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  • 特許-ポリビニルアルコール系繊維の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-15
(45)【発行日】2022-04-25
(54)【発明の名称】ポリビニルアルコール系繊維の製造方法
(51)【国際特許分類】
   D01F 6/14 20060101AFI20220418BHJP
【FI】
D01F6/14 Z
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2017150934
(22)【出願日】2017-08-03
(65)【公開番号】P2019026990
(43)【公開日】2019-02-21
【審査請求日】2020-04-17
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度、国立研究開発法人科学技術振興機構研究成果展開事業センター・オブ・イノベーションプログラム「革新材料による次世代インフラシステムの構築~安全・安心で地球と共存できる数世紀社会の実現~」委託研究開発、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】304024430
【氏名又は名称】国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002332
【氏名又は名称】特許業務法人綾船国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100127133
【弁理士】
【氏名又は名称】小板橋 浩之
(72)【発明者】
【氏名】山口 政之
(72)【発明者】
【氏名】松村 和明
【審査官】斎藤 克也
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-057523(JP,A)
【文献】特開2006-002304(JP,A)
【文献】藤田貴彦ら,塩化リチウムがポリビニルアルコール繊維の構造と力学物性に与える影響,繊維学会予稿集,日本,社団法人繊維学会,1995年06月23日,1995,G.241
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01D 1/00 - 13/02
D01F 1/00 - 6/96
D01F 9/00 - 9/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
LiBr及び重合度が少なくとも1000のポリビニルアルコール系ポリマーを含む紡糸原液を、凝固することによって得られる紡糸原糸を、延伸することによってポリビニルアルコール系繊維を、製造する方法であって、
ポリビニルアルコール系ポリマーのケン化度が99モル%以上であり、
紡糸原液が水溶液であり、
凝固が、紡糸原液を、30~60℃の温度の凝固浴液中へ吐出することによって行われる、製造方法
【請求項2】
紡糸原液に含有されるLiBrの濃度(重量%)が、紡糸原液に含有されるポリビニルアルコール系ポリマーの濃度(重量%)に対して、1/100~1/10の範囲の比率の濃度である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
紡糸原液に含有されるポリビニルアルコール系ポリマーの濃度(重量%)が、5~30重量%の範囲にある、請求項1~2のいずれかに記載の製造方法。
【請求項4】
紡糸原液に含有されるLiBrの濃度(重量%)が、0.1~5重量%の範囲にある、請求項1~3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
ポリビニルアルコール系ポリマーの重合度が、1200~6000の範囲にある、請求項1~4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
凝固浴液が、水溶液である、請求項1~5のいずれかに記載の製造方法。
【請求項7】
紡糸原糸が、凝固浴液中で行われる延伸がなされた紡糸原糸である、請求項1~6のいずれかに記載の製造方法。
【請求項8】
紡糸原糸が、凝固浴液から引き上げられた後に、巻き取られるまでに行われる延伸がなされた紡糸原糸である、請求項1~7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
紡糸原糸が、凝固浴液中へ吐出された後に巻き取られるまでに行われた延伸(紡糸延伸)がなされた紡糸原糸であり、
さらに、紡糸原糸の延伸として、紡糸され乾燥された後に行われる延伸(加熱延伸)がなされ、
これらの紡糸延伸と加熱延伸をあわせた全延伸倍率が8倍以上となるように延伸されている、請求項1~8のいずれかに記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高弾性率化されたポリビニルアルコール系繊維の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリピニルアルコール(PVA)の繊維は安価で強度に優れることが知られており、産業界でも多くの用途に使用されている。PVA系繊維は、水を溶媒とした湿式紡糸法、及び乾式紡糸法、有機溶媒を用いたゲル紡糸法などにより製造されている。特許文献1は、湿式紡糸法による高強度のPVA繊維の製造方法を開示している。
【0003】
PVA繊維は、カーボン繊維(CF)を上回る高い強度を示すと共にCFよりも低比重である。コストパフォーマンスも考慮すると、CFの一部用途では、代替が可能になると期待できる。しかし、PVA繊維は弾性率が低いという大きな不利がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第4774518号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
PVAは紡糸が比較的困難である。現在でも湿式紡糸により高強度のPVA繊維が製造されているが、紡糸困難であり欠陥の多い繊維であるために、弾性率は低い。本発明者の見積もりによれば、高強度のPVA繊維とされている繊維の弾性率は理論値のわずか25%程度にとどまる。このように、PVA繊維は、高弾性率化の要求が存在し、本来は高弾性率化の潜在力がありながら、それが実現されないままとなっていた。
【0006】
したがって、本発明の目的は、高弾性率のPVA繊維を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、PVA繊維の高弾性率化について鋭意探索研究してきたところ、驚くべきことに、PVAの紡糸において、リチウム塩を混合するという簡便な手段によって、得られるPVA繊維が著しく高弾性率化されることを見いだして、本発明に到達した。
【0008】
したがって、本発明は次の(1)以下を含む。
(1)
リチウム塩及び重合度が少なくとも1000のポリビニルアルコール系ポリマーを含む紡糸原液を、凝固することによって得られる紡糸原糸を、延伸することによってポリビニルアルコール系繊維を、製造する方法。
(2)
リチウム塩が、LiBr、LiF、LiCl、LiI、LiClO4、LiBF4、LiPF6、LiAsF6、LiCF3SO3、LiC25SO3、LiN(CF3SO22、及びLiN(C25SO22からなる群から選択されたリチウム塩である、(1)に記載の製造方法。
(3)
紡糸原液に含有されるリチウム塩の濃度(重量%)が、紡糸原液に含有されるポリビニルアルコール系ポリマーの濃度(重量%)に対して、1/100~1/10の範囲の比率の濃度である、(1)~(2)のいずれかに記載の製造方法。
(4)
紡糸原液に含有されるポリビニルアルコール系ポリマーの濃度(重量%)が、5~30重量%の範囲にある、(1)~(3)のいずれかに記載の製造方法。
(5)
紡糸原液に含有されるリチウム塩の濃度(重量%)が、0.1~5重量%の範囲にある、(1)~(4)のいずれかに記載の製造方法。
(6)
ポリビニルアルコール系ポリマーの重合度が、1200~6000の範囲にある、(1)~(5)のいずれかに記載の製造方法。
(7)
紡糸原液が水溶液である、(1)~(6)のいずれかに記載の製造方法。
(8)
凝固が、紡糸原液を凝固浴液中へ吐出することによって行われる、(1)~(7)のいずれかに記載の製造方法。
(9)
凝固浴液が、水溶液である、(8)に記載の製造方法。
(10)
紡糸原糸が、凝固浴液中で行われる延伸がなされた紡糸原糸である、(8)~(9)のいずれかに記載の製造方法。
(11)
紡糸原糸が、凝固浴から引き上げられた後に、巻き取られるまでに行われる延伸がなされた紡糸原糸である、(8)~(10)のいずれかに記載の製造方法。
(12)
紡糸原糸が、凝固浴中へ吐出された後に巻き取られるまでに行われた延伸(紡糸延伸)がなされた紡糸原糸であり、
さらに、紡糸原糸の延伸として、紡糸され乾燥された後に行われる延伸(加熱延伸)がなされ、
これらの紡糸延伸と加熱延伸をあわせた全延伸倍率が8倍以上となるように延伸されている、(8)~(11)のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明は、高弾性率のPVA繊維を提供する。本発明によれば、紡糸工程におけるリチウム塩の添加という簡便な手段により、高弾性率のPVA繊維を提供できる。本発明によるPVA繊維は、高い強度と低い比重という従来のPVA繊維の特性に加えて、高い弾性率を備えているので、軽くて強くしなやかな繊維であり、これまで高価な炭素繊維でなければ実現できなかった性能を優れた経済性を伴って実現できる、いわばスーパー繊維を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は動的粘弾性の温度依存性試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
具体的な実施の形態をあげて、以下に本発明を詳細に説明する。本発明は、以下にあげる具体的な実施他の形態に限定されるものではない。
【0012】
[PVA系繊維の製造]
本発明のPVA系高弾性率繊維の製造は、リチウム塩及び重合度が少なくとも1000のポリビニルアルコール系ポリマー(PVA系ポリマー)を含む紡糸原液を、凝固することによって得られる紡糸原糸を、延伸することによって行われる。
【0013】
[紡糸原液]
本発明に使用される紡糸原液は、リチウム塩及びポリビニルアルコール系ポリマー(PVA系ポリマー)を含む。紡糸原液は、好ましくはこれらを溶解した水溶液である。紡糸原液は、例えば、PVA系ポリマーを公知の手段によって加熱攪拌して溶解した後に、リチウム塩水溶液を添加して、加熱混合することによって、調製することができる。あるいは、公知の手段を用いて、例えばPVA系ポリマー水溶液中へリチウム塩の固体を投入して加熱混合して、紡糸原液を得てもよい。
【0014】
[PVA系ポリマー]
PVA系ポリマーは、重合度が少なくとも1000であり、好ましくは重合度が、1200~6000の範囲、さらに好ましくは1200~4000の範囲、さらに好ましくは1200~3000の範囲にある。PVA系ポリマーのけん化度は、例えば90モル%以上とすることができ、PVA繊維の耐熱性、耐水性の観点より、99モル%以上であると好ましい。PVA系ポリマーは、他のビニル基を有するモノマー、例えば酢酸ビニル、エチレン、ポリエチレングリコールなどの若干の共重合成分を含んでいても良い。
【0015】
PVA系ポリマーを水溶液中に加熱溶解するとき、PVA系ポリマーに不純物として残留する酢酸ナトリウムはPVA系ポリマーの部分的な熱分解に伴う着色を生じたり、得られた繊維の物性を損なったりするために、これらを抑制することを目的として、PVA系ポリマーをあらかじめ純水で水洗し、酢酸ナトリウムを除去しておくことが望ましい。この際、重合度が1000程度の比較的分子量の低いPVAの水洗には、15℃程度の冷水を用いたり、水とメタノールの混合物を用いたりして、PVAの溶解性を低下させて回収率を上げることも有効である。
【0016】
[PVA系ポリマーの濃度]
紡糸原液中に含有されるPVA系ポリマーの濃度は、例えば2~50重量%の範囲とすることができる。紡糸原液のポリマー濃度は、ポリマーの溶解性及び紡糸時の曳糸性を十分なものとし、さらに、紡糸時のゲル化性能及び紡糸後の延伸性を優れたものとするために5~30重量%とすることが好ましい。
【0017】
[リチウム塩]
リチウム塩として、LiBr、LiF、LiCl、LiI、LiClO4、LiBF4、LiPF6、LiAsF6、LiCF3SO3、LiC25SO3、LiN(CF3SO22、及びLiN(C25SO22からなる群から選択されたリチウム塩を使用することができ、好ましくはLiBr、LiF、LiCl、LiI、又はLiClO4を使用することができ、特に好ましくはLiBr(臭化リチウム)を使用することができる。
【0018】
[リチウム塩の濃度]
紡糸原液に含有されるリチウム塩の濃度(重量%)は、紡糸原液に含有されるポリビニルアルコール系ポリマーの濃度(重量%)に対して、1/100~1/10の範囲の比率の濃度、好ましくは1/50~1/20の範囲の比率の濃度とすることができる。リチウム塩の濃度(重量%)は、上記範囲において、例えば0.1~5重量%の範囲、好ましくは0.3~1.0重量%の範囲とすることができる。
【0019】
[紡糸原液の吐出と凝固]
紡糸原液は、溶液状態を維持するために、例えば70℃以上、好ましくは80℃以上に加熱しておき、これを凝固させて紡糸を行う。好適な実施の態様において、凝固は、紡糸原液を、凝固浴の液中へ吐出することによって行う。吐出は、公知の装置及び器具を使用して行うことができる。例えば直径0.01~0.5mmの孔を備えた押出機先端部から吐出することができる。吐出量や孔の個数は適宜選択することができ、例えば吐出量1~50cc/minで、例えば50~1000個の孔を備えた押出機先端部から吐出することができる。
【0020】
[凝固浴]
凝固浴の液(凝固浴液)として、好ましくは水溶液が使用される。水溶液へは紡糸原液の凝固体から、リチウム塩が溶解除去されてゆくことが期待されるために、好ましい。凝固浴液としては、PVA水溶液に対して脱水能のある無機塩類水溶液が好適に使用でき、特に高濃度水溶液、なかでも飽和水溶液が好適に使用できる。このような無機塩類としては、硫酸ナトリウム(芒硝)、硫酸アンモニウム、炭酸ナトリウムなど脱水能を有する塩類、好ましくは硫酸ナトリウムをあげることができる。特に好ましい凝固浴液として、硫酸ナトリウム飽和水溶液を使用することができる。紡糸原液がその中に吐出される凝固浴液の温度は、例えば30~60℃、好ましくは35~45℃とすることができる。凝固浴液中に吐出された紡糸原液は、凝固して、その後の処理に供される。
【0021】
好適な実施の態様において、凝固浴が、複数の温度の凝固浴液を通過させることによって行われていてもよい。すなわち、吐出された紡糸原液が、上記例えば30~60℃好ましくは35~45℃の温度の凝固浴液中を通過した後に(すなわち低温凝固浴液を通過し後に)、例えば70~95℃好ましくは80~90℃の温度の凝固浴液を通過させて(すなわち高温凝固浴液を通過させて)、凝固浴の処理を行ってもよい。好適な実施の態様において、この高温凝固浴液の通過の間に、延伸する処理を行うことができる。凝固浴液中で行われる延伸は、例えば1.5~10倍の延伸とすることができる。
【0022】
紡糸原液の凝固体は、凝固溶液から引き上げられた後に、公知の手段により、原糸として巻き取られる。巻き取り時に、さらに延伸がなされる。好適な実施の態様において、凝固浴液から引き上げられた後に、所望により洗浄を行ってもよい。洗浄としては、例えば水による洗浄(水洗)が好ましい。水洗の水の温度は、例えば5~40℃、あるいは例えば室温の水によって行うことができる。
【0023】
[紡糸延伸]
紡糸原液が、凝固浴液中へ吐出されてから、原糸として巻き取られるまでに、所望により数段階の延伸を受ける。これらの延伸の全てをまとめて、紡糸延伸と称する。紡糸延伸による全延伸倍率は、例えば3倍以上、好ましくは8倍以上とすることができる。
【0024】
[マルチフィラメント]
巻き取られる紡糸原糸は、押し出された1本の原糸(モノフィラメント)とすることもできるが、好ましくは複数のモノフィラメントのまとまりを少しねじって1本に形成されたマルチフィラメントとすることができる。例えば50~1000個の孔を備えた押出機先端部から吐出されて形成されたマルチフィラメントのまとまりから、これらを少しねじって1本に形成されたマルチフィラメントとすることができる。
【0025】
[加熱延伸」
上記巻き取られた紡糸原糸は、十分に乾燥した後に、加熱延伸(乾熱延伸)によって延伸される。加熱延伸における延伸倍率は、例えば2.5倍以上、好ましくは2.7倍以上とすることができる。加熱延伸のための加熱の温度は、例えば150~200℃の範囲とすることができる。
【0026】
好適な実施の態様において、紡糸延伸と加熱延伸をあわせた延伸倍率を、例えば3倍以上、好ましくは8倍以上、さらに好ましくは9倍以上とすることができる。好適な実施の態様において、紡糸延伸と加熱延伸をあわせた延伸倍率を、例えば3倍~60倍、8倍~50倍、9倍~45倍の範囲とすることができる。
【0027】
[PVA系高弾性率繊維]
上記の製造方法によって得られたPVA系繊維は、これまでのPVA系繊維と同様の強度を示すと同時に、これまでのPVA系繊維では実現できなかった高弾性率を示すものとなっている。好適な実施の態様において、ヤング率の値として、従来のPVA系繊維と対比して、例えば1.05倍以上、好ましくは1.1倍以上、さらに好ましくは1.2倍以上、さらに好ましくは1.3倍以上の値を示し、本発明者の検討によれば、その比率の上限として、例えば4.0倍以下あるいは3.0倍以下の値とすることができる。あるいは、ヤング率の値として、マルチフィラメントをほどいた単繊維の形態であっても高い弾性率を発揮することができるが、マルチフィラメントの形態である場合が、高弾性率化された点で、特に好ましい。
【0028】
紡糸原液へのリチウム塩の添加という簡便な工程によって、このように優れた高弾性率化が達成できた理由は不明であるが、本発明者は、リチウム塩の添加によってPVAにおいて水素結合による分子間相互作用が大幅に低下しているという実験結果を得たことから、リチウム塩によるPVA系繊維の高弾性率化は、水素結合による分子間相互作用を弱めて、紡糸時の分子配向性を改善することによって生じているのではないかと考えている。
【実施例
【0029】
以下に実施例をあげて、本発明を詳細に説明する。本発明は、以下に例示する実施例に限定されるものではない。
【0030】
[実施例1]
[LiBrを用いた原液による紡糸:PVA with LiBr]
重合度1700、ケン化度99.5mol%のPVA(日本酢ビ・ポバール社製、製品名VH)を蒸留水に加え、約90℃の温度でポリマーが完全に溶解するまでホットスターラーで撹拌・溶解させた。これとは別に蒸留水に臭化リチウムを加えてよく撹拌して完全に溶解し、臭化リチウム水溶液を作製した。上記調製したPVA水溶液に対して、臭化リチウム水溶液を添加して加熱混合して、紡糸原液を得た。臭化リチウム水溶液は、紡糸原液の臭化リチウム濃度が最終的に0.5重量%となるように添加した。紡糸原液中のPVA濃度は最終的に約15重量%となるようにした。
【0031】
紡糸原液を、吐出量15cc/minにて250個の孔(各直径0.1mm)のある押出機先端部から、凝固浴(40℃、420~430g/L硫酸ナトリウム飽和水溶液)中に吐出して、凝固させ、これを巻き取った。巻き取りながら、さらに85~90℃の凝固浴中を通過させて、約1.5倍に延伸して、凝固浴中から引き上げた。凝固中から引き上げた後に水(30℃)で洗浄して、巻き取った。ここまでの延伸倍率はあわせて約3.4倍であった。この250本のまとまりを少しねじってマルチフィラメントとした。これを乾燥後に、170℃で約2.8倍に加熱延伸した。この加熱延伸と、紡糸延伸とをあわせて、約9.6倍の延伸となっていた。得られたマルチフィラメントの一部をほどいて、単繊維を得た。得られた繊維密度は約1.3g/cm3であった。
【0032】
[比較例1]
[LiBrを用いない原液による紡糸:PVA]
臭化リチウム水溶液を添加しないPVA水溶液を紡糸原液として用いたこと以外は実施例1と同様に紡糸、延伸を行った。得られたマルチフィラメントの一部をほどいて、単繊維を得た。
【0033】
[評価]
実施例1及び比較例1において得られた単繊維及びマルチフィラメントについて、その特性を測定した結果を、表1にまとめて示す。
【0034】
【表1】
【0035】
上記の結果から、PVAの紡糸原液にリチウム塩を添加することによって、強度を維持しながら、高いヤング率を有する繊維が得られること、すなわちPVA繊維の高弾性率化が実現できることがわかった。
【0036】
[動的粘弾性の温度依存性試験]
試験用の試料として、臭化リチウム含有PVA試料(試料1)(PVA/LiBr)とPVA試料(試料2)(pure PVA)を用意した。臭化リチウム含有PVA試料(試料1)として、上記実施例1の紡糸原液を使用して、室温で乾燥させることにより溶液キャストフィルムを作成した。装置はUBM社製、強制振動型動的固体粘弾性測定装置DVE-V4を用いて、動的引張弾性率の温度依存性を測定した。測定周波数は10Hz、昇温速度は2℃/分である。PVA試料(試料2)として、上記比較例1の紡糸原液を使用して、同様にキャストフィルムを作成した。これらの試料に対して、次の条件で動的粘弾性の温度依存性を測定した。この結果を図1にまとめて示す。
【0037】
図1に示される結果から、リチウム塩の添加によって、PVAにおいて水素結合による分子間相互作用が大幅に低下していることがわかった。この結果から、本発明者は、リチウム塩によるPVAの高弾性率化は、水素結合による分子間相互作用を弱めて、紡糸時の分子配向性を改善することによって生じているのではないかと考えている。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明は、高弾性率のPVA繊維を提供する。本発明は産業上有用な発明である。
図1