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特許7052967β-1,6-グルカナーゼ変異体とβ-1,6-グルカンの測定方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-04
(45)【発行日】2022-04-12
(54)【発明の名称】β-1,6-グルカナーゼ変異体とβ-1,6-グルカンの測定方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/24 20060101AFI20220405BHJP
   C12Q 1/00 20060101ALI20220405BHJP
   C12Q 1/34 20060101ALI20220405BHJP
   C12N 11/00 20060101ALI20220405BHJP
   C12N 15/56 20060101ALN20220405BHJP
   C12N 15/31 20060101ALN20220405BHJP
   C12M 1/40 20060101ALN20220405BHJP
【FI】
C12N9/24 ZNA
C12Q1/00 C
C12Q1/34
C12N11/00
C12N15/56
C12N15/31
C12M1/40 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019518750
(86)(22)【出願日】2018-05-11
(86)【国際出願番号】 JP2018018346
(87)【国際公開番号】W WO2018212095
(87)【国際公開日】2018-11-22
【審査請求日】2020-07-22
(31)【優先権主張番号】P 2017097613
(32)【優先日】2017-05-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】500091117
【氏名又は名称】東栄新薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100093230
【弁理士】
【氏名又は名称】西澤 利夫
(74)【代理人】
【識別番号】100218062
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 悠樹
(72)【発明者】
【氏名】山中 大輔
(72)【発明者】
【氏名】大野 尚仁
(72)【発明者】
【氏名】元井 益郎
(72)【発明者】
【氏名】元井 章智
【審査官】藤澤 雅樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-041957(JP,A)
【文献】特開2008-273916(JP,A)
【文献】国際公開第2010/107068(WO,A1)
【文献】特開2003-149247(JP,A)
【文献】J. Biol. Chem. (2017) Vol.292, No.25, pp.10639-10650
【文献】FEBS Letters (2010) Vol.584, pp.4435-4441
【文献】Database UniProt [online], Accession No. Q8A2J3, <http://www.uniprot.org/uniprot/Q8A2J3> 2003.06.01 uploaded, [retrieved on 2018.06.20], Protein Submitted name: Glucosylceramidase, Gene BT_3312
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 9/24
C12N 11/00
C12Q 1/00
C12Q 1/34
G01N 33/579
C12N 15/56
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
UniProt/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、かつ、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、
Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinulaedodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianumのうちのいずれかに由来し、
配列番号1の第321番Glu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸であるアミノ酸残基Xに置換されている変異を含むことを特徴とするβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321X。
【請求項2】
β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、かつ、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、
Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinulaedodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianumのうちのいずれかに由来し、
配列番号1の第225番と第321番のGlu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸であるアミノ酸残基Xに置換されている変異を含むことを特徴とするβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321X。
【請求項3】
β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xまたはβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xと結合したβ-1,6-グルカンを測定するβ-1,6-グルカンの測定方法であって
前記β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xは、β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、かつ、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、
Bacteroides thetaiotaomicron, Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinulaedodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianumのうちのいずれかに由来し、
配列番号1の第321番Glu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸であるアミノ酸残基Xに置換されている変異を含む変異体であり、
前記β-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xは、β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、かつ、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、
Bacteroides thetaiotaomicron, Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinulaedodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianumのうちのいずれかに由来し、
配列番号1の第225番と第321番のGlu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸であるアミノ酸残基Xに置換されている変異を含む変異体
であることを特徴とするβ-1,6-グルカンの測定方法。
【請求項4】
β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xまたはβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xを含むβ-1,6-グルカン測定試薬であって、
前記β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xは、β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、かつ、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、
Bacteroides thetaiotaomicron, Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinulaedodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianumのうちのいずれかに由来し、
配列番号1の第321番Glu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸であるアミノ酸残基Xに置換されている変異を含む変異体であり、
前記β-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xは、β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、かつ、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、
Bacteroides thetaiotaomicron, Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinulaedodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianumのうちのいずれかに由来し、
配列番号1の第225番と第321番のGlu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸であるアミノ酸残基Xに置換されている変異を含む変異体
であることを特徴とするβ-1,6-グルカン測定試薬。
【請求項5】
β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xに標識物質を付加した標識化変異体E321Xまたはβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xに標識物質を付加した標識化変異体E225X/E321Xを含むβ-1,6-グルカン測定試薬であって、
前記β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xは、β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、かつ、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、
Bacteroides thetaiotaomicron, Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinulaedodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianumのうちのいずれかに由来し、
配列番号1の第321番Glu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸であるアミノ酸残基Xに置換されている変異を含む変異体であり、
前記β-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xは、β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、かつ、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、
Bacteroides thetaiotaomicron, Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinulaedodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianumのうちのいずれかに由来し、
配列番号1の第225番と第321番のGlu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるいずれかのアミノ酸であるアミノ酸残基Xに置換されている変異を含む変異体
であることを特徴とするβ-1,6-グルカン測定試薬。
【請求項6】
請求項4に記載の試薬と、請求項5に記載の試薬を含むβ-1,6-グルカン測定キット。
【請求項7】
前記β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xおよび/またはE225X/E321Xが不溶性担体に固定化されている請求項6のβ-1,6-グルカン測定キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、β-1,6-グルカンの切断活性を持たず、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有するβ-1,6-グルカナーゼ変異体と、このβ-1,6-グルカナーゼ変異体を用いたβ-1,6-グルカンの測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
β-グルカンは真菌細胞壁を構成する主要な構成多糖であり、グルコースがβ-(1→3)結合で連結した多糖であるβ-1,3-グルカンと、β-(1→6)結合で構成されるβ-1,6-グルカンに大別される。β-1,3-グルカンは哺乳動物細胞膜状のDectin-1によって認識され、自然免疫応答を引き起こし、病原体である真菌の排除が促される。また昆虫の体内においてβ-1,3-グルカンはβ-グルカン認識タンパク質(βGRP)によって認識され、後に続くフェノールオキシダーゼの作用により真菌の排除が促進される。このように、真菌細胞壁に露出するβ-1,3-グルカンは、宿主の免疫応答を開始するための重要な因子である。
【0003】
さらに、β-1,3-グルカンの認識システムは医療現場において応用されている。カブトガニに由来するβ-1,3-グルカン応答タンパク質であるリムルスG因子は、ヒト血中β-1,3-グルカンを検出する体外診断用医薬品として利用されている(LAL法)。β-1,3-グルカンの高値は真菌感染症の可能性を示唆している。現在、臨床では発色合成基質法(ファンギテックGテスト MKIIニッスイ:カットオフ20 pg/mL)(β-グルカンテストマルハ:カットオフ11 pg/mL )、比濁時間分析法(β-グルカンテストワコー:カットオフ11 pg/mL)が主に利用されている。また、カブトガニ血球成分のG因子αサブユニットに由来するβ-グルカン結合蛋白質とこれを利用したβ-グルカン測定方法として特許文献1が知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開PCT/JP2010/054568号パンフレット
【文献】特開2003-149247号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】Uchiyama M, et. al., FEMS Immunol Med Microbiol. 1999 Jul 15;24(4):411-20.
【文献】St John FJ, et. al., FEBS Lett. 2010 Nov 5;584(21):4435-41.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
真菌の細胞壁にはβ-1,3-グルカンのみならず、β-1,6-グルカンも多量に存在しており、真菌類の増殖時には外部環境にβ-1,6-グルカンが多量に放出される。β-1,6-グルカンは健常人の体内には存在せず、β-1,3-グルカンと同様に真菌増殖の指標となる可能性がある。また、現行のLAL試験によって検出するβ-1,3-グルカンは、一部の植物細胞壁中にも含まれており、セルロースを原料とする透析膜などを使用した透析患者や医療用ガーゼを使用した患者などではLAL試験の偽陽性がしばしば問題となる。一方、β-1,6-グルカンは植物細胞壁中には含まれておらず、偽陽性が生じにくい指標となると予想できる。Candida albicansなど、菌種によっては菌体外多糖におけるβ-1,3-/β-1,6-グルカン比は、β-1,6-グルカンの方が多いものも存在する(非特許文献1)。また、真菌にはその細胞壁を構成する多糖がβ-1,6-グルカンのみ、あるいはβ-1,3-グルカンをほとんど含まないもの(例えば、下記の表1に示したようなPustulan、Islandicanなど)が存在するため、真菌感染症の診断にあたっては、β-1,3-グルカンを指標とするLAL試験のみならずβ-1,6-グルカンの検出も併せて行うことが好ましい。しかしながら、β-1,6-グルカンに特異的に反応する凝固系因子は存在せず、従って、β-1,6-グルカンを標的とする真菌感染診断は不可能であった。
【0007】
本願は、このような事情に鑑みてなされたものであって、β-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有する新規物質と、この物質を用いたβ-1,6-グルカン測定方法を提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、β-1,6-グルカン分解酵素であるβ-1,6-グルカナーゼの酵素触媒領域に存在するアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換したβ-1,6-グルカナーゼ変異体を作成し、特定のアミノ酸残基を置換した変異体がβ-1,6-グルカンの切断活性を持たず、しかもβ-1,6-グルカンに対する特異的結合活性を有することを見出し、本願発明を完成させた。さらに、発明者らはこのβ-1,6-グルカナーゼ変異体に標識物質を付加した標識化変異体によって、真菌の菌体外多糖(糖-タンパク質複合体)を認識しやすくさせ、短時間のうちに真菌由来多糖を検出させる測定系を完成させた。
【0009】
なお、酵素の活性触媒領域に存在するアミノ酸残基を他のアミノ酸残基に置換し、その触媒活性を消失または低下させ、かつ基質結合性を維持させた変異酵素としては、例えば特許文献2のコレステロール酸化酵素変異体が知られている。また、β-1,6-グルカナーゼを含むGlycoside Hydrolase Family 30については、その触媒活性領域を構成するアミノ酸残基が知られている(非特許文献2)。しかしながら実際の変異体作成では、後記の実施例にも示したように、公知のβ-1,6-グルカナーゼ分解活性領域のアミノ酸残基を置換してその分解活性を消失または低下させたとしても、β-1,6-グルカン結合性が好ましい状態で維持されない場合がある。従って、特許文献2や非特許文献2が公知であっても、目的とするβ-1,6-グルカナーゼ変異体を得るためには、試行錯誤を伴う鋭意の研究開発活動を必要とする。
【0010】
本願は、発明者らによるこのような新規知見に基づき、前記の課題を解決するものとして以下の発明を提供する。
(1)β-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、配列番号1の第321番Glu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、 Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるアミノ酸残基Xに置換されていることを特徴とするβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321X。
(2)β-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、配列番号1の第225番と第321番のGlu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、 Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるアミノ酸残基Xに置換されていることを特徴とするβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321X。
(3)前記発明(1)に記載のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xまたは請求項2に記載のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xと結合したβ-1,6-グルカンを測定することを特徴とするβ-1,6-グルカンの測定方法。
(4)前記発明(1)に記載のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xまたは請求項2に記載のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xを含むβ-1,6-グルカン測定試薬。
(5)前記発明(1)に記載のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xに標識物質を付加した標識化変異体E321Xまたは請求項2に記載のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xに標識物質を付加した標識化変異体E225X/E321Xを含むβ-1,6-グルカン測定試薬。
(6)前記発明(4)に記載の試薬と、前記発明(5)に記載の試薬を含むβ-1,6-グルカン測定キット。
(7)β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xおよび/またはE225X/E321Xが不溶性担体に固定化されている前記発明(6)のβ-1,6-グルカン測定キット。
【発明の効果】
【0011】
本願発明によって、従来は不可能であったβ-1,6-グルカンの迅速高感度測定が可能となり、真菌感染の診断精度が格段に向上する。さらに、血中のβ-1,6-グルカン濃度をモニタリングすることにより、抗真菌薬の投薬継続または終了の時期を判断することが容易となり、副作用がたびたび問題となる抗真菌薬の適正使用が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】β-1,6-グルカナーゼ変異体をポリアクリルアミド電気泳動し、(A)CBB染色または(B)抗His-Tag抗体を用いてWB検出した結果である。
図2】β-1,6-グルカナーゼ変異体のβ-1,6-グルカン切断活性を、Pustulanの還元末端量の増加を指標に、Somogyi-nelson法で測定した結果である。
図3】β-1,6-グルカナーゼ変異体のβ-1,6-グルカン結合活性を、ELISA様試験を用いて測定した結果である。
図4】Aはβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qの温度安定性、BはそのpH安定性を評価した結果である。C、Dはバイオレイヤー干渉法によりβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321QのpH安定性を詳細に解析した結果である。
図5】β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qと種々のβ-1,6-グルカンとの反応性を、PustulanをコートしたELISAプレートを用いて競合的ELISA様試験により評価した結果である。
図6】未標識のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qおよびビオチン標識化E321Qをそれぞれ用いて、可溶性PustulanをサンドイッチELISA様試験によって計測した結果である。
図7】PustulanをコートしたELISAプレートとビオチン化β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qを用いて、競合的ELISA様試験によりPustulanを高感度に検出した結果である。
図8】血清添加培地を用いてCandida albicans を24時間培養した上清中のβグルカンを、β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qを用いてサンドイッチELISA様試験あるいはリムルス試験によって検出した結果である。Aは試験の概要を示している。BはE321Qを用いたELISA様試験の結果であり、Cはリムルス試験によって検出した結果である。
図9】β-1,6-グルカナーゼ変異体E321QにNanoLucを融合し、不溶性担体に固定したE321QとのサンドイッチELISA様試験によって精製β1-,6-グルカンを高感度に検出した結果である。Aは発現させたE321Q-NLの遺伝子を模式的に示している。Bは精製したE321Q-NLをSDS-PAGEで分離し、CBB染色により検出した結果を示している。Cは磁気ビーズに固定したビオチン化E321Qと可溶性E321Q-NLを用いてβ-1,6-グルカンであるPustulan及びC. albicans培養上清(1000倍希釈)中多糖を検出した結果である。
図10】各種β-1,6-グルカナーゼ変異体を作成し、リガンドであるPustulanとの結合活性をELISA様試験およびバイオレイヤー干渉法によって比較した結果である。Aはβ-1,6-グルカナーゼの321番目のアミノ酸を各種アミノ酸に変換し、大腸菌によって発現させ、精製後にSDS-PAGEで分離し、銀染色で検出した結果である。Bは各種β-1,6-グルカナーゼ変異体のβ-1,6-グルカン(Pustulan)切断活性を、還元末端量の増加を指標にSomogyi-nelson法で測定した結果である。C、Dはバイオレイヤー干渉法により各種β-1,6-グルカナーゼ変異体のPustulan結合力を計測した結果である。EはELISA(直接法)によって各種β-1,6-グルカナーゼ変異体とPustulanの結合性を解析した結果である。
図11】不溶性担体に固定したSBP-1タグ融合β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qと、HiBiTタグ融合E321Aを用いて、サンドイッチELISA様試験によって精製β1,6-グルカン及び真菌培養上清中β-グルカンを短時間のうちに高感度に検出した結果である。Aは発現させたE321Q- SBP-1及びE321A-HiBiTの遺伝子を模式的に示している。Bは精製したE321A-HiBiT及びE321Q-SBP1をSDS-PAGEで分離し、銀染色により検出した結果を示している。Cは磁気ビーズに固定したE321Q-SBP1と可溶性E321A-HiBiTを用いてβ-1,6-グルカンであるPustulan及びC. albicans培養上清(1000倍希釈)中多糖を検出した結果である。
図12】血清添加培地を用いてCandida albicans を24時間培養した上清をマウスに尾静脈投与し、時間ごとの血中β-1,6-グルカン濃度をβ-1,6-グルカナーゼ変異体を用いて測定した結果である。
図13】6種類のβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)のアミノ酸配列の相同配列領域を対応させて示したアライメント図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
発明(1)のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xは、β-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、配列番号1の第321番Glu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、 Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるアミノ酸残基Xに置換されている。また発明(2)のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xは、同じくβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)の変異体であって、配列番号1の第225番と第321番のGlu(E)に対応する位置のGlu(E)が、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、 Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)からなる群より選択されるアミノ酸残基Xに置換されている。すなわち、所定位置のGlu(E)がこれらいずれかのアミノ酸残基Xに置換されていることによって、β-1,6-グルカナーゼ変異体はその酵素活性は消失または低下し、かつβ-1,6-グルカン結合性が好ましい状態で維持している。アミノ酸残基Xとしては、β-1,6-グルカン結合性が良好であるという理由からGln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Asn(N)およびSer(S)がより好ましく、特にGln(Q)、Gly(G)およびAla(A)が好ましい。
【0014】
この発明における「配列番号1の第321番Glu(E)に対応する位置のGlu(E)」とは以下を意味する。すなわち、図13は一例としてBacteroides thetaiotaomicron,Saccharophagus degradans,Aspergillus fumigatus,Lentinula edodes,Neurospora crassaおよびTrichoderma harzianum由来のβ-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)のアミノ酸配列(GenBank Accession numbers; AAO78418.1,ABD82251.1,EAL85472.1,BAK52530.1, BAB91213.1,CAC80492.1)の相同配列領域を対応させて示している。また、全アミノ酸配列の代表としてNeurospora crassa由来β-1,6-グルカナーゼのアミノ酸配列を配列番号1に示している。図13に示したとおり、各β-1,6-グルカナーゼの活性サイトとして、N末端寄りに位置するacid/baseとしての共通配列QNEP(*印)が、C末端寄りに位置するnucleophileとしての共通配列TE(+印)が存在する。本発明のβ-1,6-グルカナーゼ変異体は、これらの共通配列QNEPおよびTEにおけるEを前記いずれかのアミノ酸残基Xに置換する。このように共通する置換アミノ酸残基Eとして、代表アミノ酸配列1を基準としてその第321番Eに対応する位置のEを規定している。発明(2)における「配列番号1の第225番Glu(E)に対応する位置のGlu(E)も同様である。具体的には、前記Bacteroides thetaiotaomicron由来のβ-1,6-グルカナーゼ変異体の場合には、339番Eと、238番および339番Eがアミノ酸残基Xに置換される;Saccharophagus degradans由来のβ-1,6-グルカナーゼ変異体は335番Eと、240番および335番Eがアミノ酸残基Xに置換される;Lentinula edodes由来のβ-1,6-グルカナーゼ変異体は320番Eと、225番および320番Eがアミノ酸残基Xに置換される;Trichoderma harzianum由来のβ-1,6-グルカナーゼ変異体は339番Eと、243番および339番Eがアミノ酸残基Xに置換される;Aspergillus fumigatus由来のβ-1,6-グルカナーゼ変異体は337番Eと、241番および337番Eがアミノ酸残基Xに置換される。
【0015】
本発明のβ-1,6-グルカナーゼ変異体は以上の特徴づけられた6種に限定されるものではない。例えば、糖質関連酵素データーベースCAZy(www.cazy.org/)のGlycoside Hydrolase Family 30 Subfamily 3に登録されたEndo-β-1,6-グルカナーゼ(BGase)(EC 3.2.1.75)であれば、そのアミノ酸配列に基づき、所定位置のEをアミノ酸残基Xに置換することによって作成することができる。
【0016】
本発明のβ-1,6-グルカナーゼ変異体は、例えば以下の方法で作成することができる。配列番号1はアカパンカビ(Neurospora crassa; NBRC 6068)のEndo-β-1,6-グルカナーゼ(EC 3.2.1.75)(GH30_3)(BGase)の公知のアミノ酸配列(GenBank/ BAB91213.1)である。発明(1)のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321Xは、例えば、上記のβ-1,6-グルカナーゼのアミノ酸配列をコードするDNA(例えば、GenBank: BX908809.1に記載されたNeurospora crassa DNAのβ-1,6-グルカナーゼCDS(塩基番号46966―48408の領域)における第321番アミノ酸残基Gluに対応するコドンをアミノ酸残基Xのコドンに置換した変異DNAを調製し、この変異DNAを遺伝子工学的に発現させることによって作成することができる。同じく、発明(2)のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225X/E321Xは、第225番と第321番のアミノ酸残基Gluに対応するコドンをそれぞれアミノ酸残基Xのコドンに置換した変異DNAを発現させることによって作成することができる。
【0017】
発明(3)のβ-1,6-グルカンの測定方法は、例えば、前記発明(1)に記載のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qまたは前記発明(2)に記載のβ-1,6-グルカナーゼ変異体E225Q/E321Qと被検試料を接触させ、変異体E321Qまたは変異体E225Q/E321Qと被検試料中のβ-1,6-グルカンとの複合体を形成させ、この複合体の存在を検出するか、あるいは複合体量を定量する。このような測定は、例えば公知のELISA法における直接吸着法、サンドイッチ法、競合法などに準じて行うことができるが、特に、変異体E321Qと標識化変異体E321Qとの組み合わせ、あるいは変異体E225Q/E321Qと標識化変異体E225Q/E321Qとの組み合わせによるサンドイッチ法や競合法が好ましい。これらの具体的な手続や標識物質、担体の種類などは、特許文献1に開示されている内容を採用することができる。
【0018】
以下、実施例を示して本願発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、本願発明は以下の例に限定されるものではない。
【実施例
【0019】
実施例1:β-1,6-グルカナーゼ変異体の作成
既報(Oyama S, et. al., Biosci Biotechnol Biochem. 2002 Jun;66(6):1378-81.)に従い、アカパンカビ(Neurospora crassa NBRC 6068)のcDNAから、β-1,6-グルカナーゼをコードする遺伝子配列をPCRにより増幅し、酵素活性を制御するアミノ酸残基[配列番号1のアミノ酸配列における第225番および/または第321番のグルタミン酸(Glu: E)]をグルタミン(Gln: Q)に置換した。この改変酵素遺伝子配列をpColdIベクター(タカラバイオ社製)に挿入し、大腸菌Shuffle(New England Biolabs社製)に形質転換後、Ampicillin添加LB培地にて×6ヒスチジンタグ(His-Tag)融合タンパク質として大量発現させた。TALON(R) Metal Affinity Resin(タカラバイオ社製)を用いて精製後、SDS-PAGEにて精製タンパク質の存在を確認した(図1)。配列番号1の第225番Glu(E)をGln(Q)に置換したβ-1,6-グルカナーゼ変異体をE225Q、第321番Glu(E)をGln(Q)に置換したβ-1,6-グルカナーゼ変異体をE321Q、その両方を置換したβ-1,6-グルカナーゼ変異体をE225Q/E321Qとした。
実施例2:β-1,6-グルカナーゼ変異体のβ-1,6-グルカン切断活性と結合活性
天然型のβ-1,6-グルカナーゼ(BGase)、各変異体E225Q、E321QおよびE225Q/E321Q(各1または10 μg/mL)とβ-1,6-グルカンであるPustulan (Umbilicaria papullosa由来、Calbiochem社製、水溶性画分)(1 mg/mL)を50mM Acetate buffer(pH6.0)中で混合し、37℃で1時間反応させた後、Somogyi-Nelson法によって切断により生じた還元末端量を測定した。その結果、BGaseはタンパク質添加濃度依存的に還元末端の量が増加したのに対し、各変異体E225Q、E321QおよびE225Q/E321Qはいずれもβ-1,6-グルカンに対する切断活性を示さなかった(図2)。
【0020】
次に、β-1,3-グルカンLaminarin(Sigma社製)およびβ-1,6-グルカンPustulanをそれぞれ0-5000 ng/mLの濃度で100 mM Carbonate buffer(pH9.5)に溶解し、ELISAプレート(Greiner Bio-One社製)にコートし4℃で一晩静置した。0.05%Tween20(Wako社製)を添加したPBS(PBST)にて洗浄後、1%BSA(Sigma社製)を添加したPBST(BPBST)をプレートに加えて、室温にて1時間反応することでELISAプレートのブロッキングを行った。次いで、各変異体E225Q、E321QおよびE225Q/E321Qを最終濃度2 ug/mLになるようにBPBSTで希釈し、洗浄後のELISAプレートに添加した。室温にて1時間反応させ、洗浄後、BPBSTで希釈したHRP結合抗His-Tag抗体(BioLegend社製)を各Wellへ添加し、さらに1時間反応させた。PBSTでの十分な洗浄後、HRP基質としてTMB溶液(KPL社製)を加え、室温にて反応後に反応停止液(1Nリン酸)を添加し、マイクロプレートリーダーを用いて吸光度(測定波長450nm/対照波長630nm)を測定した。
【0021】
その結果、各変異体E225Q、E321QおよびE225Q/E321QはPustulan(β-1,6-グルカン)との強い結合能を示したが、Laminarin(β-1,3-グルカン)との結合性は示さなかった(図3)。また、低濃度のPustulanをコートしたWellにおいて、変異体E225Qに比べ、変異体E321QとE225Q/E321Qでは高い反応性を示した。一方、高濃度のPustulanをコートしたWellでは、変異体E321Qは強い吸光度を示したが、変異体E225Qと変異体E225Q/E321Qでは僅かに吸光度が低下していた。これらの結果より、β-1,6-グルカンを測定するためのβ-1,6-グルカナーゼ変異体としては、変異体E321Qおよび変異体E225Q/E321Qが適しており、より広範囲の濃度測定のためには変異体E321Qが好ましいことが確認された。
実施例3:β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qの熱およびpH安定性
PBSに希釈した変異体E321Qをマイクロチューブに分注し、20-90℃の各温度で5分間処理し、BPBSTで希釈後(0.5 μg/mL)、実施例2のELISA法に準じてPustulan(500 ng/mLを固相化)との結合能を評価した。その結果、変異体E321Qは40℃まで安定性を示し、50℃以上での処理によってβ-1,6-グルカン結合活性が消失することが明らかとなった(図4A)。
【0022】
また、上記ELISA法を行う際、プレートにコートされたPustulan(500 ng/mL)と変異体E321Qを反応させる工程において、変異体E321QをMcllvaine溶液またはModified Britton-Robinson溶液を用いて希釈し(0.5 ug/mL)、各種pH条件(pH2.2-11)におけるβ-1,6-グルカン結合性を評価した。その結果、変異体E321QはpH2.2-9付近まで比較的安定した反応性を示した(図4B)。しかし、pH9以上の条件で反応が不安定となったため、リガンド-タンパク質相互作用をバイオレイヤー干渉法により詳細な解析を試みた。ストレプトアビジンチップ(Pall ForteBio社製)に還元末端をビオチン化修飾したPustulan(500 nM)を固定し、各pH条件のModified Britton-Robinson溶液中の変異体E321Q(38.5 nM)との結合解離反応を、BLItz(Pall ForteBio社製)を用いて計測した。結果、pH9.0以上の条件下においてE321QはPustulanとの結合性が著しく低下していることが確認され(図4C)、pHの上昇に伴って解離速度が増加していくことが明らかとなり(図4D)、結合及び解離においてリガンド-タンパク質相互作用に最適なpHは5.0-6.0付近であることが示唆された。これらの結果から、安定したβ-1,6-グルカンの定量を行うためには、pH5-8付近、より好ましくはpH5-6付近の緩衝液中での測定系構築が好ましいことが確認された。
【0023】
実施例4:β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qの反応特性
実施例2のELISA法に準じてPustulan(500 ng/mL)でコートしたELISAプレートに、予め各種グルカン(20 or 100 ug/mL)と混合した変異体E321Q(0.5 ug/mL)を添加し、競合ELISA法によって、各種グルカンと変異体E321Qとの反応性を評価した。反応に用いた各種グルカンは表1に、それぞれの出展を表2に示す。変異体E321Qは、長鎖β-1,6-グルカンを有する試料(Pustulan、Islandican、ACWS、AgHWE、AgCAS、AgHAS、CAWS、HKCA、CSBG、ASBG、SCL、Pachymanなど)とのみ反応性を示し、β-1,6-グルカンを持たないグルカン(Curdlan、Barley βG、Paramylon、Pullulan、Mannan、Dextranなど)や、β-1,6-グルカンがモノグリコシド結合しているβ-1,3-glucan(Laminarin、SPGなど)との反応性は認められなかった(図5)。また、β-1,6-グルカンが2つ連結したGentiobioseとの反応性も認められず、一定数のグルコースがβ-1,6-結合していなければ、変異体E321Qと結合しないと推測された。これらの結果は、β-1,6-グルカナーゼ変異体E321Qが血中に存在する高分子量β-グルカンに特異的に反応し、非特異的な反応(偽陽性)が生じにくいことを示唆している。
【0024】
【表1】
【0025】
【表2】
【0026】
実施例5:β-1,6-グルカンの高感度検出
変異体E321Qを市販のビオチン化試薬(DOJINDO社製:製品コードB306)でビオチン標識した。はじめに未標識のE321Q(2 ug/mL)をELISAプレートにコートし、BPBSTでブロッキング後、BPBSTに段階希釈したPustulan (0-4000 ng/mL)を添加し、1時間室温で反応させた。PBSTで洗浄後、BPBSTで希釈したビオチン化E321Q(1 ug/mL)を加え、1時間室温で反応させた後、洗浄後にBPBSTで希釈したストレプトアビジン-HRP(BioLegend社製)を加えた。30分後、十分な洗浄後にTMB溶液を加え、適度に発色させた。反応停止液(1Nリン酸)を添加し、マイクロプレートリーダーを用いて吸光度(測定波長450nm/対照波長630nm)を測定した。その結果、未標識E321Qとビオチン化E321QのサンドイッチELISA様試験によって、可溶性Pustulanの濃度(約10-4000 ng/mL)を測定することが可能であった(図6A)。さらに高感度な検出を実現するため、上記の試験を、ELISA用ブラックプレート(Greiner Bio-One社製)を用いて実施した。HRP検出には化学発光試薬であるイムノスター(R)(Wako社製)またはSuperSignalTM ELISA Pico/Femto Substrate(Thermo Fisher Scientific社製)を用い、検出機としてGloMax(R)(プロメガ社製)を使用した。その結果、これまでの吸光度測定法に比べ、測定領域の拡張が認められ、可溶性Pustulanとして約0.6-5000 ng/mLを定量することが可能となった(図6B)。
【0027】
しかし、上記のサンドイッチELISA法では、さらに低濃度のPustulanの測定には不向きであった。そこで更なる検出感度の向上を目的として、競合ELISA様のβ-1,6-グルカン測定を行った。ELISA用ホワイトプレート(Greiner Bio-One社製)にPustulan(500 pg/mL)をコートし、ブロッキングの後にプレートを洗浄した。BPBSTで希釈したビオチン標識化E321Q(最終濃度100 ng/mL)と種々の濃度のPustulanを混合して約1時間室温で反応させた後、プレートに添加した。室温にて1時間反応させ、洗浄後にストレプトアビジン-HRPを加えて約30分後に十分な洗浄を行った。検出のためSuperSignalTM ELISA Pico/Femto Substrateを使用し、GloMax(R)を用いて発光レベルを測定した。その結果、競合法によって1 pg/mL以下のβ-1,6-グルカン検出が達成された(図7A)。さらに、Pustulanをヒト血清(Sigma社製)中に溶解し、同様の試験を行ったところ、血清を98℃で10分間加熱することで、PBS中に溶解した場合と同等の検出が可能となった(図7B)。
実施例6:真菌培養上清中β-グルカンの高感度検出とリムルス試験法との比較
臨床上しばしば問題となるCandida albicansの血清添加培地による培養上清中のβ-グルカンを、変異体E321Qを用いてELISA用試験により測定した。C. albicans NBRC1385株(NITE)はYPD寒天培地にて前培養し、形成されたコロニーをD-PBSに懸濁後、1×10^6個を10%FBS添加RPMI1640液体培地(Gibco社製)(10 mL)に植菌し、37℃で24時間培養した(図8A)。菌を含まない上清を回収し、一部を80℃で5分間加熱してE321Qを用いたサンドイッチELISA様試験(実施例5のSuperSignalTM ELISA Femto Substrateを用いた試験と同様、ただしプレートはホワイトプレートを使用した)により測定した。また一部は加熱せずに、リムルス試験(ファンギテックMKII)によって解析した。その結果、E321Qを用いたELISA法では2000倍以上希釈しても検出可能であった(図8B)。一方、LAL法では500倍希釈まで検出可能であったが、1000倍希釈以上希釈すると検出不可となった(図8C)。
実施例7:不溶性担体とルシフェラーゼ融合E321Qを用いたβ-1,6-グルカンの迅速検出
実施例6では病原性真菌培養上清よりβ-グルカンを高感度に検出することに成功したが、検出までに数時間を要するという欠点が残されていた。検出までの時間を短縮するためビオチン化したE321Qをストレプトアビジン標識磁気ビーズ(ベリタス社製)に結合させた。さらに小型のルシフェラーゼであるNanoLuc(プロメガ社製)をE321Qに融合させ、大腸菌を用いて発現させたもの(E321Q-NL)を調整し、SDS-PAGE(CBB染色)でその存在を確認した(図9A-B)。標準β-1,6-グルカン(Pustulan)とE321Q-NLはBPBSTにそれぞれ希釈し、真菌培養上清(CA(+))または真菌非添加のブランク溶液(CA(-))は80℃で5分間加熱後、BPBSTで1000倍希釈して本試験に用いた。96 Wellホワイトプレート(Thermo Scientific社製)は予めBPBSTでブロッキング処理し、ビオチン化E321Q(50 ng)を固定した磁気ビーズ(5 μg)を各Wellに添加し、PustulanまたはC.albicans培養上清(CA(+))あるいはブランク溶液(CA(-))を加え、十分に撹拌したのちマグネットセパレーター(Luminex社製)で磁気ビーズを固定し、BPBSTで洗浄した。続いて可溶性のE321Q-NL(0.1 ng)を添加し、撹拌後に同様の洗浄を行い、ルシフェラーゼ基質であるFurimazine(プロメガ社製)の添加により、概ね30分以内に高感度に検出された(図9C)。しかし、本試験法では精製されたβ-1,6-グルカンであるPustulanの検出は可能としたが、真菌培養上清中の糖-タンパク質複合体の高感度な検出は困難であった(図9C)。従って、本法は精製されたβ-1,6-グルカンの検出には優れているが、複雑な構造を持つ細胞外放出多糖の検出にはNanoLuc融合E321Qは不向きであることが認められた。
実施例8:高アフィニティ活性を持つβ-グルカナーゼ変異体の作成
β-グルカナーゼ変異体のβ-1,6-グルカンに対する結合活性をより強いものとするため、求核触媒基である321番目 Glu(E)を他の各アミノ酸に変換し、同様に大腸菌で発現させ、精製後にタンパク質濃度を統一し、SDS-PAGE(銀染色)でその存在を確認した(図10A)。天然型のβ-グルカナーゼ以外の変異体はβ-1,6-グルカン(Pustulan)切断能を持たないことを、その還元末端量を指標にSomogyi-Nelson法によって証明した(図10B)。一方、β-1,6-グルカンに対する結合能を、ビオチン化Pustulanを固定したストレプトアビジンセンサーチップを用いたバイオレイヤー干渉法(Pall ForteBio社製)、または実施例2のELISA法に準じて、Pustulanを固相化したELISA様試験によって評価した。各変異体(1 μg/mL)の糖鎖結合力は変換したアミノ酸種によって大きく異なり、Gln(Q)、Gly(G)、Ala(A)、Leu(L)、Tyr(Y)、 Met(M)、Ser(S)、Asn(N)およびHis(H)では結合能を示すが、その他のアミノ酸に置換した場合では、強い結合能は認められない結果となった(図10C)。さらにリガンドとの親和性を示すKD値は変換したアミノ酸種によって異なる値を示し、最も強い親和性(低KD値)を示す酵素変異体はAla(A)に置換したE321Aであった(図10D)。また、Pustulanを固相化した直接法によるELISA様試験によっても結合活性を有するものと、結合しないものが認められ、同様の傾向が確認された(図10E)。
実施例9:不溶性担体と低分子量タグ融合E321Qを用いたβ-1,6-グルカンの迅速検出
実施例7では公知のNanoLucシステム(プロメガ社製)を応用し、E321Q-NLを用いたβ-1,6-グルカンの迅速検出を可能としたが、病原性真菌培養上清中のβ-グルカンを高感度に検出することは困難であった。そこでE321QまたはE321Aに公知のペプチドタグを融合発現し、新たにE321Q-SBP1およびE321A-HiBiTを作成した。SBP1タグはアミノ酸配列がMDEKTTGWRGGHVVEGLAGELEQLRARLEHHPQGQREPから成るストレプトアビジンバインディングタグであり、文献(Wilson DS, et. al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2001 Mar 27;98(7):3750-5.)を参考にして作成した。HiBiT(プロメガ社製)は11アミノ酸からなるルシフェラーゼ断片ペプチドタグであり、実施例7で使用したNanoLucの立体的な障害を軽減させるために選択し、より強い糖鎖結合力を持つE321Aに融合させ、大腸菌によって発現させた後、SDS-PAGE(銀染色)でその存在を確認した(図11A-B)。実施例7の方法を改良し、よりβ-グルカナーゼ変異体に適したpHの緩衝液を新たに調整した。1%BSA/0.05% Tween20を含む50mM Acetate buffer(pH5.5)(AcBT)にE321Q-SBP1(50 ng)およびストレプトアビジン標識磁気ビーズ(5 μg)(ベリタス社製)を混合し、担体にE321Q-SBP1を固定したのち、予めブロッキングした96Wellホワイトプレートの各Wellに加えた。固定されたE321Q-SBP1によって精製β-1,6-グルカンであるPustulan及びC. albicans培養上清中β-グルカンを捕捉し、適度に洗浄後、可溶性のE321A-HiBiT(2 ng)をビーズ上のβ-グルカンに結合させ、HiBiTタグと高親和性を持つLgBiT及びそれらの基質であるFurimazine(プロメガ社製)を添加し、発光レベルを測定した。その結果、精製されたPustulanのみならず、実施例7では検出に失敗した真菌培養上清中のβ-グルカンも高感度に、かつ短時間(30分以内)のうちに検出することに成功した(図11C)。
実施例10:血中β-1,6-グルカンのモニタリング
実施例9と同様の方法を用いて、マウス血中のβ-1,6-グルカンの検出を試みた。実施例6と同様の方法で調整したC. albicans培養上清500 uLを5週齢の雌性ICRマウス(日本SLC)の尾静脈に投与した(n=3)。投与から1分、10分、30分、60分、1440分(24時間)後に、ヘパリン処理採血管(Wako社製)を用いて尾静脈血を回収し、AcBTで10倍から20倍に希釈後、80℃で5分間加熱処理したものの上清を血中濃度測定に用いた。C. albicansに由来するβ-1,6-グルカンは投与直後から60分後までは検出可能であったが、血中濃度は比較的短時間のうちに減少し、24時間後には検出限界以下となった(図12)。本発明によって構築された試験が深在性真菌症の診断補助のみならず、抗真菌薬使用中における治
療の終了時期を判断する材料としても使用できる可能性が示された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13-1】
図13-2】
【配列表】
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