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特許7057738硫化銅粉末の製造方法、および硫化銅粉末
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-12
(45)【発行日】2022-04-20
(54)【発明の名称】硫化銅粉末の製造方法、および硫化銅粉末
(51)【国際特許分類】
   C01G 3/12 20060101AFI20220413BHJP
【FI】
C01G3/12
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2018154869
(22)【出願日】2018-08-21
(65)【公開番号】P2020029380
(43)【公開日】2020-02-27
【審査請求日】2021-06-21
(73)【特許権者】
【識別番号】507027162
【氏名又は名称】DOWAテクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091362
【弁理士】
【氏名又は名称】阿仁屋 節雄
(74)【代理人】
【識別番号】100161034
【弁理士】
【氏名又は名称】奥山 知洋
(72)【発明者】
【氏名】中塚 清次
(72)【発明者】
【氏名】柳 汀洋
(72)【発明者】
【氏名】吉澤 彩人
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特表2015-506823(JP,A)
【文献】特開昭64-4248(JP,A)
【文献】国際公開第2017/075422(WO,A1)
【文献】特開2007-066824(JP,A)
【文献】特公昭49-029079(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 1/00-23/08
B01D 15/00-15/42
B01D 53/02-53/12
B01J 20/00-20/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系反応媒体中で、ポリアクリル酸又はその塩の存在下、純水と混合したときにその混合液のpHが7.0より大きい銅塩と、硫化物イオン源物質とを反応させて、硫化銅粒子を形成させる硫化銅粒子形成工程を有する、硫化銅粉末の製造方法。
【請求項2】
前記銅塩が水酸化物イオンを有する、請求項1に記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項3】
前記銅塩が塩基性炭酸銅および水酸化銅の少なくとも1つである、請求項1又は2に記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項4】
前記硫化銅粒子形成工程を、前記水系反応媒体中での前記銅塩と前記硫化物イオン源物質との反応のpHを8.0以上として実施する、請求項1~3のいずれかに記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項5】
前記硫化物イオン源物質が硫化水素ナトリウムである、請求項1~4のいずれかに記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項6】
前記ポリアクリル酸の塩が、ポリアクリル酸のアルカリ金属塩である、請求項1~5のいずれかに記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項7】
前記ポリアクリル酸又はその塩の重量平均分子量が、1,000~100,000である、請求項1~6のいずれかに記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項8】
前記硫化銅粒子形成工程において、前記銅塩と前記硫化物イオン源物質との反応割合を、銅イオン1モルに対して硫化物イオン0.5~0.999モルとなる割合とする、請求項1~7のいずれかに記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項9】
前記硫化銅粒子形成工程における前記ポリアクリル酸又はその塩の使用量が、前記銅塩100質量部に対して0.01~1質量部である、請求項1~8のいずれかに記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項10】
前記硫化銅粉末の、レーザー回折式粒度分布測定装置により測定される体積基準の累積50%粒子径D50が、3.2μm以上10.0μm以下である、請求項1~9のいずれかに記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項11】
前記水系反応媒体が水である、請求項1~10のいずれかに記載の硫化銅粉末の製造方法。
【請求項12】
レーザー回折式粒度分布測定装置により測定される体積基準の累積50%粒子径D50が3.2μm以上10.0μm以下であり、下記銀吸着試験により求められる1mgあたりの銀の吸着量が1.20mg以上である、硫化銅粉末。
[銀吸着試験]
純水に、銀をA(mg/L)の濃度で(Aは20~25である)、アンモニアを19~21g/Lの濃度で溶解させた水溶液を試験液とし、この試験液1Lに対して前記硫化銅粉末を、試験液中の濃度がB(mg/L)(Bは9.5~10.5である)になるように添加し、この試験液を室温下、600rpmで30分撹拌する。その後、前記試験液をろ過し、ろ液中の銀濃度C(mg/L)を測定し、以下の式より銀吸着量を求める:
銀吸着量(mg-Ag/mg-硫化銅)=[A(mg/L)-C(mg/L)]/B(mg/L)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、硫化銅粉末の製造方法、および硫化銅粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の産業において銅や銀などの重金属を含有する廃水が排出されている。この廃水から重金属を回収する方法として、溶解度積の差を利用した方法がある。例えば特許文献1(特開2007-69068)では、銅含有廃水に対してNaSH等の硫化剤を添加して銅を回収する方法が開示されている。回収対象が例えば銀や水銀などの場合、廃水に硫化銅粉末を添加することで、溶解度積の差からこれらを硫化物として析出させ、回収することができる。
【0003】
硫化銅粉末の製造方法としては、例えば特許文献2に、硫酸銅水溶液に硫化ナトリウム水溶液を添加して製造する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2007-69068号公報
【文献】特開2008-162876号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、本発明者らの検討によると、特許文献2に開示された方法で得られる硫化銅粉末は、廃水中の銀等の重金属を十分に回収するにはその添加量を多くする必要があった。そのため、銀等の重金属の回収能力に優れた(より少ない添加量で重金属を十分に回収することができる)硫化銅粉末が望まれる。
【0006】
そこで本発明は、廃水中の重金属の回収能力に優れた硫化銅粉末を製造する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは上記課題を解決するために鋭意検討した結果、硫化銅粉末の製造において、銅イオン源となる銅塩として、純水と混合したときにその混合液のpHが7.0より大きい銅塩を用いるとともに、銅イオンと硫化物イオンとの反応をポリアクリル酸又はその塩の存在下で行うことにより、水溶液中でのpHが7.0以下の酸性側に傾きやすい銅塩(例えば硫酸銅など)を使用する場合と比べて、廃水中の重金属の回収能力に優れた硫化銅粉末が得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0008】
すなわち、上記課題を解決する本発明の一態様は以下のとおりである。
第1の態様は、
水系反応媒体中で、ポリアクリル酸又はその塩の存在下、純水と混合したときにその混合液のpHが7.0より大きい銅塩と、硫化物イオン源物質とを反応させて、硫化銅粒子を形成させる硫化銅粒子形成工程を有する、硫化銅粉末の製造方法である。
【0009】
第2の態様は、第1の態様において、
前記銅塩が水酸化物イオンを有する。
【0010】
第3の態様は、第1又は第2の態様において、
前記銅塩が塩基性炭酸銅および水酸化銅の少なくとも1つである。
【0011】
第4の態様は、第1~第3のいずれかの態様において、
前記硫化銅粒子形成工程を、前記水系反応媒体中での前記銅塩と前記硫化物イオン源物質との反応のpHを8.0以上として実施する。
【0012】
第5の態様は、第1~第4のいずれかの態様において、
前記硫化物イオン源物質が硫化水素ナトリウムである。
【0013】
第6の態様は、第1~第5のいずれかの態様において、
前記ポリアクリル酸の塩が、ポリアクリル酸のアルカリ金属塩である。
【0014】
第7の態様は、第1~第6のいずれかの態様において、
前記ポリアクリル酸又はその塩の重量平均分子量が、1,000~100,000である。
【0015】
第8の態様は、第1~第7のいずれかの態様において、
前記硫化銅粒子形成工程において、前記銅塩と前記硫化物イオン源物質との反応割合を、銅イオン1モルに対して硫化物イオン0.5~0.999モルとなる割合とする。
【0016】
第9の態様は、第1~第8のいずれかの態様において、
前記硫化銅粒子形成工程における前記ポリアクリル酸又はその塩の使用量が、前記銅塩100質量部に対して0.01~1質量部である。
【0017】
第10の態様は、第1~第9のいずれかの態様において、
前記硫化銅粉末の、レーザー回折式粒度分布測定装置により測定される体積基準の累積50%粒子径D50が、3.2μm以上10.0μm以下である。
【0018】
第11の態様は、第1~第10のいずれかの態様において、
前記水系反応媒体が水である。
【0019】
第12の態様は、
レーザー回折式粒度分布測定装置により測定される体積基準の累積50%粒子径D50が3.2μm以上10.0μm以下であり、下記銀吸着試験により求められる1mgあたりの銀の吸着量が1.20mg以上である、硫化銅粉末。
[銀吸着試験]
純水に、銀をA(mg/L)の濃度で(Aは20~25である)、アンモニアを19~21g/Lの濃度で溶解させた水溶液を試験液とし、この試験液1Lに対して前記硫化銅粉末を、試験液中の濃度がB(mg/L)(Bは9.5~10.5である)になるように添加し、この試験液を室温下、600rpmで30分撹拌する。その後、前記試験液をろ過し、ろ液中の銀濃度C(mg/L)を測定し、以下の式より銀吸着量を求める:
銀吸着量(mg-Ag/mg-硫化銅)=[A(mg/L)-C(mg/L)]/B(mg/L)
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、廃水中の重金属の回収能力に優れた硫化銅粉末を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の硫化銅粉末およびその製造方法の実施の形態について説明する。なお、本明細書においては、個々の「粒子」が「粉末」を構成し、「粉末」は「粒子」の集合を指すものとする。以下の説明においては原則として、粉末を構成する個々のものに着目している場合は「粒子」という言葉を、粒子の集合という全体に着目している場合は「粉末」又は「粒子の粉末」という言葉を使用する。なお、厳密に個々の粒子とその集合である粉末とを区別しようとするものではない。また、本明細書における「X~Y」(X及びYは数値)はX以上かつY以下を意味する。
【0022】
<硫化銅粉末の製造方法>
本発明の硫化銅粉末の製造方法の実施の形態は、硫化銅粒子形成工程を有しており、その他の付加的工程を有してもよい。以下、各工程について詳述する。
【0023】
(硫化銅粒子形成工程)
本工程においては、硫化銅粉末を製造する原料として、所定の銅塩、硫化物イオン源物質、ポリアクリル酸又はその塩、および水系反応媒体を準備する。
【0024】
銅塩は、水系反応媒体に溶解して銅イオンを発生させる銅イオン源である。銅塩としては、上述したように、純水と混合したときにその混合液のpHが7.0より大きい銅塩を使用する。ここで、混合液のpHが7.0より大きい銅塩とは、純水100gと銅塩10gを混合(純水中に銅塩を溶解または懸濁)したときに、その混合液の25℃でのpHが7.0より大きい化合物であって、硫化物イオン源物質と反応した場合もその混合液のアルカリ性を維持しうる塩を生成する化合物を示す。ポリアクリル酸又はその塩の存在下において、このような銅塩と硫化物イオン源物質とを反応させることで、重金属の回収能力に優れた硫化銅粉末を得ることができる。
【0025】
また、銅塩が純水と混合したときのその混合液のpHが7.0より大きいものであることから、硫化銅粒子形成工程における水系反応媒体中での銅塩と硫化物イオン源物質との反応のpH(後述する反応液のpH)を7.0より大きいアルカリ性側に管理しやすく、これにより反応中に有毒な硫化水素ガスが発生するのを防止することができる。本発明における所定の銅塩の使用は、安全面でも有益である。この安全面、そして重金属の回収能力に優れた硫化銅粉末を製造する観点から、銅塩は水酸化物イオンを有することが好ましい。
【0026】
また、銅塩における銅の価数は特に制限されず、+1であっても+2であってもよい。銅塩として入手しやすいのは、価数が+2のものである(この銅塩は、価数が+1の銅塩を微量含んでいる場合がある)。
【0027】
以上説明した銅塩としては、具体的には、塩基性炭酸銅および水酸化銅の少なくとも1つを用いることが好ましい。これらの銅塩によれば、例えば特許文献2で使用されている硫酸銅(通常五水和物の形態で存在する)に比べて化合物に占めるCuの含有量(体積あたりのCu含有量)が高いので、硫化銅粉末の生産性を向上できる(所定量の硫化銅粉末の製造に必要な反応液の量を少なくすることができる)。この中でも、化合物としての安定性や汎用性の点、更に炭酸イオンを生じて緩衝作用により反応のpHの急激な変化を防止することができる点から、塩基性炭酸銅がより好ましい。
【0028】
次に、硫化物イオン源物質は、水系反応媒体に溶解して硫化物イオンを発生させ、銅塩から生じた銅イオンと反応して硫化銅粒子を形成するものである。硫化物イオン源物質としては、特に限定されないが、例えば、NaS、NaHS、KS、FeS、ZnSおよびMnS等の硫化物、もしくはS(単体)を用いることができる。これらの中でも、反応性や取り扱い性の観点からは、NaHS(硫化水素ナトリウム)が好ましい。
【0029】
本発明の硫化銅粉末の製造方法の実施の形態では、銅塩と前記の硫化物イオン源物質との反応をポリアクリル酸又はその塩の存在下で行う。これにより、重金属の回収能力に優れた硫化銅粉末を得ることができる。また、ポリアクリル酸およびその塩は、水系反応媒体中において、生成する硫化銅粒子の凝集を抑制し、得られる硫化銅粉末の分散性を高める効果も奏する。ポリアクリル酸およびその塩は、アクリル酸又はその塩に由来する構造単位を主要な構造単位とし(ポリアクリル酸又はその塩におけるこれらのモノマー由来の構造単位の構成割合が、好ましくは80質量%以上であり、100質量%であることが特に好ましい)、他の構造単位として、メタクリル酸、メタクリル酸の塩又はアルキル(メタ)アクリレート(これにおけるアルキル基としては、炭素数1~8のアルキル基が好ましい)に由来する構造単位を有していてもよい。前記アクリル酸やメタクリル酸の塩としては、これらのアルカリ金属塩が挙げられ、リチウム塩、ナトリウム塩及びカリウム塩が好ましい。以上説明したポリアクリル酸およびその塩の重量平均分子量は、1,000~100,000であることが好ましい。
【0030】
水系反応媒体としては、特に限定されないが、水、もしくは、主成分として50質量%以上の水と他の親水性溶媒とを含む混合溶媒を用いることができる。親水性溶媒としては、例えばエチレングリコールなどのジオール化合物を用いることができる。反応性や環境負荷の低減という観点からは、水系反応媒体として水が好ましい。
【0031】
この水系反応媒体中で、以上説明した、ポリアクリル酸又はその塩の存在下、銅塩と硫化物イオン源物質とを反応させる。具体的には、例えば水系反応媒体に銅塩、ポリアクリル酸又はその塩、及び硫化物イオン源物質を添加し、この反応液を撹拌して、銅塩に由来する銅イオンと硫化物イオン源物質に由来する硫化物イオンとを反応させて、硫化銅粒子を形成する。
【0032】
硫化銅粒子形成工程において、銅塩と硫化物イオン源物質との反応割合は、特に限定されないが、得られる硫化銅粉末の粒子径のばらつきを抑制する観点からは、これらが全て解離したと仮定したときの銅イオンと硫化物イオンとのモル比率が、銅イオン1モルに対して、硫化物イオンが0.2~1.5モルとなるようにすることが好ましい。さらに、硫化銅粉末の粒子径のばらつきを抑制しつつ、かつ反応中の硫化水素の発生を防止する観点からは、銅イオンと硫化物イオンとのモル比率を、銅イオン1モルに対して、硫化物イオンが0.5~0.999モルとするとよい。なお、銅塩及び硫化物イオン源物質、特に銅塩には水系反応媒体中で溶解(解離)しにくいものがあるが、微量は溶解してイオンを生じ、順次硫化銅粒子の形成に消費されていくものと考えられる。
【0033】
また、硫化銅粒子形成工程では、ポリアクリル酸又はその塩の使用量は、重金属の回収能力に優れた硫化銅粉末を得る観点及び硫化銅粉末の分散性の観点から、銅塩100質量部に対して10質量部以下とすることが好ましく、0.01~1質量部とすることがより好ましい。
【0034】
また、硫化銅粒子形成工程では、銅塩と硫化物イオン源物質との反応のpH、具体的にはこれらとポリアクリル酸又はその塩を含む水系反応媒体(反応液)のpH(以下「反応液のpH」ともいう)を7.0より大きくすることが好ましい。反応液のpHを7.0より大きいアルカリ性側に維持することで、危険な硫化水素の発生を抑制することができる。特に反応液のpHを8.0以上とすることで硫化水素の発生をより確実に抑制することができる。また、反応液のpHとしては9.0~13.0が、硫化水素の発生を確実に抑制しつつ、かつpH制御しやすい範囲である。なお、水系反応媒体には、反応液のpHを前記の範囲に維持するように、例えば水酸化ナトリウム水溶液などのアルカリ剤を添加してもよいが、本発明においては銅塩が純水と混合したときにその混合液のpHが7.0より大きいものであるので、反応液のpHをアルカリ性側に維持しやすい。特に水酸化物イオンを有する銅塩は、解離して水酸化物イオンを生じて反応液のpHを高くするので、アルカリ剤を添加しなくとも反応液のpHをアルカリ性側に維持することができる。
【0035】
特許文献2に開示される従来の硫化銅粉末の製造方法(銅塩として硫酸銅を使用)では、硫化銅粒子の形成の際、銅塩が水系反応媒体に添加されると得られる反応液のpHが7.0以下(中性ないし酸性)となることで、硫化水素が発生しやすいため、安全性に問題があった。安全性の観点から、例えば前記の通り水酸化ナトリウム水溶液などを添加して、硫化水素が発生しないようなpH(アルカリ性側)に調整することが考えられるが、この場合、使用する水系反応媒体の量が増え、水系反応媒体の単位量あたりで得られる硫化銅粉末の量が少なくなることで、生産性が低下することになる。そのため、硫化銅粉末を大量生産する際に生産施設が大型化もしくは複雑化するおそれがあった。この点、本実施形態(特に銅塩として水酸化物イオンを有するものを使用する実施形態)では、上記の通り反応液のpHをアルカリ性側に維持するにあたってアルカリ剤を添加する必要もないので、水系反応媒体の量を増やすことなく、硫化水素の発生を抑制したうえで、硫化銅粉末を製造することができる。つまり、硫化銅粉末を安全に生産性よく製造することができる。
【0036】
また、硫化銅粒子形成工程において、硫化水素の発生を抑制する観点から、反応液の酸化還元電位(ORP)を、これが-200mV以上を維持するように管理する(硫化物イオン源を添加する速度を調整するなど)ことが好ましい。なお短時間であれば、反応において一時的にORPが-200mVを下回ってもよい。
【0037】
また、硫化銅粒子形成工程では、粗粒の形成を抑制する観点からは、水系反応媒体に銅塩およびポリアクリル酸又はその塩を添加して混合した後、この混合溶液に硫化物イオン源物質を時間をかけてゆっくり(例えば30分~6時間かけて)添加して、銅塩及び硫化物イオン源物質の反応を実施するとよい。このように添加することにより、銅イオンと硫化物イオンとの急激な反応を抑制し、これに起因する粗粒の生成や反応液の温度の上昇を低減することができる。この結果、硫化銅粒子の粒子径のばらつきを低減して、硫化銅粉末の平均粒子径を制御しやすくできる。
【0038】
なお、硫化銅粒子形成工程では、反応液の温度を40℃~70℃に維持しながら反応を実施するとよい。このような温度に調整することにより、反応速度を向上させて、硫化銅粉末の製造時間を短縮することができる。
【0039】
(分離工程)
続いて、所定時間銅塩と硫化物イオン源を反応させて硫化銅粒子を形成させた後の反応液から、硫化銅粉末と、水系反応媒体などを含む液体成分とを固液分離して硫化銅粉末を回収してもよい。分離方法は、特に限定されないが、効率性やコストの観点からは、ろ過が好ましい。ろ過を行うための具体的な手法や装置構成としては、例えばクロスフロー型あるいはデッドエンド型のろ過フィルター、フィルタープレス、遠心ろ過器が挙げられる。
【0040】
(その他の工程)
分離した硫化銅粉末は、液体成分(主には水系反応媒体)を含むことがあり、硫化銅粉末以外に、反応しきれずに残存する反応原料やポリアクリル酸又はその塩などを含むことがある。この分離した硫化銅粉末は、液体成分等を含んだまま使用してもよいが、洗浄あるいは乾燥させて使用してもよい。洗浄および乾燥方法としては、従来公知の洗浄方法および乾燥方法が特に制限なく利用できる。また硫化銅粉末を解砕したり、分級して粒度分布を調整してもよい。
【0041】
本発明の硫化銅粉末の製造方法の実施の形態(特に銅塩として水酸化物イオンを有するものを使用する形態)では、硫化銅粒子形成工程において、従来技術の場合のように水酸化ナトリウム水溶液(これは水系反応媒体の一部となる)などを添加することなく、反応液のpHを7.0より大きいアルカリ性側として硫化銅粒子を形成することができ、所定量の硫化銅粉末を製造するのに必要な水系反応媒体の量を少なくすることができる。更に、本発明の硫化銅粉末の製造方法の実施の形態では、好ましくは銅塩として塩基性炭酸銅や水酸化銅などの体積(重量)当たりに占める銅の比率が高い化合物を使用することで、例えば硫酸銅(通常五水和物として存在)などの単位体積当たりに占める銅の比率が低い銅塩を使用する場合と比べて、硫化銅となる原料の割合を増やすことができる。
【0042】
以上の水系反応媒体の使用量及び原料となる銅塩の種類の点から、本発明では単位量あたりの反応液(硫化銅粒子形成工程を完了したもの)から回収できる硫化銅粉末の量を増やすことができる。具体的には、反応後の反応液の体積P[mL]に対する、得られる硫化銅粉末の量Q(g)の割合(Q/P)を好ましくは0.16[g/mL]以上、より好ましくは0.18~0.50[g/mL]とすることができる。
【0043】
<硫化銅粉末>
本発明の硫化銅粉末は、例えば上述した製造方法により得られるものであって、この硫化銅粉末の硫化銅粒子は、主に第2硫化銅(CuS)を含んで構成されている。硫化銅粒子は、副次的に第1硫化銅(CuS)などを含んでもよく、第1硫化銅と第2硫化銅との組成比率は、第2硫化銅が主成分であれば、特に限定されない。
【0044】
硫化銅粉末の、レーザー回折式粒度分布測定装置により測定される体積基準の累積50%粒子径D50は、特に限定されないが、適度な分散性と高い重金属の回収能力とを高い水準でバランスよく得る観点からは、3.2μm以上10.0μm以下であることが好ましい。また、体積基準の累積90%粒子径D90は、同様の観点から14.0μm~38.0μmであることが好ましい。
【0045】
また、本発明の硫化銅粉末の実施の形態は、例えば上述した製造方法で製造されることにより、その他の製造方法で形成された硫化銅粉末に比べて、高い重金属回収能力を有する。具体的には、粒子径D50が3.2μm~10.0μmの硫化銅粉末について、以下の銀吸着試験を行ったときに求められる硫化銅粉末1mgあたりの銀の吸着量が好ましくは1.20mg以上であり、より好ましくは1.60mg以上である。
[銀吸着試験]
純水に、銀をA(mg/L)の濃度で(Aは20~25である)、アンモニアを19~21g/Lの濃度で溶解させた水溶液を試験液とし、この試験液1Lに対して前記硫化銅粉末を、試験液中の濃度がB(mg/L)(Bは9.5~10.5である)になるように添加し、この試験液を室温下、600rpmで30分撹拌する。その後、前記試験液をろ過し、ろ液中の銀濃度C(mg/L)を測定し、以下の式より銀吸着量を求める:
銀吸着量(mg-Ag/mg-硫化銅)=[A(mg/L)-C(mg/L)]/B(mg/L)
【0046】
硫化銅粉末による重金属の回収は、例えば以下のように行うことができる。まず、重金属を回収する被処理液を準備する。被処理液としては、重金属を含む溶液であればよい。なお、回収対象の重金属は、硫化物の溶解度積が硫化銅の溶解度積よりも小さいものであり、例えば銀及び水銀である。この被処理液に硫化銅粉末を添加し、この混合溶液を撹拌することにより、被処理液中の重金属を硫化物として析出、固形化させて沈殿させる。続いて、ろ過により沈殿物を回収する。以上により、被処理液から重金属を回収することができる。
【0047】
以上、本発明の実施形態について説明してきたが、本発明は、上述した実施形態に何等限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において種々に改変することができる。
【実施例
【0048】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらにより何ら限定されるものではない。
【0049】
本実施例・比較例では、以下の原料を使用して硫化銅粉末を製造し、その生産性と重金属の回収能力とを評価した。
・水系反応媒体:純水・銅塩:塩基性炭酸銅(和光純薬工業(株)製、一級試薬、CuCO・Cu(OH)・HO、分子量:239.13、Cu含有量:48~56質量%)、硫酸銅五水和物(分子量:249.69、Cu含有量:25~26質量%)、塩化第二銅二水和物(分子量:170.48、Cu含有量:36~38質量%)
・硫化物イオン源物質:水硫化ソーダ水溶液(硫化水素ナトリウム水溶液、濃度45質量%)、硫化カリウム水溶液(濃度25質量%)
・ポリアクリル酸ナトリウム:ポリアクリル酸ナトリウム水溶液(株式会社日本触媒製「アクアリック TX-172」、濃度43質量%)
【0050】
[実施例1]
実施例1では、反応槽中で、液温を50℃に恒温制御した純水650mLに対して、塩基性炭酸銅300g(銅含有量の実測値:56質量%)と、ポリアクリル酸ナトリウム水溶液1.5mLと、を添加し、回転数600rpmで撹拌した。このときのポリアクリル酸ナトリウムの使用量は、銅塩100質量部に対して0.2質量部であった。なお、撹拌動力は0.9W/Lとした。
【0051】
次に、この混合液に対して、水硫化ソーダ水溶液200mLを、2時間かけて添加した。このときの銅塩と硫化物イオン源物質との反応割合は、銅イオン1モルに対して硫化物イオンが0.814モルであった。反応槽のpHとORPはpH、ORP電極(HORIBA製、pH/ORP/ION METER D-73)で監視した。水硫化ソーダの添加は、ORPで制御した(添加速度の調整を行った)。なお、水硫化ソーダ水溶液の添加を開始してから1時間59分の時点でORPが-200mV以下となったが(水硫化ソーダがすぐには反応せず反応液中に残存するためと考えられる)、さらに1分間水硫化ソーダ水溶液を添加して、添加終了とした。
【0052】
添加終了後20分間、同様の液温と撹拌の状態を維持した。この反応中の反応液のpHは9.9~12の範囲にあった。反応後の反応液を濾過(デッドエンド型のろ過フィルターを使用)して固形分を回収し、固形分を75℃で48時間乾燥させ、硫化銅粉末を237g得た。これはCuSとCuSの混合物と考えられる。
【0053】
得られた硫化銅粉末のレーザー回折式粒度分布測定装置(ベル製 MT3300EX II)により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)は5.2μmであり、累積90%粒子径(D90)は24.85μmであった。
【0054】
得られた硫化銅粉末について、その製造量と反応終了後の反応液の量とから、実施例1における硫化銅粉末の生産性を評価した。その結果、硫化銅粉末の製造量が反応液の体積に対して0.24(g/mL)であることが確認された。
【0055】
また、得られた硫化銅粉末について、重金属の回収能力を以下の方法(銀吸着試験)により評価した。まず、廃水を模擬した試験液を調製した。純水929gに、硝酸銀(和光純薬工業株式会社製,試薬一級)を0.37gと28質量%アンモニア水(和光純薬工業,試薬特級)71gを混合し、銀を23.6mg/Lの濃度で、アンモニアを20g/Lの濃度で含む水溶液(試験液)1Lを得た。この試験液1Lに対して、得られた硫化銅粉末を9.9mg添加し(硫化銅/Agの重量比は0.42/1)、回転数600rpm、室温にて、30分撹拌した。その後、反応液を目開き0.2μmのフィルターで濾過し、ろ液中のAg濃度を測定した。その結果、ろ液中のAg濃度は5.6mg/Lであることが確認された。
【0056】
ろ液中のAg濃度と試験液中のAg濃度との差から、硫化銅粉末により吸着されたAg量を求めたところ、実施例1の硫化銅粉末の1mgあたりの銀吸着量は1.82(mg-Ag/mg-硫化銅)であった。なお、この銀吸着量は式(23.6mg/L-5.6mg/L)/(9.9mg)から求めた。
【0057】
[比較例1]
比較例1では、純水にポリアクリル酸を添加せずに反応させた以外は、実施例1と同様に硫化銅粉末を製造した。
【0058】
得られた硫化銅粉末の量は220gであった。この量は反応後の反応液の体積に対して0.22g/mLであった。また、得られた硫化銅粉末のレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)は14.5μmであった。
【0059】
また、比較例1の硫化銅粉末について、その銀吸着量を、試験液における銀濃度を24.3mg/Lとした以外は実施例1と同様に測定したところ、被処理液の銀濃度が24.3mg/Lに対してろ液中のAg濃度が13.9mg/Lであり、銀吸着量は1.17(mg-Ag/mg-硫化銅)であった。
【0060】
[比較例2]
比較例2では、純水にポリアクリル酸を添加せず、銅塩の種類を塩基性炭酸銅から、硫酸銅五水和物に変更した。硫酸銅五水和物19.6gを純水50gに溶解させた。溶解後、水硫化ソーダ水溶液を6分間かけて添加した。反応中での硫化水素の発生を抑制するために、12質量%水酸化ナトリウム水溶液を供給してpHをアルカリ性側(pH8~9)に維持した状態で、銅イオンと硫化物イオンとを反応させた。以上のように条件を変更した以外は、実施例1と同様に硫化銅粉末を製造した。このときの銅塩と硫化物イオン源物質との反応割合は、銅イオン1モルに対して硫化物イオンが0.814モルであった。
【0061】
得られた硫化銅粉末の量は6.5gであった。この量は反応後の反応液の体積に対して0.13g/mLであった。
【0062】
また、得られた硫化銅粉末のレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)は14.8μmであった。
【0063】
また、比較例2の硫化銅粉末について、その銀吸着量を実施例1と同様に測定したところ、銀吸着量は0.40(mg-Ag/mg-硫化銅)であった。
【0064】
[比較例3]
比較例3では、純水にポリアクリル酸を添加せず、銅塩の種類を塩基性炭酸銅から、塩化第二銅二水和物に変更した。塩化第二銅二水和物13.4gを純水50gに溶解させた。溶解後、水硫化ソーダ水溶液を6分間かけて添加した。反応中での硫化水素の発生を抑制するために、12質量%水酸化ナトリウム水溶液を供給してpHをアルカリ性側(pH8~9)に維持した状態で、銅イオンと硫化物イオンとを反応させた。以上のように条件を変更した以外は、実施例1と同様に硫化銅粉末を製造した。このときの銅塩と硫化物イオン源物質との反応割合は、銅イオン1モルに対して硫化物イオンが0.814モルであった。
【0065】
また、得られた硫化銅粉末の量は6.5gであった。この量は反応後の反応液の体積に対して0.13g/mLであった。
【0066】
また、得られた硫化銅粉末のレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)は15.3μmであった。
【0067】
また、比較例3の硫化銅粉末について、その銀吸着量を実施例1と同様に測定したところ、銀吸着量は0.97(mg-Ag/mg-硫化銅)であった。
【0068】
[比較例4]
比較例4では、純水にポリアクリル酸を添加せず、銅塩の種類を塩基性炭酸銅から、塩化第二銅二水和物に、硫化物イオン源物質の種類を硫化カリウムにそれぞれ変更した。塩化第二銅二水和物13.4gを純水50gに溶解させた。溶解後、硫化カリウム水溶液を6分間かけて添加した。反応中での硫化水素の発生を抑制するために、12質量%水酸化ナトリウム水溶液を供給してpHをアルカリ性側(pH8~9)に維持した状態で、銅イオンと硫化物イオンとを反応させた。以上のように条件を変更した以外は、実施例1と同様に硫化銅粉末を製造した。このときの銅塩と硫化物イオン源物質との反応割合は、銅イオン1モルに対して硫化物イオンが0.814モルであった。
【0069】
また、得られた硫化銅粉末の量は6.5gであった。この量は反応後の反応液の体積に対して0.13g/mLであった。
【0070】
また、得られた硫化銅粉末のレーザー回折式粒度分布測定装置により測定した体積基準の累積50%粒子径(D50)は4.54μmであった。
【0071】
また、比較例4の硫化銅粉末について、その銀吸着量を実施例1と同様に測定したところ、銀吸着量は0.65(mg-Ag/mg-硫化銅)であった。
【0072】
以上の結果を下記表1にまとめる。
【0073】
【表1】
【0074】
以上の結果から、水系反応媒体中で、ポリアクリル酸又はその塩の存在下、純水と混合したときにその混合液のpHが7.0より大きい銅塩と、硫化物イオン源物質とを反応させることにより、重金属の吸着量が高い、すなわち廃水中からの重金属の回収能力に優れた硫化銅粉末が得られることが確認された。