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▶ ウイスコンシン アラムナイ リサーチ ファウンデーシヨンの特許一覧

(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-11
(45)【発行日】2022-04-20
(54)【発明の名称】低温電子顕微鏡の気相試料調製
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/42 20060101AFI20220412BHJP
   G01N 1/22 20060101ALI20220412BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20220412BHJP
   H01J 37/20 20060101ALI20220412BHJP
【FI】
G01N1/42
G01N1/22 X
G01N1/28 J
G01N1/28 N
H01J37/20 E
【請求項の数】 30
(21)【出願番号】P 2019565506
(86)(22)【出願日】2018-07-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-08-31
(86)【国際出願番号】 US2018041120
(87)【国際公開番号】W WO2019010436
(87)【国際公開日】2019-01-10
【審査請求日】2021-03-29
(31)【優先権主張番号】62/529,778
(32)【優先日】2017-07-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
(73)【特許権者】
【識別番号】390023641
【氏名又は名称】ウイスコンシン アラムナイ リサーチ ファウンデーシヨン
【氏名又は名称原語表記】WISCONSIN ALUMNI RESEARCH FOUNDATION
(74)【代理人】
【識別番号】100107456
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 成人
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【弁理士】
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100123995
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅一
(72)【発明者】
【氏名】クーン, ジョシュア
(72)【発明者】
【氏名】ウェストファール, マイケル
【審査官】岡村 典子
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-164419(JP,A)
【文献】特表2014-522478(JP,A)
【文献】特表2008-538235(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0027876(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00-1/44
H01J 37/00-37/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)原子又は分子の蒸気流を形成するステップと、
b)真空下にある間に、前記蒸気流を基板表面に向けて、前記原子又は分子が前記基板表面に衝突するように誘導するステップであって、前記基板表面が-100℃以下の温度であり、以て前記原子又は分子のアモルファス固体層が前記基板表面に形成され、前記アモルファス固体層が2マイクロメートル以下の厚さを有するステップと、
c)荷電又は非荷電分析物粒子を含む分析物ビームを形成するステップと、
d)前記アモルファス固体層を前記分析物ビームと接触させて、前記分析物粒子を前記堆積されたアモルファス固体層の上又は中に埋め込むステップと
を含む、低温電子顕微鏡(低温EM)の試料を調製する方法。
【請求項2】
前記分析物粒子が前記アモルファス固体層に埋め込まれた後に、前記アモルファス固体層を前記蒸気流からの原子又は分子と追加的に接触させるステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記基板表面を前記蒸気流からの前記原子又は分子と接触させるのと同時に、前記基板表面を前記分析物ビームと接触させるステップをさらに含む、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記蒸気流が、アモルファス固体を形成できる分子又は原子を含み、前記分子又は原子が、シクロヘキサノール、メタノール、エタノール、イソペンタン、水、O、Si、SiO、S、C、Ge、Fe、Co、及びBiのうちの1つ又は複数を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記基板が電子顕微鏡(EM)グリッドであり、前記EMグリッドは、上面又は底面の全体にわたって連続フィルム又は膜を備える、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記蒸気流の前記原子又は分子が、10-4トル以下の圧力において前記基板表面に接触する、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記アモルファス固体層を前記分析物ビームと接触させる前記ステップが10-4トルの圧力において実行される、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記アモルファス固体層の上又は中の前記分析物粒子を、低温電子顕微鏡を使用して分析するステップをさらに含む、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
前記分析物ビームが、エレクトロスプレーイオン化又はレーザ脱離を用いて生成されるイオンビームである、請求項1~のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
前記分析物ビームが分子ビーム又は粒子ビームである、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
前記分析物分子ビームが、溶液を含む分析物粒子のエアロゾルを生成することによって、及び前記エアロゾルを真空システムの中に導入することによって生成される、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
前記蒸気流が、クヌーセン型浸出セル、分子ビーム投与器、又はシステムの中への、分析物と一緒の基質の共浸出を用いて生成される、請求項1~11のいずれか一項に記載の方法。
【請求項13】
前記アモルファス固体層の形成をリアルタイムで観察するステップをさらに含む、請求項1~12のいずれか一項に記載の方法。
【請求項14】
前記基板表面が-175℃以下の温度である、請求項1~13のいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
a)水分子の分子ビームを形成するステップと、
b)真空下にある間に、基板の表面を前記分子水ビームと接触させるステップであって、前記基板表面が-100℃以下の温度であり、以てアモルファス氷の層が前記基板表面に形成され、前記堆積された氷層が2マイクロメートル以下の厚さを有するステップと、
c)荷電又は非荷電分析物粒子を含む分析物ビームを形成するステップと、
d)前記堆積された氷層を前記分析物ビームと接触させて、前記分析物粒子を前記氷層の上又は中に埋め込むステップと、
を含む、低温電子顕微鏡(低温EM)の試料を調製する方法。
【請求項16】
前記分析物粒子が前記氷層に埋め込まれた後に、前記堆積された氷層を前記分子水ビームと追加的に接触させるステップをさらに含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
前記堆積された氷層を前記分子水ビームと接触させるのと同時に、前記堆積された氷層を前記分析物ビームと接触させるステップをさらに含む、請求項15に記載の方法。
【請求項18】
前記基板表面を前記分子水ビームと接触させるステップ及び前記堆積された氷層を前記分析物ビームと接触させるステップが、10-4トル以下の圧力において実行される、請求項1517のいずれか一項に記載の方法。
【請求項19】
a)真空チャンバと、
b)前記真空チャンバと共に配置された低温EMプローブであり、受け面を備える低温EMプローブと、
c)制御可能な分子ビームを生成し、前記分子ビームを前記低温EMプローブの前記受け面に接触するように誘導できるビーム投与器と、
d)前記低温EMプローブの前記受け面を-100℃以下の温度にすることができる温度制御手段と、
e)前記真空チャンバと流体連通している分析物供給源と、
を具備する低温電子顕微鏡(低温EM)試料調製システムであって、
前記分析物供給源が、荷電又は非荷電分析物粒子を含む制御可能な分析物ビームを生成し、前記分析物ビームを前記低温EMプローブの前記受け面に接触するように誘導することができる、低温電子顕微鏡(低温EM)試料調製システム。
【請求項20】
前記温度制御手段が、前記低温EMプローブの前記受け面の局部的な温度制御を行うことができるコールドフィンガを備える、請求項19に記載のシステム。
【請求項21】
前記温度制御手段が、前記低温EMプローブの前記受け面の温度を-175℃以下にすることができる、請求項19又は20に記載のシステム。
【請求項22】
前記分析物供給源が、荷電分析物イオンを含む制御可能なイオンビームを生成し、前記イオンビームを前記低温EMプローブの前記受け面に接触するように誘導することができる、請求項1921のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項23】
イオンを前記分析物供給源に供給できる修正された質量分析計をさらに備える、請求項1922のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項24】
前記低温EMプローブと接触している微量天秤をさらに備え、前記微量天秤が、前記低温EMプローブの前記受け面に堆積された氷を測定することができる、請求項1923のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項25】
前記低温EMプローブの前記受け面に堆積された氷層を照射できる光源と、前記氷層から送出又は反射された光を受光できる光検出セル又は赤外光検出セルとをさらに備える、請求項1924のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項26】
前記ビーム投与器が、制御可能な分子水ビームを生成することができる、請求項1925のいずれか一項に記載のシステム。
【請求項27】
a)水分子の分子ビームを形成するステップと、
b)真空下にある間に、基板を前記分子水ビームと接触させるステップであり、前記基板が-100℃以下の温度であり、以てアモルファス氷の層が前記基板に形成され、前記堆積された氷層が2マイクロメートル以下の厚さを有するステップと、
を含む、基板にアモルファス氷の層を形成する方法。
【請求項28】
前記基板が-175℃以下の温度である、請求項27に記載の方法。
【請求項29】
前記基板を前記分子水ビームと接触させる前に、前記分子水ビームを1つ又は複数の表面から反射するステップをさらに含む、請求項27又は28に記載の方法。
【請求項30】
前記堆積された氷層の前記表面をミリング又はエッチングして前記氷層の変形を除去するステップをさらに含む、請求項2729のいずれか一項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【連邦政府の資金提供を受けた研究開発の記載】
【0001】
[0001]本発明は、国立衛生研究所によるGM118110の政府の支援により行われた。政府は本発明の一定の権利を有する。
【関連出願の相互参照】
【0002】
[0002]本出願は、2017年7月7日に出願された米国特許仮出願第62/529,778号の優先権を主張し、同仮出願は、本開示との矛盾がない範囲で参照により本明細書に組み込まれる。
【背景技術】
【0003】
[0003]X線結晶解析は従来より、生物学研究のための構造解析を可能にする標準であり、X線結晶解析から今もなお高分解能構造情報が得られるが、この技法にはいくつかの不都合な点がある。そのような制限の1つは、X線結晶解析には大量の試料が必要とされることである。このことによりX線結晶解析は、多量の高純度の目的分子を生成することが困難な場合には実用的でなくなる。
【0004】
[0004]単粒子低温電子顕微鏡(低温EM)が、真核細胞、タンパク質(>150kDa)、及び巨大分子複合体(たとえば、リポソーム、オルガネラ、及びウイルス)の構造研究のための強力な代替法として登場している(Stark他、Microscopy、2016、65(1):23~34頁)。低温EMは独特なものであり、非結晶標本についての3D構造情報が得られ、必要な試料の量もしばしばX線結晶解析よりは少ない。新しい種類の電子検出器の開発及びソフトウェア画像再構成の進歩により、低温EMは原子レベル分解能に近づいており、多くの新しい生物学上の発見が可能になっている。この技術はかなりの関心を呼び起こしたが、理論的に可能な値のまだ4分の1よりも低い分解能を含め、依然としていくつかの制限がある(Glaeser,R.M.、Nature Methods、2016、13(1):28~32頁)。制限の大部分は、精製及びガラス化が通常は必要な試料調製に起因する。試料をガラス氷(すなわち、アモルファス氷)で包むことが、電子顕微鏡による放射線損傷から試料を保護する助けになる。理想的な試料ガラス化には、対象の粒子(複数可)を収容するのにちょうど十分な厚さのアモルファス氷層を使用することが伴う。
【0005】
[0005]しかし、実際には、試料ガラス化の処理は理想からほど遠い。典型的な試料調製技法には、タンパク質分析物の水中での可溶化が伴い、その後に親水性EMグリッドの上にピペットで取ることが続く。グリッドは、ろ紙でふき取られ(試料の>99.99%を除去)、次に冷寒材の槽の中に投入されて、残っている水/試料がガラス化する。EM構造体から適切な3Dデータを得るのに重要な要素は、粒子がすべて同じ構造的配座ではあるがアモルファス氷の中でランダムな向きになっていなければならないことである。適切な3D分析は、多くの画像を再構成することによって完成され、したがって、同じ構造的配座でランダムな向きの多数の粒子を必要とする。残念なことに、現存する試料調製技法では、1つの好ましい向きの粒子が与えられ(空気/水の境界面への粒子移動に主に起因する)、粒子は水-空気の境界面で変形/伸長することが多く、以て必要な構造的不均一性が損なわれる。同様の変形が、EMグリッド基板に試料が吸収されることにより生じる。多くの場合で、想像される構造的不均一性が自然界には存在せず、多数の配座を分別する手段がなければ低温EMを利用して3D情報を取得できないことが多い(Glaeser,R.M.、Nature Methods、2016,13(1):28~32頁、及びYu他、J.Structural biology、2014、187:1~9頁)。
【0006】
[0006]理想的なガラス化標本の別の要件は、低温EMグリッドの穴の中にあるランダムな向きの同じ分子の密度が高いことである。従来の調製技法では、グリッド穴ごとに非常に少ない粒子しか得られないので、この要件により重大な問題が課せられる。いくつかの要因がこの問題の原因になっている。第1には、ふき取り処理中に試料の大部分が除去されてしまうことである。高度に濃縮された試料が、この問題を補償する助けになり得る。しかし、最も高い濃度でも、粒子がEMグリッドに優先的に吸収されて、穴がふさがれることが少ないので、グリッド穴ごとに観察される粒子は非常に少ない。第2には、従来の方法での氷の形成では、グリッドの穴の中心の氷が縁部に近い氷よりも薄くなって、粒子が外側縁部に押しやられる。特に、分子が1つの次元において他よりも厚い場合には、この過程でもまた1つの好ましい方向を与え得る。穴ごとに数個の分析物粒子があるだけでは、分析用の十分な信号を生成するのに多くのEMグリッドが撮像されなければならないので、データ取得時間が延長されなければならず、データファイルが非常に大きくなる(すなわち、5Tbを超える)。分析できるタンパク質の範囲及び種類が制限されること以外に、従来の手法では、データを分析するために必要な計算リソースに大きな負担がかかる(Cheng他、Cell、2015、161(3):438~449頁)。
【0007】
[0007]これらの理由のために、低温EMの適用可能性及び精度を改善するための、改善された低温EM試料調製の方法及びシステムを得ることが望ましい。
【発明の概要】
【0008】
[0008]本発明は、アモルファス氷及び他の凍結アモルファス固体の層を基板に制御可能に形成するための新しい方法を提供し、真空中ガラス化を利用する低温EM試料調製の方法及びシステムも提供する。本発明のいくつかの態様では、アモルファス固体層の形成は、分析されるべき試料の堆積とは無関係であり、したがって、均一な厚さの層の生成が可能になる。さらに、アモルファス固体層の形成は、形成中に観察することができ、固体層に不完全さがもしあれば、イオンミリング又は関連する技法を用いて補正することができる。いくつかの態様では、本発明はさらに、画像解像度の向上、画像取得時間の低減、及び感度の向上をもたらす低温EM試料調製を実現することもできる。
【0009】
[0009]本発明のいくつかの態様は、それだけには限らないが、タンパク質、タンパク質複合体、及び細胞を含む分析物を後続のガラス化のために気相で精製する質量分析計の使用をさらに含む。このようにして調製された試料は、低温移送試料ホルダを使用して質量分析計から抽出し、撮像のためにEMの中に直接入れることができる。この方法の1つの実施態様では、分析物イオンの気相精製を可能にする修正された質量分析計を利用する。イオンは冷却試料プローブの上に通され、ここでEM試料ホルダの上に堆積されガラス化される。
【0010】
[0010]アモルファス固体、又は非結晶固体とは、結晶の長距離の分子秩序特性が無い固体を指す。たとえば、本明細書に記載の方法及びシステムを使用して形成される氷は、好ましくはガラス氷である(本明細書ではアモルファス氷とも呼ばれる)。通常のHO氷は六方晶結晶材料であり、分子は六方格子に規則的に配列されている。対照的にガラス氷には、規則的に並べられた分子配列が無い。本発明によって得られるガラス氷及び他のアモルファス固体は、液相の急速冷却によって(したがって、分子が結晶格子を形成する時間が十分にない)、又は非常に低い温度で通常の氷(すなわち通常の固体形)を圧縮することによって、生成される。
【0011】
[0011]本発明の1つの実施形態では、原子又は分子の蒸気流を形成することと、真空下にある間に、蒸気流を基板表面に向けて、原子又は分子が基板表面に衝突するように誘導することとを含む、低温電子顕微鏡(低温EM)の試料を調製する方法を提供する。基板表面は、-100℃以下の温度(任意選択で、-150℃以下、-175℃以下、又は-195℃以下の温度)である。その結果、アモルファス固体の層が基板の表面に形成される。この方法は、EMを使用して分析されるべき荷電又は非荷電分析物粒子を含む分析物ビームを形成することと、アモルファス固体層を分析物ビームと接触させることとをさらに含む。分析物粒子は、堆積されたアモルファス固体層の上又は中に埋め込まれて、EM分析に適している試料を形成する。
【0012】
[0012]本明細書に記載の実施形態で用いられる「真空下」とは、10-4トル以下の圧力、圧力10-5トル以下、又は圧力10-6トル以下を指す。諸実施形態では、蒸気流の原子又は分子が基板表面に接触し、アモルファス固体層を分析物ビームと接触させるステップは、10-4トル以下、10-5トル以下、又は10-6トル以下の圧力で実行される。
【0013】
[0013]分析物ビームを形成する分析物粒子は、分子を氷層の上に堆積させるために用いられる堆積方法に応じて、荷電又は非荷電粒子になり得る。分析物粒子、及びアモルファス固体層を作っている分子は、膜、フィルム、又はEMグリッドなどの基板に堆積されるときに、実質的にランダムな方向に向いていることが好ましい。分析物ビームは、イオンビーム、分子ビーム、又は粒子ビームとすることができる。一実施形態では、分析物ビームは、それだけには限らないが、マトリックス支援レーザ脱離/イオン化(MALDI)などのエレクトロスプレー及びレーザ脱離を含む技法を使用して形成されたイオンである。分析物粒子は、粒子の構造的配座を乱さないように自然のエレクトロスプレー条件の下でイオン化されることが好ましい。さらなる実施形態では、分析物イオンは、任意選択で分析物イオンを分離又は精製する質量分析計を使用して形成される。或いは、粒子ビームは分子ビームである。さらなる実施形態では、分子ビームは、溶液を含む分析物粒子のエアロゾルを生成することによって、及びそのエアロゾルを真空システムの中に導入することによって生成される。
【0014】
[0014]いくつかの実施形態では、分析物ビームは、1μm当たり毎秒0.025~25個の粒子、1μm当たり毎秒0.05~10個の粒子、又は1μm当たり毎秒0.1~5個の粒子の範囲から選択された強度を特徴とする。いくつかの実施形態では、分析物ビームは、800μm~3.8×10μmの範囲から選択されたスポットサイズを特徴とする。
【0015】
[0015]分析物粒子は、アモルファス固体の上に堆積される前に、質量分析計デバイスなどによって精製又は分離することができる。分析物ビームは、少なくとも85%、90%、95%、又は99%の純度を特徴とすることが好ましい。重要な配座構造を有し得るタンパク質などの分析物粒子については、分析物ビームが少なくとも85%、90%、95%、又は99%の配座純度を特徴とすることが望ましい。たとえば、この配座純度は、細胞内に発現した特定のタンパク質の構造を分析するのに望ましいことがある。したがって、タンパク質分析物分子の全部又はほとんどが同じ配座構造を保持しているEM試料を用意することが必要になる。
【0016】
[0016]本発明に関し有用な分析物粒子には、それだけには限らないが、タンパク質分子、多タンパク質複合体、タンパク質/核酸複合体、核酸分子、ウイルス粒子、微生物、細胞成分(ミトコンドリア、核、ゴルジなど)、及び全細胞が含まれる。いくつかの実施形態では、分析物粒子は、分子エンティティ、単独の分子、又は非共有結合性相互作用(水素結合又はイオン結合など)によって一緒に複合体を形成した複数の分子である。諸実施形態では、分析物粒子は、1,000ダルトン、10,000ダルトン、50,000ダルトン、100,000ダルトン、又は150,000ダルトンを超える分子質量を有する。
【0017】
[0017]堆積された分析物粒子は、アモルファス固体層の中に埋め込まれることも、表面に堆積されることも、両方のこともある。EMにとっては、分析物粒子がアモルファス固体の中に完全に包まれることが好ましいので、さらなる実施形態は、分析物粒子がアモルファス固体層に堆積された後に、アモルファス固体層を蒸気流からの原子又は分子と追加的に接触させることを含む。これにより、堆積された分子の上に追加の固体の層が得られる。或いは、さらなる方法は、基板表面を蒸気流からの原子又は分子と接触させるのと同時に、アモルファス固体層を分析物ビームと接触させることを含む。さらなる実施形態では、蒸気流(又は分子水ビーム)が、基板表面に接触する前に1つ又は複数の反射面から反射される。これにより、原子又は分子が分散され、基板に接触する前にランダムな向きを有していることが確実になる。
【0018】
[0018]一実施形態では、蒸気流は、クヌーセン型浸出セル、分子ビーム投与器、又はシステムの中への、分析物と一緒の基質の共浸出を用いて生成される。任意選択で、蒸気流は、1μm当たり毎秒4.8×10~2.8×1011個の分子の範囲から選択された強度、及び/又は800μm~3.8×10μmの範囲から選択されたスポットサイズを特徴とする。一実施形態では、蒸気流は、7mmの領域にわたって98%以内の均一性を有する分子の流束を含む。いくつかの実施形態では、蒸気流は分子ビームである。分子ビームとは、同一又は同様の方向に進む分子の流れのことであり、高圧の気体を狭いオリフィスに通し、低圧のチャンバの中へ膨張させてビームを形成することによって生成することができる。基板表面に接触する蒸気流の粒子の入射軌道は、基板表面に対して直角の1度以内にあることが好ましい。
【0019】
[0019]蒸気流が制御される、或いは堆積されたアモルファス固体層がミリングされる、エッチングされる、又は別に改良されることが好ましく、それによりアモルファス固体層は、2マイクロメートル以下、150nm以下、又は100nm以下の厚さを有する。アモルファス固体層は、基板全体にわたって5%を超えて変動しない、均一な厚さを有することが好ましい。アモルファス固体の層は、1%以下程度の結晶化度を有することが好ましい。アモルファス固体の層は、少なくとも85%、90%、95%、又は99%の純度を有することが好ましい。
【0020】
[0020]蒸気流は、極めて低い温度又は圧力にさらされた場合にアモルファス固体を形成できる、任意の分子又は原子を含むことができる。このような分子及び原子には、それだけには限らないが、シクロヘキサノール、メタノール、エタノール、イソペンタン、水、O、Si、SiO、S、C、Ge、Fe、Co、Bi、及びこれらの混合物が含まれる。任意選択で、蒸気流は荷電分子を含む。
【0021】
[0021]一実施形態では、蒸気流は水分子を含む。すなわち、本発明の一実施形態は、水分子の分子ビームを形成するステップと、真空下にある間に、基板の表面を分子水ビームと接触させるステップとを含む、低温電子顕微鏡(低温EM)の試料を調製する方法を提供する。基板表面は、-100℃以下の温度(任意選択で、-150℃以下、-175℃以下、又は-195℃以下の温度)である。その結果、アモルファス氷の層が基板の表面に形成される。この方法は、EMを使用して分析されるべき荷電又は非荷電分析物粒子を含む分析物ビームを形成することと、堆積された氷層を分析物ビームと接触させることとをさらに含む。分子ビームが制御される、或いは堆積された氷がミリングされる、エッチングされる、又は別に改良され、それにより、分析物粒子を有する堆積された氷層は、2マイクロメートル以下の、好ましくは150nm以下の、又は100nm以下の厚さを有する。氷層は、基板全体にわたって5%を超えて変動しない、均一な厚さを有することが好ましい。
【0022】
[0022]一実施形態では、分析物粒子はイオンであり、分析物供給源は、荷電分析物イオンを含む制御可能なイオンビームを生成し(エレクトロスプレーイオン堆積など)、イオンビームを低温EMプローブの受け面に接触するように誘導することができる。さらなる実施形態では、システムは、精製されたイオンを分析物供給源に供給できる、修正された質量分析計をさらに含む。別の実施形態では、システムは、低温EMプローブが機器の堆積部分から分析用の機器の顕微鏡部分まで直接移される電子顕微鏡を備える。
【0023】
[0023]いくつかの実施形態では、適正な厚さが得られること、及び基板に堆積される層が結晶質とは対照的なアモルファスであることを確実にするために、ガラス氷又は他のアモルファス固体層の形成が観察される(単独で、又は分析物粒子の堆積と一緒に)。たとえば、固体(氷など)が基板、連続フィルム、連続膜、低温EMグリッド又はプローブに均一に堆積されていることを確認するために、マイクロスケールが利用される。同様に、真空チャンバは、光学光又は赤外光が試料を照射できるようにする窓又は他の手段を含む。その場合、固体がアモルファスであるか結晶質であるかを判定するために、堆積された固体層から送出又は反射された光を受光できる光検出セル又は赤外光検出セルが使用される。アモルファス固体の形成の観察は、リアルタイムで行われることが好ましい。
【0024】
[0024]一実施形態では、本発明は、a)真空チャンバと、b)真空チャンバと共に配置された低温EMプローブであり、受け面を備える低温EMプローブと、c)制御可能な分子ビーム(又は蒸気流)を生成し、分子ビーム(又は蒸気流)を低温EMプローブの受け面に接触するように誘導できるビーム投与器と、d)低温EMプローブの受け面を-100℃以下の温度にすることができる温度制御手段と、e)真空チャンバと流体連通している分析物供給源とを具備する低温電子顕微鏡(低温EM)試料調製システムを提供し、分析物供給源は、荷電又は非荷電分析物粒子を含む制御可能な分析物ビームを生成し、分析物ビームを低温EMプローブの受け面に接触するように誘導することができる。一実施形態では、分子ビームは、シクロヘキサノール、メタノール、エタノール、イソペンタン、水、O、Si、SiO、S、C、Ge、Fe、Co、Bi、又はこれらの混合物を含む。一実施形態では、ビーム投与器は、制御可能な分子水ビームを生成することができる。任意選択で、真空チャンバは、10-4トルの圧力、10-5トルの圧力、又は10-6トルの圧力を実現することができる。任意選択で、温度制御手段は、-150℃以下、-175℃以下、-195℃以下の温度を実現することができる。低温の真空チャンバ又は他の種類の表面を実現するデバイス及び方法は、当技術分野でよく知られている。たとえば、一実施形態では、温度制御手段は、低温EMプローブの受け面の局部温度制御を行うことができるコールドフィンガを備える。
【0025】
[0025]任意選択で、本明細書に提示された実施形態に記載の基板は、当技術分野で知られている電子顕微鏡(EM)グリッドである。EMグリッドは、それだけには限らないが、銅、ロジウム、ニッケル、モリブデン、チタン、ステンレス鋼、アルミニウム、金、又はこれらの組み合わせを含む、当技術分野で知られている金属を含むことができる。加えて、EMグリッドは、アモルファス固体を形成するための固体支持体を設けるために、グリッドの上面又は底面全体にわたって配置されている、又はグリッドの穴の中に配置されている、連続フィルム又は膜を備えることができる。EMグリッドは薄いフィルム又は膜で覆われることが好ましく、これらは、それだけには限らないが、グラフェン、グラフェン酸化物、酸化ケイ素、窒化ケイ素、炭素、及びこれらの組み合わせを含む、フィルム及び膜を含む。フィルム又は膜を含まないグリッドを用いると、アモルファス固体を形成することが目的の分子ビームは、適切な層を生成することなくグリッドの穴の少なくとも一部分を通過することがある。フィルム又は膜は、電子を散乱させないように十分に薄くしなければならない。フィルム又は膜は、約15nm以下、10nm以下、5nm以下、2nm以下、又は1nm以下の厚さを有することが好ましい。一実施形態では、基板は、グラフェン若しくはグラフェン酸化物の単層フィルム、又はグリッドの表面全体にわたって配置された膜を備える、EMグリッドである。
【0026】
[0026]本発明の一実施形態は、基板にガラス氷の層を形成する方法を提供し、この方法は、a)水分子の分子ビームを形成するステップと、b)真空下にある間に(すなわち、10-4トル以下、10-5トル以下、又は10-6トル以下の圧力において)、基板を分子水ビームと接触させるステップとを含み、基板は-100℃以下の温度(任意選択で、-150℃以下、-175℃以下、-195℃以下の温度)であり、以てガラス氷の層が基板に形成される。堆積された氷層は、2マイクロメートル以下、150nm以下、又は100nm以下の厚さを有することが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明の一実施形態の低温電子顕微鏡(低温EM)試料調製システムを示す図である。
図2図1のシステムの、分析物ビーム及び分子水ビームを取り込んだ通路をさらに示す部分断面図である。
図3】本発明の一実施形態に使用されるイオン分析物供給源を示す図であり、分析物供給源は、イオンビームを集束及び誘導するためのイオン光学部品(及びスキマーなど)を備える。
図4a】本発明の一実施形態の、制御可能な分子水ビームを生成できるビーム投与器を示す図である。
図4b】ビーム投与器の断面図である。
図5】ビーム投与器及び試料ホルダ、並びにプローブに形成されるアモルファス氷を観察するために使用される赤外光ビーム及びマイクロスケールを含む機器の断面図である。
図6】銅/金グリッドによって支持されたグラフェン酸化物支持フィルムに形成されるアモルファス氷の透過型電子顕微鏡(TEM)画像の図である。グラフェン酸化物支持フィルムは1nm未満の厚さを有する。アモルファス氷を有する支持グリッドの穴は、アモルファス氷が全く形成されていないグリッドの穴又は領域とは明確に区別することができる。
図7】グラフェン酸化物支持フィルムに形成されたアモルファス氷の追加のTEM画像の図であり、氷層の一部がそれ自体の上に折り返されている。
図8】グラフェン酸化物支持フィルムに形成されたアモルファス氷の追加のTEM画像である。この画像は、電子ビームによってアモルファス氷にあけられた穴、並びに氷及び結晶氷がない領域も示す。
図9】グリッドに形成された結晶氷の、電子ビームを使用して穴が結晶氷にあけられているTEM画像である。
図10】グリッドを覆う支持フィルムが使用されていない、支持グリッド上のアモルファス氷形成のTEM画像である。
図11】上が、T<70K(点線)及びT>70(実線)において堆積されたアモルファスHO氷のIRスペクトルを示すグラフである。下が、20K(実線)、80K(破線)、及び150K(点線)において堆積された結晶HO氷のスペクトルを示すグラフである。これらのスペクトルは、Mastrapa他、Icarus、2008、197:307~320頁から得た。
図12】本発明を用いて得られた結晶六方晶氷(下の線)及びアモルファス氷(上の線)のIRスペクトルを示すグラフである。
図13】周波数を測定することによりアモルファス氷の成長速度を示すグラフである。使用された水晶振動子の物理的特性により、その表面に形成した氷の1nmの厚さごとに共振周波数が21Hz低下する結果になった。20分から50分までの、この実験での氷形成速度は1.94nm/分であった。
図14図1に示された実施形態に類似している低温電子顕微鏡(低温EM)試料調製システムを示す模式図である。この実施形態は、蒸気流を作るための二次ポンプシステムと、試料の表面にアモルファス固体が形成された後に試料を直接貯蔵できる貯蔵タンクとを備える。
図15】投与器からの分析物ビーム及び分子ビームを受けるように配置された真空チャンバの中の低温プローブを示す図である。
図16図15に示された真空チャンバの中の低温プローブの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
[0043]いくつかの実施形態では、本発明は、真空ガラス化を利用する新規な低温EM試料調製方法を提供し、この真空ガラス化は、(1)画像解像度を向上すること、(2)画像取得時間を低減すること、及び(3)何桁もの感度の向上を可能にすること、ができる。任意選択で、容易に利用可能な質量分析機器を使用して、タンパク質及びタンパク質複合体を後続の真空中ガラス化のために気相で精製することができる。このようにして調製された試料は、低温移送試料ホルダを使用して質量分析計から抽出し、撮像のためにEMの中に直接入れることができる。
【0029】
実施例1-低温EM試料調製機器
[0044]図1~5及び図14~16は、本発明のいくつかの実施形態による例示的な低温電子顕微鏡(低温EM)試料調製システム25を示す。試料を保持又は収容できる低温EMプローブ2が真空チャンバ1に挿入されている。システムの温度は、タンク8に貯蔵されコールドフィンガ5を通して移送される液体窒素などの冷却剤を使用して維持され、1つ又は複数のターボポンプ9が真空を維持するために使用される。
【0030】
[0045]分析物粒子が分析物供給源6に集められ、ここで分析物ビーム13に集束され(エレクトロスプレーイオン堆積などによって)、低温EMプローブ2によって保持されている試料プレートに接触するように誘導される(図2参照)。図3は、分析物供給源6の1つのタイプを示しており、分析物イオン又は分子が、キャピラリー16を通って分析物供給源6に引き込まれる。スキマー17などの1つ又は複数のイオン光学部品が、分析物イオンをビーム13に集束するために、また出口開口18を通るイオンの解放速度を制御するために使用される。
【0031】
[0046]ビーム投与器4が、1つ又は複数の分子ビーム14(分子水ビームなど)を生成し、その分子ビームを下に低温EMプローブ2へ向けるために使用される。分子ビーム14を生成するために使用される蒸気34(水蒸気など)が、加熱された移送ライン19を通して移送され、次に、分析物ビーム13がたどるのと同じ軸線に沿って移送される。任意選択で、分子ビーム14が一連の反射面26で反射され、この反射により分子が分散し、その向きがランダムになる(図4b参照)。マイクロチャンネルプレート20が反射分子ビーム14を、ビームが適切な方向(すなわち、分析物ビーム13と共軸の方向)に沿って向いている場合にだけ通過させる。これらの例では水分子及び_を指定しているが、_に留意されたい。
【0032】
[0047]低温EMプローブ2は、試料を必要に応じて横方向に動かすために使用される。たとえば、試料ホルダ21はプローブ2を、低温EMプローブ2の氷層の成長を観察するために使用される水晶振動子マイクロスケール10まで、動かすことができる(図1及び図5参照)。加えて、試料は、光ファイバーIR光源7から供給されるIR光ビーム22によって照射される赤外(IR)試料プレート15まで、動かすことができる。送出光は、光検出セル11によって集められ、堆積氷層がガラス氷を含むか、それとも結晶氷を含むかを観察するための光ファイバーIR分光計23まで伝送される。
【0033】
[0048]別の例で、図14~16は、低温電子顕微鏡(低温EM)試料調製システム25を示し、このシステムは、蒸気流34を作るために使用される第2のポンプシステム27と、試料上にガラス氷が形成された後に真空チャンバ1からの試料を直接貯蔵できる貯蔵タンク28とを備える。貯蔵タンクは低温に保たれ、液体窒素などの冷却剤を利用することもできる。
【0034】
実施例2-気相分析物精製
[0049]タンパク質イオンは、気相で精製すること、真空中で収集すること、及び、真空から取り出した後に、その酵素の機能を保持することができる(Blake他、Analytical Chemistry、2004、76(21):6293~6305頁)。これらの実験に倣って、質量分析計が、分析物タンパク質イオンを精製し試料プローブの上に直接堆積できるように修正された。プローブ表面は当初、ステンレス鋼の上にグリセロールを備えていたが、要望された低温移送プローブを用いて精製タンパク質イオンが、ガラス氷で前もって覆われている低温EMグリッドの上に直接堆積される。試料と無関係に氷層を形成することにより、均一な厚い氷の生成が可能になる。氷に不完全さがもしあれば、イオンミリング又は関連する技法を用いて補正することができる。独立して氷を形成することにより、適切な品質管理尺度が試料を引き渡す前に可能にもなる。
【0035】
[0050]ガラス氷は、それが形成される大気圧での高密度アモルファス(HDA)氷から、質量分析計の低圧での低密度アモルファス(LDA)氷へ相転移する(Mishima他、Nature、1998、396(6709):329~335頁)。精製されたタンパク質イオンが、溶液からの構造が反映されている構造を有することが必須である。イオン移動度実験では、このことが自然のままのスプレー条件のもとで達成されることが示された(Seo他、Angewandte Chemie-International Edition、2016、55(45):14173~14176頁)。加えて、イオン/イオン化学反応もまた、堆積の前に精製タンパク質集団の電荷を低減して液相構造を回復するために使用される。
【0036】
実施例3-アモルファス氷の形成
[0051]本発明は、低温電子顕微鏡(低温EM)に使用するためのアモルファス固体を用いて、分析物の試料を調製する方法及び機器を提供する。撮像中に放射線損傷及び脱水から分析物を保護するアモルファス固体は、EMの間、電子ビームに対し透過性のままでなければならない。このことにより、アモルファス固体層(たとえば、氷層)は、分析されるべき分子の厚さと同じ程度に薄いことが必要とされ、また固体はアモルファスでなければならない。アモルファス固体が厚くなりすぎた場合、電子が散乱して、焦点はずれ及び画像コントラスの低下が生じ得る。結晶氷などの規則的に配列した結晶が形成し始めると、電子が回折することになり、その結果生じる回折パターンが画像を不明瞭にする(Cheng他、Cell、2015、161(3):438~449頁)。上述のガラス化試料を形成することに伴う難題は、当技術分野でよく知られている。
【0037】
[0052]おそらくあまりよく知られていないのは、ガラス氷が太陽系外縁部及び星間空間で果たす役割の重要性である(Fama他、Surface Science、2008、602(1):156~161頁;及びCleeves他、Science、2014、345(6204):1590~1593頁)。宇宙空間の高真空及び冷たさが、ガラス氷の天然の形成の場をもたらす。実際、ガラス氷は、我々の太陽系の外側の氷の最も一般的な形である(Guillot他、J.Chemical Physics、2004、120(9):4366~4382頁)。ガラス氷を研究することの難題が明白であることから、研究室において星間条件の下で、特に低温真空チャンバ内で、アモルファス氷を形成する技法の開発が必要とされた。シミュレーションされた条件の多くでは、非常に薄いアモルファス氷の層を形成することが必要とされる。これは、真空システム内に配置されたクヌーセン型浸出セル及び分子ビーム投与器を使用することによって達成された(Moeller他、Optical Engineering、2012、51(11):115601;及びHuffstetler他、Journal of Vacuum Science & Technology a-Vacuum Surfaces and Films、2001、19(3):1030~1031頁)。しかし、これらの方法では、分析されるべき試料と一緒にアモルファス固体をどのようにして調製するかが記述されていない。
【0038】
[0053]質量分析機器と共にアモルファス固体を形成すること、及び本明細書に記載の技法により、現在使用されている投入凍結法に伴うすべての制限事項を取り除く、低温EMのガラス試料を調製する新規の手段が得られる。1つの実施形態では、覆われていない低温EMグリッド、又は薄い連続フィルム若しくは液体窒素温度に保持された膜で覆われた低温EMグリッドが、質量分析計内のランディング面として使用される。グリッドの面全体にわたって連続フィルム又は膜を有するEMグリッドの見本は、Quantifoil Micro Tools GmbH(Groslobichau、ドイツ)及びElectron Microscopy Sciences(Hatfield、Pennsylvania、米国)から入手することができる。この(覆われた、又は覆われていない)グリッドは、上述の気相分析物精製技法を利用して生体分子で埋められる。同じ真空チャンバ内で、分子ビーム投与器がランディング面に向けられる。投与器の仕事は、低温面/グリッドに衝突してガラス氷を形成する、制御可能な水の分子ビームを生成することである(投与器の一般的な説明については、Guillot他、J.Chemical Physics、2004、120(9):4366-4382;Moeller他、Optical Engineering、2012、51(11):115601;及びWestly他、J.Chemical Physics、1998、108(8):3321~3326頁を参照)。
【0039】
[0054]最初に、非常に薄い氷の層が基板上に生成される。この次に、分析物粒子の堆積が、分析物供給源から直接、又は質量分析計を使用する気相精製の後のどちらかで続く。分析物粒子の収集に付随して、分子水ビームが使用されて分析物粒子がアモルファス氷で包まれる。或いは、分析物粒子は最初のアモルファス氷の表面にぶつかり、次に、蒸気流を使用してアモルファス氷で覆われる/包まれる。氷の蓄積は、水晶振動子微量天秤を使用してリアルタイムで観察される(Moeller他、Optical Engineering、2012、51(11):115601;及びGutzler他、Review of Scientific Instruments、2010、81(1):015108)。収集/試料調製が完了すると、プローブ及び基板はデバイスから取り外され、低温EMの中に直接移される。
【0040】
[0055]図6~9は、銅グリッド及び/又は金グリッドによって支持されたグラフェン酸化物支持フィルムに形成された、アモルファス氷の透過型電子顕微鏡(TEM)画像を示す。ガラス氷は、-175℃の温度において、分子ビーム投与器に15分間真空下で暴露することによって集められた。得られた氷層は、約15マイクロメートルの厚さであった。六方晶氷が、温度が-155℃であったことを除いて同様の方法で得られた。添付の図で分かるように、アモルファス氷41の領域で覆われた支持グリッドの穴40は、氷42が全く形成されていないグリッドの領域又は穴とは明確に区別することができる。穴47は、電子ビームによってアモルファス氷領域41及び結晶氷領域43にもあけられた。
【0041】
[0056]図8及び図9で分かるように、アモルファス氷領域41は結晶六方晶氷43の領域とは非常に異なるように見える。全体として、これらの図は、固体の層がグリッドの穴を覆って形成されたことを示し、この層は固体の典型的な結晶形ではなかった。
【0042】
[0057]これらの観察結果は、赤外(IR)分光法によってさらに確認された。図11は、基板に堆積されたアモルファスHO氷及び結晶HO氷のIRスペクトルを示す(Mastrapa他、Icarus、2008、197:307~320頁)。これらのスペクトルで分かるように、アモルファス氷のピークは、結晶氷のピークと比較して短い波長へ移動していた。図12は、本発明を用いて結晶六方晶氷(下の線)及びアモルファス氷(上の線)のIRスペクトルを示す。本発明のもとで得られたアモルファス氷のピークは、結晶氷と比較して、Mastrapa他で報告されたものと同様に短い波長へ移動していた。したがって、これらの結果は、アモルファス氷が試料に成功裏に堆積されたことを明確に示していると考えられる。
【0043】
[0058]加えて、図13は、アモルファス氷の成長速度を水晶振動子微量天秤の周波数を測定することによって示す。水晶振動子微量天秤の物理的特性により、その表面に形成した氷の1nmの厚さごとに共振周波数が21Hz低下するという結果になった。したがって、20分から50分までの、この実験での氷の形成速度は1.94nm/分であった。
【0044】
[0059]上記の実験では、銅又は金の支持グリッドを覆う薄い連続グラフェン酸化物層を利用したが、アモルファス氷の形成の成功が、グリッドを覆う膜又はフィルムを利用しなかったグリッドでも観察された。たとえば、図10は、連続フィルム又は膜を使用していないグリッド44を示す。水分子は、グリッドの複数の穴のうちの少なくとも一部分を簡単に通過することができた。その結果、空の複数の穴46を橋絡する氷がほとんどないか全くないことになり得る。しかし、いくつかの穴45にまたがる氷の層が依然として見えた。
【0045】
実施例4-他のアモルファス固体の形成
[0060]撮像中に放射線損傷及び脱水から分析物を保護するガラス氷は、EMの間、電子ビームに対し透過性のままでなければならない。このことにより、氷層は、分析されるべき分子の厚さと同じ程度に薄いことが必要とされ、また氷はアモルファスでなければならない。アモルファス氷が厚くなりすぎた場合、電子が散乱して、焦点はずれ及び画像コントラスの低下が生じ得る。結晶氷が形成し始めると、電子が回折することになり、その結果生じる回折パターンが画像を不明瞭にする(Cheng他、Cell、2015、161(3):438~449頁)。
【0046】
[0061]水に加えて、冷温でアモルファス固体を形成する物質が他にもある。これらには、多くある中で、シクロヘキサノール、メタノール、エタノール、イソペンタン、O、SiO、S、C、Ge、Fe、Co、及びBiが、これだけには限らないが含まれる。水と同様に、そのアモルファス状態は気相からの凝縮によって得られる。いくつかの技法によってアモルファス固体に変換できる水とは異なり、これらの要素では、非結晶状態を形成するのに蒸気-凝縮が必要になる(Zallen R.、The Physics of Amorphous Solids、1983、8~10頁)。簡潔に言えば、論議されている基質の蒸気流が、加熱(熱気化)、電子ビームによる気化、イオン衝撃による気化、又はプラズマ誘導分解によって、すべて真空中で形成される。真空チャンバは、原子が凝縮する低温面を含む。原子の熱エネルギーは、原子が結晶構造に転移できる前に取り出される。結果として、アモルファス固体の薄いフィルム(<50マイクロメートル厚)が得られる。
【0047】
[0062]Si、Ge、Fe、Co、及びBiなどの(それだけには限らない)物質では、蒸気凝縮が生じる必要があること、これらの化合物を実施例1の機器によって取り入れることは、氷以外の基質を用いて低温EMのガラス試料を調製する新規の手段をもたらす。使用される基質材料に加えて、形成されるアモルファス材料の多孔度/密度は、使用される堆積角度、並びに堆積される基質分子のエネルギーによって制御することができる(Dohnalek他、Journal of Chemical Physics、2003、118(1):364~372頁)。この新規の能力により、低温EM分析中の生体分子の保護を最大にするようにアモルファス材料を微調整することが可能になる。1つの例では、液体窒素温度に保たれた低温EMグリッド(薄いフィルム又は膜で覆われていない、又は覆われているグリッド)が、試料調製機器の中のランディング面として使用される(実施例1)。グリッドは、エレクトロスプレー堆積を利用して生体分子で埋められる。同じ真空チャンバ内で、気化供給源がランディング面に向けられる。この供給源は、その面に基質分子の入射角をもたらすために、軸線から外して配置することができる。気化供給源の仕事は、低温面/グリッドに衝突してアモルファス固体を形成する材料(それだけには限らないが、HO、Si、Ge、Fe、Co、Biを含む)の、制御可能な蒸気流を生成することである。
【0048】
[0063]最初に、非常に薄い材料の層がグリッド上に生成される。これに、ESI堆積供給源によって分離された巨大分子の収集が続く。これらの分子の収集に付随して、蒸気流が使用されて試料が包まれる。収集/試料調製が完了すると、プローブ及びEMグリッドは試料調製機器から取り外され、低温EMの中に直接移される。
【0049】
[0064]ここまで本発明について、理解を明確にするために図及び例によって、いくらか詳細に完全に説明したが、本発明の範囲又は本発明のいかなる特定の実施形態にも影響を及ぼすことなく、条件、配合物及び他のパラメータの広くかつ等価な範囲内で本発明を修正又は変更することによって同じことを実行できること、及びこのような修正又は変更が添付の特許請求の範囲内に包含されるものであることが、当業者には明らかであろう。
【0050】
[0065]材料、構成物、構成要素又は化合物の群が本明細書で開示される場合、これらの群の個々の部材及びその群のすべての下位群が別々に開示されていると理解される。本明細書で説明又は例示された構成要素のすべての配合又は組み合わせは、特にことわらない限り、本発明を実施するために使用することができる。ある範囲、たとえば温度範囲、時間範囲、又は構成範囲が本明細書で与えられているときはいつも、すべての中間の範囲及び下位範囲、並びに所与の範囲に含まれる個々の値は、本開示に含まれるものである。加えて、所与の範囲の終点はその範囲に含まれるものである。本開示及び特許請求の範囲において、「及び/又は」は、「追加して」又は「或は」を意味する。さらに、単数形の用語の使用は複数形も包含する。
【0051】
[0066]本明細書では、「備える」は「含む」、「包含する」、又は「~を特徴とする」と同義であり、包括的又は開放的であり、追加の、非列挙の要素又は方法ステップを排除しない。本明細書では、「~から成る」は、特許請求の要素に明記されていないいかなる要素、ステップ、又は材料も排除する。本明細書では、「~から本質的になる」は、特許請求の範囲の基本的及び新規な特性に実質的に影響を及ぼさない材料及びステップを排除しない。本明細書での用語「備える」についての、特に構成物の構成要素の説明における、又はデバイスの要素の説明におけるいかなる記述も、列挙された構成要素又は要素から本質的に成る、及びこれらから成る、これらの構成物及び方法を包含すると理解される。
【0052】
[0067]当業者には、出発材料、デバイス要素、分析方法、これらの特に例示されたもの以外の構成要素の混合物及び組み合わせを、本発明の実施において必要以上の実験に頼ることなく使用できることが理解されよう。すべての技術分野で知られている、このような材料及び方法の機能的等価物は、本発明に含まれるものである。使用された用語及び表現は、説明の用語として使用されており、限定するものではなく、そのような用語及び表現の使用において、図示又は説明された特徴のいかなる等価物、又はその一部分も除外するものではないが、様々な修正が特許請求された範囲内で可能であることが理解される。本明細書で例示的に説明された本発明は、本明細書で具体的に開示されていないいかなる1つ又は複数の要素、1つ又は複数の制限事項がない状態で適切に実施することができる。見出しは、単に便宜のために本明細書で用いられている。
【0053】
[0068]本明細書で参照されたすべての出版物は、本明細書と矛盾しない範囲で本明細書に組み込まれる。本明細書に提示された一部の参照文献は、本発明の付加的な用途の詳細を提示するために組み込まれる。本明細書に記載のすべての特許及び出版物は、本発明が関係する当業者の最新技術を示す。本明細書で引用された参照文献は、出願日現在の当技術分野の状態を示すために、その全体が参照により本明細書に組み込まれており、この情報は、必要であれば、従来技術にある特定の実施形態を除外するために、本明細書で利用できることが意図されている。
【図 】
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【図 】
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【図 】
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図11
図12
図13
【図 】
【図 】
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