(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-04
(45)【発行日】2022-04-12
(54)【発明の名称】投与装置
(51)【国際特許分類】
A61M 5/30 20060101AFI20220405BHJP
【FI】
A61M5/30
(21)【出願番号】P 2017559250
(86)(22)【出願日】2016-12-28
(86)【国際出願番号】 JP2016089190
(87)【国際公開番号】W WO2017115868
(87)【国際公開日】2017-07-06
【審査請求日】2019-10-11
(31)【優先権主張番号】P 2015255792
(32)【優先日】2015-12-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002901
【氏名又は名称】株式会社ダイセル
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100123098
【氏名又は名称】今堀 克彦
(74)【代理人】
【識別番号】100160945
【氏名又は名称】菅家 博英
(72)【発明者】
【氏名】小田 愼吾
(72)【発明者】
【氏名】永松 信二
(72)【発明者】
【氏名】山下 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】橋本 文
【審査官】上石 大
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-061269(JP,A)
【文献】特開2013-059424(JP,A)
【文献】特表2005-534375(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61M 5/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定物質を含む投与液体を対象領域に投与する投与装置であって、
前記投与液体を収容する収容部と、
少なくとも高エネルギー物質を含み、該高エネルギー物質を燃焼させることで投与エネルギーを生成し、付与する駆動部と、
前記駆動部での投与エネルギーにより、前記収容部に収容されている前記投与液体を加圧する加圧部と、
前記加圧部によって加圧された前記投与液体を前記対象領域に対して射出口より射出する射出部と、
を備え、
前記加圧部は、前記投与エネルギーの付与に対応し前記射出口での前記投与液体の圧力推移において、圧力の立ち上り時からの所定期間内に該圧力推移における振動が収束状態を迎えるとともに、該所定期間内の振動における最初の第1振動要素後の他の振動要素のピーク値に対する該第1振動要素のピーク値の比率が、1より大きく且つ所定の第1比率以下となるように、該投与液体を加圧し、
前記所定期間は、前記立ち上がり時から2msec以内の期間であり、
前記所定期間において前記圧力推移における振動は複数の振動要素を含み、各振動要素の全振幅は時間経過とともに小さくなって
おり、
前記立ち上り時から前記所定期間内において、前記投与液体の圧力は、500~10000Hzに属する周波数で減衰振動しながら前記収束状態に至り、
前記所定期間内の振動に含まれる前記他の振動要素の全振幅は、15MPa以下である、
投与装置。
【請求項2】
前記第1振動要素は、前記立ち上がり時から0.5msec以内に、前記ピーク値である10MPa以上の圧力に至る振動である、
請求項1に記載の投与装置。
【請求項3】
所定物質を含む投与液体を対象領域に投与する投与装置であって、
前記投与液体を収容室に収容する収容部と、
少なくとも高エネルギー物質を含み、該高エネルギー物質を燃焼させることで投与エネ
ルギーを生成し、付与する駆動部と、
前記駆動部での投与エネルギーにより、前記収容部に収容されている前記投与液体を加圧する加圧部と、
前記加圧部によって加圧された前記投与液体を前記対象領域に対して射出口より射出する射出部と、
を備え、
前記加圧部は、前記投与エネルギーの付与に対応し前記射出口での前記投与液体の圧力推移において、圧力の立ち上り時からの所定期間内に該圧力推移における振動が経時的に減衰し、且つ、該所定期間内の振動が所定周波数範囲に属する周波数での減衰振動となるように、該投与液体を加圧し、
前記所定期間は、前記立ち上がり時から2msec以内の期間であり、
前記所定周波数範囲は、500~10000Hzであり、
前記所定期間において前記圧力推移における振動は複数の振動要素を含み、各振動要素の全振幅は時間経過とともに小さくなって
おり、
前記所定期間内の振動における最初の第1振動要素を除く他の振動要素の全振幅は、15MPa以下である、
投与装置。
【請求項4】
前記所定期間は、前記立ち上がり時から1.5msec以内の期間である、
請求項1から請求項3の何れか1項に記載の投与装置。
【請求項5】
燃焼により所定ガスを生成するガス発生剤であって、前記高エネルギー物質の燃焼によって発生する燃焼生成物に晒される位置に配置されるガス発生剤を、更に備え、
前記加圧部は、前記投与液体の圧力の前記立ち上り時から前記所定期間が経過した時期の近傍で、更に、前記ガス発生剤の燃焼で生じるエネルギーにより前記投与液体を加圧する、
請求項1又は請求項3に記載の投与装置。
【請求項6】
前記投与エネルギーを第1投与エネルギーとし、
前記ガス発生剤の燃焼で生じるエネルギーを第2投与エネルギーとし、
前記第2投与エネルギーによる前記投与液体の圧力推移におけるピーク値は、前記第1投与エネルギーによる該投与液体の圧力推移のうち前記第1振動要素を除く圧力推移におけるピーク値以上である、
請求項5に記載の投与装置。
【請求項7】
前記投与装置は、導入部を介することなく、前記投与液体を前記射出口から前記対象領域に投与する装置である、
請求項1から請求項6の何れか1項に記載の投与装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、所定物質を含む投与液体を対象領域に投与する投与装置に関する。
【背景技術】
【0002】
生体等の対象領域に薬液を投与する装置として注射器が例示できるが、近年、取り扱いの容易さや衛生面等から、注射針を有しない無針注射器の開発が行われている。一般に、無針注射器では、圧縮ガスやバネ等の駆動源により加圧された薬液を対象領域に向かって射出し、その薬液が有する運動エネルギーを利用して対象領域の内部に薬液が投与される構成が実用化されており、また別の駆動源として火薬燃焼の利用が検討されている。このように無針注射器では対象領域の内部に対して直接接触する機械的な構成(すなわち、注射針)が存在しないため、ユーザの利便性は高い。一方で、そのような機械的な構成が存在しないが故に、薬液を対象領域内の所望の部位に投与することは必ずしも容易とはいえなかった。
【0003】
ここで、特許文献1には、無針注射器によって、薬液を生体の皮膚構造体の所望の深さに送り込む技術が開示されている。具体的には、注射液の射出のための加圧に関し、注射対象領域に貫通路を形成させるために、圧力を第1ピーク圧力まで上昇させた後、該注射液への圧力を待機圧力まで下降させる第1加圧モードと、待機圧力にある注射液に対して加圧を行い、該注射液への圧力を第二ピーク圧力まで上昇させて、所定の注射量の注射を行う第二加圧モードと、を行う加圧制御が行われる。このような加圧制御が行われることで、対象領域内での注射液の挙動が制御される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
これまで、無針注射器をはじめとする様々な薬液を投与する投与装置において、その投与のための駆動源としては、バネ、圧縮ガス、火薬等が利用されてきている。何れの駆動源を用いても、薬液を加圧することで対象領域に当該薬液を射出し、その薬液が持つ運動エネルギーを利用して対象領域の内部への投入が図られることになる。そのため、対象領域をミクロ的に見ると、対象領域の構成物(例えば、対象領域が生体等であれば、その組織や細胞等)に過度な荷重が掛かり、構成物が破壊され、その機能が損傷される恐れがある。特に対象領域への投与初期においては、外部から対象領域内に薬液を侵入させる必要があるため、対象領域が受ける影響は大きくなる傾向にある。この投与に起因する対象領域が受ける影響を対象領域への侵襲性と捉え、従来技術による投与装置では十分に考慮されていない。
【0006】
例えば上記の特許文献1に開示の技術では、火薬燃焼により注射液に印加される圧力を2つの加圧モードに分けて制御することで、好適な注射液の射出を図っている。しかし、注射液を所望の深さに到達させるために、射出初期において注射液を第1ピーク圧で加圧する点は開示されてはいるものの、対象領域への侵襲性を考慮して注射液の射出を行う旨の開示は見出せない。また、特許文献1に係る無針注射器以外の従来の投与装置においても、対象領域への侵襲性を十分に考慮した投与制御の開示は皆無である。
【0007】
そこで、本発明は、上記した問題に鑑み、所定物質を含む投与液体を対象領域に投与する投与装置において、投与時の対象領域への侵襲性を低減し得る技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、投与時の初期段階における、加圧された投与液体の圧力推移に着目した。上記の通り、投与装置においては、投与液体が有する運動エネルギーによって外部から対象領域への内部への投与が図られるものであり、特に投与時の初期段階において対象領域の表層を貫通しその内部に進入する際に、対象領域の構成物が投与液体から圧力を受ける状況に晒されるからである。
【0009】
具体的には、本発明は、所定物質を含む投与液体を対象領域に投与する投与装置であって、前記投与液体を収容する収容部と、投与エネルギーを付与する駆動部と、前記駆動部での投与エネルギーにより、前記収容部に収容されている前記投与液体を加圧する加圧部と、前記加圧部によって加圧された前記投与液体を前記対象領域に対して射出口より射出する射出部と、を備える。そして、前記加圧部は、前記投与エネルギーの付与に対応し前記射出口での前記投与液体の圧力推移において、圧力の立ち上り時からの所定期間内に該圧力推移における振動が収束状態を迎えるとともに、該所定期間内の振動における最初の第1振動要素後の他の振動要素のピーク値に対する該第1振動要素のピーク値の比率が、1より大きく且つ所定の第1比率以下となるように、該投与液体を加圧する。
【0010】
本発明に係る投与装置において、駆動部は投与液体を対象領域に対して投与するために利用される投与エネルギーを生成するように構成される。より具体的には、当該投与エネルギーの生成は化学的に生成されてもよく、その投与エネルギーの一例としては、火薬・爆薬等の高エネルギー物質の酸化反応によって生じる燃焼エネルギーであってもよい。また別法として、当該投与エネルギーの生成は、電気的に生成されてもよく、その投与エネルギーの一例としては、圧電素子や電磁アクチュエータなどのように投入された電力によるエネルギーであってもよい。更に別法としては、当該投与エネルギーの生成は、物理的に生成されてもよく、その投与エネルギーの一例としては、弾性体による弾性エネルギーや圧縮ガス等の圧縮物体が有する内部エネルギーであってもよい。すなわち、本発明の駆動部が生成するエネルギーは、投与装置において投与液体の投与を可能とするエネルギーであれば何れのものであっても構わない。また、投与エネルギーは、これらの燃焼エネルギー、電力によるエネルギー、弾性エネルギー等の内部エネルギーを適宜組み合わせた複合型のエネルギーであっても構わない。
【0011】
なお、高エネルギー物質の燃焼エネルギーを投与エネルギーとして利用する場合、高エネルギー物質としては、例えば、ジルコニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬、水素化チタンと過塩素酸カリウムを含む火薬、チタンと過塩素酸カリウムを含む火薬、アルミニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬、アルミニウムと酸化ビスマスを含む火薬、アルミニウムと酸化モリブデンを含む火薬、アルミニウムと酸化銅を含む火薬、アルミニウムと酸化鉄を含む火薬のうち何れか一つの火薬、又はこれらのうち複数の組み合わせからなる火薬であってもよい。これらの高エネルギー物質(火薬)の特徴としては、その燃焼生成物が高温状態では気体であっても常温では気体成分を含まないため、点火後燃焼生成物が直ちに凝縮を行う結果、対象領域への投与に用いた場合、対象領域のより浅い部位への効率的な投与が可能となる。
【0012】
上記駆動部による投与エネルギーは加圧力を発生し、その結果、収容部に収容されている投与液体が押し出され、最終的に射出口から対象領域に向けて射出される。なお、本発明に係る投与装置において、投与液体に含まれる所定物質としては、対象領域内で効能が期待される成分や対象領域内で所定の機能の発揮が期待される成分を含む物質が例示できる。そのため、少なくとも駆動部による投与エネルギーでの射出が可能であれば、投与液体内での所定物質の物理的形態は、液体内に溶解した状態で存在してもよく、又は液体に溶解せずに単に混合された状態であってもよい。一例を挙げれば、送りこむべき所定物質として、抗体増強のためのワクチン、美容のためのタンパク質、毛髪再生用の培養細胞等があり、これらが射出可能となるように、液体の媒体に含まれることで投与液体が形成される。なお、投与液体の媒体としては、対象領域内部に投与された状態において所定物質の上記効能や機能を阻害するものでない媒体が好ましい。別法として、対象領域内部に投与された状態において、所定物質とともに作用することで上記効能や機能が発揮される媒体であってもよい。
【0013】
ここで、本発明に係る投与装置では、投与エネルギーの付与に対応し射出口での投与液体の圧力推移、すなわち、投与エネルギーにより射出される投与液体に掛かっている圧力の推移(以降、「射出圧推移」という)が、投与時における対象領域の損傷を低減し得る推移となるように加圧が行われる。なお、射出口での投与液体の圧力とは、射出口から射出された直後、すなわち射出口近傍における投与液体に掛かっている圧力であり、投与液体が射出口より射出されるための圧力である。物理的には、射出により射出口からの離間距離が延びるほど投与液体に掛かる圧力は低下するが、本発明は、投与液体が対象領域に向かって投与装置から射出される時点での当該投与液体の持つ運動エネルギーに着目し、「射出口での投与液体の圧力」及びその「圧力推移」という文言を使用している。したがって、射出口からの離間距離と、その離間距離による圧力低下との間に所定の相関がある場合には、その離間距離の位置での投与液体の圧力推移は、本発明に係る「射出口での投与液体の圧力推移」を反映しているものとみなすことができる。この射出圧推移は、投与エネルギーの付与を起点とする投与の初期段階における圧力推移である。したがって、射出圧推移により射出される投与液体は、外部から対象領域の内部に進入する過程を経るものであり、対象領域に対して何らかの力学的作用を及ぼすものである。そのため、投与時の対象領域の損傷低減の観点から、この射出圧推移の形成は極めて重要である。
【0014】
ここで、本願の発明者は、この射出圧推移において、圧力の立ち上り時からの所定期間内に圧力振動が収束状態を迎え、その際に、所定期間内の振動における最初の第1振動要素後の他の振動要素のピーク値に対する第1振動要素のピーク値の比率が、1より大きく且つ所定の第1比率以下となるように、加圧部による加圧が行われることで、対象領域の損傷を大きく低減できることを見出した。なお、ここで言う振動要素とは、射出圧推移に含まれる圧力振動の一部を構成するものである。この損傷低減のメカニズムについては、本願の発明者は次のように想定する。ただし、本願の発明者はこのメカニズムに拘泥する意図はなく、加圧部による投与液体への加圧が行われた結果、本願と同様の効果を奏する発明に対しては、仮に当該メカニズムとは異なるメカニズムに従うものであったとしても、本願の発明の範疇に属するものと考える。詳細には、このような損傷低減のメカニズムは、所定期間という限られた期間において、投与液体の圧力が、第1振動要素のピークが他の振動より大きくなるように振動することで、対象領域の表層を好適に貫通させながら、対象領域の構成物同士の界面に沿うように投与液体が対象領域内に流れ込みやすくなることによるものと考えられる。そのため、投与液体が対象領域の構成物に直撃するような作用を回避でき、以て投与時の対象領域への侵襲性を低減し得る。また、細胞内に所定物質を導入しようとする場合には、圧力振動を上記の通りに制御することで、細胞膜の一時的な開口を生じせしめ、所定物質を細胞内に効率よく導入できるようになると考える。
【0015】
したがって、上記所定の第1比率は、射出圧推移において、投与液体による対象領域の表層の貫通のための圧力と、その後の対象領域内への力学的作用を低減可能な圧力との形成を可能等する比率である。当該比率は、具体的な対象領域の構造(例えば、生体の特定の細胞等)や物理的特性(弾性力)に応じて適宜設定され得る。特に、第1振動のピーク値が過度に大きくなると、対象領域内に流れ込んだ投与液体のエネルギーが大きくなり、対象領域への影響が無視できない程度になるため、この観点から当該比率の上限が決められてもよい。また、所定期間については、過度に長くなると対象領域内で投与液体が長期にわたって振動することになり、対象領域の構成物同士の界面に好ましくない影響を及ぼし得る。そこで、立ち上がり時から2msec以内の期間であるのが好ましく、更に、立ち上がり時から1.5msec以内の期間であるのがより好ましい。
【0016】
ここで、上記の投与装置において、前記第1振動要素は、前記立ち上がり時から0.5msec以内に、前記ピーク値である10MPa以上の圧力に至る振動であるのが好ましい。このように第1振動要素を急峻に立ち上げることで、特に、投与液体が対象領域の表層を貫通してその内部に進入していく際に、対象領域の構成物同士の界面での損傷発生を抑制できる。
【0017】
また、上述までの投与装置において、前記立ち上り時から前記所定期間内において、前記投与液体の圧力は、所定周波数範囲に属する周波数で減衰振動しながら前記収束状態に至るのが好ましい。例えば、前記所定周波数範囲は、500~10000Hzであってもよい。このような加圧部による加圧で、投与液体に、特定の所定周波数範囲での振動が付与されることで、対象領域の構成物同士の界面に沿うように投与液体が対象領域内に流れ込みやすくなる。これは、対象領域の構成物の固有振動数等が関与しているものと考えられる。
【0018】
また、上述までの投与装置において、前記所定期間内の振動に含まれる前記他の振動要素の全振幅は、15MPa以下とするのが好ましい。対象領域の表層を貫通する第1振動要素を除いた他の振動要素については、このようにその全振幅が過度に大きくならないようにすることで、対象領域への侵襲性を低減することが可能となる。
【0019】
また、本発明を、別の側面を有する投与装置として捉えることもできる。すなわち、本発明は、所定物質を含む投与液体を対象領域に投与する投与装置であって、前記投与液体を収容室に収容する収容部と、投与エネルギーを付与する駆動部と、前記駆動部での投与エネルギーにより、前記収容部に収容されている前記投与液体を加圧する加圧部と、前記加圧部によって加圧された前記投与液体を前記対象領域に対して射出口より射出する射出部と、を備える。そして、前記加圧部は、前記投与エネルギーの付与に対応し前記射出口での前記投与液体の圧力推移において、圧力の立ち上り時からの所定期間内に該圧力推移における振動が経時的に減衰し、且つ、該所定期間内の振動が所定周波数範囲に属する周波数での減衰振動となるように、該投与液体を加圧するように構成される。
【0020】
すなわち、本願の発明者は、射出圧推移において、圧力の立ち上り時からの所定期間内に圧力振動が経時的に減衰し、その際に、所定期間内の振動が所定周波数範囲に属する周波数での減衰振動となるように、加圧部による加圧が行われることでも、対象領域の損傷を大きく低減できることを見出した。なお、投与エネルギー、所定期間、及び所定周波数範囲については、上述の通りである。この損傷低減のメカニズムについては、本願の発明者は次のように想定する。ただし、本願の発明者はこのメカニズムに拘泥する意図はなく、加圧部による投与液体への加圧が行われた結果、本願と同様の効果を奏する発明に対しては、仮に当該メカニズムとは異なるメカニズムに従うものであったとしても、本願の発明の範疇に属するものと考える。詳細には、このような損傷低減のメカニズムは、所定期間という限られた期間において、投与液体の圧力が振動しながら推移することで、投与液体が対象領域の構成物同士の界面に沿うように対象領域内に流れ込みやすくなることによるものと考えられる。そのため、投与液体が対象領域の構成物に直撃するような作用を回避でき、以て投与時の対象領域への侵襲性を低減し得る。また、細胞内に所定物質を導入しようとする場合には、圧力振動を上記の通りに制御することで、細胞膜の一時的な開口を生じせしめ、所定物質を細胞内に効率よく導入できるようになると考える。
【0021】
また、上記の投与装置において、前記所定期間内の振動における最初の第1振動要素後の他の振動要素のピーク値に対する該第1振動要素のピーク値の比率が、1より大きく且つ所定の第1比率以下となってもよい。当該所定の第1比率は、上述の比率と同じである。このように射出圧推移での減衰振動において、第1振動要素のピーク値が決定されることで、投与液体の対象領域へのより好適な投与が実現される。
【0022】
また、この場合、前記第1振動要素は、前記立ち上がり時から0.5msec以内に、前記ピーク値である10MPa以上の圧力に至る振動であってもよい。このように第1振動要素を急峻に立ち上げることで、特に、投与液体が対象領域の表層を貫通してその内部に進入していく際に、対象領域の構成物同士の界面での損傷発生を抑制できる。また、前記所定期間内の振動における最初の第1振動要素を除く他の振動要素の全振幅は、15MPa以下であってもよい。このように対象領域の表層を貫通する第1振動要素を除いた他の振動要素については、その全振幅が過度に大きくならないようにすることで、対象領域への侵襲性を低減することが可能となる。
【0023】
ここで、上述の高エネルギー物質の燃焼エネルギーを投与エネルギーとして利用する投与装置において、燃焼により所定ガスを生成するガス発生剤であって、前記高エネルギー物質の燃焼によって発生する燃焼生成物に晒される位置に配置されるガス発生剤を、更に備えてもよい。そして、前記加圧部は、前記投与液体の圧力の前記立ち上り時から前記所定期間が経過した時期の近傍で、更に、前記ガス発生剤の燃焼で生じるエネルギーにより前記投与液体を加圧するように構成される。ガス発生剤の燃焼エネルギーを投与液体の射出のためのエネルギーとして利用する場合、ガス発生剤としては、シングルベース無煙火薬や、エアバッグ用ガス発生器やシートベルトプリテンショナ用ガス発生器に使用されている各種ガス発生剤を用いることも可能である。
【0024】
このようにガス発生剤を利用して投与液体の加圧を行う場合、立ち上がり時から所定期間が経過した時期の近傍、すなわち投与液体の圧力が概ね収束状態に至っており、又は、投与液体の圧力振動が大きく減衰している時期に行うのが好ましい。このようなガス発生剤を利用した加圧を行うことで、高エネルギー物質の燃焼により対象領域への侵襲性を低減させながら投与液体を送り込んでいる状態から、更にガス発生剤の燃焼により投与液体を送り込むことになる。ガス発生剤は、その燃焼速度は比較的遅いため、ガス発生剤の燃焼時の投与液体の圧力推移は、高エネルギー物質の燃焼時と比べて緩やかに上昇することになる。そのため、対象領域への侵襲性を低減した状態を保ちながら、より多くの投与液体を対象領域の内部に送り込むことが可能となる。
【0025】
また、このようにガス発生剤を用いる投与装置において、前記投与エネルギーを第1投与エネルギーとし、且つ、前記ガス発生剤の燃焼で生じるエネルギーを第2投与エネルギーとする場合、前記第2投与エネルギーによる前記投与液体の圧力推移におけるピーク値は、前記第1投与エネルギーによる該投与液体の圧力推移のうち前記第1振動要素を除く圧力推移におけるピーク値以上であってもよい。上記の通り、ガス発生剤の燃焼速度は比較的緩やかである。そのため、このように第2投与エネルギーによる投与液体の圧力推移におけるピーク値が、第1投与エネルギーによる圧力推移のうち第1振動様子を除く圧力推移でのピーク値以上であっても、対象領域はその際の荷重には十分に耐え得、損傷は生じにくい。一方で、ガス発生剤の燃焼時の圧力推移におけるピーク値が高くなることで、効率的に且つ速やかに投与液体を対象領域内に送り込むことが可能となる。
【0026】
上述までの投与装置は、導入部を介することなく、前記投与液体を前記射出口から前記対象領域に投与する装置であってもよい。また、別法として、当該投与装置は、投与対象である生体の細胞に対して、所定物質を導入する細胞加工装置であってもよく、また、その加工を行いながら生体の組織や器官へ当該細胞を注入することが可能な装置であってもよい。更に別法として、当該投与装置は、生体の対象領域に対してカテーテル部を介した薬液等を投与する装置であってもよい。なお、このように本発明に係る投与装置を例示はするが、これにより本発明に係る投与装置の適用範囲を限定する意図は無く、上述した本発明の発明構成を有する限り、本発明に係る投与装置に相当するものである。
【発明の効果】
【0027】
所定物質を含む投与液体を対象領域に投与する投与装置において、投与時の対象領域への侵襲性を低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【
図1】本発明に係る投与装置の概略構成を示す図である。
【
図2A】
図1に示す投与装置に組み込まれる装置組立体を構成する第1のサブ組立体の概略構成を示す図である。
【
図2B】
図1に示す投与装置に組み込まれる装置組立体を構成する第2のサブ組立体の概略構成を示す図である。
【
図3】投与の対象領域である皮膚の構造体を説明する図である。
【
図4】本発明に係る投与装置により射出された投与液体の射出圧推移を示す第1の図である。
【
図5】本発明に係る投与装置における、火薬燃焼に関する燃焼圧、収容されている投与液体に掛かる圧力、射出された投与液体の射出圧の各推移を示す図である。
【
図6】本発明に係る投与装置により射出された投与液体の射出圧推移を示す第2の図である。
【
図7】本発明の第1の実施例のゲル振動実験における、該ゲルの変位推移を示す図である。
【
図8】本発明の第3の実施例に係る、ブタ腹部皮膚組織への投与実験結果を示すMRI画像を示す図である。
【
図9】本発明の第4の実施例に係る、ラット皮膚組織への投与実験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下に、図面を参照して本願発明の実施形態に係る投与装置1について説明する。投与装置1は下記の通り、投与液体を対象領域に投与する装置であり、その投与液体の投与動作が、本発明に係る投与装置の投与動作に相当する。したがって、当該投与液体が、本発明に係る投与液体に相当する。なお、以下の実施形態の構成は例示であり、本願発明はこの実施の形態の構成に限定されるものではない。なお、本実施例において、投与装置1の長手方向における相対的な位置関係を表す用語として、「先端側」及び「基端側」を用いる。当該「先端側」は、後述する投与装置1の先端寄り、すなわち射出口31a寄りの位置を表し、当該「基端側」は、投与装置1の長手方向において「先端側」とは反対側の方向、すなわち駆動部7側の方向を表している。
【0030】
<投与装置1の構成>
ここで、
図1は、投与装置1の概略構成を示す図であり、投与装置1のその長手方向に沿った断面図でもある。投与装置1は、後述するシリンジ部3とプランジャ4とで構成されるサブ組立体(後述の
図2Aを参照)10Aと、投与装置本体6とピストン5と駆動部7とで構成されるサブ組立体(後述の
図2Bを参照)10Bとが一体に組み立てられた装置組立体10が、ハウジング2に取り付けられることで構成される。なお、本願の以降の記載においては、投与装置1により対象領域に投与される投与液体は、当該対象領域で期待される効能や機能を発揮する所定物質が液体の媒体に含有されることで形成されている。その投与液体において、所定物質は媒体である液体に溶解した状態となっていてもよく、また、溶解されずに単に混合された状態となっていてもよい。
【0031】
投与液体に含まれる所定物質としては、例えば生体である対象領域において投与可能な薬剤や医薬品だけではなく、生体由来物質や所望の生理活性を発する物質が例示でき、例えば、生体由来物質としては、DNA、RNA、核酸、抗体、細胞等が挙げられ、生理活性を発する物質としては、低分子医薬、温熱療法や放射線療法のための金属粒子等の無機物質、キャリアとなる担体を含む各種の薬理・治療効果を有する物質等が挙げられる。また、投与液体の媒体である液体としては、これらの所定物質を対象領域内に投与するために好適な物質であればよく、水性、油性の如何は問われない。また、所定物質を投与装置1にて投与可能であれば、媒体である液体の粘性についても特段に限定されるものではない。また、投与液体の投与対象である対象領域については、上記所定物質が投与されるべき領域であり、例えば、生体の細胞や組織(皮膚等)、臓器器官(眼球、心臓、肝臓等)等が例示できる。なお、支障の無い限りにおいて、生体本体から切り離した状態で、生体の構成物を対象領域と設定することも可能である。すなわち、ex-vivoでの対象領域(組織や器官)に対する所定物質の投与、及びin-vitroでの対象領域(培養細胞や培養組織)に対する所定物質の投与も、本発明に係る投与装置の範疇に含まれる。
【0032】
上記の通り、装置組立体10は、ハウジング2に対して脱着自在となるように構成されている。装置組立体10に含まれるシリンジ部3とプランジャ4との間に形成される収容室32(
図2Aを参照)には投与液体が充填され、そして、当該装置組立体10は、投与液体の射出を行う度に交換されるユニットである。一方で、ハウジング2側には、装置組立体10の駆動部7に含まれる点火器71に電力供給するバッテリ9が含まれている。バッテリ9からの電力供給は、ユーザがハウジング2に設けられたボタン8を押下する操作を行うことで、配線を介してハウジング2側の電極と、装置組立体10の駆動部7側の電極との間で行われることになる。なお、ハウジング2側の電極と装置組立体10の駆動部7側の電極とは、装置組立体10がハウジング2に取り付けられると、自動的に接触するように両電極の形状および位置が設計されている。またハウジング2は、バッテリ9に駆動部7に供給し得る電力が残っている限りにおいて、繰り返し使用することができるユニットである。そして、ハウジング2においては、バッテリ9の電力が無くなった場合には、バッテリ9のみを交換しハウジング2は引き続き使用してもよい。
【0033】
ここで、
図2A及び
図2Bに基づいて、サブ組立体10A及び10Bの構成、及び両サブ組立体に含まれるシリンジ部3、プランジャ4、ピストン5、投与装置本体6、駆動部7の詳細な構成について説明する。シリンジ部3は、投与液体を収容可能な空間である収容室32を含むノズル部31を有しているとともに、サブ組立体10Aにおいて収容室32内を摺動可能となるようにプランジャ4が配置される。
【0034】
シリンジ部3のボディ30は、例えば、公知のナイロン6-12、ポリアリレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンサルファイド又は液晶ポリマー等が使用できる。また、これら樹脂にガラス繊維やガラスフィラー等の充填物を含ませてもよく、ポリブチレンテレフタレートにおいては20~80質量%のガラス繊維を、ポリフェニレンサルファイドにおいては20~80質量%のガラス繊維を、また液晶ポリマーにおいては20~80質量%のミネラルを含ませることができる。
【0035】
そして、そのボディ30の内部に形成された収容室32においてプランジャ4がノズル部31方向(先端側方向)に摺動可能となるように配置され、プランジャ4とシリンジ部3のボディとの間に形成される空間が、投与液体320が収容される空間となる。ここで、収容室32内をプランジャ4が摺動することで、収容室32に収容されている投与液体320が押圧されてノズル部31の先端側に設けられた射出口31aより射出されることになる。そのため、プランジャ4は、収容室32内での摺動が円滑であり、且つ、投与液体320がプランジャ4側から漏出しないような材質で形成される。具体的なプランジャ4の材質としては、例えば、ブチルゴムやシリコンゴムが採用できる。更には、スチレン系エラストマー、水添スチレン系エラストマーや、これにポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテン、α-オレフィン共重合体等のポリオレフィンや流パラ、プロセスオイル等のオイルやタルク、キャスト、マイカ等の粉体無機物を混合したものがあげられる。さらにポリ塩化ビニル系エラストマー、オレフィン系エラストマー、ポリエステル系エラストマー、ポリアミド系エラストマー、ポリウレタン系エラストマーや天然ゴム、イソプレンゴム、クロロプレンゴム、ニトリル-ブタジエンゴム、スチレン-ブタジエンゴムのような各種ゴム材料(特に加硫処理したもの)や、それらの混合物等を、プランジャ4の材質として採用することもできる。また、プランジャ4とシリンジ部3との間の摺動性を確保・調整する目的で、プランジャ4の表面やシリンジ部3の収容室32の表面を各種物質によりコーティング・表面加工してもよい。そのコーティング剤としては、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、シリコンオイル、ダイヤモンドライクカーボン、ナノダイヤモンド等が利用でき、これらの材料により摺動性を所望の範囲に調整することによって、後述する射出圧推移やその振動要素を制御してもよい。
【0036】
ここで、プランジャ4は、
図2Aに示すように、頭部41と胴部42を有し、両者の間は頭部41及び胴部42の直径よりも小さく径を有する首部43で繋がれているものとすることができる。このように首部43の直径を小さくするのは、シール部材となるOリングの収容空間を形成するためである。なお、頭部41の先端側の輪郭は、ノズル部31の内壁面の輪郭に概ね一致する形状となっている。これにより、投与液体の射出時にプランジャ4がノズル部31側に摺動し、収容室32において最も奥に位置する最奥位置に到達したときに、プランジャ4とノズル部31の内壁面との間に形成される隙間を可及的に小さくでき、投与液体320が収容室32内に残り無駄となることを抑制することができる。ただし、プランジャ4の形状は、本発明の投与装置において所望の効果が得られる限りにおいて、特定の形状に限定されるものではない。また、胴部42において単数または複数の突起部を設けプランジャ4と収容室32との接触面積を調整して、プランジャ4とシリンジ部3との間の摺動性を調整でき、また、突起部の形状を変更することでも当該摺動性を調整でき、これにより、後述する射出圧推移やその振動要素を制御してもよい。
【0037】
更に、プランジャ4には、胴部42の基端側の端面から、更に基端側の方向に延在するロッド部44が設けられている。このロッド部44は胴部42と比べて十分にその直径は小さいが、ユーザが当該ロッド部44を把持して収容室32内を移動させることが可能な程度の直径を有している。また、プランジャ4がシリンジ部3の収容室32の最奥位置にある場合でも、ロッド部44がシリンジ部3の基端側の端面から突出し、ユーザが当該ロッド部44を把持できるように、ロッド部44の長さが決定されている。
【0038】
ここで、シリンジ部3の説明に戻る。シリンジ部3側のノズル部31に設けられた流路の内径は、収容室32の内径よりも細く形成されている。このような構成により、高圧に加圧された投与液体320が、流路の射出口31aから外部に射出されることになる。そこで、シリンジ部3の先端側であってノズル部31の近傍には、当該射出口31aの周囲を囲むように環状のシールド部31bが設けられている。例えば、ヒトの皮膚等の投与対象領域の表層に射出口31aを押し当てて投与液体の射出を行う場合、射出された投与液体がその周囲に飛散しないように、シールド部31bによって遮蔽することができる。なお、射出口を皮膚に押し当てた時に皮膚がある程度凹むことで、射出口と皮膚との接触性を高め、投与液体の飛散を抑制することができる。そこで、
図2Aに示すように、射出口31aが位置するノズル部31の先端は、シールド部31bの端面よりも、投与液体の射出方向に向けて若干量突出させてもよい。
【0039】
また、シリンジ部3の基端側に位置する首部33には、後述するサブ組立体10B側の投与装置本体6とシリンジ部3とを結合するためのネジ部33aが形成されている。この首部33の直径は、ボディ30の直径よりも小さく設定されている。
【0040】
次に、ピストン5、投与装置本体6、駆動部7を含むサブ組立体10Bについて
図2Bに基づいて説明する。ピストン5は、駆動部7の点火器71で生成される燃焼生成物により加圧されて、投与装置本体6のボディ60の内部に形成されている貫通孔64内を摺動するように構成されている。ここで、投与装置本体6には、貫通孔64を基準として、先端側に結合凹部61が形成されている。この結合凹部61は、上記のシリンジ部3の首部33と結合する部位であり、首部33に設けられたネジ部33aと螺合するネジ部62aが、結合凹部61の側壁面62上に形成されている。また、貫通孔64と結合凹部61とは、連通部63によって繋がれているが、連通部63の直径は、貫通孔64の直径よりも小さく設定されている。また、投与装置本体6には、貫通孔64を基準として、基端側に駆動部用凹部65が形成されている。この駆動部用凹部65に駆動部7が配置されることになる。
【0041】
また、ピストン5は、金属製であり、第1胴部51及び第2胴部52を有している。第1胴部51が結合凹部61側に、且つ第2胴部52が駆動部用凹部65側に向くように、ピストン5は貫通孔64内に配置される。この第1胴部51及び第2胴部52が、投与装置本体6の貫通孔64の内壁面と対向しながら、ピストン5は貫通孔64内を摺動する。なお、第1胴部51と第2胴部52との間は、各胴部の直径より細い連結部で繋がれており、その結果形成される両胴部間の空間には、貫通孔64の内壁面との密着性を高めるために、Oリング等が配置される。また、ピストン5は樹脂製でもよく、その場合、耐熱性や耐圧性が要求される部分は金属を併用してもよい。
【0042】
ここで、第1胴部51の先端側の端面には、第1胴部51より直径が小さく、且つ、投与装置本体6の連通部63の直径よりも小さい直径を有する押圧柱部53が設けられている。この押圧柱部53には、その先端側の端面に開口し、その直径がロッド部44の直径以上であり、且つ、その深さがロッド部44の長さより深い収容孔54が設けられている。そのため、押圧柱部53は、その先端側の端面を介して、ピストン5が点火器71の燃焼生成物により加圧されたときにその燃焼エネルギーをプランジャ4の胴部42の基端側の端面に伝えることが可能となる。なお、ピストン5の形状も
図2Bに記載の形状に限定されるものではない。
【0043】
次に、駆動部7について説明する。駆動部7は、そのボディ72が筒状に形成され、その内部に、点火薬を燃焼させて射出のためのエネルギーを発生させる電気式点火器である点火器71を有し、点火器71による燃焼エネルギーをピストン5の第2胴部52に伝えられるように、上記の通り駆動部用凹部65に配置される。詳細には、駆動部7のボディ72は、射出成形した樹脂を金属のカラーに固定したものであってもよい。当該射出成形については、公知の方法を使用することができる。駆動部7のボディ72の樹脂材料としては、シリンジ部3のボディ30と同じ樹脂材料で形成されている。
【0044】
ここで、点火器71において用いられる点火薬は、本発明に係る高エネルギー物質に相当する。そして、当該点火薬の燃焼エネルギーが本発明に係る投与エネルギーに相当し、故に、燃焼エネルギーの生成、すなわち点火薬の燃焼が、投与エネルギーの付与に相当することとなる。なお、当該点火薬としては、好ましくは、ジルコニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬(ZPP)、水素化チタンと過塩素酸カリウムを含む火薬(THPP)、チタンと過塩素酸カリウムを含む火薬(TiPP)、アルミニウムと過塩素酸カリウムを含む火薬(APP)、アルミニウムと酸化ビスマスを含む火薬(ABO)、アルミニウムと酸化モリブデンを含む火薬(AMO)、アルミニウムと酸化銅を含む火薬(ACO)、アルミニウムと酸化鉄を含む火薬(AFO)、もしくはこれらの火薬のうちの複数の組合せからなる火薬が挙げられる。これらの火薬は、点火直後の燃焼時には高温高圧のプラズマを発生させるが、常温となり燃焼生成物が凝縮すると気体成分を含まないために発生圧力が急激に低下する特性を示す。適切な投与が可能な限りにおいて、これら以外の火薬を点火薬として用いても構わない。
【0045】
また、
図1に示す投与装置本体6内には、特に追加的な火薬成分としてガス発生剤は配置されていないが、ピストン5を介して投与液体にかける圧力推移を調整するために、点火器71での火薬燃焼によって生じる燃焼生成物によって燃焼しガスを発生させるガス発生剤等を配置することもできる。その配置場所は、例えば、
図2Bで点線で示されるように、点火器71からの燃焼生成物に晒され得る場所である。点火器71内に配置されるガス発生剤については、国際公開公報01-031282号や特開2003-25950号公報等に開示されているように既に公知の技術である。また、ガス発生剤の一例としては、ニトロセルロース98質量%、ジフェニルアミン0.8質量%、硫酸カリウム1.2質量%からなるシングルベース無煙火薬が挙げられる。また、エアバッグ用ガス発生器やシートベルトプリテンショナ用ガス発生器に使用されている各種ガス発生剤を用いることも可能である。貫通孔64内に配置されるときのガス発生剤の寸法や大きさ、形状、特に表面形状を調整することで、該ガス発生剤の燃焼完了時間を変化させることが可能であり、これにより、投与液体に掛ける圧力推移を調整し、その射出圧を所望の推移とすることができる。本発明では、必要に応じて使用されるガス発生剤なども駆動部7に含まれるものである。
【0046】
なお、サブ組立体10Aにおける投与液体320の充填は、プランジャ4を最奥位置まで挿入した状態で、射出口31aを投与液体が満たされている容器中に浸し、その状態を維持しながらプランジャ4を収容室32の開口部側、すなわちシリンジ部3の基端側まで引き戻すことで行われる。なお、このとき、プランジャ4の胴部42の基端側の端面が、シリンジ部3の基端側の端面より若干飛び出した位置に至るまで、プランジャ4は引き出されている。
【0047】
またサブ組立体10Bでは、先ず、
図2Bに示す投与装置本体6の基端側からピストン5を挿入する。このとき、押圧柱部53が結合凹部61側を向くように、ピストン5が貫通孔64に挿入される。そして、ピストン5の先端側の端面、すなわち収容孔54が開口する押圧柱部53の先端側の端面が、結合凹部61の底面(側壁面62に直交する面)より所定量飛び出した状態となるように位置決めされる。ピストン5の位置決めについては、貫通孔64内に位置決めのためのマークを設定する、位置決め用の治具を使用するなど、公知の技術を適宜利用すればよい。そして、駆動部用凹部65に駆動部7が取り付けられる。なお、ピストン5の貫通孔64における固定力は、駆動部7の点火器71による燃焼生成物から受ける圧力によっては、ピストン5が十分に円滑に貫通孔64内を摺動できる程度であり、且つ、サブ組立体10Aがサブ組立体10Bに取り付けられる際にピストン5がプランジャ4から受ける力に対しては十分に抗し、ピストン5の位置が変動しない程度とされる。
【0048】
このように構成されるサブ組立体10Aが、ネジ部33aと62aの螺合によりサブ組立体10Bに取り付けられることで、装置組立体10が形成されることになる。このとき、両者の結合が進んでいくと、ピストン5の押圧柱部53に設けられた収容孔54内に、プランジャ4のロッド部44が進入していき収容された状態となり、最終的には、押圧柱部53の先端側の端面が、プランジャ4の胴部42の基端側の端面に接触した状態となる。なお、収容孔54はロッド部44を収容するのに十分な大きさを有しているため、この接触状態において、収容孔54の奥の内壁面(特に、収容孔54の底面)はロッド部44の基端側の端部には接触しておらず、したがってロッド部44はピストン5側から荷重を受けてはいない。更に、最終の螺合位置まで進めていくと、上記の通りピストン5は貫通孔64に十分な摩擦力でその位置が固定されているため、押圧柱部53によりプランジャ4が射出口31a側に進むように押され、シリンジ部3内においてプランジャ4が位置決めされる。なお、このプランジャ4の押し出し量に応じた投与液体320の一部が、射出口31aから吐出される。
【0049】
このようにプランジャ4が最終位置に位置決めされると、装置組立体10の形成が完了することになる。この装置組立体10においては、投与装置本体6に対してピストン5は所定の位置に位置決めされた状態であり、そのピストン5を基準としてシリンジ部3の収容室32におけるプランジャ4の位置が機械的に最終的に決定される。このプランジャ4の最終的な位置は、装置組立体10において一義的に決定される位置であるから、最終的に収容室32内に収容される投与液体320の量を、予め決められた所定量とすることが可能となる。
【0050】
そして、当該装置組立体10はハウジング2に取り付けられて、ユーザにより射出口31aを対象領域に接触させた状態でボタン8が押下されることで、ピストン5、プランジャ4を介して、投与液体320が加圧され、その射出が実行され、対象領域内に投与液体320が投与されることになる。
【0051】
<投与液体の射出制御>
ここで、投与装置1の対象領域の例として、ヒトや家畜等の生体の皮膚構造体が挙げられる。
図3にはヒトの皮膚の解剖学的な構造を概略的に示す。ヒトの皮膚は、皮膚表面側から深さ方向に向かって、表皮、真皮、皮下組織・筋肉組織と層状に構成され、更に表皮は角層、皮内と層状に区別することができる。皮膚構造体の各層は、その組織を構成する主な細胞等や組織の特徴も異なる。
【0052】
具体的には、角層は主に角化細胞で構成され、皮膚の最表面側に位置することからいわばバリア層としての機能を有する。一般的に、角層の厚さは0.01-0.015mm程度であり角化細胞によりヒトの表面保護を果たす。そのため、外部環境とヒトの体内とをある程度物理的に遮断すべく、比較的高い強度も要求される。また、皮内は、樹状細胞(ランゲルハンス細胞)や色素細胞(メラノサイト)を含んで構成され、角層と皮内により表皮が形成され、表皮の厚さは、一般的には0.1-2mm程度である。この皮内中の樹状細胞は、抗原・抗体反応に関与する細胞と考えられている。これは、抗原を取り込むことによって樹状細胞がその存在を認識し、異物攻撃するための役割を果たすリンパ球の活性化させる抗原抗体反応が誘導されやすいからである。一方で、皮内中の色素細胞は、外部環境から照射される紫外線の影響を防止する機能を有する。また、真皮には、皮膚上の血管や毛細血管が複雑に敷き詰められており、また体温調整のための汗腺や、体毛(頭髪を含む)の毛根やそれに付随する皮脂腺等も真皮内に存在する。また、真皮はヒト体内(皮下組織・筋肉組織)と表皮とを連絡する層であり、繊維芽細胞やコラーゲン細胞を含んで構成される。そのため、いわゆるコラーゲンやエラスチン不足によるシワの発生や脱毛等については、この真皮の状態が大きく関与する。
【0053】
このようにヒトの皮膚構造は、概ね層状に形成されており、各層に主に含まれる細胞・組織等によって固有の解剖学的機能が発揮されている。このことは、皮膚に対して医学的治療等を施術する場合には、その治療目的に応じた皮膚構造体の場所(深さ)に治療のための物質を投与することが望ましいことを意味する。たとえば、皮内には樹状細胞が存在することから、ここにワクチン投与を行うことでより効果的な抗原抗体反応が期待できる。更に、皮内には色素細胞が存在していることから、いわゆる美白のための美容治療を行う場合においても美白用の所定物質を皮内に投与することが求められる。また、真皮には、繊維芽細胞やコラーゲン細胞が存在することから、皮膚のシワを除去するためのタンパク質、酵素、ビタミン、アミノ酸、ミネラル、糖類、核酸、各種成長因子(上皮細胞や繊維芽細胞)等を注入すると、効果的な美容治療効果が期待される。更に、毛髪再生治療のためには、毛乳頭細胞、表皮幹細胞等を自己培養し、それを頭皮に自家移植する幹細胞注入法や、幹細胞から抽出された数種類の成長因子や栄養成分を真皮近傍に注入することが好ましいといわれている。
【0054】
このように治療目的に応じて投与される所定物質と、それが投与されるのが望ましい皮膚構造体での位置(深さ)は個別的に対応するが、その目的とする到達位置に当該物質を届けることは容易ではない。また、仮にその目的とする到達位置に所定物質を到達させることができたとしても、当該到達位置近傍の細胞が所定物質を含む投与液体により破壊されてしまえば、所定物質による所望の効果を十分には期待することはできない。更に、当該到達位置に至るまでの過程において、投与液体が通過してきた組織や細胞に対しても投与液体が何らかの荷重を作用させ、その損傷、破壊等を生ぜしめていたとすれば、それは内出血や痛み等としてユーザに認知され不快感を与えることになる。特に、投与装置1のように、投与液体の投与を行う装置から対象領域に至るまでに、何ら投与液体を対象領域の内部に導く構造物(導入部)は存在しない場合、投与液体が対象領域の内部に進入可能となるように投与液体に対して一定量のエネルギーが付与されることになる(本願発明の場合は、当該エネルギーは点火器71による燃焼エネルギーである)。そのため、投与液体は比較的高いエネルギーを付与されて対象領域に向けて射出されるため、対象領域の構成物(例えば、細胞等)に対して不要な力学的作用を及ぼしやすく、当該対象領域に対して侵襲性が必ずしも低いとは言えない。そして、従来技術では、このように対象領域に対する侵襲性を十分に考慮した投与液体の射出は行われておらず、そのため所定物質による効能等を十分に引き出せていない。
【0055】
そこで、本発明では、対象領域に対する低侵襲性を、例えば、投与時に生体の器官や組織等の機能を損傷しないように投与液体を投与すること、又は当該機能の損傷を可及的に抑制しつつ投与液体を投与することと定義する。また、別法として、生体の細胞を対象領域とする場合には、不必要な細胞死を起こさないように投与液体を投与すること、又は不必要な細胞死を可及的に抑制しつつ投与液体を投与することと定義する。その上で、本発明に係る投与装置1では、投与装置1から射出される投与液体の圧力推移が、対象領域に対して低侵襲性を示すように、駆動部7で発生する燃焼エネルギーによる投与液体の加圧を調整する構成を採用した。以下、その詳細を説明する。
【0056】
図4は、投与装置1で駆動部7が駆動されることにより投与液体の射出を行った際の、射出口31aから射出される投与液体の圧力(以下、単に「射出圧」という)の推移を示した図である。
図4の横軸は経過時間をミリ秒で表し、縦軸は射出圧をMPaで表している。なお、射出圧については、従来技術を利用して測定可能である。例えば、射出力の測定は、特開2005-21640号公報に記載の測定方法のように、射出の力を、ノズルの下流に配置されたロードセルのダイアフラムに分散して与えるようにし、ロードセルからの出力は、検出増幅器を介してデータ採取装置にて採取されて、時間毎の射出力(N)として記憶されるという方法によって測定してもよい。このように測定された射出力を、投与装置1の射出口31aの面積(ノズル面積)によって除することで、射出圧が算出される。なお、
図4に示す例は、駆動部7内の点火器71における点火薬としてZPP(ジルコニウムと過塩素酸カリウムを含む)を採用するとともに、貫通孔64内にガス発生剤を配置することで得られた射出圧の推移である。
【0057】
ここで、
図4の上段(a)は、駆動部7でボタン8が押下された時期を原点として、その燃焼開始から約40ミリ秒経過するまでの期間における射出圧の推移であり、その下段(b)は、上段(a)に示す圧力推移のうち初期の期間(原点から約10ミリ秒経過するまでの期間)における射出圧推移を拡大して表示したものである。なお、射出圧の立ち上がりが原点ではなく5ミリ秒近傍であるのは、点火薬が燃焼し、その燃焼エネルギーによってピストン5が推進されることで投与液体が加圧されて、射出口31aより射出するまでにある程度の時間を要するためである。ここで、
図4から分かるように、射出圧推移において、その立ち上がりタイミングT0から約2ミリ秒が経過するまでの所定期間Δtの間に、複数の圧力振動要素S1~S4が存在しており、所定期間Δtの経過後には圧力振動は概ね収束した状態となっている。なお、本発明においては、圧力振動において、射出圧が上昇・下降する1サイクルを1つの圧力振動要素として扱うものとする。
【0058】
より詳細には、立ち上がりタイミングT0からの所定期間Δtにおいては、最初に圧力振動要素S1(以下、「第1振動要素S1」という)が発生する。この第1振動要素S1は、立ち上がりタイミングT0の射出圧(約0Pa)から一度ピーク値Px1(約45MPa)を迎えた後に、次の極小値を迎えるまでの期間の射出圧推移である。そして、当該期間での射出圧の変動幅(peak to peak)が、第1振動要素S1の全振幅と定義され、具体的には第1振動要素S1の全振幅は約45MPaとなる。更に、第1振動要素S1の後に、第2振動要素S2、第3振動要素S3、第4振動要素S4と続く。第2振動要素S2は、第1振動要素S1の終わりのタイミングからピーク値Px2(約37MPa)を迎えた後に、次の極小値を迎えるまでの期間の射出圧推移である。そして、当該期間での射出圧の変動幅(peak to peak)が、第2振動要素S2の全振幅と定義され、具体的には第2振動要素S2の全振幅は約10MPaとなる。第3振動要素S3及び第4振動要素S4についても、各振動要素を画定する期間及び各振動要素の全振幅については、第2振動要素S2に準ずるものであり、その詳細な説明は割愛するが、第3振動要素S3の全振幅及び第4振動要素S4の全振幅は、時間経過とともに小さくなっている。すなわち、所定期間Δtにおいては、時間経過とともに圧力推移は減衰振動となっており、所定期間Δtの経過後においては概ねその振動が収束した状態を迎えている。
【0059】
更に、この所定期間Δtにおける圧力振動の周期に着目する。第1振動要素S1のピーク値と第2振動要素S2のピーク値から算出される周期は約0.5ミリ秒であり、第2振動要素S2のピーク値と第3振動要素S3のピーク値から算出される周期は約0.5ミリ秒である。収束状態を迎える直前の周期に関してはやや短くなってはいるものの、所定期間Δtにおいては概ね一定の周期で射出圧が推移していることが理解できる。このことから、所定期間Δtにおける射出圧推移は、2000Hz前後の周波数での圧力振動となっていることが分かる。
【0060】
なお、所定期間Δtにおける圧力変動は、概ね点火器71の点火薬の燃焼に起因するものである。そして所定期間Δtが経過するタイミングの近傍で、点火薬の燃焼生成物により貫通孔64内のガス発生剤の燃焼が開始されその燃焼エネルギーが更に投与液体に作用し始める。その結果、
図4(a)に示すように、所定期間Δtの経過後、射出圧は再び増加し、概ね18ミリ秒のタイミングにおいてピーク値Pyを迎える。なお、その後は、射出圧は時間の経過とともに徐々に低下していく。ガス発生剤の燃焼速度は点火薬の燃焼速度よりも低いため、ガス発生剤の燃焼に伴う射出圧の増加速度も比較的低くなる。
【0061】
このような推移特性を示す射出圧によって、対象領域の構成物に対して投与液体がどのように作用し、低侵襲性を示しているかについて、
図3に示した皮膚構造体の表皮への投与を例に説明する。表皮の基底層の基底細胞には各種の接合手段が存在する。表皮と真皮とは表皮基底膜構造によって密着的に接合されており、両者が接している部位は表皮基底膜となっている。基底細胞の細胞膜と基底板との間は透明帯とされ、基底細胞と基底膜との接合は、ヘミデスモソームが大きく関与している。また、隣接する基底細胞間の接合には、デスモソームや裂隙接合が関与している。デスモソームは、付着板と呼ばれる細胞膜内側の部位と、細胞膜を貫通して細胞間の接着を担う構造を有している。また、裂隙接合は、コネキシンにより形成され、それにより隣接する細胞が2~3nmの裂隙をおいて接合する構造となる。これらの接合手段によって、表皮と真皮との解離防止や、皮膚構造体内の水分保持が図られることになる。
【0062】
このように生体の皮膚構造体においては、細胞自体は細胞膜に囲まれているとともに、細胞間には幾種の接合手段が存在している。そのため皮膚構造体を投与液体投与の対象領域とする場合に細胞等への低侵襲性を示すためには、接合手段による細胞間の接合力に対して好適に対抗しつつ細胞膜への不用な力学的作用を回避可能とする射出圧の制御が重要と考えられる。そして、このような射出圧に関する技術思想は、皮膚構造体以外の生体における対象領域についても同様に適用できると考えられる。
【0063】
図4(b)に示した射出圧推移においては、所定期間Δt内に、先ずピーク圧が最も高い第1振動要素S1が発生し、続いて第2、第3、第4振動要素S2~S4が順次到来する。その過程において、各振動要素の全振幅は順に小さくなり圧力振動は減衰していく。このように所定期間Δtにおいて射出圧を減衰振動させると、投与初期に対象領域の表層を貫通するために比較的高いエネルギーが付与された投与液体が、細胞膜に対して力学的作用を分散して及ぼすこととなり、以て細胞膜への破壊が回避し得るものと考えられる。特に、上述したように所定期間Δtにおける射出圧推移は、2000Hz前後の周波数での圧力振動となっており、この周波数は、生体の細胞の固有振動数に比較的近い。そのため、
図4(b)に示した射出圧推移を有する投与液体が対象領域内に入り込んでくると、細胞が大きく振動されやすくなり、その結果、細胞膜に不要な力学的作用を及ぼすことなく、細胞間への投与液体の拡散が促進されると考えられる。このことから、所定期間Δtにおける射出圧の振動周波数は、対象領域の構成物(細胞等)の固有振動数に関連付けられた所定の周波数範囲に属する周波数であることが好ましい。
【0064】
なお、所定期間Δtでの射出圧推移における圧力振動のうち、第1振動要素S1を除くその他の振動要素S2~S4のそれぞれの全振幅が、基準となる全振幅値(例えば、15MPa)以下となるのが好ましい。この結果、全振幅が過度に大きくなり過ぎることによる、細胞膜への不要な力学的作用を回避することができる。
【0065】
更に、本願発明者は、所定期間Δt内に減衰振動を示す圧力推移において、第2、第3、第4振動要素S2~S4と比べて第1振動要素S1のピーク値が比較的高いことに注目している。このように射出圧の最初の立ち上がりとして第1振動要素S1のような瞬時の圧力振動要素となると、細胞膜間に微小な歪みが生じ、上述の接合手段による接合力を効果的にキャンセルすることができる一方で、細胞膜そのものに直接的に作用する力を抑制できる。すなわち、第1振動要素S1による瞬時の射出圧の変動によれば、投与液体は細胞間の界面にそって流れやすくなり細胞同士を相互にずらすように対象領域に対して力学的作用を及ぼすと考えられ、細胞膜そのものに掛かる不要な力学的作用を抑制できる。ただし、第1振動要素S1のピーク値Px1が過大に大きくなると、細胞膜そのものへの力学的作用も無視できなくなると思われ、故に、ピーク値Px1には、低侵襲性を考慮して他の振動のピーク値(例えば、次にピーク値が高い第2振動要素S2のピーク値Px2)に基づいて、所定の上限比率を設定するのが好ましい。このときの、ピーク値Px2に対するピーク値Px1の比率が、本願発明の所定の第1比率に相当する。したがって、本実施形態では、当該比率が1より大きく且つ当該所定の上限比率より低い値となる。
【0066】
以上より、投与初期に対象領域に進入する投与液体の圧力(射出圧)の推移において、射出圧が減衰振動すること、及びその射出圧の振動において最初の第1振動要素S1のピーク値が、その他の振動要素(S2~S4)に対して1より大きく所定の上限比率より小さい比率の範囲内で大きくなることで、投与液体の投与時における低侵襲性を示すことが可能となる。本願発明者は、低侵襲の投与を実現するためには、射出圧の推移において両要件が必ずしも必要とは考えてはいない。いずれか一方の要件を採用することでも、低侵襲の投与の実現は可能と考える。ただし、射出圧の推移において両要件を採用することで、より好適な低侵襲の投与が実現され得る。
【0067】
そして、所定期間Δtが経過すると、点火薬の燃焼生成物によってガス発生剤の燃焼が開始されることになる。その結果、圧力振動が概ね収束していた投与液体の射出圧が再び上昇し、上記のピーク値Pyを迎える。このようなガス発生剤による投与液体の加圧により、低い侵襲性で対象領域内に入り込んだ投与液体を更に対象領域内で効果的に拡散させることができる。
【0068】
また、投与装置1による投与の目的が細胞の内部に所定物質を導入することである場合でも、射出圧推移において上記の両要件の少なくとも一方を採用することで、細胞への低侵襲の物質導入の実現が図られる。すなわち、所定期間Δt内での圧力振動群のうち最初の振動要素である第1振動要素のピーク値を急峻なものとすることで、又は、当該圧力振動群の周波数を上記の所定の周波数範囲に属する周波数とすることで、対象領域内に投与液体が進入すると同時に、その内部の細胞に歪みが伝播するよりも速く投与液体により広範囲に細胞膜が加圧され、一時的に細胞膜に空隙が生じるなどし、その結果、低侵襲的に細胞内への物質導入が促進されるものと考えられる。
【0069】
なお、所定期間Δt内での圧力振動のうち最初の振動要素である第1振動要素のピーク値については、上記のようにその他の振動要素(例えば、第2振動要素)のピーク値を基準に設定される態様に代えて、第1振動要素のピーク値や当該ピーク値に対応する流速を、所定期間Δtでの圧力振動のパラメータとは独立して設定された基準射出圧や基準流速よりも高くなるようにしてもよい。この基準射出圧や基準流速は、投与の対象となる対象領域に応じて適宜変更されてもよい。例えば、対象領域が肝臓や心臓の器官である場合、本発明によればその低侵襲性により、器官内の血管への影響を可及的に抑制しながら、器官内の血管を構成しない組織に所定物質を投与することが可能となる。特に肝臓のように血管を多く含む器官においては、低侵襲性を伴う投与は極めて有用である。そこで、器官内の血管への低侵襲性が実現できるように、上記した基準射出圧や基準流速を設定する。
【0070】
ここで、投与装置1における、低侵襲の投与を可能とする射出圧推移の形成について、
図5に基づいて説明する。
図5の横軸は経過時間をミリ秒で表しており、縦軸は圧力をMPaで表している。また、図中線L1は、投与装置1における貫通孔64内の圧力の推移を表しており、線L2は、収容室32内に収容されている投与液体320の圧力推移を表しており、線L3は、投与液体320の射出圧である。当該L3で表される射出圧の推移は、上述した公知の測定方法(例えば、特開2005-21640号公報に記載の測定方法)に従って得られた射出力を、投与装置1の射出口31aの面積(ノズル面積)によって除することで得ることができる。なお、
図5では、投与液体320の射出圧推移については、圧力値は本来の値の50%の値が他の圧力推移(線L1、L2)と重ねて表示されている。また、貫通孔64内の圧力は、貫通孔64に繋がるように設けられた圧力測定ポートに圧力センサを設置することで測定され、収容室32内の投与液体圧力は、収容室32に繋がるように設けられた圧力測定ポートに圧力センサを設置することで測定される。
【0071】
これらの圧力推移からも理解できるように、先ず、点火器71の点火薬が燃焼することで、貫通孔64内の圧力が急峻に上昇する。その圧力上昇に伴ってピストン5がプランジャ4を押圧するように推進し、プランジャ4を介して投与液体が加圧されていく。その加圧による、この収容室32内での投与液体の圧力は、線L2に示すように、射出圧の立ち上がり時期よりも多少早い時期に立ち上がるものの、射出圧の立ち上がりと同程度かもしくはそれ以上に急峻に推移し、そしてその後の圧力振動については、射出圧推移と概ね同じ周期で且つ概ね一定の周波数での減衰振動となっている。すなわち、
図5に示す例では、約1.5ミリ秒の所定期間Δtにおいて、射出圧推移が収束状態を迎えている。そして、このように加圧された投与液体が射出口31aから射出されることから、投与装置1における、点火薬燃焼を起点として作動することになる、ピストン推進及びプランジャによる加圧の一連の動作が、
図4に示す射出圧推移を形成するための加圧動作となり、故にピストン5、プランジャ4が本願発明の加圧部に相当することになる。
【0072】
ここで、投与装置1により対象領域内に投与される所定物質に関し付言する。当該所定物質が、液体の媒体内で加圧されることにより物性変化を起こす物質である場合においては、その変化反応を利用して対象領域内への物質導入効率を高めることができる。例えば、特開2003-261777号公報には、ポリビニルアルコールと水素結合可能な水溶性の天然物を高圧下に置くと微粒子のハイドロゲルが形成される技術が開示されている。高圧力下では、天然物が持つ水酸基、アミノ基、カルボン酸基が結合し、ミクロな水素結合集合体が生成するため、分子の立体構造が変化し、膜を透過しやすくなる可能性がある。そこでこの圧力による膜透過性の向上特性を利用すれば、投与装置1により当該天然物を投与することで、対象領域内に効率よく所定物質を到達せしめることが可能となる。また、加圧により所定物質に関する反応促進が起こる場合には、反応後の物質を対象領域内に導入することができる。
【実施例1】
【0073】
ここで、本発明に係る投与装置1を用いたときに対象領域での振動に関する実験結果について、
図6及び
図7に基づいて説明する。当該振動実験では、対象領域に模したポリアクリルアミドゲルの直上に投与装置1の射出口31aを配置した状態で、投与液体の射出を行う。その際のポリアクリルアミドゲルの上下振動(投与液体の射出方向に沿った振動)をカメラで撮像し画像処理を施すことによって可視化することで、その振動による変位の検出を行った。
【0074】
投与装置1が投与液体を射出した際の、射出された投与液体の圧力推移(射出圧推移)を、
図6の線L11で表している。この圧力推移は、
図4に示すものと同一であるため、その詳細な説明は省略する。更に、
図6には、当該振動実験の比較例として、バネの弾性力を駆動源とするバネ駆動の無針注射器(以下、「バネ駆動注射器」という)により射出された注射液の圧力推移(射出圧推移)を、線L12で表している。ここで、バネ駆動注射器による射出圧推移について簡潔に説明する。一般に、バネ駆動注射器では、本体内部に配置されたバネ(弾性体)を圧縮させておき、そこに蓄積された弾性エネルギーを注射液に伝えることで、注射液の射出が行われる。圧縮状態から解放されたバネは、慣性によりその後伸縮を繰り返すことになるため、
図6に示すように、射出圧に対してバネの振動が大きく反映されることになる。具体的には、投与装置1においてガス発生剤の燃焼によるピーク値を迎える時点(約18ミリ秒の頃)の辺りまで、比較的大きな圧力振幅の振動が継続していることを認めることができる。
【0075】
更に、バネ駆動注射器では、圧力の立ち上がりタイミングから長期間にわたって続く当該圧力振動において、その振幅(全振幅)は不規則に変化している。例えば、横軸で7.5ミリ秒から9ミリ秒の範囲において、時間経過とともに圧力振動の振幅が大きくなっている。そのため、バネ駆動注射器では、投与装置1で現れた減衰振動のような圧力振動の振幅変化は見出せない。
【0076】
したがって、本発明に係る投与装置1と比較例としてのバネ駆動注射器とを比較すると、投与装置1では所定期間Δtのように極めて短い期間において投与初期の圧力振動が収束状態を迎えるのに対し、バネ駆動注射器では比較的長期にわたって圧力振動が継続する。更に、投与装置1に係る圧力振動では所定期間Δtにおいて圧力振幅は時間の経過とともに小さくなっていくのに対し、バネ駆動注射器では最終的には圧力振動は収束するものの、その過程において圧力振幅は不規則的に増減する。このように、本発明に係る投与装置1と比較例に係るバネ駆動注射器とは、その射出圧の推移について全く異なる特性を示していることが理解できる。
【0077】
そして、このように異なる射出圧推移の特性を有する投与装置1とバネ駆動注射器とを用いて、上記の通りポリアクリルアミドゲルに対して投与等を行った際の、当該ゲルの振動による変位の推移を
図7に示す。
図7の横軸は経過時間をミリ秒で表しており、縦軸はゲルの変位を表している。なお、当該変位は画像処理における画面上の画素数を単位とするものである。したがって、
図7において線L13で表す振動波形での振幅は、投与装置1の投与時におけるゲルの変位量(振動振幅)を意味しており、同じように、線L14で表す振動波形での振幅は、バネ駆動注射器の注射時におけるゲルの変位量(振動振幅)を意味している。
【0078】
ここで、
図6に示すように、投与液体等の射出の初期において、投与装置1とバネ駆動注射器とで射出圧は概ね同程度であるが、線L13の変位推移と線L14の変位推移を比べて分かるように、ゲルの変位量はバネ駆動注射器の方が投与装置1よりも大きい。特に、投与液体等の射出の初期においては、投与装置1の変位量は概ね一定であるのに対して、バネ駆動注射器の変位量は極めて大きく変動していることが認められる。このことから、バネ駆動注射器によって射出された注射液は、対象領域内に入り込んだ後に、その内部で大きく変位し、その結果、対象領域に対して不要な力学的作用を及ぼし得ることを示唆している。一方で、投与装置1によって射出された投与液体は、対象領域内に入り込んだ後でも、その内部での変位量は小さく抑えられるため、対象領域に対して不要な力学的作用を及ぼすことを回避し得ることを示唆している。ポリアクリルアミドゲルと生体の組織、細胞とは構造が異なるものの、
図7に示すように投与装置1は対象領域に対する力学的作用が極めて低いことから、生体対象への投与においても好適な低侵襲性を発揮することが十分に期待できる。
【実施例2】
【0079】
本発明に係る投与装置1及び比較例に係る有針注射器によるウサギ生体の皮内投与実験について、以下にその実験条件と実験結果を示す。なお、以下の実験条件は、ウサギ生体の皮膚組織である皮内に炎症性物質を投与した場合の、経過時間ごと(24時間、48時間、72時間経過)の炎症反応(紅斑及び痂皮の形成、浮腫の形成)の有無を確認することを目的とする。また、有針注射器における注射液の注射は、一定の加圧速度の下、実行された。
<実験条件>
(投与対象について)
Std:JW/CSK 雄性 16週齢 毛刈り済み・スムーススキン確認済みのものを使用した。
(投与液体及び注射液について)
下記の炎症性物質の水溶液を投与液体及び注射液とした。
炎症性物質:酢酸、蒸留水にて所定の濃度に希釈、投与量100μl
【0080】
<実験結果>
以下の表1及び表2に、実験結果を示す。なお、紅斑及び痂皮の形成、浮腫の形成のそれぞれに関する、表中の実験結果を表す数値の定義については、以下の通りである。
(紅斑及び痂皮の形成について)
0・・・紅斑なし
1・・・非常に軽度な紅斑(かろうじて視認できる紅斑)
2・・・軽度の紅斑(はっきりと視認可能な紅斑)
3・・・中度ないし高度の紅斑
4・・・高度の紅斑から痂皮の形成まで
(浮腫の形成について)
0・・・浮腫なし
1・・・非常に軽度な浮腫(かろうじて視認できる浮腫)
2・・・軽度の浮腫(はっきりと膨隆による縁を視認可能な浮腫)
3・・・中度の浮腫(約1mmの膨隆)
4・・・高度の浮腫(1mm以上の膨隆と曝露範囲を超えた広がり)
【0081】
ウサギ生体に関する実験結果を表1に示す。
【表1】
【0082】
上記表の比較から理解できるように、投与装置1によれば、比較例と比べて、投与液体に含まれる炎症性物質による皮内細胞での炎症反応を効果的に抑制している。これは、皮内細胞が侵襲されずに炎症性物質を皮内中に投与、拡散できていることを表すものと考える。以上より、本発明によれば、細胞への侵襲性を抑え、且つ皮膚組織の広範囲に投与液体を拡散させる投与の実現が図られる。
【実施例3】
【0083】
本発明に係る投与装置1、比較例に係る有針注射器、バネ駆動注射器(無針注射器)によるブタ腹部皮膚組織の投与実験について、以下にその実験条件と実験結果を示す。なお、以下の実験条件は、ブタ腹部皮膚組織に対してMRI造影剤を投与し、MRI装置によりMRI造影剤のブタ腹部皮膚組織内での進入の状況をその撮像画像で確認することを目的とする。
<実験条件>
(投与装置1について)
流速:202m/s(射出圧で約40MPa相当)
ノズル径:φ0.17mm
(比較例の有針注射器について)
有針注射器における注射液の注射は、一定の加圧速度の下、実行された。
注射針:27G
(比較例のバネ駆動注射器について)
流速:205m/s(射出圧で約40MPa相当)
ノズル径:φ0.17mm
(投与対象について)
ブタ皮膚組織 雌性 3ケ月齢(約50kg)腹部より採取
(投与液体及び注射液について)
バイエル薬品株式会社製の造影剤マグネビストを希釈し、投与液体及び注射液とした。なお、MRI装置による撮像において、投与液体等における造影剤の濃度が更に希釈されたとき、MRI画像でのコントラストがピークとなる。また、投与量は、100μlである。
【0084】
<実験結果>
図8に、各装置によってブタ腹部皮膚組織に対して投与等が行われた際の、投与液体等の進入の様子をMRI画像で示す。なお、各MRI画像の倍率は同じである。
図8の(1)は、投与装置1の投与によるMRI画像である。
図8の(2)は、比較例に係る有針注射器の注射によるMRI画像であり、
図8の(3)は、比較例に係るバネ駆動注射器の注射によるMRI画像である。各MRI画像から理解できるように、投与装置1による投与を行った場合、投与液体がその入射位置から皮膚組織内を進入していく過程(画像中の入射側から奥側へ進入していく過程)のうち、比較的浅い部位(深さが10mm前後までの部位)において、投与液体が通過した部位のコントラストが、有針注射器の場合及びバネ駆動注射器の場合と比べて、明らかに強くなっている。これは、投与液体に含まれる造影剤が、皮膚組織への入射後にその浅い部位の流路近傍で拡散しその結果更に0.1mmol/kg程度に希釈された状態となっていることを意味している。そして、その拡散において、皮膚組織の体積変化は認められなかったため、投与液体は細胞間を湿潤するとともに、細胞内にも入り込むように組織内に拡散し、低侵襲の投与が実現されていると推察される。
【0085】
一方で、
図8(3)に示すように比較例の有針注射器の場合は、注射液が比較的浅い部位にて液溜りの状態で滞留するに留まり、投与装置1の場合のように皮膚組織内で広く拡散している状態とは言えない。また、比較例のバネ駆動注射器の場合は、入射位置からの浅い部位での造影剤によるコントラストが、投与装置1の場合と比べて大きく低下し、且つ、その流路径は細くなっている。具体的には、
図8(1)に示す投与装置1の結果では、比較的浅い部位における流路近傍の拡散径は、約2.2mmであり、また、射出圧が異なる投与装置1を用いた別の実験ではその拡散径が約4.4mmまで広がった結果を得ている。一方で、
図8(2)に示すバネ駆動注射器の結果では、比較的浅い部位の流路近傍の拡散径は、約1.3mmである。また、バネ駆動注射器の場合、投与装置1の場合と異なり、皮膚組織内に進入していった注射液が対象領域を貫通し、適切な注射深さへの到達が実現できなかった。投与装置1とバネ駆動注射器の両者においては、射出された投与液体等の流速も概ね同一であり、ノズル径も同じであることを踏まえると、バネ駆動注射器の場合では、比較的浅い部位での注射液の拡散は促されず、注射液の多くはそのまま奥側へと進入していくものと推察される。また、投与装置1においても投与条件を変えることで、比較的浅い部位での投与液体の拡散の程度を調整することが可能であることが分かる。
【0086】
このような、投与装置1と、有針注射器及びバネ駆動注射器との明確な相違は、上述までの本発明の特徴的な投与液体の射出圧推移の有無に依るものと考えられる。すなわち、投与装置1による射出された投与液体は、
図4に示す圧力推移をもってブタ腹部皮膚組織に進入していくことにより、細胞への侵襲性を抑え、且つ組織の広範囲に拡散可能なように射出されていることが理解できる。
【実施例4】
【0087】
本発明に係る投与装置1、比較例に係る有針注射器によるラット皮膚組織の投与実験について、以下にその実験条件と実験結果を示す。なお、以下の実験条件は、ラット皮膚組織内での投与液体の拡散の状況を確認することを目的とする。
<実験条件>
(投与装置1について)
射出圧:10.9MPa
ノズル径:φ0.11mm
(比較例の有針注射器について)
有針注射器における投与液体の注射は、一定の加圧速度の下、実行された。
注射針:27G
(投与対象について)
10週齢雄のSDラット皮膚組織
(投与液体について)
投与液体は墨汁であり、投与量は、10μlである。
【0088】
<実験結果>
図9の上段(1)に、投与装置1により投与実験が行われた箇所の、ラット皮膚組織切片の顕微鏡写真が示され、下段(2)に有針注射器により注射が行われた箇所の、ラット皮膚組織切片の顕微鏡写真が示されている。両顕微鏡写真の倍率は同じであり、また、各顕微鏡写真に対応する投与対象は、それぞれ異なる個体である。なお、図中では墨汁の集まりを実線で囲って表示しているが、この表示は一部の集まりを代表的に示したものであり、全ての墨汁の集まりを表したものではない。ここで、投与装置1による投与結果を見ると、投与液体である墨汁が、皮膚組織内に広く拡散している状態であることが分かる。この状態において、墨汁は極めて少量の集まりとなって皮膚組織内に拡散していることからも、投与液体の好適な拡散が実現されていることが容易に把握できる。また、墨汁は、筋肉組織や、筋肉組織と皮膚組織の境界近傍には到達しておらず、皮膚組織内の極めて浅い部位で広く拡散していることが理解できる。一方、下段(2)に示す有針注射器による注射結果を見ると、注射された墨汁が、皮膚組織と筋肉組織との境界近傍に滞留し大きな液溜りが形成されている。また、一部の墨汁は、筋肉組織の内部にまで到達している。このことから、有針注射器では、皮膚組織内で墨汁を好適に拡散させることはできず、また、比較的浅い皮膚組織内に墨汁を留め置くことも容易ではないことが理解できる。
【0089】
このような、投与装置1と、有針注射器との明確な相違は、上述までの本発明の特徴的な投与液体の射出圧推移の有無に依るものと考えられる。すなわち、投与装置1による射出された投与液体は、
図4に示す圧力推移をもってラット皮膚組織に進入していくことにより、細胞への侵襲性を抑え、且つ組織の広範囲に拡散可能なように射出されていることが理解できる。
【0090】
<その他の実施形態>
本発明の投与装置1は遺伝子等の生物由来物質の導入にも好適に利用できる。例えば、ヒトに対する再生医療のために、投与対象となる細胞や足場組織・スキャフォールドに培養細胞、幹細胞等を播種することが可能となる。例えば、特開2008-206477号公報に示すように、移植される部位及び再細胞化の目的に応じて当業者が適宜決定し得る細胞、例えば、内皮細胞、内皮前駆細胞、骨髄細胞、前骨芽細胞、軟骨細胞、繊維芽細胞、皮膚細胞、筋肉細胞、肝臓細胞、腎臓細胞、腸管細胞、幹細胞、その他再生医療の分野で考慮されるあらゆる細胞を、投与装置1により投与することが可能である。
【0091】
さらには、特表2007-525192号公報に記載されているような、細胞や足場組織・スキャフォールド等へのDNA等の送達にも、本願発明に係る投与装置1を使用することができる。この場合、針を用いて送達する場合と比較して、本願発明に係る投与装置1を使用した方が、細胞や足場組織・スキャフォールド等自体への影響を抑制できるためより好ましいと言える。
【0092】
さらには、各種遺伝子、癌抑制細胞、脂質エンベロープ等を直接目的とする組織に送達させたり、病原体に対する免疫を高めるために抗原遺伝子を投与したりする場合にも、本願発明に係る投与装置1は好適に使用される。その他、各種疾病治療の分野(特表2008-508881号公報、特表2010-503616号公報等に記載の分野)、免疫医療分野(特表2005-523679号公報等に記載の分野)等にも、当該投与装置1は使用することができ、その使用可能な分野は意図的には限定されない。
【0093】
上述までの実施形態においては、点火薬、又は点火薬とガス発生剤の組合せを動力源として、投与液体の射出を行い、その射出圧を
図4に示すような圧力推移とすることで、対象領域への侵襲性の低い投与を実現している。このような低侵襲性の投与を実現するためには、上記説明の通り、投与液体の射出圧の推移が極めて重要である。換言すれば、上述した本願発明の特徴的な射出圧推移を実現可能である限りにおいては、投与液体を射出する駆動源の種類は問われない。例えば、ピエゾ素子等の圧電的アクチュエータ、超音波等の電気的アクチュエータ、圧縮ガス等の空圧的アクチュエータ、レーザーによる液体の煮沸膨張による圧力を利用した液圧的アクチュエータ等が、投与液体の加圧のための駆動源として利用できる。
【0094】
また、本発明の特徴的な投与液体の射出圧推移は、上記の通り、圧力の急峻な立ち上がりとともに所定期間Δtにおける減衰振動である。ここで、当該減衰振動を効果的に形成するために、対象領域への投与として支障の無い限りにおいて、投与液体内に空気や不活性ガス等の気体層を含めてもよい。このような気体層が含められることで、点火薬の燃焼エネルギーで加圧が行われたときに、空気層が弾性的に圧縮変形することで効果的な減衰振動を形成することが可能になるものと考えられる。その結果、低侵襲の投与を実現できるものと期待される。
【0095】
また、上述までの実施形態においては、点火薬の燃焼エネルギーを投与液体に伝達する構成(以下、「伝達構成」ともいう)として、ピストン5を採用しているが、この形態に代えて、ダイアフラムやラム等の機械要素によってエネルギーを伝達するようにしてもよい。特にダイアフラムとしては、弾性素材による膜状の形態や金属素材による板状の形態のものを採用することができる。ダイアフラムを伝達構成として採用すると、ダイアフラムにより点火薬の燃焼が行われる燃焼空間と、投与液体が配置される配置空間とを区別することができる。そのため、点火薬の燃焼による燃焼生成物が投与液体に混入することを抑制することも可能となる。なお、伝達構成については、ピストン5のように、射出のために投与液体を押圧するプランジャ4と駆動部7との間に一列に配置されるのが好ましい。このような配置により、効率的に投与液体への加圧が実現でき、以て、上述の本発明の特徴的な投与液体の射出圧推移の実現が図られ得る。
【0096】
また、上述までの実施形態において、投与液体はシリンジ部3のボディ30に形成された収容室32内に収容されている。ボディ30の材質としては、ガラスや樹脂、金属等が挙げられる。ここで、点火薬の燃焼によって生じた燃焼エネルギーがピストン5を経て収容室32内の投与液体に伝えられる場合において、本発明の特徴的な投与液体の射出圧推移の形成には、主にプランジャ4を介した加圧が寄与していると考えられるが、燃焼エネルギーを受けたピストン5の振動がボディ30を経て投与液体に伝わることで当該推移が形成される可能性もあり得る。そこで、このような観点から、ボディ30の材質を決定してもよい。
【0097】
また、上述までの実施形態においては、ピストン5を介したプランジャ4の押圧により、シリンジ部3のボディ30からの投与液体の射出を行う加圧構造が採用されているが、上述の本発明の特徴的な投与液体の射出圧推移が実現される限りにおいては、その他の加圧構造を採用してもよい。例えば、投与液体を、外部からの加圧によって変形する可撓性容器に収容しておき、当該容器に対して駆動部7からの投与エネルギーにより加圧されると該容器が変形することで内部の投与液体が外部に射出される加圧構造も有用である。
【0098】
また、本発明を適用できる投与装置として、上述までの実施形態とは異なる形態の投与装置にも言及したい。例えば、細胞加工分野で使用される装置に対しても、本発明は好適に適用できる。上記の形態でも細胞内に所定物質を導入することは可能であるが、本発明を適用して、細胞内に遺伝子等の生体由来物質を導入する導入装置を形成することも可能である。この場合、導入する生体由来物質を液体中に包含させて、その液体を加圧し、対象となる細胞内に射出する。そして、この液体の射出圧が、上述の本発明の特徴的な射出圧推移となることで、細胞に対する低侵襲の物質導入が実現される。なお、当該物質導入においては、当該物質を複数の経路から同時に細胞に導入できるようにしてもよい。
【0099】
本発明を適用できる投与装置の別法として、カテーテル装置が挙げられる。カテーテル装置は、生体内に進入可能なカテーテル部を有しており、その先端部から所望の薬液等を生体に対して投与する装置である。そのカテーテル部の先端部からの薬液投与の構成に関し、本願発明を適用できる。すなわち、カテーテル部が生体の内部に進入している状態において、その先端部から薬液を投与する際に、その薬液の射出圧を上述の本発明の特徴的な射出圧推移となるように制御することで、薬液が投与される対象領域(例えば、心臓や肝臓等の内臓器官)の所定の部位に対して低侵襲の薬液投与が実現できる。
【0100】
また本発明が適用されたカテーテル装置による投与に関しては、別法として、カテーテル部の先端部からの薬液射出において、薬液を連続した小滴の形態で、すなわち高速にパルス化された状態で投与してもよい。このような投与形態によれば、薬液をより細かいエアロゾルの形態で投与することができ、以てより侵襲性の低い薬液投与が実現できるものと考えられる。このような薬液のパルス化は、薬液を収容するリザーバの全体又は部分を、速く膨張と収縮を繰り返すことにより達成できる。このとき、射出される薬液の射出圧の推移が、上述の本発明の特徴的な射出圧推移となるようにリザーバの膨張と収縮が繰り返される。電気的に振動を発生させるパルス振動発生装置とともに、そのパルス振動を伝達、または増幅することができる機械的構成によって、そのリザーバの膨張と収縮を繰り返すようにしてもよい。
【符号の説明】
【0101】
1・・・・投与装置
2・・・・ハウジング
3・・・・シリンジ部
4・・・・プランジャ
5・・・・ピストン
6・・・・投与装置本体
7・・・・駆動部
8・・・・ボタン
9・・・・バッテリ
10・・・・装置組立体
10A、10B・・・・サブ組立体
31・・・・ノズル部
32・・・・収容室
44・・・・ロッド部
53・・・・押圧柱部
54・・・・収容孔
64・・・・貫通孔
71・・・・点火器