IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 大日本除蟲菊株式会社の特許一覧

特許7055880害虫防除用エアゾール剤、及び害虫防除方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-08
(45)【発行日】2022-04-18
(54)【発明の名称】害虫防除用エアゾール剤、及び害虫防除方法
(51)【国際特許分類】
   A01N 53/06 20060101AFI20220411BHJP
   A01N 25/06 20060101ALI20220411BHJP
   A01N 25/00 20060101ALI20220411BHJP
   A01P 7/00 20060101ALI20220411BHJP
【FI】
A01N53/06 110
A01N25/06
A01N25/00 101
A01P7/00
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020538281
(86)(22)【出願日】2019-08-06
(86)【国際出願番号】 JP2019030819
(87)【国際公開番号】W WO2020039910
(87)【国際公開日】2020-02-27
【審査請求日】2020-10-22
(31)【優先権主張番号】P 2018153840
(32)【優先日】2018-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000207584
【氏名又は名称】大日本除蟲菊株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100141586
【弁理士】
【氏名又は名称】沖中 仁
(74)【代理人】
【識別番号】100171310
【弁理士】
【氏名又は名称】日東 伸二
(72)【発明者】
【氏名】原田 悠耶
(72)【発明者】
【氏名】小林 洋子
(72)【発明者】
【氏名】川尻 由美
(72)【発明者】
【氏名】中山 幸治
【審査官】高森 ひとみ
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-124251(JP,A)
【文献】特開2006-117623(JP,A)
【文献】特開2012-176946(JP,A)
【文献】特開2014-005271(JP,A)
【文献】特開2013-040132(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
噴射ボタンを備えた耐圧容器に、エアゾール原液と噴射剤とを充填してなる害虫防除用エアゾール剤であって、
前記エアゾール原液は、VOC含有量が前記エアゾール原液及び前記噴射剤の全体量に対して30質量%以下であり、
(a)30℃における蒸気圧が2×10-4~1×10-2mmHgである常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を、前記エアゾール原液及び前記噴射剤の全体量に対して0.01~3.0質量%、
(b)沸点が160~320℃であるグリコールエーテル化合物を、前記エアゾール原液及び前記噴射剤の全体量に対して0.5~10質量%、
(c)ノニオン系界面活性剤及び/又はアニオン系界面活性剤を、前記エアゾール原液及び前記噴射剤の全体量に対して0.2~5.0質量%、並びに
(d)水及び他の任意成分、前記エアゾール原液及び前記噴射剤の全体量に対して残部質量%
含有し、
前記エアゾール原液は、さらに(e)炭素数が2~3である低級アルコールを、前記エアゾール原液及び前記噴射剤の全体量に対して15質量%以下の範囲で含有し、
前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分は、トランスフルトリン、及びメトフルトリンからなる群から選択される少なくとも一種であり、
前記グリコールエーテル化合物は、エチレングリコールモノフェニルエーテル、エチレングリコールモノベンジルエーテル、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル、ジエチレングリコールモノベンジルエーテル、及びプロピレングリコールモノフェニルエーテルからなる群から選択される少なくとも一種の芳香族系グリコールエーテル化合物である害虫防除用エアゾール剤。
【請求項2】
前記VOC含有量が25質量%以下である請求項1に記載の害虫防除用エアゾール剤。
【請求項3】
前記噴射剤は、GWP値が10以下の圧縮ガス及び/又はHFOガスである請求項1又は2に記載の害虫防除用エアゾール剤。
【請求項4】
ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した害虫を防除対象とする請求項1~3の何れか一項に記載の害虫防除用エアゾール剤。
【請求項5】
前記害虫は、蚊類である請求項4に記載の害虫防除用エアゾール剤。
【請求項6】
前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分は、トランスフルトリンである請求項1~5の何れか一項に記載の害虫防除用エアゾール剤。
【請求項7】
前記ノニオン系界面活性剤は、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、及び脂肪酸のポリアルカノールアミドからなる群から選択される少なくとも一種のノニオン系界面活性剤であり、
前記アニオン系界面活性剤は、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、及びドデシルベンゼン硫酸塩からなる群から選択される少なくとも一種のアニオン系界面活性剤である請求項1~6の何れか一項に記載の害虫防除用エアゾール剤。
【請求項8】
前記噴射ボタンから噴射された前記エアゾール原液の平均粒子径は、70~160μmである請求項1~7の何れか一項に記載の害虫防除用エアゾール剤。
【請求項9】
外のテラスの床面、屋外のベランダの床面、屋外に設置されたビニルシートの表面、又は屋外地面を処理対象物とする請求項1~8の何れか一項に記載の害虫防除用エアゾール剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、噴射ボタンを備えた耐圧容器に、エアゾール原液と噴射剤とを充填してなる害虫防除用エアゾール剤、及びこれを用いた害虫防除方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、屋外で使用される害虫防除用エアゾール剤は、使用法により、(1)屋外空間を飛翔する害虫をめがけて噴霧する直撃タイプ、(2)木の茂みや葉の裏または物陰に隠れている害虫の防除を目的として、植物体または物陰、あるいはその近傍一体空間に噴霧するタイプ、(3)外壁、窓ガラス、地面等の固相表面にエアゾール殺虫剤を予め噴霧塗布しておき、害虫を待ち伏せるタイプに分類される。基本的には、(1)の直撃タイプは速効性を必要とするため、速効的なピレスロイド系殺虫成分であるフタルスリン等が汎用される。一方、(3)の待ち伏せタイプでは、残効性が求められることから、蒸気圧が低く揮散性の乏しい殺虫成分を使用することが多い。
【0003】
これに対し、近年、アウトドアライフと称して余暇を屋外(テラス、ベランダ等を含む)で過ごしたり、家庭園芸や庭仕事等に携わる人が増加している。それに伴い、木の茂みや物陰等の近辺で害虫、特にヤブ蚊に代表される蚊類に悩まされる機会が多くなり、上記(2)のタイプの害虫防除用エアゾール剤を求めるニーズが高まっている。
【0004】
上記(2)のタイプに関連して、比較的蒸気圧の高い殺虫成分を含有する水性エアゾール剤を害虫が飛翔する環境の固相面上に散布し、殺虫成分バリアを形成して飛翔害虫から人を予防的に防除しようとする試みがある。例えば、特許文献1(特許第4703172号公報)には、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分、炭素数1~3の低級アルコール、炭素数3~6のグリコール、及び水を含むエアゾール原液30~70容量%と、ジメチルエーテルを含む噴射剤30~70容量%とからなり、当該エアゾール原液のpHが5~7である屋外用一液性水性エアゾール剤を、テントの布一面に噴霧塗布したところ、テントの周囲にピレスロイド系殺虫成分のバリアを形成し、10時間以上にわたって飛翔害虫のテント内への進入が阻止されたことが記載されている。しかしながら、特許文献1のエアゾール剤は、噴射剤として揮発性有機化合物(以下、VOCと略す)を使用していることから、環境面において検討課題を残していた。
【0005】
また、特許文献2(特開2010-161957号公報)は、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分とそれの揮散調整剤として炭素数3~6のグリコールを含有し、噴射剤として圧縮ガスを充填してなるエアゾール剤を用い、その平均噴霧粒子径が50~150μmで、かつ処理対象面に前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の処理量が0.5mg/m以上になるように噴霧して、この処理対象面上方に前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分のバリア空間を形成し、害虫のこの空間への侵入を6時間以上にわたり阻止するようになした害虫の侵入阻止方法を開示する。この特許文献2の技術は、特許文献1と比べると噴射剤としてジメチルエーテルの替わりに圧縮ガスを使用している点で一定の環境配慮がなされていると言える。
【0006】
しかしながら、VOC規制は年々厳しくなっており、例えばアメリカ合衆国の事情では、製品あたりのVOC量を30質量%以下に抑え、製品の種類によっては25質量%以下に低減させることが一般的に要求されている。特許文献2のエアゾール剤は、一液性の水性処方となすために、炭素数が2ないし3の低級アルコールをエアゾール剤中に20~80v/v%配合することを趣旨とし、アメリカ合衆国のVOC規制をパスできないケースが依然として多々存在した。
【0007】
さらに、特許文献1及び特許文献2のいずれにおいても、害虫に対する防除効力試験(ここで防除効果とは、殺虫効果、忌避効果、侵入阻止効果等を含む広義の概念)は、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下していない害虫を対象としたものに限られ、感受性が低下した害虫、特に蚊類に対しては何ら言及されていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特許第4703172号公報
【文献】特開2010-161957号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記問題点に鑑みてなされたものであり、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を含有するエアゾール剤をテラスやベランダ等の屋外の処理対象物に噴射後、この処理対象物の上方に常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分のバリア空間を形成して害虫防除効果を発揮する害虫防除用エアゾール剤において、VOC規制上の問題を生じないことは勿論、処理対象面への付着性やバリア空間の効果的な形成に優れるとともに、さらに、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した害虫、特に蚊類に対しても有効な屋外用の害虫防除用エアゾール剤、及び当該害虫防除用エアゾール剤を用いた害虫防除方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、以下の構成が上記目的を達成するために優れた効果を奏することを見出したものである。
(1)噴射ボタンを備えた耐圧容器に、エアゾール原液と噴射剤とを充填してなる害虫防除用エアゾール剤であって、
前記エアゾール原液は、VOC含有量が30質量%以下であり、
(a)30℃における蒸気圧が2×10-4~1×10-2mmHgである常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を0.01~3.0質量%、
(b)沸点が160~320℃であるグリコールエーテル化合物を0.5~10質量%、
(c)ノニオン系界面活性剤及び/又はアニオン系界面活性剤を0.2~5.0質量%、並びに
(d)水を残部質量%
含有する害虫防除用エアゾール剤。
(2)前記噴射ボタンから、前記エアゾール原液を前記噴射剤とともに屋外の処理対象物に、前記(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の処理量が0.5~20mg/mとなるように噴射したとき、前記エアゾール原液の60質量%以上が前記処理対象物の表面に付着し、
さらに、前記表面から、前記エアゾール原液に含まれる前記(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分が4時間以上にわたり揮散するように構成されている(1)に記載の害虫防除用エアゾール剤。
(3)前記VOC含有量が25質量%以下である(1)又は(2)に記載の害虫防除用エアゾール剤。
(4)前記噴射剤は、GWP値が10以下の圧縮ガス及び/又はHFOガスである(1)~(3)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤。
(5)前記エアゾール原液は、さらに(e)炭素数が2~3である低級アルコールを15質量%以下の範囲で含有する(1)~(4)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤。
(6)ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した害虫を防除対象とする(1)~(5)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤。
(7)前記害虫は、蚊類である(6)に記載の害虫防除用エアゾール剤。
(8)前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分は、トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンからなる群から選択される少なくとも一種である(1)~(7)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤。
(9)前記常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分は、トランスフルトリンである(8)に記載の害虫防除用エアゾール剤。
(10)前記グリコールエーテル化合物は、芳香族系グリコールエーテル化合物である(1)~(9)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤。
(11)前記芳香族系グリコールエーテル化合物は、エチレングリコールモノフェニルエーテル、エチレングリコールモノベンジルエーテル、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル、ジエチレングリコールモノベンジルエーテル、及びプロピレングリコールモノフェニルエーテルからなる群から選択される少なくとも一種である(10)に記載の害虫防除用エアゾール剤。
(12)前記ノニオン系界面活性剤は、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、及び脂肪酸のポリアルカノールアミドからなる群から選択される少なくとも一種のノニオン系界面活性剤であり、
前記アニオン系界面活性剤は、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル硫酸塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩、及びドデシルベンゼン硫酸塩からなる群から選択される少なくとも一種のアニオン系界面活性剤である(1)~(11)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤。
(13)前記噴射ボタンから噴射された前記エアゾール原液の平均粒子径は、70~160μmである(1)~(12)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤。
(14)前記処理対象物は、屋外のテラスの床面、屋外のベランダの床面、屋外に設置されたビニルシートの表面、又は屋外地面である(1)~(13)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤。
(15)(1)~(14)の何れか一つに記載の害虫防除用エアゾール剤を、屋外の処理対象物に、前記(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の処理量が0.5~20mg/mとなるように噴射する噴射工程と、
前記処理対象物の表面に付着した前記エアゾール原液に含まれる前記(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を前記表面から4時間以上にわたり揮散させる揮散工程と、
を包含する害虫防除方法。
(16)ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した害虫を防除対象とする(15)に記載の害虫防除方法。
(17)前記害虫は、蚊類である(16)に記載の害虫防除方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、VOC規制が厳しいと言われるアメリカ合衆国においてもその規制を回避できるので有用性は極めて高い。そして、本発明の害虫防除用エアゾール剤及び害虫防除方法によれば、噴射ボタンから、エアゾール原液を噴射剤(例えば、低GWP化ガス)とともに屋外の処理対象物に、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の処理量が0.5~20mg/mとなるように噴射し、エアゾール原液の60質量%以上を処理対象物の表面に付着させると、その後、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分が処理対象物の表面から揮散する際、4時間以上にわたって処理対象物の上方に害虫を防除するバリア空間が形成される。その結果、ピレスロイド系殺虫成分に対して感受性が高い害虫については勿論、ピレスロイド系殺虫成分に対して感受性が低下した害虫(特に、蚊類)に対しても、優れた防除効果を発揮することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
近年、環境への配慮からVOC規制は年々厳しくなっており、例えばアメリカ合衆国の事情では、製品あたりのVOC量を30質量%以下に抑え、製品の種類によっては25%以下に低減させることが一般的に要求されている。ここで、本明細書におけるVOC(Volatile Organic Compounds)とは、沸点が320℃以下の揮発性有機化合物であると定義する。具体的には、グリコールエーテル化合物、低級アルコールやエステル系溶剤、炭化水素系溶剤、ケトン系溶剤等の溶剤や、液化石油ガス(LPG)、ジメチルエーテル(DME)、ハイドロフルオロカーボン等の噴射剤等が挙げられるが、沸点が320℃以下の揮発性有機化合物であればこれらに限定されない。なお、HFO(ハイドロフルオロオレフィン)ガスは沸点が320℃以下の揮発性有機化合物に該当するが、アメリカ合衆国環境保護庁(EPA)の基準によればHFOガスはVOCに該当しないものとされているため、本明細書においてもHFOガスはVOCではないものとして取り扱う。前記したように、特許文献2のようなエアゾール剤は、一液性の水性処方となすために、炭素数が2ないし3の低級アルコールを20v/v%以上配合するので、VOC規制の基準をパスするのが非常に困難となる。そこで、本発明者らは、マイクロエマルジョンタイプの水性エアゾール処方が本目的に合致すると考え、鋭意処方検討を重ねた。
【0013】
また、今日、ピレスロイド系殺虫成分に対し感受性が低下した蚊類等の害虫が世界の至る所で出現し、その防除対策が急務となっている。感受性の低下が害虫における代謝酵素の活性化に起因する場合、ピペロニルブトキサイドの配合が有効と言われているが、これに替わる有用な化合物は未だ提案されていない。本発明者らは、屋外用水性エアゾール剤が蚊類防除手段として広く浸透している現状を鑑み、先に挙げた特許文献1や特許文献2の技術を見直し、鋭意検討を重ねた。その結果、沸点が160~320℃であるグリコールエーテル化合物、好ましくは、芳香族系グリコールエーテル化合物が、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した害虫、特に蚊類に対して特異的に有効で、その作用を感受性低下対処助剤として活用できることを知見し、本発明を完成するに至ったものである。
【0014】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、VOC含有量が30質量%以下である屋外用の水性エアゾール剤であり、エアゾール原液中に(a)30℃における蒸気圧が2×10-4~1×10-2mmHgである常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を0.01~3.0質量%、好ましくは0.08~0.17質量%含有する。ピレスロイド系殺虫成分としては、例えば、トランスフルトリン、メトフルトリン、プロフルトリン、エムペントリン、フラメトリン、テラレスリン、ジメフルトリン、メパフルトリン、ヘプタフルトリン等が挙げられる。これらのうち、常温揮散性、害虫防除効力、安定性、化合物の入手性等を考慮すると、トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンが好ましく、トランスフルトリンがより好ましい。上掲のピレスロイド系殺虫成分は、単独で使用してもよいし、複数種を混合した状態で使用してもよい。また、ピレスロイド系殺虫成分において、酸部分やアルコール部分に不斉炭素に基づく光学異性体や幾何異性体が存在する場合、それら各々や任意の混合物も本発明で使用可能なピレスロイド系殺虫成分に含まれる。(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の含有量が0.01質量%未満の場合、害虫防除効力が劣る懸念があり、一方、3.0質量%を超えると水性エアゾール剤組成物の性状に支障を来す可能性がある。
【0015】
本発明で用いる(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分は、種々の飛翔害虫又は匍匐害虫に対して、直撃効果及び接触効果を示す。さらに、噴射固相面(処理対象物)から常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分が徐々に揮散して固相面上方の環境空間に殺虫成分バリアを形成するので、飛翔害虫の予防的防除に効果的に寄与し得る。なお、本発明では、殺虫効果、ノックダウン効果、忌避効果、害虫侵入阻止効果等を総合的に含めて害虫防除効果と称することとする。
【0016】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、害虫に対する直撃効果を期待する場面でこれを補強するために、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分に加え、他の殺虫成分を適宜配合してもよい。そのような殺虫成分としては、フタルスリン、レスメトリン、シフルトリン、フェノトリン、ペルメトリン、シフェノトリン、シペルメトリン、アレスリン、プラレトリン、イミプロトリン、モンフルオロトリン、エトフェンプロックス等の難揮散性ピレスロイド系化合物、シラフルオフェン等のケイ素系化合物、ジクロルボス、フェニトロチオン等の有機リン系化合物、プロポクスル等のカーバメート系化合物、ジノテフラン、イミダクロプリド、クロチアニジン等のネオニコチノイド系化合物等が挙げられる。なお、難揮散性ピレスロイド系化合物を配合する場合は、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の揮散性に影響を与えない程度の配合量とする。
【0017】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分とともに、エアゾール原液中に(b)沸点が160~320℃であるグリコールエーテル化合物を0.5~10質量%、好ましくは1.0~5.0質量%配合する。このような配合量であれば、後述する低級アルコールをさらに添加しても、エアゾール剤全体に対するVOC含有量を30質量%以下に抑えることが容易なものとなる。ここで、グリコールエーテル化合物は、常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の溶剤としての作用のみならず、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した害虫、特に蚊類に対して感受性低下対処助剤としての作用も奏する。すなわち、本発明の目的に合致するグリコールエーテル化合物は、特許文献1や特許文献2に開示されたグリコール化合物の揮散調整剤(害虫防除効果の持続性を高めているので一種の効力増強剤とも言える)としての役目ではなく、ピレスロイド系殺虫成分の感受性低下対処助剤として作用し得るものである。従来、ピレスロイド感受性の害虫に対し、その本来の殺虫効果を増強させる化合物を「効力増強剤」と称することが多いが、本明細書においては、感受性が低下した害虫を対象とした場合に防除効果の低下度合を軽減するような化合物を、従来の「効力増強剤」と区別し、「感受性低下対処助剤」と定義する。両者の作用メカニズムは明確に解明されているわけではないが、「効力増強剤」が必ずしも「感受性低下対処助剤」に該当するとは限らない。なお、グリコールエーテル化合物の配合量が0.5質量%未満であると、溶剤としての作用のみならず、害虫防除効果の低下度合を小さくする効果が乏しくなる。一方、10質量%を超えて配合しても害虫防除効果が頭打ちとなるばかりか、マイクロエマルジョンを形成するのに必要な界面活性剤量が多くなるので、水性エアゾールとしての性状に影響を及ぼす懸念がある。
【0018】
本発明の害虫防除用エアゾール剤において用いる(b)グリコールエーテル化合物は、沸点が160~320℃であり、脂肪族系グリコールエーテル化合物と、芳香環を有する芳香族系グリコールエーテル化合物に大別される。脂肪族系グリコールエーテル化合物の具体例としては、例えば、ジエチレングリコールモノメチルエーテル(商品名:メチルジグリコール、沸点:194℃)、トリエチレングリコールモノメチルエーテル(商品名:メチルトリグリコール、沸点:249℃)、ジエチレングリコールモノイソプロピルエーテル(商品名:イソプロピルジグリコール、沸点:207℃)、エチレングリコールモノブチルエーテル(商品名:ブチルグリコール、沸点:171℃)、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(商品名:ブチルジグリコール、沸点:231℃)、ジエチレングリコールモノヘキシルエーテル(商品名:ヘキシルジグリコール、沸点:259℃)、ジエチレングリコールモノエチルヘキシルエーテル(商品名:エチルヘキシルジグリコール、沸点:272℃)、ジプロピレングリコールモノプロピルエーテル(商品名:プロピルプロピレンジグリコール、沸点:212℃)、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル(商品名:ブチルプロピレンジグリコール、沸点:231℃)等があげられる。
【0019】
芳香族系グリコールエーテル化合物としては、例えば、エチレングリコールモノフェニルエーテル(商品名:フェニルグリコール、沸点:245℃)、エチレングリコールモノベンジルエーテル(商品名:ベンジルグリコール、沸点:256℃)、ジエチレングリコールモノフェニルエーテル(商品名:フェニルジグリコール、沸点:283℃)、ジエチレングリコールモノベンジルエーテル(商品名:ベンジルジグリコール、沸点:302℃)、プロピレングリコールモノフェニルエーテル(商品名:フェニルプロピレングリコール、沸点:243℃)等があげられる。
【0020】
本発明では、これらのグリコールエーテル化合物を単独で使用してもよいし、複数種を混合した状態で使用してもよいが、後記する界面活性剤との相溶性や、感受性低下対処助剤としての作用性等との観点から、脂肪族系グリコールエーテル化合物よりも芳香族系グリコールエーテル化合物の方が性能上好ましいことが認められた。
【0021】
なお、特許文献1や特許文献2で揮散調整剤として記載されていたプロピレングリコール(沸点:188℃)は、本発明で使用するグリコールエーテル化合物とは異なる化合物であり、「感受性低下対処助剤」としてはそれほど有効でないことが認められた。すなわち、「揮散調整剤」や「効力増強剤」として使用されるものが、必ずしも「感受性低下対処助剤」として作用するわけではない。
【0022】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、マイクロエマルジョンタイプの水性エアゾール処方を調製するために、(c)ノニオン系界面活性剤及び/又はアニオン系界面活性剤を0.2~5.0質量%配合する。界面活性剤の配合量が0.2質量%未満であると、マイクロエマルジョン形成能が乏しくなる。一方、界面活性剤の配合量が5.0質量%を超えると噴射処理面にベタツキ等の問題を生じる懸念があるので好ましくない。
【0023】
ノニオン系界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル(活性剤N-1)、ポリオキシエチレンアルキルエーテル(活性剤N-2)、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル(活性剤N-3)、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレンアルキルエーテル(活性剤N-4)、ポリエチレングリコール脂肪酸エステル(活性剤N-5)、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル(活性剤N-6)、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル(活性剤N-7)、及び脂肪酸のポリアルカノールアミド(活性剤N-8)等があげられる。
【0024】
アニオン系界面活性剤としては、例えば、ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル硫酸塩(活性剤A-1)、ポリオキシエチレンアルキルエーテル硫酸塩(活性剤A-2)、及びドデシルベンゼン硫酸塩(活性剤A-3)等があげられる。
【0025】
上掲の界面活性剤は、単独で使用してもよいし、複数種を混合した状態で使用してもよいが、ノニオン系界面活性剤及びアニオン系界面活性剤のそれぞれ少なくとも一種を組み合わせて使用するのが好ましい。
【0026】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、VOC問題を解消し、植物に対する薬害をできる限り低減させる観点から、エアゾール原液を(d)水で調製した水性化処方を採用する。(d)水の配合量は、エアゾール原液から、上述の(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分、(b)グリコールエーテル化合物、及び(c)ノニオン系界面活性剤及び/又はアニオン系界面活性剤を除いた残部の質量%とするが、70~95質量%程度が好ましい。
【0027】
前記エアゾール原液は、さらに(e)炭素数が2~3である低級アルコールを15質量%以下の範囲で含有することが好ましい。本発明の害虫防除用エアゾール剤は、多少の起泡性を有する場合があるが、当該低級アルコールを配合することによって消泡作用が生じ、使用性を向上させることができる。特に、(c)ノニオン系界面活性剤及び/又はアニオン系界面活性剤の配合量が多めの場合に低級アルコールを配合するメリットは大きい。かかる低級アルコールとしては、エタノールやイソプロパノール(IPA)が代表的で、配合量はVOC量低減の観点から、エアゾール原液中において15質量%以下が望ましい。なお、低級アルコールの配合は、噴射剤として低GWP化ガスを用いてエアゾール剤を調製したときに、噴霧後の平均粒子径を70~160μmに調整し易いというメリットも有する。
【0028】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、本発明の作用効果に支障を来たさない限りにおいて、エアゾール原液中に他の成分、例えば、溶剤、殺ダニ剤、忌避剤、カビ類、菌類等を対象とした防カビ剤、抗菌剤、殺菌剤、安定剤、消臭剤、帯電防止剤、香料、賦形剤等を適宜配合することも可能である。
【0029】
溶剤としては、n-パラフィン、イソパラフィン等の炭化水素系溶剤、エステル系溶剤、ケトン系溶剤等を使用することが可能である。また、殺ダニ剤としては、5-クロロ-2-トリフルオロメタンスルホンアミド安息香酸メチル、サリチル酸フェニル、3-ヨード-2-プロピニルブチルカーバメート等が挙げられる。忌避剤としては、ジエチルトルアミド、イカリジン、テルピネオールやゲラニオール等のテルペン系虫よけ香料等が挙げられる。防カビ剤、抗菌剤、殺菌剤としては、2-メルカプトベンゾチアゾール、2-(4-チアゾリル)ベンツイミダゾール、5-クロロ-2-メチル-4-イソチアゾリン-3-オン、トリホリン、3-メチル-4-イソプロピルフェノール、オルト-フェニルフェノール等が挙げられる。
【0030】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、上記したエアゾール原液と噴射剤とを耐圧容器に充填して調製される。噴射剤としては、低GWP化ガスが好ましい。低GWP化ガスとしては、GWP値〔地球温暖化係数(Global Warming Potential):COを1とした場合の温暖化影響の強さを表す値〕が10以下の圧縮ガス(窒素ガス、炭酸ガス、亜酸化窒素、圧縮空気等)やHFO(ハイドロフルオロオレフィン)ガスを単独又は混合して好適に使用することができる。圧縮ガスの中では、窒素ガスや炭酸ガスが使い易く、特に窒素ガスが好適である。噴射剤として圧縮ガスを使用すると、噴射処理時の霧の飛散及び付着効率を改善し、噴霧粒子径を粗くし、火気に対する安全性を高め、噴霧粒子の吸入危険性を軽減させることができる。一方、HFOガスの代表的なものとして、HFO-1234ze(製品名:ソルスティスze)やHFO-1234yf(製品名:ソルスティスyf)があげられるがこれらに限定されない。かかるHFOガスは、エアゾール原液との相溶性に優れ、またアメリカ合衆国のEPAの基準によればVOCに該当しないとされるため、本発明において好ましい噴射剤である。
【0031】
なお、本発明の害虫防除用エアゾールには、その有用性を損なったり、VOC含有量の超過を招かない限りにおいては、液性の安定化を目的として、液化石油ガス(LPG)やジメチルエーテル(DME)、ハイドロフルオロカーボン等の従来の噴射剤を少量併用することも可能であるが、本発明の趣旨に照らしあわせれば、従来の噴射剤は含まないことが好ましい。
【0032】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、噴射後のエアゾール原液の平均粒子径を70~160μmに調整することが好ましい。平均粒子径70~160μmは、噴霧粒子としては比較的粗いものであるが、このような平均粒子径範囲であれば、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分によるバリア空間が効率的に形成され、噴射後のエアゾール原液の平均粒子径が細かい場合よりも効果的に防除効果の増強に寄与し得ることが認められた。
【0033】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、その用途、使用目的、対象害虫等に応じて、適宜バルブ、ボタン、噴口、ノズル等を設けることができるが、処理対象物が主に屋外の固相面(例えば、屋外のテラスやベランダの床面(木製又はコンクリート製)、屋外に設置されたビニルシートの表面、屋外地面など)であることを考慮し、倒立噴射可能な噴射ボタンが装填されるのが好ましい。そして、噴射ボタンからエアゾール原液を噴射剤とともに屋外の固相面に、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の処理量が0.5~20mg/mとなるように噴射したとき、エアゾール原液の60質量%以上が固相面に付着し、さらに、固相面から、エアゾール原液に含まれる(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分が4時間以上にわたり揮散するように構成されることが好ましい。
【0034】
有効なバリア空間の形成には一定以上の処理面積が必要とされる。例えば、処理対象面が平坦な面である場合、処理面積は2m以上×2m以上(4m以上)とするのが好ましく、3m以上×3m以上(9m以上)がより好ましい。一方、ベランダの出入り口、窓を有するサッシあるいはテントの出入り口などの立設物に隣接して処理対象面が設定される場合、立設物に沿った処理対象面の幅を1.5m以上として噴射するのが好ましい。なお、バリア空間とは、環境条件によって変動し得るものであるが、処理対象面(噴霧される面)をゼロとして、そこから2~2.5m程度までの高さをカバーする空間と定義する。
【0035】
本発明が適用される具体的な場面としては、上記したものを含め、テラスやベランダの出入り、洗濯物干し、玄関の出入り、庭先でのガーデニング等のアウトドアライフ、キャンプでのテントの出入り、野外バーベキュー、ピクニックでの昼食場面等が挙げられる。
【0036】
本発明の害虫防除用エアゾール剤は、(b)グリコールエーテル化合物が、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の感受性低下対処助剤としても作用する。従って、屋外において、ピレスロイド感受性系統は勿論、感受性が低下した害虫、特に、アカイエカ、コガタアカイエカ、ネッタイイエカ、チカイエカ等のイエカ類、ヒトスジシマカ、ネッタイシマカ等のヤブカ類、ユスリカ類等の蚊類に対して実用的な防除効果を示すので極めて有用性が高い。なお、このような効果は、イエバエ類、チョウバエ類、ブユ類、アブ類、ヌカカ類、ハチ類、ヨコバイ類などの各種飛翔害虫や、アリ類、ダンゴムシ、ワラジムシなどの匍匐害虫に対しても少なからず認められるが、特に蚊類について特徴的である。
【実施例
【0037】
次に、本発明の害虫防除用エアゾール剤が、VOC問題を解消し、また、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下した害虫に対して優れた防除効果を示すことを、実施例に基づいて説明する。
【0038】
<実施例1>
200mL耐圧容器に、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分としてのトランスフルトリンを0.22g(0.11質量%)、(b)フェニルジグリコール(沸点:283℃)を3.0g(1.5質量%)、(c)ポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル(活性剤N-1)を0.2g(0.10質量%)とポリオキシエチレンスチリルフェニルエーテル硫酸塩(活性剤A-1)を1.0g(0.51質量%)、及び(e)エタノールを21.6g(27mL、11質量%)を入れて薬剤混合物を調整し、さらに、(d)水を加えて全量200mL(195g)のエアゾール原液とした。該容器にバルブ部分を取付け、該バルブ部分を通じて窒素ガス約2gを加圧充填し、倒立噴射可能な噴射ボタンを装填して、実施例1の害虫防除用エアゾール剤とした。このエアゾール剤(エアゾール原液)のVOC含有量は15質量%以下と計算され、VOC規制上の問題を生じないものと判断された。また、このエアゾール剤の内容物をバルブ部分から噴射したときの噴霧粒子の平均粒子径は97μmであった。
【0039】
実施例1の害虫防除用エアゾール剤を、ベランダの出入り口に隣接した木製床面2m×3mに対し、トランスフルトリンとして約19mg(約3.2mg/m)が付着するように、約6秒間倒立噴射した。このとき、エアゾール剤のバルブ部から噴射される噴霧粒子の平均粒子径は、上記のとおり97μm程度で比較的粗いことから、噴霧粒子が処理対象物から大きく外れて飛散することがなく、その結果、噴霧粒子を吸入する虞は殆どなく、安全に噴霧処理を行うことができた。また、噴霧粒子は比較的速やかに乾燥し、処理床面で足が滑る心配もなかった。噴霧処理後、床面へのトランスフルトリンの付着量を分析し、噴霧粒子の付着効率を調べたところ、84%で非常に高いことが認められた。その後は、処理床面上方にトランスフルトリンによるバリア空間が効率的に形成され、ベランダでの洗濯物干し中にヒトスジシマカ等の害虫に悩まされることがなく、加えてベランダの出入り口から飛翔害虫が室内に侵入するのを8時間にわたって阻止できた。さらに、ピレスロイド系殺虫成分に対する感受性が低下したネッタイイエカの生息が付近に観察されているタイ国において同様な試験を実施したが、結果は同様で優れた防除効果が実証された。
【0040】
<実施例2~14、比較例1~9>
実施例1に準じて表1に示す実施例2~14の各種エアゾール剤を調製し、下記に示す付着性試及び防除効力試験を行った。また、比較のため、表2に示す比較例1~9の各種エアゾール剤についても、実施例と同様の試験を行った。なお、表1及び表2の中にカッコ書きで示してある(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分の含有量(質量%)、(b)グリコールエーテル化合物の含有量(質量%)、及び(c)ノニオン系界面活性剤及び/又はアニオン系界面活性剤の含有量(質量%)は、それらの比重を1.0と見なして算出したものである。
【0041】
(1)処理対象面へのエアゾール原液の付着性試験
0.583mのガラス板(24cm×27cmのガラス板9枚)を床面に置き、上方50cmの距離から供試エアゾール剤を1秒間倒立噴射塗布した。ガラス板1枚分に付着したピレスロイド系殺虫成分量を分析後、全体面積あたりに換算し、噴射されたピレスロイド系殺虫成分量に対する付着率(%)を算出した。結果を表3に示す。
【0042】
(2)蚊に対する防除効力試験
防除効力試験は半開放条件とした6畳居室にて実施した。具体的には、入り口の扉に20メッシュのネットを貼り付けて開放し、換気扇を作動させた(換気条件:約5.3回/hr)。上記(1)付着性試験に準じ、別室で各供試エアゾール剤を噴射塗布した0.583mのガラス板を所定時間保存後、試験居室の床面中央に設置した。そして、直ちに供試昆虫(ピレスロイド系殺虫成分に対して感受性、又は感受性が低下したアカイエカ雌成虫)約100匹を放ち、試験者が処理ガラス板の周囲を歩きながら、経時的な両腕への降着数を数え、下記式により忌避率を求めた。結果を表3に示す。
忌避率(%) = [無処理区の飛来虫数-処理区の飛来虫数]/[無処理区の飛来虫数] × 100
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
【表3】
【0046】
試験の結果、噴射剤とともに、(a)常温揮散性ピレスロイド系殺虫成分を0.01~3.0質量%、(b)沸点が160~320℃であるグリコールエーテル化合物を0.5~10質量%、(c)ノニオン系界面活性剤及び/又はアニオン系の界面活性剤を0.2~5.0質量%、並びに(d)水を残部質量%含有するマイクロエマルジョンタイプのエアゾール原液を、噴射ボタンを備えた耐圧容器に充填してなる本発明の害虫防除用エアゾール剤は、そのVOC含有量が30質量%以下に低減されており、かつ、噴射されたとき、エアゾール原液の60質量%以上が処理対象物の表面に付着し、しかもその後、(a)成分が処理対象物の表面の上方の空間に徐々に揮散し、ピレスロイド系殺虫成分に対して感受性のアカイエカは勿論、感受性が低下した系統のアカイエカに対しても、4時間以上、12時間にわたって優れた忌避効果が認められた。ピレスロイド系殺虫成分としては、実施例2、実施例11、実施例12、及び比較例8を参照して明らかなように、トランスフルトリン、メトフルトリン、及びプロフルトリンが本発明の目的に合致し、dl,d-T80-アレスリンは不適であった。なかでもトランスフルトリンの有用性が高く、ピレスロイド系殺虫成分に対して感受性が低下した系統のアカイエカに対しても、ピレスロイド感受性系統を対象とした場合と比べて防除効力の低下度合が小さく、これら蚊類を防除する上で極めて有効であることが確認された。
【0047】
エタノールを過剰に配合した比較例3はVOC規制に適合せず、また、比較例7のように、噴射剤として低GWP化ガスではなくDMEを主体に用いた場合も、VOC含有量が30質量%を超えて不適であった。比較例2が示すように、グリコールエーテル化合物の配合量が10質量%を超えて過剰な場合、必要とする界面活性剤も過剰となって噴射処理面にベタツキ等の問題を生じる懸念があり、また、グリコールエーテル化合物の沸点が160~320℃の範囲を外れる比較例4も好ましくなかった。さらに、界面活性剤については、実施例2、実施例9、及び実施例10の対比から、ノニオン系界面活性剤及びアニオン系の界面活性剤の併用が好ましく、両性界面活性剤を用いた比較例6は性能上劣るものであった。なお、比較例7においては、主に平均粒子径が小さくなったことに起因して処理対象物の表面への付着率が劣り、この点においても本発明の趣旨に適合しなかった。
【0048】
さらに、(b)沸点が160~320℃であるグリコールエーテル化合物の効果も明らかとなった。即ち、実施例2、実施例6、実施例7、実施例8、比較例4、及び比較例5の対比から、沸点が160~320℃の範囲にあるフェニルジグリコール、ベンジルジグリコール、ブチルジグリコール、及びフェニルプロピレングリコールは、本発明の(b)グリコールエーテル化合物に該当し、ピレスロイドに対する感受性が低下したアカイエカに対しても特異的に有効で、その作用を感受性低下対処助剤として活用できることが確認された。なお、実施例7の脂肪族系グリコールエーテル化合物よりも、実施例2、実施例6、及び実施例8の芳香族系グリコールエーテル化合物の方が性能的に好ましかった。一方、比較例4のように、沸点が160~320℃の範囲から外れるグリコールエーテル化合物や、特許文献1及び特許文献2において揮散調整剤として挙げられた、グリコールエーテル化合物とは異なる化合物であるプロピレングリコール(比較例5、沸点:188℃)は、忌避効果の持続性には寄与するものの、感受性低下対処助剤としての作用は十分と言えなかった。(b)沸点が160~320℃であるグリコールエーテル化合物の含有量に関しては、実施例2、実施例13、実施例14、及び比較例9の対比から、グリコールエーテル化合物の含有量を少なくとも0.5~10質量%の範囲に調整することで、グリコールエーテル化合物が感受性が低下したアカイエカに対する感受性低下対処助剤として有効に作用することが確認された。このように、従来の揮散調整剤(広義の効力増強剤)が必ずしも「感受性低下対処助剤」に該当するわけではなく、本発明者らが試行錯誤の上、目的に合致した試験を実際に行なったことにより、今回初めて特定のグリコールエーテル化合物が、本発明で意図する「感受性低下対処助剤」となり得ることが判明した。
【0049】
以上のとおり、本発明の害虫防除用エアゾール剤、及び害虫防除方法によれば、VOC問題が解消されるうえ、ピレスロイド系殺虫成分に対して感受性が高い害虫はもちろん、感受性が低下した害虫、特に蚊類に対しても有効なので極めて実用的である。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の害虫防除用エアゾール剤、及び害虫防除方法は、屋外用途において好適に利用できるものであるが、屋内においても当然に利用可能であり、その他にも広範な害虫防除を目的として利用可能である。