(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-07
(45)【発行日】2022-04-15
(54)【発明の名称】ピストン
(51)【国際特許分類】
F16J 1/01 20060101AFI20220408BHJP
C23C 18/12 20060101ALI20220408BHJP
F02F 3/10 20060101ALI20220408BHJP
【FI】
F16J1/01
C23C18/12
F02F3/10 B
(21)【出願番号】P 2018109982
(22)【出願日】2018-06-08
【審査請求日】2021-05-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000000011
【氏名又は名称】株式会社アイシン
(73)【特許権者】
【識別番号】594143433
【氏名又は名称】アクロス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100104433
【氏名又は名称】宮園 博一
(72)【発明者】
【氏名】田口 陽介
(72)【発明者】
【氏名】成田 雅浩
(72)【発明者】
【氏名】宮本 圭資
(72)【発明者】
【氏名】佐合 一騎
【審査官】山田 康孝
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-199030(JP,A)
【文献】特開2014-101258(JP,A)
【文献】特開2018-53879(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 1/00-1/24
C23C 18/12
F02F 3/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストン本体と、
前記ピストン本体上に形成され、アルコキシドから形成された無機化合物と、前記無機化合物中に分散された鱗片状の無機中実粒子と、前記無機化合物中に分散されたナノ中空粒子とを含む保護層と、を備える、ピストン。
【請求項2】
前記無機化合物中における前記ナノ中空粒子の体積比率は、前記無機化合物中における前記無機中実粒子の体積比率よりも小さい、請求項1に記載のピストン。
【請求項3】
前記無機化合物中における前記ナノ中空粒子の体積比率は、5体積%以上30体積%以下である、請求項2に記載のピストン。
【請求項4】
前記無機化合物中における前記無機中実粒子の体積比率は、35体積%以上75体積%以下である、請求項2または3に記載のピストン。
【請求項5】
前記保護層は、前記保護層中においてランダム方向に延びる空隙をさらに含む、請求項1~4のいずれか1項に記載のピストン。
【請求項6】
前記無機化合物中における前記ナノ中空粒子の体積比率は、前記無機化合物中における前記空隙の体積比率よりも大きい、請求項5に記載のピストン。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ピストンに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、断熱層が形成されたピストンが知られている(たとえば、特許文献1参照)。
【0003】
上記特許文献1には、頂面に断熱機能を付与する保護層が形成されたピストンが開示されている。このピストンに形成された保護層は、アルマイト層と、アルマイト層を被覆する無機系被膜層とから構成されている。無機系被膜層は、無機化合物と、無機化合物中に分散され、保護層の厚み方向に直交する横方向に長い鱗片状の中実粒子とから構成されている。なお、中実粒子は、細長い鱗片状であることから、保護層の横方向に長く延びた状態で無機化合物中に分散されるとともに、保護層の厚み方向に層状に積層された状態で無機化合物中に分散される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、本願発明者は、上記特許文献1のピストンに形成された保護層では、中実粒子が保護層の厚み方向に積層され、保護層の厚み方向に直交する横方向に長い鱗片状であることから、保護層内において中実粒子を越えて保護層の厚み方向にはクラックが発生しにくいという知見を得た。その一方、横方向に長い鱗片状の中実粒子によって、横方向にクラックが一層発生しやすくなり、保護層内において、横方向に延びる複数のクラック同士が接続されることや、所定のクラックを起点にしてそのクラックが拡大することにより、横方向にクラックが伝播しやすくなるという知見も得た。すなわち、上記特許文献1のピストンでは、無機化合物中の応力を保護層の厚み方向に分散(緩和)させにくいため、その分だけ保護層の横方向にクラックを発生させる応力が集中しやすいという知見を得た。したがって、上記特許文献1のピストンでは、高温環境下においては、伝播したクラックにより保護層が剥離するおそれがあり、高い断熱性を十分に確保することができない場合があると考えられる。
【0006】
この発明は、上記のような課題を解決するためになされたものであり、この発明の1つの目的は、高温環境下においても断熱性を向上させることが可能なピストンを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者が鋭意検討した結果、上記目的を達成可能な下記のような構成を見出した。すなわち、この発明の一の局面におけるピストンは、ピストン本体と、ピストン本体上に形成され、アルコキシドから形成された無機化合物と、無機化合物中に分散された鱗片状の無機中実粒子と、無機化合物中に分散されたナノ中空粒子とを含む保護層と、を備える。ここで、ナノ中空粒子とは、ナノオーダー(1nm以上1μm未満)の粒径を有する中空の粒子を意味する。
【0008】
この発明の一の局面におけるピストンでは、上記のように、無機化合物中に鱗片状の無機中実粒子と、ナノ中空粒子とを分散させる。これにより、鱗片状の無機中実粒子を分散させることによって、保護層表面の平滑性を確保することができるので、保護層表面でのクラックの発生を抑制することができるとともに、保護層表面と燃焼室との接触面積を小さくして燃焼室側から保護層に伝わる熱量(伝熱流量)を低減させることができる。さらに、積層状態で保護層内に分散された鱗片状の無機中実粒子により、保護層の厚み方向におけるクラックの発生を抑制することができる。また、ナノ中空粒子を分散させることによって、ナノ中空粒子内の空隙により保護層の断熱性を向上させることができる。さらに、従来の中実粒子だけを分散させていた場合と比較して、無機化合物中の隣接する横方向(保護層の厚み方向に直交する方向)に長い鱗片状の無機中実粒子の間にナノ中空粒子を配置して、横方向において無機中実粒子同士を離間させることができるので、隣接する無機中実粒子の間(隙間)を介して無機化合物中の応力を保護層の横方向だけでなく厚み方向にも分散(緩和)させることができる。すなわち、保護層の横方向にクラックを発生させる応力が集中するのを抑制することができる。このため、高温環境下におけるピストンと保護層との熱膨張差に起因する応力を効果的に分散(緩和)させることができる。この結果、保護層表面だけでなく、保護層内にクラックが発生して伝播するのを抑制することができるので、保護層が剥離に至るのを抑制することができる。したがって、保護層により、高温環境下においても断熱性を向上させることができる。
【0009】
上記一の局面におけるピストンにおいて、好ましくは、無機化合物中におけるナノ中空粒子の体積比率は、無機化合物中における無機中実粒子の体積%よりも小さい。
【0010】
このように構成すれば、保護層内および保護層表面でのクラックの発生を抑制することと、断熱性との両方の効果を効果的に発揮することができる。
【0011】
この場合、好ましくは、無機化合物中におけるナノ中空粒子の体積比率は、5体積%以上30体積%以下である。
【0012】
このように構成すれば、無機化合物中におけるナノ中空粒子の体積比率の上限が30体積%に設定されるので、ナノ中空粒子(空隙)の体積比率が大きくなりすぎて、保護層が応力に対して弱くなるのを抑制することができる。また、無機化合物中におけるナノ中空粒子の体積比率の下限が5体積%に設定されるので、ナノ中空粒子の体積比率が小さくなりすぎて、保護層内における横方向へのクラックの伝播を抑制する効果が発揮されなくなるのを効果的に防ぐことができる。
【0013】
上記ナノ中空粒子の体積比率が無機中実粒子の体積比率よりも小さい構成において、好ましくは、無機化合物中における無機中実粒子の体積比率は、35体積%以上75体積%以下である。
【0014】
このように構成すれば、無機化合物中における無機中実粒子の体積比率の上限が75体積%に設定されるので、無機中実粒子の体積比率が75体積%よりも大きくなる場合と比較して、保護層内における横方向へのクラックの伝播を抑制することができる。また、無機化合物中における鱗片状の無機中実粒子の体積比率の下限が35体積%に設定されるので、無機中実粒子により保護層表面におけるクラックの発生を確実に抑制することができる。以上により、保護層によって、高温環境下においてもより効果的に断熱性を向上させることができる。
【0015】
上記一の局面におけるピストンにおいて、好ましくは、保護層は、保護層中においてランダム方向に延びる空隙をさらに含む。ここで、空隙とは、ナノ中空粒子の内側にある空間部分を除いた保護層中の隙間である。なお、空隙は、一般的に個々のナノ中空粒子の粒径に比して十分に大きい。
【0016】
このように構成すれば、ランダム方向に延びる空隙によって、高温環境下におけるピストンと保護層との熱膨張差に起因する応力を効果的に分散(緩和)することができる。
【0017】
この場合、好ましくは、無機化合物中におけるナノ中空粒子の体積比率は、無機化合物中における空隙の体積比率よりも大きい。
【0018】
このように構成すれば、無機化合物中において、一般的に個々のナノ中空粒子の粒径よりも大きい空隙の体積比率が大きくなりすぎるのを抑制することにより、空隙同士が接続される(クラックが伝播する)のを抑制することができるとともに、クラックの伝播を抑制するナノ中空粒子の体積比率を確保することができる。その結果、保護層により、高温環境下においてもより断熱性を向上させることができる。
【0019】
なお、本出願の上記一の局面によるピストンでは、以下のような構成も考えられる。
【0020】
(付記項1)
すなわち、上記無機化合物中におけるナノ中空粒子の体積%が5体積%以上30体積%以下である構成において、ナノ中空粒子の体積%は、5体積%以上20体積%以下である。
【0021】
このように構成すれば、無機中実粒子の体積比率が20体積%よりも大きく30体積%以下となる場合と比較して、ナノ中空粒子(空隙)の体積比率が大きくなりすぎて、保護層が応力に対して弱くなるのを抑制することができる。
【0022】
(付記項2)
また、上記無機化合物中における無機中実粒子の体積%が35体積%以上75体積%以下である構成において、無機化合物中における無機中実粒子の体積%は、50体積%以上65体積%以下である。
【0023】
このように構成すれば、無機中実粒子の体積比率が65体積%よりも大きく75体積%以下となる場合と比較して、保護層内における横方向へのクラックの伝播を抑制することができる。また、無機中実粒子の体積比率が35体積%以上50体積%未満となる場合と比較して、無機中実粒子により保護層表面におけるクラックの発生を確実に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明の一実施形態による内燃機関の燃焼室周辺を示した模式図である。
【
図2】本発明の一実施形態によるコーティング層周辺を示した拡大断面図である。
【
図3】参考例1~8の加熱試験に用いるコーティング層を形成するための焼成パターンを示したグラフである。
【
図4】加熱試験において電気炉によりコーティング層が形成されたピストンを加熱している状態を示した図である。
【
図5】加熱試験において加熱されたコーティング層を水により冷却している状態を示した図である。
【
図6】加熱試験においてAC8A-T6相当のアルミニウム合金が溶体化しないことを説明するためのグラフである。
【
図7】参考例1~8(ナノ中空粒子なし)の加熱試験の結果を示した図である。
【
図8】本発明の実施例1~3(ナノ中空粒子あり)の加熱試験の結果を示した図である。
【
図9】本発明の実施例2(ナノ中空粒子あり)の加熱試験後のコーティング層の断面写真を示した図である。
【
図10】密着力試験において錘を用いてコーティング層にピンを接着する手順を説明するための図である。
【
図11】密着力試験においてコーティング層に接着されたピンを引っ張る手順を説明するための図である。
【
図12】参考例1~8(ナノ中空粒子なし)の密着力試験の結果を示したグラフである。
【
図13】本発明の実施例2(ナノ中空粒子あり)の密着力試験の結果を示したグラフである。
【
図14】DSC法による測定に用いる装置を示した図である。
【
図16】本発明の実施例2(ナノ中空粒子あり)の熱伝導率の結果を示した図である。
【
図17】参考例1(ナノ中空粒子なし)の熱伝導率の測定結果を示した図である。
【
図18】本発明の一実施形態の変形例によるコーティング層周辺を示した拡大断面図である。
【
図19】本発明の一実施形態の変形例の加熱試験の結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
【0026】
図1および
図2を参照して、本発明の一実施形態による車両の内燃機関100(エンジン)の構成について説明する。
【0027】
(内燃機関の構成)
本実施形態による内燃機関100は、
図1に示すように、燃料が燃焼する燃焼室100aを有している。この燃焼室100aは、下部を構成するピストン10と、側部の一部を構成するシリンダブロック20と、上部を構成するシリンダヘッド30とに囲まれた空間に形成されている。また、ピストン10は、アルミニウム合金からなるピストン本体11と、ピストン10の燃焼室100a側の頂部10aに配置され、断熱性が高い(熱伝導率の低い)コーティング層(保護層)40とを含んでいる。このコーティング層40により、燃焼室100a内の熱がピストン本体11を介して燃焼室100a内から逃げるのが抑制されている。
【0028】
<コーティング層の構成>
ここで、本実施形態では、コーティング層40は、
図2に示すように、ピストン本体11の頂部10aにおける表面上に形成されている。なお、コーティング層40は、ピストン10の最外層を構成しており、燃焼室100a側に露出している。
【0029】
コーティング層40は、たとえば約700℃を超える高温環境下においてもクラックなどが生じにくく、かつ、伝播し難いように設けられている。また、コーティング層40は、コーティング層40を主に形成する層本体部(無機化合物)40aと、層本体部40a中に分散された多数の無機中実粒子40bと、層本体部40a中に分散された多数のナノ中空粒子40cとを含んでいる。
【0030】
コーティング層40の層本体部40aは、ケイ素アルコキシド、ジルコニウムアルコキシド、アルミニウムアルコキシド、セリウムアルコキシドのようなアルコキシドから形成された、金属酸化物からなる無機化合物から構成されている。これにより、コーティング層40として、耐熱性、耐薬品性および強度が高い強固な無機被膜が形成されている。特に、ジルコニウムアルコキシドは、靱性があり、ピストン本体11を形成するアルミ二ウム合金の伸びに追随しやすく好ましい。
【0031】
本実施形態のように、コーティング層40の層本体部40aを、アルコキシドから形成された、金属酸化物からなる無機化合物から構成した場合には、アルコキシドを処理した際に副産物として水やアルコールが生じるものの、熱処理によりコーティング層40から容易に除去することが可能である。これにより、異物がコーティング層40中に残存するのを抑制することができるので、コーティング層40の耐熱性を向上させることが可能である。
【0032】
また、たとえば、ケイ素アルコキシド(Si(OR)4:Rはエチル基などの官能基)を用いてコーティング層40の層本体部40aを形成する場合には、熱処理により脱水反応や脱アルコール反応が生じて、シロキサン結合から主に構成された無機化合物が層本体部40aとして形成される。これにより、コーティング層40として、耐熱性、耐薬品性および強度が高い強固な無機被膜が形成される。
【0033】
なお、アルコキシドとしては、ケイ素アルコキシド、ジルコニウムアルコキシド(Zr(OR)4)、アルミニウムアルコキシド(Al(OR)4)、セリウムアルコキシド(Ce(OR)4)を単独、または、複数用いることが可能である。この際、酸素を含む共有結合(-X-O-Y-:X(Y)は、Si、Zr、AlまたはCeのいずれか)から主に構成された無機化合物が層本体部40aして形成されて、コーティング層40として、耐熱性、耐薬品性および強度が高い強固な無機被膜が形成される。
【0034】
コーティング層40の層本体部40aには、アルコキシドを用いて形成された金属酸化物からなる無機化合物中に、アミノ基(-NH2)を有する結合剤が分散されている。なお、結合剤は、アミノプロピルトリエトキシシランや、アミノプロピルトリメトキシシラン、アミノプロピルメチルジメトキシシランなどのアミノ系のカップリング剤から形成されており、層形成時にシロキサン結合の一部に入り込む。これにより、極性基であり水素結合を形成しやすいアミノ基を含む結合剤がコーティング層40の層本体部40aに分散される。この結合剤のアミノ基は、コーティング層40内の構成成分である共有結合(-X-O-Y-:X(Y)は、Si、Zr、AlまたはCeのいずれか)内の酸素と水素結合を形成したりする。これにより、コーティング層40の強度が向上されている。
【0035】
コーティング層40の無機中実粒子40bは、鱗片状で、かつ、内部が中空ではなく無機材料が充填されている無機粒子から構成されている。なお、「鱗片状」とは、厚み方向に小さく、厚み方向と直交する面上に延びる鱗状の薄片を意味する。具体的には、無機中実粒子40bは、鱗片状のタルク、マイカ、および、ウォラストナイトから構成されている。なお、無機中実粒子40bは、タルク、マイカ、または、ウォラストナイトのいずれか1つから構成されていてもよいし、いずれか2種または3種すべてが混合されて構成されていてもよい。また、無機中実粒子40bの平均粒径(厚み方向と直交する面上における平均粒径)は、約0.1μm以上約100μm以下であり、約1μm以上約20μm以下であるのが好ましい。また、無機中実粒子40bの平均粒径は、約5μm以上約10μm以下であるのがより好ましく、約5μmであるのが最も好ましい。
【0036】
なお、タルクとは、含水ケイ酸マグネシウム(Mg3Si4O10(OH)2)を意味し、比重が2.7程度である。また、マイカとは、ケイ酸塩鉱物(KMg3(Si3Al)O10(OH)2)を意味し、比重が2.9程度である。また、ウォラストナイトとは、ケイ酸塩鉱物(CaSiO3)を意味し、比重が2.9程度である。また、タルク、マイカ、および、ウォラストナイトのいずれも、1000℃程度の温度条件下に配置されても融解等が生じずに、十分な耐熱性を有している。
【0037】
また、鱗片状の無機中実粒子40bは、層本体部40a中で層をなすように分散されている。なお、無機中実粒子40bは、層本体部40a中において、約35体積%以上約75体積%以下になるように分散されており、その結果、十分な量の無機中実粒子40bが層本体部40a中に分散されていることによって、無機中実粒子40bは、層本体部40a中で積層している。また、無機中実粒子40bは、層本体部40a中において、約50体積%以上約65体積%以下になるように分散されているのが好ましい。
【0038】
また、層本体部40a中に分散された無機中実粒子40bが鱗片状であることによって、コーティング層40の表面(外表面)の凹凸(表面粗さ)に与える影響は、球状の粒子や立方体状の粒子が分散されている場合と比べて小さい。この結果、コーティング層40の表面は平滑に形成されている。なお、層本体部40a中に分散されたナノ中空粒子40cは、無機中実粒子40bと比較して十分に小さいため、コーティング層40の表面の平滑性に略影響することはない。
【0039】
コーティング層40のナノ中空粒子40cは、外殻に覆われた内部が中空の粒子であり、中空部分における熱伝導率が小さい。これにより、多数のナノ中空粒子40cが層本体部40a中に分散されたコーティング層40では、ナノ中空粒子40cの中空部分が空隙となることによって、熱伝導率が低下して断熱性が向上する。無機化合物中におけるナノ中空粒子40cの体積比率は、無機化合物中における無機中実粒子40bの体積比率よりも小さい。ナノ中空粒子40cは、層本体部40a中において、約5体積%以上約30体積%以下になるように分散されている。また、ナノ中空粒子40cは、層本体部40a中において、約5体積%以上約20体積%以下になるように分散されているのがより好ましく、約20体積%であるのが最も好ましい。ナノ中空粒子40cにおける空隙(外殻を除いた部分)の体積比率は、ナノ中空粒子40c全体の体積比率の約半分である。なお、形成後のコーティング層40内における粒子全体(無機中実粒子40bとナノ中空粒子40cとを合わせた全体の粒子)の体積比率が、約80体積%以下になるように分散されているのが好ましい。
【0040】
ナノ中空粒子40cは、ある程度の粒径のバラつきを有するシリカバルーン、アルミナバルーン等のセラミックスバルーンにより形成されている。ナノ中空粒子40cの平均粒径は、約10nm以上約500nm以下であり、約30nm以上約150nm以下であるのが好ましい。また、ナノ中空粒子40cの平均粒径は、約50nm以上約100nm以下であるのがより好ましい。但し、これに限定されるものではない。なお、平均粒径は、電子顕微鏡を用いた観察における単純平均である。
【0041】
ナノ中空粒子40cの外殻の厚みは、約1nm以上50nm以下であるのが好ましい。また、ナノ中空粒子40cの外殻の厚みは、約5nm以上15nm以下であるのがより好ましい。ナノ中空粒子40cの粒径の下限については、電子顕微鏡を用いた観察により、8nmから9nm程度と確認することができる。ナノ中空粒子40cの直径の上限については、電子顕微鏡を用いた観察により、600nmから800nm程度と確認することができる。ナノ中空粒子40cの外殻は、平滑であってもよいし、微小な凹凸があってもよい。
【0042】
ナノ中空粒子40cは、球形状、回転楕円体形状または立方体形状を有している。ここで、「球形状」とは、球に限らず、面で囲まれた球に近い形状を含む概念であり、「回転楕円体形状」とは、回転楕円体に限らず、面で囲まれた回転楕円体に近い形状を含む概念であり、「立方体形状」とは、立方体に限らず、面で囲まれた立方体に近い形状を含む概念である。
【0043】
コーティング層40は、コーティング層40中においてランダム方向に延びる複数の空隙41が形成されている。この空隙41は、鱗片状の無機中実粒子40bの層間のうち、層本体部40aが配置されない層間に形成されている。この空隙41により、コーティング層40における断熱性が向上されている。なお、コーティング層40における空隙41の割合(空隙率)は、約1.5体積%以上約5体積%未満である。したがって、層本体部40a中におけるナノ中空粒子40cの体積比率(約5体積%以上約30体積%以下)は、層本体部40a中における空隙41の体積比率よりも大きい。ここで、コーティング層40における空隙率が約5%未満で十分に小さいことによって、コーティング層40において大きなクラックが発生するのを十分に抑制することが可能である。
【0044】
なお、コーティング層40の厚みtは、約10μm以上約500μm以下である。厚みtは、約10μm以上約300μm以下であるのがより好ましい。コーティング層40の膜厚が薄すぎると耐熱性の効果が低くなり、膜厚が厚すぎると膜内に応力が集中しやすくなるため、被膜を良好に維持することが難しくなる。
【0045】
(ピストンの製造プロセス)
次に、
図1および
図2を参照して、本実施形態によるコーティング層40が形成されたピストン10の製造プロセスについて説明する。
【0046】
まず、鋳造などにより所定の形状に形成されたアルミニウム合金からなるピストン本体11を準備する。そして、
図2に示すように、ピストン本体11の頂部10aにおける表面上にコーティング層40を形成する。
【0047】
具体的には、まず、イソプロピルアルコールなどの溶媒に所定の平均粒径を有する鱗片状の無機中実粒子40bを添加して、溶媒中に無機中実粒子40bを分散させる。そして、所定のアルコキシドが含まれる無機塗料に、無機中実粒子40bを含む溶媒と、所定の平均粒径を有するナノ中空粒子40cとを添加した後、攪拌機を用いて撹拌する。なお、イソプロピルアルコールなどの溶媒に無機中実粒子40bおよびナノ中空粒子40cを分散させることにより、スプレーを用いた溶液の塗布を行う場合に、スプレー(塗装ガン)の目詰まりを抑制することができる。
【0048】
溶媒量を調整して塗料粘度を調整することにより、溶剤の揮発が抑制されて、塗布工程を確実に行うことが可能となる。また、溶媒を添加して塗料粘度を調整することにより、後述する焼成工程に掛かる時間を短縮することができる。また、溶媒量を調整して塗料粘度を調整することにより、アルコキシドを確実に硬化させて、ピストン10の使用に際して燃焼ガスの圧力に耐えることができる。溶媒の添加量は、無機塗料に対して重量比で約20重量%以上約50重量%以下であるのが好ましい。
【0049】
なお、無機塗料に無機中実粒子40bを添加する際、形成後のコーティング層40内における無機中実粒子40bの体積比率が約35体積%以上約75体積%以下になるように、鱗片状の無機中実粒子40bを添加する。また、無機塗料にナノ中空粒子40cを添加する際、形成後のコーティング層40内におけるナノ中空粒子40cの体積比率が約5体積%以上約30体積%以下になるように、ナノ中空粒子40cを添加する。また、形成後のコーティング層40内における粒子全体(無機中実粒子40bとナノ中空粒子40cとを合わせた全体の粒子)の体積比率が、約80体積%以下になるように、無機中実粒子40bおよびナノ中空粒子40cを添加する。
【0050】
そして、鱗片状の無機中実粒子40bとナノ中空粒子40cとが添加された無機塗料を、ピストン本体11の頂部10aにおける表面上にスプレー等により塗布して、焼き付ける(焼成を行う)。これにより、ピストン本体11の表面上に、無機中実粒子40bおよびナノ中空粒子40cが分散されたコーティング層40が所定の厚みtになるように形成される。以上により、
図1に示すようなコーティング層40が頂部10aに形成されたピストン10が製造される。
【0051】
(本実施形態の効果)
上記本実施形態では、以下のような効果を得ることができる。
【0052】
本実施形態では、上記のように、層本体部40a中に鱗片状の無機中実粒子40bと、ナノ中空粒子40cとを分散させる。ここで、ナノ中空粒子40cとは、ナノオーダー(1nm以上1μm未満)の粒径を有する中空の粒子を意味する。これにより、鱗片状の無機中実粒子40bを分散させることによって、コーティング層40表面の平滑性を確保することができるので、コーティング層40表面でのクラックの発生を抑制することができるとともに、コーティング層40表面と燃焼室100aとの接触面積を小さくして燃焼室100a側からコーティング層40に伝わる熱量(伝熱流量)を低減させることができる。さらに、積層状態でコーティング層40内に分散された鱗片状の無機中実粒子40bにより、コーティング層40の厚み方向におけるクラックの発生を抑制することができる。また、ナノ中空粒子40cを分散させることによって、ナノ中空粒子40c内の空隙によりコーティング層40の断熱性を向上させることができる。さらに、従来の中実粒子だけを分散させていた場合と比較して、層本体部40a中の隣接する横方向(コーティング層40の厚み方向に直交する方向)に長い鱗片状の無機中実粒子40bの間にナノ中空粒子40cを配置して、コーティング層40の厚み方向に直交する横方向において無機中実粒子40b同士を離間させることができるので、隣接する無機中実粒子40bの間(隙間)を介して層本体部40a中の応力を横方向だけでなくコーティング層40の厚み方向にも分散(緩和)させることができる。すなわち、保護層の横方向にクラックを発生させる応力が集中するのを抑制することができる。このため、高温環境下におけるピストン10とコーティング層40との熱膨張差に起因する応力を効果的に分散(緩和)させることができる。この結果、コーティング層40表面だけでなく、コーティング層40内にクラックが発生して伝播するのを抑制することができるので、コーティング層40が剥離に至るのを抑制することができる。したがって、コーティング層40により、高温環境下においても断熱性を向上させることができる。
【0053】
また、本実施形態では、上記のように、層本体部40a中におけるナノ中空粒子40cの体積比率は、層本体部40a中における無機中実粒子40bの体積%よりも小さい。これにより、コーティング層40内およびコーティング層40表面でのクラックの発生を抑制することと、断熱性との両方の効果を効果的に発揮することができる。
【0054】
また、本実施形態では、上記のように、層本体部40a中におけるナノ中空粒子40cの体積比率は、5体積%以上30体積%以下である。これにより、層本体部40a中におけるナノ中空粒子40cの体積比率の上限が30体積%に設定されるので、ナノ中空粒子40c(空隙)の体積比率が大きくなりすぎて、コーティング層40が応力に対して弱くなるのを抑制することができる。また、層本体部40a中におけるナノ中空粒子40cの体積比率の下限が5体積%に設定されるので、ナノ中空粒子40cの体積比率が小さくなりすぎて、コーティング層40内における横方向へのクラックの伝播を抑制する効果が発揮されなくなるのを効果的に防ぐことができる。
【0055】
また、本実施形態では、上記のように、層本体部40a中における無機中実粒子40bの体積比率は、35体積%以上75体積%以下である。これにより、層本体部40a中における無機中実粒子40bの体積比率の上限が75体積%に設定されるので、無機中実粒子40bの体積比率が75体積%よりも大きくなる場合と比較して、コーティング層40内における横方向へのクラックの伝播を抑制することができる。また、層本体部40a中における鱗片状の無機中実粒子40bの体積比率の下限が35体積%に設定されるので、無機中実粒子40bによりコーティング層40表面におけるクラックの発生を確実に抑制することができる。以上により、コーティング層40によって、高温環境下においてもより効果的に断熱性を向上させることができる。
【0056】
また、本実施形態では、上記のように、コーティング層40は、コーティング層40中においてランダム方向に延びる空隙41をさらに含む。ここで、空隙41とは、ナノ中空粒子40cの内側にある空間部分を除いたコーティング層40中の隙間である。なお、空隙41は、一般的に個々のナノ中空粒子40cの粒径に比して十分に大きい。これにより、ランダム方向に延びる空隙41によって、高温環境下におけるピストン10とコーティング層40との熱膨張差に起因する応力を効果的に分散(緩和)することができる。
【0057】
また、本実施形態では、上記のように、層本体部40a中におけるナノ中空粒子40cの体積比率は、層本体部40a中における空隙41の体積比率よりも大きい。これにより、層本体部40a中において、一般的に個々のナノ中空粒子40cの粒径よりも大きい空隙41の体積比率が大きくなりすぎるのを抑制することにより、空隙41同士が接続される(クラックが伝播する)のを抑制することができるとともに、クラックの伝播を抑制するナノ中空粒子40cの体積比率を確保することができる。その結果、コーティング層40により、高温環境下においてもより効果的に断熱性を向上させることができる。
【0058】
また、本実施形態では、上記のように、ナノ中空粒子40cの体積%は、5体積%以上20体積%以下である。これにより、無機中実粒子40bの体積比率が20体積%よりも大きく30体積%以下となる場合と比較して、ナノ中空粒子40c(空隙)の体積比率が大きくなりすぎて、コーティング層40が応力に対して弱くなるのを抑制することができる。
【0059】
また、本実施形態では、上記のように、層本体部40a中における無機中実粒子40bの体積%は、50体積%以上65体積%以下である。これにより、無機中実粒子40bの体積比率が65体積%よりも大きく75体積%以下となる場合と比較して、コーティング層40内における横方向へのクラックの伝播を抑制することができる。また、無機中実粒子40bの体積比率が35体積%以上50体積%未満となる場合と比較して、無機中実粒子40bによりコーティング層40表面におけるクラックの発生を確実に抑制することができる。
【0060】
[参考例1~8の加熱試験]
次に、参考例1~8のピストンの加熱試験(熱衝撃試験)について説明する。
【0061】
<ナノ中空粒子を含まないコーティング層の加熱試験>
コーティング層の剥離への無機中実粒子(マイカ)の影響を見極めるために、マイカを含み、ナノ中空粒子を含まないコーティング層をピストンの頂部に形成して加熱試験を行った。加熱試験では、コーティング層が頂部に形成されたピストンを所定温度に加熱した後、所定時間保持した。その後、コーティング層が頂部に形成されたピストンを急冷して、剥離の有無を確認した。以下、詳細について説明する。
【0062】
<参考例1~8の構成>
参考例1は、コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が、50体積%になるように形成した。すなわち、参考例1のコーティング層は、上記一実施形態のコーティング層40(
図1参照)に対応する無機中実粒子の体積比率(50体積%以上65体積%以下)となるように形成されている。
【0063】
以下、参考例1のピストンおよびコーティング層の作製方法について説明する。まず、ピストンを作製した。ピストンの頂部は、直径50mmの円形状に形成した。ピストン本体を構成するアルミニウム合金として、AC8A-T6(JIS 5202に規定)相当のアルミニウム合金を用い、鋳造により所定の形状に形成した。なお、AC8A-T6相当のアルミニウム合金の組成は、Si:11質量%以上13質量%以下、Cu:2.5質量%以上4.0質量%以下、Mg:0.5質量%以上1.2質量%以下、Ni:1.75質量%以上3.0質量%以下、Fe:0.5質量%以下、Zn:0.15質量%以下、Mn:0.15質量%以下、Ti:0.05質量%以上0.20質量%以下、Zr:0.05質量%以上0.20質量%以下、V:0.05質量%以上0.10質量%以下、Cr:0.05質量%以下、Sn:0.05質量%以下、Pb:0.03質量%以下、Al:残部である。なお、AC8A-T6相当のアルミニウム合金は、比較的大きなSiの含有率を有する材料である。
【0064】
そして、ピストン本体の頂部における表面上にコーティング層を形成した。具体的には、溶剤としてのイソプロピルアルコール(IPA)に、無機中実粒子としての合成マイカを添加した。その後、層本体部としてのプロポキシアルコキシドが含有された無機塗料に、合成マイカを含むイソプロピルアルコールと、シランカップリング剤とを添加して攪拌機を用いて撹拌した。
【0065】
なお、参考例1では、無機塗料の撹拌時において、無機塗料に含まれるプロポキシアルコキシドの体積比率は、13.53体積%であり、合成マイカの体積比率は、9.71体積%であり、シランカップリング剤の体積比率は、5.06体積%であり、イソプロピルアルコールの体積比率は、71.70体積%であった。
【0066】
その後、層本体部に無機中実粒子が添加された無機塗料を頂部側からピストン本体の表面上に塗布して焼成を行った。焼成には電気炉を用いた。焼成パターンの一例として、
図3に示すように、まず、ピストンを電気炉内に配置した状態でt1時間を掛けて、電気炉内の雰囲気温度をT1℃(室温)からT2℃に上昇させた。その後、t2時間継続して、電気炉内の雰囲気温度をT2℃に保持した。その後、t3時間を掛けて、電気炉内の雰囲気温度をT2℃からT3℃に上昇させた。その後、t4時間継続して、電気炉内の雰囲気温度をT3℃に保持した。その後、t5時間を掛けて、電気炉内の雰囲気温度をT3℃からT1(室温)℃に低下させた。
【0067】
以上により、ピストンの頂部の表面上に、無機化合物からなる層本体部と、層本体部中に分散された多数の無機中実粒子とを含むコーティング層を形成した。この際、コーティング層が、30μmの厚みt(
図2参照)になるように、コーティング層を形成した。また、コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が、50体積%になるように、コーティング層を形成した。これにより、参考例1のピストンを作製した。
【0068】
参考例2、3および4では、それぞれ、コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が55体積%、60体積%および65体積%になるように、コーティング層を形成した。すなわち、参考例2~4のコーティング層を、上記実施形態のコーティング層40(
図1参照)に対応する無機中実粒子の体積比率(50体積%以上65体積%以下)となるように形成した。参考例2~4のピストンおよびコーティング層の作製方法は、参考例1と同様であるため説明を省略する。
【0069】
参考例5、6、7および8では、それぞれ、コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が45体積%、70体積%、75体積%および80体積%になるように、コーティング層を形成した。すなわち、参考例5~8のコーティング層を、上記実施形態のコーティング層40(
図1参照)とは異なる無機中実粒子の体積比率(50体積%未満または65体積%より大きい)となるように形成した。参考例5~8のピストンおよびコーティング層の作製方法は、参考例1と同様であるため説明を省略する。
【0070】
なお、参考例8では、無機塗料の撹拌時において、無機塗料に含まれるプロポキシアルコキシドの体積比率は、8.11体積%であり、合成マイカの体積比率は、20.08体積%であり、シランカップリング剤の体積比率は、3.03体積%であり、イソプロピルアルコールの体積比率は、68.78体積%であった。
【0071】
この他、コーティング層内の無機中実粒子の体積比率がそれぞれ35体積%および40体積%になるコーティング層の作製を試みたが、いずれの場合もコーティング層の作製直後に剥離が発生し加熱試験を行うことができなかった。
【0072】
(加熱試験方法)
次に、加熱試験方法の詳細について説明する。加熱試験方法には、コーティング層が形成されたピストンを加熱する手順と、加熱後にコーティング層を冷却する手順と、冷却した冷却後にコーティング層の剥離を判断する手順との3つの手順がある。以下、詳細について説明する。
【0073】
<参考例1の加熱試験方法>
まず、
図4に示すように、上記参考例1により作製されたコーティング層が形成されたピストンを電気炉内に設置した。その後、電気炉内の雰囲気温度がT10℃となるように加熱して、電気炉内の雰囲気温度がT10℃(炉内保持温度)に到達した時点から所定時間継続して電気炉内の雰囲気温度をT10℃に保持した。
【0074】
図5に示すように、所定時間経過後、速やかに電気炉からピストンを取り出し、コーティング層を常温の水に水没させて冷却した。なお、水没状態は、数秒間(たとえば5~20秒間程度)継続して保持した。また、できる限りコーティング層のみを水没させて、ピストン本体に水が触れないようにした。
【0075】
ここで、
図6に示すように、炉内保持温度をT10℃とした場合、電気炉内では、ピストンの温度が最高でT11℃に達した。なお、T10℃は、加熱試験を行う際の最大の炉内保持温度を示している。T11℃は、T10℃よりも低い温度であり、たとえば、T10℃の約3分の2の大きさの温度である。T11℃は、AC8A-T6相当のアルミニウム合金の溶体化処理温度よりも低い。
【0076】
次に、加熱および冷却後に、コーティング層が形成されたピストンの外観を観察して、剥離の有無を判断した。
【0077】
なお、加熱試験(上記3つの手順)は、剥離が発生するまで、同一のピストンに対して最大で原則5回連続して繰り返し行った(試験繰返し回数を5回とした)。また、上記参考例1により作製されたコーティング層が形成された同一構成のピストン(同一の製造方法により製造されたピストン)を原則2つ用意して、各ピストンに対して加熱試験を行った。これは、製造毎のばらつきを考慮するためである。
【0078】
上記参考例1により作製されたコーティング層について、炉内保持温度が、例えば、450℃以上570℃以下の範囲に含まれるTb℃、Tc℃、Td℃およびTe℃(Tb℃<Tc℃<Td℃<Te℃)の各温度となる場合について加熱試験を行い、剥離の有無を判断した。なお、参考例1および6では、炉内保持温度がTc℃の場合、1つのピストンのみに対して加熱試験を行った。また、参考例7では、炉内保持温度がTd℃およびTe℃の場合、1つのピストンのみに対して加熱試験を行った。また、参考例8では、炉内保持温度がTe℃の場合、1つのピストンのみに対して加熱試験を行った。
【0079】
<参考例2および3の加熱試験方法>
上記参考例2および3により作製されたコーティング層については、それぞれ、炉内保持温度がTb℃、Td℃およびTe℃になる場合について加熱試験を行い、剥離の有無を判断した。その他の加熱試験方法は、上記参考例1と同様である。
【0080】
<参考例4の加熱試験方法>
上記参考例4により作製されたコーティング層については、炉内保持温度がTe℃になる場合について加熱試験を行った。その他の加熱試験方法は、上記参考例1と同様である。
【0081】
<参考例5の加熱試験方法>
上記参考例5により作製されたコーティング層については、炉内保持温度がTb℃になる場合について加熱試験を行い、剥離の有無を判断した。その他の加熱試験方法は、上記参考例1と同様である。
【0082】
<参考例6および7の加熱試験方法>
上記参考例6および7により作製されたコーティング層については、それぞれ、炉内保持温度がTa℃(450℃以上Tb℃未満の温度)、Tb℃、Tc℃、Td℃およびTe℃になる場合について加熱試験を行い、剥離の有無を判断した。その他の加熱試験方法は、上記参考例1と同様である。
【0083】
<参考例8の加熱試験方法>
上記参考例8により作製されたコーティング層については、炉内保持温度がTa℃、Tb℃、Tc℃およびTe℃になる場合について加熱試験を行い、剥離の有無を判断した。その他の加熱試験方法は、上記参考例1と同様である。
【0084】
(参考例1~8の加熱試験の結果)
【0085】
図7に示す結果としては、参考例1では、炉内保持温度がTb℃、Tc℃およびTd℃の場合、コーティング層の剥離が発生しなかった。なお、
図7(
図8、
図19)では、剥離が確認できなかったことを○の記号で示し、剥離が確認できたことを×の記号で示している。
【0086】
また、参考例1では、炉内保持温度がTe℃の場合、一方のピストンに対してはコーティング層の剥離が発生することなく、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が4回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0087】
参考例2では、炉内保持温度がTb℃およびTd℃の場合、コーティング層の剥離が発生しなかった。
【0088】
また、参考例2では、炉内保持温度がTe℃の場合、一方のピストンに対しては試験繰返し回数が5回目でコーティング層の剥離が発生し、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が4回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0089】
参考例3では、炉内保持温度がTb℃およびTd℃の場合、コーティング層の剥離が発生しなかった。
【0090】
また、参考例3では、炉内保持温度がTe℃の場合、一方のピストンに対してはコーティング層の剥離が発生することなく、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が5回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0091】
参考例4では、炉内保持温度がTe℃の場合、コーティング層の剥離が発生しなかった。
【0092】
参考例5では、炉内保持温度がTb℃の場合、試験繰返し回数が1回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0093】
参考例6では、炉内保持温度がTa℃の場合、コーティング層の剥離が発生しなかった。
【0094】
また、参考例6では、炉内保持温度がTb℃、Tc℃およびTd℃の場合、試験繰返し回数が1回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0095】
また、参考例6では、炉内保持温度がTe℃の場合、一方のピストンに対しては試験繰返し回数が4回目でコーティング層の剥離が発生し、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が1回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0096】
参考例7では、炉内保持温度がTa℃の場合、一方のピストンに対してコーティング層の剥離が発生することなく、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が5回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0097】
また、参考例7では、炉内保持温度がTb℃、Td℃およびTe℃の場合、試験繰返し回数が1回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0098】
また、参考例7では、炉内保持温度がTc℃の場合、一方のピストンに対しては試験繰返し回数が2回目でコーティング層の剥離が発生し、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が1回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0099】
参考例8では、炉内保持温度がTa℃の場合、一方のピストンに対してはコーティング層の剥離が発生することなく、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が5回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0100】
また、参考例8では、炉内保持温度がTb℃の場合、一方のピストンに対してはコーティング層の剥離が発生することなく、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が4回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0101】
また、参考例8では、炉内保持温度がTc℃の場合、一方のピストンに対してはコーティング層の剥離が発生することなく、他方のピストンに対しては試験繰返し回数が1回目でコーティング層の剥離が発生した。なお、炉内保持温度がTc℃の場合、一方のピストンに対しての試験繰返し回数を5回ではなく、3回とした。
【0102】
また、参考例8では、炉内保持温度がTe℃の場合、試験繰返し回数が1回目でコーティング層の剥離が発生した。
【0103】
以上の結果より、今回、参考例1~4(コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が50体積%、55体積%、60体積%および65体積%の場合)の方が、参考例5~8(コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が45体積%、70体積%および80体積%の場合)よりも、Tb℃以上Te℃以下の高温環境下において、コーティング層の剥離が発生しにくいことが確認できた。また、参考例1~4では、参考例5~8とは異なり、少なくとも、試験繰返し回数が1回目でコーティング層の剥離が略発生しない(発生しにくい)ことが確認できた。また、参考例1~4では、Tb℃以上Td℃以下の高温環境下の場合、特に、コーティング層の剥離が略発生しない(発生しにくい)ことが確認できた。
【0104】
したがって、コーティング層内の無機中実粒子の体積比率を50体積%~65体積%の範囲とすることが、コーティング層の剥離が略発生しない(発生しにくい)ため、好ましいと確認できた。また、コーティング層中の無機中実粒子の体積比率を大きくしすぎることが好ましくないことが確認された。なお、参考例1~4では後述する熱伝導率の結果が好ましくない結果となった。そこで、コーティング層に、無機中実粒子に加えて、ナノ中空粒子もコーティング層に分散して加熱試験を行った。以下説明する。
【0105】
[実施例1~3の加熱試験]
<ナノ中空粒子を含むコーティング層の加熱試験>
次に、コーティング層の剥離へのナノ中空粒子の影響を見極めるために、マイカおよびナノ中空粒子を含むコーティング層をピストンの頂部に形成して加熱試験を行った。試験方法は上記ナノ中空粒子を含まないコーティング層の加熱試験方法と同様であるため説明を省略する。
【0106】
<実施例1~3の構成>
実施例1のピストン10およびコーティング層40の作製方法について説明する。
【0107】
まず、実施例1では、ピストン10を作製し、ピストン本体11の頂部10aにおける表面上にコーティング層40を形成した。具体的には、溶剤としてのイソプロピルアルコール(IPA)に、無機中実粒子40bとしての合成マイカを添加した。その後、層本体部40aとしてのプロポキシアルコキシドが含有された無機塗料に、合成マイカを含むイソプロピルアルコールと、シランカップリング剤と、ナノ中空粒子40cとしての中空ナノシリカとを添加して攪拌機を用いて撹拌した。中空ナノシリカ(ナノ中空粒子40c)の平均粒径は、80nmである。
【0108】
その後、層本体部40aに無機中実粒子40bとナノ中空粒子40cとが添加された無機塗料を頂部10a側からピストン本体11の表面上に塗布して焼成を行った。
【0109】
以上により、ピストン10の頂部10aの表面上に、無機化合物からなる層本体部40aと、層本体部40a中に分散された多数の無機中実粒子40bと、層本体部40a中に分散された多数のナノ中空粒子40cとを含むコーティング層40を形成した。この際、コーティング層40が30μmの厚みtになるように形成した。また、コーティング層40内の無機中実粒子40bの体積比率が50体積%になるように、コーティング層40を形成した。また、コーティング層40内のナノ中空粒子40cの体積比率が10体積%になるように、コーティング層40を形成した。これにより、実施例1のピストン10を作製した。
【0110】
実施例2では、実施例1と同様にコーティング層40を作製した。実施例2では、コーティング層40内の無機中実粒子40bの体積比率が50体積%になるように、コーティング層40を形成した。また、コーティング層40内のナノ中空粒子40cの体積比率が20体積%になるように、コーティング層40を形成した。
【0111】
実施例3では、実施例1と同様にコーティング層40を作製した。実施例3では、コーティング層40内の無機中実粒子40bの体積比率が50体積%になるように、コーティング層40を形成した。また、コーティング層40内のナノ中空粒子40cの体積比率が30体積%になるように、コーティング層40を形成した。
【0112】
なお、上記実施例1~3のいずれの場合においても、ナノ中空粒子40cの体積比率は、無機中実粒子40bの体積比率よりも小さい。
【0113】
(実施例1~3の加熱試験の結果)
図8に示す結果としては、実施例1では、炉内保持温度がTe℃の場合、コーティング層40の剥離が発生しなかった。
【0114】
実施例2では、炉内保持温度がTe℃の場合、コーティング層40の剥離が発生しなかった。
【0115】
実施例3では、炉内保持温度がTe℃の場合、一方のピストン10に対してコーティング層40の剥離が発生することなく、他方のピストン10に対しては試験繰返し回数が5回目でコーティング層40の剥離が発生した。
【0116】
以上の結果より、実施例1~3では、
図7に示した参考例1~4の加熱試験の結果と同等以上の高温環境下における剥離への耐性を有していることが確認できた。詳細には、実施例1~3では、参考例1~4と比較して、高温環境下におけるピストンとコーティング層との熱膨張差に起因する応力をより分散(緩和)させることができることが確認できた。要するに、ナノ中空粒子40cを分散させると、より剥離しにくくなることが確認できた。したがって、無機中実粒子40bが35体積%以上75体積%の範囲であっても、ナノ中空粒子40cを分散させることにより、高温環境下でも剥離しにくくなり、実際の使用に耐えうるピストン10を得ることが可能となると考えられる。なお、ナノ中空粒子の添加量は5体積%で剥離を抑制することが可能であると考えられる。
【0117】
また、実施例1および2(コーティング層40内のナノ中空粒子40cの体積比率が10体積%および20体積%の場合)の方が、実施例3(コーティング層40内のナノ中空粒子40cの体積比率が30体積%の場合)よりも、コーティング層40の剥離が発生しにくいことが確認できた。
【0118】
したがって、コーティング層40内のナノ中空粒子40cの体積比率を、少なくとも、30体積%とするよりも、10体積%~20体積%の範囲とすることが、コーティング層40の剥離が略発生しない(発生しにくい)ため、好ましいことが確認できた。
【0119】
なお、
図9に実施例2の加熱試験後のコーティング層40の断面画像を示す。断面画像により、コーティング層40表面だけでなく層内においてもの剥離を招くクラックが発生していないことが確認できた。
【0120】
[参考例1~8の密着力試験]
次に、
図10および
図11を参照して、参考例1~8のコーティング層の密着力試験について説明する。
【0121】
エンジン筒内では圧縮工程や燃焼膨張工程により圧力が発生し、コーティング層に正圧による圧縮方向の力および負圧による引張り方向の力が掛かると考えられる。そこで、密着力試験では、薄膜密着力強度測定装置(Quad Group社製のロミュラス(製品名称))を用いて剥離密着強度を測定した。なお、密着力試験は、参考例1~8の各コーティング層毎に3回繰り返し行った。
【0122】
密着力試験手順には、以下の手順がある。
【0123】
具体的には、最初に、エポキシ接着剤が一端(下端)に塗布されている直径5.8mmのアルミニウム製のピンに100gの錘(新東科学株式会社製のヘイドン)を取り付けた。そして、参考例1~8のピストンのコーティング層に、エポキシ接着剤を上方から押し付けた状態でピンを接着固定した。
【0124】
次に、コーティング層(試料)に対して接着固定されたピンを、150℃の雰囲気温度にて1時間加熱した。
【0125】
次に、加熱後に、コーティング層(試料)およびピンを1時間放置して徐冷した。
【0126】
次に、薄膜密着力強度測定装置の支持台に試料をコーティング層が下向きとなるようにセットした。すなわち、コーティング層の下方にピンが位置するように、支持台に試料をセットした。
【0127】
次に、荷重を徐々に大きくする(1N/s)ことによりピンを下向きに引っ張った。すなわち、エポキシ接着剤を介してピンが接着されているコーティング層を下向きに引っ張った。
【0128】
そして、コーティング層の剥離(破断)が起こった場合に、剥離時の単位面積当たりの荷重を剥離密着強度として算出した。以上の各手順を参考例1~8のそれぞれに対して3回ずつ行った。
【0129】
(参考例1~8の密着力試験の結果)
図12に示す結果としては、参考例1では、剥離密着強度の3回の測定値が約2.6MPa以上約4.4MPa以下の範囲に収まり、平均が約3.3MPaになった。
【0130】
また、参考例2では、剥離密着強度の3回の測定値が約2.0MPa以上約2.5MPa以下の範囲に収まり、平均が約2.3MPaになった。
【0131】
また、参考例3では、剥離密着強度の3回の測定値が約1.6MPa以上約2.1MPa以下の範囲に収まり、平均が約1.9MPaになった。
【0132】
また、参考例4では、剥離密着強度の3回の測定値が約3.2MPa以上約4.5MPa以下の範囲に収まり、平均が約3.9MPaになった。
【0133】
また、参考例5では、剥離密着強度の3回の測定値が約1.2MPa以上約1.9MPa以下の範囲に収まり、平均が約1.7MPaになった。
【0134】
また、参考例6では、剥離密着強度の3回の測定値が約1.9MPa以上約10.3MPa以下の範囲に収まり、平均が約5.6MPaになった。
【0135】
また、参考例7では、剥離密着強度の3回の測定値が約2.7MPa以上約3.2MPa以下の範囲に収まり、平均が約3.0MPaになった。
【0136】
また、参考例8では、剥離密着強度の3回の測定値が約2.2MPa以上約4.6MPa以下の範囲に収まり、平均が約3.5MPaになった。
【0137】
以上の結果より、参考例1~4(コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が50体積%、55体積%、60体積%および65体積%の場合)の方が、参考例5(コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が45体積%の場合)よりも、コーティング層の剥離密着強度が大きいことが確認できた。また、参考例1~4において、1.5MPa以上の剥離密着強度が得られることが確認できた。これにより、参考例1~4において、ピストンの実際の使用に耐えうる剥離密着強度が得られるものと考えられる。また、参考例6(コーティング層内の無機中実粒子の体積比率が70体積%の場合)に、コーティング層の剥離密着強度が最大になることが確認できた。
【0138】
[実施例2および比較例1、2の密着力試験]
次に、
図12および
図13を参照して、上記実施例2と、比較例1および2とのコーティング層の密着力試験について説明する。試験方法は上記参考例1~8の密着力試験方法と同様であるため説明を省略する。
【0139】
<比較例1および2の構成>
比較例1のコーティング層は、層本体部がアルコキシドにより形成されている。また、比較例1では、コーティング層に無機中実粒子(マイカ)のみが添加されている。具体的には、比較例1において、コーティング層内の無機中実粒子の体積比率は、80体積%である。比較例1のコーティング層には、下地としてアルマイト処理により形成された陽極酸化被膜がある。
【0140】
比較例2のコーティング層は、層本体部がケイ酸ガラスにより形成されている。また、比較例2では、コーティング層に断熱性を向上させる多数の中空粒子と、コーティング層を補強するフィラー材とが添加されている。中空粒子は、シラスバルーンにより形成されている。中空粒子の粒径は、5~600μmである。つまり、中空粒子の粒径は、実施例2のナノ中空粒子40cの粒径(80nm)よりも大きい。
【0141】
(実施例2および比較例1、2の密着力試験の結果)
図13に示す結果としては、実施例2では、剥離密着強度の10回の測定値の平均が3.5MPaになった。
【0142】
また、比較例1では、剥離密着強度の3回の測定値の平均が1.9MPaになった。
【0143】
また、比較例2では、剥離密着強度の3回の測定値の平均が9.2MPaになった。
【0144】
以上の結果より、実施例2では、参考例1と同程度以上の剥離密着強度が得られた。したがって、ナノ中空粒子40cを添加したとしても加熱による剥離への耐性および密着性を十分に確保することができることが確認できた。
【0145】
[実施例2および参考例1の熱伝導率の測定]
次に、実施例2および参考例1の熱伝導率の測定について説明する。熱伝導率は、実施例2および参考例1のそれぞれについて、熱拡散率と比熱と密度とを測定して、熱拡散率と比熱と密度との積により算出した。なお、熱拡散率は、レーザーフラッシュ法により測定した。また、比熱は、DSC(Differential scanning calorimetry)法により測定した。また、密度は、アルキメデス法により測定した。また、各測定は、室温で行った。
【0146】
<レーザーフラッシュ法の測定原理>
レーザーフラッシュ法の測定原理について説明する。レーザーフラッシュ法では、まず、試料の一方の表面に極短いパルス幅の加熱光を照射(フラッシュ)する。これにより、試料の表面全体が均一に加熱され、試料中を一次元的に熱が流れるとすると、試料の裏面の温度は、以下の式(1)で与えられる応答を示す。
【数1】
ここで、αは、熱拡散率(m
2/s)である。Lは、試料の厚さ(m)である。tは、加熱光を照射してからの経過時間(s)である。ΔTは、時刻tにおける裏面の温度上昇幅(℃)である。ΔTmは、ΔTの最大値(℃)である。
【0147】
上記式(1)により、ΔTmの1/2に達するまでの時間をt1/2とすれば、αt1/2/L2=0.1388となる。したがって、温度上昇曲線を測定し、t1/2を求めることにより熱拡散率(α)を求めることができる。
【0148】
なお、実施例2および参考例1の熱拡散率の測定では、それぞれ、異なる同一構成の試料を3つ用意して各試料に対して行った。なお、熱伝導率の算出は、3つの試料からそれぞれ得られた熱拡散率に対して、後述する2つの試料の比熱の平均値と、後述する2つの試料の密度の平均値とを掛け合わせることにより算出した。
【0149】
<DSC法の測定原理>
DSC法の測定原理について説明する。DSC法は、試料温度を変化させた時の熱の出入りを測定する手法である。DSC法では、まず、
図14に示すように、比熱を測定する試料(サンプル)と、標準試料(スタンダード)とをそれぞれ異なる試料容器に入れてホルダーに設置し、両者を同時に一定速度で加熱または冷却する。ここで、試料と標準試料との温度差(ΔT)を検出し、温度差(ΔT)がゼロになるように各ホルダー内のヒーターに電力を供給しながら一定速度で加熱することにより、試料の標準試料に対する吸発熱量を求めることができる。
図15の下部に示す加熱温度プログラムにより、試料容器に入れた比熱容量(比熱)既知の標準試料、空の試料容器、および、試料容器に入れた試料を、それぞれ測定する。この際、DSC曲線の変位DstおよびDsaの関係は、以下の式(2)で表される。
【数2】
ここで、Dは、DSC曲線の変位(W)である。mは、試料の重量(kg)である。Wは、試料容器の重量(kg)である。Cpは、比熱容量(J/(kgK))である。添字のstは、比熱容量が既知の標準試料(スタンダード)を示している。添字のblは、空の試料容器を示している。添字のsaは、試料(サンプル)を示している。添字のpanは、試料容器を示している。上記式(2)より、試料(サンプル)の比熱容量(Cpsa(T))が求められる。
【0150】
なお、実施例2および参考例1の熱伝導率の測定においては、測定装置としてPerkin-Elmer社製の示差走査熱量計Pyrisl DSC(製品名称)を用いた。また、試料を加熱する際の昇温速度を10℃/minとした。また、標準試料としてサファイア(α-Al2O3)を用いた。また、測定を行う雰囲気を乾燥窒素気流中とした。また、測定温度を25℃とした。また、試料容器としては、アルミニウム製の容器を用いた。また、比熱の測定は、異なる同一構成の試料を2つ用意して各試料に対して行った。また、熱伝導率を算出する際の比熱は、用意した2つの試料の比熱の平均値を採用した。
【0151】
<アルキメデス法の測定原理>
アルキメデス法の測定原理について説明する。アルキメデス法では、まず、以下の式(3)および式(4)により試料(サンプル)の体積(V)を求める。
ρa=M/V ・・・(3)
Mg=mg-ρVg ・・・(4)
ここで、ρaは、試料の密度である。Mは、空気中での試料の重量である。mは、水中での試料の重量である。ρは、水の密度である。gは、重力加速度である。したがって、ρVgは、試料に作用する浮力である。
【0152】
体積(V)および水の密度(ρ)は、温度の影響を受ける因子である。このため、体積(V)および水の密度(ρ)を、それぞれ、以下の式(5)および(6)のように表すことができる。
V=V0(1+1.9×10-5×(T+273.15))3 ・・・(5)
ρ=-5.0×10-6×T2-10-5×T+1.0003 ・・・(6)
ここで、V0は、理想状態(ブラウン運動なし、0K)における試料の体積である。Tは、測定水温である。なお、上記式(5)および(6)は、共に、水の密度と水の温度との関係を多項式近似したものである。
【0153】
上記式(3)~式(6)より、V0は、以下の式(7)のように表すことができる。
V0=(M-m)/[(-5.0×10-6×T2-10-5×T+1.0003)(1+1.9×10-5×(T+273.15))3)} ・・・(7)
【0154】
そして、理想状態における試料の体積(V0)を求める上記式(7)から、標準状態(278.15K、25℃)における試料の体積(V1)を求める以下の式(8)への変換を行う。
V1=V0(1+1.9×10-5×(25+273.15))3 ・・・(8)
【0155】
そして、上記式(3)に上記式(8)を代入することにより以下の式(9)が得られる。
ρa=M/[V0(1+1.9×10-5×(25+273.15))3} ・・・(9)
【0156】
ここで、被膜(コーティング層)の密度を求める場合、以下の式(10)で示すように、膜付の状態での試料の標準状態体積(V1b)および空気中重量(Mb)を算出する。また、以下の式(11)で示すように、膜なしの状態での標準状態体積(V1a)および空気中重量(Ma)を算出する。
V1m=V1b-V1a ・・・(10)
Mm=Mb-Ma ・・・(11)
ここで、V1mは、標準状態における膜の体積である。Mmは、標準状態における膜の空気中重量である。
【0157】
上記式(3)に上記式(10)および式(11)を代入することにより、標準状態における膜の密度ρmを示す以下の式(12)が得られる。
ρm=Mm/V1m ・・・(12)
【0158】
なお、実施例2の密度の測定は、異なる同一構成の試料を2つ用意して各試料に対して行った。また、熱伝導率を算出する際の密度は、用意した2つの試料の密度の平均値を採用した。参考例1の密度の測定は、試料を1つ用意して行った。
【0159】
(実施例2および参考例1の熱伝導率の測定の結果)
図16に示す結果としては、実施例2では、3つの試料の各熱拡散率(mm
2/s)と、2つの試料の比熱(J/g・K)の平均値と、2つの試料の密度(g/cm
3)の平均値とに基づいて、3つの熱伝導率0.44(W/m・K)、0.33(W/m・K)および0.31(W/m・K)が得られた。したがって、熱伝導率の平均値は、0.36(W/m・K)になった。
【0160】
図17に示す結果としては、参考例1では、3つの試料の各熱拡散率(mm
2/s)と、2つの試料の比熱(J/g・K)の平均値と、1つの試料の密度(g/cm
3)とに基づいて、3つの熱伝導率0.56(W/m・K)、0.60(W/m・K)および0.65(W/m・K)が得られた。したがって、熱伝導率の平均値は、0.60(W/m・K)になった。なお、参考例1の膜厚は、パーマスコープで測定した結果、0.042(μm)であった。
【0161】
以上の結果より、ナノ中空粒子40cおよび無機中実粒子40bを含むコーティング層40についての実施例2により、断熱性が高く、剥離を効果的に抑制することができ、かつ、密着性の高いコーティング層40が得られることが確認できた。
【0162】
[変形例]
なお、今回開示された実施形態および実施例は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施形態および実施例の説明ではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更(変形例)が含まれる。
【0163】
たとえば、上記実施形態では、単一の層によりコーティング層を形成した例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、
図18に示すように、コーティング層(保護層)140ように、アルマイト処理により形成された陽極酸化被膜141を介してピストン10上に被覆層(上記実施形態のコーティング層40と同一の構成)142を形成してもよい。
【0164】
コーティング層140が形成されたピストンについても上記説明した加熱試験を行った。なお、試験方法は、上記説明した加熱試験と同様である。
図19に示す結果としては、変形例では、いずれの炉内保持温度においても、コーティング層140の剥離が発生しなかった。詳細には、変形例では、炉内保持温度がTb℃、Tc℃、Td℃およびTe℃の場合、コーティング層140の剥離が発生しなかった。加熱試験の結果、コーティング層140が陽極酸化被膜141を含むことによって、コーティング層140の剥離が発生しにくくなることが確認された。
【0165】
また、上記実施形態では、層本体部中における無機中実粒子の体積比率を約50体積%以上約65体積%以下とした例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、層本体部中における無機中実粒子の体積比率を約50体積%未満または約65体積%よりも大きくしてもよい。
【0166】
また、上記実施形態では、層本体部中におけるナノ中空粒子の体積比率を約5体積%より大きく約30体積%以下とした例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、層本体部中におけるナノ中空粒子の体積比率を約5体積%未満または約30体積%よりも大きくしてもよい。
【0167】
また、上記実施形態では、層本体部が空隙(ナノ中空粒子の空隙を除く)を含む例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、層本体部が空隙(ナノ中空粒子の空隙を除く)を含んでいなくてもよい。
【0168】
また、上記実施形態では、ピストン本体がアルミニウム合金からなる例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、ピストン本体は、アルミニウム合金以外の金属材料からなるように構成してもよい。
【0169】
また、上記実施形態では、無機化合物中におけるナノ中空粒子の体積比率が、無機化合物中における空隙の体積比率よりも大きくなる例を示したが、本発明はこれに限られない。本発明では、無機化合物中におけるナノ中空粒子の体積比率が、無機化合物中における空隙の体積比率以下となってもよい。
【符号の説明】
【0170】
10 ピストン
11 ピストン本体
40、140 コーティング層(保護層)
40a 層本体部(無機化合物)
40b 無機中実粒子
40c ナノ中空粒子
41 空隙