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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-01
(45)【発行日】2022-04-11
(54)【発明の名称】合金で被覆したEDMワイヤ
(51)【国際特許分類】
   B23H 7/08 20060101AFI20220404BHJP
   C23C 12/02 20060101ALI20220404BHJP
   C23C 28/00 20060101ALI20220404BHJP
【FI】
B23H7/08
C23C12/02
C23C28/00 B
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2019541665
(86)(22)【出願日】2017-10-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-11-07
(86)【国際出願番号】 US2017055465
(87)【国際公開番号】W WO2018071284
(87)【国際公開日】2018-04-19
【審査請求日】2020-10-01
(31)【優先権主張番号】62/408,275
(32)【優先日】2016-10-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】520273511
【氏名又は名称】サーモコンパクト
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100173107
【弁理士】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(74)【代理人】
【識別番号】100128495
【弁理士】
【氏名又は名称】出野 知
(74)【代理人】
【識別番号】100146466
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 正俊
(74)【代理人】
【識別番号】100126848
【弁理士】
【氏名又は名称】本田 昭雄
(72)【発明者】
【氏名】ダンドリッジ トマリン
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-510378(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0039027(US,A1)
【文献】特表2008-535668(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23H 7/08
C23C 12/02
C23C 28/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属コアと;
前記金属コアの上に配置されたガンマ相黄銅層と;
前記ガンマ相黄銅層中に分散され、前記ガンマ相黄銅層に完全に包まれるか又は覆われるベータ相黄銅の粒子と;
前記ガンマ相黄銅の上に配置された亜鉛含有酸化物層
を備える、放電加工装置用の電極ワイヤ。
【請求項2】
前記コアと前記ガンマ相黄銅層との間にベータ相黄銅層をさらに備える、請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項3】
前記ベータ相黄銅層が、連続的である、請求項2に記載の電極ワイヤ。
【請求項4】
前記ガンマ相黄銅層及び前記ベータ相黄銅層の合わせた厚さが、12~15μmである、請求項2に記載の電極ワイヤ。
【請求項5】
前記ガンマ相黄銅層が、前記ベータ相黄銅層を露出させるように不連続的である、請求項2に記載の電極ワイヤ。
【請求項6】
前記ガンマ相黄銅層が、不連続的である、請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項7】
前記亜鉛含有酸化物層が、酸化亜鉛層である、請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項8】
前記コアが、銅、銅亜鉛合金、銅クラッド鋼、アルミニウムクラッド鋼、並びに金属及び金属合金のうちの少なくとも1つを備える、請求項1に記載の電極ワイヤ。
【請求項9】
放電加工装置用の電極ワイヤを形成する方法であって、
亜鉛を含む層を金属コアに被覆して、複合ワイヤを形成する工程であって、前記亜鉛を含む層と前記金属コアのうちの少なくとも1つに銅が含まれる、複合ワイヤを形成する工程;及び
前記複合ワイヤを高濃度酸素環境中で熱処理して、前記コア上に、前記ガンマ相黄銅層を形成する工程であって、前記ガンマ相黄銅層は、前記ガンマ相黄銅層から析出したベータ相黄銅の粒子を含む、ガンマ相黄銅層を形成する工程;及び
前記複合ワイヤを最終径まで延伸する工程
を含む、放電加工装置用の電極ワイヤを形成する方法。
【請求項10】
熱処理する前記工程が:
高濃度酸素環境中、第一の温度で前記複合ワイヤを加熱すること;及び
高濃度酸素環境中、前記第一の温度よりも高い第二の温度で前記複合ワイヤを加熱すること
を含む、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
前記第一の温度が、150℃~160℃である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記複合ワイヤを熱処理することによって、前記コアと前記ガンマ相黄銅層との間にベータ相黄銅の中間層を形成する、請求項9に記載の方法。
【請求項13】
前記複合ワイヤを延伸することによって、前記ガンマ相黄銅層中に不連続部を形成し、前記ベータ相黄銅の中間層を前記不連続部押出す、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記ベータ相黄銅の中間層が、連続的である、請求項12に記載の方法。
【請求項15】
前記複合ワイヤを延伸することによって、前記ガンマ相黄銅層中に不連続部を形成する、請求項9に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
関連出願
本出願は、その全内容が参照により本明細書に援用される2016年10月14日に出願された米国仮特許出願第62/408275号明細書からの優先権を主張するものである。
【0002】
本発明は、放電加工(EDM)により、EDM加工用工具を用いて金属部品又は導電性部品を製造するために用いられる電極ワイヤに関し、詳細には、ガンマ相黄銅の被覆を用いて高性能EDM電極ワイヤを製造する方法、及びこの方法から作製されたEDMワイヤに関する。
【背景技術】
【0003】
20年以上前に米国特許第5945010号明細書において商業的に実現可能であるガンマ(γ)相黄銅被覆EDMワイヤ電極の構成が明らかにされて以来、高性能EDMワイヤの市場は、γ黄銅合金被覆EDMワイヤの構成が支配的である。γ黄銅合金被覆は、広く様々な非合金の、合金の、単層の、及び/又は多層コンポジットの銅含有コアに適用されてきた。これらは、通常、富永(米国特許第4686153号明細書)によって銅クラッド鋼コアに対してEDM用途に初めて導入され、続いてBrifford(米国特許第4977303号明細書)によって銅コアに対して導入された、拡散アニール法によって形成される。
【0004】
拡散アニール法では、非合金亜鉛が、電解析出又はディップフォーミング法のいずれかによって適用され、続いて150℃~900℃の範囲内の温度で拡散アニールが行われる。拡散アニールは、ベル炉中での静的アニール、又は精密に制御された熱処理プロファイル下で細長い炉の中をワイヤが移動する動的アニールのいずれかであり得る。通常、炉雰囲気は、空気、又は最小限の酸化しか発生しないように、空気/窒素混合物である。現行技術のγ黄銅合金構成はすべて、単相Cu/Zn2元合金γ黄銅被覆が得られる結果となり、それは、合成反応が擬平衡拡散アニールであるからである。そしてこのことから、Hansenが1958年に参考文献Constitution of Binary Alloysに公開したものなどのCu-Zn2元系平衡状態図によって予測されるように、62~65%Znの典型的な平衡組成が得られる結果となる。
【0005】
既存の被覆EDMワイヤ電極構成は、表面酸化物薄層の教えを含んでいる。Brifford et al.(米国特許第4341939号明細書)は、黄銅基材上の非合金亜鉛被覆のための独自の表面酸化物層構成を提案しており、表面酸化物薄膜は、半導体電気特性を呈するように構成された厚さを有しており、このことによって、放電プロセスでの短絡が防止された。続いて、Brifford(米国特許第4977303号明細書)は、銅コア上の単相ベータ(β)黄銅合金被覆を提案し、このワイヤはさらに、厚さが約1μmと推定される酸化亜鉛表面被覆も含んでいた。この技術から続いて得られた製品は、Cobracut X及びCobracut Dとして市販されて業界標準となり、今日でも依然として使用されている。
【0006】
より最近では、半連続又は連続β黄銅合金中間層上の二重層不連続γ黄銅合金外部層の構成が提案されている(Gross et al.(米国特許第6781081号明細書)、Shin(米国特許第7723635号明細書)、Baumann et al.(米国特許第8853587号明細書)、及びBlanc et al.(米国特許第8378247号明細書)参照)。これらの構成では、薄い(およそ1μm)酸化亜鉛最外層がEDMワイヤを被覆して、Brifford et al.が元々提案していたように、短絡を防止する半導電性バリアとして作用する。
【0007】
EDM技術の進化のこの時点で、現行技術のγ黄銅被覆ワイヤ電極技術は、二重層γ/β被覆、及び好ましい半導電性酸化亜鉛バリア層の厚さ、例えば100nm~250nmを精密に測定するための分析方法(選択溶解試験)を明らかにしたBlanc et al.によって最も完全に記述されている。加えて、Yen(米国特許出願公開第2016/0039027号明細書)の提案によると、より厚い(>1μm)の酸化亜鉛外層は、EDM用途において利用可能である逆圧電効果を利用することによって、EDMワイヤ性能を向上させることができる。
【発明の概要】
【0008】
1つの例では、放電加工装置に用いるための電極ワイヤは、金属コア及び金属コア上に配置されたガンマ相黄銅の層を含む。ベータ相黄銅の粒子が、ガンマ相黄銅層中に点在している。亜鉛を含む酸化物層が、ガンマ相黄銅層の上に配置されている。
【0009】
別の例では、放電加工装置に用いるための電極ワイヤの形成方法は、金属コア上に亜鉛を含む層を被覆して複合ワイヤを形成することを含む。複合ワイヤは、高濃度酸素環境中で熱処理されて、コア上に、ガンマ相層から析出したベータ相黄銅の粒子を含むガンマ相黄銅の層が形成される。複合ワイヤは、最終径まで延伸される。
【0010】
本発明は、EDMワイヤ上の1μmよりも厚い酸化亜鉛層が、高濃度酸素環境中で熱処理された場合に有利な特性を提供することができるという驚くべき発見に基づいている。より詳細には、単相γ黄銅合金層上に位置するそのような酸化亜鉛層は、低温での高濃度酸素環境への長時間にわたる曝露に応答して、単相γ黄銅合金相領域から選択的に亜鉛を消費する。最終的には、γ黄銅相領域中の局所的亜鉛含有量は、局所的亜鉛濃度がγ黄銅合金の存在下限よりも低くなるまでランダムに低下する。結果として、β相黄銅合金粒子の局所的な析出が、γ黄銅合金層中で発生する。
【0011】
形成されたままのγ黄銅合金が、続いてワイヤ延伸プロセスで変形されると(一般的には、所望される引張強度及び所望されるワイヤ径を得るための場合がそうであるように)、ワイヤ中のすべてのγ黄銅合金要素は、合金が極めて脆弱であることに起因して、破壊され、下地コアの表面に埋め込まれることになる。γ/β二重層構成の場合、得られる微細構造は、半連続又は連続β相黄銅合金層中に埋め込まれた単相γ黄銅合金粒子を特徴とし、そして、β相黄銅合金層がコアを覆っている。そのような二重層構成では、β相黄銅層は、γ相黄銅層との間及びそれに隣接する不連続部に押出されるが、その粒子内には含有されない。
【0012】
β相黄銅層の位置は、冶金的な意味を有する。これらの二重層γ/β構成の進化において、γ相層の下にあるβ相層がγ相層と冶金的に結合している場合が多いことが認識された。この特定の結合によって、内部破壊されたγ粒子の接着が改善される。さらに、γ相層粒子間のβ相層の位置が、一般的には、そうでなければその空間を占めることになるコアワイヤ合金よりも効率的なフラッシング面をもたらす。
【0013】
本発明において、主としてγ相である層が、ランダムに分散して分離されたβ相黄銅析出物も含有するということは、これらの析出物が続いてのワイヤ延伸によって変形された場合にγ相層が個々の微粒子となる破壊機構に対してこれらの析出物が有し得る潜在的な影響のために、重要である。β相黄銅析出物はまた、EDM加工プロセスの過程でワークピースとのγ相層界面で発生するいずれの放電現象にも影響を与え得る。
【0014】
本発明の他の目的及び利点、並びにより充分な理解は、以下の詳細な記述及び添付の図面から得られるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1A図1Eは、本発明の実施形態に従うEDMワイヤ形成の様々な段階の概略図である。
図2図2は、先行技術に従うEDMワイヤの概略図である。
図3図3は、図2の先行技術EDMワイヤの端面図である。
図4図4は、図2の先行技術EDMワイヤの金属顕微鏡断面である。
図5図5は、直径0.25mmでの図2の先行技術EDMワイヤの表面の光学顕微鏡写真である。
図6図6は、直径1.2mmでの本発明に従うEDMワイヤの金属顕微鏡断面である。
図7図7は、直径0.25mmでの本発明に従うEDMワイヤの金属顕微鏡断面である。
図8図8は、図6のEDMワイヤの表面の光学顕微鏡写真である。
図9図9は、図1のEDMワイヤと図2の先行技術EDMワイヤとを比較するために行ったテストカットのスケッチである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明は、EDMにより、EDM加工用工具を用いて金属部品又は導電性部品を製造するために用いられる電極ワイヤに関し、詳細には、ガンマ相黄銅の被覆を用いて高性能EDM電極ワイヤを製造する方法、及びこの方法から作製されたEDMワイヤに関する。
【0017】
図1A図1Eは、本発明の態様に従うワイヤ電極又はEDMワイヤ10の例を示す。図1Aを参照すると、EDMワイヤ10は、例えば銅、銅亜鉛合金、銅クラッド鋼、若しくはアルミニウムクラッド鋼を含む金属及び/又は金属合金から形成されたコア12を含む。コア12は、約0.8~2.0mmの直径を有し得る。
【0018】
亜鉛を例とする35KJ/cm3未満の蒸発熱を有する第二の金属の層13が、コア12の上に被覆されている。しかし、層13が、銅など、亜鉛に加えて追加の材料を含んでいてもよいことは理解される。層14のコア12上への被覆は、電気メッキ法など公知のいかなる方法で行われてもよい。層13は、約10~12μmの厚さを有し、コア12と一緒に複合ワイヤ10を形成する。
【0019】
複合ワイヤ10は、拡散アニールによって加熱され、それによって、層13の一部分がγ相黄銅などの黄銅合金に変態し、被覆層14が形成される(図1B参照)。1つの例では、銅を含むコア12の熱処理によって、銅が層13へと外向きに拡散し、それによって、亜鉛が順にγ相黄銅合金に変態する。γ相黄銅層14は、実質的に均質な組成及び厚さを有し得る。1つの例では、拡散アニールは、約150℃~160℃で、約24時間にわたって行われ得る。拡散アニールは、高濃度酸素環境中、すなわち、22%を超える酸素を含む環境中で行われ、それによって、層13の外側部分が酸化されて、被覆ワイヤ10の外部を定める薄い酸化亜鉛層16となる。酸化亜鉛層16は、少なくとも1μmの厚さを有する。熱処理の度合い及び/又は継続時間に応じて、コア12に隣接するγ相層14の一部分が、コアからさらなる銅を受ける場合があり、それによって、その部分は、β相黄銅18の層に変態する(図1C図1D参照)。
【0020】
熱処理の第一ラウンドの後、被覆ワイヤ10は、再度拡散アニールされ得るが、今回は、第一ラウンドよりも高い温度及び短い継続時間で行われる。1つの例では、拡散アニールの第二ラウンドは、高濃度酸素環境中、約275℃で、約6時間にわたって行われ得る。熱処理の過程で、酸化亜鉛層16は、反応速度論に起因して、下地γ相層14から選択的に亜鉛を消費し続け、それによって、ランダムな位置のγ相層中の亜鉛含有量は、局所的に、局所的亜鉛濃度がこれらの位置でのγ相の存在下限よりも低くなるまでランダムに低下する。結果として、β相粒子20の局所的な析出が、γ相層14中で発生する。β相粒子20は、したがって、γ相層14中に分散されており、γ相層によって完全にまれ得るか、又は覆われる
【0021】
次に、被覆ワイヤ10は、低温延伸プロセスを受け、それによって、被覆ワイヤは変形し、所望される引張強度及び最終径が得られる。延伸工程の過程で、γ相層14は、図1Eに示されるように、ワイヤ10の周囲上に再分布される。γ相層14は、完全に脆弱であり、したがって、延伸工程で伸長されるとクラックを生じる。その結果、延伸の過程で、一連の不連続部又はギャップ24が層14に形成される。ギャップ24は、コア及び/又はβ相層18の一部分が、γ相層14を通して環境条件に曝露されるように、半径方向に内向きに延びる。
【0022】
同時に、層14を形成する脆弱なγ相黄銅粒子の一部は、破壊された状態となり、下地のβ相層18の表面に埋め込まれ、それによって、γ相層/β相層界面に沿って複雑な形状が作り出される。そのような構造は、ワイヤ10表面での液流の乱れを発生させ得るものであり、それによって、誘電体のフラッシング作用が向上される。
【0023】
上述より、ワイヤ10が高濃度酸素環境中で熱処理された場合、いくつかの物理的な変化が発生することが明らかである。第一に、亜鉛層13は、徐々に酸化亜鉛層16及びγ相14層に変態し、並びに所望される場合は、コア12とγ相層との間において半径方向にさらなるβ相層18に変態する。第二に、γ相14層は、その下の層と、すなわち、コア12又はβ相層18のいずれかと冶金的に結合した状態となり、それによって、γ相層とその下の層との接着が向上する。第三に、亜鉛層13は、酸化亜鉛層16を形成し続け、β相黄銅粒子20がランダムな位置でγ相層から析出するまでγ相層14から亜鉛を消費する。
【0024】
また、上記より、延伸の過程でワイヤ10にいくつかの物理的変化が発生することも明らかである。第一に、脆弱なγ相層14は、破壊されてワイヤ10の周囲上に再分布され、層中に不連続部又はクラック24が形成される。これらの不連続部24は、少なくとも部分的に、高い延性のために延伸工程で外向きに押出されるβ相層18の一部分で充填される。その結果、β相層18は、不連続部24の中へ半径方向外向きに押出され、それによって、β相層が存在しなければその空間を占めることになるコアワイヤ12よりも効率的なフラッシング面をもたらす。酸化亜鉛層16の一部分も、低温延伸後に不連続部24の中へ延び得る。さらに、β相黄銅粒子20は、有利には、ワイヤ延伸によって変形されると、ワイヤ10の破壊機構に影響を与え得る。
【実施例
【0025】
本発明のEDMワイヤのサンプル(HTCLN)を、Blanc et al.の記述(米国特許第8378247号明細書)から再現したサンプル(SD2)と比較した。図2図3を参照すると、SD2サンプルワイヤ31は、厚さEを有する連続β黄銅下層33被覆で覆われた63Cu/37Znから成るコア32を有するγ/β二重層構成を含んでいた。表面層34は、下層33を覆い、厚さEを有する。表面層34は、割れ目でβ黄銅を露出させる破壊されたγ黄銅構造35aを含む。表面層35のγ相領域35は、表面層の割れ目35aを境界とし、β黄銅は、γ黄銅表面層34にある割れ目35aを少なくとも部分的に充填し得るものであり、それによって、ワイヤ31の表面にある程度の連続性を付与する。酸化物層36は、表面層34を覆い、算出厚さEを有する。SD2ワイヤサンプル31は、0.25mmの直径Dを有する。
【0026】
本発明を現行技術のγ黄銅被覆ワイヤ電極技術と比較するためには、SD2サンプルを例とする現行技術のγ黄銅被覆構成の冶金学的構造及び性能の特性決定を確立することが適切であった。
【0027】
したがって、図4は、僅かに腐食したSD2サンプルの高倍率での金属光学顕微鏡断面である。図5は、SD2サンプルの表面形状の高倍率での光学顕微鏡写真である。Blanc et al.によって規定された選択溶解試験をサンプルSD2に対して行い、酸化物層36が算出厚さE=191nmを有するという結果を得た(図3参照)。この値は、Blanc et al.の好ましい結果100nm~250nmと一致していた。
【0028】
サンプルHTCLNを、以下に詳細に示す工程計画を用いて本発明に従って作製した:
ステージ1. 1.2mm径の60Cu/40Znコアワイヤ上に10~12μmの亜鉛を電気メッキする。
ステージ2. 酸素雰囲気中、155℃で24時間の熱処理を行う。
ステージ3. 熱処理温度を275℃に上げて、さらに6時間継続する。
ステージ4. 濃HSO溶液(10%~15%HSO/pH=1~2)で酸洗いする。
ステージ5. 最終径0.25mmに延伸する。
【0029】
サンプルHTCLNの処理に用いた前記工程は、サンプルSD2に元素及び寸法が類似した微細構造を作り出すことが知られている熱処理を用い、評価されることになる独特の微細構造の要因である熱処理によって導入される考えられ得る過剰の酸化物も除去しながらサンプルを作製することであった。このために、HTCLNサンプルをSD2サンプルに対して試験する目的で、ステージ4での被覆ワイヤの酸洗いによって、過剰の酸化物をHTCLNサンプルから除去した。しかし、使用時は、被覆ワイヤから酸化物は除去されない。
【0030】
結果として、SD2サンプル及びHTCLNサンプルはいずれも、そのγ相層構造以外は同等の微細構造を有することを意図したものであり、すなわち、サンプルHTCLNでは、γ相層中にβ相粒子析出物が存在し、対してサンプルSD2では、γ相層中にそのような粒子は存在しない。これは、本発明の独特の微細構造が、先行技術と比較して改善された性能の要因であることを確立する目的で行った。
【0031】
図6は、ステージ3終了後のサンプルHTCLNの高倍率での研磨されたままの金属光学顕微鏡断面写真である。この写真は、ワイヤ延伸前の中間径1.2mmの時点で、γ相層14中にβ相粒子20析出物が存在していることを明らかに示していた。ステージ3後のHTCLNサンプルの前記断面及び類似の断面を、Paxit(商標)Image Analysis Softwareを用いて分析し、走査型電子顕微鏡(SEM)でのEDS分析によってβ相粒子として既に識別されていたβ相粒子20析出物の面積含有率が平均6.4%であることを見出した。
【0032】
改変選択溶解試験を、ワイヤ径が1.2mmであるステージ3終了後のHTCLNサンプルに対して行った。0.25mm径のSD2サンプルと比較してHTCLNサンプルの直径が大きいことから、HTCLNサンプルに対する試験の実施時には、120分間の溶解時間を用いた。この改変試験を用いることで、ステージ3終了後におけるHTCLNサンプルに対するEは、227nmであると算出された。ステージ4の終了後では、Eは、95nmであると算出され、これは、熱処理されたままの値から著しく低下している。
【0033】
図7は、ステージ5終了後の僅かに腐食したHTCLNサンプルの高倍率での金属光学顕微鏡断面である。β相粒子20析出物がγ相層14中に分散されていることが明らかに示される。また、熱処理の過程で合成された連続γ相層14が、破壊されて、コア12に向かって半径方向内向きに延びる一連のクラック又は不連続部24を有する区別されるが不連続な層となったことも明らかである。同時に、β相層18も、ワイヤ10周囲に沿って再分布されたが、その延性がより高いために、連続層を維持した。これを達成するために、β相層18は、γ相層14の一部分の中及び間にある不連続部24の中へ半径方向外向きに押出された。酸化亜鉛層16の一部分も、不連続部24の中へ延びた。
【0034】
図8は、HTCLNサンプルの表面形状の高倍率での光学顕微鏡写真であり、SD2サンプルの形状に類似している。この顕微鏡写真は、SD2サンプルで裏付けられた同じ表面の連続性も示している。Blanc et al.によって規定された選択溶解試験を、0.25mmの最終径でHTCLNのサンプルに対して行い、E=84nmという結果を得た。
【0035】
分析
SD2サンプル及びHTCLNサンプルの上記の特性を考慮して、2つの構成の比較を以下の表にまとめる。
【表1】
【0036】
及びEに対する正確な厚さ値を推定することは、1)延伸の過程でγ相層が破壊されて不規則形状の粒子及びその群となることから、及び2)β相層も延伸の過程で再分布されることから、困難であった。しかし、二重層厚さ(E+E)の推定は、ワイヤの外径とβ相層の内径とによって定めることができることから、より容易に及び正確に実現することができる。
【0037】
これらの制限及びサンプルSD2とサンプルHTCLNとの間の構造的類似性を考慮すると、HTCLNサンプルが、HTCLNサンプルのγ相層から析出したβ相粒子の存在に起因して、SD2サンプルとは冶金的に大きく異なる微細構造を有すると結論付けることは妥当である。
【0038】
SD2サンプル及びHTCLNサンプルの性能を定量するために、模擬パンチのテストカットを、Model 650 G plus Excetek EDMワイヤ加工用工具で行った。ワークピースは、密閉されたフラッシング状態を作り出すために上面及び底面を研磨した硬化(52~56のR)D2工具用鋼の2.0インチ(約5.08cm)厚のプレートから成っていた。テストカットの形状を図9に示す。セグメントの長さは以下の通りである。
=0.025インチ(約0.064cm)
A=0.200インチ(約0.508cm)
B=0.200インチ(約0.508cm)
C=0.400インチ(約1.016cm)
D=0.400インチ(約1.016cm)
E=0.400インチ(約1.016cm)
F=0.100インチ(約0.254cm)
G=0.025インチ(約0.064cm)
【0039】
テストカットは、時間測定した荒加工パス、及び続いての2回の時間測定したスキムカットを含み、順に行った。各パスは、プレートの端部から開始した。テストカットは、フラッシング状態の完全性を保証するために、端部又はカットパスが、いかなる時点でも前の切り口から0.200インチ(約0.508cm)以内とならないように、プレート上で間隔を空けた。まず、荒加工パスの複数サイクルを行って、各ワイヤ構成がワイヤ破断を起こすことなくAからGまでのサイクル完了を通して耐えることができる最も強力な加工技術を確立した。製造元が提供する黄銅加工技術を出発点として用い、ワイヤ破断が発生するまでそれに調節を加えた。オペレータが利用可能であるExcetek加工技術パラメータを、該当する場合はその機能の簡潔な説明と共に以下に列挙する。
【表2】
【0040】
利用可能である加工技術、並びに2つのSD2サンプル及び1つのHTCLNサンプルのテストカットに用いた加工技術を以下の表に列挙する。
【表3】
【0041】
まとめると、HTCLNサンプルは、SD2サンプルよりも強力な加工工具技術に耐えることができる靭性を示した。ワイヤ性能に最も効果的に影響を与えるパラメータを下線で識別する。技術SD2は、SD技術の中で最もHTCLN技術に近かったが、SD2技術を用いたテストカットは、セグメントAからGへの移動の際に5回のワイヤ破断という結果であった。同じスキム技術1及び2、並びにすべての荒加工のカット及びスキムパスにおける同じオフセットを、サンプルSD2及びサンプルHTCLNの両方に対して用いた。
【0042】
テストカットの結果を以下の表にまとめる。
【表4】
【0043】
加工工具の時間測定を、セグメントAの始点から出発してセグメントGの終点までを通る荒加工について行ったが、ここで、セグメントAは、理想的なフラッシング状態及びサーボ平衡が確立されつつある移行領域を含むが、短い範囲のこのような非平衡状態は、時間データから引き出されるいかなる結論に対してもほとんど影響を与えない。
【0044】
試験から完成した試験パンチを、寸法安定性についてチェックし、両パンチともに、0.1ミル(約0.00254mm)以内の精度であった。両サンプルの表面仕上げも、Mitutoyo SJ-410表面粗度計で測定した際、満足できる程度に類似していた。HTCLNサンプルの算出された送り速度(カット長さをサイクル時間で除したもの)は、SD2サンプルの場合よりも約15%速いと特定された。このことは、HTCLNサンプルの独特の微細構造、すなわち、β相粒子析出物がγ相層中に存在することによって、HTCLNサンプルが現行技術のEDMワイヤと比較して改善された性能を呈することが可能となったということの明らかな証拠である。
【0045】
上記で記載してきた内容は、本発明の例である。当然、本発明を記載する目的で、構成成分又は方法のすべての考えられる組み合わせを記載することは不可能であるが、当業者であれば、本発明の多くのさらなる組み合わせ及び並べ替えが可能であることは認識される。したがって、本発明は、添付の請求項の趣旨及び範囲内に含まれるそのようなすべての変更、改変、及び変動を包含することを意図している。
【0046】
例えば、本発明に従って形成されたEDMワイヤは、γ相層のみを、又はγ相層及びβ相層の両方を含んでよく、両構成ともに、γ相層中に分散された/孤立した状態の析出したβ相粒子を含んでいることは理解される。前者の構成では、不連続部は、コアにまで伸びてコアを露出させ得る。後者の構成では、不連続部は、β相層を露出している。
本発明に関連する発明の実施態様の一部を以下に示す。
[態様1]
放電加工装置に用いるための電極ワイヤであって:
金属コア;
前記金属コアの上に配置されたガンマ相黄銅の層;
前記ガンマ相黄銅層中に点在するベータ相黄銅の粒子;及び
前記ガンマ相黄銅層の上に配置された亜鉛を含む酸化物層
を備える、電極ワイヤ。
[態様2]
前記コアと前記ガンマ相黄銅層との間にベータ相黄銅の層をさらに備える、態様1に記載の電極ワイヤ。
[態様3]
前記ベータ相黄銅層が、連続的である、態様2に記載の電極ワイヤ。
[態様4]
前記ガンマ相黄銅層及び前記ベータ相黄銅層の合わせた厚さが、略12~15μmである、態様2に記載の電極ワイヤ。
[態様5]
前記ガンマ相黄銅層が、前記ベータ相黄銅層を露出させるように不連続的である、態様2に記載の電極ワイヤ。
[態様6]
前記ガンマ相黄銅層が、不連続的である、態様1に記載の電極ワイヤ。
[態様7]
前記酸化亜鉛層が、略84nmの厚さを有する、態様1に記載の電極ワイヤ。
[態様8]
前記コアが、銅、銅亜鉛合金、銅クラッド鋼、アルミニウムクラッド鋼、並びに金属及び金属合金のうちの少なくとも1つを備える、態様1に記載の電極ワイヤ。
[態様9]
放電加工装置に用いるための電極ワイヤを形成する方法であって:
亜鉛を含む層を金属コア上に被覆して、複合ワイヤを形成する工程;及び
前記複合ワイヤを高濃度酸素環境中で熱処理して、前記コア上に、ガンマ相黄銅の層であって、前記ガンマ相層から析出したベータ相黄銅の粒子を含む、ガンマ相黄銅の層、を形成する工程;及び
前記複合ワイヤを最終径まで延伸する工程
を含む、方法。
[態様10]
熱処理する前記工程が:
高濃度酸素環境中、第一の温度で前記複合ワイヤを加熱すること;及び
高濃度酸素環境中、前記第一の温度よりも高い第二の温度で前記複合ワイヤを加熱すること
を含む、態様9に記載の方法。
[態様11]
前記第一の温度が、略150℃~160℃であり、前記第二の温度が、略275℃である、態様10に記載の方法。
[態様12]
前記複合ワイヤを熱処理することによって、前記コアと前記ガンマ相黄銅層との間にベータ相黄銅の中間層を形成する、態様9に記載の方法。
[態様13]
前記複合ワイヤを延伸することによって、前記ガンマ相黄銅層中に不連続部を形成し、前記ベータ相黄銅ワイヤを前記不連続部中に押出す、態様12に記載の方法。
[態様14]
前記ベータ相黄銅層が、連続的である、態様12に記載の方法。
[態様15]
前記複合ワイヤを延伸することによって、前記ガンマ相黄銅層中に不連続部を形成する、態様9に記載の方法
図1A
図1B
図1C
図1D
図1E
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9