(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-08
(45)【発行日】2022-04-18
(54)【発明の名称】累進屈折力レンズの設計方法及び累進屈折力レンズ
(51)【国際特許分類】
G02C 7/06 20060101AFI20220411BHJP
【FI】
G02C7/06
(21)【出願番号】P 2017078475
(22)【出願日】2017-04-11
【審査請求日】2020-03-09
(31)【優先権主張番号】PCT/JP2016/084962
(32)【優先日】2016-11-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】WO
(73)【特許権者】
【識別番号】391007507
【氏名又は名称】伊藤光学工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100076473
【氏名又は名称】飯田 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100112900
【氏名又は名称】江間 路子
(74)【代理人】
【識別番号】100136995
【氏名又は名称】上田 千織
(74)【代理人】
【識別番号】100163164
【氏名又は名称】安藤 敏之
(74)【代理人】
【識別番号】100198247
【氏名又は名称】並河 伊佐夫
(72)【発明者】
【氏名】宮島 泰史
【審査官】堀井 康司
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-090902(JP,A)
【文献】特開2010-055085(JP,A)
【文献】特開2013-033298(JP,A)
【文献】国際公開第2008/078804(WO,A1)
【文献】特表2014-522672(JP,A)
【文献】特表2014-528100(JP,A)
【文献】特開2009-282391(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02C 1/00-13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レンズ上方に位置し遠方視に対応する遠用部と、
レンズ下方に位置し近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部と、が形成された屈折面を有する
眼鏡用の累進屈折力レンズの設計方法であって、
レンズの幾何学中心を通る前後方向の軸をz軸、レンズの後方に向かう方向をz軸の正方向としたとき、処方度数に基づいて決定される前記屈折面における遠用部及び近用部のz座標値に、Ar
3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度成分を付加
するに際し、
前記被写界深度成分が付加される前記屈折面をレンズの後面とし、
前記定数Aを負の値として前記遠用部に付加し、且つ前記定数Aを正の値として前記近用部に付加することを特徴とする累進屈折力レンズの設計方法。
【請求項2】
レンズ上方に位置し遠方視に対応する遠用部と、
レンズ下方に位置し近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部と、が形成された屈折面を有する
眼鏡用の累進屈折力レンズの設計方法であって、
レンズの幾何学中心を通る前後方向の軸をz軸、レンズの後方に向かう方向をz軸の正方向としたとき、処方度数に基づいて決定される前記屈折面における遠用部及び近用部のz座標値に、Ar
3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度成分を付加
するに際し、
前記被写界深度成分が付加される前記屈折面をレンズの後面とし、
前記定数Aを正の値として前記遠用部に付加し、且つ前記定数Aを負の値として前記近用部に付加することを特徴とする累進屈折力レンズの設計方法。
【請求項3】
前記屈折面を、遠用部の一部及び前記近用部の一部を含むレンズ中央領域と、該レンズ中央領域よりも外側の周辺領域とに区画した後、該周辺領域における前記遠用部及び近用部にのみ前記被写界深度成分を付加することを特徴とする請求項1,2の何れか1項に記載の累進屈折力レンズの設計方法。
【請求項4】
前記屈折面における遠用部及び近用部のz座標値に、Br
4+Cr
6+Dr
8+Er
10(但し、rはz軸からの距離、B,C,D,Eは定数)で表され
、前記遠用部及び近用部での度数変化を抑える平均度数最適化成分を付加した後、
前記遠用部及び近用部のz座標値に、前記被写界深度成分を付加することを特徴とする請求項1~3の何れか1項に記載の累進屈折力レンズの設計方法。
【請求項5】
レンズ上方に位置し遠方視に対応する遠用部と、レンズ下方に位置し近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部と、が形成された屈折面を有する眼鏡用の累進屈折力レンズであって、
レンズの幾何学中心を通る前後方向の軸をz軸、レンズの後方に向かう方向をz軸の正方向としたとき
、前記屈折面における遠用部及び近用部のz座標値に、Ar
3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度成分が付加されており、
前記被写界深度成分が付加される前記屈折面がレンズの後面であって、
前記被写界深度成分が付加される前に、処方度数に基づいて前面の屈折面及び後面の屈折面が決定された前記レンズの前記後面において、
前記定数Aが負の値とされ
た前記被写界深度成分が前記遠用部に付加され、且つ前記定数Aが正の値とされ
た前記被写界深度成分が前記近用部に付加されていることを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項6】
レンズ上方に位置し遠方視に対応する遠用部と、レンズ下方に位置し近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部と、が形成された屈折面を有する眼鏡用の累進屈折力レンズであって、
レンズの幾何学中心を通る前後方向の軸をz軸、レンズの後方に向かう方向をz軸の正方向としたとき
、前記屈折面における遠用部及び近用部のz座標値に、Ar
3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度成分が付加されており、
前記被写界深度成分が付加される前記屈折面がレンズの後面であって、
前記被写界深度成分が付加される前に、処方度数に基づいて前面の屈折面及び後面の屈折面が決定された前記レンズの前記後面において、
前記定数Aが正の値とされ
た前記被写界深度成分が前記遠用部に付加され、且つ前記定数Aが負の値とされ
た前記被写界深度成分が前記近用部に付加されていることを特徴とする累進屈折力レンズ。
【請求項7】
前記定数Aの絶対値が6.40×10
-7~2.40×10
-5の範囲内にあることを特徴とする請求項
5,6の何れか1項に記載の累進屈折力レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、累進屈折力レンズ及びその設計方法に関し、特に被写界深度延長効果のある累進屈折力レンズ及びその設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
下記特許文献1には、入射する光波について撮像光学系である第1光学系の前に配置される第2光学系の光学板であって、焦点深度を延長可能な光学板が記載されている。この光学板は、厚さが、当該光学板内の基点からの距離の3次の冪関数に概略比例して増加するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2009-282391号公報(請求項1、請求項2参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、従来の眼鏡レンズでは、レンズ前方の焦点位置にある対象物を鮮明に視認することができる一方で、焦点から少しずれた位置の対象物についてはボケが生じて不鮮明となることから、眼鏡装用者は常にピント合わせのための調節を行わなければならず調節性疲労が生じやすい問題があった。また、老化や疲労により眼の調節力が低下した者は、夕方や夜間等、照度が低い暗所では、コントラストを感じ難くなり、眼鏡を使用しても見え難さを感じてしまうという問題があった。これらは単焦点レンズのほか累進屈折力レンズにおいても共通する問題である。
【0005】
本発明は、上述した問題を解決するものであり、視認対象物に対するピント合わせが容易で、暗所におけるコントラスト感度を向上可能な累進屈折力レンズの設計方法及び累進屈折力レンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の累進屈折力レンズの設計方法は、遠方視に対応する遠用部と、近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部と、が形成された屈折面を有する累進屈折力レンズの設計方法であって、
レンズの幾何学中心を通る前後方向の軸をz軸、レンズの後方に向かう方向をz軸の正方向としたとき、処方度数に基づいて決定される前記屈折面における遠用部及び近用部のz座標値に、Ar3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度成分を付加することを特徴とする。この設計方法により設計された累進屈折力レンズによれば、遠用視及び近用視における被写界深度が延長されて、元の焦点の前方又は後方にある対象物にも容易にピントを合わせることができる。また暗所では、短く(浅く)なる被写界深度(焦点深度)が延長されて、暗所でのコントラスト感度を向上可能である。
【0007】
ここで本発明の設計方法では、前記遠用部と近用部とに、それぞれ定数Aの値が異なる前記被写界深度成分を付加することができる。このようにすることで、目標とするレンズ特性に応じて遠用部及び近用部のそれぞれに付加する被写界深度成分の最適化を図ることができる。
【0008】
また、本発明の設計方法では、前記屈折面を、遠用部の一部及び前記近用部の一部を含むレンズ中央領域と、該レンズ中央領域よりも外側の周辺領域とに区画した後、該周辺領域における前記遠用部及び近用部にのみ前記被写界深度成分を付加することができる。
被写界深度成分が付加された部位ではレンズの径方向に沿って度数が変化する。遠用度数や近用度数の測定基準点が設けられるレンズ中央領域については、被写界深度成分を付加しないようにすることで、測定基準点における測定値のばらつきを防止することができる。
【0009】
また、本発明の設計方法では、処方度数に基づいて決定される前記屈折面における遠用部及び近用部のz座標値に、Br4+Cr6+Dr8+Er10(但し、rはz軸からの距離、B,C,D,Eは定数)で表される平均度数最適化成分を付加することができる。Ar3で表される被写界深度成分は、度数が一定の面(度数変化の無い面)に対して付加されることで目的とする被写界深度延長効果を安定して発揮する。このため被写界深度成分が付加される前の遠用部及び近用部に対して、平均度数最適化成分を付加し、遠用部及び近用部での度数変化を予め小さくしておくことが有効である。
【0010】
本発明の累進屈折力レンズは、遠方視に対応する遠用部と、近方視に対応する近用部と、これら遠用部及び近用部の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部と、が形成された屈折面を有する累進屈折力レンズであって、
レンズの幾何学中心を通る前後方向の軸をz軸、レンズの後方に向かう方向をz軸の正方向としたとき、処方度数に基づいて決定される前記屈折面における遠用部及び近用部のz座標値に、Ar3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度成分が付加されていることを特徴とする。本発明の累進屈折力レンズによれば、遠用視及び近用視における被写界深度が延長されて、元の焦点の前方又は後方にある対象物にも容易にピントを合わせることができる。また暗所では、短く(浅く)なる被写界深度(焦点深度)が延長されて、暗所でのコントラスト感度を向上可能である。
【0011】
本発明の累進屈折力レンズでは、前記遠用部と近用部とに、それぞれ定数Aの値が異なる前記被写界深度成分を付加させておくことができる。
【0012】
累進屈折力レンズは、限られたレンズの面積のなかで遠用部、近用部及び累進部を配置するため、対象物を明瞭に視認できる明視領域は、遠・中・近のそれぞれにおいて広さが十分でなく、累進屈折力レンズでは非点収差をできるだけ抑えることが求められる。本発明の累進屈折力レンズでは、前記被写界深度成分が付加される屈折面がレンズの後面であって、前記遠用部に付加される前記被写界深度成分の定数Aが負の値で、且つ前記近用部に付加される前記被写界深度成分の定数Aが正の値で表される場合、遠用部と近用部の度数差を縮小させる方向に被写界深度成分が付加されるため、被写界深度延長効果とともに非点収差を軽減する効果を得ることができる。
【0013】
また、本発明の累進屈折力レンズでは、前記被写界深度成分が付加される屈折面がレンズの後面であって、前記遠用部に付加される前記被写界深度成分の定数Aが正の値で、且つ前記近用部に付加される前記被写界深度成分の定数Aが負の値で表される場合、遠用部においてはレンズ縁部に向かって度数がマイナス方向に変化し、被写界深度が元の焦点位置より遠方に延長されて処方された遠用度数よりも遠方を明視することができる。近用部においてはレンズ縁部に向かって度数がプラス方向に変化し、被写界深度が元の焦点位置より近方に延長されて処方された近用度数よりも近方を明視することができる。即ち遠方及び近方に明視可能な領域を拡大させることができる。
【0014】
また、本発明の累進屈折力レンズでは、前記定数Aの絶対値が6.40×10-7~2.40×10-5の範囲内となるように、前記定数Aを設定することが好ましい。定数Aが大きい程、被写界深度延長効果は大きくなるが、レンズの径方向に沿った度数変化も大きくなりレンズの中央部と周縁部とで大きな度数差が生じる。それらのバランスを考慮した範囲が、上記範囲である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】(a)は被写界深度成分が付加された単焦点レンズの全体の概略図、(b)は同レンズの上半分を拡大した概略図である。
【
図2】
図1の単焦点レンズを説明するための図である。
【
図3】(a)は通常の単焦点レンズによる光束の集束状態の模式図、(b)は
図1の単焦点レンズによる光束の集束状態の模式図である。
【
図4】(a)は明所における通常の単焦点レンズの焦点深度、(b)は暗所における通常の単焦点レンズの焦点深度、(c)は暗所における
図1の単焦点レンズの焦点深度について説明するための図である。
【
図5】被写界深度成分が付加された単焦点レンズの効果を説明するための図である。
【
図7】(a)は
図1のレンズとは異なる方向に被写界深度成分が付加された単焦点レンズの全体の概略図、(b)は同レンズの上半分を拡大した概略図である。
【
図8】本発明の一実施形態の累進屈折力レンズを模式的に示した図である。
【
図9】
図8の累進屈折力レンズの設計方法における球面設計工程についての説明図である。
【
図10】
図9に続く球面設計工程についての説明図である。
【
図11】同設計方法における非球面成分付加工程についての説明図である。
【
図12】
図11に続く非球面成分付加工程についての説明図である。
【
図13】(a)は比較例のレンズ60の概略図、(b)は実施例のレンズ62の概略図、(c)は実施例のレンズ64の概略図である。
【
図14】実施例のレンズ62及び比較例のレンズ60の非点収差等高線図を示した図である。
【
図15】実施例のレンズ64及び比較例のレンズ60の度数分布図を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。なお、以下の説明においては、レンズを用いた眼鏡を装用した装用者にとっての前後、左右、上下を、それぞれ、当該レンズにおける前後、左右、上下とする。
【0017】
先ず単焦点レンズに被写界深度成分を付加した例について説明する。
図1において、レンズ1は、装用者の視力を矯正するための単焦点レンズである。レンズ1は、後面2が式(i)で定義される凹面とされ、前面3が式(ii)で定義される凸面とされている。なお、レンズ1の幾何学中心(後面2では基点O
1、前面3では基点O
2)を通る前後方向の軸をz軸とし、レンズ1の後方に向かう方向をz軸の正方向とする。z軸はレンズ1の光軸に一致する。
【0018】
z=r2/(R1+(R1
2-Kr2)1/2)+Ar3 …(i)
z=r2/(R2+(R2
2-Kr2)1/2) …(ii)
【0019】
式(i)、(ii)のrはz軸からの距離である。すなわち、後面2では基点O1、前面3では基点O2を中心として、z軸に直交する左右方向、上下方向の軸をそれぞれx軸、y軸とする直交座標系を考えた場合、r=(x2+y2)1/2である。R1、R2は面の頂点における曲率半径、Kは1、Aは正の定数である。したがって、レンズ1の前面3は球面、後面2は非球面となる。なお、R1、R2は、処方度数(詳しくは、S度数、C度数、及び、乱視軸AX)によって決まる。レンズ1は、近視者のための遠用レンズであるため、R1<R2である。
【0020】
式(i)に示すように、後面2は、処方度数に基づいて次の式(iii)で定義される屈折面のz座標値に、rの3次の項Ar3が付加されている。
z=r2/(R1+(R1
2-Kr2)1/2) …(iii)
【0021】
項Ar
3は、被写界深度延長のために付加された被写界深度延長成分である。基点からの距離rの3次の冪関数に比例させて厚さを変化させた光学板に光を通すことにより、被写界深度を延長可能であることは、上記特許文献1に記載されている。レンズ1はこれを応用したものであり、処方度数に基づいて決定される屈折面(本例では、曲率半径R
1の球面。以下、元の球面ともいい、
図1の(b)に符号Sで示す。)に、z軸からの距離(すなわち、後面2では、
図1に示すz軸と後面2との交点である基点O
1からの距離)rの3次の冪関数に比例して厚さが変化する部分(被写界深度延長成分)を付加して後面2を形成したものである。上記式(i)及び(iii)から、後面2は、曲率半径R
1の球面と、Ar
3で表される非球面とを合成したものといえ、換言すれば、後面2は、
図2に模式的に示すように、処方度数を実現するための度数成分と、被写界深度を延長するための被写界深度延長成分(非球面成分)とが合成されて形成されている。
【0022】
定数Aは、6.40×10-7~2.40×10-5の範囲内から選択される。通常のサイズの眼鏡レンズ(直径50~80mm)において定数Aがこの範囲であれば、被写界深度延長効果(換言すれば焦点深度延長効果)が適度に得られ、かつ、レンズの中央部と周縁部との間で生じる度数差を抑制することができるからである。例えば、屈折率1.60、S度数0.0ディオプタ(以降”D”とする場合がある)の単焦点レンズで試算すると、定数Aが6.40×10-7の場合、眼球を60度旋回させるとレンズ中心視よりも度数が0.10D変化する。また2.40×10-5の場合、眼球を60度旋回させるとレンズ中心視よりも度数が2.0D変化する。
【0023】
本例では、A=7.68×10
-6とされている。これは、
図1の(b)に示すように、Δを元の球面Sを基準とする半径aでのz軸方向の高さ(すなわち、元の球面Sからの厚みの増加分)とすると、aが25mmのとき、Δは120μmとなる値である。なお、A=Δ/1000/a
3が成り立つ(但し、aの単位:mm、Δの単位:μm)。ちなみに、aが25mm、Δが10μmのとき、A=6.40×10
-7となり、aが25mm、Δが375μmのとき、A=2.40×10
-5となる。
【0024】
次に、レンズ1の設計方法について説明する。
【0025】
まず、処方度数に基づいてレンズ1の前面3の屈折面及び後面2の屈折面を決定する。この決定方法については、周知であるため、ここでは詳述しない。そして、決定した前面3の屈折面及び後面2の屈折面のいずれかのz座標値に、Ar3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度延長成分を付加する。
【0026】
本例では、処方度数に基づいてレンズ1の前面3の屈折面及び後面2の屈折面を、それぞれ、上記式(ii)及び(iii)で表される球面として決定し、後面2の屈折面のz座標値に被写界深度延長成分Ar3(但し、A=7.68×10-6)を付加した。
【0027】
次に、被写界深度延長(焦点深度延長)の効果について説明する。尚、以下の説明ではレンズ後方において対象物の識別が可能な程度に光が集束する範囲を焦点深度とし、視認対象物が位置するレンズ前方においてピントが合って見える範囲を被写界深度としている。
【0028】
図3の(a)は、処方度数に基づいて前面及び後面の屈折面が決定された通常のレンズ10による光束22の集束状態の模式図であり、レンズ10に入射した光軸に平行な光束22は、レンズ後方の焦点位置P
3に集中的に集まるため、焦点位置P
3では、信号強度が高く鮮明に対象物が見えるが、例えば位置P
4のように焦点を少しずれた位置では、急激にぼやけて見えなくなる。すなわち、焦点深度(換言すれば、被写界深度)は浅い。なお、図の下部に示す点の集合は、それぞれ位置P
1、P
2、P
3、P
4、P
5における光束22の集束の具合を模式的に表したものである。
【0029】
図3の(b)は、レンズ1による光束22の集束状態の模式図であり、レンズ1に入射した光軸に平行な光束22は、焦点位置P
3を含むある程度の範囲に分散して集まり、焦点深度は深くなる。したがって、焦点位置P
3でも若干のボケは残るが、例えば位置P
4のように焦点を少しずれた位置でも、中心部の信号強度がある程度高いため、対象物の識別が可能となる。なお、定数Aを正の値とした場合、焦点深度は、元の焦点位置P
3の後側(奥側)に延長される。
【0030】
焦点深度延長の効果は、特に夜間など照度が低い暗所で大きい。以下、
図4を用いて説明する。
図4は、虹彩21を含む眼球20の状態を示したものである。なお、
図4における符号F
1、F
2、F
3は、焦点深度の深さ(長さ)を表している。
【0031】
図4の(a)は、昼間など照度が高い明所での状態を示したものであり、虹彩21が閉じて、入射する光束22が細くなるため、光が集中する範囲が長くなり、焦点深度F
1が深く(長く)なる。したがって、比較的長い距離で焦点が合う。
【0032】
図4の(b)は、暗所での状態を示したものであり、虹彩21が開いて、入射する光束22が太くなるため、光が集中する範囲が短くなり、焦点深度F
2が浅く(短く)なる。したがって、焦点の合う距離が短くなる。
【0033】
図4の(c)は、暗所でレンズ1を用いた状態を示したものであり、虹彩21が開いて、入射する光束22が太くなるが、焦点深度F
3は深いため、比較的長い距離で焦点が合う。したがって、レンズ1によれば、特に暗所での対象物の識別が容易となる。
【0034】
また、レンズ1のように、定数Aが正の値である被写界深度成分が付加された場合には以下のような効果を有する。
被写界深度成分が付加されていない通常のレンズ10にあっては、レンズ周縁部にまで均一な度数が設定されているため、
図5(a)に示すようにレンズ前方の焦点の位置が2点鎖線Jで示すように球面状に設定される。このため、眼鏡装用者の正面に広がる平面状のスクリーン25の中央にピントが合った状態ではスクリーン25の周辺部の画像にまで焦点が届かず、眼鏡装用者は眼の調整力を使ってピント合せを行う必要がある。
これに対し被写界深度成分が付加された(詳しくは定数Aが正の値とされた被写界深度成分が付加された)レンズ1では、レンズ周縁部に向かってマイナス方向に度数が変化するため、
図5(b)に示すようにレンズ周縁部にあっては被写界深度が元の焦点位置Jより遠方に延長される。同図においてハッチングで示した領域26が被写界深度延長効果によりピントがあって見える領域である。このため眼鏡装用者は、視線を移動させるだけでスクリーン25の中央から周辺部に亘る広い範囲でボケの少ない画像を得ることができる。
【0035】
また、左右方向に移動している対象物を視認する場合、通常のレンズ10では眼の調節力を使ってピントをシビアに合わせないと、
図6(a)に示すようにボケが大きくなってしまうが、被写界深度成分が付加されたレンズ1では
図6(b)に示すように被写界深度延長効果により、ピントが合って見える範囲が広いため眼の調節がルーズであっても対象物を認識することができる。このように定数Aが正の値である被写界深度成分が付加された場合にはピントが合って見える範囲が眼鏡装用者の左右方向若しくは上下方向に拡大されるため、移動する物体や背景の認識が容易となる。
【0036】
上記レンズ1は近視者用の単焦点レンズ、即ち遠用レンズであったが、遠視者用の近用レンズに被写界深度延長成分Ar
3を付加することも可能である。
図7に示すレンズ5はその例を示している。
【0037】
レンズ5では、後面2が上記式(i)、前面3が上記式(ii)で定義され、レンズの凹面(後面2)に被写界深度延長成分Ar3が付加されているが、定数Aは負の値とされている。また、R1>R2である。
【0038】
図7において、(a)はレンズの全体の概略図、(b)は上半分を拡大した概略図を示す。
図7の(b)に示すように、レンズ5の場合、二点鎖線で示される元の球面Sから厚みが減少され、その厚みの減少量がレンズの縁に近い程大きくなる。
【0039】
レンズ5は、定数Aを負の値とする被写界深度延長成分が付加されたもので、元の球面Sからの高さが基点O1からの距離rの3次の冪関数に比例して減少する。このためレンズ周縁部に向かってプラス側に度数が変化し、被写界深度はレンズ1の場合とは逆に元の焦点位置より近方に延長される。この場合も被写界深度(焦点深度)の延長により、暗所でのコントラスト感度を向上させることができる。
【0040】
これまで説明したレンズ1,5は、単焦点レンズに被写界深度延長成分を付加した例であったが、累進レンズに被写界深度延長成分を付加することも可能である。遠用部及び近用部に被写界深度延長成分を付加した場合には、上記単焦点レンズに被写界深度延長成分を付加した場合と同様の効果を、遠用部及び近用部においてそれぞれ得ることができる。
【0041】
図8は、本発明の一実施形態の累進屈折力レンズ30(以下、単にレンズ30とする場合がある)を示した図である。このレンズ30は眼鏡用フレームの形状に合わせてレンズの外形を加工する前の形状であり、正面視で円形状をなしている。レンズ30の前面42は球面で構成され、レンズ30の後面40に累進屈折面が形成されている。被写界深度を延長するための被写界深度延長成分はこの後面40に付加されている。詳しくは、後面40の周辺領域における遠用部32aと近用部34aとに被写界深度延長成分が付加されている。
【0042】
同図において、レンズ30の幾何学中心(後面2では基点O1、前面3では基点O2)を通る前後方向の軸をz軸とし、レンズ30の後方に向かう方向をz軸の正方向とする。z軸はレンズ30の光軸に一致する。そしてz軸に直交する左右方向、上下方向の軸をそれぞれx軸、y軸とする。
【0043】
レンズ30の後面40には、レンズ上方に位置し、境界線E1,E2で区画された遠方視に対応する遠用部32と、レンズ下方に位置し、境界線K1,K2で区画された近方視に対応する近用部34と、遠用部32と近用部34の間に位置し面屈折力が累進的に変化する累進部36と、が設けられている。
【0044】
図8(a)において、E
0は遠用部32の下端に位置する遠用設計基準点で、本例では基点O
1上に設定されている。また、K
0は近用部34の上端に位置する近用設計基準点で、基点O
1を通り上下方向に延びる中心線(y軸)上に設定されている。遠用設計基準点E
0から近用設計基準点K
0にかけては面屈折力が連続的に変化しており、この間の領域が累進部36に相当する。遠用設計基準点E
0と近用設計基準点K
0との上下方向の距離Lが累進帯長である。
【0045】
尚、本例では、近用設計基準点K0を基点O1を通る中心線(y軸)上に設定しているが、輻輳を考慮して近用設計基準点K0を中心線よりも鼻側寄りに内寄せして設けることも可能である。
【0046】
このレンズ30における累進屈折面(レンズ後面)の設計方法(第1実施形態の設計方法)を
図8~
図12を用いて説明する。本例では、まず球面設計工程において、レンズ30に設定した度数分布に基づいて、レンズ後面40の各微小エリア毎に設定された度数に対応する微小円弧を求め、これら微小円弧を接続することで処方度数に基づいて決定される屈折面S(
図8(b)参照)を設定する。そして球面設計工程にて得られた屈折面Sに対し被写界深度を延長するための被写界深度延長成分(非球面成分)を付加する。以下、各工程について詳しく説明する。
【0047】
<球面設計工程>
(ステップ1)
球面設計工程では、被写界深度延長成分が付与される前のレンズ後面40の形状、即ち屈折面Sの形状を設定する。具体的には、
図9(a)で示すように、遠用部32を遠用設計基準点E
0からそれぞれレンズ縁部に向かって斜め上方に延びる左右一対の遠用境界線E
1,E
2により区画し、遠用部32の全域に亘って処方された遠用度数を設定する。
【0048】
(ステップ2)
近用部34は、近用設計基準点K
0からレンズ縁部に向かって斜め下方に延びる左右一対の近用境界線K
1,K
2により区画する。詳しくは、
図9(a)で示すように、近用境界線K
1,K
2を近用設計基準点K
0から水平方向に近用幅Qだけ離間させた後、斜め下方に延びるように設定する。そして、近用設計基準点K
0から下方に延びる中心線(y軸)から水平方向に近用幅Q(この例では3mm)以内を近用中心部46とし、近用中心部46の全域に亘って処方された近用度数を設定する。ここで近用度数とは、遠用度数に対し加入度数を加えたものである。
【0049】
一方、近用部34のうち近用中心部46よりも左右方向外側の近用外側部48には、近用中心部46から左右方向外側に向かうにつれて、近用度数から遠用度数へ漸次変化するように度数を設定する。例えば、
図9(a)で示すように、遠用度数を0ディオプタ(以降”D”とする場合がある)、加入度数を2.0D、近用度数を2.0Dとした場合、本例では中心線(y軸)から6mm離れた位置では近用度数2.0Dに対し加入度数の半分を減じた度数1.0Dを設定し、更に中心線(y軸)から9mm以上離れた領域では遠用度数と同じ値0Dを設定する。但し、左右方向外側への距離と設定する度数との関係はこの例に限定されるものではない。
【0050】
尚、上記ステップ1、ステップ2では、乱視矯正のための処方が含まれていない場合を例に説明したが、乱視度数及び乱視軸が処方されている場合は、上記ステップ1、ステップ2において、レンズの各エリアに設定される遠用度数又は近用度数の値に、乱視矯正用に処方された乱視の度数成分を付加する。
【0051】
(ステップ3)
次に、
図9(b)で示すように、遠用部32と近用部34との間に位置する中間部38は、遠用境界線E
1,E
2にて遠用部32と同じ度数となるよう、また近用境界線K
1,K
2にて近用部34と同じ度数となるよう度数を設定する。これら境界線の間に位置する部分では上下方向にsinの2乗曲線(sin
2θ)に基づいて度数を変化させる。これにより中間部38における度数分布が得られる。
【0052】
(ステップ4)
次に、レンズ30の後面40を分割した微小エリア毎に、上記ステップで設定された度数を得るために必要な微小円弧の頂点曲率半径R1(単位:mm)を、下記式(iv),式(v)より求める。
R1=(n-1)/K×1000・・・(iv)
K=(-1)×(BC-M)/(1-(CT×BC/(n×1000)))・・・(v)
ここで、nはレンズ素材の屈折率、Kは内面カーブ(曲率)、BCはレンズ前面42のベースカーブ、Mは上記ステップで求めた微小エリア毎に設定された度数、CTはレンズ中心厚である。
【0053】
得られた微小円弧を上下方向及び左右方向で接続することで、レンズ30の後面40の面形状(処方度数に基づいて決定された屈折面S)が生成される。例えば
図10で示すように得られた微小円弧を0.1mm間隔で中心線(y軸)に沿って上下方向に接続する。乱視の処方がなされていない場合で説明すると、遠用設計基準点E
0より上方では遠用度数より算出された曲率半径R
1aの円弧が連続的に接続されている。また近用設計基準点K
0より下方では近用度数より算出された曲率半径R
1mの円弧が連続的に接続されている。遠用設計基準点E
0から近用設計基準点K
0に至る部分では曲率半径をR
1b,R
1c,R
1d・・・と変化させながら微小円弧が連続的に接続され縦方向(上下方向)の面形状が生成される。
また同様に中心線(y軸)から左右方向に0.1mm間隔で算出した微小円弧を接続することでレンズ30の後面40の横方向(左右方向)の面形状が生成される。
【0054】
この時、後面40(屈折面S)の微小エリアのz軸方向の座標(サグ値)は次の式(iii)により求められる。
z=r2/(R1+(R1
2-Kr2)1/2) …(iii)
ここで、zは後面40におけるサグ値(単位:mm)である。
式中のrは基点O1を通るz軸からの距離(0~外径/2、単位:mm)、
R1は後面40の頂点曲率半径(単位:mm)、Kは円錐定数でここでは1である。
【0055】
<領域区画工程>
(ステップ5)
次に、
図11で示すように、レンズ30の後面40を、レンズ中央に円形に設定されたレンズ中央領域としての球面設計領域44と、球面設計領域44よりも径方向外側に位置しレンズ端にまで至る周辺領域45と、に区画する。
【0056】
この球面設計領域44は、累進部36、遠用設計基準点E0、近用設計基準点K0を含むように設定され、遠用部32の内側領域32b及び近用部34の内側領域34bが球面設計領域44に含まれる。球面設計領域44は、上記球面設計工程によって得られた面形状を有している。レンズ30では、球面設計領域44内の遠用部32(32b)及び近用部34(34b)に、遠用度数や近用度数の測定基準点(図示省略)が設けられる。
【0057】
<非球面成分付加工程>
(ステップ6)
以降の工程では、球面設計領域44よりも径方向外側にありレンズ端にまで至るレンズ30の周辺領域45に付加する非球面成分の付加量を決定する。先ず、
図11で示すように、遠用部32の周辺領域32aの全域を第1非球面部50とし、この第1非球面部50に、Ar
3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度延長成分を付加する。ここで定数Aの値は適宜設定することが可能であるが、定数Aの絶対値が6.40×10
-7~2.40×10
-5の範囲内とすることが望ましい。
【0058】
(ステップ7)
次に、近用部34の周辺領域34aに、詳しくは、
図11で示すように、近用部34の周辺領域34aの一部分(この例ではy軸上)に、第2非球面部52を設定する。そしてこの第2非球面部52にAr
3で表される被写界深度延長成分を付加する。ここで定数Aの値は適宜設定することが可能である。上記の第1非球面部50に設定した値と異なる値を採用することも可能であるが、その絶対値が6.40×10
-7~2.40×10
-5の範囲内とすることが望ましい。
【0059】
(ステップ8)
次に、遠用部32における第1非球面部50と、近用部34における第2非球面部52との間の周辺補間領域54,56についての非球面成分の付加量を、補間により導出する。例えば、周辺補間領域56では、第1非球面部50との境界において第1非球面部50と同じ非球面成分の付加量となるよう、また第2非球面部52との境界において第2非球面部52と同じ非球面成分の付加量となるよう、第1非球面部50との境界から第2非球面部52との境界までを周方向(
図11の曲線w
1参照)に沿ってコサインカーブ(半波長分)にて滑らかに接続し(
図12参照)、周辺補間領域56についての非球面付加量を導出する。他方の周辺補間領域34についても同様の方法で非球面成分の付加量を導出する。このようにすることで、非球面成分付加工程では、周辺領域45を構成する各領域50,52,54,56に非球面成分が付加される。
【0060】
以上のような本実施形態の設計方法によれば、処方度数に基づいて決定される元の屈折面Sおける遠用部32(詳しくは32a)及び近用部34(詳しくは34a)のz座標値に、Ar3(但し、rはz軸からの距離、Aは定数)で表される被写界深度成分が付加された累進屈折力レンズを得ることができる。この設計方法により作成された累進屈折力レンズによれば、遠用視及び近用視における被写界深度が延長されて、元の焦点の前方又は後方にある対象物にも容易にピントを合わせることができる。また暗所では、短く(浅く)なる被写界深度(焦点深度)が延長されて、暗所でのコントラスト感度を向上可能である。
【0061】
尚、遠用部32及び近用部34には、それぞれ定数Aの値が異なる被写界深度成分を付加することができる。
【0062】
また、本実施形態の設計方法では、レンズ後面40を、遠用部32の一部及び近用部34の一部を含むレンズ中央領域44と、レンズ中央領域44よりも外側の周辺領域45とに区画した後、周辺領域45における遠用部32a及び近用部34aにのみ被写界深度成分を付加することができる。被写界深度成分が付加された部位では径方向に沿って度数が変化するため、遠用度数や近用度数の測定基準点が設けられるレンズ中央領域44については被写界深度成分を付加しないようにすることで、測定基準点における測定値のばらつきを防止することができる。
【0063】
図13では、本実施形態の設計方法で作成された累進屈折力レンズ62,64を比較例の累進屈折力レンズ60とともに示している。同図において、レンズ60(
図13(a)参照)は、上記の球面設計工程によって処方度数に基づいて決定された屈折面Sをレンズ後面40の形状としたもので、被写界深度延長成分は付加されていない。一方レンズ62、64は屈折面Sにおける遠用部32及び近用部34に被写界深度成分が付加されている。これらレンズ60,62,64にて、以下で示す緒元は共通である。
遠用度数(D) 0.00
屈折率n 1.60
加入度数(D) 2.00
累進帯長(mm) 12
内寄せ量H(mm) 2.5
レンズ外径(mm) Φ50
【0064】
レンズ62は、レンズ後面40の遠用部32(詳しくは遠用部の周辺領域32a)に定数Aが負の値(具体的には-7.68×10
-6)の被写界深度延長成分が付加され、近用部34(詳しくは近用部の周辺領域34a)に定数Aが正の値(具体的には7.68×10
-6)の被写界深度延長成分が付加されており、それぞれ定数Aの絶対値を6.40×10
-7~2.40×10
-5の範囲内で設定した例である。レンズ62では、
図13(b)に示すように2点鎖線で示す処方度数に基づいて決定される屈折面Sに比べて遠用部32の厚みが薄く、近用部34の厚みが厚くなっている。
【0065】
図14(a)及び(b)は、レンズ60及びレンズ62についての非点収差等高線図で、収差量0.5Dのステップ幅で等高線が表されている。尚、この
図14(後に示す
図15も同様)において図中点線で示されているのは5mmピッチの格子である。これらの非点収差等高線図を比較すると、
図14(a)で示すレンズ60においてレンズ下方(近用部の側方)に現れていた非点収差の大きい領域が、
図14(b)で示すレンズ62では縮小されており、レンズ62では遠用部から近用部にかけて0.5D以下の低収差領域(明視領域)がレンズ60よりも広くなっている。
このように、遠用部32に付加される被写界深度成分の定数Aが負の値で、且つ近用部34に付加される被写界深度成分の定数Aが正の値で表されるレンズ62にあっては、遠用部32と近用部34の度数差を縮小させる方向に被写界深度成分が付加されるため、被写界深度延長効果とともに非点収差を軽減する効果を得ることができる。
【0066】
一方、レンズ64は、
図13(c)に示すように、後面40の遠用部32(詳しくは遠用部の周辺領域32a)に定数Aが正の値(具体的には7.68×10
-6)の被写界深度延長成分が付加され、近用部34(詳しくは近用部の周辺領域34a)に定数Aが負の値(具体的には-7.68×10
-6)の被写界深度延長成分が付加されており、それぞれ定数Aの絶対値を6.40×10
-7~2.40×10
-5の範囲内で設定した例である。レンズ64では、2点鎖線で示す屈折面Sに比べて遠用部32の厚みが厚く、近用部34の厚みが薄くなっている。
【0067】
図15(a)及び(b)は、レンズ60及びレンズ64についての度数分布図で、0.25Dのステップ幅で等高線が表されている。
図15(b)に示すレンズ64の度数分布図をみると、遠用部32においてはレンズ縁部(レンズの上方)に向かって度数がマイナス方向に変化し、上縁での度数は処方された遠用度数0Dよりも更に小さく(マイナス側)なっている。近用部34においてはレンズ縁部(レンズの下方)に向かって度数がプラス方向に変化し、下縁での度数は処方された近用度数(加入度数)2.0Dよりも更に大きく(プラス側)なっている。
【0068】
このように、遠用部32に付加される被写界深度成分の定数Aが正の値で、且つ近用部34に付加される被写界深度成分の定数Aが負の値で表されるレンズ64にあっては、遠用部32においてレンズ縁部に向かって度数がマイナス方向に変化し、被写界深度が元の焦点位置より遠方に延長され、処方された遠用度数よりも遠方を明視することができる。また近用部34においてはレンズ縁部に向かって度数がプラス方向に変化し、被写界深度が元の焦点位置より近方に延長され、処方された近用度数よりも近方を明視することができる。即ち、遠方及び近方に明視可能な領域を拡大させることができる。
【0069】
次に、本発明の他の実施形態の設計方法(第2実施形態の設計方法)について説明する。この設計方法では、レンズ後面40の遠用部32及び近用部34に平均度数最適化成分を付加させる。
遠用部領域及び近用部領域の度数は、本来的にはそれぞれ一定であることが望ましい。Ar
3で表される被写界深度延長成分は、度数が一定の面(度数変化の無い面)に対して付加されることで目的とする被写界深度延長効果を安定して発揮する。しかしながら実際に設計されたレンズにおいては、レンズ周辺部に近づくにつれ、度数がプラス側やマイナス側に変化してしまう場合もある(
図15(a)の度数分布図においてもそのような傾向が認められる)。このような場合には、被写界深度延長成分が付加される前の遠用部32及び近用部34に対して、平均度数最適化成分としての非球面成分を付加し、遠用部及び近用部での度数変化を小さくしておくことが望ましい。
【0070】
この例では、前述の第1実施形態の設計方法における非球面成分付加工程を、平均度数最適化成分を付加するための第1の非球面成分付加工程と、被写界深度成分を付加するための第2の非球面成分付加工程と、に分割し、先ず第1の非球面成分付加工程において遠用部及び近用部での度数変化を抑える平均度数最適化成分を付与した後、第2の非球面成分付加工程において被写界深度延長成分を付与する。
【0071】
第1の非球面成分付加工程では、先ず球面設計領域44よりも径方向外側にある遠用部としての第1非球面部50(
図11参照)に付加する平均度数最適化成分δ
1を決定する。平均度数最適化成分δ
1は、下記非球面の式(vi)の第2項以降、具体的にはBr
4+Cr
6+Dr
8+Er
10で表される。
z=r
2/(R
1+(R
1
2-Kr
2)
1/2)+Br
4+Cr
6+Dr
8+Er
10 …(vi)
ここで、zは後面40におけるサグ値、rはz軸からの距離、B,C,D,Eは定数(非球面係数)である。
【0072】
処方された遠用度数に基づいて設定される平均度数最適化成分δ1は、処方された遠用度数から算出した頂点曲率半径Rを代入した式(vi)を用いて、光線追跡によるシミュレーションを行い、度数(詳しくはメリジオナル方向の屈折力とサジタル方向の屈折力との平均である平均度数)の変化を抑制するのに最適な非球面係数B,C,D,Eを求め、これら非球面係数から平均度数最適化成分δ1を得ることができる。
【0073】
次に、球面設計領域44よりも径方向外側にある近用部としての第2非球面部52(
図11参照)に付加する平均度数最適化成分δ
2を決定する。その求め方は平均度数最適化成分δ
1の場合と同様である。
【0074】
次に、遠用部32における第1非球面部50と、近用部34における第2非球面部52との間の周辺補間領域54,56についての非球面成分の付加量を、補間により導出する。例えば、周辺補間領域56では、第1非球面部50との境界において第1非球面部50と同じ非球面成分の付加量となるよう、また第2非球面部52との境界において第2非球面部52と同じ非球面成分の付加量となるよう、第1非球面部50との境界から第2非球面部52との境界までを周方向(
図11の曲線w
1参照)に沿ってコサインカーブ(半波長分)にて滑らかに接続し(
図12参照)、周辺補間領域56についての非球面付加量を導出する。他方の周辺補間領域34についても同様の方法で非球面成分の付加量を導出する。このようにすることで、第1の非球面成分付加工程では、周辺領域45を構成する各領域50,52,54,56に非球面成分が付加される。
尚、この後行なわれる第2の非球面成分付加工程の内容は、前述の設計方法における非球面成分付加工程と同様である。
【0075】
この例においては、処方度数に基づいて決定される屈折面S(
図8参照)における遠用部32(詳しくは32a)に平均度数最適化成分δ
1が含まれ、近用部34(詳しくは34a)に平均度数最適化成分δ
2が含まれる。このため、遠用部32及び近用部34における度数変化を抑えた状態で、被写界深度成分Ar
3が付加されるため、目的とする被写界深度延長効果を安定して発揮することができる。
【0076】
以上本発明の実施形態を詳述したがこれはあくまでも一例示である。遠用部及び近用部に付加される被写界深度成分の値は上記の例に限定されるものではない。また本実施形態では遠用部及び近用部にのみ被写界深度延長成分を付加しているが、場合によっては遠用部と近用部と累進部を含む屈折面の全体に被写界深度延長成分を付加することも可能である等、本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲において様々変更を加えた形態で実施可能である。
【符号の説明】
【0077】
30,62,64 累進屈折力レンズ
32 遠用部
34 近用部
36 累進部
40 後面
44 球面設計領域(レンズ中央領域)
45 周辺領域
S 屈折面