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特許7054088海産従属栄養性藻類を含有する粒子を給餌することを特徴とする海産魚類の種苗生産方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-05
(45)【発行日】2022-04-13
(54)【発明の名称】海産従属栄養性藻類を含有する粒子を給餌することを特徴とする海産魚類の種苗生産方法
(51)【国際特許分類】
   A23K 50/80 20160101AFI20220406BHJP
   A23K 10/30 20160101ALI20220406BHJP
【FI】
A23K50/80
A23K10/30
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2017229703
(22)【出願日】2017-11-29
(65)【公開番号】P2019097432
(43)【公開日】2019-06-24
【審査請求日】2020-10-23
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度、内閣府、戦略的イノベーション創造プログラム委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】501168814
【氏名又は名称】国立研究開発法人水産研究・教育機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(73)【特許権者】
【識別番号】397022911
【氏名又は名称】学校法人甲南学園
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100163658
【弁理士】
【氏名又は名称】小池 順造
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】今村 伸太朗
(72)【発明者】
【氏名】石原 賢司
(72)【発明者】
【氏名】加藤 智美
(72)【発明者】
【氏名】石田 健一郎
(72)【発明者】
【氏名】吉田 昌樹
(72)【発明者】
【氏名】本多 大輔
(72)【発明者】
【氏名】青谷 樹里
【審査官】星野 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-205045(JP,A)
【文献】特開2017-077188(JP,A)
【文献】特開2017-077186(JP,A)
【文献】特開平02-092243(JP,A)
【文献】特開平04-045752(JP,A)
【文献】特開2001-008640(JP,A)
【文献】特開2004-057206(JP,A)
【文献】特開平01-168246(JP,A)
【文献】特開平11-098965(JP,A)
【文献】特開2005-287380(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0024404(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101946860(CN,A)
【文献】吉田昌樹,オーランチキトリウムの科学,生物工学,第95巻第11号,日本,2017年11月25日,第678-681頁,https://www.sbj.or.jp/wp-content/uploads/file/sbj/9511/9511_index.pdf
【文献】堀井健矢,ヤブレツボカビ類の養魚飼料への利用,CRC第23回技術・研究発表交流会 宮崎大学 産学・地域連携センター ポスター発表,日本,2016年09月27日,http://www.miyazaki-u.ac.jp/crcweb/sangakuwp/wp-content/uploads/sangaku/d92dd5fb6aa92736d04ef3719cb4f0fd.pdf
【文献】成田篤史 外5名,配合飼料の粒径がヒラメ稚魚の摂餌量と成長に及ぼす影響,水産増殖,第55巻第1号,日本,2007年03月,第41-46頁,https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010740227.pdf
【文献】田代昭彦,魚類稚仔期の口径に関する研究,日本水産学会誌,第36巻(1970)第4号,日本,第353-368頁,https://www.jstage.jst.go.jp/article/suisan1932/36/4/36_4_353/_pdf/-char/ja
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23K 50/80
A23K 10/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
海産従属栄養性藻類を含有する粒子を含む海産魚介類仔稚魚用餌料であって、該粒子中の海産従属栄養性藻類の含有量は、50~100重量%であり、該粒子の粒子径が、108μm以上334μm未満である、餌料
【請求項2】
海産従属栄養性藻類がヤブレツボカビ類に属する藻類である、請求項1記載の餌料。
【請求項3】
ヤブレツボカビ類に属する藻類が、シゾキトリウム属、オーランチオキトリウム属、オブロンギキトリウム属、パリエティキトリウム属、スラウストキトリウム属、ウルケニア属、及びボトリオキトリウム属からなる群から選択されるいずれかに属する藻類である、請求項2記載の餌料。
【請求項4】
該粒子が海産従属栄養性藻類の生細胞を含有する、請求項1~3の何れか1項記載の餌料。
【請求項5】
生細胞が凝集体を形成している、請求項4記載の餌料。
【請求項6】
該粒子が海産従属栄養性藻類の乾燥物又は破砕物を含有する、請求項1~3の何れか1項記載の餌料。
【請求項7】
該粒子が海産従属栄養性藻類を含有するゲル粒子である、請求項1~6の何れか1項記載の餌料。
【請求項8】
該ゲル粒子が、アガロース、アルギン酸又はその塩、及びゼラチンからなる群から選択されるいずれかのゲル化剤を含有する、請求項7記載の餌料。
【請求項9】
該粒子が海産従属栄養性藻類を含有するタンパク質凝集体である、請求項1~6の何れか1項記載の餌料。
【請求項10】
該タンパク質凝集体が卵白及び/又は卵黄を含有する、請求項9記載の餌料。
【請求項11】
該粒子中の海産従属栄養性藻類の含有量が、90~100重量%である、請求項1~10の何れか1項記載の餌料。
【請求項12】
請求項1~11の何れか1項に記載の餌料を給餌することを含む、海産魚介類の仔稚魚の飼育方法。
【請求項13】
海産魚介類が、タイ類、ヒラメ類、カレイ類、フグ類、ハタ類、ブリ類、マグロ類及びウナギ類からなる群から選択されるいずれかに属する魚類である、請求項12記載の方法。
【請求項14】
仔稚魚の日齢が、孵化後0日齢~20日齢である、請求項12又は13記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海産従属栄養性藻類を含有する海産魚類仔稚魚用餌料、及びこれを用いた海産魚類仔稚魚の飼育方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
海産魚種の人工種苗生産では初期の生物餌料として動物プランクトンであるシオミズツボワムシ(以下ワムシと呼ぶ)が特に重要である。海産魚の初期餌料には、仔魚の口径や咽頭径に見合った大きさであること、形状が単純かつ壊れやすいこと、消化吸収されやすいこと、培養や入手が容易なこと、十分な栄養を備えていること、水質を悪化させないこと等の特性が求められる(非特許文献1、2、3)。ワムシは、海産魚の初期餌料に求められる条件を全て満たしている。しかし、ワムシの安定供給には高度な培養技術が必要とされ、培養技術が確立した現在でも原因不明の培養不良の発生や、ワムシから持ち込まれた病原体による仔魚の疾病発生等の問題が発生している。そこで、高度な技術を持たなくても使用でき、安定供給が可能で、一定の品質を維持した人工餌料の開発が古くから行われてきた。しかしながら、いずれも基礎研究の段階に留まり、ワムシと同等な成長を示す人工配合餌料の開発には至っていない。この理由は、成魚の腸では、酵素によってタンパク質がアミノ酸まで分解され(細胞外消化)、溶液として腸上皮から吸収されるのに対し、仔魚の腸では細胞外消化が不十分であるためである。タンパク質は粒子のまま直腸上皮の飲作用によって取り込まれ、細胞内消化を受け、栄養素を吸収すると考えられている(非特許文献4)。この吸収経路は水溶性のコロイド状のタンパク質を取り込む経路であり、ワムシ等の細胞の原形質には都合が良いが、人工配合餌料の主体となる魚粉などのタンパク質は消化が難しく、腸管上皮の飲作用を受けることができない。
【0003】
シゾキトリウム等の海産従属栄養性藻類は、ワムシ、アルテミア等の動物プランクトンの餌や栄養強化剤として用いられている(非特許文献5、6、特許文献1、2、3)。しかしながら、海産従属栄養性藻類を直接給餌し、仔稚魚の摂餌及び成長を確認した例は報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平11-98965号公報
【文献】特開2004-57206号公報
【文献】特許第4813770号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】平野礼次郎、大島泰雄(1963)海産動物幼生の飼育とその餌料について、日本水産学会誌、29、p283-293.
【文献】藤田矢郎(1973)魚類種苗生産の初期餌料としてのプランクトンの重要性、日本プランクトン学会報、20、p49-53.
【文献】日野明徳、平野礼次郎(1975)輪虫の生活史-とくに両性生殖誘導要因について、化学と生物、13、p516-521.
【文献】渡辺良朗(1985)仔魚の消化吸収機構、水産学シリーズ54、「養魚飼料」恒星社厚生閣、東京、p89-98.
【文献】林 雅弘、松本 竜一、吉松 隆夫、田中 悟広、清水 昌(2002)日本水産学会誌68(5)、p674-678.
【文献】團 重樹、小磯雅彦 (2008) 水産増殖(Aquaculture Sci.) 56(4)、p603-604.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ワムシ等の動物プランクトンを要することなく、海産魚介類の仔稚魚を成長させることができる海産魚介類の種苗生産技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、オーランチオキトリウム等の海産従属栄養性藻類を含有する粒子を給餌すると、海産魚類の仔稚魚はこれを摂餌し、アルテミア期まで成長させることができることを見出した。粒子径を、仔稚魚の口径に見合った大きさに調整することにより、高い給餌率を達成することができた。海産従属栄養性藻類の生細胞のみならず、死細胞、破砕物、凍結乾燥物、抽出物等を用いても、海産魚類の仔稚魚の高い成長を達成することができた。粒子を調製する方法としては、凝集体を形成する特性を有する海産従属栄養性藻類の生細胞を用いる方法、ゲル化剤を用いて海産従属栄養性藻類を含有するゲル粒子を形成する方法、海産従属栄養性藻類をタンパク質凝集体内に封入する方法等が挙げられるが、いずれの方法によって得られた粒子を用いても、海産魚類の仔稚魚の高い成長を達成することができた。
【0008】
本発明者らは、上記知見に基づき更に検討を加え、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は下記の通りである:
【0009】
[1]海産従属栄養性藻類を含有する粒子を含む海産魚介類仔稚魚用餌料。
[2]海産従属栄養性藻類がヤブレツボカビ類に属する藻類である、[1]記載の餌料。
[3]ヤブレツボカビ類に属する藻類が、シゾキトリウム属、オーランチオキトリウム属、オブロンギキトリウム属、パリエティキトリウム属、スラウストキトリウム属、ウルケニア属、及びボトリオキトリウム属からなる群から選択されるいずれかに属する藻類である、[2]記載の餌料。
[4]該粒子が海産従属栄養性藻類の生細胞を含有する、[1]~[3]の何れか記載の餌料。
[5]生細胞が凝集体を形成している、[4]記載の餌料。
[6]該粒子が海産従属栄養性藻類の乾燥物又は破砕物を含有する、[1]~[3]の何れか記載の餌料。
[7]該粒子が海産従属栄養性藻類を含有するゲル粒子である、[1]~[6]の何れか記載の餌料。
[8]該ゲル粒子が、アガロース、アルギン酸又はその塩、及びゼラチンからなる群から選択されるいずれかのゲル化剤を含有する、[7]記載の餌料。
[9]該粒子が海産従属栄養性藻類を含有するタンパク質凝集体である、[1]~[6]の何れか記載の餌料。
[10]該タンパク質凝集体が卵白及び/又は卵黄を含有する、[9]記載の餌料。
[11]該粒子の粒子径が、38μm以上500μm未満である、[1]~[10]の何れか記載の餌料。
[12][1]~[11]の何れかに記載の餌料を給餌することを含む、海産魚介類の仔稚魚の飼育方法。
[13]海産魚介類が、タイ類、ヒラメ類、カレイ類、フグ類、ハタ類、ブリ類、マグロ類及びウナギ類からなる群から選択されるいずれかに属する魚類である、[12]記載の方法。
[14]仔稚魚の日齢が、孵化後0日齢~20日齢である、請求項12又は13記載の方法。
【発明の効果】
【0010】
ワムシの培養では技術開発が進んだ現在でも原因不明の培養不良が発生する。培養技術が担当者の技量に支えられているため、ワムシ餌料の安定供給には高度な経験と知識が必要とされる。また、ワムシの栄養強化時に細菌が繁殖し、種苗に悪影響があることが知られている。このような問題点を解決するためには人工飼料もしくは人工餌料が必要とされてきたが、最適な飼料原料及び飼料形成法がなく、これまで実用化には程遠い状況であった。
本発明の餌料を用いることにより、ワムシ等の動物プランクトンを要することなく、海産魚介類の仔稚魚を成長させることができる。海産従属栄養性藻類は従属栄養で増殖し、大量培養が容易なので、クロレラやナンノクロロプシス等の微細藻類と同じように、培養された藻体粒子を安定供給する体制を構築することで、高品質な餌料を安定供給でき、種苗生産現場で餌料を準備する手間がなくなり、人件費の削減、労働条件の改善が見込まれる。海産従属栄養性藻類の生細胞のみならず、死細胞、破砕物、凍結乾燥物、抽出物等を用いても、海産魚類の仔稚魚の高い成長を達成することができるので、より安定な餌料供給が期待できる。また、海産従属栄養藻類は無菌状態での大量培養が可能なので、無菌餌料の調製が可能である。無菌餌料を用いることにより、疾病による仔魚の斃死が抑制され、歩留まりの向上が見込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】マダイ仔魚における餌料サイズの嗜好性を示す。(a)及び(b) ナイロンメッシュによりサイズ毎に分画されたkou168株パリエティキトリウム属(以下kou168株と呼ぶ)の凝集体の光学顕微鏡像を示す。(a)は異なる倍率での写真を示す(scale bar=1mm)。(b)は、等しい倍率での写真を示す(scale bar=0.2mm)。図の上の数値は、メッシュ径から見積もられた凝集体の粒径(μm)を示す。<38:38μm未満;38-108:38μm以上、108μm未満;108-334:108μm以上、334μm未満;334-500:334μm以上、500μm未満;500<:500μm以上。(c) 給餌2時間後のマダイ仔魚の光学顕微鏡像を示す(scale bar=1mm)。(d) kou168株凝集体の大きさと、マダイ仔魚の摂餌状態との相関を示すグラフである。
図2】凝集体給餌によるマダイ及びヒラメ仔魚の成長促進を示す。(a) kou175株パリエティキトリウム属(以下kou175株と呼ぶ)の凝集体を給餌したマダイ仔魚の写真を示す(3日目)。(b) kou175株凝集体の投与量とマダイ仔魚の全長との相関を示す。(c) ワムシ(上段)又はkou168株の凝集体(下段)を給餌したマダイ仔魚の写真を示す(3、7、10、20日目)。(d) kou168株の凝集体を給餌したヒラメ仔魚の全長を、無給餌区及びワムシ給餌区と比較したグラフである(3日目)。
図3-1】海産従属栄養性藻類の粒子化条件の検討。(a) 様々な条件で調製した海産従属栄養性藻類の細胞を含有する粒子の写真を示す。上から、以下を示す。凝集体を形成する前の凍結解凍したkou168株;凍結解凍後に4℃に保存することで凝集体を形成させたkou168株;アルギン酸をゲル化剤として用いて調製したNYH1株オーランチオキトリウム属Aurantiochytrium mangrovei株の細胞を含有するゲル粒子;及びアガロースをゲル化剤として用いて調製したNYH1株の細胞を含有するゲル粒子。
図3-2】海産従属栄養性藻類の粒子化条件の検討。(b) 海産従属栄養性藻類の凝集体又は粒子の給餌によるマダイ仔魚の成長促進。上から、1.5% (w/v)アルギン酸を用いて調製したNYH1株の細胞を含有するゲル粒子、1.0% (w/v)アルギン酸を用いて調製したNYH1の細胞を含有するゲル粒子、0.25% (w/v)アガロースを用いて調製したNYH1の細胞を含有するゲル粒子、kou168株凝集体、ワムシを摂餌したマダイ仔魚、及び無給餌で飢餓状態のマダイ仔魚。kou168株凝集体の給餌によるマダイ仔魚の成長促進。
図3-3】卵黄を用いたオーランチオキトリウム3737株含有タンパク質凝集体の調製、及びこれを用いたマダイ仔魚飼育試験。(c) 卵黄を用いて調製した3737株含有粒子の写真。卵黄:卵黄のみ。卵黄+生オーラン:卵黄を用いて3737株の生細胞を凝集させた粒子。卵黄+乾燥オーラン:卵黄を用いて3737株の凍結乾燥物(死細胞)を凝集させた粒子。(d) 卵黄を用いて調製した3737株含有粒子の給餌によるマダイ仔魚の成長促進。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、海産従属栄養性藻類を含有する粒子からなる海産魚介類仔稚魚用餌料(以下、本発明の餌料と称する場合がある。)を提供するものである。
【0013】
海産従属栄養性藻類とは、生育に必要な炭素を他の動植物が作った有機物に依存する海産藻類をいう。本発明においては、海産従属栄養性藻類として、ヤブレツボカビ類に属する藻類が好適に用いられる。ヤブレツボカビ類に属する藻類としては、特に限定されないが、例えば、シゾキトリウム属、オーランチオキトリウム属、オブロンギキトリウム属、パリエティキトリウム属、スラウストキトリウム属、ウルケニア属、ボトリオキトリウム属等に属する藻類を挙げることができる。これら藻類は、n-6系ドコサペンタエン酸(n-6DPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)等の高度不飽和脂肪酸(PUFA)を多量に含み、タンパク質含量も高く、仔稚魚の成育のための十分な栄養素を備えている。ヤブレツボカビ類に属する藻類は一般に細胞壁を持つが、クロレラやナンノクロロプシス等の従来種苗生産に用いられてきた藻類種に比べて細胞壁が薄く、脆弱な構造を有しているので、仔稚魚が栄養を吸収しやすい。そのため、細胞壁を破壊せずに(例えば、生細胞の態様で)給餌しても、仔稚魚の良好な成育を期待することができる。
【0014】
本発明の餌料は、海産従属栄養性藻類を生細胞(湿藻体)の態様で含んでいてもよいし、死細胞(例、凍結解凍された湿藻体)、抽出物(例、生もしくは死細胞の抽出物)、乾燥物(例、凍結乾燥物)、破砕物(例、生もしくは死細胞の破砕物、凍結乾燥物の破砕粉末)等の様に処理された細胞の態様で含んでいてもよい。海産従属栄養性藻類の生細胞を用いると、ゲル化剤やタンパク質凝集体等を用いなくても、栄養素の溶出を防ぐことができる。一方、抽出物(例、生もしくは死細胞の抽出物)、乾燥物(例、凍結乾燥物)、破砕物(例、生もしくは死細胞の破砕物、凍結乾燥物の破砕粉末)等の様に処理された海産従属栄養性藻類の細胞を用いると、細胞壁が破壊されるため、仔稚魚における良好な消化及び吸収が期待できる。また、海産魚介類仔稚魚の飼育と並行した、海産従属栄養性藻類の培養が不要となり、安定供給可能で、長期保存性に優れた餌料を提供し得る。
【0015】
本発明の餌料は、海産従属栄養性藻類を含有する「粒子」を含む。粒子の形態に構成することにより、高い摂餌効率が期待できる。粒子の大きさ(粒子径)は、仔稚魚の口径や咽頭径に見合った大きさであり、海産魚介類の種類に応じて、適宜選択可能である。一般的には粒子径は、仔稚魚が粒子を識別できるよう、通常38μm以上、好ましくは108μm以上であり、仔稚魚が摂餌し得るよう、通常500μm未満、好ましくは334μm未満である。一態様において、粒子径は、38μm以上500μm未満であり、好ましくは38μm以上334μm未満であり、より好ましくは108μm以上334μm未満である。
【0016】
本明細書において、「粒子径」は投影面積円相当径を意味する。投影面積円相当径は、海産従属栄養性藻類を含有する粒子の光学顕微鏡写真を画像解析に付すことにより、計測することができる。
【0017】
一態様において、本発明の餌料は、海産従属栄養性藻類を含有する粒子の集合(粒子群)からなる。該粒子群における粒子の集合数は、通常100以上、好ましくは1000以上である。一態様において、該粒子群に含まれる粒子の20%以上、好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上又は90%以上の粒子径が、38μm以上、好ましくは108μm以上であり、500μm未満、好ましくは334μm未満である。一態様において、該粒子群に含まれる粒子の20%以上、好ましくは、30%以上、40%以上、50%以上、60%以上、70%以上、80%以上又は90%以上の粒子径が、38μm以上500μm未満であり、好ましくは38μm以上334μm未満であり、より好ましくは108μm以上334μm未満である。
【0018】
海産従属栄養性藻類を含有する粒子の態様は、特に限定されないが、例えば、海産従属栄養性藻類の生細胞の凝集体、海産従属栄養性藻類の生細胞やその処理物を含有するゲル粒子、海産従属栄養性藻類の生細胞やその処理物を含有するタンパク質凝集体等が挙げられる。
【0019】
海産従属栄養性藻類の生細胞の凝集体は、例えば、海産従属栄養性藻類を含有する培養液を遠心分離に付し、上清を廃棄し、下層に残った細胞塊(ペレット)を4℃で24~168時間保存し、水性液体(例、海水)で懸濁することにより得ることができる。或いは、凝集体を形成しやすい海産従属栄養性藻類の株を選抜し、これを用いてもよい。所望の孔径を有するメッシュを通して分画することにより、所望の粒子径の海産従属栄養性藻類の生細胞の凝集体を得ることができる。
【0020】
海産従属栄養性藻類の生細胞やその処理物を含有するゲル粒子を形成する際に使用するゲル化剤としては、アルギン酸又はその塩(例、アルギン酸ナトリウム)、アガロース、ゼラチン、キトサン、ペクチン、カラギーナン、ジェランガム、キサンタンガム、ローカストビーンガム、グアガム、タラガム、マンナン類等を得ることができるが、これらに限定されない。好ましくは、アルギン酸又はその塩(例、アルギン酸ナトリウム)、アガロース又はゼラチンである。アルギン酸又はその塩(例、アルギン酸ナトリウム)を用いる場合、アルギン酸又はその塩の水溶液(濃度:例、0.5~5%(w/v)、好ましくは1~2%(w/v))に、海産従属栄養性藻類の生細胞やその処理物を懸濁し、得られた懸濁液を凝固剤溶液中に滴下する。凝固剤としては、多価金属塩類、糖類、糖アルコール類、有機酸類、タンニンなどが使用できるが、代表的なものとしては、塩化カルシウムを挙げることができる。アガロースを用いる場合、ゲル化温度を上回る温度(例、31~37℃)のアガロースの水溶液(濃度:例、0.1~2%(w/v)、好ましくは0.25~1%(w/v))に、海産従属栄養性藻類の生細胞やその処理物を懸濁し、得られた懸濁液を油性液体に入れ、撹拌する。ゲル化温度を下回る温度(例、0~10℃)まで温度を低下させる。ゼラチンを用いる場合、加熱溶解したゼラチンの水溶液中に海産従属栄養性藻類の生細胞やその処理物を添加し、ホモジナイザー等で混合し、得られた混合物を加温した油中に添加し、混合物をゼラチンのゲル化温度を下回る温度まで冷却することにより、ゼラチンを粒子状に硬化させる。海産従属栄養性藻類の生細胞やその処理物は、ゲル内に固定されるので、ゲル粒子からの流出が回避される。ゲルや凝集体に気泡を含有させたり、脂肪酸、油脂(植物性油脂、動物性油脂)等の浮力が大きい物質を添加することにより、ゲル粒子や凝集体に浮遊性を付与することができる。
【0021】
一態様において、海産従属栄養性藻類を含有する粒子は、卵白及び/又は卵黄を用いて形成する。卵白及び/又は卵黄は、好ましくはニワトリ等の鳥類又は魚類等の水性生物の卵の卵白及び/又は卵黄である。卵白及び/又は卵黄を含有する粒子は、例えば、卵白及び/又は卵黄と海産従属栄養性藻類の生細胞やその処理物をホモジナイザー等で混合し、油中で撹拌し、卵白及び/又は卵黄の変性温度(例、約80℃)まで加温し、熱変性によって粒子状に硬化させる方法により調製することができる。粒子中の卵白及び/又は卵黄の含有量は、特に限定されないが、通常70-90重量%程度である。海産従属栄養性藻類と卵黄とを組み合わせることにより、海産魚介類の仔稚魚の成育の促進が期待できる。
【0022】
本発明の餌料(海産従属栄養性藻類を含有する粒子)には、海産従属栄養性藻類に加えて、飼料もしくは餌料として通常使用または配合される他の成分を配合してもよい。具体的にはシオミズツボワムシ、コペポーダ等の動物プランクトンの生体やその処理物、魚粉、魚卵やその処理物、カゼイン、糖類、アミノ酸類、タンパク質、グルテン類、デンプン類、ガム類、ミネラル、ビタミン、セルロース等が挙げられる。
【0023】
海産従属栄養性藻類を含有する粒子中の海産従属栄養性藻類の含有量は、通常10~100重量%、好ましくは20~100重量%、30~100重量%、40~100重量%、50~100重量%、60~100重量%、70~100重量%、80~100重量%、又は90~100重量%である。
【0024】
一態様において、本発明の餌料は、海産従属栄養性藻類を含有する粒子の水性溶液中の懸濁液である。また、一態様において、本発明の餌料は、海産従属栄養性藻類を含有する粒子の凍結乾燥物である。
【0025】
また、本発明の餌料は、海産魚介類の仔稚魚を飼育・養殖するための餌料(特に、ワムシの代替餌料)として有用である。本発明は、上記本発明の餌料を給餌することを含む、海産魚介類の仔稚魚の飼育方法をも提供する。
【0026】
本発明の餌料を用いて仔稚魚を養殖することのできる海産魚介類としては、特に限定されないが、ワムシを餌料として仔稚個体が飼育されている海産魚介類が好ましく、例えば、タイ類(例、マダイ)、ヒラメ類(例、ヒラメ)、カレイ類(例、カレイ)フグ類(例、トラフグ)、ハタ類、ブリ類、マグロ類等の海産魚類を挙げることができる。また、ウナギ類の様に、仔稚魚を人工餌料で飼育する海産魚類も、好ましい。
【0027】
仔稚魚の日齢は、特に限定されないが、好ましくはワムシを餌として食する段階の仔稚魚であり、例えば、孵化後0日齢~20日齢である。海産魚介類の仔稚魚の飼育方法は、公知であり、適切な人為的な条件下で上述の本発明の餌料を給餌しながら、十分な大きさ(例えば、アルテミアを餌として食する段階)になるまで仔稚魚を飼育する。
【0028】
以下の実施例により本発明をより具体的に説明するが、実施例は本発明の単なる例示を示すものにすぎず、本発明の範囲を何ら限定するものではない。
【実施例
【0029】
[実施例1]海産従属栄養性藻類の凝集体を用いた魚類仔魚の飼育試験
(1)マダイ仔魚における餌料サイズの嗜好性
凝集体を形成する性質を有するパリエティキトリウムkou168株を使用した。増殖期の細胞を回収し、遠心分離により培養液を除去後、冷蔵(4℃)で1時間から一晩貯蔵し、凝集体を形成させた。凝集体を38、108、334、500μmのナイロンメッシュに通し、サイズ毎に分画した(図1(a)及び(b))。マダイ仔魚(孵化後3日目)の摂餌性を調べるために、凝集体をマダイ仔魚に給餌し、2時間後の摂餌率を調べた(図1(c))。ほとんど消化管内に餌料が含まれない個体を「飢餓」(図1(d) 白色)、摂餌しているものの、飽食と比較して摂餌した餌料が少ない個体を「やや摂食」(図1(d) 斜線)、消化管内に隙間なく餌料が含まれている個体を「飽食」(図1(d) 黒色)とし、凝集体の各分画についてそれぞれ150-200個体の摂餌状態を調べた(図1(d))。その結果、108-334μmサイズの凝集体が最も摂餌効率が高かった。500μm以上のサイズでは、ほとんど摂餌が見られなかった。500μm未満のサイズでは、摂餌自体は約70%の個体で確認された。
【0030】
(2)マダイ及びヒラメ仔魚への凝集体投与による成長促進
マダイ仔魚にパリエティキトリウムkou175株で作製した凝集体を種々の用量で(0.1-2ml、3回/日)給餌し、3日目の全長を測定した(図2(a))。給餌区では、無給餌区と比較して、より高い成長が確認された(図2(b))。マダイ仔魚にkou168株で作製した凝集体を投与し、給餌開始後3、7、10及び20日目の個体の写真を撮影した(図2(c))。その結果、マダイ仔魚は、kou168株を投与後20日目まで生残し、成長することが確認された。同様に、ヒラメ仔魚に対してkou168株を投与したところ、成長することが確認された(3日目)(図2(d))。
【0031】
[実施例2]海産従属栄養性藻類の粒子化条件の検討
以下の各条件で、海産従属栄養性藻類の粒子化を行った。
(凝集体を形成していないkou168株)
kou168株の生細胞を使用した。kou168株は、培養により小さな凝集体しか形成しないが、凍結解凍後にやや大きな凝集体を形成した(図3-1(a)上から1つ目の写真)。
(凝集体を形成していないkou168株)
kou168株を含有する培養液を遠心分離で処理し、上清を廃棄し、下層に残った細胞塊を4℃で24-168時間保存し、海水で懸濁することにより粒子を形成させた。200~500μmのサイズの高密度の凝集体が形成された(図3-1(a)上から2つ目の写真)(凝集体を形成したkou168株)。
(アルギン酸)
ゲル化剤としてアルギン酸(最終濃度1%(w/v))を使用し、NYH1株を含有するゲル粒子を調製した。具体的な調製方法は以下の通りである。NYH1株の懸濁液と等体積の2%アルギン酸ナトリウム溶液を混合し、得られた混合液を10倍体積の植物油に投入し、得られた懸濁液を、3%塩化カルシウム液を植物油の1/5体積加え、撹拌によって粒子化した。500μm前後の大きさの粒子が多数形成された(図3-1(a)上から3つ目の写真)。
(アガロース)
ゲル化剤としてアガロース(最終濃度0.25%(w/v))を使用し、NYH1株を含有するゲル粒子を調製した。具体的な調製方法は以下の通りである。50℃に保温した0.5%(w/v)アガロース溶解液に等体積のNYH1株懸濁液を加え、混合し、得られた混合物を10倍体積の植物油に投入後、撹拌し、冷却により粒子化した。100~200μmの大きさの球形の粒子が多数形成された(図3-1(a)上から4つ目の写真)。
【0032】
各粒子サンプルをマダイ仔魚の飼育試験に供した。試験した全ての粒子サンプルで、良好な摂餌効率が達成された(図3-1(b))。アルギン酸で形成した粒子、アガロースで形成した粒子、及び凝集体でマダイ仔魚の成長が促進されることが確認された(図3-2(b))。凝集体給餌区において最も高い成長促進が観察された。
【0033】
鶏卵の卵黄と3737株オーランチオキトリウム属Aurantiochytrium limacinum株の生細胞、3737株の凍結保存された細胞(死細胞)又は3737株の凍結乾燥産物(死細胞)を用いて、3737株を含有する球形の粒子を調製した。具体的な調製方法は以下の通りである。卵黄中の3737株の割合が15%(w/w)から30%(w/w)となるように加え、ホモジナイザー等で混合し、油中で撹拌し、約80℃まで加温し、熱変性によって粒子状に硬化させた。50~200μmの大きさの球形の粒子が多数形成された(図3-3(c))。
【0034】
得られた粒子サンプルをマダイ仔魚の飼育試験に供した。3737株の生細胞又は凍結乾燥産物(死細胞)のいずれを用いた場合も、マダイ仔魚はワムシ給餌区と同等に成長した(図3-3(d))。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明によれば、ワムシ等の動物プランクトンを要することなく、海産魚介類の仔稚魚を成長させることができる。
図1
図2
図3-1】
図3-2】
図3-3】