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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-08
(45)【発行日】2022-04-18
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220411BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20220411BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220411BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20220411BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C16/30
C23C16/36
C23C16/40
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019025407
(22)【出願日】2019-02-15
(65)【公開番号】P2020131320
(43)【公開日】2020-08-31
【審査請求日】2019-09-27
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】城地 司
(72)【発明者】
【氏名】高橋 欣也
(72)【発明者】
【氏名】福島 直幸
【合議体】
【審判長】刈間 宏信
【審判官】田々井 正吾
【審判官】貞光 大樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-196726(JP,A)
【文献】特開平08-158052(JP,A)
【文献】特開2012-030308(JP,A)
【文献】特開2012-254523(JP,A)
【文献】特開2005-205586(JP,A)
【文献】特開2007-125686(JP,A)
【文献】国際公開第2017/037796(WO,A1)
【文献】特開2015-085441(JP,A)
【文献】特表2014-530112(JP,A)
【文献】特開2007-260851(JP,A)
【文献】特表2017-530019(JP,A)
【文献】特開平04-103754(JP,A)
【文献】特開2009-056538(JP,A)
【文献】特開平08-257808(JP,A)
【文献】特開平05-057507(JP,A)
【文献】特開平08-276305(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第1905870(EP,A2)
【文献】特表2017-506163(JP,A)
【文献】特開2001-107237(JP,A)
【文献】特開平08-052603(JP,A)
【文献】特開2020-116645(JP,A)
【文献】国際公開第2018/079228(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/092518(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/128003(WO,A1)
【文献】特開平06-108253(JP,A)
【文献】特開2007-313636(JP,A)
【文献】特開2011-115945(JP,A)
【文献】特開2003-311510(JP,A)
【文献】特開2008-087150(JP,A)
【文献】Sakari RUPPI, ”Advances in cutting tool and coating technology”, Vuoriteollisuus-Bergshanteringen, Vuoriteollisuus-Bergshanteringen r.y., (フィンランド), 2002, 3/2002 , p.25-33
【文献】Sakari RUPPI, ”Enhanced performance of α-Al203 coatings by control of crystal orientation” Surface & Coatings Technology, (オランダ), Elsevier B.V, 2008 Vol.202 p.4257-4269, <https://doi.org/10.1016/j.surfcoat.2008.03.021>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/00 - 27/24
C23C 16/00 - 16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材上に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆切削工具は、少なくとも1つの逃げ面と、少なくとも1つのすくい面と、前記逃げ面と前記すくい面とをつなぐ、丸み付けられたホーニング部と、を有し、
前記被覆層は、下部層と、中間層と、上部層とを、前記基材側からこの順で含み、
前記下部層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、
前記中間層は、α型Al23を含有し、
前記上部層は、下記式(1):
Ti(C1-x-yxy) (1)
(式中、xは、C、N及びOの合計に対するNの原子比であり、yは、C、N及びOの合計に対するOの原子比であり、0.15≦x≦0.65、0≦y≦0.20を満足する。)
で表される化合物を含有し、
前記被覆層の前記逃げ面側における平均厚さは、5.0μm以上30.0μm以下であり、
前記中間層の前記上部層側の界面から前記基材側に向かって1μmまでの距離に位置し、且つ、前記基材と前記下部層との界面と平行な第1の断面が、下記式(i)で表される条件を満たし、
80≧RSA≧40 (i
(式中、RSAは、前記第1の断面において、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、前記第1の断面の法線と前記中間層におけるα型Al23の粒子の(001)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
前記上部層の前記中間層側の界面からその反対側の界面に向かって1μmまでの距離に位置し、且つ、前記基材と前記下部層との界面と平行な第2の断面が、下記式(ii)で表される条件を満たし、
75≧RSB≧40 (ii
(式中、RSBは、前記第2の断面において、方位差Bが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Bが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Bは、前記第2の断面の法線と前記上部層における式(1)で表される化合物の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
前記中間層が、少なくとも前記ホーニング部において、露出している、被覆切削工具。
【請求項2】
前記中間層は、前記すくい面の前記ホーニング部との境界から3mmまでの領域においても、露出し、
前記上部層の平均厚さが、前記逃げ面側において、1.0μm以上6.0μm以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記第1の断面において前記RSAが50以上であり、
前記第2の断面において前記RSBが45以上である、
請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記中間層の平均厚さが、前記逃げ面側において、3.0μm以上15.0μm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記下部層の平均厚さが、前記逃げ面側において、3.0μm以上15.0μm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記Ti化合物層における前記Ti化合物は、TiN、TiC、TiCN、TiCNO、TiON及びTiB2からなる群より選ばれる少なくとも1種である、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体である、請求項1~6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられている。当該被覆層としては、例えば、チタン化合物、酸化アルミニウム(Al23)等の単層又はこれらの2種以上の複層を有する被覆層が知られている。
【0003】
特許文献1では、炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体の表面に、チタン化合物層からなる下部層と酸化アルミニウム層(Al23層)からなる上部層を硬質被覆層として蒸着形成した表面被覆切削工具において、酸化アルミニウム層(Al23層)からなる上部層は、(006)面配向係数TC(006)が1.8以上であり、かつ、(104)面のピーク強度I(104)と(110)面のピーク強度I(110)の比I(104)/I(110)が0.5~2.0であり、酸化アルミニウム層(Al23層)内の残留応力値の絶対値が100MPa以下であることを特徴とする表面被覆切削工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-132717号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切り込み化がより進み、従来よりも被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが求められている。さらに近年、例えば、鋼の高速切削等といった、切削工具に高い負荷がかかる切削加工が増えており、かかる過酷な切削条件下において、従来の被覆切削工具では被覆層の粒子の脱落に起因したクレーター摩耗及び溶着を起因とした欠損が生じる。これが、工具寿命が短くなるという問題の引き金となる。
また、被覆切削工具は、切削に実際に関与する部位に、被切削材の切削物等が溶着すると、被切削材の加工面を傷つけ、白濁させるといった加工面品位の課題が生じる。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、長い工具寿命を示し、優れた加工面品位を示す被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長と、加工面品位との両立について研究を重ねた。
そして、被覆切削工具の被覆層が、所定の材料を含む、下部層、中間層及び上部層を含み、中間層における後述のRSA、及び上部層における後述のRSBを所定の範囲内とし、被覆層の平均厚さを所定範囲内とし、被覆切削工具のホーニング部で中間層を露出させることで、長い工具寿命を示し、優れた加工面品位を示す被覆切削工具が得られるという知見を得た。
【0008】
すなわち、本発明は下記のとおりである。
[1]
基材と、前記基材上に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆切削工具は、少なくとも1つの逃げ面と、少なくとも1つのすくい面と、前記逃げ面と前記すくい面とをつなぐ、丸み付けられたホーニング部と、を有し、
前記被覆層は、下部層と、中間層と、上部層とを、前記基材側からこの順で含み、
前記下部層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、
前記中間層は、α型Al23を含有し、
前記上部層は、下記式(1):
Ti(C1-x-yxy) (1)
(式中、xは、C、N及びOの合計に対するNの原子比であり、yは、C、N及びOの合計に対するOの原子比であり、0.15≦x≦0.65、0≦y≦0.20を満足する。)
で表される化合物を含有し、
前記被覆層の前記逃げ面側における平均厚さは、5.0μm以上30.0μm以下であり、
前記中間層の前記上部層側の界面から前記基材側に向かって1μmまでの距離に位置し、且つ、前記基材と前記下部層との界面と平行な第1の断面が、下記式(i)で表される条件を満たし、
80≧RSA≧40 (i
(式中、RSAは、前記第1の断面において、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、前記第1の断面の法線と前記中間層におけるα型Al23の粒子の(001)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
前記上部層の前記中間層側の界面からその反対側の界面に向かって1μmまでの距離に位置し、且つ、前記基材と前記下部層との界面と平行な第2の断面が、下記式(ii)で表される条件を満たし、
75≧RSB≧40 (ii
(式中、RSBは、前記第2の断面において、方位差Bが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Bが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Bは、前記第2の断面の法線と前記上部層における式(1)で表される化合物の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
前記中間層が、少なくとも前記ホーニング部において、露出している、被覆切削工具。
[2]
前記中間層は、前記すくい面の前記ホーニング部との境界から3mmまでの領域においても、露出し、前記上部層の平均厚さが、前記逃げ面側において、1.0μm以上6.0μm以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記第1の断面において前記RSAが50以上であり、前記第2の断面において前記RSBが45以上である、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記中間層の平均厚さが、前記逃げ面側において、3.0μm以上15.0μm以下である、[1]~[3]のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
[5]
前記下部層の平均厚さが、前記逃げ面側において、3.0μm以上15.0μm以下である、[1]~[4]のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
[6]
前記Ti化合物層における前記Ti化合物は、TiN、TiC、TiCN、TiCNO、TiON及びTiB2からなる群より選ばれる少なくとも1種である、[1]~[5]のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
[7]
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体である、[1]~[6]のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、長い工具寿命を示し、優れた加工面品位を示す被覆切削工具を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す模式断面図である。
図2図2は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。
図3図3は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。さらに、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0012】
[被覆切削工具]
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、前記基材上に形成された被覆層とを備える。
そして、前記被覆切削工具は、少なくとも1つの逃げ面と、少なくとも1つのすくい面と、前記逃げ面と前記すくい面とをつなぐ、丸み付けられたホーニング部と、を有する。
さらに、前記被覆層は、下部層と、中間層と、上部層とを、前記基材側からこの順で含む。
前記下部層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含み、前記中間層は、α型Al23を含有し、前記上部層は、下記式(1):
Ti(C1-x-yxy) (1)
(式中、xは、C、N及びOの合計に対するNの原子比であり、yは、C、N及びOの合計に対するOの原子比であり、0.15≦x≦0.65、0≦y≦0.20を満足する。)
で表される化合物を含有する。
前記被覆層の前記逃げ面側における平均厚さは、5.0μm以上30.0μm以下である。
前記中間層の前記上部層側の界面から前記基材側に向かって1μmまでの距離に位置し、且つ、前記基材と前記下部層との界面と平行な第1の断面が、下記式(i)で表される条件を満たす。
RSA≧40 (i)
(式中、RSAは、前記第1の断面において、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、前記第1の断面の法線と前記中間層におけるα型Al23の粒子の(001)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
また、前記上部層の前記中間層側の界面からその反対側の界面に向かって1μmまでの距離に位置し、且つ、前記基材と前記下部層との界面と平行な第2の断面が、下記式(ii)で表される条件を満たす。
RSB≧40 (ii)
(式中、RSBは、前記第2の断面において、方位差Bが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Bが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Bは、前記第2の断面の法線と前記上部層における式(1)で表される化合物の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
そして、前記中間層は、少なくとも前記ホーニング部において、露出している。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、長い工具寿命を示し、優れた加工面品位を示す被覆切削工具を提供できる。
本実施形態の被覆切削工具の効果が得られる要因は、定かではないが、以下のように考えられる。ただし、本発明は、以下の要因により何ら限定されない。
本実施形態の被覆切削工具が、長い工具寿命を示す要因としては、耐摩耗性の向上と、耐クレーター摩耗性の向上によるものと考えられる。
本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の平均厚さが5.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上し、被覆層の平均厚さが30.0μm以下であることにより、被覆層の基材との密着性及び耐欠損性が向上すると考えられる。
中間層は、α型Al23を含有する。そして、後述のRSAが所定値以上であると、中間層中には、(001)面に配向しているα型Al23粒子が多く含まれる。このような構成を有する中間層は、優れた耐熱性を示すため、被覆切削工具は、耐クレーター摩耗性に優れ、耐摩耗性が向上すると考えられる。
(001)面に配向しているα型Al23粒子が多く含まれると、被覆切削工具に負荷が作用するような切削条件下において粒子の脱落が生じるおそれがある。そこで、本実施形態の被覆切削工具は、中間層の表面に、後述のRSBが所定値以上である、(111)面に配向している式(1)〔Ti(C1-x-yxy)〕で表される化合物の粒子を多く含有する上部層を有する。そのため、上部層と中間層の密着性が良好になることによって、α型Al23粒子の脱落を抑制することができ、その結果、耐摩耗性及び耐欠損性が向上すると考えられる。
さらに、本実施形態の被覆切削工具は、中間層が、少なくとも前記ホーニング部において、露出している。切削時に、被切削材に接触する部分において、中間層が露出することで、被切削材の溶着が少なくなり、加工面品位が向上することが明らかとなった。
【0014】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具6は、基材1と、基材1の表面に形成された被覆層5とを備え、被覆層5には、下部層2、中間層3、及び上部層4が基材側からこの順序で表面側に積層されている。
図2は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具6は、すくい面7、逃げ面8、及びホーニング部9を備える。ホーニング部9は、逃げ面7とすくい面8とをつなぎ、丸み付けられている。
基材1の表面には、被覆層5が形成されており、ホーニング部9において、中間層3が露出している。すくい面7、及び逃げ面8において、被覆層5は、下部層2、中間層3、及び上部層4を有する。本実施形態の中間層7は、α型Al23を含有することで、例えば、上部層4に用いられるTiCNやTiCNOに比べ、被削材との反応が抑制される。このため、中間層7がホーニング部9で露出していると、溶着を抑制できると考えられる。また、ホーニング部9に被削材が溶着すると、加工面と溶着した被削材が接触することにより、加工面に傷がつくと考えられ、加工面が白濁する。従って、ホーニング部9において、中間層7が露出することで、加工面品位が向上する。
中間層3は、すくい面7のホーニング部9との境界から3mmまでの領域においても、露出している。実際、溶着は、ホーニング部9のみならず、すくい面7のホーニング部9との境界から3mmまででも発生するため、当該範囲で、中間層7が露出すると加工面品位が向上する。
被覆切削工具6は、すくい面7及びホーニング部9を被切削材に対して接触させ、切削された被切削材は、逃げ面8から外部へと放出される。
図3は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。図3に示されるように、被覆切削工具6は、すくい面7において、中間層3が露出していてもよい。
【0015】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げられる。
【0016】
<基材>
本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げられる。それらの中でも、基材は、耐摩耗性及び耐欠損性にさらに優れるので、好ましくは、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体であり、より好ましくは超硬合金である。
【0017】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0018】
<被覆層>
本実施形態に用いる被覆層は、逃げ面側における平均厚さが、5.0μm以上30.0μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の平均厚さが5.0μm以上であると、耐摩耗性が向上し、被覆層の平均厚さが30.0μm以下であると、被覆層の基材との密着性及び耐欠損性が向上する。同様の観点から、被覆層の平均厚さは、好ましくは10.0μm以上27.0μm以下であり、より好ましくは12.0μm以上25.5μm以下であり、さらに好ましくは13.0μm以上20.0μm以下であり、よりさらに好ましくは14.9μm以上19.3μm以下である。
なお、本実施形態の被覆切削工具における被覆層全体の平均厚さは、逃げ面側における3箇所以上の断面から、被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算することで求めることができる。
【0019】
(下部層)
本実施形態に用いる下部層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層又は2層以上含む。被覆切削工具が、基材とα型Al23を含有する中間層との間に、下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。
【0020】
Ti化合物層としては、特に限定されないが、例えば、TiCからなるTiC層、TiNからなるTiN層、TiCNからなるTiCN層、TiCOからなるTiCO層、TiCNOからなるTiCNO層、TiONからなるTiON層、及びTiB2からなるTiB2層が挙げられる。
【0021】
下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されてもよいが、複層で構成されていることが好ましく、2層又は3層で構成されていることがより好ましく、3層で構成されていることがさらに好ましい。下部層に含まれるTi化合物層を構成するTi化合物としては、耐摩耗性及び密着性がより一層向上する観点から、TiN、TiC、TiCN、TiCNO、TiON及びTiB2からなる群より選ばれる少なくとも1種であることが好ましい。また、下部層の少なくとも1層がTiCN層であると、耐摩耗性が一層向上するため好ましい。下部層が3層で構成されている場合には、基材の表面に、TiC層又はTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成し、第2層の表面に、TiCNO層又はTiCO層を第3層として形成してもよい。それらの中では、下部層が基材の表面にTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成し、第2層の表面に、TiCNO層を第3層として形成してもよい。
【0022】
本実施形態に用いる下部層の平均厚さは、逃げ面側において、好ましくは、3.0μm以上15.0μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが3.0μm以上であることにより、耐摩耗性が向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが15.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、下部層の平均厚さは、逃げ面側において、好ましくは、3.5μm以上13.0μm以下であり、より好ましくは、4.0μm以上12.5μm以下であり、よりさらに好ましくは、5.0μm以上11.0μm以下である。
下部層の平均厚さは、すくい面側及びホーニング部側においても、上記範囲であることが好ましい。以下説明する各材料における厚さも同様に、逃げ面側、すくい面側及びホーニング部側で同様の範囲が好ましい。
【0023】
TiC層又はTiN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、好ましくは、0.05μm以上1.0μm以下である。同様の観点から、TiC層又はTiN層の平均厚さは、好ましくは、0.10μm以上0.5μm以下であり、より好ましくは、0.15μm以上0.3μm以下である。
【0024】
TiCN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、好ましくは、2.0μm以上20.0μm以下である。同様の観点から、TiCN層の平均厚さは、より好ましくは、2.5μm以上15.0μm以下であり、さらに好ましくは、4.5μm以上12.0μm以下である。
【0025】
TiCNO層又はTiCO層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、好ましくは、0.1μm以上1.0μm以下である。同様の観点から、TiCNO層又はTiCO層の平均厚さは、より好ましくは0.2μm以上0.5μm以下である。
【0026】
Ti化合物層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなる層であるが、下部層による作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0027】
(中間層)
本実施形態に用いる中間層は、α型Al23を含有する。
そして、本実施形態に用いる中間層において、中間層の上部層側の界面から前記基材側に向かって1μmまでの距離に位置し、且つ、基材と下部層との界面と平行な第1の断面が、下記式(i)で表される条件を満たす。
RSA≧40 (i)
(式中、RSAは、前記第1の断面において、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、前記第1の断面の法線と前記中間層におけるα型Al23の粒子の(001)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
【0028】
本実施形態の被覆切削工具は、RSAが40面積%以上であることにより、耐クレーター摩耗性に優れるので、耐摩耗性を向上できる。同様の観点から、RSAは、好ましくは50面積%以上であり、より好ましくは60面積%以上である。RSAの上限値は、特に限定されないが、例えば、80面積%以下であってもよい。
【0029】
RSAは、実施例に記載の方法により求めることができる。
【0030】
本実施形態に用いる中間層の平均厚さは、逃げ面側において、好ましくは3.0μm以上15.0μm以下である。中間層の平均厚さが、3.0μm以上であると、被覆切削工具のすくい面における耐クレーター摩耗性が一層向上する傾向にあり、中間層の平均厚さが、15.0μm以下であると被覆層の剥離がより抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、中間層の平均厚さは、逃げ面側において、より好ましくは3.0μm以上12.0μm以下であり、さらに好ましくは3.0μm以上10.0μm以下である。
中間層の平均厚さは、すくい面側及びホーニング部側においても、上記範囲であることが好ましい。すくい面の上部層を除去する処理をした場合、すくい面側の中間層の平均厚さは、逃げ面側の中間層の平均厚さよりも薄くなっていてもよい。
【0031】
中間層は、α型Al23(α型酸化アルミニウム)からなる層を有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型Al23以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0032】
(上部層)
本実施形態に用いる上部層は、下記式(1):
Ti(C1-x-yxy) (1)
(式中、xは、C、N及びOの合計に対するNの原子比であり、yは、C、N及びOの合計に対するOの原子比であり、0.15≦x≦0.65、0≦y≦0.20を満足する。)
で表される化合物を含有する。
そして、本実施形態に用いる上部層において、前記上部層の前記中間層側の界面からその反対側の界面に向かって1μmまでの距離に位置し、且つ、前記基材と前記下部層との界面と平行な第2の断面が、下記式(ii)で表される条件を満たす。
RSB≧40 (ii)
(式中、RSBは、前記第2の断面において、方位差Bが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Bが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Bは、前記第2の断面の法線と前記上部層における式(1)で表される化合物の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
【0033】
本実施形態の被覆切削工具は、RSBが40面積%以上であることにより、α型Al23の粒子の脱落を抑制することができるので、耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。同様の観点から、RSBは、好ましくは、45面積%以上であり、より好ましくは、50面積%以上である。RSBの上限は、特に限定されないが、例えば、75面積%以下である。
【0034】
RSBは、実施例に記載の方法により求めることができる。
【0035】
本実施形態に用いる上部層の平均厚さは、逃げ面側において、好ましくは、1.0μm以上6.0μm以下である。平均厚さが1.0μm以上であることにより、α型Al23の粒子の脱落を抑制する効果が一層向上する傾向にあり、上部層の平均厚さが6.0μm以下であることにより、耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、上部層の平均厚さは、逃げ面側において、より好ましくは、1.4μm以上5.8μm以下である。
すくい面側に上部層を有する場合、上部層の平均厚さは、すくい面側においても、上記範囲であることが好ましい。
【0036】
上部層に用いる、式(1)で表される化合物は、xが0.15以上であると、靭性が向上するため、耐欠損性が一層向上する傾向にあり、一方、xが0.65以下であると、相対的にC及びOの含有量が高くなるので、硬さが高くなり、かつ反応摩耗を抑制することができるため、耐摩耗性及び耐酸化性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、上記式(1)中のxは、好ましくは、0.18以上0.50以下であり、より好ましくは、0.20以上0.40以下である。
上部層に用いる、式(1)で表される化合物は、yが0.20以下であると、相対的にC及びNの含有量が高くなるので、硬さが高くなり、かつ靭性が向上するため、耐摩耗性及び耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、上記式(1)中のyは、好ましくは、0.01以上0.18以下であり、より好ましくは、0.03以上0.15以下である。yが0.01以上であると、密着性が良好になることに主に起因して、α型Al23層の粒子の脱落を抑制することができ、その結果、耐摩耗性及び耐欠損性が向上する。
【0037】
上部層は、式(1)で表される化合物からなる層を有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、式(1)で表される化合物とは異なる成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0038】
(最外層)
本実施形態に用いる被覆層は、上部層の基材とは反対側(すなわち、上部層の表面)に最外層を含んでいてもよい。最外層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはN元素)とからなる化合物の層であると、耐摩耗性に一層優れるため好ましい。同様の観点から、最外層は、Ti、Nb、Cr、Al、及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素(好ましくはN元素)とからなる化合物の層であることがより好ましく、Ti、Cr、Al、及びSiからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物の層であることがさらに好ましく、TiNからなるTiN層であることがよりさらに好ましい。
【0039】
本実施形態において、最外層の平均厚さは、逃げ面側において、好ましくは、0.1μm以上1.0μm以下である。最外層の平均厚さが上記範囲内であることにより、耐摩耗性に一層優れる傾向にある。同様の観点から、最外層の平均厚さは、好ましくは、0.1μm以上0.5μm以下である。
すくい面側に最外層を有する場合、最外層の平均厚さは、すくい面側においても、上記範囲であることが好ましい。
【0040】
(被覆層の形成方法)
本実施形態の被覆切削工具における被覆層を構成する各層の形成方法として、例えば、以下の方法を挙げられる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0041】
例えば、Tiの窒化物層(以下、「TiN層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~1050℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0042】
Tiの炭化物層(以下、「TiC層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.5~3.5mol%、CH4:3.5~5.5mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0043】
Tiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~7.0mol%、CH3CN:0.5~1.5mol%、H2:残部とし、温度を800~900℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0044】
下部層におけるTiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:3.0~4.0mol%、CO:0.5~1.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0045】
Tiの炭酸化物層(以下、「TiCO層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.0~2.0mol%、CO:2.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0046】
α型Al23を含む中間層は、例えば、以下の方法により形成される。
【0047】
まず、基材の表面に、1層以上のTi化合物層からなる下部層を形成する。次いで、それらの層のうち、基材から最も離れた層の表面を酸化する。その後、基材から最も離れた層の表面にα型Al23の核を形成し、その核が形成された状態で、α型Al23を形成する。
【0048】
より具体的には、上記基材から最も離れた層の表面の酸化は、原料組成をCO:0.1~0.3mol%、CO2:0.3~1.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~60hPaとする条件により行われる(酸化工程)。このときの酸化処理時間は、好ましくは1~3分である。
【0049】
その後、α型Al23の核は、原料組成をAlCl3:1.0~4.0mol%、CO:0.05~2.0mol%、CO2:1.0~3.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を880~930℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される(核形成工程)。
【0050】
そして、α型Al23は、原料組成をAlCl3:2.0~5.0mol%、CO2:2.5~4.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.15~0.25mol%、H2:残部とし、温度を950~1000℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される(成膜工程)。
【0051】
RSA(面積%)を特定値以上とするためには、酸化工程における酸化処理時間を制御したり、酸化工程及び/又は核形成工程におけるガス組成中のCOの割合を制御したり、成膜工程における成膜温度を制御したりすればよい。より具体的には、酸化工程における酸化処理時間を大きくしたり、酸化工程及び/又は核形成工程におけるガス組成中のCOの割合を大きくしたり、成膜工程における成膜温度を、核形成工程における核形成温度よりも大きくしたりすることにより、角度の方位差Aが特定範囲内である粒子の割合(面積%)を大きくすることで、RSAを高くすることができる。
【0052】
さらに、中間層の表面にTiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」ともいう)からなる上部層を形成する。
【0053】
上部層におけるTiCNO層は、原料組成をTiCl4:4.0~8.0mol%、CH3CN:0.3~2.5mol%、C24:0~2.0mol%、CO:0~3.5mol%、N2:1.0~25.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる(上部層形成工程)。
【0054】
RSB(面積%)を特定値以上とするためには、上部層形成工程において、温度を制御したり、原料組成中のCH3CNの割合を制御したりすればよい。より具体的には、上部層形成工程における温度を大きくしたり、原料組成中のCH3CNの割合を大きくしたりすることにより、RSB(面積%)を大きくすることができる。
【0055】
また、上記式(1)で表される化合物の原子組成を制御するためには、原料組成を適宜調整すればよい。より具体的には、上記式(1)で表される化合物の原子組成のうち、例えば、炭素(C)の割合を大きくするためには、原料組成のCOの割合を大きくする方法が挙げられる。
【0056】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又はFE-SEM等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具の逃げ面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、各層の組成は、本実施形態の被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【実施例
【0057】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0058】
[基材]
以下の基材に対して、その刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄し、使用した。
<基材1>
形状:CNMG120412
材質:超硬合金(84.4WC-10.8Co-1.9TiC-0.2TiN-2.4NbC-0.3ZrC(以上質量%))
<基材2>
形状:CNMG120412
材質:超硬合金(93.5WC-6.1Co-0.4Cr32(以上質量%))
【0059】
[RSA及びRSBの測定方法]
RSA及びRSBについて下記の条件で、それぞれ下記の断面を電解放射型走査電子顕微鏡(以下、「FE-SEM」ともいう)で観察し、FE-SEMに付属した電子後方散乱解析像装置(以下、「EBSD」ともいう)を用いて下記の<特定の方位差を有する粒子断面の測定方法>により、方位差が0度以上45度以下の範囲内にある断面の粒子断面の面積の合計(RSATotal又はRSBTotal)を測定した。
そして、方位差が0度以上45度以下の範囲内にある粒子の断面積を5度のピッチ毎に区分して、区分毎の粒子断面の面積を求めた。次に、方位差が0度以上10度未満の区分、10度以上20度未満の区分、20度以上30度未満の区分、及び30度以上45度以下の区分のそれぞれの区分の粒子断面の面積の合計を求めた。尚、0度以上45度以下の粒子断面の面積の合計は100面積%となる。
方位差が0度以上45度以下の範囲内にある断面の粒子断面の面積の合計に対して、方位差が0度以上10度未満の範囲内にある粒子の断面積の割合をRSA、RSBとした。以上の測定結果を下記表7に示す。
(条件)
・RSA
測定平面:第1の平面(中間層の上部層側の界面から基材側に向かって0.5μmの距離に位置し、基材の下部層側の界面と平行な面)
測定面の削り出し方法:上記測定平面が露出するまでダイヤモンドペーストにより研磨し、鏡面研磨面を得た。
方位差:方位差A(第1の断面の法線とα型Al23の粒子の(001)面の法線とがなす角度(単位:度))
・RSB
測定平面:第2の平面(上部層の中間層側の界面からその反対側の界面に向かって0.5μmの距離に位置し、基材の下部層側の界面と平行な面)
測定面の削り出し方法:上記測定平面が露出するまでダイヤモンドペーストにより研磨し、鏡面研磨面を得た。
方位差:方位差B(第2の断面の法線と第2の断面における式(1)で表される化合物の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度))
(特定の方位差を有する粒子断面の測定方法)
試料をFE-SEMにセットした。試料に70度の入射角度で、15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射した。測定範囲30μm×50μmにて、0.1μmのステップサイズというEBSDの設定で、各粒子の方位差及び断面積の測定を行った。測定範囲内における中間層の粒子断面の面積は、その面積に対応するピクセルの総和とした。すなわち、各層の粒子の、方位差Aに基づいた10度又は15度のピッチ毎の各区分における粒子断面の面積の合計は、各区分に該当する粒子断面が占めるピクセルを集計し、面積に換算して求めた。
【0060】
[層の厚さの測定方法]
FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部から逃げ面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部から逃げ面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。
【0061】
[発明品1~20及び比較品1~11]
基材1及び基材2に被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6に組成を示す第1層を、表6に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6に組成を示す第2層を、表6に示す平均厚さになるよう、第1層の表面に形成した。次に、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6に組成を示す第3層を、表6に示す平均厚さになるよう、第2層の表面に形成した。これにより、3層から構成された下部層を形成した。その後、表2に示す組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す時間にて、第3層の表面に酸化処理を施した。次いで、表3に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、酸化処理を施した第3層の表面にα型酸化アルミニウム(α型Al23)の核を形成した。さらに、表4に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、第3層及びα型酸化アルミニウム(α型Al23)の核の表面に、表6に組成を示す中間層(α型Al23層)を、表6に示す平均厚さになるよう形成した。次いで、表5に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6に組成を示す上部層を、表6に示す平均厚さになるよう、α型Al23層の表面に形成した。さらに、発明品1~5、12~14、及び16~20、並びに比較品1~2及び9~11については、表2に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表6に組成を示す最外層を、表6に示す平均厚さになるよう、上部層の表面に形成した。なお、基材の各面及び部においては、露出するのが表8に記載の層となるように、被覆層を形成した。こうして、発明品1~20及び比較品1~11の被覆切削工具を得た。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
【表3】
【0065】
【表4】
【0066】
【表5】
【0067】
【表6】
【0068】
【表7】
【0069】
【表8】
【0070】
得られた発明品1~20及び比較品1~11を用いて、下記の条件にて切削試験1及び切削試験2を行った。各切削試験の結果を表9に示す。
【0071】
[切削試験1]
基材:基材1
被削材:S45Cの4本の溝入り丸棒
切削速度:100m/min
送り:0.25mm/rev
切り込み深さ:1.5mm
クーラント:有り
評価項目:試料の少なくとも1部が欠損又は逃げ面の最大摩耗幅が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの衝撃回数を測定し、表9に示した。衝撃回数10000回での損傷状態を確認し、表9に示した。なお、衝撃回数は、17000回までとした。
なお、発明品1~20においては、衝撃回数は、10000回までチッピングは発生していなかった。
【0072】
[切削試験2]
基材:基材2
被削材:FCD400の丸棒
切削速度:400m/min
送り:0.30mm/rev
切り込み深さ:1.0mm
加工時間:10分
クーラント:有り
評価項目:加工後のホーニング部への被切削材の溶着状態及び被切削材の加工面の状態をそれぞれ観察した。さらに、加工後の試料の逃げ面の摩耗幅を測定した。
【0073】
【表9】
【0074】
なお比較品3では、10000回に達する前に欠損していたので、工具寿命時の損傷状態を表中に示した。
以上の結果より、発明品は、欠損性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。そして、発明品は、加工後のホーニング部の被切削剤の溶着を防ぐことができるため、被削材の加工面が良好になることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明の被覆切削工具は、長い工具寿命を示し、優れた加工面品位を示すので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0076】
1…基材、2…下部層、3…中間層、4…上部層、5…被覆層、6…被覆切削工具、7…すくい面、8…逃げ面、9…ホーニング部
図1
図2
図3