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特許7058490ウイルス、細菌および真菌を抑える抗菌組成物
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-14
(45)【発行日】2022-04-22
(54)【発明の名称】ウイルス、細菌および真菌を抑える抗菌組成物
(51)【国際特許分類】
   A01N 37/12 20060101AFI20220415BHJP
   A01N 31/02 20060101ALI20220415BHJP
   A01N 37/02 20060101ALI20220415BHJP
   A01N 37/04 20060101ALI20220415BHJP
   A01P 3/00 20060101ALI20220415BHJP
   A61L 2/18 20060101ALI20220415BHJP
   A61K 31/045 20060101ALN20220415BHJP
   A61K 31/19 20060101ALN20220415BHJP
   A61K 31/194 20060101ALN20220415BHJP
   A61K 31/23 20060101ALN20220415BHJP
   A61L 101/34 20060101ALN20220415BHJP
   A61P 31/04 20060101ALN20220415BHJP
   A61P 31/10 20060101ALN20220415BHJP
   A61P 31/12 20060101ALN20220415BHJP
   A61P 43/00 20060101ALN20220415BHJP
【FI】
A01N37/12
A01N31/02
A01N37/02
A01N37/04
A01P3/00
A61L2/18
A61K31/045
A61K31/19
A61K31/194
A61K31/23
A61L101:34
A61P31/04
A61P31/10
A61P31/12
A61P43/00 121
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017198848
(22)【出願日】2017-10-12
(65)【公開番号】P2019073453
(43)【公開日】2019-05-16
【審査請求日】2020-10-08
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 絵美
(72)【発明者】
【氏名】神山 貴信
(72)【発明者】
【氏名】永井 峻介
【審査官】阿久津 江梨子
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-255101(JP,A)
【文献】特開2017-77232(JP,A)
【文献】国際公開第2010/047108(WO,A1)
【文献】第五版 消毒剤マニュアル, [online],[令和3年8月23日検索], インターネット,健栄製薬株式会社,2012年02月01日,pp. 16-18,<URL:https://www.kenei-pharm.com/cms/wp-content/uploads/2016/11/shoudokukannrenn_03.pdf>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01N 37/12
A01N 31/02
A01N 37/02
A01N 37/04
A01P 3/00
A61L 2/18
A61K 31/045
A61K 31/19
A61K 31/194
A61K 31/23
A61L 101/34
A61P 31/04
A61P 31/10
A61P 31/12
A61P 43/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
各成分の含有量及びpHが以下(a)~()を満たす水溶液である、抗ウイルス、抗細菌および抗真菌用の薬剤。
(a)エタノール濃度が65~75重量%である
(b)モノラウリン酸モノグリセリドの含有量が0.03~0.15重量%である
(c)乳酸またはその塩の含有量が、乳酸として1.0~1.8重量%である
(d)クエン酸またはその塩の含有量が、クエン酸として0.2~0.5重量%である
(e)pH3~4である
(f)ラウリン酸ペンタグリセリドを含む
【請求項2】
前記薬剤において、乳酸またはその塩とクエン酸またはその塩の含量比(重量比)が、乳酸とクエン酸として3:1~5:1である、請求項1に記載の薬剤。
【請求項3】
請求項1または2に記載の薬剤を対象物に接触させる、対象物表面のウイルス、細菌および真菌を、不活化または殺菌する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ウイルスを不活化し、かつ細菌および真菌を殺菌するエタノール製剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ノロウイルスによる急性胃腸炎、大腸菌や黄色ブドウ球菌等による食中毒が往々にして問題になっている。また真菌類の中には、食品中で増殖する過程で人にとって有害な代謝産物を作るものもある。
これらの微生物やその産生する有害物質が、人体に取り込まれる場合、その経路はほとんど経口である。そのため、食品の調理環境における微生物のコントロール、すなわち調理器具の表面や、調理室内の空気におけるウイルス、細菌および真菌の低減は、食品衛生上重要である。
【0003】
厚生労働省によると、ノロウイルスを失活化させるために用いる薬剤としては、消毒用エタノールや逆性石鹸は効果が無く、次亜塩素酸ナトリウム水溶液が有効であるとされている。また、次亜塩素酸ナトリウムは、芽胞菌以外の細菌にも有効であることが知られている。
しかし一方で、次亜塩素酸ナトリウムは特有の強い臭気を有する、皮膚腐食性がある、衣服等を脱色する、酸と反応して塩素ガスを発生させるなど、調理環境で使用するには難しい物性を有している。
【0004】
そのため、食品周りの微生物コントロールに用いる薬剤は、通常の飲食品に含まれている成分からなる、より安全性の高い薬剤であることが望ましい。
エタノールは酒類等の食品に含まれる成分のため安全性が高いが、上記のとおり単独ではノロウイルスをはじめとするノンエンベロープウイルスを不活化する効果は期待できない。
【0005】
本発明者らはこれまでに、エタノール、リン酸、グリセリン脂肪酸エステルを含みpH2.5~5である水溶液を用いることにより、カリシウイルスを不活化できることを開示している(特許文献1)。さらに、エタノール、乳酸、クエン酸、それらの塩を所定の比率で含み、pH3~4であるエタノール製剤は、高い抗ウイルス活性を有するとともに、噴霧・塗布後の白残り、液残りが無いということを見出した(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第5542682号公報
【文献】特開2017-77232号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、ウイルスの不活化だけでなく、細菌や真菌の殺菌もできる薬剤を提供することである。原料として用いるものは、食品周りで用いても問題の無いよう、臭いや腐食性、刺激性が少なく、一般の食品に含有されている成分であることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、特定の成分組成を有するエタノール製剤が、ウイルス、細菌および真菌を、不活化または殺菌できることを見出した。すなわち、本発明は以下の(1)~(3)に関する。
【0009】
(1)各成分の含有量及びpHが以下(a)~(e)を満たす水溶液である、抗ウイルス、抗細菌および抗真菌用の薬剤。
(a)エタノール濃度が65~75重量%である
(b)グリセリン脂肪酸エステルの含有量が0.03~0.15重量%である
(c)乳酸またはその塩の含有量が、乳酸として1.0~1.8重量%である
(d)クエン酸またはその塩の含有量が、クエン酸として0.2~0.5重量%である
(e)pH3~4である
(2)前記薬剤において、乳酸またはその塩とクエン酸またはその塩の含量比(重量比)が、乳酸とクエン酸として3:1~5:1である、前記(1)に記載の薬剤。
(3)前記(1)または(2)に記載の薬剤を対象物に接触させる、対象物表面のウイルス、細菌および真菌を、不活化または殺菌する方法。
【発明の効果】
【0010】
本発明の薬剤(エタノール製剤)は、対象物に噴霧、塗布、混合等をすることにより、対象物表面のウイルス、細菌および真菌といった幅広い種類の微生物を、効率的に不活化させたり殺菌したりすることが出来るものである。本製剤を使用した際、長時間残る臭いは無く、人体への悪影響も無いため、食品周りの消毒に好適に用いることができる。また本発明の製剤は、金属への腐食性がほとんど無く、さらに、乳酸とクエン酸を適切な比率にすれば、使用後に固形分の残存による白残り、液残りも無いため、噴霧剤として簡便に用いることができる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明のエタノール製剤は、エタノール濃度が65~75重量%である。この範囲内であれば、安全でかつ十分な抗ウイルス、抗菌効果が得られる。65重量%未満になると、抗ウイルス、抗菌効果がやや弱くなる。
【0012】
本発明のエタノール製剤は、グリセリン脂肪酸エステルを0.03~0.15重量%含有する。グリセリン脂肪酸エステルは、具体的にはモノラウリン酸モノグリセリド、モノカプリル酸モノグリセリド等が挙げられ、抗細菌活性、抗真菌活性を高める効果がある。
【0013】
本発明のエタノール製剤は、乳酸またはその塩の含有量が、乳酸として1.0~1.8重量%である。かつ、クエン酸またはその塩の含有量が、クエン酸として0.2~0.5重量%である。この範囲内であれば、十分なウイルス不活化効果を発揮する。
さらに、乳酸またはその塩とクエン酸またはその塩の含量比(重量比)が、乳酸とクエン酸として3:1~5:1であれば、噴霧後や塗布後に白残りや液残りをしにくいため、なお望ましい。
【0014】
本発明のエタノール製剤は、pH3~4である。pHは低いほど薬効は強くなるが、一方で金属への使用の際に腐食が起こりやすくなるため、バランスを考慮すると、pH3.4~3.7が最も望ましい。
【0015】
有効成分の含有量及びpHが上記条件を満たすエタノール製剤は、十分な抗ウイルス、抗細菌および抗真菌活性を示す。
さらに、薬効を妨げない範囲で、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ヒアルロン酸、グリセリン等の保湿剤、色素、香料等を含有させても良い。
ポリグリセリン脂肪酸エステルは、具体的にはラウリン酸テトラグリセリル、ラウリン酸ペンタグリセリル、ラウリン酸ヘキサグリセリル等があり、これらはエタノール製剤の表面張力を低下させるため、対象物への接触面積を大きくする効果がある。
【0016】
本発明のエタノール製剤は、例えば乳酸またはその塩およびクエン酸またはその塩、および必要に応じてポリグリセリン脂肪酸エステル等を上記濃度となるようにエタノール水に溶解させ、エタノール濃度およびpHを上記濃度となるように、酸やアルカリにより調整することにより調製することができるが、各工程の順はこれに限られない。
【0017】
本発明のエタノール製剤によりウイルス、細菌および真菌を不活化または殺菌する方法は、エタノール製剤とこれらの微生物とを十分な時間、接触させることである。
必要な接触時間は、防除する微生物の種類、その密度や状況により変わってくるが、細菌や真菌を殺菌したい場合は、通常30秒間の接触で概ね十分である。ウイルスを不活化したい場合は1分間以上、望ましくは5分間以上の接触をさせる。
【0018】
具体的には、これらの微生物の存在が疑われる対象物にエタノール製剤を噴霧、塗布、混合などする。対象物をエタノール製剤に浸漬してもよい。対象物の例としては、食器類、調理機械器具、冷蔵庫、調理者の衣服等がある。
以下に本発明の実施例を挙げるが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例
【0019】
表1記載の組成のエタノール製剤(実施例としてサンプル1~3、比較例としてサンプル4、5)を調製した。また、サンプル6として次亜塩素酸Naを200ppm含有する製剤を用いた。
【0020】
【表1】
【0021】
<実施例1> ネコカリシウイルス不活化効果
ネコカリシウイルス F9株/ネコ腎臓細胞(CrFK)を用い、以下の方法によりウイルス感染価を測定し、ウイルス活性を評価した。
【0022】
サンプル液100μlとウイルス液を100μlずつ等量混合し、室温にて30秒間または60秒間作用させた。なお、コントロールとして、サンプル液の代わりにリン酸緩衝液を用いた。作用後ただちに混合液100μlを2%ウシ胎児血清含有MBM培地900μlに加え、10倍に希釈した。
10倍希釈した混合液を、MBM培地にてさらに10段階に10倍希釈した。
6穴プレート上に3日間培養させたCRFK細胞の細胞増殖用培地(ウシ胎児血清10%含むMEM培地)をアスピレーターにて取り除き、各階段希釈した混合液について2穴の細胞を使用し、それぞれに100μl接種した(N=2)。
34℃、CO培養器内で1時間ウイルス吸着を行った後、寒天培地で重層し5%COインキュベーター内で34℃、60時間培養した。
培養終了後、10%ホルマリン固定、メチレンブルー染色により形成されたプラーク数を数え、感染価を測定した。結果を表2に示す。
【0023】
【表2】
【0024】
表2に示すとおり、本発明のエタノール製剤に該当するサンプル1および2は、作用時間30秒、60秒でいずれも感染価が低く、ネコカリシウイルスに対して高い不活化効果を示した。
【0025】
<実施例2> 細菌に対する殺菌効果
大腸菌(Escherichia coli)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)および乳酸菌(Leuconostoc mesenteroides)をそれぞれ用い、サンプル1~5の原液、2倍または3倍希釈液の殺菌効果を評価した。なお、大腸菌は標準寒天培地にて30℃、24時間培養したものを、黄色ブドウ球菌は標準寒天培地にて30℃、48時間培養したものを、乳酸菌はMRS寒天培地にて30℃、48時間の嫌気培養したものを、それぞれ用いた。
【0026】
大腸菌、黄色ブドウ球菌および乳酸菌に対する殺菌効果は、以下の方法により評価した。
各サンプル3mlに菌液(濃度10cfu/ml)をそれぞれ0.05mlずつ投入し撹拌後、0、10、30秒後に処理液を直ちに100倍量の滅菌水で希釈することで処理を停止し、その0.05mlを各培地に塗布後、培養し、発生したコロニー数から生残菌数を求めた。大腸菌、黄色ブドウ球菌および乳酸菌に関する結果をそれぞれ表3、表4および表5に示す。
【0027】
【表3】
【0028】
【表4】
【0029】
【表5】
【0030】
表3、表4および表5に示すとおり、本発明のアルコール製剤サンプル1~3は、大腸菌、黄色ブドウ球菌および乳酸菌のいずれに対しても、顕著な殺菌効果を示した。また、本発明の製剤は、2倍または3倍に希釈しても、その殺菌効果が比較サンプルに比べて失われにくいことから、対象物が水に濡れたような状況下で使用しても、優れた殺菌効果を期待でき、また高度に汚染された対象物に対しても有効であることが示唆された。
【0031】
<実施例3> 真菌に対する殺菌効果
食品を変敗させる酵母様真菌(Pichia anomala)を用い、サンプル1~5の原液、2倍または3倍希釈液の殺菌効果を評価した。なお、酵母様真菌はポテトデキストロース寒天培地にて25℃48時間培養したものを用いた。
【0032】
酵母様真菌に対する殺菌効果は、以下の方法により評価した。
【0033】
各サンプル3mlに菌液(濃度10cfu/ml)を0.05mlずつ投入し撹拌後、0、10、30秒後に処理液を直ちに100倍量の滅菌水で希釈することで処理を停止し、その0.05mlを各培地に塗布後、培養し、発生したコロニー数から生残菌数を求めた。結果を表6に示す。
【0034】
【表6】
【0035】
表6に示すとおり、本発明のエタノール製剤サンプル1~3は、酵母様真菌に対しても、優れた殺菌効果を示した。また、本発明の製剤は、2倍または3倍に希釈しても、その殺菌効果が比較サンプルに比べて失われにくいことから、対象物が水に濡れたような状況下で使用しても、殺菌効果を期待でき、また高度に汚染された対象物に対しても有効であることが示唆された。
【0036】
以上のことより、本発明のエタノール製剤は、ウイルス、細菌および真菌といった幅広い種類の微生物に対して、不活化や殺菌の効果があることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明のエタノール製剤は、あらゆる微生物を対象として消毒に用いることができる。また長時間残存する臭気や固形物も無いため、特に食品周り、具体的には食器類、調理機械器具、冷蔵庫、調理者の衣服等の消毒に好適に用いることができる。