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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-04
(45)【発行日】2022-04-12
(54)【発明の名称】切断装置および切断方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 10/00 20060101AFI20220405BHJP
【FI】
B23K10/00 501A
B23K10/00 501Z
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2018119970
(22)【出願日】2018-06-25
(65)【公開番号】P2020001043
(43)【公開日】2020-01-09
【審査請求日】2021-04-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】特許業務法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】越智 裕文
(72)【発明者】
【氏名】徳田 誠
【審査官】後藤 泰輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-74195(JP,A)
【文献】特開2017-144459(JP,A)
【文献】特開昭57-113701(JP,A)
【文献】特開昭52-103351(JP,A)
【文献】実開平4-42964(JP,U)
【文献】特開2000-317622(JP,A)
【文献】特開2014-117997(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 1/00-37/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
板状の金属材料の一部の領域に熱を与え、該一部の領域において金属材料を切断する切断手段と、
液体冷媒を貯留する液体貯留手段と、
前記液体貯留手段の中で、金属材料よりなる被切断物を、前記切断手段によって、切断可能な位置に保持する保持手段と、を有する切断装置において、
前記保持手段は、前記液体貯留手段の側壁の外側に先端部を突出させた状態で、軸回転可能に前記側壁に支持される軸部を有し、
前記切断装置はさらに、紐状材料よりなり、前記側壁の外側に、前記軸部の外周を取り囲んで配置されて、前記軸部と前記側壁の間から前記液体冷媒が漏出するのを抑制するシール部材と、
前記側壁の外側から、前記シール部材を前記側壁に押し付ける、前記軸部の周方向に複数に分割可能なシール押さえ部材と、を有することを特徴とする切断装置。
【請求項2】
前記切断装置は、前記液体貯留手段の中に、搬送手段を有し、
前記搬送手段は、前記切断手段によって前記被切断物の切断を行った際に前記液体冷媒中に分離された切断片を、前記液体貯留手段の外部に搬送することを特徴とする請求項1に記載の切断装置。
【請求項3】
前記シール部材は、前記軸部の軸方向に沿って、複数設けられ、各シール部材を構成する紐状材料の端部の位置は、前記軸部の周に沿って、相互にずれていることを特徴とする請求項1または2に記載の切断装置。
【請求項4】
前記側壁には、該側壁の上端縁において開口した切り欠き部が設けられており、
前記軸部材は、前記切り欠き部の中に収容された状態で支持されており、前記側壁の上端縁に設けられた開口部を介して、前記切り欠き部に対して出入可能であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の切断装置。
【請求項5】
前記シール部材を構成する紐状材料は、繊維材料よりなる編組体に潤滑剤を含浸させたものよりなることを特徴とする請求項1から4のいずれか1項に記載の切断装置。
【請求項6】
前記切断手段は、プラズマ切断トーチであることを特徴とする請求項1から5のいずれか1項に記載の切断装置。
【請求項7】
前記プラズマ切断トーチは、酸素を動作ガスとするものであることを特徴とする請求項6に記載の切断装置。
【請求項8】
請求項1から7のいずれか1項に記載の切断装置を用いて、金属材料よりなり、第一の板状部と、該第一の板状部から離間して該第一の板状部に対向する第二の板状部とを有する被切断物を切断する切断方法において、
前記第一の板状部および第二の板状部のうち、一方を対象部、他方を待機部として、
前記待機部を液体冷媒の中に配置し、前記対象部を前記液体冷媒の外に配置した状態で、前記対象部の切断を行うことを特徴とする切断方法。
【請求項9】
前記対象部の前記待機部と対向する表面は、前記液体冷媒に接触しないように配置されることを特徴とする請求項8に記載の切断方法。
【請求項10】
前記被切断物を固定した状態で、前記切断手段を前記被切断物に対して移動させながら、前記被切断物の切断を行うことを特徴とする請求項8または9に記載の切断方法。
【請求項11】
前記切断手段は、プラズマ切断トーチであり、
前記対象部の端縁の一部位である始端縁を始点として、前記対象部の面に沿って前記切断手段を移動させながら、前記対象部の切断を行う際に、
前記始端縁の外側に前記切断手段を配置して前記切断手段からプラズマアークを出射した状態で、前記始端縁に向かって前記切断手段を移動させ、前記切断手段と前記被切断物の間に流れる電流値が上がり始めると、前記切断手段の移動速度を上げることを特徴とする請求項8から10のいずれか1項に記載の切断方法。
【請求項12】
前記切断手段は、プラズマ切断トーチであり、
前記対象部の面に沿って前記切断手段を移動させながら、前記対象部の端縁の一部位である終端縁を終点として、前記対象部の切断を行う際に、
前記切断手段による切断が前記終端縁に達した後、前記切断手段と前記被切断物の間に流れる電流値が下がり始めると、該電流値がゼロになる前に、前記切断手段からのプラズマアークの出射を停止することを特徴とする請求項8から11のいずれか1項に記載の切断方法。
【請求項13】
前記対象部を前記切断手段によって切断する際に、前記対象部および前記待機部の平滑性が高くなるように、前記切断手段が前記被切断物に与える熱のエネルギー密度と、前記切断手段を前記被切断物に対して移動させながら前記被切断物の切断を行う際の前記切断手段の移動速度と、の少なくとも一方を調整することを特徴とする請求項8から12のいずれか1項に記載の切断方法。
【請求項14】
前記第一の板状部を前記対象部とし、前記第二の板状部を前記待機部として、前記第一の板状部の切断を行う第一の工程と、
前記第二の板状部を前記対象部とし、前記第一の板状部を前記待機部として、前記第二の板状部の切断を行う第二の工程と、のうち、
一方の工程を行った後、前記被切断物の配置を変更し、他方の工程を行うことを特徴とする請求項8から13のいずれか1項に記載の切断方法。
【請求項15】
前記切断手段を複数使用して、共通の保持手段に保持された複数の被切断物を同時に切断することを特徴とする請求項8から14のいずれか1項に記載の切断方法。
【請求項16】
前記被切断物は、板材を断面U字形に曲げ加工してなる曲げ加工部に前記第一の板状部および第二の板状部を有する1対の金属部材であり、
前記切断手段により、前記1対の金属部材の前記曲げ加工部の端縁において、余肉の切断を行った後、前記1対の金属部材を前記端縁において相互に突き合わせて固定することを特徴とする請求項8から15のいずれか1項に記載の切断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、切断装置および切断方法に関し、さらに詳しくは、水等の冷媒を利用しながら、プラズマアーク等を用いた熱による金属部材の切断を行うことができる切断装置および切断方法に関する。
【背景技術】
【0002】
板状の金属部材の切断に、プラズマ切断等、熱を用いた切断方法が利用される場合がある。特許文献1に記載されるように、プラズマ切断は、通常は大気中にて行われるが、切断用プール等を設けて、金属部材を水中に配置し、水中プラズマ切断が行われる場合もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平5-23859号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されるように、熱を用いた切断を水中にて行うことで、熱による影響が、被切断物の他の部位に及ぶのを、抑制することができる。また、図12に示すように、熱によって溶融した金属材料M1が、被切断物の他の部位に付着して、付着物M2を形成することも、抑制することができる。しかし、熱によって溶融した金属材料M1は、付着物M2となる代わりに、微細な粉末となって、水中に分散されることになる。切断中に生じた粉塵も、水中に分散される。
【0005】
被切断物の複数の面に対して切断を行う場合等、被切断物を保持する保持手段が、水を貯留する水槽の中に、軸回転可能に設置される場合がある。例えば、図12に示すような断面U字形等、相互に対向する面を有する形状の金属部材に対して、プラズマ切断を行う場合に、そのような回転式の保持手段が利用されることが多い。保持手段を水槽の壁面で支持する箇所には、水の漏出を防ぐシール部材が設けられる。そのような場合に、水槽に貯留された水の中に、熱によって溶融した金属材料M1に由来する金属粉末や粉塵が分散されると、それら金属粉末や粉塵の影響により、シール部材の寿命が短くなりやすい。すると、シール部材を頻繁に交換する必要が生じる。シール部材の交換を行うたびに、多くの作業工程が必要になるのであれば、切断装置のメンテナンスが煩雑になる。また、シール部材の頻繁な交換は、プラズマトーチ等の切断手段と保持手段との間の位置ずれにもつながりやすい。
【0006】
本発明が解決しようとする課題は、水等の液体冷媒を用いて、軸回転可能な保持手段によって保持した被切断物を切断する切断装置において、保持手段の支持部に設けられるシール部材の交換を、簡便に、また位置ずれの発生を抑えながら行うことができる切断装置、およびそのような切断装置を用いた切断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明にかかる切断装置は、板状の金属材料の一部の領域に熱を与え、該一部の領域において金属材料を切断する切断手段と、液体冷媒を貯留する液体貯留手段と、前記液体貯留手段の中で、金属材料よりなる被切断物を、前記切断手段によって、切断可能な位置に保持する保持手段と、を有する切断装置において、前記保持手段は、前記液体貯留手段の側壁の外側に先端部を突出させた状態で、軸回転可能に前記側壁に支持される軸部を有し、前記切断装置はさらに、紐状材料よりなり、前記側壁の外側に、前記軸部の外周を取り囲んで配置されて、前記軸部と前記側壁の間から前記液体冷媒が漏出するのを抑制するシール部材と、前記側壁の外側から、前記シール部材を前記側壁に押し付ける、前記軸部の周方向に複数に分割可能なシール押さえ部材と、を有するものである。
【0008】
ここで、前記切断装置は、前記液体貯留手段の中に、搬送手段を有し、前記搬送手段は、前記切断手段によって前記被切断物の切断を行った際に、前記液体冷媒中に分離された切断片を前記液体貯留手段の外部に搬送するものであるとよい。
【0009】
前記シール部材は、前記軸部の軸方向に沿って、複数設けられ、各シール部材を構成する紐状材料の端部の位置は、前記軸部の周に沿って、相互にずれているとよい。
【0010】
前記側壁には、該側壁の上端縁において開口した切り欠き部が設けられており、前記軸部材は、前記切り欠き部の中に収容された状態で支持されており、前記側壁の上端縁に設けられた開口部を介して、前記切り欠き部に対して出入可能であるとよい。
【0011】
前記シール部材を構成する紐状材料は、繊維材料よりなる編組体に潤滑剤を含浸させたものよりなるとよい。
【0012】
ここで、前記切断手段は、プラズマ切断トーチであるとよい。この場合に、前記プラズマ切断トーチは、酸素を動作ガスとするものであるとよい。
【0013】
本発明にかかる切断方法は、上記のような切断装置を用いて、金属材料よりなり、第一の板状部と、該第一の板状部から離間して該第一の板状部に対向する第二の板状部とを有する被切断物を切断する切断方法において、前記第一の板状部および第二の板状部のうち、一方を対象部、他方を待機部として、前記待機部を液体冷媒の中に配置し、前記対象部を前記液体冷媒の外に配置した状態で、前記対象部の切断を行うものである。
【0014】
ここで、前記対象部の前記待機部と対向する表面は、前記液体冷媒に接触しないように配置されるとよい。
【0015】
前記被切断物を固定した状態で、前記切断手段を前記被切断物に対して移動させながら、前記被切断物の切断を行うとよい。
【0016】
前記切断手段は、プラズマ切断トーチであり、前記対象部の端縁の一部位である始端縁を始点として、前記対象部の面に沿って前記切断手段を移動させながら、前記対象部の切断を行う際に、前記始端縁の外側に前記切断手段を配置して前記切断手段からプラズマアークを出射した状態で、前記始端縁に向かって前記切断手段を移動させ、前記切断手段と前記被切断物の間に流れる電流値が上がり始めると、前記切断手段の移動速度を上げるとよい。
【0017】
前記切断手段は、プラズマ切断トーチであり、前記対象部の面に沿って前記切断手段を移動させながら、前記対象部の端縁の一部位である終端縁を終点として、前記対象部の切断を行う際に、前記切断手段による切断が前記終端縁に達した後、前記切断手段と前記被切断物の間に流れる電流値が下がり始めると、該電流値がゼロになる前に、前記切断手段からのプラズマアークの出射を停止するとよい。
【0018】
前記対象部を前記切断手段によって切断する際に、前記対象部および前記待機部の平滑性が高くなるように、前記切断手段が前記被切断物に与える熱のエネルギー密度と、前記切断手段を前記被切断物に対して移動させながら前記被切断物の切断を行う際の前記切断手段の移動速度と、の少なくとも一方を調整するとよい。
【0019】
前記第一の板状部を前記対象部とし、前記第二の板状部を前記待機部として、前記第一の板状部の切断を行う第一の工程と、前記第二の板状部を前記対象部とし、前記第一の板状部を前記待機部として、前記第二の板状部の切断を行う第二の工程と、のうち、一方の工程を行った後、前記被切断物の配置を変更し、他方の工程を行うとよい。
【0020】
前記切断手段を複数使用して、共通の保持手段に保持された複数の被切断物を同時に切断するとよい。
【0021】
前記被切断物は、板材を断面U字形に曲げ加工してなる曲げ加工部に前記第一の板状部および第二の板状部を有する1対の金属部材であり、前記切断手段により、前記1対の金属部材の前記曲げ加工部の端縁において、余肉の切断を行った後、前記1対の金属部材を前記端縁において相互に突き合わせて固定するものであるとよい。
【発明の効果】
【0022】
上記発明にかかる切断装置においては、軸回転可能に液体貯留手段の中に設けられた保持手段によって被切断物を保持することで、被切断物を軸回転させて配置変更しながら、切断手段による切断を行うことができる。この際、シール部材により、液体貯留手段の側壁で保持手段の軸部を支持する箇所からの、液体冷媒の漏出が抑えられる。
【0023】
本切断装置のように、液体冷媒を用いて、熱による金属材料の切断を行う場合には、被切断物の切断時に生じた金属粉末や粉塵が液体冷媒中に溶け込みや分散を起こすため、シール部材の寿命が短くなりやすく、シール部材を頻繁に交換する必要が生じやすい。しかし、シール部材が環状ではなく、紐状に構成されていることにより、また、シール押さえ部が、軸部の周方向に分割可能とされることにより、軸部の先端に取り付けられた部材の取り外しや分解を行わなくても、軸部の側方からシール部材およびシール押さえ部材を着脱し、シール部材を交換することができる。その結果、シール部材の交換を簡便に行えるとともに、シール部材の交換に伴い、保持手段と切断手段の間の位置関係が変化する可能性を、低減できる。
【0024】
ここで、切断装置が、液体貯留手段の中に、搬送手段を有し、搬送手段が、切断手段によって被切断物の切断を行った際に液体冷媒中に分離された切断片を、液体貯留手段の外部に搬送するものである場合には、切断によって分離された不要な切断片が液体貯留手段の中に蓄積されるのを避け、多数の被切断物の切断を連続して効率的に実施することができる。
【0025】
シール部材が、軸部の軸方向に沿って、複数設けられ、各シール部材を構成する紐状材料の端部の位置が、軸部の周に沿って、相互にずれていれば、紐状部材の端部に相当する、シール部材の環形状が切れている部位を介して、液体冷媒が漏出するのを、抑制することができる。
【0026】
側壁に、該側壁の上端縁において開口した切り欠き部が設けられており、軸部材が、切り欠き部の中に収容された状態で支持されており、側壁の上端縁に設けられた開口部を介して、切り欠き部に対して出入可能となっていれば、シール部材やシール押さえ部材を取り外した状態で、軸部材を持ち上げることで、保持手段を液体貯留手段から取り外すことができる。よって、メンテナンス等に伴う保持手段の着脱を簡便に行うことができる。
【0027】
また、シール部材を構成する紐状材料が、繊維材料よりなる編組体に潤滑剤を含浸させたものよりなる場合には、シール部材によって、高いシール性を達成しやすい。
【0028】
切断手段が、プラズマ切断トーチである場合には、比較的簡素な設備を用いて、被切断物に対して、高速かつ高精度に切断を行うことができる。プラズマ切断においては、被切断物を切断する際に、粉塵や金属粉末の液体冷媒中への分散が起こりやすいが、上記のようなシール部材およびシール押さえ部材を備えた切断装置としておくことで、粉塵や金属粉末の分散によってシール部材の寿命が短くなったとしても、シール部材の交換の簡便性を高めるとともに、シール部材の交換による位置ずれを抑制することができる。
【0029】
この場合に、プラズマ切断トーチが、酸素を動作ガスとするものであれば、被切断物として多様な金属材料よりなるものを適用することができ、また、板厚が大きい場合でも、切断を達成することができる。また、酸素を動作ガスとすることで、プラズマアークにより溶融した金属材料の噴射が特に強く起こり、金属粉末が液体冷媒中に多量に分散されやすいが、分散した金属粉末の影響によって、シール部材の頻繁な交換が必要になっても、シール部材の交換を、簡便に、また位置ずれを抑えて、行うことができる。
【0030】
上記発明にかかる切断方法においては、上記のような切断装置を用いて、被切断物の切断を行うため、切断に伴って生じた粉塵や金属粉末が液体冷媒中に分散されることで、シール部材の寿命が短くなっても、シール部材およびシール押さえ部材の形状の効果により、シール部材の交換を、簡便に、また保持手段の位置ずれを抑制しながら、行うことができる。
【0031】
また、第一の板状部と第二の板状部から選択される対象部の切断を行う際に、対象部に対向する他方の板状部である待機部を水等の液体冷媒の中に配置する一方、対象部は液体冷媒の外側に配置した状態としておくため、待機部が液体冷媒の中に配置されていることで、対象部を切断する際に対象部に熱を与えても、液体冷媒による冷却効果により、待機部にその熱の影響が及びにくい。また、対象部を切断した際に融け落ちた金属材料が液体冷媒によって冷却されることで固化し、待機部に付着しにくい。このように、対象部の切断によって生じる影響が待機部に及ぶのが、液体冷媒の存在によって抑制される。さらに、液体冷媒を用いて被切断物を冷却しながら切断を行うことで、切断手段によって与えられる熱の影響で被切断物が変形するのを抑制する効果も得られる。
【0032】
一方、対象部は、液体冷媒の外にある状態で切断を受けるので、液体冷媒との接触によって切断面の平滑性が低下することや、切断後の急冷によって切断を受けた部位の硬度が上昇することが回避される。このように、液体冷媒が対象部の切断を受けた部位に影響を与えにくくなる。
【0033】
対象部の待機部と対向する表面が、液体冷媒に接触しないように配置される場合には、対象部において、切断を受けた部位に対して液体冷媒が影響を与えるのを、特に効果的に回避することができる。
【0034】
被切断物を固定した状態で、切断手段を被切断物に対して移動させながら、被切断物の切断を行う場合には、被切断物が大型である場合や、切断形状が複雑である場合にも、切断を行いやすい。
【0035】
切断手段が、プラズマ切断トーチであり、対象部の端縁の一部位である始端縁を始点として、対象部の面に沿って切断手段を移動させながら、対象部の切断を行う際に、始端縁の外側に切断手段を配置して切断手段からプラズマアークを出射した状態で、始端縁に向かって切断手段を移動させ、切断手段と被切断物の間に流れる電流値が上がり始めると、切断手段の移動速度を上げる場合には、始端縁において切断を開始した当初から、安定した条件で切断を行うことができる。また、プラズマ切断トーチの電極を不要な消耗から保護しやすい。
【0036】
切断手段が、プラズマ切断トーチであり、対象部の面に沿って切断手段を移動させながら、対象部の端縁の一部位である終端縁を終点として、対象部の切断を行う際に、切断手段による切断が終端縁に達した後、切断手段と被切断物の間に流れる電流値が下がり始めると、該電流値がゼロになる前に、切断手段からのプラズマアークの出射を停止する場合には、終端縁にて切断を終了する時点まで、安定した条件で切断を行うことができる。
【0037】
対象部を切断手段によって切断する際に、対象部および待機部の平滑性が高くなるように、切断手段が被切断物に与える熱のエネルギー密度と、切断手段を被切断物に対して移動させながら被切断物の切断を行う際の切断手段の移動速度と、の少なくとも一方を調整する場合には、切断に伴う影響によって対象部および待機部の平滑性が低下し、切断後の被切断物の品質に影響が及ぶのを、回避しやすい。
【0038】
第一の板状部を対象部とし、第二の板状部を待機部として、第一の板状部の切断を行う第一の工程と、第二の板状部を対象部とし、第一の板状部を待機部として、第二の板状部の切断を行う第二の工程と、のうち、一方の工程を行った後、被切断物の配置を変更し、他方の工程を行う場合には、共通の切断手段を用いて、第一の板状部と第二の板状部の両方の切断を行うことができるので、被切断物において第一の板状部と第二の板状部の両方を所望の形状に切断する加工を簡便に行うことができる。
【0039】
切断手段を複数使用して、共通の保持手段に保持された複数の被切断物を同時に切断する場合には、複数の個体の被切断物に対して、同時に切断を行うことで、効率的に多数の個体に対する切断を実施することができる。
【0040】
被切断物が、板材を断面U字形に曲げ加工してなる曲げ加工部に第一の板状部および第二の板状部を有する1対の金属部材であり、切断手段により、1対の金属部材の曲げ加工部の端縁において、余肉の切断を行った後、1対の金属部材を端縁において相互に突き合わせて固定するものである場合には、曲げ加工部の端縁における余肉の切断を、第一の板状部および第二の板状部への影響が少ない状態で行うことができる。そのようにして得られた高品質な端縁を有する1対の金属部材を相互に突き合わせて、溶接等によって固定することで、突き合わせおよび固定の精度を高めることができる。1対の金属部材に対して余肉の切断を行ってからそれらを突き合わせ、溶接によって固定するという工程を経て製造される製品の代表として、車両のディファレンシャルギアを収容するアクスルハウジングを挙げることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
図1】本発明の一実施形態にかかる切断装置の構成を説明する図であり、(a)は正面図、(b)は側面図である。いずれも、切断を行っている状態を示している。
図2】上記切断装置の構成を説明する側面図である。切断を行っていない状態を示しており、図1とは保持治具の回転状態が異なっている。
図3】上記切断装置において、保持治具で1対のアクスルハウジング本体材を保持した状態を示す図であり、(a)は斜視図、(b)は平面図である。
図4】本発明の一実施形態にかかる切断方法を説明する図であり、切断を行っている部位の近傍の状態を示す側面図である。
図5】上記切断方法を説明する図であり、(a)は切断前の状態、(b)は切断後の状態を示している。
図6】1対の本体材を同時に切断している状態を示す図である。
図7】上記切断装置におけるシール部を示す分解斜視図である。
図8】上記シール部を示す拡大断面図である。保持治具の中心軸の回転中心を含む、鉛直方向に平行な切断面を示している。
図9】実施例において変形の指標として計測される各パラメータを説明する図である。
図10】実施例における上面および下面の平滑性の評価を説明する図である。
図11】エネルギー密度および切断速度と切断条件の良否の関係を示す図である。
図12】大気中でのプラズマ切断について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0042】
以下、本発明の一実施形態にかかる切断装置および切断方法について、図面を参照しながら詳細に説明する。
【0043】
[被切断物の例]
最初に、本発明の一実施形態にかかる切断装置および切断方法において切断の対象とする被切断物(ワーク)について説明する。
【0044】
切断の対象とするワークは、金属材料よりなっており、板状の構造を有する部位として、第一の板状部と第二の板状部を備えている。第一の板状部と第二の板状部は、相互に離間して対向している。第一の板状部と第二の板状部は、相互の面を略平行にして対向していても、相互の面の間に角度を有していてもよく、一方(例えば第一の板状部)の面を略水平に配置した際に、その面(第一の板状部)の切断を予定している部位の下方に、他方(第二の板状部)の面が存在するものであればよい。
【0045】
第一の板状部と第二の板状部は、相互に離間していれば、どのように連結されていてもよい。例えば、第一の板状部と第二の板状部が相互の端縁において連結されている形態、つまり、ワークが、U字形(コの字形)の断面を有する形態を挙げることができる。
【0046】
好適なワークの一例として、アクスルハウジングを構成する金属部材である本体材を挙げることができる。アクスルハウジングは、トラック等の大型車両の後車軸部等に組み付けられ、車軸およびディファレンシャルギア等を収容する。アクスルハウジングの本体部分は、図6等に示すような相互に略対称な形状を有する1対の本体材90,90よりなっている。
【0047】
1対の本体材90はそれぞれ、一体に形成された胴部90aと筒状部90b,90bを有している。胴部90aは、鋼板が半筒形(断面略U字形)に曲げられ、略半円環状に膨出形成されたものである。筒状部90b,90bは、胴部90aの両端部に一体形成されており、胴部90aと同様に鋼板が半筒状に曲げられ、半角筒形状を基本としてなっている。ここで、胴部90aおよび筒状部90b,90bを構成する上下に対向した上面91および下面92が、切断時における上記第一の板状部および第二の板状部となる。
【0048】
1対の本体材90はそれぞれ、鋼板をプレス成形によって曲げ加工して製造することができる。そして、曲げ加工部の端縁である上面91および下面92の長手方向端縁91a,92aに対して、本発明の一実施形態にかかる切断方法によって余肉の切断を行う。その後、切断によって得られた新生長手方向端縁91d,92dにおいて、1対の本体材90,90を相互に突き合わせて、その突き合わせ部を溶接することによって、相互に固定する。このようにして、略円環状の胴部と略角筒状の筒状部を有するアクスルハウジングの本体部分が製造される。さらに、付属部品の取り付け等を行って、製品としてのアクスルハウジングを完成させることができる。
【0049】
[切断装置の構成]
次に、図1~3を参照しながら、本発明の一実施形態にかかる切断装置について説明する。
【0050】
図1,2に、本発明の一実施形態にかかる切断装置1の概略を示す。切断装置1は、切断手段としてのプラズマ切断トーチ10と、駆動手段としての数値制御(NC)装置20と、保持手段としての保持治具30と、液体貯留手段としての水槽40と、搬送手段としてのコンベア50と、回転駆動部60と、を有している。ここで、図1では、プラズマ切断トーチ10による切断を行っている状態を示している。図2では、切断を行っていない状態を示しており、保持治具30の回転状態が図1(a)とは異なっている。
【0051】
プラズマ切断トーチ10は、プラズマアークAを出射し、そのプラズマアークAの熱によって板状の金属材料を切断することができる。好ましくは、種々の金属材料に適用でき、板厚10mmを超えるような厚い金属材料でも高速で切断することができるように、酸素を動作ガスとするものを用いるとよい。酸素を動作ガスとして用いる場合に、動作ガスは、酸素のみよりなっても、酸素を主成分とする混合ガスよりなってもよい。また、適宜、空気等をアシストガスとして用いてもよい。本実施形態にかかる切断装置1は、プラズマ切断トーチ10を2本備えている。
【0052】
NC装置20は、2本それぞれのプラズマ切断トーチ10を保持し、運動D1を与えることで、ワーク(ここではアクスルハウジング本体材90)の切断対象面の上方で、切断対象面に沿って、プラズマ切断トーチ10を移動させる。制御部(不図示)による数値制御に従って、所望の形状へのワークの切断を達成することができる。
【0053】
保持治具30は、水槽40の中で、ワークを保持し、プラズマ切断トーチ10によって切断可能な位置でワークを保持するものである。ここでは、保持治具30は、図3等に示すように、ワークとしてのアクスルハウジング本体材90,90を2つ同時に、略鏡面対称な配置で保持することができる。ワークの保持は、どのような方法によって行ってもよいが、把持具(不図示)を用いて、本体材90の長手方向両端部を保持治具30と把持具の間に挟み込み、適宜エアシリンダ等を用いて把持具を保持治具30に押し付けることで、本体材90を強固に保持することができる。
【0054】
さらに、保持治具30は、保持した本体材90の配置を変更することができる。つまり、本体材90を保持した状態で、中心軸(軸部)31を180°回転させる運動D2を行うことができ、図1のように、上面91(第一の板状部)を上方に向け、プラズマ切断トーチ10に対向させた第一の配置と、反対の下面92(第二の板状部)を上方に向け、プラズマ切断トーチ10に対向させた第二の配置との間を、遷移させることができる。遷移の中間の状態が、図2に示した回転状態に当たる。保持治具30は、本体材90の配置の変更以外の動作も行うことができ、例えば、水槽40の中における本体材90の位置を調整することや、切断対象となる本体材90の交換を行うことが可能である。保持治具30の回転は、中心軸31に取り付けられた回転駆動部60によって駆動される。
【0055】
水槽40は、液体冷媒としての水Wを貯留することができる。プラズマ切断トーチ10での切断を行う間、水位は、図1,2,4に示すように、本体材90の上面91および下面92のうち一方の面(待機部)は水Wの中に配置されるが、他方の面(対象部)は水Wの外に配置されるように、維持される。水槽40には、後に説明する回転駆動部60のベアリング61、カップリング62、サーボモータ63の集合体を収容可能な窪み部42が設けられている。窪み部42の中は、水槽40の外部の空間となっている。
【0056】
コンベア50は、搬送面51が、水槽40の底面に沿って、水中に配置されている。そして、搬送面51は、水槽40の側壁41を乗り越えて、水槽40の外部まで延びている。プラズマ切断トーチ10によって切断、分離された切断片95は、本体材90から水中に分離されて沈降し、コンベア50の搬送面51の上に乗る。コンベア50の搬送面51を水槽40の中から外へと向かわせる運動D3を駆動することで、その切断片95を水槽40の中から外へと搬送し、水槽外へ排出することができる。
【0057】
回転駆動部60は、ベアリング61,64と、カップリング62と、サーボモータ63を含んでいる。図7,8に示すように、保持治具30の中心軸31の端部の一方は、水槽40の側壁の1つ(41a)に設けられた切り欠き部43を通って、側壁41aの外部に突出している。そして、ベアリング61によって、中心軸31が、軸回転可能に支持されている。そして、中心軸31の先端は、カップリング62を介して、サーボモータ63の回転軸に結合されている。ベアリング61、カップリング62、サーボモータ63は、水槽40の窪み部42に収容されることにより、コンベア50の傾斜部と干渉することなく、水槽40の外部の空間に配置されている。
【0058】
中心軸31のもう一方の端部も、同様に、上記側壁41aと対向する側壁41bに設けられた切り欠き部を通って、先端部が側壁41bの外部に突出している。そして、ベアリング64によって、軸回転可能に支持されている。このような回転駆動部60を有することで、アクスルハウジング本体材90,90を保持した保持治具30の軸回転を、サーボモータ63によって、駆動することができる。
【0059】
中心軸31の両端部が水槽40の側壁41a,41bで支持されている部位には、それぞれシール部70が設けられており、中心軸31と側壁41a,41bの間から、水槽40に貯留された水Wが外部に漏出するのを、抑制する役割を果たしている。シール部材70の構成の詳細については、後に説明する。
【0060】
[切断方法]
次に、図1~6を参照しながら、本発明の一実施形態にかかる切断方法について説明する。ここでは、上記で説明した切断装置1を用い、アクスルハウジングの本体材90を切断対象のワークとして、長手方向端縁91a,92aの余肉を切断する場合について扱う。
【0061】
まず、保持治具30によって、1対の本体材90,90を略鏡面対称な配置に保持する。また、水槽40の中に水Wを貯留しておく。そして、保持治具30で保持した各本体材90を水槽40の中に配置する。配置に際し、本体材90の上面91(第一の板状部)および下面92(第二の板状部)は略水平にしておく。
【0062】
この時、図4に詳細に示すように、各本体材90の上面91および下面92のうち、先に余肉の切断を行う方の面(対象部;ここでは上面91)は、水槽40に貯留された水Wの外、つまり水面W1よりも上方に配置しておく。一方、上面91および下面92のうち、先に余肉の切断を行わない方の面(待機部;ここでは下面92)は、水槽40に貯留された水Wの中、つまり水面W1よりも下方に配置しておく。このように、本体材90の上下方向に沿って一部の領域のみ、水中に配置する。上面91の内側面91b、つまり下面92と対向する表面も、水Wに接触しないように、水面W1よりも上方に配置することが好ましい。
【0063】
このように本体材90を配置し、固定した状態で、プラズマ切断トーチ10を用いて、上面91の余肉の切断を行う。図5(a)に示すように、本体材90において切断を行うべき仮想線に従って決定された経路に沿って、NC装置20によってプラズマ切断トーチ10の運動D1を行うことで、切断が実行される。ここで、切断を行うべき仮想線は、長手方向に沿った本体材90の端縁である長手方向端縁91aに沿って、一端から他端まで、つまり、長手方向端縁91aに交差して対向する端縁の一方である始端縁93から他方である終端縁94までにわたって、長手方向端縁91aに沿って、切断すべき余肉が存在する部位の少し内側の位置に、連続線として設定される。そのような仮想線に沿って切断を行うことで、図5(b)のように、本体材90から余肉部を含む切断片95が切り離される。また、切断によって、もとの長手方向端縁91aの内側に、新生長手方向端縁91dが形成され、切断面91cが露出される。本実施形態においては、図6に示すように、2台のNC装置20,20によって、2本のプラズマ切断トーチ10,10の運転および移動が同時に行われ、1対の本体材90,90の切断を同時に行う。
【0064】
一般に、プラズマ切断トーチを用いて金属材料の切断を行う際に、材料の切断に用いるメインアークを発生させる前に、メインアークよりも出力の小さいパイロットアークが用いられる場合がある。本実施形態においては、始端縁93よりも本体材90に対して外側にプラズマ切断トーチ10を配置した状態で、プラズマ切断トーチ10からパイロットアークを出射しておく。この状態から、NC装置20によって、始端縁93に向かってプラズマ切断トーチ10を移動させると、ある程度始端縁93に近づいた位置、例えば始端縁93から5mm程度外側の位置で、プラズマアークAが始端縁93に向かって曲り始める。これに伴い、プラズマ切断トーチ10の電極と本体材90の金属材料との間にメインアークが発生し、両者の間に流れる電流値が上がり始める。この電流値の上昇が検出されるとすぐに、本体材90の上面91に沿ったNC装置20によるプラズマ切断トーチ10の移動速度を上げるように制御する。
【0065】
このように、切断開始時にプラズマ切断トーチ10の移動速度を上げた状態から、続けて、NC装置20によって、プラズマ切断トーチ10を、本体材90の上面91の長手方向端縁91aに沿って、長手方向端縁91aの内側の位置で移動させ、連続的に余肉部の切断を行う。最終的に、切断は、上面91の終端縁94に達する。さらにプラズマ切断トーチ10を終端縁94から本体材90の外側へと移動させることで、本体材90を切り抜け、余肉部を含む切断片95が本体材90から切り離される。本実施形態においては、切断が終端縁94に達し、終端縁94から切り抜けた瞬間も、プラズマ切断トーチ10からプラズマアークAが出射された状態が維持される。その後、切り抜けに伴って、プラズマ切断トーチ10と本体材90の間に流れる電流値が下降を始める。このまま放置すると、やがてプラズマアークAの発生が停止し、電流値がゼロに達することになる。しかし、本実施形態においては、電流値がゼロになるまで自然に放置するのではなく、電流値が下がり始めると、電流値が完全にゼロになる前に、強制的にプラズマ切断トーチ10からのプラズマアークAの出射を停止し、プラズマ切断トーチ10の運転を終了する制御を行う。
【0066】
切断に際し、プラズマ切断トーチ10から出射されるプラズマアークAの強度、つまり、プラズマアークAが本体材90に与える熱のエネルギー密度、そしてプラズマ切断トーチ10をNC装置20によって上面91に沿って移動させる際の移動速度(切断速度)を変化させることで、切断の条件が変化し、切断後に得られる上面91および下面92の品質に影響を与える。そこで、上面91および下面92の平滑性が高くなるように、それらのパラメータの少なくとも一方を調整すればよい。好ましくは、両方のパラメータをそのような指針のもとで調整すればよい。特に、プラズマ切断トーチ10の移動速度の適切な選択が、上面91および下面92の平滑性の向上に高い効果を有する。ここで、上面91の平滑性が高い状態とは、上面91の切断を受けた部位に水Wが接触すること等による荒れや、上面91の切断時に溶融した金属材料が上面91の内側面91bに付着して生じる突起状やドロス状の付着物M2等、上面91における凹凸構造が少ない状態を指す。下面92の平滑性が高い状態とは、熱の影響等による下面92の荒れや、上面91から融け落ちた金属材料が下面92の内側面92bに付着して生じる突起状やドロス状の付着物M2等、下面92における凹凸構造が少ない状態を指す。上記2つのパラメータとして設定した値は、1つの本体材90を切断する間、一定に維持しても、切断の途中で適宜変更してもよい。なお、プラズマアークAのエネルギー密度の変更は、例えば動作ガスの供給量の調整によって行うことができる。
【0067】
始端縁93から終端縁94までの切断が完了すると、本体材90から切り離された余肉部を含む切断片95は、水槽40の中を沈降する。沈降した切断片95が水槽40の底部のコンベア50の搬送面51に達し、搬送面51に乗ると、コンベア50の運動D3により、切断片95が搬送され、水槽40の外へと排出される。なお、この排出の工程は、本体材90の上面91および下面92の切断がそれぞれ完了するごとに行ってもよいし、上面91と下面92の両方の切断が完了してから行ってもよい。さらに、複数対の本体材90の切断が完了してから、適宜まとめて行ってもよい。
【0068】
本体材90の上面91に対する切断が完了すると、保持治具30は、中心軸31を中心とした運動D2により、本体材90を180°反転させる。そして、下面92を、対象部として、水槽40に貯留された水Wの外、つまり水面W1よりも上方に配置する。また、上面91を、待機部として、水槽40に貯留された水Wの中、つまり水面W1よりも下方に配置する。上面91を対象部とする場合と同様に、下面92の内側面92bは、水Wに接触しないように、水面W1よりも上方に配置することが好ましい。なお、図3,6に示すように、1対の本体材90,90を共通の保持治具30によって対称に保持し、中心軸31を中心に180°配置を反転させる場合には、上面91の切断時と、下面92の切断時で、1対の本体材90,90の中心軸31に対する左右の位置が入れ替わる。
【0069】
そして、上面91に対して切断を行ったのと同様にして、下面92に対してプラズマ切断トーチ10を用いて、始端縁93から終端縁94まで長手方向端縁92aに沿った切断を行うことで、新生長手方向端縁92dを得るとともに、余肉部を含む切断片95を切り離す。
【0070】
上面91および下面92に対する切断を完了すると、1対の本体材90,90を保持治具30から取り外す。取り外された1対の本体材90,90は、次に、余肉部を除去された上面91および下面92の新生長手方向端縁91d,92dにおいて、相互に突き合わせられる。そして、その突き合わせ部において溶接されることで、相互に対して固定される。
【0071】
切断を終えた1対の本体材90,90を取り外した後の保持治具30に、適宜、次に切断を行うべき別の1対の本体材90,90を保持させることができる。そして、上記の切断の工程を繰り返すことで、複数対の本体材90,90の切断加工を連続的に行うことができる。
【0072】
アクスルハウジングの本体材90の長手方向端縁91a,92aの切断をプラズマ切断トーチ10を用いて行う際に、対向する上面91と下面92のうち、上面91を切断を行う側である対象部とし、下面92を切断を行わない側である待機部とした場合に(以下、本節において、特記しない限り、上面91と下面92を逆にする場合も同様である)、上面91の直下に下面92が存在する状態で、上面91のプラズマ切断を行うことになる。この際、上面91の切断を行っている部位の下方(裏側)に、プラズマアークAが強く噴出されるので、大気中で切断を行うとすれば、噴出されたプラズマアークAの熱の影響が下面92に及ぼされ、加熱された下面92が溶融、変性、変形、荒れ等を起こす可能性がある。また、上面91から融け落ちた金属材料M1が下面92に向かって噴出されて、図12に示すように、下面92の内側面92bに付着して固化し、付着物M2となる可能性がある。
【0073】
しかし、本実施形態においては、図4に示すように、待機部となる下面92を液体冷媒である水Wの中に配置した状態でプラズマ切断を行うため、下面92が冷却を受けることで、噴出されたプラズマアークAの熱が下面92に影響を与えにくい。また、上面91から融け落ちた金属材料M1が下面92に達する前に水中で冷却されて粒状の固化物M3となることで、下面92の内側面92bに付着するのが抑制される。これらの効果により、上面91の切断を行う際に、切断の影響により、下面92において、変性等の熱の影響や付着物M2による品質の低下が起こりにくい。上面91から融け落ちた金属材料M1は、下面92の内側面92bのみならず、上面91の内側面91bにも付着物M2を形成する場合があるが(図10参照)、上面91の直下に水Wが存在する状態で切断を行うことで、金属材料M1の冷却の効果により、上面91の内側面91bへの付着物M2の形成も抑制することができる。
【0074】
一方、アクスルハウジング本体材90全体、つまり上面91、下面92とも水Wの中に配置して上面91のプラズマ切断を行うとすれば、上面91の切断を受けた部位において、切断直後の高温の金属材が、低温の水Wに直接接触することになる。すると、急冷により、その部位が変性を起こし、硬度が上昇してしまう可能性がある。また、水Wの対流や波動により、上面91の切断面91cが荒らされ、切断面91cの平滑性が低下する可能性がある。これに対し、上面91を水Wの外に配置しておくことで、水Wとの接触によってこれらの事態が生じるのを回避することができる。つまり、上面91において、急冷による硬化や水Wとの接触による切断面91cの荒れを回避することができる。なお、上面91の内側面91bが水Wと接触していても、切断面91cとなる内側面91bより上の部分が水Wの外に配置されていれば、それらの事態をある程度の水準で回避することができる。しかし、上記のように、内側面91bも含めて、上面91を完全に水面W1より上方に配置し、内側面91bも水Wに接触しないようにしておくことで、特に効果的に、切断部の硬化および荒れを回避することができる。特に、上面91の内側面91bから水面W1までの距離が、アクスルハウジング本体材90を構成する金属材の板厚の50~100%となるように、水位を設定しておけば、内側面91bと水面W1の間の空隙の効果により、切断面の91cの平滑化を、下面92bへの付着物の低減とともに、効果的に達成することができる。
【0075】
さらに、アクスルハウジング本体材90の一部を水中に配置して切断を行うことで、水Wによる冷却により、切断に伴う本体材90の変形が抑制されるという効果も得られる。アクスルハウジングの本体材90のように、プレス成形を経て製造される金属部材において、プレス成形時に応力が蓄積されるが、切断に伴う加熱によって、応力解放が起き、金属部材に、厚さ(上面91と下面92の間の距離)の変化、反り、曲がり等の変形が発生する場合がある。しかし、水Wによって冷却しながら切断を行うことで、応力解放による変形を抑制することができる。その結果、切断後の1対の本体材90,90を新生長手方向端縁91d,92dにおいて突き合わせたうえで溶接し、アクスルハウジングを構成する際に、突き合わせおよび溶接を高精度に行うことができる。
【0076】
また、切断を水中で行うことで、切断作業全体の効率や作業環境を高めることができる。まず、プラズマ切断中に発生する粉塵(ヒューム)が大気中に分散せずに水中に溶け込むため、切断の作業性が高くなる。また、切断時に融け落ちた金属材料M1が、急冷されて粒状の固化物M3となり沈殿するので、融け落ちた金属材料M1に由来する廃棄物を、水Wの濾過や吸引等により、比較的簡便に回収することができる。さらに、大気中でのプラズマ切断においては、窒素酸化物(NOx)が多く発生するが、水Wの近くで切断を行うことで、その発生率を低くすることができる。
【0077】
なお、切断手段としてプラズマ切断トーチ10を用いてプラズマ切断を行う形態に限られず、板状の金属材料の一部に熱を与え、その一部の領域において金属材料を切断することができる切断手段を用いた切断方法であれば、他の形態を適用することもできる。他の形態の切断方法としては、ガス切断等、火炎を用いた熱切断法、レーザービームを用いたレーザー切断法等を例示することができる。
【0078】
しかし、プラズマ切断法は、火炎を用いる場合と比較して、高精度の切断を行うことができ、平滑性が高くシャープな切断面91cを得ることができる。また、高速で切断を行うことができる。一方、プラズマ切断法は、レーザー切断法と比較して、簡素で低廉な設備を用いて高精度かつ高速での切断を行うことができる。これらの観点から、プラズマ切断法を用いることが好ましい。
【0079】
特に、動作ガスとして酸素を用いてプラズマ切断を行う場合には、板厚10mmを超えるような厚い金属材料に対しても高速で切断を行うことができる。上記で説明した形態では、切断対象のワークとして、アクスルハウジング本体材90を適用しているが、アクスルハウジング本体材90は、トラック等の車両の構成部材となることから、高い強度が要求される。そのため、7~22mm程度の大きな板厚を有している。酸素を動作ガスとして用いてプラズマ切断を行うことで、このような大きな板厚を有する本体材90の切断を効率的に行うことができる。また、上記のように、長手方向端縁91a,92aの切断を終えた1対の本体材90,90を、新生長手方向端縁91d,92dにおいて相互に突き合わせて、溶接によって固定するが、プラズマ切断によって、形状の精度に優れ、かつ平滑でシャープな切断面(91cおよび対応する下面の切断面)を有する状態で新生長手方向端縁91d,92dを形成しておくことで、突き合わせおよび溶接の精度を高めることができる。その結果、溶接を経て、形状の精度が高く、かつ溶接部の強度の高いアクスルハウジングを得ることができる。
【0080】
上記のように、プラズマ切断法は、火炎を用いた熱切断法やレーザー切断法に比べて利点を有するが、プラズマ切断トーチ10からプラズマアークAが強い力で噴射され、切断を行っている部位の裏側に、プラズマアークAや、溶融した高温の金属材料M1が激しい勢いで噴出されることが多い。特に、酸素を動作ガスとして用いる場合には、プラズマアークAのエネルギー密度が高くなるため、それらの現象が顕著となる。そのため、プラズマ切断法においては、火炎を用いた熱切断法やレーザー切断法に比べて、上面91の切断を行っている間の、下面92への影響が大きくなりがちである。しかし、本実施形態においては、上記のように、下面92を水中に配置した状態で上面91の切断を行っており、水Wの冷却効果により、プラズマ切断時に発生しうるそれら下面92への影響を、効果的に抑えることができる。
【0081】
上記実施形態においては、ワークであるアクスルハウジング本体材90を固定した状態で、NC装置20を用いて、プラズマ切断トーチ10を本体材90に対して自動的に移動させて、長手方向端縁91a,92aの全域に沿って切断を行っている。このような形態に限られず、プラズマ切断トーチ10を手動で移動させる形態や、逆にプラズマ切断トーチ10に対してワークを移動させる形態としてもよい。しかし、プラズマ切断トーチ10の方を移動させることで、アクスルハウジング本体材90のように大型のワークに対しても、また、その長手方向端縁91a,92aのように、長い領域にわたる切断、また比較的複雑な形状への切断にも、適用が容易となる。特に、NC装置20を用いてプラズマ切断トーチ10の位置を制御することで、高精度で切断を行うことができる。
【0082】
この場合に、後の実施例において示すように、プラズマ切断トーチ10から出射されるプラズマアークAのエネルギー密度とともに、プラズマ切断トーチ10の移動速度を適切に調整することで、切断を受ける上面91および水中で待機する下面92の両方の平滑性を高めることができる。その結果、得られる製品において、製品を構成する面の平滑性や加工形状の精度等の品質を高めることが可能となる。
【0083】
アクスルハウジング本体材90において、始端縁93から終端縁94まで連続的に切断を行い、余肉部を含む切断片95を分離する上記の形態のように、ワークの端縁の一部位から他の一部位まで連続的に切断を行う場合に、切断初期の切り込みから切断終期の切り抜けまで、安定して切断を継続する必要がある。通常、プラズマ切断において、金属材の面内の部位から切断を開始する場合には、パイロットアークを用いて貫通孔を形成するピアシングを行い、それを起点として切断を開始することが多い。しかし、金属材の面の端部である始端縁93を起点として切断を開始する場合には、金属材が存在しない部位から金属材が存在する部位に切り込む必要があり、ピアシングを起点として安定に切断を開始することは困難である。このような困難な条件で切断を安定に開始するために、上記のように、本体材90の外側でパイロットアークを出射しながら低速でプラズマ切断トーチ10を移動させ始める。そして、本体材90に十分に近づいたパイロットアークがメインアークに切り替わり、電流値の上昇が検出された直後に、プラズマ切断トーチ10の移動速度を上げる制御を行うことで、切断開始当初から、安定した条件で切断を行うことができる。また、パイロットアークを適切に利用することで、切り込みが開始される前に、プラズマ切断トーチ10の電極が不要に消耗されるのを抑えることができる。
【0084】
一方、切断終期において、切断が終端縁94に達した後、プラズマ切断トーチ10と本体材90の間に流れる電流値が下がり始めた際に、その電流値が完全にゼロになる前にプラズマ切断トーチ10からのプラズマアークAの出射を停止することで、切断を安定に終了することができる。プラズマ切断トーチとして、電流値が徐々に降下してゼロあるいはその近傍に達すると異常として検知する形態のものが用いられることが多いが、このような場合に、電流値の下降によって異常が発生したと検知されて緊急停止等の措置が取られるのを回避し、終端縁94から切り抜けた後に安定にプラズマ切断トーチ10の運転を停止し、切断を終了することができる。プラズマ切断トーチ10の運転を停止する際の具体的な電流値は、異常が発生したと検知される閾値よりも高い値に定めておけばよい。
【0085】
上記実施形態においては、切断装置1が、1対の本体材90,90を保持することができる保持治具30と、1対のプラズマ切断トーチ10,10を備え、1対の本体材90,90の切断を同時に行うことができる。このように、複数の切断手段によって、共通の保持手段に保持された複数のワークを同時に切断できるように構成することで、一度に1つのワークのみを切断する場合と比較して、多数のワーク個体の切断を効率的に進めることができる。特に、アクスルハウジング本体材90のように1対のワークで1つの製品を構成する場合には、1対の切断を同時に行うことで、共通の原料から1対のワークを製造する工程や、切断後の1対のワークを接合する工程等、前後の工程との連続性も確保しやすくなる。
【0086】
また、上記実施形態の保持治具30のように、ワークの配置を変更可能な保持手段を用いて、ワークの配置の変更を挟んで、第一の板状部91を対象部とし、第二の板状部92を待機部として第一の板状部91の切断加工を行う第一の工程と、第二の板状部92を対象部とし、第一の板状部91を待機部として第二の板状部92の切断加工を行う第二の工程とを、連続して順次行えるように構成しておけば、第一の板状部91と第二の板状部92の両方に対して切断を行う加工を、効率的に進めることができる。特に、アクスルハウジング本体材90の上面91と下面92のように、略同一の形状を有する2つの板状部に対して、同形状への切断を行う場合には、基本的に同じ工程を繰り返すことで両面の切断を行えるので、簡素な装置構成および制御形態を用いて、効率の高い切断加工を実施することができる。
【0087】
[水槽側壁における保持治具の支持と水漏れの防止]
ここで、切断装置1において、水槽40の側壁41a,41bにおいて、保持治具30の中心軸31を支持する支持部の構成について、また、その支持部から、水槽40に貯留された水Wが漏出するのを防止するためのシール部70の構成について、説明する。図7,8に、側壁41aに設けられた支持部、およびシール部70の構成を示す。ここでは、中心軸31の両端部うち、サーボモータ63等が設けられる側の端部を側壁41aで支持し、その支持部にシール部70を設ける形態を扱うが、中心軸31の反対側の端部を側壁41bで支持する部位に対しても、同様の支持部およびシール部70の構成を適用することができる。
【0088】
水槽40の側壁41aには、保持治具30の中心軸31を支持するための切り欠き部43が設けられている。切り欠き部43は、側壁41aを構成する板材を略矩形に除去した領域よりなっている。切り欠き部43は、上端に開口部43aを有しており、側壁41aの上端縁41a1において開口している。開口部43aを含め、切り欠き部43の幅(側壁41aの上端縁41a1に沿った方向の寸法)および深さ(水槽40の高さ方向に沿った寸法)は、保持治具30の中心軸31の外径よりも、余裕をもって大きく設定されており、中心軸31を切り欠き部43に貫通させて収容することができる。また、中心軸31は、開口部43aを介して、切り欠き部43に出入り可能となっている。
【0089】
保持治具30が水槽40に取り付けられている状態において、中心軸31は、切り欠き部43を貫通した状態で、切り欠き部43の中に収容されている。中心軸31の先端部は、切り欠き部43から、側壁41aの外側に突出した状態となる。その先端部は、ベアリング61を介して、軸回転可能に、側壁41aに支持されることになる。
【0090】
側壁41aの外側面41a2には、切り欠き部43の外周に、取り付けベース44が固定されている。取り付けベース44は、後に説明するシール部70のゴム板パッキン71およびパッキンケース72を固定するための台座となるものであり、上端側が開口したコの字の形状を有している。そして、ゴム板パッキン71およびパッキンケース72を固定するための複数の固定用ネジ穴44aを有している。取り付けベース44は、例えば、コの字型の板材を側壁41aの外側面41a2に溶接することで、設置することができる。
【0091】
シール部70は、切り欠き部43を通って側壁41aの外に突出した中心軸31の先端側に設けられ、側壁41aとベアリング61の間で、切り欠き部43からの水漏れを防止する役割を果たす。シール部70は、側壁41a側に取り付けられる部材から順に、ゴム板パッキン71と、パッキンケース72と、3本のグランドパッキン73,74,75と、パッキン押さえ76を有している。
【0092】
ゴム板パッキン71は、パッキンケース72と水槽側壁41aの取り付けベース44の間から、水Wが漏出するのを、防止するためのものであり、ゴム板より形成されている。ゴム板パッキン71は、取り付けベース44と略同一の、上端側が開口したコの字の形状を有している。そして、取り付けベース44の固定用ネジ穴44aに対応する位置に、固定用貫通孔71aを有している。
【0093】
パッキンケース72は、グランドパッキン73,74,75を収容して、保持治具30の中心軸31に対して位置決めするものである。パッキンケース72は、有底円筒状のパッキン収容部72aと、パッキン収容部72aの開口部の外縁を囲んで設けられたフランジ部72bとを、一体に有している。パッキン収容部72aの内径は、環形状としたグランドパッキン73,74,75を収容できるように設定されている。また、パッキン収容部72aの底部72a1には、保持治具30の中心軸31を挿通可能な貫通孔として、軸挿通孔72cが設けられている。フランジ部72bは、略正方形の外形を有しており、外縁近傍には、取り付けベース44の固定用ネジ穴44aおよびゴム板パッキン71の固定用貫通孔71aと対応する位置に、固定用貫通孔72dが設けられている。またパッキン収容部72aの端縁を囲んで、複数の押さえ用ネジ穴72eが設けられている。
【0094】
グランドパッキン73,74,75は、保持治具30の中心軸31と側壁41aの間から、水槽40の水Wが漏出するのを抑制するシール部材として、機能する。グランドパッキン73,74,75は、紐状材料、つまり可撓性を有する長尺状の部材として構成されており、その長さは、保持治具30の中心軸31の外周に沿わせて、1周にわたって中心軸31を環状に取り囲んだ際に、余剰なく、また、ほぼ不足なく、両端縁が突き合せられるようになっている。グランドパッキン73,74,75は、ここでは3本用いているが、その数は特に限定されるものではない。また、グランドパッキン73,74,75を構成する材料も、特に限定されるものではないが、繊維材料よりなる編組体に、黒鉛を分散させた油等の潤滑剤を含浸させたものを例示することができる。そのようなグランドパッキンの構成材料は、例えば特開2003-97719号公報に開示されている。
【0095】
パッキン押さえ76は、環状体が、その周方向に複数に分割されたものよりなっている。ここでは、環状体が2つに分割された、2つの半割れ体76a,76aよりなっている。各半割れ体76aは、小径の円環を2分割した形状を有する押さえ部76bと、押さえ部76bよりも外周の径の大きい円環を2分割した形状を有するフランジ部76cと、を一体に有している。押さえ部76bは、パッキンケース72のパッキン収容部72aに進入し、パッキンケース72に収容されたグランドパッキン73,74,75の群に接触して、押圧することができる。フランジ部76cは、パッキンケース72に進入せず、パッキンケース72の面に接触する。フランジ部76cは、パッキンケース72の押さえ用ネジ穴72eに対応する位置に、押さえ用貫通孔76dを有している。
【0096】
水槽40の側壁41aで保持治具30の中心軸31を支持する支持部に、シール部70を設置するに際し、まず、側壁41aから中心軸31を突出させた状態で、ゴム板パッキン71およびパッキンケース72を、取り付けベース44に重なるように配置する。この際、パッキンケース72の軸挿通孔72cを、中心軸31が通るようにする。そして、それぞれの固定用貫通孔71a,72dの位置を、固定用ネジ穴44aに合わせた状態で、固定用ネジ77によって、ゴム板パッキン71およびパッキンケース72を取り付けベース44に固定する。
【0097】
次に、パッキンケース72のパッキン収容部72a内に、グランドパッキン73,74,75を配置する。この際、パッキン収容部72a内には、パッキン収容部72aの軸挿通孔72cに挿通された中心軸31が存在しており、その中心軸31の外周を取り囲んで、グランドパッキン73,74,75を配置する。この際、紐状材料の両端部を突き合わせるようにして、環形状を作りながら、グランドパッキン73,74,75の配置を行う。3本のグランドパッキン73,74,75は、中心軸31の軸方向に沿って層状に並べて配置する。この際、グランドパッキン73,74,75の環形状の切れ目73a,74a,75aの位置、つまり紐状材料の端部に相当する位置を、中心軸31の周に沿って、相互にずらすことが好ましい。図示した形態では、3つの切れ目73a,74a,75aの位置が、約120°ずつ、ずれている。
【0098】
そして、パッキン押さえ76を取り付ける。パッキン押さえ76を構成する各半割れ体76aの押さえ部76bを、パッキンケース72のパッキン収容部72aに進入させる。この際、押さえ用貫通孔76dの位置が、パッキンケース72の押さえ用ネジ穴72eの位置と合うように、半割れ体76aの角度位置を調整しておく。そして、半割れ体76aを側壁41a側に押し付けることで、グランドパッキン73,74,75を押さえ部76bで押圧して圧縮する。この状態で、押さえ用ネジ78によって、半割れ体76aをパッキンケース72に固定する。グランドパッキン73,74,75およびパッキン押さえ76の取り付けは、保持治具30の先端に、サーボモータ63等の回転駆動部60の構成部材を取り付けたままの状態でも、行うことができる。
【0099】
このような構成を有するシール部70においては、パッキンケース72と水槽40の側壁41aの間が、ゴム板パッキン71によってシールされ、パッキンケース72と保持治具30の中心軸31の間が、グランドパッキン73,74,75によってシールされる。それらの結果、水槽40の側壁41aと保持治具30の中心軸31の間がシールされ、水槽40に貯留された水Wが、側壁41aで保持治具30を支持している支持部から漏出するのを、抑制することができる。
【0100】
従来一般に、軸回転する部材の回転軸の外周に配置されるシール部材は、円環形状よりなっており、その場合には、回転軸の先端に何も接続されていない状態で、回転軸の先端側から、円環状のシール部材を抜き挿しする必要がある。これに対し、本実施形態にかかる切断装置1に用いられているグランドパッキン73,74,75のように、紐状のシール部材を使用することで、中心軸の先端側からでなくても、中心軸31の側方から、シール部材の取り外しや取り付けを行うことができる。さらに、パッキン押さえ76も、中心軸31の周方向に複数に分割されていることで、中心軸31の側方から、取り外しや取り付けを行うことができる。よって、ベアリング61やサーボモータ63等、回転駆動部60の構成部材を、中心軸31の先端に取り付けたままの状態で、パッキン押さえ76およびグランドパッキン73,74,75を着脱して、グランドパッキン73,74,75の交換を行うことができる。
【0101】
本実施形態にかかる切断装置1においては、鋼材よりなるアクスルハウジング本体材90,90に対してプラズマ切断を行うため、水槽40に貯留された水Wには、プラズマ切断時に生じるヒュームや金属固化物M3が、溶け込みや分散を起こしている。ヒュームや金属固化物M3は、保持治具30の中心軸31のシールに用いられるシール部材の寿命を低減させやすいため、シール部材を頻繁に交換する必要が生じる。しかし、上記のように、紐状のグランドパッキン73,74,75と分割式のパッキン押さえ76を用い、回転駆動部60を取り付けたまま、グランドパッキン73,74,75の交換を行えるようにすることで、グランドパッキン73,74,75を頻繁に交換する必要が生じたとしても、交換を簡便に完了することができる。また、一旦、ベアリング61やサーボモータ63等、回転駆動部60の構成部材を、中心軸31の先端から取り外して再度取り付けるとすれば、その前後で、水槽40に対する保持治具30の取り付け位置や姿勢が変化しやすく、すると、保持治具30とプラズマ切断トーチ10,10の間の位置合わせにおいて、再現性を確保するのが難しくなる。しかし、回転駆動部60を取り外すことなくグランドパッキン73,74,75を交換できることで、回転駆動部60の取り外しに起因する位置合わせの再現性の問題も、生じにくくなる。
【0102】
本実施形態にかかる切断装置1においては、グランドパッキン73,74,75の交換のみならず、メンテナンス等に伴う、水槽40に対する保持治具30の着脱も、簡便に行うことができる。水槽40に取り付けられた状態にある保持治具30を取り外す必要が生じた際には、パッキン押さえ76およびグランドパッキン73,74,75を取り外すとともに、パッキンケース72とゴム板パッキン71を水槽40の側壁41aに固定している固定用ねじ77を取り外した状態で、保持治具30を持ち上げればよい。中心軸31が、側壁41aに設けられた切り欠き部43に、開口部43aから出入可能となっているので、中心軸31を持ち上げるだけで、水槽40から保持治具30を分離することができる。ベアリング61やサーボモータ63等、回転駆動部60の構成部材も、中心軸31の先端部に取り付けたままでよい。メンテナンス等を終え、保持治具30を再度水槽40に取り付ける際にも、開口部43aから中心軸31を切り欠き部43の中に収容し、ゴム板パッキン71およびパッキンケース72の固定、そしてグランドパッキン73,74,75およびパッキン押さえ76の取り付けを、順次行えばよい。
【0103】
上記のように、グランドパッキン73,74,75の構成材料は特に限定されないが、繊維材料よりなる編組体に潤滑剤を含浸させたものを用いることで、水中のヒュームや金属固化物M3の影響を比較的受けにくく、交換の頻度を抑えることができる。また、保持治具30の軸回転において、高い潤滑性を得ることができる。
【0104】
グランドパッキン73,74,75を、中心軸31の軸方向に沿って複数配置することで、1本のみを用いる場合よりも、高いシール性を発揮することができる。特に、環形状の切れ目73a,74a,75aの位置を、中心軸31の周方向に沿って相互にずらしておくことで、それら切れ目73a,74a,75aを介して、水Wがシール部70の外まで漏出する可能性を、低く抑えることができる。
【実施例
【0105】
以下に本発明の実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【0106】
[1]切断に伴う変形の評価
プラズマ切断時の加熱に伴う応力解放によりワークに発生する変形の程度を、評価した。
【0107】
[試験方法]
図9に示すように、アクスルハウジング本体材をプレス成形によって準備し、プラズマ切断法により、その長手方向端縁の余肉部の切断を行った。本体材を構成する鋼材の板厚は7mmであった。
【0108】
プラズマ切断は、大気中、半水中、全水中の3つの条件において行った。大気中で切断を行う場合には、本体材をすのこ状の台の上に載置した状態で、切断を行った。半水中、全水中で切断を行う場合には、水を貯留した水槽の中に本体材を保持した状態で、切断を行った。半水中の場合には、本体材が上面と下面の間の中央の位置まで水中に存在するようにした。全水中の場合には、上面の内側面が水面に接触するように、つまり、下面が水中に存在し、上面が内側面で水面に接触した状態で水の外に存在するようにした。
【0109】
切断には、酸素を動作ガスとするプラズマ切断トーチ(コマツ製)を用いた。切断の条件は、出力200A、ノズル径φ2.2mm、切断速度(トーチの移動速度)3m/分、切断時トーチ高さ4~5mmとした。
【0110】
切断を行う前後で、本体材の幅、反り、曲がりの各パラメータを計測した。図9に示すように、幅P1は、本体材の上面の外側面と下面の外側面との間の距離として、ノギスで測定した。測定はアクスルハウジングの上面および下面の複数の点において行い、設計値寸法からの変位量の最大値を記録した。反りP2は、板材の面の平面からのずれとして、三次元測定機を用いて計測した。この際、アクスルハウジングの長手方向xの中央の位置を基準とし、上面および下面の複数の点における変位量の最大値を記録した。曲がりP3は、本体材の長手方向xに沿った直線形状からのずれとして、ハイトゲージを用いて測定した。この際長手方向両端を結ぶ直線を基準として、上面および下面の複数の点における変位量の最大値と、長手方向端縁の傾き角を、切断後に計測し、記録した。
【0111】
[結果]
表1に、大気中、半水中、全水中の各条件に対して、幅、反り、曲がりの各変位量の測定結果をまとめる。
【0112】
【表1】
【0113】
表1において、幅および反りの切断前後での変化量、切断後の曲げの測定値を各条件の間で比較すると、いずれのパラメータについても、大気中で切断を行う場合よりも、半水中や全水中で切断を行う場合において、値が小さくなっている。このことは、ワークの少なくとも一部を水中に配置して切断を行うことで、冷却の効果により、切断時の熱の影響による変形を軽減できることを示している。
【0114】
また、半水中で切断を行った場合の各パラメータの値は、全水中で切断を行った場合と比較して、同程度か、それよりも小さくなっている。このことは、冷却による変形防止の効果を得るのに、ワーク全体が水中に配置されている必要はなく、半分程度が水中に配置されているだけで、十分にその効果を達成できることを示している。
【0115】
[2]プラズマ切断条件の影響の評価
プラズマ切断の条件、プラズマ切断トーチから出射されるプラズマアークのエネルギー密度および切断速度(プラズマ切断トーチを移動させる速度)の調整が、切断後における対象部および待機部の状態に与える影響を調査した。
【0116】
[試験方法]
上記[1]の試験の半水中に対応する条件で、切断試験を行った。この際、酸素ガスの流量を変化させることで、プラズマアークのエネルギー密度を様々に変化させるとともに、切断速度も様々に変化させた。プラズマアークのノズル径は、φ2.5mmとφ3.0mmの2通りとした。
【0117】
切断後の本体材に対して、上面および下面の品質の評価を行った。上面および下面において、内側面にドロス状または突起状の付着物が形成されていないか、あるいはそれらが形成されていても、作業者が手で除去できる程度の弱い力でしか付着していない場合を、良好と判定した。一方、付着物が、手で容易に除去できない程度の強い力で付着している場合には、不良と判定した。図10の例では、上面については、容易に除去できない突起状の付着物M2が形成されており、不良と判定されるが、下面については、付着物が確認されず、良好と判定される。上面と下面の両方を良好と判定できる場合に、切断条件良好と判断し、上面と下面のいずれか一方でも不良と判定される場合には、切断条件不良と判断した。
【0118】
図11に、切断速度を横軸、エネルギー密度を縦軸として、各組み合わせにおいて、切断条件良好と判断された場合を「○」(ノズル径φ2.5mm)および「●」(ノズル径φ3.0mm)で示すとともに、切断条件不良と判断された場合を「×」で示す。結果を見ると、破線で囲んで示すように、エネルギー密度41~56A/mm程度の領域に、切断条件良好となっている点が集まっている。この結果は、エネルギー密度および切断速度を適切に調整することで、対象部となる上面および待機部となる下面の両方において、付着物が少なく平滑性の高い良好な仕上がり品質を得られることを示している。
【0119】
以上、本発明の実施形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0120】
1 切断装置
10 プラズマ切断トーチ(切断手段)
20 NC装置
30 保持治具(保持手段)
31 中心軸(軸部)
40 水槽(液体冷媒貯留手段)
41(41a,41b) 側壁
43 切り欠き部
44 取り付けベース
50 コンベア(搬送手段)
60 回転駆動部
61,64 ベアリング
62 カップリング
63 サーボモータ
70 シール部
71 ゴム板パッキン
72 パッキンケース
73,74,75 グランドパッキン(シール部材)
76 パッキン押さえ(押さえ部材)
90 (アクスルハウジング)本体材
91 上面(第一の板状部)
92 下面(第二の板状部)
91a,92a 長手方向端縁
91b,92b 内側面
91c 切断面
91d,92d 新生長手方向端縁
93 始端縁
94 終端縁
95 切断片
A プラズマアーク
M1 融け落ちた金属材料
M2 付着物
M3 粒状の固化物
W 水(液体冷媒)
W1 水面
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12