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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-18
(45)【発行日】2022-04-26
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220419BHJP
   B23B 51/00 20060101ALI20220419BHJP
   B23C 5/16 20060101ALI20220419BHJP
   C23C 16/30 20060101ALI20220419BHJP
   C23C 16/32 20060101ALI20220419BHJP
   C23C 16/34 20060101ALI20220419BHJP
   C23C 16/36 20060101ALI20220419BHJP
   C23C 16/38 20060101ALI20220419BHJP
   C23C 16/40 20060101ALI20220419BHJP
【FI】
B23B27/14 A
B23B51/00 J
B23C5/16
C23C16/30
C23C16/32
C23C16/34
C23C16/36
C23C16/38
C23C16/40
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019006932
(22)【出願日】2019-01-18
(65)【公開番号】P2020116645
(43)【公開日】2020-08-06
【審査請求日】2019-09-27
【審判番号】
【審判請求日】2021-06-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】福島 直幸
【合議体】
【審判長】河端 賢
【審判官】貞光 大樹
【審判官】田々井 正吾
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-196726(JP,A)
【文献】特開平8-158052(JP,A)
【文献】特表2017-530019(JP,A)
【文献】特開2009-56538(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B27/14
B23B51/00
B23C 5/16
C23C16/00-16/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層が、下部層と、中間層と、上部層とを、前記基材側からこの順序で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層以上有し、前記中間層が、α型Al23からなるα型Al23層を有し、前記上部層が、TiCNからなるTiCN層を有し、
前記被覆層の平均厚さが、5.0μm以上30.0μm以下であり、前記上部層の平均厚さが、1.0μm以上6.0μm以下であり、
前記基材の表面と垂直な断面において、前記上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合が60面積%以上95面積%以下であり、
前記上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子において、方位差Aが下記式(1)で表される条件を満たす、被覆切削工具。
40≦RSA1≦90 (1)
(式中、RSA1は、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、前記基材の表面の法線と前記上部層におけるTiCN層の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
【請求項2】
前記RSA1が、60面積%以上90面積%以下である、請求項1に記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対して、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合をRSA1、方位差Aが10度以上20度未満である粒子の断面積の割合をRSA2、方位差Aが20度以上30度未満である粒子の断面積の割合をRSA3、及び方位差Aが30度以上45度以下である粒子の断面積の割合をRSA4とした場合、前記RSA1が最も大きく、前記RSA4が2番目に大きい、請求項1又は2に記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記中間層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下である、請求項1~3のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記下部層が、TiNからなるTiN層、TiCからなるTiC層、TiCNからなるTiCN層、TiCNOからなるTiCNO層、TiONからなるTiON層、及びTiB2からなるTiB2層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、超硬合金からなる基材の表面に化学蒸着法により3~20μmの総膜厚で被覆層を蒸着形成してなる被覆切削工具が、鋼や鋳鉄等の切削加工に用いられていることは、よく知られている。上記の被覆層としては、例えば、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物及び炭窒酸化物並びに酸化アルミニウムからなる群より選ばれる1種の単層又は2種以上の複層からなる被覆層が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、超硬合金、サーメット、セラミック、鋼又は立方晶窒化ホウ素の基材、及び総コーティング膜厚が5から25μmであり、化学蒸着法(CVD)又は中温化学蒸着法(MT-CVD)により蒸着された少なくとも2つの耐火コーティング層を含む多層耐摩耗性コーティングからなり、少なくとも2つの耐火コーティング層が、互いの上に蒸着された第1のコーティング層及び第2のコーティング層を含むコーティング切削工具であって、第1のコーティング層が、窒化チタンアルミニウム又は炭窒化チタンアルミニウムTi1-uAluvw(0.2≦u≦1.0、0≦v≦0.25及び0.7≦w≦1.15)からなり、600℃から900℃の範囲の反応温度でCVDによって蒸着され、第2のコーティング層が、炭窒化チタンTixy1-y(0.85≦x≦1.1及び0.4≦y≦0.85)からなり、600℃から900℃の範囲の反応温度でMT-CVDによって第1のコーティング層の上に蒸着され、第2のTixy1-yコーティング層が、柱状の粒形態を有し、Tixy1-yコーティング層の全体の繊維集合組織が、集合組織係数TC(111)>2によって特徴づけられ、TC(111)が、以下の通りに定義される:(式中、(hkl)=(hkl)反射の測定強度I0(hkl)=JCPDFカード番号42-1489による標準粉体回折データの標準強度n=計算に用いられる反射の数で、(hkl)反射には(111)、(200)、(220)及び(311)が用いられる)コーティング切削工具が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2017-530019号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年の切削加工では、高速化、高送り化及び深切り込み化がより顕著となり、従来よりも工具の耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが求められている。特に、近年、鋼の高速切削等、被覆切削工具に負荷が作用するような切削加工が増えており、かかる過酷な切削条件下において、従来の工具では被覆層の粒子の脱落に起因したクレータ摩耗及び欠損が生じる。これが引き金となって、工具寿命を長くできないという問題がある。
【0006】
特許文献1に記載の被覆切削工具では、α型Al23層を有していないため、耐クレータ摩耗性が不十分である。また、通常、被覆切削工具の被覆層において、α型Al23層の上層にTiCN層を形成する場合は、炭素源としてCH4ガスを使用するため、TiCN層の組織は粒状である。このため、TiCN層において配向を制御するのが困難であったり、上部層のTiCN層の粒子の脱落に起因したチッピングが生じるので、厚膜のTiCN層を形成することが困難である。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上述の観点から、被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆層として、Ti化合物層を1層以上有する下部層と、α型Al23層を有する中間層と、TiCN層を有する上部層とをこの順で含み、α型Al23層を有する中間層の表面に、アスペクト比及び(111)面の方位差を制御した特定のTiCNの粒子を特定の割合で有する上部層を特定の厚さとなるような構成にすると、上部層のTiCN層の粒子の脱落を抑制することができるので、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、
前記被覆層が、下部層と、中間層と、上部層とを、前記基材側からこの順序で含み、
前記下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層以上有し、前記中間層が、α型Al23からなるα型Al23層を有し、前記上部層が、TiCNからなるTiCN層を有し、
前記被覆層の平均厚さが、5.0μm以上30.0μm以下であり、前記上部層の平均厚さが、1.0μm以上6.0μm以下であり、
前記基材の表面と垂直な断面において、前記上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合が60面積%以上95面積%以下であり、
前記上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子において、方位差Aが下記式(1)で表される条件を満たす、被覆切削工具。
40≦RSA1≦90 (1)
(式中、RSA1は、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、前記基材の表面の法線と前記上部層におけるTiCN層の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
[2]
前記RSA1が、60面積%以上90面積%以下である、[1]に記載の被覆切削工具。
[3]
前記方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対して、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合をRSA1、方位差Aが10度以上20度未満である粒子の断面積の割合をRSA2、方位差Aが20度以上30度未満である粒子の断面積の割合をRSA3、及び方位差Aが30度以上45度以下である粒子の断面積の割合をRSA4とした場合、前記RSA1が最も大きく、前記RSA4が2番目に大きい、[1]又は[2]に記載の被覆切削工具。
[4]
前記中間層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下である、[1]~[3]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[5]
前記下部層の平均厚さが、3.0μm以上15.0μm以下である、[1]~[4]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[6]
前記下部層が、TiNからなるTiN層、TiCからなるTiC層、TiCNからなるTiCN層、TiCNOからなるTiCNO層、TiONからなるTiON層、及びTiB2からなるTiB2層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含む、[1]~[5]のいずれかに記載の被覆切削工具。
[7]
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[6]のいずれかに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有することによって、工具寿命を延長することができる被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、必要に応じて図面を参照しつつ、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
本実施形態の被覆切削工具は、基材と、該基材の表面に形成された被覆層とを備える被覆切削工具であって、被覆層が、下部層と、中間層と、上部層とを、前記基材側からこの順序で含み、下部層が、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層以上有し、中間層が、α型Al23からなるα型Al23層を有し、上部層が、TiCNからなるTiCN層を有し、被覆層の平均厚さが、5.0μm以上30.0μm以下であり、上部層の平均厚さが、1.0μm以上6.0μm以下であり、基材の表面と垂直な断面において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合が60面積%以上95面積%以下であり、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子において、方位差Aが下記式(1)で表される条件を満たす。
40≦RSA1≦90 (1)
(式中、RSA1は、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、基材の表面の法線と上部層におけるTiCN層の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
【0014】
本実施形態の被覆切削工具は、上記の構成を備えることにより、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることができ、その結果、工具寿命を延長することができる。本実施形態の被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性が向上する要因は、以下のように考えられる。ただし、本発明は、以下の要因により何ら限定されない。すなわち、まず、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の下部層として、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層以上有する。本実施形態の被覆切削工具は、基材とα型酸化アルミニウム(α型Al23)からなるα型Al23層を有する中間層との間に、このような下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、α型Al23層を有する中間層よりも外層にTiCN層を有する上部層を有することにより、α型Al23層よりも先に上部層のTiCN層が被削材と接触することになる。これにより、本実施形態の被覆切削工具は、特に切削温度が上昇するまでのα型Al23層のクレータ摩耗を抑制できる。このメカニズムは明らかではないが、TiCN層の方がα型Al23層よりも低温における硬度が高いためであると推定している。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層がTiCN層を有することにより、硬さが高くなるため、耐摩耗性が向上する。さらに、本実施形態の被覆切削工具において、上部層は、アスペクト比が2以上10以下であるTiCNの粒子を含む。本実施形態の被覆切削工具において、上部層に含まれるTiCNの粒子のアスペクト比が2以上であると、上部層のTiCN層の粒子の脱落を抑制する効果が得られる。一方、上部層に含まれるTiCNの粒子のアスペクト比が10以下であると、容易に製造することができる。また、本実施形態の被覆切削工具は、基材の表面と垂直な断面において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合が60面積%以上であると、上部層のTiCN層の粒子の脱落を抑制する効果が得られる。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐チッピング性が一層向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、基材の表面と垂直な断面において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合が95面積%以下であると、容易に製造することができる。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子において、方位差Aが下記式(1)で表される条件を満たす。
40≦RSA1≦90 (1)
(式中、RSA1は、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、前記基材の表面の法線と前記上部層におけるTiCN層の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が40面積%以上であると、耐摩耗性が一層向上する。このメカニズムは明らかではないが、立方晶(111)面の場合は、最密面であるため、RSA1が40面積%以上であると、TiCN層が高密度となり、硬さが向上することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上すると推定している。一方、本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が90面積%以下であると、容易に製造することができる。また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが1.0μm以上であると、上部層を有することによる効果を得ることができ、一方、上部層の平均厚さが6.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の平均厚さが5.0μm以上であると、耐摩耗性が向上し、被覆層の平均厚さが30.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。そして、これらの構成が組み合わされることにより、本実施形態の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性が向上し、その結果、工具寿命を延長することができるものと考えられる。
【0015】
図1は、本実施形態の被覆切削工具の一例を示す断面模式図である。被覆切削工具6は、基材1と、基材1の表面に被覆層5が形成されており、被覆層5には、下部層2、中間層3、及び上部層4が基材側からこの順序で上方向に積層されている。
【0016】
本実施形態の被覆切削工具は、基材とその基材の表面に形成された被覆層とを備える。被覆切削工具の種類として、具体的には、フライス加工用若しくは旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル及びエンドミルを挙げることができる。
【0017】
本実施形態に用いる基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。そのような基材として、例えば、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体及び高速度鋼を挙げることができる。それらの中でも、基材が、超硬合金、サーメット、セラミックス又は立方晶窒化硼素焼結体のいずれかであると、耐摩耗性及び耐欠損性に更に優れるので好ましく、同様の観点から、基材が超硬合金であるとより好ましい。
【0018】
なお、基材は、その表面が改質されたものであってもよい。例えば、基材が超硬合金からなるものである場合、その表面に脱β層が形成されてもよい。また、基材がサーメットからなるものである場合、その表面に硬化層が形成されてもよい。これらのように基材の表面が改質されていても、本発明の作用効果は奏される。
【0019】
本実施形態に用いる被覆層は、その平均厚さが、5.0μm以上30.0μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、被覆層の平均厚さが5.0μm以上であると、耐摩耗性が向上し、被覆層の平均厚さが30.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、被覆層の平均厚さは、8.0μm以上25.0μm以下であることが好ましく、10.0μm以上23.0μm以下であることがより好ましく、11.5μm以上22.5μm以下であることが更に好ましい。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層及び被覆層全体の平均厚さは、各層又は被覆層全体における3箇所以上の断面から、各層の厚さ又は被覆層全体の厚さを測定して、その相加平均値を計算することで求めることができる。
【0020】
[下部層]
本実施形態に用いる下部層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなるTi化合物層を1層以上有する。本実施形態の被覆切削工具は、基材とα型酸化アルミニウム(α型Al23)層を有する中間層との間に、このような下部層を備えると、耐摩耗性及び密着性が向上する。
【0021】
Ti化合物層としては、例えば、TiCからなるTiC層、TiNからなるTiN層、TiCNからなるTiCN層、TiCOからなるTiCO層、TiCNOからなるTiCNO層、TiONからなるTiON層、及びTiB2からなるTiB2層が挙げられる。
【0022】
下部層は、1層で構成されていてもよく、複層(例えば、2層又は3層)で構成されてもよいが、複層で構成されていることが好ましく、2層又は3層で構成されていることがより好ましく、3層で構成されていることが更に好ましい。下部層は、耐摩耗性及び密着性がより一層向上する観点から、TiNからなるTiN層、TiCからなるTiC層、TiCNからなるTiCN層、TiCNOからなるTiCNO層、TiONからなるTiON層、及びTiB2からなるTiB2層からなる群より選ばれる少なくとも1種の層を含むことが好ましい。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の少なくとも1層がTiCN層であると、耐摩耗性が一層向上する傾向にある。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の少なくとも1層がTiN層であり、該TiN層を基材の表面に形成すると、密着性が一層向上する傾向にある。また、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の少なくとも1層がTiCNO層であり、該TiCNO層がα型Al23層を有する中間層と接するように形成すると、密着性が一層向上する傾向にある。下部層が3層で構成されている場合には、基材の表面に、TiC層又はTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成し、第2層の表面に、TiCNO層又はTiCO層を第3層として形成してもよい。それらの中では、下部層が基材の表面にTiN層を第1層として形成し、第1層の表面に、TiCN層を第2層として形成し、第2層の表面に、TiCNO層を第3層として形成してもよい。
【0023】
本実施形態に用いる下部層の平均厚さは、3.0μm以上15.0μm以下であることが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが3.0μm以上であることにより、耐摩耗性が一層向上する傾向にある。一方、本実施形態の被覆切削工具は、下部層の平均厚さが15.0μm以下であることにより、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、下部層の平均厚さは、4.0μm以上13.0μm以下であることがより好ましく、4.5μm以上10.5μm以下であることが更に好ましい。
【0024】
TiC層又はTiN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.05μm以上1.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、TiC層又はTiN層の平均厚さは、0.10μm以上0.50μm以下であることがより好ましく、0.15μm以上0.30μm以下であることが更に好ましい。
【0025】
TiCN層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、3.0μm以上12.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、TiCN層の平均厚さは、3.5μm以上11.0μm以下であることがより好ましく、4.0μm以上10.0μm以下であることが更に好ましい。
【0026】
TiCNO層又はTiCO層の平均厚さは、耐摩耗性及び耐欠損性を一層向上する観点から、0.1μm以上1.0μm以下であることが好ましい。同様の観点から、TiCNO層又はTiCO層の平均厚さは、0.15μm以上0.70μm以下であることがより好ましい0.20μm以上0.50μm以下であることが更に好ましい。
【0027】
Ti化合物層は、Tiと、C、N、O及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とのTi化合物からなる層であるが、下部層による作用効果を奏する限りにおいて、上記元素以外の成分を微量含んでもよい。
【0028】
[中間層]
本実施形態に用いる中間層は、α型Al23層を有する。
【0029】
本実施形態に用いる中間層の平均厚さは、3.0μm以上15.0μm以下であることが好ましい。α型Al23層を有する中間層の平均厚さが、3.0μm以上であると、被覆切削工具のすくい面における耐クレータ摩耗性が一層向上する傾向にあり、α型Al23層を有する中間層の平均厚さが、15.0μm以下であると被覆層の剥離がより抑制され、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。同様の観点から、中間層の平均厚さは、4.0μm以上13.0μm以下であることがより好ましく、5.0μm以上10.0μm以下であることが更に好ましい。
【0030】
中間層は、α型酸化アルミニウム(α型Al23)を含有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、α型酸化アルミニウム(α型Al23)以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0031】
[上部層]
本実施形態に用いる上部層は、TiCN層を有する。本実施形態の被覆切削工具は、上部層がTiCN層を有することにより、硬さが高くなるため、耐摩耗性が向上する。また、本実施形態の被覆切削工具は、TiCN層を有する上部層を、α型Al23層を有する中間層よりも外層に有する。本実施形態の被覆切削工具は、TiCN層を有する上部層を、α型Al23層を有する中間層よりも外層に有することにより、α型Al23層よりも先に上部層のTiCN層が被削材と接触することになる。これにより、本実施形態の被覆切削工具は、特に切削温度が上昇するまでのα型Al23層のクレータ摩耗を抑制できる。
【0032】
さらに、本実施形態に用いる上部層は、アスペクト比が2以上10以下であるTiCNの粒子を含む。本実施形態の被覆切削工具は、上部層に含まれるTiCNの粒子のアスペクト比が2以上であると、上部層のTiCN層の粒子の脱落を抑制する効果が得られる。一方、本実施形態の被覆切削工具は、上部層に含まれるTiCNの粒子のアスペクト比が10以下であると、容易に製造することができる。また、本実施形態の被覆切削工具は、基材の表面と垂直な断面において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合が60面積%以上95面積%以下である。本実施形態の被覆切削工具は、基材の表面と垂直な断面において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合が60面積%以上であると、上部層のTiCN層の粒子の脱落を抑制する効果が得られる。この結果、本実施形態の被覆切削工具は、耐チッピング性が一層向上する。一方、本実施形態の被覆切削工具は、基材の表面と垂直な断面において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合が95面積%以下であると、容易に製造することができる。同様の観点から、基材の表面と垂直な断面において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合は、60面積%以上93面積%以下であることがより好ましく、60面積%以上92面積%以下であることが更に好ましい。
【0033】
また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子において、方位差Aが下記式(1)で表される条件を満たす。
40≦RSA1≦90 (1)
(式中、RSA1は、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対する、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合(単位:面積%)であり、方位差Aは、基材の表面の法線と上部層におけるTiCN層の粒子の(111)面の法線とがなす角度(単位:度)である。)
本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が40面積%以上であると、耐摩耗性が一層向上する。このメカニズムは明らかではないが、立方晶(111)面の場合は、最密面であるため、RSA1が40面積%以上であると、TiCN層が高密度となり、硬さが向上することにより、被覆切削工具の耐摩耗性が向上すると推定している。一方、本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が90面積%以下であると、容易に製造することができる。同様の観点から、RSA1は、50面積%以上90面積%以下であることがより好ましく、60面積%以上90面積%以下であることが更に好ましい。
【0034】
また、本実施形態の被覆切削工具は、方位差Aが0度以上45度以下である粒子の断面積に対して、方位差Aが0度以上10度未満である粒子の断面積の割合をRSA1、方位差Aが10度以上20度未満である粒子の断面積の割合をRSA2、方位差Aが20度以上30度未満である粒子の断面積の割合をRSA3、及び方位差Aが30度以上45度以下である粒子の断面積の割合をRSA4とした場合、RSA1が最も大きく、RSA4が2番目に大きいことが好ましい。本実施形態の被覆切削工具は、RSA1が最も大きく、RSA4が2番目に大きいと、耐摩耗性に一層優れる傾向にある。このメカニズムは明らかではないが、RSA4が2番目に大きいと、方位差Aが0度以上10度未満であるTiCNの粒子のうち、方位差Aがより0度側に成長したTiCNの粒子の占める割合が高くなる傾向にあるため、被覆切削工具の耐摩耗性が一層優れる傾向にあると推定している。一方、RSA2が2番目に大きいと、方位差Aが0度以上10度未満であるTiCNの粒子のうち、方位差Aがより10度側に成長したTiCNの粒子の占める割合が高くなる傾向にある。また、同様にRSA3が2番目に大きいと、方位差Aが0度以上10度未満であるTiCNの粒子のうち、方位差Aがより10度側に成長したTiCNの粒子の占める割合が高くなる傾向にある。この差が被覆切削工具の耐摩耗性に影響を及ぼすと推定している。
【0035】
また、本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが、1.0μm以上6.0μm以下である。本実施形態の被覆切削工具は、上部層の平均厚さが1.0μm以上であると、上部層を有することによる効果を得ることができ、一方、上部層の平均厚さが6.0μm以下であると、被覆層の剥離が抑制されることに主に起因して耐欠損性が向上する。同様の観点から、上部層の平均厚さは、1.5μm以上5.9μm以下であることがより好ましく、2.0μm以上5.8μm以下であることが更に好ましい。
【0036】
本実施形態において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合は、TiCN層を有する上部層の断面組織を市販の電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)、又は透過型電子顕微鏡(TEM)に付属した電子後方散乱回折像装置(EBSD)を用いて観察することにより求めることができる。具体的には、被覆切削工具における基材の表面と垂直な断面のうちTiCN層を有する上部層の断面を鏡面研磨し、得られた鏡面研磨面を断面組織とする。TiCN層を有する上部層の断面を鏡面研磨する方法としては、特に限定されないが、例えば、ダイヤモンドペースト及び/又はコロイダルシリカを用いて研磨する方法並びにイオンミリングを挙げることができる。被覆切削工具の断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料の断面組織に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射する。EBSDにより被覆切削工具のTiCN層を有する上部層における断面組織を、測定範囲がTiCN層を有する上部層の平均厚さ×50μmの範囲、0.1μmのステップサイズで測定することが好ましい。このとき、方位差が5°以上の境界を結晶粒界とみなし、この結晶粒界によって囲まれる領域を粒子とする。ここで、結晶粒径は、被覆層の膜厚方向に直交する方向における結晶粒径を意味する。また、アスペクト比は、被覆層の膜厚方向における粒子の結晶粒径を膜厚方向に直交する方向における粒子の結晶粒径で除した値とする。この際、TiCN層を有する上部層の断面組織から結晶粒径を求めるときに、画像解析ソフトを用いてもよい。TiCN層を有する上部層の平均厚さ×50μmの範囲におけるTiCN層を有する上部層の結晶粒径を測定し、各方向の結晶粒径から全ての粒子のアスペクト比を求めることができる。ここで、TiCN層を有する上部層の平均厚さ×50μmの範囲を100面積%として、アスペクト比が2以上10以下であるTiCNの粒子の占める面積の割合を算出することができる。
【0037】
本実施形態において、RSA1、RSA2、RSA3、及びRSA4は、以下の方法により求めることができる。基材の表面と垂直な断面であって、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子において、基材の表面の法線と、上部層におけるTiCN層の粒子の(111)面の法線とがなす角度の方位差Aが0度以上45度以下である粒子断面の面積の合計(RSATotal)を100面積%とし、方位差Aが0度以上10度以下である粒子断面の面積の合計が、RSATotalに対して何面積%を占めるかを求めて、これをRSA1とすればよい。RSA(面積%)を求めるに際して、例えば、走査電子顕微鏡(SEM)、電解放射型走査電子顕微鏡(FE-SEM)等に付属した電子後方散乱解析像装置(EBSD)を用いて、各粒子の断面の面積を測定できる。EBSDを用いて、粒子の各結晶の結晶方位を特定し、特定した各結晶方位の粒子断面の面積を、例えば、5度のピッチ毎の区分に割り振り、区分毎の粒子断面の面積を求める。その後、例えば、0度以上10度未満の区分、10度以上20度未満の区分、20度以上30度未満の区分、及び30度以上45度以下の区分のそれぞれの区分の粒子断面の面積の合計を求めて、これらの各区分における粒子断面の面積の合計RSATotal(100面積%)に対する比率を求めて、これらを順にRSA1、RSA2、RSA3、及びRSA4とすればよい。
【0038】
上部層は、TiCNを含有していればよく、本発明の作用効果を奏する限りにおいて、TiCN以外の成分を含んでもよく、含まなくてもよい。
【0039】
[被覆層の形成方法]
本実施形態の被覆切削工具において、被覆層を構成する各層は、化学蒸着法によって形成してもよく、物理蒸着法によって形成してもよい。各層の形成方法の具体例としては、例えば、以下の方法を挙げることができる。ただし、各層の形成方法はこれに限定されない。
【0040】
(化学蒸着法)
例えば、Tiの窒化物層(以下、「TiN層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~10.0mol%、N2:20~60mol%、H2:残部とし、温度を850~950℃、圧力を300~400hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0041】
Tiの炭化物層(以下、「TiC層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.5~3.5mol%、CH4:3.5~5.5mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を70~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0042】
Tiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:5.0~7.0mol%、CH3CN:0.5~1.5mol%、H2:残部とし、温度を800~900℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0043】
Tiの炭窒酸化物層(以下、「TiCNO層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:3.0~4.0mol%、CO:0.5~1.0mol%、N2:30~40mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0044】
Tiの炭酸化物層(以下、「TiCO層」ともいう。)からなるTi化合物層は、原料組成をTiCl4:1.0~2.0mol%、CO:2.0~3.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~150hPaとする化学蒸着法で形成することができる。
【0045】
α型Al23層(以下、単に「Al23層」ともいう。)からなる中間層は、例えば、以下の方法により形成される。
【0046】
まず、基材の表面に、1層以上のTi化合物層からなる下部層を形成する。次いで、それらの層のうち、基材から最も離れた層の表面を酸化する。その後、基材から最も離れた層の表面にα型Al23層を含有する中間層を形成する。
【0047】
より具体的には、上記基材から最も離れた層の表面の酸化は、ガス組成をCO2:0.3~1.0mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を50~70hPaとする条件により行われる(酸化工程)。このときの酸化処理時間は、1~3分であることが好ましい。
【0048】
その後、α型Al23層は、原料ガス組成をAlCl3:2.0~5.0mol%、CO2:2.5~4.0mol%、HCl:2.0~3.0mol%、H2S:0.30~0.40mol%、H2:残部とし、温度を950~1050℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成される(成膜工程)。
【0049】
さらに、α型Al23層の表面にTiの炭窒化物層(以下、「TiCN層」ともいう)からなる上部層を形成する。
【0050】
TiCN層は、原料組成をTiCl4:6.0~10.0mol%、CH3CN:0.5~1.5mol%、N2:10.0~30.0mol%、H2:残部とし、温度を900~980℃、圧力を60~80hPaとする化学蒸着法で形成することができる(上部層形成工程)。
【0051】
上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合を特定範囲とするためには、上部層形成工程において、温度を制御したり、原料として従来のCH4に代えてCH3CNを使用して、原料組成中のCH3CN及び/又はTiCl4の割合を制御したりすればよい。より具体的には、上部層形成工程における温度を低くしたり、原料組成中のTiCl4の割合を大きくしたりすることにより、TiCNの粒子のアスペクト比が大きくなる結果、アスペクト比が2以上10以下であるTiCN粒子の占める割合を大きくすることができる。また、上部層形成工程において、原料組成中のCH3CNに対するTiCl4の割合(TiCl4/CH3CN)を大きくしたりすることによっても、TiCNの粒子のアスペクト比が大きくなる結果、アスペクト比が2以上10以下であるTiCN粒子の占める割合を大きくすることができる。一方、上部層形成工程における温度を高くしたり、原料組成中のCH3CNの割合を大きくしたりすることにより、TiCNの粒子のアスペクト比が小さくなる結果、アスペクト比が2以上10以下であるTiCN粒子の占める割合を小さくすることができる。
【0052】
また、RSA1を特定範囲とするためには、上部層形成工程において、温度及び/又は圧力を制御したり、原料として従来のCH4に代えてCH3CNを使用して、原料組成中のCH3CN及び/又はN2の割合を制御したりすればよい。より具体的には、上部層形成工程における温度を低くしたり、圧力を高くしたりすることにより、RSA1を小さくすることができる。一方、上部層形成工程において、原料組成中のCH3CN及び/又はN2の割合の割合を大きくしたりすることにより、RSA1を大きくすることができる。
【0053】
本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の厚さは、被覆切削工具の断面組織を、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、又は電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)等を用いて観察することにより測定することができる。なお、本実施形態の被覆切削工具における各層の平均厚さは、刃先稜線部から被覆切削工具のすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、各層の厚さを3箇所以上測定し、その相加平均値として求めることができる。また、本実施形態の被覆切削工具の被覆層における各層の組成は、被覆切削工具の断面組織から、エネルギー分散型X線分光器(EDS)や波長分散型X線分光器(WDS)等を用いて測定することができる。
【0054】
本実施形態の被覆切削工具は、優れた耐欠損性及び耐摩耗性を有することに起因して、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる。特に、本実施形態の被覆切削工具は、高送り及び深切り込みとなるような負荷が作用するような条件下において、上部層のTiCN層の粒子の脱落を抑制することにより、耐摩耗性を向上させることができると共に耐欠損性も向上させることができ、その結果、従来よりも工具寿命を延長できるという効果を奏すると考えられる。ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない。
【実施例
【0055】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0056】
基材として、CNMG120412のインサート形状に加工し、88.7WC-8.1Co-1.5TiN-1.4NbC-0.3Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金、並びにCNMG120412のインサート形状に加工し、89.9WC-7.1Co-1.5TiN-1.4NbC-0.1Cr32(以上質量%)の組成を有する超硬合金を用意した。これらの基材の刃先稜線部にSiCブラシにより丸ホーニングを施した後、基材の表面を洗浄した。
【0057】
[発明品1~12及び比較品1~8]
基材の表面を洗浄した後、被覆層を化学蒸着法により形成した。まず、基材を外熱式化学蒸着装置に装入し、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表2に組成を示す下部層を、第1層、第2層、第3層の順で、表2に示す平均厚さになるよう、基材の表面に形成した。次いで、CO2:0.5mol%、H2:99.5mol%のガス組成、1000℃の温度、及び60hPaの圧力の条件の下、1分間、下部層の表面に酸化処理を施した。次に、表1に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、α型酸化アルミニウムからなる中間層を、表2に示す平均厚さになるよう、酸化処理を施した後の下部層の表面に形成した。最後に、表3に示す原料組成、温度及び圧力の条件の下、表2に示す組成の上部層を、表2に示す平均厚さになるよう、中間層の表面に形成した。こうして、発明品1~12及び比較品1~8の被覆切削工具を得た。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
【表3】
【0061】
[各層の平均厚さ]
得られた試料の各層の平均厚さを下記のようにして求めた。すなわち、FE-SEMを用いて、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における断面での3箇所の厚さを測定し、その相加平均値を平均厚さとして求めた。測定結果を表2に示す。
【0062】
[各層の組成]
得られた試料の各層の組成は、被覆切削工具の刃先稜線部からすくい面の中心部に向かって50μmまでの位置の近傍の断面において、EDSを用いて測定した。測定結果を表2に示す。
【0063】
[面積Xの割合]
得られた試料において、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子の占める割合をFE-SEMに付属したEBSDを用いて測定した。具体的には、試料における基材の表面と垂直な断面のうちTiCN層を有する上部層の断面を、ダイヤモンドペーストを用いて鏡面研磨した後、コロイダルシリカを用いて仕上げ研磨を行い、得られた鏡面研磨面を被覆切削工具の断面組織とした。被覆切削工具の断面組織を有する試料をFE-SEMにセットし、試料の断面組織に70度の入射角度で15kVの加速電圧及び1.0nA照射電流で電子線を照射した。EBSDにより被覆切削工具のTiCN層を有する上部層における断面組織を、測定範囲がTiCN層を有する上部層の平均厚さ×50μmの範囲、0.1μmのステップサイズで測定した。このとき、方位差が5°以上の境界を結晶粒界とみなし、この結晶粒界によって囲まれる領域を粒子とした。ここで、結晶粒径は、被覆層の膜厚方向に直交する方向における結晶粒径とした。また、アスペクト比は、被覆層の膜厚方向における粒子の結晶粒径を膜厚方向に直交する方向における粒子の結晶粒径で除した値とした。この際、TiCN層を有する上部層の断面組織から結晶粒径を求めるときに、画像解析ソフトを用いた。TiCN層を有する上部層の平均厚さ×50μmの範囲におけるTiCN層を有する上部層の結晶粒径を測定し、各方向の結晶粒径から全ての粒子のアスペクト比を求めた。ここで、TiCN層を有する上部層の平均厚さ×50μmの範囲を100面積%として、アスペクト比が2以上10以下であるTiCNの粒子の占める面積の割合を算出した。それらの結果を、表4に示す。
【0064】
[RSA1、RSA2、RSA3、及びRSA4
得られた試料において、RSA1、RSA2、RSA3、及びRSA4を以下のとおり算出した。具体的には、試料における基材の表面と垂直な断面であって、上部層を構成するTiCN層の粒子のうち、アスペクト比が2以上10以下である粒子において、基材の表面の法線と、上部層におけるTiCN層の粒子の(111)面の法線とがなす角度の方位差Aが0度以上45度以下である粒子断面の面積の合計(RSATotal)を100面積%とし、方位差Aが0度以上10度以下である粒子断面の面積の合計が、RSATotalに対して何面積%を占めるかを求めて、これをRSA1とした。RSA(面積%)を求めるに際して、FE-SEMに付属したEBSDを用いて、各粒子の断面の面積を測定した。EBSDを用いて、粒子の各結晶の結晶方位を特定し、特定した各結晶方位の粒子断面の面積を、5度のピッチ毎の区分に割り振り、区分毎の粒子断面の面積を求めた。その後、方位差が0度以上10度未満の区分、10度以上20度未満の区分、20度以上30度未満の区分、及び30度以上45度以下の区分のそれぞれの区分の粒子断面の面積の合計を求めて、これらの各区分における粒子断面の面積の合計RSATotal(100面積%)に対する比率を求めて、これらを順にRSA1、RSA2、RSA3、及びRSA4とした。以上の測定結果を表4に示す。なお、EBSDによる測定範囲内における上部層の粒子断面の面積は、その面積に対応するピクセルの総和とした。すなわち、各層の粒子の、方位差に基づいた10度又は15度のピッチ毎の各区分おける粒子断面の面積の合計は、各区分に該当する粒子断面が占めるピクセルを集計し、面積に換算して求めた。
【0065】
【表4】
【0066】
得られた発明品1~12及び比較品1~8を用いて、下記の条件にて切削試験1及び切削試験2を行った。切削試験1は耐摩耗性を評価する摩耗試験であり、切削試験2は耐欠損性を評価する欠損試験である。各切削試験の結果を表5に示す。
【0067】
[切削試験1]
被削材:S45Cの丸棒、
切削速度:200m/分、
送り:0.30mm/rev、
切り込み:2.0mm、
クーラント:有り、
評価項目:試料が欠損又は最大逃げ面摩耗幅が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までの加工時間を測定した。
【0068】
[切削試験2]
被削材:S45Cの4本の溝入り丸棒、
切削速度:120m/分、
送り:0.30mm/rev、
切り込み:1.5mm、
クーラント:有り、
評価項目:試料が欠損又は最大逃げ面摩耗幅が0.3mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命までに加えた衝撃回数を測定した。また、衝撃回数が5000回における損傷状態をSEMで確認した。衝撃回数は、15000回までとした。
【0069】
切削試験1(摩耗試験)の工具寿命に至るまでの加工時間について、41分以上を「A」、30分以上41分未満を「B」、30分未満を「C」として評価した。また、切削試験2(欠損試験)の工具寿命に至るまでの衝撃回数について、13000回以上を「A」、11000回以上12999回以下を「B」、10999回以下を「C」として評価した。この評価では、「A」が最も優れており、次に「B」が優れており、「C」が最も劣っていることを意味し、A又はBを多く有するほど切削性能に優れることを意味する。得られた評価の結果を表5に示す。
【0070】
【表5】
【0071】
表5に示す結果より、発明品の摩耗試験及び欠損試験の評価は、どちらも「A」又は「B」の評価であった。一方、比較品の評価は、摩耗試験及び欠損試験の両方又はいずれかが、「C」であった。
【0072】
以上の結果より、発明品は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れる結果、工具寿命が長いことが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明の被覆切削工具は、耐欠損性を低下させることなく、しかも優れた耐摩耗性を有することにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、そのような観点から、産業上の利用可能性がある。
【符号の説明】
【0074】
1…基材、2…下部層、3…中間層、4…上部層、5…被覆層、6…被覆切削工具。
図1