(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-13
(45)【発行日】2022-04-21
(54)【発明の名称】分析方法、吸着防止剤および分析用キット
(51)【国際特許分類】
G01N 30/26 20060101AFI20220414BHJP
G01N 30/88 20060101ALI20220414BHJP
G01N 30/72 20060101ALI20220414BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20220414BHJP
【FI】
G01N30/26 A
G01N30/88 D
G01N30/72 C
G01N27/62 V
G01N27/62 X
(21)【出願番号】P 2020553977
(86)(22)【出願日】2019-10-30
(86)【国際出願番号】 JP2019042574
(87)【国際公開番号】W WO2020090887
(87)【国際公開日】2020-05-07
【審査請求日】2021-04-13
(31)【優先権主張番号】P 2018207620
(32)【優先日】2018-11-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年度国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発/高生産性微生物創製に資する情報解析システムの開発に係る委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100093056
【氏名又は名称】杉谷 勉
(74)【代理人】
【識別番号】100142930
【氏名又は名称】戸高 弘幸
(74)【代理人】
【識別番号】100175020
【氏名又は名称】杉谷 知彦
(74)【代理人】
【識別番号】100180596
【氏名又は名称】栗原 要
(74)【代理人】
【識別番号】100195349
【氏名又は名称】青野 信喜
(72)【発明者】
【氏名】藤戸 由佳
(72)【発明者】
【氏名】服部 考成
(72)【発明者】
【氏名】蓮沼 誠久
【審査官】高田 亜希
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-528544(JP,A)
【文献】特開昭61-047560(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2008/0199848(US,A1)
【文献】特開2008-309778(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 30/00 -30/96
B01J 20/281-20/292
G01N 27/60 -27/92
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リン酸基を有する化合物を含む試料の金属への吸着を防ぐための吸着防止剤を含む移動相を用いて液体クロマトグラフィを行うことと、
前記液体クロマトグラフィの溶出液を質量分析することと
を備え、
前記吸着防止剤は、シュウ酸またはその塩を含む分析方法。
【請求項2】
請求項1に記載の分析方法において、
前記リン酸基を有する化合物は、核酸、ヌクレオチドおよびこれらの誘導体の少なくとも一つである分析方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載の分析方法において、
前記試料は、細胞からの抽出物を含む分析方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の分析方法において、
前記シュウ酸またはその塩の濃度は、0.1mM以上50mM以下である分析方法。
【請求項5】
請求項1または2に記載の分析方法において、
前記質量分析では、エレクトロスプレー法により前記試料がイオン化される分析方法。
【請求項6】
シュウ酸またはその塩を含み、
液体クロマトグラフィ/質量分析の移動相に添加され、
リン酸基を有する化合物を含む試料の金属への吸着を防ぐための吸着防止剤。
【請求項7】
請求項6に記載の吸着防止剤を含む分析用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析方法、吸着防止剤および分析用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
リン酸基を有する化合物は、細胞内等において重要な役割を果たしている。例えば、リン酸基を介したホスフォジエステル結合により核酸塩基が連結されてなる核酸は、遺伝情報をコードする。ヌクレオチドのアデノシン三リン酸(ATP)は、リン酸基同士の結合に蓄えられたエネルギーを利用して、様々な反応に関与する。
【0003】
リン酸基を有する化合物の分析は、生体等の機能や疾患の原因となる異常の解析等に重要である。例えば、細胞の代謝物を定量することにより、細胞における物質の生成や分解についての情報を得ることができる。
【0004】
細胞の代謝物の分析のような、複数の化合物を含む試料の分析では、液体クロマトグラフィ/質量分析(以下、適宜LC/MSと呼ぶ)により複数の化合物を分離して分析することが行われている。しかし、試料に含まれる一部の化合物が、液体クロマトグラフの配管等に金属吸着を起こし、このために検出の感度が低下する問題があった。例えば、非特許文献1には、テトラサイクリン系抗生物質が金属吸着により液体クロマトグラフィにおいてテーリングを引き起こすのを防ぐため、シュウ酸を移動相に加える点が記載されている。非特許文献1の方法では、大気圧化学イオン化によりシュウ酸を分解して質量分析計の汚染や目詰まりを防いでいる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】岡、外2名、「LC/MSによる食品分析」、HPCニュース、林純薬工業株式会社、平成14年1月13日、第28巻、p.1-11
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
液体クロマトグラフにおいて、従来のギ酸を含む移動相では、ヌクレオチド等のリン酸基を有する化合物が配管等で金属吸着を起こすことがあった。そのため、これらの化合物が分析カラムまで到達せず感度が低下したり、信号対雑音比(S/N比)が悪化して精度が低下する問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第1の態様によると、分析方法は、リン酸基を有する化合物を含む試料の金属への吸着を防ぐための吸着防止剤を含む移動相を用いて液体クロマトグラフィを行うことと、前記液体クロマトグラフィの溶出液を質量分析することとを備え、前記吸着防止剤は、シュウ酸またはその塩を含む。
本発明の第2の態様によると、第1の態様の分析方法において、前記リン酸基を有する化合物は、核酸、ヌクレオチドおよびこれらの誘導体の少なくとも一つであることが好ましい。
本発明の第3の態様によると、第1または第2の態様の分析方法において、前記試料は、細胞からの抽出物を含むことが好ましい。
本発明の第4の態様によると、第1から第3までのいずれかの態様の分析方法において、前記シュウ酸またはその塩の濃度は、0.1mM以上50mM以下であることが好ましい。
本発明の第5の態様によると、第1から第4までのいずれかの態様の分析方法において、前記質量分析では、エレクトロスプレー法により前記試料がイオン化されることが好ましい。
本発明の第6の態様によると、吸着防止剤は、シュウ酸またはその塩を含み、液体クロマトグラフィ/質量分析の移動相に添加され、リン酸基を有する化合物を含む試料の金属への吸着を防ぐためのものである。
本発明の第7の態様によると、分析用キットは、第6の態様の吸着防止剤を含む。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、液体クロマトグラフィで分離されたヌクレオチド等のリン酸基を有する化合物を、質量分析において感度よく、または精度よく検出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、一実施形態に係る分析装置を説明するための概念図である。
【
図2】
図2は、一実施形態に係る分析用キットを模式的に示す概念図である。
【
図3】
図3は、一実施形態の分析方法の流れを示すフローチャートである。
【
図4】
図4(A)は、シチジン三リン酸(CTP)を含む試料に対し、ギ酸を含む移動相を用いて液体クロマトグラフィ/タンデム質量分析(LC/MS/MS)を行った際に得られたマススペクトルであり、
図4(B)は、CTPを含む試料に対し、シュウ酸を含む移動相を用いてLC/MS/MSを行った際に得られたマススペクトルである。
【
図5】
図5は、シチジン二リン酸(CDP)を含む試料、および、グアノシン二リン酸(GDP)を含む試料に対し、ギ酸を含む移動相、および、シュウ酸を含む移動相を用いてLC/MS/MSを行った際の試料の検出強度を示す表である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。
【0011】
-第1実施形態-
従来、細胞内の代謝物の分析等、複数の化合物を含む試料をLC/MS(以下、「LC/MS」は2段階以上の質量分析を行う場合も含む)に供する際、イオン化を補助する目的でギ酸を含む移動相を用いていた。しかし、移動相にギ酸を用いる従来の方法では、上述のようにヌクレオチド等のリン酸基を有する化合物が配管等で金属吸着を起こす問題があった。本実施形態の分析方法では、シュウ酸を含む移動相を用いてLC/MSを行うことにより、リン酸基を有する化合物を感度よく分析するものである。
【0012】
(試料について)
試料は、リン酸基を有する化合物を含む試料であれば特に限定されない。当該化合物がリン酸基をより多く有する程、金属への吸着性が高まるため本実施形態の分析方法を好適に適用することができる。分析対象としての重要性から、試料に含まれるリン酸基を有する化合物としては、核酸、ヌクレオチドおよびこれらの誘導体の少なくとも一つが好ましい。当該誘導体は、リン酸基が存在すればその誘導体化の方法は特に限定されない。
【0013】
試料は、生物から採取されたものが、様々な物質を含みLC/MSによる分離分析が効果的に適用される点で好ましい。しかし、人工的に合成された核酸、ヌクレオチドまたはこれらの誘導体等、生物に由来しないものでもよい。試料は、細胞からの抽出物であることが、細胞に含まれる成分をLC/MSにより効果的に分離して分析できるためにより好ましい。試料は細胞の代謝物を含むことが、代謝反応に関わるリン酸基を有する化合物を好適に分析できるためにさらに好ましい。
【0014】
(前処理について)
試料の前処理の方法は、分析対象の成分を含むように分析用試料が調製され、LC/MSが所望の精度で行われれば特に限定されない。前処理では、採取された試料から、分析対象の成分を含むように抽出や、濃縮等の精製が適宜行われる。試料が生物に由来する細胞や組織であって代謝物を分析する場合、例えば、破砕等により細胞質成分を分離した後、メタノール・クロロホルム抽出法等により親水性代謝物の抽出を行い、抽出された親水性代謝物の濃縮を行う。得られた溶液は適宜希釈されて液体クロマトグラフに導入される。
【0015】
(分析装置について)
本実施形態の分析方法における液体クロマトグラフィおよび質量分析は、液体クロマトグラフ-質量分析計を分析装置として行われることが好ましいが、別々に制御された液体クロマトグラフおよび質量分析計を用いた場合でも分析を行うことは可能である。
【0016】
図1は、本実施形態の分析方法に係る分析装置の構成を示す概念図である。分析装置1は、測定部100と、情報処理部40とを備える。測定部100は、液体クロマトグラフ10と、質量分析計20とを備える。
【0017】
液体クロマトグラフ10は、移動相容器11a,11bと、送液ポンプ12a,12bと、試料導入部13と、分析カラム14とを備える。質量分析計20は、イオン化部211を備えるイオン化室21と、イオンレンズ221を備える第1真空室22aと、イオン化室21から第1真空室22aへイオンを導入する管212と、イオンガイド222を備える第2真空室22bと、第3真空室22cとを備える。第3真空室22cは、第1質量分離部23と、コリジョンセル24と、第2質量分離部25と、検出部30とを備える。コリジョンセル24は、イオンガイド240とCIDガス導入口241とを備える。
【0018】
情報処理部40は、入力部41と、通信部42と、記憶部43と、出力部44と、制御部50とを備える。制御部50は、装置制御部51と、解析部52と、出力制御部53とを備える。
【0019】
液体クロマトグラフ10は、導入された試料Sを液体クロマトグラフィにより分離する。液体クロマトグラフ10は、所望の精度で試料を分離することができれば特にその種類は限定されない。液体クロマトグラフ10として、ナノLC、マイクロLC、高速液体クロマトグラフ(HPLC)および超高速液体クロマトグラフ(UHPLC)等を用いることができる。
【0020】
移動相容器11aおよび11bは、バイアルやボトル等の液体を格納可能な容器を備え、それぞれ異なる組成の移動相を格納する。移動相容器11aおよび11bに格納されている移動相をそれぞれ移動相Aおよび移動相Bと呼ぶ。
【0021】
移動相Aおよび移動相Bの少なくとも一方は、シュウ酸を含む。移動相Aまたは移動相Bに含まれるシュウ酸の濃度は、0.1mM以上が好ましく、0.5mM以上がより好ましい。シュウ酸の濃度が高い程、リン酸基を有する化合物の金属吸着を大きく抑制することができる。言い換えれば、シュウ酸は、リン酸基を有する化合物を含む試料の金属への吸着を防ぐための吸着防止剤として機能する。シュウ酸の濃度が高すぎると質量分析における感度が低下するため、移動相Aまたは移動相Bに含まれるシュウ酸の濃度は、50mM以下が好ましく、10mM以下がより好ましい。移動相Aおよび移動相Bのシュウ酸の濃度が略同一であることが好ましい。
なお、移動相は、シュウ酸の塩を含んでもよい。
【0022】
移動相Aおよび移動相Bの溶媒の種類は特に限定されず、水系溶媒と有機溶媒との比が移動相Aと移動相Bとで異なるように移動相の組成が定められる。例えば、移動相Aの溶媒を水とし、移動相Bの溶媒をアセトニトリルとすることができる。
【0023】
送液ポンプ12aおよび12bは、それぞれ移動相Aおよび移動相Bを所定の流量になるように送液する。送液ポンプ12aおよび12bからそれぞれ出力された移動相Aおよび移動相Bは、流路の途中で混合され、試料導入部13へと導入される。送液ポンプ12aおよび12bは、それぞれ移動相Aおよび移動相Bの流量を変化させることにより、時間によって分析カラム14に導入される移動相の組成を変化させる。
【0024】
試料Sの導入等の分析の開始に対応する時点からの各時間における、移動相の組成を示す情報をグラジエントプログラムと呼ぶ。グラジエントプログラムに基づいて送液ポンプ12aおよび12bが制御され、設定された組成の移動相が分析カラム14に導入される。グラジエントプログラムに対応するデータは、記憶部43に記憶されており、装置制御部51が当該データを参照して送液ポンプ12aおよび12bを制御する。
【0025】
試料導入部13は、オートサンプラー等の試料導入装置を備え、前処理により調製された分析用の試料Sを移動相に導入する(矢印A1)。試料導入部13により導入された試料Sは、適宜不図示のガードカラムを通過して分析カラム14に導入される。
【0026】
分析カラム14は、固定相を備え、導入された試料Sに含まれる各成分を、当該成分の移動相と固定相とに対する親和性の違いを利用して異なる保持時間に溶出させる。分析カラム14の種類は、所望の精度で試料Sの各成分を分離することができれば特に限定されないが、PFPP(pentafluorophenylpopyl)カラムが塩基、窒素またはアミン等を好適に分離する観点から好ましい。PFPPカラムは、固定相にペンタフルオロフェニルプロピル基を含むカラムである。分析カラム14は、充填剤に金属を含むものが試料の金属吸着を起こしやすく、本実施形態の分析方法が好適に適用されるため好ましい。
【0027】
分析カラム14から溶出された溶出液は、質量分析計20のイオン化部211に導入される。分析カラム14の溶出液は、分析装置1のユーザー(以下、単に「ユーザー」と呼ぶ)による分注等の操作を必要とせず、オンライン制御により質量分析計20に入力されることが好ましい。
【0028】
質量分析計20は、分析カラム14から導入された溶出試料に対してタンデム質量分析を行い試料の各成分、特にリン酸基を有する化合物に対応するイオンを分析対象として検出する。溶出試料がイオン化されて得られた試料イオンSiの経路を、一点鎖線の矢印A2により模式的に示した。ここで、試料イオンSiは、試料イオンSiの解離により生じたイオンも含んで指すこととする。
なお、質量分析計20の各部の構成は、試料イオンSiを所望の精度で検出可能であれば特に限定されない。
【0029】
質量分析計20のイオン化部211は、導入された溶出試料をイオン化する。イオン化の方法は、所望の精度で分析対象の成分が検出される程度に溶出試料がイオン化されれば特に限定されないが、本実施形態のようにLC/MS/MSを行う場合にはエレクトロスプレー法(ESI)が好ましく、以下の実施形態でもESIを行うものとして説明する。イオン化部211から出射され生成された試料イオンSiは、イオン化室21と第1真空室22aとの間の圧力差等により移動し、管212を通過して第1真空室22aに入射する。
【0030】
第1真空室22a、第2真空室22bおよび第3真空室22cは、不図示の真空ポンプによりそれぞれ排気され、この順に真空度が高くなっており、第3真空室22cでは例えば10-2Pa以下等の高真空まで排気されている。第1真空室22aに入射したイオンは、イオンレンズ221を通過して第2真空室22bに導入される。第2真空室22bに入射したイオンは、イオンガイド222の間を通過して第3真空室22cに導入される。第3真空室22cに導入されたイオンは、第1質量分離部23へと出射される。第1質量分離部23に入射するまでの間に、イオンレンズ221やイオンガイド222等は、通過するイオンを電磁気学的作用により収束させる。
【0031】
第1質量分離部23は、四重極マスフィルタを備え、四重極マスフィルタに印加される電圧に基づく電磁気学的作用により、設定されたm/z(一定の係数の違いを除き質量電荷比に対応)を有するイオンをプリカーサーイオンとして選択的に通過させてコリジョンセル24に向けて出射する。第1質量分離部23は、分析対象の試料イオンSiをプリカーサーイオンとして選択的に通過させる。
【0032】
コリジョンセル24は、イオンガイド240によりイオンの移動を制御しながら、衝突誘起解離(Collision Induced Dissociation;CID)により分析対象の試料イオンSiを解離させ、フラグメントイオンを生成する。CIDの際にイオンが衝突させられるアルゴンや窒素等を含むガス(以下、CIDガスと呼ぶ)は、コリジョンセル内で所定の圧力になるようにCIDガス導入口241から導入される(矢印A3)。生成されたフラグメントイオンを含む試料イオンSiは、第2質量分離部25に向けて出射される。
【0033】
第2質量分離部25は、四重極マスフィルタを備え、四重極マスフィルタに印加される電圧に基づく電磁気学的作用により、設定されたm/zを有するフラグメントイオンを選択的に通過させて検出部30に向けて出射する。
【0034】
検出部30は、二次電子増倍管や光電子増倍管等のイオン検出器を備え、入射したフラグメントイオンを検出する。検出モードは正イオンを検出する正イオンモードと、負イオンを検出する負イオンモードとのいずれでもよい。フラグメントイオンを検出して得た検出信号は不図示のA/D変換器によりA/D変換され、デジタル信号となって情報処理部40の制御部50に測定データとして入力される(矢印A4)。
【0035】
情報処理部40は、電子計算機等の情報処理装置を備え、適宜ユーザーとのインターフェースとなる他、様々なデータに関する通信、記憶、演算等の処理を行う。情報処理部40は、測定部100の制御や、解析、表示の処理を行う情報処理装置となる。
なお、情報処理部40は、液体クロマトグラフ10および質量分析計20と一体になった一つの装置として構成してもよい。また、本実施形態の分析方法に用いるデータの一部は遠隔のサーバ等に保存してもよく、当該分析方法で行う演算処理の一部は遠隔のサーバ等で行ってもよい。測定部100の各部の動作の制御は、情報処理部40が行ってもよいし、各部を構成する装置がそれぞれ行ってもよい。
【0036】
情報処理部40の入力部41は、マウス、キーボード、各種ボタンおよび/またはタッチパネル等の入力装置を含んで構成される。入力部41は、検出するイオンのm/zの値等の制御部50が行う処理に必要な情報等を、ユーザーから受け付ける。
【0037】
情報処理部40の通信部42は、インターネット等のネットワークを介して無線や有線の接続により通信可能な通信装置を含んで構成される。通信部42は、測定部100の測定に必要なデータを受信したり、解析部52の解析結果等の制御部50が処理したデータを送信したり、適宜必要なデータを送受信する。
【0038】
情報処理部40の記憶部43は、不揮発性の記憶媒体を備える。記憶部43は、測定部100から出力された測定データ、および制御部50が処理を実行するためのプログラム等を記憶する。
【0039】
情報処理部40の出力部44は、出力制御部53により制御され、液晶モニタ等の表示装置およびプリンターの少なくとも一つを含んで構成され、測定部100の測定に関する情報や、解析部52の解析結果に対応する情報等を、表示装置に表示したり印刷媒体に印刷して出力する。
【0040】
情報処理部40の制御部50は、CPU等のプロセッサを含んで構成される。制御部50は、測定部100の制御や、測定部100から出力された測定データを解析する等、記憶部43等に記憶されたプログラムを実行することにより各種処理を行う。
【0041】
処理部50の装置制御部51は、入力部41を介した入力等に応じて設定された分析条件等に基づいて、測定部100の測定動作を制御する。装置制御部51は、送液ポンプ12aおよび12bの流量を制御したり、コリジョンセル24での解離を制御したり、第1質量分離部23および第2質量分離部25で選択的に通過させるイオンのm/z値を制御したり等する。
【0042】
解析部52は、測定部100から出力された測定データに基づいて試料における分析対象の成分の定量等の解析を行う。解析部52は、検出部30から出力された測定データから分析対象の成分に対応する検出強度を取得して記憶部43等に記憶させる。
【0043】
解析部52は、内部標準を測定した場合、分析対象の成分に対応する検出強度を、内部標準に対応する検出強度で割った比に、導入された当該内部標準の濃度を掛けた値を、各成分の量として算出する。内部標準を用いない場合は、基準となる物質または物質群の検出強度で規格化等した規格化強度を算出してもよい。また、解析部52は、保持時間と検出強度とを対応させたクロマトグラムに対応するデータを作成する。
なお、解析部52による解析の方法は特に限定されない。
【0044】
出力制御部53は、分析条件についての情報や、解析部52の解析により得られた情報等を含む出力画像を作成し、出力部44に出力させる。
【0045】
(分析用キット)
図2は、本実施形態の分析方法に用いられる分析用キットを模式的に示す図である。分析用キット9は、リン酸基を有する化合物を含む試料Sの金属への吸着を防ぐための吸着防止剤90を備え、吸着防止剤90は、シュウ酸またはその塩を含む。吸着防止剤90は、バイアル91に格納されているが、吸着防止剤90を格納する容器の種類、大きさおよび形状は特に限定されない。
なお、分析用キット9は、吸着防止剤90の他に液体クロマトグラフィや質量分析に用いられる任意の消耗品等を含むことができる。
【0046】
図3は、本実施形態の分析方法の流れを示すフローチャートである。ステップS1001において、分析者やユーザー等により、試料Sが用意される。ステップS1001が終了したら、ステップS1003が開始される。ステップS1003において、分析者やユーザー等により、試料の前処理が行われる。ステップS1003が終了したら、ステップS1005が開始される。
【0047】
ステップS1005において、液体クロマトグラフ10は、シュウ酸またはその塩を含む移動相を用いて、試料Sを液体クロマトグラフィにより分離する。ステップS1005が終了したら、ステップS1007が開始される。ステップS1007において、質量分析計20は、液体クロマトグラフィに供した試料Sを質量分析する。ステップS1007が終了したら、ステップS1009が開始される。
【0048】
ステップS1009において、解析部52は、質量分析により得られた測定データの解析を行う。ステップS1009が終了したら、ステップS1011が開始される。ステップS1011において、出力部44は、解析により得られた情報を出力する。ステップS1011が終了したら、処理が終了される。
【0049】
上述の実施の形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の分析方法は、リン酸基を有する化合物を含む試料Sの金属への吸着を防ぐための吸着防止剤を含む移動相を用いて液体クロマトグラフィを行うことと、液体クロマトグラフィの溶出液を質量分析することとを備え、吸着防止剤は、シュウ酸またはその塩を含む。これにより、液体クロマトグラフィにおいてヌクレオチド等のリン酸基を有する化合物の金属吸着を抑制し、質量分析において感度よく、または精度よくこれらの化合物を検出することができる。
【0050】
(2)本実施形態の分析方法において、質量分析では、エレクトロスプレー法により試料Sがイオン化される。これにより、生体等に含まれる様々な分子量の分子を、壊さずに好適にイオン化することができる。
【0051】
(3)本実施形態に係る吸着防止剤は、シュウ酸またはその塩を含み、液体クロマトグラフィ/質量分析の移動相に添加され、リン酸基を有する化合物を含む試料の金属への吸着を防ぐためのものである。これにより、液体クロマトグラフィにおいてヌクレオチド等のリン酸基を有する化合物の金属吸着を抑制し、質量分析において感度よくまたは精度よくこれらの化合物を検出することができる。
【0052】
(4)本実施形態に係る分析用キットは、吸着防止剤90を含む。これにより、上述の分析を迅速に行うことができる。
【0053】
次のような変形も本発明の範囲内であり、上述の実施形態と組み合わせることが可能である。以下の変形例において、上述の実施形態と同様の構造、機能を示す部位に関しては、同一の符号で参照し、適宜説明を省略する。
(変形例1)
上述の実施形態の分析装置1はトリプル四重極質量分析計としたが、質量分析部20の構成は特に限定されない。質量分析部20は、1つの質量分析器からなる質量分離部を備えてもよいし、上述の実施形態とは異なる組合せの2以上の質量分析器からなる質量分離部を備えてもよい。例えば、分析装置1は、イオントラップや飛行時間型の質量分離部を含んで構成することができる。
【0054】
解離の方法も上述のCIDに限定されず、光誘起解離、電子捕獲解離、または電子移動解離等、分析装置1の種類や分析対象の分子の特性に合わせて適宜選択することができる。
【0055】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【実施例】
【0056】
以下の実施例では、既知の濃度のヌクレオチドを含む試料に対し、ギ酸を含む移動相およびシュウ酸を含む移動相をそれぞれ用いてLC/MS/MSを行った結果が説明される。
なお、本発明は、以下の実施例に示された数値、条件に限定されない。
【0057】
(比較例1)
比較例1では、0.1体積%のギ酸が添加された移動相を用いて、0.1μM CTP溶液を分析した。
【0058】
液体クロマトグラフィの条件
分析用試料を、以下の条件で液体クロマトグラフィで分離した。
システム:NexeraX2(Shimadzu)
分析カラム: Discovery HS F5-3(Sigma-Aldrich)(内径2.1mm、長さ150mm、粒径3μm)
注入量: 3μL
カラム温度: 40℃
移動相:
(A)0.1%ギ酸(水に溶解)
(B)0.1%ギ酸(アセトニトリルに溶解)
流速: 0.25mL/min
グラジエントプログラム:
時間(分) 移動相Bの濃度(%)
0 0
2 0
5 25
11 35
15 95
20 95
20.1 0
35 0
【0059】
質量分析の条件
上記液体クロマトグラフィにおいて溶出された溶出試料を、溶出口に直接接続したタンデム質量分析により検出した。
システム:LCMS-8050(Shimadzu)
イオン化の方法: エレクトロスプレー法、正イオンモード
測定モード: 多重反応モニタリング(MRM)
温度:
脱溶媒管(Desolvation Line;DL)温度: 250℃
ヒートブロック温度: 400℃
インターフェイス温度: 300℃
ガス流量:
ネブライザーガス流量: 3.0L/min
ドライングガス流量: 10.0L/min
ヒーティングガス流量: 10.0L/min
【0060】
CTPに対応するイオンとして、m/z 483.90のプリカーサーイオンを分離し、CIDに供した後、m/z 112.20のプロダクトイオンを分離して検出した。
【0061】
図4(A)は、比較例1の質量分析により得られたマスクロマトグラムである。各ピークの強度は非常に小さく、実質的にCTPを検出することはできなかった。
【0062】
(実施例1)
実施例1では、10mMのシュウ酸が添加された移動相を用いて、0.1μM CTP溶液を分析した。
【0063】
液体クロマトグラフィの条件
分析用試料を、以下の条件で液体クロマトグラフィで分離した。
システム:NexeraX2(Shimadzu)
分析カラム: Discovery HS F5-3(Sigma-Aldrich)(内径2.1mm、長さ150mm、粒径3μm)
注入量: 3μL
カラム温度: 40℃
移動相:
(A)10mMシュウ酸(水に溶解)
(B)10mMシュウ酸(アセトニトリルに溶解)
流速: 0.3mL/min
グラジエントプログラム:
時間(分) 移動相Bの濃度(%)
0 0
3 0
9 100
13 100
13.01 0
17 0
【0064】
質量分析の条件
上記液体クロマトグラフィにおいて溶出された溶出試料を、溶出口に直接接続したタンデム質量分析により検出した。
システム:LCMS-8050(Shimadzu)
イオン化の方法: エレクトロスプレー法、正イオンモード
測定モード: MRM
温度:
脱溶媒管(DL)温度: 250℃
ヒートブロック温度: 400℃
インターフェイス温度: 300℃
ガス流量:
ネブライザーガス流量: 3.0L/min
ドライングガス流量: 10.0L/min
ヒーティングガス流量: 10.0L/min
【0065】
CTPに対応するイオンとして、m/z 483.90のプリカーサーイオンを分離し、CIDに供した後、m/z 112.20のプロダクトイオンを分離して検出した。
【0066】
図4(B)は、実施例1の質量分析により得られたマスクロマトグラムである。実施例1では、比較例1の各ピークに比べると非常に大きな、CTPに対応するピークを検出することができた。また、実施例1ではノイズの顕著な増加も観察されず、S/N比も上昇した。
【0067】
(比較例2)
比較例2では、0.1体積%のギ酸が添加された移動相を用い、比較例1の場合と略同様の条件で、0.1μM シチジン二リン酸(CDP)溶液および0.1μM グアノシン二リン酸(GDP)溶液をそれぞれ分析した。質量分析ではCDPおよびGDPをそれぞれ検出するようにトランジションを設定した。
【0068】
(実施例2)
実施例2では、10mMのシュウ酸が添加された移動相を用い、実施例1の場合と略同様の条件で、0.1μM CDP溶液および0.1μM GDP溶液をそれぞれ分析した。質量分析ではCDPおよびGDPをそれぞれ検出するようにトランジションを設定した。
【0069】
図5は、比較例2および実施例2の結果を示す表である。試料の検出強度として、バックグラウンドを除去した後の試料に対応するピークの面積を示した。CDPおよびGDPは、リン酸基の数がATPよりも少なく、金属吸着による悪影響もより少ないと考えられるが、これらの分子を試料とした場合でも、シュウ酸系移動相を用いることでギ酸系移動相を用いた場合よりも感度を高くすることができた。
【0070】
次の優先権基礎出願の開示内容は引用文としてここに組み込まれる。
日本国特許出願2018年第207620号(2018年11月2日出願)
【符号の説明】
【0071】
1…分析装置、9…分析用キット、10…液体クロマトグラフ、11a,11b…移動相容器、14…分析カラム、20…質量分析計、21…イオン化室、23…第1質量分離部、24…コリジョンセル、25…第2質量分離部、30…検出部、40…情報処理部、50…制御部、51…装置制御部、52…解析部、53…出力制御部、90…吸着防止剤、100…測定部、211…イオン化部、S…試料、Si…試料イオン。