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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-12
(45)【発行日】2022-04-20
(54)【発明の名称】フィブロイン様タンパク質の製造法
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/02 20060101AFI20220413BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20220413BHJP
   C12N 1/21 20060101ALI20220413BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20220413BHJP
   C07K 14/435 20060101ALI20220413BHJP
【FI】
C12P21/02 C ZNA
C12N1/00 B
C12N1/21
C12N15/12
C07K14/435
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2017552685
(86)(22)【出願日】2016-11-24
(86)【国際出願番号】 JP2016084760
(87)【国際公開番号】W WO2017090665
(87)【国際公開日】2017-06-01
【審査請求日】2019-11-22
(31)【優先権主張番号】P 2015229987
(32)【優先日】2015-11-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000066
【氏名又は名称】味の素株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】508113022
【氏名又は名称】Spiber株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100549
【弁理士】
【氏名又は名称】川口 嘉之
(74)【代理人】
【識別番号】100126505
【弁理士】
【氏名又は名称】佐貫 伸一
(74)【代理人】
【識別番号】100131392
【弁理士】
【氏名又は名称】丹羽 武司
(74)【代理人】
【識別番号】100169041
【弁理士】
【氏名又は名称】堺 繁嗣
(72)【発明者】
【氏名】中瀬 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼嶋 美範
(72)【発明者】
【氏名】長彦 健
【審査官】小田 浩代
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/165476(WO,A1)
【文献】国際公開第2006/008163(WO,A2)
【文献】特開2013-188141(JP,A)
【文献】特開2013-085531(JP,A)
【文献】特表平02-502065(JP,A)
【文献】SHIMIZU, N. et al.,Fed-Batch Cultures of Recombinant Escherichia coli with Inhibitory Substance Concentration Monitoring,J. Ferment. Technol.,1988年,Vol. 66(2),pp. 187-191
【文献】SHILOACH, J. et al.,Effect of Glucose Supply Strategy on Acetate Accumulation, Growth, and Recombinant Protein Production by Escherichia coli BL21(λDE3) and Escherichia coli JM109,Biotechnology & Bioengineering,1996年,Vol. 49(4),pp. 421-428
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12P 21/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(A)フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子を有するエシェリヒア・コリを培地で培養すること、
(B)フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子の発現誘導を実施すること、および(C)フィブロイン様タンパク質を採取すること、
を含む、フィブロイン様タンパク質の製造法であって、
前記発現誘導前の期間に炭素源制限下で培養が行われることにより、前記発現誘導時の有機酸蓄積が低減されて該発現誘導時の酢酸の培地中での蓄積量が3.3g/L以下となっており、
前記遺伝子がトリプトファンプロモーターの制御下で発現し、
前記炭素源が、糖であり
前記フィブロイン様タンパク質が、下記(A)または(B)に記載のタンパク質であり:
(A)フィブロイン;
(B)フィブロインが有する反復配列と同様の配列を有する繊維状タンパク質
前記フィブロインが有する反復配列と同様の配列が、下記式(I)に示される配列であり:
REP1-REP2 ・・・(I)
前記タンパク質(B)が、前記式(I)に示される配列を2回またはそれ以上の繰り返し数で有し、
各繰り返しにおいて独立に、前記REP1が、アラニン及びグリシンから選択される1またはそれ以上のアミノ酸の連続配列からなる2~20残基のアミノ酸配列であり、
各繰り返しにおいて独立に、前記REP2が、グリシン、セリン、グルタミン、及びアラニンから選択される1またはそれ以上のアミノ酸を含む2~200残基のアミノ酸配列であって、グリシン、セリン、グルタミン、及びアラニンの合計残基数がREP2の総アミノ酸残基数の40%以上であるアミノ酸配列である、方法。
【請求項2】
前記発現誘導が、培地中のトリプトファンの枯渇、培地への3-β-インドールアクリ
ル酸の供給、またはそれらの組み合わせにより実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記発現誘導が、下記(a)または(b)により実施される、請求項1に記載の方法:(a)培地中のトリプトファンの枯渇;
(b)培地中のトリプトファンの枯渇と培地への3-β-インドールアクリル酸の供給の組み合わせ。
【請求項4】
前記トリプトファンの枯渇が、培地中のトリプトファン濃度が50mg/L未満である状態である、請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
前記工程Aが、培地中のトリプトファン濃度が50mg/L以上である培養期A1と、該培養期A1の後の、培地中のトリプトファン濃度が50mg/L未満である培養期A2とを含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記発現誘導時が、前記培養期A1から前記培養期A2に移行する時点である、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記培地が、培養開始時にトリプトファンを50mg/L以上の濃度で含有する、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記培地が、培養開始時に3-β-インドールアクリル酸を含有する、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
培養開始後に前記培地へ3-β-インドールアクリル酸を供給することを含む、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記発現誘導時のOD620が50以上である、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
前記発現誘導前の期間に培地中の炭素源濃度を1.0g/L以下に制限して培養が行われる、請求項1~10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記炭素源がグルコースである、請求項1~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記エシェリヒア・コリが有機酸の生産能が低下するように改変されたことにより、前記発現誘導時の有機酸蓄積がさらに低減された、請求項1~12のいずれか1項に記載の方法であって、
前記改変が、下記(1)および(2)により達成された、方法:
(1)有機酸の生合成経路の酵素をコードする遺伝子の発現を低下させること、または該遺伝子を破壊すること;
(2)ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする遺伝子の発現を増大させること
【請求項14】
前記エシェリヒア・コリがトリプトファン要求性である、請求項1~13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
前記エシェリヒア・コリが、下記(A)または(B)である、請求項1~14のいずれか1項に記載の方法:
(A)有機酸の生産能が低下するように改変されたエシェリヒア・コリであって、前記改変が、下記(1)および(2)により達成された、エシェリヒア・コリ:
(1)有機酸の生合成経路の酵素をコードする遺伝子の発現を低下させること、または該遺伝子を破壊すること;
(2)ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする遺伝子の発現を増大させること
(B)エシェリヒア・コリB株またはその派生株。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エシェリヒア・コリを利用した異種発現によるフィブロイン様タンパク質の製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
フィブロインは、クモの糸やカイコの糸を構成する繊維状タンパク質である。クモの糸は、鋼鉄の4倍という高い強度と炭素繊維やアラミド繊維を凌ぐ高い靱性を有し、且つ、伸縮性や耐熱性も兼ね備える材料である。そのため、その構成成分であるフィブロインまたはそれに準ずる構造を有する繊維状タンパク質(以下、総称して「フィブロイン様タンパク質」ともいう)の大量生産が望まれている。
【0003】
フィブロイン様タンパク質の生産については、エシェリヒア・コリを利用した異種発現の報告がある(特許文献1、2)。
【0004】
エシェリヒア・コリを利用したタンパク質の異種発現において、培地中の酢酸蓄積が、菌体生育の低下およびタンパク質発現量の低下と相関することが知られている(非特許文献1、2)。すなわち、酢酸濃度を一定に制御した連続培養(ケモスタット)にてエシェリヒア・コリにヒト成長ホルモン(hGH)を異種発現させた際に、酢酸濃度が2.4 g/Lの条件下ではhGHの比生産速度が38%程度低下し、酢酸濃度が6.1 g/Lを超えると菌体生育も低下すると報告されている(非特許文献1)。さらに、これら阻害効果は、酸が非解離状態で存在する低pH条件下でより顕著であった(非特許文献1)。また、エシェリヒア・コリにβ-galactosidaseを異種発現させる際に、培地中の酢酸蓄積を確認した際に間欠的にFeedを停止するFed-batch培養により培地中の酢酸濃度を33 mM以下に制御することで、菌体生育及びβ-galactosidase蓄積を増加させることができると報告されている(非特許文献2)。しかしながら、いずれの文献も、タンパク質の発現を誘導する時点での酢酸濃度の影響については言及していない。
【0005】
また、エシェリヒア・コリの培養の際に、グルコース取込み速度を低下させることにより、酢酸蓄積を低減できることが知られている(非特許文献3)。
【0006】
トリプトファンプロモーター(trpプロモーター)は、誘導可能なプロモーターである。trpプロモーターからの遺伝子の発現は、例えば、トリプトファン(Trp)の枯渇または3-β-インドールアクリル酸(IAA)の添加により誘導できることが知られている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】WO2012/165476
【文献】WO2006/008163
【非特許文献】
【0008】
【文献】Bech Jensen, E. and Carlsen, S. Bio technol. Bioeng. 36: 1-11. 1990.
【文献】Shimizu, N., Fukuzono, S., Fujimori, K., Nshimura, N. and Odawara, Y. J. Ferment. Technol., Vol. 66, No. 2, 187-191. 1988.
【文献】Han K, Lim HC, and Hong J. Biotechnol Bioeng. Mar 15; 39(6): 663-71. 1992.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、効率的なフィブロイン様タンパク質の製造法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本願発明者らは、鋭意検討の結果、エシェリヒア・コリを宿主としてトリプトファンプロモーター(trpプロモーター)の制御下でフィブロイン様タンパク質を異種発現する際に、フィブロイン様タンパク質の発現誘導時の有機酸蓄積を低減させることにより、フィブロイン様タンパク質の生産が向上することを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち本発明は、以下のとおり例示できる。
[1]
(A)フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子を有するエシェリヒア・コリを培地で培養すること、
(B)フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子の発現を誘導すること、および
(C)フィブロイン様タンパク質を採取すること、
を含む、フィブロイン様タンパク質の製造法であって、
前記発現誘導時の有機酸蓄積が低減されており、
前記遺伝子がトリプトファンプロモーターの制御下で発現する、方法。
[2]
前記発現誘導が、培地中のトリプトファンの枯渇、培地への3-β-インドールアクリル酸の供給、またはそれらの組み合わせにより実施される、前記方法。
[3]
前記発現誘導が、下記(a)または(b)により実施される、前記方法:
(a)培地中のトリプトファンの枯渇;
(b)培地中のトリプトファンの枯渇と培地への3-β-インドールアクリル酸の供給の組み合わせ。
[4]
前記トリプトファンの枯渇が、培地中のトリプトファン濃度が50mg/L未満である状態である、前記方法。
[5]
前記工程Aが、培地中のトリプトファン濃度が50mg/L以上である培養期A1と、該培養期A1の後の、培地中のトリプトファン濃度が50mg/L未満である培養期A2とを含む、前記方法。
[6]
前記発現誘導時が、前記培養期A1から前記培養期A2に移行する時点である、前記方法。
[7]
前記培地が、培養開始時にトリプトファンを50mg/L以上の濃度で含有する、前記方法。
[8]
前記培地が、培養開始時に3-β-インドールアクリル酸を含有する、前記方法。
[9]
培養開始後に前記培地へ3-β-インドールアクリル酸を供給することを含む、前記方法。
[10]
前記発現誘導時の酢酸の培地中での蓄積量が3.3g/L以下である、前記方法。
[11]
前記発現誘導時のOD620が50以上である、前記方法。
[12]
前記発現誘導前の期間に炭素源制限下で培養が行われることにより、前記発現誘導時の有機酸蓄積が低減された、前記方法。
[13]
前記発現誘導前の期間に培地中の炭素源濃度を1.0g/L以下に制限して培養が行われる、前記方法。
[14]
前記炭素源がグルコースである、前記方法。
[15]
前記エシェリヒア・コリが有機酸の生産能が低下するように改変されたことにより、前記発現誘導時の有機酸蓄積が低減された、前記方法。
[16]
前記エシェリヒア・コリがトリプトファン要求性である、前記方法。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】グルコース濃度の経時変化を示す図。対照条件の結果を●、糖制限条件の結果を△で示す。
図2】トリプトファン濃度の経時変化を示す図。対照条件の結果を●、糖制限条件の結果を△で示す。
図3】酢酸濃度の経時変化を示す図。対照条件の結果を●、糖制限条件の結果を△で示す。
図4】フィブロイン様タンパク質蓄積量の経時変化を示す図。対照条件の結果を●、糖制限条件の結果を△で示す。
図5】グルコース濃度の経時変化を示す図。対照条件の結果を●、糖制限条件の結果を△で示す。
図6】トリプトファン濃度の経時変化を示す図。対照条件の結果を●、糖制限条件の結果を△で示す。
図7】酢酸濃度の経時変化を示す図。対照条件の結果を●、糖制限条件の結果を△で示す。
図8】フィブロイン様タンパク質蓄積量の経時変化を示す図。対照条件の結果を●、糖制限条件の結果を△で示す。
図9】トリプトファン濃度の経時変化を示す図。
図10】フィブロイン様タンパク質蓄積量の経時変化を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
<1>フィブロイン様タンパク質
本発明において、「フィブロイン様タンパク質」とは、フィブロインおよびそれに準ずる構造を有する繊維状タンパク質の総称である。
【0015】
「フィブロイン」とは、クモの糸やカイコの糸を構成する繊維状タンパク質である。すなわち、フィブロインとしては、クモのフィブロインやカイコのフィブロインが挙げられる。クモの種類、カイコの種類、糸の種類は、特に制限されない。クモとしては、ニワオニグモ(Araneus diadematus)やアメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)が挙げられる。クモとしては、他にも、Araneus bicentenarius、Argiope amoena、Argiope aurantia、Argiope trifasciata、Cyrtophora moluccensis、Dolomedes tenebrosus、Euprosthenops australis、Gasteracantha mammosa、Latrodectus geometricus、Latrodectus hesperus、Macrothele holsti、Nephila pilipes、Nephila madagascariensis、Nephila senegalensis、Octonoba varians、Psechrus sinensis、Tetragnatha kauaiensis、Tetragnatha versicolorが挙げられる。クモのフィブロインとしては、大瓶状腺で産生するしおり糸、枠糸、縦糸のタンパク質(大瓶状腺タンパク質)、小瓶状腺で産生する足場糸のタンパク質(小瓶状腺タンパク質)、鞭状腺で産生する横糸のタンパク質(鞭状腺タンパク質)が挙げられる。クモのフィブロインとして、具体的には、例えば、ニワオニグモの大瓶状腺タンパク質ADF3およびADF4や、アメリカジョロウグモの大瓶状腺タンパク質MaSp1およびMaSp2が挙げられる。カイコとしては、家蚕(Bombyx mori)やエリ蚕(Samia cynthia)が挙げられる。これらフィブロインのアミノ酸配列、及びこれらフィブロインをコードする遺伝子(「フィブロイン遺伝子」ともいう)の塩基配列は、例えば、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)等の公用データベースから取得できる。ニワオニグモのADF3(partial;NCBI AAC47010.1 GI:1263287)のアミノ酸配列を配列番号3に示す。
【0016】
「フィブロインに準ずる構造を有する繊維状タンパク質」とは、フィブロインが有する反復配列と同様の配列を有する繊維状タンパク質をいう。「フィブロインが有する反復配列と同様の配列」とは、実際にフィブロインが有する配列であってもよく、それと類似する配列であってもよい。フィブロインに準ずる構造を有する繊維状タンパク質としては、WO2012/165476に記載の大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するポリペプチドや、WO2006/008163に記載の組換えスパイダーシルクタンパク質が挙げられる。また、フィブロインに準ずる構造を有する繊維状タンパク質としては、実施例で用いたフィブロイン様タンパク質や、WO2015/178465で用いたADF3タンパク質も挙げられる。実施例で用いたフィブロイン様タンパク質遺伝子の塩基配列を配列番号1に、同遺伝子がコードするフィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。WO2015/178465で用いたADF3遺伝子の塩基配列を配列番号4に、同遺伝子がコードするADF3タンパク質のアミノ酸配列を配列番号5に示す。なお、配列番号4の12~1994位の塩基配列が、配列番号5に示すアミノ酸配列をコードする。
【0017】
すなわち、「フィブロインが有する反復配列と同様の配列」としては、下記式Iに示される配列(以下、「反復配列I」ともいう)が挙げられる(WO2012/165476):
REP1-REP2 ・・・(I)
【0018】
式I中、REP1は、アラニン及びグリシンから選択される1またはそれ以上のアミノ酸の連続配列からなるアミノ酸配列である。REP1がアラニン及びグリシンの両方を含む場合、アラニン及びグリシンの順番は特に制限されない。例えば、REP1において、アラニンが2残基またはそれ以上連続していてもよく、グリシンが2残基またはそれ以上連続していてもよく、アラニン及びグリシンが交互に並んでいてもよい。REP1の長さは、例えば、2残基以上、3残基以上、4残基以上、または5残基以上であってもよく、20残基以下、16残基以下、13残基以下、12残基以下、または8残基以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。REP1の長さは、例えば、2~20残基、3~16残基、4~13残基、4~12残基、または5~8残基であってよい。REP1は、例えば、クモのフィブロインにおいて、繊維内で結晶βシートを形成する結晶領域に相当する。
【0019】
式I中、REP2は、グリシン、セリン、グルタミン、及びアラニンから選択される1またはそれ以上のアミノ酸を含むアミノ酸配列である。REP2において、グリシン、セリン、グルタミン、及びアラニンの合計残基数は、例えば、REP2の総アミノ酸残基数の40%以上、60%以上、または70%以上であってよい。REP2の長さは、例えば、2残基以上、10残基以上、または20残基以上であってもよく、200残基以下、150残基以下、100残基以下、または75残基以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。REP2の長さは、例えば、2~200残基、10~150残基、20~100残基、または20~75残基であってよい。REP2は、例えば、クモのフィブロインにおいて、柔軟性があり大部分が規則正しい構造を欠いている無定型領域に相当する。
【0020】
反復配列Iの反復回数は、特に制限されない。反復配列Iの反復回数は、例えば、2以上、5以上、または10以上であってもよく、100以下、50以下、または30以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。REP1およびREP2の構成は、いずれも、各反復において同一であってもよく、そうでなくてもよい。
【0021】
フィブロインに準ずる構造を有する繊維状タンパク質は、フィブロインが有する反復配列と同様の配列に加えて、例えば、C末端にクモのフィブロインのC末端付近のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有していてもよい。クモのフィブロインのC末端付近のアミノ酸配列としては、例えば、クモのフィブロインのC末端50残基のアミノ酸配列、C末端50残基からC末端20残基を除去したアミノ酸配列、C末端50残基からC末端29残基を除去したアミノ酸配列が挙げられる。クモのフィブロインのC末端付近のアミノ酸配列として、具体的には、例えば、配列番号3に示すニワオニグモのADF3(partial;NCBI AAC47010.1 GI:1263287)の587~636位(C末端50残基)の配列、587~616位の配列、587~607位の配列が挙げられる。
【0022】
フィブロインが有する反復配列と同様の配列を有し、且つ、C末端にクモのフィブロインのC末端付近のアミノ酸配列と90%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有する繊維状タンパク質として、具体的には、例えば、実施例で用いたフィブロイン様タンパク質(配列番号2)が挙げられる。
【0023】
すなわち、フィブロイン様タンパク質は、例えば、上記データベースや文献に開示されたフィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列、または配列番号2もしくは5のアミノ酸配列を有するタンパク質であってよい。また、フィブロイン様タンパク質は、例えば、それらのアミノ酸配列の一部を有するタンパク質であってもよい。アミノ酸配列の一部としては、フィブロインが有する反復配列と同様の配列を有する部分が挙げられる。アミノ酸配列の一部として、具体的には、例えば、配列番号5の25~610位のアミノ酸配列や53~536位のアミノ酸配列が挙げられる。同様に、フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子(「フィブロイン様タンパク質遺伝子」ともいう)は、例えば、上記データベースや文献に開示されたフィブロイン遺伝子の塩基配列、または配列番号1の塩基配列もしくは配列番号4の12~1994位の塩基配列を有する遺伝子であってよい。また、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、例えば、それらの塩基配列の一部を有する遺伝子であってもよい。塩基配列の一部としては、フィブロインが有する反復配列と同様の配列を有するアミノ酸配列をコードする部分が挙げられる。なお、「(アミノ酸または塩基)配列を有する」という表現は、当該「(アミノ酸または塩基)配列を含む」場合および当該「(アミノ酸または塩基)配列からなる」場合を包含する。
【0024】
フィブロイン様タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記例示したフィブロイン様タンパク質(すなわち、上記例示したフィブロインまたはそれに準ずる構造を有する繊維状タンパク質)のバリアントであってもよい。同様に、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、元の機能が維持されている限り、上記例示したフィブロイン様タンパク質遺伝子(すなわち、上記例示したフィブロインまたはそれに準ずる構造を有する繊維状タンパク質をコードする遺伝子)のバリアントであってもよい。なお、このような元の機能が維持されたバリアントを「保存的バリアント」という場合がある。保存的バリアントとしては、例えば、上記例示したフィブロイン様タンパク質やそれをコードする遺伝子のホモログや人為的な改変体が挙げられる。
【0025】
「元の機能が維持されている」とは、遺伝子やタンパク質のバリアントが、元の遺伝子やタンパク質の機能(活性や性質)に対応する機能(活性や性質)を有することをいう。すなわち、「元の機能が維持されている」とは、フィブロイン様タンパク質にあっては、タンパク質のバリアントが繊維状タンパク質であることをいう。また、「元の機能が維持されている」とは、フィブロイン様タンパク質遺伝子にあっては、遺伝子のバリアントが、元の機能が維持されたタンパク質(すなわち繊維状タンパク質)をコードすることをいう。「繊維状タンパク質」とは、所定の条件下で繊維状の形態を取るタンパク質をいう。すなわち、繊維状タンパク質は、繊維状の形態で発現するタンパク質であってもよく、発現時には繊維状の形態ではないが繊維状の形態に加工可能なタンパク質であってもよい。繊維状タンパク質は、例えば、封入体として発現し、その後、適当な手法により繊維状の形態に加工可能なタンパク質であってもよい。タンパク質を繊維状の形態に加工する手法としては、例えば、WO2012/165476に記載の方法が挙げられる。
【0026】
フィブロイン様タンパク質のホモログとしては、例えば、上記フィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列を問い合わせ配列として用いたBLAST検索やFASTA検索によって公開データベースから取得されるタンパク質が挙げられる。また、上記フィブロイン様タンパク質遺伝子のホモログは、例えば、各種生物の染色体を鋳型にして、上記フィブロイン様タンパク質遺伝子の塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとして用いたPCRにより取得することができる。
【0027】
以下、フィブロイン様タンパク質およびフィブロイン様タンパク質遺伝子の保存的バリアントについて例示する。
【0028】
フィブロイン様タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記フィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列において、1若しくは数個の位置での1若しくは数個のアミノ酸が置換、欠失、挿入、および/または付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。なお上記「1若しくは数個」とは、アミノ酸残基のタンパク質の立体構造における位置や種類によっても異なるが、具体的には、例えば、1~50個、1~40個、1~30個、好ましくは1~20個、より好ましくは1~10個、さらに好ましくは1~5個、特に好ましくは1~3個を意味する。
【0029】
上記の1若しくは数個のアミノ酸の置換、欠失、挿入、および/または付加は、タンパク質の機能が正常に維持される保存的変異である。保存的変異の代表的なものは、保存的置換である。保存的置換とは、置換部位が芳香族アミノ酸である場合には、Phe、Trp、Tyr間で、置換部位が疎水性アミノ酸である場合には、Leu、Ile、Val間で、極性アミノ酸である場合には、Gln、Asn間で、塩基性アミノ酸である場合には、Lys、Arg、His間で、酸性アミノ酸である場合には、Asp、Glu間で、ヒドロキシル基を持つアミノ酸である場合には、Ser、Thr間でお互いに置換する変異である。保存的置換とみなされる置換としては、具体的には、AlaからSer又はThrへの置換、ArgからGln、His又はLysへの置換、AsnからGlu、Gln、Lys、His又はAspへの置換、AspからAsn、Glu又はGlnへの置換、CysからSer又はAlaへの置換、GlnからAsn、Glu、Lys、His、Asp又はArgへの置換、GluからGly、Asn、Gln、Lys又はAspへの置換、GlyからProへの置換、HisからAsn、Lys、Gln、Arg又はTyrへの置換、IleからLeu、Met、Val又はPheへの置換、LeuからIle、Met、Val又はPheへの置換、LysからAsn、Glu、Gln、His又はArgへの置換、MetからIle、Leu、Val又はPheへの置換、PheからTrp、Tyr、Met、Ile又はLeuへの置換、SerからThr又はAlaへの置換、ThrからSer又はAlaへの置換、TrpからPhe又はTyrへの置換、TyrからHis、Phe又はTrpへの置換、及び、ValからMet、Ile又はLeuへの置換が挙げられる。また、上記のようなアミノ酸の置換、欠失、挿入、および/または付加等には、タンパク質が由来する生物の個体差、種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant又はvariant)によって生じるものも含まれる。
【0030】
また、フィブロイン様タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記フィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列全体に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するアミノ酸配列を有するタンパク質であってもよい。尚、本明細書において、「相同性」(homology)は、「同一性」(identity)を指すことがある。
【0031】
また、フィブロイン様タンパク質は、元の機能が維持されている限り、上記フィブロイン様タンパク質遺伝子の塩基配列から調製され得るプローブ、例えば同塩基配列の全体または一部に対する相補配列、とストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAにコードされるタンパク質であってもよい。そのようなプローブは、例えば、同塩基配列に基づいて作製したオリゴヌクレオチドをプライマーとし、同塩基配列を含むDNA断片を鋳型とするPCRによって作製することができる。「ストリンジェントな条件」とは、いわゆる特異的なハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッドが形成されない条件をいう。一例を示せば、相同性が高いDNA同士、例えば80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するDNA同士がハイブリダイズし、それより相同性が低いDNA同士がハイブリダイズしない条件、あるいは通常のサザンハイブリダイゼーションの洗いの条件である60℃、1×SSC、0.1% SDS、好ましくは60℃、0.1×SSC、0.1% SDS、より好ましくは68℃、0.1×SSC、0.1% SDSに相当する塩濃度および温度で、1回、好ましくは2~3回洗浄する条件を挙げることができる。また、例えば、プローブとして、300 bp程度の長さのDNA断片を用いる場合には、ハイブリダイゼーションの洗いの条件としては、50℃、2×SSC、0.1% SDSが挙げられる。
【0032】
また、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。すなわち、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、コドンの縮重による上記例示したフィブロイン様タンパク質遺伝子のバリアントであってもよい。例えば、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。
【0033】
2つの配列間の配列同一性のパーセンテージは、例えば、数学的アルゴリズムを用いて決定できる。このような数学的アルゴリズムとしては、特に限定されないが、Myers and Miller (1988) CABIOS 4:11-17のアルゴリズム、Smith et al (1981) Adv. Appl. Math. 2:482の局所ホモロジーアルゴリズム、Needleman and Wunsch (1970) J. Mol. Biol. 48:443-453のホモロジーアライメントアルゴリズム、 Pearson and Lipman (1988) Proc. Natl. Acad. Sci. 85:2444-2448の類似性を検索する方法、Karlin and Altschul (1990) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 87:2264のアルゴリズムを改良したKarlin and Altschul (1993) Proc. Natl. Acad. Sci. USA 90:5873-5877のアルゴリズムが挙げられる。
【0034】
これらの数学的アルゴリズムに基づくプログラムを利用して、配列同一性を決定するための配列比較(アラインメント)を行うことができる。プログラムは、適宜、コンピュータにより実行することができる。このようなプログラムとしては、特に限定されないが、PC/GeneプログラムのCLUSTAL(Intelligenetics, Mountain View, Calif.から入手可能)、ALIGNプログラム(Version 2.0)、並びにWisconsin Genetics Software Package, Version 8(Genetics Computer Group (GCG), 575 Science Drive, Madison, Wis., USAから入手可能)のGAP、BESTFIT、BLAST、FASTA、及びTFASTAが挙げられる。これらのプログラムを用いたアライメントは、例えば、初期パラメーターを用いて行うことができる。CLUSTALプログラムについては、Higgins et al. (1988) Gene 73:237-244、Higgins et al. (1989) CABIOS 5:151-153、Corpet et al. (1988) Nucleic Acids Res. 16:10881-90、Huang et al. (1992) CABIOS 8:155-65、及びPearson et al. (1994) Meth. Mol. Biol. 24:307-331によく記載されている。
【0035】
対象のタンパク質をコードするヌクレオチド配列と相同性があるヌクレオチド配列を得るために、具体的には、例えば、BLASTヌクレオチド検索を、BLASTNプログラム、スコア=100、ワード長=12にて行うことができる。対象のタンパク質と相同性があるアミノ酸配列を得るために、具体的には、例えば、BLASTタンパク質検索を、BLASTXプログラム、スコア=50、ワード長=3にて行うことができる。BLASTヌクレオチド検索やBLASTタンパク質検索については、http://www.ncbi.nlm.nih.govを参照されたい。また、比較を目的としてギャップを加えたアライメントを得るために、Gapped BLAST(BLAST 2.0)を利用できる。また、PSI-BLAST(BLAST 2.0)を、配列間の離間した関係を検出する反復検索を行うのに利用できる。Gapped BLASTおよびPSI-BLASTについては、Altschul et al. (1997) Nucleic Acids Res. 25:3389を参照されたい。BLAST、Gapped BLAST、またはPSI-BLASTを利用する場合、例えば、各プログラム(例えば、ヌクレオチド配列に対してBLASTN、アミノ酸配列に対してBLASTX)の初期パラメーターが用いられ得る。アライメントは、手動にて行われてもよい。
【0036】
2つの配列間の配列同一性は、2つの配列を最大一致となるように整列したときに2つの配列間で一致する残基の比率として算出される。
【0037】
フィブロイン様タンパク質は、他のペプチドとの融合タンパク質であってもよい。「他のペプチド」は、所望の性状のフィブロイン様タンパク質が得られる限り、特に制限されない。「他のペプチド」は、その利用目的等の諸条件に応じて適宜選択できる。「他のペプチド」としては、ペプチドタグやプロテアーゼの認識配列が挙げられる。「他のペプチド」は、例えば、フィブロイン様タンパク質のN末端、若しくはC末端、またはその両方に連結されてよい。「他のペプチド」としては、1種のペプチドを用いてもよく、2種またはそれ以上のペプチドを組み合わせて用いてもよい。
【0038】
ペプチドタグとして、具体的には、Hisタグ、FLAGタグ、GSTタグ、Mycタグ、MBP(maltose binding protein)、CBP(cellulose binding protein)、TRX(Thioredoxin)、GFP(green fluorescent protein)、HRP(horseradish peroxidase)、ALP(Alkaline Phosphatase)、抗体のFc領域が挙げられる。ペプチドタグは、例えば、発現したフィブロイン様タンパク質の検出や精製に利用できる。
【0039】
プロテアーゼの認識配列として、具体的には、HRV3Cプロテアーゼ認識配列、Factor Xaプロテアーゼ認識配列、proTEVプロテアーゼ認識配列が挙げられる。プロテアーゼの認識配列は、例えば、発現したフィブロイン様タンパク質の切断に利用できる。具体的には、例えば、フィブロイン様タンパク質をペプチドタグとの融合タンパク質として発現させる場合、フィブロイン様タンパク質とペプチドタグの連結部にプロテアーゼの認識配列を導入することにより、発現したフィブロイン様タンパク質からプロテアーゼを利用してペプチドタグを切断し、ペプチドタグを有さないフィブロイン様タンパク質を得ることができる。
【0040】
そのような融合タンパク質として、具体的には、N末端にHisタグとHRV3Cプロテアーゼ認識配列が付加されたニワオニグモのADF3(配列番号5)が挙げられる。
【0041】
フィブロイン様タンパク質遺伝子は、上記例示したフィブロイン様タンパク質遺伝子またはその保存的バリアントの塩基配列において、任意のコドンをそれと等価のコドンに置換したものであってもよい。例えば、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変されてよい。
【0042】
<2>本発明の細菌
本発明の細菌は、フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子(フィブロイン様タンパク質遺伝子)を有するエシェリヒア・コリである。
【0043】
本発明の細菌は、フィブロイン様タンパク質遺伝子を有することにより、フィブロイン様タンパク質の生産能を有する。「本発明の細菌がフィブロイン様タンパク質の生産能を有する」とは、例えば、本発明の細菌を培地で培養した際に、フィブロイン様タンパク質を生成し、回収できる程度に培地中および/または菌体内に蓄積することをいう。
【0044】
エシェリヒア・コリとしては、特に制限されないが、微生物学の専門家に知られている分類によりエシェリヒア・コリに分類されている細菌が挙げられる。エシェリヒア・コリとして、具体的には、例えば、W3110株(ATCC 27325)やMG1655株(ATCC 47076)等のエシェリヒア・コリK-12株;エシェリヒア・コリK5株(ATCC 23506);BL21(DE3)株、そのrecA-株であるBLR(DE3)株、Rosetta(DE3)株等のエシェリヒア・コリB株;およびそれらの派生株が挙げられる。
【0045】
これらの菌株は、例えば、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション(住所12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852 P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)より分譲を受けることが出来る。すなわち各菌株に対応する登録番号が付与されており、この登録番号を利用して分譲を受けることが出来る(http://www.atcc.org/参照)。各菌株に対応する登録番号は、アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクションのカタログに記載されている。また、BL21(DE3)株は、例えば、ライフテクノロジーズ社より入手可能である(製品番号C6000-03)。また、BLR(DE3)株は、例えば、メルクミリポア社より入手可能である(製品番号 69053)。また、Rosetta(DE3)株は、例えば、ノバジェン社より入手可能である。
【0046】
本発明の細菌は、栄養要求性株であってもよい。栄養要求性株は、1種類の栄養要求性を有していてもよく、2またはそれ以上の種類の栄養要求性を有していてもよい。栄養要求性としては、イソロイシン要求性やトリプトファン要求性等のアミノ酸要求性や核酸要求性が挙げられる。例えば、エシェリヒア・コリBLR(DE3)株は、イソロイシン要求性を有する(Schmidt M, Romer L, Strehle M, Scheibel T, Biotechnol Lett 2007, 29(11):1741-1744.)。また、例えば、trpEDCBA等のトリプトファン生合成系遺伝子から選択される1またはそれ以上の遺伝子を破壊(欠損等)することにより、エシェリヒア・コリにトリプトファン要求性を付与することができる。具体的には、例えば、trpEDCBAオペロン全体を欠損させることにより、エシェリヒア・コリにトリプトファン要求性を付与することができる。
【0047】
また、本発明の細菌は、recA遺伝子が破壊(欠損等)されていてもよい。
【0048】
フィブロイン様タンパク質遺伝子を有するエシェリヒア・コリは、上記のようなエシェリヒア・コリ株に、同遺伝子を導入することにより取得できる。以下、フィブロイン様タンパク質遺伝子が導入されるおよび導入されたエシェリヒア・コリ株を総称して「宿主」ともいう。
【0049】
フィブロイン様タンパク質遺伝子は、フィブロイン様タンパク質遺伝子を有する生物からのクローニングにより取得できる。クローニングには、同遺伝子を含むゲノムDNAやcDNA等の核酸を利用できる。また、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、化学合成によっても取得できる(Gene, 60(1), 115-127 (1987))。
【0050】
また、取得したフィブロイン様タンパク質遺伝子を適宜改変してそのバリアントを取得することもできる。遺伝子の改変は公知の手法により行うことができる。例えば、部位特異的変異法により、DNAの目的部位に目的の変異を導入することができる。すなわち、例えば、部位特異的変異法により、コードされるタンパク質の特定の部位のアミノ酸残基が置換、欠失、挿入または付加を含むように、遺伝子のコード領域を改変することができる。部位特異的変異法としては、PCRを用いる方法(Higuchi, R., 61, in PCR technology, Erlich, H. A. Eds., Stockton press (1989);Carter, P., Meth. in Enzymol., 154, 382 (1987))や、ファージを用いる方法(Kramer,W. and Frits, H. J., Meth. in Enzymol., 154, 350 (1987);Kunkel, T. A. et al., Meth. in Enzymol., 154, 367 (1987))が挙げられる。
【0051】
フィブロイン様タンパク質遺伝子を宿主に導入する手法は特に制限されない。宿主において、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、トリプトファンプロモーター(trpプロモーター)の制御下で発現するように保持される。宿主において、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、プラスミド、コスミド、ファージミドのように染色体外で自律複製するベクター上に存在していてもよく、染色体上に導入されていてもよい。宿主は、フィブロイン様タンパク質遺伝子を1コピーのみ有していてもよく、2またはそれ以上のコピーで有していてもよい。宿主は、1種類のフィブロイン様タンパク質遺伝子のみを有していてもよく、2またはそれ以上の種類のフィブロイン様タンパク質遺伝子を有していてもよい。
【0052】
「フィブロイン様タンパク質遺伝子がtrpプロモーターの制御下で発現する」とは、フィブロイン様タンパク質遺伝子がtrpプロモーターから直接発現する場合(直接発現)に限られず、trpプロモーターからの他の遺伝子(フィブロイン様タンパク質遺伝子以外の遺伝子)の発現を経由してフィブロイン様タンパク質遺伝子の発現が間接的に誘導される場合(間接発現)も包含する。直接発現の場合、例えば、trpプロモーターの下流にフィブロイン様タンパク質遺伝子を接続し、trpプロモーターからの同遺伝子の発現を誘導することにより、同遺伝子をtrpプロモーターから直接発現することができる。間接発現の場合、例えば、trpプロモーターから直接発現する他の遺伝子の産物(転写産物や翻訳産物)を介して、他のプロモーター(trpプロモーター以外のプロモーター)からのフィブロイン様タンパク質遺伝子の発現を間接的に誘導することができる。例えば、T3プロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、SP6プロモーターからの遺伝子の転写は、それぞれ、ファージ由来のT3 RNAポリメラーゼ、T5 RNAポリメラーゼ、T7 RNAポリメラーゼ、SP6 RNAポリメラーゼにより行われる。よって、例えば、フィブロイン様タンパク質遺伝子をT3プロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、またはSP6プロモーターの下流に接続し、対応するRNAポリメラーゼをtrpプロモーターから誘導発現することにより、フィブロイン様タンパク質遺伝子の発現を間接的に誘導することができる。
【0053】
trpプロモーターとしては、トリプトファンオペロンのプロモーターが挙げられる。トリプトファンオペロンとしては、エシェリヒア・コリ等のエシェリヒア属細菌のtrpEDCBAオペロンが挙げられる。エシェリヒア・コリK-12 MG1655株のtrpプロモーターの塩基配列を配列番号6に示す。すなわち、trpプロモーターは、例えば、上記例示したtrpプロモーターの塩基配列(例えば配列番号6の塩基配列)を有するプロモーターであってよい。また、trpプロモーターは、上記例示したtrpプロモーター(例えば配列番号6の塩基配列を有するプロモーター)の保存的バリアントであってもよい。すなわち、例えば、上記例示したtrpプロモーターは、そのまま、あるいは適宜改変して用いることができる。「trpプロモーター」という用語は、上記例示したtrpプロモーターに加えて、それらの保存的バリアントを包含するものとする。trpプロモーターの保存的バリアントについては、上述したフィブロイン様タンパク質遺伝子の保存的バリアントに関する記載を準用できる。例えば、trpプロモーターは、元の機能が維持されている限り、配列番号6の塩基配列に対して、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、さらに好ましくは97%以上、特に好ましくは99%以上の相同性を有するDNAであってもよい。なお、trpプロモーターについての「元の機能」とは、その直下流に接続された遺伝子を、培地中のトリプトファン(Trp)の枯渇、培地中の3-β-インドールアクリル酸(IAA)の存在、またはそれらの組み合わせに応答して誘導発現する機能をいう。trpプロモーターの機能は、培地中のトリプトファンの枯渇、培地へのIAAの供給、またはそれらの組み合わせによる、遺伝子の誘導発現を確認することにより、確認することができる。遺伝子の誘導発現は、例えば、レポーター遺伝子を用いて確認することができる。同様に、trpプロモーターとT3プロモーター等の他のプロモーターを併用する場合、それら他のプロモーターも、そのまま、あるいは適宜改変して用いることができる。
【0054】
遺伝子の下流には、転写終結用のターミネーターを配置することができる。ターミネーターは、本発明の細菌において機能するものであれば特に制限されない。ターミネーターは、宿主由来のターミネーターであってもよく、異種由来のターミネーターであってもよい。ターミネーターは、フィブロイン様タンパク質遺伝子の固有のターミネーターであってもよく、他の遺伝子のターミネーターであってもよい。ターミネーターとして、具体的には、例えば、T7ターミネーター、T4ターミネーター、fdファージターミネーター、tetターミネーター、およびtrpAターミネーターが挙げられる。
【0055】
フィブロイン様タンパク質遺伝子は、例えば、同遺伝子を含むベクターを用いて宿主に導入することができる。フィブロイン様タンパク質遺伝子を含むベクターを、フィブロイン様タンパク質遺伝子の組換えDNAともいう。フィブロイン様タンパク質遺伝子の組換えDNAは、例えば、フィブロイン様タンパク質遺伝子を含むDNA断片を宿主で機能するベクターと連結することにより、構築することができる。フィブロイン様タンパク質遺伝子の組換えDNAで宿主を形質転換することにより、同組換えDNAが導入された形質転換体が得られる、すなわち、同遺伝子を宿主に導入することができる。ベクターとしては、宿主の細胞内において自律複製可能なベクターを用いることができる。ベクターは、マルチコピーベクターであるのが好ましい。また、ベクターは、形質転換体を選択するために、抗生物質耐性遺伝子などのマーカーを有することが好ましい。また、ベクターは、挿入された遺伝子を発現するためのプロモーターやターミネーターを備えていてもよい。ベクターは、例えば、細菌プラスミド由来のベクター、酵母プラスミド由来のベクター、バクテリオファージ由来のベクター、コスミド、またはファージミド等であってよい。エシェリヒア・コリにおいて自律複製可能なベクターとして、具体的には、例えば、pUC19、pUC18、pHSG299、pHSG399、pHSG398、pBR322、pSTV29(いずれもタカラバイオ社より入手可)、pACYC184、pMW219(ニッポンジーン社)、pTrc99A(ファルマシア社)、pPROK系ベクター(クロンテック社)、pKK233‐2(クロンテック社)、pET系ベクター(ノバジェン社)、pQE系ベクター(キアゲン社)、pCold TF DNA(TaKaRa)、pACYC系ベクター、広宿主域ベクターRSF1010が挙げられる。組換えDNAの構築の際には、例えば、フィブロイン様タンパク質のコード領域をtrpプロモーター等のプロモーターの下流に結合してからベクターに組み込んでもよく、ベクター上にもともと備わっているtrpプロモーター等のプロモーターの下流にフィブロイン様タンパク質のコード領域を組み込んでもよい。
【0056】
各種微生物において利用可能なベクター、プロモーター、ターミネーターに関しては、例えば「微生物学基礎講座8 遺伝子工学、共立出版、1987年」に詳細に記載されており、それらを利用することが可能である。
【0057】
また、フィブロイン様タンパク質遺伝子は、例えば、宿主の染色体上へ導入することができる。染色体への遺伝子の導入は、例えば、相同組み換えを利用して行うことができる(MillerI, J. H. Experiments in Molecular Genetics, 1972, Cold Spring Harbor Laboratory)。相同組み換えを利用する遺伝子導入法としては、例えば、Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))等の直鎖状DNAを用いる方法、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法、ファージを用いたtransduction法が挙げられる。遺伝子は、1コピーのみ導入されてもよく、2コピーまたはそれ以上導入されてもよい。例えば、染色体上に多数のコピーが存在する配列を標的として相同組み換えを行うことで、染色体へ遺伝子の多数のコピーを導入することができる。染色体上に多数のコピーが存在する配列としては、反復DNA配列(repetitive DNA)、トランスポゾンの両端に存在するインバーテッド・リピートが挙げられる。また、本発明の実施に不要な遺伝子等の染色体上の適当な配列を標的として相同組み換えを行ってもよい。また、遺伝子は、トランスポゾンやMini-Muを用いて染色体上にランダムに導入することもできる(特開平2-109985号公報、US5,882,888、EP805867B1)。染色体への遺伝子の導入の際には、例えば、フィブロイン様タンパク質のコード領域をtrpプロモーター等のプロモーターの下流に結合してから染色体に組み込んでもよく、染色体上にもともと存在するtrpプロモーター等のプロモーターの下流にフィブロイン様タンパク質のコード領域を組み込んでもよい。
【0058】
染色体上に遺伝子が導入されたことは、例えば、同遺伝子の全部又は一部と相補的な塩基配列を有するプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション、または同遺伝子の塩基配列に基づいて作成したプライマーを用いたPCRによって確認できる。
【0059】
2またはそれ以上の遺伝子を導入する場合、各遺伝子が、発現可能に本発明の細菌に保持されていればよい。例えば、各遺伝子は、全てが単一の発現ベクター上に保持されていてもよく、全てが染色体上に保持されていてもよい。また、各遺伝子は、複数の発現ベクター上に別々に保持されていてもよく、単一または複数の発現ベクター上と染色体上とに別々に保持されていてもよい。また、trpプロモーターの制御下でのフィブロイン様タンパク質遺伝子の誘導発現というコンセプトを損なわない限り、2またはそれ以上の遺伝子でオペロンを構成して導入してもよい。「2またはそれ以上の遺伝子を導入する場合」としては、例えば、2またはそれ以上の種類のフィブロイン様タンパク質遺伝子を導入する場合、フィブロイン様タンパク質遺伝子とその発現を間接的に誘導するためのRNAポリメラーゼをコードする遺伝子を導入する場合、フィブロイン様タンパク質遺伝子とtrpリプレッサー遺伝子を導入する場合、およびそれらの組み合わせが挙げられる。
【0060】
形質転換法は特に限定されず、従来知られた方法を用いることができる。形質転換法としては、例えば、エシェリヒア・コリ K-12について報告されているような、受容菌細胞を塩化カルシウムで処理してDNAの透過性を増す方法(Mandel, M. and Higa, A.,J. Mol. Biol. 1970, 53, 159-162)、バチルス・ズブチリスについて報告されているような、増殖段階の細胞からコンピテントセルを調製してDNAを導入する方法(Duncan, C. H., Wilson, G. A. and Young, F. E.., 1997. Gene 1: 153-167)などが挙げられる。また、形質転換法としては、バチルス・ズブチリス、放線菌類及び酵母について知られているような、DNA受容菌の細胞を、組換えDNAを容易に取り込むプロトプラストまたはスフェロプラストの状態にして組換えDNAをDNA受容菌に導入する方法(Chang, S.and Choen, S.N., 1979. Mol. Gen. Genet. 168: 111-115; Bibb, M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A. 1978. Nature 274: 398-400; Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R. 1978. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 75: 1929-1933)も応用できる。また、形質転換法としては、コリネ型細菌について報告されているような、電気パルス法(特開平2-207791号公報)を利用することもできる。
【0061】
trpプロモーターからの遺伝子の誘導発現は、発現非誘導条件における発現抑制と、発現誘導条件における当該発現抑制の解除との切り替えにより達成される。当該発現抑制は、トリプトファンリプレッサー(trpリプレッサー)によって担われる。具体的には、trpリプレッサーはトリプトファンと結合して活性型となり、trpプロモーター中のオペレーター部位に結合して、trpプロモーターからの遺伝子発現を抑制することが知られている。よって、本発明の細菌は、trpリプレッサーをコードする遺伝子(trpリプレッサー遺伝子)を有する。「trpリプレッサー遺伝子を有する」ことを、「trpリプレッサーを有する」ともいう。本発明の細菌は、本来的にtrpリプレッサー遺伝子を有するものであってもよく、trpリプレッサー遺伝子を有するように改変されたものであってもよい。また、本発明の細菌には、本発明の細菌が本来的に有するtrpリプレッサー遺伝子に加えて、あるいは代えて、適当なtrpリプレッサー遺伝子が導入されていてもよい。導入されるtrpリプレッサー遺伝子は、trpプロモーターからの遺伝子の誘導発現を達成できるものであれば特に制限されない。
【0062】
trpリプレッサーとしては、trpR遺伝子にコードされるTrpRタンパク質が挙げられる。trpR遺伝子としては、エシェリヒア・コリ等のエシェリヒア属細菌のtrpR遺伝子が挙げられる。エシェリヒア・コリK-12 MG1655株のtrpR遺伝子の塩基配列およびそれにコードされるTrpRタンパク質のアミノ酸配列を、それぞれ配列番号8および9に示す。すなわち、trpリプレッサー遺伝子は、例えば、上記例示したtrpR遺伝子の塩基配列(例えば配列番号8の塩基配列)を有する遺伝子であってよい。また、trpリプレッサーは、例えば、上記例示したTrpRタンパク質のアミノ酸配列(例えば配列番号9のアミノ酸配列)を有するタンパク質であってよい。trpリプレッサー遺伝子は、上記例示したtrpリプレッサー遺伝子(例えば配列番号8の塩基配列を有する遺伝子)の保存的バリアントであってもよい。また、trpリプレッサーは、上記例示したtrpリプレッサー(例えば配列番号9のアミノ酸配列を有するタンパク質)の保存的バリアントであってもよい。「trpR遺伝子」という用語は、上記例示したtrpR遺伝子に加えて、それらの保存的バリアントを包含するものとする。また、「TrpRタンパク質」という用語は、上記例示したTrpRタンパク質に加えて、それらの保存的バリアントを包含するものとする。trpリプレッサー遺伝子およびtrpリプレッサーの保存的バリアントについては、上述したフィブロイン様タンパク質遺伝子およびフィブロイン様タンパク質の保存的バリアントに関する記載を準用できる。なお、trpリプレッサーについての「元の機能」とは、trpプロモーターからの遺伝子の誘導発現に上述したように関与する機能をいい、具体的には、trpプロモーターの発現誘導の条件が満たされていない条件においてtrpプロモーターからの遺伝子の発現を抑制する機能であってよい。「trpプロモーターの発現誘導の条件が満たされていない条件」としては、培地中のTrpが枯渇していない条件や培地にIAAが含有されていない条件が挙げられる。trpリプレッサーの機能は、培地中のトリプトファンの枯渇、培地へのIAAの供給、またはそれらの組み合わせによる、trpプロモーターからの遺伝子の誘導発現を確認することにより、確認することができる。
【0063】
trpリプレッサー遺伝子の導入は、例えば、上述したフィブロイン様タンパク質遺伝子の導入と同様に行うことができる。trpリプレッサー遺伝子を発現させるためのプロモーターは、宿主において機能するものであって、且つtrpプロモーターの制御下でのフィブロイン様タンパク質遺伝子の誘導発現というコンセプトを損なわないものであれば、特に制限されない。trpリプレッサー遺伝子を発現させるためのプロモーターは、誘導可能なものであってもよく、構成的(constitutive)なものであってもよい。中でも、例えばコストの観点から、構成的(constitutive)なプロモーターが好ましい場合があり得る。trpリプレッサー遺伝子を発現させるためのプロモーターは、宿主由来のプロモーターであってもよく、異種由来のプロモーターであってもよい。trpリプレッサー遺伝子を発現させるためのプロモーターは、trpリプレッサー遺伝子の固有のプロモーターであってもよく、他の遺伝子のプロモーターであってもよい。trpリプレッサー遺伝子を発現させるためのプロモーターは、通常、trpプロモーター以外のプロモーターから選択できる。エシェリヒア・コリで機能するプロモーターとしては、blaプロモーター、lacプロモーター、trcプロモーター、tacプロモーター、araBADプロモーター、tetAプロモーター、rhaPBADプロモーター、proUプロモーター、cspAプロモーター、λPLプロモーター、λPRプロモーター、phoAプロモーター、pstSプロモーター、T3プロモーター、T5プロモーター、T7プロモーター、SP6プロモーターが挙げられる。
【0064】
本発明の細菌は、さらに、有機酸の生産能が低下するように改変されていてもよい。2またはそれ以上の改変がなされる場合、その順番は特に制限されない。すなわち、例えば、フィブロイン様タンパク質遺伝子が導入されたエシェリヒア・コリを有機酸の生産能が低下するようにさらに改変してもよいし、有機酸の生産能が低下するように改変されたエシェリヒア・コリにフィブロイン様タンパク質遺伝子を導入してもよい。
【0065】
「有機酸の生産能が低下する」とは、例えば、有機酸を副生する一般的な培養条件で本発明の細菌を培養した際の有機酸の培地中での蓄積量が、同条件で対照株を培養した際の有機酸の培地中での蓄積量と比較して低いことをいい、有機酸が培地中にまったく蓄積しない場合も含む。「有機酸を副生する一般的な培養条件」としては、培養系への炭素源の供給速度が、培養系中の本発明の細菌による炭素源の消費速度と比較して高い条件、すなわち、言い換えると、十分量の炭素源存在下で培養を行う条件、が挙げられる。十分量の炭素源存在下で培養を行う場合、培養系中の炭素源濃度は高く維持される。よって、「十分量の炭素源存在下で培養を行う」とは、培地中の炭素源濃度が所定の濃度以上となるように培養を行うことであってよい。培養は、回分培養、流加培養、連続培養、またはそれらの組み合わせにより実施されてよい。「十分量の炭素源存在下で培養を行う条件」としては、例えば、培地中のグルコース濃度が、培養開始時から発現誘導の直前まで常に所定の濃度以上となるように培養を行う条件が挙げられる。「発現誘導の直前」とは、例えば、発現誘導の1時間前から発現誘導までのいずれかの時点であってよい。「所定の濃度以上」とは、例えば、0.5g/L以上、1.0g/L以上、2.0g/L以上、3.0g/L以上、5.0g/L以上、または10.0g/L以上であってよい。「有機酸を副生する一般的な培養条件」として、具体的には、例えば、実施例に記載の対照条件等の、十分量のグルコースを含有する液体培地を用いて好気的に回分培養を行う条件が挙げられる。対照株としては、野性株や親株等の非改変株が挙げられる。有機酸としては、例えば、酢酸、クエン酸、コハク酸、ギ酸、ピルビン酸が挙げられる。本発明の細菌においては、1種の有機酸の生産能が低下してもよく、2種またはそれ以上の有機酸の生産能が低下してもよい。これらの中では、少なくとも酢酸の生産能が低下するのが好ましい。
【0066】
有機酸の生産能が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により達成できる。すなわち、野性株や親株等の非改変株を突然変異処理に供し、有機酸の生産能が低下した株を選抜することができる。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
【0067】
有機酸の生産能が低下するような改変は、例えば、有機酸の生合成経路の酵素の活性を低下させること(具体的には、有機酸の生合成経路の酵素の活性を非改変株と比較して低下させること)により達成できる。例えば、酢酸の生合成経路の酵素としては、酢酸キナーゼ、リン酸トランスアセチラーゼ、ピルビン酸-ギ酸リアーゼ、ピルビン酸オキシダーゼ、アセチルCo-Aシンセターゼが挙げられる。各種エシェリヒア・コリ株のこれら酵素のアミノ酸配列、及びこれら酵素をコードする遺伝子の塩基配列は、例えば、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)等の公用データベースから取得できる。本発明の細菌においては、有機酸の生合成経路の酵素から選択される1種の酵素の活性が低下してもよく、2種またはそれ以上の酵素の活性が低下してもよい。
【0068】
また、例えば、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を増強すること(具体的には、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性を非改変株と比較して増強すること)によっても、酢酸の生産能を低下させることができる。ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼ活性は、例えば、ホスホエノールピルビン酸カルボキシラーゼをコードする遺伝子の発現を増大させることにより、増強することができる。遺伝子の発現を増強する方法としては、遺伝子のコピー数を増加させることや、遺伝子の転写や翻訳を増大させることが挙げられる。遺伝子のコピー数の増加は、宿主の染色体へ同遺伝子を導入することにより達成できる。また、遺伝子のコピー数の増加は、同遺伝子を含むベクターを宿主に導入することによっても達成できる。遺伝子の導入は、例えば、上述したフィブロイン様タンパク質遺伝子やtrpリプレッサー遺伝子の導入と同様に行うことができる。遺伝子の転写や翻訳の増大は、プロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、およびRBSと開始コドンとの間のスペーサー領域等の、発現調節配列の改変により達成できる。
【0069】
以下、各種酵素等のタンパク質の活性を低下させる手法について説明する。
【0070】
「タンパク質の活性が低下する」とは、同タンパク質の活性が非改変株と比較して低下することを意味する。「タンパク質の活性が低下する」とは、具体的には、同タンパク質の細胞当たりの活性が非改変株と比較して減少していることを意味してよい。ここでいう「非改変株」とは、標的のタンパク質の活性が低下するように改変されていない対照株を意味する。非改変株としては、野生株や親株が挙げられる。非改変株として、具体的には、エシェリヒア・コリの説明において例示した菌株も挙げられる。一態様において、タンパク質の活性は、エシェリヒア・コリK-12 MG1655と比較して低下してもよい。なお、「タンパク質の活性が低下する」ことには、同タンパク質の活性が完全に消失している場合も含まれる。「タンパク質の活性が低下する」とは、より具体的には、非改変株と比較して、同タンパク質の細胞当たりの分子数が低下していること、および/または、同タンパク質の分子当たりの機能が低下していることを意味してよい。すなわち、「タンパク質の活性が低下する」という場合の「活性」とは、タンパク質の触媒活性に限られず、タンパク質をコードする遺伝子の転写量(mRNA量)または翻訳量(タンパク質の量)を意味してもよい。なお、「タンパク質の細胞当たりの分子数が低下している」ことには、同タンパク質が全く存在していない場合も含まれる。また、「タンパク質の分子当たりの機能が低下している」ことには、同タンパク質の分子当たりの機能が完全に消失している場合も含まれる。タンパク質の活性の低下の程度は、タンパク質の活性が非改変株と比較して低下していれば特に制限されないが、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0071】
タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子の発現を低下させることにより達成できる。「遺伝子の発現が低下する」とは、同遺伝子の発現が非改変株と比較して低下することを意味する。「遺伝子の発現が低下する」とは、具体的には、同遺伝子の細胞当たりの発現量が野生株や親株等の非改変株と比較して減少することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」とは、より具体的には、遺伝子の転写量(mRNA量)が低下すること、および/または、遺伝子の翻訳量(タンパク質の量)が低下することを意味してよい。「遺伝子の発現が低下する」ことには、同遺伝子が全く発現していない場合も含まれる。なお、「遺伝子の発現が低下する」ことを、「遺伝子の発現が弱化される」ともいう。遺伝子の発現は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0072】
遺伝子の発現の低下は、例えば、転写効率の低下によるものであってもよく、翻訳効率の低下によるものであってもよく、それらの組み合わせによるものであってもよい。遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のプロモーター、シャインダルガノ(SD)配列(リボソーム結合部位(RBS)ともいう)、RBSと開始コドンとの間のスペーサー領域等の発現調節配列を改変することにより達成できる。発現調節配列を改変する場合には、発現調節配列は、好ましくは1塩基以上、より好ましくは2塩基以上、特に好ましくは3塩基以上が改変される。また、発現調節配列の一部または全部を欠失させてもよい。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、発現制御に関わる因子を操作することによっても達成できる。発現制御に関わる因子としては、転写や翻訳制御に関わる低分子(誘導物質、阻害物質など)、タンパク質(転写因子など)、核酸(siRNAなど)等が挙げられる。また、遺伝子の発現の低下は、例えば、遺伝子のコード領域に遺伝子の発現が低下するような変異を導入することによっても達成できる。例えば、遺伝子のコード領域のコドンを、宿主においてより低頻度で利用される同義コドンに置き換えることによって、遺伝子の発現を低下させることができる。また、例えば、後述するような遺伝子の破壊により、遺伝子の発現自体が低下し得る。
【0073】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、同タンパク質をコードする遺伝子を破壊することにより達成できる。「遺伝子が破壊される」とは、正常に機能するタンパク質を産生しないように同遺伝子が改変されることを意味する。「正常に機能するタンパク質を産生しない」ことには、同遺伝子からタンパク質が全く産生されない場合や、同遺伝子から分子当たりの機能(活性や性質)が低下又は消失したタンパク質が産生される場合が含まれる。
【0074】
遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域の一部又は全部を欠損させることにより達成できる。さらには、染色体上の遺伝子の前後の配列を含めて、遺伝子全体を欠失させてもよい。タンパク質の活性の低下が達成できる限り、欠失させる領域は、N末端領域、内部領域、C末端領域等のいずれの領域であってもよい。通常、欠失させる領域は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、欠失させる領域の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。
【0075】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域にアミノ酸置換(ミスセンス変異)を導入すること、終止コドンを導入すること(ナンセンス変異)、あるいは1~2塩基を付加または欠失するフレームシフト変異を導入すること等によっても達成できる(Journal of Biological Chemistry 272: 8611-8617 (1997), Proceedings of the National Academy of Sciences, USA 95 5511-5515 (1998), Journal of Biological Chemistry 26 116, 20833-20839 (1991))。
【0076】
また、遺伝子の破壊は、例えば、染色体上の遺伝子のコード領域に他の配列を挿入することによっても達成できる。挿入部位は遺伝子のいずれの領域であってもよいが、挿入する配列は長い方が確実に遺伝子を不活化することができる。また、挿入部位の前後の配列は、リーディングフレームが一致しないことが好ましい。他の配列としては、コードされるタンパク質の活性を低下又は消失させるものであれば特に制限されないが、例えば、抗生物質耐性遺伝子等のマーカー遺伝子や目的物質の生産に有用な遺伝子が挙げられる。
【0077】
染色体上の遺伝子を上記のように改変することは、例えば、正常に機能するタンパク質を産生しないように改変した欠失型遺伝子を作製し、該欠失型遺伝子を含む組換えDNAで宿主を形質転換して、欠失型遺伝子と染色体上の野生型遺伝子とで相同組換えを起こさせることにより、染色体上の野生型遺伝子を欠失型遺伝子に置換することによって達成できる。その際、組換えDNAには、宿主の栄養要求性等の形質にしたがって、マーカー遺伝子を含ませておくと操作がしやすい。欠失型遺伝子としては、遺伝子の全領域あるいは一部の領域を欠失した遺伝子、ミスセンス変異を導入した遺伝子、ナンセンス変異を導入した遺伝子、フレームシフト変異を導入した遺伝子、トランスポゾンやマーカー遺伝子等の挿入配列を導入した遺伝子が挙げられる。欠失型遺伝子によってコードされるタンパク質は、生成したとしても、野生型タンパク質とは異なる立体構造を有し、機能が低下又は消失する。このような相同組換えを利用した遺伝子置換による遺伝子破壊は既に確立しており、「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97: 6640-6645 (2000))、Redドリブンインテグレーション法とλファージ由来の切り出しシステム(Cho, E. H., Gumport, R. I., Gardner, J. F. J. Bacteriol. 184: 5200-5203 (2002))とを組み合わせた方法(WO2005/010175号参照)等の直鎖状DNAを用いる方法や、温度感受性複製起点を含むプラスミドを用いる方法、接合伝達可能なプラスミドを用いる方法、宿主内で機能する複製起点を持たないスイサイドベクターを用いる方法などがある(米国特許第6303383号、特開平05-007491号)。
【0078】
また、タンパク質の活性が低下するような改変は、例えば、突然変異処理により行ってもよい。突然変異処理としては、X線の照射、紫外線の照射、ならびにN-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(MNNG)、エチルメタンスルフォネート(EMS)、およびメチルメタンスルフォネート(MMS)等の変異剤による処理が挙げられる。
【0079】
なお、タンパク質が複数のサブユニットからなる複合体として機能する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、それら複数のサブユニットの全てを改変してもよく、一部のみを改変してもよい。すなわち、例えば、それらのサブユニットをコードする複数の遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。また、タンパク質に複数のアイソザイムが存在する場合、結果としてタンパク質の活性が低下する限り、複数のアイソザイムの全ての活性を低下させてもよく、一部のみの活性を低下させてもよい。すなわち、例えば、それらのアイソザイムをコードする複数の遺伝子の全てを破壊等してもよく、一部のみを破壊等してもよい。
【0080】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質の活性を測定することで確認できる。
【0081】
タンパク質の活性が低下したことは、同タンパク質をコードする遺伝子の発現が低下したことを確認することによっても、確認できる。遺伝子の発現が低下したことは、同遺伝子の転写量が低下したことを確認することや、同遺伝子から発現するタンパク質の量が低下したことを確認することにより確認できる。
【0082】
遺伝子の転写量が低下したことの確認は、同遺伝子から転写されるmRNAの量を非改変株と比較することによって行うことが出来る。mRNAの量を評価する方法としては、ノーザンハイブリダイゼーション、RT-PCR等が挙げられる(Molecular cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。mRNAの量は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0083】
タンパク質の量が低下したことの確認は、抗体を用いてウェスタンブロットによって行うことが出来る(Molecular cloning(Cold Spring Harbor Laboratory Press, Cold Spring Harbor (USA), 2001))。タンパク質の量は、例えば、非改変株の、50%以下、20%以下、10%以下、5%以下、または0%に低下してよい。
【0084】
遺伝子が破壊されたことは、破壊に用いた手段に応じて、同遺伝子の一部または全部の塩基配列、制限酵素地図、または全長等を決定することで確認できる。
【0085】
<3>本発明の方法
本発明の方法は、(A)フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子を有するエシェリヒア・コリ(本発明の細菌)を培地で培養すること、(B)フィブロイン様タンパク質をコードする遺伝子の発現を誘導すること、および(C)フィブロイン様タンパク質を採取することを含む、フィブロイン様タンパク質の製造法であって、前記発現誘導時の有機酸蓄積が低減されており、前記遺伝子がtrpプロモーターの制御下で発現する方法である。上記工程A、B、Cを、それぞれ、「培養工程」、「発現誘導工程」、「回収工程」ともいう。
【0086】
すなわち、まず、本発明の細菌の培養を開始する。培養開始後、適当なタイミングでフィブロイン様タンパク質遺伝子の発現を誘導する。発現誘導後、培養をさらに継続し、フィブロイン様タンパク質を培地中および/または菌体内に生成蓄積させる。本発明において、「発現誘導時」とは、当該発現誘導を実施する時点、すなわち、フィブロイン様タンパク質遺伝子の発現を誘導する時点、を意味する。また、培養開始から当該発現誘導までの期間を「発現誘導前の期間」、当該発現誘導から培養終了までの期間を「発現誘導後の期間」ともいう。
【0087】
発現誘導により、フィブロイン様タンパク質遺伝子の発現量が通常時と比較して上昇する。発現誘導により、フィブロイン様タンパク質遺伝子の発現量は、通常時の少なくとも2倍以上、好ましくは3倍以上、さらに好ましくは4倍以上に上昇されてよい。なお、「フィブロイン様タンパク質遺伝子の発現量が通常時と比較して上昇する」ことには、通常時に全く発現していなかったフィブロイン様タンパク質遺伝子が発現する場合も含まれる。「通常時」とは、誘導可能でないプロモーターの制御下でフィブロイン様タンパク質遺伝子を発現する条件、あるいは、trpプロモーターの発現誘導の条件が満たされていない条件を意味する。「誘導可能でないプロモーターの制御下でフィブロイン様タンパク質遺伝子を発現する条件」としては、フィブロイン様タンパク質遺伝子を、当該遺伝子の本来のプロモーターであって誘導可能でないものの制御下で発現する条件が挙げられる。「trpプロモーターの発現誘導の条件が満たされていない条件」としては、培地中のTrpが枯渇していない条件や培地にIAAが含有されていない条件が挙げられる。
【0088】
培養条件は、発現誘導前の期間に本発明の細菌が増殖でき、発現誘導時の有機酸蓄積が低減され、且つ、発現誘導後の期間にフィブロイン様タンパク質が生成蓄積する限り、特に制限されない。なお、発現誘導後の期間においては、本発明の細菌は増殖してもよく、しなくてもよい。培養条件は、発現誘導前の期間と発現誘導後の期間において同一であってもよく、同一でなくてもよい。培養条件は、有機酸蓄積を低減する手法の種類等の諸条件に応じて当業者が適宜設定することができる。
【0089】
「発現誘導前の期間」の長さ、すなわち発現誘導のタイミングは、培養条件等の諸条件に応じて適宜設定することができる。発現誘導は、例えば、培養開始0時間後以降、1時間後以降、2時間後以降、または3時間後以降の時点で実施してもよく、培養開始240時間後まで、200時間後まで、160時間後まで、120時間後まで、または80時間後までの時点で実施してもよく、それらの組み合わせの時点で実施してもよい。また、発現誘導は、例えば、培養液のOD620(Optical Density at 620 nm)が所定の範囲となった時点で実施してよい。発現誘導時のOD620は、例えば、50以上、100以上、150以上、180以上、または200以上であってもよく、500以下、400以下、300以下、または200以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。発現誘導時のOD620は、具体的には、例えば、50~500、50~400、50~300、または50~200であってもよい。「発現誘導後の期間」の長さは、培養条件等の諸条件に応じて適宜設定することができる。発現誘導後の培養時間は、例えば、1時間以上、4時間以上、または8時間以上であってもよく、240時間以下、200時間以下、160時間以下、120時間以下、または80時間以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。
【0090】
発現誘導の手段は、trpプロモーターの制御下でのフィブロイン様タンパク質遺伝子の発現を誘導できる限り、特に制限されない。発現誘導は、例えば、培地中のトリプトファン(Trp)の枯渇、培地への3-β-インドールアクリル酸(IAA)の供給、またはそれらの組み合わせにより実施することができる。発現誘導は、好ましくは、少なくとも培地中のTrpの枯渇により(すなわち、例えば、培地中のTrpの枯渇により、あるいは培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより)実施されてよい。例えば、培地中のTrpの枯渇により発現誘導を実施し、培地へのIAAの供給により発現をさらに増強してもよい。培地中のTrpの枯渇により発現誘導を実施する場合、培地中のTrpが枯渇した時点(Trp枯渇時)を「発現誘導時」とみなしてよい。また、培地へのIAAの供給により発現誘導を実施する場合、培地へIAAを供給した時点(IAA供給時)を「発現誘導時」とみなしてよい。また、培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより発現誘導を実施する場合、Trp枯渇時またはIAA供給時を「発現誘導時」とみなしてもよく、好ましくは、それらのいずれか遅い方を「発現誘導時」とみなしてもよい。複数の条件の組み合わせにより発現誘導を実施する場合、それらの条件の全てが培養開始後に達成されることにより発現誘導が実施されてもよく、それらの条件の少なくとも1つが培養開始後に達成されることにより発現誘導が実施されてもよい。すなわち、培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより発現誘導を実施する場合、培養開始時にはいずれの条件も達成されておらず、且つ培養開始後に両条件が達成されてもよいし、培養開始時に片方の条件が達成されており、且つ培養開始後にもう一方の条件が達成されてもよい。すなわち、後者の場合、例えば、培地にIAAが含有された状態で培養を開始し、培養開始後に培地中のTrpが枯渇することにより発現誘導が実施されてもよいし、培地中のTrpが枯渇した状態で培養を開始し、培養開始後に培地へIAAを供給することにより発現誘導が実施されてもよい。
【0091】
「培地中のTrpの枯渇」とは、培地中のTrp濃度が所定の濃度未満である状態をいう。培地中のTrp濃度についての「所定の濃度」は、発現誘導を実施できる限り、特に制限されない。すなわち、培地中のTrp濃度についての「所定の濃度」は、例えば、培地中のTrpの枯渇により、あるいは培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより、発現誘導を実施できる濃度であってよい。培地中のTrp濃度についての「所定の濃度」は、具体的には、例えば、50mg/L、40mg/L、30mg/L、20mg/L、10mg/L、または0(ゼロ)であってよい。すなわち、「培地中のTrpの枯渇」とは、具体的には、例えば、培地中のTrp濃度が、50mg/L未満、40mg/L未満、30mg/L未満、20mg/L未満、10mg/L未満、または0(ゼロ)である状態であってよい。
【0092】
培養開始後に培地中のTrpを枯渇させることができる。すなわち、「培地中のTrpの枯渇」とは、具体的には、培地中のTrp濃度が所定の濃度以上から所定の濃度未満に低下することであってよい。所定の濃度については上述した通りである。すなわち、培養工程(工程A)は、培地中のTrp濃度が所定の濃度(例えば50mg/L)以上である培養期A1と、該培養期A1の後の、培地中のTrp濃度が所定の濃度(例えば50mg/L)未満である培養期A2とを含んでいてよい。この場合、前記培養期A1から前記培養期A2に移行する時点を「発現誘導時」とみなしてよい。また、培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせによりtrpプロモーターからの遺伝子の発現を誘導する場合、前記培養期A1から前記培養期A2に移行する時点またはIAA供給時を「発現誘導時」とみなしてもよく、好ましくは、それらのいずれか遅い方を「発現誘導時」とみなしてもよい。培地中のTrpを枯渇させる手段は特に制限されない。例えば、本発明の細菌によって培地中のTrpが消費されることにより、培地中のTrp濃度を低下させることができ、培地中のTrpを枯渇させることができる。培地中のTrp濃度は、培養開始からTrp枯渇時までの期間の全期間(例えば発現誘導前の期間の全期間)において所定の濃度以上であってもよく、そうでなくてもよい。Trpは、培養開始時に培地に含有されていてもよく、そうでなくてもよい。すなわち、Trpは、例えば、培養開始時に所定の濃度以上の濃度で培地に含有されていてもよく、そうでなくてもよい。Trpは、好ましくは、培養開始時に所定の濃度以上の濃度で培地に含有されていてよい。Trpが培養開始時に所定の濃度以上の濃度で培地に含有されていない場合は、培養開始後に所定の濃度以上の濃度となるようにTrpを培地に供給することができる。また、いずれの場合にも、適宜、培地にTrpを追加的に供給してよい。Trpを培地に供給する手段は特に制限されない。例えば、Trpを含有する流加培地を培地に流加することにより、Trpを培地に供給することができる。Trpは、1回または複数回供給されてもよく、連続的に供給されてもよい。Trpの使用態様(例えば、培養開始時の培地中のTrp濃度、および培養開始後の培地へのTrp供給量とTrp供給タイミング)は、発現誘導を実施できる限り特に制限されない。すなわち、Trpの使用態様は、例えば、培養開始後の適当なタイミングで培地中のTrpが枯渇するように適宜設定することができる。Trpは、例えば、培地中のTrp濃度が発現誘導時まで所定の濃度以上に維持されるのに適切な濃度で培養開始時に培地に含有されていてもよく、培地中のTrp濃度が発現誘導時まで所定の濃度以上に維持されるのに適切な流加速度で培養開始後に培地に流加されてもよい。また、Trpの使用態様は、例えば、本発明の細菌のトリプトファン要求性の有無等の諸条件に応じて適宜設定できる。培養開始時の培地中のTrp濃度は、例えば、所定の濃度(例えば50mg/L)以上であってもよく、5000mg/L以下、4000mg/L以下、または3000mg/L以下であってもよく、それらの組み合わせであってもよい。培養開始時の培地中のTrp濃度は、具体的には、例えば、50mg/L~5000mg/Lであってもよい。培地中のTrp濃度は、Trp枯渇後の全期間(例えば発現誘導後の期間の全期間)において所定の濃度未満であってもよく、そうでなくてもよい。培地中のTrp濃度は、好ましくは、フィブロイン様タンパク質の生産を継続させる期間中、所定の濃度未満に維持されてよい。
【0093】
また、発現誘導の態様によっては、培地中のTrpが枯渇した状態で培養を開始し、培地中のTrpが枯渇した状態が継続してもよい。例えば、培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより発現誘導を実施する場合、培養開始後に培地中のTrpが枯渇してもよいし、培地中のTrpが枯渇した状態で培養を開始し、培地中のTrpが枯渇した状態が継続してもよい。培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより発現誘導を実施する場合も、好ましくは、上述したように培養開始後に培地中のTrpを枯渇させてよい。
【0094】
培養開始後にIAAを培地に供給することができる。IAAを培地に供給する手段は特に制限されない。例えば、IAAを含有する流加培地を培地に流加することにより、IAAを培地に供給することができる。IAAは、1回または複数回供給されてもよく、連続的に供給されてもよい。IAAの供給量は、発現誘導を実施できる限り、特に制限されない。すなわち、IAAの供給量は、例えば、培地へのIAAの供給により、あるいは培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより、発現誘導を実施できる量であってよい。IAAの供給量は、例えば、培地中のIAA濃度がtrpプロモーターの誘導に通常用いられる濃度となる量であってよい。IAAの供給量は、具体的には、例えば、培地中のIAA濃度が10mg/L~80mg/Lとなる量であってもよい。
【0095】
また、発現誘導の態様によっては、培養開始時にIAAが培地に既に供給されて(すなわち培養開始時にIAAが培地に含有されて)いてもよい。すなわち、発現誘導の態様によっては、IAAは、例えば、培養開始時に上記例示した濃度で培地に含有されていてもよい。例えば、培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより発現誘導を実施する場合、培養開始後にIAAを培地に供給してもよいし、培養開始時にIAAが培地に含有されていてもよい。すなわち、培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより発現誘導を実施する場合、IAAは、例えば、培養開始時に上記例示した濃度で培地に含有されていてもよく、培養開始後に上記例示した濃度となるように培地に供給されてもよい。いずれの場合にも、適宜、培地にIAAを追加的に供給してよい。
【0096】
培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給との組み合わせにより発現誘導を実施する場合、培地中のTrpの枯渇と培地へのIAAの供給の順番は特に制限されない。すなわち、培地へIAAを供給するタイミングは、培地中のTrpが枯渇するタイミングの、前でも、同時でも、後でもよい。
【0097】
培地としては、例えば、エシェリヒア・コリ等の細菌の培養に用いられる通常の培地を、そのまま、あるいは適宜改変して、用いることができる。培地としては、例えば、炭素源、窒素源、リン酸源、硫黄源、その他の各種有機成分や無機成分から選択される成分を必要に応じて含有する液体培地を用いることができる。培地成分の種類や濃度は、当業者が適宜設定してよい。
【0098】
炭素源として、具体的には、例えば、グルコース、フルクトース、スクロース、ラクトース、ガラクトース、キシロース、アラビノース、廃糖蜜、澱粉加水分解物、バイオマスの加水分解物等の糖類、酢酸、フマル酸、クエン酸、コハク酸、リンゴ酸等の有機酸類、グリセロール、粗グリセロール、エタノール等のアルコール類、脂肪酸類が挙げられる。炭素源としては、1種の炭素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の炭素源を組み合わせて用いてもよい。これらの中では、有機酸類以外の炭素源が好ましく、糖類がより好ましく、グルコースが特に好ましい。例えば、全炭素源中のグルコースの比率が、50%(w/w)以上、70%(w/w)以上、90%(w/w)以上、95%(w/w)以上、または100%(w/w)であってよい。
【0099】
窒素源として、具体的には、例えば、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム等のアンモニウム塩、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆タンパク質分解物等の有機窒素源、アンモニア、ウレアが挙げられる。窒素源としては、1種の窒素源を用いてもよく、2種またはそれ以上の窒素源を組み合わせて用いてもよい。
【0100】
リン酸源として、具体的には、例えば、リン酸2水素カリウム、リン酸水素2カリウム等のリン酸塩、ピロリン酸等のリン酸ポリマーが挙げられる。リン酸源としては、1種のリン酸源を用いてもよく、2種またはそれ以上のリン酸源を組み合わせて用いてもよい。
【0101】
硫黄源として、具体的には、例えば、硫酸塩、チオ硫酸塩、亜硫酸塩等の無機硫黄化合物、システイン、シスチン、グルタチオン等の含硫アミノ酸が挙げられる。硫黄源としては、1種の硫黄源を用いてもよく、2種またはそれ以上の硫黄源を組み合わせて用いてもよい。
【0102】
その他の各種有機成分や無機成分として、具体的には、例えば、塩化ナトリウム、塩化カリウム等の無機塩類;鉄、マンガン、マグネシウム、カルシウム等の微量金属類;ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ニコチン酸、ニコチン酸アミド、ビタミンB12等のビタミン類;アミノ酸類;核酸類;これらを含有するペプトン、カザミノ酸、酵母エキス、大豆タンパク質分解物等の有機成分が挙げられる。その他の各種有機成分や無機成分としては、1種の成分を用いてもよく、2種またはそれ以上の成分を組み合わせて用いてもよい。
【0103】
また、生育にアミノ酸等の栄養素を要求する栄養要求性株を使用する場合には、培地に要求される栄養素を補添することが好ましい。また、抗生物質耐性遺伝子を搭載するベクターを用いて遺伝子を導入した際は、培地に対応する抗生物質を添加するのが好ましい。
【0104】
培養は、例えば、通気培養または振盪培養により、好気的に行うことができる。酸素濃度は、例えば、飽和溶存酸素濃度の5~50%、好ましくは飽和溶存酸素濃度の20~40%となるように制御されてよい。培養温度は、例えば、20~45℃、25~40℃、または30~37℃であってよい。培養中のpHは、例えば、5~9であってよい。尚、pH調整には無機あるいは有機の酸性あるいはアルカリ性物質、例えば、炭酸カルシウム、アンモニアガス、アンモニア水等、を使用することができる。培養は、回分培養(batch culture)、流加培養(fed-batch culture)、連続培養(continuous culture)、またはそれらの組み合わせにより実施することができる。なお、培養開始時の培地を、「初発培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系(発酵槽)に供給する培地を、「流加培地」ともいう。また、流加培養または連続培養において培養系に流加培地を供給することを、「流加」ともいう。また、培養は、前培養と本培養とに分けて行われてもよい。前培養は、例えば、平板培地や液体培地を用いて行ってよい。
【0105】
本発明において、各培地成分は、初発培地、流加培地、またはその両方に含有されていてよい。初発培地に含有される成分の種類は、流加培地に含有される成分の種類と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、初発培地に含有される各成分の濃度は、流加培地に含有される各成分の濃度と、同一であってもよく、そうでなくてもよい。また、含有する成分の種類および/または濃度の異なる2種またはそれ以上の流加培地を用いてもよい。例えば、複数回の流加が間欠的に行われる場合、各流加培地に含有される成分の種類および/または濃度は、同一であってもよく、そうでなくてもよい。
【0106】
本発明の方法は、フィブロイン様タンパク質の発現誘導時の有機酸蓄積が低減されていることを特徴とする。「有機酸蓄積が低減されている」とは、有機酸の培地中での蓄積量が、対照条件における有機酸の培地中での蓄積量と比較して低いことをいい、有機酸が培地中にまったく蓄積していない場合も含む。有機酸としては、例えば、酢酸、クエン酸、コハク酸、ギ酸、ピルビン酸が挙げられる。本発明の方法においては、1種の有機酸の蓄積量が低下してもよく、2種またはそれ以上の有機酸の蓄積量が低下してもよい。これらの中では、少なくとも酢酸の蓄積量が低下するのが好ましい。低減の程度は、フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する限り特に制限されない。「有機酸蓄積が低減されている」とは、例えば、有機酸の培地中での蓄積量が、対照条件における有機酸の培地中での蓄積量の70%以下、50%以下、30%以下、20%以下、15%以下、または10%以下であることであってよい。また、「有機酸蓄積が低減されている」とは、例えば、有機酸の培地中での蓄積量(2種またはそれ以上の有機酸が蓄積する場合はそれらの総量)が、4.5g/L以下、3.0g/L以下、2.0g/L以下、1.0g/L以下、0.5g/L以下、0.2g/L以下、0.1g/L以下、または0(ゼロ)であることであってもよい。また、「有機酸蓄積が低減されている」とは、例えば、酢酸の培地中での蓄積量が、3.3g/L以下、3.0g/L以下、2.5g/L以下、2.0g/L以下、1.5g/L以下、1.0g/L以下、0.5g/L以下、0.2g/L以下、0.1g/L以下、または0(ゼロ)であることであってもよい。なお、有機酸の蓄積量は、例えば、有機酸の生成量が低下したことにより低下してもよく、一旦生成した有機酸が消費されたことにより低下してもよく、それらの組み合わせであってもよい。
【0107】
本発明において、「対照条件」とは、有機酸蓄積が低減されていない条件をいう。「対照条件」としては、有機酸を副生する一般的な培養条件で一般的なエシェリヒア・コリ株を培養する条件が挙げられる。「有機酸を副生する一般的な培養条件」としては、培養系への炭素源の供給速度が、培養系中の本発明の細菌による炭素源の消費速度と比較して高い条件、すなわち、言い換えると、十分量の炭素源存在下で培養を行う条件、が挙げられる。十分量の炭素源存在下で培養を行う場合、培養系中の炭素源濃度は高く維持される。よって、「十分量の炭素源存在下で培養を行う」とは、培地中の炭素源濃度が所定の濃度以上となるように培養を行うことであってよい。培養は、回分培養、流加培養、連続培養、またはそれらの組み合わせにより実施されてよい。「十分量の炭素源存在下で培養を行う条件」としては、例えば、培地中のグルコース濃度が、培養開始時から発現誘導の直前まで常に所定の濃度以上となるように培養を行う条件が挙げられる。「発現誘導の直前」とは、例えば、発現誘導の1時間前から発現誘導までのいずれかの時点であってよい。「所定の濃度以上」とは、例えば、0.5g/L以上、1.0g/L以上、2.0g/L以上、3.0g/L以上、5.0g/L以上、または10.0g/L以上であってよい。「有機酸を副生する一般的な培養条件」として、具体的には、例えば、実施例に記載の対照条件等の、十分量のグルコースを含有する液体培地を用いて好気的に回分培養を行う条件が挙げられる。「一般的なエシェリヒア・コリ株」とは、有機酸の生産能が低下するよう改変されていないエシェリヒア・コリであれば特に制限されない。「一般的なエシェリヒア・コリ株」としては、本発明の細菌が有機酸の生産能が低下するよう改変されていない場合は本発明の細菌、本発明の細菌が有機酸の生産能が低下するよう改変されている場合はその改変前の株(有機酸の生産能が低下するように改変される前の株)が挙げられる。
【0108】
「フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する」とは、フィブロイン様タンパク質の生産性を示すパラメータが、対照条件と比較して高いことをいう。「フィブロイン様タンパク質の生産性を示すパラメータ」とは、フィブロイン様タンパク質の培地容量当たりの蓄積量、フィブロイン様タンパク質の菌体重量当たりの蓄積量、フィブロイン様タンパク質の累積生産性、フィブロイン様タンパク質の累積比生産速度(ρ-cumulative)、またはそれらの組み合わせをいう。「フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する」とは、例えば、フィブロイン様タンパク質の生産性を示すパラメータが、対照条件の同パラメータの1.1倍以上、1.2倍以上、1.3倍以上、1.4倍以上、または1.5倍以上であることであってよい。フィブロイン様タンパク質の生産性を示すパラメータは、いずれも、例えば、発現誘導後の期間の所定の時点での値が対照条件と比較して高くてもよく、発現誘導後の期間における最大値が対照条件と比較して高くてもよい。「所定の時点」は、培養条件等の諸条件に応じて適宜設定することができる。「所定の時点」とは、例えば、フィブロイン様タンパク質の蓄積が停止する時点であってよい。「フィブロイン様タンパク質の蓄積が停止する時点」とは、例えば、菌体重量当たりのフィブロイン様タンパク質の蓄積量の増加割合が、4~12時間当たり10%以下となる時点であってよい。また、「フィブロイン様タンパク質の蓄積が停止する時点」とは、培養条件によっても異なるが、例えば、発現誘導の4時間後、9時間後、14時間後、21.5時間後、30時間後、50時間後、70時間後、または100時間後であってもよい。
【0109】
発現誘導時から所定の時点までのフィブロイン様タンパク質の累積生産性は、下記式により算出される。
累積生産性 = F/V/(T1-T0)
F:フィブロイン様タンパク質の蓄積量(g)
V:培地量(L)
T1:サンプリング時刻(所定の時点)
T0:発現誘導時刻
【0110】
発現誘導時から所定の時点までのフィブロイン様タンパク質の累積比生産速度は、下記式により算出される。
累積比生産速度(g/(g・h)) = Pt/∫Xtdt
t:誘導開始後の時間(h)
Pt:誘導開始後t時間目のフィブロイン蓄積(g)
∫Xtdt:誘導開始時から誘導開始後t時間目までの積分菌体量(g・h)
【0111】
発現誘導時の有機酸蓄積を低減する手法は特に制限されない。
【0112】
発現誘導時の有機酸蓄積は、例えば、発現誘導前の期間に炭素源制限下で培養を行うことにより、低減できる。「炭素源制限」とは、培養系への炭素源の供給が制限されていることをいう。炭素源制限により、培養系中の炭素源濃度は低く維持され得る。すなわち、「炭素源制限」とは、例えば、培地中の炭素源濃度を所定の濃度以下に制限することであってよい。「所定の濃度」の値は、フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する限り特に制限されない。「所定の濃度以下」とは、例えば、1.0g/L以下、0.5g/L以下、0.2g/L以下、0.1g/L以下、または0(ゼロ)であってよい。炭素源濃度は、発現誘導前の期間の全期間において所定の濃度以下に制限されていてもよく、発現誘導前の期間の一部の期間にのみ所定の濃度以下に制限されていてもよい。「一部の期間」の長さは、フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する限り特に制限されない。「一部の期間」とは、例えば、発現誘導前の期間の全期間の内の、15%以上、30%以上、50%以上の期間、70%以上の期間、90%以上の期間、または95%以上の期間であってよい。「一部の期間」は、例えば、培養開始時から発現誘導前までの期間であってもよく、培養開始後から発現誘導前までの期間であってもよく、培養開始後から発現誘導時までの期間であってもよい。すなわち、炭素源濃度は、例えば、培養開始後の適当な時点から発現誘導時まで所定の濃度以下に制限されていてもよい。炭素源濃度は、発現誘導前の期間を通じて一定であってもよく、一定でなくてもよい。なお、炭素源制限は、発現誘導前の期間に加えて、発現誘導後の期間においても実施してよい。
【0113】
炭素源制限は、培地中の炭素源濃度が所定の濃度以下に維持されるように、炭素源を含有する流加培地を流加することにより実施できる。培地中の炭素源濃度を所定の濃度以下に維持することは、例えば、培養系への炭素源の供給速度(流加速度)が培養系中の本発明の細菌による炭素源の消費速度よりも低くなるように、流加培地の流加を行うことにより達成できる。流加培地中の炭素源濃度や流加培地の流加速度は、培地中の炭素源濃度を所定の濃度以下に制限できる限り特に制限されない。流加培地中の炭素源濃度や流加培地の流加速度は、培養条件等の諸条件に応じて適宜設定できる。流加培地中の炭素源濃度や流加培地の流加速度は、例えば、炭素源の流加速度(流加培地中の炭素源濃度と流加培地の流加速度から決定される)が、培養開始時の培養液1Lに対し、1g/hr~100g/hr、1g/hr~70g/hr、1g/hr~40g/hr、1g/hr~30g/hr、または1g/hr~20g/hrとなるように設定されてよい。流加培地中の炭素源濃度や流加培地の流加速度は、いずれも、発現誘導前の期間を通じて一定であってもよく、一定でなくてもよい。
【0114】
流加培地の流加は、連続的に行われてもよく、間欠的に行われてもよい。流加培地の流加は、培養開始時から開始してもよく、培養途中で開始してもよい。流加培地の流加は、例えば、培地中の炭素源濃度が所定の濃度以下となってから、具体的には、炭素源が枯渇してから、開始してもよい。なお、複数回の流加が間欠的に行われる場合、2回目以降の流加を、その直前の流加停止期において発酵培地中の炭素源が枯渇したときに開始されるように制御することにより、発酵培地中の炭素源濃度を自動的に低レベルに維持することもできる(米国特許5,912,113号明細書)。炭素源の枯渇は、例えば、pHの上昇または溶存酸素濃度の上昇により検出できる(米国特許5,912,113号明細書)。
【0115】
流加培地の流加は、通常、炭素源が枯渇しないように、あるいは炭素源が枯渇した状態が継続しないように、行われるのが好ましい。しかし、フィブロイン様タンパク質の生産が対照条件と比較して向上する限り、炭素源が一時的に枯渇していてもよい。「一時的」とは、例えば、発現誘導前の期間の全期間の内の、30%以下の期間、20%以下の期間、10%以下の期間、または5%以下の期間であってよい。なお、培地中の炭素源濃度が0(ゼロ)であることは、必ずしも、炭素源が枯渇していることを意味しない。すなわち、培地中の炭素源濃度が0(ゼロ)で維持されていても、pHの上昇または溶存酸素濃度の上昇のいずれも生じていない場合は、炭素源の枯渇には該当しない。そのような場合としては、例えば、培養系への炭素源の流加が継続されているが、流加される炭素源が速やかに消費されることにより、培地中の炭素源濃度が0(ゼロ)で維持されている場合が想定される。
【0116】
初発培地中の炭素源濃度は、炭素源制限を実施できる限り、特に制限されない。初発培地中の炭素源濃度は、所定の濃度以下であってもよく、そうでなくてもよい。すなわち、初発培地の炭素源濃度が所定の濃度より高いが、培養中に初発培地中の炭素源が消費されることにより炭素源濃度が所定の濃度以下となってもよい。初発培地中の炭素源濃度は、例えば、100g/L以下、70g/L以下、50g/L以下、30g/L以下、20g/L以下、10g/L以下、5g/L以下、または2g/L以下であってよい。なお、「初発培地」を「培養開始時の培地」と読み替えてもよい。「培養開始時の培地」とは、具体的には、植菌直後の培養液であってよい。
【0117】
発現誘導時の有機酸蓄積は、例えば、本発明の細菌として、有機酸の生産能が低減されるように改変された株を用いることによっても、低減できる。
【0118】
上記のような発現誘導時の有機酸蓄積を低減するための手法は、いずれかを単独で用いてもよく、適宜組み合わせて用いてもよい。
【0119】
上記のようにして本発明の細菌を培養することにより、培地中および/または菌体内にフィブロイン様タンパク質が蓄積する。フィブロイン様タンパク質は、例えば、菌体内に封入体として蓄積し得る。
【0120】
フィブロイン様タンパク質の回収および定量は、例えば、異種発現させたタンパク質を回収および定量する既知の方法(例えば、「新生化学実験講座 タンパク質VI 合成及び発現」日本生化学会編、東京化学同人(1992) pp183-184を参照)により行うことができる。
【0121】
以下、フィブロイン様タンパク質が菌体内に封入体として蓄積する場合の回収および定量の手順について例示する。まず、培養液から菌体を遠心操作にて集菌後、緩衝液で懸濁する。菌体懸濁液を、超音波処理やフレンチプレス等の処理に供し、菌体を破砕する。菌体破砕の前に、菌体懸濁液にリゾチームを終濃度0-200mg/lで添加し、氷中に30分から20時間放置してもよい。次いで、破砕物から、低速遠心分離(6000-15000 rpm, 5-10分、4℃)により、不溶性画分を沈殿として得る。不溶性画分は、必要により、適宜緩衝液で洗浄する。洗浄回数は特に制限されず、例えば、1回、2回、または3回以上であってもよい。不溶性画分を緩衝液で懸濁することにより、フィブロイン様タンパク質の懸濁液が得られる。菌体やフィブロイン様タンパク質の懸濁用の緩衝液としては、フィブロイン様タンパク質の溶解性が低いものを好ましく用いることができる。そのような緩衝液としては、例えば、20mMトリス-塩酸、30 mM NaCl、10 mM EDTAを含む緩衝液や20mMトリス-塩酸、30 mM NaClを含む緩衝液が挙げられる。緩衝液のpHは、例えば、通常4~12、好ましくは6~9であってよい。また、不溶性画分をSDS溶液や尿素溶液で溶解することにより、フィブロイン様タンパク質の溶液が得られる。回収されるフィブロイン様タンパク質は、フィブロイン様タンパク質以外に、細菌菌体、培地成分、及び細菌の代謝副産物等の成分を含んでいてもよい。フィブロイン様タンパク質は、所望の程度に精製されていてよい。フィブロイン様タンパク質の量は、例えば、懸濁液や溶液等のフィブロイン様タンパク質を含むサンプルをSDS-PAGEに供して染色し、目的のフィブロイン様タンパク質の分子量に相当する位置のバンドの強度に基づいて決定することができる。染色は、CBB染色、蛍光染色、銀染色等により行うことができる。定量の際には、濃度既知のタンパク質を標準として利用することができる。そのようなタンパク質としては、例えば、アルブミンや、別途濃度を決定したフィブロイン様タンパク質が挙げられる。
【0122】
上記のようにして得られたフィブロイン様タンパク質は、適宜、繊維化等して利用することができる。フィブロイン様タンパク質の線維化は、例えば、既知の方法により行うことができる。フィブロイン様タンパク質の線維化は、具体的には、例えば、WO2012/165476に記載の大吐糸管しおり糸タンパク質に由来するポリペプチドの繊維化に関する記載を参照して行うことができる。
【実施例
【0123】
以下、本発明を実施例に基づいて更に具体的に説明する。
【0124】
参考例1:フィブロイン様タンパク質生産菌の構築
本実施例(実施例1~3)でフィブロイン様タンパク質生産に用いた菌株、プラスミド、および遺伝子は以下の通りである。
宿主:エシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔrecA株およびエシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔrecAΔtrpEDCBA株
プラスミド:pPtrp-GEN202 lacI::trpR
フィブロイン様タンパク質遺伝子:配列番号1に記載の塩基配列を有する遺伝子
【0125】
エシェリヒア・コリRosetta(DE3)を親株として、recA遺伝子を欠損したエシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔrecA株を以下の手順で構築した。具体的には、エシェリヒア・コリBLR(DE3)株(F- ompT hsdSB (rB - mB -) gal dcm (DE3) Δ(srl-recA)306::Tn10 (TetR))をドナー、エシェリヒア・コリRosetta(DE3)株をレシピエントとしたP1トランスダクションによりTet耐性クローンを取得し、Rosetta(DE3)ΔrecA株とした。
【0126】
エシェリヒア・コリRosetta(DE3)を親株として、recA遺伝子とTrp生合成系オペロンtrpEDCBAを欠損した、トリプトファン要求性のエシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔrecAΔtrpEDCBA株を以下の手順で構築した。具体的には、配列番号10および11に示すオリゴヌクレオチドをプライマーとして、attL-Kmr-attL配列(配列番号12)を染色体上に有するエシェリヒア・コリ株のゲノムDNAを鋳型として、KOD FX DNA polymerase(TOYOBO社製)を用いて、PCR反応を行い、attL-Kmr-attL配列を含む約1.6kbのDNA断片を得た。Kmrは、エシェリヒア・コリBacterial transposon Tn9由来カナマイシン耐性遺伝子である。PCR反応は、94℃ 10秒間 55℃ 30秒間 68℃ 1分30秒間の反応を1サイクルとして25サイクル行った。得られたDNA断片をS-400 HRColumns(GE Healthcare)を用いて精製した。得られたDNA断片を用いて、Red-driven integration(Datsenko, K. A, and Wanner, B. L. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 97:6640-6645 (2000))により、エシェリヒア・コリMG1655株のtrpEDCBAオペロン領域を本DNA断片上のカナマイシン耐性遺伝子に置換することで、エシェヒリア・コリMG1655 trpEDCBA::Kmr株を構築した。その後、MG1655 trpEDCBA::Kmr株をドナー、エシェリヒア・コリRosetta(DE3)株をレシピエントとしたP1トランスダクションにより、trpEDCBAオペロン領域がカナマイシン耐性遺伝子に置換されたエシェリヒア・コリRosetta(DE3) trpEDCBA::Kmr株を構築した。つづいて、pMW-int-xisプラスミド(WO2007/037460)を用いてRosetta(DE3) trpEDCBA::Kmr株からカナマイシン耐性遺伝子の除去を行い、トリプトファン要求性のエシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔtrpEDCBA株を得た。つづいて、エシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔtrpEDCBA株のrecA遺伝子を上記と同様の方法(BLR(DE3)株をドナーとしたP1トランスダクション)で欠損させることにより、エシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔrecAΔtrpEDCBA株を構築した。
【0127】
pPtrp-GEN202 lacI::trpRは、trpリプレッサー遺伝子の構成発現と、trpプロモーターからのフィブロイン様タンパク質遺伝子の誘導発現用のプラスミドである。上記フィブロイン様タンパク質遺伝子の塩基配列を配列番号1に、同遺伝子がコードするフィブロイン様タンパク質のアミノ酸配列を配列番号2に示す。pPtrp-GEN202 lacI::trpRは、pET22b(+)ベクター(Novagen)から、以下の手順で構築することができる。
【0128】
pET22b(+)ベクターを制限酵素NdeIとEcoRIによって切断した後、フィブロイン様タンパク質遺伝子(配列番号1)をDNA Ligation Kit(TaKaRa)を用いて挿入し、フィブロイン様タンパク質遺伝子を搭載するpET22b(+)ベクターを得る。
【0129】
得られたベクター上のフィブロイン様タンパク質遺伝子の上流に配列番号6に示すtrpプロモーター配列を挿入する。具体的には、配列番号13および14に示すオリゴヌクレオチドをプライマーとして、KOD FX DNA polymerase(TOYOBO社製)を用いて鋳型を入れずにPCR反応を行い、95bpのDNA断片を得る。PCR反応は、94℃ 10秒間 55℃ 30秒間 68℃ 1分間の反応を1サイクルとして25サイクル行う。得られたDNA断片をS-400 HRColumns(GE Healthcare)を用いて精製する。フィブロイン様タンパク質遺伝子を搭載するpET22b(+)ベクターを制限酵素BglIIとNdeIによって切断した後、上記DNA断片とin-fusion cloning kit(クロンテック社製)によって連結する。これを用いてエシェリヒア・コリJM109(TaKaRa社製)の形質転換を行い、プラスミドを回収しpPtrp-GEN202を得る。
【0130】
pPtrp-GEN202上のlacI領域(pET22b(+)ベクターにもともと含まれる)をアンピシリン耐性遺伝子(エシェリヒア・コリBacterial transposon Tn3由来)のプロモーター(blaプロモーター)を含む領域(配列番号7)とその直下流に配置したtrpリプレッサー遺伝子(trpR遺伝子;配列番号8)に置換する。具体的には、配列番号15および16に示すオリゴヌクレオチドをプライマーとして、KOD FX DNA polymerase(TOYOBO社製)を用いてエシェリヒア・コリMG1655株のゲノムDNAを鋳型としてPCR反応を行い、466bpのDNA断片(1st PCR産物)を得る。PCRは、94℃ 10秒間 55℃ 30秒間 68℃ 50秒間の反応を1サイクルとして25サイクル行う。1st PCR産物をS-400 HRColumns(GE Healthcare)を用いて精製する。つづいて、配列番号16および17に示すオリゴヌクレオチドをプライマーとして、KOD FX DNA polymerase(TOYOBO社製)を用いて1st PCR産物を鋳型としてPCR反応を行い、522bpのDNA断片(2nd PCR産物)を得る。PCRは、98℃ 10秒間 68℃ 40秒間の反応を1サイクルとして25サイクル行う。2nd PCR産物をS-400 HRColumns(GE Healthcare)を用いて精製する。つづいて、配列番号16および18に示すオリゴヌクレオチドをプライマーとして、KOD FX DNA polymerase(TOYOBO社製)を用いて2nd PCR産物を鋳型としてPCR反応を行い、578bpのDNA断片(3rd PCR産物)を得る。PCR反応は、98℃ 10秒間 68℃ 40秒間の反応を1サイクルとして25サイクル行う。3rd PCR産物をS-400 HRColumns(GE Healthcare)を用いて精製する。つづいて、配列番号16および19に示すオリゴヌクレオチドをプライマーとして、KOD FX DNA polymerase(TOYOBO社製)を用いて3rd PCR産物を鋳型としてPCR反応を行い、537bpのDNA断片(4th PCR産物)を得る。PCR反応は、94℃ 30秒間 60℃ 30秒間68℃ 1分間の反応を1サイクルとして25サイクル行う。4th PCR産物をS-400 HRColumns(GE Healthcare)を用いて精製する。pPtrp-GEN202を制限酵素SphIとPshAIによって切断した後、4th PCR産物とin-fusion cloning kit(クロンテック社製)によって連結する。これを用いてエシェリヒア・コリJM109(TaKaRa社製)の形質転換を行い、プラスミドを回収しpPtrp-GEN202 lacI::trpRを得る。
【0131】
上記pPtrp-GEN202 lacI::trpRでエシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔrecAおよびエシェリヒア・コリRosetta(DE3)ΔrecAΔtrpEDCBA株を形質転換することにより、フィブロイン様タンパク質生産菌Rosetta(DE3)ΔrecA/pPtrp-GEN202 lacI::trpRおよびRosetta(DE3)ΔrecAΔtrpEDCBA/pPtrp-GEN202 lacI::trpRを得ることができる。以下、Rosetta(DE3)ΔrecA/pPtrp-GEN202 lacI::trpRを「トリプトファン非要求性株」、Rosetta(DE3)ΔrecAΔtrpEDCBA/pPtrp-GEN202 lacI::trpRを「トリプトファン要求性株」と記載する。
【0132】
参考例2:シード培養液の調製
ジャーファーメンター中の表1に示したシード培養用培地300mlに、フィブロイン様タンパク質生産菌を620nmの吸光度が0.005となるように植菌した。培養液の吸光度は分光光度計UV-mini1240(島津製作所)を用いて測定した。培養液温度を37°Cに保ち、フィルターで除菌した空気を1vvmで通気し、攪拌回転数を1500rpmとし、アンモニアガスを適宜吹き込むことにより培養液pHを6.7に制御して培養を行った。培養液中のグルコースが全て消費された時点で培養を終了し、シード培養液を得た。
【0133】
【表1】
グルコースと硫酸マグネシウム七水和物をA区、CSL(コーンスティープリカー)をB区、トリプトファンをC区、その他の成分をD区としてストック溶液を調製した。次いで、A区およびD区は、オートクレーブを用いて120°C、20分の条件で滅菌した。B区は硫酸を用いてpHを2に低下させ80°Cの加熱処理を60分間実施した後、オートクレーブを用いて120°C、20分の条件で滅菌した。C区は0.22 μmのフィルターを用いて除菌した。その後、A区、B区、C区ならびにD区を混合し、アンピシリンを100 mg/Lとなるように添加してシード培養用培地とした。
【0134】
実施例1:発現誘導前に糖制限を実施した条件でのトリプトファン要求性株によるフィブロイン様タンパク質の生産
(1)糖充足下で培養液中のトリプトファンが枯渇するように培養を実施した条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
トリプトファン要求性株を用い、以下の手順により、グルコース充足条件下で培養液中のトリプトファンが枯渇するように培養を実施した。実施例1においては、本条件を「対照条件」ともいう。
【0135】
シード培養液は参考例2に記載した方法で調製した。ジャーファーメンター中の表2に示した生産用培地255mlに、上記シード培養液45mlを植菌した。培養液温度を37°Cに保ち、フィルター除菌した空気を1vvmで通気し、攪拌回転数を700rpmとし、アンモニアガスを適宜吹き込むことにより培養液pHを6.9に制御して培養を実施した。また、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、必要に応じて撹拌回転数を2000rpmまで増加させることで飽和溶存酸素濃度の20%以上を維持した。
【0136】
【表2】
グルコースと硫酸マグネシウム七水和物をA区、CSLをB区、その他の成分をC区としてストック溶液を調製した。次いで、A区およびC区は、オートクレーブを用いて120°C、20分の条件で滅菌した。B区は硫酸を用いてpHを2に低下させ80°Cの加熱処理を60分間実施した後、オートクレーブを用いて120°C、20分の条件で滅菌した。その後、A区、B区ならびにC区を混合し、アンピシリンを100 mg/Lとなるように添加して生産用培地とした。
【0137】
培養開始前または培養5時間目に、表3に示したIAA(3-β-インドールアクリル酸)溶液を25mg/Lとなるように生産用培地に添加した。その後、生産用培地中のグルコースが全て消費された時点より、表4に示したフィード培地を2.6ml/hの流速で添加し、培養を32時間目まで継続した。
【0138】
【表3】
エタノールに溶解し、0.22 μmのフィルターを用いて除菌した。
【0139】
【表4】
オートクレーブを用いて120°C、20分の条件で滅菌し、アンピシリンを100 mg/Lとなるように添加してフィード培地とした。
【0140】
(2)培養液中のトリプトファンが枯渇する前に糖制限培養を実施した条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
以下の手順により、培養液中のトリプトファンが枯渇する前にグルコース濃度を低く維持する条件にてトリプトファン要求性株の培養を実施した。実施例1においては、本条件を「糖制限条件」ともいう。
【0141】
表5に示した生産用培地を使用し、実施例1(1)と同様の方法にて培養を実施した。
【0142】
【表5】
グルコースと硫酸マグネシウム七水和物をA区、CSLをB区、トリプトファンをC区、その他の成分をD区としてストック溶液を調製した。次いで、A区およびD区は、オートクレーブを用いて120°C、20分の条件で滅菌した。B区は硫酸を用いてpHを2に低下させ80°Cの加熱処理を60分間実施した後、オートクレーブを用いて120°C、20分の条件で滅菌した。C区は0.22 μmのフィルターを用いて除菌した。その後、A区、B区、C区ならびにD区を混合し、アンピシリンを100 mg/Lとなるように添加して生産用培地とした。
【0143】
実施例1(1)と同様の方法で、IAA溶液およびフィード培地を添加し、培養を32時間目まで継続した。
【0144】
(3)分析
上記(1)および(2)に記載の培養においては、培養途中および培養終了後に適当量の培養液をサンプリングし、以下に示す分析に供した。
【0145】
培養液中のグルコース濃度を多機能バイオセンサBF-5(王子計測機器)を用いて測定した。測定結果を図1に示す。
【0146】
培養液中のトリプトファン濃度を以下の条件のHPLCで測定した。測定結果を図2に示す
HPLC : L-2400(HITACHI)
カラム :YMC-Pack ODS-AQ 150x6.0mm I.D., S-5m, 12nm
温度 : 40°C
流速 :1.0mL/min
UV検出 : 280nm
注入量 : 10μL
移動相 : 水:メタノール = 2:1
溶出 : アイソクラティック溶出
【0147】
培養液中の酢酸濃度を以下の条件のHPLCで測定した。測定結果を図3に示す。
HPLC : CDD-10A VP(Shimadzu)
カラム : パックドカラム Simpack SCR-102 (H) 直列×2本
温度 : 40°C
流速 : 0.8mL/min
条件 : ポラリティー:+,Response:Slow,Gain:0.1 μS/cm,レンジ:1
【0148】
生産されたフィブロイン様タンパク質を適宜定量した。測定結果を図4に示す。
【0149】
(A)IAA溶液を培養開始前に添加した条件
対照条件では、培養2時間目に培養液中のトリプトファン濃度が50mg/Lを下回り、その時点でのグルコース濃度は28.9g/Lと糖充足状態にあり、酢酸蓄積は3.3g/Lであった。これに対して、糖制限条件では、培養5時間目に生産用培地中のグルコースが全て消費され、その後のグルコース濃度は1.0g/L以下を推移した。糖制限条件では、培養8時間目に培養液中のトリプトファン濃度が50mg/Lを下回り、その時点での酢酸蓄積は0.8g/Lと対照条件(培養2時間目)の30%以下まで低減された。培養終了時におけるフィブロイン様タンパク質の蓄積は、対照条件では0.2g/Lであったのに対して、糖制限条件では4.1g/Lまで上昇した。
【0150】
(B)IAA溶液を培養5時間目に添加した条件
対照条件では、培養2時間目に培養液中のトリプトファン濃度が50mg/Lを下回り、その時点でのグルコース濃度は29.1g/Lと糖充足状態にあり、酢酸蓄積は3.3g/Lであった。これに対して、糖制限条件では培養5時間目に生産用培地中のグルコースが全て消費され、その後のグルコース濃度は1.0g/L以下を推移した。糖制限条件では、培養10時間目に培養液中のトリプトファン濃度が50mg/Lを下回り、その時点での酢酸蓄積は0.5g/Lと対照条件(培養2時間目)の15%以下まで低減された。培養終了時におけるフィブロイン様タンパク質の蓄積は、対照条件では0.5g/Lであったのに対して、糖制限条件では5.0g/Lまで上昇した。
【0151】
以上の結果より、トリプトファン要求性株において、培養液中のトリプトファンが枯渇する前に糖制限培養を行うことによって、IAA溶液の添加方法に依らず、トリプトファン枯渇時の酢酸蓄積量が低減され、フィブロイン様タンパク質の蓄積量が向上することが明らかとなった。従って、発現誘導時の有機酸蓄積量を低減することにより、フィブロイン様タンパク質の生産量が向上することが示唆される。
【0152】
実施例2:発現誘導前に糖制限を実施した条件でのトリプトファン非要求性株によるフィブロイン様タンパク質の生産
(1)糖充足下で培養液中のトリプトファンが枯渇するように培養を実施した条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
トリプトファン非要求性株を用い、以下の手順によりグルコース充足条件下で培養液中のトリプトファンが枯渇するように培養を実施した。実施例2においては、本条件を「対照条件」ともいう。
【0153】
シード培養液は参考例2に記載した方法で調製した。ジャーファーメンター中の表2に示した生産用培地255mlに、上記シード培養液45mlを植菌した。培養液温度を37°Cに保ち、フィルター除菌した空気を1vvmで通気し、攪拌回転数を700rpmとし、アンモニアガスを適宜吹き込むことにより培養液pHを6.9に制御して培養を実施した。また、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、必要に応じて撹拌回転数を2000rpmまで増加させることで飽和溶存酸素濃度の20%以上を維持した。
【0154】
培養6.5時間目に表3に示したIAA溶液を25mg/Lとなるように添加した。その後、生産用培地中のグルコースが全て消費された時点より表4に示したフィード培地を2.6ml/hの流速で添加し、培養を32時間目まで継続した。
【0155】
(2)培養液中のトリプトファンが枯渇する前に糖制限を実施した条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
以下の手順により、培養液中のグルコース濃度を低く維持する条件にてトリプトファン非要求株の培養を実施した。実施例2においては、本条件を「糖制限条件」ともいう。
【0156】
表5に示した生産用培地を使用し、実施例2(1)と同様の方法にて培養を実施した。また、実施例2(1)と同様の方法でIAA溶液およびフィード培地を添加し、培養を32時間目まで継続した。
【0157】
(3)解析
上記(1)および(2)に記載した培養においては、培養途中および培養終了後に適当量の培養液をサンプリングし、実施例1(3)と同様の方法で、培養液中のグルコース濃度、トリプトファン濃度、酢酸濃度、およびフィブロイン様タンパク質濃度を測定した。測定結果を図5~8に示す。
【0158】
対照条件では、培養2時間目に培養液中のトリプトファン濃度が50mg/Lを下回り、その時点でのグルコースは32.7g/Lと糖充足状態にあり、酢酸蓄積は2.4g/Lであった。これに対して、糖制限条件では、培養6.5時間目に生産用培地中のグルコースが全て消費され、その後のグルコース濃度は1.0g/L以下を推移した。糖制限条件では、培養11時間目に培養液中のトリプトファン濃度が50mg/Lを下回り、その時点での酢酸蓄積は0.4g/Lと対照条件(培養2時間目)の20%以下まで低減された。培養終了時におけるフィブロイン様タンパク質の蓄積は、対照条件では0.5g/Lであったのに対して、糖制限条件では0.9g/Lまで上昇した。
【0159】
以上の結果より、トリプトファン非要求性株において、培養液中のトリプトファンが枯渇する前に糖制限条件にて培養を実施することによって、トリプトファン枯渇時の酢酸蓄積量が低減され、フィブロイン様タンパク質の蓄積量が向上することが明らかとなった。従って、発現誘導時の有機酸蓄積量を低減することにより、フィブロイン様タンパク質の生産量が向上することが示唆される。
【0160】
実施例3:IAAを添加しない条件でのフィブロイン様タンパク質の生産
トリプトファン要求性株を用い、以下の手順によりIAAを添加しない条件にて培養液中のトリプトファンが枯渇するように培養を実施した。
【0161】
シード培養液は参考例2に記載した方法で調製した。ジャーファーメンター中の表5に示した生産用培地255mlに、上記シード培養液45mlを植菌した。培養液温度を37°Cに保ち、フィルター除菌した空気を1vvmで通気し、攪拌回転数を700rpmとし、アンモニアガスを適宜吹き込むことにより培養液pHを6.9に制御して培養を実施した。また、培養液中の溶存酸素濃度を溶存酸素濃度センサーOxyProbe(登録商標)Dissolved Oxygen Sensors(Broadley-James社)を用いて測定し、必要に応じて撹拌回転数を2000rpmまで増加させることで飽和溶存酸素濃度の20%以上を維持した。
【0162】
生産用培地中のグルコースが全て消費された時点より表4に示したフィード培地を2.6ml/hの流速で添加し、培養を48時間目まで継続した。
【0163】
培養途中および培養終了後に適当量の培養液をサンプリングし、実施例1(3)と同様の方法で培養液中のトリプトファン濃度およびフィブロイン様タンパク質濃度を測定した。測定結果を図9および10に示す。
【0164】
培養10時間目に培養液中のトリプトファン濃度が50mg/Lを下回り、その時点よりフィブロイン様タンパク質が生産され、培養終了時には0.3g/Lの蓄積が確認された。
【0165】
以上の結果より、IAAを添加しない条件でも培養液中のトリプトファンが枯渇することにより、フィブロイン様タンパク質の発現が誘導されることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0166】
本発明により、フィブロイン様タンパク質を効率的に製造できる。
【0167】
<配列表の説明>
配列番号1:実施例で用いたフィブロイン様タンパク質遺伝子の塩基配列
配列番号2:実施例で用いたフィブロイン様タンパク質遺伝子がコードするタンパク質のアミノ酸配列
配列番号3:ニワオニグモのADF3(partial)のアミノ酸配列
配列番号4:N末端にHisタグとHRV3Cプロテアーゼ認識配列が付加されたニワオニグモのADF3のコード領域を含む塩基配列
配列番号5:N末端にHisタグとHRV3Cプロテアーゼ認識配列が付加されたニワオニグモのADF3のアミノ酸配列
配列番号6:エシェリヒア・コリK-12 MG1655株のトリプトファンプロモーター(trpプロモーター)の塩基配列
配列番号7:アンピシリン耐性遺伝子プロモーター(blaプロモーター)の塩基配列
配列番号8:エシェリヒア・コリK-12 MG1655株のトリプトファンリプレッサー遺伝子(trpR)の塩基配列
配列番号9:エシェリヒア・コリK-12 MG1655株のトリプトファンリプレッサー(TrpR)のアミノ酸配列
配列番号10、11:プライマー
配列番号12:attL-Kmr-attL配列
配列番号13~19:プライマー
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
【配列表】
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