(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-13
(45)【発行日】2022-04-21
(54)【発明の名称】医療用細胞シートの製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 5/077 20100101AFI20220414BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20220414BHJP
【FI】
C12N5/077
A61L27/38 300
(21)【出願番号】P 2020194771
(22)【出願日】2020-11-25
(62)【分割の表示】P 2019083620の分割
【原出願日】2008-09-30
【審査請求日】2020-12-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】石橋 賢一
(72)【発明者】
【氏名】菅原 浩行
(72)【発明者】
【氏名】坂本 健太
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-229906(JP,A)
【文献】特開2003-052360(JP,A)
【文献】特開2006-055106(JP,A)
【文献】特開2007-053906(JP,A)
【文献】特開平11-127851(JP,A)
【文献】国際公開第2005/087286(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/077
A61L 27/38
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成長因子、ステロイド剤およびセレンを含まない細胞シートの製造方法であって、
筋芽細胞を、
コンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度で播種する工程、および、細胞を
有効量の成長因子、ステロイド剤およびセレンを含まない細
胞培養液中で培養する工程を含む、前記方法。
【請求項2】
培養液が同種血清を含む、請求項
1記載の方法。
【請求項3】
同種血清がレシピエント由来である、請求項
2に記載の方法。
【請求項4】
培養容器と、同種血清と、細胞とを含み、該細胞の数が、コンフルエントに達する密度またはそれ以上の密度である播種密度をもたらす数である、請求項1~
3のいずれか一項に記載の方法に用いるための組合せ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有効量の成長因子を用いることなく細胞シートを製造する方法、およびかかる方法により製造された細胞シート、特に、製造工程由来不純物を実質的に含まない細胞シートに関する。
【背景技術】
【0002】
狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患では、心筋組織に十分な酸素が行き渡らなくなり、この状態が長時間続くと心筋組織に傷害が生じる。元来成体の心筋細胞は自己複製能に乏しいため、一旦傷害を受けると心筋の修復はできないか、例え修復できたとしてもごく限られた回復しか期待できず最終的に心不全に陥ってしまう。
【0003】
心不全の有効な治療方法として心臓移植があるが、移植までの待機中にブリッジとして左室補助人工心臓を装着するケースが多い。
しかし心臓移植は、免疫抑制治療に伴う感染症の危険性、遠隔期の冠動脈硬化病変の出現、絶対的なドナー不足などが深刻な問題となっており、また現在の補助人工心臓は、血栓塞栓症・感染などの合併症、装置の耐久性の問題から患者QOLが非常に制限され、長期補助が困難である。
【0004】
このような中で新たな治療法として研究が進められているのが、心筋組織への骨格筋芽細胞移植である。
骨格筋に含まれる筋芽細胞は、筋肉が損傷を受けたとき分裂し修復を行う。心筋と骨格筋は構造、機能などに類似する部分が多く、そのため骨格筋由来の筋芽細胞は傷害心筋も修復し得ると考えられている。海外では自己骨格筋芽細胞の心筋への移植が臨床的に応用されつつある。
【0005】
骨格筋芽細胞の移植による心機能の低下抑制に関するメカニズムは明らかでないが、筋芽細胞を拍動している心筋に移植することで、メカニカル・ストレッチが加わる場で細胞の配列に配向性が生じ適切な分化が行われていることが考えられ、またVEGF(血管内皮増殖因子)などのサイトカイン・デリバリー・システムとして機能している可能性も考えられている。
【0006】
しかしながら、梗塞心臓に対するシングル・セルとしての筋芽細胞懸濁液の移植では、移植細胞の障害損失、レシピエント心の注入時の組織障害、レシピエント心への組織供給効率、不整脈の発生、梗塞部位全体への治療困難などの欠点が指摘されており、これらに対応すべく筋芽細胞のシート化、いわゆる「細胞シート」としての提供が渇望された。
【0007】
これに対し、特定の培養条件によって細胞を増殖させることにより予想以上に組織化が進展し、且つ培養皿から剥離し易いという性質をもった人工組織が見出され、成体の心筋以外の部分に由来する細胞を含む心臓に適用可能な三次元組織構造体としての細胞シートと、その製造方法が提供された(特許文献1参照)。
【0008】
ところで、公知の製造方法で使用される細胞培養液は、目的とする細胞が増殖する限りどのような培地でも良いとされており、公知のウシ胎仔由来血清等の血清が添加されている培地でも良いとされている(例えば、特許文献1参照)。
【0009】
また、心筋前駆細胞等の増殖に用いる細胞培養液には、ウシ胎仔血清、ウマ血清、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)2を用いることが公知されている(特許文献2参照)。
【0010】
このように、細胞シートの形成は、通常細胞を増殖させて行っており、細胞の増殖促進のため、異種血清成分以外に成長因子の添加が一般に行われているが、一方で、例えば、コンフルエントになると分化する傾向がある骨格筋芽細胞などでは、増殖した細胞の分化への移行を抑制するため、骨格筋芽細胞の培養液には通常ステロイド剤が添加される。ステロイド剤を添加しないと、後述の実験が示すとおり、骨格筋芽細胞は16時間程度の培養で分化を始めてしまう。骨格筋芽細胞は分化すると管状の筋管を形成してしまい、細胞シートを得ることが不可能となる。
さらに、培養液には、抗酸化作用を目的としたセレンの添加が行われる場合がある。
【0011】
しかし臨床への適用を考えると、異種血清成分にはレシピエントに感染し得るウイルスなどの病原体が含まれる恐れがあり、成長因子も、通常は微生物を利用して組換え的に製造されることを考えると、残存した場合に製造工程由来不純物となり得るため、安全性の観点からそのまま移植に利用することはできない。
【0012】
また、セレンは生体にとって抗酸化酵素の合成に必要な必須元素であり、セレノシステインとして蛋白質に組み込まれ、主にセレノプロテインとして働き、ビタミンEやCと協調して活性酸素やラジカルから生体を防御すると考えられている。しかし、セレンは、適正量と中毒量との幅が非常に狭く、過剰症として悪心、吐き気、下痢、食欲不振、頭痛、免疫抑制、高比重リポ蛋白(HDL)減少などの症状が知られている。一方ステロイド剤は、その副作用として副腎皮質機能不全、クッシング症候群などが知られており、いずれも製造工程由来不純物として移植に際して除去することが好ましい成分である。
【0013】
これらの製造工程由来不純物は、通常、細胞シートをこれらの物質を含まない媒体で洗浄することによって除去するが、細胞シートは機械的に極めて脆弱であり、洗浄時の水流などにより容易に破壊されるため、細胞シートにおける製造工程由来不純物を臨床上障害とならないレベルまで洗浄することはこれまで極めて困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【文献】特表2007-528755号公報
【文献】特開2008-161183号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
本発明は、臨床への適用に障害となり得る製造工程由来不純物成分を含まない細胞シート、およびその製造方法の提供を課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
培養する細胞の増殖能促進を目的として、これまで述べたとおり細胞培養液には異種血清成分に加え、成長因子が成分として含有される。また、細胞種によってはステロイド剤が添加され、適用する基礎培地によってはセレンを含有するケースもある。
しかし、これらの成分は臨床においてはレシピエントに対するアナフィラキシーショック等の副作用要因となり得ることが否定できない製造工程由来不純物であり、臨床への適用にあたっては排除すべき成分である。
【0017】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究を行う中で、細胞シート製造プロセスにおいて、播種細胞数をコントロールすることで細胞増殖の考慮は不要と考え、一般に細胞増殖に必要な因子として添加する成長因子を実質的に含有しない非細胞増殖系の培養液中で細胞を培養したところ、意外にも細胞シート作製が可能であることを見出した。
さらに研究を続けたところ、培養液を非細胞増殖系とすることにより、細胞シートの作製において、骨格筋芽細胞の分化抑制のため添加するステロイド剤が不要となること、セレンが不要となること、また、異種血清の代わりにレシピエント由来の血清が利用可能であることなどを見出し、本発明を完成させた。
【0018】
より詳細には、本発明者らは、アミノ酸、ビタミン剤、電解質を主成分とするMCDB131培地(Invitrogen製)を基礎培地とし、これに異種血清成分ではなくレシピエント由来の血清を想定して、5~40%のヒト血清(Cambrex製、または研究採血由来)を含有した細胞培養液を調製し、ヒト骨格筋芽細胞による細胞シート形成の検討を行った。その結果、適度な強度を有する三次元組織構造体としての細胞シートを形成することができ、且つこれが安定した機能性を有することが判明した。
ここで含有するヒト血清は、高い安全性の確保という観点からレシピエント由来の血清を適用し、その濃度は10~20%であることが望ましい。
【0019】
次に本発明者らは、10~20%ヒト血清を含むMCDB131培地に、上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有した細胞培養液と、これらの成分を含有しない細胞培養液を用い、一定量以上の細胞を播種し細胞シートを作製したところ、上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有しない細胞培養液で作製した細胞シートの純度が優位であることを確認した。
これは、細胞培養液を非増殖系とすることで、同じ接着系細胞でありながら骨格筋芽細胞より増殖能が高い目的外細胞である線維芽細胞の増殖を抑える効果も示唆される結果となった。
【0020】
また、上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有する細胞培養液において、培養25時間後に骨格筋芽細胞の分化を示す多核化が認められたのに対し、上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有しない細胞培養液では多核化は認められなかった。
これらの結果は、先に述べた細胞シートの作製において細胞増殖の考慮は不要とする仮定の裏付けとなる結果であり、そのため細胞分化抑制のためのステロイド剤も不要であることが明らかとなった。
【0021】
ところで、本発明者らが基礎培地として使用したMCDB131培地には微量であるが亜セレン酸が含まれる。本成分は「毒物及び劇物指定令」(昭和40年1月4日 政令第2号)で毒物指定品目に指定されている。そのため、MCDB131培地と同様にアミノ酸、ビタミン剤、電解質を主成分とし、且つセレン成分を含まないDMEM培地(Invitrogen製)を基礎培地とし、前述と同様の検討を実施したところ、得られた細胞シートに差異は認められなかったため、細胞シートの作製にセレンの影響はないものと考えられた。
したがって、成長因子やステロイド剤に加え、細胞シートの作製においてはセレン成分の添加も不要であることが示唆された。
表1にMCDB131培地とDMEM培地の組成を示す。
【0022】
【0023】
【0024】
したがって、本発明は以下の(1)~(18)に示されるものである。
(1)実質的に増殖することなく細胞シートを形成し得る密度の細胞を、有効量の成長因子を含まない細胞培養液中で培養することを含む、細胞シートの製造方法。
(2)細胞が、単層の細胞シートを形成する、(1)の製造方法。
(3)培養期間中、細胞が未分化の状態に維持される、(1)または(2)の製造方法。
(4)細胞培養液が、ステロイド剤成分を実質的に含まない、(1)~(3)の製造方法。
(5)細胞培養液が、異種血清成分を実質的に含まない、(1)~(4)の製造方法。
(6)細胞培養液が、同種血清成分を含む、(1)~(5)の製造方法。
(7)同種血清成分が、レシピエント由来である、(6)の製造方法。
(8)細胞培養液が、セレン成分を実質的に含まない、(1)~(7)の製造方法。
(9)細胞培養液が、アミノ酸およびビタミン剤を成分とする基礎培地を含む、(1)~(8)の製造方法。
(10)アミノ酸が、少なくともL-アルギニン、L-シスチン、L-グルタミン、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-セリン、L-トレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリンを含む、(9)の製造方法。
(11)アミノ酸の濃度が、L-アルギニン:63.2~84mg/L、L-シスチン:35~63mg/L、L-グルタミン:4.4~584mg/L、グリシン:2.3~30mg/L、L-ヒスチジン:42mg/L、L-イソロイシン:66~105mg/L、L-ロイシン:105~131mg/L、L-リジン:146~182mg/L、L-メチオニン:15~30mg/L、L-フェニルアラニン:33~66mg/L、L-セリン:32~42mg/L、L-トレオニン:12~95mg/L、L-トリプトファン:4.1~16mg/L、L-チロシン:18.1~104mg/L、L-バリン:94~117mg/Lである、(10)の製造方法。
(12)ビタミン剤が、少なくともD-パントテン酸カルシウム、塩化コリン、葉酸、i-イノシトール、ナイアシンアミド、リボフラビン、チアミン、ピリドキシンを含む、(9)の製造方法。
(13)ビタミン剤の濃度が、D-パントテン酸カルシウム:4~12mg/L、塩化コリン:4~14mg/L、葉酸:0.6~4mg/L、i-イノシトール:7.2mg/L、ナイアシンアミド:4~6.1mg/L、リボフラビン:0.0038~0.4mg/L、チアミン:3.4~4mg/L、ピリドキシン:2.1~4mg/Lである、(12)の製造方法。
(14)製造工程由来不純物を除去する工程を含まない、(1)~(13)の製造方法。
(15)(1)~(14)の製造方法で製造された細胞シート。
(16)疾病、傷病の治療に用いる細胞シートであって、成長因子、ステロイド剤、セレン成分を実質的に含まない細胞シート。
(17)異種血清成分を含有しない、(15)または(16)の細胞シート。
(18)アミノ酸およびビタミン剤を成分とする基礎培地、および同種血清は含むが、成長因子、ステロイド剤、セレン成分を実質的に含まない、細胞シート作製用培養液。
【発明の効果】
【0025】
本発明により、三次元組織構造体としての細胞シートの製造にあたって、一般に細胞増殖に必要な因子として添加する成長因子を含有しない非細胞増殖系の培養液での培養が可能となるため、通常は組換え品である成長因子に含まれ得るエンドトキシンなどの混入を避けることができるうえ、骨格筋芽細胞の分化抑制剤として添加するステロイド剤が不要となる。さらに本発明により、酸化防止のためのセレンまたはその誘導体が不要となり、また、異種血清の代わりにレシピエント由来の血清を用いることが可能となる。この結果、製造工程由来不純物を含まない、臨床において安全性の高い細胞シートを提供することが可能となる。
【0026】
また、作製した細胞シートの損傷が懸念される製造工程由来不純物の除去を目的とした洗浄などの操作が不要となり、細胞シートのより確実で安定した製造が可能となる。
さらに、本発明の方法により、所望の大きさ・形状の細胞シートが短期間で製造できるため、細胞シートを利用した生体の処置をより柔軟かつ容易に行うことが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【
図1A】従来の細胞シート作製フローを示した図である。製造工程由来不純物除去のため洗浄工程を設ける必要があった。
【
図1B】本発明による細胞シート作製フローを示した図である。製造工程由来不純物を含まない細胞培養液を用いることで洗浄操作の省略が可能となった。
【
図2】20%のヒト血清成分を含有する細胞培養液を用いて形成された細胞シートの外観を示した写真図である(×200)。
【
図3A】20%ヒト血清を含有するMCDB131培地からなる細胞培養液で作製した細胞シートの外観を示した写真図である(×200)。
【
図3B】
図3Aの比較対照として、20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液を含有するMCDB131培地からなる細胞培養液で作製した細胞シートの外観を示した写真図である(×200)。
【
図4A】上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有する細胞培養液にて作製した培養25時間後の細胞シート外観性状を示した写真図である(×100)。
【
図4B】
図4Aの細胞培養液にて作製した培養16時間後の細胞シートにおけるMHCの発現を示した写真図である(×100)。
【
図4C】上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有しない細胞培養液にて作製した培養25時間後の細胞シート外観性状を示した写真図である(×200)。
【
図5A】20%ヒト血清を含有するDMEM培地からなる細胞培養液で作製した細胞シートの外観を示した写真図である(×200)。
【
図5B】
図5Aの比較対照として、20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液を含有するMCDB131培地からなる細胞培養液で作製した細胞シートの外観を示した写真図である(×200)。
【発明を実施するための形態】
【0028】
図1Aに従来の細胞シート製造フロー、
図1Bに本発明による細胞シート製造フローの非限定例を示す。
本発明は、実質的に増殖することなく細胞シートを形成し得る密度の細胞を、有効量の成長因子を含まない細胞培養液中で培養することを含む、細胞シートの製造方法に関する。
本発明における細胞には、細胞シートを形成し得る任意の細胞が含まれる。かかる細胞の例としては、限定されずに、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞)、心筋細胞、線維芽細胞、滑膜細胞、上皮細胞、内皮細胞などが含まれる。これらのうち、本発明においては、単層の細胞シートを形成するもの、例えば、筋芽細胞が好ましい。細胞は、細胞シートによる治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物には、限定されずに、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。また、本発明の方法に用いる細胞は1種類のみであってもよいが、2種類以上の細胞を用いることもできる。本発明の好ましい態様において、細胞シートを形成する細胞が2種類以上ある場合、最も多い細胞の比率(純度)は、細胞シート製造終了時において、65%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上である。
【0029】
本発明において、「実質的に増殖することなく細胞シートを形成し得る密度」とは、成長因子を含まない培養液で培養した場合に、細胞シートを形成することができる細胞密度を意味する。例えば、骨格筋芽細胞の場合、成長因子を含む培養液を用いる従来法では、細胞シートを形成するために、約6,500個/cm2の密度の細胞をプレートに播種していたが(例えば、特許文献1参照)、かかる密度の細胞を、成長因子を含まない培養液で培養しても細胞シートを形成することはできない。したがって、本発明の方法における細胞密度は、成長因子を含む培養液を用いる従来法におけるものよりも高いものである。具体的には、例えば、骨格筋芽細胞については、かかる密度は典型的には300,000個/cm2以上である。細胞密度の上限は、細胞シートの形成が損なわれず、細胞が分化に移行しなければ特に制限されないが、骨格筋芽細胞については、例えば、1,000,000個/cm2である。当業者であれば、本発明に適した細胞密度を、実験により適宜決定することができる。培養期間中、細胞は増殖してもしなくてもよいが、増殖するとしても、細胞の性状が変化する程には増殖しない。例えば、骨格筋芽細胞はコンフルエントになると分化を開始するが、本発明においては、骨格筋芽細胞は、細胞シートは形成するが、分化に移行しない密度で播種される。本発明の好ましい態様において、細胞は計測誤差の範囲を超えて増殖しない。細胞が増殖したか否かは、例えば、播種時の細胞数と、細胞シート形成後の細胞数とを比較することにより評価することができる。本態様において、細胞シート形成後の細胞数は、典型的には播種時の細胞数の300%以下、好ましくは200%以下、より好ましくは150%以下、さらに好ましくは125%以下、特に好ましくは100%以下である。
【0030】
本発明の一態様において、細胞の培養は、所定の期間内、好ましくは、細胞が分化に移行しない期間内に行われる。したがって、この態様において、細胞は、培養期間中、未分化の状態に維持される。細胞の分化への移行は、当業者に知られた任意の方法で評価することができる。例えば、骨格筋芽細胞の場合は、MHCの発現や、細胞の多核化を分化の指標とすることができる。本発明の好ましい態様において、培養期間は48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。
【0031】
本発明において、「細胞シート」は、細胞が互いに連結してシート状になったものをいい、典型的には1つの細胞層からなるものであるが、2以上の細胞層から構成されるものも含む。細胞同士は、直接および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも機械的に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、細胞シートを構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも機械的に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。
本発明の細胞シートは、好ましくはスキャフォールド(支持体)を含まない。スキャフォールドは、その表面上および/またはその内部に細胞を付着させ、細胞シートの物理的一体性を維持するために当該技術分野において用いられることがあり、例えば、ポリビニリデンジフルオリド(PVDF)製の膜等が知られているが、本発明の細胞シートは、かかるスキャフォールドがなくともその物理的一体性を維持することができる。また、本発明の細胞シートは、好ましくは、細胞シートを構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
【0032】
本発明において、「成長因子」は、細胞の増殖を、それがない場合に比べて促進する任意の物質を意味し、例えば、上皮細胞成長因子(EGF)、血管内皮成長因子(VEGF)、線維芽細胞成長因子(FGF)などを含む。
本発明において、「有効量の成長因子」とは、細胞の増殖を、成長因子がない場合に比べて、有意に促進する成長因子の量、または、便宜的に、当該技術分野において細胞の増殖を目的として通常添加する量を意味する。細胞増殖促進の有意性は、例えば、当該技術分野で知られた任意の統計学的手法、例えば、t検定などにより適宜評価することができ、また、通常の添加量は当該技術分野の種々の公知文献から知ることができる。具体的には、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの有効量は、例えば0.005μg/mL以上である。
【0033】
したがって、「有効量の成長因子を含まない」とは、本発明における培養液における成長因子の濃度がかかる有効量未満であることを意味する。例えば、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの培養液中の濃度は、好ましくは0.005μg/mL未満、より好ましくは0.001μg/mL未満である。本発明の好ましい態様においては、培養液における成長因子の濃度は、生体における通常の濃度未満である。かかる態様においては、例えば、骨格筋芽細胞の培養におけるEGFの培養液中の濃度は、好ましくは5.5ng/mL未満、より好ましくは1.3ng/mL未満、さらに好ましくは、0.5ng/mL未満である。さらに好ましい態様において、本発明における培養液は、成長因子を実質的に含まない。ここで、実質的に含まないとは、培養液中の成長因子の含量が、細胞シートを生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液に成長因子を積極的に添加しないことを意味する。したがって、この態様においては、培養液は、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度の成長因子を含まない。
【0034】
本発明に用いる細胞培養液(単に「培養液」と呼ぶ場合もある)は、細胞の生存を維持できるものであれば特に限定されないが、典型的には、アミノ酸、ビタミン類、電解質を主成分としたものが利用できる。本発明の一態様において、培養液は、細胞培養用の基礎培地をベースにしたものである。かかる基礎培地には、限定されずに、例えば、DMEM、MEM、F12、DME、RPMI1640、MCDB(MCDB102、104、107、131、153、199など)、L15、SkBM、RITC80-7などが含まれる。これらの基礎培地の多くは市販されており、その組成も公知となっている。一例として、前記表1にMCDB131およびDMEMの組成を示した。基礎培地は、標準的な組成のまま(例えば、市販されたままの状態で)用いてもよいし、細胞種や細胞条件に応じてその組成を適宜変更してもよい。したがって、本発明に用いる基礎培地は、公知の組成のものに限定されず、1または2以上の成分が追加、除去、増量もしくは減量されたものを含む。
【0035】
基礎培地に含まれるアミノ酸としては、限定されずに、例えば、L-アルギニン、L-シスチン、L-グルタミン、グリシン、L-ヒスチジン、L-イソロイシン、L-ロイシン、L-リジン、L-メチオニン、L-フェニルアラニン、L-セリン、L-トレオニン、L-トリプトファン、L-チロシン、L-バリンなどが、ビタミン類としては、限定されずに、例えば、D-パントテン酸カルシウム、塩化コリン、葉酸、i-イノシトール、ナイアシンアミド、リボフラビン、チアミン、ピリドキシン、ビオチン、リポ酸、ビタミンB12、アデニン、チミジンなどが、そして、電解質としては、限定されずに、例えば、CaCl2、KCl、MgSO4、NaCl、NaH2PO4、NaHCO3、Fe(NO3)3、FeSO4、CuSO4、MnSO4、Na2SiO3、(NH4)6Mo7O24、NaVO3、NiCl2、ZnSO4などがそれぞれ含まれる。基礎培地には、これらの成分のほか、D-グルコースなどの糖類、ピルビン酸ナトリウム、フェノールレッドなどのpH指示薬、プトレシンなどを含んでもよい。
【0036】
本発明の一態様において、細胞培養液は、ステロイド剤成分を実質的に含まない。ここで「ステロイド剤成分」は、ステロイド核を有する化合物のうち、生体に、副腎皮質機能不全、クッシング症候群などの悪影響を及ぼし得るものをいう。かかる化合物としては、限定されずに、例えば、コルチゾール、プレドニゾロン、トリアムシノロン、デキサメタゾン、ベタメタゾン等が含まれる。したがって、「ステロイド剤成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの化合物の含量が、細胞シートを生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液にこれらの化合物を積極的に添加しないこと、すなわち、培養液が、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度のステロイド剤成分を含まないことを意味する。
【0037】
本発明の一態様において、細胞培養液は、異種血清成分を実質的に含まない。ここで「異種血清成分」は、レシピエントとは異なる種の生物に由来する血清成分を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ウシやウマに由来する血清、例えば、ウシ胎仔血清(FBS、FCS)、仔ウシ血清(CS)、ウマ血清(HS)などが異種血清成分に該当する。したがって、「異種血清成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの血清の含量が、細胞シートを生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度(例えば、細胞シート中の血清アルブミン含量が50ng未満となる量)であること、好ましくは、培養液にこれらの物質を積極的に添加しないことを意味する。
【0038】
本発明の一態様において、細胞培養液は同種血清成分を含む。ここで「同種血清成分」は、レシピエントと同一の種の生物に由来する血清成分を意味する。例えば、レシピエントがヒトである場合、ヒト血清が同種血清成分に該当する。同種血清成分が、自己血清成分、すなわち、レシピエントに由来する血清成分であることが好ましい。同種血清成分の含量は、細胞シートの形成を可能とする量であれば特に限定されないが、好ましくは5~40%、より好ましくは10~20%である。なお、本明細書中では、特に断らない限り、「%」は、「v/v(容量/容量)%」を意味する。
【0039】
本発明の一態様において、細胞培養液は、セレン成分を実質的に含まない。ここで「セレン成分」は、セレン分子、およびセレン含有化合物、特に、生体内でセレン分子を遊離し得るセレン含有化合物、例えば、亜セレン酸などを含む。したがって、「セレン成分を実質的に含まない」とは、培養液におけるこれらの物質の含量が、細胞シートを生体に適用した場合に悪影響を及ぼさない程度であること、好ましくは、培養液にこれらの物質を積極的に添加しないこと、すなわち、培養液が、その中の他の成分、例えば血清などに含まれる以上の濃度のセレン成分を含まないことを意味する。具体的には、例えば、ヒトの場合、培養液中のセレン濃度は、ヒト血清中の正常値(例えば、10.6~17.4μg/dL)に、培地中に含まれるヒト血清の割合を乗じた値よりも低い(すなわち、ヒト血清の含量が10%であれば、セレン濃度は、例えば、1.0~1.7μg/dL未満である)。
【0040】
本発明の方法は、典型的には、(1)細胞を培養液に播種する工程、(2)細胞を培養して細胞シートを形成させる工程、および(3)細胞シートを剥離する工程を含む。成長因子を含む培養液を用いる従来の方法においては、生体に適用する細胞シートを作製する場合、工程(3)の後に、成長因子、ステロイド剤成分、異種血清成分などの製造工程由来不純物を、洗浄などにより除去する工程が必須であった。しかしながら、本発明の方法の一態様は、この製造工程由来不純物を除去する工程を含まない。
ここで、「製造工程由来不純物」とは、典型的には、製造各工程に由来する以下に列挙するものが含まれる。すなわち、細胞基材に由来するもの(例えば、宿主細胞由来蛋白質、宿主細胞由来DNA)、細胞培養液に由来するもの(例えば、インデューサー、抗生物質、培地成分)、あるいは細胞培養以降の工程である目的物質の抽出、分離、加工、精製工程に由来するものなどである(例えば、医薬審発第571号参照)。
【0041】
細胞の培養は、当該技術分野で通常なされている条件で行うことができる。例えば、典型的な培養条件としては、37℃、5%CO2での培養が挙げられる。培養期間は、細胞シートの十分な形成、および、細胞分化防止の観点から、好ましくは48時間以内、より好ましくは40時間以内、さらに好ましくは24時間以内である。培養は任意の大きさおよび形状の容器で行うことができる。本発明の方法において、細胞は実質的に増殖しないため、従来の方法のように細胞シートが所望の大きさに成長するのを待つことなく、所望の大きさおよび形状の細胞シートを短期間で得ることが可能となる。細胞シートの大きさや形状は、培養容器の細胞付着面の大きさ・形状を調整すること、または、培養容器の細胞付着面に、所望の大きさ・形状の型枠を設置し、その内部で細胞を培養することなどにより任意に調節することができる。
細胞シートの剥離法は、細胞シートが少なくとも部分的に、シート構造を保ったまま、足場となっている基材から剥離できれば特に限定されないが、典型的には、細胞を、温度によって表面の親水性が変化する温度反応性培養皿上で培養し、温度変化により、非酵素的に剥離する。
【0042】
本発明の方法は、細胞の採取から、細胞の増殖および細胞シートの作製を経て、細胞シートの適用に至る、再生治療の一工程として位置づけることもできる。したがって、本発明は、
(1)対象から採取した組織または生体液から所望の細胞を単離する工程、
(2)単離した細胞を増殖させる工程、
(3)増殖した細胞を、実質的に増殖することなく細胞シートを形成し得る密度で、有効量の成長因子を含まない細胞培養液中で培養して、細胞シートを形成する工程、
(4)対象への適用のために、細胞シートを剥離する工程、
を含む、再生治療用細胞シートの製造方法にも関する。
【0043】
本発明はまた、上記製造方法によって作製された細胞シート、さらには、成長因子、ステロイド剤、セレン成分を実質的に含まない細胞シートに関する。好ましい態様において、本発明の細胞シートは、異種血清成分を実質的に含まない。この細胞シートは、細胞を、成長因子、ステロイド剤、セレン成分、好ましくはさらに異種血清成分を実質的に含まない培養液で培養して、細胞シートを形成させることにより作製することができる。ここで、細胞シートが成長因子、ステロイド剤、セレン成分、または異種血清成分を実質的に含まないとは、細胞シートが、これらの成分を、レシピエントに悪影響を与える濃度で含まないことを少なくとも意味するが、細胞シートの形成を、成長因子、ステロイド剤、セレン成分、好ましくはさらに異種血清成を実質的に含まない培養液で行うことにより、かかる条件を充足することができる。
本発明の細胞シートは、対象の疾病、傷病の治療に用いることができる。例えば、骨格筋芽細胞による細胞シートは、心疾患、例えば、心筋梗塞、拡張型心筋症などに用いることができる。
【0044】
本発明はまた、アミノ酸およびビタミン剤を成分とする基礎培地、および同種血清は含むが、成長因子、ステロイド剤、セレン成分を実質的に含まない、細胞シート作製用培養液に関する。本発明の培養液に関する各用語の定義は、上記定義のとおりである。
【実施例】
【0045】
以下に、本発明を具体例に基づいてさらに説明するが、かかる具体例は、本発明の例示であり、本発明を限定するものではない。
1.同種血清成分の検討
従来の方法では、ヒト用細胞シート作製にあたり、培養液中に公知のウシ胎仔由来血清などを加えていたが、こうした異種血清成分にはヒト感染性のウイルスなどが含まれる恐れがあるため、安全性に対する危険性が低いヒト血清成分の可能性を検討した。
【0046】
ヒト血清(Cambrex製または研究採血由来)5%、10%、20%、40%をそれぞれ含有するMCDB131培地とDMEM培地を用意し、各々2mLあたりヒト筋芽細胞を3.0×106~3.1×106個ずつ懸濁し、φ3.5cm温度応答性培養皿(株式会社セルシード製)にそれぞれ播種した。
播種後、37℃、5%CO2の条件で培養を行い40時間後に状態観察を実施した結果、全ての培養細胞において、三次元組織構造体としての細胞シート形成が可能であった。また、シート作製後の細胞回収率は83~98%と、播種細胞数と比べてほぼ同一であり、細胞の増殖は実質的に認められなかった。
【0047】
図2に、ヒト血清を含有する細胞培養液で作製した細胞の外観図を示す。同図より、細胞が敷石状に並んでおり、細胞シートを形成していることが分かる。
【0048】
次に、ヒト血清を含有する細胞培養液で作製した細胞シートと、公知のウシ胎仔由来血清(Invitrogen製)を含有する細胞培養液で作製した細胞シートとの比較を行い、細胞機能への影響確認を検証した。
比較検証には、細胞生存率と純度を指標とした。
【0049】
細胞生存率の測定は以下の手順に従った。
形成した細胞シートをトリプシン様蛋白分解酵素(TrypLE Select、Invitrogen製)で解離させた後、同量のTrypan Blue Stain0.4%液(Invitrogen製)を加え混和した。
混和後、細胞浮遊液を細胞が沈まないうちに10μLずつ採取し、血球計算盤(エルマ製)に注入した。注入後、直ちに倒立型光学顕微鏡(オリンパス製)にて、血球計算盤の2つのチャンバーの9mm2枠全体に観察される細胞数の計測を行った。
計測後、2つのチャンバーの生死細胞数の平均を求め、染色された細胞を含む全細胞数に対する無染色細胞の割合を算出した。
【0050】
細胞純度の測定は以下の手順に従った。
形成した細胞シートをトリプシン様蛋白分解酵素で解離させた後、遠心処理を行い上清を廃棄した。
これに0.5%BSA含PBS液を加え細胞をリンスした後、0.5%BSA含PBS液で10倍希釈した抗ヒトCD56抗体(ベクトン・ディッキンソン製)を添加し混和した。対照として0.5%BSA含PBS液で10倍希釈した陰性コントロール用抗体(ベクトン・ディッキンソン製)を添加混和したものを用意した。
各抗体を混和した後、直ちに冷暗所で約1時間反応させ0.5%BSA含PBS液を加え細胞をリンスした後、0.5%BSA含PBS液を加え解析に供した。
解析はフローサイトメーター(ベクトン・ディッキンソン製)を用い、各抗体を混和した細胞に含まれる抗体陽性細胞の割合を計測した。計測にあたっては、陰性コントロールの陽性率の補正を行い、細胞数5,000~10,000個を解析した。
解析後、各抗体を混和した細胞の陽性細胞率の割合の差から純度を求めた。
【0051】
比較検討の結果、5%~40%のヒト血清を用いて培養した全ての細胞と、対照とした公知のウシ胎仔由来血清を用いて培養した細胞との間に、細胞生存率と純度の差は認められなかった。表2に一覧表を示す。
【表3】
【0052】
2.成長因子、ステロイド剤の要否に関する検討
細胞の増殖に対する成長因子の効果を確認するため、ヒト筋芽細胞3.5×104個(200個/cm2)を、0~0.01μg/mL濃度の上皮成長因子(Invitrogen製)を添加した20%ウシ胎仔由来血清、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液(第一三共製薬製)を含有するMCDB131培地に播種し、培養10日後の細胞数を計測しその増殖能をみた。
【0053】
その結果、上皮成長因子を含まない培地では明らかに細胞増殖が低かったことから、上皮成長因子が細胞増殖を目的とした培養液には必要な成分であることが判った。表3に結果を示す。
【表4】
【0054】
これに対し、20%ヒト血清を含有するMCDB131培地と、対照として20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液を含有するMCDB131培地を用意し、各々2mLあたりヒト筋芽細胞3.0×106~3.1×106個ずつ懸濁し、φ3.5cm温度応答性培養皿にそれぞれ播種した。
播種後、37℃、5%CO2の条件で培養を行い40時間後に状態観察を実施した結果、いずれの細胞培養液においても、三次元組織構造体としての細胞シート形成が可能であった。
この結果から、φ3.5cm温度応答性培養皿に対し播種細胞数を3.0×106個、すなわち約3.0×105個/cm2以上にコントロールすることで、細胞増殖の考慮は不要となることが明らかとなった。
なお、使用する培養皿の有効面積に対する播種細胞数は1つの目安であり、ここに例示した培養皿有効面積と細胞数に限定されない。
【0055】
図3Aに20%ヒト血清を含有するMCDB131培地からなる細胞培養液で作製した細胞の外観図を、
図3Bに20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液を含有するMCDB131培地からなる細胞培養液で作製した細胞の外観図を示す。
外観上、細胞の形態に差が認められなかったことから、成長因子、ステロイド剤の排除に対する細胞への影響を検証した。検証には、細胞生存率と純度を指標とした。
【0056】
細胞生存率の測定は以下の手順に従った。
形成した細胞シートをトリプシン様蛋白分解酵素で解離させた後、同量のTrypan Blue Stain0.4%液を加え混和した。
混和後、細胞浮遊液を細胞が沈まないうちに10μLずつ採取し、血球計算盤に注入した。注入後、直ちに倒立型光学顕微鏡にて、血球計算盤の2つのチャンバーの9mm2枠全体に観察される細胞数の計測を行った。
計測後、2つのチャンバーの生死細胞数の平均を求め、染色された細胞を含む全細胞数に対する無染色細胞の割合を算出した。
【0057】
細胞純度の測定は以下の手順に従った。
形成した細胞シートをトリプシン様蛋白分解酵素で解離させた後、遠心処理を行い上清を廃棄した。
これに0.5%BSA含PBS液を加え細胞をリンスした後、0.5%BSA含PBS液で10倍希釈した抗ヒトCD56抗体を添加し混和した。対照として0.5%BSA含PBS液で10倍希釈した陰性コントロール用抗体を添加混和したものを用意した。
各抗体を混和した後、直ちに冷暗所で約1時間反応させ0.5%BSA含PBS液を加え細胞をリンスした後、0.5%BSA含PBS液を加え解析に供した。
解析はフローサイトメーターを用い、各抗体を混和した細胞に含まれる抗体陽性細胞の割合を計測した。計測にあたっては、陰性コントロールの陽性率の補正を行い、細胞数5,000~10,000個を解析した。
解析後、各抗体を混和した細胞の陽性細胞率の割合の差から純度を求めた。
【0058】
比較検討の結果、成長因子、ステロイド剤を含有する細胞培養液で作製した細胞シートの純度は63%であった。これに対し、成長因子、ステロイド剤を含有しない細胞培養液で作製した細胞シートの純度は75%と優位に高い値を得た。表4に一覧表を示す。
【表5】
【0059】
これは、細胞培養液を非増殖系とすることで、同じ接着系細胞でありながら骨格筋芽細胞より増殖能が高い目的外細胞である線維芽細胞の増殖を抑える効果も示唆される結果となった。
【0060】
さらに、細胞シート作製の過程で培養中の細胞性状を観察したところ、上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有する細胞培養液において、培養25時間後に骨格筋芽細胞の分化を示す多核化が認められた。そのため、MHCを標識とした細胞分化状態の確認を行ったところ、培養16時間後には分化を示す発現が認められた。
これに対し、上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有しない細胞培養液で作製した細胞シートでは、培養25時間後においても細胞の多核化は認められなかった。
【0061】
図4Aに上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有する細胞培養液にて作製した培養25時間後の細胞シート外観性状図を、
図4Bに前記細胞シートの培養16時間後のMHC発現像に関する図を、
図4Cに上皮成長因子、リン酸デキサメタゾンナトリウムを含有しない細胞培養液にて作製した培養25時間後の細胞シート外観性状図を示す。
【0062】
3.セレンの要否に関する検討
20%ヒト血清を含有するDMEM培地(セレン成分を含まない培地)と、対照として20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液を含有するMCDB131培地を用意し、各々2mLあたりヒト筋芽細胞3.0×106個ずつ懸濁し、φ3.5cm温度応答性培養皿にそれぞれ播種した。
播種後、37℃、5%CO2の条件で培養を行い40時間後に状態観察を実施した結果、いずれの細胞培養液においても、三次元組織構造体としての細胞シート形成が可能であった。
【0063】
図5Aに20%ヒト血清を含有するDMEM培地からなる細胞培養液で作製した細胞の外観図を、
図5Bに20%ウシ胎仔由来血清、0.01μg/mL上皮成長因子、4μg/mLリン酸デキサメタゾンナトリウム注射液を含有するMCDB131培地からなる細胞培養液で作製した細胞の外観図を示す。
【0064】
外観上、細胞の形成状態に差が認められなかったことから、成長因子、ステロイド剤に加え、亜セレン酸の排除に対する細胞への影響を検証した。検証には、細胞生存率と純度を指標とした。
【0065】
細胞生存率の測定は以下の手順に従った。
形成した細胞シートをトリプシン様蛋白分解酵素で解離させた後、同量のTrypan Blue Stain0.4%液を加え混和した。
混和後、細胞浮遊液を細胞が沈まないうちに10μLずつ採取し、血球計算盤に注入した。注入後、直ちに倒立型光学顕微鏡にて、血球計算盤の2つのチャンバーの9mm2枠全体に観察される細胞数の計測を行った。
【0066】
計測後、2つのチャンバーの生死細胞数の平均を求め、染色された細胞を含む全細胞数に対する無染色細胞の割合を算出した。
【0067】
細胞純度の測定は以下の手順に従った。
形成した細胞シートをトリプシン様蛋白分解酵素で解離させた後、遠心処理を行い上清を廃棄した。
【0068】
これに0.5%BSA含PBS液を加え細胞をリンスした後、0.5%BSA含PBS液で10倍希釈した抗ヒトCD56抗体を添加し混和した。対照として0.5%BSA含PBS液で10倍希釈した陰性コントロール用抗体を添加混和したものを用意した。
【0069】
各抗体を混和した後、直ちに冷暗所で約1時間反応させ0.5%BSA含PBS液を加え細胞をリンスした後、0.5%BSA含PBS液を加え解析に供した。
【0070】
解析はフローサイトメーターを用い、各抗体を混和した細胞に含まれる抗体陽性細胞の割合を計測した。計測にあたっては、陰性コントロールの陽性率の補正を行い、細胞数5,000~10,000個を解析した。
解析後、各抗体を混和した細胞の陽性細胞率の割合の差から純度を求めた。
【0071】
比較検討の結果、亜セレン酸の排除に対する細胞への影響は認められなかった。表5に結果を示す。
【表6】