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特許7058417ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の治療剤及び関連酵素測定法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-14
(45)【発行日】2022-04-22
(54)【発明の名称】ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の治療剤及び関連酵素測定法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/42 20060101AFI20220415BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20220415BHJP
【FI】
C12Q1/42 ZNA
C12M1/34 E
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2018534431
(86)(22)【出願日】2017-08-18
(86)【国際出願番号】 JP2017029600
(87)【国際公開番号】W WO2018034334
(87)【国際公開日】2018-02-22
【審査請求日】2020-08-13
(31)【優先権主張番号】P 2016160390
(32)【優先日】2016-08-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年 2月23日 会見 神戸大学医学研究科新緑会館(神戸市中央区楠町7丁目5-2)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 会見 平成28年 2月26日 地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター「福山型先天性筋ジストロフィー症の原因を解明」に関するプレスリリース資料配布(資料配布先)都庁記者クラブ(東京都新宿区西新宿2-8-1 東京都庁第一本庁舎6F)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 平成28年 2月26日 ウェブサイトのアドレス http://www.cell.com/cell-reports/ http://www.cell.com/cell-reports/issue?pii=S2211-1247(15)X0010-6 http://www.cell.com/cell-reports/pdf/S2211-1247(16)30103-6.pdf
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 平成28年 2月26日 ウェブサイトのアドレス http://www.kobe-u.ac.jp /index.html http://www.kobe-u.ac.jp/NEWS/index.html http://www.kobe-u.ac.jp/NEWS/research/index.html http://www.kobe-u.ac.jp/NEWS/research/2016_02_26_01.html
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 平成28年 2月29日 ウェブサイトのアドレス http://www.tmghig.jp/J_TMIG/J_index.html http://www.tmghig.jp/J_TMIG/release/release27.html http://www.kobe-u.ac.jp/NEWS/research/index.html
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 ウェブサイトの掲載日 平成28年 2月25日 ウェブサイトのアドレス https://www.facebook.com/kobeuniv
(73)【特許権者】
【識別番号】504150450
【氏名又は名称】国立大学法人神戸大学
(73)【特許権者】
【識別番号】509111744
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都健康長寿医療センター
(73)【特許権者】
【識別番号】506286928
【氏名又は名称】地方独立行政法人 大阪府立病院機構
(74)【代理人】
【識別番号】100088904
【弁理士】
【氏名又は名称】庄司 隆
(74)【代理人】
【識別番号】100124453
【弁理士】
【氏名又は名称】資延 由利子
(74)【代理人】
【識別番号】100135208
【弁理士】
【氏名又は名称】大杉 卓也
(72)【発明者】
【氏名】戸田 達史
(72)【発明者】
【氏名】小林 千浩
(72)【発明者】
【氏名】金川 基
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 玉夫
(72)【発明者】
【氏名】萬谷 博
(72)【発明者】
【氏名】和田 芳直
(72)【発明者】
【氏名】田尻 道子
【審査官】福山 則明
(56)【参考文献】
【文献】GERIN, Isabelle et al.,ISPD produces CDP-ribitol used by FKTN and FKRP to transfer ribitol phosphate onto α-dystroglycan,Nature Communications,2016年05月,Vol.7:11534,p.1-15
【文献】戸田達史,福山型先天性筋ジストロフィー,別冊 日本臨牀 新領域別症候群シリーズ No.32 骨格筋症候群(第2版)(上)-その他の神経筋疾患,第2版第1刷,2015年05月,p.135-145
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00- 3/00
C12M 1/00- 3/10
A61K 31/00-31/80
C07K 1/00-19/00
G01N 33/48-33/98
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、フクチン活性の測定方法:
1)GalNAcβ1-3GlcNAcを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸1分子が付加されたGalNAcβ1-3GlcNAcを測定する工程。
【請求項2】
以下の工程を含む、フクチン活性の測定方法:
1)リン酸化CoreM3修飾ペプチドを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸1分子が付加されたリン酸化CoreM3修飾ペプチドを測定する工程。
【請求項3】
リン酸化CoreM3修飾ペプチドが、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)を有するリン酸化CoreM3修飾ペプチドである、請求項2に記載のフクチン活性の測定方法。
【請求項4】
以下の工程を含む、FKRP活性の測定方法:
1)リビトールリン酸を1分子付加したGalNAcβ1-3GlcNAcを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸2分子が付加されたGalNAcβ1-3GlcNAcを測定する工程。
【請求項5】
以下の工程を含む、FKRP活性の測定方法:
1)リビトールリン酸を1分子付加したリン酸化CoreM3修飾ペプチドを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸2分子が付加されたリン酸化CoreM3修飾ペプチドを測定する工程。
【請求項6】
リン酸化CoreM3修飾ペプチドが、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)を有するリン酸化CoreM3修飾ペプチドである、請求項5に記載のFKRP活性の測定方法。
【請求項7】
ISPD、フクチン、FKRPのいずれかの遺伝子が欠損又は変異してなる細胞を用いて、CDP-リビトール及び核酸トランスフェクション試薬を混合したものを添加して培養し、その後、細胞を回収し、ジストログリカン糖鎖について、当該ジストログリカン糖鎖を構成する部分であるグルクロン酸-キシロース-ガラクトサミン-グルコサミン-マンノースリン酸の糖鎖配列において、キシロースとガラクトサミンとの間に2分子のリビトールリン酸が連結していることを解析することを特徴とする、糖鎖異常の改善効果の解析方法。
【請求項8】
GalNAcβ1-3GlcNAcβ1を含む試薬及びCDP-リビトールを含む試薬を構成として含むフクチン活性測定用キット、又は前記の構成にさらに分泌型フクチンを含む試薬を構成として含むフクチン活性測定用キット。
【請求項9】
リン酸化CoreM3修飾ペプチドを含む試薬及びCDP-リビトールを含む試薬を構成として含むフクチン活性測定用キット、又は前記の構成にさらに分泌型フクチンを含む試薬を構成として含む、フクチン活性測定用キット。
【請求項10】
リビトールリン酸を1分子付加したGalNAcβ1-3GlcNAcβ1を含む試薬及びCDP-リビトールを含む試薬を構成として含むFKRP活性測定用キット、又は前記の構成にさらに分泌型FKRPを含む試薬を構成として含む、FKRP活性測定用キット。
【請求項11】
リビトールリン酸を1分子付加したリン酸化CoreM3修飾ペプチドを含む試薬及びCDP-リビトールを含む試薬を構成として含むFKRP活性測定用キット、又は前記の構成にさらに分泌型FKRPを含む試薬を構成として含む、FKRP活性測定用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、CDP-リビトール(cytidine diphosphate ribitol: CDP-Rbo)を有効成分として含有する、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の治療剤に関する。
【0002】
本出願は、参照によりここに援用されるところの日本出願特願2016-160390号優先権を請求する。
【背景技術】
【0003】
筋ジストロフィーは、骨格筋の壊死・再生を主病変とする遺伝性筋疾患で50以上の原因遺伝子が解明されている。骨格筋障害に伴う運動機能障害を主症状とするが、関節拘縮・変形、呼吸機能障害、心筋障害、嚥下機能障害等、様々な症状を合併することも多い。運動機能低下を主症状とするが、病型により発症時期や臨床像、進行速度には多様性がある。代表的な病型としては、福山型先天性筋ジストロフィー(Fukuyama congenital muscular dystrophy:FCMD)、ジストロフィン異常症(デュシェンヌ型/ベッカー型筋ジストロフィー)、肢帯型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー、眼咽頭筋型筋ジストロフィー、筋強直性ジストロフィーなどがある。いずれの病型においても根本的な治療法はない。デュシェンヌ型に対する副腎皮質ステロイド薬の限定的効果、リハビリテーションによる機能維持、補助呼吸管理や心臓ペースメーカーなどの対症療法にとどまる。
【0004】
筋ジストロフィーのうち、FCMDはフクチン(fukutin:FKTN)遺伝子の異常によることが知られている。FCMD以外にも、フクチン遺伝子の変異に伴って様々な病態が引き起こされる。例えば、成人発症の拡張型心筋症(非特許文献1)及びWalker-Warburg症候群(Walker-Warburg syndrome:WWS)様の重症型先天性筋ジストロフィー(非特許文献2)が挙げられる。フクチン遺伝子におけるSVA型レトロトランスポゾン挿入変異が原因の疾患の治療のために、挿入変異型フクチン遺伝子の転写段階において正常フクチン mRNAを発現させ、正常フクチン(fukutin)タンパク質の生成を回復させることができるアンチセンス核酸について報告がある(特許文献1)。
【0005】
ジストログリカン(dystroglycan:DG)は、ジストロフィン-糖タンパク質複合体(dystrophin-glycoprotein complex:DGC)の成分として骨格筋から発見された。ジストログリカンは、細胞外マトリックス分子やシナプス分子の細胞表面受容体であり、さまざまな組織で重要な役割を担っている。ジストログリカンは、リガンド結合活性を獲得するために独特な機序によって翻訳後修飾を受ける。ジストログリカンの糖鎖修飾異常は、脳奇形や精神発達遅滞を伴う筋ジストロフィーの原因になるともいわれている。
【0006】
DGCは、ジストロフィンと膜型糖タンパク質群からなる分子複合体である。基底膜とアクチン骨格を結ぶ構造を形成している。このDGCが仲介する基底膜-細胞骨格の連携が、筋の伸収縮といった機械的ストレスに耐えうるような筋細胞膜の強度を維持するために重要と考えられている。ジストログリカンはジストロフィンを細胞膜直下につなぎとめる一方で、細胞外ではラミニンなどの基底膜分子と結合しており、細胞骨格と基底膜を結ぶ分子軸として機能している。ジストログリカンは、α及びβのサブユニットからなるが、両者は単一のmRNAにコードされており、翻訳後修飾の過程でαジストログリカン(α-DG)とβジストログリカン(β-DG)に切断される。α-DGは高度な糖鎖修飾を受けており、細胞外サブユニットとしてリガンドと結合する機能を担う。
【0007】
ジストログリカンの糖鎖は、シアル酸 (Sia)-ガラクトース(Gal)-N-アセチルグルコサミン(GlcNAc)-マンノース(Man)などの糖鎖構造を含み、当該糖鎖はジストログリカンのセリンやトレオニンから伸びていることが1990年代後半に確認された。FCMD型の類縁疾患の筋眼脳病(muscle-eye-brain disease:MEB)やWWSの原因遺伝子(POMGNT1、POMT)が、GlcNAcやManをつなげる糖転移酵素であることは報告されている(非特許文献3、4)が、糖鎖異常型筋ジストロフィーの原因遺伝子であるフクチンやFKRP(fukutin-related protein)、ISPD(Isoprenoid synthase domain-containing protein)等の作用は不明であった。
【0008】
CDP-リビトール(CDP-Rbo)を生合成するバクテリア由来の酵素の構造とISPDの結晶構造が似ていることから、ISPDがシチジン転移酵素活性を有することを予測した報告がある(非特許文献5)。非特許文献5ではシチジン転移酵素活性により、CTP(cytidine triphosphate)から、CDP-リブロース、CDP-リボース及びCDP-リビトールを合成できることが示唆されている。しかしながら、いずれの物質、あるいは合成反応が生理的に作用しているかは一切証明されておらず、ISPDがシチジン転移酵素活性を有することを予測したに過ぎない。また、非特許文献5ではジストログリカン糖鎖については全く開示も示唆もされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Ann. Neurol., 60, 597-602(2006)
【文献】Hum. Mol., Genet., 8, 2303-2309(1999)
【文献】Dev Cell., 1(5), 717-24(2001)
【文献】Proc Natl Acad Sci U S A., 101(2), 500-5(2004)
【文献】Chemistry & Biology, 22(12), 1643-52(2015)
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2015-91229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患について、効果的に作用する治療剤を提供することを課題とする。さらには、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の検査方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、ジストログリカンの糖鎖構造を詳細に解析した結果、糖鎖の構造にリビトールリン酸が存在することを初めて見出した。リビトールリン酸は、哺乳類では従来確認されておらず、バクテリアや一部の植物でしか確認されていなかった。リビトールリン酸がジストログリカン糖鎖に組み込まれるためには、その材料(糖供与体)が必要である。そこで、CDP-リビトールが糖供与体となることを確認し、ISPDが哺乳類でのCDP-リビトール合成酵素活性を有することを本発明において初めて見出した。またフクチンやFKRPは、CDP-リビトールを糖供与体として、ジストログリカンの糖鎖の中にリビトールリン酸を組み込む転移酵素であることも本発明において初めて確認した。さらに、ISPD欠損細胞にCDP-リビトールを投与することで、ジストログリカン糖鎖を回復できることを確認し、CDP-リビトールを補充療法に利用しうる本発明の完成に至った。
【0013】
すなわち本発明は、以下よりなる。
1.CDP-リビトールを有効成分として含有する、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の治療剤。
2.ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患が、ISPD、FKRP、fukutin、POMT1、POMT2、DAG1、LARGE、DPM1、DPM2、DPM3、B3GALNT2、GMPPB、TMEM5、POMK、DOLK、POMGNT1、POMGNT2及びB4GAT1から選択されるいずれかの遺伝子が異常であることに伴って発生する疾患である、前項1に記載の治療剤。
3.ジストログリカン糖鎖修飾異常が、ジストログリカン糖鎖におけるリビトールリン酸の異常である、前項1又は2に記載の治療剤。
4.ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患が、α-ジストログリカン異常症である、前項1~3のいずれかに記載の治療剤。
5.α-ジストログリカン異常症が、福山型筋ジストロフィー、Walker-Warburg症候群、筋眼脳病(MEB)、肢帯型筋ジストロフィー2I型、肢帯型筋ジストロフィー2M型及び心筋症から選択されるいずれかである、前項4に記載の治療剤。
6.ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患が、ISPD遺伝子の異常に伴い、ラミニン結合性糖鎖の生合成に異常をきたす疾患である、前項2に記載の治療剤。
7.ジストログリカン糖鎖のリビトールリン酸の異常を検出することを特徴とする、筋ジストロフィーの検査方法。
8.以下の工程を含む、フクチン活性の測定方法:
1)GalNAcβ1-3GlcNAcを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸1分子を含むGalNAcβ1-3GlcNAcを測定する工程。
9.以下の工程を含む、フクチン活性の測定方法:
1)リン酸化CoreM3修飾ペプチドを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸1分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドを測定する工程。
10.リン酸化CoreM3修飾ペプチドが、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)を有するリン酸化CoreM3修飾ペプチドである、前項9に記載のフクチン活性の測定方法。
11.以下の工程を含む、FKRP活性の測定方法:
1)リビトールリン酸を1分子付加したGalNAcβ1-3GlcNAcを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸2分子を含むGalNAcβ1-3GlcNAcを測定する工程。
12.以下の工程を含む、FKRP活性の測定方法:
1)リビトールリン酸を1分子付加したリン酸化CoreM3修飾ペプチドを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸2分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドを測定する工程。
13.リン酸化CoreM3修飾ペプチドが、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)を有するリン酸化CoreM3修飾ペプチドである、前項12に記載のFKRP活性の測定方法。
14.ISPD、フクチン、FKRPのいずれかの遺伝子が欠損又は変異してなる細胞を用いて、CDP-リビトール又は核酸トランスフェクション試薬を混合したものを添加して培養し、その後、細胞を回収し、ジストログリカン糖鎖を解析することを特徴とする、糖鎖異常の改善効果の解析方法。
15.分泌型フクチンを含む試薬。
16.分泌型FKRPを含む試薬。
17.GalNAcβ1-3GlcNAcβ1を含む試薬及びCDP-リビトールを含む試薬を構成として含むフクチン活性測定用キット、又は前記の構成にさらに分泌型フクチンを含む試薬を構成として含むフクチン活性測定用キット。
18.リン酸化CoreM3修飾ペプチドを含む試薬及びCDP-リビトールを含む試薬を構成として含むフクチン活性測定用キット、又は前記の構成にさらに分泌型フクチンを含む試薬を構成として含む、フクチン活性測定用キット。
19.リビトールリン酸を1分子付加したGalNAcβ1-3GlcNAcβ1を含む試薬及びCDP-リビトールを含む試薬を構成として含むFKRP活性測定用キット、又は前記の構成にさらに分泌型FKRPを含む試薬を構成として含む、FKRP活性測定用キット。
20.リビトールリン酸を1分子付加したリン酸化CoreM3修飾ペプチドを含む試薬及びCDP-リビトールを含む試薬を構成として含むFKRP活性測定用キット、又は前記の構成にさらに分泌型FKRPを含む試薬を構成として含む、FKRP活性測定用キット。
【発明の効果】
【0014】
本発明のCDP-リビトールを有効成分として含有する、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の治療剤によれば、ジストログリカン糖鎖を回復することができ、上記疾患の治療及び/又は疾患に伴う症状の改善に効果的に作用する。
【0015】
フクチン(fukutin)やFKRPに変異がある患者の場合、変異によってフクチンやFKRPの酵素活性がゼロになるわけではなく、少量の活性は残存していると考えられる。フクチンやFKRPの活性がゼロになると、生存できず生まれてこない。そのようなケースでは、フクチンやFKRPの酵素反応の材料となるCDP-リビトールが大量にあれば、残っている酵素活性を利用して、ジストログリカン糖鎖へのリビトールリン酸の転移及び組込みが進むと考えられる。つまり、CDP-リビトール補充療法は、ISPD変異型のみならず、フクチンやFKRP変異型にも効果を発揮することが期待できる。また、ISPD、フクチン、FKRP以外の遺伝子であっても、ジストログリカン糖鎖修飾におけるリビトールリン酸に影響を及ぼす遺伝子であれば、それらの遺伝子の異常によるジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患に対しても、本発明のCDP-リビトールを有効成分として含有する治療剤は有効に作用しうる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】ジストログリカン糖鎖修飾異常の態様を模式的に示す図である。
図2】本発明のCDP-リビトールを有効成分として含有する、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の治療剤の作用機序を模式的に示す図である。ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の責任遺伝子として挙げられるISPD、フクチン及びFKRPの機能についても示す図である。
図3】ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の責任遺伝子の一つとして挙げられるISPDの機能を解析した図である。(実施例1)
図4】本発明の以前の段階で明らかになっていたジストログリカン糖鎖構造の概略を示す図である。(実施例2)
図5】ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の責任遺伝子の一つとして挙げられるフクチンの機能を解析した図である。(実施例2)
図6】ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の責任遺伝子の一つとして挙げられるFKRPの機能を解析した図である。(実施例3)
図7】ゲノム編集によりISPD、fukutin又はFKRPの欠損細胞を作製し、細胞におけるジストログリカン糖鎖の生合成を確認した図である。(実施例4)
図8】ゲノム編集によりISPD欠損細胞を作製し、CDP-リビトールを添加することでジストログリカン糖鎖が回復したことを確認した図である。(実施例5)
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患について、効果的に作用する治療剤に関し、このような治療剤としてCDP-リビトールを有効成分として含有する。
【0018】
本明細書において、「ジストログリカン糖鎖修飾異常」とは、ジストログリカン糖鎖の構造的な異常の他、量的な異常もいう。ジストログリカン糖鎖の構成成分としての糖は、グルクロン酸、キシロース、リビトールリン酸、ガラクトサミン、グルコサミン、マンノースリン酸等が挙げられ、特にリビトールリン酸が重要である。リビトールリン酸がジストログリカン糖鎖に組み込まれるためには、その材料(糖供与体)が必要である。本発明において、CDP-リビトールが糖供与体となること、そしてISPDが哺乳類のCDP-リビトール合成酵素であることを初めて確認した(図2参照)。さらにフクチンやFKRPは、CDP-リビトールを糖供与体として用い、リビトール5リン酸を糖(それぞれGalNAc-3部位、又はリビトール5リン酸のC1部位)に転移させる転移酵素であることも本発明において初めて確認した(図2参照)。
【0019】
本明細書において、「ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患」とはジストログリカン糖鎖の構造的及び/又は量的な異常に伴う疾患が挙げられる。ジストログリカンを構成するαジストログリカン(α-DG)及びβジストログリカン(β-DG)のサブユニットのうち、α-DGは高度な糖鎖修飾を受けている。α-DGは細胞外サブユニットとしてラミニン、ニューレキシン、アグリン等のリガンドと結合し、基底膜と細胞骨格を結ぶ役割を担っている(図1参照)。α-DGの糖鎖修飾異常に伴い、ジストログリカンのリガンド結合能が消失したり減弱化することで、細胞膜と基底膜の接着が壊れ、その結果疾患に至る。このような疾患としては、いわゆるα-DG異常症の他、拡張型心筋症やα-DGの糖鎖修飾異常に伴う腫瘍などが挙げられる。いわゆるα-DG異常症の例として、例えば生化学、第86巻第4号, 452-463 (2014)に例示される疾患、具体的には筋ジストロフィー(ジストログリカノパチー)、より具体的には、FCMD、WWS、MEB病、肢帯型筋ジストロフィー2I型、肢帯型筋ジストロフィー2M型などが挙げられる。腫瘍としては、例えばMolecular Cancer (2015) 14:141、Proc Natl Acad Sci USA. 2009 Jul 21;106(29):12109-14.、Cancer Res. 2004 Sep 1;64(17):6152-9.等に列挙される腫瘍のいずれかが挙げられる。
【0020】
本発明のジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の責任遺伝子として、例えばISPD、FKRP、fukutin、POMT1、POMT2、DAG1、LARGE、DPM1、DPM2、DPM3、B3GALNT2、GMPPB、TMEM5、POMK、DOLK、POMGNT1、POMGNT2及びB4GAT1などが挙げられる。好ましくは、ISPD、FKRP、fukutinが挙げられる。本発明のジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患は、上記列挙した遺伝子から選択されるいずれかの遺伝子の欠失、変異、又はエピジェネティックな変化による発現低下等による異常に伴って発生する疾患も含まれる。ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患として、例えば腎がん等が報告されている。これらの疾患等においては、LARGE2やISPDの異常が観察されている(Miller et al. Molecular Cancer (2015) 14:141)。また、フクチン遺伝子の異常による拡張型心筋症による筋力の低下等も報告されている(非特許文献1)。上記列挙した遺伝子の異常に伴って発生する疾患であれば、上記具体的に示す疾患以外の疾患も本発明の対象疾患として包含される。特にはISPD遺伝子の異常に伴い、ラミニン結合性糖鎖の生合成に異常をきたす疾患である。また、本発明のCDP-リビトールを有効成分として含有する治療剤は、ISPD変異型のみならず、フクチンやFKRP変異型の他、ジストログリカン糖鎖修飾におけるリビトールリン酸に影響を及ぼす遺伝子の変異の場合も、有効に作用しうる。
【0021】
本発明の治療剤は、CDP-リビトールを有効成分として含有する。本明細書において、有効成分として含有するCDP-リビトールとは、以下の式(I)に示す構造からなる化合物の他、当該化合物の誘導体や、当該化合物若しくは当該化合物誘導体の薬学的に許容される塩であってもよいし、水和物であってもよい。
【化1】
【0022】
本発明の治療剤は、CDP-リビトールを有効成分として含有し、薬学的に許容される担体又は添加剤を適宜配合して製剤化することができる。担体又は添加剤の配合割合については、医薬品分野において通常採用されている範囲に基づいて適宜設定すればよい。配合できる担体又は添加剤は特に制限されないが、例えば、水、生理食塩水、その他の水性溶媒、水性又は油性基剤等の各種担体、賦形剤、結合剤、pH調整剤、崩壊剤、吸収促進剤、滑沢剤、着色剤、矯味剤、香料防腐剤、等張化剤、安定化剤、分散剤、酸化防止剤、緩衝剤等の各種無毒性の添加剤が挙げられる。無毒性の添加剤としては、例えば、でんぷん、ゼラチン、ブドウ糖、乳糖、果糖、マルトース、炭酸マグネシウム、タルク、ステアリン酸マグネシウム、メチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、アラビアゴム、ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、ペトロラタム、グリセリン、エタノール、シロップ、塩化ナトリウム、亜硫酸ナトリウム、リン酸ナトリウム、クエン酸、ポリビニルピロリドンなどが挙げられる。
【0023】
本発明の治療剤は、上記説明した「ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患」の患者に対して投与し、疾患の治療及び/又は疾患に伴う症状の軽減化のために使用することができる。投与経路は特に限定されないが、経口投与又は非経口投与とすることができる。
【0024】
本発明の治療剤は、各投与方法に適した剤形に製剤化すればよい。経口投与の製剤形態としては、例えば錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、細粒剤、丸剤、トローチ剤、舌下錠、坐剤、軟膏、乳剤、懸濁剤、シロップなどが挙げられる。非経口投与では注射剤や経皮製剤が挙げられる。注射剤では静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与等することができ、経皮製剤では、経皮投与、経粘膜投与等の局所投与することができる。なお、製剤中には、本発明の有用性を補強したり増強したりするために、他の薬剤を含有させてもよい。
【0025】
本発明の治療剤の用量は、対象となる疾患の重症度、治療目的等によって異なり、さらに剤形、投与経路、患者の年齢や体重によっても異なる。例えば注射剤として投与する場合、1日当たり約0.01mg~60g程度、好ましくは約0.1mg~24g程度、より好ましくは約0.1mg~6g程度を投与することができる。投与間隔は1日1回~数回、又は1日~2週間の間隔を設定することができる。
【0026】
本発明の治療剤は、上記説明した「ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患」の患者に対し、他の作用メカニズムで作用する薬剤、例えば特許文献1(特開2015-91229号公報)に開示するアンチセンス核酸(治療のために挿入変異型フクチン遺伝子のプレmRNAの塩基配列に相補的な配列を含むアンチセンス核酸)とともに同時、又は前後して使用することができる。
【0027】
本発明は、ジストログリカン糖鎖のリビトールリン酸の異常を検出することを特徴とする、筋ジストロフィーの検査方法にも及ぶ。筋ジストロフィーには、FCMD、ジストロフィン異常症(デュシェンヌ型/ベッカー型筋ジストロフィー)、肢帯型筋ジストロフィー、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー、エメリー・ドレイフス型筋ジストロフィー、眼咽頭筋CDP-リビトール型筋ジストロフィー、筋強直性ジストロフィーなどが挙げられ、ジストログリカン糖鎖修飾異常とは異なる原因によるものもある。筋ジストロフィーの患者において、ジストログリカン糖鎖のリビトールリン酸の異常を検出することで、筋ジストロフィーの病型を見極め、より適切な治療方法を選択することができる。
【0028】
さらに本発明はフクチン活性やFKRP活性の測定方法にも及ぶ。本発明において、フクチン及びFKRPの各活性を確認したところ、いずれもリビトール転移酵素活性、具体的にはCDP-リビトールからRbo5Pを糖鎖中にRbo5Pを結合させて糖鎖を合成する転移酵素であると考えられる。フクチンは図5に示す酵素活性を有し、FKRPは図6に示す酵素活性を有する。これらの酵素反応から、検体中のリビトール転移酵素活性を測定することができる。さらに、本発明はフクチン活性又はFKRP活性の測定方法により、複数の候補化合物からフクチン又はFKRPの活性に影響を及ぼす化合物をスクリーニングし、選別することができる。フクチン又はFKRPの活性に影響を及ぼす化合物は、低分子化合物であってもよいし、タンパク質やその一部を構成する高分子化合物等であってもよい。
【0029】
フクチンの酵素活性は、例えば以下の1)及び2)の工程を含む方法により測定することができる。CoreM3はジストログリカン糖鎖を構成する糖鎖の一部であって、糖鎖としてGalNAcβ1-3GlcNAcを含む。
1)GalNAcβ1-3GlcNAcを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸1分子を含むGalNAcβ1-3GlcNAcを測定する工程。
【0030】
1)リン酸化CoreM3修飾ペプチドを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸1分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドを測定する工程。
上記1)のリン酸化CoreM3修飾ペプチドのペプチド配列の例として、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)が挙げられる。
【0031】
フクチンの活性測定方法を利用して、フクチンと候補化合物を作用させ、フクチンの活性に影響を及ぼす化合物を選別することができる。例えば、以下の1’)及び2’)の工程を含む方法によることができる。
【0032】
1’)GalNAcβ1-3GlcNAcを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに分泌型フクチンと候補化合物を加えて反応させる工程;
2’)反応産物であるリビトールリン酸1分子を含むGalNAcβ1-3GlcNAcを測定する工程。
【0033】
1’)リン酸化CoreM3修飾ペプチドを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに分泌型フクチンと候補化合物を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸1分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドを測定する工程。
上記1’)のリン酸化CoreM3修飾ペプチドのペプチド配列の例として、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)が挙げられる。上記1’)及び2’)の工程において、1’)の工程で候補化合物を含まない系を対照として測定することができる。候補化合物がフクチンの活性を増強させる作用を有する場合は、反応産物が対照に比べて高く、候補化合物がフクチンの活性を低減させる作用を有する場合は、反応産物が対照に比べて低い値を示す。
【0034】
例えばヒトフクチンの遺伝子情報は、GenBank RefSeq: NM_006731(配列番号3)に開示されており、アミノ酸配列は以下の配列番号4で特定される。分泌型フクチンは膜貫通部位を欠くフクチンであり、細胞外分泌型フクチンでもある。フクチンの膜貫通部位を取り除いた分泌型の組換え体として発現させて作製することができる。例えば、配列番号4に示すアミノ酸配列のうち、Tyr28から終止コドンまでの配列を含む構造からなる。そのN末端には、配列番号5に示すアミノ酸配列を付加することができる。配列番号5に示す配列はthe signal sequence of Gaussia luciferase、His/myc tags、制限酵素サイトである。
【0035】
ヒトフクチンのアミノ酸配列(配列番号4)
MSRINKNVVLALLTLTSSAFLLFQLYYYKHYLSTKNGAGLSKSKGSRIGFDSTQWRAVKKFIMLTSNQNVPVFLIDPLILELINKNFEQVKNTSHGSTSQCKFFCVPRDFTAFALQYHLWKNEEGWFRIAENMGFQCLKIESKDPRLDGIDSLSGTEIPLHYICKLATHAIHLVVFHERSGNYLWHGHLRLKEHIDRKFVPFRKLQFGRYPGAFDRPELQQVTVDGLEVLIPKDPMHFVEEVPHSRFIECRYKEARAFFQQYLDDNTVEAVAFRKSAKELLQLAAKTLNKLGVPFWLSSGTCLGWYRQCNIIPYSKDVDLGIFIQDYKSDIILAFQDAGLPLKHKFGKVEDSLELSFQGKDDVKLDVFFFYEETDHMWNGGTQAKTGKKFKYLFPKFTLCWTEFVDMKVHVPCETLEYIEANYGKTWKIPVKTWDWKRSPPNVQPNGIWPISEWDEVIQLY
【0036】
付加配列(配列番号5)
MGVKVLFALICIAVAEAKPTHHHHHHEQKLISEEDLRNS
【0037】
FKRPの酵素活性は、上記フクチンの酵素活性と同様に、例えば以下の1)及び2)の工程を含む方法により測定することができる。
1)リビトールリン酸を1分子付加したGalNAcβ1-3GlcNAcを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸2分子を含むGalNAcβ1-3GlcNAcを測定する工程。
【0038】
1)リビトールリン酸を1分子付加したリン酸化CoreM3修飾ペプチドを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに検体を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸2分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドを測定する工程。
上記1)のリン酸化CoreM3修飾ペプチドのペプチド配列の例として、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)が挙げられる。
【0039】
FKRPの活性測定方法を利用して、FKRPと候補化合物を作用させ、FKRPの活性に影響を及ぼす化合物を選別することができる。例えば、以下の1’)及び2’)の工程を含む方法によることができる。
【0040】
1’)リビトールリン酸を1分子付加したGalNAcβ1-3GlcNAcを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに分泌型FKRPと候補化合物を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸2分子を含むGalNAcβ1-3GlcNAcを測定する工程。
【0041】
1’)リビトールリン酸を1分子付加したリン酸化CoreM3修飾ペプチドを基質とし、CDP-リビトールを糖供与体として含む系に、さらに分泌型FKRPと候補化合物を加えて反応させる工程;
2)反応産物であるリビトールリン酸2分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドを測定する工程。
上記1’)のリン酸化CoreM3修飾ペプチドのペプチド配列の例として、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)が挙げられる。上記1’)及び2’)の工程において、1’)の工程で候補化合物を含まない系を対照として測定する。候補化合物がFKRPの活性を増強させる作用を有する場合は、反応産物が対照に比べて高く、候補化合物がFKRPの活性を低減させる作用を有する場合は、反応産物が対照に比べて低い値を示す。
【0042】
例えばヒトFKRPの遺伝子情報は、GenBank RefSeq: NM_024301(配列番号6)に開示されており、そのアミノ酸配列は、以下の配列番号7で特定される。分泌型FKRPは膜貫通部位を欠くFKRPであり、細胞外分泌型FKRPでもある。FKRPの膜貫通部位を取り除き分泌型の組換え体として発現させて作製することができる。例えば、配列番号7に示すアミノ酸配列のうち、Asn33から終止コドンまでの配列を含む構造からなる。そのN末端には、配列番号8に示すアミノ酸配列を付加することができる。配列番号8に示す配列はthe signal sequence of murine preprotrypsin、His/myc tagsである。
【0043】
ヒトFKRPのアミノ酸配列(配列番号7)
MRLTRCQAALAAAITLNLLVLFYVSWLQHQPRNSRARGPRRASAAGPRVTVLVREFEAFDNAVPELVDSFLQQDPAQPVVVAADTLPYPPLALPRIPNVRLALLQPALDRPAAASRPETYVATEFVALVPDGARAEAPGLLERMVEALRAGSARLVAAPVATANPARCLALNVSLREWTARYGAAPAAPRCDALDGDAVVLLRARDLFNLSAPLARPVGTSLFLQTALRGWAVQLLDLTFAAARQPPLATAHARWKAEREGRARRAALLRALGIRLVSWEGGRLEWFGCNKETTRCFGTVVGDTPAYLYEERWTPPCCLRALRETARYVVGVLEAAGVRYWLEGGSLLGAARHGDIIPWDYDVDLGIYLEDVGNCEQLRGAEAGSVVDERGFVWEKAVEGDFFRVQYSESNHLHVDLWPFYPRNGVMTKDTWLDHRQDVEFPEHFLQPLVPLPFAGFVAQAPNNYRRFLELKFGPGVIENPQYPNPALLSLTGSG
【0044】
付加配列(配列番号8)
MSALLILALVGAAVADYKHHHHHHEQKLISEEDLR
【0045】
フクチンやFKRPの酵素反応は、例えば37±1℃の温度条件で、5分~48時間、好ましくは1~24時間反応させることで達成される。フクチンは、具体的には図5に示す酵素活性を有し、反応産物はリビトールリン酸1分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドが挙げられる。フクチンは、CDP-リビトールからRbo5Pを例えば糖鎖中のGalNAc-3部位に結合させて糖鎖を合成する転移酵素(CDP-Rbo: GalNAc-3 Rbo5P転移酵素)であると考えられる。FKRPは、具体的には図6に示す酵素活性を有し、反応産物はリビトールリン酸2分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドが挙げられる。FKRPは、CDP-リビトールからRbo5Pを、例えば糖鎖中のリビトール5リン酸のC1部位に結合させて糖鎖を合成する転移酵素(CDP-Rbo: Rbo5P-1 Rbo5P転移酵素)であると考えられる。
【0046】
フクチンやFKRPの酵素反応により得られた反応産物、例えばリビトールリン酸1分子を含むリン酸化CoreM3やリビトールリン酸2分子を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドは、HPLC、質量分析、LC/MS、放射性同位体標識CDP-リビトール等、自体公知の方法又は今後開発されるあらゆる方法により測定することができる。
【0047】
本発明は、上記説明した分泌型フクチン又は分泌型FKRPにも及ぶ。分泌型フクチンを含む試薬(以下、「分泌型フクチン試薬」)又は分泌型FKRPを含む試薬(以下、「分泌型FKRP試薬」)は、フクチンやFKRPの酵素反応の測定系において、有効に使用することができ、例えば化合物のスクリーニングに使用することができる。これらの測定系に使用可能な分泌型フクチン試薬又は分泌型FKRP試薬は、各々測定用酵素標品としても使用することができる。
【0048】
本発明は、さらにフクチン活性測定用キット及びFKRP測定用キットに及ぶ。これらの活性測定用キットには、基質用試薬を構成として少なくとも含み、糖供与体を含む試薬及び/又は酵素源を含む試薬を構成として含ませることができる。
【0049】
フクチン活性測定用キットとしては以下を構成とすることができる。基質用試薬として、GalNAcβ1-3GlcNAcを含む試薬(以下「GalNAcβ1-3GlcNAc試薬」)又はリン酸化CoreM3修飾ペプチドを含む試薬(以下「リン酸化CoreM3修飾ペプチド試薬」)のいずれかを選択することができる。リン酸化CoreM3修飾ペプチドのペプチド配列の例として、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)が挙げられる。糖供与体を含む試薬として、CDP-リビトールを含む試薬(以下「CDP-リビトール試薬」)が挙げられる。酵素源を含む試薬として、分泌型フクチンを含む試薬(以下「分泌型フクチン試薬」)を使用することができる。例えば検体中のフクチン活性のみを測定する場合には、分泌型フクチン試薬は使用しなくてもよい。また、フクチンの活性に影響を及ぼす化合物の活性を確認する場合等には、分泌型フクチン試薬を使用することができる。分泌型フクチン試薬は、フクチンの酵素標品としても使用することができる。
【0050】
FKRP活性測定用キットとしては以下を構成とすることができる。基質用試薬として、リビトールリン酸を1分子付加したGalNAcβ1-3GlcNAcを含む試薬(以下「リビトールリン酸化1GalNAcβ1-3GlcNAc試薬」)又はリビトールリン酸を1分子付加したリン酸化CoreM3修飾ペプチドを含む試薬(以下「リビトールリン酸1リン酸化CoreM3修飾ペプチド試薬」)のいずれかを選択することができる。リン酸化CoreM3修飾ペプチドのペプチド配列の例として、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)が挙げられる。糖供与体を含む試薬として、CDP-リビトールを含む試薬(以下「CDP-リビトール試薬」)が挙げられる。酵素源を含む試薬として、分泌型FKRPを含む試薬(以下「分泌型FKRP試薬」)を使用することができる。例えば検体中のFKRP活性のみを測定する場合には、分泌型FKRP試薬は使用しなくてもよい。また、FKRPの活性に影響を及ぼす化合物の活性を確認する場合等には、分泌型FKRP試薬を使用することができる。分泌型FKRP試薬は、FKRPの酵素標品としても使用することができる。
【0051】
ISPD、フクチン及びFKRPのいずれかの遺伝子が欠損又は変異している細胞を用いてジストログリカン糖鎖を解析することができる。ISPD、フクチン及びFKRPのいずれかの遺伝子が欠損又は変異している細胞は、ゲノム編集等の手法により作製することができる。遺伝子を欠損させた細胞又は遺伝子を変異させた細胞を作製することができる。また、上記ISPD、フクチン及びFKRPのいずれかの遺伝子が欠損又は変異している細胞の代わりにジストログリカン糖鎖修飾異常を伴う患者由来細胞を使用することもできる。上記ISPD、フクチン、FKRPのいずれかの遺伝子を欠損あるいは変異を導入した細胞、またはジストログリカン糖鎖修飾異常を伴う患者由来細胞に対して、CDP-リビトール(単体、又は核酸トランスフェクション試薬と混合したものを添加し、培養後、細胞を回収し、ジストログリカンの糖鎖状況を確認することができる。係る測定系に、ジストログリカンの糖鎖形成に効果があると考えられる候補化合物を作用させることで、ジストログリカンの糖鎖状況を指標に候補化合物の効果を検証することができる。ジストログリカンの糖鎖状況の確認は、ウエスタンブロット法や免疫染色法等、自体公知の方法を適用することができるし、今後開発される方法を適用することができる。
【実施例
【0052】
以下、本発明の理解を深めるために参考例及び実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0053】
(参考例1)
本参考例では、本発明を完成するに至ったジストログリカン糖鎖の構造解析経緯、及び糖鎖構造の解析のための質量分析用ジストログリカンの調製について説明する。
【0054】
ジストログリカン糖鎖の構造解析を行うに当たり、生体組織からは解析に必要なサンプル量を確保するのが困難であった。一方で、サンプル量の大量確保が可能な遺伝子組換え体については、培養細胞に遺伝子組み換えジストログリカンを発現させても、生体組織のジストログリカンと同様な生理活性をもつ糖鎖が修飾される効率はきわめて低く、生体での糖鎖構造とは異なることも問題であった。更に、ジストログリカンには糖鎖修飾が生じ得るセリン・トレオニン残基が40か所程度存在し、糖鎖修飾の不均一性が高いことも、糖鎖解析を困難にさせる要因の一つであった。
【0055】
そこで、まず、遺伝子組換えジストログリカンに生体組織のジストログリカンと同様の生理的な糖鎖を修飾できる細胞株を探索した。その結果、NIH3T3細胞では、遺伝子組換えジストログリカンに高効率で生理的な糖鎖が修飾されることを見出した。
【0056】
上記に基づき、遺伝子組換え操作により、ジストログリカンのN末端球状領域(アミノ酸番号1番目から313番目)と糖鎖修飾部位(N末端球状領域に続くムチン領域内に存在する)のセリン及びトレオニンを合計で5個含む20アミノ酸(ジストログリカンのアミノ酸番号314番目から333番目)に限定した野生型(WT)ジストログリカンを設計した。ジストログリカンの成熟過程において、N末端球状領域は310番目のアミノ酸で切断プロセシングをうけるため、解析に用いた成熟型のジストログリカンには存在しない。つまり、解析に用いたジストログリカンは、アミノ酸番号311番目から333番目までで構成される。別途、ジストログリカンのN末端球状領域、190番目のアミノ酸をトレオニンからメチオニンへ変異させた変異型(T190M)も作出した。190番目の変異箇所は糖鎖修飾領域には含まれていないが、190番目が変異した変異体によれば、生理的糖鎖の一部分であるキシロース(Xyl)とグルクロン酸(GlcA)の二糖を単位とする繰り返し構造(Xyl-GlcAリピート)が修飾されない。更に、20アミノ酸の配列中にリジン残基を導入し、320番目のアミノ酸をトレオニンからリジンに変異させた、リジン切断酵素処理でより断片化できる変異型(T320K)も作出した。以下、野生型、変異型等特に限定しない遺伝子組換えジストログリカンを、単に「rDG」といい、糖鎖修飾部位を20アミノ酸(ジストログリカンのアミノ酸番号314番目から333番目)に限定した野生型ジストログリカンを「DGWT」、変異型ジストログリカンを各々「DGT190M」又は「DGT320K」という。これらの組換えジストログリカンのC末端にプレシジョン切断配列、Fcタグを含むものを、各々「DGFc」、「DGFcWT」、「DGFcT190M」、「DGFcT320K」という。
【0057】
rDGを発現するNIH3T3安定発現細胞株を樹立した。その結果、DGWTとDGT320Kには生理的糖鎖が修飾されることを確認したが、DGT190Mでは生理的糖鎖修飾は生じなかった。
【0058】
rDG安定発現NIH3T3細胞をBelloCell(R)培養装置にて1週間培養し、培養上清を回収した。Protein A-beadsを用いて、培養上清からDGFcを回収した。次いで、プレシジョン酵素処理によりFcタグ部分を切断し、Protein A-beadsにてFcタグ部分を除去し、グルタチオン-beadsによりPreScission Proteaseを除去した。rDGには生理活性をもつ糖鎖以外の糖鎖も含まれているが、O-glycosidaseとα2,3,6,8,9-neuramidase処理によって、シアル酸とO-GalNAc型糖鎖を除去した。更にイオン交換カラムでの酢酸アンモニウム溶出(0.1, 0.25, 0.5, 0.75Mのステップワイズ溶出)により、rDGを分画し、糖鎖構造解析用試料とした。
【0059】
MALDI-TOFを用いた質量分析により、糖鎖構造解析を行った。質量分析計はMALDI-TOF mass spectrometer(Applied Biosystems)を使用した。DGWTでは、高濃度酢酸アンモニウム溶出画分に、Xyl-GlcAリピートの修飾を示す、質量308間隔のシグナルが検出されたことから、生理的糖鎖が修飾されたことが示された。一方、DGT190Mでは、Xyl-GlcAリピートが認められず、代わりに6138の質量を示すピークが得られた。この6138の質量をもつ糖ペプチドはXyl-GlcAリピート構造のみが修飾されていないものとなる。生理活性糖鎖はリン酸ジエステル結合によりコア糖鎖に結合しているとされるが、リン酸ジエステル結合を化学的に切断するフッ化水素でDGWTの糖ペプチドを処理すると、5402の質量をもつ糖ペプチドが得られた。つまり、6138-5402の差で得られる質量736の糖鎖の存在が見出された。
【0060】
リニアイオントラップ(LTQ)と電場型フーリエ変換質量分析機構(Orbitrap)の2つの分析部からなるハイブリッド質量分析システム(LTQ XLTM ion trap mass spectrometer、Thermo Fisher Scientific社)を用いて質量736の糖鎖の構成成分を解析したところ、ひとつのXyl-GlcAユニットと、質量134と80からなるユニットが二つ存在することが示された。質量134と80の成分を精密質量分析すると、134はC5H12O5の化学式をもつ分子、80はリン酸であることがわかった。C5H12O5の化合物は、リビトール、キシリトール、アラビトールのいずれかであるため、それぞれを標準物質として、rDGの単糖組成分析を行ったところ、ジストログリカンにリビトールが含まれていることが明らかになった。
【0061】
以上により、コア糖鎖とXyl-GlcAリピートを結ぶ質量736の構造は、リビトールリン酸-リビトールリン酸-Xyl-GlcAであることが明らかになった。また、DGT320Kにもリビトールリン酸が含まれていることを確認した。リビトールリン酸は、ごく一部のバクテリアや植物(福寿草の仲間)にのみ存在が確認されていたが、哺乳類におけるリビトールリン酸は確認されていなかった。そこで、以下に示す各実施例によりジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の責任遺伝子とリビトールリン酸が糖鎖に組み込まれるための機構を解析した。
【0062】
(実施例1)ISPDの作用
本実施例では、筋ジストロフィー責任遺伝子の一つであるISPDについて、ジストログリカン糖鎖修飾における機能を確認した。
【0063】
1.正常ISPDによる反応
バクテリアでは、CDP-リビトールはリビトールリン酸(リビトール5リン酸:Rbo5P)とCTPの反応によって合成される。本実施例ではISPDの作用について、リビトールリン酸からCTPを基質(Substrate)としてCDP-リビトールを合成可能かについて検討した。His-tag付ヒトISPDを遺伝子組換え操作により作製し、酵素源とした。ヒトISPDの遺伝子情報は、RefSeq: NM_001101426に開示されている。作製したヒトISPDとリビトールリン酸及びCTPを混合して酵素反応させ、酵素反応物をHPLCで分析した。酵素反応は、ヒトISPDを100 mM MOPS-NaOH (pH 7.4), 10 mM MgCl2, 1 mM CTP, 2 mM Rbo5P 合計40μlの反応液中で、37℃、2時間反応の条件で行った。HPLCは、4.6×150 mm COSMOSIL(R) PBrカラム(Nacalai Tesque)を用いて、3%メタノール/97%酢酸トリエチルアミン(pH 7.3)で30℃でのisocratic溶出の条件で行い、酵素反応物を254nmの吸光度で検出した。酵素反応前でみられるピークは基質としてのCTPであったが、酵素反応後ではCTPのピークは減少し、新たなピークとしてCDP-リビトールが確認された(図3左)。これにより、ISPDはCDP-リビトール合成酵素であることが確認された(図2)。
【0064】
2.変異型ISPDによる反応
ISPD変異患者に係る変異型ISPD(p.D156N、p.M213R、p.T238I)について、上記1.と同手法により各々遺伝子組換えISPDを作製し、酵素反応を行った。酵素反応物であるCDP-リビトール量を確認した。その結果、CDP-リビトールを示すピーク値は正常ISPDで反応させた場合と比べて低かった。変異型ISPDによればCDP-リビトールの合成量が低いことが確認された(図3右)。
【0065】
CDP-リビトールは、リビトールリン酸が糖鎖に組み込まれるための糖供与体基質として重要である。本実施例の結果より、ISPDによりCDP-リビトールを生合成できるが、変異型ISPDではCDP-リビトールの生合成に支障をきたし、疾患に至ることが考えられた。
【0066】
(実施例2)フクチンの作用
本実施例では、筋ジストロフィー責任遺伝子の一つであるfukutinについて、ジストログリカン糖鎖修飾における機能を確認した。
【0067】
1.正常フクチンによる反応
ジストログリカン糖鎖の合成に及ぼすフクチンの作用について検討した。ヒトフクチンを遺伝子組換え操作により作製した。ヒトフクチンの遺伝子情報は、RefSeq: NM_006731に開示されている。フクチンは膜貫通部位を取り除き分泌型の組換え体として発現させた。CDP-リビトールを糖供与体基質(リビトールリン酸の供与元)とし、リン酸化CoreM3修飾ペプチドを糖受容基質とし、作製した分泌型ヒトフクチンと混合して酵素反応させ、酵素反応物をHPLCにより解析した。酵素反応は、アガロースビーズに結合したヒトフクチン 25μlを100 mM MES(pH 6.5), 0.5 mM CDP-Rbo, 0.1 mM リン酸化CoreM3修飾ペプチド, 10 mM MnCl2, 10mM MgCl2, 0.5% Triton X-100 合計50μlの反応液中で、37℃、16時間反応の条件で行った。酵素反応物を5×250 mm Mightysil RP-18GP Aqua カラム(Kanto Chemical)を用いた逆相HPLCにて分離した。溶媒Aを0.1% TFA(trifluoroacetic acid)含有蒸留水、溶媒Bを0.1% TFA含有アセトニトリルとし、1 ml/minの流速で、0%-40%の溶媒Bの直線濃度勾配の条件で酵素反応物を溶出した。溶出物を214nmの吸光度で検出した。ここで、CoreM3はジストログリカン糖鎖を構成する糖鎖の一部であって、GalNAcβ1-3GlcNAcβ1-4Man-からなる(図4参照)。Manがリン酸化されていることが、その先の糖鎖修飾に重要である。ここで、ペプチドとは、Ac-ATPAPVAAIGPK-NH2(配列番号1)をいう。このペプチドはジストログリカンの配列を模倣しているがトレオニンがひとつしか含まれない。合成の際は、Man修飾型トレオニンを用いるため、Ac-AT(Man)PAPVAAIGPK-NH2(配列番号2)となる。配列番号2のMan修飾ペプチドを出発材料に、POMGNT2, B3GALNT2, POMKによる段階的な酵素反応により、リン酸化CoreM3修飾ペプチドを用意した。フクチン酵素反応前は糖受容基質であるリン酸化CoreM3修飾ペプチドのピークしかみられないが(図5左図、反応前)、反応後はリン酸化CoreM3修飾ペプチドのピークが減少し、新たにProduct1のピークがみられた(図5左図、反応後)。
【0068】
このProduct1の構造を質量分析により解析した結果、Product1は1分子のリビトールリン酸を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドであることが確認された(図5左上より2番目)。これにより、ヒトフクチンは、CDP-リビトールからリビトールリン酸を糖鎖に組み込む酵素、リビトール転移酵素であることが確認された(図2)。
【0069】
2.変異型フクチンによる反応
フクチン変異患者に係る変異型フクチン(p.M133T、p.R307Q)について、上記1.と同手法により分泌型遺伝子組換えフクチンを作製し、同手法により酵素反応を行った。p.M133T変異型フクチンでは酵素反応物であるProduct1を示すピーク量が正常フクチンの場合と比べて低く(図5左上より3番目)、p.R307Q変異型フクチンではProduct1を示すピークが確認できなかった(図5左上より4番目)。つまり、変異型フクチンによれば、リビトールリン酸転移酵素活性が低下していることが確認された。
【0070】
酵素反応物を核磁気共鳴(NMR)で解析し、リビトールリン酸が結合する部位について同定した。解析は1次元1H-13C(HSQC)及び2次元1H-31P(HMBC)により行なった。その結果、フクチンは、CDP-リビトールからRbo5Pを糖鎖中のGalNAc-3部位に転移させて糖鎖を合成する転移酵素(GalNAc-3 Rbo5P転移酵素)であると考えられた。
【0071】
(実施例3)FKRPの作用
本実施例では、筋ジストロフィー責任遺伝子の一つであるFKRPについて、ジストログリカン糖鎖修飾における機能を確認した。
【0072】
1.正常FKRPによる反応
ジストログリカン糖鎖の合成に及ぼすFKRPの作用について検討した。ヒトFKRPを遺伝子組換え操作により作製した。ヒトFKRPの遺伝子情報は、RefSeq: NM_024301に開示されている。実施例2と同様にFKRPは膜貫通部位を取り除き分泌型の組換え体として発現させた。実施例2と同様にCDP-リビトールを糖供与体基質(リビトールリン酸の供与元)とし、実施例2で作製した1分子のリビトールリン酸を含む糖ペプチド(Product1)を糖受容基質として、作製した分泌型ヒトFKRPと混合して酵素反応させ、酵素反応物をHPLCで分析した(図6)。酵素反応は、アガロースビーズに結合したヒトFKRP 25μlを100 mM MES(pH 6.5), 0.5 mM CDP-Rbo, 0.1 mM リビトールリン酸-リン酸化CoreM3修飾ペプチド, 10 mM MnCl2, 10mM MgCl2, 0.5% Triton X-100 合計50μlの反応液中で、37℃、16時間反応の条件で行った。酵素反応物を実施例2と同手法により逆相HPLCにて分離、溶出し、溶出物を214nmの吸光度で検出した。
【0073】
反応前はProduct1のピークしかみられないが(図6左図、反応前)、反応後は、Product1のピークの代わりに新たにProduct2のピークがみられた(図6左図、反応後)。このProduct2のピークを質量分析すると2分子のリビトールリン酸を含むリン酸化CoreM3修飾ペプチドであることが確認された(図6左上より2番目)。これにより、ヒトFKRPは、CDP-リビトールからリビトールリン酸を糖鎖に組み込む酵素、リビトール転移酵素であることが確認された(図2)。
【0074】
2.変異型FKRPによる反応
FKRP変異患者に係るp.Y307N変異型FKRPについて、上記1.と同手法により分泌型遺伝子組換えFKRPを作製し、酵素反応を行った。変異型FKRPでは酵素反応物であるProduct2を示すピーク量が正常FKRPの場合と比べて低く、Product1のピークが残っていた(図6左上より3番目)。つまり、変異型FKRPではリビトールリン酸転移酵素活性が低下していることが確認された。酵素反応物のNMR解析を行ない、リビトールリン酸が結合する部位についても同定した。FKRPは、CDP-リビトールからRbo5Pを糖鎖中のリビトール5リン酸のC1部位に転移させて糖鎖を合成する転移酵素(CDP-Rbo: Rbo5P-1Rbo5P転移酵素)であると考えられた。
【0075】
(実施例4)患者モデル細胞でのリビトールリン酸修飾
本実施例では、ISPD、フクチン又はFKRPのいずれかが欠損している細胞におけるリビトールリン酸の修飾について確認した。CRISPR/CAS9のゲノム編集法を用いて、それぞれの遺伝子が欠損したHAP1細胞を作製し、患者モデル細胞とした。欠損変異はDNAシーケンスで確認した。実際の患者とは変異の種類が異なるが、遺伝子機能を欠損しているという点では同義であるので、モデル細胞ということができる。
【0076】
図7上段の各細胞において、それぞれの欠損細胞(CRISPRのレーン)では糖鎖が欠損していることが確認された。また、欠損させた遺伝子をトランスフェクションにより再発現させると糖鎖が回復したことから(Rescueのレーン)、作製した細胞の疾患モデル細胞としての正当性が証明された。これらの細胞に、参考例1と同様にDGWTを発現させて糖鎖を質量分析で解析した。正常型(Normal)の細胞では、左下図で示すように、リビトールリン酸を含む736で示されるピークが検出された(図7)。ISPDやフクチンを欠損している細胞では、糖鎖においてリビトールリン酸の転移が起こらないので、736で示されるピークは検出されなかった。一方、FKRP欠損では、ひとつめのリビトールリン酸は組み込まれるので、736で示される分子の一部分であるリビトールリン酸を1分子含む糖鎖が検出された。これにより、実施例1~3で示す糖鎖構造データや酵素活性データを支持する結果が得られたと考えられる。また、このことは、ISPD、フクチン、FKRPの異常により、生体内リビトールリン酸修飾が十分に行われず、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患が発症することが示された。
【0077】
(実施例5)CDP-リビトール投与による糖鎖修飾異常の改善
実施例1及び4の結果、ISPD欠損型患者では、細胞内でCDP-リビトールが生合成することができず、生体内リビトールリン酸修飾の異常によってジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患が発症することが示された。本実施例では、CRISPR/CAS9のゲノム編集法を用いてHAP1細胞及びHEK細胞についてISPDが欠損している細胞を作製した。HAP1細胞はヒト白血病培養細胞(KBM7)由来であるが半数体細胞株であり、ゲノム編集を高効率に行うことが可能な細胞である。
【0078】
図8のHAP1細胞及びHEK細胞について、本実施例ではWTはISPDが欠損していない正常型細胞を示し、KOはCRISPR/CAS9のゲノム編集法によりISPDがノックアウトされたISPD欠損細胞を示す。ISPD欠損細胞の欠損変異はDNAシーケンスで確認した。それぞれの培養液に終濃度1 mM のCDP-リビトールを添加し、24時間培養した。培養後、細胞抽出液から細胞内在のジストログリカンを調製し、糖鎖修飾状況をウエスタンブロット法で確認した。HAP1細胞ではISPD欠損細胞であっても、細胞外からCDP-リビトールを加えることで正常型細胞と同様のα-DGの糖鎖修飾が生じ、糖鎖の合成が回復したと考えられる。また、HEK細胞ではISPD欠損細胞では細胞導入試薬(lipofectamineTM)と同時にCDP-リビトールを投与すれば糖鎖の回復が確認された。つまりISPD欠損型では、CDP-リビトールの補充により糖鎖の合成が回復し、有効な治療法になることが示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0079】
以上詳述したように、CDP-リビトールを有効成分として含有する、ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患の治療剤によれば、糖鎖修飾異常が改善し、その結果疾患の治療及び/又は疾患に伴う症状の改善に効果的に作用する。ジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患について、原因遺伝子の作用が確認され、疾患の発症原因が解明されたことで、対象となる疾患について、より効果的な治療方法の開発に貢献しうる。
【0080】
フクチンやFKRPに変異がある患者の場合、変異によってフクチンやFKRPの酵素活性がゼロになるわけではなく、少量の活性は残存していると考えられる(活性がゼロになると、生存できず生まれてこない)。フクチンやFKRPの活性が少しでも残存する場合は、フクチンやFKRPの酵素反応の材料となるCDP-リビトールが大量にあれば、残存する酵素活性を利用して、ジストログリカン糖鎖へのリビトールリン酸への転移及び組込みが進むと考えられる。つまり、CDP-リビトール補充療法は、ISPD遺伝子の異常のみならず、フクチン遺伝子の異常やFKRP遺伝子の異常にも効果を発揮することが期待できる。また、ISPD、フクチン、FKRP以外の遺伝子であっても、ジストログリカン糖鎖修飾におけるリビトールリン酸に影響を及ぼす遺伝子であれば、それらの遺伝子の異常によるジストログリカン糖鎖修飾異常に伴う疾患に対しても、本発明のCDP-リビトールを有効成分として含有する治療剤は有効に作用しうる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
【配列表】
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