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特許7052247ゴルフクラブのシミュレーション方法、ゴルフクラブのシミュレーションプログラムおよびゴルフクラブのシミュレーション装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-04
(45)【発行日】2022-04-12
(54)【発明の名称】ゴルフクラブのシミュレーション方法、ゴルフクラブのシミュレーションプログラムおよびゴルフクラブのシミュレーション装置
(51)【国際特許分類】
   A63B 69/36 20060101AFI20220405BHJP
【FI】
A63B69/36 541P
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2017152872
(22)【出願日】2017-08-08
(65)【公開番号】P2019030464
(43)【公開日】2019-02-28
【審査請求日】2020-08-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006714
【氏名又は名称】横浜ゴム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100089875
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 茂
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 亘男
(72)【発明者】
【氏名】中原 紀彦
【審査官】石原 豊
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-087451(JP,A)
【文献】特開2011-110165(JP,A)
【文献】特開2006-247023(JP,A)
【文献】都築 怜理 ほか,個別要素法による粉体の大規模シミュレーション,TSUBAME e-Science Journal,VOL.13,東京工業大学 学術国際情報センター,2015年03月10日,12-17ページ,https://www.gsic.titech.ac.jp/sites/default/files/TSUBAME_ESJ_13jp_0.pdf,特に「提案手法の実用問題への適用 5」の記載を参照。
【文献】田中 克昌 ほか,有限要素解析によるゴルフクラブ特性がスピン軸を考慮したボールの反発に及ぼす影響,日本機械学会シンポジウム:スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス2011講演論文集,2011年10月31日,424-429ページ,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmeshd/2011/0/2011_424/_pdf,特に「3・1 クラブとボールのFEモデル」の記載を参照。
【文献】青木 尊之,動的負荷分散によるGPUスパコンを用いた粒子法の大規模シミュレーション手法の開発,学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点 平成26年度共同研究 最終報告書,日本,2015年05月,P1~P8,https://jhpcn-kyoten.itc.u-tokyo.ac.jp/files/final/jh140036-NA20.pdf,特に「5.3 DEM法の実アプリケーションへの適用」の項を参照。
【文献】堀井 宏裕 他5名,A32 粒子要素法を用いたサンドウェッジの形状特性評価,日本機械学会 シンポジウム講演論文集,No04-26,日本,2004年11月09日,P156-P161,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsmesports/2004/0/2004_156/_pdf/-char/ja,特に「1 はじめに」から「4 数値実験」の項、図4-5等参照
【文献】青木 尊之,動的負荷分散によるGPUスパコンを用いた粒子法の大規模シミュレーション手法の開発,学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点 平成26年度共同研究 最終報告書,日本,2015年05月,P1~P8,https://jhpcn-kyoten.itc.u-tokyo.ac.jp/files/final/jh140036-NA20.pdf,特に「5.3 DEM法の実アプリケーションへの適用」の項を参照。
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A63B 53/00-53/14
A63B 69/00-69/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
砂地上のゴルフボールを打撃する際のゴルフクラブの挙動をシミュレーションするシミュレーション方法であって、
前記ゴルフクラブのスイング時における移動軌跡データを取得する移動軌跡取得ステップと、
前記ゴルフクラブおよびゴルフボールを有限要素で離散化するとともに、前記砂地の解析領域の境界を剛体枠として決定して前記剛体枠内の砂地を離散粒子である砂粒の集合に離散化する離散化ステップと、
前記ゴルフクラブを前記移動軌跡データに沿って移動させた際の前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動を動的解析により算出する動的解析ステップと、
前記打撃前後における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動に基づいて、前記ゴルフクラブの性能を評価する評価ステップと、
を含み、前記打撃前後における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動に前記ゴルフクラブの前記打撃前後のヘッドスピード差が含まれる、ことを特徴とするゴルフクラブのシミュレーション方法。
【請求項2】
前記動的解析ステップでは、前記打撃時における前記ゴルフクラブと前記ゴルフボールとの鉛直方向の相対距離を複数設定可能とし、それぞれの相対距離における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動を算出する、
ことを特徴とする請求項1記載のゴルフクラブのシミュレーション方法。
【請求項3】
前記砂粒の自重による前記剛体枠内の砂地の沈下量を推定する沈下量推定ステップを更に含む、
ことを特徴とする請求項1または2記載のゴルフクラブのシミュレーション方法。
【請求項4】
前記移動軌跡取得ステップでは、計測者が前記ゴルフクラブをスイングした際の前記ゴルフクラブの位置情報を所定間隔ごとに記録した前記移動軌跡データを取得する、
ことを特徴とする請求項1から3のいずれか1項記載のゴルフクラブのシミュレーション方法。
【請求項5】
請求項1からのいずれか1項記載のゴルフクラブのシミュレーション方法をコンピュータに実行させることを特徴とするゴルフクラブのシミュレーションプログラム。
【請求項6】
砂地上のゴルフボールを打撃する際のゴルフクラブの挙動をシミュレーションするシミュレーション装置であって、
前記ゴルフクラブのスイング時における移動軌跡データを取得する移動軌跡取得部と、
前記ゴルフクラブおよびゴルフボールを有限要素で離散化するとともに、前記砂地の解析領域の境界を剛体枠として決定して前記剛体枠内の砂地を離散粒子である砂粒の集合に離散化する離散化処理部と、
前記ゴルフクラブを前記移動軌跡データに沿って移動させた際の前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動を動的解析により算出する動的解析部と、
前記打撃前後における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動に基づいて、前記ゴルフクラブの性能を評価する評価部と、
を備え、前記打撃前後における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動に前記ゴルフクラブの前記打撃前後のヘッドスピード差が含まれることを特徴とするゴルフクラブのシミュレーション装置。
【請求項7】
前記動的解析部では、前記打撃時における前記ゴルフクラブと前記ゴルフボールとの鉛直方向の相対距離を複数設定可能とし、それぞれの相対距離における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動を算出する、
ことを特徴とする請求項記載のゴルフクラブのシミュレーション装置。
【請求項8】
前記砂粒の自重による前記剛体枠内の砂地の沈下量を推定する沈下量推定部を更に備える、
ことを特徴とする請求項または記載のゴルフクラブのシミュレーション装置。
【請求項9】
前記移動軌跡取得部では、計測者が前記ゴルフクラブをスイングした際の前記ゴルフクラブの位置情報を所定間隔ごとに記録した前記移動軌跡データを取得する、
ことを特徴とする請求項からのいずれか1項記載のゴルフクラブのシミュレーション装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、砂地上のゴルフボールを打撃する際のゴルフクラブの挙動をシミュレーションするゴルフクラブのシミュレーション方法、ゴルフクラブのシミュレーションプログラムおよびゴルフクラブのシミュレーション装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、砂地上のゴルフボールを打撃する際のゴルフクラブの挙動をシミュレーションする各種方法が提案されている。
例えば、下記非特許文献1では、ゴルフクラブ、ゴルフボールおよび砂粒を2次元でモデル化してシミュレートする方法が提案されており、また下記非特許文献2では、ゴルフクラブ、ゴルフボールおよび砂粒を3次元でモデル化してシミュレートする方法が提案されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】堀井宏祐、他5名、「粒子要素法を用いたサンドウェッジの形状特性評価」、ジョイント・シンポジウム2004講演論文集、2004年、No.04-26、 pp.156-161
【文献】青木尊之、「動的負荷分散によるGPUスパコンを用いた粒子法の大規模シミュレーション手法の開発」、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点平成26年度共同研究最終報告書、2015年5月
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上述した従来技術では、アドレス、トップ、インパクト、フォローというスイングの一連の動きを考慮していないため、バンカー(砂地)における力学現象を精度よく再現することができないという課題がある。
上述した従来技術では、ゴルフクラブのスイングを円運動とみなして解析を行っており、実際にはしなりが生じるシャフトを剛体として取り扱っている。よって、実際に人間がショットを打った場合におけるゴルフクラブやゴルフボール、砂粒などの挙動を再現し、評価するのは困難である。
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであり、その目的は、砂地上のゴルフボールを打撃する際のゴルフクラブの挙動を精度よくシミュレーションすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上述の目的を達成するため、請求項1の発明にかかるシミュレーション方法は、砂地上のゴルフボールを打撃する際のゴルフクラブの挙動をシミュレーションするシミュレーション方法であって、前記ゴルフクラブのスイング時における移動軌跡データを取得する移動軌跡取得ステップと、前記ゴルフクラブおよびゴルフボールを有限要素で離散化するとともに、前記砂地の解析領域の境界を剛体枠として決定して前記剛体枠内の砂地を離散粒子である砂粒の集合に離散化する離散化ステップと、前記ゴルフクラブを前記移動軌跡データに沿って移動させた際の前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動を動的解析により算出する動的解析ステップと、前記打撃前後における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動に基づいて、前記ゴルフクラブの性能を評価する評価ステップと、を含み、前記打撃前後における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動に前記ゴルフクラブの前記打撃前後のヘッドスピード差が含まれる、ことを特徴とする。
請求項2の発明にかかるシミュレーション方法は、前記動的解析ステップでは、前記打撃時における前記ゴルフクラブと前記ゴルフボールとの鉛直方向の相対距離を複数設定可能とし、それぞれの相対距離における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動を算出する、ことを特徴とする。
請求項3の発明にかかるシミュレーション方法は、前記砂粒の自重による前記剛体枠内の砂地の沈下量を推定する沈下量推定ステップを更に含む、ことを特徴とする。
請求項4の発明にかかるシミュレーション方法は、前記移動軌跡取得ステップでは、計測者が前記ゴルフクラブをスイングした際の前記ゴルフクラブの位置情報を所定間隔ごとに記録した前記移動軌跡データを取得する、ことを特徴とする
請求項の発明にかかるシミュレーションプログラムは、請求項1からのいずれか1項記載のゴルフクラブのシミュレーション方法をコンピュータに実行させることを特徴とする。
請求項の発明にかかるシミュレーション装置は、砂地上のゴルフボールを打撃する際のゴルフクラブの挙動をシミュレーションするシミュレーション装置であって、前記ゴルフクラブのスイング時における移動軌跡データを取得する移動軌跡取得部と、前記ゴルフクラブおよびゴルフボールを有限要素で離散化するとともに、前記砂地の解析領域の境界を剛体枠として決定して前記剛体枠内の砂地を離散粒子である砂粒の集合に離散化する離散化処理部と、前記ゴルフクラブを前記移動軌跡データに沿って移動させた際の前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動を動的解析により算出する動的解析部と、前記打撃前後における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動に基づいて、前記ゴルフクラブの性能を評価する評価部と、を備え、前記打撃前後における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動に前記ゴルフクラブの前記打撃前後のヘッドスピード差が含まれることを特徴とする。
請求項の発明にかかるシミュレーション装置は、前記動的解析部では、前記打撃時における前記ゴルフクラブと前記ゴルフボールとの鉛直方向の相対距離を複数設定可能とし、それぞれの相対距離における前記ゴルフクラブ、前記ゴルフボールおよび前記砂粒の挙動を算出する、ことを特徴とする。
請求項の発明にかかるシミュレーション装置は、前記砂粒の自重による前記剛体枠内の砂地の沈下量を推定する沈下量推定部を更に備える、ことを特徴とする。
請求項の発明にかかるシミュレーション装置は、前記移動軌跡取得部では、計測者が前記ゴルフクラブをスイングした際の前記ゴルフクラブの位置情報を所定間隔ごとに記録した前記移動軌跡データを取得する、ことを特徴とする
【発明の効果】
【0006】
請求項1およびの発明によれば、アドレスからフォローに到るまでの一連のゴルフスイングに対応する移動軌跡データを用いて砂地上のゴルフボールを打撃する際のゴルフクラブの挙動をシミュレーションするので、実際のショット時に近いゴルフクラブ、ゴルフボールおよび砂粒の挙動を再現することができ、シミュレーションの精度を向上させる上で有利となる。特に、バンカーショットは再現がしにくく実験が困難であるが、請求項1および7の発明により様々なシチュエーションを机上で再現することができる。またシミュレーション結果に基づいてゴルフクラブの性能を評価するので、各ユーザにおけるゴルフクラブの選択やゴルフクラブの設計を精度よく行う上で有利となる。
請求項2およびの発明によれば、打撃時におけるゴルフクラブとゴルフボールとの鉛直方向の相対距離を任意に設定可能なので、砂地上のゴルフボールを打撃する際に影響が大きいゴルフクラブヘッドの砂地への潜り度合いを変更してシミュレーションを行うことができ、シミュレーションの有用性を向上させる上で有利となる。
請求項3およびの発明によれば、砂粒の自重による砂地の沈下量を推定するので、ゴルフボールの初期位置や砂地の状態をより正確に算出することができ、シミュレーションの精度を向上させる上で有利となる。
請求項4およびの発明によれば、計測者が実際にゴルフクラブをスイングした際のゴルフクラブの位置情報を記録することにより移動軌跡データを生成するので、実際のゴルフクラブの動きを反映したシミュレーションを行う上で有利となる
請求項の発明によれば、コンピュータに請求項1からのいずれか1項記載のシミュレーション方法を実行させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】シミュレーション装置10の機能的構成を示すブロック図である。
図2】コンピュータ30の構成を示すブロック図である。
図3】シミュレーション対象物を模式的に示す説明図である。
図4】移動軌跡データDを計測する計測システム60の構成を示す説明図である。
図5】移動軌跡データDを計測する計測システム60の構成を示す説明図である。
図6】ゴルフクラブモデル20AおよびゴルフボールBの有限要素モデルを模式的に示す説明図である。
図7】砂粒Sの自重による砂地SPの沈下を模式的に示す説明図である。
図8】ヘッドスピードの時系列データを示すグラフである。
図9】相対距離diffの設定例を模式的に示す説明図である。
図10】シミュレーション装置10による処理手順を示すフローチャートである。
図11】インパクト後の挙動のシミュレーション結果を示す図である。
図12】インパクト後におけるヘッドスピードの時間変化を示すグラフである。
図13】シミュレーション結果と試打結果との比較を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下に添付図面を参照して、本発明にかかるゴルフクラブのシミュレーション方法、ゴルフクラブのシミュレーションプログラムおよびゴルフクラブのシミュレーション装置の好適な実施の形態を詳細に説明する。
図1は、実施の形態にかかるゴルフクラブのシミュレーション方法を実施するシミュレーション装置10の機能的構成を示すブロック図である。
シミュレーション装置10は、図3に示すように、砂地SP上のゴルフボールBを打撃する際のゴルフクラブ20の挙動をシミュレーションする。すなわち、シミュレーション装置10は、主にバンカーショット時におけるゴルフクラブ20の挙動をシミュレーションにより得るための装置である。
【0009】
図2は、シミュレーション装置10として機能するコンピュータ30の構成を示すブロック図である。
図2に示すように、コンピュータ30は、CPU32と、不図示のインターフェース回路およびバスラインを介して接続されたROM34、RAM36、ハードディスク装置38、ディスク装置40、キーボード42、マウス44、ディスプレイ46、プリンタ48、入出力インターフェース50などを有している。
ROM34は制御プログラムなどを格納し、RAM36はワーキングエリアを提供するものである。
【0010】
ハードディスク装置38は、ゴルフクラブ20およびゴルフボールBの有限要素解析と、砂地SPを構成する砂粒Sの離散要素解析とを同時に行うとともに、この解析プログラムによって得られたシミュレーション結果を用いてゴルフクラブ20の評価データを計算するシミュレーションプログラムを格納している。
この種の計算プログラムは、専用のプログラムを用いても、あるいは、市販の表計算ソフトウェア(アプリケーションプログラム)およびそのマクロプログラムを用いるなど任意である。
【0011】
シミュレーションプログラムとして、有限要素解析および離散要素解析を行う従来公知のさまざまな市販の解析ソフトウェア、例えば、Abaqus(Dassault Systemes または Dassault Systemes 子会社のアメリカ合衆国および(または)その他の国の登録商標)などを用いることができる。
解析プログラムは、以下のプログラムを含んで構成されている。
1)有限要素モデルを作成するためのプログラム:
本実施の形態ではゴルフクラブ20の有限要素モデルと、ゴルフボールBの有限要素モデルとを作成するためのプログラムである。
2)離散要素モデルを作成するためのプログラム:
本実施の形態ではゴルフボールBが載置された砂地を構成する砂粒Sの離散要素モデルを作成するためのプログラムである。
3)有限要素モデルおよび離散要素モデルを用いてシミュレーション(解析)を行うためのプログラム:
本実施の形態では、上記有限要素モデルおよび離散要素モデルを用いてゴルフクラブ20、ゴルフボールBおよび砂粒Sの挙動の解析を行うためのプログラムである。
4)シミュレーション結果を出力するためのプログラム:
シミュレーション結果をコンター図などを含むさまざまな形態の図や数表として可視化して出力するためのプログラムである。
【0012】
ディスク装置40はCDやDVDなどの記録媒体に対してデータの記録および/または再生を行うものである。
キーボード42およびマウス44は、操作者による操作入力を受け付けるものである。
ディスプレイ46はデータを表示出力するものであり、プリンタ48はデータを印刷出力するものであり、ディスプレイ46およびプリンタ48によってデータを出力する。
入出力インターフェース50は、外部機器との間でデータの授受を行うものである。
【0013】
図1に示すように、コンピュータ30は、上記CPUが上記シミュレーションプログラムを実行することにより、移動軌跡取得部102、離散化処理部104、沈下量推定部106、動的解析部108、評価部110を備えるシミュレーション装置10として機能する。
移動軌跡取得部102は、ゴルフクラブ20のスイング時における移動軌跡データDを取得する。移動軌跡データDは、計測者(人間)が実際にゴルフクラブ20をスイングした際のゴルフクラブ20の位置情報を所定間隔ごとに記録したデータである。本実施の形態では、移動軌跡データDを予め計測、記録しておき、必要に応じて移動軌跡取得部102により読み出すように構成している。
【0014】
図4および図5は、移動軌跡データDを計測する計測システム60の構成を示す説明図である。
図4および図5に示すように、計測システム60は、ゴルフクラブ20のグリップ部23およびゴルフクラブヘッド24の3次元位置と向き(方向)とを示す時系列データを計測するものである。
計測システム60は、トランスミッタ62と、3次元磁気センサ64と、コントローラ・データ処理装置66と、パーソナルコンピュータ68とを含んで構成されている。
【0015】
トランスミッタ62は、予め定められた位置に設置されており、図5に示すように、トランスミッタ62は、お互いに直交する3軸(X軸、Y軸、Z軸)方向に各々ループ状に巻かれた3つのコイルによって構成されている。
トランスミッタ62は、X軸およびY軸が水平面上を延在し、Z軸が鉛直方向を向くように設置されている。
図4に示すように、トランスミッタ62の中心位置を予め定められた基準位置6202とし、基準位置6202を通るY軸方向を予め定められた基準方向6204とする。
トランスミッタ62は、コントローラ・データ処理装置66から供給される駆動信号により、強さと方向に関する分布が既知である磁場を発生させる。
【0016】
3次元磁気センサ64は、図5に示すように、お互いに直交する3軸(X軸、Y軸、Z軸)方向に各々ループ状に巻かれた3つのコイルによって構成されている。
図5に示すように、3次元磁気センサ64は、測定点6402および測定方向6404を有している。
3次元磁気センサ64は、測定点6402の周りの磁気を互いに直交するX軸、Y軸、Z軸の3軸方向で感知すると共に、基準位置6202に対する測定点6402の3次元位置および基準方向6204に対する測定方向6404の向きに応じて検出信号S1を出力
するものである。
測定点6402は3次元磁気センサ64の中心位置であり、測定方向6404は測定点6402を通るY軸方向である。
3次元磁気センサ64は、ゴルフクラブ20のグリップ部23の端部に固定されている。
3次元磁気センサ64は、Y軸(測定方向6404)をゴルフクラブ20の打撃方向と平行させ、かつ、Z軸をシャフト軸と平行させている。
このような計測システム60として、例えば、LIBERTY(Polhemus社製)を挙げることができる。
【0017】
図5に示すように、コントローラ・データ処理装置66は、駆動回路6602、検出回路6604、コンピュータ6606を有している。
駆動回路6602は、トランスミッタ62に所定の3種類の磁場を順次発生させる駆動信号を生成し、該駆動信号をトランスミッタ62に供給するものである。
検出回路6604は、3次元磁気センサ64から供給される第1の検出信号S1を検出するものである。
【0018】
コンピュータ6606は、データ処理用ソフトウェアを実行することにより次の機能を実現する。
すなわち、コンピュータ6606は、駆動回路6602および検出回路6604を制御し、検出回路6604から得られた出力電圧よりデータ処理を行って、3次元磁気センサ64の位置と向きを示すデータを生成する。
コンピュータ6606は、トランスミッタ62の位置を基準位置6202とし、お互いに直交する3軸X,Y,Zを基準とする3次元位置座標(x,y,z)の時系列データを演算して出力する。
また、コンピュータ6606は、トランスミッタ62を中心とするY軸方向を基準方向6204とし、この基準方向6204に対する3次元磁気センサ64の向きを表す姿勢角度、すなわちヨー角、ピッチ角およびロール角(以降では、(θy,θp,θr)と表す)の時系列データを演算して出力するものである。
したがって、3次元位置座標(x,y,z)の時系列データが3次元磁気センサ64の位置を示すデータであり、ヨー角θy、ピッチ角θpおよびロール角θrの時系列データが3次元磁気センサ64の向きを示すデータである。
【0019】
次に、3次元磁気センサ64の測定点6402の基準位置6202に対する3次元位置座標(x,y,z)と、測定方向6404の基準方向6204に対する姿勢角度(θy,θp,θr)の時系列データの生成について説明する。
駆動回路6602は、コンピュータ6606の指令信号にしたがって、周波数と位相が常時一定の同一信号を出力し、トランスミッタ62の3軸方向に巻かれた3つのループ状コイルを順次励磁する。
各ループ状コイルは、励磁のたびに各々異なる磁場を発生し、それに基づいて3次元磁気センサ64の3軸方向に巻かれた3つのループ状コイルに各々独立な出力電圧Vを発生させる。
この出力電圧Vは、トランスミッタ62の3つのループ状コイルによって励磁される3つの磁場に応じて、3次元磁気センサ64の3つのループ状コイルに発生する3つの出力電圧Vが得られるため、合計9個(3×3個)の出力電圧Vが得られる。
【0020】
一方、磁場を形成させるトランスミッタ62が所定の位置に固定設置されているので、発生する磁場の強さと方向に関する分布はトランスミッタ62の設置された基準位置6202および、基準方向6204に対して既知となる。
この形成された磁場によって生じる9つの出力電圧Vを用いることによって、上記基準方位置6202に対する3次元磁気センサ64の3次元位置座標(x,y,z)と上記基準方向6204に対する姿勢角度(θy,θp,θr)の6つの未知数を求めることができる。
コントローラ・データ処理装置66のコンピュータ6606において、検出回路6604から送られてきた9つの出力電圧Vを用いて、3次元位置座標(x,y,z)と姿勢角度(θy,θp,θr)のデータを演算して求める。
【0021】
コントローラ・データ処理装置66で得られた3次元位置座標(x,y,z)と姿勢角度(θy,θp,θr)は、パーソナルコンピュータ68に取り込まれ、AD変換され、グリップ部23のスウィング中の挙動の時系列データ(移動軌跡データ)を得ることができる。
なお、パーソナルコンピュータ68と、シミュレーション装置10として機能するコンピュータ30とは同一の装置であってもよいし、異なる装置であってもよい。
また、上述した説明では磁気センサを用いて移動軌跡データを計測するものとしたが、これに限らず、例えばゴルフクラブ20に小型の加速度センサを取付けて移動軌跡データを計測するなど、従来公知の様々な移動軌跡データ計測方法を適用可能である。
【0022】
図1の説明に戻り、離散化処理部104は、ゴルフクラブ20およびゴルフボールBを有限要素で離散化するとともに、砂地SPを離散粒子である砂粒Sの集合に離散化する。
第1に、離散化処理部104は、ゴルフクラブ20の有限要素モデルであるゴルフクラブヘッドモデルと、ゴルフボールBの有限要素モデルであるゴルフボールモデルとを作成する。
これら有限要素モデルの作成は従来公知の有限要素法に基づいてなされるものである。
具体的には、3次元CADプログラムを用いて作成されたゴルフクラブ20およびゴルフボールBの3次元形状データ、すなわち、設計データ(CADデータ)をコンピュータ30に入力する。
また、ゴルフクラブ20およびゴルフボールBの有限要素モデルを作成するために必要な拘束条件や材料定数を含むさまざまなデータをコンピュータ30に入力する。
コンピュータ30が有限要素解析プログラムを実行することにより、ゴルフクラブ20およびゴルフボールBの3次元形状データがそれぞれメッシュ分割される。
有限要素としては、シェル要素およびソリッド要素の何れを用いてもよいが、シェル要素を用いるとソリッド要素に比較して計算に要する時間の短縮化を図る点で有利となる。
これにより、図6に示すように、ゴルフクラブ20の有限要素モデルとしてのゴルフクラブモデル20AおよびゴルフボールBの有限要素モデルとしてのゴルフボールモデルBAが作成される。なお、図6ではゴルフクラブモデル20Aのうち、ゴルフクラブヘッド24に対応する部分のみを図示している。
【0023】
第2に、離散化処理部104は、砂地SPを離散粒子である砂粒Sの集合に離散化する。
砂粒Sは、指定された半径を有する剛球形状の単一節点要素としてモデル化される。
これら離散要素モデルの作成は従来公知の離散要素法に基づいてなされるものである。
具体的には、砂地SPを構成する砂粒Sの半径(形状)、重量等をコンピュータ30に入力する。
コンピュータ30が離散要素解析プログラムを実行することにより、砂地SPが離散粒子である砂粒Sの集合にモデル化される。
なお、砂地SPはゴルフクラブ20のような物体と異なり、その境界が明確ではない。このため、図3に示すような剛体枠28を定義し、砂地SPの領域を決定する。
【0024】
沈下量推定部106は、砂粒Sの自重による砂地SPの沈下量を推定する。
上述のように、離散化処理部104では砂地SPを砂粒Sにモデル化するが、初期段階では図7Aに示すように砂粒Sは均等に配置され、上面も平面となっている。しかしながら、実際の砂地SPではそれぞれの砂粒Sは自重の影響により、図7Aのような均等な配置とはならない。すなわち、それぞれの砂粒Sは、図7Bに示すように、隣接する砂粒Sとの隙間に入り込み下方に変位していく。
沈下量推定部106は、自重の影響による砂粒Sの変位をシミュレートして、モデル上の砂地SPの状態を実際の砂地SPの状態に近づける。例えば、図7Aに示す初期状態の砂深さH0を100とすると、図7Bに示す沈降状態の砂深さH1は95.2となっている。
このような処理により、ゴルフボールBの初期位置の再現精度を向上させることができる。
【0025】
動的解析部108は、ゴルフクラブ20(より詳細にはゴルフクラブモデル20A)を移動軌跡データDに沿って移動させた際のゴルフクラブ20(ゴルフクラブモデル20A)、ゴルフボールB(ゴルフボールモデルBA)および砂粒Sの挙動を動的解析により算出する。
すなわち、動的解析部108は、離散化処理部104により作成されたゴルフクラブモデル20A、ゴルフボールモデルBA、砂地モデル(砂粒Sの集合)、および移動軌跡取得部102により取得された移動軌跡データDを用いて、ゴルフスイングを再現したシミュレーション演算の演算処理を行う部分である。具体的には、ゴルフクラブモデル20Aのグリップ部23に対応する部分に移動軌跡データ(3次元時系列データ)を境界条件として与えることで、ゴルフクラブモデル20Aの動的挙動、ゴルフクラブモデル20Aにより打撃されるゴルフボールモデルBAの動的挙動、ゴルフクラブモデル20Aにより飛散される砂粒Sの動的挙動を演算する。具体的には、運動方程式の時間差分スキームを用いた陽解法により時間経過に沿って逐次解く公知の方法で演算を行う。
【0026】
また、動的解析部108は、シミュレーション演算によって得られた演算結果からゴルフクラブモデル20A、ゴルフボールモデルBA、および砂地SPの挙動を示す特性物理量を算出する。
動的解析部108は、例えばゴルフクラブモデル20Aにおけるゴルフクラブヘッド24に対応する部分の移動速度(ヘッドスピード)、インパクト(打撃)前後のヘッドスピード差、ゴルフクラブヘッド24とシャフト22の位置関係(ヘッドの先行度合い)等、ゴルフボールモデルBAの打ち出し速度、打ち出し角、スピン量等、砂粒Sの飛散度合い等を特性物理量として算出する。
【0027】
図8は、動的解析部108により算出される特性物理量の一例であるヘッドスピードの時系列データであり、縦軸はゴルフクラブヘッド24の速度、横軸は時間である。
図8では、アドレス(符号A)、トップ(切り返し:符号B)、インパクト(符号C)およびフォロー(符号D)に到るまでのヘッドスピードが時系列に示されている。このようなデータから、例えばインパクト直前のヘッドスピードやインパクト前後のヘッドスピード差なども算出することができる。
【0028】
ここで、動的解析部108では、打撃時におけるゴルフクラブ20(ゴルフクラブモデル20A)とゴルフボールB(ゴルフボールモデルBA)との鉛直方向の相対距離、より詳細には、ゴルフクラブモデル20Aのヘッド重心点とゴルフボールモデルBAの中心点との鉛直方向の相対距離を複数設定可能とし、それぞれの相対距離におけるゴルフクラブ20(ゴルフクラブモデル20A)、ゴルフボールB(ゴルフボールモデルBA)および各砂粒Sの挙動を算出する。
すなわち、図9に示すように、ゴルフボールモデルBAの中心点O1と、ゴルフクラブヘッドモデルの重心点O2との鉛直方向の相対距離diffとし、複数の相対距離diffを設定可能とする。図9Aは相対距離diffを相対的に大きくし、図9Bは相対距離diffを相対的に小さくした状態を模式的に示している。なお、図9では砂地SP(砂粒S)の図示を省略している。
【0029】
このように相対距離diffを設定可能とするのは、相対距離diffの大小に応じて、砂の抵抗の大小が異なるためである。すなわち、相対距離diffが相対的に大きいと、ゴルフクラブ20が砂に深く潜ることになり、砂の抵抗も相対的に大きくなる。また、相対距離diffが相対的に小さいと、ゴルフクラブ20は砂に浅く潜ることになり、砂の抵抗は相対的に小さくなる。
このような違いにより、ゴルフクラブモデル20A、ゴルフボールモデルBA、および砂地SPの挙動に差異が生じる。例えば、砂の抵抗が大きいと、ゴルフクラブ20のシャフト22のしなりが小さくなり、ヘッドの先行が抑制され、ヘッドスピードが減速することになる。また、例えば、砂の抵抗が大きいとゴルフボールBの飛びが抑制される。また、砂の抵抗が大きいと、砂粒Sの飛散量も多くなる。
動的解析部108では、相対距離diffの違いによるゴルフクラブモデル20A、ゴルフボールモデルBA、および砂地SPの挙動の違いを反映させるため、シミュレーション時における相対距離diffを複数設定可能としている。
【0030】
なお、本実施の形態では、相対距離diffを、ゴルフボールモデルBAの中心点O1と、ゴルフクラブモデル20Aのヘッド重心点O2との鉛直方向の距離としている。
このうち、ゴルフクラブモデル20Aのヘッド重心点O2は、従来公知の方法で検出可能なゴルフクラブ20の質量中心(重力作用点)である。通常、ドライバーのような中空構造の重心点はヘッド内部にあるが、砂地SPでのショットに用いられるサンドウェッジは中実構造のため、重心点O2は必ずしもヘッド内部にある訳ではなく、またフェース中心からも外れた位置である場合もある。
また、ゴルフボールBおよびゴルフクラブ20の形状は既知であるため、相対距離diffの基準となる位置は任意に変更可能である。例えばゴルフボールBの接地点とゴルフクラブ20の下端点との距離を相対距離diffとして設定してもよい。
【0031】
評価部110は、打撃前後におけるゴルフクラブ20(ゴルフクラブモデル20A)、ゴルフボールB(ゴルフボールモデルBA)および砂地SP(砂粒S)の挙動に基づいて、ゴルフクラブ20の性能を評価する。すなわち、評価部110は、動的解析部108で算出された特性物理量に基づいてゴルフクラブ20を評価する。
評価部110は、例えば所定の環境下におけるゴルフクラブ20の性能を評価する。
環境の一例として、例えばバンカー(ゴルフボールBの初期位置)からピンまでの距離を挙げて説明すると、距離が短い場合には、一般にゴルフクラブヘッドを砂に深く入れて、ボールの打ち出し角を高くして、ボールの勢いを抑え、ふわっと上げて砂と一緒にバンカーから脱出させる打ち方が好ましい。一方、距離が長い場合には、一般にヘッドを砂に浅く入れて、ボールの打ち出し角を低くし、ボールに勢いをつけて飛距離をアップさせるのが好ましい。なお、上記に挙げた評価指標は一般的な例であり、全てのケースがあてはまるものではない。評価部110における評価指標は、シミュレーション内容に応じて適宜設定がなされる。
このように、同じゴルフクラブが同じ移動軌跡で移動しても、周囲の環境(上記の例ではバンカーからピンまでの距離)によってそのショットに対する評価は変わってくる。評価部110は、打撃前後における各部の挙動を異なる環境に当てはめて、それぞれのシミュレーション結果の評価を行う。
【0032】
図10は、シミュレーション装置10による処理手順を示すフローチャートである。
シミュレーション装置10による処理に先立って、計測システム60で移動軌跡データDを計測・記録しておく(ステップS100)。このとき、移動軌跡データDは例えば複数計測しておくものとする。
シミュレーション実行時には、まずシミュレーション作業者がシミュレーション装置10に対して所望の移動軌跡データDを指定する。移動軌跡取得部102が指定された移動軌跡データDを読み出す(ステップS102)。
つぎに、シミュレーション作業者がゴルフクラブ20およびゴルフボールBの仕様(形状・材料・重さ)を決定する(ステップS104)。このステップは、例えばシミュレーション作業者がゴルフクラブ20およびゴルフボールBの型番を指定し、シミュレーション装置10が予め記憶されている当該型番のゴルフクラブ20およびゴルフボールBの3次元形状データを読み出すことによって実行される。
つづいて、シミュレーション作業者が砂粒Sの仕様(形状・重さ)および砂地SPの領域(剛体枠28の範囲)を決定する(ステップS106)。
また、シミュレーション作業者は、ゴルフクラブ20の重心点とゴルフボールBの中心点との鉛直方向の相対距離diffを設定する(ステップS108)。
【0033】
離散化処理部104は、ゴルフクラブ20およびゴルフボールBを有限要素で離散化してゴルフクラブモデル20AおよびゴルフボールモデルBAを生成するとともに、砂地SPを離散粒子である砂粒Sの集合に離散化する(ステップS110)。
つぎに、沈下量推定部106により、モデル化した砂地SPにおける砂粒Sの自重による沈下量を推定する(ステップS112)。
【0034】
動的解析部108は、ゴルフクラブモデル20Aを移動軌跡データDに沿って移動させた際のゴルフクラブモデル20A、ゴルフボールモデルBAおよび砂粒Sの挙動を動的解析し、各種特性物理量を算出する(ステップS114)。
評価部110は、各種特性物理量(打撃前後におけるゴルフクラブモデル20A、ゴルフボールモデルBAおよび砂粒Sの挙動)に基づいて、ゴルフクラブ20の性能を評価し、その結果を出力して(ステップS116)、本フローチャートによる処理を終了する。
【0035】
<実施例>
実施の形態にかかるシミュレーション装置10を用いたシミュレーション結果を以下に示す。
シミュレーションに用いたゴルフクラブ20の長さは35インチ、質量は446.6g、ゴルフクラブ20全体の質量に対するヘッドの質量の比率を示すクラブバランスはD-1.6、クラブ振動数は348cpmである。
本実施例では、ゴルフクラブ20の重心点とゴルフボールBの中心点との鉛直方向の相対距離diffを、15.50mm、10.00mm、5.00mm、0.26mmの4条件に設定した。
【0036】
図11は、インパクトから1.100e-02秒後におけるゴルフクラブ20、ゴルフボールBおよび砂粒Sの挙動のシミュレーション結果を示す図である。
図11Aは相対距離diffを15.50mmとした場合、図11Bは相対距離diffを10.00mmとした場合、図11Cは相対距離diffを5.00mmとした場合、図11Dは相対距離diffを0.26mmとした場合である。
相対距離diffが大きいほど、ゴルフクラブ20のヘッドが深く砂に潜り、砂の抵抗が大きくなる。このため、相対距離diffが大きいほど、ゴルフクラブ20のシャフト22のしなりが小さくなり、ヘッドの先行が抑制されている。また、相対距離diffが大きいほど、ゴルフボールBの飛びが抑制されている。また、相対距離diffが大きいほど、砂粒Sの飛散量も多くなっている。
【0037】
図12は、インパクト後におけるヘッドスピードの時間変化を示すグラフである。
インパクト時(0秒)におけるヘッドスピードは、相対距離diffに関わらず同一であるが、その後は相対距離diffが大きいほど、ヘッドスピードの低下が大きくなっている。すなわち、相対距離diffが大きいほど、砂の抵抗によりヘッドスピードが減少していることがわかる。
【0038】
図13は、シミュレーション結果と実際のゴルフクラブ20を用いた試打結果との比較を示す表である。
図13には、相対距離diffを15.50mm、10.00mm、0.26mmとした場合におけるインパクト前後のヘッドスピード差と、試打により相対距離diffを23.00mm、9.00mm、5.00mmとした場合におけるインパクト前後のヘッドスピード差を示している。
なお、試打は人打ちによるもので、ヘッドとボールの相対距離、ヘッドスピード差の値は各条件で3回試打を行った際の平均値を示している。計測データは高速度カメラを利用して取得した。
シミュレーションにおけるヘッドスピード差は、diff15.50mmで12.02m/s、diff10.00mmで10.02m/s、diff0.26mmで6.61m/sであった。また、試打におけるヘッドスピード差は、diff23.00mmで13m/s、diff9.00mmで8m/s、diff5.00mmで7m/sであった。
シミュレーション、試打のいずれにおいても、diffが大きいほどヘッドスピード差が大きくなっており、シミュレーションが実際のショットにおける傾向を再現できていることがわかる。
【0039】
以上説明したように、実施の形態にかかるシミュレーション装置10は、アドレスからフォローに到るまでの一連のゴルフスイングに対応する移動軌跡データDを用いて砂地SP上のゴルフボールBを打撃する際のゴルフクラブ20の挙動をシミュレーションするので、実際のショット時に近いゴルフクラブ20、ゴルフボールBおよび砂粒Sの挙動を再現することができ、シミュレーションの精度を向上させる上で有利となる。
また、シミュレーション装置10は、打撃時におけるゴルフクラブ20とゴルフボールBとの鉛直方向の相対距離diffを任意に設定可能なので、砂地SP上のゴルフボールBを打撃する際に影響が大きいゴルフクラブヘッドの砂地への潜り度合いを変更してシミュレーションを行うことができ、シミュレーションの有用性を向上させる上で有利となる。
また、シミュレーション装置10は、砂粒Sの自重による砂地SPの沈下量を推定するので、ゴルフボールBの初期位置や砂地SPの状態をより正確に算出することができ、シミュレーションの精度を向上させる上で有利となる。
また、シミュレーション装置10は、計測者が実際にゴルフクラブ20をスイングした際のゴルフクラブ20の位置情報を記録することにより移動軌跡データDを生成するので、実際のゴルフクラブ20の動きを反映したシミュレーションを行う上で有利となる。
また、シミュレーション装置10は、シミュレーション結果に基づいてゴルフクラブ20の性能を評価するので、各ユーザにおけるゴルフクラブ20の選択やゴルフクラブ20の設計を精度よく行う上で有利となる。
【符号の説明】
【0040】
10 シミュレーション装置
102 移動軌跡取得部
104 離散化処理部
106 沈下量推定部
108 動的解析部
110 評価部
20 ゴルフクラブ
20A ゴルフクラブモデル
22 シャフト
23 グリップ部
24 ゴルフクラブヘッド
28 剛体枠
30 コンピュータ
B ゴルフボール
BA ゴルフボールモデル
D 移動軌跡データ
S 砂粒
SP 砂地
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13