(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-06
(45)【発行日】2022-04-14
(54)【発明の名称】セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08B 15/08 20060101AFI20220407BHJP
C08H 8/00 20100101ALI20220407BHJP
【FI】
C08B15/08
C08H8/00
(21)【出願番号】P 2017200594
(22)【出願日】2017-10-16
【審査請求日】2020-09-23
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーションプログラム「革新材料による次世代インフラシステムの構築」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願、並びに、平成24年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(先端的低炭素化技術開発)「リグノセルロースのイオン液体による前処理とリグニンの低分子化反応」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504160781
【氏名又は名称】国立大学法人金沢大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】特許業務法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 栞
(72)【発明者】
【氏名】高橋 憲司
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/068053(WO,A1)
【文献】特開平10-045803(JP,A)
【文献】ZASADOWSKI D et al.,Carbohydrate Polymers,2014年,113,411-419
【文献】DOMINGUEZ-ROBLES J et al.,International Journal of Biological Macromolecules,2018年,106,979-987,Available online:2017.8.20
【文献】FROSCHAUER C et al,Biomacromolecules,2013年,14,1741-1750
【文献】青柳充 他,高分子論文集,2013年,vol.70,No.12,722-730
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08B
C08H
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースをリグノセルロースとして含むバイオマス原料から、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体を分離した状態で製造する方法であって、
前記原料と、水酸基を有さない
イミダゾリウムカチオン及びカルボン酸アニオンからなるイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物とを含む混合物中で反応を行い、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体を生成する工程と、
得られたセルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体を含む液に、アセトン、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトニトリル、ジエチルエーテル及びテトラヒドロフランからなる群から選択される非プロトン性溶媒を加え、セルロース誘導体及びリグニン誘導体を溶解させつつ不溶化したヘミセルロース誘導体を分離する工程と、
前記ヘミセルロース誘導体を分離した後の非プロトン性溶媒相に、アルコールからなるプロトン性溶媒を加え、リグニン誘導体を溶解させつつ不溶化したセルロース誘導体を分離する工程と、
得られたリグニン誘導体を含むプロトン性溶媒相に、水を加え、不溶化したリグニン誘導体を分離する工程と、
を含む前記製造方法。
【請求項2】
前記非プロトン性溶媒が、アセトンである請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記プロトン性溶媒が、メタノールである請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記混合物中に、前記イオン液体が有機溶媒との共溶媒系として含まれる請求項1~
3のいずれか一項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記バイオマス原料がバガス又はユーカリであり、前記混合物中での反応を、10℃以上50℃以下の条件下で行う請求項1~
4のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、世界的な石油資源の枯渇及びそれに伴う価格の高騰により、石油を原料とする種々の化学製品の安定的供給に困難が生じ始めている。1980年代にはナフサの国際価格が1バレル当たり20ドル近辺であったのに対し、2010年代には1バレル当たり100ドルに迫っている。この結果、石油を原料とするプラスチック類の価格上昇及び採算性悪化が現実に起き始めている。とりわけ、安定的に供給可能な天然資源を有していない我が国においては、石油価格の高騰による影響は甚大であり、化学産業の構造的変換を指向した研究の提案が急務となっている。このような背景から、木材等のバイオマスの有効利用に大きな期待が寄せられている。
【0003】
木材等のバイオマスに含まれるリグノセルロースは、ヘミセルロース、セルロース及び多環芳香族であるリグニンにより構成される高分子複合材料であり、それら3成分は強固な水素結合等により互いに結びつき、美しく精密化された強靭な構造を有している。そのため、リグノセルロースは通常の有機溶媒等に不溶であり、それら3成分を分離して、工業材料として用いることは極めて困難であった。現在、これら3成分を分離して、全てを材料として利用している工業化プロセスの例は知られていない。
【0004】
通常、リグノセルロース(バイオマス)の有効利用を行う際には、多糖類(セルロース及びヘミセルロース)もしくはリグニンのどちらか一方を選択的に分解し、バイオマス中の一方の成分を高分子化合物として、そして他方の成分を低分子化合物として回収を行っている。そして、回収された化合物は、有機化学的もしくは生化学的な変換により有用な化学物質へと変換されている。例えば、バイオマスを原料として酢酸セルロースを製造する場合、木材チップを原料として、蒸解工程、精選・洗浄工程、酵素脱リグニン工程、漂白工程等を経て高純度の木材パルプ・コットンリンター(セルロースが主成分)を製造し、その木材パルプ・コットンリンターを前処理によって活性化し、酢化工程でセルロースに無水酢酸、酢酸及び触媒として硫酸を加えてエステル化反応を行い、熟成工程を経て所望の酢化度を有する酢酸セルロースを製造している。しかしながら、上記の生産過程は経済的かつ熱的に不利であり、したがって既存の石油化学を代替するまでには至っていない。また、木材パルプを製造する際に、セルロースの重合度が低下してしまい、それから得られる酢酸セルロースについても、重合度が低いため機械的特性が低下し、繊維やフィルム等へ成形加工した場合に取り扱いにくく、また成形加工時の熱分解等により、成形加工品の色調が黄色味を帯びるという問題点もあった。
【0005】
また、リグニンは、芳香族化合物からなる高分子化合物であり、多糖類(セルロース及びヘミセルロース)とともに、植物の細胞壁を構成する主要成分である。紙パルプ製造プロセス又はバイオエタノール製造プロセスの副生成物として得られるが、主に燃料として利用されているのみであり、その工業的利用は進んでいないのが現状である。
【0006】
近年、バイオマスの処理に当たり、イオン液体の利用が提案されている。しかしながら、報告されている多くの先行研究では、イオン液体をバイオマスの前処理工程に用い、バイオマスの構造を部分的に緩和する目的で用いられている。そのため、続く酵素糖化反応による多糖成分の分解等の分解反応が必須となっており、既存技術と比較した場合には、経済的に不利である現状が続いている。バイオマスから直接的に多糖エステル等の多糖類誘導体及びリグニンエステル等のリグニン誘導体を容易に合成・分離する技術は、熱力学的及び経済的に有利と考えられるが、その実現は困難であった。
【0007】
一方、イオン液体を利用して、セルロースを誘導体化する技術がいくつか知られている。(特許文献1)には、セルロースを酢酸により膨潤させ、無水酢酸及び硫酸を加えて反応させてセルロースアセテート(セルロース誘導体)とした後、このセルロース誘導体と、1-ブチル-3-メチルイミダゾリウムクロライド等のイオン液体と、カルボン酸無水物、カルボン酸ハロゲン化物及びカルボン酸からなる群から選択されるエステル化剤とを含む混合物中でセルロース誘導体をエステル化し、セルロース誘導体のエステル化物を製造する方法が開示されている。
【0008】
上記(特許文献1)の技術は、触媒として硫酸を用いているため、廃棄物処理の点で課題を有し、また強酸の使用により分子量が低下する問題もあった。さらに、(特許文献1)ではエステル化剤としてカルボン酸無水物等を使用しており、カルボン酸無水物は腐食性を有するためプロセス的に不利であった。
【0009】
これに対し、本発明者らは、多糖類を含む原料と、アニオンの共役酸のDMSO中におけるpKaが12~19でありカルベンを生成可能なイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物又はエポキシ化合物とを含む混合物中で反応を行う方法を見出し、特許出願を行った(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2012/133003号
【文献】国際公開第2016/068053号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上記(特許文献2)では、リグノセルロースを含むバイオマスを原料として、硫酸等の触媒を別途用いることなく、高い重合度を維持したまま多糖類誘導体及びリグニン誘導体を直接的に得ることができ、製造コストを大幅に抑えることができる。しかし、(特許文献2)の技術では、多糖類誘導体は、セルロース誘導体とヘミセルロース誘導体の混合物として得られ、これらを分離した状態で得ることはできなかった。
【0012】
そこで本発明は、上記従来の状況に鑑み、リグノセルロースを含むバイオマスを原料として、硫酸等の触媒を別途使用することなく、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体の全成分を互いに分離した状態で製造することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するため、本発明者らが鋭意研究を行った結果、特定のイオン液体が、リグノセルロースを含むバイオマスを良好に溶解し、また同時に、セルロース、ヘミセルロース及びリグニンを誘導体化する際の触媒としても機能し得ること、さらに、生成したセルロース誘導体及びヘミセルロース誘導体が、その分子構造に起因する反応性の違いによって、特定の有機溶媒に対する溶解性が異なることを見出し、発明を完成した。すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
【0014】
(1)セルロースをリグノセルロースとして含むバイオマス原料から、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体を分離した状態で製造する方法であって、
前記原料と、水酸基を有さないカチオン及びカルボン酸アニオンからなるイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物とを含む混合物中で反応を行い、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体を生成する工程と、
得られたセルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体を含む液に、アセトン、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトニトリル、ジエチルエーテル及びテトラヒドロフランからなる群から選択される非プロトン性溶媒を加え、セルロース誘導体及びリグニン誘導体を溶解させつつ不溶化したヘミセルロース誘導体を分離する工程と、
前記ヘミセルロース誘導体を分離した後の非プロトン性溶媒相に、アルコールからなるプロトン性溶媒を加え、リグニン誘導体を溶解させつつ不溶化したセルロース誘導体を分離する工程と、
得られたリグニン誘導体を含むプロトン性溶媒相に、水を加え、不溶化したリグニン誘導体を分離する工程と、
を含む前記製造方法。
(2)前記非プロトン性溶媒が、アセトンである前記(1)に記載の製造方法。
(3)前記プロトン性溶媒が、メタノールである前記(1)又は(2)に記載の製造方法。
(4)前記イオン液体のカチオンが、イミダゾリウムカチオンである前記(1)~(3)のいずれか一つに記載の製造方法。
(5)前記混合物中に、前記イオン液体が有機溶媒との共溶媒系として含まれる前記(1)~(4)のいずれか一つに記載の製造方法。
(6)前記バイオマス原料がバガス又はユーカリであり、前記混合物中での反応を、10℃以上50℃以下の条件下で行う前記(1)~(5)のいずれか一つに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、触媒を別途用いることなく、リグノセルロースを含むバイオマスを原料として、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体の3成分を分離した状態で効率的に得ることができる。これにより、各誘導体を材料として有効利用するためのプロセスが格段に容易になる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例1で得られた物質AのFT-IRスペクトルを示す図である。
【
図2】実施例1で得られた物質BのFT-IRスペクトルを示す図である。
【
図3】実施例1で得られた物質CのFT-IRスペクトルを示す図である。
【
図4】実施例1で得られた物質Bの
1H NMRスペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の製造方法は、まず、セルロースをリグノセルロースとして含むバイオマス原料と、水酸基を有さないカチオン及びカルボン酸アニオンからなるイオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物とを含む混合物中で反応を行い、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体を生成する。
【0018】
セルロースをリグノセルロースとして含むバイオマス原料としては、セルロース、ヘミセルロース及びリグニンを複合的に含む材料であれば適用可能であり、草木系、あるいはスギ等の針葉樹又は広葉樹のチップ、間伐材、建築廃材、キノコ廃菌床等あらゆる木質系材料を利用することができる。特に、バイオマス原料中のヘミセルロースの主成分が、グルクロノキシランである被子植物の材料が好適に用いられる。具体例としては、バガス(サトウキビ残渣)、ケナフ、タケ、ユーカリ等の木材、ギンナン等、あるいはこれらの2種以上の混合物等の中から適宜選択して用いることができる。好ましくはバガス又はユーカリである。なお、バイオマス原料は、本発明の反応に先立って裁断、乾燥等、必要に応じて種々の前処理を施すことができる。
【0019】
本発明において用いるイオン液体は、水酸基を有さないカチオン及びカルボン酸アニオン(RCOO
-:Rは炭素数1~3個の直鎖状又は分岐状のアルキル基である)から構成される。このようなイオン液体は、本発明におけるセルロース、ヘミセルロース及びリグニンの誘導体化反応において、強力な有機分子触媒として機能する。なお、下記のコリン酢酸のように、カチオンが水酸基を有すると、イオン液体自身が反応基質となり目的のセルロース誘導体等が得られないため不適である。
【化1】
【0020】
特に、イオン液体のカチオンとして、下記式(1)に示すカチオンを有するイミダゾリウム塩(イミダゾリウム系イオン液体)が好適であるが、これに限定されるものではない。
【化2】
(式中、R
1及びR
2は、それぞれ独立して、アルキル基、アルケニル基、アルコキシアルキル基又は置換もしくは非置換のフェニル基であり、R
3~R
5は、それぞれ独立して、水素、アルケニル基、アルコキシアルキル基又は置換もしくは非置換のフェニル基である)
【0021】
上記アルキル基としては、例えば、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、ヘキシル基、オクチル基等の1~20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルキル基が挙げられる。これらのアルキル基の末端には、スルホ基が結合していても良い。また、アルケニル基としては、ビニル基、1-プロペニル基、2-プロペニル基、1-ブテニル基、2-ブテニル基、1-ペンテニル基、2-ペンテニル基、1-ヘキセニル基、2-ヘキセニル基、1-オクテニル基等の1~20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルケニル基が挙げられる。また、アルコキシアルキル基としては、メトキシメチル基、エトキシメチル基、1-メトキシエチル基、2-メトキシエチル基、1-エトキシエチル基、2-エトキシエチル基等の2~20個の炭素原子を有する直鎖状又は分岐状のアルコキシアルキル基が挙げられる。さらに、置換もしくは非置換のフェニル基としては、水酸基、ハロゲン原子、低級アルコキシ基、低級アルケニル基、メチルスルホニルオキシ基、置換もしくは非置換の低級アルキル基、置換もしくは非置換のアミノ基、置換もしくは非置換のフェニル基、置換もしくは非置換のフェノキシ基及び置換もしくは非置換のピリジル基から選択される1~2個の基で置換されても良いフェニル基が挙げられる。
【0022】
本発明に好適に用いられるイオン液体の例として以下の化合物を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【化3】
【0023】
上記イオン液体は、バイオマス原料の溶媒となり、同時に、イミダゾリウムカチオンから生成するカルベンやカルボン酸アニオンが触媒として機能することによってセルロース、ヘミセルロース及びリグニンのそれぞれの誘導体化が進行する。具体例として、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc)のイオン液体中における、セルロースと酢酸イソプロペニルとの反応式を以下に示す。上述のように、イオン液体が触媒として働き、エステル交換反応によりセルロースアセテートが生成する。
【化4】
【0024】
また、EmimAcのイオン液体中における、リグニン(式中では、「リグニン-OH」と表記する)と酢酸イソプロペニルとの反応式を以下に示す。イオン液体が触媒として働き、エステル交換反応により酢酸リグニンが生成する。なお、リグニン分子中には、芳香族炭素に結合した水酸基と脂肪族炭素に結合した水酸基とがあるが、本発明によればいずれの水酸基も置換することができる。
【化5】
【0025】
溶媒としてのイオン液体における、バイオマス原料の濃度は、バイオマスの種類や分子量によって異なり、特に限定されるものではないが、イオン液体の重量を、バイオマス原料の重量の2倍以上とすることが好ましく、特に、イオン液体におけるバイオマス原料の濃度を3重量%~5重量%とすることが好ましい。
【0026】
また、イオン液体は、有機溶媒との共溶媒系として用いることができる。この場合も、イオン液体の重量をバイオマス原料の重量の2倍以上とすることが好ましく、この条件の範囲内で、イオン液体の使用量を低減させることができ、残りを有機溶媒で代替することで各誘導体の製造コストを抑えることが可能となる。
【0027】
共溶媒として用いる場合の有機溶媒は、生成するセルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体に対する溶解性等を考慮し、イオン液体と反応しないことを条件として種々の有機溶媒の中から適宜選択することができる。具体的には、アセトニトリル、テトラヒドロフラン(THF)、ジメチルホルムアミド(DMF)、ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,3-ジオキソラン、1,4-ジオキサン等を挙げることができる。クロロホルムは、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc)等、一部のイオン液体と反応するため適用できない場合が多いが、本発明の範囲から除外されるものではない。また、セルロース誘導体として酪酸セルロースを製造する場合は、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸セルロースを製造する場合は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、1,3-ジオキソラン等が好ましく用いられるがこれらに限定されるものではない。
【0028】
鎖状もしくは環状エステル化合物としては、製造するセルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体の種類に対応する化合物を適宜選択して用いることができる。鎖状エステル化合物によってエステル交換反応が進行し、セルロース、ヘミセルロース及びリグニンの水酸基がエステル化された誘導体が得られる。また、環状エステル化合物とセルロース、ヘミセルロース及びリグニンを反応させることにより、ポリエステルを得ることができる。
【0029】
鎖状エステル化合物として、酢酸イソプロペニル等のカルボン酸イソプロペニル、カルボン酸ビニル、カルボン酸メチル等のカルボン酸エステル等から選択される一種以上の化合物を挙げることができる。本来、カルボン酸エステルは、カルボン酸無水物等と異なり、非常に安定な化学物質として知られていた。したがって、エステル交換反応を引き起こすには、触媒を別途用いることが必須であった。そのため、通常のエステル化反応では、腐食性を有する活性カルボニル化合物(カルボン酸無水物やカルボン酸ハロゲン化物(塩化物、臭化物等))を使用することで、エステル化反応を促進していた。本発明では、溶媒であるイオン液体を触媒としても利用するため、触媒を別途加えることなく、エステル交換反応により誘導体化することが可能である。また、環状エステル化合物としては、δ-バレロラクトン、γ-ブチロラクトン、ε-カプロラクトン等から選択される一種以上の化合物を挙げることができるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
また、鎖状もしくは環状エステル化合物を反応させる場合、必要に応じて、2種以上の鎖状もしくは環状エステル化合物を用い、セルロース、ヘミセルロース又はリグニンの一分子中に異なる置換基を導入することができる。例えば、セルロースに対し、ビニルブチレート等の酪酸エステル及びイソプロペニルアセテート(IPA)等の酢酸エステルを同時に反応させることにより、セルロース分子のそれぞれのOH基がアセチル基もしくはブチリル基により置換された酢酸酪酸セルロースを製造することができる。一般に、アセチル基に比べてより長い炭素鎖を有するブチリル基等の置換基を導入することにより生成物のガラス転移点は低下するため、2種以上のエステル化合物の配合比を変化させることで生成物の成形性等の特性を制御することができる。
【0031】
これら鎖状もしくは環状エステル化合物の量は、バイオマス原料の種類等によって異なるが、例えば、バイオマス原料中のセルロース、ヘミセルロース及びリグニンに存在する水酸基1当量に対し6~20当量を反応させることが好ましい。
【0032】
また、反応条件は、イオン液体が触媒として機能し反応が進行する条件であれば良く、バイオマス原料の種類等に応じて適宜設定することができる。例えば、窒素もしくはアルゴン等の雰囲気下、バイオマス原料、イオン液体及び鎖状又は環状エステル化合物の混合物を、10℃~80℃で0.5時間~48時間撹拌して反応を行うことができる。ただし、後の工程において、反応溶液にアセトン等の特定の非プロトン性溶媒を加えた場合に、セルロース誘導体及びリグニン誘導体が溶解した状態で、且つヘミセルロース誘導体が不溶化した状態で分離するような条件を選択することが肝要である。反応条件によって後の工程におけるセルロース誘導体及びヘミセルロース誘導体の溶解性に違いを生じる理由は定かではないが、セルロースとヘミセルロースとでは、6位炭素に結合する水酸基(反応性が高い)の有無が異なり、容易にアセチル化が進行するセルロースと、反応が進行しにくいヘミセルロースとの間で有機溶媒への溶解性に違いが現れるためと推測される。具体例として、バイオマス原料としてバガス又はユーカリを用いる場合、それらバイオマス原料と、イオン液体と、鎖状もしくは環状エステル化合物とを含む混合物中での反応を、10℃以上50℃以下の条件下で行うことが好ましい。反応時間は、温度に依存し、例えば、50℃で反応を行う場合は2時間以上4時間以下、10℃で反応を行う場合はより長時間とすることが好ましい。
【0033】
反応後、生成したセルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体を含む液に、特定の有機溶媒を加え、セルロース誘導体及びリグニン誘導体を溶解させた状態で不溶化したヘミセルロース誘導体を濾過等の手段を用いて分離する。この際に用いる有機溶媒は、中程度の極性を有する非プロトン性溶媒であり、具体的には、アセトン、クロロホルム、ジクロロメタン、アセトニトリル、ジエチルエーテル及びテトラヒドロフランからなる群から選択される一種又は二種以上の溶媒である。この中でも、アセトンは、セルロース誘導体とヘミセルロース誘導体の溶解性の差が大きいため好ましく用いられる。
【0034】
分離したヘミセルロース誘導体は、バイオポリマーとしての特質を生かし、フィルム、ハイドロゲル、機能性繊維、バイオ複合材料等への新規なバイオマテリアルとしての用途に用いることができる。従来、バイオマス中に含まれるヘミセルロースは、分岐した複雑な構造を有しており、キシロース、アラビノース、マンノース、ガラクトース等の糖から構成され、分子量はセルロースに比べて小さいために、セルロースに比べて利用開発が遅れていたが、本発明によってヘミセルロースの有効利用を図ることができる。
【0035】
次に、ヘミセルロース誘導体を分離した後の非プロトン性溶媒相に、アルコールからなるプロトン性溶媒を加え、リグニン誘導体を溶解させつつセルロース誘導体を不溶化させ濾過等の手段を用いて分離する。アルコールとしては、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、ブタノール等を挙げることができ、その中でも、メタノールは、セルロース誘導体とリグニン誘導体の溶解性の差が大きいため好適に用いられる。プロトン性溶媒を加える前に、必要に応じて、適宜濃縮等を行っても良い。
【0036】
分離したセルロース誘導体は、繊維、フィルム、プラスチック、たばこフィルター等において利用することができる。また、改質等を目的として、分離したセルロース誘導体を、NaOH等の塩基もしくは硫酸等の酸触媒を用いる従来の方法により、あるいは引き続き本発明におけるイオン液体の存在下で、鎖状もしくは環状エステル化合物等の各種試薬とさらに反応させ、別の誘導体へと適宜変換することができる。
【0037】
そして、セルロース誘導体を分離した後に得られる、リグニン誘導体を含むプロトン性溶媒相に、水を加えることによって、リグニン誘導体が不溶化する。不溶化したリグニン誘導体は、濾過等の手段により分離することができる。
【0038】
リグニンと鎖状エステル化合物とが反応することによりリグニンのエステル化物が生成する。このリグニンのエステル化物は、難燃剤等として好適に利用することができる。また、環状エステル化合物とリグニンとを反応させることにより、ポリエステルを得ることができる。なお、製造したリグニン誘導体は、改質等を目的として、NaOH等の塩基もしくは硫酸等の酸触媒を用いる従来の方法により、あるいは引き続き本発明におけるイオン液体の存在下で、鎖状もしくは環状エステル化合物等の各種試薬とさらに反応させ、別のリグニン誘導体へと変換することができる。例えば、エステル化したリグニン誘導体に、エステル化合物を作用させ、エステル交換反応を経て別のリグニン誘導体を製造することができる。適切なエステル化合物を反応させることにより、リグニン誘導体の加工性、紡糸性能等の特性を改善することができる。
【0039】
なお、例えば、リグニン誘導体を分離する前のプロトン性溶媒相等、各工程中に得られる溶液を、例えば陽イオン交換樹脂等を通過させる等して、イオン液体を回収することができる。回収したイオン液体は、再びバイオマス原料と混合し、本発明の反応を行うための溶媒・触媒として利用することができる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例及び比較例を示して本発明について具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれに限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)
バガス(サトウキビ残渣、粒径;250μm以下、600mg)を、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc、10g)に溶解させ、80℃、攪拌条件下で2時間減圧乾燥させた。その後、反応容器のAr置換を行った。続いて、ジメチルスルホキシド(DMSO、15ml)及びイソプロペニルアセテート(IPA、20ml)を反応系内に滴下し、50℃で、2時間、3時間又は4時間の反応を行った。反応終了後、反応溶液にアセトンを加え、不溶化した物質Aを濾過により分離した。そして得られた濾液を濃縮した後、メタノールを加え、不溶化した物質Bを濾過により分離した。次に、得られた濾液から、陽イオン交換樹脂を用いてイオン液体を除去・回収し、濾液に水を加え、不溶化した物質Cを濾過により分離した。物質A~CのFT-IRスペクトルをそれぞれ
図1~3に示す。なお、
図1及び
図5中の「XA」は、酢酸ヘミセルロースのモデル物質である酢酸キシラン(XA)である。また、物質Bの
1H NMRスペクトルを
図4に、さらに
図4の拡大図を
図5にそれぞれ示す。
【0042】
図1~3に示すように、各工程で分離した物質A~Cは、それぞれ酢酸ヘミセルロース、酢酸セルロース、酢酸リグニンと同定され、バガスを原料として3種類の誘導体を分離した状態で製造可能であることが示された。また、カルボニル基を表すピークの変化から、反応時間の増加に伴い、アセチル化が進行することが分かった。また、
図4に示すように、7ppm付近に現れるリグニン誘導体由来のピークが観測されなかったため、リグニン誘導体は酢酸セルロースと分離した状態で得られることが明らかとなった。さらに、
図5の結果から、物質Bの主成分は酢酸セルロースであるが、酢酸ヘミセルロースが一部混入していることが示唆された。セルロース骨格の2位のプロトンと、ヘミセルロース(キシラン)骨格の2位のプロトンのそれぞれに基づくNMRピークの面積比により、酢酸ヘミセルロースの混入率を近似的に算出したところ、反応時間2~4時間では物質B中の酢酸ヘミセルロースの混入率は10~20%であった。特に、50℃、4時間の反応を行った場合、物質B中の酢酸セルロースの純度は最も高かった。表1に、バガスから得られた酢酸セルロース、酢酸ヘミセルロース及び酢酸リグニンの量をまとめて示す。
【0043】
【0044】
(実施例2及び3)
バイオマス原料として、バガスに換えてスギ及びユーカリを用いた以外は、上記実施例1と同様にして反応(50℃、3時間)を行い、酢酸ヘミセルロース、酢酸セルロース及び酢酸リグニンを分離した状態で製造可能であることを確認した。それぞれの誘導体の生成量を表2に示す。
【0045】
【0046】
(比較例1)
IPAを滴下した後、50℃で16時間反応を行った以外は、上記実施例1と同様にして、各誘導体の製造を試みた。各工程を経て得られた、アセトンに不溶な物質量、アセトンに可溶であってメタノールに不溶である物質量、及びメタノールに可溶であってアセトンに可溶である物質量を表3に示す。表3の結果は、セルロース誘導体及びヘミセルロース誘導体の双方がアセトンに対し一部溶解しており、アセトン不溶分の266mgは、低置換度のヘミセルロース誘導体及び高置換度のセルロース誘導体の混合物であることを示唆していた。すなわち、上記の反応条件下では、セルロース誘導体及びヘミセルロース誘導体の分離は困難であることが分かった。
【0047】
(比較例2)
IPAを滴下した後、50℃で0.5時間反応を行った以外は、上記実施例1と同様にして、各誘導体の製造を試みた。各工程を経て得られた、アセトンに不溶な物質量、アセトンに可溶であってメタノールに不溶である物質量、及びメタノールに可溶であってアセトンに可溶である物質量を表3に示す。表3の結果から、上記の反応条件下では、アセトンに対してはリグニン誘導体のみが溶解し、セルロース誘導体及びヘミセルロース誘導体は混合した状態で不溶化し、セルロース誘導体及びヘミセルロース誘導体の分離は困難であることが分かった。
【0048】
(比較例3)
IPAを滴下した後、25℃で3時間反応を行った以外は、上記実施例1と同様にして、各誘導体の製造を試みた。各工程を経て得られた、アセトンに不溶な物質量、アセトンに可溶であってメタノールに不溶である物質量、及びメタノールに可溶であってアセトンに可溶である物質量を表3に示す。表3の結果から、ほとんど全ての成分がアセトンに対して不溶であり、セルロース誘導体、ヘミセルロース誘導体及びリグニン誘導体の分離は困難であることが分かった。
【0049】
【0050】
(参考例1)
セルロース(Avicel)又はキシラン600mgを、1-エチル-3-メチルイミダゾリウムアセテート(EmimAc、10g)に溶解させた。続いて、ジメチルスルホキシド(DMSO、15ml)及びイソプロペニルアセテート(IPA、20ml)を反応系内に滴下し、50℃で、0.5~16時間の反応を行った。反応終了後、反応溶液にアセトンを加え、生成した多糖エステル(酢酸セルロース、酢酸キシラン)のアセトンに対する溶解性を調べた。その結果を表4及び表5に示す。表中、○は10mg/mL以上の溶解性を示し、△は10mg/mL未満(一部溶解)、「-」は不溶であることを示す。また、DS値とは、単位構造中の水酸基が置換された平均個数であり、酢酸セルロースの場合にはDS値の最大数は3、酢酸キシランの場合には最大数は2となる。
【0051】
【0052】
表4と表5の比較から、反応時間2~4時間の範囲においては、セルロース誘導体とキシラン誘導体の溶解性に差があり、この溶解性の相違を利用することにより、セルロース誘導体を溶解させつつキシラン誘導体を不溶化させ分離できることが示唆された。
【0053】
(参考例2)
セルロース(商品名Avicel)及びキシランを50℃、3時間の反応条件でアセチル化し、酢酸セルロース(CA、DS=2.82)及び酢酸キシラン(XA、DS=1.85)を得た。得られた酢酸セルロース又は酢酸キシラン(各10mg)を、様々な種類の有機溶媒1mLに加え、10℃、室温(r.t.)もしくは50℃にて一晩(16時間程度)撹拌又は静置し、溶解性を目視にて確認した。その結果を表6にまとめて示す。
【0054】
【0055】
表6に示すように、各種の有機溶媒のうち、アセトン、アセトニトリル、テトラヒドロフラン(THF)及びクロロホルムは、CAとXAの溶解性が顕著に異なる反応条件の範囲が存在し、セルロース誘導体とヘミセルロース誘導体とを分離するための有機溶媒として有用であることが示唆された。