(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-05
(45)【発行日】2022-04-13
(54)【発明の名称】ヌクレオチド標的認識を利用した標的配列特異的改変技術
(51)【国際特許分類】
C12N 15/09 20060101AFI20220406BHJP
C12N 15/31 20060101ALI20220406BHJP
C12N 15/55 20060101ALI20220406BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20220406BHJP
A01K 67/027 20060101ALI20220406BHJP
A01H 1/00 20060101ALI20220406BHJP
C12N 9/22 20060101ALI20220406BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20220406BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20220406BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20220406BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220406BHJP
【FI】
C12N15/09 110
C12N15/31 ZNA
C12N15/55
C12N15/63 Z
A01K67/027
A01H1/00 A
C12N9/22
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
(21)【出願番号】P 2021171578
(22)【出願日】2021-10-20
(62)【分割の表示】P 2019537609の分割
【原出願日】2018-08-20
【審査請求日】2021-10-20
(31)【優先権主張番号】P 2017158876
(32)【優先日】2017-08-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017236518
(32)【優先日】2017-12-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成28年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/植物の生産性制御に係る共通基盤技術開発/進化工学的および分子動力学的手法による新規ゲノム編集システムの創出」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】304020292
【氏名又は名称】国立大学法人徳島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100122301
【氏名又は名称】冨田 憲史
(74)【代理人】
【識別番号】100170520
【氏名又は名称】笹倉 真奈美
(72)【発明者】
【氏名】刑部 敬史
(72)【発明者】
【氏名】刑部 祐里子
【審査官】山本 匡子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/066497(WO,A1)
【文献】特許第6480647(JP,B2)
【文献】MAKAROVA KS et al.,SnapShot: Class 1 CRISPR-Cas Systems,Cell, 168, 2017.02, 168(5), pp. 946-946.e1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-90
C12Q
C07K
MEDLINE/BIOSIS/REGISTRY/CAPLUS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
標的ヌクレオチド配列を標的化するための組成物であって、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
を含む組成物。
【請求項2】
標的ヌクレオチド配列を改変または切断するための組成物であって、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
を含み、前記標的ヌクレオチド配列が二本鎖DNAである、組成物。
【請求項3】
細胞中に、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
を導入することを含
み、
前記標的ヌクレオチド配列が二本鎖DNA配列である、標的ヌクレオチド配列が改変された細胞の製造方法
(但し、ヒトの生体内における方法を除く)。
【請求項4】
請求項
3に記載の製造方法によって標的ヌクレオチド配列が改変された植物細胞を製造することを含む、標的ヌクレオチド配列が改変された植物の製造方法。
【請求項5】
請求項
3に記載の製造方法によって標的ヌクレオチド配列が改変された非ヒト動物細胞を製造することを含む、標的ヌクレオチド配列が改変された非ヒト動物の製造方法。
【請求項6】
イン・ビトロで核酸における標的ヌクレオチド配列を標的化する方法であって、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA
を使用することを含む方法。
【請求項7】
イン・ビトロで核酸における標的ヌクレオチド配列を切断する方法であって、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10d、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA
を使用することを含
み、前記標的ヌクレオチド配列が二本鎖DNA配列である、方法。
【請求項8】
標的ヌクレオチド配列を標的化するためのキットであって、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
を含むキット。
【請求項9】
標的ヌクレオチド配列を改変または切断するためのキットであって、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
を含み、前記標的ヌクレオチド配列が二本鎖DNAである、キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)タイプI-Dシステムのヌクレオチド標的認識を利用した、標的ヌクレオチド配列を標的化する方法、標的ヌクレオチド配列を特異的に改変する方法、標的遺伝子の発現を抑制する方法、および該方法に用いられるCas(CRISPR-associated(CRISPR関連))タンパク質およびガイドRNAを含む複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌および古細菌は、ウイルスおよび異種の外来プラスミドに対する適応免疫機構としてCRISPRシステムを有している。CRISPRシステムは、侵入するDNA配列に対して相補性を有する低分子のRNA(ガイドRNAまたはgRNAと称する)を利用して、標的となる外来DNAに対してターゲティングと分解を促す。このとき、gRNAと結合して複合体を形成するCasタンパク質が必要となる。CRISPRシステムには、タイプI、タイプII、タイプIIIおよびタイプVシステムが存在する。いずれのシステムもCasタンパク質-gRNA複合体が標的配列に作用することでウイルスおよび外来プラスミドに干渉作用を及ぼす。タイプIIおよびタイプVシステムは、gRNA結合性を保持するタンパク質ドメインとRuvC類似DNA切断タンパク質ドメインを有する一体型タンパク質による、標的DNA上のDNA二重鎖切断が干渉作用のメカニズムである。タイプIIIシステムについては、5ないし8つのCasタンパク質とgRNAの複合体が、タイプIIとは異なり、標的RNA配列を切断することにより干渉作用をもたらすことがイン・ビトロおよびイン・ビボにおいて証明されている。
【0003】
近年、CRISPRタイプIIおよびタイプVシステムを利用したゲノム編集技術が開発され、Casタンパク質としてCas9およびCpf1が利用されている。Cas9およびCpf1は、標的DNAを認識するために、標的配列の近傍にプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)配列と呼ばれる2ないし5塩基程度の配列を必要とする。Cas9-gRNA複合体およびCpf1-gRNA複合体は、イン・ビトロおよびイン・ビボにおいて、PAM配列近傍の標的部位にDNA二重鎖切断をひき起こす、配列特異的なRNA誘導性エンドヌクレアーゼであることが実証されている。
【0004】
一方、CRISPRタイプIシステムについては、様々な菌類から複数のサブタイプに分類されるシステムがゲノム配列として同定されており、タイプI-A、I-B、I-C、I-D、I-E、I-F、およびI-Uとして分類・命名されている。このうち大腸菌由来のタイプI-Eシステムはもっとも研究が進んでおり、6つのCasタンパク質(Cas3、Cse1、Cse2、Cas7、Cas5、Cas6e)およびgRNAからなる複合体が標的DNA配列の分解を促すことが証明されている。しかし、その他のサブタイプの干渉作用については、一部のサブタイプ(タイプI-C)を除き、必要なCasタンパク質構成要素、gRNA配列、標的DNAを規定するPAM配列等についてほとんど解明されていない。また、CRISPRタイプIシステム由来のCasタンパク質を利用する技術として、CRISPRタイプIシステム由来のCasタンパク質をコードする組換え核酸分子を用いて標的遺伝子の発現を抑制する方法(特許文献1)や、CRISPRタイプIシステム由来のCasタンパク質と他のタンパク質との複合体を用いて標的核酸を改変する方法(特許文献2および特許文献3)等の報告はあるが、CRISPRタイプIシステム由来のRNA誘導性エンドヌクレアーゼにより標的DNA分子の二本鎖を切断して改変する技術についての報告はない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第WO2015/155686
【文献】特表2015-503535
【文献】国際公開第WO2017/043573
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来のCRISPRタイプIIおよびタイプVシステムでは、標的特異性を規定する2塩基から5塩基程度のPAM配列の前後に続く約20塩基のRNA分子が標的ターゲティングに利用されるという制限があるため、標的デザインが不可能な遺伝子座が存在するという点と、類似の配列を切断するという点で問題点を有しており、これらの問題点を有しない新たな標的化システムおよび新たなRNA誘導性エンドヌクレアーゼの開発が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決すべく、本発明者らは鋭意研究した。その結果、驚くべきことに、従来からゲノム編集技術に用いられているCRISPRタイプIIまたはタイプV RNA誘導性エンドヌクレアーゼよりも長い標的配列を有する新規の標的化システムおよび新規のRNA誘導性エンドヌクレアーゼを、CRISPRタイプI-Dから見出し、標的ヌクレオチド配列上に改変を可能にするゲノム編集技術に利用できることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
すなわち、本発明は、
[1]標的ヌクレオチド配列を標的化する方法であって、細胞中に、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
を導入することを含む方法、
[2]標的ヌクレオチド配列を改変する方法であって、細胞中に、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
を導入することを含む方法、
[3]標的遺伝子の発現を抑制する方法であって、細胞中に、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的遺伝子の配列の少なくとも一部に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
を導入することを含む方法、
[4]前記ガイドRNAが、前記標的ヌクレオチド配列に相補的な20~50塩基からなる配列を含む、[1]~[3]のいずれか1項記載の方法、
[5]前記細胞中にドナーポリヌクレオチドを導入することをさらに含む、[2]または[4]記載の方法、
[6]改変が塩基の欠失、挿入、または置換である、[2]、[4]および[5]のいずれか1項記載の方法、
[7]前記Cas5dがプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)配列として5’-GTH-3’(H=A、C、またはT)を認識する、[1]~[6]のいずれか1項記載の方法、
[8](i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、および
(ii)標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA
を含む複合体、
[9]Cas3dおよびCas10dをさらに含む、[8]記載の複合体、
[10]前記ガイドRNAが、前記標的ヌクレオチド配列に相補的な20~50塩基からなる配列を含む、[8]または[9]記載の複合体、
[11](i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7dをコードする核酸、および
(ii)標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNAをコードするDNA
を含む発現ベクター、
[12]Cas3dおよびCas10dをコードする核酸をさらに含む、[11]記載の発現ベクター、および
[13][8]~[10]のいずれか1項記載の複合体をコードするDNA分子、ならびに
[14]標的ヌクレオチド配列を標的化するための、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
の使用、
[15]標的ヌクレオチド配列を改変するための、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
の使用、
[16]標的遺伝子の発現を抑制するための、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および
(ii)前記標的遺伝子の配列の少なくとも一部に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA、または該ガイドRNAをコードするDNA
の使用、
[17]前記ガイドRNAが、前記標的ヌクレオチド配列に相補的な20~50塩基からなる配列を含む、[14]~[16]のいずれか1項記載の使用、
[18]改変が塩基の欠失、挿入、または置換である、[15]または[17]記載の使用、
[19]前記Cas5dがプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)配列として5’-GTH-3’(H=A、C、またはT)を認識する、[14]~[18]のいずれか1項記載の使用、
[20]標的ヌクレオチド配列を標的化するための、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、および
(ii)標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA
を含む複合体の使用、
[21]標的ヌクレオチド配列を改変するための、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10dおよび
(ii)前記標的ヌクレオチド配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA
を含む複合体の使用、
[22]標的遺伝子の発現を抑制するための、
(i)CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7d、および
(ii)前記標的遺伝子の配列の少なくとも一部に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNA
を含む複合体の使用、および
[23]前記ガイドRNAが、前記標的ヌクレオチド配列に相補的な20~50塩基からなる配列を含む、[20]~[22]のいずれか1項記載の複合体の使用
を提供する。
【発明の効果】
【0009】
CRISPRタイプI-D(以下、「TiD」ともいう)システムが利用するPAM配列は、CRISPRタイプIIおよびタイプVシステムが利用するPAM配列と異なる。したがって、本発明によれば、CRISPRタイプI-DのCasタンパク質を使用するので、従来のCRISPRタイプIIまたはタイプV RNA誘導性エンドヌクレアーゼを用いるゲノム編集技術ではデザインできなかった遺伝子座を標的とすることが可能となった。さらに本発明では、本発明のCRISPRタイプI-D由来RNA誘導性エンドヌクレアーゼが利用するPAM配列は、CRISPRタイプIIおよびタイプVが利用するPAM配列よりも、いくつかの生物ゲノム配列上において多く見出されることが分かった。したがって、本発明によれば、従来のCRISPRタイプIIおよびタイプVシステムの利用するゲノム編集技術よりも、多くの遺伝子配列を標的とすることが可能である。またさらに、本発明者らは、CRISPRタイプI-DシステムにおけるgRNAが、30塩基以上の長さの標的配列を標的化できることを見出した。一方、CRISPRタイプIIおよびタイプVシステムにおけるgRNAが標的化できる配列の長さは約20塩基前後である。したがって、本発明のCRISPRタイプI-Dシステムは、従来技術よりも安定な結合特性と標的特異性を示すと考えられる。
【0010】
かくして、本発明により、従来技術では標的とすることが不可能な遺伝子領域上での変異アレルの作製、転写活性化および不活性化による遺伝子発現制御、DNA修飾/ヒストン修飾タンパク質ドメインの標的化によるエピゲノム改変を実現することが可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】本発明のCRISPRタイプI-Dシステムの構成および標的配列へのターゲティングと切断様式の概略を示す。
【
図2】TiDを利用した大腸菌ゲノム編集用ベクターを示す。a)pEcTiD2プラスミドの構造。b)pEcTiD3プラスミドの構造。Pro:J23108合成プロモーター、t1:ターミネーター配列STOP767、RBS:リボゾーム結合配列、t2:ターミネーター配列STOP768(1)、t3:ターミネーター配列TOP768(2)、t7:T7ターミネーター配列、7d:Microcystis aeruginosa由来の(以下、Maと略す)Cas7d、6d:MaCas6d、5d:MaCas5d、3d:MaCas3d、10d:MaCas10d、T7 pro:T7プロモーター、crRNA:TiD由来CRISPRリピート配列、Cm:クロラムフェニコール耐性遺伝子、p15A ori:p15Aプラスミド由来複製オリジン。
【
図3】pMW_ccdBおよびpMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドの構造を示す。a)pMW_ccdBの構造。t2:rrnB2ターミネーター配列、t1:rrnB1ターミネーター配列、PAM:プロトスペーサー隣接モチーフ配列、T7 pro:T7プロモーター、ccdB:ccdB遺伝子、Km:カナマイシン耐性遺伝子、pSC101 ori:pSC101プラスミド由来複製オリジン。b)pMW_ccdB-PAMプラスミドライブラリーの標的配列。NNNN箇所にランダムな4塩基を挿入し、PAM配列スクリーニングライブラリープラスミドとした。四角で囲んだ領域はT7プロモーターを、下線はTiDの標的配列を示す。大文字はccdB遺伝子座を示す。
【
図4】TiDを利用した植物ゲノム編集用ベクターを示す。a)pEgPTiD1プラスミドの構造。b)植物用crRNA発現カセットの構造。c)pEgPTiD2プラスミドの構造。RB:right border配列、LB:left border配列、2x35S:2xカリフラワーモザイクウイルス35S遺伝子プロモーターおよび翻訳エンハンサーΩ配列、3d:2xNLS(核移行シグナル)をコードする配列を付加したMaCas3d、10d:2xNLSを付加したMaCas10d、7d:2xNLSを付加したMaCas7d、6d:2xNLSを付加したMaCas6d、5d:2xNLSを付加したMaCas5d、2A(1)~2A(4):自己開裂ペプチド2A配列(1)~(4)、Ter:シロイヌナズナ熱ショックタンパク質18.2kDa遺伝子ターミネーター、Km:カナマイシン耐性遺伝子発現カセット、U6-26:シロイヌナズナU6 snRNA-26遺伝子プロモーター、crRNA:TiD遺伝子座由来CRISPRリピート配列。
【
図5-1】pEgPTiD2-pdsを用いたタバコPDS遺伝子の変異導入を示す。a)タバコPDS遺伝子上の標的配列。標的配列1は第3エクソン上、標的配列2は第6エクソン上から選択した。パネル下段に示した標的配列中、四角で囲んだ部分はPAM配列を示し、下線部分が標的配列を示す。b)アグロインフィルトレーション法によるpEgPTiD2-pdsおよびGFP発現バイナリーベクターの導入。pEgPTiD2-pds(1)あるいはpEgPTiD-pds(2)を保持するアグロバクテリウムとGFP発現バイナリープラスミドを保持するアグロバクテリウムをアグロインフィルトレーション法により感染し、GFP発現の認められる葉片を切り出し、PDS変異導入解析に用いた。
【
図5-2】pEgPTiD2-pdsを用いたタバコPDS遺伝子の変異導入を示す。c)Cel-1アッセイによるPDS変異導入解析。
図5bにおいてGFP発現の認められた葉片部分からゲノムDNAを調製し、Cel-1アッセイにより変異導入の有無を解析した。三角印は、Cel-1ヌクレアーゼにより切断された変異PDS遺伝子断片を示す。
【
図6】pEgPTiD2-iaa9を用いたトマトIAA9遺伝子の変異導入を示す。a)トマトIAA9遺伝子上の標的配列。標的配列1は第2エクソン上から選択した。パネル下段に示した標的配列中、四角で囲んだ部分はPAM配列を示し、下線部分が標的配列を示す。b)アグロバクテリウム法によりトマトリーディスクにpEgPTiD2-iaa9を導入し、形質転換カルス細胞を得た。c)PCR-RFLP法による変異解析。pEgPTiD2-iaa9を導入した形質転換カルス細胞から調製したゲノムDNAからIAA9標的配列を含む領域をPCRにより増幅し、AccIを用いたPCR-RFLP法により変異解析を行った。白抜き三角印は野生型由来のAccI切断断片を示し、上の三角印はAccI切断を受けない変異導入断片を示す。
【
図7】pEcTiD2-iaa9導入カルスにおけるシーケンス法による変異解析を示す。上段が野生型のIAA9配列を示し、下線は標的配列を示す。四角で囲んだ配列はPAM配列を示す。変異の生じた部位を挿入記号またはハイフンで示した。ハイフンは塩基欠失を示す。
【
図8】pEcTiD2-iaa9導入再生植物体における変異解析を示す。a)PCR-RFLP法による変異解析。白抜き三角印は野生型由来のAccI切断断片を示し、上の三角印はAccI切断を受けない変異導入断片を示す。b)IAA9遺伝子破壊の結果、本葉形態異常を示す変異導入トマト植物体の写真。
【
図9】HEK293細胞株を用いたゲノム編集の実験スキームを示す。
【
図10】ヘテロ二本鎖移動度分析による変異解析の結果を示す。EMX1遺伝子上のターゲット1標的配列を含むcrRNAおよびTiD遺伝子を導入した細胞由来のゲノムから、変異配列由来と考えられるフラグメントが検出された(黒鍵線)。
【
図11】ヘテロ二本鎖移動度分析による変異解析の結果を示す。EMX1遺伝子上のターゲット2標的配列を含むcrRNAおよびTiD遺伝子を導入した細胞由来のゲノムから、変異配列由来と考えられるフラグメントが検出された(黒鍵線)。
【
図12】シーケンス解析による変異配列の同定を示す。黒色背景中の白抜き文字はTiDが認識するPAM(プロトスペーサー隣接配列)、黒枠線内の配列は標的配列を示す。ハイフン(-)は塩基欠失を、黒色太文字小文字アルファベットは塩基挿入を示す。各配列の右側に、体細胞変異効率(変異配列が確認されたクローン数/解析クローン総数)を示す。
【
図13】シーケンス解析による変異配列の同定を示す。黒色背景中の白抜き文字はTiDが認識するPAM(プロトスペーサー隣接配列)、黒枠線内の配列は標的配列を示す。ハイフン(-)は塩基欠失を、黒色太文字小文字アルファベットは塩基挿入を示す。各配列の右側に、体細胞変異効率(変異配列が確認されたクローン数/解析クローン総数)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、CRISPRタイプI-Dシステムを利用したゲノム編集技術を提供する。具体的には、本発明では、CRISPRタイプI-DのCasタンパク質のうち、Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10dが使用される。本発明において、CRISPRタイプI-Dシステムは、Cas5d、Cas6d、およびCas7dを含む標的認識モジュールと、Cas3dおよびCas10dを含むポリヌクレオチド切断モジュールを含むことが見出された。
【0013】
すなわち、本発明の動作原理は以下のとおりである。
1)標的ヌクレオチド配列の標的化(以下、「ターゲティング」ともいう)に必要な、該標的ヌクレオチド配列に相補的な配列と、CRISPRタイプI-D遺伝子座に存在する共通繰り返し配列とを含むgRNA、
2)標的ヌクレオチド配列の近傍に存在するPAM配列を認識するCas5d、
3)上記1)のgRNAに結合し、標的ヌクレオチド配列のターゲティングに必要なCas7d、および
4)上記1)のgRNAのプロセシングを行うCas6d
を含む複合体、および
5)上記1)から4)を含む複合体に相互作用し、標的ヌクレオチド配列のリモデリングを行うCas10dと、ポリヌクレオチドの分解を行うCas3dを含む複合体
が細胞に提供され、該細胞において、
6)上記1)から4)を含む複合体による標的ヌクレオチド配列へのターゲティング、すなわち、
7)上記4)のCas6dにより上記1)のgRNAがプロセシングされて得られる成熟型gRNAと、上記2)および3)とからなる複合体による、標的ヌクレオチド配列へのターゲティングが行われ、
8)上記5)の複合体により、標的ヌクレオチド配列上のポリヌクレオチドが切断される。
【0014】
したがって、本発明は、CRISPRタイプI-Dシステムを利用した標的ヌクレオチド配列を標的化する方法(以下、「本発明の標的配列ターゲティング方法」ともいう)、標的ヌクレオチド配列を改変する方法(以下、「本発明の標的配列改変方法」ともいう)、および標的遺伝子の発現を抑制する方法(以下、「本発明の標的遺伝子発現抑制方法」ともいう)を提供する。さらに、本発明は、これらの本発明の方法に使用される、CRISPRタイプI-D関連Casタンパク質およびgRNAを含む複合体(以下、「本発明の複合体」ともいう)、および該複合体をコードする核酸分子を含むベクターを提供する。
【0015】
(1)細胞
本発明において、細胞は、原核細胞または真核細胞のいずれの細胞であってもよく、特に限定されない。例えば、細菌、古細菌、酵母、植物細胞、昆虫細胞、動物細胞(例えば、ヒト細胞、非ヒト細胞、非哺乳動物脊椎動物細胞、無脊椎動物細胞等)が挙げられる。
【0016】
(2)RNA誘導性エンドヌクレアーゼおよびCasタンパク質
本発明において、「RNA誘導性エンドヌクレアーゼ」とは、少なくとも1つのヌクレアーゼドメイン、およびgRNAと結合する少なくとも1つのドメインを含み、gRNAによって標的ヌクレオチド配列(または標的ヌクレオチド部位)に誘導されるエンドヌクレアーゼをいう。本発明で使用されるRNA誘導性エンドヌクレアーゼは、CRISPRタイプI-D由来のRNA誘導性エンドヌクレアーゼであり、CRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10dを含む。本発明において、Cas5d、Cas6d、およびCas7dは、標的認識に寄与する「標的認識モジュール」を構成し、Cas3dおよびCas10dは、ポリヌクレオチドの切断に寄与する「ポリヌクレオチド切断モジュール」を構成することが見出された。すなわち、本発明で使用されるRNA誘導性エンドヌクレアーゼは、Cas5d、Cas6d、およびCas7dを含む標的認識モジュールと、Cas3dおよびCas10dを含むポリヌクレオチド切断モジュールとを含む。
【0017】
本発明で使用されるCas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10dは、いずれの細菌または古細菌由来のものであってもよく、例えば、Microcystis aeruginosa、Acetohalobium arabaticum、Ammonifex degensii、Anabaena cylindrica、Anabaena variabilis、Caldicellulosiruptor lactoaceticus、Caldilinea aerophila、Clostridium algidicarnis、Crinalium epipsammum、Cyanothece Sp.、Cylindrospermum stagnale、Haloquadratum walsbyi、Halorubrum lacusprofundi、Methanocaldococcus vulcanius、Methanospirillum hungatei、Natrialba asiatica、Natronomonas pharaonis、Nostoc punctiforme、Phormidesmis priestleyi、Oscillatoria acuminata、Picrophilus torridus、Spirochaeta thermophila、Stanieria cyanosphaera、Sulfolobus acidocaldarius、Sulfolobus islandicus、Synechocystis Sp.、Thermacetogenium phaeum、Thermofilum pendensなどの菌株由来のものであってもよい。上記Casタンパク質のアミノ酸配列およびヌクレオチド配列情報は、例えば、NCBI GenBank等の公開されたデータベースから入手可能である。また、メタゲノム解析などにより得られた微生物ゲノムデータからBLASTプログラムを利用することで、新規の微生物種からの配列取得も可能である。上記Casタンパク質をコードする核酸は、例えば、アミノ酸配列情報を基に、該核酸を導入する宿主細胞における翻訳に最適化されたコドンを選択し、化学合成等により構築してもよい。宿主細胞において使用頻度の高いコドンを使用することにより、タンパク質の発現量の増加させることができる。上記Casタンパク質は、例えば、アミノ酸配列情報を基に化学合成するか、または上記Casタンパク質をコードする核酸を適当なベクター等を介して細胞中に導入し、該細胞中で産生させてもよい。また、Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10dの各Casタンパク質は、上記の本発明の動作原理において記載した各Casタンパク質の機能を保持するかぎり、変異型Casタンパク質であってもよい。
【0018】
(3)ガイドRNA
本発明において、ガイドRNA(gRNA)は、上記標的認識モジュール(Cas5d、Cas6d、およびCas7d)と複合体を形成して、これらのCasタンパク質と共に標的ヌクレオチド配列をターゲティングする分子である。本発明において、gRNAは、標的認識モジュールのCas7dに結合する。本発明において、gRNAは、Cas5d、Cas6d、およびCas7dを含む複合体に結合して、該複合体を標的ヌクレオチド配列に誘導する。例えば、gRNAは、上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼの標的認識モジュールに結合し、該RNA誘導性エンドヌクレアーゼを標的ヌクレオチド配列に誘導する。また、上記標的認識モジュールが上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼ以外の融合タンパク質の一部として存在する場合、gRNAは、該標的認識モジュールに結合し、当該融合タンパク質を標的ヌクレオチド配列に誘導する。
【0019】
gRNAは、標的ヌクレオチド配列と塩基対を形成し得るように該標的配列に相補的な配列、および該配列の前後(5’末端側および3’末端側)に、CRISPRタイプI-D遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含む。gRNAの共通繰り返し配列部分は、少なくとも1つのヘアピン構造を有していてもよい。例えば、標的ヌクレオチド配列に相補的な配列の5’末端側にある共通繰り返し配列部分がヘアピン構造を有し、標的ヌクレオチド配列に相補的な配列の3’末端側にある共通繰り返し配列部分は一本鎖であってもよい。本発明において、gRNAは、好ましくは1つのヘアピン構造を有する。
【0020】
CRISPRタイプI-D遺伝子座に由来する共通繰り返し配列は、タイプI-D遺伝子群に隣接するgRNA遺伝子配列領域から、タンデムリピート検索プログラムを利用して見出すことができる。gRNAに含まれる共通繰り返し配列の塩基長は、標的認識モジュールと相互作用して標的ヌクレオチド配列をターゲティングするという目的が達成されるかぎり、特に限定されない。例えば、標的ヌクレオチド配列に相補的な配列の前後の共通繰り返し配列が各々、約10~70塩基長であってもよく、例えば、30~50塩基長であってもよい。
【0021】
gRNAは、標的ヌクレオチド配列に相補的な約10塩基~70塩基からなる配列を含むことができる。gRNAに含まれる標的ヌクレオチド配列に相補的な配列は、好ましくは20塩基~50塩基、より好ましくは25塩基~45塩基からなる配列、さらに好ましくは30塩基~40塩基からなる配列、またさらに好ましくは32塩基~37塩基からなる配列、例えば、32塩基、33塩基、34塩基、35塩基、36塩基、または37塩基からなる配列である。ターゲティング可能な標的配列が長いほど、gRNAによる標的認識の配列特異性が増すと考えられる。また、ターゲティング可能な標的配列が長いほど、gRNAと標的配列との間に形成される塩基対のTm値が高くなり、標的認識の安定性が増すと考えられる。従来のゲノム編集技術に用いられるRNA誘導性エンドヌクレアーゼ(例えば、Cas9およびCpf1)ではgRNAが標的化できる配列の長さは約20~24塩基であるので、本発明は、従来法よりも配列特異性および安定性が優れている。
【0022】
(4)標的ヌクレオチド配列
本発明において、標的ヌクレオチド配列(本明細書において、単に「標的配列」ともいう)は、任意の核酸の配列であり、プロトスペーサー近接モチーフ(PAM)の近傍に位置する配列を標的配列として選択することを除き、特に限定されない。標的ヌクレオチド配列は、二本鎖DNA配列、一本鎖DNA配列、またはRNA配列のいずれであってもよい。DNAとしては、例えば、真核生物核ゲノムDNA、ミトコンドリアDNA、プラスチドDNA、原核生物ゲノムDNA,ファージDNA,あるいはプラスミドDNA等が挙げられる。本発明において、標的ヌクレオチド配列は、好ましくは、ゲノム上の二本鎖DNAである。なお、本明細書において、「近傍に位置する」とは、隣接すること、および近くにあることの両方を包含する。また、本明細書において、「近傍」とは、隣接する位置または近くの位置の両方を包含する。
【0023】
CRISPRシステムの標的認識に利用されるPAM配列は、CRISPRシステムの種類によって異なる。本発明では、CRISPRタイプI-Dシステムが利用するPAM配列が5’-GTH-3’(H=A、CまたはT)であることを明らかにした(実施例1)。好ましくは、上記PAM配列の3’側下流の近傍に位置する配列を標的ヌクレオチド配列として選択する。例えば、標的ヌクレオチド配列は、上記PAM配列の近傍に位置し、かつ、標的遺伝子のイントロン内、コーディング領域内、非コーディング領域内、または制御領域内に存在する配列であってもよい。標的遺伝子は、任意の遺伝子であり、随意に選択すればよい。
【0024】
従来のゲノム編集技術で使用されているCas9およびCpf1のPAM配列、それぞれ、5’-NGG-3’(N=A、C、GまたはT)および5’-TTTV-3’(V=A、CまたはG)である。高等植物のゲノム配列中における、Cas9およびCpf1のPAM配列とTiDのPAM配列の出現頻度(すなわち、CRISPRシステムのターゲット候補数)を比較したところ、TiDのPAM配列頻度が最も多く、Cas9またはCpf1を用いる従来のゲノム編集技術よりもターゲット数が多いことが分かった(表1)。
【0025】
【0026】
(5)本発明の標的配列ターゲティング方法
本発明の標的配列ターゲティング方法は、上記標的認識モジュール(Cas5d、Cas6d、およびCas7d)と上記gRNAとを上記細胞中に導入することを特徴とする。すなわち、本発明の標的配列ターゲティング方法は、(i)Cas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および(ii)上記gRNA、または該gRNAをコードするDNAを上記細胞中に導入することを特徴とする。本発明の標的配列ターゲティング方法は、イン・ビトロおよびイン・ビボのいずれで行ってもよい。
【0027】
本発明の標的配列ターゲティング方法において、上記標的認識モジュールは、Cas5d、Cas6d、およびCas7dを含む単離された複合体として細胞中に導入されてもよく、またはCas5d、Cas6d、およびCas7dの各々が単離されたタンパク質として単独で細胞中に導入されてもよい。また、本発明の標的配列ターゲティング方法において、上記標的認識モジュールは、上記Casタンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7dをコードする核酸として細胞中に導入されてもよい。該核酸としては、例えば、mRNA等のRNA、またはDNAが挙げられる。
【0028】
上記Casタンパク質をコードするDNAは、例えば、ベクターに含まれていてもよく、該DNA配列は、好ましくは、プロモーターおよびターミネーター等の調節配列に作動可能に連結されている。上記標的認識モジュールを導入する細胞が真核細胞である場合、好ましくは、上記Casタンパク質をコードするDNAに核移行シグナル配列が付加される。上記Casタンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7dをコードするDNAの2以上または全てが単一のベクター中に含まれていてもよく、または別々のベクター中に含まれていてもよい。ベクターの数、ならびに各ベクターに組み込むDNAがコードするCasタンパク質の種類および組み合わせに制限はない。上記Casタンパク質をコードする2以上のDNAが一つのベクター中に含まれる場合、これらのDNA配列は、ポリシストロニックに発現するように、例えば自己開裂型ペプチドをコードする配列等を介して、相互に連結されていてもよい。なお、上記Casタンパク質をコードする2以上のDNAを連結する順番は、いずれであってもよい。
【0029】
上記gRNAは、RNAとして、またはgRNAをコードするDNAとして細胞中に導入されてもよい。gRNAをコードするDNAは、例えば、ベクターに含まれていてもよく、該DNA配列は、好ましくは、プロモーターおよびターミネーター等の調節配列に作動可能に連結される。
【0030】
上記Casタンパク質をコードするDNAと上記gRNAをコードするDNAは、同じベクター中に含まれていてもよく、または別々のベクター中に含まれていてもよい。例えば、Cas5d、Cas6d、およびCas7dをコードするDNAの1以上または全て、およびgRNAをコードするDNAが単一のベクター中に含まれていてもよい。
【0031】
上記プロモーターおよびターミネーター等の調節配列、および核移行シグナル配列は、当該分野で公知であり、上記標的認識モジュールおよび上記gRNAを導入する細胞が由来する生物種に応じて適宜選択することができる。導入に用いるベクターもまた、導入する細胞が由来する生物種に応じて適宜選択すればよく、特に限定されない。例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクター、ファージミド、コスミド、人工/ミニ染色体、トランスポゾン等が挙げられる。
【0032】
上記標的認識モジュールおよびgRNAの細胞中への導入は、当該分野で知られた種々の手段によって行うことができる。例えば、トランスフェクション、例えば、リン酸カルシウム仲介性トランスフェクション、エレクトロポレーション、リポソームトランスフェクション等、ウイルス形質導入、リポフェクション、遺伝子銃、マイクロインジェクション、アグロバクテリウム法、アグロインフィルトレーション法、PEG-カルシウム法等が挙げられる。
【0033】
上記標的認識モジュールおよびgRNAは、同時にまたは連続的に細胞中に導入すればよい。また、上記標的認識モジュールを構成するCas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらの各Casタンパク質をコードする核酸は、同時にまたは連続的に細胞中に導入すればよい。例えば、イン・ビトロまたはイン・ビボにおいてそれぞれ合成した上記Casタンパク質Cas5d、Cas6dおよびCas7dと、イン・ビトロまたはイン・ビボにおいて合成したgRNAを、イン・ビトロにおいてインキュベートして複合体を形成させ、該複合体を細胞中に導入することができる。
【0034】
上記標的認識モジュールおよびgRNAの導入の際、細胞は、標的ヌクレオチド配列のターゲティングに適当な条件下で培養される。次いで、該細胞は、細胞増殖および維持に適当な条件下で培養される。培養条件は、標的認識モジュールおよびgRNAを導入する細胞が由来する生物種に適切な培養条件であればよく、例えば、既知の細胞培養技術に基づいて当業者により適宜決定可能である。
【0035】
本発明の標的配列ターゲティング方法によれば、gRNAと、標的認識モジュールのCas7dが結合して上記標的認識モジュールとgRNAが複合体を形成し、同時に、該gRNAが標的ヌクレオチド配列と塩基対を形成し、該標的認識モジュールが標的ヌクレオチド配列近傍のPAM配列を認識することにより、配列特異的に標的ヌクレオチド配列を標的化する。本発明の標的配列ターゲティング方法では、さらにCas10dを細胞中に導入してもよい。
【0036】
(6)本発明の標的配列改変方法
本発明の標的配列改変方法は、上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼと上記gRNAとを上記細胞中に導入することを特徴とする。すなわち、本発明の標的配列改変方法は、細胞中に、(i)Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および(ii)上記gRNAまたは該gRNAをコードするDNAを上記細胞中に導入することを特徴とする。本発明の標的配列改変方法は、本発明の標的配列ターゲティング方法により標的化したヌクレオチド配列を、上記ポリヌクレオチド切断モジュールにより切断することを含む。本発明の標的配列改変方法は、イン・ビトロおよびイン・ビボのいずれで行ってもよい。本発明において、改変には、少なくとも1つのヌクレオチドの欠失、挿入、または置換、あるいはそれらの組み合わせが含まれる。
【0037】
本発明の標的配列改変方法においては、上記のRNA誘導性エンドヌクレアーゼおよびgRNAに加えて、ドナーポリヌクレオチドを細胞中に導入してもよい。ドナーポリヌクレオチドは、標的部位に導入したい改変を含む少なくとも1つのドナー配列を含む。ドナーポリヌクレオチドは、ドナー配列に加えて、該ドナー配列の両端に標的配列の上流および下流の配列と相同性の高い配列(好ましくは、標的配列の上流および下流の配列と実質的に同一の配列)を含んでいてもよい。ドナーポリヌクレオチドは、一本鎖または二本鎖のDNAであってもよい。ドナーポリヌクレオチドは、当該分野で既知の技術に基づいて当業者が適宜設計することができる。
【0038】
本発明の標的配列改変方法においてドナーポリヌクレオチドが存在しない場合、標的ヌクレオチド配列における切断は、非相同末端結合(NHEJ)により修復されうる。NHEJはエラーが発生しやすいことが知られており、少なくとも1つのヌクレオチドの欠失、挿入、または置換、あるいはそれらの組み合わせが該切断の修復中に起こりうる。かくして、該配列は、標的配列部位において改変され、それにより、フレームシフトや未成熟終止コドンを誘発し、標的配列領域がコードしている遺伝子の発現が不活性化またはノックアウトされうる。
【0039】
本発明の標的配列改変方法においてドナーポリヌクレオチドが存在する場合、ドナーポリヌクレオチドのドナー配列は、切断された標的ヌクレオチド配列の相同組換え修復(HDR)により、標的配列部位に挿入されるか、または標的配列部位がドナー配列に置換される。その結果、標的配列部位に所望の改変が導入される。
【0040】
上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼは、Cas5d、Cas6d、Cas7d、Cas3d、およびCas10dを含む単離された複合体として細胞中に導入されてもよく、またはCas5d、Cas6d、Cas7d、Cas3d、およびCas10dの各々が単離されたタンパク質として単独で細胞中に導入されてもよい。あるいは、上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼは、上記Casタンパク質Cas5d、Cas6d、Cas7d、Cas3d、およびCas10dをコードする核酸として細胞中に導入されてもよい。該核酸としては、例えば、mRNA等のRNA、またはDNAが挙げられる。
【0041】
上記Casタンパク質をコードするDNAは、例えば、ベクターに含まれていてもよく、該DNA配列は、好ましくは、プロモーターおよびターミネーター等の調節配列に作動可能に連結されている。上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼを導入する細胞が真核細胞である場合、好ましくは、上記Casタンパク質をコードするDNAに核移行シグナル配列が付加される。上記Casタンパク質Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10dをコードするDNAの2以上または全てが単一のベクター中に含まれていてもよく、または別々のベクター中に含まれていてもよい。ベクターの数、ならびに各ベクターに組み込むDNAがコードするCasタンパク質の種類および組み合わせに制限はない。上記Casタンパク質をコードする2以上のDNAが一つのベクター中に含まれる場合、これらのDNA配列は、ポリシストロニックに発現するように、例えば自己開裂型ペプチドをコードする配列等を介して、相互に連結されていてもよい。なお、上記Casタンパク質をコードする2以上のDNAを連結する順番は、いずれであってもよい。
【0042】
上記gRNAは、RNAとして、またはgRNAをコードするDNAとして細胞中に導入されてもよい。gRNAをコードするDNAは、例えば、ベクターに含まれていてもよく、該DNA配列は、好ましくは、プロモーターおよびターミネーター等の調節配列に作動可能に連結される。
【0043】
上記Casタンパク質をコードするDNAと上記gRNAをコードするDNAは、同じベクター中に含まれていてもよく、または別々のベクター中に含まれていてもよい。例えば、Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10dの各々をコードする全てのDNA、およびgRNAをコードするDNAが単一のベクター中に含まれていてもよい。
【0044】
上記プロモーターおよびターミネーター等の調節配列、および核移行シグナル配列は、当該分野で公知であり、上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼおよび上記gRNAを導入する細胞の種類に応じて適宜選択することができる。導入に用いるベクターもまた、導入する細胞の種類に応じて適宜選択すればよく、特に限定されない。例えば、プラスミドベクター、ウイルスベクター、ファージミド、コスミド、人工/ミニ染色体、トランスポゾン等が挙げられる。
【0045】
上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼ、gRNA、およびドナーポリヌクレオチドの細胞中への導入は、当該分野で知られた種々の手段によって行うことができる。例えば、トランスフェクション、例えば、リン酸カルシウム仲介性トランスフェクション、エレクトロポレーション、リポソームトランスフェクション等、ウイルス形質導入、リポフェクション、遺伝子銃、マイクロインジェクション、アグロバクテリウム法、アグロインフィルトレーション法、PEG-カルシウム法等が挙げられる。
【0046】
上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼ、gRNA、およびドナーポリヌクレオチドは、同時にまたは連続的に細胞中に導入すればよい。また、上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼを構成するCas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10d、またはこれらの各Casタンパク質をコードする核酸は、同時にまたは連続的に細胞中に導入すればよい。
【0047】
上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼおよびgRNA、またはRNA誘導性エンドヌクレアーゼ、gRNAおよびドナーポリヌクレオチドの導入の際、細胞は、標的配列部位での切断に適当な条件下で培養される。次いで、該細胞は、細胞増殖および維持に適当な条件下で培養される。培養条件は、RNA誘導性エンドヌクレアーゼおよびgRNA、またはRNA誘導性エンドヌクレアーゼ、gRNAおよびドナーポリヌクレオチドを導入する細胞が由来する生物種に適切な培養条件であればよく、例えば、既知の細胞培養技術に基づいて当業者により適宜決定可能である。
【0048】
本発明の標的配列改変方法によれば、gRNAが標的ヌクレオチド配列と塩基対を形成するのと同時に、RNA誘導性エンドヌクレアーゼの標的認識モジュールとの相互作用により、該RNA誘導性エンドヌクレアーゼを該標的配列部位に誘導し、次いで、該RNA誘導性エンドヌクレアーゼの切断モジュールが該標的配列部位における配列を切断し、該切断配列の修復時に、標的配列が改変される。例えば、本発明の標的配列改変方法は、ゲノム上の標的ヌクレオチド配列の改変のために用いることができ、該方法によりゲノム上の二本鎖DNAが切断され、標的部位が改変される。
【0049】
(7)本発明の標的遺伝子発現抑制方法
本発明の標的遺伝子発現抑制方法は、上記標的認識モジュール(Cas5d、Cas6d、およびCas7d)と上記gRNAとを上記細胞中に導入することを特徴とする。すなわち、本発明の標的配列ターゲティング方法は、(i)Cas5d、Cas6d、およびCas7d、またはこれらのタンパク質をコードする核酸、および(ii)上記gRNA、または該gRNAをコードするDNAを上記細胞中に導入することを特徴とする。本発明の標的遺伝子発現抑制方法では、標的ヌクレオチド配列として、標的遺伝子の配列の少なくとも一部の配列が選択され、該配列に相補的な配列を含むgRNAを使用する。本発明の標的遺伝子発現抑制方法は、本発明の標的配列ターゲティング方法によりヌクレオチド配列を標的化する際に、標的認識モジュールとgRNAとの複合体が標的配列に結合することにより、該標的配列を含む遺伝子の発現が抑制されることを含む。本発明の標的遺伝子発現抑制方法は、イン・ビトロおよびイン・ビボのいずれで行ってもよい。本発明の標的遺伝子発現抑制方法によれば、標的遺伝子配列は切断されないが、上記標的認識モジュールとgRNAとの複合体が標的ヌクレオチド配列に結合することにより、該標的配列を含む遺伝子領域の機能または該遺伝子の発現が阻害される。
【0050】
上記標的認識モジュールおよびgRNA、それらの細胞中への導入方法、および導入時および導入後の細胞培養等については、上記「(5)本発明の標的配列ターゲティング方法」において記載したのと同様である。本発明の標的遺伝子発現抑制方法では、さらにCas10dを細胞中に導入してもよい。
【0051】
(8)本発明の複合体
本発明の複合体は、上記CRISPRタイプI-D Casタンパク質および上記gRNAを含む。本発明は、特に、上記標的認識モジュールと上記gRNAを含む複合体、および上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼとgRNAを含む複合体を提供する。さらに具体的には、Cas5d、Cas6d、およびCas7dとgRNAを含む複合体、ならびにCas5d、Cas6d、Cas7d、Cas3dおよびCas10dとgRNAを含む複合体を提供する。さらに、上記複合体をコードするDNA分子も提供される。本発明の複合体は、上記した本発明の標的配列改変方法、標的遺伝子発現抑制方法、および標的配列ターゲティング方法に使用することができる。RNA誘導性エンドヌクレアーゼ(Cas5d、Cas6d、Cas7d、Cas3dおよびCas10dを含む複合体)とgRNAとを含む複合体を細胞に導入して、該細胞内で該複合体を機能させることにより、該細胞のゲノム上の標的配列を改変することができる。また、標的認識モジュール(Cas5d、Cas6d、およびCas7dを含む複合体)とgRNAとを含む複合体を細胞に導入して、該細胞内で該複合体を機能させることにより、該細胞中の標的配列を標的化することができ、また、該標的配列領域がコードする遺伝子の発現を抑制することができる。上記標的認識モジュールとgRNAとを含む複合体は、さらにCas10dを含んでいてもよい。
【0052】
本発明の複合体は、常法により、イン・ビトロまたはイン・ビボで製造することができる。例えば、上記RNA誘導性エンドヌクレアーゼまたは上記標的認識モジュールを構成するCasタンパク質をコードする核酸、およびgRNAまたはgRNAをコードするDNAを細胞中に導入し、該細胞内で複合体を形成させてもよい。
【0053】
本発明の複合体の例として、限定するものではないが、Microcystis aeruginosaのCas5d(配列番号1)、Cas6d(配列番号2)、およびCas7d(配列番号3)と、GUUCCAAUUAAUCUUAAGCCCUAUUAGGGAUUGAAACNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNGUUCCAAUUAAUCUUAAGCCCUAUUAGGGAUUGAAAC(配列番号6;Nは、標的ヌクレオチド配列に相補的な配列を構成する任意のヌクレオチドである)で示される配列からなるgRNAとを含む複合体、およびMicrocystis aeruginosaのCas5d(配列番号1)、Cas6d(配列番号2)、Cas7d(配列番号3)、Cas3d(配列番号4)およびCas10d(配列番号5)と、GUUCCAAUUAAUCUUAAGCCCUAUUAGGGAUUGAAACNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNNGUUCCAAUUAAUCUUAAGCCCUAUUAGGGAUUGAAAC(配列番号6;Nは、標的ヌクレオチド配列に相補的な配列を構成する任意のヌクレオチドである)で示される配列からなるgRNAとを含む複合体が挙げられる。上記gRNAの配列中、Nの数は10~70の範囲で変更してもよく、好ましくは20~50、より好ましくは25~45、さらに好ましくは30~40、またさらに好ましくは32~37の範囲で変更してもよい。
【0054】
(9)本発明の発現ベクター
本発明はさらに、Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、およびCas10dを含むRNA誘導性エンドヌクレアーゼをコードする核酸、および標的配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNAをコードするDNAを含む発現ベクター、ならびにCRISPRタイプI-D関連タンパク質Cas5d、Cas6d、およびCas7dをコードする核酸、および標的配列に相補的な配列および該配列の前後にCRISPR遺伝子座に由来する共通繰り返し配列を含むガイドRNAをコードするDNAを含む発現ベクターを提供する。
【0055】
本発明のベクターは、上記「(5)本発明の標的配列ターゲティング方法」、「(6)本発明の標的配列改変方法」、および「(7)本発明の標的遺伝子発現抑制方法」に記載したような、上記Casタンパク質およびgRNAを細胞中に導入するためのベクターである。該ベクターの導入後、該細胞中で上記Casタンパク質およびgRNAを発現する。本発明のベクターは、また、上記gRNAに含まれる標的配列を、制限部位を含む任意の配列に替えたベクターであってもよい。このようなベクターは、該任意の配列部位に所望の標的ヌクレオチド配列を組み込んで使用される。該任意の配列としては、例えば、CRISPRタイプI-Dの遺伝子座にあるスペーサー配列またはその一部であってもよい。
【0056】
(10)本発明の標的認識モジュールを含む融合タンパク質
本発明は、さらに、上記標的認識モジュールおよび機能性ポリペプチドを含む融合タンパク質を提供する。該融合タンパク質および上記gRNAを細胞中に導入すると、標的認識モジュールおよびgRNAの作用により融合タンパク質が細胞中の標的ヌクレオチド配列または標的遺伝子に誘導され、上記機能性ポリペプチドの作用により該標的ヌクレオチド配列または標的遺伝子が改変または修飾される。したがって、本発明はさらに、上記融合タンパク質および上記gRNAを細胞中に導入することを特徴とする、標的ヌクレオチド配列または標的遺伝子の改変または修飾方法を提供する。さらに、本発明では、上記融合タンパク質と上記gRNAを含む複合体も提供される。
【0057】
上記機能性ポリペプチドは、標的配列に対して何らかの機能を示すポリペプチドであり、かつ、Cas3dおよびCas10d以外のポリペプチドである。上記機能性ポリペプチドとしては、例えば、限定するものではないが、制限酵素、転写因子、DNAメチル化酵素、ヒストンアセチル化酵素、蛍光タンパク質、ならびに、ポリヌクレオチド切断モジュールとして制限酵素のヌクレオチド切断モジュール、遺伝子発現調節モジュールとして、転写因子の転写活性化モジュールおよび転写抑制モジュール、エピゲノム修飾モジュールとして、DNAメチル化酵素のメチル化モジュールおよびヒストンアセチル化酵素のアセチル化モジュールなどが挙げられる。蛍光タンパク質としては、例えば、GFPが挙げられる。例えば、上記標的認識モジュールとポリヌクレオチド切断モジュールとを含む融合タンパク質は、gRNAと共に細胞中に導入することにより、本発明の標的配列改変方法と同様に、標的配列を改変することができる。例えば、上記標的認識モジュールと、遺伝子発現調節モジュールまたはエピゲノム修飾モジュールとを融合タンパク質は、gRNAと共に細胞中に導入することにより、標的配列を修飾し、標的遺伝子の発現を調節することができる。例えば、上記標的認識モジュールと蛍光タンパク質とを融合タンパク質は、gRNAと共に細胞中に導入することにより、標的配列近傍を蛍光標識化することができる。
【0058】
以下に、本発明の実施例を示した。ただし、本発明はこれらの実施例に限定されない。
【実施例】
【0059】
実施の一形態として、Microcystis aeruginosa由来のCRISPRタイプI-D(以下、「TiD」ともいう)遺伝子座由来の遺伝子群(Cas3d、Cas5d、Cas6d、Cas7d、Cas10d)を、クローン化して用いた。実施例中のDNA配列の加工および構築操作には、人工遺伝子化学合成、PCR法、制限酵素処理、ライゲーション、Gibson Assembly法のいずれかを用いた。また、塩基配列の決定にはサンガー法あるいは次世代シーケンス法を用いた。
【0060】
実施例1.大腸菌におけるゲノム編集
本実施例では、代表的な細菌のモデル生物である大腸菌において本発明の技術が有効に機能することを実証した。
【0061】
(1)TiD遺伝子発現プラスミドの構築
Microcystis aeruginosa(以下、「M. aeruginosa」ともいう)のCRISPRタイプI-D遺伝子座(以下、「TiD遺伝子座」ともいう)由来の遺伝子群をクローン化した。TiD遺伝子座からM. aeruginosa由来のCas5d、Cas6d、Cas7d、Cas3d、およびCas10dのアミノ酸配列情報を基に、各Casタンパク質をコードする大腸菌コドン型の配列(配列番号7~11)を人工化学合成した。各遺伝子の上流にJ23108合成プロモーター(配列番号12)、あるいは合成リボゾーム結合配列(配列番号13)を、各遺伝子の下流にターミネーター配列(配列番号14~17)を付与したDNA断片をプラスミドベクターpACYC184(Nippon gene社製)に連結し、pEcTiD1を構築した。さらにM. aeruginosa由来のCRISPRタイプI-D遺伝子座の近傍に存在するCRISPRリピート配列(crRNA、配列番号18)を抽出し、T7プロモーター(配列番号19)の制御下にcrRNA発現カセット(配列番号20)を合成した。crRNA発現カセットには本実施例の標的配列となる大腸菌ccdB遺伝子のプロモーター領域配列を含んでいる。crRNA発現カセット配列をpEcTiD1に組込み、pEcTiD2(
図2a)を構築した。また、DNA二重鎖切断を伴わないゲノム編集を行うTiD発現プラスミドベクターとして、Cas5d、Cas6dおよびCas7d遺伝子発現カセットを含むpEcTiD3の構築を行った(
図2b)。本実施例で使用したプロモーター、ターミネーター、CRISPRリピート配列、およびcrRNA発現カセット配列を表2に示す。
【0062】
【0063】
(2)プロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)ライブラリーの構築
本実施例においては、標的DNAとして大腸菌ccdB遺伝子の上流にT7プロモーター配列を連結した合成ccdB遺伝子カセット(配列番号21)(表3)を利用し、ccdB遺伝子上流のT7プロモーター領域を含む35塩基をTiDの標的配列とした。合成ccdB遺伝子カセットをプラスミドベクターpMW219(Nippon gene社製)のマルチクローニングサイトに連結し、pMW_ccdB1を構築した(
図3a)。
【0064】
CRISPRシステムは、標的配列近傍に位置するプロトスペーサー隣接モチーフ(PAM)配列を認識し、標的配列とgRNAを介して結合する。しかし、本実施例に用いたM. aeruginosa TiDのPAM配列は不明であったため、まず、M. aeruginosa TiDのPAM配列の決定を行うためのPAM配列ライブラリープラスミドの構築を行った。pMW_ccdB1のT7プロモーター上流にランダムな4塩基の配列を人工化学DNA合成およびPCR法を用いて導入した(
図3b)。構築したpMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドはCcdB耐性を保持する大腸菌ccdB耐性細胞株(Thermo Fisher Scientific社製)に導入した後、大量プラスミド調製を行った。
【0065】
【0066】
(3)M. aeruginosa TiDシステムにおけるPAM配列の決定
pMW_ccdB-PAMライブラリープラスミド上のT7プロモーター領域と相補的な35塩基配列を組込んだpEcTiD3-T7を用いて、TiDにおけるPAM配列決定を行った。pEcTiD3-T7を大腸菌BL21AI株(Thermo Fisher Scientific社製)に導入し、ccdB遺伝子ゲノム編集用大腸菌ホスト株とした。BL21AI[pEcTiD3-T7]株は、標的配列認識に必要なCas5d、Cas6dおよびCas7dタンパク質を産生する。Cas5d/Cas6d/Cas7d-crRNA複合体は、適切なPAM配列に隣接する標的配列を認識し、標的配列の切断は行わないが、標的配列に結合することにより標的配列としたT7プロモーターの機能を阻害する。
【0067】
BL21AI株に導入したpMW-ccdB-PAMのccdB発現はアラビノース添加培地において誘導され、CcdB耐性を持たないBL21AI株は死滅する。あらかじめTiD発現プラスミドを導入したBL21AI株にpMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドを導入すると、TiDが認識する適切なPAM配列を持つpMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドのT7プロモーター上に、pEcTiD3プラスミドから発現するCas5d/Cas6d/Cas7-crRNAが結合することで、CcdBタンパク質産生が阻害されるため、大腸菌細胞は生育することが可能となる。生育してきた大腸菌コロニーからpMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドを調製し、PAM配列をシーケンス解析することによってM. aeruginosa TiDのPAM配列が決定される。
【0068】
大量プラスミド調製を行ったpMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドを、ケミカルコンピテントセル法によりBL21AI[pEcTiD3-T7]株へ導入した。pMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドおよびpEcTiD3-T7を保持するBL21AI細胞は、25mg/Lクロラムフェニコール、25mg/Lカナマイシンおよび1%グルコースを含むLB寒天培地上で選抜した。得られた大腸菌コロニーのうち約1x107コロニーを回収し、抗生物質およびグルコースを含まないLB液体培地で数回洗浄を行った後、1%アラビノースを含むLB液体培地に1x106/mLとなるように再懸濁した。懸濁菌液は37℃、2時間浸透培養し、アラビノースによるT7プロモーターの発現制御下にあるcrRNAおよびccdBの発現誘導を行った後、200μLの菌体液を25mg/Lクロラムフェニコール、25mg/Lカナマイシンおよび1%アラビノースを含むLB寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養して得られた菌体コロニーを回収した。回収された約500株のコロニーからプラスミドを調製し、PAM配列近傍のシーケンス解析を行った。TiD発現プラスミドの存在下でレスキューされたpMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドのPAM配列は、5’-NGTH-3’(N=A、C、GまたはT;H=A、CまたはT)の配列を含み、使用頻度はNGTAが28%、NGTCが33%、NGTTが38%であった。したがって、TiDが利用するPAM配列は、5’-GTH-3’(H=A、CまたはT)であることが分かった。
【0069】
(4)大腸菌におけるゲノム編集
pEcTiD3-T7とpMW_ccdB-PAMライブラリープラスミドを用いて決定した3種のPAM配列を含むpMW_ccdB-PAMgta、pMW_ccdB-PAMgtcおよびpMW_ccdB-PAMgttを構築し、それぞれpEcTiD2-T7とともにBL21AI株に導入した。pMW_ccdB-PAMgta/pEcTiD2-T7、pMW_ccdB-PAMgtc/pEcTiD2-T7およびpMW_ccdB-PAMgtt/pEcTiD2-T7を保持するBL21AI株を25mg/Lクロラムフェニコール、25mg/Lカナマイシンおよび1%グルコースを含むLB寒天培地上で選抜し、それぞれの菌株に導入したプラスミドが含まれることをシーケンス解析により確認した。次いで、正しいプラスミドを保持するBL21AI株を25mg/Lクロラムフェニコール、25mg/Lカナマイシンおよび1%アラビノースを含むLB寒天培地に塗布し、37℃で一晩培養したところ、すべての菌株において生育が認められず、Cas3およびCas10dの存在下によるプラスミドDNAの二重鎖切断によるものと考えられた。
【0070】
実施例2.高等植物におけるゲノム編集
本実施例では、高等真核生物のゲノム編集の実施例の一形態として、Nicotiana benthamianaおよびSolanum lycopersicumにおいて本発明の技術が有効に機能することを実証した。
【0071】
(1)高等植物細胞におけるTiD遺伝子発現バイナリーベクターの構築
M. aeruginosa由来のTiD遺伝子座からCas5d、Cas6d、Cas7d、Cas3d、およびCas10dのアミノ酸配列情報を基に、シロイヌナズナおよびタバコにおけるコドン頻度を参照し、各Casタンパク質をコードする双子葉植物コドン型の配列を人工化学合成した。各遺伝子の5’側上流には、タンデムに並べられた2つの核移行シグナルを含む核移行シグナル配列(配列番号22、配列番号23)を付与し、さらに各遺伝子間を自己開裂ペプチド2A配列(配列番号24~28)によりつなげたDNA断片を作製した。2Aペプチド配列により連結した5つのTiD遺伝子断片の5’側上流に、カリフラワーモザイクウイルス35S遺伝子プロモーターをタンデムに2つ並べ、さらに翻訳エンハンサーΩ配列を付加したプロモーター配列(2x35Sプロモーター;配列番号29)を、また3’側下流にシロイヌナズナ熱ショックタンパク質18.2kDa遺伝子ターミネーター配列(配列番号30)を連結したTiD遺伝子発現カセットを作製した。TiD遺伝子発現カセットをバイナリープラスミドベクターpCAMBIA2300にクローン化し、pEgPTiD1を構築した(
図4a)。植物用crRNA発現カセットには、2つのcrRNA配列の間に、任意の35塩基配列を連結出来るように2ヶ所の制限酵素BsaIサイトを含むスペーサー配列を配置したDNAを人工化学合成した(配列番号31)。発現制御配列として5’側上流にシロイヌナズナU6 snRNA-26遺伝子のプロモーター配列(配列番号32)を、また3’側下流にポリT配列を付加した植物用crRNA発現カセットを構築した(
図4b)。植物用crRNA発現カセットをpEgPTiD1のRB配列と2x35Sプロモーターの間に連結し、pEgPTiD2を構築し、植物ゲノム編集用のTiD遺伝子発現バイナリープラスミドベクターとした(
図4c)。pEgPTiD1およびpEgPTiD2中における、核移行シグナルが付加された各Casタンパク質をコードする双子葉植物コドン型の配列を配列番号33~37に示す。本実施例で使用した核移行シグナル配列、自己開裂ペプチド2A配列、プロモーター、ターミネーター、およびcrRNA発現カセット配列を表4に示す。
【0072】
【0073】
(2)Nicotiana benthamianaにおけるゲノム編集
タバコにおける実施例においては、標的配列および該配列に導入する変異として、フィトエン不飽和化酵素(PDS)遺伝子を選んだ(
図5-1のa)。タバコPDS遺伝子中の第3エクソンから標的配列1(Target 1、配列番号38)を選び、人工化学合成により植物用crRNA発現カセットに組込んだ、pEgPTiD2-pds(1)を構築した。同様に、第6エクソンから標的配列2(Target 2、配列番号39)を選び、人工化学合成により植物用crRNA発現カセットに組込んだ、pEgPTiD2-pds(2)を構築した。構築したバイナリーベクターは、それぞれAgrobacterium tumefaciens GV2260株に導入した。タバコPDSを標的とするTiD発現ベクターのタバコ細胞への導入は、アグロインフィルトレーション法により行った。pEgPTiD2-pds(1)あるいはpEgPTiD2-pds(2)を保持するアグロバクテリウム菌株とGFP発現バイナリーベクターを保持するアグロバクテリウム菌株をそれぞれ培養し、ベンサミアナタバコ本葉に共感染を行った(
図5-1のb)。共感染後、3日経過後の葉片においてGFP蛍光を発する領域から調製したゲノムDNAを鋳型とし、標的配列を含む300~500bpのPDS遺伝子断片をPCR増幅した。増幅したPCR断片を用いてCel-1アッセイを行い、PDS遺伝子上に導入された変異の有無を解析した。コントロールとしてGFP発現バイナリーベクターのみを導入したタバコ葉片を用いた。GFP発現ベクターのみを導入した場合には、PDS遺伝子上に変異は認められなかったが、pEgPTiD2-pdsおよびGFP発現ベクターを同時に導入した場合には、それぞれのPDS遺伝子の標的配列上に変異導入が認められた(
図5-2のc)。標的配列1および2を表5に示す。
【0074】
【0075】
(3)Solanum lycopersicumにおけるゲノム編集
トマトにおける実施例においては、標的配列および該配列に導入する変異として、Aux/IAA転写因子 IAA9遺伝子を選んだ(
図6a)。トマトIAA9遺伝子中の第2エクソンから標的配列1(配列番号40)(表6)を選び、人工化学合成により植物用crRNA発現カセットに組込んだ、pEgPTiD2-iaa9を構築した。構築したバイナリーベクターは、Agrobacterium tumefaciens GV2260株に導入した。トマトIAA9遺伝子を標的とするTiD発現ベクターのトマト細胞への導入は、トマト子葉由来のリーフディスクをもちいたアグロバクテリウム法により行った。アグロバクテリウムと共存培養したリーフディスクを100mg/L カナマイシンおよび1.5mg/L t-ゼアチンを含むMS固化培地上で培養することにより、pEgPTiD2-iaa9上のT-DNA領域の遺伝子導入が生じたカルスを得た(
図6b)。IAA9の標的配列には制限酵素AccIの認識配列が存在し、TiDによるゲノム編集の結果、変異が導入されればAccI認識部位が消失する。これを利用しAccIを用いたPCR-制限酵素長多型(RFLP)解析により、IAA9の標的配列に生じた変異解析を行った。得られた形質転換カルスから調製したゲノムDNAを鋳型とし、IAA9の標的配列を含む約300b領域をPCRにより増幅した。PCR断片をAccIにより制限酵素切断を行ったところ、pEgPTiD2-iaa9を導入したカルス培養物由来PCR断片中には、IAA9標的配列に変異導入が起きた結果、AccIにより切断を受けない配列が含まれていることがわかった(
図6c)。pEgPTiD2-iaa9導入を行ったカルス由来のPCR断片の塩基配列を決定したところ、IAA9の標的配列上のPAM配列の直後に1bから4bまでの塩基欠失型あるいは塩基挿入型の変異が導入されていることが明らかとなった(
図7)。
【0076】
pEgPTiD2-iaa9導入を行ったカルスを、さらに100mg/L カナマイシンおよび1.0mg/L t-ゼアチンを含むMS固化培地上で培養を続け、形質転換再分化シュートを得た。得られた再分化シュートから調製したゲノムDNAを鋳型とし、AccIによるPCR-RFLP解析を行ったところ、
図8aに示すように、AccIによる切断を受けないPCR断片、すなわちIAA9標的配列に変異がほぼ100%導入された形質転換再分化シュートが得られた。再生させた14個体の形質転換再生シュート中、13個体において
図8aに示すとおりとなり、これらから再生した植物個体では、IAA9遺伝子の欠損による表現型の一つである、トマト本葉が単葉形状を示した。以上の通り、TiDを用いたゲノム編集により、高効率に変異導入が可能であることが示された。
【0077】
【0078】
実施例3.高等動物におけるゲノム編集
本実施例では、高等動物におけるゲノム編集の実施例の一形態として、ヒト胚性腎細胞由来細胞株HEK293細胞において本発明の技術が有効に機能することを実証した。
【0079】
(1)高等動物細胞におけるTiD遺伝子発現ベクターの構築
M. aeruginosa由来のTiD遺伝子座からCas5d、Cas6d、Cas7d、Cas3d、およびCas10dのアミノ酸配列情報を基に、各Casタンパク質をコードする遺伝子配列を人工化学合成した。各遺伝子の5’側上流には、タンデムに並べられた2つの核移行シグナルを含む核移行シグナル配列(配列番号22、配列番号23)を付与し、さらに各遺伝子間を自己開裂ペプチド2A配列(配列番号24~28)によりつなげたDNA断片を作製した。2Aペプチド配列により連結した5つのTiD遺伝子断片の5’側上流に、サイトメガロウィルスエンハンサー+トリβ-アクチン遺伝子プロモーターハイブリッド配列(CBhプロモーター;配列番号41)を、また3’側下流にウシ由来成長ホルモン遺伝子ターミネーター配列(bGHターミネーター配列番号42)を連結したTiD遺伝子発現カセットを作製し、pCR8TOPOベクター(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)に連結したpCR_hTiDを構築した。crRNA発現カセットとして、2つのcrRNA配列の間に、任意の35塩基配列を連結出来るように2ヶ所の制限酵素BsaIサイトを含むスペーサー配列を配置したDNA(配列番号31)を人工化学合成した。発現制御配列として5’側上流にヒトU6 snRNA遺伝子のプロモーター配列(配列番号43)を、また3’側下流にポリT配列を付加し、pCR8TOPOベクター(サーモフィッシャーサイエンティフィック社製)に連結したpCR_crRNAを構築した。pCR_hTiD中における核移行シグナルが付加された各Casタンパク質をコードする配列を配列番号33~37に示す。CBhプロモーター、bGHターミネーター、およびヒトU6 snRNA遺伝子プロモーター配列を表7に示す。
【0080】
【0081】
(2)動物培養細胞におけるゲノム編集
動物培養細胞における実施例として、細胞株にヒト胚性腎細胞由来細胞株(HEK293細胞株)を用い、標的配列および該配列に導入する変異として、EMX1遺伝子を選んだ。EMX1遺伝子中の標的配列としてターゲット1(配列番号44)およびターゲット2(配列番号45)を選び、人工化学合成により、上記(1)で作製したヒト培養細胞用crRNA発現カセットに組込んだ、ターゲット1を含むpUC_crRNA-T1およびターゲット2を含むpUC_crRNA-T2を構築した。構築したプラスミドベクターはそれぞれ大腸菌HST08株(タカラバイオ社製)において増幅しPureYield(登録商標)Plasmid Miniprep System(プロメガ社製)を用いて精製を行った。精製したプラスミドのうち、pCR_hTiDおよびpUC_crRNA-T1の混合物あるいは、pCR_hTiDおよびpUC_crRNA-T2の混合物をそれぞれHEK293細胞株にトランスフェクションし、導入した。プラスミドベクター導入3日目における細胞株を回収し、Blood&Cell Culture DNA Mini Kit(キアゲン社製)を用いてゲノムDNAを調製した。調製したゲノムDNAを鋳型として、ターゲット1およびターゲット2を含むゲノム配列領域をPCRにより増幅し、自動電気泳動装置MultiNA(島津製作所製)を用いたヘテロ二本鎖移動度分析により変異解析を行った。また、増幅したPCR断片をpNEB193ベクター(New England Biolab社製)にクローン化し、シーケンス解析により変異配列を同定した。体細胞変異効率は、それぞれ変異配列が確認されたクローン数/解析クローン総数により算出した。コントロールとして、プラスミド未導入、あるいはpCR_hTiD、pUC_crRNA-T1またはpUC_crRNA-T2を単独で導入した細胞株を用いて、同様に変異解析を行った。
図9にHEK293細胞株を用いたゲノム編集の実験スキームを示す。
【0082】
図10および
図11に、pCR_hTiDおよびpUC_crRNA-T1の混合物またはpCR_hTiDおよびpUC_crRNA-T2の混合物をトランスフェクションしたHEK293細胞株、またはプラスミドを導入しなかったHEK293細胞株(コントロール)の結果を示す。
図10および
図11に示すとおり、pCR_hTiDおよびpUC_crRNA-T1の混合物あるいは、pCR_hTiDおよびpUC_crRNA-T2の混合物をトランスフェクションしたHEK293細胞株では、標的配列上に変異が導入されたと考えられるピークが検出された。一方、コントロールのプラスミド未導入細胞株では、変異導入と考えられるピークは検出されなかった。また、pCR_hTiD、pUC_crRNA-T1あるいはpUC_crRNA-T2をそれぞれ単独でトランスフェクションした細胞から得たDNAでも、プラスミド未導入細胞株を用いた場合と同様に、変異導入と考えられるピークは得られなかった。
【0083】
また、変異導入と考えられるピークがヘテロ二本鎖移動度分析により検出された配列サンプルをプラスミドベクターにクローン化し、シーケンス解析した結果、
図12および
図13に示すとおり、ターゲット1およびターゲット2上に欠失あるいは挿入型の変異が導入されていることが明らかとなった。
【0084】
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明によれば、従来のCRISPRタイプIIあるいはタイプV由来RNA誘導性エンドヌクレアーゼを用いるゲノム編集技術では標的とすることができなかった遺伝子配列を標的とすることが可能となった。すなわち本発明により、従来技術ではターゲティング不可能な遺伝子領域上での変異アレルの作製、転写活性化および不活性化による遺伝子発現制御、DNA修飾/ヒストン修飾タンパク質ドメインのターゲティングによるエピゲノム改変を実現することが可能となった。
【配列表フリーテキスト】
【0086】
SEQ ID NO:1 ; Microcystis aeruginosa Cas5d amino acid sequence
SEQ ID NO:2 ; Microcystis aeruginosa Cas6d amino acid sequence
SEQ ID NO:3 ; Microcystis aeruginosa Cas7d amino acid sequence
SEQ ID NO:4 ; Microcystis aeruginosa Cas3d amino acid sequence
SEQ ID NO:5 ; Microcystis aeruginosa Cas10d amino acid sequence
SEQ ID NO:6 ; TiDcrRNA containing direct repeat (37b) and spacer (35b of N). N is any nucleotide constituting a complementary sequence to a target nucleotide sequence.
SEQ ID NO:7 ; Cas5d nucleotide sequence for expression in Escherichia coli
SEQ ID NO:8 ; Cas6d nucleotide sequence for expression in Escherichia coli
SEQ ID NO:9 ; Cas7d nucleotide sequence for expression in Escherichia coli
SEQ ID NO:10 ; Cas3d nucleotide sequence for expression in Escherichia coli
SEQ ID NO:11 ; Cas10d nucleotide sequence for expression in Escherichia coli
SEQ ID NO:12 ; J23108 synthesis promoter
SEQ ID NO:13 ; Ribosomal binding sequence
SEQ ID NO:14 ; Terminator sequence STOP767
SEQ ID NO:15 ; Terminator sequence STOP768(1)
SEQ ID NO:16 ; Terminator sequence TOP768(2)
SEQ ID NO:17 ; T7 terminator sequence
SEQ ID NO:18 ; CRISPR repeat sequence
SEQ ID NO:19 ; T7 promoter sequence
SEQ ID NO:20 ; crRNA expression cassette
SEQ ID NO:21 ; Synthesis cccdB gene expression cassette
SEQ ID NO:22 ; Nuclear localizing signal (NLS) amino acid sequence
SEQ ID NO:23 ; NLS nucleotide sequence
SEQ ID NO:24 ; Self-cleaving peptide 2A amino acid sequence
SEQ ID NO:25 ; Self-cleaving peptide 2A(1) coding sequence
SEQ ID NO:26 ; Self-cleaving peptide 2A(2) coding sequence
SEQ ID NO:27 ; Self-cleaving peptide 2A(3) coding sequence
SEQ ID NO:28 ; Self-cleaving peptide 2A(4) coding sequence
SEQ ID NO:29 ; 2 x cauliflower mosaic virus 35S gene promoter + omega sequence
SEQ ID NO:30 ; Arabidopsis shock protein 18.2kDa gene terminator
SEQ ID NO:31 ; crRNA expression cassette
SEQ ID NO:32 ; Arabidopsis U6 snRNA-26 gene promoter sequence
SEQ ID NO:33 ; 2xNLS + Cas5d
SEQ ID NO:34 ; 2xNLS + Cas6d
SEQ ID NO:35 ; 2xNLS + Cas7d
SEQ ID NO:36 ; 2xNLS + Cas3d
SEQ ID NO:37 ; 2xNLS + Cas10d
SEQ ID NO:38 ; Target sequence 1 on tobacco PDS gene
SEQ ID NO:39 ; Target sequence 2 on tobacco PDS gene
SEQ ID NO:40 ; Target sequence on tomato IAA9 gene
SEQ ID NO:41 ; Cytomegalovirus enhancer + universal chicken beta-actin gene hybrid promoter
SEQ ID NO:42 ; Bovine-derived growth hormone gene terminator sequence
SEQ ID NO:43 ; Human U6 snRNA gene promoter
SEQ ID NO:44 ; Target 1 sequence on human EMX1 gene
SEQ ID NO:45 ; Target 2 sequence on human EMX1 gene
【配列表】