(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-18
(45)【発行日】2022-04-26
(54)【発明の名称】化合物及びトラクション油
(51)【国際特許分類】
C07C 11/21 20060101AFI20220419BHJP
C10M 105/04 20060101ALI20220419BHJP
C10N 30/00 20060101ALN20220419BHJP
C10N 30/06 20060101ALN20220419BHJP
C10N 40/04 20060101ALN20220419BHJP
【FI】
C07C11/21 CSP
C07C11/21 ZNA
C10M105/04
C10N30:00 Z
C10N30:06
C10N40:04
(21)【出願番号】P 2018045352
(22)【出願日】2018-03-13
【審査請求日】2021-01-19
(31)【優先権主張番号】P 2017106008
(32)【優先日】2017-05-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000002336
【氏名又は名称】一般財団法人生産開発科学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】浅野 真菜
(72)【発明者】
【氏名】久野 斉
(72)【発明者】
【氏名】梅野 太輔
(72)【発明者】
【氏名】李 伶
(72)【発明者】
【氏名】眞岡 孝至
【審査官】奥谷 暢子
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2011/0104806(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0041120(US,A1)
【文献】OKADA S. et al.,Hydrocarbon Production by the Yayoi, a New Strain of the Green Microalga Botryococcus braunii,Applied Biochemistry and Biotechnology,1997年,67,79-86
【文献】彼谷邦光,微細藻類オイルの化学,日本微生物資源学会誌,2010年,26, 1,1-10
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C
C10M
C10N
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1A)又は式(1B)で表される化合物。式(1A)及び式(1B)におけるRは、
炭素数1のアルキル基である。
【化1】
【請求項2】
式(2A)又は式(2B)で表される化合物。式(2A)及び式(2B)におけるRは、
炭素数1のアルキル基である。
【化2】
【請求項3】
式(3A)又は式(3B)で表される化合物。式(3A)及び式(3B)におけるRは、
炭素数1のアルキル基である。
【化3】
【請求項4】
請求項1~
3のいずれか1項に記載の化合物を含むトラクション油。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は化合物及びトラクション油に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ボトリオコッセンは、バイオ燃料等の様々な用途への利用が研究されている。ボトリオコッセンは、化学合成が困難な天然化合物である。非特許文献1には、ボトリオコッセンの合成に関する遺伝子を酵母に導入することによってボトリオコッセンを合成する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Tom D. Niehausら、「Identification of unique mechanisms for triterpene biosynthesis in Botryococcus braunii」、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.、2011年、第108巻、p.12260-12265
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ボトリオコッセンを、トラクション機構用のトラクション油として用いることが考えられる。しかしながら、従来のボトリオコッセンは、トラクション係数が十分に大きくなかった。本開示は、トラクション係数が大きい化合物及びトラクション油を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示の一態様は、式(1A)又は式(1B)で表される化合物。式(1A)及び式(1B)におけるRは、水素原子、及び炭素数1~3のアルキル基のうちのいずれかである。
【0006】
【化1】
本開示の一態様である化合物はトラクション係数が大きい。
【0007】
本開示の他の態様は、式(2A)又は式(2B)で表される化合物である。式(2A)及び式(2B)におけるRは水素原子、及び炭素数1~3のアルキル基のうちのいずれかである。
【化2】
本開示の他の態様である化合物はトラクション係数が大きい。
【0008】
本開示の他の態様は、式(3A)又は式(3B)で表される化合物。式(3A)及び式(3B)におけるRは、水素原子、及び炭素数1~3のアルキル基のうちのいずれかである。
【化3】
本開示の他の態様である化合物はトラクション係数が大きい。
なお、特許請求の範囲に記載した括弧内の符号は、一つの態様として後述する実施態様に記載の具体的手段との対応関係を示すものであって、本開示の技術的範囲を限定するものではない。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】pUC18m-MHSSL1his-MHSSL3hisを表す説明図である。
【
図2】pAC-CrtE-idiを表す説明図である。
【
図3】部位特異的変異導入の方法を表す説明図である。
【
図4】形質転換体を作成する方法を表す説明図である。
【
図5】抽出した脂質の分析結果を表す説明図である。
【
図6】培地あたりのBO合成量を表すグラフである。
【
図8】鎖状炭化水素の分子量とトラクション係数との関係を表す説明図である。
【
図9】pUC18Nm-ssl1(S207V)-ssl3(S199V, F285A)-fds(Y81A,V157A)を表す説明図である。
【
図10】pACmod-idiを表す説明図である。
【
図11】部位特異的変異を作成する方法を表す説明図である。
【
図12】形質転換体の作成方法、及び脂質抽出・分析方法を表す説明図である。
【
図13】C45ボトリオコッセンについてのHPLCの結果を表す説明図である。
【
図14】C35ボトリオコッセンについてのHPLCの結果を表す説明図である。
【
図15】C35ボトリオコッセンについてのマススペクトルを表す説明図である。
【
図16】C35ボトリオコッセンについての13C-NMRの結果を表す説明図である。
【
図17】C35ボトリオコッセンについてのH-NMRの結果を表す説明図である。
【
図18】C40ボトリオコッセンについてのHPLCの結果を表す説明図である。
【
図19】C40ボトリオコッセンについてのマススペクトルを表す説明図である。
【
図20】C40ボトリオコッセンについての13C-NMRの結果を表す説明図である。
【
図21】C40ボトリオコッセンについてのH-NMRの結果を表す説明図である。
【
図22】C45ボトリオコッセンについてのHPLCの結果を表す説明図である。
【
図23】C45ボトリオコッセンについてのマススペクトルを表す説明図である。
【
図24】C45ボトリオコッセンについての13C-NMRの結果を表す説明図である。
【
図25】C45ボトリオコッセンについてのH-NMRの結果を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本開示の実施態様を説明する。
1.第1の化合物の構成
本開示の第1の化合物は式(1A)又は式(1B)で表される。式(1A)及び式(1B)におけるRは、水素原子、及び炭素数1~3のアルキル基のうちのいずれかである。
【化1】
【0011】
第1の化合物の例として、式(4A)又は式(4B)で表される化合物が挙げられる。式(4A)で表される化合物は、式(1A)で表される化合物において、Rを炭素数1のアルキル基としたものである。式(4B)で表される化合物は、式(1B)で表される化合物において、Rを炭素数1のアルキル基としたものである。式(4A)又は式(4B)で表される化合物はC35ボトリオコッセンである。
【化4】
【0012】
2.第2の化合物及び第3の化合物の構成
本開示の第2の化合物は式(2A)又は式(2B)で表される。式(2A)及び式(2B)におけるRは、水素原子、及び炭素数1~3のアルキル基のうちのいずれかである。
【化2】
【0013】
第2の化合物の例として、式(5A)又は式(5B)で表される化合物が挙げられる。式(5A)で表される化合物は、式(2A)で表される化合物において、Rを炭素数1のアルキル基としたものである。式(5B)で表される化合物は、式(2B)で表される化合物において、Rを炭素数1のアルキル基としたものである。式(5A)又は式(5B)で表される化合物はC40ボトリオコッセンである。
【化5】
【0014】
本開示の第3の化合物は式(3A)又は式(3B)で表される。式(3A)及び式(3B)におけるRは、水素原子、及び炭素数1~3のアルキル基のうちのいずれかである。
【化3】
【0015】
第3の化合物の例として、式(6A)又は式(6B)で表される化合物が挙げられる。式(6A)で表される化合物は、式(3A)で表される化合物において、Rを炭素数1のアルキル基としたものである。式(6B)で表される化合物は、式(3B)で表される化合物において、Rを炭素数1のアルキル基としたものである。式(6A)又は式(6B)で表される化合物はC45ボトリオコッセンである。
【化6】
【0016】
3.トラクション油の構成
トラクション油は、第1の化合物、第2の化合物、及び第3の化合物から成る群から選択される1以上を含む。トラクション油は、第1の化合物、第2の化合物、及び第3の化合物のいずれでもない成分をさらに含んでいてもよい。トラクション油は、例えば、第1の化合物、第2の化合物、及び第3の化合物から成る群から選択される1以上を主成分とする。主成分とは、質量比において、トラクション油の50質量%以上を占めることを意味する。
【0017】
4.実施例1
4.1 変異株の作製
4.1.1 ベクターの作成
pUC18をベースとし、定常プロモータの下流に、MH1株由来のボトリオコッセン合成酵素を挿入し、ベクター(以下では、pUC18m-MHSSL1his-MHSSL3hisとする)を得た。MH1株由来のボトリオコッセン合成酵素は、MHSSL-1、MHSSL-3である。なお、MHSSL-1を、SSL1またはSSL-1と表記することもある。また、MHSSL-3を、SSL3またはSSL-3と表記することもある。
【0018】
SSL1、SSL3は、ともに、C末端にHis
6(ヒスチジンタグ)を付している。SSL1、SSL3については後述する。pUC18m-MHSSL1his-MHSSL3hisを
図1に示す。pUC18m-MHSSL1his-MHSSL3hisの核酸塩基配列は配列番号1の配列である。MHSSL-1により変換されるアミノ酸の配列を配列番号8に示す。MHSSL-3により変換されるアミノ酸の配列を配列番号9に示す。
【0019】
また、pACYC184をベースとして作製したpAC-CrtE(Furubayshi, et al., Nature Communications:(2015))では、lacプロモータ(operatorフリー)の下流にCrtE遺伝子(Pantoea ananatis由来のCrtE遺伝子)が構成的発現する構成となっている。このプラスミドに、lacP/lacO-人工rbs-Isopentenyl diphosphate isomerase (IDI、大腸菌由来)を挿入し、ベクター(以下では、pAC-CrtE-idiとする)を得た。pAC-CrtE-idiを
図2に示す。pAC-CrtE-idiの核酸塩基配列は配列番号2の配列である。
SSL1、SSL3は以下の方法で得られる。
【0020】
(1)野生株の培養と選抜
・野生株の単離
株の採集場所:愛知県みよし市保田ヶ池
培地:AF-6培地
培養期間:1か月
上記条件で採集、培養したボトリオコッカス・ブラウニー株の中で、容器内で水面上に浮いた細胞をピペットで単離した。
【0021】
・株の培養
通気条件:1%CO2
光源:蛍光灯
培地:AF-6培地
上記条件で培養し増殖させた。
【0022】
・オイル分析
抽出溶媒:ヘキサン
増殖した藻体にヘキサンを添加し、オイル成分を抽出した。
GC-MSにてオイルを定性分析し、ボトリオコッセンを生産する株を選抜し、MH1株と名付けた。
【0023】
・選抜株の培養
株名:MH1株
培養容器:1Lガラス培養瓶
期間:3週間
培地:AF-6培地
通気条件:1%CO2
温度:25℃室温
光量:150μmol photons/m2/sec
上記培養条件下で通気培養し、培養開始から14日目の培養液を80mL回収しRNA抽出に用いた。
【0024】
(2)RNA抽出
・細胞の回収
回収した培養液を9000rpm 15分間遠心分離し、上清を捨てた。
滅菌水を加え撹拌し、再度遠心分離し上清を捨てた。
細胞を含む沈殿物を凍結用のチューブへ移し、液体窒素で凍結させたのちに-80℃で保管した。
【0025】
・RNA抽出
使用キット:QIAGEN社製のRNeasy Plant Mini Kit
付属のプロトコールに従ってRNA抽出を実施した。(ただし下記ではプロトコールからの抜粋を一部修正している。)
【0026】
(i)-80℃で保管したサンプル 50mg程度を液体窒素中で凍結を維持した状態ですりつぶした。
(ii)すりつぶしたサンプルを液体窒素の入った2mLチューブに移し、100mgのサンプルに対してBuffer RLT 450 μlを添加し、ボルテックスで激しく撹拌した。
(iii)2 mlのコレクションチューブにセットしたQIAshredderスピンカラム(薄紫色)にライセートを添加し、20000 x gで2分間遠心操作した。QIAshredderからのろ液の上清を、コレクションチューブ中の細胞破片ペレットを乱さないように新しいチューブに移した。
(iv)清澄化したライセートに1:1となるようにRNA専用のエタノール(96~100%)を添加し、すぐに ピペッティングにより混和した。サンプル650 μLを、2 mlコレクションチューブにセッティングしたRNeasyスピンカラム(ピンク)にアプライした。
(v)蓋を静かに閉めて、8000 x gで15秒間遠心操作し、ろ液を捨てた。
【0027】
(vi)700 μlのBuffer RW1をRNeasyスピンカラムに添加した。
(vii)蓋を静かに閉め、スピンカラム・メンブレン洗浄のために8000 x gで15秒間遠心し、ろ液を捨てた。
(viii)RNeasyスピンカラムに500 μlのBuffer RPEを添加した。
(iX)蓋を静かに閉め、スピンカラム・メンブレン洗浄のために8000 x gで15秒間遠心し、ろ液を捨てた。
(x)前記(viii)~(ix)の操作をもう一度繰り返した。
(xi)RNeasyスピンカラムを新しい1.5 mlコレクションチューブにセットした、RNaseフリー水50 μlを直接スピンカラム・メンブレンに添加した。
(xii)蓋を静かに閉め、8000 x gで 1分間遠心操作を行ない、 RNAを溶出した。
(xiii)溶出した液をMH1株のトータルRNAとして得た。
【0028】
(3)シーケンスライブラリーの作製
使用キット:イルミナ社製 TruSeq Small RNA Sample Prep Kit及びTruSeq RNA Sample Preparation Kit v2
使用試薬:
タカラバイオ社製 アルカリホスファターゼ
タカラバイオ社製 T4ポリヌクレオチドキナーゼ
NEB社製 T4 RNA ligase 2,truncated
【0029】
(i)抽出したトータルRNA 8μgからPolyA+ RNAを単離した。
(ii)PolyA+ RNAを断片化し、アルカリホスファターゼで処理した後、ATPとT4ポリヌクレオチドキナーゼを用い、5’末端をリン酸化した。
(iii)リン酸化処理したRNA断片の3’末端にT4 RNA ligase 2,truncatedを用いてRNA 3‘アダプターを連結した後、5’末端にATPとT4 RNAリガーゼを用いてRNA 5’アダプターを連結した。
(iv)RNA 3‘アダプターを認識するプライマーを用いた転写反応により、一本鎖cDNAを合成した。合成した一本鎖cDNAを鋳型とし、インデックス付プライマーを用いて15サイクルのPCRによる増幅を行った。得られたPCR産物を、6%ポリアクリルアミドゲルを用い電気泳動によりサイズ選別し、シーケンスライブラリーとした。
(v)作製されたシーケンスライブラリーの品質をAgilent 2100 Bioanalyzerを用いて測定した。
(vi)シーケンスライブラリーのピークサイズは308bpのシングルピークであり、濃度は16.8nmol/lであった。
【0030】
(4)塩基配列の獲得
・塩基配列の獲得
作製したシーケンスライブラリーを用いて、鋳型DNAの塩基配列を取得した。
表1のイルミナ社のマニュアルを参考に、表2に記載のイルミナ社の機器、試薬、ソフトウェアを用いてシーケンスデータを解析し、fastq形式ファイルとして出力した。
シーケンスデータの解析により、リード数102,018,468個、解析鎖長10,201,846,800bpの塩基配列情報を得た。
【0031】
【0032】
【0033】
・De novoアセンブリ
使用ソフトウェア:株式会社CLCバイオジャパン社製 CLC Genomics Workbench 6.5.1
上記ソフトウェアを用い、fastq形式のファイルを読み込み、ペア配列に変換した後、低クオリティー部分の配列、N表示される塩基の配列、75塩基以下の配列を除去し、フィルタリングを行った。
その後、ペアが壊れた配列、重複断片を除去し、de novoアセンブリにより、308bpの35,809種類のコンティグを作製した。
De novoアセンブリの条件は以下である。
【0034】
De novoアセンブリの条件
Ambiguous trim = Yes
Ambiguous limit = 0
Quality trim = Yes
Quality limit = 0.00035
Create report = Yes
Save discarded sequences = No
Remove 5’ terminal nucleotides = No
Maximum number of nucleotides in reads = 1,000
Minimum number of nucleotides in reads = 97
Discard short reads = Yes
Remove 3’ terminal nucleotides = No
Discard long reads = Yes
Save broken pairs = No
【0035】
・該当配列の獲得
プレスクアレン二リン酸合成酵素遺伝子としてshowa株由来のSSL-1遺伝子(SHSSL-1遺伝子と称する)(GenBank:HQ585058.1)、ボトリオコッセン合成酵素遺伝子としてshowa株由来のSHSSL-3(GenBank:HQ585060.1)遺伝子が知られている。
得られたコンティグをもとにBLAST Databaseを構築し、既知のSHSSL-1遺伝子及びSHSSL-3遺伝子をクエリー配列とし、TBLASTXを用いた相同遺伝子検索を行った。それぞれの全長ORFと89%、87%の相同性を持つ配列を得ることができた。
以上のようにして、MH1株から単離したSSL-1遺伝子(MHSSL-1遺伝子と称する)およびSSL-3遺伝子(MHSSL-3遺伝子と称する)が得られた。SSL-1遺伝子(MHSSL-1)の核酸塩基配列は配列番号6である。SSL-3遺伝子(MHSSL-3)の核酸塩基配列は配列番号7である。
【0036】
4.1.2 一塩基置換の方法
4.1.2.1 プライマー
SSL3に対し、ヒトスクアレン合成酵素のサイズ特異性を大きなサイズのものにシフトさせた変異を導入した。変異はヒトスクアレン合成酵素のF288Aに相当し、SSL3ではF285Aとなる。使用したプライマーは、ssl3-F285A F(配列番号3)とssl3-F285A R(配列番号4)とである。
【0037】
4.1.2.2 部位特異的変異導入の方法
部位特異的変異を、
図3に示す方法で作成した。すなわち、SSL3にF285Aアミノ酸置換つまりヒトスクアレン合成酵素のF288A相当のアミノ酸置換を導入した。この方法は、FASTR法である。導入後の核酸塩基配列は配列番号5の配列である。導入後の核酸塩基配列に対応するアミノ酸配列は配列番号10である。
【0038】
4.1.2.3 PCR条件
PCR条件は以下のとおりとした。
KOD Plus Ver2 TYB、KOD-211、使用量 1 U
10 × KOD Plus Ver2 buffer
組成: 60 mM (NH4)2SO4, 100 mM KCl, 1.2 M Tris-HCl(pH 8.8 at 25℃), 1% Triton X-100, 0.01% BSA, MgSO4:1.5 mM,dNTP:0.2 mM
温度プロトコル:94℃(5 min) → {94℃(15 sec)/51℃(15 sec)/68℃(5 mins)} x 25 cycles → 68℃ (10sec)
PCR増幅率:25倍(template濃度:100 ng, 最終収率: 2500 ng)
【0039】
4.1.3 形質転換方法
4.1.3.1 コンピテントセル
コンピテントセルは、XL1Blue株(Stratagene)である。
4.1.3.2 実験条件
図4に示すプラスミドをそれぞれ、pAC-CrtEidi とともにXL1Blue株に導入し、形質転換体を作成した。この形質転換体のコロニーを形成した。
【0040】
4.2 大腸菌培養
4.2.1 プレ培養
生えてきたコロニーをLB (Car/Cm) 培地2 mLに植菌し、37℃で一晩前培養した。
4.2.2 本培養
プレ培養液をそれぞれ、TB (Car/Cm) 培地10 mLに1/100希釈して植菌し、50 mL遠沈管で本培養開始した。30℃で48 h培養後、培養液を遠心集菌し、細胞ペレットを回収した。
【0041】
4.3 脂質抽出・分析方法
4.3.1 抽出方法
細胞ペレットをボルッテックスした後、acetone 10 mLで細胞中の脂画分を抽出した。hexane 1mL、1% NaClaq 35 mLを加え抽出物をhexaneに濃縮した。hexane相を取り無水MgSO4で水を除去した後,800 uLのhexane相を取った。その後hexaneを真空乾燥させ、 THF:methanol (6:4) 15 μLを用いて再溶解した。
【0042】
4.3.2 分析方法
再溶解液10 μLを Shimadzu Prominence HPLC-MS(APCI) system にて分析した。検出はセミミクロ検出機フォトダイオードアレイ(UV=205 nm)、分析カラムはShim-pack FC-ODS(75mm L. x 2.0mm I.D., 3.0μm)を用いた。移動相にはMeOH 100%を用い、流量は0.4 mL/minで測定した。
【0043】
使用機器は以下のとおりである。
島津高速液体クロマトグラフ質量分析計 LCMS-2020システム
システムコントローラ CBM-20A
送液ユニット LC-30AD(2台)
オンライン脱器ユニット DGU-20ASR
オートサンプラ SIL-30AC
カラムオーブン CTO-20AC
液体クロマトグラフ質量分析計 LCMS-2020
PDA検出器 SPD-M30A
LC-MSワークステーション LabSolutions LCMS Ver.5.82
LCMS分析条件は以下のとおりである。
インターフェイス:APCI
DL温度:300℃
インターフェイス電圧:4.5 kV
インターフェイス温度:500℃
ネブライザーガス温度:300℃
ヒートプロック温度:200℃
ドライイングガス流量:15 L/min
スキャンスピード:2320 u/sec
【0044】
分析結果を
図5に示す。C35ボトリオコッセン及びC40ボトリオコッセンが確認できた。
図5においてC35-BOはC35ボトリオコッセンを表し、C40-BOはC40ボトリオコッセンを表す。
図5においてa)及びb)は、CrtE発現した場合の生産物分析の結果である。
図5においてc)は、CrtE発現していない場合の生産物分析の結果である。
培地あたりの合成量を
図6に示す。
図6において、「坂口」とは坂口フラスコで培養した大腸菌を用いたことを示す。「2L」、「1L」とは、それぞれ、2L三角フラスコ、1L三角フラスコで培養した大腸菌を用いたことを示す。「gly」とは、培地中にグリセロールが含まれることを示す。
【0045】
また、HPLCを再度行った。C35ボトリオコッセンについてのHPLCの結果を
図14に示す。C40ボトリオコッセンについてのHPLCの結果を
図18に示す。
C35ボトリオコッセンについてのマススペクトルを
図15に示す。C40ボトリオコッセンについてのマススペクトルを
図19に示す。
C35ボトリオコッセンについての13C-NMRの結果を
図16及び表3に示す。C40ボトリオコッセンについての13C-NMRの結果を
図20及び表3に示す。
C35ボトリオコッセンについてのH-NMRの結果を
図17及び表3に示す。C40ボトリオコッセンについてのH-NMRの結果を
図21及び表3に示す。
【0046】
【0047】
4.4 評価試験
n-デカン、n-ドデカン、n-トリデカン、n-テトラデカン、n-ペンタデカン、n-ヘキサデカン、1-テトラデセン、1-ヘキサデセン、スクワレン、スクワラン、及びC34ボトリオコッセンをトラクション油として使用し、以下の方法でトラクション係数を測定した。 n-デカン、n-ドデカン、n-トリデカン、n-テトラデカン、n-ペンタデカン、n-ヘキサデカン、1-テトラデセン、1-ヘキサデセン、スクワレン、及びスクワランは和光純薬工業株式会社から購入したものである。C34ボトリオコッセンは、公知の方法で藻から抽出されたものである。
【0048】
測定には、
図7に示すボール/ディスクEHL試験機(以下では試験機1とする)を用いた。この試験機1は、PCSinstrument社製のMTM2(Mini traction machine)である。試験機1は、オイル槽3と、ディスクユニット5と、ボールユニット7と、を備える。
オイル槽3は上方が開口した槽である。ディスクユニット5は、ディスク9と、軸11と、図示しない駆動部とを備える。ディスク9はオイル槽3内に収容されている。ディスク9は鋼製である。軸11はディスク9の中心に取り付けられている。軸11は鉛直方向に沿って延びている。ディスク9及び軸11は、駆動部が供給する駆動力により、軸11を中心として
図7に示すRa方向に回転可能である。
【0049】
ボールユニット7は、ボール13と、軸15とを備える。軸15はボール13の中心を通るように、ボール13を貫く。ボール13は、ディスク9の上面のうち、ディスク9の中心から外れた位置に接する。ボール13及び軸15は、
図1に示すRb方向に回転可能である。
【0050】
オイル槽3にトラクション油17を収容する。ディスク9の全体がトラクション油17に浸漬される。ディスク9とボール13との接点もトラクション油17の中にある。ディスク9を回転させる。このとき、ボール13の回転はフリー状態である。ボール13はディスク9に対し滑り運動をする。ボール13に対し、ディスク9に向けて押し付ける方向の荷重Wを加える。このとき、ボール13に対し、ディスク9の周方向の伝達力Fが発生する。伝達力Fをロードセルで検出する。伝達力Fを荷重Wで除した値をトラクション係数とする。
【0051】
具体的な測定条件は以下のとおりとした。
・3/4″ball、3/4”ball用disc
・周速0.5m/s
・荷重37N、面圧1.0GPa
【0052】
測定結果を
図8に示す。
図8では、鎖状炭化水素の分子量(炭素原子の数)とトラクション係数との関係を示している。この測定結果は、鎖状炭化水素の分子量が大きい(炭素原子の数が多い)ほど、トラクション係数が大きくなる傾向を示している。C34ボトリオコッセンのトラクション係数は0.091であった。本願発明のC35ボトリオコッセンまたはC40ボトリオコッセンを本評価試験に供すると、トラクション係数は0.091を超える数値が試験結果として得られる。
【0053】
5.実施例2
C45ボトリオコッセンを製造した。製造方法は基本的には実施例1と同様であるため、実施例1との相違点について以下に説明する。
5.1 ベクターの作成
pUC18をベースとし、定常プロモータの下流に、MH1株由来のボトリオコッセン合成酵素であるSSL1、SSL3を、ともに、C末端にHis6(ヒスチジンタグ)を付して挿入した。また、SSL1に、配列番号19、20を使って、S207Vアミノ酸変異を導入し、SSL3に、配列番号21~24を使って、S199VやF285Aアミノ酸変異を導入した。
【0054】
また、pACYC184をベースに作製したpAC-FDS(Y81A,V157A) (Furubayshi, et al., Nature Communications:(2015))からFDS(Y81A,V157A)をPCR増幅させ、SSL3の下流に、lacP-lacO-AGGAGGA-fds(Y81A,V157A)の構成で挿入し、fds(Y81A, V157A)を定常的発現するベクター(以下pUC18Nm-ssl1(S207V)-ssl3(S199V, F285A)-fds(Y81A,V157A)とする)を得た。このプラスミドマップを
図9に示し、核酸塩基配列を配列番号11で示す。SSL-1により変換されるアミノ酸の配列を配列番号16に示す。
【0055】
SSL-3により変換されるアミノ酸の配列を配列番号17に示す。FDS変異体の核酸塩基配列を配列番号15に示し、変換されるアミノ酸の配列を配列番号18に示す。
また、pACYC184をベースとして作製したpACmod-idi(Katabami, et al., Journal of Bioscience and Bioengineering,(2015))では、lacプロモータの下流にlacP/lacO-人工rbs-Isopentenyl diphosphate isomerase (IDI、大腸菌由来)を挿入し、idi遺伝子を定常的に発現する構成となっている(以下では、pACmod-idiとする)。pACmod-idiを
図10に示し、核酸塩基配列は配列番号12の配列である。
【0056】
5.2 一塩基置換の方法
5.2.1 プライマー
SSL1に対し、ヒトスクアレン合成酵素のサイズ特異性を大きなサイズのものにシフトさせた変異を導入した。変異はヒトスクアレン合成酵素のA204Vに相当し、SSL1ではS207Vとなる。SSL3に対し、ヒトスクアレン合成酵素のサイズ特異性を大きなサイズのものにシフトさせた変異を導入した。変異はヒトスクアレン合成酵素のA204VとF288Aに相当し、SSL3ではそれぞれ、S199VやF285Aとなる。使用したプライマーは、配列番号19~24である。
【0057】
5.2.2 部位特異的変異導入の方法
部位特異的変異を、
図11に示す方法で作成した。すなわち、SSL1にS207Vを、SSL1にS199VとF285Aアミノ酸置換つまりヒトスクアレン合成酵素のA204VやF288A相当のアミノ酸置換を導入した。この方法は、FASTR法である。導入後の核酸塩基配列はそれぞれ配列番号13、14の配列である。導入後の核酸塩基配列に対応するアミノ酸配列はそれぞれ配列番号16、17である。
【0058】
5.2.3 PCR条件
PCR条件は以下のとおりとした。
KOD Plus Ver2 TYB、KOD-211、使用量 1 U
10 × KOD Plus Ver2 buffer
組成: 60 mM (NH4)2SO4, 100 mM KCl, 1.2 M Tris-HCl(pH 8.8 at 25℃), 1% Triton X-100, 0.01% BSA, MgSO4:1.5 mM, dNTP:0.2 mM
温度プロトコル:94℃(5 min) → {94℃(15 sec)/51℃(15 sec)/68℃(5 mins)} x 25 cycles → 68℃ (10sec)
CR増幅率:25倍(template濃度:100 ng, 最終収率: 2500 ng)
【0059】
5.3 形質転換方法
5.3.1 コンピテントセル
コンピテントセルは、XL1Blue株(Stratagene)である。
5.3.2 実験条件
図12に示すプラスミドをそれぞれ、pACmod-idi とともにXL1Blue株に導入し、形質転換体を作成した。この形質転換体のコロニーを形成した。
【0060】
5.4 大腸菌培養
5.4.1 プレ培養
生えてきたコロニーをLB (Car/Cm) 培地2 mLに植菌し、37℃で一晩前培養した。
5.4.2本培養
プレ培養液をそれぞれ、TB (Car/Cm) 培地100 mLに1/1000希釈して植菌し、2 L遠沈管で本培養開始した。30℃で48 h培養後、培養液を遠心集菌し、細胞ペレットを回収した。
【0061】
5.5 脂質抽出・分析方法
5.5.1 抽出方法
100 mLのうち 40 mL細胞分のペレットをボルッテックスした後、acetone 10 mLで細胞中の脂画分を抽出した。hexane 1mL、1% NaClaq 35 mLを加え抽出物をhexaneに濃縮した。hexane相を取り無水MgSO4で水を除去した後,800 uLのhexane相を取った。その後hexaneを真空乾燥させ、 THF:methanol (6:4) 15 μLを用いて再溶解した。
【0062】
5.5.2 分析方法
再溶解液10 μLを Shimadzu Prominence HPLC-MS(APCI) system にて分析した。検出はセミミクロ検出機フォトダイオードアレイ(UV=205 nm)、分析カラムはShim-pack FC-ODS(75mm L. x 2.0mm I.D., 3.0μm)を用いた。移動相にはMeOH 100%を用い、流量は0.4 mL/minで測定した。
【0063】
使用機器は以下のとおりである。
島津高速液体クロマトグラフ質量分析計 LCMS-2020システム
システムコントローラ CBM-20A
送液ユニット LC-30AD(2台)
オンライン脱器ユニット DGU-20ASR
オートサンプラ SIL-30AC
カラムオーブン CTO-20AC
液体クロマトグラフ質量分析計 LCMS-2020
PDA検出器 SPD-M30A
LC-MSワークステーション LabSolutions LCMS Ver.5.82
LCMS分析条件は以下のとおりである。
インターフェイス:APCI
DL温度:300℃
インターフェイス電圧:4.5 kV
インターフェイス温度:500℃
ネブライザーガス温度:300℃
ヒートプロック温度:300℃
ドライイングガス流量:15 L/min
スキャンスピード:2320 u/sec
【0064】
分析結果を
図13に示す。C30ボトリオコッセン及びC45ボトリオコッセンが確認できた。
図13においてC30-BOはC30ボトリオコッセンを表し、C45-BOはC45ボトリオコッセンを表す。
図13においてa)及びb)は、CrtE発現した場合の生産物分析の結果である。
図13においてc)は、CrtE発現していない場合の生産物分析の結果である。
【0065】
C45ボトリオコッセンについての詳細なHPLCの結果を
図22に示す。C45ボトリオコッセンについてのマススペクトルを
図23に示す。C45ボトリオコッセンについての13C-NMRの結果を
図24及び表4に示す。C45ボトリオコッセンについてのH-NMRの結果を
図25及び表4に示す。
【0066】
【0067】
<他の実施態様>
以上、本開示の実施態様について説明したが、本開示は上述の実施態様に限定されることなく、種々修飾等を加えて実施することができる。
(1)C35ボトリオコッセン、C40ボトリオコッセン、及びC45ボトリオコッセンは、トラクション油以外の用途に使用してもよい。
【0068】
(2)上記実施態様における1つの構成要素が有する複数の機能を、複数の構成要素によって実現したり、1つの構成要素が有する1つの機能を、複数の構成要素によって実現したりしてもよい。また、複数の構成要素が有する複数の機能を、1つの構成要素によって実現したり、複数の構成要素によって実現される1つの機能を、1つの構成要素によって実現したりしてもよい。また、上記実施態様の構成の一部を省略してもよい。また、上記実施態様の構成の少なくとも一部を、他の上記実施態様の構成に対して付加又は置換してもよい。なお、特許請求の範囲に記載した文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施態様である。
【0069】
(3)上述した化合物及びトラクション油の他、当該化合物及びトラクション油を構成要素とするシステム、化合物の製造方法、トラクション油の製造方法等、種々の態様で本開示を実現することもできる。
【符号の説明】
【0070】
1…試験機、3…オイル槽、5…ディスクユニット、7…ボールユニット、9…ディスク、11…軸、13…ボール、15…軸、17…トラクション油
【配列表】