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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-04
(45)【発行日】2022-04-12
(54)【発明の名称】棒状ファスナの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 8/22 20060101AFI20220405BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20220405BHJP
   C21D 1/06 20060101ALI20220405BHJP
【FI】
C23C8/22
C21D9/00 B
C21D1/06 A
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021056014
(22)【出願日】2021-03-29
【審査請求日】2021-03-29
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】310013299
【氏名又は名称】國友熱工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099966
【弁理士】
【氏名又は名称】西 博幸
(74)【代理人】
【識別番号】100134751
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 隆一
(72)【発明者】
【氏名】坪田 輝一
(72)【発明者】
【氏名】上島 康嗣
【審査官】瀧口 博史
(56)【参考文献】
【文献】特許第6058846(JP,B1)
【文献】国際公開第2018/105693(WO,A1)
【文献】特開2002-173759(JP,A)
【文献】特開平05-255733(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
CM435、SCM440、S35C、S45C、又は炭素を0.30~0.45%含んでいる他の中炭素含有鋼材で加工された棒状の中間品を用意する準備工程と、炭化水素ガスを使用した真空浸炭法によって前記中間品の表層に浸炭処理を施してから焼入れする硬化工程と、前記中間品の硬度を下げる焼き戻し工程とを含み、
前記真空浸炭法による浸炭処理は、前記中間品の表面にまんべんなく炭素を付着させるために必要にして十分な量の炭化水素ガスの量である基準ガス量を基準にして、これと同量又は少ない量の炭化水素ガスを炉内に導入して行われる浸炭工程と、前記浸炭工程の後に前記炭化水素の導入を停止して加熱を継続する拡散工程とを含んで、前記浸炭工程は、前記炭化水素ガスの導入が間欠的に行われる場合における導入停止時間も含めて0.5~4分30秒行われて、前記拡散工程は前記浸炭工程の20~40倍の時間行われており、
かつ、前記焼き戻しは420~450℃の範囲で行われる、棒状ファスナの製造方法。
【請求項2】
前記真空浸炭法による処理において浸炭工程は1分行って前記拡散工程は30分行い、前記焼き戻しは430~440℃の範囲で行われる、
請求項1に記載した棒状ファスナの製造方法。
【請求項3】
CM435、SCM440、S35C、S45C、又は炭素を0.30~0.45%含んでいる他の中炭素含有鋼材から成る棒状ファスナの製造方法であって
表層に、真空浸炭法によって硬化処理されてから焼入れ及び焼き戻しすることによって硬化部を形成するにおいて、
部側よりも表面側において硬度が高くなるように硬度が変化していると共に表面硬度はHv385~435の範囲に保持されて、前記焼き戻し直後の水素吸蔵量0.05ppm以下に維持されるように設定している、
棒状ファスナの製造方法
【請求項4】
疲労試験に500万回以上繰り返し負荷を掛けても破断しない応力範囲が800MPa以上の疲労強度に設定されている
請求項3に記載した棒状ファスナの製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、ボルトや後施工式アンカーのような棒状ファスナの製造方法に関するものである。なお、ボルトには、ビスや小ねじも含まれている。後施工式アンカーとしては、コンクリートに各種部材を取り付けるための拡張式アンカーや、施工部に空けて下穴にねじ込まれるねじ式アンカー、ALCにねじ込まれる自己穿孔式のアンカー、施工部に空けた下穴に拡張作用を利用して固定されるスタッド式アンカー(ブラインドアンカー)などの各種のものが挙げられる。
【背景技術】
【0002】
ボルトは様々な産業分野で使用されている要素部品であるが、要求される特性は用途によって大きく相違する。そこで、JIS(B1051)では、例えば鋼材製ボルトについては強度を4.6から12.9まで分類している。最高位のクラス12.9は1220N/mm2 以上の引っ張り強度があってハイテンボルトと呼ばれており、特に建築分野においては必需品になっている。
【0003】
クラス12.9のハイテンボルトには、素材自体に加工性と強靱性が求められると共に、高い焼入れ特性も要求される。そこで、クロムモリブデン鋼のうち、特にSCM435(或いはSCM435H)が材料として多用されている。
【0004】
さて、ボルトに限らず鋼製品は硬化のために熱処理されることが多い。熱処理はおおまかには浸炭と浸窒とに大別され、浸炭は、更に、真空炉を使用して行われる真空浸炭と、大気圧下で行われるガス浸炭とに分けられる。いずれにしても、浸炭にはアセチレンガスやプロパンガスのような炭化水素ガスが使用されており、従来は、大量の炭化水素ガスを炉内に充満させてワークへの炭素分子の接触量を確保していたが、浸炭品には、水素脆性の問題(遅れ破壊の問題)が宿命のように現れていた。
【0005】
水素脆性の原因としては、従来、水素自体が鋼に悪影響を及ぼすという考え方が常識化しており、そこで、焼き戻しに際して水素を除去する等の様々な水素脆性対策が提案されていたが、水素を除去しても従来と同様の破断面を呈した遅れ破壊の現象が発生しているという事実があった。
【0006】
そこで本願発明者たちは、水素自体が脆性の原因であるという常識に疑問を呈し、水素の侵入に起因して鋼材内に生成した空隙(空孔)が破壊のきっかけになっているのでないかという仮説に立ち、空隙が存在しない状態で浸炭する実験によって仮説の正しさを実証した。そして、この成果を特許文献1,2において開示した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第6058846号公報
【文献】WO2018/105693公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1,2の大きな特徴は、炭素源として従来と同様にアセチレン等の炭化水素ガスを使用して、従来と同じ真空炉をそのまま使用して水素脆性が生じない(或いは抑制された)鋼製品を製造できることであり、従って、現実性に優れていて業界に大きく貢献できる。
【0009】
他方、既述のとおり、建築業界を初めとして様々な分野でハイテンボルトが使用されているが、ハイテンボルトの主たる材料であるSCM435は中炭素含有(合金)鋼であって焼き入れのみで硬化できるため、従来はハイテンボルトの製造に当たって積極的に浸炭するという考え方はなく、焼入れ・焼き戻しによって硬度を調整する調質が行われていた。
【0010】
従って、調質鋼より成るハイテンボルトには水素脆性に起因した遅れ破壊の現象は現れない筈であるが、実際には、調質されたハイテンボルトについても、従来の浸炭品と同様に、水素脆性に起因していると推測される遅れ破壊の現象が現れていた。品質の面で具体的にみると、調質処理されたハイテンボルトについても、浸炭品と同様の疲労強度しか得ることができていないという問題があった。
【0011】
この問題は、調質方法に起因していると云える。すなわち、調質のためには加熱炉で加熱しなければならないが、加熱炉として従来は、変性炉のような炭化水素ガスを利用した雰囲気炉が使用されており、加熱によって(酸化によって)ワークから脱炭が生じないように炭化水素ガスを大量に供給しながら加熱しているため、炭化水素ガスから分離した水素がワークの表層に侵入して無数の空隙(空腔)を生成させて、この空隙が疲労強度の向上を阻んでいたと云える。
【0012】
従来品の問題点は以上のとおりであるが、特許文献1,2の技術は水素脆性を防止できるから、特許文献1,2をハイテンボルトに適用すると、品質を格段に向上できる筈である。そこで本願発明者たちは、特許文献1,2の方法によってSCM435材を浸炭処理してみた。
【0013】
その結果、水素脆性に起因した破断現象はみられなかったが、耐衝撃性について問題が見られる場合があった。
【0014】
本願発明はかかる状況を改善すべく成されたものであり、特許文献1,2を改良して高品質の棒状ファスナを得る技術を開示せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
特許文献1,2の方法をボルトに適用すると、ボルトの表層に厚くて空隙がない浸炭層を形成できるが、本願発明者たちは、この厚い浸炭層が却ってボルトの靱性を低下させているのではないかと推測し、研究と実験を繰り返して本願発明に到達するに至った。
【0016】
すなわち、本願発明はボルトやアンカーのような棒状ファスナの製法を対象にしており、これらの典型的な構成を各請求項で特定している。このうち請求項1の発明は、基本構成として、
CM435、SCM440、S35C、S45C、又は炭素を0.30~0.45%含んでいる他の中炭素含有鋼材で加工された棒状の中間品を用意する準備工程と、炭化水素ガスを使用した真空浸炭法によって前記中間品の表層に浸炭処理を施してから焼入れする硬化工程と、前記中間品の硬度を下げる焼き戻し工程と、
を含んでいる。
【0017】
そして、上記基本構成において、
「前記真空浸炭法による浸炭処理は、前記中間品の表面にまんべんなく炭素を付着させるために必要にして十分な量の炭化水素ガスの量である基準ガス量を基準にして、これと同量又は少ない量の炭化水素ガスを炉内に導入して行われる浸炭工程と、前記浸炭工程の後に前記炭化水素の導入を停止して加熱を継続する拡散工程とを含んで、前記浸炭工程は、前記炭化水素ガスの導入が間欠的に行われる場合における導入停止時間も含めて0.5~4分30秒行われて、前記拡散工程は前記浸炭工程の20~40倍の時間行われており、
かつ、前記焼き戻しは420~450℃の範囲で行われる」
という特徴を備えている。
【0018】
なお、本願発明では、モリブデンを含む他の合金鋼も使用できる。SCM435に類似した他の鋼種としては、S35C、S45Cなどが挙げられる。中炭素鋼は一般に炭素量が0.25~0.55%の鋼種として分類されるが、本願発明では、炭素量は0.3~0.45%が好ましい。
【0019】
請求項1の発明の具体例として請求項2では、
「前記真空浸炭法による処理において浸炭工程は1分行って前記拡散工程は30分行い、前記焼き戻しは430~440℃の範囲で行われる」
という構成になっている。
【0020】
請求項3の発明も棒状ファスナの製法に係るもので、
CM435、SCM440、S35C、S45C、又は炭素を0.30~0.45%含んでいる他の中炭素含有鋼材から成る棒状ファスナの製造方法であって
表層に、真空浸炭法によって硬化処理されてから焼入れ及び焼き戻しすることによって硬化部を形成するにおいて、
部側よりも表面側において硬度が高くなるように硬度が変化していると共に表面硬度はHv385~435の範囲に保持されて、前記焼き戻し直後の水素吸蔵量0.05ppm以下に維持されるように設定している
という構成になっている。請求項3の棒状ファスナは、請求項1,2の方法によって容易に実現できる。なお、Hv385~435の硬度は、JISで規定するクラス12.9のハイテンボルトの硬度範囲と同じである。
【0021】
請求項3では水素吸蔵量を特定しているが、水素吸蔵量の測定は可能ではあるが簡単とは云えない。従って、水素吸蔵量に起因した機械的性質を何らかの簡易な試験方法で代替できると便利であり、技術的範囲の特定方法としても有意義である。
【0022】
この点について、請求項4では、水素吸蔵量の違いは疲労強度の数値に如実に現れることから、水素吸蔵量を検知する代替手段として、疲労強度試験の数値を採用している。すなわち、請求項4の発明では、
「疲労試験に500万回以上繰り返し負荷を掛けても破断しない応力範囲が800MPa以上の疲労強度に設定されている
という構成になっている。SCM435等の中炭素鋼種を材料にした棒状ファスナにおいて、請求項3で特定した硬度と請求項4で特定した疲労強度との組み合わせは本願発明において始めて獲得できる品質であり、ガス調質やガス浸炭では到達できない品質(数値)である。
【発明の効果】
【0023】
本願発明では、棒状ファスナの表層への水素の侵入が著しく抑制されているため、空隙に起因した遅れ破壊の現象を大幅に抑制しつつ、硬度をアップして引っ張り強度も向上できる。従って、JISで規定するクラス12.9のハイテンボルトも容易に提供できる。
【0024】
そして、本願発明の特徴は、棒状ファスナの表層には厚い浸炭層は存在しておらずに、炭素が拡散した硬化部が存在していることであり、このように、表層に炭素が適度に拡散していることにより、表層は硬くなり過ぎずに靱性が維持されている。従って、衝撃や曲げに対して高い強度を有しつつ、引っ張り強度も大幅に向上できる棒状ファスナを提供できる。
【0025】
更に述べると、本願発明に好適な材料であるSCM435は構造材やファスナなどに使用されている鋼種(合金鋼)で、高い引っ張り強度を有すると共に焼入れ性に優れているが、本願発明はSCM435の特徴を引き出して、高い強度を確保しつつ靱性も十分に確保できるのであり、従って、従来のハイテンボルトに比べて、同等以上の強度を維持しつつ信頼性(疲労強度や耐衝撃性)を大幅に向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】(A)は真空浸炭設備の概念図、(B)は工程の模式図である。
図2】(A)は水素吸蔵量を示す表、(B)は硬度と深さとの関係を示すグラフ及び表である。
図3】(A)はシャルピー衝撃値を示す表、(B)は引っ張り試験結果を示すグラフである。
図4】疲労試験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0027】
次に、本願発明の実施形態を、図面を参照しつつ説明する。本実施形態は特許文献1,2で開示した装置を使用しており、従って、特許文献1,2と説明が重複するところがあるが、念のため説明する。
【0028】
(1).設備の概要・基本処理パターン
図1(A)に示すように、真空浸炭設備は、主要要素として、ガス導入口2及びガス排出口3が内部に開口した処理炉(浸炭室)1と、処理炉1に扉4を介して隣り合った冷却室5と、冷却室5の下方に配置した焼入れ室6とを有している。焼入れ室6には、冷却液(水系又はオイル)を溜めた焼入れ槽7が配置されている。図示していないが、処理炉1や冷却室5にはワークWを出し入れするための扉を設けている。
【0029】
ガス導入口2には、炭酸水素ガスボンベ8がガス導入管9を介して接続されており、ガス導入管9の中途部には第1バルブ10を配置している。ボンベ8には炭素源となる炭化水素ガスが充填されている。本実施形態では、炭化水素ガスとしてアセチレンを使用している。ガス排出口3は、第1排出管11を介して真空ポンプ12と接続されており、第1排出管11の中途部には第2バルブ13を介在させている。第1排出管11は、第2排出管14を介して冷却室5にも接続されており、第2排出管14の中途部には第3バルブ15を配置している。
【0030】
処理炉1の内部には多数の伝熱式ヒータ16を配置しており、各ヒータ16は電源17に接続されている。また、浸炭設備には、水素濃度を直接的に検知する手段として、水素濃度センサ18を設けている。水素濃度センサ18は処理炉1内のガスの熱伝導率を検知するものであり、第1排出管11に設けたバイパス管19に設けている。処理炉1には、酸素センサ20を臨ませている。
【0031】
真空浸炭設備は、制御装置(制御手段)21を有している。制御装置21は、真空浸炭設備とセットになっていてもよいし、パソコンで代替することも可能である。いずれにしても、メモリーやモニター、入力手段などを有している。各バルブ10,13,15、ヒータ電源17,水素濃度センサ18、酸素センサ20は、制御装置21に電気的に接続されている。図示していないが、処理設備には、デジタル式の温度センサや真空計を設けており、これらも制御装置21に接続されている。
【0032】
次に、真空浸炭処理パターンを図1(B)に基づいて説明する。表面処理作業は、ワークWを処理炉1に入れて炉内温度を上げる昇温工程、設定温度を維持してワークWをむらなく加熱する均熱工程、処理炉1に真空雰囲気下でアセチレンを導入して分解した炭素をワークWに浸入させる浸炭工程、アセチレンの導入を停止してワークWの表面層内で炭素を拡散させる拡散工程、冷却室5に移行させて窒素ガスで冷却するガス冷却、又は、焼入れ液に投入して急冷する焼入れ工程、を有している。
通常浸炭工程では、浸炭(T4-T2)の時間をかけて行われるが、本実施形態の浸炭時間(T3-T2)は通常浸炭時間(T4-T2)よりも短い(例えば数分の1~十分の1の時間)。
【0033】
浸炭温度は従来と同様である。ワークWの材質等によって相違するが、例えば、750~1100℃程度である。処理炉1の真空度も従来と大きく相違するものではなくて、例えば4~10Torr程度に維持されるように、第2バルブ13の開度が自動制御されている。
【0034】
本実施形態では、特許文献1に開示されているように、最初にアセチレンを一定量導入する初期工程と、その後にある程度の時間をおいてアセチレンを導入する継続工程とに分けられている。但し、浸炭工程は、初期工程を備えずにアセチレンを一定時間連続導入する方式も採用可能である。
【0035】
初期工程では、一定量のアセチレンが、所定時間(例えば数十秒)だけ処理炉1に連続して導入される。他方、継続工程では、アセチレンの導入量は、基本的には水素濃度を変数として制御され、かつ、酸素分圧によっても補正される。
【0036】
初期工程から継続工程に移行するとき、及び、継続工程においてアセチレンの導入がカットされている状態では、処理炉の内部にはアセチレンの分圧が初期工程よりも低い状態になっており、この状態でも、処理炉1は所定の真空雰囲気に維持されている(アセチレンが導入されている場合よりも真空度は低くなっている。)。
【0037】
(2).制御態様
本実施形態では、初期工程において導入されたアセチレンがワーク表面にて分解反応を生じて生成するH量(現実の水素量)を測定し、これと既知のワーク表面積に対する生成H量(基準水素量)のデータとを比較してワークの総面積を計算し、この計算値に基づいてアセチレンの導入量を設定している。
すなわち、ワークの浸炭に必要にして十分なアセチレンの量を基準値として、継続工程において、基準値の量のアセチレンを1分かけて炉内に連続導入している。但し、要求される品質に応じて、炭化水素を基準値よりも少ない量だけ導入すること、又は、基準値よりも多く導入することも可能である。初期工程と継続工程との総和時間は1~2分とすることができる。
【0038】
初期工程と継続工程とは特許文献1,2に記載したとおりであるが、念のため説明しておく。初期工程では、アセチレンの導入により、水素濃度はゼロから急激に立ち上がって、増加率が急激に低下する。そこで、増加率が著しく低下した範囲を安定化状態として、安定化状態での平均値を、初期工程での基準水素濃度ρ0として設定する。
【0039】
基準水素濃度ρ0からワークWの表面積(総表面積)を算定するが、このための準備として、予め面積が判っているサンプルを複数種類製造し、各サンプルを炭化水素ガスに晒して水素濃度を検知し、これにより、ワークWの表面積の絶対値と水素濃度との関係を、マップ(対応表)として作成している。
【0040】
概念的に説明すると、例えば、1m のサンプル、2m のサンプル、3mのサンプル、4m のサンプル、5m のサンプルというように多数のサンプルを製造しておき、それぞれについて、初期工程と同じ条件で浸炭した場合に発生する水素濃度(ρ1,ρ2,ρ3・・・)を記録しておき、表面積と水素濃度との関係式(マップ)を作成しておく。
【0041】
そして、実際のワークWから検知された水素濃度の平均値ρ0と、各サンプルの基準水素濃度ρ1,ρ2,ρ3・・・とを比較して、実際の平均値ρ0が最も近い基準水素濃度ρ1,ρ2,ρ3・・・を選択して、この基準水素濃度が属するサンプルの総表面積をワークWの総表面積に設定し、設定された総表面積を基準として、その総表面積の場合に設定されている飽和水素濃度を、実際のワークWの飽和水素濃度として設定し、これを基準にして目標水素濃度(制御上限値)を設定する。
【0042】
下限値は任意に設定できる。例えば、基準水素濃度ρ1,ρ2,ρ3・・・を基準にして、制御上限値である目標水素濃度ρ3′を基準水素濃度ρ1,ρ2,ρ3・・・の0.9倍、下限値を0.85倍とすることができる。基準水素濃度ρ1,ρ2,ρ3・・・を上限値とすること(基準水素濃度=目標水素濃度とすること)も可能である。目標水素濃度(上限値)や下限値を、ワークWの材質や形状等によって異ならせることも可能である。なお、基準水素濃度は、飽和水素濃度と呼ぶことも可能である。
【0043】
初期工程でアセチレンを所定時間に所定量だけ導入すると、アセチレンが分解して水素が発生するが、水素の発生量はワークWの表面積に正比例している。また、処理炉1の内部が真空雰囲気であることから、初期工程としてある程度を保持しておけば、アセチレンはワークWの表面にまんべんなく接触する。従って、初期工程において、ワークWの表面には、分離した炭素がまんべんなく付着する。従って、初期工程では、ワークWの表面積の大きさに関係なく、ワークWの表面全体に炭素をまんべんなく付着させるために必要にして十分なアセチレンの量(基準ガス量)と、基準ガス量に対応した炭化水素ガスとを検出できる。
【0044】
炉内の水素濃度ρは時々刻々と変化していくが、ρがρ3′とρ3″との間に維持されるように、アセチレンの導入量が制御される。つまり、実際の水素濃度ρが飽和水素濃度(上限値ρ3′)に近づくとアセチレンの導入量を減らし、実際の水素濃度ρが下限値ρ3″に近づくとアセチレンの導入量を増やすことにより、実際の水素濃度ρを所定の範囲(レベル)に維持する。
【0045】
これにより、処理炉1内に水素が過剰に発生することを防止して、水素がワークWに浸入することを防止又は著しく抑制することができる。すなわち、水素の害を無くした状態で、アセチレン(炭化水素ガス)を使用して浸炭を行うことができるのである。アセチレンの導入量Qには、飽和水素濃度に対応した上限値Q3′と下限値Q3″とを設定している。製品に要求される品質は様々であるので、要求される品質によっては、アセチレン等の炭化水素ガスを基準ガス量よりも多く導入して効率を優先させることも可能である。
【0046】
ワークの総面積が判っている場合は初期工程を省くことも可能である。また、同一処理を繰り返し行う場合も初期工程を省くことが可能である。但し、炉内の環境は変化するので、適宜、初期工程を行って数値の補正を行うのが好ましい。
【0047】
特許文献1,2では、拡散工程の後に、所定温度まで徐々に降温させる工程とその後に所定温度に維持する均熱工程とを設けているが、本実施形態では、降温工程とその後の均熱工程は省いて、拡散工程の後に直ちに急冷(焼入)している。焼入れには油を使用したが、水焼入れも可能である。
【0048】
本実施形態では、浸炭工程(継続工程)は例えば1分程度の短時間で済ませる。従って、硬度の変化は緩やかであり、かつ、心部硬度と表面硬度との相違(最高硬度と最低硬度との差)は小さい。JISの12.9のハイテンボルトを得る場合は、硬度は規定の範囲に入るように設定している。拡散工程は真空雰囲気下で行われるので酸化に起因した脱炭は生じないが、必要なら、拡散工程で炉内に窒素ガスを導入してもよい。
【0049】
(3).評価
図2以下で評価を示している。図2(A)では、熱処理の直後にワークの表層に吸蔵されている水素量の数値を示している。各サンプルは、引っ張り試験と同じ棒状のものを使用して部分的に切除して試験片となしており、室温から300℃まで昇温させつつ水素を真空吸引して水素の総量を測定した。
【0050】
いずれもサンプルは5個製造し、平均値を検査値とした。比較例のガス浸炭は、大気炉を使用して860℃で55分間浸炭している。比較例の通常真空浸炭品は特許文献1の実施例であり、1分間の初期工程の後に継続工程を30分行ったものである(以下も同様である。)。図2(A)から、本実施例及び特許文献1の実施例は水素の吸蔵量が著しく少ないことを理解できる。
【0051】
図2(B)では、深さと硬度との関係を示している。サンプルa~cが本願発明の実施例であり、他のサンプル(d~k)は比較例である。比較例のガス調質品は、870℃で油焼入れしたのち、430℃で100分掛けて焼き戻しを行っている。このグラフから、通常浸炭品は表面硬度が高くて硬度の変化もクリアであること、ガス調質品は硬度が高くなくて深さによる硬度の違いは殆ど現れていないこと、本願発明の実施品では表面硬度はガス浸炭品よりは高くて硬度の変化も小さいことを理解できる。
【0052】
また、本願実施例と通常真空浸炭品は、元々、浸炭を目的にしているため、深さが薄くなると硬度が高くなっていると共に、焼き戻し温度と硬度とは逆の関係になっており、焼き戻し温度が高くなると硬度が低下していることを理解できる。そして、本実施例のうち430℃の焼き戻し品は硬度がJISで規定するクラス12.9の範囲内に納まっており、従って、特に430~440℃程度の焼き戻しによってクラス12.9の硬度条件を満たし得ると云える。
【0053】
なお、試料dでは深さ0.5mmにおいて硬度が高くなっているが、これは測定誤差と思われる。また、ガス調質品は、元々浸炭を目的にした処理ではないためと推測されるが、深さと硬度との間には明確な相関関係はみられない。
【0054】
図3(A)では、シャルピー試験の結果を示している。各試料の材質はそれぞれSCM435で、440℃で焼き戻しを行った。試料は、JIS Z2242の規定に準じた試験片を使用した。
【0055】
拡散時間は、実施例Aは30分、Bは60分、Cは90分であった。JIS B1051の規定では衝撃値は15J以上になっているが、いずれの試料もJISの規定を大幅にクリアしている。本願の実施例について述べると、浸炭量を軽減したことにより、ハイテンボルトの条件を大きくクリアできるに至っている。
【0056】
この図3(A)において、各サンプルとも、傾向として心部側から表面に向けて硬度が高くなっていることを理解できるが、このことは、硬化が深くなるほど浸炭量が増大していることを意味している。硬度は必ずしも一本調子で変化しておらず、凹凸を持ちつつ変化している例もあるが、これは、硬さの測定誤差と基材化学組成のバラツキの影響と推測される。
【0057】
図3(B)では、引っ張り試験の結果を示している。試験では5本の丸棒サンプルを使用し、JISの規定に基づいて計測し、平均値をグラフ化している。この試験結果から、本願実施例がJISのクラス12.9で規定する引っ張り強度を満たしていることを理解できる。また、図3(B)において、本願実施例も比較例も明確な降伏点は現れていないが、最大値の90%である1260MPaは弾性変形領域内であるため、90%の荷重解除で元に戻るというクラス12.9の条件をクリアしていると云える。
【0058】
図4では、疲労試験(応力範囲と破断繰り返し数との関係)を示している。試験は、JISのZ2273に準拠して行った。この図4において、本願実施例とガス調質品とが少し似た傾向を呈しているが、これは、両者とも材料がSCM435であることに起因しているためと推測される。
【0059】
ここで特筆すべきは、比較例aは500万回以上で破断しない応力範囲は最大で760MPaであるが、本願実施例では840MPaでも500万回以上で破断しない疲労強度を有している点であり、ここから、図2(A)に示す水素吸蔵量に起因して、本願発明の実施品がガス浸炭品に比べて格段に高い疲労強度を有していることを理解できる。
【0060】
以上、本願発明の実施形態を説明したが、本願発明は他にも様々に具体化できる。材料としては、SCM435の他にもSCM440のような他のクロムモリブデン鋼なども使用できる。なお、敢えて述べるまでもないが、SCM435にはSCM435Hも含まれる。
【0061】
JISのB1051では、12.9をハイテンボルトの最高位のクラスとして規定しているが、本願発明により、例えば13.9や14.9といった更なる高強度でしかも疲労強度に優れたボルトをクラス化することも可能であると云える。この場合は、硬度の上限値は、現在クラス12.9で規定しているHv435よりも高くなるかもしれない。
なお、本願発明は、JIS(B1501)で規定するクラスのうち12.9よりも低いクラスにも適用できる。この場合も、必要な強度は確保しつつ疲労強度を格段に向上できる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本願発明は、棒状ファスナの熱処理に具体化できる。従って、産業上利用できる。
【符号の説明】
【0063】
W ワーク
1 処理炉
2 ガス導入口
3 ガス排出口
5 冷却室
6 焼入れ室
8 炭化水素ガスボンベ(アセチレンボンベ)
12 真空ポンプ(真空源)
18 水素濃度センサ
20 酸素センサ
21 制御装置
【要約】
【課題】JISで規定するクラス12.9のハイテンボルトを高品質で製造できる技術を開示する。
【解決手段】材料としてSCM435又はこれと同等の鋼材を使用する。熱処理には真空浸炭法を使用するが、水素が過剰にならないようにアセチレンの導入量を調節する。通常の無水素浸炭に比べて浸炭時間を短かくして1分程度~数分だけの浸炭時間とする。他方、拡散には浸炭時間の20~40倍の時間をかけている。焼き戻しの温度は430~440℃が好適である。SCM435の特性である靱性を表層まで残しつつ、表層の硬度を必要な硬度に高めることができる。これにより、耐遅れ破壊性に優れて信頼性を向上させたハイテンボルトを提供できる。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4