(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-04
(45)【発行日】2022-04-12
(54)【発明の名称】紡糸延伸装置
(51)【国際特許分類】
D01D 5/098 20060101AFI20220405BHJP
【FI】
D01D5/098
(21)【出願番号】P 2018012277
(22)【出願日】2018-01-29
【審査請求日】2020-10-26
(73)【特許権者】
【識別番号】502455511
【氏名又は名称】TMTマシナリー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001841
【氏名又は名称】特許業務法人梶・須原特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】米倉 踏青
(72)【発明者】
【氏名】北山 太
(72)【発明者】
【氏名】井上 玲
【審査官】鈴木 祐里絵
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-164314(JP,A)
【文献】特開昭61-252311(JP,A)
【文献】特開2016-216882(JP,A)
【文献】特開2015-055020(JP,A)
【文献】特開2014-101610(JP,A)
【文献】特開2016-040429(JP,A)
【文献】実公昭32-008510(JP,Y1)
【文献】実開平03-014176(JP,U)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01D1/00-13/02
D02G1/00-3/48
D02J1/00-13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
延伸前の糸を加熱する予熱ローラと、
前記予熱ローラよりも糸走行方向下流側に配置され、前記予熱ローラよりも高温かつ高速に設定された調質ローラと、
前記予熱ローラ及び前記調質ローラを収容する保温箱と、を備え、
前記予熱ローラと前記調質ローラとの間で糸を延伸する紡糸延伸装置であって、
前記予熱ローラと前記調質ローラとの間に配置された仕切部と、
前記仕切部よりも前記予熱ローラが配置されている側の低温空間と、前記仕切部よりも前記調質ローラが配置されている側の高温空間とを連通させる連通流路と、
前記連通流路の流路面積を変更するためのシャッターと、
をさらに備え
、
前記連通流路は、前記予熱ローラと前記調質ローラとの間の糸道とは異なる位置に形成された流路であることを特徴とする紡糸延伸装置。
【請求項2】
前記連通流路は、前記保温箱の内面と前記仕切部との間に形成されていることを特徴とする請求項
1に記載の紡糸延伸装置。
【請求項3】
前記予熱ローラ及び前記調質ローラは、前記保温箱の背面部から前面部に向かって突出するように配設されており、
前記連通流路は、前記保温箱の側面部の内面と前記仕切部との間に形成されていることを特徴とする請求項
2に記載の紡糸延伸装置。
【請求項4】
前記シャッターは、前記保温箱の前記側面部に近づく又は遠ざかる方向に移動可能であることを特徴とする請求項
3に記載の紡糸延伸装置。
【請求項5】
前記保温箱の前記前面部は開閉可能な開閉部となっており、
前記開閉部と前記仕切部との間にシール部材が設けられていることを特徴とする請求項
3又は4に記載の紡糸延伸装置。
【請求項6】
前記シール部材は、前記仕切部に取り付けられていることを特徴とする請求項
5に記載の紡糸延伸装置。
【請求項7】
前記保温箱の前記側面部のうち前記連通流路よりも前記調質ローラ側の位置から前記調質ローラの外周面に向かって延びる遮断部材が設けられており、
前記調質ローラの外周面のうち前記遮断部材の先端部に対向する部分が前記連通流路から遠ざかるように、前記調質ローラは回転していることを特徴とする請求項
3~6の何れか1項に記載の紡糸延伸装置。
【請求項8】
前記連通流路における空気の流れ方向において、前記シャッターが複数設けられていることを特徴とする請求項1~
7の何れか1項に記載の紡糸延伸装置。
【請求項9】
前記連通流路における空気の流れ方向において、前記低温空間と前記高温空間との間に前記仕切部が複数設けられていることを特徴とする請求項1~
8の何れか1項に記載の紡糸延伸装置。
【請求項10】
前記予熱ローラが糸走行方向に複数設けられており、
前記複数の予熱ローラのうち最も糸走行方向下流側の最終予熱ローラと、前記調質ローラとの間に前記仕切部が配置されており、
前記仕切部よりも前記最終予熱ローラが配置されている側の前記低温空間と、前記仕切部よりも前記調質ローラが配置されている側の前記高温空間とを連通させる前記連通流路に、前記シャッターが設けられていることを特徴とする請求項1~
9の何れか1項に記載の紡糸延伸装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸を延伸する紡糸延伸装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、特許文献1には、複数の予熱ローラ(特許文献1では加熱ローラ)と複数の調質ローラとが保温箱(特許文献1では保温ボックス)に収容された紡糸延伸装置が開示されている。調質ローラは、予熱ローラよりも糸走行方向下流側に配置されており、予熱ローラよりも高温かつ高速に設定されている。そして、複数の予熱ローラによって糸を延伸温度まで加熱した後、最も糸走行方向下流側にある予熱ローラと最も糸走行方向上流側にある調質ローラとの間で糸が延伸され、延伸された糸が複数の調質ローラによって調質される。
【0003】
このような紡糸延伸装置では、保温箱内で高温の調質ローラ周辺から低温の予熱ローラ周辺への熱の移動が発生するが、その熱の移動量が大きくなり過ぎると、予熱ローラが設定温度を超えてしまい、温度制御ができなくなるおそれがある。そこで、特許文献1では、予熱ローラを遮断カバーで覆うことで、予熱ローラが調質ローラからの熱の影響を受けることを抑え、予熱ローラを設定温度に精度よく維持できるようにされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1のように予熱ローラを遮断カバーで覆ってしまうと、高温の調質ローラからの熱を予熱ローラの加熱に利用できなくなるという副作用が生じる。このため、紡糸延伸装置の消費電力が増加するという問題があった。
【0006】
以上の課題に鑑みて、本発明に係る紡糸延伸装置は、予熱ローラの温度を良好に制御しつつ、消費電力を抑えることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、延伸前の糸を加熱する予熱ローラと、前記予熱ローラよりも糸走行方向下流側に配置され、前記予熱ローラよりも高温かつ高速に設定された調質ローラと、前記予熱ローラ及び前記調質ローラを収容する保温箱と、を備え、前記予熱ローラと前記調質ローラとの間で糸を延伸する紡糸延伸装置であって、前記予熱ローラと前記調質ローラとの間に配置された仕切部と、前記仕切部よりも前記予熱ローラが配置されている側の低温空間と、前記仕切部よりも前記調質ローラが配置されている側の高温空間とを連通させる連通流路と、前記連通流路の流路面積を変更するためのシャッターと、をさらに備えることを特徴とする。
【0008】
本発明によれば、連通流路に設けられたシャッターの開度を調整することによって、連通流路を流れる空気の流量を制御することができ、ひいては高温空間から低温空間への熱の移動量を制御することができる。予熱ローラを設定温度に維持しつつ消費電力を抑えるためには、予熱ローラが設定温度を超えない程度にできる限り高温空間から低温空間へ熱を移動させることが好ましい。しかしながら、最適な熱の移動量は、糸の種類に応じて決まる各ローラの設定温度や外気温等の条件によって変化する。本発明によれば、条件に応じてシャッターの開度を調整することで、条件にかかわらず、予熱ローラの温度を良好に制御しつつ、消費電力を抑えることができる。
【0009】
本発明において、前記連通流路は、前記予熱ローラと前記調質ローラとの間の糸道とは異なる位置に形成された流路であるとよい。
【0010】
このように、連通流路を糸道とは別に設けることにより、糸の走行に伴う随伴流によって熱が低温空間から高温空間に逆流することを防止でき、高温空間から低温空間へ熱を効率的に移動させることができる。また、シャッターの動作が、糸によって制限されることがない。
【0011】
本発明において、前記連通流路は、前記保温箱の内面と前記仕切部との間に形成されているとよい。
【0012】
こうすれば、保温箱の内面に沿って空気が流れやすく、高温空間から低温空間へ熱を効率的に移動させることができる。
【0013】
本発明において、前記予熱ローラ及び前記調質ローラは、前記保温箱の背面部から前面部に向かって突出するように配設されており、前記連通流路は、前記保温箱の側面部の内面と前記仕切部との間に形成されているとよい。
【0014】
仮に、連通流路が保温箱の前面部(又は背面部)の内面と仕切部との間に形成されているとすると、予熱ローラ及び調質ローラの軸方向に複数の糸が掛けられている場合に、前面部(又は背面部)に近い糸は連通流路を流れる空気の影響で糸揺れが生じやすく、背面部(又は前面部)に近い糸は糸揺れが生じにくいというように差が生じる。このような差は、糸の品質にばらつきを生じさせる要因となるので好ましくない。この点、上述のように、連通流路が保温箱の側面部の内面と仕切部との間に形成されていると、連通流路を流れる空気の影響は複数の糸に対して概ね均等となるため、糸の品質にばらつきが生じることを抑えることができる。
【0015】
本発明において、前記シャッターは、前記保温箱の前記側面部に近づく又は遠ざかる方向に移動可能であるとよい。
【0016】
こうすれば、シャッターによる連通流路の流路面積の調整を簡単に行うことができる。
【0017】
本発明において、前記保温箱の前記前面部は開閉可能な開閉部となっており、前記開閉部と前記仕切部との間にシール部材が設けられているとよい。
【0018】
開閉部と仕切部との間に隙間があると、その隙間を介して高温空間から低温空間に熱が移動し、連通流路を介した熱の移動量の制御が狂ってしまうおそれがある。そこで、上述のように、開閉部と仕切部との間にシール部材を設けることで、開閉部と仕切部との間の隙間をなくすことができ、連通流路を介した熱の移動量の制御を精度よく行うことができる。
【0019】
本発明において、前記シール部材は、前記仕切部に取り付けられているとよい。
【0020】
仮にシール部材を開閉部に取り付けるとすると、シール部材を仕切部の位置に合わせてしっかりと位置決めを行う必要がある。一方、シール部材を仕切部に取り付ければ、シール部材の位置決めの必要がなく取り付け作業が簡単となる。
【0021】
本発明において、前記保温箱の前記側面部のうち前記連通流路よりも前記調質ローラ側の位置から前記調質ローラの外周面に向かって延びる遮断部材が設けられており、前記調質ローラの外周面のうち前記遮断部材の先端部に対向する部分が前記連通流路から遠ざかるように、前記調質ローラは回転しているとよい。
【0022】
このような構成によれば、糸の走行に伴う随伴流が遮断部材によって遮られ、随伴流に含まれる熱が連通流路から遠ざかる方向に逃げるのを抑えることができる。したがって、高温空間から低温空間へ熱を効率的に移動させることができる。
【0023】
本発明において、前記連通流路における空気の流れ方向において、前記シャッターが複数設けられているとよい。
【0024】
このような構成によれば、各シャッターの開度を調整することで、連通流路における空気の流れ方や流量をより細かに制御できるようになる。
【0025】
本発明において、前記連通流路における空気の流れ方向において、前記低温空間と前記高温空間との間に前記仕切部が複数設けられているとよい。
【0026】
このように仕切部を複数設けることで、高温空間と低温空間との間の断熱性を向上させることができ、連通流路を介した熱の移動量の制御を精度よく行うことができる。
【0027】
本発明において、前記予熱ローラが糸走行方向に複数設けられており、前記複数の予熱ローラのうち最も糸走行方向下流側の最終予熱ローラと、前記調質ローラとの間に前記仕切部が配置されており、前記仕切部よりも前記最終予熱ローラが配置されている側の前記低温空間と、前記仕切部よりも前記調質ローラが配置されている側の前記高温空間とを連通させる前記連通流路に、前記シャッターが設けられているとよい。
【0028】
予熱ローラが複数設けられている場合、各予熱ローラで糸は順次加熱されるため、最終予熱ローラでは糸の加熱によって消費される熱量が少ない。また、最終予熱ローラは調質ローラの近くに配置される。したがって、最終予熱ローラは他の予熱ローラと比べて、調質ローラからの熱の影響で温度が上昇しやすい。さらに、最終予熱ローラと調質ローラとの間で糸が延伸されるため、最終予熱ローラの温度制御は特に精度が要求される。このため、温度制御を良好に行うことのできる本発明は、最終予熱ローラに対して特に有効である。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【
図1】本実施形態の紡糸延伸装置を備える紡糸引取機を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0030】
[紡糸引取機]
本発明に係る紡糸延伸装置の実施形態について説明する。
図1は、本実施形態の紡糸延伸装置を備える紡糸引取機を示す模式図である。
図1に示すように、紡糸引取機1は、紡糸装置2から連続的に紡出されたポリエステル等の溶融繊維材料が固化して形成された複数の糸Yを、紡糸延伸装置3で延伸した後、糸巻取装置4で巻き取る構成となっている。なお、
図1に示した方向が紡糸引取機1の方向を示すものと定義する。
【0031】
紡糸装置2は、ポリエステル等の溶融繊維材料を連続的に紡出することで、複数の糸Yを生成する。紡糸装置2から紡出された複数の糸Yは、油剤ガイド10によって油剤が付与された後、案内ローラ11を経て紡糸延伸装置3に送られる。紡糸延伸装置3は、複数の糸Yを延伸する装置であり、紡糸装置2の下方に配置されている。紡糸延伸装置3は、保温箱20の内部に複数のゴデットローラ31~35が設けられた構成となっている。紡糸延伸装置3については、後で詳細に説明する。
【0032】
紡糸延伸装置3で延伸された複数の糸Yは、案内ローラ12を経て糸巻取装置4に送られる。糸巻取装置4は、複数の糸Yを巻き取る装置であり、紡糸延伸装置3の下方に配置されている。糸巻取装置4は、ボビンホルダ13やコンタクトローラ14等を備えている。ボビンホルダ13は、
図1の紙面奥行方向に延びる円筒形状を有し、図示しないモータによって回転駆動される。ボビンホルダ13には、その軸方向に複数のボビンBが並んだ状態で装着される。糸巻取装置4は、ボビンホルダ13を回転させることによって、複数のボビンBに複数の糸Yを同時に巻取り、複数のパッケージPを生産する。コンタクトローラ14は、複数のパッケージPの表面に接触して所定の接圧を付与し、パッケージPの形状を整える。
【0033】
[紡糸延伸装置]
図2は、紡糸延伸装置3を詳細に示す図である。紡糸延伸装置3は、保温箱20と、保温箱20の内部に収容された複数(本実施形態では5つ)のゴデットローラ31~35と、を有する。保温箱20は、上面部21、右側面部22、右下傾斜部23、左側面部24、左下傾斜部25、背面部26(
図5参照)、及び、前面部27(
図5参照)によって箱状に形成されている。前面部27は、例えば左側面部24に不図示のヒンジを介して取り付けられており、このヒンジを中心に前後方向に揺動することで開閉可能な開閉部となっている。右側面部22の下部には、複数の糸Yを保温箱20の内部に導入するための導入口20aが形成されている。右側面部22の上部には、複数の糸Yを保温箱20の外部に導出するための導出口20bが形成されている。
【0034】
ゴデットローラ31~35は、不図示のモータによって回転駆動されるとともに、不図示のヒータを有する加熱ローラである。ゴデットローラ31~35は、
図5に示すように保温箱20の背面部26から前面部27に向かって突出するように配設されており、
図2の矢印の方向にそれぞれ回転している。導入口20aから保温箱20の内部に導入された複数の糸Yは、ゴデットローラ31~35の外周面に順番に巻き掛けられており、最終的に導出口20bから保温箱20の外部に導出される。
【0035】
下側3つのゴデットローラ31~33は、複数の糸Yを延伸する前に予熱するための予熱ローラであり、これらの表面温度は、糸Yのガラス転移点以上の温度(例えば80℃程度)に設定されている。一方、上側2つのゴデットローラ34、35は、延伸された複数の糸Yを熱セットするための調質ローラであり、これらの表面温度は、下側3つのゴデットローラ31~33の表面温度よりも高い温度(例えば130~140℃程度)に設定されている。また、上側2つのゴデットローラ34、35の回転速度すなわち糸送り速度は、下側3つのゴデットローラ31~33よりも速くなっている。以下の説明では、ゴデットローラ31~33を「予熱ローラ」と称し、ゴデットローラ34、35を「調質ローラ」と称する。
【0036】
導入口20aを介して保温箱20の内部に導入された複数の糸Yは、まず、予熱ローラ31~33によって送られる間に延伸可能な温度まで予熱される。予熱された複数の糸Yは、最も糸走行方向下流側にある予熱ローラ33と最も糸走行方向上流側にある調質ローラ34との間の糸送り速度の差によって延伸される。さらに、複数の糸Yは、調質ローラ34、35によって送られる間にさらに高温に加熱されて、延伸された状態が熱セットされる。このようにして延伸された複数の糸Yは、導出口20bを介して保温箱20の外部に導出される。
【0037】
保温箱20の内部には、整流部材41~44が配設されている。整流部材41~44は、保温箱20の背面部26から前面部27に向かって突出するように配設された板状の部材であり、保温箱20の内部における空気の流れを整流する。具体的には、整流部材41~44は、保温箱20の内部における導入口20aから導出口20bに至る空気の流れが、概ね糸走行方向に沿ったものとなるように配置されている。
【0038】
また、保温箱20の内部には、遮断部材51~54が配設されている。遮断部材51~54は、調質ローラ34又は35の外周面に向かって延びており、その先端部は調質ローラ34又は35の外周面に近接している。保温箱20の内部では、複数の糸Yの走行に伴って随伴流が生じるが、この随伴流が増幅しながら糸走行方向下流側に進むと、導出口20bから多くの熱が逃げてしまい、保温箱20による保温効果が低下する。そこで、遮断部材51~54によって随伴流を遮断し、随伴流の増幅を抑えることで、保温効果の低下を抑えている。なお、遮断部材51、52、54は、調質ローラ34、35への糸掛けの支障とならないように、基部を中心に揺動可能に構成されている。詳細については、特開2016-216882号公報を参照されたい。
【0039】
[最終予熱ローラの制御性と省エネとの両立]
ここで、本実施形態のように、複数の予熱ローラ31~33が設けられている場合、各予熱ローラ31~33で複数の糸Yは順次加熱されるため、最も糸走行方向下流側の最終予熱ローラ33では糸Yの加熱によって消費される熱量が少ない。また、最終予熱ローラ33は高温の調質ローラ35の近くに配置されているため、調質ローラ35からの熱の影響を受けやすい。これらの要因により、最終予熱ローラ33の表面温度が設定温度を超えてしまい、温度制御が適切に行えないという事態が発生することがあった。特に外気温が高い夏季にはこのような問題が顕著であった。
【0040】
このような問題を解決するため、最終予熱ローラ33と調質ローラ35との間に遮熱部材を設けることが考えられる。遮熱部材を設けることで、調質ローラ35からの熱の影響を抑えて、最終予熱ローラ33の表面温度の過度な上昇を抑えることができる。しかしながら、その副作用として、調質ローラ35からの熱を利用して最終予熱ローラ33を効率的に昇温させることができなくなり、紡糸延伸装置3の消費電力が増大してしまう。そこで、本実施形態では、調質ローラ35から最終予熱ローラ33への熱の移動量を制御可能に構成することで、最終予熱ローラ33の表面温度を設定温度に維持しつつ、紡糸延伸装置3の消費電力を抑えることができるようにしている。以下、詳細に説明する。
【0041】
本実施形態では、最終予熱ローラ33と調質ローラ35との間に、上記遮熱部材の役割を兼ね備える整流部材43を配置している。以下では、整流部材43よりも最終予熱ローラ33が配置されている下側の空間を低温空間45と言い、整流部材43よりも調質ローラ35が配置されている上側の空間を高温空間46と言う。保温箱20の左側面部24の内面と整流部材43との間には、低温空間45と高温空間46とを連通させる連通流路47が形成されている。さらに、連通流路47の流路面積を変更するためのシャッター48、49が設けられている。なお、整流部材43及びシャッター48、49の材料は特に限定されないが、本実施形態では耐腐食性や強度を考慮してステンレス鋼を使用している。
【0042】
図3は、連通流路47付近の拡大図である。
図4は、上側シャッター48の上面図であり、a図は上側シャッター48を全閉にした状態を示し、b図は上側シャッター48を全開にした状態を示す。なお、
図4において、上側シャッター48は太線で図示している。
【0043】
図3に示すように、整流部材43は、左右方向に延びる上側仕切部43aと、上側仕切部43aの下方に間隔を空けて配置され、左右方向に延びる下側仕切部43bと、上側仕切部43aの左端部と下側仕切部43bの左端部とを接続し、上下方向に延びる接続部43cとが一体形成された構成を有する。ただし、各部43a~43cがそれぞれ別体として構成されていてもよい。
【0044】
図4のb図に示すように、上側仕切部43aの左後方の角部は、矩形状に切り欠かれた切欠部43dとなっており、この切欠部43dが連通流路47の上端となっている。図示は省略するが、下側仕切部43bの左後方の角部も、矩形状に切り欠かれた切欠部となっており、この切欠部が連通流路47の下端となっている。つまり、上側仕切部43aに形成された切欠部43dと、下側仕切部43bに形成された切欠部との間が、連通流路47となっている。
【0045】
上側仕切部43aには、左右方向に延びる長穴43eが前後方向に2つ形成されている。一方、上側シャッター48は、矩形状の板状部材であり、上側仕切部43aの上面に取り付けられる。上側シャッター48は、切欠部43dを閉塞可能な寸法を有している。上側シャッター48には、上側仕切部43aに形成された2つの長穴43eに対応して、不図示の丸穴が前後方向に2つ形成されている。
図3に示すように、ボルト71を上側シャッター48の丸穴及び上側仕切部43aの長穴43eに通し、ボルト71にナット72を締め付けることで、上側シャッター48を上側仕切部43aに固定することができる。下側仕切部43b及び下側シャッター49も同様の構成となっており、ボルト73及びナット74によって下側シャッター49を下側仕切部43bに固定することができる。
【0046】
このような構成によれば、ナット72を緩めた状態で上側シャッター48を長穴43eに沿って左右方向に移動させることで、上側シャッター48の開度(上側仕切部43aの切欠部43dの開放度)を変更し、連通流路47の流路面積を調整することができる。同様に、ナット74を緩めた状態で下側シャッター49を長穴に沿って左右方向に移動させることで、下側シャッター49の開度(下側仕切部43bの切欠部の開放度)を変更し、連通流路47の流路面積を調整することができる。
【0047】
例えば、
図4のa図に示すように、シャッター48、49を保温箱20の左側面部24の内面に当接するまで左側に移動させると、連通流路47を閉塞することができる。一方、シャッター48、49を左側面部24から遠ざけるように右側に移動させると、連通流路47が徐々に開放され、
図4のb図に示すように連通流路47を全開放することもできる。また、シャッター48、49の開度をそれぞれ個別に調整することで、連通流路47における空気の流量や流れ方を細かに制御することができる。
【0048】
図5は、
図2のV-V断面における断面図である。保温箱20の開閉部27が閉められなくなることを防止するため、
図5に示すように、整流部材43の前端部は、閉状態の開閉部27から少し離間するように設計されている。しかしながら、そうすると、上側仕切部43aと開閉部27との間の隙間、及び、下側仕切部43bと開閉部27との間の隙間を通って、高温空間46と低温空間45との間で空気の流れが生じる。その結果、想定以上に高温空間46から低温空間45に熱が移動するおそれがある。
【0049】
これを抑えるため、本実施形態では、
図4及び
図5に示すように、上側仕切部43aの前縁部にシール部材63を取り付けている。シール部材63は、例えばシリコンやゴムで構成されており、開閉部27が閉められたときに、開閉部27の内面にシール部材63が密着するような形状及び寸法とされている。なお、上側シャッター48とシール部材63とが干渉しないように、
図4に示すように、上側シャッター48と開閉部27との間には隙間が設けられている。
【0050】
遮断部材51~54を設けることによって、随伴流に伴って熱が保温箱20から出ていくことを抑制していることは既述の通りであるが、特に遮断部材54は、高温空間46の熱を低温空間45に効率的に移動させるのに寄与している。
図3に示すように、遮断部材54は、保温箱20の左側面部24のうち連通流路47よりも調質ローラ35側(上側)の位置から、調質ローラ35の外周面に向かって延びている。そして、調質ローラ35の外周面のうち遮断部材54の先端部に対向する部分Aが連通流路47から遠ざかるように、調質ローラ35は時計回りに回転している。このため、調質ローラ35の周りを流れる随伴流が遮断部材54によって遮断され、随伴流に含まれる熱が遮断部材54より糸走行方向下流側に逃げることを抑えることができる。その分、連通流路47を介して高温空間46から低温空間45へ、より多くの熱を移動させることができる。
【0051】
以上のように構成された紡糸延伸装置3においては、上側シャッター48及び下側シャッター49の開度を、糸Yの種類や外気温等の条件に応じて適切に調整することで、連通流路47を流れる空気の流量、ひいては熱の移動量を制御することができる。最終予熱ローラ33が設定温度を超えない範囲で、できるだけ高温空間46から低温空間45に熱を移動させるように連通流路47の流路面積を調整することで、最終予熱ローラ33の制御性と紡糸延伸装置3の省エネという相反する課題をバランスよく両立することができる。
【0052】
[検証実験]
シャッター48、49の開度を調整することにより、各部の温度や紡糸延伸装置3の消費電力がどのように変化するかを検証するための実験を行った。
図6は、検証実験の結果を示す表である。
(実験条件)
・予熱ローラ31~33の設定温度:80℃
・調質ローラ34、35の設定温度:134℃
・実験パターン:シャッター48、49を全開にした場合と全閉にした場合
(計測値)
・予熱ローラ31~33及び調質ローラ34、35のヒータのON率
・低温空間45及び高温空間46の温度
・紡糸延伸装置3の消費電力
【0053】
「ヒータのON率」とは、各加熱ローラ31~35の表面温度を設定温度に維持するために、ヒータを作動させている時間の割合を示す。つまり、ヒータのON率が低いほど省エネと考えられる。しかし、ヒータのON率が0%になると、ヒータを作動させなくても設定温度を超える可能性が高くなる。したがって、制御性を考慮するとヒータのON率は常に一定以上(例えば1%以上)であることが好ましい。低温空間45及び高温空間46の温度は、それぞれ
図3及び
図5に示す地点L及び地点Hで測定した。
【0054】
シャッター48、49を全開にすると、全閉の場合と比べて、低温空間45の温度が20℃以上上昇しており、最終予熱ローラ33のヒータのON率も約7%低下している。つまり、シャッター48、49を全開にすることで、連通流路47を介して高温空間46から低温空間45へ多くの熱が移動したことが示されている。注目すべきは、シャッター48、49を全開にしても、高温空間46の温度は全閉の場合と比べてわずかに低下しているだけであり、調質ローラ35のヒータのON率もほとんど変化しない点である。これは、高温空間46から導出口20bを介して保温箱20の外部に無駄に排出されていた熱を、連通流路47を開放することによって、最終予熱ローラ33の加熱に有効に活かせたことを意味していると考えられる。それを裏付けるように、シャッター48、49を全開にした場合は、全閉の場合と比べて、紡糸延伸装置3の消費電力を約25%削減できた。
【0055】
今回の実験では、シャッター48、49を全開にしても、最終予熱ローラ33のヒータのON率は23.1%であり、省エネをさらに図る余地があった。したがって、今回の実験と同条件であれば、連通流路47の流路面積をもう少し大きくし、連通流路47を流れる空気の流量を増加させるようにしてもよい。いずれにしても、今回の実験により、シャッター48、49の開度を調整し、連通流路47の流路面積を変更することで、最終予熱ローラ33の制御性を維持しつつ、紡糸延伸装置3の省エネを最大限図るという調整が可能であることが示された。
【0056】
[効果]
以上のように、本実施形態の紡糸延伸装置3によれば、連通流路47に設けられたシャッター48、49の開度を調整することによって、連通流路47を流れる空気の流量を制御することができ、ひいては高温空間46から低温空間45への熱の移動量を制御することができる。予熱ローラ33を設定温度に維持しつつ消費電力を抑えるためには、予熱ローラ33が設定温度を超えない程度にできる限り高温空間46から低温空間45へ熱を移動させることが好ましい。しかしながら、最適な熱の移動量は、糸Yの種類に応じて決まる各ローラの設定温度や外気温等の条件によって変化する。本実施形態によれば、条件に応じてシャッター48、49の開度を調整することで、条件にかかわらず、予熱ローラ33の温度を良好に制御しつつ、消費電力を抑えることができる。
【0057】
本実施形態では、
図2に示すように、連通流路47は、予熱ローラ33と調質ローラ35との間の糸道とは異なる位置に形成された流路とされている。このように、連通流路47を糸道とは別に設けることにより、糸Yの走行に伴う随伴流によって熱が低温空間45から高温空間46に逆流することを防止でき、高温空間46から低温空間45へ熱を効率的に移動させることができる。また、シャッター48、49の動作が、糸Yによって制限されることがない。
【0058】
本実施形態では、連通流路47は、保温箱20の内面と仕切部43a、43bとの間に形成されている。こうすれば、保温箱20の内面に沿って空気が流れやすく、高温空間46から低温空間45へ熱を効率的に移動させることができる。
【0059】
本実施形態では、予熱ローラ33及び調質ローラ35は、保温箱20の背面部26から前面部27に向かって突出するように配設されており、連通流路47は、保温箱20の側面部24の内面と仕切部43a、43bとの間に形成されている。仮に、連通流路47が保温箱20の前面部27(又は背面部26)の内面と仕切部43a、43bとの間に形成されているとすると、予熱ローラ33及び調質ローラ35の軸方向に複数の糸Yが掛けられている場合に、前面部27(又は背面部26)に近い糸Yは連通流路47を流れる空気の影響で糸揺れが生じやすく、背面部26(又は前面部27)に近い糸Yは糸揺れが生じにくいというように差が生じる。このような差は、糸Yの品質にばらつきを生じさせる要因となるので好ましくない。この点、上述のように、連通流路47が保温箱20の側面部24の内面と仕切部43a、43bとの間に形成されていると、連通流路47を流れる空気の影響は複数の糸Yに対して概ね均等となるため、糸Yの品質にばらつきが生じることを抑えることができる。
【0060】
本実施形態では、シャッター48、49は、保温箱20の側面部24に近づく又は遠ざかる方向に移動可能に構成されている。こうすれば、シャッター48、49による連通流路47の流路面積の調整を簡単に行うことができる。
【0061】
本実施形態では、保温箱20の前面部27は開閉可能な開閉部となっており、開閉部27と上側仕切部43aとの間にシール部材63が設けられている。開閉部27と上側仕切部43aとの間に隙間があると、その隙間を介して高温空間46から低温空間45に熱が移動し、連通流路47を介した熱の移動量の制御が狂ってしまうおそれがある。そこで、上述のように、開閉部27と上側仕切部43aとの間にシール部材63を設けることで、開閉部27と上側仕切部43aとの間の隙間をなくすことができ、連通流路47を介した熱の移動量の制御を精度よく行うことができる。
【0062】
本実施形態では、シール部材63は、上側仕切部43aに取り付けられている。仮にシール部材63を開閉部27に取り付けるとすると、シール部材63を上側仕切部43aの位置に合わせてしっかりと位置決めを行う必要がある。一方、シール部材63を上側仕切部43aに取り付ければ、シール部材63の位置決めの必要がなく取り付け作業が簡単となる。
【0063】
本実施形態では、保温箱20の側面部24のうち連通流路47よりも調質ローラ35側の位置から調質ローラ35の外周面に向かって延びる遮断部材54が設けられており、調質ローラ35の外周面のうち遮断部材54の先端部に対向する部分Aが連通流路47から遠ざかるように、調質ローラ35は回転している。このような構成によれば、糸Yの走行に伴う随伴流が遮断部材54によって遮られ、随伴流に含まれる熱が連通流路47から遠ざかる方向に逃げるのを抑えることができる。したがって、高温空間46から低温空間45へ熱を効率的に移動させることができる。
【0064】
本実施形態では、連通流路47における空気の流れ方向D(
図3参照)において、複数のシャッター48、49が設けられている。このような構成によれば、各シャッター48、49の開度を調整することで、連通流路47における空気の流れ方や流量をより細かに制御できるようになる。
【0065】
本実施形態では、連通流路47における空気の流れ方向Dにおいて、低温空間45と高温空間46との間に複数の仕切部43a、43bが設けられている。このように複数の仕切部43a、43bを設けることで、高温空間46と低温空間45との間の断熱性を向上させることができ、連通流路47を介した熱の移動量の制御を精度よく行うことができる。
【0066】
本実施形態では、最終予熱ローラ33と、調質ローラ35との間に仕切部43a、43bが配置されており、低温空間45と高温空間46とを連通させる連通流路47に、シャッター48、49が設けられている。複数の予熱ローラ31~33が設けられている場合、各予熱ローラ31~33で糸Yは順次加熱されるため、最終予熱ローラ33では糸Yの加熱によって消費される熱量が少ない。また、最終予熱ローラ33は調質ローラ35の近くに配置される。したがって、最終予熱ローラ33は他の予熱ローラ31、32と比べて、調質ローラ35からの熱の影響で温度が上昇しやすい。さらに、最終予熱ローラ33と調質ローラ35との間で糸Yが延伸されるため、最終予熱ローラ33の温度制御は特に精度が要求される。このため、温度制御を良好に行うことのできる本発明は、最終予熱ローラ33に対して特に有効である。
【0067】
[他の実施形態]
上記実施形態に種々の変更を加えた変形例について説明する。
【0068】
上記実施形態では、連通流路47が保温箱20の左側面部24と仕切部43a、43b(整流部材43)との間に形成されるものとした。しかしながら、連通流路47の形成位置はこれに限定されず、例えば、仕切部43a、43bに開口を空けて連通流路を形成してもよい。また、連通流路の数も1つに限定されず、2つ以上設けてもよい。
【0069】
上記実施形態では、連通流路47が糸道とは異なる位置に形成されるものとした。しかしながら、連通流路内に糸道が形成されるようにしてもよい。この場合、シャッターを全閉にすることはできなくなるが、糸道を塞がない範囲でシャッターの開度を調整することは可能である。
【0070】
上記実施形態では、連通流路47における空気の流れ方向Dにおいて、複数の仕切部43a、43bを設けるとともに、複数のシャッター48、49を設けるものとした。しかしながら、仕切部及びシャッターはそれぞれ最低1つずつあればよい。
【0071】
上記実施形態では、シャッター48、49を左右方向に移動可能に構成した。しかしながら、シャッターの具体的構成はこれに限定されず、例えば揺動動作により開閉するようなものでもよい。
【0072】
上記実施形態では、オペレータがシャッター48、49を動かすことで、連通流路47の流路面積を調整するものとした。しかしながら、シャッター48、49を移動させるための不図示のシャッター駆動装置を備え、このシャッター駆動装置によって連通流路47の流路面積を調整できるように構成してもよい。この場合、所定箇所の温度(例えば低温空間45の温度や最終予熱ローラ33の表面温度など)に応じてシャッター48、49の開度を自動調整することで、最終予熱ローラ33が温度制御できなくなる状況の発生を防止できる。
【0073】
上記実施形態では、保温箱20の開閉部27と上側仕切部43aとの間の隙間をなくすために、上側仕切部43aにシール部材63を取り付けるものとした。しかしながら、シール部材63を開閉部27に取り付けるようにしてもよい。あるいは、シール部材63を省略することも可能である。
【0074】
上記実施形態では、遮断部材54を設けることによって、高温空間46から低温空間45に効率的に熱を移動できるように構成した。しかしながら、遮断部材54を省略してもよい。
【0075】
上記実施形態では、連通流路47を設けることによって、最終予熱ローラ33を効率的に昇温させることができるようにした。同様に、予熱ローラ32を効率的に昇温させるようにする場合には、保温箱20の右側面部22と整流部材42との間に連通流路を設け、この連通流路に対してシャッターを設けるようにしてもよい。あるいは、整流部材42に開口を空けて連通流路を形成してもよい。
【0076】
上記実施形態では、複数の予熱ローラ31~33及び複数の調質ローラ34、35が設けられるものとした。しかしながら、予熱ローラ及び調質ローラを複数設けることは必須ではなく、最低1つの予熱ローラ及び調質ローラがあればよい。
【符号の説明】
【0077】
3:紡糸延伸装置
20:保温箱
24:側面部
26:背面部
27:前面部(開閉部)
31~33:予熱ローラ
33:最終予熱ローラ
34、35:調質ローラ
43a、43b:仕切部
45:低温空間
46:高温空間
47:連通流路
48、49:シャッター
54:遮断部材
63:シール部材
Y:糸