し、すべり軸受10に用いられるチタン合金は、これに限られるものではない。すべり軸受10に用いられるチタン合金は、α型チタン合金又はα+β型チタン合金であればよい。α型チタン合金の例としては、ASTM規格に定められるTi-5Al-2.5Sn合金、Ti-8Al-1Mo-1V合金、Ti-6Al-2Sn-4Zr-2Mo合金等がある。α+β合金の例としては、ATMS規格に定められるTi-3Al-2.5V合金、Ti-6Al-2Sn-4Zr-6Mo合金、Ti-6Al-6V-2Sn(Cu+Fe)合金等がある。
【0028】
ここで、α型チタン合金とは、常温においてα相単相組織を呈するチタン合金であり、α+β型チタン合金とは、常温においてα相とβ相とにより構成される2相組織を呈するチタン合金である。なお、α相とは、hcp(hexagonal closed pack)構造のチタンの低温相であり、β相とは、fcc(face centered cubic)構造のチタンの高温相である。
【0029】
すべり軸受10は、リング状の形状を有している。すべり軸受10は、表面を有している。すなわち、すべり軸受10は、上面10aと、底面10bと、内周面10cと、外周面10dとを有している。上面10a及び底面10bは、中心軸10eに沿う方向におけるすべり軸受10の端面を構成している。内周面10c及び外周面10dは、上面10a及び底面10bに連なっている。内周面10cと中心軸10eとの距離は、外周面10dと中心軸10eとの距離よりも小さい。
【0030】
すべり軸受10は、表面において、複数のプライマリα結晶粒と、複数のセカンダリα結晶粒とを含んでいる。プライマリα結晶粒は、プライマリα相により構成される結晶粒である。セカンダリα結晶粒は、セカンダリα相により構成される結晶粒である。
【0031】
プライマリα相は、後述する溶体化処理工程S2、時効処理工程S3及び浸酸工程S4のいずれにおいてもβ相に変態することなく残存したα相である。セカンダリα相は、一旦β相に変態した後に冷却される際に、マルテンサイト変態又はマッシブ変態により形成される相である。セカンダリα相には、hcp構造のα’相と、斜方晶構造のα’’相とがある。
【0032】
プライマリα結晶粒とセカンダリα結晶粒とは、結晶粒の短軸径により識別することが可能である。すなわち、プライマリα結晶粒の短軸径は、10μmより大きく、セカンダリα結晶粒の短軸径は、10μm以下である。
【0033】
すべり軸受10の表面において、プライマリα結晶粒の面積比率は、10パーセント以上30パーセント以下である。プライマリα結晶粒の面積比率は、以下の方法により測定される。すなわち、プライマリα結晶粒の面積比率の測定においては、第1に、すべり軸受10の表面付近における断面組織像を、EBSD(Electron Back Scatter Diffraction)により取得する(以下においては、この断面組織像を、EBSD像という)。EBSD像は、十分な数(20個以上)のプライマリα結晶粒が含まれるように取得されるものとする。第2に、当該EBSD像中におけるプライマリα結晶粒の総面積を測定するとともに、当該EBSD像中におけるプライマリα結晶粒の総面積を当該EBSD像の総面積で除する。以上により得られた値を、すべり軸受10の表面におけるプライマリα結晶粒の面積比率とする。
【0034】
すべり軸受10の表面において、セカンダリα結晶粒は、75μm以下の長軸径と、10μm以下の短軸径とを有している。すべり軸受10の表面におけるセカンダリα結晶粒の短軸径及び長軸径は、以下の方法により測定される。すなわち、すべり軸受10の表面におけるセカンダリα結晶粒の長軸径及び短軸径の測定においては、第1に、すべり軸受10の表面付近におけるEBSD像を取得する。EBSD像は、十分な数(20個以上)のセカンダリα結晶粒が含まれるように取得されるものとする。第2に、当該EBSD像中における各々のセカンダリα結晶粒に対して、長軸径及び短軸径が測定される。当該BESD中におけるセカンダリα結晶粒の長軸径及び短軸径の最大値が、すべり軸受10の表面におけるセカンダリα結晶粒の長軸径及び短軸径とされる。
【0035】
すべり軸受10の表面における酸素濃度は、1質量パーセント以上である。すべり軸受10の表面における酸素濃度は、1.3質量パーセント以上であってもよい。すべり軸受10の表面における酸素濃度は、1.6質量パーセント以上であってもよい。すべり軸受10の表面における酸素濃度は、2質量パーセント以上であってもよい。すべり軸受10の表面における酸素濃度は、2.5質量パーセント以上であってもよい。すべり軸受10の表面における酸素濃度は、3質量パーセント以上であってもよい。なお、すべり軸受10の表面における酸素濃度は、すべり軸受10を構成するチタン合金中における酸素の固溶限以下である。すべり軸受10の表面における酸素濃度は、例えばEMPA(Electron Probe Micro Analyzer)を用いて測定される。
【0036】
すべり軸受10の表面における硬さは、600Hv以上である。すべり軸受10の表面における硬さは、650Hv以上であることが好ましい。すべり軸受10の表面における硬さは、700Hv以上であることが好ましい。すべり軸受の表面における硬さは、900Hv以上であってもよい。すべり軸受10の表面における硬さは、JIS規格(JIS Z2244:2009)に定めるビッカース試験法にしたがって測定される。
【0037】
(実施形態に係る機械部品の製造方法)
以下に、実施形態に係る機械部品の製造方法を説明する。
【0038】
図3は、実施形態に係る機械部品の製造方法を示す工程図である。
図3に示すように、実施形態に係る機械部品の製造方法は、準備工程S1と、溶体化処理工程S2と、時効処理工程S3と、浸酸工程S4と、後処理工程S5とを有している。
【0039】
準備工程S1においては、加工対象部材の準備が行われる。加工対象部材は、溶体化処理工程S2、時効処理工程S3、浸酸工程S4及び後処理工程S5を経ることによりすべり軸受10となるリング状の部材である。加工対象部材は、チタン合金製である。加工対象部材は、例えば、α型チタン合金又はα+βチタン合金製である。より具体的には、加工対象部材は、64チタン合金製である。
【0040】
溶体化処理工程S2においては、加工対象部材を構成するチタン合金の溶体化処理が行われる。溶体化処理工程S2は、保持工程S21と、冷却工程S22とを有している。保持工程S21においては、加工対象部材が、所定の保持温度(以下においては、「第1保持温度」という)において、所定の時間(以下においては、「第1保持時間」という)炉中に保持される。溶体化処理工程S2においては、加工対象部材を構成するチタン合金中のα相の一部が、β相へと変態する。
【0041】
第1保持温度は、加工対象部材を構成するチタン合金のβ変態開始温度よりも高い。第1保持温度は、加工対象部材を構成するチタン合金のβ単相変態温度よりも低い。β変態開始温度とは、加工対象部材を構成するチタン合金中のα相の少なくとも一部が、β相への変態を開始する温度である。β単相変態温度とは、加工対象部材を構成するチタン合金中のα相の全てがβ相へと変態する温度である。第1保持温度は、好ましくは、β単相変態温度よりも60℃低い温度以上β単相変態温度未満である。第1保持時間は、好ましくは、60秒以上2400秒以下である。
【0042】
保持工程S21における炉内の雰囲気ガスには、不活性ガスが用いられる。不活性ガスには、例えばアルゴン(Ar)、ヘリウム(He)等の希ガス、窒素ガスが用いられる。保持工程S21における炉内の雰囲気ガスの圧力は、例えば常圧である。
【0043】
冷却工程S22は、保持工程S21の後に行われる。冷却工程S22においては、保持工程S21を経た加工対象部材の冷却が行われる。これにより、保持工程S21においてβ相に変態したα相がセカンダリα相となる。冷却工程S22は、例えば5質量パーセント濃度の食塩水で加工対象部材を水冷することにより行われる。
【0044】
時効処理工程S3は、溶体化処理工程S2の後に行われる。時効処理工程S3においては、加工対象部材が、所定の温度(以下においては、「第2保持温度」という)において所定の時間(以下においては、「第2保持時間」という)炉中に保持された後に、冷却される。時効処理工程S3により、加工対象部材を構成するチタン合金中のセカンダリα相の一部が分解される。第2保持温度は、加工対象部材を構成するチタン合金のβ変態開始温度よりも低い。第2保持温度は、好ましくは、400℃以上700℃以下である。第2保持温度は、さらに好ましくは、500℃以上560℃以下である。第2保持時間は、好ましくは、30秒以上4.3×104秒以下であり、さらに好ましくは、7.2×103秒以上3.6×104秒以下である。
【0045】
浸酸工程S4は、時効処理工程S3の後に行われる。浸酸工程S4においては、加工対象部材の表面から加工対象部材の内部に向かって、酸素が導入される。浸酸工程S4においては、加工対象物の表面に、チタン酸化物(TiO2、TiO)が形成される。なお、加工対象物の表面に形成されたチタン酸化物は、後処理工程S5において除去される。浸酸工程S4は、加工対象部材を、所定の保持温度(以下においては、「第3保持温度」という)において、所定の時間(以下においては、「第3保持時間」という)炉中に保持することにより行われる。
【0046】
第3保持温度は、第1保持温度よりも低い。第3保持温度は、加工対象部材を構成するチタン合金中における酸素の拡散速度を高める観点から、800℃以上であることが好ましく、850℃以上であることがさらに好ましい。第3保持温度は、加工対象部材を構成するチタン合金に含まれる結晶粒の粗大化を抑制する観点から、920℃以下であることが好ましい。第3保持時間は、加工対象部材中に十分酸素を拡散させる観点から、1.4×104秒以上9.0×104秒以下であることが好ましい。
【0047】
浸酸工程S4における炉中の雰囲気ガスには、酸素と不活性ガスとが含まれている。この希ガスは、例えばアルゴンである。この雰囲気ガス中における酸素分圧は、加工対象部材中に十分酸素を拡散させる観点から、50ppm以上であることが好ましい。この雰囲気ガス中における酸素分圧は、加工対象部材の表面におけるチタン酸化物が過度に形成されてしまうことを抑制する観点から、500ppm以下であることが好ましい。
【0048】
後処理工程S5は、浸酸工程S4の後に行われる。後処理工程S5においては、加工対象部材に対する後処理が行われる。後処理工程S5においては、例えば、加工対象部材の洗浄、加工対象部材に対する研削、研磨等の機械加工等が行われる。以上により、すべり軸受10の製造が行われる。
【0049】
(実施形態に係る機械部品及び実施形態に係る機械部品の製造方法の効果)
以下に、実施形態に係る機械部品及び機械部品の製造方法の効果を説明する。
【0050】
実施形態に係る機械部品の表面におけるプライマリα結晶粒の面積比率は10パーセント以上30パーセント以下である。そのため、実施形態に係る機械部品の表面は、主として相対的に硬さの高いセカンダリα結晶粒により構成されており、硬さが相対的に低いプライマリα結晶粒を起点とした破損が起こりにくい。また、実施形態に係る機械部品の表面における酸素濃度は1重量パーセント以上であるため、実施形態に係る機械部品の表面は、酸素によって固溶強化されている。したがって、実施形態に係る機械部品によると、表面における硬さが改善されている。
【0051】
さらに、実施形態に係る機械部品の表面において、セカンダリα結晶粒は、75μm以下の長軸径と、10μm以下の短軸径とを有している。そのため、実施形態に係る機械部品は、表面における結晶粒の粗大化が抑制されている結果、表面における疲労強度が改善されている。以上により、実施形態に係る機械部品及び実施形態に係る機械部品の製造方法によると、表面における硬さ及び疲労強度を両立することが可能となる。
【0052】
以下に、実施形態に係る機械部品及び実施形態に係る機械部品の製造方法の効果を確認するために行った各試験の結果を説明する。
【0053】
<試料>
表2に、上記の試験に供した試料の作成条件を示す。表2に示すように、試料1の作製においては、第1保持温度、第2保持温度、第3保持温度、第1保持時間、第2保持時間及び第3保持時間は、それぞれ、980℃、530℃、850℃、20分、5時間、16時間とされた。試料2の作製においては、第1保持温度、第2保持温度、第3保持温度、第1保持時間、第2保持時間及び第3保持時間は、それぞれ、980℃、530℃、920℃、20分、5時間、12時間とされた。試料1の作製においては、浸酸工程S4における雰囲気ガス中の酸素分圧は、50ppmとされた。試料2の作製においては、浸酸工程S4における雰囲気ガス中の酸素分圧は、100ppmとされた。なお、試料1及び試料2は、共に64チタン合金を用いて作製された。
【0054】
【0055】
<組織観察結果>
図4は、試料1の表面近傍におけるEBSD像である。
図5は、試料2の表面近傍におけるEBSD像である。
図4中において、アスペクト比が相対的に小さい結晶粒がプライマリα結晶粒であり、アスペクト比が相対的に大きい(針状に析出している)結晶粒がセカンダリα結晶粒である。
図5中において、結晶粒径が相対的に大きい結晶粒がプライマリα結晶粒であり、結晶粒径が相対的に小さい結晶粒がセカンダリα結晶粒である。
図4に示すように、試料1の表面においては、プライマリα結晶粒の面積比率は、約22パーセントであった。また、試料1の表面においては、セカンダリα結晶粒の長軸径は約50μmであり、短軸径は約6μmであった。他方、
図5に示すように、試料2の表面においては、プライマリα結晶粒の面積比率は、約75パーセントであった。また、試料2の表面においては、セカンダリα結晶粒の粒径は微細であり、長軸径及び短軸径の計測は困難であった。
【0056】
図6は、試料1の表面近傍における元素分析結果を示すグラフである。
図7は、試料2の表面近傍における元素分析結果を示すグラフである。
図6及び
図7において、横軸は試料表面からの距離(単位:mm)であり、縦軸は酸素濃度(単位:質量パーセント)である。
図6及び
図7に示すように、試料1及び試料2のいずれにおいても、表面からの距離が大きくなるほど、試料中の酸素濃度が低下し、表面からの距離が0.15mmに達した時点で、試料中の酸素濃度はほぼ一定となっていた。
【0057】
図6に示すように、試料1においては、試料表面における酸素濃度は、約3.1質量パーセントであった。他方、
図7に示すように、試料2においては、試料表面における酸素濃度は、約2.1質量パーセントであった。
【0058】
<硬さ試験>
図8は、試料1の表面近傍におけるビッカース硬さ試験結果を示すグラフである。
図9は、試料2の表面近傍におけるビッカース硬さ試験結果を示すグラフである。
図8及び
図9において、横軸は試料表面からの距離(単位:mm)であり、縦軸は硬さ(単位:ビッカース硬さHv)である。
図8及び
図9に示すように、試料1及び試料2のいずれにおいても、表面からの距離が大きくなるほど、試料の硬さが低下し、表面からの距離が0.15mmに達した時点で、試料の硬さはほぼ一定となっていた。
【0059】
図8に示すように、試料1においては、試料表面における硬さは、約940Hvであった。他方、
図9に示すように、試料2においては、試料表面における硬さは、約650Hvであった。
【0060】
図10は、試料1中における酸素濃度と硬さとの関係とを示すグラフである。
図10において、横軸は酸素濃度(単位:質量パーセント)であり、縦軸は硬さ(単位:ビッカース硬さHv)である。
図10に示すように、試料1中における酸素濃度をX、試料1の硬さをYとする場合に、Y=179.04×X+405.23の関係が実験的に導き出される。そのため、この関係式から、機械部品の表面における酸素濃度を1質量パーセントとすることにより、600Hvの硬さが得られ、機械部品の表面における酸素濃度を1.3質量パーセントとすることにより650Hvの硬さが得られ、機械部品の表面における酸素濃度を1.6質量パーセントとすることにより700Hvの硬さが得られることが分かる。
【0061】
以上の組織観察結果、元素分析結果及び硬さ試験結果から、機械部品の表面におけるプライマリα結晶粒の面積比率が10パーセント以上30パーセント以下であり、機械部品の表面においてセカンダリα結晶粒が75μm以下の長軸径及び10μm以下の短軸径を有し、かつ機械部品の表面における酸素濃度が1質量パーセント以上である場合には、機械部品の表面における硬さが改善されることが実験的に確認された。
【0062】
<摩耗試験>
表3に示す試料3、試料4、試料5及び試料6に対して、摩耗試験が行われた。摩耗試験は、サバン型摩耗試験機を用いて行われた。摩耗試験の試験条件は、表4に示されている。試料3は、実施形態に係る機械部品の製造方法にしたがって準備された。試料3は、試料表面における硬さが600Hvとなるように作製された。試料3は、64チタン合金を用いて作製された。試料4は、64チタン合金の生材を用いて作製された。試料5は、JIS規格に定めるSUJ2を用いて作製された。試料6は、JIS規格に定めるSUS440Cを用いて作製された。試料5の表面における硬さは、700Hvであった。試料6の表面における硬さは、650Hvであった。なお、試料5及び試料6に対しては、一般的な条件での焼き入れ・焼き戻しが実施された。
【0063】
【0064】
【0065】
図11は、摩耗試験結果を示すグラフである。
図11において、縦軸は比摩耗量(単位:10
-10mm
3/N・m)である。
図11に示すように、試料3は、試料4と比較し、比摩耗量が著しく少なくなっていた。また、試料3は、試料5及び試料6と同程度の比摩耗量であった。以上の摩耗試験結果から、実施形態に係る機械部品によると、表面における耐摩耗性が改善されることが、実験的にも確認された。
【0066】
以上のように本発明の実施形態について説明を行ったが、上述の実施形態を様々に変形することも可能である。また、本発明の範囲は、上述の実施形態に限定されるものではない。本発明の範囲は、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内でのすべての変更を含むことが意図される。
【産業上の利用可能性】
【0067】
上記の実施形態は、チタン合金製の機械部品及びチタン合金製の機械部品の製造方法に特に有利に適用される。
【符号の説明】
【0068】
10 すべり軸受、10a 上面、10b 底面、10c 内周面、10d 外周面、10e 中心軸、S1 準備工程、S2 溶体化処理工程、S3 時効処理工程、S4 浸酸工程、S5 後処理工程、S21 保持工程、S22 冷却工程。