(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-11
(45)【発行日】2022-04-19
(54)【発明の名称】緊急制動システム、緊急制動方法、及び緊急制動プログラム
(51)【国際特許分類】
B60W 10/10 20120101AFI20220412BHJP
B60W 10/18 20120101ALI20220412BHJP
B60T 7/14 20060101ALI20220412BHJP
B60W 40/08 20120101ALI20220412BHJP
B60W 10/02 20060101ALI20220412BHJP
【FI】
B60W10/00 126
B60T7/14
B60W10/10
B60W10/18
B60W40/08
B60W10/02
(21)【出願番号】P 2019060176
(22)【出願日】2019-03-27
【審査請求日】2019-12-04
(73)【特許権者】
【識別番号】303002158
【氏名又は名称】三菱ふそうトラック・バス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【氏名又は名称】真田 有
(72)【発明者】
【氏名】中村 剛
(72)【発明者】
【氏名】小野 崇
(72)【発明者】
【氏名】冨田 聡
(72)【発明者】
【氏名】加藤 慎一
【審査官】増子 真
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-052293(JP,A)
【文献】特開2018-030518(JP,A)
【文献】特開平06-227374(JP,A)
【文献】特開2015-054547(JP,A)
【文献】特開平05-193402(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 10/00 - 10/30
B60W 30/00 - 60/00
B60T 7/12 - 8/1769
B60T 8/32 - 8/96
B60T 15/00 - 17/22
G08G 1/00 - 99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車輪に制動力を与える主ブレーキと前記主ブレーキを補助する補助ブレーキとが設けられた車両の緊急制動システムであって、
緊急停止ボタン操作による前記車両の制動の要否と、
カメラで検出されたドライバの姿勢あるいはセンサで検出されたドライバの心拍数の情報に基づく前記車両の制動の要否と、の少なくとも一方を判定する判定部と、
前記判定部で前記制動が必要と判定された場合に、前記判定に応じて前記補助ブレーキの作用を禁止するとともに、前記主ブレーキを制御して前記車輪に所定の前記制動力を与える制動部と、を備えている
ことを特徴とする、緊急制動システム。
【請求項2】
前記ドライバによる操作に応じて前記補助ブレーキを制御する制御部を備え、
前記制動部は、前記判定部で前記制動が必要と判定された場合に、前記制御部に緊急停止信号を送信し、
前記制御部は、前記緊急停止信号を受信した場合に、前記操作を無視して前記補助ブレーキを非作動状態に制御する
ことを特徴とする、請求項1記載の緊急制動システム。
【請求項3】
前記車両には、駆動源としてのエンジンと、前記エンジンから前記車輪への動力の伝達を断接する断接機構と、が設けられ、
前記補助ブレーキが、前記ドライバによる操作に応じて前記エンジンの吸収馬力を増大させるものであり、
前記緊急制動システムは、
前記断接機構を制御する制御装置を備え、
前記制動部は、前記判定部で前記制動が必要と判定された場合に、前記制御装置に緊急停止信号を送信し、
前記制御装置は、前記緊急停止信号を受信した場合に、前記断接機構を制御して前記動力の伝達を遮断する
ことを特徴とする、請求項1記載の緊急制動システム。
【請求項4】
前記車両には、前記断接機構を含むとともに前記断接機構が前記動力の伝達を遮断した状態でニュートラル状態となる変速機が設けられ、
前記制御装置は、前記ドライバによるギアシフトセレクターへの操作に応じて前記変速機を制御する変速制御部を有し、
前記変速制御部は、前記緊急停止信号を受信した場合に、前記ギアシフトセレクターへの操作を無視して前記変速機を前記ニュートラル状態に制御する
ことを特徴とする、請求項3記載の緊急制動システム。
【請求項5】
車輪に制動力を与える主ブレーキと前記主ブレーキを補助する補助ブレーキとが設けられた車両の緊急制動方法であって、
緊急停止ボタン操作による前記車両の制動の要否と、
カメラで検出されたドライバの姿勢あるいはセンサで検出されたドライバの心拍数の情報に基づく前記車両の制動の要否と、の少なくとも一方を判定する判定工程と、
前記判定工程で前記制動が必要と判定された場合に、前記判定に応じて前記補助ブレーキの作用を禁止するとともに、前記主ブレーキを制御して前記車輪に所定の前記制動力を与える制動工程と、を備えている
ことを特徴とする、緊急制動方法。
【請求項6】
前記制動工程には、前記ドライバによる操作に応じて前記補助ブレーキを制御する制御部に緊急停止信号を送信する送信工程が含まれ、
前記緊急制動方法は、
前記送信工程の実施後、前記操作を無視して前記補助ブレーキを非作動状態に制御する制御工程を備える
ことを特徴とする、請求項5記載の緊急制動方法。
【請求項7】
前記車両には、駆動源としてのエンジンと、前記エンジンから前記車輪への動力の伝達を断接する断接機構と、が設けられ、
前記補助ブレーキが、前記ドライバによる操作に応じて前記エンジンの吸収馬力を増大させるものであり、
前記制動工程には、前記断接機構を制御する制御装置に緊急停止信号を送信する送信工程が含まれ、
前記緊急制動方法は、
前記送信工程の実施後、前記断接機構を制御して前記動力の伝達を遮断する制御工程を備える
ことを特徴とする、請求項5記載の緊急制動方法。
【請求項8】
前記車両には、前記断接機構を含むとともに前記断接機構が前記動力の伝達を遮断した状態でニュートラル状態となる変速機が設けられ、
前記制御工程では、前記ドライバによるギアシフトセレクターへの操作を無視して前記変速機を前記ニュートラル状態に制御する
ことを特徴とする、請求項7記載の緊急制動方法。
【請求項9】
車輪に制動力を与える主ブレーキと前記主ブレーキを補助する補助ブレーキとが設けられた車両の緊急制動プログラムであって、
緊急停止ボタン操作による前記車両の制動の要否と、
カメラで検出されたドライバの姿勢あるいはセンサで検出されたドライバの心拍数の情報に基づく前記車両の制動の要否と、の少なくとも一方を判定する判定工程と、
前記判定工程で前記制動が必要と判定された場合に、前記判定に応じて前記補助ブレーキの作用を禁止するとともに、前記主ブレーキを制御して前記車輪に所定の前記制動力を与える制動工程と、をコンピュータに実行させる
ことを特徴とする、緊急制動プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、ドライバに異常が生じた場合に車両を自動で制動させるシステム、方法、及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ドライバの失神といった異常事態の発生時に、ボタン操作やスイッチ操作に応じて車両を自動で制動(減速)させてから停止させるシステム(ドライバ異常時対応システム,EDSS;Emergency Driving and Stop System)が知られている。例えば特許文献1には、ドライバの異常が検知され、且つ、車内に設置されたボタンが乗客により押圧操作された場合に、車両を緊急停止させる必要があると判断し、自動ブレーキをかけるようにした技術が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
前述したようにドライバの異常時に車両を自動で制動させる場合には、車輪に主ブレーキにより所定の制動力が与えられる。この制動力は、安全性の観点から、車両の減速度が所定値(例えば0.25G)を超えないような大きさに予め設定する必要がある。しかしながら、車両の減速度は、車輪に与える制動力の大きさが一定であったとしても、補助ブレーキの作用によってばらつく。具体的には、補助ブレーキが作用している状態では、作用していない状態と比べて減速度が大きくなる。このため、補助ブレーキが作用している状態を基準にして、車輪に与える制動力を設定した場合、降坂時のように車両が減速しにくい状況では、適切な減速度が得られない可能性がある。
【0005】
本開示は、前述したような課題に鑑み創案されたものであり、ドライバの異常時に車両をより適切に制動させることを目的の一つとする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示は前述した課題の少なくとも一部を解決するためになされたものであり、以下の態様又は適用例として実現することができる。
(1)本適用例に係る緊急制動システムは、車輪に制動力を与える主ブレーキと前記主ブレーキを補助する補助ブレーキとが設けられた車両の緊急制動システムであって、緊急停止ボタン操作による前記車両の制動の要否と、カメラで検出されたドライバの姿勢あるいはセンサで検出されたドライバの心拍数の情報に基づく前記車両の制動の要否と、の少なくとも一方を判定する判定部と、前記判定部で前記制動が必要と判定された場合に、前記判定に応じて前記補助ブレーキの作用を禁止するとともに、前記主ブレーキを制御して前記車輪に所定の前記制動力を与える制動部と、を備えている。これにより、ドライバに異常が生じて車両の制動が必要である場合に、補助ブレーキの作用が無くされた(無効化された)うえで、主ブレーキの作用により車両が制動(減速)させられる。このため、車両の減速度のばらつきが抑えられる。
【0007】
(2)本適用例に係る緊急制動システムは、前記ドライバによる操作に応じて前記補助ブレーキを制御する制御部を備え、前記制動部は、前記判定部で前記制動が必要と判定された場合に、前記制御部に緊急停止信号を送信し、前記制御部は、前記緊急停止信号を受信した場合に、前記操作を無視して前記補助ブレーキを非作動状態に制御してもよい。この場合、ドライバの異常時に緊急停止信号を送信するだけで補助ブレーキの作用が禁止されるため、機械的な構造の変更が不要となる。
【0008】
(3)本適用例に係る緊急制動システムにおいて、前記車両には、駆動源としてのエンジンと、前記エンジンから前記車輪への動力の伝達を断接する断接機構と、が設けられ、前記補助ブレーキが、前記ドライバによる操作に応じて前記エンジンの吸収馬力を増大させるものであってもよい。また、本適用例に係る緊急制動システムは、断接機構を制御する制御装置を備え、前記制動部は、前記判定部で前記制動が必要と判定された場合に、前記制御装置に緊急停止信号を送信し、前記制御装置は、前記緊急停止信号を受信した場合に、前記断接機構を制御して前記動力の伝達を遮断してもよい。この場合、ドライバの異常時に、エンジンから車輪への動力の伝達が機械的に遮断されるため、エンジンの吸収馬力(制動力)が車輪に作用しなくなる。よって、車両の減速度のばらつきがより抑えられる。
【0009】
(4)本適用例に係る緊急制動システムにおいて、前記車両には、前記断接機構を含むとともに前記断接機構が前記動力の伝達を遮断した状態でニュートラル状態となる変速機が設けられ、前記制御装置は、前記ドライバによるギアシフトセレクターへの操作に応じて前記変速機を制御する変速制御部を有し、前記変速制御部は、前記緊急停止信号を受信した場合に、前記ギアシフトセレクターへの操作を無視して前記変速機を前記ニュートラル状態に制御してもよい。この場合、既存の変速機に含まれる断接機構を利用して補助ブレーキの作用が禁止されるため、装置コストの増大が抑えられる。
【0010】
(5)本適用例に係る緊急制動方法は、車輪に制動力を与える主ブレーキと前記主ブレーキを補助する補助ブレーキとが設けられた車両の緊急制動方法であって、緊急停止ボタン操作による前記車両の制動の要否と、カメラで検出されたドライバの姿勢あるいはセンサで検出されたドライバの心拍数の情報に基づく前記車両の制動の要否と、の少なくとも一方を判定する判定工程と、前記判定工程で前記制動が必要と判定された場合に、前記判定に応じて前記補助ブレーキの作用を禁止するとともに、前記主ブレーキを制御して前記車輪に所定の前記制動力を与える制動工程と、を備えている。これにより、ドライバに異常が生じて車両の制動が必要である場合に、補助ブレーキの作用が無くされた(無効化された)うえで、主ブレーキの作用により車両が制動(減速)させられる。このため、車両の減速度のばらつきが抑えられる。
【0011】
(6)本適用例に係る緊急制動方法において、前記制動工程には、前記ドライバによる操作に応じて前記補助ブレーキを制御する制御部に緊急停止信号を送信する送信工程が含まれ、前記緊急制動方法は、前記送信工程の実施後、前記操作を無視して前記補助ブレーキを非作動状態に制御する制御工程を備えてもよい。この場合、ドライバの異常時に緊急停止信号を送信するだけで補助ブレーキの作用が禁止されるため、機械的な構造の変更が不要となる。
【0012】
(7)本適用例に係る緊急制動方法において、前記車両には、駆動源としてのエンジンと、前記エンジンから前記車輪への動力の伝達を断接する断接機構と、が設けられ、前記補助ブレーキが、前記ドライバによる操作に応じて前記エンジンの吸収馬力を増大させるものであり、前記制動工程には、前記断接機構を制御する制御装置に緊急停止信号を送信する送信工程が含まれてもよい。また、本適用例に係る緊急制動方法は、記送信工程の実施後、前記断接機構を制御して前記動力の伝達を遮断する制御工程を備えてもよい。この場合、ドライバの異常時に、エンジンから車輪への動力の伝達が機械的に遮断されるため、エンジンの吸収馬力(制動力)が車輪に作用しなくなる。よって、車両の減速度のばらつきがより抑えられる。
【0013】
(8)本適用例に係る緊急制動方法において、前記車両には、前記断接機構を含むとともに前記断接機構が前記動力の伝達を遮断した状態でニュートラル状態となる変速機が設けられ、前記制御工程では、前記ドライバによるギアシフトセレクターへの操作を無視して前記変速機を前記ニュートラル状態に制御してもよい。この場合、既存の変速機に含まれる断接機構を利用して補助ブレーキの作用が禁止されるため、装置コストの増大が抑えられる。
【0014】
(9)本適用例に係緊急制動プログラムは、車輪に制動力を与える主ブレーキと前記主ブレーキを補助する補助ブレーキとが設けられた車両の緊急制動プログラムであって、緊急停止ボタン操作による前記車両の制動の要否と、カメラで検出されたドライバの姿勢あるいはセンサで検出されたドライバの心拍数の情報に基づく前記車両の制動の要否と、の少なくとも一方を判定する判定工程と、前記判定工程で前記制動が必要と判定された場合に、前記判定に応じて前記補助ブレーキの作用を禁止するとともに、前記主ブレーキを制御して前記車輪に所定の前記制動力を与える制動工程と、をコンピュータに実行させる。これにより、ドライバに異常が生じて車両の制動が必要である場合に、補助ブレーキの作用が無くされた(無効化された)うえで、主ブレーキの作用により車両が制動(減速)させられる。このため、車両の減速度のばらつきが抑えられる。
【発明の効果】
【0015】
本開示によれば、ドライバの異常時に車両をより適切に制動させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施形態としての緊急制動システムが適用された車両の構成を示す概略図である。
【
図2】第一実施形態としての緊急制動システムの構成を示すブロック図である。
【
図3】
図1の車両に搭載された主ブレーキの構成を示す模式図である。
【
図4】
図2の緊急制動システムの緊急ECUで実施される処理の手順を例示するフローチャートである。
【
図5】
図2の緊急制動システムのエンジンECUで実施される処理の手順を例示するフローチャートである。
【
図6】第二実施形態としての緊急制動システムの構成を示すブロック図である。
【
図7】
図6の緊急制動システムの緊急ECUで実施される処理の手順を例示するフローチャートである。
【
図8】
図6の緊急制動システムの変速機ECUで実施される処理の手順を例示するフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
図面を参照して、実施形態としての緊急制動システム、緊急制動方法、及び緊急制動プログラム(以下、単に「制動システム」、「制動方法」、及び「制動プログラム」という)について説明する。以下に示す実施形態はあくまでも例示に過ぎず、以下の実施形態で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。以下の実施形態の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることができる。
【0018】
[1.第一実施形態]
[1-1.全体構成]
第一実施形態に係る制動システム、制動方法、及び制動プログラムは、
図1に示す車両1のドライバに異常が生じた場合に、ドライバによる手動運転操作によらず、車両1を自動で制動(減速)させた後に停止させるためのものである。ここでは、車両1が複数の乗客を輸送可能な路線バスである場合を例示する。
【0019】
車両1には、駆動源としてのエンジン2と、エンジン2から出力された回転を所定の変速比に応じた回転に変更する変速機3とが設けられている。エンジン2は、ガソリンや軽油を燃料とする内燃機関であって、後述するエンジンECU8(
図2参照)により、その作動状態が制御される。
【0020】
変速機3は、車両1の走行状態や負荷要求等に応じて変速比を自動で変更する機能をもつ自動変速機であって、後述する変速機ECU9(
図2参照)により、その動作が制御される。本実施形態では、エンジン2と変速機3との間にトルクコンバータ4が介装されており、エンジン2から出力された回転はトルクコンバータ4を介して変速機3に伝達される。また、変速機3から出力された回転は、プロペラシャフト11及び終減速機12を介して左右のドライブシャフト13に伝達され、各ドライブシャフト13から車輪14に伝達される。なお、
図1では、車両1に設けられる車輪14のうち、ドライブシャフト13に接続された二つの車輪14のみを示し、他の車輪14は省略している。
【0021】
変速機3には、変速機3をニュートラル状態にするための断接機構3Aが含まれている。断接機構3Aは、エンジン2と車輪14との間の動力伝達経路上に設けられており、エンジン2から車輪14への動力の伝達を断接する。断接機構3Aがエンジン2から車輪14への動力の伝達を遮断した状態では、変速機3がニュートラル状態となる。変速機3がニュートラル状態でない場合は、エンジン2の動力が車輪14に伝達されるため、車両1が駆動される。一方、変速機3がニュートラル状態である場合は、エンジン2の動力が車輪14に伝達されないため、車両1が駆動されない。
【0022】
図2に示すように、車両1には、車両1を制動させるための装置として、車輪14に制動力を与える主ブレーキ5と、主ブレーキ5を補助する補助ブレーキ6とが設けられている。また、本実施形態の車両1には、ドライバが補助ブレーキ6の作動状態を切り替えるために操作する補助ブレーキレバー15と、ドライバが変速機3のギア段(シフトポジション)を変更するために操作するギアシフトセレクター18と、ドライバに異常が生じた場合にドライバ又は乗客(以下、ドライバ及び乗客をまとめて「乗員」ともいう)が押圧操作する緊急停止ボタン16とが設けられている。
【0023】
本実施形態では、主ブレーキ5として、圧縮空気の圧力(以下「エア圧」という)で制御される空気ブレーキを例示する。
図3に示すように、主ブレーキ5は、圧縮空気を貯留するエアタンク51と、各車輪14に設けられて例えばドラムブレーキで構成される制動機構52と、エアタンク51から制動機構52まで延びて圧縮空気の通路となるエア配管53とを有する。
【0024】
主ブレーキ5は、エアタンク51からエア配管53に供給されるエア圧がブレーキペダル17の踏込量に応じて変化するように構成される。したがって、主ブレーキ5は、基本的には(後述する緊急制御の実施中を除いて)、ドライバによるブレーキペダル17の踏込操作に応じて各車輪14に制動力を与える。以下、エア配管53について、圧縮空気の流れ方向に基づき、エアタンク51側を上流側とし、制動機構52側を下流側とする。なお、エア配管53の後述するダブルチェックバルブ58よりも下流側には、ABS(Antilock Brake System)用の制御弁やエア圧に応じてオンとオフとが切り替わるスイッチ等(いずれも図示略)が設けられてもよい。
【0025】
本実施形態の主ブレーキ5は、ブレーキペダル17を迂回するようにエア配管53に接続された他のエア配管55と、このエア配管55に設けられた減圧弁56及び電磁弁57と、二つのエア配管53,55の接続部分に設けられたダブルチェックバルブ58とを更に有する。エア配管55は、前述したエア配管53うちのブレーキペダル17よりも上流側と下流側とを繋ぐものであり、圧縮空気の通路となる。以下、エア配管55についても、圧縮空気の流れ方向に基づき、エアタンク51側を上流側とし、ダブルチェックバルブ58側を下流側とする。
【0026】
減圧弁56(レデューシングバルブ)は、エアタンク51から供給されるエア圧を予め設定された値(以下「設定圧」という)に減少させるものであり、エアタンク51の直下流に設けられる。電磁弁57は、エア配管55内の通路を開閉する(エア配管55における圧縮空気の流通を許容又は禁止する)ものであり、減圧弁56の下流に設けられる。
【0027】
以下、電磁弁57について、エア配管55内の通路を閉鎖する(エア配管55における圧縮空気の流通を禁止する)状態を「オフ状態」といい、エア配管55内の通路を開放する(エア配管55における圧縮空気の流通を許容する)状態を「オン状態」という。電磁弁57は、初期設定ではオフ状態とされる。電磁弁57のオンオフ状態は、緊急ECU7(
図2参照)によって制御される。
【0028】
図3に示すように、ダブルチェックバルブ58は、ブレーキペダル17から供給されるエア圧と、電磁弁57から供給されるエア圧とのうち、高いほうのエア圧を制動機構52へ流すものである。
【0029】
本実施形態の主ブレーキ5には、車輪14に与える制動力を可変に制御する電子制御システムが設けられていない。このため、電磁弁57がオン状態であって電磁弁57からのエア圧がダブルチェックバルブ58を通って制動機構52に供給される場合、各制動機構52に供給されるエア圧は減圧弁56の設定圧に応じた一定値となる。したがって、電磁弁57がオン状態である場合、エア配管55から供給されるエア圧により車輪14に与えられる制動力の大きさは一定となる。
【0030】
なお、
図3には一つの制動機構52を示すが、エア配管53には複数の制動機構52が接続されてもよい。また、エア配管53,55と各種弁56~58とは、複数(例えば車両1の前部と後部とのそれぞれに対して)設けられてもよい。さらに、エアタンク51は、車両1に搭載される他の装置(例えばエアサスペンション)で併用されてもよい。
【0031】
図2に示すように、補助ブレーキ6は、主ブレーキ5とは別の機構により車両1を制動させるものであって、例えば、排気ブレーキや圧縮開放ブレーキ(パワータードブレーキ)やリターダである。本実施形態の補助ブレーキ6は、エンジン2の排気管に設けられたバルブ(図示略)を閉鎖することでエンジン2の吸収馬力(制動力,エンジンブレーキ)を増大させる排気ブレーキであるものとする。補助ブレーキ6の作動状態(具体的には、前述したバルブの開度)は、エンジンECU8で制御される。なお、補助ブレーキ6は排気ブレーキに限定されず、例えば、排気ブレーキと圧縮開放ブレーキとリターダとのうちの複数を組み合わせて構成されてもよい。
【0032】
補助ブレーキレバー15は、ドライバが操作可能となるように、例えばステアリングホイール(図示略)の近傍に設けられる。補助ブレーキレバー15には複数の操作位置が用意され、これらの操作位置の中からドライバにより一つが選択される。ドライバが選択した補助ブレーキレバー15の操作位置は、エンジンECU8に伝達される。なお、補助ブレーキレバー15は、オンとオフとの二つの操作位置が用意されて、補助ブレーキ6のオン(作動)及びオフ(非作動)のみを切替可能に構成されてもよいし、三つ以上の操作位置が用意されて、補助ブレーキ6のオンオフに加えて、オン状態である場合の強さ(補助ブレーキ6による制動力)を多段階に切替可能に構成されてもよい。
【0033】
ギアシフトセレクター18は、ドライバが操作可能となるように、例えば運転席の横に設けられる。ギアシフトセレクター18には、複数の操作位置(例えば、Pレンジ、Dレンジ、Nレンジ、及びRレンジ)が用意され、これらの操作位置の中からドライバにより一つが選択される。ドライバが選択したギアシフトセレクター18の操作位置は、変速機ECU9に伝達される。
【0034】
緊急停止ボタン16は、ドライバ及び乗客の双方が操作可能となるように、例えば運転席とその直後方の客席とのそれぞれに設けられる。緊急停止ボタン16は、オンとオフとが切替可能に構成され、初期設定ではオフ状態とされる。緊急停止ボタン16のオンオフ情報は、緊急ECU7に伝達される。
【0035】
緊急ECU7、エンジンECU8、及び変速機ECU9はいずれも、車両1に搭載された電子制御装置(コンピュータ)であって、例えばマイクロプロセッサやROM、RAM等を集積したLSIデバイスや組み込み電子デバイスとして構成され、車載ネットワーク網の通信ラインに接続される。本実施形態では、緊急ECU7及びエンジンECU8によって実施される緊急制御に着目して説明する。
【0036】
[1-2.システム構成]
緊急制御は、ドライバに異常が生じた場合に、車両1を自動で制動(緊急制動)させる制御である。緊急制御では、主ブレーキ5が制御されることにより、主ブレーキ5から各車輪14に所定の制動力が与えられる。このとき、仮に補助ブレーキ6がオン状態であって補助ブレーキ6の作用が車両1に及んでいると、主ブレーキ5だけでなく補助ブレーキ6の作用によっても車両1が減速するため、車両1の減速度が大きくなりやすい。また、補助ブレーキ6による制動力は、車両1の走行状態に応じて変動する場合がある。例えば、補助ブレーキ6が排気ブレーキである場合は、車両1の減速に伴ってエンジン2の回転数が低下するほど、補助ブレーキ6による制動力も低下する。
【0037】
したがって、車両1の減速度は、主ブレーキ5から各車輪14に所定の制動力を与えた場合であっても、補助ブレーキ6の作用に応じてばらつく。また、車両1の減速度は、乗員の数(総重量)や減圧弁56の設定圧の公差によってもばらつく可能性がある。よって、単に主ブレーキ5から車輪14に所定の制動力を与えるだけでは、補助ブレーキ6が作用する場合と作用しない場合とで、車両1の減速度に大きなばらつきが生じる虞がある。
【0038】
車両1では、減速度が大きいほど乗員が体勢を崩しやすくなり、減速度が小さいほど停止するまでに要する時間及び距離が長くなる。このため、安全性の観点から、ドライバの異常時に車両1を適切に停止させるためには、減速度が所定の範囲内の値となるようにする(減速度のばらつきを抑える)ことが望ましい。
【0039】
そこで、本実施形態の緊急制御では、単に主ブレーキ5を作動させるのではなく、補助ブレーキ6の作用を禁止したうえで、主ブレーキ5を制御して車輪14に所定(一定)の制動力を与える。これにより、車両1を緊急停止させる場合に、補助ブレーキ6の作用が無くなる(無効化される)とともに、主ブレーキ5の作用のみで車両1が減速するため、車両1の減速度のばらつきが抑えられる。
【0040】
図2に示すように、本実施形態に係る制動システム10は、緊急ECU7及びエンジンECU8で構成されている。緊急ECU7は、緊急制御を実施するための要素として、判定部7A及び制動部7Bを有する。また、エンジンECU8は、緊急制御を実施するための要素として、制御部8Aを有する。ここでは、これらの要素7A、7B、8Aがいずれもソフトウェアで実現されるものとする。ただし、これらの要素7A、7B、8Aは、ハードウェア(電子回路)で実現されてもよいし、ソフトウェアとハードウェアとが併用されて実現されてもよい。
【0041】
本実施形態の判定部7A及び制動部7Bは、コンピュータプログラム(制動プログラム)20の機能として設けられている。制動システム10では、緊急ECU7がコンピュータプログラム20を実行することによって緊急制御が実施される。なお、コンピュータプログラム20は、緊急ECU7で実行可能となるように設けられていればよい。
【0042】
判定部7Aは、ドライバに異常が生じた際に、車両1の制動の要否を判定する。本実施形態の判定部7Aは、ドライバに異常が生じて緊急停止ボタン16が押圧操作された(オフ状態からオン状態に切り替えられた)場合に車両1の制動が必要と判定し、それ以外の場合(緊急停止ボタン16がオフ状態のままである場合)に車両1の制動が不要と判定する。このように、本実施形態の判定部7Aは、ドライバ又は乗客による操作に応じて車両1の制動の要否を判定する。なお、判定部7Aによる判定手法はこれに限られず、例えば、前述した緊急停止ボタン16のオンオフ情報に基づく判定に代えて(あるいは加えて)、カメラで検出されたドライバの姿勢やセンサで検出されたドライバの心拍数等の情報に基づく自動の(乗員の操作によらない)判定が実施されてもよい。
【0043】
制動部7Bは、判定部7Aで制動が必要と判定された場合に、前述した緊急制御を実施する。緊急制御において、制動部7Bは、補助ブレーキ6の作用を禁止するとともに、主ブレーキ5を制御して車輪14に所定の制動力を与える。
【0044】
本実施形態では、補助ブレーキ6が排気ブレーキであってエンジンECU8で制御されることから、制動部7Bは、緊急制御においてエンジンECU8に緊急停止信号を送る。これにより、制動部7Bは、補助ブレーキ6を間接的に(エンジンECU8を介して)制御し、補助ブレーキ6の作用を禁止する。
【0045】
なお、本実施形態において「補助ブレーキ6の作用を禁止する」とは、ドライバによる補助ブレーキレバー15の操作にかかわらず、補助ブレーキ6を非作動状態に制御することを意味する。したがって、緊急制御では、たとえ補助ブレーキ6が作動するように補助ブレーキレバー15が操作されている場合であっても、補助ブレーキ6が強制的にオフ状態に制御される。
【0046】
また、制動部7Bは、緊急制御において、主ブレーキ5の電磁弁57をオン状態に切り替えることで、車輪14に所定の制動力を与える。この「所定の制動力」は、車両1を緊急停止させる場合に、車両1の減速度が安全性の観点から定まる所定の範囲内の値となるような大きさに予め設定される。このような制動力の設定は、具体的には、減圧弁56の設定圧を定めることに対応する。
【0047】
制御部8Aは、補助ブレーキ6を制御する。本実施形態の制御部8Aは、基本的には(緊急制御の実施中以外は)、ドライバによる補助ブレーキレバー15の操作に応じて補助ブレーキ6を制御する。一方、制御部8Aは、制動部7Bから緊急停止信号を受信した場合には、ドライバによる補助ブレーキレバー15の操作を無視して補助ブレーキ6に禁止信号を送り、補助ブレーキ6を非作動状態に制御する。
【0048】
なお、エンジンECU8は、制御部8Aに加えて、車両1に設けられたアクセルペダル(図示略)の踏込量に応じてエンジン2の作動状態を制御する機能を有していてもよい。ただし、緊急制御の実施中は、車両1が減速した後に停止するように、アクセルペダルの操作が無効化される。
【0049】
[1-3.フローチャート]
図4及び
図5は、前述した制動システム10で実施される緊急制御の手順(制動方法)を示すフローチャートである。
図4のフローは緊急ECU7で実施され、
図5のフローはエンジンECU8で実施される。
図4及び
図5の各フローは、車両1の電源がオンされたときに開始され、所定の演算周期で実施される。
【0050】
図4に示すように、緊急ECU7では、まず緊急停止ボタン16のオンオフ情報が取得され(ステップA1)、緊急停止ボタン16がオン状態であるか否かが判定される(ステップA2)。ステップA2は、判定部7Aにおいて実施される処理(判定工程)である。緊急停止ボタン16がオフ状態であれば、ドライバに異常が生じておらず、ステップA2で車両1の制動が不要と判定されるため、電磁弁57がオフ状態に制御され(ステップA5)、緊急制御が実施されずにこのフローをリターンする。一方、緊急停止ボタン16がオン状態であれば、ドライバに異常が生じており、ステップA2で車両1の制動が必要と判定されるため、緊急制御が実施される(ステップA3、A4)。
【0051】
ステップA3、A4は、制動部7Bにおいて実施される処理(制動工程)である。ステップA3では、制御部8Aに緊急停止信号が送信される(送信工程)。これにより、補助ブレーキ6の作用が禁止される。また、続くステップA4では、電磁弁57がオン状態に切り替えられる。すなわちステップA4では、主ブレーキ5が制御されて車輪14に所定の制動力が与えられる。そして、このフローをリターンする。次の演算周期においても緊急停止ボタン16がオン状態のままであれば、ステップA2から再びステップA3に進み、緊急制御が継続される。この結果、車両1は減速した後に停止する。
【0052】
図5に示すように、エンジンECU8では、まず補助ブレーキレバー15の操作位置を含む各種情報が取得され(ステップB1)、緊急停止信号が受信されたか否かが判定される(ステップB2)。緊急ECU7の制動部7Bから緊急停止信号が送信されていない(緊急制御が実施されていない)場合は、エンジンECU8で緊急停止信号が受信されないため、ステップB3に進み、制御部8Aにより補助ブレーキレバー15の操作位置に応じて補助ブレーキ6の作動状態が制御され、このフローをリターンする。
【0053】
一方、緊急ECU7の制動部7Bから緊急停止信号が送信された(
図4のフローにおけるステップA3の実施後である)場合は、エンジンECU8で緊急停止信号が受信されるため、ステップB2からステップB4に進む。ステップB4は、制御部8Aにおいて実施される処理(制御工程)である。ステップB4では、補助ブレーキレバー15の操作位置が無視されて補助ブレーキ6に禁止信号が送信され、補助ブレーキ6が非作動状態に制御される。そして、このフローをリターンする。なお、次の演算周期においてもエンジンECU8で緊急停止信号が受信されれば(緊急停止ボタン16がオン状態のままであれば)、ステップB2から再びステップB4に進み、補助ブレーキ6が非作動状態に制御され続ける。
【0054】
[1-4.効果]
前述した制動システム10、制動方法、及びコンピュータプログラム20によれば、ドライバに異常が生じて車両1の制動が必要と判定された場合に、補助ブレーキ6の作用が禁止されるとともに、主ブレーキ5から車輪14に所定の制動力が与えられる。このため、ドライバに異常が生じた場合に、補助ブレーキ6の作用を無くした(無効化した)うえで、主ブレーキ5の作用により車両1を減速させることができる。したがって、車両1の減速度のばらつきを抑えることができる。よって、ドライバの異常時に、車両1をより適切に制動させることができる。このため、車両1をより適切に緊急停止させることができる。
【0055】
なお、電子制御システムが設けられたブレーキシステムが適用される場合には、車輪に与える制動力が電子制御により可変となることから、車両1の減速度を調整可能となる。しかしながら、このような電子制御システムを設ける場合にはコストが嵩む。これに対し、前述したように補助ブレーキ6の作用を禁止して主ブレーキ5から車輪14に所定の制動力を与える構成とすれば、電子制御システムが設けられない主ブレーキ5であっても、ドライバの異常時に車両1の減速度のばらつきを抑えることができる。よって、コストを抑えながらも、ドライバの異常時に車両1をより適切に制動させることができる。
【0056】
補助ブレーキ6を制御する制御部8Aに緊急停止信号を送ることで補助ブレーキ6を非作動状態に制御する構成とすれば、制御ロジックの設定(変更)だけで、ドライバの異常時に補助ブレーキ6の作用を禁止することができる。よって、機械的な構造の変更が不要であることから、設計コストを抑制することができるとともに、様々な構造の補助ブレーキ6に対して容易に適用することができる。
【0057】
前述した主ブレーキ5には、エアタンク51及びエア配管53に加えて、他のエア配管55、減圧弁56、電磁弁57、及びダブルチェックバルブ58が設けられているため、ドライバの異常時に電磁弁57をオン状態に切り替えるだけで、主ブレーキ5から車輪14に所定の制動力を与えることができる。したがって、既存のブレーキシステムに前述した装置55~58を追加するだけで、ドライバの異常時に車両1の減速度のばらつきを抑えることができる。よって、既存のブレーキシステムを活かすことができるため、コストを抑えることができる。
【0058】
[2.第二実施形態]
[2-1.システム構成]
図6は、第二実施形態に係る制動システム10′のブロック図である。以下、第一実施形態で説明した要素と同一又は対応する要素に同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
図6に示すように、本実施形態に係る制動システム10′は、緊急ECU7と変速機ECU9(制御装置)とで構成されている。本実施形態では、緊急ECU7及び変速機ECU9により、緊急制御が実施される。なお、本実施形態のエンジンECU8は、緊急制御を実施しないため、前述した制御部8Aが省略されている。
【0059】
本実施形態の緊急制御においても、制動部7Bは、補助ブレーキ6の作用を禁止するとともに、主ブレーキ5を制御して車輪14に所定の制動力を与える。ただし、本実施形態の制動部7Bは、緊急制御において、前述したエンジンECU8に緊急停止信号を送る代わりに、変速機ECU9に緊急停止信号を送る。これにより、制動部7Bは、変速機3を間接的に(変速機ECU9を介して)制御し、変速機3をニュートラル状態にする。具体的には、制動部7Bは、断接機構3Aを制御してエンジン2から車輪14への動力の伝達を遮断することで、エンジンブレーキとしての補助ブレーキ6の作用を禁止する。
【0060】
このように、本実施形態において「補助ブレーキ6の作用を禁止する」とは、ドライバによるギアシフトセレクター18の操作にかかわらず変速機3をニュートラル状態にする(エンジン2から車輪14への動力の伝達を遮断する)ことで、たとえ補助ブレーキ6が作動していたとしても、補助ブレーキ6の作用が及ばないようにすることを意味する。したがって、本実施形態の緊急制御では、たとえ変速機3がニュートラル状態とならないようにギアシフトセレクター18が操作されている(具体的には、ギアシフトセレクター18の操作位置がNレンジ以外である)場合であっても、変速機3がニュートラル状態に制御され、補助ブレーキ6として機能するエンジン2から車輪14への動力の伝達が断接機構3Aによって遮断される。
【0061】
本実施形態の変速機ECU9は、ギアシフトセレクター18の操作位置に応じて変速機3を制御する変速制御部9Aを有する。変速制御部9Aは、基本的には(緊急制御の実施中以外は)、ドライバによるギアシフトセレクター18の操作に応じて変速機3を制御する。一方、変速制御部9Aは、制動部7Bから緊急停止信号を受信した場合は、ドライバによるギアシフトセレクター18の操作を無視して変速機3にニュートラル信号を送信することで、変速機3をニュートラル状態に制御し、エンジン2から車輪14への動力の伝達を断接機構3Aで遮断する。
【0062】
[2-2.フローチャート]
図7及び
図8は、本実施形態に係る制動システム10′で実施される緊急制御の手順(制動方法)を示すフローチャートである。
図7のフローは緊急ECU7で実施され、
図8のフローは変速機ECU9で実施される。
図7及び
図8の各フローは、車両1の電源がオンされたときに開始され、所定の演算周期で実施される。なお、
図7では、第一実施形態で説明した手順と同一又は対応する手順(ステップ)に同一の符号を付している。
【0063】
図7に示すように、本実施形態の緊急ECU7でも、前述したステップA1の処理と、ステップA2の判定とが実施される。そして、緊急停止ボタン16がオフ状態であれば電磁弁57がオフ状態に制御され(ステップA5)、フローをリターンし、緊急停止ボタン16がオン状態であれば緊急制御が実施される(ステップA3′、A4)。
【0064】
ステップA3′、A4は、制動部7Bにおいて実施される処理(制動工程)である。本実施形態のステップA3′では、変速機ECU9に緊急停止信号が送信される(送信工程)。これにより変速機3がニュートラル状態に制御されるため、断接機構3Aによりエンジン2から車輪14への動力の伝達が遮断される。この結果、補助ブレーキ6の作用が禁止される。そして、前述したステップA4の処理が実施され、このフローをリターンする。なお、次の演算周期においても緊急停止ボタン16がオン状態のままであれば、ステップA2から再びステップA3′に進み、緊急制御が継続される。
【0065】
図8に示すように、変速機ECU9では、まずギアシフトセレクター18の操作位置を含む各種情報が取得され(ステップC1)、緊急停止信号が受信されたか否かが判定される(ステップC2)。緊急ECU7の制動部7Bから緊急停止信号が送信されていない(緊急制御が実施されていない)場合は、変速機ECU9で緊急停止信号が受信されないため、ステップC3に進み、変速制御部9Aによりギアシフトセレクター18の操作位置に応じて変速機3の動作が制御され、このフローをリターンする。
【0066】
一方、緊急ECU7の制動部7Bから緊急停止信号が送信された(
図7のフローにおけるステップA3′の実施後である)場合は、変速機ECU9で緊急停止信号が受信されるため、ステップC2からステップC4に進む。ステップC4は、変速制御部9Aにおいて実施される処理(制御工程)である。ステップC4では、ギアシフトセレクター18の操作位置が無視されて、変速機3がニュートラル状態に制御される。そして、このフローをリターンする。なお、次の演算周期においても変速機ECU9で緊急停止信号が受信されれば(緊急停止ボタン16がオン状態のままであれば)、ステップC2から再びステップC4に進み、変速機3がニュートラル状態に制御され続ける。
【0067】
[2-3.効果]
補助ブレーキ6がエンジン2の吸収馬力を増大させるものである場合、エンジン2から車輪14への動力の伝達を遮断することで、エンジン2の吸収馬力が車輪14の回転に影響しなくなる。よって、ドライバに異常が生じて車両1の制動が必要と判定された場合に、断接機構3Aを制御してエンジン2から車輪14への動力の伝達を遮断することで、補助ブレーキ6の作用を禁止することができる。したがって、本実施形態でも、前述した第一実施形態と同様に、車両1の減速度のばらつきを抑えることができる。このため、ドライバの異常時に、車両1をより適切に制動させることができる。
【0068】
また、エンジン2は、その回転数が高いほど吸収馬力が増大するため、断接機構3Aがエンジン2から車輪14への動力の伝達を接続した状態である場合は、車両1の走行速度が高いほど、車輪14に作用するエンジンブレーキが増大する。これに対し、本実施形態では、ドライバに異常が生じて車両1の制動が必要と判定された場合に、断接機構3Aが制御されてエンジン2と車輪14との間の動力の伝達が機械的に遮断されるため、エンジンブレーキが車輪14に作用することを回避できる。よって、エンジンブレーキに起因する車両1の減速度のばらつきを抑えることができる。このため、ドライバの異常時に、車両1を更に適切に制動させることができる。
【0069】
また、変速機3をニュートラル状態にするための断接機構3Aを利用して前述したように補助ブレーキ6の作用を禁止すれば、エンジン2と車輪14との間の動力伝達経路に新たな断接機構を設けなくても、エンジン2から車輪14への動力の伝達を機械的に遮断することができる。このため、装置コストの増加を抑えることができる。なお、本実施形態でも、前述した第一実施形態と同様の構成からは、同様の作用及び効果を得ることができる。
【0070】
[3.変形例]
前述した主ブレーキ5の構成は一例である。制動機構52は、ドラムブレーキに限られず、例えばディスクブレーキであってもよい。また、主ブレーキ5は、油圧で制御される油圧ブレーキであってもよいし、空気ブレーキと油圧ブレーキとを組み合わせた空気油圧複合式ブレーキであってもよい。
【0071】
第二実施形態において、制動部7B及び制動工程の制御対象は、エンジン2から車輪14への動力の伝達を断接する断接機構であればよく、変速機3に含まれる断接機構3Aに限定されない。例えば、変速機3が、手動式変速機をベースとしてその変速段の切替とクラッチの断接とを自動化したいわゆるAMT(Automated Manual Transmission)である場合、トルクコンバータ4が省略され、エンジン2と変速機3との間にクラッチ(断接機構)が介装されることから、このクラッチが前述した断接機構3Aに代えて制御されてもよい。この場合も、ドライバの異常時にクラッチを解放状態に制御してエンジン2から車輪14への動力の伝達を遮断すれば、補助ブレーキ6の作用が禁止されるため、前述した第二実施形態と同様の作用及び効果を得ることができる。
【0072】
なお、変速機3がAMTである場合に、前述した第二実施形態と同様に、変速機3をニュートラル状態とすることで補助ブレーキ6の作用を禁止してもよい。また、変速機3は、ドライバによる変速操作(シフト操作)に応じて変速比が変更される手動変速機であってもよい。変速機3として手動変速機が適用される場合も、例えば前述した第一実施形態のように、制動部7Bが制御部8Aへ緊急停止信号を送信することで補助ブレーキ6の作用を禁止すれば、前述したように車両1の減速度のばらつきを抑えることができる。よって、前述した実施形態と同様に、車両1をより適切に制動させることができる。
【0073】
前述した実施形態では、緊急ECU7,エンジンECU8及び変速機ECU9に設けられる要素として、緊急制御に関する要素7A,7B,8A,9Aのみを例示したが、各ECU7~9の構成はこれに限定されない。例えば、緊急ECU7は、緊急制御の実施中にドライバの異常を報知する要素(機能)を更に有していてもよい。また、前述した判定部7A及び制動部7Bと制御部8A又は変速制御部9Aとは、一つのコンピュータ内にまとめられていてもよいし、相互に異なるコンピュータ内に設けられていてもよい。なお、制御部8A又は変速制御部9Aは、判定部7A及び制動部7Bと共に、コンピュータプログラム20の機能として設けられてもよい。
【0074】
また、前述した第一実施形態では、制動部7Bが補助ブレーキ6を間接的に(エンジンECU8を介して)制御する場合を例示したが、制動部7Bが補助ブレーキ6を直接的に(エンジンECU8を介さずに)制御することで補助ブレーキ6の作用を禁止してもよい。同様に、前述した第二実施形態では、制動部7Bが変速機3を間接的に(変速機ECU9を介して)制御する場合を例示したが、制動部7Bが変速機3を直接的に(変速機ECU9を介さずに)制御することで補助ブレーキ6の作用を禁止してもよい。
【符号の説明】
【0075】
1 車両
2 エンジン
3 変速機
3A 断接機構
5 主ブレーキ
6 補助ブレーキ
7 緊急ECU
7A 判定部
7B 制動部
8 エンジンECU
8A 制御部
9 変速機ECU(制御装置)
9A 変速制御部
10,10′ 制動システム(緊急制動システム)
14 車輪
17 ブレーキペダル
18 ギアシフトセレクター
20 コンピュータプログラム(緊急制動プログラム)
51 エアタンク
52 制動機構
53 エア配管
55 エア配管
56 減圧弁
57 電磁弁
58 ダブルチェックバルブ