IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

<>
  • -癌スフェロイドの製造方法 図1
  • -癌スフェロイドの製造方法 図2
  • -癌スフェロイドの製造方法 図3
  • -癌スフェロイドの製造方法 図4
  • -癌スフェロイドの製造方法 図5
  • -癌スフェロイドの製造方法 図6
  • -癌スフェロイドの製造方法 図7
  • -癌スフェロイドの製造方法 図8-1
  • -癌スフェロイドの製造方法 図8-2
  • -癌スフェロイドの製造方法 図9
  • -癌スフェロイドの製造方法 図10
  • -癌スフェロイドの製造方法 図11
  • -癌スフェロイドの製造方法 図12
  • -癌スフェロイドの製造方法 図13
  • -癌スフェロイドの製造方法 図14
  • -癌スフェロイドの製造方法 図15
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-11
(45)【発行日】2022-04-19
(54)【発明の名称】癌スフェロイドの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/09 20100101AFI20220412BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220412BHJP
   C12Q 1/6827 20180101ALI20220412BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20220412BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220412BHJP
【FI】
C12N5/09
C12Q1/02
C12Q1/6827 Z
G01N33/15 Z
G01N33/50 P
G01N33/50 Z
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2017236374
(22)【出願日】2017-12-08
(65)【公開番号】P2019103399
(43)【公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-11-19
(73)【特許権者】
【識別番号】517432385
【氏名又は名称】京ダイアグノスティクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106518
【弁理士】
【氏名又は名称】松谷 道子
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(72)【発明者】
【氏名】三好 弘之
(72)【発明者】
【氏名】武藤 誠
【審査官】長谷川 強
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/207737(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/164257(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/09
C12Q 1/02
C12Q 1/6827
G01N 33/15
G01N 33/50
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
癌スフェロイドの製造方法であって、
患者の癌組織から得た細胞集団を、
ROCK阻害剤、TGF-βI型受容体阻害剤、EGFおよびbFGF;並びに
アデノシン受容体アゴニスト、PPARアゴニスト、カルシウム活性化カリウムチャネル(KCa)アクチベーター、NMDA型グルタミン酸受容体アゴニスト、ヒスタミンH3受容体アゴニストおよびレチノイン酸受容体(RXR)β2アゴニストから選択される薬剤
を含む培地中で培養することを含む方法。
【請求項2】
癌が大腸癌である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
薬剤が、アデノシン受容体アゴニストである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
アデノシン受容体アゴニストが、NECAまたはCV1808である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
薬剤が、NECA、CV1808、GW0742、GW7647、S26948、L-165,041、DCEBIO、SKA-31、NMDA、イメピップおよびAC55649から選択される、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
ROCK阻害剤がY27632である、請求項1~5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
TGF-βI型受容体阻害剤がSB431542である、請求項1~6のいずれかに記載の方法。
【請求項8】
培地がさらに血清を含む、請求項1~7のいずれかに記載の方法。
【請求項9】
患者の薬剤感受性を調べる方法であって
請求項1~8のいずれかに記載の方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを候補薬剤とインビトロで接触させること
を含む方法。
【請求項10】
癌治療薬のスクリーニング方法であって
請求項1~8のいずれかに記載の方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを候補薬剤とインビトロで接触させること
を含む方法。
【請求項11】
患者由来スフェロイド移植(PDSX)モデルの作製方法であって
請求項1~8のいずれかに記載の方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを非ヒト動物に移植すること
を含む方法。
【請求項12】
患者の薬剤感受性を調べる方法であって
請求項11に記載の方法によりPDSXモデルを作製すること、および
得られたPDSXモデルに候補薬剤を投与すること
を含む方法。
【請求項13】
癌治療薬のスクリーニング方法であって
請求項11に記載の方法によりPDSXモデルを作製すること、および
得られたPDSXモデルに候補薬剤を投与すること
を含む方法。
【請求項14】
マイクロサテライト不安定性(MSI)の検査方法であって、
前請求項1~8のいずれかに記載の方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドにおいてMSIステータスまたはミスマッチ修復遺伝子の標的遺伝子の変異を調べること
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、癌スフェロイドの製造方法などに関する。
【背景技術】
【0002】
個別化医療において、癌患者から摘出した癌組織を免疫不全動物に移植する患者腫瘍組織移植(patient-derived xenograft, PDX)モデルの利用が検討されている。しかしながら、PDXモデルでは薬剤感受性試験の実施に十分な数のモデル動物を準備するために腫瘍組織の移植を繰り返す必要があり、作製に時間がかかるという問題がある。PDXに代わる方法として、患者組織の細胞からスフェロイドを作製することが検討されているが、臨床応用に十分な効率の製造方法は確立されていない。
【0003】
組織由来スフェロイドの製造に関し、組織幹細胞の増殖に不可欠であるWnt3a、R-spondin-3およびNogginを産生するL-WRN線維芽細胞のコンディションドメディウムと、ROCK阻害剤であるY27632およびTGF-βI型受容体阻害剤であるSB431542を用いて、ヒト結腸上皮の細胞を培養してスフェロイドを作製したことが報告されている。また、大腸癌モデルマウスの腫瘍細胞をY27632およびSB431542を添加した基本培地で培養してスフェロイドを作製したことが報告されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Kondo J, et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2011;108:6235-40
【文献】van de Wetering M, et al., Cell. 2015;161:933-45
【文献】Fujii M, et al., Cell Stem Cell. 2016;18:827-38
【文献】Pauli C, et al., Cancer Discov. 2017;7:462-77
【文献】Miyoshi H, et al., Science. 2012;338:108-13
【文献】Miyoshi H, Stappenbeck TS. Nat Protoc. 2013;8:2471-82
【文献】VanDussen KL, et al., Gut. 2015;64:911-20
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、効率的な癌スフェロイドの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
ある態様において、本開示は、癌スフェロイドの製造方法であって、
患者の癌組織から得た細胞集団を、
ROCK阻害剤、TGF-βI型受容体阻害剤、EGFおよびbFGF;並びに
アデノシン受容体アゴニスト、PPARアゴニスト、カルシウム活性化カリウムチャネル(KCa)アクチベーター、NMDA型グルタミン酸受容体アゴニスト、ヒスタミンH3受容体アゴニストおよびレチノイン酸受容体(RXR)β2アゴニストから選択される薬剤
を含む培地中で培養することを含む方法に関する。
【0007】
さらなる態様において、本開示は、患者の薬剤感受性を調べる方法、または癌治療薬のスクリーニング方法であって、
前記方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを候補薬剤とインビトロで接触させること
を含む方法に関する。
【0008】
さらなる態様において、本開示は、患者由来スフェロイド移植(PDSX)モデルの作製方法であって
前記方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを非ヒト動物に移植すること、
を含む方法に関する。
【0009】
さらなる態様において、本開示は、患者の薬剤感受性を調べる方法、または癌治療薬のスクリーニング方法であって、
前記方法によりPDSXモデルを作製すること、および
得られたPDSXモデルに候補薬剤を投与すること
を含む方法に関する。
【0010】
さらなる態様において、本開示は、マイクロサテライト不安定性(MSI)の検査方法であって、
前記方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドにおいてMSIステータスまたはミスマッチ修復遺伝子の標的遺伝子の変異を調べること
を含む方法に関する。
【発明の効果】
【0011】
本開示により、効率的な癌スフェロイドの製造方法が提供され、個別化医療のための薬剤感受性試験や医薬品開発のためのドラッグスクリーニングを効率的に行うことが可能となり、また、高感度なMSI検査が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、大腸癌腫瘍始原細胞(CRC-TIC)スフェロイドの組織学的特徴を示す。同じ患者由来の原発腫瘍(左)およびスフェロイド(右)のH&E染色標本を示している。3つの代表的な組織学的タイプが存在する;成熟ゴブレット細胞を伴う高分化型(上)、伴わない高分化型(中)、および低分化型(下)。スケールバー=100 μm。
図2図2は、スフェロイドの増殖モニタリングを示す。A, 96ウェル細胞培養プレートへの播種後1-4日目のルシフェラーゼ発現スフェロイドからの生物発光の定量的表示。各ウェルのグレーのレベルは、対応するMatrigelドロップに包埋されたスフェロイドからの直接のフォトンカウントを示す。総生物発光量が各ウェル中の細胞数を示す。B および C, ルシフェラーゼ発現スフェロイドの増殖モニタリング。正常スフェロイド (HC3N raw; 左) および癌スフェロイド (HC5T raw; 右)からのフォトンカウントを播種後1-4日目に毎日計測した(B)。Cのグラフは、Day 1のフォトンカウントに基づき初期の細胞数に対して較正した増殖率を示す。各スフェロイドラインにつき、16ウェルを試験した。変動係数(%CV) を各データポイントに示す。
図3図3は、EGFおよびbFGFのCRC-TICスフェロイドに対する増殖促進効果を示す。A, EGFおよび/またはbFGFの存在下で8日間培養した4種類の癌スフェロイドラインの代表的位相差顕微鏡写真。スケールバー=200 μm。B, 野生型RAS/RAF遺伝子を有するCRC-TICスフェロイドラインのGEI(growth effect index)。 C, 変異型RAS/RAF遺伝子を有するCRC-TICスフェロイドラインのGEI。D, 正常結腸上皮細胞スフェロイドのGEI。3つの独立した実験(BおよびC)またはスフェロイドライン(D)のGEIのプロットおよび平均を示す。データはone-way ANOVA (P値をグラフ中に示す) およびTukey's post-testで解析した。平均値間の統計学的有意差をa、b、c、およびdで示す。異なる文字間の差は統計学的に有意であり(P < 0.05)、同じ文字間の差は統計学的に有意ではない。
図4図4は、CRC-TICスフェロイドの増殖を促進する化合物のスクリーニングを示す。A, スクリーニングにより同定された化合物の増殖促進効果。平均値が> 1.25 (すなわち、> 25%の増殖増加)のデータセットを示す。3つの独立したスフェロイドラインのGEIのプロットおよび平均を示す。アスタリスクは、溶媒のみの群に対する有意差を示す (P < 0.05; Student's t-testで解析)。NS, 有意差なし。B, 2種類のCRC-TICスフェロイドライン(HC18TおよびHC21T)の増殖に対する3種類の化合物の用量依存的効果。3つの独立した実験のGEIのプロットおよび平均を示す。アスタリスクは、溶媒のみの群に対する有意差を示す (P < 0.05; one-way ANOVAおよびTukey's post-testで解析)。C, NECAまたはフォルスコリン処理後のスフェロイドの代表的位相差顕微鏡写真。CRC-TICスフェロイド (HC52T)を、溶媒のみ、1 μM NECA、または1 μM フォルスコリンと5日間培養した。NECAまたはフォルスコリン処理スフェロイドは細胞の平板化によりサイズが増大した。スケールバー=100 μm。D, 増殖の遅いスフェロイドにおける3種の補助因子による増殖刺激。図中に示す補助因子の存在下でルシフェラーゼ発現スフェロイドを3日間培養した。図9Bと同じ3つの独立した実験のGEIのプロットおよび平均を示す。データは、one-way ANOVA (P値をグラフ中に示す) およびTukey's post-testにより解析した。異なる文字間の平均値は統計学的に有意である (P < 0.05)。
図5図5は、36種のCRC-TICスフェロイドラインの23種の癌遺伝子および腫瘍抑制遺伝子における変異を示す。コードされるタンパク質のアミノ酸配列に影響する変異を示している。遺伝子は図の上部に示す機能的カテゴリーに分類した。各セル中のグレーの長方形は、変異がヘテロ接合性(一部がグレー)またはホモ接合性(全体がグレー)であることを示す。 *, †, ‡, 同じ記号を付したスフェロイドラインは同じ患者に由来する。
図6図6は、EGFおよび/またはbFGFによる増殖促進効果を示す。CRC-TICおよび正常結腸上皮のスフェロイドを、播種後1-4日目の間、EGFおよび/またはbFGFで処理した。ルシフェラーゼ発現スフェロイドの増殖率は、播種後1日目および4日目の生物発光レベルから算出した。A, 野生型RAS/RAF遺伝子を有するCRC-TICラインの増殖率。B, 変異型RAS/RAF遺伝子を有するCRC-TICスフェロイドラインの増殖率。C, eL-WRN培地中で培養した正常結腸上皮スフェロイドの増殖率。黒およびグレーのバーは、AおよびBでは、3つの独立した実験における6つのウェルの平均増殖率を示し、Cでは図中に示した3種の独立したスフェロイドラインを示す。
図7図7は、CRC-TICスフェロイドの培養条件検討を示す。A, SB431542のスフェロイドラインの増殖に対する用量依存的効果。図中に示す濃度のSB431542の存在下、ルシフェラーゼ発現癌スフェロイドおよび正常スフェロイドをEGF/bFGF含有癌細胞用培地およびeL-WRN培地でそれぞれ培養した。11種類のCRC-TICスフェロイドライン(丸)および4種類の正常スフェロイドライン(四角)を試験した。4ウェルの平均GEIを示す。癌スフェロイドに対する効果は正常スフェロイドに対する効果より弱かった。B, 大腸癌組織からの培養時のNECAおよびB27サプリメントの増殖促進効果。大腸癌組織から分離した上皮細胞を、NECAおよびB27サプリメントの存在下または非存在下に、EGF/bFGF含有癌細胞用培地で培養した。12ウェルプレートの4ウェル分までスフェロイドが増殖するのに要した時間を示す。11種類のスフェロイドラインのうち、2種類のラインはNECA/B2の存在下でのみ樹立に成功し(三角)、4種類のラインはNECA/B27含有培地でより速く増殖し(丸)、5種類のラインではNECA/B27による促進効果はみられなかった(四角)。
図8-1】図8-1は、3種の独立したCRCスフェロイドラインの増殖に対する80種の化合物の効果(GEI)を示す。
図8-2】図8-2は、図8-1の80種の化合物のリストを示す。
図9図9は、アデノシン受容体(AR)アゴニストのスフェロイド培養に対する効果を示す。A, 2種のCRCスフェロイドライン(HC18TおよびHC21T)の増殖に対するCV1808の用量依存的効果。平均GEI±SEM (独立の実験, n = 3)を示す。アスタリスクは、溶媒のみ(0 μM)の群からの有意差 (P < 0.05; one-way ANOVAおよびTukey's post-testにより解析)を示す。B, 反復実験における用量依存的効果の再現性。図4Bと同じデータセットを用いて、NECA処理について曲線適合解析を行った。3つの独立した実験における正規化データの近似曲線を示す。C, cAMPシグナル活性化剤処理後のCRC-TICスフェロイドの代表的位相差顕微鏡写真。CRCスフェロイド (HC18T、HC21TおよびHC52T) を、溶媒のみ(DMSO)、10 μM CV1808、1 μM NECA、または1 μMフォルスコリンと5日間培養した。スケールバー=200 μm。D, 増殖の遅いスフェロイドラインにおける3種の補助因子による増殖刺激。図中に示す補助因子の存在下でルシフェラーゼ発現スフェロイドを3日間培養した。3つの独立した実験における増殖率の平均およびプロットを示す。データは、one-way ANOVA (P値をグラフ中に示す)およびTukey's post-testにより解析した。異なる文字間の平均値は統計学的に有意である (P < 0.05)。コントロール群の増殖率は約1.0 (点線)であり、増殖しにくいことがわかる。
図10図10は、薬剤投与試験におけるPDXモデルと患者由来スフェロイド移植(patient-derived spheroid xenograft, PDSX)モデルの比較を示す。A, PDXおよびPDSXによる薬剤感受性試験の概略。PDXマウスとPDSXマウスは同じ腫瘍から調製した(左)。PDXマウス (上; P2-P3) およびPDSXマウス (下)を薬剤投与試験(右)に使用した。マウスは3つの群(コントロール、FOLFOX、セツキシマブ)に分けた。薬剤投与はday 1に開始し、day 22に終了した。BおよびC, PDXおよびPDSXによる薬剤投与試験の結果。データはday 1の腫瘍体積に対する各時点での腫瘍体積を示す。各群につきn = 5-6。エラーバーはSDを示す。*, P < 0.05および**, P < 0.01。n.s., Tukey's multiple comparison testにより有意差なし。
図11図11は、薬剤投与試験におけるPDXおよびPDSXの再現性の比較を示す。A, PDSXマウスにおける2セットの薬剤投与試験の結果 (各群につきn = 3-4)。C, PDXマウスにおける2セットの薬剤投与試験の結果 (各群につきn = 2-4)。B, D, 2セットのPDSXまたはPDXによる薬剤投与試験のSidak検定。エラーバーはSDを示す。Sidak’s multiple comparison testにより、**, P < 0.01。
図12図12は、大腸癌患者の腫瘍(HC1T)切除後の化学療法中の臨床経過およびそのPDSXにおける薬剤応答を示す。A, 患者の血清CEAレベルおよび投与された化学療法薬を示す。黒のダイアモンド (a) は、偶発的な膝の骨折による化学療法の中断を示す。CTスキャン(BおよびE)の時期をグラフ下のb-eで示す。B, SOX(S-1 + オキサリプラチン (Ox)、FOLFOXに類似)の治療前(b)および治療後(c)の患者のCT画像。白の矢頭は腹膜における転移巣を示す。この患者におけるSOX治療のベストレスポンスはSD (安定; RECISTで+11%)である。C, HC1T由来のPDSXの薬剤投与試験。FOLFOXマウスにおける腫瘍の増殖は、コントロール群と比較して有意に低下した。D, 処置の開始(day 1)から終了(day 22)までの各マウスの腫瘍体積の変化割合。E, イリノテカン + セツキシマブ (C-mab) の治療前(d)または処置後(e)の患者のCT画像。白の矢頭は転移巣を示す。この患者におけるイリノテカン + セツキシマブ治療のベストレスポンスはSD(安定; RECISTでE-dからE-eまでで+3%、)。F, PDSXによる薬剤投与試験。処置マウス (イリノテカン + C-mab) における腫瘍増殖はコントロールマウスと比較して有意に減少し、処置マウスの腫瘍体積はほとんど変化しなかった。G, 処置の開始(day 1)から終了(day 22)までの各マウスの腫瘍体積の変化割合。(各群n = 3-4。エラーバーはSEMを示す。One tailed unpaired t testにより、**, P < 0.01および***, P < 0.001。)
図13図13は、大腸癌患者の腫瘍(HC6T)切除後の化学療法中の臨床経過およびそのPDSXにおける薬剤応答を示す。A, 患者の血清CEAレベルおよび投与された化学療法薬を示す。黒のダイアモンド (a) は、原発巣切除のための化学療法の中断を示す。CTスキャン(B)の時期をグラフ下のb-dで示す。B, FOLFOX + パニツムバブ (P-mab)の治療前(b)および治療後(c)、並びにその後のFOLFIRI + ベバシズマブ (B-mab)の治療後(d)の患者のCT画像。この患者におけるSOX治療のベストレスポンスはSD (安定; RECISTで+11%)である。この患者におけるFOLFOX + P-mab治療のベストレスポンスは6ヶ月の治療後のPR (部分奏功; RECISTで-60%) であり、FOLFIRI + B-mab治療のベストレスポンスは3ヶ月の治療後のSD (安定; RECISTで+10%) である。6ヶ月のFOLFOX + P-mab治療後に転移巣のサイズは急速に増加した(B-d)。C, HC6T由来PDSXによる薬剤投与試験。FOLFOX + セツキシマブ処置マウスの腫瘍体積は、コントロールマウスと比較して有意に減少したが、FOLFIRI処置マウスの腫瘍体積はコントロールマウスと比較してわずかしか変化しなかった。D, 処置の開始(day 1)から終了(day 22)までの各マウスの腫瘍体積の変化割合。(各群n = 2-3。エラーバーはSEMを示す。Tukey’s multiple comparisons tesにより、*, P < 0.05; **およびP < 0.01)。
図14図14は、スフェロイドサンプルおよび原発巣サンプルにおけるマイクロサテライト不安定性(MSI)解析のエレクトロフェログラムおよびミスマッチ修復(MMR)タンパク質の免疫組織化学的解析(IHC)の結果を示す。A-C, マイクロサテライト不安定性のない(MSS)患者(A)およびMSI-H患者(B, C)のベゼスタパネルの5種類のマイクロサテライトマーカーに対応する代表的エレクトロフェログラムを示す。正常細胞由来のPCR産物と癌細胞由来のPCR産物の結果を示す。D, MMRタンパク質(MLH1, MSH2, MSH6およびPMS2)のIHCの結果を示す。上はMMR正常患者の原発巣の写真であり、全てのタンパク質の発現が確認された。中央および下はMMR欠損患者の原発巣およびスフェロイドの写真であり、いずれもMLH1とPMSの発現が見られなかった。E, F, スフェロイド由来DNAサンプルを用いたモノヌクレオチド反復配列を含む領域のシークエンスクロマトグラムを示す。 EはTGFBR2 (リバースストランド)、FはBAX (リバースストランド)である。上は野生型、中央はホモ接合性変異の患者、下はヘテロ接合性変異の患者の結果である。
図15図15は、オンチップMSIテストおよびモノヌクレオチドマーカーの配列解析におけるスフェロイド由来DNAサンプルおよびホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織由来DNAサンプルの比較を示す。A, B, スフェロイドおよびFFPE組織から抽出したDNAサンプルの量および質を示す (A, DNA濃度、B, A260/A280)。C, マイクロサテライトマーカーに対応するエレクトロフェログラムにおける最大蛍光値。スフェロイド由来DNAサンプルはFFPE由来DNAサンプルよりも高いピークを示した。D, スフェロイド由来DNAサンプルおよびFFPE由来DNAサンプルを用いて解析した8人のMSI患者の変異プロファイル。グレーのカラムは変異アレルを示し、白のカラムは野生型アレルを示す。スフェロイド由来DNAサンプルの解析ではいずれのアレルも同定できたが、FFPE由来DNAサンプルの解析では明確な判定ができなかった。E, F, BAXのG7/G7ホモ接合性変異の患者の配列解析の結果を示す。Eはスフェロイド由来DNAサンプル、FはFFPE由来DNAサンプルの解析結果を示す。FPE由来DNAサンプルでは8番目のGのピークが小さかった。これは正常細胞の野生型アレルのコンタミネーションによるものである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
特に具体的な定めのない限り、本明細書で使用される用語は、有機化学、医学、薬学、分子生物学、微生物学等の分野における当業者に一般に理解されるとおりの意味を有する。以下にいくつかの本明細書で使用される用語についての定義を記載するが、これらの定義は、本明細書において、一般的な理解に優先する。
【0014】
本明細書において、数値が「約」の用語を伴う場合、その値の±10%の範囲を含むことを意図する。数値の範囲は、両端点の間の全ての数値および両端点の数値を含む。範囲に関する「約」は、その範囲の両端点に適用される。従って、例えば、「約20~30」は、「20±10%~30±10%」を含むものとする。
【0015】
本明細書において、癌スフェロイドとは、腫瘍始原細胞(tumor initiating cell)を含む細胞塊を意味する。腫瘍始原細胞とは、免疫不全動物に移植すると腫瘍を形成する細胞を意味する。癌スフェロイドは、通常、約100個~約10000個、好ましくは約500個~約2000個の細胞を含み、直径が約0.01mm~約2mm、好ましくは約0.1mm~約0.5mmの球体に近い形状である。ここで、「直径」とは、細胞塊の最も長い軸の長さを意味する。
【0016】
本明細書に記載の癌スフェロイドの製造方法では、患者の癌組織から得た細胞集団を
ROCK阻害剤、TGF-βI型受容体阻害剤、EGFおよびbFGF;並びに
アデノシン受容体アゴニスト、PPARアゴニスト、カルシウム活性化カリウムチャネル(KCa)アクチベーター、NMDA型グルタミン酸受容体アゴニスト、ヒスタミンH3受容体アゴニストおよびレチノイン酸受容体(RXR)β2アゴニストから選択される薬剤
を含む培地で培養する。
【0017】
癌としては、大腸癌、胃癌、前立腺癌、乳癌、子宮頸癌、卵巣癌、肺癌、肝細胞癌、腎臓癌、膵臓癌、膀胱癌などが挙げられる。好ましくは、癌は大腸癌である。癌組織は、原発巣から得た組織であっても転移巣から得た組織であってもよいが、好ましくは原発巣から得た組織である。癌組織は、手術標本または生検標本でありうる。
【0018】
本明細書における「患者の癌組織から得た細胞集団」は、常套的な方法で調製することができる。例えば、Miyoshi H, Stappenbeck TS. Nat Protoc. 2013;8:2471-82またはVanDussen KL, et al., Gut. 2015;64:911-20に記載の方法を用いることができる。ある実施形態において、患者の癌組織から得た細胞集団は、患者から得た癌組織または当該癌組織から分離された上皮性組織を酵素処理(例えばコラゲナーゼ処理)して得たものである。患者の癌組織から得た細胞集団は、癌細胞および腫瘍始原細胞を含む。
【0019】
通常、約0.1-5.0 cm3、約0.2-3.0 cm3、または約0.5-2.0 cm3、好ましくは約0.5-1.0 cm3の癌組織から得た細胞を培養すればよい。細胞は、Matrigel、Cultrex Basement Membrane Extractなどの基底膜マトリックスとともに培養することが好ましい。例えば、約103個から105個の細胞を基底膜マトリックスと混合し、得られた細胞懸濁液を培養容器(培養プレート、培養ディッシュなど)に播種する。基底膜マトリックスを37℃で固化させた後、培養液を重層して培養を開始する。
【0020】
細胞は、
ROCK阻害剤、TGF-βI型受容体阻害剤、EGFおよびbFGF;並びに
アデノシン受容体アゴニスト、PPARアゴニスト、カルシウム活性化カリウムチャネル(KCa)アクチベーター、NMDA型グルタミン酸受容体アゴニスト、ヒスタミンH3受容体アゴニストおよびレチノイン酸受容体(RXR)β2アゴニストから選択される薬剤
を含む培地中で培養する。培地は、アデノシン受容体アゴニスト、PPARアゴニスト、カルシウム活性化カリウムチャネル(KCa)アクチベーター、NMDA型グルタミン酸受容体アゴニスト、ヒスタミンH3受容体アゴニストおよびレチノイン酸受容体(RXR)β2アゴニストから選択される薬剤を2種類以上含んでいても良い。
【0021】
培地は、一般的なスフェロイド培養用培地を用いることができ、例えば、Advanced DMEM/F-12 (Thermo Fisher)、ITSサプリメント(Thermo Fisher)を添加したDMEM/F12 (Thermo Fisher)が挙げられる。
【0022】
アデノシン受容体アゴニストとしては、NECA(5’-(N-ethyl-carboxamido)-adenosine)、CV1808(2-phenylaminoadenosine)、BAY 60-6583(2-[[6-Amino-3,5-dicyano-4-[4-(cyclopropylmethoxy)phenyl]-2-pyridinyl]thio]-acetamide)が例示される。好ましくは、アデノシン受容体アゴニストはNECAまたはCV1808であり、より好ましくはNECAである。アデノシン受容体アゴニストは、例えば、0.001μM~10μM、好ましくは0.1μM~5μM、より好ましくは0.1μM~1μMの濃度で用いればよい。
【0023】
PPARアゴニストには、PPARαアゴニスト、PPARγアゴニストおよびPPARδアゴニストが含まれる。
PPARαアゴニストとしては、GW7647(2-methyl-2-[[4-[2-[[(cyclohexylamino)carbonyl](4-cyclohexylbutyl)amino]ethyl]phenyl]thio]-propanoic acid)、CP 775146(2-Methyl-2-[3-[(3S)-1-[2-[4-(1-methylethyl)phenyl]acetyl]-3-piperidinyl]phenoxy]-propanoic acid);
PPARγアゴニストとしては、S26948([[4-[2-(6-Benzoyl-2-oxo-3(2H)-benzothiazolyl)ethoxy]phenyl]methyl]-1,3-propanedioic acid dimethyl ester)、Troglitazone(5-[[4-[(3,4-Dihydro-6-hydroxy-2,5,7,8-tetramethyl-2H-1-benzopyran-2-yl)methoxy]phenyl]methyl]-2,4-thiazolidinedione);
PPARδアゴニストとしては、GW0742([4-[[[2-[3-fluoro-4-(trifluoromethyl)phenyl]-4-methyl-5-thiazolyl]methyl]thio]-2-methyl phenoxy]-acetic acid)、L-165,041([4-[3-(4-Acetyl-3-hydroxy-2-propylphenoxy)propoxy]phenoxy]acetic acid)、GW 501516(2-[2-Methyl-4-[[[4-methyl-2-[4-(trifluoromethyl)phenyl]-5-thiazolyl]methyl]thio]phenoxy]acetic acid);
が挙げられる。
【0024】
KCaアクチベーターとしては、DCEBIO(5,6-Dichloro-1-ethyl-1,3-dihydro-2H-benzimidazol-2-one)、SKA-31(Naphtho[1,2-d]thiazol-2-ylamine)、1-EBIO(1-Ethyl-2-benzimidazolinone)が挙げられる。好ましくは、KCaアクチベーターは、DCEBIOまたはSKA-31である。KCaアクチベーターは、例えば、0.1μM~50μM、好ましくは1μM~30μM、より好ましくは約10μMの濃度で用いればよい。
【0025】
NMDA型グルタミン酸受容体アゴニストとしては、NMDA(N-Methyl-D-aspartic acid)、Homoquinolinic acidが挙げられる。好ましくは、NMDA型グルタミン酸受容体アゴニストはNMDAである。NMDA型グルタミン酸受容体アゴニストは、例えば、0.1μM~50μM、好ましくは1μM~30μM、より好ましくは約10μMの濃度で用いればよい。
【0026】
ヒスタミンH3受容体アゴニストとしては、イメピップ(Immepip; 4-(1H-Imidazol-4-ylmethyl)piperidine)、Immethridine(4-(1H-Imidazol-4-ylmethyl)pyridine)が挙げられる。好ましくは、ヒスタミンH3受容体アゴニストはイメピップである。ヒスタミンH3受容体アゴニストは、例えば、0.1μM~50μM、好ましくは1μM~30μM、より好ましくは約10μMの濃度で用いればよい。
【0027】
RXRβ2アゴニストとしては、AC55649(4’-Octyl-[1,1’-biphenyl]-4-carboxylic acid)、AC 261066(4-[4-(2-Butoxyethoxy-)-5-methyl-2-thiazolyl]-2-fluorobenzoic acid)が挙げられる。好ましくは、RXRβ2アゴニストはAC55649である。RXRβ2アゴニストは、例えば、0.1μM~50μM、好ましくは1μM~30μM、より好ましくは約10μMの濃度で用いればよい。
【0028】
ROCK阻害剤としては、Y27632((R)-(+)-trans-4-(1-Aminoethyl)-N-(4-pyridyl)cyclohexanecarboxamide)、H1152((S)-(+)-2-Methyl-1-[(4-methyl-5-isoquinolinyl)sulfonyl]-hexahydro-1H-1,4-diazepine)が挙げられる。好ましくは、ROCK阻害剤はY27632である。ROCK阻害剤は、例えば、0.1μM~50μM、好ましくは1μM~30μM、より好ましくは約10μMの濃度で用いればよい。
【0029】
TGF-βI型受容体阻害剤としては、SB431542(4-[4-(1,3-benzodioxol-5-yl)-5-(2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]benzamide)、A83-01(3-(6-Methyl-2-pyridinyl)-N-phenyl-4-(4-quinolinyl)-1H-pyrazole-1-carbothioamide)が挙げられる。好ましくは、TGF-βI型受容体阻害剤はSB431542である。TGF-βI型受容体阻害剤は、例えば、0.01μM~10μM、好ましくは0.1μM~10μM、より好ましくは0.5μM~10μMの濃度で用いればよい。
【0030】
EGF(epidermal growth factor)およびbFGF(basic fibroblast growth factor)は、組換えヒトタンパク質であってよい。EGFは、例えば、10 ng/ml~100 ng/ml、好ましくは約50 ng/mlの濃度で用いればよい。bFGFは、例えば、50 ng/ml~200 ng/ml、好ましくは約100 ng/mlの濃度で用いればよい。
【0031】
培地は、通常、血清(例えばウシ胎児血清(FBS))を含む。血清は、約1~10%、好ましくは約5%の濃度で用いればよい。
【0032】
培地はさらに、ペニシリン、ストレプトマイシン、プラスモシン等の抗生物質、L-グルタミン、B27サプリメント(Thermo Fisher)等を含んでいても良い。
【0033】
細胞の培養期間は特に限定されず、適切な数の癌スフェロイド細胞が得られるまで培養を継続すればよい。通常、約1×105個~約1×107個、好ましくは約106個の癌スフェロイド細胞が得られるまで、培養を継続する。培養期間は、例えば、1週間~2ヶ月(例えば1週間~4週間、または1ヶ月~2ヶ月)である。培養期間中、1日または数日(例えば2または3日)おきに培地を新鮮な培地と交換することが好ましい。通常、培養継続中に、形成された細胞塊を酵素(例えばトリプシン)で処理して分離し、再び細胞塊を形成させる操作を1回以上行う。
【0034】
得られた癌スフェロイドは、使用目的に応じて適切な細胞数となるまで、さらに数日から数週間培養してもよい。また、使用時まで凍結保存してもよく、解凍後に適切な細胞数となるまで培養してもよい。本明細書において、得られた癌スフェロイドに由来する癌スフェロイドとは、本開示の方法により製造された癌スフェロイドを継代して得られる癌スフェロイドを意味する。継代は、癌スフェロイドを酵素(例えばトリプシン)で処理して分離し、再び癌スフェロイドを形成させる操作を含んでも含まなくてもよい。
【0035】
癌スフェロイドは、癌スフェロイドとその培養または保存に適する溶液とを含む組成物として提供されうる。癌スフェロイドを含む組成物は凍結されていてもよく、その場合、癌スフェロイドと適切な凍結保存液とを含みうる。
【0036】
癌スフェロイドは、インビボまたはインビトロにおける薬剤感受性評価、ドラッグスクリーニング、マイクロサテライト不安定性(MSI)検査などに用いることができる。また、薬剤感受性評価の結果に基づき、薬剤感受性のバイオマーカーの探索に用いることもできる。薬剤感受性評価の結果は、患者に対する治療の選択のみならず、新薬開発における治験参加者の選択に利用することもできる。
【0037】
細胞増殖のモニターのため、癌スフェロイドの細胞にレポーター遺伝子を導入することもできる。レポーター遺伝子としては、ルシフェラーゼ、緑色蛍光タンパク質(GFP)などが挙げられる。レポーター遺伝子は、プラスミドベクターやウイルスベクターなどを用いて導入することができる。ある実施形態において、レポーター遺伝子は、レトロウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ関連ウイルスベクターなどのウイルスベクターにより、好ましくはレンチウイルスベクターにより、癌スフェロイドの細胞に導入される。ベクターの導入は常套的な方法により行うことができ、例えば、実施例またはMiyoshi H, Stappenbeck TS. Nat Protoc. 2013;8:2471-82に記載の方法で行うことができる。レポーター遺伝子の導入は、癌スフェロイドを酵素(例えばトリプシン)で処理して細胞を分離した後に行うことが好ましい。レポーター遺伝子導入後、再度スフェロイドを形成させ、アッセイに用いればよい。
【0038】
癌スフェロイドを非ヒト動物に移植することにより、患者由来スフェロイド移植(patient-derived spheroid xenograft, PDSX)モデルを作製することができる。非ヒト動物としては、免疫不全動物、例えば、ヌードマウス、ヌードラット、SCIDマウス、NOD-SCIDマウス、NOGマウスなどが挙げられる。移植部位は、特に限定されないが、皮下移植によることが好ましい。移植する癌スフェロイドの細胞数は、限定はされないが、通常マウスの場合、1匹当たり約1×105個~約9×105個、好ましくは約5×105個である。移植後、腫瘍体積が約300-500 mm3に達した時点で試験に用いることが好ましい。
【0039】
PDSXモデルに候補薬剤を投与し、当該候補薬剤に対する応答を調べることにより、癌スフェロイドの由来する患者の薬剤感受性の評価や、ドラッグスクリーニングを行うことができる。細胞の応答は、腫瘍組織の体積や組織学的特徴を指標として評価することができる。組織学的特徴としては、細胞分裂像の減少や細胞変性が挙げられる。例えば、候補薬剤を投与していないコントロールのPDSXモデルと比較して、腫瘍組織の体積の増大が有意に抑制された場合、あるいは組織学的特徴が現れた場合、癌スフェロイドの由来する患者はその候補薬剤に感受性である、またはその候補薬剤は癌の治療に有効である、と評価することができる。
【0040】
候補薬剤は、限定はされないが、低分子化合物、タンパク質、抗体、ペプチド、核酸等の単一化合物;化合物、抗体、核酸等のライブラリー;細胞抽出物、細胞培養上清、発酵微生物産生物、海洋生物抽出物、植物抽出物等であってよい。患者の薬剤感受性の評価を行う場合、候補薬剤は既知の癌治療薬でありうる。
【0041】
インビトロにおいて、癌スフェロイドと候補薬剤を接触させ、当該候補薬剤に対する応答を調べることにより、薬剤感受性評価やドラッグスクリーニングを行うこともできる。例えば、候補薬剤と接触させていないコントロールの癌スフェロイドと比較して、候補薬剤が癌スフェロイドの体積の増大を有意に抑制した場合、あるいは組織学的特徴を改善した場合、当該患者はその候補薬剤に感受性である、またはその候補薬剤は癌の治療に有効である、と評価することができる。
【0042】
MSIは、ミスマッチ修復遺伝子の機能異常によりマイクロサテライトが腫瘍組織において非腫瘍組織と異なる反復回数を示す現象である。MSI検査は、ミスマッチ修復遺伝子の生殖系列変異を原因とするリンチ症候群の補助診断または大腸癌に対する免疫チェックポイント阻害剤(例えば抗PD-1抗体)の効果予測に有効であることが知られている。MSI検査では、通常、腫瘍組織と非腫瘍組織のマイクロサテライトの反復回数を調べるが、腫瘍組織として、手術標本や生検標本に代えて、癌スフェロイドを用いることができる。癌スフェロイドを用いることによって、より高精度な検査が可能となる。
【0043】
マイクロサテライトの反復回数は、通常の方法により調べることができる。例えば、癌スフェロイドおよび非腫瘍組織(非腫瘍組織の採取困難な場合は血液など)から得たDNAからマイクロサテライト反復配列を含む領域をPCRで増幅し、マイクロサテライトの反復回数を比較する。非腫瘍組織と比較して癌スフェロイドにおけるマイクロサテライトの反復回数が変化している場合、MSI陽性と判定される。MSIステータスは、通常、BAT25、BAT26、D5S346、D2S123、D17S250の5種類(ベセスダパネル)のマイクロサテライトマーカーを使用して判定し、2種類以上のマーカーがMSIを示した場合はMSI-H(MSI-high)、1種類でMSIが認められた場合はMSI-L(MSI-low)、MSIが認められなかった場合はMSS(microsatellite stable)と判定する。前記5種類に加えて追加のマーカーを使用する場合には、全マーカーの30-40%以上にMSIを認めた時にMSI-H、それ以下の場合にMSI-Lと判定する。
【0044】
MSI検査は、ミスマッチ修復遺伝子の機能異常により遺伝子異常が見られる標的遺伝子の変異を調べることによっても、行うこともできる。標的遺伝子としては、TGFBR2、IGF2R、BAX、およびCASP5が挙げられる。変異は、癌スフェロイドから得たDNAを用いて、通常の遺伝子変異検出方法(例えば、DNAチップまたはDNAマイクロアレイを用いた核酸ハイブリダイゼーション法、ダイレクトシークエンス法、TaqMan PCR法、RFLP法、PCR-SSCP法など)により、調べることができる。癌スフェロイドから得たDNAは手術標本や生検標本から得たDNAよりも高純度であり、従来検出できなかったヘテロ接合性変異を検出することができ、高精度な検査が可能である。
【0045】
本開示の例示的実施形態を以下に記載する。
[1]
癌スフェロイドの製造方法であって、
患者の癌組織から得た細胞集団を、
ROCK阻害剤、TGF-βI型受容体阻害剤、EGFおよびbFGF;並びに
アデノシン受容体アゴニスト、PPARアゴニスト、カルシウム活性化カリウムチャネル(KCa)アクチベーター、NMDA型グルタミン酸受容体アゴニスト、ヒスタミンH3受容体アゴニストおよびレチノイン酸受容体(RXR)β2アゴニストから選択される薬剤
を含む培地中で培養することを含む方法。
[2]
癌が大腸癌である、前記[1]に記載の方法。
[3]
癌組織が原発巣から得られたものである、前記[1]または[2]に記載の方法。
[4]
薬剤がアデノシン受容体アゴニストである、前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]
アデノシン受容体アゴニストが、NECAまたはCV1808である、前記[4]に記載の方法。
[6]
アデノシン受容体アゴニストが、NECAである、前記[5]に記載の方法。
[7]
薬剤がPPARアゴニストである、前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[8]
PPARアゴニストが、GW0742、GW7647、S26948またはL-165,041である、前記[7]に記載の方法。
[9]
薬剤がKCaアクチベーターである、前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[10]
KCaアクチベーターが、DCEBIOまたはSKA-31である、前記[9]に記載の方法。
[11]
薬剤がNMDA型グルタミン酸受容体アゴニストである、前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[12]
NMDA型グルタミン酸受容体アゴニストが、NMDAである、前記[11]に記載の方法。
[13]
薬剤がヒスタミンH3受容体アゴニストである、前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[14]
ヒスタミンH3受容体アゴニストが、イメピップである、前記[13]に記載の方法。
[15]
薬剤がRXRβ2アゴニストである、前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[16]
RXRβ2アゴニストが、AC55649である、前記[15]に記載の方法。
[17]
薬剤が、NECA、CV1808、GW0742、GW7647、S26948、L-165,041、DCEBIO、SKA-31、NMDA、イメピップおよびAC55649から選択される、前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[18]
ROCK阻害剤がY27632である、前記[1]~[17]のいずれかに記載の方法。
[19]
TGF-βI型受容体阻害剤がSB431542である、前記[1]~[18]のいずれかに記載の方法。
[20]
培地がさらに血清を含む、前記[1]~[19]のいずれかに記載の方法。
[21]
細胞を1週間~2ヶ月培養する、前記[1]~[20]のいずれかに記載の方法。
[22]
前記[1]~[21]のいずれかに記載の方法により得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを含む組成物。
[23]
患者の薬剤感受性を調べる方法であって
前記[1]~[21]のいずれかに記載の方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを候補薬剤とインビトロで接触させること
を含む方法。
[24]
癌治療薬のスクリーニング方法であって
前記[1]~[21]のいずれかに記載の方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを候補薬剤とインビトロで接触させること
を含む方法。
[25]
癌スフェロイドの細胞にレポーター遺伝子を導入することをさらに含む、前記[23]または[24]に記載の方法。
[26]
患者由来スフェロイド移植(PDSX)モデルの作製方法であって
前記[1]~[21]のいずれかに記載の方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドを非ヒト動物に移植すること、
を含む方法。
[27]
患者の薬剤感受性を調べる方法であって
前記[26]に記載の方法によりPDSXモデルを作製すること、および
得られたPDSXモデルに候補薬剤を投与すること
を含む方法。
[28]
癌治療薬のスクリーニング方法であって
前記[26]に記載の方法によりPDSXモデルを作製すること、および
得られたPDSXモデルに候補薬剤を投与すること
を含む方法。
[29]
マイクロサテライト不安定性(MSI)の検査方法であって、
前記[1]~[21]のいずれかに記載の方法により癌スフェロイドを製造すること、および
得られた癌スフェロイドまたはこれに由来する癌スフェロイドにおいてMSIステータスまたはミスマッチ修復遺伝子の標的遺伝子の変異を調べること
を含む方法。
[30]
免疫チェックポイント阻害剤の効果予測のための、前記[29]に記載の方法。
[31]
免疫チェックポイント阻害剤が抗PD-1抗体である、前記[30]に記載の方法。
[32]
マイクロサテライトマーカーであるBAT25、BAT26、D5S346、D2S123、およびD17S250の反復回数を調べることを含む、前記[29]~[31]のいずれかに記載の方法。
[33]
ミスマッチ修復遺伝子の標的遺伝子が、TGFBR2、IGF2R、BAX、またはCASP5である、前記[29]~[31]のいずれかに記載の方法。
【0046】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は如何なる意味においてもこれら実施例に限定されない。
【実施例
【0047】
実施例1
患者由来腫瘍始原細胞(patient-derived tumor initiating cell, PD-TIC)スフェロイドの製造
1.方法
大腸癌腫瘍始原細胞(CRC-TIC)および正常結腸上皮細胞のスフェロイド培養
141人の大腸癌(CRC)患者から得た外科標本から、2片の腫瘍(各0.5-4 cm3)および1片の正常粘膜(~4 cm3)を単離し、氷冷洗浄培地(DMEM/F12に、HEPESおよびl-グルタミン (Nacalai)、100単位/ml ペニシリン (Nacalai)、0.1 mg/ml ストレプトマイシン (Nacalai) および10% 仔ウシ血清 (SAFC Biosciences) を添加)中に保存した。組織は術後24時間以内に処理した。1片のCRC標本(0.5-1.0 cm3) または正常粘膜の組織片 (1-2 cm2) を結合組織から分離し、PBSで洗浄し、60 mmペトリディッシュ中でハサミにより刻み細かくした。この組織片を、2 mlのコラゲナーゼ溶液(洗浄培地に0.2% コラゲナーゼタイプI (Thermo Fisher) および 50 μg/ml ゲンタマイシン (Thermo Fisher) を添加)により40-60分間37℃にて消化し、1 mlピペットにて約20分間隔で2-3回ピペッティングし分離させた。次いで、細胞を100-μm セルストレイナー (Corning)でろ過し、回収した。各ウェル当たり約1×104個~5×104個の細胞をMatrigel (Corning)に懸濁し、12ウェルの細胞培養プレート (30 μl/ウェル)の各ウェルの中心に播種した。Matrigelを37℃で重合化した後、CRC標本由来の細胞を癌細胞用培地(Advanced DMEM/F-12 (Thermo Fisher) , 100 単位/ml ペニシリン, 0.1 mg/ml ストレプトマイシン, 2 mM l-グルタミン (Nacalai) , 10 μM Y27632 (R&D) , 10または1 μM SB431542 (R&D) , 5 μg/ml Plasmocin (Invivogen) , および5% FBS (Thermo Fisher))により、正常粘膜由来の細胞をeL-WRN培地(Advanced DMEM/F-12, 100 単位/ml ペニシリン, 0.1 mg/ml ストレプトマイシン, 2 mM l-グルタミン, 50% L-WRNコンディションドメディウム, 10 μM Y27632, 10または1 μM SB431542, 50 ng/ml EGF (Peprotech), 5 μg/ml Plasmocin, および20% FBS)により培養した。L-WRN細胞(College of American Pathologists Consensus Statement 1999. Arch Pathol Lab Med. 2000;124:979-94.)のコンディションドメディウム(L-WRN CM)は文献(Gene. 1991;108:193-9)に記載の方法で調製した。一部の実験では、癌細胞用培地に100 ng/ml bFGF (Peprotech)、50 ng/ml EGF、1 μM NECA (Sigma)、および/またはB27サプリメント (Thrmo Fisher)を添加した。癌スフェロイド培養を1プレート(12ウェルプレートの12ウェル)まで拡張した場合に、スフェロイドの樹立が成功したと判断した。培養終了時の細胞数は1ウェル当たり約5×104個~2×105個であった。得られた癌スフェロイドは各実験まで凍結保存した。以下の実験では、解凍した癌スフェロイドを5回~20回継代した後、トリプシン処理して数個から数十個の細胞を含む細胞塊を作製し、これらを再びMatrigel (Corning)に埋め込んで実験に用いた。スフェロイド株樹立後の培養では、必要最小限の添加物を選択して培養した。
【0048】
スフェロイドからのDNAおよび組織標本の調製
Matrigel中のスフェロイドをCell Recovery Solution (Corning)に懸濁し、1.5 mlチューブに回収した。Matrigelを4℃で30-60分間回転させながら消化した。スフェロイドを200 × gで5分間遠心し、4℃でPBSにて2回洗浄した。DNAをDNeasy Blood & Tissue Kit (Qiagen)を用いて精製した。組織学的解析のため、より大きな細胞凝集体が形成されるように、スフェロイドをトリプシン処理なしで1回または2回継代した。得られたスフェロイドを iPGell (Genostaff)に包埋し、4%パラホルムアルデヒド(PBS中)により4℃で16時間固定した。
【0049】
CRCの組織病理学的分類
ホルマリン固定パラフィン包埋標本を厚さ4 μmで切片化し、H&Eで染色した。原発癌およびスフェロイドの組織学的グレードはWHOのガイドラインおよびCollege of American Pathologistsの推奨に沿って決定した。
【0050】
突然変異多発点の解析
50種類の癌関連遺伝子における突然変異多発点をMacrogen社への委託解析によりIon AmpliSeq Cancer Hotspot Panel v2 (Thermo Fisher)を用いて検出した。シークエンスした遺伝子および変異のリストは製造元のウェブサイト (http://tools.invitrogen.com/downloads/cms_106003.csv)に開示されている。データセットはIntegrative Genomics Viewer software (Broad Institute)を用いて解析した。
【0051】
アレイベースの比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)解析
アレイベースのCGH解析はAgilent SurePrint G3 human CGH マイクロアレイ 1x1M (G4447A, Agilent, Hachioji, Japan) およびGenomic DNA ULS Labeling Kit (#5190-0419, Agilent) を用いて製造元の説明にしたがい行った。ヒトゲノムDNA (G1521およびG1471, Promega, Madison, WI, USA)をレファレンスおよびコントロールとして使用した。アレイスライドはAgilent G2565BA マイクロアレイスキャナー (Agilent) によりスキャンした。
【0052】
スフェロイドのレンチウイルス感染
ホタルルシフェラーゼをコードするcDNAフラグメント(luc2, Promega) を、CAGプロモーターを含むpCXベクターに挿入し、pCX-Luc2を作製した。pCX-Luc2の発現ユニット (CAG-ルシフェラーゼ) をレンチウイルスベクター(pCDH, System Biosciences) に挿入し、pCDH-CAG-Luc2を構築した。レンチウイルス粒子は、文献(Gene. 1991;108:193-9)に記載の方法を一部改変して調製した。具体的には、2×107個の293FT細胞 (Thermo Fisher) を4枚の10 cmディッシュに播種し、一晩培養した。この細胞に、DNA(40 μgのpCDH-CAG-Luc2 プラスミド、26 μgのpsPAX2 パッケージングプラスミド、および14 μgのpMD2.G エンベローププラスミド)を、Lipofectamine 2000 (Thermo Fisher)を用いてトランスフェクトした。トランスフェクションの2日後および3日後にウイルス粒子を回収し、PEG-it Virus-Precipitation Solution (System Biosciences)を用いて沈殿させた。ウイルス粒子を2 mlの洗浄培地に再懸濁し、1.5 mlチューブに分注し (各50 μl)、-80℃で保存した。12ウェル細胞培養プレートの1ウェルで培養したスフェロイドをトリプシン処理し、約半分の細胞を遠心分離(200 × g)により1.5 mlチューブに回収した。10 μg/ml臭化ヘキサジメトリンおよび10 μM Y27632を含む50 μlのウイスル溶液中に細胞を再懸濁し、37℃で6時間インキュベートした。次いで細胞を遠心分離(200 × g)により回収し、60 μlのMatrigelに再懸濁し、12ウェル細胞培養プレートの2つのウェルに播種した。
【0053】
蛍光によるスフェロイドの増殖モニタリング
増殖モニタリングアッセイのため、ルシフェラーゼ発現スフェロイドを12ウェルの細胞培養プレートの2-3個のウェル中で培養した。スフェロイドをトリプシン処理し、40-μm セルストレイナー (Corning)でろ過し、300 μlのMatrigelに再懸濁した。希釈倍率(Matrigelの量を基準とする)は、細胞の増殖速度およびスフェロイドの密度に基づき、4-8倍に調整した。Matrigel中のスフェロイド細胞を、37℃のプレートヒーター上、96ウェル細胞培養プレート(白) (Corning; 3 μl/ウェル) に播種し、100 μl/ウェルの培地中で一晩培養した。スフェロイドを100 μl/ウェルのPBSで洗浄し、50 μlの150 μg/ml ルシフェリンと、フェノールレッドフリーDMEM/F12培地(Nacalai) 中で10分間室温 (20-28℃) でインキュベートした。蛍光は通常の画像装置 (Gel Doc XR+, BioRad)で記録した。この最初の測定の後、各ウェル中のスフェロイドを100 μlのPBSで洗浄し、100 μlの選択した培地中で培養した。蛍光を毎日または3日後に測定した。各ウェルの細胞増殖率は、Day 1のフォトンカウントに対する割合で評価した。化合物スクリーニング実験を除き、いずれの実験も、各データポイントについて4つまたは6つの複製物(同程度の統計的検出力を有する)を解析した。

【0054】
2.結果
患者由来大腸癌スフェロイドの作製
患者由来大腸癌腫瘍始原細胞スフェロイド(PD-CRC-TICスフェロイド)の培養のため、基本培地 (Advanced DMEM/F12) にFBS (5%) とROCK阻害剤(Y27632)およびTGF-βI型受容体阻害剤(SB431542)を添加した癌細胞用培地を調製した。同じ患者由来の正常結腸上皮細胞のスフェロイドは、L-WRNコンディションドメディウムにY27632とSB431542とを添加した「eL-WRN培地」で培養した。141人の大腸癌患者から得た148個のサンプルを培養した。サンプルは、標準的な組織学的基準によれば、病理学的に、低グレード(138/148))、高グレード(5/148)、およびムチン性 (5/148) の腺癌に分類された。癌上皮の組織学的特徴は、原発腫瘍とそのスフェロイドとの間でよく一致していた(図1)。重要な遺伝子変異を特定するため、36個のCRC-TICスフェロイドラインにおいて50個の癌関連遺伝子の配列を調べた(図5)。
【0055】
ルシフェラーゼによるスフェロイドの増殖モニタリング
三次元培養で生存細胞数を測定することは容易ではなく、増殖率の測定が困難であることから、スフェロイド培養における細胞数を正確に測定するため、CAGプロモーターによりルシフェラーゼを発現するベクターを含むレンチウイルスをスフェロイドに感染させた。感染効率が非常に高く、発現が確認された細胞を濃縮する必要がなかったことから、サブクローニングなしで感染後のスフェロイドを2-3回継代し、直接細胞増殖アッセイに用いた。正常スフェロイドラインと癌スフェロイドラインの増殖を、継代後1-4日目まで(Day 1-4)、1日1回モニターした(図2A)。図2Bに示すように、16個のウェルの生物発光レベルにはやや差があり、培養開始時の細胞数の差が反映されていた(変動係数6.5-7.6%)。しかしながら、Day 1のフォトンカウントで較正すると、変動は1.6-3.2%に減少した(図2C)。本方法によれば、高い信頼性でスフェロイドの増殖をモニターすることができる。
【0056】
EGFおよびbFGFによるCRC-TICスフェロイドの増殖刺激
EGFおよびbFGFが上記癌細胞用培地においてスフェロイドの増殖を補助するかを調べるため、野生型RAS/RAF遺伝子を有する4つの増殖の遅いCRC-TICスフェロイド(HC6T、HC9T、HC11T、HC21T)をEGFおよび/またはbFGFとともに培養した。EGF/bFGFが実質的にスフェロイドの増殖を促進したことから(図3A)、次にその効果を蛍光による増殖モニタリングにより定量した。効果の較正のため、GEI(growth effect index)(各ペアード試験における溶媒のみの対照群に対する処置群の相対的増殖率)を導入した。EGFおよびbFGFの両方の添加により、野生型RAS/RAF遺伝子を有する4つ全てのスフェロイドラインで、GEIが2倍以上になった(図3B図6A)。EGFおよびbFGFによる増殖促進の程度は、スフェロイドライン毎に異なっていた。2つのライン(HC6T、HC9T)ではbFGFがEGFより有効であり、1つのライン(HC11T)ではその反対であった(図3B)。もう一つのスフェロイドライン(HC21T)では、bFGFとEGFの効果は同程度であった(図3B)。RASまたはRAF変異を有する3つのスフェロイド(HC2T、HC13T、HC18T)では、EGF/bFGFの増殖抑制効果は限定的であった(EGFおよびbFGFにより< 55%の増殖、図3Cおよび図6C)。EGFおよびbFGFは、正常結腸上皮細胞のスフェロイドの増殖も2倍に増殖した(図3D)。HC6TおよびHC9TではFGF9の染色体領域が増幅しており、このことが正常スフェロイドと比較してこれら癌スフェロイドラインにおけるbFGFのGEIが優れることの理由である可能性がある。
【0057】
化合物ライブラリースクリーニングによる増殖促進物質の同定
スフェロイドの増殖を促進しうる更なる補助因子を同定するため、80種類の薬理学的アゴニストまたはアクチベーターの増殖促進効果を、中程度の増殖率(3日間で3-4倍)を示す3種類のルシフェラーゼ発現CRC-TICスフェロイドライン(HC21T、HC18T、HC25T)において調べた。その結果、スフェロイドの増殖を25%以上刺激する11種類の化合物が同定された(図4A図8)。11種類の化合物は、アデノシン受容体(AR)アゴニスト2種類(NECA, CV1808)、PPARアゴニスト4種類(GW7647, GW0742, S26948, L-165,041)、カルシウム活性化カリウムチャネル(KCa)アクチベーター2種類(DCEBIO, SKA-31)、NMDA型グルタミン酸受容体アゴニスト1種類(NMDA)、ヒスタミンH3受容体アゴニスト1種類(イメピップ)、レチノイン酸受容体(RXR)β2アゴニスト1種類(AC55649)であった(各10 μM)。
【0058】
次いで、GW0742(PPARδアゴニスト)、NECA(非選択的ARアゴニスト)、およびSKA-31(KCa2およびKCa3.1aのアクチベーター)について、タイトレーション実験を行った。NECAが最も強い増殖促進活性を示し(HC18TおよびHC21Tスフェロイドラインにおいて、それぞれEC50 = 63.1 nMおよび195 nM)、他の2つの化合物は10μMで有意な効果を示した(図4B)。別のARアゴニストであるCV1808(2-phenylaminoadenosine)も、NECAよりは弱いが増殖促進効果を示した(図9A)。これらの結果は、ARアゴニスト、なかでもNECAが、CRC-TICスフェロイド培養に適することを示す。NECAへの用量依存的応答は、3回の独立した実験において非常に再現性が高く(図9B)、このスフェロイド培養は薬剤感受性試験における信頼性が高いことが示された。
【0059】
cAMP-PKAシグナル経路を介するNECAによるCRC-TICスフェロイドの増殖刺激
A2Bが結腸上皮に発現する唯一のアデノシン受容体であることから、これら細胞においてNECAはサイクリックAMP(cAMP)-プロテインキナーゼA(PKA)シグナルを刺激していると考えられた。実際、NECAおよびCV1808は、スフェロイドにおいて細胞の平板化およびスフェアサイズの増加を特徴とする形態変化を誘導し、これはフォルスコリン処理スフェロイドにおいて観察される形態変化と類似していた(図4C図9C)。EGFおよびbFGFが増殖刺激に有効でなかった増殖の遅い3つのスフェロイドライン(HC28T, HC32T, HC52T)に対しEGFおよびbFGFに加えてNECAを添加すると、これらスフェロイドラインを安定に維持することができた。そこで、これらスフェロイドラインにレンチウイルスを感染させてルシフェラーゼ遺伝子を発現させ増殖モニタリングを行うと、EGF、bFGFおよびNECAの添加によって増殖が有意に50%以上増加することが確認された(図4D)。これらスフェロイドは、癌細胞用培地のみではほとんど増殖しなかった(増殖率約1.0)(図9D)。これらの結果は、cAMP-PKAおよびMAPK/ERKシグナルの活性化がCRC-TICスフェロイドの増殖を増強することを示す。基本の癌細胞用培地にEGF、bFGFおよびNECAの3種類のさらなる成分を補うことにより、非常に増殖の遅いスフェロイドでも培養することが可能となった。
【0060】
PD-TICスフェロイドの培養条件検討
以上の結果に基づき、正常スフェロイドおよび癌スフェロイドの培養培地を改変した。表1のA~Dの期間は、基本培地のみでは増殖が悪かった場合にEGFおよびbFGFを添加した。SB431542による増殖阻害が10μMで観察される場合があったことから、表1のVの期間にはその濃度を1μMに変更した(図7A)。また、B27サプリメント(Thrmo Fisher)がCRC-TICスフェロイドの増殖を促進したことから(図7B)、表1のEの期間は、PD-CRC-TICの培養開始時にEGF、bFGF、NECA、B27サプリメント(Thrmo Fisher)を添加した。
【0061】
CRC-TICスフェロイドの樹立成功率は、全体で73% (108/148)であった。CRC-TICスフェロイド培養が成功しなかった理由としては、微生物のコンタミネーション(細菌または酵母、4例)、手術前の放射線療法による細胞傷害(2例)、初期継代における不十分な細胞増殖とその後の細胞死(原因不明、34例)が挙げられた。成功率と腫瘍のステージに統計学的な相関はなかった(表2)。上述の培養条件の検討の結果、表1のEの期間においては、CRC-TICスフェロイドの樹立成功率は約90%に達した(表1)。

【表1】

【表2】
【0062】
参考例1 PDSXモデルにおける薬剤感受性試験
(1)PDXモデルおよびPDSXモデルの比較
PDXモデルとPDSXモデルの薬剤感受性試験における有用性を比較するため、89人の大腸癌患者からの外科的切除により得た92例のサンプルからPDXモデルおよびPDSXモデルを作製した。
【0063】
腫瘍サンプルは洗浄培地(DMEM/F12, 10 %ウシ胎児血清, 100 U/ml ペニシリン, および0.1 mg/ml ストレプトマイシン含有)およびPBSでそれぞれ2回洗浄した。腫瘍サンプル中のネクローシスを起こした組織はできる限り除去した。洗浄後、腫瘍サンプルを50-100 mm3のキューブ状の組織片に分け、癌スフェロイドおよびPDXの作製に使用した。
【0064】
P0(founder)のPDXの樹立のため、腫瘍組織片をヌードマウス (BALC/c-nu) または NOD-SCID マウスの側腹にイソフルレン麻酔下で直接移植した。移植した腫瘍を少なくとも1週間に1回キャリパーで計測し、各腫瘍の体積を以下の式で算出した:腫瘍体積 (mm3) = [長さ (mm) × 幅2 (mm2)] / 2 (長さは腫瘍の長い方の軸であり、幅は短い方の軸を意味する)。腫瘍体積が約1000 mm3に達した場合に移植が成功したと判定し、移植後6ヶ月以内に腫瘍塊が目視で確認できなかった場合に不成功と判定した。継代のため、腫瘍を切除し、50-100 mm3のキューブ状の組織片に分け、ヌードマウスに移植して次世代のPDXを作製した。
【0065】
患者由来スフェロイドは、実施例において癌細胞用培地(基本培地 (Advanced DMEM/F12) にFBS (5%)とROCK阻害剤(Y27632)およびTGF-βI型受容体阻害剤(SB431542)とを添加した培地)または癌細胞用培地にさらにEGFおよびbFGFを添加した培地で樹立した21細胞株の凍結保存サンプルを解凍し、樹立時と同じ培地で培養した。
【0066】
PD-CRC-TICスフェロイドを12ウェルの培養プレートで培養し、コンフルエント(1プレート当たり4×105~4×106個)になった時点でPBSで2回洗浄し、Matrigelとともに1.5 mlチューブに移した。スフェロイドの懸濁液の全量をPBSで100 μlに調整し、ヌードマウスの皮下に一匹当たり1×105~9×105個注入した。
【0067】
92例のうち、P0(founder)世代のPDXマウスの作製に成功したのは、92例中56例(61%)であり、PD-CRC-TICスフェロイドの作製に成功したのは92例中68例(74%)であった。
【0068】
PD-CRC-TICスフェロイドからのモデル効率を調べるため、21種のPD-CRC-TICスフェロイドをヌードマウスに皮下注射したところ、18種(86%)で樹立に成功した。一方、PDXマウスのP0(founder)世代からP1世代の作製効率は70%であった。薬剤投与試験を行うためには、十分な統計的検出力のある数のマウス(例えば、各群n = 3-6)を準備する必要がある。そのため、PDXモデルでは、少なくとも2回の段階的な移植作業が必要になる。一方、PDSXモデルでは、インビトロでスフェロイドを増殖させ、一度に十分な数のPDSXマウスを作製することができる。
【0069】
PDXモデルでは、P0(founder)世代の樹立に成功した56例において、P1世代の樹立に成功したのは236サンプル中148サンプル(63%)であった。一方、スフェロイドを注入したマウスのうちPDSXマウスの作製に成功したのは、198/228(87%)であった。また、PDSXモデルでは、PDXモデルと比較して、各マウス間の腫瘍体積のばらつきが少なかった。P1 PDXとPDSXの間の変動係数(coefficients of variation, CV)は、それぞれ0.53および0.29であった。
【0070】
PDXモデルおよびPDSXモデルの薬剤感受性試験における信頼性を評価するため、4人の大腸癌患者由来のサンプルを移植したマウスを作製した。PDXモデルでは、増殖率の相違により94例のうち23例(24%)を異常値として除外した。一方、PDSXモデルで除外されたのは85例中9例(11%)であった。
【0071】
はじめに、BRAFV600E変異を有するCRC患者(HC13T)に由来するPDXモデルおよびPDSXモデルを作製し、薬剤感受性試験を行った(図10A)。
【0072】
PDX (P2-P4)およびPDSXマウスを作製し、腫瘍体積が300-500 mm3に達した時点で薬剤感受性試験に用いた。コントロール群と処置群のマウスはそれぞれn=3-6匹とした。投与開始日をday 1とし、週2回で3週間(day1-22)、各マウスの腫瘍体積および体重を測定した。処置プロトコールは臨床の治療計画を反映するよう設定し、マウスに対する投与量は以下の式により算出した:マウス投与量 (mg/kg) = ヒト投与量 (mg/kg) × 37 (ヒト Km) / 3 (マウス Km) 。FOLFOX様処置では、週1回で3週間、まずオキサリプラチン (12 mg/kg)およびレボホリナートカルシウム (30 mg/kg)を腹腔内投与(i.p.)し、続いて5-フルオロウラシル (55 mg/kg)を投与した。セツキシマブ処置では、週2回で3週間、250 μg/回を腹腔内投与(i.p.)した。これらの投与量は、最大耐性用量より低く、対応する臨床投与量の約80%であった。相対的腫瘍体積は、day 1の腫瘍体積にあわせて調整した。薬剤の効果を評価するため、T/C (Treated/Control)値およびTGI (Tumor Growth Inhibition)値を算出した。T/C値は、非処置群の相対的腫瘍体積に対する処置群の相対的腫瘍体積の割合とした。これは、処置による腫瘍増殖の阻害を示す。T/C値は以下の式により算出した。TGI値も以下の式により算出し、腫瘍増殖の阻害の評価に用いた。

T/C (%) = 相対的腫瘍体積 (処置群) / 相対的腫瘍体積 (コントロール) × 100

TGI (%) = [1 - Δ相対的腫瘍体積 (コントロール) /Δ相対的腫瘍体積 (処置群)] × 100、または
TGI (%) = [1 - Δ相対的腫瘍体積 (コントロール)] × 100 (Δ相対的腫瘍体積 (コントロール) < 0 (腫瘍退縮)の場合)
Δ相対的腫瘍体積 = (day 22の相対的腫瘍体積) - (day 1の相対的腫瘍体積)
【0073】
セツキシマブはPDXモデルおよびPDSXモデルのいずれにおいても効果がなく(T/C; PDXおよびPDSXそれぞれについて、120%および114%)、FOLFOX様療法は腫瘍の増殖を有意に減少させた(T/C; PDXおよびPDSXそれぞれについて、48%および57%)(図10B、C)。PDSXのデータは、対応するPDXのデータと比較して、ばらつきが少なかった(図10B、C)。別の3人の患者の腫瘍でも同様の結果が得られた。全体として、PDSXのデータのCVは、PDXのCVの約半分であった [CV (mean): PDXおよびPDSXそれぞれについて、15および29]。
【0074】
再現性を検討するため、HC13T腫瘍から独立に調製した2セットのPDSX (12および16継代; P12およびP16)およびPDX (P2およびP3世代)により薬剤感受性試験を行った。2セットの腫瘍体積は、PDSX [Spearman r = 0.99, 95%CI: 0.96-0.99]がPDX [Spearman r = 0.87 95%CI: 0.69-0.95]よりも強い相関を示した(図11A-D)。他の2人の患者の腫瘍でも同様の結果が得られ、PDSXモデルは高い再現性を有していた。PDSXモデルは、個々の増殖率の差が少なく、より少ない数(例えば3-4匹)のマウスで薬剤感受性を評価できることが示された。
【0075】
(2)患者の臨床成績を反映したPDSXモデルにおける薬剤感受性
PDSXの薬剤応答を患者の臨床成績と比較する後向き研究を実施した。原発巣の切除後に転移に対する化学療法を受けた7人の患者からPDSXを作製し、各患者の化学療法と一致する9種類の薬剤投与試験を行った。PDSXを用いた9種類の薬剤投与試験のうち8種類(89%)において、対応する臨床成績がよく反映されていた。すなわち、患者において有効であった治療計画(RECISTにより部分奏効(PR)または安定 (SD))は、PDSXにおいても有効であり、有効でなかった治療計画(RECISTにより進行 (PD) )はPDSXにおいても有効でなかった。さらに、PDSXの薬剤投与試験の結果(Treated/Control, T/C)と臨床成績の間に強い相関がみられた(RECISTでのベストレスポンス (BR) (r = 0.70, p = 0.04) および患者における臨床応答の持続期間(DOR) (r = -0.77, p = 0.04))。また、TGI (Tumor Growth Inhibition)と臨床成績の間に強い相関がみられた(BR (r = -0.72, p = 0.03) およびDOR (r = 0.83, p = 0.02))。
【0076】
代表的な患者の結果を図12および13に示す。PDSXモデルに対するFOLFOX様処置では、週1回で3週間、まずオキサリプラチン (12 mg/kg)およびレボホリナートカルシウム (30 mg/kg)を腹腔内投与(i.p.)し、続いて5-フルオロウラシル (55 mg/kg)を投与した。イリノテカン処置では、週1回で3週間、40 mg/kgを腹腔内投与(i.p.)した。FOLFIRI様処置では、週1回で3週間、まずイリノテカン (40 mg/kg) およびレボホリナートカルシウム (30 mg/kg) を腹腔内投与(i.p.)し、続いて5-フルオロウラシル (55 mg/kg)を投与した。セツキシマブ処置では、週2回で3週間、250 μg/回を腹腔内投与(i.p.)した。
【0077】
図12の患者1は、腹膜転移を有する右側大腸癌を患っており、原発巣の外科的切除を受けた。その後、S-1 (5-FUプロドラッグ) + オキサリプラチン (FOLFOX様治療)を受け、4ヶ月間SD (安定)であった 図12A、B)。PDSXにおいて、別のFOLFOX様治療により中程度の応答 (T/C = 50%, TGI = 82%)が得られ、コントロール群と比較して有意差があった(図12C、D)。その後、患者はイリノテカン + セツキシマブの治療を受け、偶発的な膝の骨折により1ヶ月治療を中断したものの、臨床応答の持続期間(DOR)が6ヶ月のSDが得られた (図12A、E)。この中断により、患者の血清CEAレベルは転移性増殖を伴い急速に上昇した。しかしながら、治療再開によりCEAレベルレベルは2ヶ月で急速に減少した (図12A)。PDSXマウスにおいて、同じイリノテカン + セツキシマブの治療により中程度の応答が得られた (T/C = 37%, TGI = 93%) (図12F、G)。このように、いずれの臨床結果も、対応するPDSXの薬剤投与実験において良好に再現された。
【0078】
図13の患者3は、肝転移を有する左側大腸癌を患っていた。はじめに、患者はFOLFOX +パニツムマブ (抗EGFR抗体) の治療を受け、腫瘍体積および血清CEAレベルが激減した。その後、原発巣の切除後、患者は再度FOLFOX+ パニツムマブの治療を受け、PR [DOR; 4ヶ月 (2nd FOLFOX + パニツムマブ)]が得られた (図13A、B)。その後、5ヶ月間の2nd FOLFOX + パニツムマブの治療の後、血清CEAレベルが上昇し始め、この治療に対する耐性が示唆された。そこで、治療をFOLFIRI + ベバシズマブに変更し、これによりSD (DOR; 5ヶ月) が得られた(図13A、B)。PDSXモデルにおいて、腫瘍はFOLFOX + セツキシマブに感受性であり、PR (T/C = 42%, TGI = 122%)が得られた (図13C、D)。一方、PDSXモデルは、FOLFIRI療法には応答しなかった (T/C = 76%, TGI = 50%) (図13C)。このように、FOLFIRIに基づく治療が有効でなかったのは原発巣の癌の特徴によるものであり、これがPDSXデータに反映されていた。
【0079】
PDXモデルは臨床応答の予測力があることが知られている。そこで、PDSXの予測力を評価するため、PDSXに対する薬剤投与試験の結果(T/CおよびTGI)を同じ患者由来の腫瘍由来のPDXに対する試験と比較した。PDSXの結果は、T/C [r = 0.93 (95%CI: 0.63-0.99), p = 0.001]およびTGI [r = 0.93 (95%CI: 0.64-0.99), p < 0.001]のいずれにおいても、PDXの結果と強く一致した。これらの結果は、薬剤感受性の非臨床評価におけるPDSXの信頼性が高いことを示す。
【0080】
個別化医療へのPDXの応用における重要な実用上の問題の一つは、薬剤投与試験に必要な数のPDXマウスの準備に長期間かかる点である。例えば、本発明者らの検討では、P2世代のPDXを作製するまでに5ヶ月以上(正確には、P0(founder)世代の腫瘍を1,000 mm3まで増殖させるのに70日(中央値)、P1世代を同じサイズまで増殖させるのに約50日)かかる。その後、P2世代のPDXを300-500 mm3(薬剤投与試験に適するサイズ)まで増殖させるのに約1ヶ月を要した。一方、約20匹のPDSXマウスの作製にかかったのは2-3ヶ月(原発巣からスフェロイドの樹立に約1ヶ月、マウスへのスフェロイドの注入に必要な数のスフェロイドをまで増殖させるのにさらに1-2週間)であり、その後、PDSXを300-500 mm3まで増殖させるのにかかった期間は約24日であった。よって、PDSX法は、PDX法と比較して正確なだけでなく、担癌マウスの作製に要する時間が短く、患者の状態が悪化する前に薬剤投与試験の結果を臨床現場にフィードバックできる可能性がある。
【0081】
参考例2 マイクロサテライト不安定性の検出
(1)大腸癌におけるスフェロイド由来DNAサンプルを用いたマイクロサテライト不安定性(MSI)の検出およびミスマッチ修復(MMR)タンパク質の免疫組織化学的解析
110人の大腸癌患者の手術標本から、111種の癌細胞スフェロイドラインおよび対応する11種の正常上皮細胞スフェロイドラインを樹立した。1人の患者は重複癌であった。
【0082】
実施例において癌細胞用培地(基本培地 (Advanced DMEM/F12) にFBS (5%)とROCK阻害剤(Y27632)およびTGF-βI型受容体阻害剤(SB431542)とを添加した培地)または癌細胞用培地にEGFおよびbFGFを添加した培地で樹立した94株の癌スフェロイドを、樹立時と同じ癌細胞用培地で培養した。同じ患者由来の正常結腸上皮細胞のスフェロイドは、L-WRNコンディションドメディウムにY27632とSB431542とを添加した「eL-WRN培地」で培養した。それぞれ約2×105~約1×106個のスフェロイド細胞からDNAを抽出した。
【0083】
111人全員について、癌スフェロイドと正常スフェロイドから抽出したDNAサンプルを用いて、PCR産物をAgilent Bioanalyzerチップで解析するオンチップMSIテストを行った。MSIステータスは、BAT25、BAT26、D5S346、D2S123、D17S250の5種類(ベセスダパネル)のマイクロサテライトマーカーを使用して判定した。マイクロサテライト不安定性のない(MSS)患者では、癌細胞と正常細胞のPCR産物のピークパターンが一致し(図14A)、MSI陽性の患者ではピークシフトが確認された(図14B、C)。前記5種類中2種類以上のマーカーでピークシフトが観察された場合にMSI-Hと判定した。前記5種類のうち1種類のみでピークシフトが観察された場合はMSI-Lとし、BAT40およびMYCLの2種類のマーカーを追加で解析した。その結果、この解析により、8人 (7.2%)がMSI-H、30人がMSI-L、73人がMSSと判定された。
【0084】
次に、MSIステータスとMMR欠損との相関を確認するため、111人全ての原発巣について、MMRタンパク質(MLH1、MSH2、MSH6およびPMS2)の免疫組織化学的解析を(IHC)を行った。8人のMMR欠損患者と87人のMMR正常患者が検出された(図14D)。MSIテストとIHCの結果が一致しない1人の患者(HC13T)が検出された。さらに、ホルマリン固定パラフィン包埋スフェロイドサンプルにおいてMMRタンパク質を染色したところ、1人(HC13T)を除き、原発巣とスフェロイドサンプルのIHCの結果は一致した。HC13Tは、スフェロイドサンプルのオンチップMSIテストおよびMMRタンパク質の配列解析ではMMR正常であったが、原発巣サンプルの解析ではMLH1およびPMS2の欠損が検出された。スフェロイドに対するIHCではMLH1およびPMS2が検出されたことから、この相違は原発巣のIHC解析の精度が低いことによるものと考えられる。111人の原発巣サンプルおよびスフェロイドサンプルのオンチップMSIテストおよびIHCの結果から、8人(7.2%)がMSI-Hと判断された(HC4T、HC8T、HC26T、HC49T、HC44T、HC106T、HC114TおよびHC137T)。
【0085】
次に、TGFBR2、BAX、IGF2RおよびCAPSP5のモノヌクレオチド反復配列における変異を配列解析により調べた。スフェロイド由来DNAサンプルは高純度であり、ヘテロ接合性変異を検出することができた(図14E、F)。
【0086】
(2)スフェロイド由来DNAによる高精度なMSI検査
ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織由来DNAサンプルとスフェロイド由来DNAサンプルの質を比較するため、52例のFFPE由来DNAサンプルおよびスフェロイド由来DNAサンプルについてオンチップMSIテストを行った。はじめに、DNAサンプルの質を確認した。スフェロイド由来DNAサンプルの方がFFPE由来DNAサンプルよりもA260/A280中央値が有意に高く (1.8 vs 1.7, p < 0.0001)、濃度中央値も高かった(44 ng/μl vs 30 ng/μl, p = 0.06) (図15A、B)。FFPE由来DNAサンプルを用いてMSI検査を行うと、4人(8.0%)のMSI-Hと、46人のMSI-LおよびMSS (MSI-L: 14例、MSS: 32例)が検出された。一方、スフェロイド由来DNAサンプルの解析では、5人(10%)のMSI-Hと、45人のMSI-LおよびMSSが検出された。
【0087】
全ての遺伝子座において、PCR産物のピークの高さは、スフェロイド由来DNAサンプルの方がFFPE由来DNAサンプルよりも有意に高かった(図15C)。オンチップMSIテスト、MMRタンパク質のIHC、およびMMR欠損標的遺伝子の配列解析の結果を総合すると、スフェロイド由来DNAサンプルおよびFFPE由来DNAサンプルのMSIの感度と特異性はそれぞれ、100%と100%および60%と98%であり、スフェロイド由来DNAサンプルの解析はFFPE由来DNAサンプルの解析よりも高感度であった。
【0088】
DNAサンプルの質をさらに比較するため、配列解析を行った。MMR欠損の標的4遺伝子の配列解析をMSI-H患者のスフェロイド由来DNAサンプルおよびFFPE由来DNAサンプルを用いて行った。スフェロイド由来DNAサンプルの解析で検出されたヘテロ接合性変異が、FFPE由来DNAサンプルでは検出されなかった(図15D)。また、FFPE由来DNAサンプルの解析ではいずれのアレルの変異であるか同定できなかった。スフェロイド由来DNAサンプルにおける各遺伝子のフレームシフト変異の頻度は、TGFBR2が75%、IGFR2が0% 、BAXが0%、CASP5が63%であった。FFPE由来DNAサンプルを用いた場合の全遺伝子の変異頻度は、スフェロイド由来DNAサンプルを用いた場合よりも低かった。これは、正常細胞のDNAのコンタミネーションによると考えられる。図15Eおよび15Fに代表的なシークエンスクロマトグラムを示す。この患者(HC49T)は、スフェロイド由来DNAサンプルの解析において、BAXのG7/G7ホモ接合性変異と判断された(図15E)。一方、FFPE由来DNAサンプルの解析では、正常細胞からの野生型アレルのピークのコンタミネーションが見られ、変異の有無の判断が困難であった(図15F)。スフェロイド由来DNAサンプルを用いることでFFPE由来DNAサンプルよりも高精度なMSI検査が可能であった。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8-1】
図8-2】
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15