(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-18
(45)【発行日】2022-04-26
(54)【発明の名称】X線残留応力測定用基準片の製造方法及びX線残留応力測定用基準片
(51)【国際特許分類】
G01N 1/00 20060101AFI20220419BHJP
G01N 23/205 20180101ALI20220419BHJP
【FI】
G01N1/00 102B
G01N23/205
(21)【出願番号】P 2019056039
(22)【出願日】2019-03-25
【審査請求日】2021-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000191009
【氏名又は名称】新東工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】小林 祐次
(72)【発明者】
【氏名】松井 彰則
(72)【発明者】
【氏名】水野 悠太
【審査官】福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-270150(JP,A)
【文献】特開2018-124243(JP,A)
【文献】鈴木 裕士 他,中性子回折法による溶接残留応力測定精度に関する考察-無ひずみ状態の格子定数の影響-,材料,日本,2012年07月,Vol.61,No.7,pp.604-611
【文献】PARADOWSKA, A et al.,Investigation of reference samples for residual strain measurements in a welded specimen by neutron,PHYSICA B,2006年11月15日,2006,pp.904-907,http://doi.org/10.1016/j.physb.2006.05.245
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00
G01N 23/205
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料の表面の少なくとも一部にナノ結晶化を行った後、焼鈍をすることにより無応力化を行うことを特徴とする、X線残留応力測定用基準片の製造方法。
【請求項2】
ナノ結晶化がショットピーニングにより行われる、請求項1に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
【請求項3】
ショットピーニングにより金属材料の配向性をキャンセルすることを特徴とする、請求項2に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
【請求項4】
ショットピーニングによりX線残留応力測定に耐えられるだけの結晶粒を金属材料に残存させることを特徴とする、請求項2または3に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
【請求項5】
ナノ結晶が金属材料表面の0~50μmの範囲に存在する、請求項1から4のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
【請求項6】
金属材料が鉄を主成分とした合金である、請求項1から5のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
【請求項7】
X線残留応力測定用基準片の残留応力が-55MPa以上55MPa以下である、請求項1から6のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
【請求項8】
金属材料の表面の少なくとも一部にナノ結晶化が行われており、焼鈍をすることにより無応力化が行われていることを特徴とする、X線残留応力測定用基準片。
【請求項9】
ナノ結晶化がショットピーニングにより行われている、請求項8に記載のX線残留応力測定用基準片。
【請求項10】
ショットピーニングにより金属材料の配向性をキャンセルすることを特徴とする、請求項9に記載のX線残留応力測定用基準片。
【請求項11】
ショットピーニングによりX線残留応力測定に耐えられるだけの結晶粒を金属材料に残存させることを特徴とする、請求項9または10に記載のX線残留応力測定用基準片。
【請求項12】
ナノ結晶が金属材料表面の0~50μmの範囲に存在する、請求項8から11のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片。
【請求項13】
金属材料が鉄を主成分とした合金である、請求項8から12のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片。
【請求項14】
残留応力が-55MPa以上55MPa以下である、請求項8から13のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、X線残留応力測定用基準片の製造方法、及びX線残留応力測定用基準片に関する。
【背景技術】
【0002】
X線残留応力測定において、日本材料学会は、測定器が正常に動作しているかの確認のために、無歪鉄粉を用いた基準片を測定し、0MPa近傍(無応力)が測定されているかどうかを確認することを推奨している(非特許文献1)。無歪鉄粉は、十分に焼鈍された純鉄に近い鉄の粉末を接着剤などを用いて凝固させた物体である。これを使えば、X線残留応力の測定器が正常に動作していることは理解することができる。
【0003】
近年、X線残留応力の測定器が工業分野で使われることが多くなってきた。工業分野の場合、製造に用いられる材料を対象としたいという潜在的な要求がある。すなわち、X線残留応力測定用基準片に無歪鉄粉以外のものを対象としたいという潜在的な要求がある。例えば、ばねの製造会社においては、ばね材をX線残留応力測定用基準片に用いることが求められているし、歯車の製造会社においては、歯車に用いられる鋼材をX線残留応力測定用基準片に用いることが求められている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】社団法人 日本材料学会 X線応力測定法標準 (2002年版) -鉄鋼編- p73
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、無歪鉄粉以外の金属材料をX線残留応力測定用基準片として提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、金属材料の表面の少なくとも一部にナノ結晶化を行った後、焼鈍をすることによって内在するひずみを除去することで無応力化を行うことにより、上記の課題を解決できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0007】
すなわち、本発明は以下の(1)~(14)に関する。
(1)金属材料の表面の少なくとも一部にナノ結晶化を行った後、焼鈍をすることにより無応力化を行うことを特徴とする、X線残留応力測定用基準片の製造方法。
(2)ナノ結晶化がショットピーニングにより行われる、(1)に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
(3)ショットピーニングにより金属材料の配向性をキャンセルすることを特徴とする、(2)に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
(4)ショットピーニングによりX線残留応力測定に耐えられるだけの結晶粒を金属材料に残存させることを特徴とする、(2)または(3)に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
(5)ナノ結晶が金属材料表面の0~50μmの範囲に存在する、(1)から(4)のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
(6)金属材料が鉄を主成分とした合金である、(1)から(5)のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
(7)X線残留応力測定用基準片の残留応力が-55MPa以上55MPa以下である、(1)から(6)のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片の製造方法。
(8)金属材料の表面の少なくとも一部にナノ結晶化が行われており、焼鈍をすることにより無応力化が行われていることを特徴とする、X線残留応力測定用基準片。
(9)ナノ結晶化がショットピーニングにより行われている、(8)に記載のX線残留応力測定用基準片。
(10)ショットピーニングにより金属材料の配向性をキャンセルすることを特徴とする、(9)に記載のX線残留応力測定用基準片。
(11)ショットピーニングによりX線残留応力測定に耐えられるだけの結晶粒を金属材料に残存させることを特徴とする、(9)または(10)に記載のX線残留応力測定用基準片。
(12)ナノ結晶が金属材料表面の0~50μmの範囲に存在する、(8)から(11)のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片。
(13)金属材料が鉄を主成分とした合金である、(8)から(12)のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片。
(14)残留応力が-55MPa以上55MPa以下である、(8)から(13)のいずれか一項に記載のX線残留応力測定用基準片。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、無歪鉄粉以外の金属材料をX線残留応力測定用基準片として提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】生のばね材を焼鈍したときに得られるデバイシェラー環を示す。デバイシェラー環が歪んでいるため、圧延時の影響が焼鈍後でも残っていることが判る。
【
図2】ショットピーニングにより、表面の少なくとも一部にナノ結晶化を行った金属材料を焼鈍した後、X線を照射したときに得られるデバイシェラー環を示す。ショットピーニングによって圧延時の配向性がなくなるため、焼鈍後に配向性は見られない。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、以下の実施形態に限定されるものではなく、本発明の効果を阻害しない範囲で適宜変更を加えて実施することができる。
【0011】
無応力の残留応力測定用基準片として重要なことは、結晶性にある。X線で測定を行う場合、(1)結晶粒が粗大化してはならない、(2)配向性があってはならない、すなわち、結晶の向きがどこかに揃っていてはならない、(3)0MPa近傍(無応力)の測定結果が得られるという条件が必要である。なお(3)においては、cosα線図やsin2ψ線図から得られる傾きに応力測定定数を乗ずるので、実際には0MPaは計算されない。したがって、ある程度の数値のばらつきは許容される。
【0012】
以下、本発明の一実施形態について詳細に説明する。
【0013】
[金属材料の表面のナノ結晶化]
本発明において、金属材料の表面のナノ結晶化には、ナノ結晶化が可能な手段であれば、あらゆる方法を用いることができる。例えば、ショットピーニング、ECAP(Equal-Channel Angular Pressing)法、HPT(High-Pressure Torsion)法を用いることができる。中でも、金属材料の配向性をキャンセルすることができること、金属材料の表面にナノ結晶が生成される条件にすることにより、焼鈍時に結晶化条件となったとしてもX線残留応力測定に耐えられるだけの結晶粒を金属材料に残存させることができることから、ショットピーニングが好ましい。なお、本発明において「金属材料の配向性をキャンセルする」とは、製造工程により発生した同一方向に向いた金属結晶面の方位を、主にショットピーニングによる再結晶・微細化を行うことで、同一方向に向いた金属結晶面の方位を分散させることを言う。また、本発明において「X線残留応力測定に耐えられるだけの結晶粒」とは、X線残留応力測定結果に信頼性を得るための一定数の結晶粒がX線残留応力測定範囲内に存在していることを言う。
【0014】
ショットピーニングの条件としては、金属材料の種類に応じて投射材の硬さや粒子径、及び、投射速度を選定する必要がある。例えば、投射材の硬さは、ビッカース硬さ(JIS Z 2244)HV1200~3000(好ましくはHV1700~3000)、粒度番号(JIS R 6001)20~220(好ましくは30~100)の範囲から適宜選定する。また、投射速度は、例えば、空気式加速装置を用いて上記投射材を投射(噴射)する場合、投射エア圧として0.05~1.0MPa(好ましくは0.1~0.5MPa)の範囲から適宜選定する。
【0015】
ナノ結晶とは、ナノスケールの結晶のことをいう。本発明においては、ナノ結晶の粒径は、1nm~50nmであることが好ましく、1nm~10nmであることがより好ましく、1nm~5nmであることがさらに好ましい。
【0016】
[焼鈍による無応力化]
焼鈍(焼きなまし)とは、金属材料を適切な温度に加熱し、その温度に一定時間保持した後に除冷していく処理のことをいう。焼鈍は内部応力の除去、硬さの低下、加工性の向上などの効果を有する。なお、本発明において「無応力化」とは、加工によって生じたひずみのみを除去することで、基準片の残留応力を限りなく0MPaに近づけることを言う。
【0017】
焼鈍の回数は3回から5回が好ましい。また、焼鈍を720℃以下で行うことにより、炭化物の粗大化を防止して、焼入れ前の炭化物の微細状態を維持する。なお、焼鈍は、光輝焼鈍炉を使用して180℃~500℃の加熱で行うことが好ましく、300℃~500℃の加熱で行うことがより好ましく、450℃~500℃の加熱で行なうことがさらに好ましい。なお、光輝焼鈍炉を用いることによって、酸化スケールの生成が金属材料の表面に無く、酸洗工程が不要となる。
【0018】
[ナノ結晶の存在範囲]
本発明において、ナノ結晶は金属材料表面の0~50μmの範囲(換言すれば、最表面から50μmの深さまでの範囲)に存在することが好ましく、0~15μmの範囲に存在することがより好ましく、0~10μmの範囲に存在することがさらに好ましい。
【0019】
[金属材料]
本発明においては、多数の種類の金属材料を用いることができる。本発明における金属材料としては鉄を主成分とした合金が好ましく、特に、SCM(クロムモリブデン鋼鋼材)、SUP(ばね鋼鋼材)、SPCC(普通鋼)、SPHC(一般用熱間圧延鋼材)、S10C(機械構造用炭素鋼)が好ましく用いられ、SCM、SUPがより好ましく用いられる。
【0020】
[X線残留応力測定用基準片の残留応力]
本発明において、X線残留応力測定用基準片の残留応力は、-55MPa~55MPaであることが好ましく、-25MPa~25MPaであることがより好ましく、-10MPa~10MPaであることがさらに好ましい。
【実施例】
【0021】
以下に実施例を示して本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0022】
[ショットピーニング(SP)]
SCM、SUP、SPCC、SPHC、S10Cに対し、表1に示す条件でショットピーニング(SP)を行い、金属材料の表面にナノ結晶層を形成した。
【0023】
[焼鈍(熱処理)]
次に、表1に示す条件で焼鈍(熱処理)を行い、応力の除去を行った。
【0024】
なお、表1の欄に「-」と記載されているものは、該当する処理が行われていないことを示している。
【0025】
それぞれについて、特開2017-009356号公報に記載されている残留応力測定装置を用い、残留応力の測定を行った。結果を表1に示す。
【0026】