(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-06
(45)【発行日】2022-04-14
(54)【発明の名称】電子顕微鏡および電子顕微鏡の制御方法
(51)【国際特許分類】
H01J 37/248 20060101AFI20220407BHJP
H01J 37/26 20060101ALI20220407BHJP
【FI】
H01J37/248 B
H01J37/26
(21)【出願番号】P 2018022129
(22)【出願日】2018-02-09
【審査請求日】2020-11-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100090387
【氏名又は名称】布施 行夫
(74)【代理人】
【識別番号】100090398
【氏名又は名称】大渕 美千栄
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 琢磨
(72)【発明者】
【氏名】河野 祐二
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-243908(JP,A)
【文献】特開平05-290774(JP,A)
【文献】特開昭63-081743(JP,A)
【文献】米国特許第04814716(US,A)
【文献】米国特許出願公開第2009/0085504(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/248
H01J 37/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エミッタと、
前記エミッタから電子を引き出す引き出し電極と、
前記引き出し電極の後段に配置され、前記エミッタから引き出された電子線を加速させる第1加速電極と、
前記第1加速電極の後段に配置され、複数の第2加速電極を備える加速管と、
加速電圧を発生させる加速電圧電源と、
前記第1加速電極に電圧を印加する加速電極用電源と、
補助電圧を発生させる補助電圧電源と、
前記加速電圧と前記補助電圧とが重畳された入力電圧を分圧して、前記複数の第2加速電極の各々に印加する複数の分圧用抵抗と、
を含
み、
前記加速電極用電源で前記第1加速電極の電位を制御し、前記補助電圧電源で前記複数の第2加速電極のうちの1つの第2加速電極の電位を制御することによって、前記第1加速電極と前記1つの第2加速電極との間のレンズ作用を制御する、電子顕微鏡。
【請求項2】
請求項1において、
前記引き出し電極に電圧を印加する引き出し電極用電源を含み、
前記引き出し電極用電源で前記引き出し電極の電位を制御し、前記加速電極用電源で前記第1加速電極の電位を制御することによって、前記引き出し電極と前記第1加速電極との間のレンズ作用を制御する、電子顕微鏡。
【請求項3】
請求項1または2において、
前記加速電圧は、可変である、電子顕微鏡。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項において、
前記補助電圧電源を制御する制御部を含み、
前記制御部は、前記加速電圧の変更に応じて前記補助電圧を設定し、前記加速電圧に前記補助電圧を重畳して前記入力電圧とする処理を行う、電子顕微鏡。
【請求項5】
エミッタと、
前記エミッタから電子を引き出す引き出し電極と、
前記引き出し電極の後段に配置され、前記エミッタから引き出された電子線を加速させる第1加速電極と、
前記第1加速電極の後段に配置され、複数の第2加速電極を備える加速管と、
加速電圧を発生させる加速電圧電源と、
前記引き出し電極に電圧を印加する引き出し電極用電源と、
前記第1加速電極に電圧を印加する加速電極用電源と、
補助電圧を発生させる補助電圧電源と、
前記加速電圧と前記補助電圧とが重畳された入力電圧を分圧して前記複数の第2加速電極の各々に印加する複数の分圧用抵抗と、を含む電子顕微鏡の制御方法であって、
前記引き出し電極用電源で前記引き出し電極の電位を制御し、前記加速電極用電源で前記第1加速電極の電位を制御することによって、前記引き出し電極と前記第1加速電極の間のレンズ作用を制御する工程と、
前記加速電圧を変更する工程と、
前記加速電圧の変更に応じて前記補助電圧電源を制御することによって前記複数の第2加速電極のうちの1つの第2加速電極の電位を制御して、前記第1加速電極と前記1つの第2加速電極との間のレンズ作用を制御する工程と、
を含む、電子顕微鏡の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子顕微鏡および電子顕微鏡の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子顕微鏡に搭載されている電子銃は、エミッタと、エミッタから電子を引き出す引き出し電極と、エミッタから放出された電子線に所定のエネルギーを与える加速電極と、を備えている。また、電子銃から放出された電子線は加速管で加速される。加速管は複数の加速電極を有しており、各加速電極には、加速電圧を複数段の分圧用抵抗で分圧した電圧が印加される。
【0003】
電子顕微鏡では、引き出し電極と加速電極との間のレンズ作用、および加速電極と加速管の初段の加速電極との間のレンズ作用によって、加速管の下にクロスオーバーを形成している。
【0004】
ここで、例えば、加速電圧を高加速電圧から低加速電圧に切り替えた場合、これらのレンズ条件が成り立たなくなる。そのため、特許文献1には、分圧用抵抗に並列にそれぞれの端子とアース間を短絡する段数切り替えスイッチを設けて、加速電圧の変更に応じて、分圧用抵抗の段数を切り替えている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の電子顕微鏡では、段数切り替えスイッチを操作する際には、加速電圧の印加を停止しなければならない。加速電圧の印加を停止してしまうと、再び加速電圧が印加されて電子銃が安定するまでには時間がかかってしまう。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る電子顕微鏡の一態様は、
エミッタと、
前記エミッタから電子を引き出す引き出し電極と、
前記引き出し電極の後段に配置され、前記エミッタから引き出された電子線を加速させる第1加速電極と、
前記第1加速電極の後段に配置され、複数の第2加速電極を備える加速管と、
加速電圧を発生させる加速電圧電源と、
前記第1加速電極に電圧を印加する加速電極用電源と、
補助電圧を発生させる補助電圧電源と、
前記加速電圧と前記補助電圧とが重畳された入力電圧を分圧して、前記複数の第2加速電極の各々に印加する複数の分圧用抵抗と、
を含み、
前記加速電極用電源で前記第1加速電極の電位を制御し、前記補助電圧電源で前記複数の第2加速電極のうちの1つの第2加速電極の電位を制御することによって、前記第1加速電極と前記1つの第2加速電極との間のレンズ作用を制御する。
【0008】
このような電子顕微鏡では、複数の分圧用抵抗の入力電圧を、加速電圧と補助電圧とが重畳された電圧とすることができるため、補助電圧を制御することによって、第1加速電極と初段の第2加速電極との間の電位差を制御することができる。これにより、第1加速電極と初段の第2加速電極との間に形成されるレンズの作用を制御できる。そのため、このような電子顕微鏡では、加速電圧が変更された場合であっても、加速電圧の印加を停止
することなく、第1加速電極と初段の第2加速電極との間に形成されるレンズの作用が低下することを抑制できる。
【0009】
本発明に係る電子顕微鏡の制御方法の一態様は、
エミッタと、
前記エミッタから電子を引き出す引き出し電極と、
前記引き出し電極の後段に配置され、前記エミッタから引き出された電子線を加速させる第1加速電極と、
前記第1加速電極の後段に配置され、複数の第2加速電極を備える加速管と、
加速電圧を発生させる加速電圧電源と、
前記引き出し電極に電圧を印加する引き出し電極用電源と、
前記第1加速電極に電圧を印加する加速電極用電源と、
補助電圧を発生させる補助電圧電源と、
前記加速電圧と前記補助電圧とが重畳された入力電圧を分圧して前記複数の第2加速電極の各々に印加する複数の分圧用抵抗と、を含む電子顕微鏡の制御方法であって、
前記引き出し電極用電源で前記引き出し電極の電位を制御し、前記加速電極用電源で前記第1加速電極の電位を制御することによって、前記引き出し電極と前記第1加速電極の間のレンズ作用を制御する工程と、
前記加速電圧を変更する工程と、
前記加速電圧の変更に応じて前記補助電圧電源を制御することによって前記複数の第2加速電極のうちの1つの第2加速電極の電位を制御して、前記第1加速電極と前記1つの第2加速電極との間のレンズ作用を制御する工程と、
を含む。
【0010】
このような電子顕微鏡の制御方法では、加速電圧の変更に応じて補助電圧を設定し、加速電圧に補助電圧を重畳して入力電圧とする工程を含むため、加速電圧が変更された場合であっても、加速電圧の印加を停止することなく、第1加速電極と初段の第2加速電極との間に形成されるレンズの作用が低下することを抑制できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図2】実施形態に係る電子顕微鏡の電子銃および加速管の構成を示す図。
【
図3】実施形態に係る電子顕微鏡の電子銃および加速管の動作状態を示す図。
【
図4】参考例に係る電子顕微鏡の電子銃および加速管の動作状態を示す図。
【
図5】参考例に係る電子顕微鏡の電子銃および加速管の動作状態を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また、以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0013】
1. 電子顕微鏡
まず、本実施形態に係る電子顕微鏡について図面を参照しながら説明する。
図1は、本実施形態に係る電子顕微鏡1の構成を示す図である。
【0014】
電子顕微鏡1は、
図1に示すように、電子銃10と、加速管20と、電源部30と、制御部32と、収束レンズ40と、試料ホルダー50と、対物レンズ60と、中間レンズ70と、投影レンズ80と、検出器90と、を含む。
【0015】
電子顕微鏡1では、電子銃10から放出された電子線を、加速管20で加速し収束レンズ40で収束して試料ホルダー50に保持された試料Sに照射する。そして、対物レンズ60によって試料Sを透過した電子線で透過電子顕微鏡像を結像し、中間レンズ70および投影レンズ80によって像をさらに拡大して検出器90上に結像する。電子銃10および加速管20には、電源部30から加速電圧等が供給される。電源部30は、制御部32によって制御される。このように、電子顕微鏡1は、透過電子顕微鏡(transmission electron microscope、TEM)である。
【0016】
なお、電子顕微鏡1は、図示はしないが、試料Sに照射される電子線を走査する走査コイルを備え、走査透過電子顕微鏡像を取得できるように構成されていてもよい。すなわち、電子顕微鏡1は、走査透過電子顕微鏡(scanning transmission electron microscope、STEM)として機能してもよい。
【0017】
図2は、電子銃10および加速管20の構成を示す図である。
【0018】
電子銃10は、
図2に示すように、エミッタ100と、引き出し電極102と、加速電極(第1加速電極)104と、を含む。
【0019】
エミッタ100(フィラメント)は、電子の放出源、すなわち陰極である。エミッタ100は、フィラメント電源301に接続されている。エミッタ100には、フィラメント電源301からフィラメント電流が供給される。エミッタ100にフィラメント電流を流すことによって、エミッタ100が加熱される。
【0020】
引き出し電極102は、エミッタ100から電子を引き出すための電極である。引き出し電極102は、エミッタ100に対向して配置されている。引き出し電極102は、引き出し電極用電源302に接続されている。引き出し電極102には、エミッタ100の表面に強電界を形成するための正の電圧(引き出し電圧)が印加される。
【0021】
加速電極104は、引き出し電極102の後段に配置されている。加速電極104は、エミッタ100から放出される電子線に所定のエネルギーを与えるための電極である。加速電極104は、加速電極用電源304に接続されている。
【0022】
加速管20は、複数の加速電極(第2加速電極)201,202,203,204,205,206と、碍子210と、複数の分圧用抵抗素子221,222,223,224,225,226,227を有する分圧用回路220と、筐体230と、を含む。
【0023】
加速電極201,202,203,204,205,206は、加速電極104の後段に配置されている。加速電極201,202,203,204,205,206は、光軸に沿って複数段に積み重ねられている。図示の例では、加速管20は、6段の加速電極201,202,203,204,205,206を有している。これらは、電子銃10側から、加速電極201、加速電極202、加速電極203、加速電極204、加速電極205、加速電極206の順で配置されている。隣り合う加速電極の間には、碍子210が配置されている。複数の加速電極201,202,203,204,205,206によって、電子銃10から放出された電子線を加速させることができる。
【0024】
加速電極201は、加速管20を構成する複数の加速電極のうちの初段の加速電極である。すなわち、加速電極203は、6段の加速電極のうちの最も電子銃10側(加速電極104側)に位置している電極である。
【0025】
分圧用回路220は、複数の抵抗素子221,222,223,224,225,226,227を有している。図示の例では、分圧用回路220は、7つの抵抗素子221,222,223,224,225,226,227を有している。7つの抵抗素子221,222,223,224,225,226,227は、直列に接続されている。
【0026】
電子顕微鏡1では、分圧用回路220に印加される入力電圧、すなわち、複数の抵抗素子221,222,223,224,225,226,227の全体に印加される入力電圧を、高圧電源300が発生させる加速電圧と、補助電圧電源306が発生させる補助電圧と、が重畳された電圧とすることができる。分圧用回路220では、入力電圧を複数の
抵抗素子221,222,223,224,225,226,227で分圧して、複数の加速電極201,202,203,204,205,206の各々に印加する。
【0027】
筐体230には電子線が入射する開口が設けられており、電子線は当該開口を通過して筐体230の内部に至る。筐体230には、複数の加速電極201,202,203,204,205,206が収容されている。筐体230の電子線が入射する開口が設けられた入口部分232は、高圧電源300に接続されている。
【0028】
電源部30は、高圧電源300(加速電圧電源)と、フィラメント電源301と、引き出し電極用電源302と、加速電極用電源304と、補助電圧電源306と、を含む。
【0029】
高圧電源300は、エミッタ100で発生した電子線を加速させるための加速電圧を供給する。加速電圧は、エミッタ100と加速管20との間に印加される。電子顕微鏡1では、加速電圧は可変である。
【0030】
フィラメント電源301は、エミッタ100にフィラメント電流を供給する。
【0031】
引き出し電極用電源302は、引き出し電極102に引き出し電圧(正の電圧)を印加する。引き出し電圧は、エミッタ100から電子線を引き出すために引き出し電極102に印加される電圧である。
【0032】
加速電極用電源304は、加速電極104に正の電圧を供給する。
【0033】
補助電圧電源306は、高圧電源300と初段の抵抗素子221との間に配置されている。補助電圧電源306は、補助電圧を発生させる。補助電圧電源306は、高圧電源300に直列に接続されている。補助電圧電源306は、高圧電源300が発生させる加速電圧に補助電圧を重畳して分圧用回路220に印加する。これにより、分圧用回路220に印加される入力電圧を、高圧電源300が発生させる加速電圧と補助電圧電源306が発生させる補助電圧が重畳された電圧とすることができる。補助電圧電源306が発生させる補助電圧は、可変である。
【0034】
なお、図示はしないが、電子顕微鏡1は、高圧電源300を補助電圧電源306を介して分圧用回路220に接続する場合と、高圧電源300を補助電圧電源306を介さずに直接、分圧用回路220に接続する場合と、を切り替える手段(スイッチ)を有していてもよい。これにより、分圧用回路220に加速電圧と補助電圧とを重畳して印加する場合と、分圧用回路220に加速電圧のみを印加する場合と、を切り替えることができる。
【0035】
引き出し電極用電源302、加速電極用電源304、補助電圧電源306は、高圧電源300の出力電圧を基準電位としている。
【0036】
図1に示す制御部32は、高圧電源300、フィラメント電源301、引き出し電極用電源302、加速電極用電源304、および補助電圧電源306を制御する。制御部32の機能は、各種プロセッサ(CPU(Central Processing Unit)等)でプログラムを実行することにより実現することができる。なお、制御部32の機能の少なくとも一部を、ASIC(application specific integrated circuit)などの専用回路により実現してもよい。制御部32の処理については、後述する「3. 制御部の処理」で説明する。
【0037】
2. 電子顕微鏡の動作
次に、電子顕微鏡1の動作について説明する。まず、電子顕微鏡1の電子銃10および加速管20の基本的な動作について説明する。
【0038】
電子顕微鏡1では、引き出し電極102に引き出し電極用電源302が発生させる正の電圧が印加されることによって、エミッタ100から電子が引き出される。そして、加速電極104には加速電極用電源304が発生させる正の電圧が印加され、引き出し電極102と加速電極104との間には、引き出し電極102と加速電極104とによって形成される電界により収束レンズ(静電レンズ)が形成される。
【0039】
また、分圧用回路220には、高圧電源300が発生させる加速電圧と、補助電圧電源306が発生させる補助電圧とが重畳された入力電圧が印加される。これにより、当該入力電圧が分圧されて、複数の加速電極201,202,203,204,205,206の各々に印加される。加速電極104と初段の加速電極201との間には、加速電極104と初段の加速電極201とによって形成される電界により収束レンズ(静電レンズ)が形成される。
【0040】
このように、エミッタ100から引き出された電子は、引き出し電極102と加速電極104との間に形成される収束レンズの作用、および加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用によって、加速管20の下にクロスオーバーを形成する。
【0041】
次に、引き出し電極102、加速電極104、および初段の加速電極201に印加される電圧について説明する。
図3は、電子顕微鏡1の電子銃10および加速管20の動作状態を示す図である。下記表1は、加速電圧HT=-200kVの場合と加速電圧HT=-80kVの場合の、電圧A1、電圧A2、電圧A3、および電位差A2-A3の一例を示す表である。なお、下記表1に示す電圧A1、電圧A2、および電圧A3の値は一例であり、この値に限定されない。
【0042】
【0043】
図3に示すように、引き出し電極102には、引き出し電極用電源302が発生させる電圧A1が印加される。加速電極104には、加速電極用電源304が発生させる電圧A2が印加される。筐体230の入口部分232には高圧電源300が発生させる加速電圧HTが印加される。加速電極201には電圧A3が印加される。
【0044】
まず、高加速電圧の場合について説明する。具体的には、高圧電源300が発生させる加速電圧HTがHT=-200kVである場合について説明する。
【0045】
加速電圧HT=-200kVの場合、引き出し電極102には電圧A1=3kVが印加され、加速電極104には電圧A2=6kVが印加される。また、高加速電圧の場合、補助電圧電源306が発生させる補助電圧ACLは、0Vである。そのため、分圧用回路220には加速電圧HT=-200kVのみが印加される。分圧用回路220の入力電圧(加速電圧HT=-200kV)は、7つの抵抗R1,R2,R3,R4,R5,R6,R7で分圧されて、電圧A3=-200/7=-28.6kVとなる。ここでは、7つの抵抗R1,R2,R3,R4,R5,R6,R7は互いに等しい抵抗値を有している。このように、電圧A2は6kVであり、電圧A3は-28.6kVであるため、加速電極104と初段の加速電極201との間の電位差A2-A3は、22.6kVとなる。電位差A2-A3によって、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用の強弱が決まる。
【0046】
次に、低加速電圧の場合について説明する。具体的には、高圧電源300が発生させる加速電圧HTがHT=-80kVである場合について説明する。
【0047】
加速電圧HT=-80kVの場合、加速電圧HT=-200kVの場合と同様に、引き出し電極102には電圧A1=3kVが印加され、加速電極104には電圧A2=6kVが印加される。低加速電圧の場合、補助電圧電源306が発生させる補助電圧ACLは、例えば、10kVである。そのため、分圧用回路220には加速電圧HT=-80kVに補助電圧ACL=10kVが重畳された-70kVが印加される。したがって、電圧A3=-70/7-10=-20kVとなる。よって、加速電極104と初段の加速電極201との間の電位差A2-A3は、14kVとなる。
【0048】
このように、電子顕微鏡1では、低加速電圧の場合には、高加速電圧の場合と比べて、補助電圧ACLを大きくする。これにより、低加速電圧にすることによる初段の加速電極201の電位の低下を抑制でき、電位差A2-A3の低下が抑制される。この結果、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用の低下を抑制できる。
【0049】
以下では、電子顕微鏡1と参考例に係る電子顕微鏡とを比較することで、電子顕微鏡1の作用効果を説明する。
図4は、参考例に係る電子顕微鏡の電子銃10および加速管20の動作状態を示す図である。下記表2は、参考例に係る電子顕微鏡における加速電圧HT=-200kVの場合と加速電圧HT=-80kVの場合の、電圧A1、電圧A2、電圧A3、および電位差A2-A3の一例を示す表である。
【0050】
【0051】
図4に示す例では、
図2に示す補助電圧電源306がない。そのため、加速電圧HT=-80kVの場合、分圧用回路220には加速電圧HT=-80kVが印加される。したがって、初段の加速電極201に印加される電圧A3は、電圧A3=-80/7=-11.4kVとなる。このように、
図4に示す例では、低加速電圧とすることで、初段の加速電極201の電位が大きく低下してしまう。また、このとき、電圧A1=3kV、電圧A2=6kVとすると、加速電極104と初段の加速電極201との間の電位差A2-A3は、5.43kVとなる。このように、
図4に示す例では、初段の加速電極201の電位の低下により電位差A2-A3が低下し、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用が低下してしまう。この結果、電子線が拡がってしまい、所望の位置にクロスオーバーを形成できない場合がある。
【0052】
また、例えば、
図4に示す例では、電圧A2を下げることで、電位差A2-A3を大きくすることができる。下記表3は、参考例に係る電子顕微鏡における加速電圧HT=-200kVの場合と加速電圧HT=-80kVの場合の、電圧A1、電圧A2、電圧A3、および電位差A2-A3の他の例を示す表である。
【0053】
【0054】
例えば、加速電圧HT=-80kVの場合に、電圧A1=3kV、電圧A2=3kVとして、加速電圧HT=-200kVの場合よりも電圧A2を下げる。これにより、電位差A2-A3は8.4kVとなり、電位差A2-A3の低下が抑制される。しかしながら、この場合、電圧A2を下げたことにより、電位差A1-A2が小さくなり、引き出し電極102と加速電極104との間に形成される収束レンズの作用が低下してしまう。
【0055】
図5は、参考例に係る電子顕微鏡の電子銃10および加速管20の動作状態を示す図である。下記表4は、参考例に係る電子顕微鏡における加速電圧HT=-200kVの場合と加速電圧HT=-80kVの場合の、電圧A1、電圧A2、電圧A3、および電位差A2-A3の一例を示す表である。
【0056】
【0057】
図5に示す例では、低加速電圧にした場合に、3段目の加速電極203を、スイッチを用いて基準電位(例えば接地電位)に短絡させる短絡機構を備えている。この短絡機構により、加速電極201の電位の低下を抑制できる。例えば、
図5に示すように、3段目の加速電極203を短絡させると、加速電極201に印加される電圧A3は、電圧A3=-80/3=-26.7kVとなる。また、このとき、電位差A2-A3は、20.7kVとなる。このように、
図5に示すように短絡機構を設けた場合、
図4に示す例に比べて、電位差A2-A3の低下が抑制される。しかしながら、このような短絡機構を設けた場合、加速電極201を基準電位に短絡させる際には、加速電圧の印加を停止、すなわち、加速電圧を基準電位しなければならない。
【0058】
これに対して、電子顕微鏡1では、補助電圧ACLを変更することによって、加速電極201の電位を制御できるため、加速電圧HTが変更された場合であっても、加速電圧HTの印加を停止することなく、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用が低下することを抑制できる。
【0059】
さらに、電子顕微鏡1では、補助電圧ACLが可変であり、加速電極201の電位を細かく制御することができる。そのため、例えば、上記の短絡機構を用いた場合と比べて、電位差A2-A3を細かく制御することが可能である。例えば、上記の短絡機構を用いた場合、電圧A3は加速電圧と抵抗素子221,222,223,224,225,226,227の数で決定されるため、電位差A2-A3の細かい制御はできない。
【0060】
3. 制御部の処理
次に、制御部32の処理について説明する。
【0061】
制御部32は、加速電圧HTを変更する処理と、加速電圧HTの変更に応じて補助電圧ACLを設定し、加速電圧HTに補助電圧ACLを重畳して分圧用回路220の入力電圧とする処理と、を行う。
【0062】
制御部32は、加速電圧が高加速電圧から低加速電圧に変更された場合、低加速電圧に切り替えたことによる初段の加速電極201の電位の低下が抑制されるように補助電圧ACLを設定する。
【0063】
例えば、加速電圧HT=-200kVの場合、制御部32は、電圧A1=3kV、電圧A2=6kV、補助電圧ACL=0kVとなるように電源部30を制御する。このとき、電圧A3=-200/7=-28.6kVとなり、電位差A2-A3=22.6kVとなる。
【0064】
加速電圧HT=-200kVから加速電圧HT=-80kVに切り替えた場合、制御部32は、電圧A1=3kV、電圧A2=6kV、補助電圧ACL=10kVとなるように電源部30を制御する。このとき、電圧A3=-70/7+10=-20kVとなり、電位差A2-A3=14kVとなる。このように、制御部32の処理により、低加速電圧に切り替えたことによる初段の加速電極201の電位の低下が抑制され、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用の低下を抑制できる。
【0065】
電子顕微鏡1は、例えば、加速電極201の電位の低下が抑制される最適な、加速電圧HTと、補助電圧ACLと、の関係を示すテーブルが記憶された記憶装置(図示せず)を有している。制御部32は、加速電圧HTが変更された場合に、このテーブルに基づいて補助電圧ACLを設定する。これにより、加速電圧HTの変更された場合に、適切な補助電圧ACLを加速電圧HTに重畳することができる。
【0066】
なお、上記では、制御部32が加速電圧HTの変更に応じて補助電圧ACLを設定する場合について説明したが、ユーザーが操作部(図示せず)を介して補助電圧ACLの大きさを設定することで、制御部32が設定された補助電圧ACLを加速電圧HTに重畳する処理を行ってもよい。すなわち、この場合、ユーザーが補助電圧ACLを任意の大きさに設定できる。
【0067】
4. 特徴
電子顕微鏡1は、例えば、以下の特徴を有する。
【0068】
電子顕微鏡1は、エミッタ100と、エミッタ100から電子を引き出す引き出し電極102と、引き出し電極102の後段に配置され、エミッタ100から引き出された電子線を加速させる加速電極104と、加速電極104の後段に配置され、複数の加速電極201,202,203,204,205,206を備える加速管20と、加速電圧HTを発生させる高圧電源300と、補助電圧ACLを発生させる補助電圧電源306と、加速電圧HTと補助電圧ACLとが重畳された入力電圧を分圧して、複数の加速電極201,202,203,204,205,206の各々に印加する複数の抵抗素子221,222,223,224,225,226,227と、を含む。
【0069】
そのため、電子顕微鏡1では、複数の抵抗素子221,222,223,224,225,226,227の入力電圧を加速電圧HTと補助電圧ACLとが重畳された電圧とすることができる。そのため、補助電圧ACLを制御することによって、加速電極104と初段の加速電極201との間の電位差A2-A3を制御することができる。これにより、
加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用を制御できる。したがって、電子顕微鏡1では、例えば、加速電圧HTが変更された場合であっても、加速電圧HTの印加を停止することなく、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用が低下することを抑制できる。
【0070】
さらに、電子顕微鏡1では、例えば上記の短絡機構を設ける場合と比べて、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用を細かく制御できる。これにより、クロスオーバー位置を精度よく調整することができる。
【0071】
電子顕微鏡1は、補助電圧電源306を制御する制御部32を含み、制御部32は、加速電圧HTの変更に応じて補助電圧ACLを設定し、加速電圧HTに補助電圧ACLを重畳して分圧用回路220の入力電圧とする処理を行う。そのため、電子顕微鏡1では、加速電圧HTが変更された場合であっても、適切な補助電圧ACLを設定できる。したがって、例えば、高加速電圧から低加速電圧に切り替えた場合であっても、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用が低下することを抑制できる。
【0072】
本実施形態に係る電子顕微鏡1の制御方法は、加速電圧HTを変更する工程と、加速電圧HTの変更に応じて補助電圧ACLを設定し、加速電圧HTに補助電圧ACLを重畳して入力電圧とする工程と、を含む。そのため、加速電圧が変更された場合であっても、加速電圧HTの印加を停止することなく、加速電極104と初段の加速電極201との間に形成される収束レンズの作用が低下することを抑制できる。
【0073】
なお、上記では、電子顕微鏡1が透過電子顕微鏡である場合について説明したが、本発明に係る電子顕微鏡は、走査電子顕微鏡(scanning electron microscope、SEM)であってもよい。
【0074】
本発明は、実施の形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法および結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0075】
1…電子顕微鏡、10…電子銃、20…加速管、30…電源部、32…制御部、40…収束レンズ、50…試料ホルダー、60…対物レンズ、70…中間レンズ、80…投影レンズ、90…検出器、100…エミッタ、102…引き出し電極、104…加速電極、201…加速電極、202…加速電極、203…加速電極、204…加速電極、205…加速電極、206…加速電極、210…碍子、220…分圧用回路、221…抵抗素子、222…抵抗素子、223…抵抗素子、224…抵抗素子、225…抵抗素子、226…抵抗素子、227…抵抗素子、230…筐体、300…高圧電源、301…フィラメント電源、302…引き出し電極用電源、304…加速電極用電源、306…補助電圧電源