(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-18
(45)【発行日】2022-04-26
(54)【発明の名称】インバータ制御装置
(51)【国際特許分類】
H02M 7/48 20070101AFI20220419BHJP
H02P 21/06 20160101ALI20220419BHJP
H02P 27/08 20060101ALI20220419BHJP
【FI】
H02M7/48 F
H02P21/06
H02P27/08
(21)【出願番号】P 2018245847
(22)【出願日】2018-12-27
【審査請求日】2021-03-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【氏名又は名称】恩田 誠
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【氏名又は名称】恩田 博宣
(72)【発明者】
【氏名】岡本 昌直
(72)【発明者】
【氏名】尾形 卓也
(72)【発明者】
【氏名】清水 勇気
【審査官】麻生 哲朗
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-197917(JP,A)
【文献】特開2015-186297(JP,A)
【文献】国際公開第2011/135621(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02M 7/48
H02P 21/06
H02P 27/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PWM制御信号を出力することにより三相交流回転電機を駆動させるスイッチング素子をPWM制御するPWM制御部と、
矩形波信号を出力することにより前記スイッチング素子を矩形波制御する矩形波制御部と、
前記PWM制御信号と前記矩形波信号とを切り替えて出力することにより前記PWM制御と前記矩形波制御とを切り替える制御切替部とを備えたインバータ制御装置であって、
前記三相交流回転電機の各相の電流値及び前記三相交流回転電機の回転速度に基づき前記三相交流回転電機の誘起電圧を演算する誘起電圧演算部を備え、
前記制御切替部は、前記PWM制御信号を出力している状態で前記誘起電圧が閾値を上回る場合、前記矩形波信号に切り替えて出力することを特徴とするインバータ制御装置。
【請求項2】
前記三相交流回転電機の前記各相の電流値をd軸電流値及びq軸電流値に変換する第1座標変換部を備え、
前記PWM制御部は、
トルク指令値に基づき前記三相交流回転電機のd軸電流指令値及びq軸電流指令値を演算する電流指令値演算部と、
前記d軸電流指令値と前記d軸電流値との差分及び前記q軸電流指令値と前記q軸電流値との差分をフィードバック制御することにより前記三相交流回転電機のd軸電圧指令値及びq軸電圧指令値を演算する電流制御部と、
前記d軸電圧指令値及び前記q軸電圧指令値を前記三相交流回転電機の各相に発生させる電圧の目標値である三相電圧指令値に変換する第2座標変換部と、
前記三相電圧指令値に基づき前記PWM制御信号を生成するPWM信号生成部と、を有し、
前記d軸電流指令値、前記q軸電流指令値、及び前記回転速度に基づき前記三相交流回転電機に発生すると推定される推定誘起電圧を演算する推定誘起電圧演算部を更に備え、
前記制御切替部は、前記矩形波信号を出力している状態で前記推定誘起電圧が前記閾値を下回る場合、前記PWM制御信号を出力することを特徴とする請求項1に記載のインバータ制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インバータ制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、三相交流回転電機に流れる各相の電流に基づきインバータ回路に設けられたスイッチング素子を動作させるインバータ制御装置が知られている(特許文献1参照)。
特許文献1に開示されるインバータ制御装置は、スイッチング素子をPWM制御するPWM制御部と、スイッチング素子を矩形波制御する矩形波制御部と、PWM制御と矩形波制御とを切り替える制御切替部とを備えている。制御切替部は、三相交流回転電機のd軸電圧指令値及びq軸電圧指令値に基づき変調率Vaを演算している。制御切替部は、三相交流回転電機がPWM制御されている状態で、変調率Vaが閾値を上回った場合に三相交流回転電機が矩形波制御される状態に切り替える。ここで、d軸電圧指令値及びq軸電圧指令値は、トルク指令値に基づき演算されたd軸電流指令値及びq軸電流指令値と、三相交流回転電機に流れる各相の電流を変換したd軸電流値及びq軸電流値との差分をフィードバック制御することにより演算されている。なお、PWM制御とは三相交流回転電機の低回転領域において実施される制御であり、矩形波制御とは三相交流回転電機の高回転領域において実施される制御である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、d軸電流指令値及びq軸電流指令値は、d軸電流指令値及びq軸電流指令値とd軸電流値及びq軸電流値との差分をフィードバック制御することにより演算されるため、例えば
図5(a)に示すように変調率Vaが閾値の近傍で変動する可能性がある。そのため、変調率Vaが閾値を上回ってもすぐに閾値を下回るように変動する場合が考えられる。この場合、例えば
図5(b)に示すように変調率Vaが閾値を上回る状態が所定時間継続すると、
図5(c)に示すようにPWM制御から矩形制御に切り替えることが考えられるが、当該所定時間の分だけPWM制御から矩形波制御に切り替えることができない。すなわち、PWM制御から矩形波制御に切り替えられない状態となるため三相交流回転電機のトルク応答性が低下してしまう。
【0005】
本発明の目的は、PWM制御から矩形波制御への切り替えに伴う三相交流回転電機のトルク応答性を向上させることができるインバータ制御装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するインバータ制御装置は、PWM制御信号を出力することにより三相交流回転電機を駆動させるスイッチング素子をPWM制御するPWM制御部と、矩形波信号を出力することにより前記スイッチング素子を矩形波制御する矩形波制御部と、前記PWM制御信号と前記矩形波信号とを切り替えて出力することにより前記PWM制御と前記矩形波制御とを切り替える制御切替部とを備えたインバータ制御装置であって、前記三相交流回転電機の各相の電流値及び前記三相交流回転電機の回転速度に基づき前記三相交流回転電機の誘起電圧を演算する誘起電圧演算部を備え、前記制御切替部は、前記PWM制御信号を出力している状態で前記誘起電圧が閾値を上回る場合、前記矩形波信号に切り替えて出力する。
【0007】
これによれば、三相交流回転電機の各相の電流値及び三相交流回転電機の回転速度に基づいて三相交流回転電機の誘起電圧を演算している。そして、制御切替部は、スイッチング素子がPWM制御されている状態で誘起電圧が閾値を上回る場合、矩形波信号を出力する。すなわち、インバータ制御装置は、PWM制御から矩形波制御に切り替えるときに誘起電圧を指標としている。従来の三相交流回転電機のd軸電圧指令値及びq軸電圧指令値を用いて演算される変調率を指標として用いる場合と比較して、三相交流回転電機の誘起電圧は、三相交流回転電機の駆動状態が反映された電流値及び回転速度によって演算される。そのため、誘起電圧は、閾値近傍での変動が少ない。そして、インバータ制御装置は、三相交流回転電機の誘起電圧を指標として用いることにより三相交流回転電機の駆動状態によってPWM制御から矩形波制御に切り替えることになる。そのため、誘起電圧が閾値を上回る場合にPWM制御から矩形波制御に即座に切り替えることができる。したがって、PWM制御から矩形波制御への切り替えに伴うトルク応答性を向上させることができる。
【0008】
上記のインバータ制御装置において、前記三相交流回転電機の前記各相の電流値をd軸電流値及びq軸電流値に変換する第1座標変換部を備え、前記PWM制御部は、トルク指令値に基づき前記三相交流回転電機のd軸電流指令値及びq軸電流指令値を演算する電流指令値演算部と、前記d軸電流指令値と前記d軸電流値との差分及び前記q軸電流指令値と前記q軸電流値との差分をフィードバック制御することにより前記三相交流回転電機のd軸電圧指令値及びq軸電圧指令値を演算する電流制御部と、前記d軸電圧指令値及び前記q軸電圧指令値を前記三相交流回転電機の各相に発生させる電圧の目標値である三相電圧指令値に変換する第2座標変換部と、前記三相電圧指令値に基づき前記PWM制御信号を生成するPWM信号生成部と、を有し、前記d軸電流指令値、前記q軸電流指令値、及び前記回転速度に基づき前記三相交流回転電機に発生すると推定される推定誘起電圧を演算する推定誘起電圧演算部を更に備え、前記制御切替部は、前記矩形波信号を出力している状態で前記推定誘起電圧が前記閾値を下回る場合、前記PWM制御信号を出力するとよい。
【0009】
矩形波制御からPWM制御に切り替える際に、制御切替部による制御の切り替えが遅れてしまうと三相交流回転電機に過剰の電流が流れてしまうおそれがある。
その点、これによれば、d軸電流指令値、q軸電流指令値、及び回転速度に基づき三相交流回転電機に発生すると推定される推定誘起電圧を演算している。そして、制御切替部は、スイッチング素子が矩形波制御されている状態で推定誘起電圧が閾値を下回る場合、PWM制御信号を出力する。すなわち、インバータ制御装置は、矩形波制御からPWM制御に切り替えるときに推定誘起電圧を指標としている。三相交流回転電機の駆動状態を示す電流値及び回転速度に基づき演算される誘起電圧よりも早く演算されるため、矩形波制御からPWM制御への切り替えを早めに実施することができる。したがって、矩形波制御からPWM制御への切り替えに伴い三相交流回転電機への過剰な電流の供給を抑制できる。
【発明の効果】
【0010】
この発明によれば、PWM制御から矩形波制御への切り替えに伴う三相交流回転電機のトルク応答性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】インバータ制御装置の構成を示すブロック図。
【
図3】(a)は誘起電圧の変化を示すタイムチャート、(b)は制御方式の切り替えを示すタイムチャート。
【
図4】(a)は推定誘起電圧の変化を示すタイムチャート、(b)は制御方式の切り替えを示すタイムチャート。
【
図5】(a)は変調率の変化を示すタイムチャート、(b)はタイマカウント値を示すタイムチャート、(c)は制御方式の切り替えを示すタイムチャート。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、インバータ制御装置を具体化した実施形態を
図1~
図4にしたがって説明する。なお、本実施形態のインバータ制御装置は、三相交流回転電機の駆動を制御するインバータ装置に適用されていることを前提として説明する。
【0013】
図1に示すように、インバータ装置1は、インバータ回路10と、インバータ制御装置20とを備えている。インバータ回路10は、6つのスイッチング素子Q1~Q6と、6つのダイオードD1~D6を備えている。スイッチング素子Q1~Q6には、絶縁ゲートバイポーラトランジスタ(IGBT)が採用されている。正極母線と負極母線との間に、三相交流回転電機としてのモータ60のU相に接続される上アームを構成するスイッチング素子Q1と、当該U相に接続される下アームを構成するスイッチング素子Q2とが直列接続されている。また、正極母線と負極母線との間にモータ60のV相に接続される上アームを構成するスイッチング素子Q3と、当該V相に接続される下アームを構成するスイッチング素子Q4とが直列接続されている。また、正極母線と負極母線との間にモータ60のW相に接続される上アームを構成するスイッチング素子Q5と、当該W相に接続される下アームを構成するスイッチング素子Q6とが直列接続されている。スイッチング素子Q1~Q6には、ダイオードD1~D6のそれぞれが逆並列接続されている。正極母線及び負極母線には、コンデンサCを介してバッテリBが接続されている。このように構成されたインバータ回路10は、スイッチング素子Q1~Q6のスイッチング動作に伴いバッテリBの直流電圧を交流電圧に変換してモータ60に供給することでモータ60を駆動させる。なお、バッテリBには、電圧センサ65が設けられており、バッテリBの直流電圧Vdcを監視している。
【0014】
インバータ制御装置20は、第1座標変換部21と、回転速度演算部22と、ドライブ回路25と、PWM制御部30と、矩形波制御部40と、制御切替部50とを備えている。
【0015】
第1座標変換部21は、モータ60の各相の電流値Iu,Iv,Iwをモータ60の回転位置を示す電気角θeを用いてd軸電流値Id及びq軸電流値Iqに変換する。電流値Iu,Iv,Iwは、接続配線W1,W2,W3上にそれぞれ設けられた電流センサ61,62,63を介して検出される。電気角θeは、モータ60に設けられた位置検出部64により検出される。
【0016】
回転速度演算部22は、モータ60の回転速度ωを演算する。回転速度演算部22は、位置検出部64により検出された電気角θeを微分することで回転速度ωを演算している。
【0017】
PWM制御部30は、PWM制御信号S1を出力することによりモータ60を駆動させるインバータ回路10のスイッチング素子Q1~Q6をPWM制御する。PWM制御部30は、電流指令値演算部31と、減算部32,33と、電流制御部34と、第2座標変換部35と、PWM信号生成部36とを有している。
【0018】
電流指令値演算部31は、外部から入力されるトルク指令値Trefに基づきモータ60のd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を演算する。例えば、電流指令値演算部31は、記憶部(図示略)に予め記憶されるトルク指令値Trefとd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*とが対向付けられたテーブルを用いてd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*を演算する。
【0019】
減算部32は、d軸電流指令値Id*とd軸電流値Idとの差分ΔIdを演算する。減算部33は、q軸電流指令値Iq*とq軸電流値Iqとの差分ΔIqを演算する。
電流制御部34は、差分ΔId,ΔIqに基づきモータ60のd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を演算する。具体的には、電流制御部34は、差分ΔId,ΔIqをなくすようにフィードバック制御することでd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を演算する。
【0020】
第2座標変換部35は、位置検出部64により検出される電気角θeに基づきd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を三相電圧指令値Vu,Vv,Vwに変換する。三相電圧指令値Vu,Vv,Vwは、モータ60の各相に発生させる電圧値の目標値である。
【0021】
PWM信号生成部36は、PWM制御により基準となる三角波と三相電圧指令値Vu,Vv,Vwとの比較結果に基づきインバータ回路10の各スイッチング素子Q1~Q6を開閉するためのPWM制御信号S1を生成する。
【0022】
矩形波制御部40は、矩形波信号S2を出力することによりモータ60を駆動させるインバータ回路10のスイッチング素子Q1~Q6を矩形波制御する。矩形波制御部40は、トルク演算部41と、減算部42と、電圧位相制御部43と、矩形波信号生成部44とを有している。トルク演算部41には、位置検出部64により検出された電気角θeと、d軸電流値Id及びq軸電流値Iqとが入力される。トルク演算部41は、電気角θe、d軸電流値Id、及びq軸電流値Iqに基づきモータ60に発生しうるトルク推定値Tdetを演算する。トルク推定値Tdetは、例えば矩形波制御部40に設けられた記憶部(図示略)に予め記憶されるd軸電流値Id、q軸電流値Iq、電気角θe、及びトルク推定値Tdetが対向付けられたテーブルを用いて演算される。
【0023】
減算部42は、外部から入力されるトルク指令値Trefとトルク推定値Tdetとのトルク差分値ΔTを演算する。
電圧位相制御部43は、減算部42により演算されるトルク指令値Trefとトルク推定値Tdetとのトルク差分値ΔTを小さくするように電圧位相角指令値φiを調整する。電圧位相角指令値φiの調整は、例えば、トルク差分値ΔTが小さくなるようにフィードバック制御することで実施できる。そのため、トルク推定値Tdetをトルク指令値Trefと一致させることが可能性である。
【0024】
矩形波信号生成部44は、電圧位相制御部43から出力される電圧位相角指令値φiに対応するカウント値から目標カウント値後のタイミングにおいて、矩形波信号S2を立ち上げる、もしくは立ち下げる。具体的には、矩形波信号S2は、電圧位相角指令値φiに対応するカウント値から目標カウント値後に同一周期で「Vdc/2」と「-Vdc/2」とを交互に変化する矩形波状の制御信号である。すなわち、矩形波制御部40は、トルク指令値Trefとモータ60のトルク推定値Tdetとのトルク差分値ΔTに基づきスイッチング素子Q1~Q6を矩形波制御するための矩形波信号S2を生成する。
【0025】
制御切替部50は、PWM制御部30により生成されたPWM制御信号S1と、矩形波制御部40により生成された矩形波信号S2とが入力される。
制御切替部50は、PWM制御信号S1と矩形波信号S2とを切り替えて出力することによりPWM制御と矩形波制御とを切り替える。具体的には、制御切替部50は、スイッチング素子Q1~Q6のスイッチング動作を制御するための制御信号SとしてPWM制御信号S1及び矩形波信号S2のいずれかを選択して出力することでPWM制御と矩形波制御を切り替える。なお、制御切替部50は、モータ60を動作させた当初は、モータ60が低回転領域で駆動されるためPWM制御部30から出力されるPWM制御信号S1を制御信号Sとして出力している。
【0026】
ドライブ回路25には、各スイッチング素子Q1~Q6のゲート端子が接続されている。また、ドライブ回路25には、制御切替部50が接続されている。ドライブ回路25は、制御切替部50により出力された制御信号Sに基づきインバータ回路10のスイッチング素子Q1~Q6をスイッチング動作させる。
【0027】
ここで、制御切替部50についてより詳しく説明する。
図1及び
図2に示すように、制御切替部50には、PWM制御信号S1及び矩形波信号S2だけでなく、第1座標変換部21により出力されるd軸電流値Id及びq軸電流値Iq、回転速度演算部22により出力される回転速度ω、及びPWM制御部30の電流指令値演算部31により演算されるd軸電流指令値Id*及びq軸電流指令値Iq*が入力される。制御切替部50は、これら入力された各種パラメータに基づきPWM制御から矩形波制御への切り替え及び矩形波制御からPWM制御への切り替えを制御している。
【0028】
図2に示すように、制御切替部50は、PWM制御信号S1及び矩形波信号S2を切り替える信号切替部51と、信号切替部51による信号S1,S2の切り替えの指令を出力する切替指令出力部52とを備えている。なお、上述したがモータ60を動作させた当初は、PWM制御信号S1が制御信号Sとして採用されるため、切替指令出力部52はPWM制御信号S1をドライブ回路25に出力するための第1指令信号Sc1を信号切替部51に出力している状態である。
【0029】
切替指令出力部52は、モータ60の誘起電圧Viを演算する誘起電圧演算部52aと、モータ60に発生すると推定される誘起電圧である推定誘起電圧Vieを演算する推定誘起電圧演算部52bとを備えている。
【0030】
誘起電圧Vi及び推定誘起電圧Vieの演算について説明する。
誘起電圧演算部52aは、モータ60の各相の電流値Iu,Iv,Iwに基づき演算されたd軸電流値Id及びq軸電流値Iqと、モータ60の回転速度ωとに基づきモータ60のd軸誘起電圧Vod及びq軸誘起電圧Voqを演算する。そして、誘起電圧演算部52aは、d軸誘起電圧Vod及びq軸誘起電圧Voqに基づき誘起電圧Viを演算する。具体的には以下の式で演算される。
【0031】
Vod=R×Id-ω×Lq×Iq
Voq=R×Iq+ω×Ld×Id+ω×Ke
Vi=√(Vod^2+Voq^2)
R…モータの抵抗値、Ld…モータのd軸におけるインダクタンス、Lq…モータのq軸におけるインダクタンス、Ke…永久磁石の磁束。
【0032】
推定誘起電圧演算部52bは、d軸電流指令値Id*、q軸電流指令値Iq*、及び回転速度ωに基づきモータ60に発生すると推定される誘起電圧のd軸推定誘起電圧Vod_est及びq軸推定誘起電圧Voq_estを演算する。そして、推定誘起電圧演算部52bは、d軸推定誘起電圧Vod_est及びq軸推定誘起電圧Voq_estに基づき推定誘起電圧Vieを演算する。具体的には以下の式で演算される。
【0033】
Vod_est=R×Id*-ω×Lq×Iq*
Voq_est=R×Iq*+ω×Ld×Id*+ω×Ke
Vie=√(Vod_est^2+Voq_est^2)
なお、切替指令出力部52は、図示しないメモリを有しており、当該メモリには、上記した式を実行するためのプログラムや、モータ60の抵抗値及びインダクタンスLd,Lq等のデータが記憶されている。
【0034】
図3(a)に示すように、誘起電圧Viは、モータ60を動作させた当初からモータ60の回転数が増加すると徐々にその大きさが増大していく。モータ60の回転数が増大していくと、モータ60の回転速度ω、モータ60のd軸電流値Id、及びモータ60のq軸電流値Iqが増大する。すなわち、誘起電圧Viは、回転速度ω、d軸電流値Id、及びq軸電流値Iqが大きくなるほど増大する。
【0035】
図2及び
図3(a)に示すように、切替指令出力部52は、誘起電圧演算部52aにより演算されるモータ60の誘起電圧Viが閾値Mthを上回る場合、信号切替部51に対して矩形波信号S2をドライブ回路25に出力するための第2指令信号Sc2を出力する。すなわち、信号切替部51において、PWM制御信号S1から矩形波信号S2に切り替えさせ、矩形波信号S2を制御信号Sとして出力させる。よって、
図3(b)に示すように、インバータ回路10のスイッチング素子Q1~Q6は、PWM制御された状態から矩形波制御される状態に切り替わる。
【0036】
図4(a)に示すように、推定誘起電圧Vieは、誘起電圧Viと同様の傾向を有しており、モータ60を動作させた当初からモータ60の回転数が増加すると徐々にその大きさが増大していく。モータ60の回転数が増大していくと、モータ60の回転速度ωだけでなく、外部から入力されるトルク指令値Trefが増大する。すなわち、モータ60のd軸電流指令値Id*及びモータ60のq軸電流指令値Iq*が増大する。
【0037】
一方で、推定誘起電圧Vieは、回転速度ω、d軸電流指令値Id*、及びq軸電流指令値Iq*が減少すると徐々にその大きさが減少していく。なお、誘起電圧Viにも同様の傾向がある。
【0038】
図2及び
図4(a)に示すように、切替指令出力部52は、推定誘起電圧演算部52bにより演算される推定誘起電圧Vieが閾値Mthを下回る場合、信号切替部51に対してPWM制御信号S1をドライブ回路25に出力するための第1指令信号Sc1を信号切替部51に出力する。よって、
図4(b)に示すように、インバータ回路10のスイッチング素子Q1~Q6は、矩形波制御された状態からPWM制御される状態に切り替わる。
【0039】
このように構成された制御切替部50は、信号切替部51からPWM制御信号S1が出力されている状態(スイッチング素子Q1~Q6がPWM制御されている状態)で誘起電圧Viが閾値Mthを上回る場合、切替指令出力部52から第2指令信号Sc2を信号切替部51に出力することで矩形波信号S2に切り替えて出力する。すなわち、制御切替部50は、誘起電圧Viが閾値Mthを上回る場合、インバータ回路10のスイッチング素子Q1~Q6をPWM制御された状態から矩形波制御する状態に切り替える。
【0040】
また、制御切替部50は、信号切替部51から矩形波信号S2が出力されている状態(スイッチング素子Q1~Q6が矩形波制御されている状態)で推定誘起電圧Vieが閾値Mthを下回る場合、切替指令出力部52から第1指令信号Sc1を信号切替部51に出力することでPWM制御信号S1に切り替えて出力する。すなわち、制御切替部50は、推定誘起電圧Vieが閾値Mthを下回る場合、インバータ回路10のスイッチング素子Q1~Q6を矩形波制御された状態からPWM制御される状態に切り替える。
【0041】
また、閾値Mthについて説明する。
例えば、従来の技術で提案されている変調率Va(
図5参照)を用いる場合、一般的にモータ60の回転数が増加したとき変調率Vaが4/π(約1.27)を超えるとPWM制御の制御性が極度に低下することが知られている。そのため、従来の技術では変調率Vaが4/πを上回るとスイッチング素子Q1~Q6を矩形波制御し、変調率Vaが4/πを下回るとスイッチング素子Q1~Q6をPWM制御していた。すなわち、モータ60が高回転領域で駆動していれば矩形波制御、モータ60が低回転領域で駆動していればPWM制御を実施していた。
【0042】
本実施形態における閾値Mthは、上記の変調率Vaと同様にモータ60が低回転領域で駆動しているか、高回転領域で駆動しているかを区分する閾値である。そのため、閾値Mthは、変調率Vaが4/πとなる場合に一致するように設定されている。
【0043】
変調率Vaは、以下の式で求められる。
Va=(√(Vd*^2+Vq*^2))/Vdc
すなわち、閾値Mthは、変調率Vaが4/πとなるときのd軸電圧指令値Vd*とq軸電圧指令値Vq*に対応するd軸電流値Id、q軸電流値Iq、d軸電流指令値Id*、q軸電流指令値Iq*、及び回転速度ωに基づき演算された誘起電圧Vi及び推定誘起電圧Vieに一致するように設定されている。
【0044】
本実施形態の作用について説明する。
上記のように構成されたインバータ制御装置20は、制御切替部50からPWM制御信号S1が出力されている状態で誘起電圧演算部52aにより演算されたモータ60の誘起電圧Viが閾値Mthを上回る場合、矩形波信号S2を出力する。また、インバータ制御装置20は、制御切替部50から矩形波信号S2が出力されている状態で推定誘起電圧演算部52bにより演算されたモータ60に発生すると推定される推定誘起電圧Vieが閾値Mthを下回る場合、PWM制御信号S1を出力する。よって、インバータ制御装置20は、スイッチング素子Q1~Q6がPWM制御されている状態で誘起電圧Viが閾値Mthを上回る場合、PWM制御から矩形波制御に切り替え、スイッチング素子Q1~Q6が矩形波制御されている状態で推定誘起電圧Vieが閾値Mthを下回る場合、矩形波制御からPWM制御に切り替わる。
【0045】
本実施形態では以下の効果を得ることができる。
(1)本実施形態では、モータ60の各相の電流値Iu,Iv,Iw及びモータ60の回転速度ωに基づいてモータ60の誘起電圧Viを演算している。そして、制御切替部50は、スイッチング素子Q1~Q6がPWM制御されている状態で誘起電圧Viが閾値Mthを上回る場合、矩形波信号S2を出力する。すなわち、インバータ制御装置20は、PWM制御から矩形波制御に切り替えるときに誘起電圧Viを指標としている。従来のモータ60のd軸電圧指令値Vd*及びq軸電圧指令値Vq*を用いて演算される変調率Vaを指標として用いる場合と比較して、モータ60の誘起電圧Viは、モータ60の駆動状態が反映された電流値Iu,Iv,Iw及び回転速度ωによって演算される。そのため、誘起電圧Viは、閾値Mth近傍での変動が少ない。そして、インバータ制御装置20は、モータ60の誘起電圧Viを指標として用いることによりモータ60の駆動状態によってPWM制御から矩形波制御に切り替えることになる。そのため、誘起電圧Viが閾値Mthを上回る場合にPWM制御から矩形波制御に即座に切り替えることができる。したがって、PWM制御から矩形波制御への切り替えに伴うトルク応答性を向上させることができる。
【0046】
(2)矩形波制御からPWM制御に切り替える際に、制御切替部50による制御の切り替えが遅れてしまうとモータ60に過剰の電流が流れてしまうおそれがある。
その点、本実施形態では、d軸電流指令値Id*、q軸電流指令値Iq*、及び回転速度ωに基づきモータ60に発生すると推定される推定誘起電圧Vieを演算している。そして、制御切替部50は、スイッチング素子Q1~Q6が矩形波制御されている状態で推定誘起電圧Vieが閾値Mthを下回る場合、PWM制御信号S1を出力する。すなわち、インバータ制御装置20は、矩形波制御からPWM制御に切り替えるときに推定誘起電圧Vieを指標としている。モータ60の駆動状態を示す電流値Iu,Iv,Iw及び回転速度ωに基づき演算される誘起電圧Viよりも早く演算されるため、矩形波制御からPWM制御への切り替えを早めに実施することができる。したがって、矩形波制御からPWM制御への切り替えに伴いモータ60への過剰な電流の供給を抑制できる。
【0047】
なお、本実施形態は、以下のように変更して実施することができる。本実施形態及び以下の変更例は、技術的に矛盾しない範囲で互いに組み合わせて実施することができる。
〇 本実施形態では、閾値Mthは、変調率Va(=√(Vd*^2+Vq*^2))に一致するようにしていたが、これに限らない。例えば、変調率Vaは、製品仕様によって適宜係数を乗算してもよい。そのため、閾値Mthは、変調率Vaが当該係数を乗算して演算される場合においては当該係数を考慮して設定することが好ましい。
【0048】
〇 本実施形態では、誘起電圧演算部52a及び推定誘起電圧演算部52bが切替指令出力部52に設けられることにより切替指令出力部52は、誘起電圧Vi及び推定誘起電圧Vieを演算する機能と、第1指令信号Sc1及び第2指令信号Sc2を出力する機能を一括して有していたが、これに限らない。例えば、切替指令出力部52から誘起電圧Vi及び推定誘起電圧Vieを演算する機能を分けるように誘起電圧演算部52a及び推定誘起電圧演算部52bの配置を変更してもよい。
【0049】
〇 また、誘起電圧演算部52a及び推定誘起電圧演算部52bを制御切替部50が有していなくてもよく、例えばインバータ制御装置20における任意の箇所に設けるようにしてもよい。
【0050】
〇 インバータ制御装置20は、誘起電圧演算部52aを備え、推定誘起電圧演算部52bを備えない構成を採用してもよい。このように変更しても、本実施形態の(1)の効果を得ることができる。
【0051】
〇 第1座標変換部21は、PWM制御部30又は矩形波制御部40に含まれるように構成されていてもよい。
〇 第1座標変換部21は、インバータ制御装置20の外部で演算されてからインバータ制御装置20のPWM制御部30及び矩形波制御部40に入力されるように変更してもよい。
【0052】
〇 本実施形態では、モータ60のV相の電流値Ivを電流センサ62により検出していたが、例えば第1座標変換部21により電流値Iu,Iwから電流値Ivを演算するように変更してもよい。
【符号の説明】
【0053】
10…インバータ回路、20…インバータ制御装置、21…第1座標変換部、30…PWM制御部、31…電流指令値演算部、34…電流制御部、35…第2座標変換部、36…PWM信号生成部、40…矩形波制御部、50…制御切替部、52a…誘起電圧演算部、52b…推定誘起電圧演算部、Iu,Iv,Iw…電流値、Id…d軸電流値、Iq…q軸電流値、Id*…d軸電流指令値、Iq*…q軸電流指令値、ΔId,ΔIq…差分、ω…回転速度、Vd*…d軸電圧指令値、Vq*…q軸電圧指令値、Vu,Vv,Vw…三相電圧指令値、Mth…閾値、Tref…トルク指令値、S1…PWM制御信号、S2…矩形波信号、Q1~Q6…スイッチング素子。