(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-15
(45)【発行日】2022-04-25
(54)【発明の名称】圧粉磁心の製造方法、及び圧粉磁心用原料粉末
(51)【国際特許分類】
B22F 3/00 20210101AFI20220418BHJP
B22F 1/16 20220101ALI20220418BHJP
【FI】
B22F3/00 B
B22F1/16 100
B22F3/00 E
(21)【出願番号】P 2019539157
(86)(22)【出願日】2018-08-10
(86)【国際出願番号】 JP2018030124
(87)【国際公開番号】W WO2019044467
(87)【国際公開日】2019-03-07
【審査請求日】2021-02-22
(31)【優先権主張番号】P 2017169247
(32)【優先日】2017-09-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】593016411
【氏名又は名称】住友電工焼結合金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100100147
【氏名又は名称】山野 宏
(74)【代理人】
【識別番号】100111567
【氏名又は名称】坂本 寛
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 達哉
(72)【発明者】
【氏名】渡▲辺▼ 麻子
(72)【発明者】
【氏名】上野 友之
(72)【発明者】
【氏名】鶴田 聖
【審査官】坂口 岳志
(56)【参考文献】
【文献】特開昭53-058411(JP,A)
【文献】特開2011-029302(JP,A)
【文献】特開2008-088505(JP,A)
【文献】特開2016-012688(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/00- 8/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁被覆層を有する複数の純鉄粒子からなる被覆純鉄粉と、絶縁被覆層を有する複数の鉄合金粒子からなる被覆鉄合金粉と、金属石鹸と、を含む原料粉末を準備する工程と、
金型内に充填した前記原料粉末を圧縮成形して成形体を作製する工程と、
前記成形体を熱処理して前記被覆純鉄粉及び前記被覆鉄合金粉の歪を除去する工程とを備え、
前記金属石鹸の融点Tmと前記成形体を作製する工程での前記金型の温度Tdとの差Tm-Tdが、90℃以上であ
り、
前記金型の温度Tdは、前記原料粉末を充填する直前の金型における前記原料粉末との接触箇所の温度である
、
圧粉磁心の製造方法。
【請求項2】
前記金属石鹸の融点Tmが200℃以上である請求項1に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項3】
前記金型の温度Tdが130℃以下である請求項1又は請求項2に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項4】
前記鉄合金粒子のビッカース硬さが200HV以上である請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項5】
前記鉄合金粒子のビッカース硬さが200HV以上であり、
前記金属石鹸の融点Tmが200℃以上であり、
前記金型の温度Tdが130℃以下である請求項1に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項6】
前記原料粉末における前記被覆鉄合金粉の含有量が15質量%以上40質量%以下である請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項7】
前記原料粉末における前記金属石鹸の含有量が0.02質量%以上0.80質量%以下である請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項8】
前記鉄合金粒子は、Si、及びAlから選択される少なくとも1種の添加元素を含有する請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項9】
前記被覆純鉄粉の前記絶縁被覆層及び前記被覆鉄合金粉の前記絶縁被覆層の厚さは、30nm以上300nm以下である請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項10】
前記成形体を熱処理する工程は、体積割合における酸素濃度が0ppm超10000ppm以下の雰囲気下、温度を400℃以上1000℃以下とし、保持時間を10分以上60分以下とする請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項11】
絶縁被覆層を有する複数の純鉄粒子からなる被覆純鉄粉と、
絶縁被覆層を有する複数の鉄合金粒子からなる被覆鉄合金粉と、
融点Tmが200℃以上の金属石鹸とを備え、
前記被覆純鉄粉の前記絶縁被覆層の厚さが30nm以上300nm以下であり、
前記鉄合金粒子のビッカース硬さが200HV以上であり、
前記被覆鉄合金粉の含有量が15質量%以上40質量%以下であり、
前記金属石鹸の含有量が0.02質量%以上0.80質量%以下である
、
圧粉磁心用原料粉末。
【請求項12】
前記被覆純鉄粉及び前記被覆鉄合金粉の少なくとも一方は、前記絶縁被覆層と前記絶縁被覆層の外周に形成される絶縁外側層との二層構造を備える、請求項11に記載の圧粉磁心用原料粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、圧粉磁心の製造方法、及び圧粉磁心用原料粉末に関する。
本出願は、2017年9月4日付の日本国出願の特願2017-169247に基づく優先権を主張し、前記日本国出願に記載された全ての記載内容を援用するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の電磁部品に備わる圧粉磁心の製造方法として、特許文献1の圧粉磁心の製造方法が知られている。この特許文献1の圧粉磁心の製造方法は、例えば以下の準備工程、被覆工程、混合工程、加圧工程、熱処理工程を経る。
準備工程は、軟磁性粒子を準備する。
被覆工程は、軟磁性粒子の表面に絶縁層を被覆する。
混合工程は、絶縁層が被覆された複数の軟磁性粒子からなる被覆軟磁性粉末と、成形用樹脂粉末(潤滑剤)とを混合して混合粉末を形成する。
加圧工程は、混合粉末を成形金型内に加圧して成形体を作製する。
熱処理工程は、成形体を熱処理して加圧工程で軟磁性粒子に導入された歪を除去する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【0004】
本開示に係る圧粉磁心の製造方法は、
絶縁被覆層を有する複数の純鉄粒子からなる被覆純鉄粉と、絶縁被覆層を有する複数の鉄合金粒子からなる被覆鉄合金粉と、金属石鹸と、を含む原料粉末を準備する工程と、
金型内に充填した前記原料粉末を圧縮成形して成形体を作製する工程と、
前記成形体を熱処理して前記被覆純鉄粉及び前記被覆鉄合金粉の歪を除去する工程とを備え、
前記金属石鹸の融点Tmと前記成形体を作製する工程での前記金型の温度Tdとの差Tm-Tdが、90℃以上である。
【0005】
本開示に係る圧粉磁心用原料粉末は、
絶縁被覆層を有する複数の純鉄粒子からなる被覆純鉄粉と、
絶縁被覆層を有する複数の鉄合金粒子からなる被覆鉄合金粉と、
融点Tmが200℃以上の金属石鹸とを備え、
前記鉄合金粒子のビッカース硬さが200HV以上であり、
前記被覆鉄合金粉の含有量が15質量%以上40質量%以下であり、
前記金属石鹸の含有量が0.02質量%以上0.80質量%以下である。
【発明を実施するための形態】
【0006】
[本開示が解決しようとする課題]
更なる圧粉磁心の低損失化が望まれている。特に、渦電流損を低減することで、圧粉磁心の損失(鉄損)を低減することが望まれている。
【0007】
そこで、低損失な圧粉磁心を製造できる圧粉磁心の製造方法を提供することを目的の一つとする。
【0008】
また、低損失な圧粉磁心を構築できる圧粉磁心用原料粉末を提供することを目的の一つとする。
【0009】
[本開示の効果]
上記圧粉磁心の製造方法は、損失の少ない圧粉磁心を製造できる。
【0010】
上記圧粉磁心用原料粉末は、損失の少ない圧粉磁心を構築できる。
【0011】
《本開示の実施形態の説明》
圧粉磁心の軟磁性粒子には、一般的に、圧粉磁心の用途や要求特性に応じて、純鉄粒子、又は鉄合金粒子が利用されている。純鉄粒子は、鉄合金に比較して、変形し易く高密度化し易い。鉄合金粒子は、純鉄に比較して、低保磁力で、かつ電気抵抗が高くて渦電流損が少ない。本発明者らは、純鉄粒子と鉄合金粒子の両方を含むことで、両方の特性を兼ね備える圧粉磁心を製造することを検討した。即ち、高密度、低保磁力で、かつ低渦電流損(低鉄損)である圧粉磁心を製造することを検討した。しかし、渦電流損が高くなることがあることが分かった。その原因は、以下の点が考えられる。純鉄粒子が鉄合金粉よりも軟らかくて変形し易い。そのため、圧縮成形時に純鉄粒子が鉄合金粒子により過度に変形させられる。純鉄粒子の過度な変形によって、純鉄粒子の表面を覆う絶縁層が損傷して粒子間の絶縁性が低下する。そこで、本発明者らは、純鉄粒子と鉄合金粒子の両方を含んでいても、渦電流損(鉄損)を低減できる製造方法を鋭意検討した。その結果、潤滑剤として用いる金属石鹸の融点Tmと圧縮成形時に利用する金型の温度Tdとが特定の関係を満たすことで、渦電流損を低減できて、鉄損を低減できるとの知見を得た。本開示は、これらの知見に基づくものである。最初に本開示の実施態様を列記して説明する。
【0012】
(1)本開示の一態様に係る圧粉磁心の製造方法は、
絶縁被覆層を有する複数の純鉄粒子からなる被覆純鉄粉と、絶縁被覆層を有する複数の鉄合金粒子からなる被覆鉄合金粉と、金属石鹸と、を含む原料粉末を準備する工程と、
金型内に充填した前記原料粉末を圧縮成形して成形体を作製する工程と、
前記成形体を熱処理して前記被覆純鉄粉及び前記被覆鉄合金粉の歪を除去する工程とを備え、
前記金属石鹸の融点Tmと前記成形体を作製する工程での前記金型の温度Tdとの差Tm-Tdが、90℃以上である。
【0013】
上記の構成によれば、損失の少ない圧粉磁心を製造できる。これは、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の成形工程での損傷を抑制できるからだと考えられる。そのため、粒子同士の間の絶縁性を高められて渦電流損を低減し易い。よって、鉄損を低減し易い。
【0014】
被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制できるのは、次の点が考えられる。上記差Tm-Tdを90℃以上とすることで、成形工程で金属石鹸の溶融を抑制しつつ原料粉末を圧縮成形できる。即ち、金属石鹸がある程度の硬さを有する状態で原料粉末を圧縮成形できる。この金属石鹸により、圧縮成形時に潤滑性を高めつつ、鉄合金粒子から純鉄粒子に作用する応力を緩和し易い。そのため、圧縮成形時に鉄合金粒子が純鉄粒子を変形させても、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制できる。
【0015】
(2)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記金属石鹸の融点Tmが200℃以上であることが挙げられる。
【0016】
上記の構成によれば、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。その上、成形体の密度を高められる。よって、圧粉磁心の密度を高められる。金属石鹸の融点Tmが高くて金型の温度Tdとの差を大きくし易い。そのため、圧縮成形時に金属石鹸がある程度の硬さを有する状態とし易い。よって、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷抑制効果を高め易い。その上、金属石鹸の融点Tmが高いことで、金型の温度Tdを高くして原料粉末を圧縮成形できる。そのため、被覆純鉄粉や鉄合金粉を変形させ易い。よって、成形体の密度を高め易い。
【0017】
(3)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記金型の温度Tdが130℃以下であることが挙げられる。
【0018】
上記の構成によれば、金型の温度Tdが過度に高過ぎず、被覆純鉄粉や鉄合金粉の過度な変形を抑制し易い。そのため、金属石鹸により被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。
【0019】
(4)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記鉄合金粒子のビッカース硬さが200HV以上であることが挙げられる。
【0020】
上記の構成によれば、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。鉄合金粒子のビッカース硬さが高いほど被覆純鉄粉の絶縁被覆層を損傷させ易い。しかし、金属石鹸の融点Tmと金型の温度Tdとの差(Tm-Td)が特定の範囲を満たすことで、ビッカース硬さが高くても被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制できる。
【0021】
(5)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記鉄合金粒子のビッカース硬さが200HV以上であり、
前記金属石鹸の融点Tmが200℃以上であり、
前記金型の温度Tdが130℃以下であることが挙げられる。
【0022】
上記の構成によれば、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。その上、圧粉磁心の密度を高められる。
【0023】
(6)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記原料粉末における前記被覆鉄合金粉の含有量が15質量%以上40質量%以下であることが挙げられる。
【0024】
被覆鉄合金粉の含有量が15質量%以上であれば、成形体における鉄合金成分の割合を高められる。鉄合金の電気抵抗率は高い。そのため、渦電流損を低減し易い。その上、鉄合金成分の割合を高められることで、圧粉磁心の保磁力を低くし易い。被覆鉄合金粉の含有量が40質量%以下であれば、成形体における鉄合金成分の割合が過度に高過ぎない。そのため、変形し易い被覆純鉄粉の過度な変形を抑制し易い。よって、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。その上、変形し易い純鉄成分の割合を高められる。そのため、成形体の密度を高められる。よって、圧粉磁心の密度を高められる。
【0025】
(7)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記原料粉末における前記金属石鹸の含有量が0.02質量%以上0.80質量%以下であることが挙げられる。
【0026】
金属石鹸の含有量が0.02質量%以上であれば、潤滑性の向上効果が十分に得られ易い。そのため、純鉄粒子に作用する応力の緩和効果が高い。よって、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。金属石鹸の含有量が0.80質量%以下であれば、金属石鹸が過度に多過ぎない。そのため、成形体における金属成分の割合の低下を抑制できる。
【0027】
(8)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記鉄合金粒子は、Si、及びAlから選択される少なくとも1種の添加元素を含有することが挙げられる。
【0028】
上記の構成によれば、低損失な圧粉磁心を製造し易い。上記添加元素を含む鉄合金粒子は、電気抵抗率が高くて渦電流損を低減し易いからである。その上、ヒステリシス損も小さいからである。
【0029】
(9)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記被覆純鉄粉の前記絶縁被覆層及び前記被覆鉄合金粉の前記絶縁被覆層の厚さは、30nm以上300nm以下であることが挙げられる。
【0030】
各絶縁被覆層の厚さを30nm以上とすれば、粒子間の絶縁性を高め易い。各絶縁被覆層の厚さを300nm以下とすれば、密度の高い圧粉磁心を製造し易い。
【0031】
(10)上記圧粉磁心の製造方法の一形態として、
前記成形体を熱処理する工程は、体積割合における酸素濃度が0ppm超10000ppm以下の雰囲気下、温度を400℃以上1000℃以下とし、保持時間を10分以上60分以下とすることが挙げられる。
【0032】
上記の構成によれば、被覆純鉄粉や鉄合金粉の歪を十分に除去できる。そのため、ヒステリシス損を低減できる。よって、低損失な圧粉磁心を製造し易い。
【0033】
(11)本開示の一態様に係る圧粉磁心用原料粉末は、
絶縁被覆層を有する複数の純鉄粒子からなる被覆純鉄粉と、
絶縁被覆層を有する複数の鉄合金粒子からなる被覆鉄合金粉と、
融点Tmが200℃以上の金属石鹸とを備え、
前記鉄合金粒子のビッカース硬さが200HV以上であり、
前記被覆鉄合金粉の含有量が15質量%以上40質量%以下であり、
前記金属石鹸の含有量が0.02質量%以上0.80質量%以下である。
【0034】
上記の構成によれば、損失の少ない圧粉磁心を構築できる。
【0035】
《本開示の実施形態の詳細》
本開示の実施形態に係る圧粉磁心の製造方法の詳細を説明する。
【0036】
〔圧粉磁心の製造方法〕
実施形態に係る圧粉磁心の製造方法は、原料粉末(圧粉磁心用原料粉末)を準備する工程(以下、原料準備工程ということがある)と、成形体を作製する工程(以下、成形工程ということがある)と、成形体を熱処理する工程(以下、熱処理工程ということがある)とを備える。準備工程では、被覆純鉄粉と被覆鉄合金粉と金属石鹸とを含む原料粉末を準備する。成形工程では、金型内に充填した原料粉末を圧縮成形して成形体を作製する。熱処理工程では、成形体を構成する被覆純鉄粉及び鉄合金粉に導入された歪を除去する。この圧粉磁心の製造方法の特徴の一つは、金属石鹸の融点Tmと成形工程での金型の温度Tdとの差(Tm-Td)が特定の範囲を満たす点にある。即ち、上記特定の範囲を満たすように、金属石鹸の種類を選択すると共に、金型の温度Tdを調整する。以下、各工程の詳細を順に説明する。
【0037】
[準備工程]
準備工程では、被覆純鉄粉と、被覆鉄合金粉と、金属石鹸とを含む原料粉末を準備する。
【0038】
(原料粉末)
〈被覆純鉄粉・被覆鉄合金粉〉
被覆純鉄粉は、純鉄(純度99質量%以上、残部が不可避的不純物)からなる複数の純鉄粒子(純鉄粉)と、各純鉄粒子の外周を覆う絶縁被覆層とを備える。被覆純鉄粉は、絶縁被覆層を有する複数の純鉄粒子からなる。被覆鉄合金粉は、鉄合金からなる複数の鉄合金粒子(鉄合金粉)と、各鉄合金粒子の外周を被覆する絶縁被覆層とを備える。被覆鉄合金粉は、絶縁被覆層を有する複数の鉄合金粒子からなる。「純鉄粒子からなる」とは、「純鉄粒子以外は含まない」という意味である。「鉄合金粒子からなる」とは、「鉄合金粒子以外は含まない」という意味である。被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉の準備は、例えば、複数の純鉄粒子と複数の鉄合金粒子とを準備し、各純鉄粒子の外周と各鉄合金粒子の外周とに絶縁被覆層を形成することで行える。
【0039】
・純鉄粒子
被覆純鉄粉の純鉄粒子は、純鉄(純度99質量%以上、残部が不可避的不純物)からなる。そのため、鉄合金粒子に比較して軟らかくて変形し易い。
【0040】
・・平均粒径
純鉄粒子の平均粒径は、50μm以上400μm以下が好ましい。純鉄粒子の平均粒径が50μm以上であれば、高密度な圧粉磁心を製造し易い。純鉄粒子の平均粒径が400μm以下であれば、純鉄粒子自体の渦電流損を小さくし易い。そのため、低損失な圧粉磁心を製造し易い。純鉄粒子の平均粒径は、更に50μm以上250μm以下が好ましく、特に50μm以上200μm以下が好ましい。この平均粒径は、レーザ回折式粒度分布測定装置により測定した体積粒度分布における累積体積が50%となる粒径(D50)のことである。この点は、後述の鉄合金粒子の平均粒径でも同じである。
【0041】
・鉄合金粒子
被覆鉄合金粉の鉄合金粒子は、添加元素を含み、純鉄に比較して純度が低い。そのため、純鉄粒子よりも硬くて変形し難い。鉄合金粒子の組成は、単一種でもよいし、複数種でもよい。即ち、全ての鉄合金粒子の組成が同一であってもよいし、組成の異なる鉄合金粒子を含んでいてもよい。
【0042】
・・組成
鉄合金の添加元素は、Si(ケイ素)、及びAl(アルミニウム)から選択される少なくとも1種の元素が好ましい。この添加元素を含む鉄合金は、電気抵抗率が高くて渦電流損を低減し易い。その上、ヒステリシス損も小さい。そのため、低損失な圧粉磁心を製造し易い。この添加元素の含有量は、例えば、合計で1.0質量%以上30.0質量%以下が挙げられる。鉄合金の残部は、Fe及び不可避的不純物からなる。
【0043】
鉄合金は、例えば、Fe-Si-Al系合金、Fe-Si系合金、Fe-Al系合金などが挙げられる。Fe-Si-Al系合金の場合、Siの含有量は、例えば1.0質量%以上15.0質量%以下が挙げられ、更には3.0質量%以上12.0質量%以下が挙げられ、Alの含有量は、例えば、1.0質量%以上10.0質量%以下が挙げられ、更には2.0質量%以上8.0質量%以下が挙げられる。Fe-Si系合金の場合、Siの含有量は、例えば、1.0質量%以上18.0質量%以下が挙げられ、更に2.0質量%以上10.0質量%以下が挙げられる。Fe-Al系合金の場合、Alの含有量は、例えば、1.0質量%以上20.0質量%以下が挙げられ、更に2.0質量%以上15.0質量%以下が挙げられる。鉄合金の組成分析は、TEMのEDX(エネルギー分散型X線分光法)分析により行える。
【0044】
・・ビッカース硬さ
鉄合金粒子のビッカース硬さは、200HV以上とすることができる。鉄合金粒子のビッカース硬さが200HV以上であれば、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。鉄合金粒子は純鉄粒子よりも硬い。純鉄粒子は鉄合金粒子よりも変形し易い。そのため、成形工程では、純鉄粒子は鉄合金粒子により変形させられる。鉄合金粒子のビッカース硬さが高いほど、成形工程で被覆純鉄粉を過度に変形させ易い。被覆純鉄粉の変形が大き過ぎると、被覆純鉄粉の絶縁被覆層が損傷する虞がある。しかし、詳しくは後述するが、原料粉末に含む金属石鹸の融点Tmと成形工程での金型の温度Tdとの差(Tm-Td)が特定の範囲を満たすことで、ビッカース硬さの高い鉄合金粒子を用いても被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制できる。鉄合金粒子のビッカース硬さは、更に250HV以上が好ましく、特に300HV以上が好ましい。鉄合金粒子のビッカース硬さの上限は、例えば、1000HV以下程度が挙げられる。ビッカース硬さは、樹脂で鉄合金粉を埋設した後、鉄合金粒子が露出されるように樹脂を研磨し、露出した鉄合金粒子に対して測定(n=10の平均)した値とする。
【0045】
・・平均粒径
鉄合金粒子の平均粒径は、純鉄粒子の平均粒径と同様、50μm以上400μm以下が好ましく、更に50μm以上250μm以下が好ましく、特に50μm以上200μm以下が好ましい。純鉄粒子と鉄合金粒子の平均粒径は、互いに同一としてもよいし、上記範囲を満たす範囲で互いに異ならせてもよい。互いの平均粒径を異ならせる場合、平均粒径の大小関係は、「純鉄粒子<鉄合金粒子」としてもよいし「純鉄粒子>鉄合金粒子」としてもよい。平均粒径の大小関係を「純鉄粒子<鉄合金粒子」とし、含有量を「純鉄粒子>鉄合金粒子」とすれば、成形体の密度を高め易い。含有量が多く変形し易い純鉄粒子が小さく、純鉄粒子を変形させる鉄合金粒子が大きいことで、純鉄粒子を鉄合金粒子間に十分に介在させて鉄合金粒子により十分に変形させられるからである。一方、平均粒径の大小関係を「純鉄粒子>鉄合金粒子」と、含有量を「純鉄粒子>鉄合金粒子」とすれば、渦電流損を低減し易い。含有量が多く変形し易い純鉄粒子が大きく、純鉄粒子を変形させる鉄合金粒子が小さいことで、純鉄粒子の過度な変形を抑止し易いからである。
【0046】
純鉄粒子及び鉄合金粒子の準備は、ガスアトマイズ法や水アトマイズ法などのアトマイズ法で製造することで行ってもよいし、市販の純鉄粉及び鉄合金粉を購入するなどして行ってもよい。
【0047】
・絶縁被覆層
被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉に備わる各絶縁被覆層は、純鉄粒子同士、鉄合金粒子同士、及び純鉄粒子と鉄合金粒子との間の絶縁性を高める。各絶縁被覆層は、純鉄粒子及び鉄合金粒子の表面直上に形成される。被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉の絶縁被覆層の材質は、互いに同種としてもよいし異種としてもよい。
【0048】
・・材質
絶縁被覆層の材質は、リン酸塩を主成分とするリン酸化合物が挙げられる。リン酸塩としては、具体的にはリン酸鉄が挙げられる。絶縁被覆層の組成は、例えば、リンの含有量を10原子%以上15原子%以下、鉄の含有量を15原子%以上20原子%以下、残部を酸素及び不可避的不純物とすることが好ましい。上記組成を満たす絶縁被覆層であれば、低損失な圧粉磁心を製造し易い。絶縁被覆層における鉄の含有量は、更に16原子%以上19原子%以下とすることができ、特に17原子%以上19原子%以下とすることができる。絶縁被覆層の組成分析は、TEMのEDX分析により行える。
【0049】
・・厚さ
絶縁被覆層の厚さは、30nm以上300nm以下が好ましい。絶縁被覆層の厚さを30nm以上とすれば、粒子間の絶縁性を高め易い。絶縁被覆層の厚さを300nm以下とすれば、密度の高い圧粉磁心を製造し易い。絶縁被覆層の厚さは、40nm以上250nm以下がより好ましく、50nm以上200nm以下が特に好ましい。絶縁被覆層の厚さの測定は次のようにして行える。樹脂で被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉を埋設する。埋設物における被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉の絶縁被覆層の断面をTEMで観察する。その観察像を画像解析する。また、絶縁被覆層の厚さの測定は次のようにして行える。原料粉末を後述の成形条件で成形する。後述の熱処理条件で熱処理した圧粉磁心の断面をTEMで観察する。その観察像を画像解析する。圧縮成形前の粉末の状態における被覆純鉄粉、及び被覆鉄合金粉の絶縁被覆層の厚さと、圧縮成形後の圧粉磁心の状態における被覆純鉄粉、及び被覆鉄合金粉の絶縁被覆層の厚さとは実質的に同一であるからである。いずれの測定方法でも、視野数を20視野以上、倍率を50000倍以上300000倍以下とする。そして、各視野の厚さの平均から全視野の厚さの平均を求める。その全視野の厚さの平均を絶縁被覆層の厚さとする。但し、絶縁被覆層の欠けている(剥れている)箇所がある場合、その箇所の厚さは測定範囲から除く。
【0050】
・絶縁外側層
被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉は、絶縁被覆層の外周に形成される絶縁外側層を備えていてもよい。被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉の絶縁外側層の材質は、互いに同種としてもよいし異種としてもよい。被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉の一方は、絶縁被覆層の単層(一層)構造とし、被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉の他方は、絶縁被覆層と絶縁外側層の多層(二層)構造としてもよい。被覆純鉄粉及び被覆鉄合金粉はいずれも、絶縁被覆層と絶縁外側層の多層(二層)構造としてもよい。
【0051】
・・材質
絶縁外側層の材質は、Si及びO(酸素)を主成分とする珪酸化合物が好ましい。絶縁外側層を上記珪酸化合物で構成すれば、圧粉磁心の低損失化を図り易い。珪酸化合物としては、珪酸カリウム(K2SiO3)、珪酸ナトリウム(Na2SiO3:水ガラス、珪酸ソーダとも呼ばれる)、珪酸リチウム(Li2SiO3)、珪酸マグネシウム(MgSiO3)等が挙げられる。絶縁外側層の材質の分析は、上述した絶縁被覆層の組成の分析方法と同様にして行える。
【0052】
・・・厚さ
絶縁外側層の厚さは、10nm以上100nm以下が好ましい。絶縁外側層の厚さを10nm以上とすれば、粒子間の絶縁性を向上し易い。絶縁外側層の厚さを100nm以下とすれば、圧粉磁心を高密度化し易い。絶縁外側層の厚さは、20nm以上90nm以下がより好ましく、30nm以上80nm以下が特に好ましい。絶縁外側層の厚さの測定は、上述した絶縁被覆層の厚さの測定方法と同様にして行える。
【0053】
絶縁被覆層及び絶縁外側層の合計厚さは、絶縁被覆層及び絶縁外側層がそれぞれの厚さの範囲を満たした上で、40nm以上300nm以下が挙げられる。
【0054】
絶縁被覆層と絶縁外側層の純鉄粒子や鉄合金粒子の外周への形成はいずれも、例えば、化成処理により行うことが挙げられる。絶縁被覆層と絶縁外側層の形成は、公知の手法を利用できる。
【0055】
・被覆鉄合金粉の含有量
原料粉末における被覆鉄合金粉の含有量は、所望の磁気特性に応じて適宜選択できる。原料粉末における被覆鉄合金粉の含有量は、例えば、原料粉末を100質量%とするとき、15質量%以上40質量%以下が好ましい。被覆鉄合金粉の含有量が15質量%以上であれば、電気抵抗率の高い鉄合金粉の割合を高められる。そのため、渦電流損を低減し易い。その上、被覆鉄合金粉の割合を高められることで、保磁力を低くし易い。被覆鉄合金粉の含有量が40質量%以下であれば、鉄合金粉の割合が過度に高過ぎない。そのため、変形し易い被覆純鉄粉の過度な変形を抑制して易い。よって、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。その上、変形し易い被覆純鉄粉の割合を高められる。そのため、成形体の密度を高められて、圧粉磁心の密度を高められる。被覆鉄合金粉の含有量は、更に17質量%以上38質量%以下が好ましく、特に20質量%以上35質量%以下が好ましい。
【0056】
〈金属石鹸〉
金属石鹸は、成形工程での潤滑性を高める。その上、主として被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制する。具体的には、金属石鹸は、成形工程で鉄合金粒子から純鉄粒子に作用する応力を緩和する。金属石鹸の形態は、粉末状が挙げられる。金属石鹸は、後工程の熱処理工程で実質的に焼失する。
【0057】
・種類
金属石鹸の種類は、詳しくは後述する成形工程での金型の温度Tdに応じて適宜選択できる。具体的には、金属石鹸の種類は、金属石鹸の融点Tmと金型の温度Tdとの差(Tm-Td)が「90℃≦Tm-Td」を満たすものが挙げられる。「90℃≦Tm-Td」を満たす金属石鹸であれば、損失の少ない圧粉磁心を製造できる。これは、成形工程での被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制できるからだと考えられる。この絶縁被覆層の損傷の抑制により、粒子同士の間の絶縁性を高められて渦電流損を低減できる。上記差(Tm-Td)を90℃以上とすることで、成形工程で金属石鹸の溶融を抑制しつつ原料粉末を圧縮成形できる。即ち、金属石鹸がある程度の硬さを有する状態で原料粉末を圧縮成形できる。この金属石鹸により、圧縮成形時に潤滑性を高めつつ、鉄合金粒子から純鉄粒子に作用する応力を緩和し易い。そのため、圧縮成形時に鉄合金粒子が純鉄粒子を変形させても、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制できる。
【0058】
金属石鹸の融点Tmは、金型の温度Tdにもよるが、例えば、120℃以上、更には150℃以上、特に200℃以上が好ましい。金属石鹸の融点Tmが120℃以上であれば、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制しつつ、成形体の密度を高められる。よって、圧粉磁心の密度を高められる。金属石鹸の融点Tmが高くて上記差(Tm-Td)を大きくし易い。そのため、圧縮成形時に金属石鹸がある程度の硬さを有する状態とし易い。よって、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷抑制効果を高め易い。その上、金属石鹸の融点Tmが高いことで、金型の温度Tdを高くして原料粉末を圧縮成形できる。そのため、被覆純鉄粉や鉄合金粉を変形させ易い。よって、成形体の密度を高め易い。
【0059】
金属石鹸の種類は、例えば、ステアリン酸リチウム(Tm=220℃)、ステアリン酸バリウム(Tm=228℃)、ステアリン酸ナトリウム(Tm=252℃)が挙げられる。これらの金属石鹸は、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷抑制効果を高め易い。金属石鹸の種類は、金型の温度Tdによっては、ステアリン酸亜鉛(Tm=126℃)やステアリン酸アルミニウム(Tm=163℃)などが挙げられる。
【0060】
・含有量
金属石鹸の含有量は、原料粉末を100質量%とするとき、0.02質量%以上0.80質量%以下が好ましい。金属石鹸の含有量が0.02質量%以上であれば、潤滑性の向上効果が十分に得られ易い。そのため、純鉄粒子に作用する応力の緩和効果が高い。よって、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。金属石鹸の含有量が0.80質量%以下であれば、金属石鹸が過度に多過ぎない。そのため、成形体における金属成分の割合の低下を抑制できる。金属石鹸の添加量は、更に0.03質量%以上0.70質量%以下が好ましく、特に0.05質量%以上0.60質量%以下が好ましい。
【0061】
〈その他〉
原料粉末は、更に、上記金属石鹸の他に、潤滑剤として脂肪酸アミド、高級脂肪酸アミド、無機物、及び脂肪酸金属塩などを含んでいてもよい。原料粉末が潤滑剤を含めば、成形工程での潤滑性を高め易い。脂肪酸アミドは、例えば、ステアリン酸アミドなどが挙げられる。高級脂肪酸アミドは、例えば、エチレンビスステアリン酸アミドなどが挙げられる。無機物は、窒化硼素やグラファイトなどが挙げられる。脂肪酸金属塩は、脂肪酸と金属とからなる。脂肪酸は、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、トリデカン酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキン酸、ヘンエイコサン酸、ベヘン酸、トリコサン酸、リグノセリン酸、ペンタコサン酸、セロチン酸、ヘプタコタン酸、及びモンタン酸などが挙げられる。上記金属は、Mg(マグネシウム),Ca(カルシウム),Zn(亜鉛),Al,Ba(バリウム),Li(リチウム),Sr(ストロンチウム),Cd(カドミウム),Pb(鉛),Na(ナトリウム),及びK(カリウム)などが挙げられる。但し、脂肪酸金属塩は、上述の金属石鹸とは材質が異なるものに限る。この添加量は、原料粉末を100質量%とするとき、0.05質量%以上0.70質量%以下が好ましく、更に0.10質量%以上0.60質量%以下が好ましく、特に0.20質量%以上0.50質量%以下が好ましい。この潤滑剤は、上述の金属石鹸と同様、後工程の熱処理工程で実質的に焼失する。
【0062】
[成形工程]
成形工程では、原料粉末を圧縮成形して成形体を作製する。成形体の作製は、混合材料を所定の形状が得られる金型に充填し、金型内の原料粉末を加圧することで行える。成形体の形状は、電磁部品の磁心の形状に応じて選択すれば良い。
【0063】
金型は、例えば、貫通孔を備える筒状のダイと、ダイの貫通孔に挿脱される一対の上パンチ及び下パンチと、ダイや上パンチ及び下パンチの温度を調節可能な温度調節機とを備えるものが挙げられる。上パンチと下パンチとは、貫通孔内で対向して配置される。この金型では、下パンチの上面と、ダイの内周面とで有底のキャビティ(成形空間)が形成される。このキャビティ内に上述の原料粉末を充填する。キャビティ内の原料粉末を上パンチと下パンチとで圧縮して柱状の成形体を作製する。その成形体をダイから抜き出すことで、成形体が得られる。金型は、筒状の成形体を作製する場合、更に、柱状のコアロッドを備えるとよい。コアロッドは、上パンチと下パンチの内側に挿通されて、成形体の内周面を形成する。この場合、温度調節機は、コアロッドの温度を調節可能であることが好ましい。
【0064】
(成形圧力)
成形圧力は、500MPa以上が好ましい。成形圧力を500MPa以上とすることで、高密度な成形体を作製し易い。成形圧力は、更に800MPa以上が好ましく、950MPa以上が好ましく、特に1100MPa以上が好ましく、1250MPa以上が好ましい。成形圧力の上限は、例えば3000MPa以下が好ましい。成形圧力を3000MPa以下とすれば、絶縁被覆層の損傷を抑制できる。その上、成形用金型の寿命を大きく損ねない。成形圧力は、2500MPa以下がより好ましく、2000MPa以下が特に好ましい。
【0065】
(金型の温度)
金型の温度Tdは、金属石鹸の融点Tmとの差(Tm-Td)が、「90℃≦(Tm-Td)」を満たすことが挙げられる。この差(Tm-Td)が90℃以上を満たすことで、上述したように損失の少ない圧粉磁心を製造できる。この差(Tm-Td)は、更に100℃以上が好ましく、120℃以上が好ましく、特に140℃以上が好ましく、150℃以上が好ましい。
【0066】
金型の温度Tdは、130℃以下が好ましい。金型の温度Tdを130℃以下とすれば、金型の温度Tdが過度に高過ぎない。そのため、被覆純鉄粉や鉄合金粉の過度な変形を抑制し易い。よって、金属石鹸により被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制し易い。金型の温度Tdは、室温(常温)以上が好ましい。金型の温度Tdが常温であっても、金属石鹸を含むことで高圧で成形できる。そのため、高密度な成形体を作製し易い。金型の温度Tdは、更に、60℃以上が好ましい。金型の温度Tdを60℃以上とすれば、被覆純鉄粉や鉄合金粉を変形させ易い。そのため、より一層高密度な成形体を作製し易い。金型の温度Tdは、80℃以上120℃以下が特に好ましい。金型の温度Tdは、原料粉末を充填する直前の金型における温度調節機の設定温度である。この設定温度は、原料粉末を充填する直前の金型における原料粉末との接触箇所(ダイの内周面や上パンチ及び下パンチのプレス面など)の温度と同等である。そのため、原料粉末との接触箇所の温度を金型の温度Tdとしてもよい。原料粉末との接触箇所の温度の測定には、市販の非接触式の温度計が利用できる。
【0067】
金型の原料粉末との接触箇所には、潤滑剤を塗布してもよい。金型の上記接触箇所に塗布した潤滑剤により、粉末との摩擦を低減し易い。その上、高密度な成形体を作製し易い。この潤滑剤の材質としては、上述の原料粉末におけるその他の項目に記載の潤滑剤が挙げられる。
【0068】
[熱処理工程]
熱処理工程では、成形体を熱処理して成形工程で被覆純鉄粉や鉄合金粉に導入された歪を除去する。
【0069】
熱処理雰囲気は、体積割合における酸素濃度を0ppm超10000ppm以下とすることが挙げられ、更には100ppm以上5000ppm以下が挙げられ、特に、200ppm以上1000ppm以下が挙げられる。熱処理温度は、400℃以上1000℃以下が好ましい。この熱処理温度は、更には450℃以上が好ましく、特に500℃以上が好ましい。この熱処理温度は、900℃以下がより好ましく、特に800℃以下が好ましい。保持時間は、10分以上60分以下が好ましく、10分以上30分以下がより好ましく、10分以上15分以下が特に好ましい。この条件で成形体を熱処理することで、被覆純鉄粉や鉄合金粉の歪を十分に除去できる。そのため、ヒステリシス損を低減できる。よって、低損失な圧粉磁心を製造し易い。
【0070】
[用途]
実施形態に係る圧粉磁心の製造方法は、各種の電磁部品(例えば、リアクトル、トランス、モータ、チョークコイル、アンテナ、燃料インジェクタ、点火コイルなど)に備わる圧粉磁心の製造に好適に利用できる。実施形態に係る原料粉末(圧粉磁心用原料粉末)は、圧粉磁心の原料に好適に利用できる。
【0071】
〔作用効果〕
実施形態に係る圧粉磁心の製造方法によれば、(金属石鹸の融点Tm-金型の温度Td)を90℃以上とすることで、成形工程で金属石鹸の溶融を抑制しつつ金属石鹸がある程度の硬さを有する状態で原料粉末を圧縮成形できる。この金属石鹸により、圧縮成形時に潤滑性を高めつつ、鉄合金粒子から純鉄粒子に作用する応力を緩和し易い。そのため、圧縮成形時に鉄合金粒子が純鉄粒子を変形させても、被覆純鉄粉の絶縁被覆層の損傷を抑制できる。この絶縁被覆層の損傷の抑制により、粒子同士の間の絶縁性を高められる。この絶縁性の向上により、渦電流損を低減できる。よって、鉄損(損失)の少ない圧粉磁心を製造できる。
【0072】
《試験例1》
圧粉磁心の試料を作製し、各試料の密度、及び磁気特性を評価した。
【0073】
〔試料No.1~No.11〕
試料No.1~試料No.11の圧粉磁心は、上述の圧粉磁心の製造方法と同様にして、準備工程、成形工程、熱処理工程、の手順で作製した。
【0074】
[準備工程]
被覆純鉄粉と被覆鉄合金粉と金属石鹸とを含む原料粉末を準備した。試料No.5を除く試料No.1~No.4、No.6~No.11の原料粉末は、後述するように、更に金属石鹸以外の潤滑剤を含む。被覆純鉄粉は、複数の純鉄粒子と、各純鉄粒子の外周を覆う絶縁被覆層と、絶縁被覆層の外周を覆う絶縁外側層とからなるものを用意した。純鉄粒子は、純鉄(純度99質量%以上で残部が不可避的不純物)からなる。純鉄粒子の平均粒径は、D50=55μmである。被覆鉄合金粉は、鉄合金からなる複数の鉄合金粒子と、各鉄合金粒子の外周を覆う絶縁被覆層と、絶縁被覆層の外周を覆う絶縁外側層とからなるものを用意した。鉄合金粒子の平均粒径は、D50=60μmである。
【0075】
各試料の鉄合金粉には、表1に示すように、種別記号a~cの組成を有し、特定のビッカース硬さを有するものを準備した。表1の組成の欄における種別記号a~cは以下の通りである。表1に示すビッカース硬さは、樹脂で鉄合金粉を埋設した後、鉄合金粉を構成する鉄合金粒子が露出されるように樹脂を研磨し、露出した鉄合金粒子に対して測定(n=10の平均)した値とした。
種別記号a:9.5質量%Si-5.5質量%Al-残部がFe及び不可避的不純物
種別記号b:6.5質量%Si-残部がFe及び不可避的不純物
種別記号c:3.5質量%Si-残部がFe及び不可避的不純物
【0076】
純鉄粒子及び鉄合金粒子のそれぞれの外周に、リン酸鉄から構成される絶縁被覆層と、その絶縁被覆層の外周にSi-Oを主成分とする絶縁外側層とを形成した。絶縁被覆層及び絶縁外側層の厚さはそれぞれ約100nmとした。絶縁被覆層の形成はボンデ処理で行った。絶縁外側層の形成は化成処理により行った。
【0077】
各試料の原料粉末の金属石鹸には、表1に示すように、Li-st(ステアリン酸リチウム)、Na-st(ステアリン酸ナトリウム)、Ba-st(ステアリン酸バリウム)を用いた。各金属石鹸の融点Tmを表1に示す。試料No.5を除く試料No.1~No.4、No.6~No.11の原料粉末は、更に、上記金属石鹸以外の潤滑剤として、EBS(エチレンビスステアリン酸アミド)を含む。
【0078】
各試料の原料粉末における被覆鉄合金粉、金属石鹸、及び金属石鹸以外の潤滑剤の含有量は、原料粉末を100質量%としたとき、それぞれ表1に示す量とし、各試料の原料粉末における残部は、被覆純鉄粉とした。
【0079】
[成形工程]
原料粉末を金型に充填し、圧縮成形してリング状(外径34mm、内径20mm、厚さ5mm)の成形体を作製した。金型には、ダイと、上パンチ及び下パンチと、コアロッドと、温度調節機とを備えるものを用いた。ダイは、円柱状の貫通孔を備える。上パンチ及び下パンチは、円環状のプレス面を有する円筒状に構成され、ダイの貫通孔に挿脱される。コアロッドは、成形体の内周面を形成する円柱状に構成され、上パンチ及び下パンチの内側に挿通される。温度調節機は、金型の温度を調節する。圧縮成形は、大気雰囲気下、金型の温度Tdを表1に示す温度とし、成形圧力を1500MPaとして行った。金型の温度Tdは、原料粉末を充填する直前の金型における原料粉末との接触箇所(ダイの内周面や上パンチ及び下パンチのプレス面など)を熱電対で測定した温度である。
【0080】
[熱処理工程]
成形体を熱処理して圧粉磁心を作製した。この熱処理条件は、窒素雰囲気下、温度を700℃とし、保持時間を15分とした。
【0081】
〔試料No.101~No.111〕
試料No.101~No.111の圧粉磁心はそれぞれ、表1に示すように、以下の相違点を除き、以下に示す試料と同様にして作製した。
試料No.101は、金属石鹸を含まない点が試料No.1と相違する。
試料No.102は、金属石鹸の種類をZn-st(ステアリン酸亜鉛)とした点が試料No.1と相違する。
試料No.103は、金属石鹸の種類をAl-st(ステアリン酸アルミニウム)とした点が試料No.1と相違する。
試料No.104は、金型の温度Tdを高くした点が試料No.3と相違する。
試料No.105は、金属石鹸を含まない点が試料No.8と相違する。
試料No.106は、金属石鹸を含まない点が試料No.9と相違する。
試料No.107は、被覆鉄合金粉の含有量が少ない点と、金属石鹸を含まない点とが試料No.8と相違する。
試料No.108は、被覆鉄合金粉の含有量が多い点と、金属石鹸を含まない点とが試料No.9と相違する。
試料No.109は、金属石鹸を含まない点が試料No.10と相違する。
試料No.110は、金属石鹸を含まない点が試料No.11と相違する。
試料No.111は、被覆鉄合金粉における鉄合金が以下に示す種別記号dの組成を有する点と、ビッカース硬さが低い点と、金属石鹸を含まない点とが試料No.1と相違する。
種別記号d:3.0質量%Si-残部がFe及び不可避的不純物
【0082】
〔密度〕
各試料の圧粉磁心の密度(g/cm3)を測定した。密度は、アルキメデス法を用いて測定した。その結果を表1に示す。
【0083】
〔磁気特性〕
各試料の圧粉磁心の磁気特性を、次に示す手順で測定した。リング状の各試料の圧粉磁心に銅線を巻回して、一次巻きコイル:300ターン、二次巻きコイル:20ターンを備える測定用部材を作製した。測定用部材及びAC-BHカーブトレーサ(理研電子株式会社製 BHU-60)を用いて、励起磁束密度Bmを0.1T、測定周波数を20kHzとしたときの鉄損W1/20k(ヒステリシス損+渦電流損)を求めた。鉄損W1/20kの結果を渦電流損W1e/20kと併せて表1に示す。
【0084】
【0085】
表1に示すように、金属石鹸の融点Tmと金型の温度Tdとの差(Tm-Td)が90℃以上を満たす試料No.1~No.11は、渦電流損が低くて低鉄損(低損失)である。また、この試料No.1~No.11は、高密度である。
【0086】
試料No.1~No.7と試料No.101~No.104との比較と、試料No.8と試料No.105との比較と、試料No.9と試料No.106との比較と、試料No.10と試料No.109との比較と、試料No.11と試料No.110との比較とからすると、上記差(Tm-Td)が90℃以上を満たすことで、渦電流損を低減できることが分かる。即ち、鉄損を低減できることが分かる。試料No.8と試料No.107とを比較する。試料No.8は、試料No.107よりも被覆鉄合金粉が多い。そのため、電気抵抗を高め易い。但し、純鉄粒子を変形させ易くて渦電流損が高くなり易い。それにも関わらず、試料No.8は、試料No.107よりも渦電流損を低減できることが分かる。即ち、鉄損を低減できることが分かる。試料No.9と試料No.108とを比較する。試料No.9は、試料No.108よりも被覆鉄合金粉が少ない。そのため、純鉄粒子を変形させ難くて渦電流損を低減し易い。但し、電気抵抗を高め難い。それにも関わらず、試料No.9は、渦電流損を低減できることが分かる。即ち、鉄損を低減できることが分かる。試料No.1~No.7と試料No.111とを比較する。試料No.1~No.7は、試料No.111よりも鉄合金粒子のビッカース硬さが高い。そのため、純鉄粒子を変形させ易くて渦電流損が高くなり易い。それにも関わらず、試料No.1~No.7は、試料No.111よりも渦電流損を低減できることが分かる。即ち、鉄損を低減できることが分かる。
【0087】
試料No.1~No.3の結果から、上記差(Tm-Td)が大きいほど、渦電流損を小さくできる傾向にあることが分かる。試料No.1と試料No.4と試料No.5の結果から、金属石鹸が少量でも渦電流損の低減に効果があることが分かる。その上、金属石鹸以外の潤滑剤を含まなくても渦電流損の低減に効果があることが分かる。試料No.1と試料No.6と試料No.7の結果から、「90℃≦上記差(Tm-Td)」を満たせば、金属石鹸がLi-stだけでなくNa-stやBa-stの場合でも渦電流損を低減できることが分かる。このことから、Zn-stやAl-Stを用いた試料No.102,No.103では渦電流損を低減できていないが、「90℃≦上記差(Tm-Td)」を満たせば、金属石鹸がZn-stやAl-Stの場合でも渦電流損を低減できると期待できる。試料No.1と試料No.8と試料No.9の結果から、被覆鉄合金粉が多いほど、電気抵抗を高め易い。但し、被覆鉄合金粉が多いほど、純鉄粒子を変形させ易くて渦電流損が高くなり易い。それにも関わらず、渦電流損の低減効果が高いことが分かる。試料No.1と試料No.10と試料No.11の結果から、鉄合金粒子のビッカース硬さが高いほど、純鉄粒子を変形させ易くて渦電流損が高くなり易い。それにも関わらず、渦電流損を低減できることが分かる。
【0088】
本発明は、これらの例示に限定されるものではなく、請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。