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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-05
(45)【発行日】2022-04-13
(54)【発明の名称】レーザ溶接方法及びレーザ溶接システム
(51)【国際特許分類】
   B23K 26/21 20140101AFI20220406BHJP
   H02K 3/04 20060101ALI20220406BHJP
   H02K 15/085 20060101ALI20220406BHJP
【FI】
B23K26/21 F
B23K26/21 N
H02K3/04 J
H02K15/085
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020500400
(86)(22)【出願日】2019-02-04
(86)【国際出願番号】 JP2019003832
(87)【国際公開番号】W WO2019159737
(87)【国際公開日】2019-08-22
【審査請求日】2022-02-04
(31)【優先権主張番号】P 2018027421
(32)【優先日】2018-02-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000145736
【氏名又は名称】株式会社小田原エンジニアリング
(74)【代理人】
【識別番号】100123881
【弁理士】
【氏名又は名称】大澤 豊
(74)【代理人】
【識別番号】100080931
【弁理士】
【氏名又は名称】大澤 敬
(72)【発明者】
【氏名】西川 雄志
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 亮成
【審査官】奥隅 隆
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-20340(JP,A)
【文献】特開2014-205166(JP,A)
【文献】特開平6-210476(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 26/21
H02K 3/04
H02K 15/085
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コアの端面から突出したコイルセグメントの先端部のうち該コアの径方向で対向する先端部同士を、該各先端部の矩形状の先端面の前記コアの軸方向における高さを略同じにして前記コアの径方向で突き合わせた状態で前記各先端面にレーザ光を照射して溶接するレーザ溶接方法であって、
前記各先端面に対して垂直に、前記レーザ光を、前記各先端面間の境界に対して対称でかつ前記各先端面間の境界を横切りながら移動する照射パターンで照射し、前記境界を横切るときは前記レーザ光の照射をオフすることを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項2】
コアの端面から突出したコイルセグメントの先端部のうち該コアの径方向で対向する先端部同士を、該各先端部の矩形状の先端面の前記コアの軸方向における高さを略同じにして前記コアの径方向で突き合わせた状態で前記各先端面にレーザ光を照射して溶接するレーザ溶接方法であって、
前記各先端面に対し、前記レーザ光を、前記各先端面間の境界に対して対称となる照射パターンで照射し、
前記照射パターンが、前記各先端面を合わせた一つの平面の外周近傍を連続的に又は断続的に一周する第1パターンと、前記第1パターンの照射の後で、該第1パターンの内側を連続的に又は断続的に一周する第2パターンとを含むことを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項3】
コアの端面から突出したコイルセグメントの先端部のうち該コアの径方向で対向する先端部同士を、該各先端部の矩形状の先端面の前記コアの軸方向における高さを略同じにして前記コアの径方向で突き合わせた状態で前記各先端面にレーザ光を照射して溶接するレーザ溶接方法であって、
前記各先端面に対し、前記レーザ光を、前記各先端面間の境界に対して対称となる照射パターンで照射し、
前記照射パターンが、前記各先端面を合わせた一つの平面の対角線に沿った連続的又は断続的なパターンを含むことを特徴とするレーザ溶接方法。
【請求項4】
コアの端面から突出したコイルセグメントの先端部のうち該コアの径方向で対向する先端部同士を、該各先端部の矩形状の先端面の前記コアの軸方向における高さを略同じにして前記コアの径方向で突き合わせた状態で前記各先端面にレーザ光を照射して溶接するレーザ溶接システムであって、
レーザ光を照射するレーザ光照射装置と、前記レーザ光が、前記各先端面間の境界に対して対称となる照射パターンで前記各先端面を照射するように前記レーザ光照射装置を制御する制御装置とを有し、
前記制御装置は、前記各先端面に対して前記レーザ光が垂直に照射されて前記先端面間の境界を横切りながら移動するように、且つ前記レーザ光が前記境界を横切るときは前記レーザ光の照射をオフするように前記レーザ光照射装置を制御することを特徴とするレーザ溶接システム。
【請求項5】
コアの端面から突出したコイルセグメントの先端部のうち該コアの径方向で対向する先端部同士を、該各先端部の矩形状の先端面の前記コアの軸方向における高さを略同じにして前記コアの径方向で突き合わせた状態で前記各先端面にレーザ光を照射して溶接するレーザ溶接システムであって、
レーザ光を照射するレーザ光照射装置と、前記レーザ光が、前記各先端面間の境界に対して対称となる照射パターンで前記各先端面を照射するように前記レーザ光照射装置を制御する制御装置とを有し、
溶接条件を入力する入力装置と、
前記先端面の面積を含む溶接条件と、前記レーザ光の出力及び/又は移動速度との関係が予め求められた参照テーブルと、
を有し、
前記制御装置は、前記入力装置により入力された前記溶接条件に基づいて前記参照テーブルから対応する前記レーザ光の出力及び/又は移動速度を選択して前記レーザ光照射装置を制御することを特徴とするレーザ溶接システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、モータや発電機等の回転電機又はトランス等の電磁機器に用いられるコイルを構成するコイルセグメントの端部同士を電気的に接合するためのレーザ溶接方法及びレーザ溶接システムに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、回転電機のステータでは、断面が矩形の平角線をU字状に折り曲げて形成した複数のコイルセグメントをコアのスロットに挿入し、コアの端面から突出したコイルセグメントの挿入方向先端部を周方向に層毎に逆向きに折り曲げ、隣り合う層で対向する先端部同士を電気的に接続することにより複数のコイルセグメントが一連に繋がったコイルを形成することが行われている。
コイルセグメントの挿入方向先端部は予め絶縁被膜を除去されており、絶縁被膜を除去された先端部同士は、その矩形状の先端面が1つの平面を形成するように横並びに突き合わされた状態で、TIG(Tungsten Inert Gas)溶接等のアーク溶接やYAG(Yttrium Aluminum Garnet)レーザ等のレーザ溶接により接合される。
【0003】
アーク溶接では熱の影響を受ける範囲が広いため、溶接部以外の絶縁被膜の損傷を防止すべく絶縁被膜を除去する部分の長さを大きくとる必要があるが、この場合、コイルエンドの高さの増加を招来し、モータ等の小型化を阻害する要因となる。
これに対し、レーザ溶接では金属を局所的に溶融・凝固させることができて熱の影響範囲を狭くできるため、小型化や生産効率の向上、溶接品質の均一化への寄与が大きい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-7795号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、レーザ溶接ではレーザ光の直進性による問題が存在する。この問題について以下に説明する。
コイルセグメントの先端部同士は、突き合わせ面の境界に隙間が生じないように把持部材(グリッパ)で加圧・挟持されるが、先端面の切断形状の不均一性等により完全に隙間が無くなることはむしろ少ない。換言すれば、隙間が無いように先端部同士を完全に密着させることは現実的に困難である。
【0006】
一方、レーザ光は、2つの先端面へのエネルギー供給を均等にして溶融偏りを無くす観点から先端面に垂直な方向から境界を中心にして照射されるのが一般的である。
このため、僅かな隙間が存在した場合にはその隙間から内部にレーザ光が入り込み、絶縁被膜を破壊することがあった。
溶接部位の下方には、他層のコイルセグメントや他相のコイルセグメントが重なるように存在しているため、レーザ光の進入位置が深いとこれらの絶縁被膜を破壊し、層間絶縁又は相間絶縁が断たれる虞があった。
【0007】
このようなレーザ光の直進性による弊害を防止すべく、特許文献1にはレーザ光を斜めに照射して接合する方法が提案されている。
この特許文献1で提案された導体接合方法は、その段落「0026」に記載されているように、裸導体の2つの対向面の一方に斜めに照射されたレーザ光により、その一方の対向面が局所的に溶融し、その熱で他方の対向面も溶融することにより、全体が溶融するというものである。
この斜め照射方式によれば、レーザ光が境界の隙間から内部に進入して絶縁被膜を破壊するという心配はない。
【0008】
ところで、この種のコイルセグメントの溶接対象となる端部の先端面は矩形(例えば長方形)の形状を有しており、溶接後の形状は左右対称の滑らかな半球状ないしドーム状に仕上がるのが望ましい。
滑らかでない部分や角部が存在すると経時的な振動等によりクラックが生じて溶着部が分離する起点となったり、溶接の肉盛りの一部が脱落してコア内に入り込み、短絡の原因となったりしやすいからである。
【0009】
このような問題を生じないレーザ溶接による形状を確実且つ均一に得るには、先端面同士を合わせた1つの平面に対する偏りの無い均一なエネルギー供給が必要となるが、上記のように先端面間の境界を中心にしてエネルギー供給の対称性(溶接形状の均一性)を得るべく照射すると、境界の隙間からレーザ光が入り込む問題を避けられなかった。
また、特許文献1の如く斜め照射方式を採用した場合、上記の左右対称の滑らかな溶接形状は期待できない。
【0010】
本発明は、このような現状に鑑みて創案されたもので、レーザ光の入り込みによる問題を解消しつつ、レーザ溶接による高品位な溶接品質を得ることができるようにすることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明のレーザ溶接方法は、コアの端面から突出したコイルセグメントの先端部のうち該コアの径方向で対向する先端部同士を、該先端部の矩形状の先端面の前記コアの軸方向における高さを略同じにして前記コアの径方向で突き合わせた状態で前記各先端面にレーザ光を照射して溶接するレーザ溶接方法を、以下のように構成したものである。
すなわち、前記各先端面に対して垂直に、前記レーザ光を、前記各先端面間の境界に対して対称でかつ前記各先端面間の境界を横切りながら移動する照射パターンで照射し、前記境界を横切るときは前記レーザ光の照射をオフする。
【0013】
あるいは、前記各先端面に対し、前記レーザ光を、前記各先端面間の境界に対して対称となる照射パターンで照射し、前記照射パターンが、前記各先端面を合わせた一つの平面の外周近傍を連続的に又は断続的に一周する第1パターンと、前記第1パターンの照射の後で、該第1パターンの内側を連続的に又は断続的に一周する第2パターンとを含む。
【0014】
あるいはまた、前記各先端面に対し、前記レーザ光を、前記各先端面間の境界に対して対称となる照射パターンで照射し、前記照射パターンが、前記各先端面を合わせた一つの平面の対角線に沿った連続的な又は断続的なパターンを含む。
【0015】
また、本発明のレーザ溶接システムは、コアの端面から突出したコイルセグメントの先端部のうち該コアの径方向で対向する先端部同士を、該各先端部の矩形状の先端面の前記コアの軸方向における高さを略同じにして前記コアの径方向で突き合わせた状態で前記各先端面にレーザ光を照射して溶接するレーザ溶接システムであって、レーザ光を照射するレーザ光照射装置と、前記レーザ光が、前記各先端面間の境界に対して対称となる照射パターンで前記各先端面を照射するように前記レーザ光照射装置を制御する制御装置とを有しているものを、さらに以下のように構成したものである。
【0016】
すなわち、前記制御装置は、前記各先端面に対して前記レーザ光が垂直に照射されて前記先端面間の境界を横切りながら移動するように、且つ前記レーザ光が前記境界を横切るときは前記レーザ光の照射をオフするように前記レーザ光照射装置を制御する。
【0017】
あるいは、溶接条件を入力する入力装置と、前記先端面の面積を含む溶接条件と、前記レーザ光の出力及び/又は移動速度との関係が予め求められた参照テーブルとを有し、前記制御装置は、前記入力装置により入力された前記溶接条件に基づいて前記参照テーブルから対応する前記レーザ光の出力及び/又は移動速度を選択して前記レーザ光照射装置を制御する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、レーザ光の入り込みによる問題を解消しつつ、レーザ溶接による高品位な溶接品質を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】本発明の一実施形態に係るレーザ溶接方法によるレーザ光照射パターンを示す平面図である。
図2A図1で示した余熱パターンの移動軌跡を説明するための平面図である。
図2B図1で示した角消し用パターンの移動軌跡を説明するための平面図である。
図2C図1で示した本溶接パターンの移動軌跡を説明するための平面図である。
図3】角消し用パターンの変形例を示す平面図である。
図4】本発明の一実施形態に係るレーザ溶接システムの概要を示すブロック構成図である。
図5】溶接対象としてのコイルセグメントの全体斜視図である。
図6】コアのスロットにコイルセグメントを挿入してコア端面から突出した先端部を周方向にツイストした状態を示す要部斜視図である。
図7】コイルセグメントの先端部同士を突き合わせた溶接可能な状態を示す要部斜視図である。
図8A】コイルセグメントの先端部同士の隙間からレーザ光が入り込むことを説明するための要部正面図で、把持部材で加圧・挟持する前の状態を示す図である。
図8B図8Aの状態から把持部材で加圧・挟持して隙間が無い状態を示す図である。
図8C図8Aの状態から把持部材で加圧・挟持した後に隙間が生じている状態を示す図である。
図9A】コイルセグメントの先端部同士の理想的な溶接形状を示す正面図である。
図9B図9Aの形状の側面図である。
図9C】コイルセグメントの先端部同士の、肉盛りが偏った溶接形状を示す正面図である。
図9D】コイルセグメントの先端部同士の、角部形状が残った溶接形状を示す正面図である。
図10図4の制御装置が実行する処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して説明する。
【0021】
図4は、本発明の一実施形態に係るレーザ溶接システムの概要を示すブロック構成図である。
このレーザ溶接システム2は、コア4の端面4bから突出したコイルセグメントの先端部6cのうちコア4の径方向で対向する先端部6c同士を、該先端部6cの矩形状の先端面のコア4の軸方向における高さを略同じにしてコア4の径方向で突き合わせた状態でその各先端面にレーザ光を照射して溶接するレーザ溶接システムである。
そして、このレーザ溶接システム2は、レーザ光Lbを照射するレーザ光照射装置8と、レーザ光の移動軌跡が略同一の照射パターンで各先端面を照射するようにレーザ光照射装置8を制御する制御装置10と、溶接条件を入力するタッチパネル方式の入力装置12と、溶接対象の一対の先端部6c同士を加圧・挟持する後述のグリッパ機構と、溶接対象の一対の先端部6cの最先端を切断する切断機構23等を有している。
ここでは制御装置10と入力装置12とを分離して表示しているが、入力装置12が制御装置10に一体に設けられている構成でもよい。
【0022】
レーザ光照射装置8は、レーザ発振器16と、溶接対象に向けてレーザ光を垂直に射出するレーザヘッド18と、レーザ発振器16から発振されたレーザ光をレーザヘッド18に伝送する光ファイバ20と、レーザヘッド18を二次元変位させる駆動機構22等を有している。
レーザヘッド18は、光ファイバ20で伝送されるレーザ光を適切なスポット径に集光するための集光光学系(コリメートレンズや集光レンズ)を内蔵している。
【0023】
制御装置10は、CPU(Central Processing Unit)、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、I/Oインターフェース等を有するマイクロコンピュータであり、レーザ発振器16の出力を制御したり、駆動機構22を介してレーザヘッド18の移動を制御する。
【0024】
コア4はインデックス機構24に支持されており、溶接位置を変えるべくコア4の周方向に所定角度ずつ回転(インデックス回転)される。インデックス機構24によるインデックス回転は制御装置10により制御される。
溶接位置の位置変えは、レーザヘッド18の移動によって行ってもよい。
【0025】
コイルセグメントは図5に示すように、表面がエナメルやポリイミド樹脂等からなる絶縁被膜で覆われた平角線を曲げ加工によりU字状に形成したものである。具体的に説明すると、このコイルセグメント6は、直線状に延びる一対のスロット挿入部6a、6aと、これらを連結する連結部6bとからなり、連結部6bは段差形状(クランク形状)を有している。スロット挿入部6aの先端部6cの最先端は、溶接により電気的に接合するために絶縁被膜を除去されている。以下、この部分を剥離部6dと称する。
【0026】
このコイルセグメント6は、図4に示すコア4の端面4a側から挿入され、スロット挿入部6aの先端部6cはコア4の端面4bから突出する。実際にはコア4の端面4aから連結部6bが突出しているが図4では省略している。
コア4の端面4bから突出したコイルセグメント6の先端部6cは、コア4の径方向に隣り合う層毎に、ツイスト加工によって周方向の異なる向きに折り曲げられる。
【0027】
ツイスト加工後は、図6に示すように、隣り合う層の先端部6c同士が対向する。図6において、符号4cはコア4の周方向に放射状に複数配置されたスロットを、5はスロット4cに挿入された紙製又は合成樹脂製の絶縁シートを示している。
この状態で図7に示すように、剥離部6d同士がコア4の周方向の位置ずれを不図示の位置決め具で位置合わせされ、一対の把持部材26でコア4の径方向から加圧・挟持され、突き合わせられる。一対の把持部材26とこれらを駆動する不図示の駆動源とでグリッパ機構14が構成されている。
【0028】
グリッパ機構14等による位置決めがなされた状態では、一対の剥離部6dの矩形状(長方形)の先端面6eの、コア4の軸方向における位置が揃っているとは限らない。実際には殆ど揃っていない。このため、溶接品質を向上させるべく、剥離部6d同士が把持された状態で先端面6eを揃えるための切断が切断機構23によってなされる。
図7は切断後の状態を示しており、この状態、即ちコア4の軸方向における先端面6eの高さを略同じにして剥離部6d同士をコア4の径方向で突き合わせた状態で、レーザ溶接システム2によるレーザ溶接が行われる。
【0029】
図8Aに示すように、コイルセグメント6の先端部6c同士を突き合わせた状態では、単純には絶縁被膜の厚みmの2倍分の隙間(2m)が剥離部6d間に存在する。この状態で図8Bに示すように把持部材26で加圧すると、条件によっては剥離部6d間の隙間は無くなりレーザ光Lbが剥離部6d間に進入することはない。
【0030】
しかしながら、加圧によって剥離部6d間の隙間が無くなることは非常に稀で、実際には図8Cに示すように、切断後の先端面6eの形状の不均一性等により隙間が存在し、該隙間を介してレーザ光Lbが下方に進入する。
溶接部位の下方には、図6に示したように、他の層や相のコイルセグメントが重なるように存在するため、これらにレーザ光Lbが届いて絶縁被膜が破壊されると、層間又は相間の絶縁が断たれることになる。
【0031】
図9A及び図9Bは、溶接後の理想的な形状を示している。レーザ光Lbの照射によって溶融した金属(ここでは銅)が表面張力で滑らかな円弧状(半球状又はドーム状の概念を含む)に凝固するのが望ましい。
このような溶接形状Wとなれば、溶接後の把持部材26の引き抜きもスムーズになされるとともに、応力集中によるクラックが生じにくいので、溶接部の一部が欠けて溶着部が分離する起点となるなどの不具合を抑制することができる。
【0032】
しかしながら、単にレーザ光を照射しても、図9Cに示すように、溶融金属が偏って凝固し、図7に示した一対の先端面6eを合わせた一つの平面の領域外に膨らむ膨らみ部Waが生じたり、図9Dに示すように、一つの平面の角部Wbが残って外側に突出した状態となったりする。
このような膨らみ部Waや角部Wbは、溶接後の把持部材26の引き抜きを阻害したり、把持部材26の引き抜きや経時的な振動で脱落して、コア4の内部に付着して短絡の原因になったりする虞がある。
【0033】
即ち、この種のレーザ溶接では、レーザ光Lbが剥離部6d間の隙間から進入して意図しない箇所で絶縁被膜が破壊される問題と、溶接形状の品質が一定しないという問題が併存している。
【0034】
これらの問題を同時に解消する本発明の一実施形態のレーザ溶接方法を、図1及び図2を参照して説明する。
本実施形態において、隙間が形成される図7に示した一対の先端面6e間の境界では、レーザ光を照射しない。これにより、境界における隙間の有無に関係なく、隙間からのレーザ光Lbの入り込みを来すことなくレーザ溶接を行うことができる。また、各先端面6e間の境界に対して対称となる照射パターンでレーザ光の照射を行っている。このことにより、図9A図9Bに示したような滑らかな円弧状の溶接形状を安定して得ることができる。
【0035】
図1は、図6に示したコイルセグメント6の一対の剥離部6dがコア4の径方向で横並びに突き合わせられている状態の平面図であり、符号28は図7に示した一対の先端面6e間の境界を示している。ここでは、図中右側の長方形の先端面を6eR、左側の長方形の先端面を6eLとして区別する。符号6eCは先端面6eRと先端面6eLとを合わせた一つの平面を示している。
【0036】
平面6eCの外周近傍を一周する一点鎖線で示す矩形ラインの予熱パターン30は、レーザ光Lbの移動軌跡であり、各先端面6eR、6eLを合わせた一つの平面6eCの外周近傍を連続的に又は断続的に一周する第1パターンの一例を示している。
平面6eCの対角線に沿う一点鎖線で示すX状ラインの角消し用パターン32は、レーザ光Lbの移動軌跡による、平面6eCの対角線に沿った連続的な又は断続的なパターンの一例を示している。
【0037】
また、予熱パターン30の内側に位置する一点鎖線で示す矩形ラインの本溶接パターン34は、レーザ光Lbの移動軌跡による、予熱パターン30の内側を連続的に又は断続的に一周する第2パターンの一例を示している。
上記「移動軌跡」とは、レーザ光のスポットが移動した後の線状の軌跡であり、レーザ光の移動方向や移動順序、移動速度などは問わない。
本実施形態では、平面6eCに対し、結果的に上記3つのパターンからなる照射パターンでレーザ光Lbを照射して溶接する。
【0038】
図2Aを参照して、予熱パターン30におけるレーザ光Lbの移動軌跡を説明する。
予熱パターン30は、平面6eCの外周近傍を連続的又は断続的に一周する照射パターンである。連続的にとはレーザ光Lbの照射をオンにして移動することをいい、断続的にとはレーザ光Lbの照射のオン、オフを繰り返しながら移動することをいう。
予熱パターン30では、例えば平面6eCの右上隅を始点として左側へレーザ光Lbが直進移動し(移動軌跡30a)、境界28を横切って先端面6eLの左上隅まで直進移動する(移動軌跡30b)。
【0039】
ここで、境界28を横切るときはレーザ光Lbは照射されない。即ち、制御装置10は予め算出された先端面6eRにおける移動距離に基づいて境界28の手前でレーザ光Lbの照射をオフし、レーザヘッド18の照射口が境界28を越えて先端面6eLに入った直後にレーザ光Lbの照射をオンする制御を行う。なお、図1では各照射パターンの移動軌跡の全体輪郭を把握し易くするために大まかに示しており、境界28を横切るときの照射オフは反映していない。
レーザ光Lbの照射オフ期間Δtは、各先端面ペアの境界28でランダムに形成される隙間の最大値に対応して設定されており、実験により求められる。照射オフ期間Δtは、レーザ光Lbの移動速度によっても異なる。
【0040】
レーザ光Lbは先端面6eLの左上隅まで直進した後は向きを90°変えて先端面6eLの左下隅まで直進移動する(移動軌跡30c)。その後、更に方向を90°変えて直進移動し(移動軌跡30d)、境界28を横切って先端面6eRの右下隅まで直進移動する(移動軌跡30e)。境界28を横切るときは上記と同様に、レーザ光Lbは照射されない。
【0041】
即ち、制御装置10は予め算出された先端面6eLにおける移動距離に基づいて境界28の手前でレーザ光Lbの照射をオフし、レーザヘッド18の照射口が境界28を越えて先端面6eRに入った直後にレーザ光Lbの照射をオンする制御を行う。
レーザ光Lbが先端面6eRの右下隅まで直進移動した後は向きを90°変えて始点まで直進移動する(移動軌跡30f)。
【0042】
予熱パターン30は、図9Cで示したような溶融金属の平面6eC(図1参照)外への膨らみ部Waや垂れ下がりが生じないように、溶接形状の外郭を規定するために設けられるものである。換言すれば、後述する本溶接による溶融金属のランダムな流動を規制する枠として機能するものである。
ここでは各移動軌跡30a~30fをそれぞれの範囲におけるレーザ光Lbの連続照射によって形成しているが、断続的な照射によって形成してもよい。
なお、予熱パターン30における始点は、上記に限定されず図2Aの矩形の移動軌跡のいずれの箇所でもよく、移動向きも限定されない。
【0043】
次に、図2Bを参照して、角消し用パターン32におけるレーザ光Lbの移動軌跡を説明する。
角消し用パターン32は、図1に示した平面6eCの対角線に沿って連続的に移動する照射パターンであり、角消し用パターン32は、図9Dで示したような角部Wbが残って外側に突出した状態で凝固することを防止するために設けられるものである。
また、角消し用パターン32は、予熱パターン30と同様に平面6eCの予熱にも寄与するパターンでもある。
角消し用パターン32では、例えば平面6eCの右上隅を始点として左斜め下方へレーザ光Lbが直進移動し(移動軌跡32a)、境界28を斜めに横切って先端面6eLの左下隅まで直進移動する(移動軌跡32b)。
【0044】
ここで、境界28を横切るときはレーザ光Lbは照射されない。即ち、制御装置10は予め算出された先端面6eRにおける移動距離に基づいて境界28の手前でレーザ光Lbの照射をオフし、レーザヘッド18の照射口が境界28を越えて先端面6eLに入った直後にレーザ光Lbの照射をオンする制御を行う。
【0045】
平面6eCの対角線の一方に沿ったレーザ光の照射が完了すると、レーザ光Lbの照射をオフした状態でレーザヘッド18が変位し、例えば平面6eCの右下隅を始点として左斜め上方へレーザ光Lbが直進移動し(移動軌跡32c)、境界28を斜めに横切って先端面6eLの左上隅まで直進移動する(移動軌跡32d)。
【0046】
ここで、境界28を横切るときはレーザ光Lbは照射されない。即ち、制御装置10は予め算出された先端面6eRにおける移動距離に基づいて境界28の手前でレーザ光Lbの照射をオフし、レーザヘッド18の照射口が境界28を越えて先端面6eLに入った直後にレーザ光Lbの照射をオンする制御を行う。いずれの場合も、レーザ光Lbの照射オフ期間の定め方は、予熱パターン30の場合と同様である。
【0047】
なお、角消し用パターン32における2つの始点は上記に限定されず、先端面6eL側に存在してもよく、先端面6eRと先端面6eLの両方に存在してもよい。また、移動向きも限定されない。
例えば図3に示すように、平面6eCの4つの角部を始点として、それぞれ平面6eCの中心に向かって直進移動する移動軌跡32a、32b、32c、32dからなる照射パターンとしてもよい。
【0048】
平面6eCの角部が終点となる照射パターンでは、レーザヘッド18の移動の慣性によってレーザ光Lbが移動しすぎて角部が潰れて溶接形状に悪影響を及ぼす可能性があるが、いずれも終点が平面6eCの中央部となる照射パターンとすることにより、上記懸念を解消することができる。
この場合、レーザ光Lbはいずれの移動においても境界28を横切らないので、境界28での隙間からレーザ光Lbが内方に入り込む問題も生じない。
【0049】
次に、図2Cを参照して、本溶接パターン34におけるレーザ光Lbの移動軌跡を説明する。
本溶接パターン34は、図1に示した平面6eCにおける予熱パターン30の内方を連続的に一周する照射パターンである。本溶接パターン34では、例えば平面6eCの右上を始点として左側へレーザ光Lbが直進移動し(移動軌跡34a)、境界28を横切って平面6eCの左上まで直進移動する(移動軌跡34b)。
ここで、境界28を横切るときはレーザ光Lbは照射されない。即ち、制御装置10は予め算出された先端面6eRにおける移動距離に基づいて境界28の手前でレーザ光Lbの照射をオフし、レーザヘッド18の照射口が境界28を越えて先端面6eLに入った直後にレーザ光Lbの照射をオンする制御を行う。
【0050】
レーザ光Lbは平面6eCの左上まで直進した後は向きを90°変えて平面6eCの左下まで直進移動する(移動軌跡34c)。その後、更に方向を90°変えて直進移動し(移動軌跡34d)、境界28を横切って平面6eCの右下まで直進移動する(移動軌跡34e)。境界28を横切るときは上記と同様に、レーザ光Lbは照射されない。
即ち、制御装置10は予め算出された先端面6eLにおける移動距離に基づいて境界28の手前でレーザ光Lbの照射をオフし、レーザヘッド18の照射口が境界28を越えて先端面6eRに入った直後にレーザ光Lbの照射をオンする制御を行う。いずれの場合も、レーザ光Lbの照射オフ期間の定め方は、予熱パターン30の場合と同様である。
【0051】
レーザ光Lbが平面6eCの右下まで直進移動した後は向きを90°変えて始点まで直進移動する(移動軌跡34f)。
なお、本溶接パターン34における始点は、上記に限定されず図2Cの矩形の移動軌跡のいずれの箇所でもよく、移動向きも限定されない。
【0052】
実験の結果、以上の3つの溶接パターンを用いて溶接を行うことにより、図9A及び図9Bに示したような良好な溶接形状Wを得ることができた。
実験では、レーザ光照射装置8として、トルンプ社製のTruDisk4002(4000W;YAGレーザ)を使用した。平面6eCの面積は14.7mmであった。
【0053】
本溶接パターン34によるレーザ光Lbの照射の前に、予熱パターン30による照射を実施しているので、本溶接パターン34による溶融金属のランダムな流動が規制された状態で凝固が進行するので図9Cに示すような膨らみ部Waは生じず、表面張力による滑らかな円弧状の輪郭の溶接形状となる。また、角消し用パターン32により図9Dに示すような角部Wbも生じない。上記のように、角消し用パターン32は予熱パターン30とともに平面6eCの予熱にも寄与している。
【0054】
予熱パターン30、角消し用パターン32及び本溶接パターン34のうち、条件によっては角消し用パターン32に基づくレーザ光Lbの照射は不要である。例えば、絶縁被膜の損傷を防止するために平角線の4つの角部がある程度面取りされている場合には、角部形状が残る度合いも少ないので、このような場合には角消し用パターン32を省略してもよい。
さらにこのような場合には、平面6eCの予熱に重きをおいて、図1に示す予熱パターン30の範囲内でレーザ光LbをX状に移動させて第2の予熱パターンとしてもよい。即ち、予熱パターン30に、矩形輪郭の対角線に沿ってレーザ光Lbを移動させるX状の照射パターンを追加してもよい。
【0055】
制御装置10は、所定のプログラムに基づいて、予熱パターン30、角消し用パターン32及び本溶接パターン34によるレーザ溶接を実行する。
所定のプログラムは、予熱パターン30に沿ってレーザ光Lbを照射するステップと、角消し用パターン32に沿ってレーザ光Lbを照射するステップと、本溶接パターン34に沿ってレーザ光Lbを照射するステップとをこの順に実行させるようにプログラミングされている。
予熱パターン30に沿ってレーザ光Lbを照射するステップと、角消し用パターン32に沿ってレーザ光Lbを照射するステップとは順序を逆にしてもよい。
【0056】
制御装置10の不揮発性メモリ(例えばROM)には、先端面6eR、6eLの面積を合わせた平面6eCの面積が段階的に区画された溶接条件と、レーザ光照射装置8のレーザ発振器16におけるレーザ出力及び/又はレーザヘッド18の移動速度との関係が予め求められた参照テーブル(制御テーブル)11が格納されている。また、ROMには境界28を横切るときのレーザ光オフ期間(Δt)が記憶されている。図4では分かり易くするため、制御装置10の外に参照テーブル11を示している。
入力装置12により溶接条件が入力されると、制御装置10は入力された溶接条件に基づいて参照テーブル11から対応するレーザ光の出力及び/又は移動速度を選択してレーザ光照射装置8の条件設定を行う。
【0057】
入力する溶接条件としては、平面6eCの面積(断面積)の他に、先端面6eR、6eLの縦及び横寸法、コイルセグメント6の材質、溶接環境における温度、湿度、平面6eCの段差(境界28における段差)、平面6eCの平面度、平面6eCの表面性状(油等の有無)、コイルセグメント6の温度等がある。
平面6eCの段差、平面6eCの平面度、平面6eCの表面性状、コイルセグメント6の温度は、予め官能パラメータとしてレベルを段階的に設定し、オペレータが目視や手触りで判断して入力するようにしてもよい。
【0058】
例えば、制御装置10は、図10に示すように、溶接条件の入力を受け付け(S11)、その入力された溶接条件中の先端面6eR、6eLの縦及び横寸法を用いて、これらの面内でのレーザ光Lbの移動方向及び移動距離を、予め制御装置10に記憶された各照射パターンに基づいて算出するとともに(S12)、縦及び横寸法から求めた平面6eCの面積に基づいて参照テーブル11を参照し、レーザ光Lbの出力及び移動速度を決定する(S13)。ここで、各照射パターンには、パターンが先端面間の境界28を横切る場合、その位置の情報も含まれる。制御装置10は、その横切る位置の情報と、上述のレーザ光オフ期間Δtとに基づき、レーザ光Lbを一時的にオフするタイミングを決定する(S14)。温度差や湿度差が基準範囲を超えている場合には適宜の補正係数を用いて決定値を補正する。
制御装置10は、以上の決定に基づきレーザ光照射装置8を制御し(S15)、コイルセグメント6の先端面6eR、6eLにレーザ光Lbを照射して、コイルセグメント6を溶接する。
【0059】
参照テーブル11は、制御装置10に有線や無線LANで接続された端末機器から送信するようにしてもよく、又はUSBメモリ等の外部記憶装置から取得するようにしてもよい。
【0060】
上記実施形態では、1つのレーザ光Lbを境界28を横切るように移動させて照射する構成としたが、境界28を横切ることなく1つのレーザ光Lbで各先端面6eR、6eLをその各先端面間の境界に対して略対称となる照射パターンで個別に照射する構成としてもよい。即ち、図1に示した各照射パターン(予熱パターン30、角消し用パターン32、本溶接パターン34)の半分をそれぞれ各先端面6eR、6eLに対して個別に実施してもよい。
【0061】
また、レーザ光の照射パターンは、本溶接パターンだけでもよく、その形状も矩形に限らず、コイルセグメントの先端部のうちコアの径方向で対向する各先端面間の境界に対して対称となる照射パターンであればよい。
さらに、平面6eCに照射するレーザ光Lbは1本に限定されない。例えば、レーザ光照射装置8で発振されたレーザ光Lbを、ハーフミラー等のビームスプリッタで分岐し、2本のレーザ光Lbで先端面6eR、6eLを略同一の照射パターンにより個別に照射する構成としてもよい。
【0062】
以上、本発明の好ましい実施形態について説明したが、本発明はかかる特定の実施形態に限定されるものではなく、種々の変形・変更が可能である。上述した本発明の構成は、一部のみ取り出して実施することもできるし、以上の説明の中で述べた変形は、相互に矛盾しない限り任意に組み合わせて適用可能である。本発明の実施形態に記載された効果は、本発明から生じる最も好適な効果を例示したに過ぎず、本発明による効果は、本発明の実施形態に記載されたものに限定されるものではない。
【符号の説明】
【0063】
2…レーザ溶接システム、4…コア、4b…端面、6…コイルセグメント、6c…先端部、6e…先端面、6eC…平面、8…レーザ光照射装置、10…制御装置、11…参照テーブル、12…入力装置、30…予熱パターン、30a,30b,30c,30d,30e,30f…移動軌跡、32…角消し用パターン、32a,32b,32c,32d…移動軌跡、34…本溶接パターン、34a,34b,34c,34d,34e,34f…移動軌跡、Lb…レーザ光
図1
図2A
図2B
図2C
図3
図4
図5
図6
図7
図8A
図8B
図8C
図9A
図9B
図9C
図9D
図10