(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-04-18
(45)【発行日】2022-04-26
(54)【発明の名称】スパッタリングターゲット及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 14/34 20060101AFI20220419BHJP
C01B 33/02 20060101ALI20220419BHJP
C01B 33/06 20060101ALI20220419BHJP
C04B 35/58 20060101ALI20220419BHJP
C22C 27/04 20060101ALI20220419BHJP
B22F 3/15 20060101ALI20220419BHJP
B22F 3/105 20060101ALI20220419BHJP
C22C 1/04 20060101ALI20220419BHJP
B22F 1/00 20220101ALI20220419BHJP
B22F 3/14 20060101ALI20220419BHJP
【FI】
C23C14/34 A
C01B33/02 E
C01B33/06
C04B35/58 085
C22C27/04 102
B22F3/15 M
B22F3/105
C22C1/04 D
B22F1/00 P
B22F3/14 101D
(21)【出願番号】P 2019507415
(86)(22)【出願日】2018-02-06
(86)【国際出願番号】 JP2018003909
(87)【国際公開番号】W WO2018173517
(87)【国際公開日】2018-09-27
【審査請求日】2020-11-24
(31)【優先権主張番号】P 2017057426
(32)【優先日】2017-03-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006183
【氏名又は名称】三井金属鉱業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000113263
【氏名又は名称】HOYA株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】513240733
【氏名又は名称】ホーヤ エレクトロニクス シンガポール プライベート リミテッド
【氏名又は名称原語表記】HOYA ELECTRONICS SINGAPORE PTE.LTD.
【住所又は居所原語表記】10 Tampines Industrial Crescent Singapore 528603
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】占部 宏成
(72)【発明者】
【氏名】池田 真
(72)【発明者】
【氏名】梅澤 禎一郎
(72)【発明者】
【氏名】内田 真理子
(72)【発明者】
【氏名】河角 功
(72)【発明者】
【氏名】アン・チョオ・ブン
【審査官】末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-200688(JP,A)
【文献】特開2004-204278(JP,A)
【文献】国際公開第1995/004167(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/00-14/58
B22F 1/00-1/02
B22F 3/14-3/15
C01B 33/02-33/039
C01B 33/06
C22C 27/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モリブデン含有量が3mol%以上25mol%以下であり、ケイ素含有量が75mol%以上97mol%以下であるスパッタリングターゲットであって、
ケイ素粒子の平均粒径が2.0μm以下のケイ素相と、モリブデンシリサイド粒子の平均粒径が2.5μm以下のモリブデンシリサイド相とを含み、
走査型電子顕微鏡による5000倍の倍率での観察における、ケイ素相中に存在する長径0.3μm以上の空孔の平均個数が、90μm×125μmの範囲において、10個以下であ
り、
相対密度が100%以上である、スパッタリングターゲット。
【請求項2】
モリブデンシリサイド粒子の凝集による、円相当径10μm以上の凝集体が、1mm
2当たり1個以下である請求項1に記載のスパッタリングターゲット。
【請求項3】
モリブデン含有量が3mol%以上25mol%以下であり、ケイ素含有量が75mol%以上97mol%以下であって、
ケイ素粒子の平均粒径が2.0μm以下のケイ素相と、モリブデンシリサイド粒子の平均粒径が2.5μm以下のモリブデンシリサイド相とを含み、
5000倍の倍率において、ケイ素相中に存在する長径0.3μm以上の空孔の平均個数が、90μm×125μmの範囲において、10個以下であり、
相対密度が100%以上である、スパッタリングターゲットの製造方法であって、
モリブデン粉末とケイ素粉末とを混合し、
得られた混合粉を放電プラズマ焼結法に付し、次いで
熱間等方圧加圧法に付す、工程を有し、
前記熱間等方圧加圧法に付す工程における焼結温度が1150℃以上1350℃以下であるスパッタリングターゲットの製造方法。
【請求項4】
前記放電プラズマ焼結法に付す工程における焼結温度が1100℃以上1200℃以下である請求項
3に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スパッタリングターゲット及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マスクブランク等の用途に使用されるMo-Si系のスパッタリングターゲットでは、MoSi2粉をホットプレス(以下「HP」ともいう。)等で焼結したターゲット材が用いられてきた。このHPで焼結したMoSi2ターゲット材の製造に当たっては、高温での焼結が必要であり、そのことに起因して焼結後のSiの結晶粒径が大きくなりやすい。Siの結晶粒径の増大は、スパッタリング時にパーティクルの発生が増加する一因となる。
【0003】
スパッタリング時にパーティクルの発生を少なくすることを目的として、特許文献1においては、密度が99%以上であり、スパッタ面に現れる10μm以上の粗大シリコン相の存在量が1個/mm2以下であり、酸素含有量が150ppm以下であるスパッタリング用シリサイドターゲットが提案されている。特許文献2には、シリコンが70~97重量%であり、残部が実質的に高融点金属シリサイドからなるスパッタリングターゲットが記載されている。このターゲットの金属組織は少なくともシリコン相と、シリコン及び高融点金属からなる高融点金属シリサイド相を有しており、且つスパッタ面は、X線回折法によって求められたSi(111)面のピークの半値幅が0.5deg以下で、且つ高融点金属シリサイド(101)面のピークの半値幅が0.5deg以下である。
【0004】
特許文献3には、透光性基板上に光半透過膜を形成するためのスパッタリングターゲットが記載されている。このターゲットは、金属とシリコンとから実質的になり、シリコンが、金属とシリコンとの化学量論的に安定な組成よりも多く含有されることにより、金属シリサイド粒子及びシリコン粒子として存在している。また、金属シリサイド粒子の平均粒径及び/又は粒度分布が、光半透過膜の欠陥発生率が所定の値以下となるように設定されている。
【0005】
特許文献4には、スパッタリング法でマスクブランクを製作する際に使用され、金属シリサイドとシリコンからなるスパッタリングターゲットが記載されている。同文献では、このターゲットによればパーティクルの発生が低減するとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】米国特許第5,460,793号明細書
【文献】特開2002-173765号公報
【文献】特開2005-200688号公報
【文献】特開2004-109317号公報
【発明の概要】
【0007】
以上のとおり、Mo-Si系のスパッタリングターゲットを用いてスパッタリングを行ったときに生じるパーティクルの数を低減させる試みは種々行われている。しかしマスクブランクに要求されるパーティクルの特性がますます厳しくなっている現状において、未だ満足し得るレベルにまでパーティクルの発生を低減できるスパッタリングターゲットは提供されていない。
【0008】
したがって本発明の課題はスパッタリングターゲットの改良にあり、更に詳細には、スパッタリング時におけるパーティクルの発生が従来よりも抑制されたスパッタリングターゲット及びその製造方法を提供することにある。
【0009】
本発明は、モリブデン含有量が3mol%以上25mol%以下であり、ケイ素含有量が75mol%以上97mol%以下であるスパッタリングターゲットであって、
ケイ素粒子の平均粒径が2.0μm以下のケイ素相と、モリブデンシリサイド粒子の平均粒径が2.5μm以下のモリブデンシリサイド相とを含み、
ケイ素相中に存在する長径0.3μm以上の空孔の平均個数が、90μm×125μmの範囲において、10個以下であるスパッタリングターゲットを提供するものである。
【0010】
また本発明は、前記のスパッタリングターゲットの好適な製造方法として、
モリブデン粉末とケイ素粉末とを混合し、
得られた混合粉を放電プラズマ焼結法に付し、次いで
熱間等方圧加圧法に付す、工程を有し、
前記熱間等方圧加圧法に付す工程における焼結温度が1150℃以上1350℃以下であるスパッタリングターゲットの製造方法を提供するものである。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、スパッタリングターゲットに生じた空孔の長径の測定位置を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき説明する。本発明のスパッタリングターゲットは、ケイ素とモリブデンとを含んで構成されている。詳細には、本発明のスパッタリングターゲットは、モリブデン含有量が3mol%以上25mol%以下であることが好ましく、3.3mol%以上24mol%以下であることが更に好ましく、3.5mol%以上23mol%以下であることが一層好ましい。ケイ素含有量については、75mol%以上97mol%以下であることが好ましく、76mol%以上96.7mol%以下であることが更に好ましく、77mol%以上96.5mol%以下であることが一層好ましい。また、本発明のスパッタリングターゲットは、ケイ素から構成される相(以下「ケイ素相」ともいう。)と、モリブデンシリサイドから構成される相(以下「モリブデンシリサイド相」ともいう。)とを含むものである。このような構造のスパッタリングターゲットは、例えば該ターゲットの組成を、化学量論的に安定な組成よりもケイ素の量を多くした組成のいわゆるケイ素リッチターゲットである。そしてケイ素が、モリブデンとケイ素との化学量論的に安定な組成よりも多く含有されること(ケイ素リッチとすること)によって、モリブデンシリサイド粒子とケイ素粒子として存在する。
【0013】
本発明のスパッタリングターゲットにおけるモリブデン含有量及びケイ素含有量は、原料となるモリブデン粉末とケイ素粉末の混合比率(モル%)と同視することができるが、例えばスパッタリングターゲットを溶解した液を測定対象とし、ICP(誘導結合プラズマ発光分光)分析装置を使用したICP分析等の方法で得ることもできる。
【0014】
なお本発明のスパッタリングターゲットは、ケイ素単体及びモリブデンシリサイドからなることが望ましいが、本発明の有利な効果を損なわない限りにおいて、モリブデン単体や、ケイ素とモリブデンとの固溶体、又は他の金属元素が少量含まれていることは許容される。ケイ素単体及びモリブデンシリサイド以外の成分の含有量は、スパッタリングターゲットの質量に対して1.0質量%以下であることが好ましい。
【0015】
本発明においては、スパッタリングターゲットのケイ素粒子の平均粒径を特定の範囲に制御し、且つモリブデンシリサイド粒子の平均粒径を特定の範囲に制御する点に特徴の一つを有する。詳細には、ケイ素粒子の平均粒径を好ましくは2.0μm以下に制御することで、スパッタリング時におけるアーキングに起因するパーティクルの発生を効果的に抑制できることが本発明者らの検討の結果判明した。この観点から、ケイ素粒子の平均粒径は1.9μm以下であることが更に好ましく、1.8μm以下であることが一層好ましく、1.7μm以下であることが特に好ましい。なお、ケイ素粒子の平均粒径は特に下限値を定めるものではないが、通常0.1μm以上である。
【0016】
一方、モリブデンシリサイド粒子の平均粒径を好ましくは2.5μm以下に制御することでも、スパッタリング時におけるアーキングに起因するパーティクルの発生を効果的に抑制できることが本発明者らの検討の結果判明した。この観点から、モリブデンシリサイド粒子の平均粒径は2.2μm以下であることが更に好ましく、2.1μm以下であることが一層好ましく、2.0μm以下であることが特に好ましい。なお、モリブデンシリサイド粒子の平均粒径は特に下限値を定めるものではないが、通常0.1μm以上である。
【0017】
ケイ素粒子の平均粒径及びモリブデンシリサイド粒子の平均粒径は次の方法で測定できる。
(平均粒径の測定方法)
まず、スパッタリングターゲット材の表面を研磨し平滑にする。この平滑表面について、エネルギー分散型X線分析(EDS)/電子線後方散乱回折分析(EBSD)装置(Pegasus System/アメテック(株)製)を搭載したFE銃型の走査型電子顕微鏡(SUPRA55VP/Carl Zeiss社製)によって、ケイ素とモリブデンシリサイドのEDSスペクトルとEBSDパターンを測定する。測定条件は、加速電圧20kV、倍率3000倍、観察視野10μm×20μm、測定間隔0.02μmとする。指数付けする結晶相は、ケイ素相とモリブデンシリサイド相であり、EDSスペクトルから両者を区別する。得られたデータについてEBSD解析プログラム(OIM Analysis/(株)TSLソリューションズ製)の分析メニュー「Grain Size」を選択して、ケイ素相とモリブデンシリサイド相とのそれぞれ面積重みつき平均結晶粒径(μm)を算出する。このとき5°以上の方位差が検出されたときに一般粒界として識別させるものとし、<001>軸周りに70°回転の方位関係にある双晶粒界は一般粒界とみなさないこととして行う。前記測定を無作為に5視野にて行い、各視野でのケイ素相及びモリブデンシリサイド相の平均結晶粒径を算出する。各視野で得られたケイ素相及びモリブデンシリサイド相の平均結晶粒径を更に平均した数値をそのスパッタリングターゲットのケイ素相及びモリブデンシリサイド相の平均結晶粒径とする。
【0018】
本発明のスパッタリングターゲットは、ケイ素相におけるケイ素粒子の平均粒径が上述の値以下であることに加え、ケイ素相中に存在する長径0.3μm以上の空孔の平均個数が、90μm×125μmの長方形の範囲において、10個以下であることも特徴の一つである。ケイ素相中に存在する「空孔」とは、「空隙」あるいは「欠陥」とも言い換えることができ、要するにケイ素相中における何らの物質も存在しない空間のことである。空孔がケイ素相中に存在すると、これが起点となり、スパッタリング時におけるアーキングに起因してパーティクルが発生しやすくなるところ、空孔のサイズを小さくし、且つ存在数を少なくすることで、パーティクルの発生を効果的に抑制できることが本発明者らの検討の結果判明した。空孔は、ケイ素相中のケイ素粒子を十分に粒成長させることで減少させることができるが、ケイ素粒子の平均粒径を過度に大きくすると、先に述べたとおり、スパッタリング時に、アーキングに起因するパーティクルの発生が起こりやすくなる。そこで本発明においては、ケイ素相中のケイ素粒子の平均粒径と、空孔のサイズとをバランスさせることで、スパッタリング時におけるパーティクルの発生を効果的に抑制している。
【0019】
以上の効果を一層顕著なものとする観点から、ケイ素相中に存在する長径0.3μm以上の空孔の平均個数は、走査型電子顕微鏡による観察における、90μm×125μmの長方形の視野において、5個以下であることが好ましく、3個以下であることが更に好ましい。
【0020】
ケイ素相中の空孔の長径、及び空孔の平均個数は次の方法で測定できる。
(長径0.3μm以上の空孔の平均個数の測定方法)
まず、スパッタリングターゲットの表面を研磨し平滑にする。この平滑表面を、走査型電子顕微鏡(JXA-8800-R、JEOL社製)を用いて倍率1000倍に拡大し、90μm×125μmの長方形の視野とする。更に5000倍に拡大して前述の視野内における長径0.3μm以上の空孔の数を数える。同様の測定を無作為に10視野にて行い、各視野における空孔の数を平均したものを、そのスパッタリングターゲットの長径0.3μm以上の空孔の平均個数とする。空孔の長径とは現出した空孔の最も長い方向における長さのことをいう(
図1参照)。
【0021】
ケイ素粒子の平均粒径及びモリブデンシリサイド粒子の平均粒径を上述の範囲内に制御し、且つケイ素相中の空孔の長径を上述の範囲内に制御するためには、例えば後述する放電プラズマ焼結法(以下「SPS法」と略称することもある。)と、熱間等方圧加圧法(以下「HIP法」と略称することもある。)とを組み合わせて本発明のターゲットを製造することが有利である。
【0022】
本発明のスパッタリングターゲットは、その相対密度が99%以上であり、99.5%以上であることが好ましく、99.7%以上であることが更に好ましく、100%以上であることが一層好ましく、100.5%以上であることがより一層好ましい。ターゲットの相対密度を高くすることによって、ターゲットのポア部(空孔)が少なくなるので、スパッタリング時に放電が安定し、アーキングに起因するパーティクルの発生を防ぐことができる。相対密度は高ければ高いほど好ましく、上限値は特に定めるものではないが、通常102%である。相対密度は、アルキメデス法に基づき測定される。具体的には、スパッタリングターゲットの空中質量を、体積(=スパッタリングターゲットの水中質量/計測温度における水比重)で除し、理論密度ρ(g/cm3)に対する百分率の値を相対密度(単位:%)とした。
【0023】
本発明のスパッタリングターゲットは、ほぼケイ素とモリブデンシリサイド(MoSi2)から構成されているため、理論密度ρは下記式(1)から算出することができる。
ρ={(C1/100)/ρ1+(C2/100)/ρ2}-1 ・・・(1)
ケイ素の密度:ρ1=2.33g/cm3
ケイ素の質量%:C1
モリブデンシリサイド(MoSi2)の密度ρ2:6.24g/cm3
モリブデンシリサイド(MoSi2)の質量%:C2
【0024】
上記C1、C2は、本発明のスパッタリングターゲットにおけるケイ素の質量%、モリブデンの質量%をICP発光分光分析法等で分析し、その分析値から算出することができる。なお、本発明のスパッタリングターゲットの相対密度は、上記理論密度ρ(g/cm3)に対する百分率の値であるため、100%を超えることもありうる。またモリブデン単体、ケイ素とモリブデンの固溶体、他の元素は少量であるので、理論密度を計算する上では無視することができる。
【0025】
本発明のスパッタリングターゲットは、モリブデンシリサイド粒子の凝集による、円相当径10μm以上の凝集体(以下「モリブデンシリサイド粒子の凝集体」ともいう。)が、1個/mm2以下であることが好ましい。モリブデンシリサイド粒子の凝集体を、1個/mm2以下に制御することで、凝集体の箇所を起点とするアーキングの発生を抑制することができ、またアーキングに起因するパーティクル発生の少ないスパッタリングターゲットを得ることができる。この観点から、モリブデンシリサイド粒子の凝集体は、0.8個/mm2以下であることが更に好ましく、0.5個/mm2以下であることが一層好ましく、0.2個/mm2以下であることが特に好ましい。モリブデンシリサイド粒子の凝集体の数はゼロに近ければ近いほど好ましい。
【0026】
モリブデンシリサイド粒子の凝集体の数は次のように測定できる。
(凝集体の測定方法)
まず、スパッタリングターゲットの表面を研磨し平滑にする。この平滑表面を、走査型電子顕微鏡(JXA-8800-R、JEOL社製)を用いて倍率200倍に拡大し、0.5mm×0.65mmの長方形の視野を無作為に30視野撮影する。得られた画像から粒子解析ソフトウエア(粒子解析Version3.0、住友金属テクノロジー株式会社製)を用いて、モリブデンシリサイド粒子の凝集による、円相当径10μm以上の凝集体数を計測する。得られたモリブデンシリサイド粒子の凝集体数を合計し9.75mm2(0.5mm×0.65mm×30視野分)で除したものをモリブデンシリサイド粒子の凝集体の1mm2当たりの個数とする。
【0027】
次に、本発明のスパッタリングターゲットの好適な製造方法について説明する。本発明のスパッタリングターゲットは、モリブデン粉末とケイ素粉末とを混合し、得られた混合粉を放電プラズマ焼結法に付す工程を経て好適に製造される。
【0028】
本発明のターゲットを得るには、まずモリブデン単体の粉末とケイ素単体の粉末とを用意し、両者を混合する。モリブデン粉末としては、BET(Brunauer-Emmett-Teller)法で測定した比表面積が4.0m2/g以上のものを用いることが、モリブデンシリサイド相の微細組織を得る点から好ましい。この利点を一層顕著なものとする観点から、モリブデン粉末の比表面積は、5.0m2/g以上であることが好ましく、6.0m2/g以上であることが一層好ましい。モリブデン粉末の比表面積の上限値は特に定めるものではないが、モリブデン粉末の凝集を防ぐ観点から8.0m2/g以下が好ましい。
【0029】
一方、ケイ素粉末としては、BET法で測定した比表面積が4.0m2/g以上のものを用いることが、ケイ素相及びモリブデンシリサイド相の微細組織を得る点から好ましい。この利点を一層顕著なものとする観点から、ケイ素粉末の比表面積は、5.0m2/g以上であることが好ましく、6.0m2/g以上であることが一層好ましい。ケイ素粉末の平均粒径の上限値は特に定めるものではないが、ケイ素粉末の凝集を防ぐ観点から8.0m2/g以下が好ましい。
【0030】
モリブデン粉末及びケイ素粉末の比表面積は、例えば全自動比表面積測定装置(株式会社マウンテック製、Macsorb(登録商標)HM model-1210)を使用し、吸着ガスとして混合ガス(窒素30vol%+ヘリウム70vol%)を用い、BET一点法で測定することができる。比表面積が上述の範囲内である限り、モリブデン粉末及びケイ素粉末の形状に特に制限はない。
【0031】
モリブデン粉末とケイ素粉末との混合比率は、モル%で表して、Mo/(Mo+Si)×100の値が3%以上25%以下であることが好ましく、3.3%以上24%以下であることが更に好ましく、3.5%以上23%以下であることが一層好ましい。また、Si/(Mo+Si)×100の値が75%以上97%以下であることが好ましく、76%以上96.7%以下であることが更に好ましく、77%以上96.5%以下であることが一層好ましい。この比率でモリブデンとケイ素とを混合することで、目的とするターゲットを首尾よく得ることができる。
【0032】
モリブデン粉末とケイ素粉末との混合には種々の混合手段を用いることができる。例えばビーズミル、サンドミル、アトライタ(登録商標)及びボールミルなどの媒体攪拌型ミル、三本ロールミル、などを用いることができる。媒体攪拌型ミルを用いるときのメディアの直径は5mm以上20mm以下であることが好ましい。メディアの材質は、例えばジルコニアやアルミナなどが好ましい。また、得られた混合粉に対して、目開き50μm以下の篩を使用して篩い分けを行ってもよい。また、篩い分けを行った混合粉は、比表面積の調整を行うことを目的として仮焼を行ってもよい。
【0033】
混合粉は、次いで、所定の形状の成形凹部を有する焼結ダイ内に充填される。焼結ダイとしては例えばグラファイト製のものを用いることができるが、この材質に限られない。焼結ダイに混合粉を充填したら、該混合粉をSPS法に付す。SPS法は、ホットプレス焼結法(以下「HP法」と略称する。)などと同様の固体圧縮焼結法の一つである。SPS法においては、焼結ダイ内に充填した前記の混合粉を加圧しながら加熱する。HP法においても加圧しながら加熱を行うが、SPS法はHP法と加熱の仕方が相違する。HP法ではホットプレス装置の発熱体を用いて長時間にわたり焼結対象物に対して外部から加熱を行うのに対して、SPS法では、オン-オフの直流パルス電圧・電流を導電性のある焼結ダイ及び焼結対象物に直接印加する。そして、電気エネルギーが直接投入された焼結ダイの自己発熱を、加圧とともに焼結駆動力として利用する。つまり、一般的な焼結に用いられる熱的及び機械的エネルギーに加えて、パルス通電による電磁的エネルギーや被加工物の自己発熱及び粒子間に発生する放電プラズマエネルギーなどを複合的に焼結の駆動力としている。このような焼結方式を採用するSPS法によれば、粒成長が抑制された緻密な焼結体を製造することができる。要するに、ケイ素粒子の平均粒径、及びモリブデンシリサイド粒子の平均粒径を上述の範囲に制御することが可能となる。
【0034】
目的とするターゲットを首尾よく得る観点から、SPS法を行うときの昇温速度は、5℃/min以上20℃/min以下であることが好ましく、10℃/min以上18℃/min以下であることが更に好ましい。昇温速度を5℃/min以上にすることで、異常粒成長を抑制することができ、また20℃/min以下にすることで、焼結体内に温度のバラツキが生じることを抑制することができる。焼結温度は、1100℃以上1200℃以下であることが好ましく、1120℃以上1200℃以下であることが更に好ましい。焼成温度を1100℃以上にすることで、焼結体の密度が低くなることを抑制でき、また1200℃以下にすることで、溶出の発生を抑制できる。焼結温度は、放射温度計(チノー社製、IR-AHS0)を使用して、焼結ダイの表面温度を計測することで得ることができる。焼結時の圧力は、25MPa以上80MPa以下であることが好ましく、27MPa以上50MPa以下であることが更に好ましい。焼結保持時間は、焼結温度及び圧力が上述の範囲であることを条件として、20分以上300分以下であることが好ましく、30分以上180分以下であることが更に好ましい。
【0035】
焼結の雰囲気は、真空又は不活性ガスとすることができる。真空で焼結を行う場合には、絶対圧で30Pa以下、特に10Pa以下の条件を採用することが好ましい。不活性ガス中で焼結を行う場合には、不活性ガスとしてアルゴンや窒素を用いることができる。
【0036】
本製造方法においては、SPS法に引き続きHIP法を行うことが有利である。SPS法とHIP法とを組み合わせてスパッタリングターゲットを製造することで、ケイ素粒子及びモリブデンシリサイド粒子の粒成長を抑えつつ、ケイ素相中に空孔が生じることを効果的に抑制することができる。
【0037】
目的とするターゲットを首尾よく得る観点から、HIP法を行うときの昇温速度は、5℃/min以上20℃/min以下であることが好ましく、10℃/min以上15℃/min以下であることが更に好ましい。昇温速度を5℃/min以上にすることで、異常粒成長を抑制することができ、また20℃/min以下にすることで、焼結体内に温度のバラツキが生じることを抑制することができる。温度は、1150℃以上1350℃以下であることが好ましく、1200℃以上1350℃以下であることが更に好ましい。温度を1150℃以上にすることで、ケイ素相中に空孔が発生することを抑制することができ、また1350℃以下にすることで、ケイ素粒子の粗大化や溶融を抑制することができる。また温度を1350℃以下にすることでも、ケイ素相中に空孔が発生することを抑制することができる。圧力は、90MPa以上であることが好ましく、100MPa以上であることが更に好ましい。圧力の上限値は特に定めるものではないが、通常200MPaである。保持時間は、温度及び圧力が上述の範囲であることを条件として、30分以上240分以下であることが好ましく、60分以上180分以下であることが更に好ましい。
【0038】
HIP法による焼結が終了したら、加熱を停止して冷却を行う。冷却の方式に特に制限はなく、自然冷却とすることが簡便である。以上の条件を適切に調整することで、目的とするターゲットを首尾よく得ることができる。
【0039】
このようにして製造されたスパッタリングターゲットは、例えばハーフトーン型位相シフトマスクを製造するときの原版となるマスクブランクの光半透過膜(ハーフトーン位相シフト膜)を形成する際に好適に用いられる。スパッタリングの対象となる基板としては、例えば透明石英ガラス等の透光性基板が好適に用いられる。
【実施例】
【0040】
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、斯かる実施例に制限されない。
【0041】
〔実施例1〕
(1)焼結用の混合粉の調製
BET法による比表面積が4.1m2/gであるケイ素単体の粉末と、同じくBET法による比表面積が4.7m2/gであるモリブデン単体の粉末とを、Mo:Si=4:96(モル比)となるように秤量した。日本コークス社製のアトライタ(登録商標)を用いて両者を混合して混合粉を得た。アトライタ(登録商標)の運転条件は、280rpmで24時間とした。メディアとして直径10mmのジルコニアボールを用いた。このようにして得られた混合粉を目開き50μmの篩で篩い分けした。篩い分けした混合粉を、800℃で3時間仮焼した。
【0042】
(2)SPS法による焼結
前記の仮焼した混合粉をグラファイト製の焼結ダイ内に充填した。焼結ダイの直径は230mmであった。次いでSPS法によって混合粉の焼結を行った。SPS法の実施条件は以下のとおりとした。
・焼結雰囲気:真空(絶対圧10Pa)
・昇温速度:10℃/min
・焼結温度:1175℃
・焼結保持時間:30min
・圧力:41MPa
・降温:自然炉冷
【0043】
(3)HIP法による焼結
・ガス:アルゴン
・昇温速度:10℃/min
・焼結温度:1250℃
・焼結保持時間:120min
・圧力:145MPa
・降温:自然炉冷
【0044】
〔比較例1〕
実施例1においてHIP法を行わなかった。これ以外は、実施例1と同様にしてスパッタリングターゲットを得た。
【0045】
〔実施例2〕
以下の表1に示す条件を採用したこと以外、実施例1と同様にしてスパッタリングターゲットを得た。
【0046】
〔比較例2〕
実施例2においてHIP法を行わなかった。これ以外は、実施例1と同様にしてスパッタリングターゲットを得た。
【0047】
〔比較例3〕
本比較例は、実施例2においてHIP法を以下の表1に示す条件で行った例である。それ以外は、実施例2と同様にしてスパッタリングターゲットを得た。
【0048】
〔実施例3〕
以下の表1に示す条件を採用したこと以外、実施例1と同様にしてスパッタリングターゲットを得た。
【0049】
〔比較例4〕
本比較例はSPS法に代えて、表1に示す条件でHP法による焼結を行った例である。それ以外は、実施例3と同様にしてスパッタリングターゲットを得た。
【0050】
〔実施例4〕
以下の表1に示す条件を採用したこと以外、実施例1と同様にしてスパッタリングターゲットを得た。
【0051】
〔比較例5〕
実施例4においてHIP法を行わなかった。これ以外は、実施例1と同様にしてスパッタリングターゲットを得た。
【0052】
〔評価〕
実施例及び比較例で得られたターゲットについて、上述の方法で、ケイ素粒子の平均粒径、及びモリブデンシリサイド粒子の平均粒径を測定した。また、ケイ素相中に存在する長径0.3μm以上の空孔の個数(90μm×125μmの範囲)を測定した。また、モリブデンシリサイド粒子の凝集体の個数を測定した。更にターゲットの相対密度を測定した。これらの結果を以下の表1に示す。
【0053】
【0054】
表1に示す結果より、実施例1から4のターゲットはいずれも、ケイ素粒子の平均粒径が2.0μm以下のケイ素相と、モリブデンシリサイド粒子の平均粒径が2.5μm以下のモリブデンシリサイド相とを含み、ケイ素相中に存在する長径0.3μm以上の空孔の平均個数が、90μm×125μmの範囲において10個以下であることがわかる。
【0055】
次に、実施例1と比較例1の各スパッタリングターゲットに対し、これらのターゲットを用いてスパッタリング法で薄膜を形成したときに発生するパーティクルに係る効果を検証するため、以下の評価を行った。
【0056】
最初に、主表面の寸法が約152mm×約152mmで、厚さが約6.25mmの合成石英ガラスからなる透光性基板を10枚準備した。その透光性基板は、端面及び主表面が所定の表面粗さに研磨され、その後、所定の洗浄処理及び乾燥処理を施されたものである。次に、この準備されたすべての透光性基板の、薄膜を形成する側の主表面に対して欠陥検査装置(レーザーテック社製 M6640)で欠陥検査を行った。この欠陥検査では、その検査した透光性基板の、薄膜を形成する側の主表面に存在する欠陥の種類(凸状欠陥、凹状欠陥等)とその欠陥の位置(座標)に係る欠陥データを取得し、その欠陥検査した透光性基板と対応付けて記録した。
【0057】
次に、欠陥検査後の透光性基板を1セット5枚の2セットに分けた。一方のセットの各透光性基板に対しては、実施例1のスパッタリングターゲットを用いてスパッタリング法で薄膜を形成し、実施例1に係る薄膜付き基板を製造した。また、もう一方のセットの各透光性基板に対しては、比較例1のスパッタリングターゲットを用いてスパッタリング法で薄膜を形成して比較例1に係る薄膜付き基板を製造した。
【0058】
具体的には、以下の工程で行った。まず、枚葉式DCスパッタ装置の成膜室内のカソードに、実施例1又は比較例1のスパッタリングターゲットを取り付け、成膜室内の基板ステージ上に、欠陥検査を行った側の主表面がスパッタリングターゲットと対向するように透光性基板を設置した。続いて、成膜室内をアルゴン(Ar)、窒素(N2)及びヘリウム(He)の混合ガスの雰囲気(ガス流量 Ar=10.5sccm、N2=48sccm、He=100sccm、ガス圧=0.3Pa)とした状態で、DC電源の電力を3.0kWで反応性スパッタリングを行い、透光性基板の主表面上にモリブデン、ケイ素及び窒素からなる薄膜を67nmの厚さで形成し、実施例1又は比較例1に係る薄膜付き基板を製造した。
【0059】
次に、実施例1に係る各薄膜付き基板と比較例1に係る各薄膜付き基板の各薄膜の表面に対して欠陥検査装置(レーザーテック社製 M6640)で欠陥検査をそれぞれ行った。この欠陥検査においても、その検査した薄膜の表面に存在する欠陥の種類(凸状欠陥、凹状欠陥等)とその欠陥の位置(座標)に係る欠陥データを取得し、その欠陥検査した薄膜付き基板(透光性基板)と対応付けて記録した。
【0060】
最後に、実施例1と比較例1の各薄膜付き基板に対し、薄膜をスパッタリング法で形成したときに発生した欠陥のみを抽出する作業を行った。具体的には、同じ透光性基板に対応付けされた透光性基板の主表面の欠陥データと薄膜の表面の欠陥データとを照合し、2つの欠陥データで共通する位置(座標)に存在する欠陥を薄膜の表面の欠陥データから除外し、これを薄膜の形成時に発生した欠陥(膜欠陥)の欠陥データとして、その薄膜付き基板(透光性基板)と対応付けして記録した。
【0061】
以上の検証の結果、実施例1に係る5枚の薄膜付き基板の膜欠陥の平均個数は、比較例1に係る5枚の薄膜付き基板の膜欠陥の平均個数の1/25に減少していることが確認できた。これらの結果から、実施例1のスパッタリングターゲットを用いてスパッタリング法で薄膜を形成することにより、スパッタリング時にスパッタリングターゲットからアーキングに起因するパーティクルが発生することを十分に抑制できているといえる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、パーティクルの発生が従来よりも抑制されたMo-Si系スパッタリングターゲット及びその製造方法が提供される。