(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-04
(45)【発行日】2022-04-12
(54)【発明の名称】亜鉛めっき鋼管
(51)【国際特許分類】
F16L 58/04 20060101AFI20220405BHJP
F16L 58/00 20060101ALI20220405BHJP
F16L 9/02 20060101ALI20220405BHJP
C23C 8/16 20060101ALI20220405BHJP
【FI】
F16L58/04
F16L58/00
F16L9/02
C23C8/16
(21)【出願番号】P 2018002206
(22)【出願日】2018-01-10
【審査請求日】2020-12-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000206211
【氏名又は名称】大成建設株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100162396
【氏名又は名称】山田 泰之
(74)【代理人】
【識別番号】100122954
【氏名又は名称】長谷部 善太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100194803
【氏名又は名称】中村 理弘
(72)【発明者】
【氏名】瀧 寛則
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 祐二
(72)【発明者】
【氏名】山本 哲史
【審査官】伊藤 紀史
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-057867(JP,A)
【文献】特開2008-196736(JP,A)
【文献】特開昭54-150336(JP,A)
【文献】特開2011-122240(JP,A)
【文献】特開2006-247237(JP,A)
【文献】特開平09-279322(JP,A)
【文献】特開平06-220599(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2015/0265866(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2002/0060080(US,A1)
【文献】特許第6114437(JP,B1)
【文献】中国実用新案第202402812(CN,U)
【文献】中国特許出願公開第103949390(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16L
Japio-GPG/FX
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内面が酸化皮膜で覆われて
おり、
前記酸化皮膜が、全重量に対する水酸化亜鉛と酸化亜鉛の合計が80重量%以上であり、基準長さ100μmにおける酸化被膜の十点平均粗さ(RzJIS)が、3.0μm以下であることを特徴とする亜鉛めっき鋼管。
【請求項2】
請求項1に記載の亜鉛めっき鋼管から構築されていることを特徴とする密閉配管。
【請求項3】
非循環系であることを特徴とする請求項2に記載の密閉配管。
【請求項4】
請求項2または3に記載の密閉配管を備えることを特徴とする建築物。
【請求項5】
亜鉛めっき鋼管の内部
に、水を充填してから60日のうち40日以上、水を循環させることを特徴とする、内面が酸化皮膜で覆われている亜鉛めっき鋼管の製造方法。
【請求項6】
亜鉛めっき鋼管からなる密閉配管に、水を充填してから60日間のうち40日以上水を循環させることを特徴とする密閉配管の水素ガス発生抑制方法。
【請求項7】
亜鉛めっき鋼管からなる非循環系である密閉配管の少なくとも二本の端部近傍を仮設管で接続し、水を充填してから60日間のうち40日以上水を循環させた後、前記仮設管を取り除くことを特徴とする非循環系である密閉配管の水素ガス発生抑制方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、亜鉛めっき鋼管に関する。
【背景技術】
【0002】
亜鉛めっき鋼管は、消火配管や空調配管として汎用的に用いられる管材である。
本出願人が設計施工した超高層複合ビル(以下、Aビルという)において、亜鉛めっき鋼管を用いた空調用の密閉配管のガス抜き作業中に、ガス漏れ感知器が作動するという事例が生じた。この密閉配管内に滞留しているガスを採取し分析したところ、59v/v%もの水素を含むことが判明した。
亜鉛めっき鋼管からの水素ガス発生のメカニズムは、熱力学的平衡論から水素イオンの還元をカソード反応、亜鉛の酸化をアノード反応とする電気化学反応である(非特許文献1)。
【0003】
Aビルにおいて水素ガス発生の追跡調査を継続したところ、調査開始から約10ヶ月後に水素ガス発生がほぼ停止した。調査開始15ヶ月後に配管の一部を抜管し、配管内を分析したところ、未使用時に約80μm厚であっためっき層が約25μm厚まで減少し、残存するめっき層が50~110μm厚の腐食生成物で覆われ、この腐食生成物が水酸化亜鉛(Zn(OH)2)、酸化亜鉛(ZnO)、塩基性炭酸亜鉛Zn5(CO3)2(OH)6を含むことが同定された(非特許文献2)。
【0004】
水素は、空気中に4~75v/v%含まれたときに爆発的に燃焼する。密閉配管内に滞留したガスを抜くためのガス抜き配管は通常室内に設置されており、室内に水素を高濃度で含むガスが放出されると、コンセントの抜き差しや衣類の擦れ時の静電気により火花が生じて爆発する危険性がある。
【0005】
本出願人は、特許文献1において、水素ガスの発生を抑制した亜鉛めっき鋼管を提案している。特許文献1で提案している亜鉛めっき鋼管は、内面が不動態皮膜で覆われているため亜鉛の溶出が抑えられ、ひいては、水素ガスの発生を抑制することができる。
特許文献1で提案している亜鉛めっき鋼管は、内部に水酸化ナトリウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、炭酸イオン水溶液等を充填するだけで、容易に不動態皮膜を形成することができる。そのため、既設の亜鉛めっき鋼管からなる密閉配管に対しても、炭酸イオン水溶液等を封入することにより、配管系を交換することなく、不動態皮膜を形成して水素ガスの発生を防止することができるという利点がある。ただし、既設配管に炭酸イオン水溶液等を投入する場合は、炭酸イオン等がポンプ、バルブ等の設備に与える影響を精査する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【非特許文献】
【0007】
【文献】山手ら「消火配管における水素発生現象の実験的検討」、材料と環境、2010
【文献】瀧ら「密閉式冷温水配管からの水素ガス生成と配管内酸化被膜形成の実態調査」、日本建築学会大会(九州)、2016
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、亜鉛めっき鋼管内部での水素ガスの発生を抑制することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の課題を解決するための手段は、以下のとおりである。
1.内面が酸化皮膜で覆われていることを特徴とする亜鉛めっき鋼管。
2.1.に記載の亜鉛めっき鋼管から構築されていることを特徴とする密閉配管。
3.非循環系であることを特徴とする2.に記載の密閉配管。
4.2.または3.に記載の密閉配管を備えることを特徴とする建築物。
5.亜鉛めっき鋼管の内部で水を循環させることを特徴とする、内面が酸化皮膜で覆われている亜鉛めっき鋼管の製造方法。
6.水の循環を、40日以上行うことを特徴とする5.に記載の亜鉛めっき鋼管の製造方法。
7.亜鉛めっき鋼管からなる密閉配管に、水を充填してから60日間のうち40日以上水を循環させることを特徴とする密閉配管の水素ガス発生抑制方法。
8.亜鉛めっき鋼管からなる非循環系である密閉配管の少なくとも二本の端部近傍を仮設管で接続し、水を充填してから60日間のうち40日以上水を循環させた後、前記仮設管を取り除くことを特徴とする非循環系である密閉配管の水素ガス発生抑制方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の亜鉛めっき鋼管は、内部が絶縁性の酸化皮膜で覆われており、亜鉛から水への電子の移動が絶たれていることにより、水素ガスの発生を抑制することができる。本発明の亜鉛めっき鋼管から構築された密閉配管は、水素ガスの発生が抑制されるため、建築物の安全性を高めることができる。
水を循環させるだけで亜鉛めっき鋼管内面を酸化皮膜で覆うことができ、ポンプ等の他の配管設備に悪影響を及ぼすおそれがないため、配管内での水素ガス発生を簡便に防止することができる。
本発明の亜鉛めっき鋼管で密閉配管を構築するか、通常の亜鉛めっき鋼管で構築した密閉配管に水を充填して施主に引き渡すまでに水を循環させて内部に酸化皮膜を形成することにより、引き渡し後に水素ガス発生防止のためのメンテナンス、管理が不要となり、管理不十分による水素ガスの発生を防止することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、亜鉛めっき鋼管の内面を絶縁性である酸化皮膜で覆い、亜鉛から水への電子移動を絶つことにより、水素ガスの発生を抑制した亜鉛めっき鋼管に関する。
【0013】
非特許文献1には、亜鉛めっき鋼管からの水素ガス発生機構として、熱力学的平衡論から水素イオンの還元をカソード反応、亜鉛の酸化をアノード反応とする電気化学反応によって水素が発生することが報告されている。すなわち、水は緩やかに電離(H2O→H++OH-)しているが、亜鉛が溶出すると電子が亜鉛から水に流れ込み、亜鉛のイオン化というアノード反応と、水が電子を受け取る下記式(2)、(3)に示すカソード反応が進行する。
アノード反応: Zn→Zn2++2e- (1)
カソード反応: 1/2O2+H2O+2e-→2OH- (2)
2H++2e-→H2↑ (3)
密閉配管内では酸素が少ないため、カソード反応として主に(3)の反応が進行し、水素ガスが発生する。
【0014】
上記式(1)、(3)から明らかなように、亜鉛から供給された電子を水が受け取ることにより、水質によっては水素ガスが発生する。
そのため、亜鉛めっき鋼管の内面を絶縁性である酸化皮膜で覆うことにより、亜鉛から水への電子移動を絶つことができ、水素ガスの発生を抑えることができる。なお、本明細書において、酸化皮膜は、水酸化亜鉛(Zn(OH)2)、酸化亜鉛(ZnO)を主成分とし、全重量に対する水酸化亜鉛と酸化亜鉛の合計が80重量%以上である。また、本発明の酸化皮膜は、層状に形成されて鋼管内面を被覆しており、表面が平滑であり、厚さがほぼ均一である。具体的には、本発明の酸化被膜は、断面の電子顕微鏡画像を解析して得られる基準長さ100μmにおける酸化被膜の十点平均粗さ(RzJIS)が、3.0μm以下であることが好ましく、2.0μm以下であることがより好ましい。
【0015】
酸化皮膜の形成方法は特に限定されないが、例えば、亜鉛めっき鋼管の内部で水を循環させることにより形成することができる。なお、酸化皮膜の形成には、水を循環させることが重要である。
それに対し、亜鉛めっき鋼管の内部に水を循環させずに滞留させた場合には、酸化皮膜は形成されず、不定形の酸化物、円形の酸化物結晶、球形の酸化物結晶等の腐食物が形成される。腐食物は、鋼管の内面を完全に被覆しないため、亜鉛から水への電子の移動を絶つことができない。水が滞留して腐食物が形成された後に水を循環させると、酸化物が形成されて水素ガスの発生が停止するが、酸化物は、腐食物の上に形成されるため、層状とはならず、厚さが不均一である(非特許文献2)。
【0016】
亜鉛めっき鋼管の内部で循環させる水は特に制限されず、水道水、工業用水、地下水、井戸水などを用いることができる。これらの中で、安価で、かつ、ポンプ等の機器へ悪影響を及ぼす懸念がない水道水を用いることが好ましい。水の循環条件は、内面に酸化皮膜が形成されるものであれば特に制限されないが、40日以上循環させることが好ましい。また、流速は、0.3m/s以上であることが好ましく、0.5m/s以上であることがより好ましく、1.0m/s以上であることがさらに好ましい。なお、通常、流速は3.0m/s以下である。
【0017】
密閉配管は、発生したガスを定期的にガス抜きする必要があり、密閉配管内で発生したガスに水素が含まれていると、ガス抜き時に爆発事故が起こる危険性がある。また、非循環系である密閉配管は、充填された水に流れが生じることが稀であるため、内部に酸化皮膜が形成されず、水素ガスが延々と発生し続けるおそれがある。そのため、本発明の亜鉛めっき鋼管は、消火配管や空調配管である密閉配管に好適に用いることができ、スプリンクラー配管に代表される非循環系である密閉配管に特に好適に用いることができる。なお、給排水用等の開放系である配管は、発生した水素ガスは水とともに排出されるため、配管内に水素ガスが滞留せず、爆発の危険性はない。
【0018】
予め内面が酸化皮膜で覆われている亜鉛めっき鋼管を用いて、本発明の密閉配管を構築することができる。
また、建築物は、一般的に、配管系が構築されてから、施主に引き渡されるまでの間に、塗装、内装、造園等の仕上げが行われる。そのため、通常の亜鉛めっき鋼管で密閉配管を構築し、施主に引き渡すまでの間に水を循環させることにより、配管の内面を酸化皮膜で覆い、本発明の密閉配管とすることができる。
本発明の密閉配管は、内面の酸化皮膜が安定しているため、引き渡し後のメンテナンス、管理の状態にかかわらず、水素ガスの発生を抑えることができる。
【0019】
通常の亜鉛めっき鋼管で構築した密閉配管に水を循環させる場合、水を充填した立ち上げ初期に、水を循環させることが好ましい。具体的には、水を充填してから60日間のうち40日以上水を循環させることが好ましく、50日間のうち40日以上循環させることがより好ましく、45日間のうち40日以上循環させることがさらに好ましい。なお、非循環系である密閉配管で水を循環させる場合は、配管の端部、またはその近傍を仮設管で接続し、水を循環させて内面に酸化皮膜を形成した後、仮設管を取り除けばよい。
【0020】
ここで、建造物の施工時において、通常、配管系への水の充填は、漏水確認のために行われる。充填した水は循環させる必要がなく、また、水の廃棄、再充填にはコストがかかるため、バルブ等で必要箇所を閉じた上で、他の配管系統、ポンプ、熱交換器等との接続が行われる。従来の建造物の配管系は、水を充填した当初に水が流動する時間はほとんどないため、酸化皮膜は形成されず、不定形の酸化物、円形の酸化物結晶、球形の酸化物結晶等の腐食物が形成される。
【実施例】
【0021】
亜鉛めっき鋼管(32A)を用いて、全長約3.5m、ポンプ、流量計、ガス抜き部を備える横引きであるループ配管システムを二基作成し、双方の配管に水道水(横浜市)を充填した。
図1に、ループ配管システムを示す。
ループ配管システムの一方を実施例として、水を平均流速1m/sで連続的に循環した。他方は比較例として、静置のまま保持した。
【0022】
「水素ガス発生量」
配管途中に設けたガス抜き部から定期的に配管内部のガスを採取し、発生したガスの量とガス組成を分析した。なお、比較例は、ガス採取時に1分間ポンプを稼働させ、ガス抜き部にガスを集めた以外は、水は循環していない。
図2に、実施例、比較例における発生した全ガス量と分析したガス組成とから算出した水素ガスの累積発生量を示す。
実験初期は双方とも水素ガスの生成が確認できたが、実施例では、試験開始40日目ごろに水素ガス発生が完全に停止した。一方、比較例は、試験を終了した203日後も水素ガスが発生し続けた。
【0023】
「配管内面のSEM観察」
試験開始から80日目に、ループ配管システムから配管の一部を抜き取り、配管内面のの上部、側面、下部、側面の断面のそれぞれを、走査型電子顕微鏡にて観察した。各電子顕微鏡写真を
図3~5に示す。なお、別途行ったエネルギー分散型X線分光器(EDS)による元素分析の結果、酸化皮膜が、亜鉛(50~70%)と酸素(15~30%)を主成分とし、微量の炭素を含むことが確認できた。酸化皮膜中の炭素は、充填した水に当初から溶解していた炭酸イオンを原料として塩基性炭酸亜鉛が生成したためであると考えられる。
【0024】
実施例は、横引きである配管内部の上部、側面、下部ともに約10μm厚の均一な厚さを有する層状の酸化皮膜が均一に形成されていた。上部、側面、下部における酸化被膜の十点平均粗さ(RzJIS)は、それぞれ0.9μm、0.4μm、0.8μmであり、厚さがほぼ均一であった。
それに対し、比較例は、配管上部は不定形な酸化皮膜、側面は直径約20μmの球状結晶、下部は直径約10μmの円形結晶で覆われていた。上部、側面、下部における腐食物の十点平均粗さ(RzJIS)は、それぞれ8.4μm、6.3μm、5.0μmであり、厚みが不均一であった。また、腐食物で被覆されていない箇所も観察された。
【0025】
「考察」
実施例は、水が循環していたため、亜鉛めっきから溶出した亜鉛イオンが、水中の溶存酸素、水酸化イオン、炭酸イオン等と反応して、均一な酸化皮膜が形成できたと考えられる。そして、均一な酸化皮膜が形成されたことにより、亜鉛から水への電子移動が絶たれ、約40日で水素ガスの発生が停止した。
一方、比較例は、水が循環せずに滞留していたため、側面、下部では、局所的に生じた酸化物の結晶が円状、または球状に成長し、酸化皮膜が形成されなかった。また、上面は、発生した水素ガスや初期混入時の空気により水との接触が抑えられたため、結晶が成長せずに不定形の酸化物が析出したと考えられる。そして、比較例は、結晶間に存在する隙間等において、亜鉛と水が接触することができたため、亜鉛から水へ電子が移動して水素ガスの発生が続いたと推測される。